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平成17年(行ケ)第10689号審決取消請求事件(以下「第1事件」という。)
平成17年(行ケ)第10690号審決取消請求事件(以下「第2事件」という。)
平成18年10月12日口頭弁論終結
判決
第1事件原告・第2事件被告日亜化学工業株式会社
(以下「原告」という。)
訴訟代理人弁理士豊栖康司
同豊栖康弘
第1事件被告・第2事件原告三菱化学株式会社
(以下「被告三菱化学」という。)
第1事件被告・第2事件原告化成オプトニクス株式会社
(以下「被告化成オプトニクス」という。)
上記両名(以下「被告ら」
という。)訴訟代理人弁護士大野聖二
同訴訟代理人弁理士片山健一
主文
1特許庁が無効2004-80021号事件について平成17年
8月9日にした審決中,「特許第3484774号の請求項7に
係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との部分を取
り消す。
2被告らの請求を棄却する。
3訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
(1)第1事件
主文第1項と同旨
(2)第2事件
特許庁が無効2004-80021号事件について平成17年8月9日に
した審決中,「特許第3484774号の請求項1ないし6,8に係る発明
についての特許を無効とする。」との部分を取り消す。
第2当事者間に争いのない事実
1手続の経緯
被告らは,発明の名称を「アルミン酸塩蛍光体」とする特許第348477
4号の特許(平成6年8月17日出願,平成15年10月24日設定登録。以
下「本件特許」という。請求項の数は8である。)の特許権者である。
原告は,平成16年4月20日,本件特許を無効とすることについて審判を
請求し,同請求は,無効2004-80021号事件として特許庁に係属した。
その審理の過程において,被告らは,平成16年7月16日,本件特許に係る
明細書(以下「本件明細書」という。)を訂正する請求をし,同年12月3日,
同訂正請求を補正する手続補正をした(以下,この補正後の訂正請求に係る訂
正を「本件訂正」といい,本件訂正後の本件明細書及び図面(甲35の3〔乙
12も同じ。以下,甲35の3のみを摘示する。〕)を「訂正明細書」とい
う。)。特許庁は,審理の結果,平成17年8月9日,「訂正を認める。特許
第3484774号の請求項1ないし6,8に係る発明についての特許を無効
とする。特許第3484774号の請求項7に係る発明についての審判請求は,
成り立たない。」との審決(以下,単に「審決」という。)をし,同年8月1
9日,その謄本を原告及び被告らにそれぞれ送達した。
原告は,審決中,「特許第3484774号の請求項7に係る発明について
の審判請求は,成り立たない。」との部分の取消を求めて,審決取消訴訟を提
起し(第1事件),被告らは,審決中,「特許第3484774号の請求項1
ないし6,8に係る発明についての特許を無効とする。」との部分の取消を求
めて,審決取消訴訟を提起した(第2事件)。
2特許請求の範囲
訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし8の各記載は,次のとおりで
ある(以下,請求項1ないし8に係る各発明を請求項に対応してそれぞれ「本
件発明1」などといい,これらをまとめて「本件発明」という。)。
「【請求項1】Ba,Sr及びCaから成る群より選択される少なくとも一種
の元素,Eu,Mg及び/又はZn,必要に応じてMn,並びにAlを含有
するアルミン酸塩蛍光体であって,Baを含み,X線照射試験における発光
強度の維持率が92%以上であり,且つCuKα特性X線を入射した際に得1
られる粉末X線回折パターンにおいて,ミラー指数008の位置にミラー指
数110の回折ピークと独立したピークを有さない結晶質無機化合物を含有
することを特徴とするアルミン酸塩蛍光体。
【請求項2】該結晶質無機化合物が,一般式【数1】(M,Eu)O・1
1-xx
a(M,Mn)O・(5.5-0.5a)AlO(式中,MはBa,21
1-yy23
Sr及びCaから成る群より選択される少なくとも一種の元素を表し,Mは2
Mg及び/又はZnを表し,aは0<a≦2の実数を表し,x及びyはそれ
ぞれ0<x<1,0≦y<1の実数を表す)で表されるアルミン酸塩蛍光体
であることを特徴とする請求項1に記載のアルミン酸塩蛍光体。
【請求項3】x及びyが,それぞれ【数2】0.1≦x≦0.50≦y≦
0.2であることを特徴とする請求項2に記載のアルミン酸塩蛍光体。
【請求項4】aが,【数3】1≦a≦2の実数であることを特徴とする請求
項2又は3に記載のアルミン酸塩蛍光体。
【請求項5】xが,【数4】0.1≦x≦0.15である場合,Mの元素の1
構成比が【数5】0.2≦Sr/(Ba+Sr+Ca+Eu)<1を満足す
るものであることを特徴とする請求項3又は4に記載のアルミン酸塩蛍光体。
【請求項6】y=0であることを特徴とする請求項2乃至5に記載のアルミ
ン酸塩蛍光体。
【請求項7】該結晶質無機化合物の単相からなることを特徴とする請求項1
乃至6に記載のアルミン酸塩蛍光体。
【請求項8】X線照射試験における発光強度の維持率が92%以上であるこ
とを特徴とする請求項1乃至7に記載のアルミン酸塩蛍光体。」
3審決の理由
別紙審決書の写しのとおりである。要するに,下記(1)の理由により,本件発
明1~6,8は,特許法29条1項3号に違反して特許されたものであるから
無効とすべきであるが,下記(2)の理由により,本件発明7は,原告の主張及び
証拠方法によっては無効とすることはできない,としたものである。
(1)本件発明1~6,8は,特公昭52-22836号公報(以下「引用例」
という。甲4〔審決における「甲4」〕)に記載された発明(以下「引用発
明」という。)と同一である。
なお,審決は,上記判断をするに当たり,①原告は引用例の実施例9を真
