弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役2年6月に処する。
被告人から金1000万円を追徴する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1大阪府警察官として勤務する傍ら,かねて公共工事に関する情報等を建設業
者に提供するなどしていたものであるが,A市長であったB,同市副市長であ
ったC,同市議会議員であったD,株式会社E組の談合担当者であったF,同
社の営業担当者であったG,株式会社H組の談合担当者であったI,J株式会
社K支店の談合担当者であったL及びM株式会社N支店の談合担当者であった
Oらと共謀の上,大阪府A市が平成17年11月10日に開札した「仮称第2
清掃工場建設工事(土木建築工事)」の制限付き一般競争入札に,株式会社E
組及び株式会社H組からなるE・H共同企業体のほか,J株式会社K支店及び
M株式会社N支店が参加するに際し,公正な価格を害する目的で,同年10月
20日ころから同年11月10日ころまでの間,大阪府下又はその周辺におい
て,E・H共同企業体に同工事を落札させることを合意するとともに,そのこ
ろ,J株式会社K支店及びM株式会社N支店の各入札金額をE・H共同企業体
の入札金額を超える金額とする旨の協定をし,もって,入札の公正な価格を害
する目的で談合し,
第2大阪府警察官として犯罪の捜査等の職務に従事していたものであるが,P株
式会社代表取締役Qらと共謀の上,平成18年12月22日ころ,大阪市中央
区(以下略)株式会社E組R店において,前記Gらから,株式会社E組が判示
第1の談合により落札・受注した前記工事に関する捜査等につき有利便宜な取
り計らいを受けたことに対する謝礼及び今後も株式会社E組の関与する各種公
共建築工事等に関して同様の有利便宜な取り計らいを受けたいとの趣旨で供与
されるものであることの情を知りながら,前記Qを介して,現金1000万円
の供与を受け,もって,自己の前記職務に関して賄賂を収受し
たものである。
(証拠の標目)
省略
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為は刑法60条,96条の3第2項,1項に,判示第2の
所為は同法60条,197条1項前段にそれぞれ該当するところ,判示第1の罪に
ついて所定刑中懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法
47条本文,10条により重い判示第2の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で
法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役2年6月に処し,被告人が判示第2
の犯行により収受した賄賂は既に費消するなどして没収することができないので,
同法197条の5後段によりその価額金1000万円を被告人から追徴することと
する。
(量刑の理由)
1本件は,大阪府警察官であった被告人が,大阪府A市が制限付き一般競争入札
に付した清掃工場の土木建築工事に関して,(1)当時のA市長,同市副市長,同
市議会議員,株式会社E組(以下,「E組」という。)の営業・談合担当者及び
他の建設会社の談合担当者らと共謀の上,入札の公正な価格を害する目的で談合
し,さらに,(2)懇意にしている建設会社の代表者らと共謀の上,E組の営業担
当者らから自己の職務に関し,現金1000万円の賄賂を収受したという談合,
収賄の事案である。
2まず,本件に至る経緯,本件各犯行の概要についてみるに,関西の建設業界で
は,平成17年12月末に談合決別宣言がなされるまでは,長年にわたって公共
工事の入札についていわゆるゼネコン業者の集合組織による談合が恒常的に行わ
れており,E組を含む建設業各社内に,それぞれ談合を専門に取り扱う「業務担
当」と称する部門が設置されるとともに,当該公共工事落札の優先権を持つ「選
手」の資格を得るために,談合前に前記集合組織の独自ルールに従い自社に有利
な諸条件をできるだけ整えておくという慣行が確立していたところ,E組は,大
