弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人は無罪。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人木内茂作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるか
ら、これを引用し、これに対して当裁判所は次のとおり判断する。
 控訴趣意第二について。
 所論は、要するに、原判決が被告人に過失を認めたのは事実誤認であり、また、
Aが本件事故により原判示のような傷害を受けたと認定したのも事実を誤認したも
のだというのである。
 そこで、検討してみるのに、司法警察員作成の昭和四三年六月二日付実況見分調
書によれば、本件事故の発生した交差点は、東西に走る国道B号線の直線道路(以
下「国道」という。)に北から南に向かう道路(以下「南北道路」という。)が神
奈川県平塚市ab番地先において丁字形に交差する場所であつて、本件事故は、右
の南北道路を北から走つてきたAの運転する自動車が国道を右折しようとして国道
上に進出し、その先端が国道の車道北端の延長線から二・三メートル入つた地点ま
で出たところへ、国道上を西から東へ向かつて走つてきた被告人の自動車が衝突し
たことにより発生したものであることが認められる。そして、一件記録および当審
における事実の取調べの結果によれば、被告人はA運転の自動車が国道上にスーツ
と出てきたのを二二・二メートル手前で発見すると同時に軽くフートブレーキを踏
みクラクションを鳴らしながらやや右寄りに進行してAの車を避けようとしたが及
ばず、ついに自車車体左側前部がAの運転する自動車の左前部と衝突するに至り、
その結果Aが原判示傷害を負つたことが明らかであるが、右の交差点は、これに至
るまでの国道北側に沿つて高さ一・五メートルくらいの竹さくがあり、交差点の手
前の国道を進行する車両からは南北道路の存在が認識しにくい関係にあるうえに、
Aの車が国道上に進出してきて停止したのと被告人がこれを発見したのとが同時で
あつたことが認められるから、被告人の不注意により発見が遅れたものとはいい難
く、また、発見後に被告人のとつた措置も、記録上明らかなように、当時雨が降つ
ていて路面が濡れていたことと、対向車両のあつたこととを考慮すれば、状況上や
むをえなかつたものというべきで、この段階においては被告人として本件衝突事故
を避けることが可能であつたとはいい難い(次に認定するような被告人の自動車の
速度からすれば、急制動をかけてもAの車の手前に停止することは不可能であり、
また当時の路面の状態よりして、急制動を施すことはかえつて危険であることは被
告人の言うとおりであると思われる。)。
 これに対し、原判決は、右のような交差点を通過する被告人としては、事故を妨
止するため、あらかじめ自車の速度を制限時速六〇キロメートル以下に減速すべき
であつたと判示しているので、この点について考えて<要旨>みるのに、前記実況見
分調書によれば、本件交差点は、交通整理が行なわれておらず、その南北道路に入
る部分の両角はやや円型になつているけれども、国道の車道部分の幅員は一
一・二メートルであるのに対し、南北道路の幅員は車道の部分で七メートルであつ
て、前者のそれが明らかに広いといわなければならないから(最高裁判所昭和四四
年(オ)第二八九号、同四五年一月二七日第三小法廷判決、裁判所時報第五四〇号
一頁の事例参照)、国道を走行していた被告人としては、この交差点において徐行
すなわち直ちに停止することができるような速度にまで減速すべき道路交通法上の
義務はないと解すべきである(同上判決および同裁判所昭和四二年(あ)第二一一
号同四三年七月一六日第三小法廷判決、刑集二二巻七号三一七頁等参照)。また、
Aとしてみれば、本来本件交差点に入ろうとする場合には徐行しなければならず
(道路交通法第三六条第二項)、かつ、交差点で右折する場合には直進車の進行を
妨げてはならない(同法第三七条第一項)のであるから、同人が南北道路から出て
きて国道の北側部分の直進車である被告人の運転する自動車の進路に自車の前部を
前記のように出しすぎたのは明らかに交通法規に違反するもので、国道を走行して
いた被告人としては、Aの車のようにあえて交通法規に違反して左方道路から前記
のように国道上深くまで進出してくる車両のありうることまで予想して自車の速度
を減速すべき注意義務はないと解するのが相当である。すなわち、被告人として
は、この場合法定の最高速度である時速六〇キロメートルで進行すれば足りたので
あつて、原判示のようにそれに満たない速度にまで減速すべき義務はなかつたとい
わざるをえない。
 ところが、本件において問題となるのは、被告人の車の当時の速度であつて、こ
の点につき、論旨は時速約五〇キロメートルであつたと主張するのであるが、被告
人は司法警察員に対しては約七〇キロメートルであつたと供述しており、原審公判
廷においても「速度は、メーターは見なかつたが、他の車と同じように流れていた
し、自分の感じでも時速七〇キロメートルぐらいだつたのでそのように司法警察員
に述べた。七〇キロメートル以下であることは考えられるが、七〇キロメートル以
上は出ていない。」という趣旨の供述をしているのであつて、これらを総合すれ
ば、当時の被告人の車の時速は原判示のように約七〇キロメートルであつたことを
認めるに足り、これに反する原審証人Cの供述は採用することができない。として
みると、当時被告人が制限時速を約一〇キロメートル超過して自動車を運転してい
たことは明らかである。しかしながら、前述のように、被告人がAの車を発見した
時の同車との距離はわずか二二・ニメートルに過ぎなかつたというのであるから、
かりに被告人が法定の最高速度である時速六〇キロメートルで運転していたとして
