弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被上告人の控訴を棄却する。
     控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人亀川清の上告理由について
 一 原審の適法に確定した事実関係は、概要、次のとおりである。
 1 被上告人の所有する本件土地は、下水道法二条七号にいう「排水区域」のう
ち、同条八号にいう「処理区域」にある。
 2 被上告人は、昭和五四年六月ころ、本件土地及びその地上に存した旧建物を
取得したものであるが、本件土地は、その北側に位置する上告人の所有する土地な
どに取り囲まれた袋地で、被上告人が本件土地を取得する以前から、代々の所有者
は、上告人の所有する土地のうちの本件通路部分からその西側に存する本件私道を
経て公道に出ていた。なお、本件私道は、建築基準法四二条にいう道路であるが、
本件通路部分は、同条にいう道路ではなく、旧建物は、同条にいう道路に接しない
建物であった。
 3 被上告人から本件土地の管理を任されていた母親のDは、昭和六〇年四月こ
ろ、旧建物をほぼ全面的に解体して新たに本件建物を建築したが、建築確認を受け
ていないため、特定行政庁から工事の施行の停止を命じられていたのに、これを無
視して本件建物を完成したものである。
 4 旧建物では、被上告人宅の汚水はくみ取り式で、その余の排水は本件土地に
掘った穴に吸い込ませていたので、隣地に下水を流入させることはなかったが、D
は、本件建物を建築する際、下水管を本件土地から本件通路部分を経由して本件私
道にまで敷設し、そこに埋設されている下水管に接続して排水を図ろうと考え、上
告人との協議が調わないまま、本件通路部分に下水管を敷設する工事を開始しよう
とした。これに対し、上告人は、被上告人が建築基準法四二条にいう道路に接しな
い土地であることを知りながら本件土地を取得し、建築確認の手続を経ないで本件
建物を建築したとして、本件通路部分に下水管を敷設することを拒絶した。そこで、
Dは、本件土地の西側に位置する訴外Eの所有する土地に、同人の承諾を得ないま
ま、かつ、その留守中に同人宅のブロック塀を壊して下水管を敷設し、これを本件
私道の下水管に接続した。なお、Eは、これに抗議したが、本件訴訟の結論が出る
まで暫定的に下水管の敷設を認め、現在、本件土地・建物の下水は、Eの所有地か
ら本件私道の下水管を経て公共下水道に流入している。
 5 本件私道の下水管は、その南側に位置する土地の所有者であるEら三名が敷
設したもので、上告人宅の下水の排水のためには利用されていない。
 二 被上告人の請求は、本件建物の建築に伴い、下水管を敷設して下水を排水す
る必要が生じたとし、本件通路部分に下水管を敷設するのが最も合理的であると主
張して、上告人に対し、下水管の敷設工事の承諾及び当該工事の妨害禁止を求める
ものであるが、上告人は、本件建物が建築基準法に違反して建築されたものである
ことから、違法な建築物である本件建物の下水を排水するために本件通路部分に下
水管が敷設されることを上告人が承諾する筋合いではないなどとし、本件請求は権
利の濫用に当たると主張して、これを争うところ、原審は、前記事実関係の下にお
いて、被上告人は、上告人に対し、本件通路部分に下水管を敷設すること及び当該
工事を受忍するよう求める権利を有するとした上、本件請求は権利の濫用に当たら
ないと判示して、これを認容した。
 三 しかしながら、本件請求が権利の濫用に当たらないとした原審の判断は、首
肯することができない。その理由は、次のとおりである。
 1 原審の確定した前記事実関係の下においては、本件建物の汚水を公共下水道
に流入させるには、下水管を本件通路部分を経て本件私道にまで敷設し、そこに埋
設されている下水管に接続するのが最も損害の少ない方法であると見られるので、
被上告人が上告人の所有する本件通路部分に下水管を敷設する必要があることは否
めない。
 2 しかし、本件建物は、彼上告人が建築確認を受けることなく、しかも特定行
政庁の工事の施行の停止命令を無視して建築した建築基準法に違反する建物である
というのであるから、本件建物が除却命令の対象となることは明らかである。この
ような場合には、本件建物につき、被上告人において右の違法状態を解消させ、確
定的に本件建物が除却命令の対象とならなくなったなど、本件建物が今後も存続し
得る事情を明らかにしない限り被上告人が上告人に対し、下水道法一一条一項、三
項の規定に基づき本件通路部分に下水管を敷設することについて受忍を求めること
は、権利の濫用に当たるものというべきである。ところが、被上告人は、本件訴訟
提起の前後を通じ、右の事情を何ら明らかにしていない。
 3 そうとすると、本件建物が今後も存続することができることが明らかでない
段階における本件請求は、権利の濫用として許されないというべきである。これと
異なる原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるというほかなく、その
違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原
判決は破棄を免れない。そして、以上説示したところによれば、被上告人の請求を
棄却した第一審判決は、その結論において正当であるから、被上告人の控訴は理由
がなく、これを棄却すべきものである。
 よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官
全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    藤   島       昭
            裁判官    中   島   敏 次 郎
            裁判官    木   崎   良   平
            裁判官    大   西   勝   也

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