阪府A市が計画していた「仮称第2清掃工場建設工事」に平成5年ころから目を
付けて,同社の談合担当部門の責任者であるFを中心に同工事を受注するための
情報収集等を開始し,平成7年12月には前記工場予定地の隣接地を賃借するな
どして,「選手」の資格を得る条件を整えていた。その一方で,E組の営業担当
者であったGは,平成11年ころ,当時のA市長B及び同市議会議員Dと知り合
い,両名から,対立関係にある同市議会議員の関係者を同市発注の公共工事から
排除するために,前記建設工事に関しては,E組が建設業者間の受注調整,すな
わち,談合を取りまとめてほしい旨の要請を受け,その談合によってE組が同工
事を受注することの了解を得たことから,それ以降,これに向けた活動をするよ
うになった。
他方,被告人は,昭和55年に大阪府警察官となり,その後,知能犯係等で談
合や汚職等の捜査を数多く手掛けていたものであるが,昭和62年ころ,選挙違
反の捜査の過程で当時大阪府議会議員選挙に立候補していたBと知り合い,それ
をきっかけに次第に同人と親しく交際するようになり,その中で,同人からDの
紹介を受けて同人とも懇意となっていた。そして,被告人は,平成12年ころ,
B及びDから,対立関係にある前記市議会議員を市政や利権から排除する方策に
ついて意見を求められ,その対応策を助言するなどしていたが,平成14年にな
って,B及びDから,同議員の利権排除のために前記工事をE組に受注させる意
向であることを打ち明けられ,前記両名の真の意図がその説明どおりではなく,
私利等を計ろうとしていると推測しながら,懇意にしているBらの信頼に応える
とともに,現職の市長と対等な付き合いのできる者として警察の中でも一目置か
れたいという気持ちなどから,その場で協力することを了承し,平成15年にB
及びDからGを紹介された際,Bらの意向に沿った談合への賛意をGにも表明し
たほか,Bから前記工事の発注にかかる事務を掌理していた同市副市長(当時助
役)Cの紹介も受けていた。その後,被告人は,Gらに対して,E組に関連する
捜査情報等の教示や各種の助言をしただけにとどまらず,E組側やBらの意向を
受けて同社に前記工事を受注させる目的でなされた工事発注形式の変更や予定価
格の増額等に関する事前工作にも積極的に関与するようになっていった。
そして,平成17年10月20日,前記工事の制限付き一般競争入札における
予定価格が56億4896万6000円(税抜き)と公告され,Fらが他の建設
業者の業務担当者と談合を行った結果,同年11月10日,E・H共同企業体が
55億6000万円(税抜き)の価格で前記工事を落札した(判示第1)。
さらに,被告人は,本件談合への関与を深めるにつれて,談合が成功した暁に
は,E組側から金銭的な見返りが得られるのではないかと期待を抱くようになり,
同年5月末ころ,懇意にしていたP株式会社社長QをGに紹介し,それ以降,Q
とともに,同社に下請工事を発注するよう繰り返し求めて,その中から利益を得
ようと画策し,これが奏効しないと知るや,Qらを介するなどして,E組に対し
て謝礼の支払の要求を強め,この間自らもGと面談して,E組の談合摘発の可能
性を示唆するなどし,これを恐れて引き続き被告人の協力を得ようとしたGらか
ら平成18年12月に1000万円の現金を賄賂として収受した(判示第2)。
3前記のとおり,本件談合は,関西の建設業界で長年行われてきた慣行的談合の
一環としてなされた構造的な犯罪というべきものである上,関西最大手のゼネコ
ンであるE組の担当者が主体となり,現職警察官である被告人のほか,A市の要
職を担う市長,副市長,市議会議員の関与の下,相当長期間に及ぶ事前工作を周
到に経た上で敢行されたものであって,その組織的かつ計画的な犯行態様は非常
に悪質である。
本件工事は前記のとおり予定価格が高額の大規模工事であって,本件談合の結
果,入札における健全な自由競争が大きく阻害され,予定価格の約98.42パ
ーセントという高率で落札されており,それによって,E組が高額の不正な利益
を獲得できる地位を得た反面,A市が無用な支出を余儀なくされる事態を招いた
ことは明らかである。また,市政の最高責任者である市長らに加え,こともあろ