も、その制動距離および道路の状態を考えれば、はたして本件衝突事故を避けるこ
とができたかどうかについてはやはり重大な疑問があるといわざるをえず、かつ、
前に説示したように被告人としてそれに満たない速度にまで減速すべき注意義務は
なかつたとすれば、右の速度違反が本件事故の原因となつていたものとは認め難い
(もつとも、それとは別に、もし被告人が発見地点の相当手前から時速六〇キロメ
ートルで走つていたとすれば、Aの車が国道上に進出してきた時点には、被告人は
実際の発見地点より手前にいたはずで、そうだとすれば被害車両との距離が長くな
るうえに、制動距離が短くなるから、事故の発生を防止することができたと考える
余地はある。いま試みに、衝突地点の手前約二〇八メートルの地点から時速六〇キ
ロメートルで走行していたと仮定して計算すると、Aの車が進出してきた時点にお
いて被告人の車はこれと約四八メートルの距離にいたことになるから、本件事故は
避けることができたといえるであろう。そして、被告人の当公判廷で述べるところ
によれば、被告人は右の事故防止可能とみられる距離より相当前から時速約七〇キ
ロメートルで走つていたことが認められるから、そのことが本件衝突事故発生の一
つの前提条件をなしていることは疑がない。しかしながら、本件事故は、単に被告
人が右のような時速で走つていたことにより発生したわけではなく、その後Aの予
期すべからざる交通法規違反という異常の事態が介入することによつて発生したも
のであるから、被告人の速度違反行為から経験則上通常予想しえられる過程をたど
つて発生したものとはいい難く、その間に刑法上の因果関係を認めることは困難
で、これをもつて本件事故の原因たる過失だとすることはできない。いいかえれ
ば、それは本件事故発生直前の状況を生ずる原因になつているとはいえても、事故
そのものからいえばそれはいわば間接の原因であるにすぎず、もしこの点に被告人
の過失を認めることができるとするならば、かりに被告人が当日の出発点であつた
静岡県川奈から事故現場に至るまでのいずれかの区間において相当距離を時速七〇
キロメートルで走つた事実がありさえすれば、それはすべて本件事故の原因たる過
失行為になるといわなければならなくなるであろうし、また、もし被告人が事故現
場付近をより高速度で走つていたとしても前説示のように制限速度以下で走つた場
合と同様に事故を避けられたはずであるから、そのよらな高速度で走らなかつた点
でも過失があるという論理も成り立つわけである。これを要するに、被告人の速度
違反の点は、道路交通法に違反することは格別として、本件事故現場にさしかかる
直前の具体的状況のもとにおける被告人の注意義務の存否とは関係がないといつて
よい〔最高裁判所昭和四一年(あ)第一八三一号、同四二年一〇月一三日第二小法
廷判決刑集二一巻八号一〇九七頁において、被告人の交通法規違反が注意義務の存
否と関係ないとされていること参照〕。)。
 以上の次第で、本件衝突事故については、被告人に過失を認めることは困難だと
判断されるので、これを認めた原判決にはその点において事実の誤認というよりは
むしろ法令の誤りがあることになり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らか
であるから、論旨は結局理由があり、その余の点につき、判断するまでもなく、原
判決は破棄を免れない。
 なお職権をもつて原判示(二)の事実について考えてみると、同判示事実は起訴
状記載の公訴事実(二)に対応するものであるが、記録を仔細に検討してみても、
被告人が、自車とA運転の自動車との衝突により同人に起訴状記載の公訴事実
(一)掲記のような傷害を与えたことを事故発生当時知つていたと認めるに足る証
拠はないので(なお、物件事故に関する報告義務違反は本件では訴因とされていな
い。)その点に関する報告義務違反については犯罪の証明がないことに帰着する。
したがつて、原判決が判示(二)のように事実を認定したのは事実を誤認したもの
で、この誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点でも原判決は
破棄を免れない。
 よつて刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八〇条、第三八二条により原判決を破
棄し、同法第四〇〇条但書を適用して被告事件につきさらに判決することとする。
 本件公訴事実は要するに、
 被告人Dは自動車運転の業務に従事するものであるが
 (一) 昭和四三年四月二三日午後八時三〇分ごろ普通乗用自動車(品○せ○△
×□号)を運転し、神奈川県平塚市ab番地先の交通整理の行われていない交差点
を小田原方面から藤沢、東京方面に向かい通行するにあたり、同交差点は左方の見
とおしが困難であり、かつ降雨中で制動の際滑走の虞れがあるから正常な制動操作
が採れる程度に減速して進行すべき注意義務があるのに時速約七〇キロメートルで
進行した過失により、左方道路から前記交差点に進入しようとしていたA(四〇
年)運転の普通乗用貨物自動車を左前方約二二・二メートルの地点に認めたが間に
合わず、同車に自車左前部を衝突させ、その衝撃によりAに加療約二ヶ月間を要す
るムチ打チ症の傷害を負わせ、
 (二) また、右日時場所において、右のような交通事故をおこしたのに、その
事故の発生日時場所等法令に定める事項を、直ちにもよりの警察署の警察官に報告
しなかつたものである。
 というのであるが、前記説示のとおり、(一)については被告人には過失がな
く、(二)についてはその証明がないから、刑事訴訟法第三三六条により主文のと
おり判決する。
 (その余の判決理由は省略する。)
 (裁判長判事 中野次雄 判事 山崎茂 判事 中村憲一郎)

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