うに本来談合を取り締まるべき立場の警察官である被告人までもが権力欲や私欲
等にかられてかかる談合に関与したことが社会に与えた衝撃も見過ごせない。
被告人が本件に加担したきっかけは,Bらから反対派議員の利権排除へ協力を
求められたことにあったといえるが,警察法上,不偏不党かつ公正中立にその職
務を遂行することを強く求められている警察官が一政治家のためにかかる協力を
すること自体,およそ正当な行動であるとはいいがたい上,被告人自身,Bらか
ら本件談合の件を聞かされた際,前記のとおりその裏の意図に気付いていたので
あるし,いかなる理由があろうとも,現職警察官が現に行われつつある談合を見
逃したり,さらには,それに積極的に加担したりすることが到底許されないもの
であることは,それまで談合や汚職の捜査を数多く手掛けていた被告人にとって
自明であったはずである。しかも,被告人は,平成17年ころには金銭的な見返
りをも期待しつつ行動していたというのであるから,本件談合にかかる被告人の
犯行動機に酌量の余地はおよそ認められない。
また,談合に向けた各種事前工作に深く関与したことなど,被告人が積極的に
行った行為自体が強い非難に値することは当然であるが,警察官である被告人が
関与することにより,他の共犯者らに本件で検挙されることはないとの安心感を
与えて,その不正な活動を活発化させた点も軽視することはできない。
次に,本件収賄についてみるに,被告人は,前記のように金銭的な見返りを期
待しつつ本件談合に加担した後,もっぱら交遊費等欲しさから本件賄賂を要求し,
収受するに至ったもので,その利欲的で身勝手な犯行動機に酌量の余地はまった
くない。
なるほどE組が,もっぱら自社の利益を図るため,被告人を利用して捜査情報
を得たり市側に不正な働きかけをしたりしたことで,非難されるべき点はあるも
のの,同社は,その件で当初から被告人への贈賄を考えていたわけではなく,被
告人において同社の談合摘発の可能性を示唆するなどし,同社の弱みにつけ込ん
で賄賂を要求したことから,これに屈して贈賄を決断するに至ったもので,その
手口は警察官としてあるまじき卑劣で相当に悪質なものである。
被告人が収受した賄賂は現金1000万円と非常に高額である上,被告人は,
それらをほどなく交遊費や借金返済等に費消し尽くしており,かかる収賄が日夜
職務に精励している多くの警察官の努力や心情を大きく裏切るものであることは
もとより,警察官の職務の廉潔性やこれに対する国民の信頼を著しく損なわせる
ものであることは明白である。
加えて,現職警察官である被告人が本件各犯行を敢行したことで,警察全体に
対する国民の信頼が大きく失墜し,それにより今後の円滑な警察活動や健全な市
民生活に悪影響が生じることも懸念されるところである。
以上によれば,本件の犯情は悪く,被告人の刑事責任は重いといわなければな
らない。
4そうすると,被告人が捜査段階当初より本件各犯行を一貫して素直に認め,事
実関係を詳細に供述して事案の解明に大きく寄与するなどして,真摯な反省の態
度を示していること,本件がマスコミ等で大きく報道されたほか,約26年間勤
めた警察官の職を懲戒免職により失うなど被告人が既に一定の社会的制裁を受け
ていること,被告人が現在は介護関係の仕事に従事してヘルパーの資格等も取得
しており,今後も,介護や福祉関係の仕事に取り組むことで社会に対する償いを
果たしたいと述べていること,証人として出廷した妻が被告人の監督と更生への
協力を誓約していること,被告人に前科がないこと,被告人が日本司法支援セン
ター等に合計400万円を贖罪寄附していることなど,被告人にとって酌むべき
事情を最大限に考慮しても,なお本件事案の悪質性や重大性に鑑みれば,被告人
に対しては,主文の実刑をもって臨むのが相当である。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑懲役4年,1000万円追徴)
平成20年1月16日
大阪地方裁判所第3刑事部
裁判長裁判官樋口裕晃
裁判官橋本健
裁判官能宗美和

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