正に追試したものというべきであるから,原告の追試により製造されたS2
蛍光体は,引用例の実施例9に記載された発光材料であり,②原告の追試に
より製造されたS2蛍光体は,「ミラー指数008の位置にミラー指数11
0の回折ピークと独立したピークを有さない」ものであり,かつ,「X線照
射試験における発光強度の維持率が92%以上である」ものと認められる,
と認定判断した。
(2)ア本件発明7は,特開平3-2296号公報(甲3〔審決における「甲
3」〕)に記載された発明と同一ではない(以下「理由(2)ア」という。)。
イ本件発明7は,引用発明及び特開平3-106988号公報(甲5〔審
決における「甲5」〕)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明
をすることができたものではない(以下「理由(2)イ」という。)。
ウ本件発明7は蛍光体の発明であるところ,どのような蛍光体であるかに
ついては,特許請求の範囲の請求項7に記載されるとおりであって,当該
蛍光体を構成する元素,性状等,これを特定する構成は記載されているの
であるから,当該蛍光体が不明確であるとすることはできず,また,訂正
明細書の段落【0024】~【0035】に,具体的に実施例として製造
方法も記載されているから,訂正明細書には本件発明を容易に実施しうる
程度に十分に記載されていると認められ,したがって,訂正明細書の記載
は特許法36条4項に規定する要件を満たしている(以下「理由(2)ウ」と
いう。)。
なお,本件特許は平成6年8月17日に出願されたものであるから,審
決にいう特許法36条4項とは,平成6年法律第116号による改正前の
特許法におけるものと解され(以下,本判決における上記規定についても,
同様である。),また,審決書26頁30行~38行において用いられて
いる「特許明細書」,「本件特許明細書」,「本件明細書」との各用語は,
いずれも訂正明細書をいうものと解される。
第3第1事件についての当事者の主張
1原告主張の取消事由の要点
審決は,本件発明7につき,進歩性の判断(理由(2)イ)及び実施可能要件の
判断(理由(2)ウ)を誤ったものであるから,審決中,「特許第3484774
号の請求項7に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との部分は,
違法として,取り消されるべきである。なお,新規性の判断(理由(2)ア)につ
いては争わない。
(1)取消事由1(本件発明7についての進歩性の判断の誤り)
審決は,「甲第4号証及び甲第5号証(判決注:引用例及び甲5)のいず
れにも,本件発明7の構成要件である『X線照射試験における発光強度の維
持率が92%以上であり,且つCuKα特性X線を入射した際に得られる粉1
末X線回折パターンにおいて,ミラー指数008の位置にミラー指数110
の回折ピークと独立したピークを有さず,かつ,該結晶無機化合物の単相か
らなる』という点については記載も示唆もされていない。そして,これを構
成要件として有すことにより,本件発明7の蛍光体は,発光強度の低下が少
ない,という本件特許明細書段落【0007】に記載されるような課題を解
決し,当業者の予測の範囲外の効果を奏するものと認められる。したがって,
本件発明7は,甲第4号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて当業
者が容易に発明をすることができたものではない。」(審決書26頁8行~
18行)と認定判断したが,以下のとおり,誤りである。
ア構成の容易性について
(ア)「X線照射試験における発光強度の維持率が92%以上であり,且
つCuKα特性X線を入射した際に得られる粉末X線回折パターンにお1
いて,ミラー指数008の位置にミラー指数110の回折ピークと独立
したピークを有さない」との構成は,請求項7が引用する請求項1に係
る発明(本件発明1)の構成であり,これらが引用例に記載されている
ことは,審決が認定判断したとおりであり(審決書24頁19行~20
行),審決の上記認定判断に被告ら主張の誤りがないことは,後記第4,
2のとおりである。
(イ)「該結晶無機化合物の単相からなる」点は,引用例及び甲5に明示
的には記載されていない。
しかし,一般に,蛍光体の製造においては純度を高めて高品質なもの
を得ようと当業者は努めるはずであり,また,甲21(蛍光体同学会編
「蛍光体ハンドブック」株式会社オーム社昭和62年12月25日発行,
166頁)にも記載されているように,不純物を含むと特性が悪化する
ので,不純物を極力排除するよう努めて不純物相を含まない「単相」と
すべきことは,本件特許の出願当時,周知であった。
訂正明細書には「単相」について説明する記載がないが,仮に被告ら
が主張するように,「単相」を「単一の相」,すなわち「不純物相を含
まない相」であるとすれば,引用例に実施例9として記載された発光材
料を「単相」とすることは,当業者が容易に想到することができたもの
というべきである。
(ウ)①被告らは,「不純物元素」と「不純物相」とを区別し,不純物元
素が含まれていても,単相を形成する場合もある,「単相」は「不純
物相」を含まないが「不純物」を含むことはあるなどと主張する。
しかし,そのような解釈は訂正明細書から導き出せない。訂正明細
書には「不純物」との記載があるが,「不純物相」との記載はないか
ら,被告らの主張は「単相」の説明となり得ない。
②被告らは,乙1(蛍光体同学会編「蛍光体ハンドブック」株式会社
オーム社昭和62年12月25日発行,268頁~269頁)を挙げ,
原料を精製して不純物を取り除くことと,得られる蛍光体を不純物相
を含まない「単相」とすることとは,全く次元の異なる事項である旨
主張する。
しかし,不純物元素が結晶格子に取り込まれずに不純物相を形成す
る場合,得られる蛍光体を不純物相を含まない「単相」とすることは
できないから,被告らの主張は誤りである。
③被告らは,甲21における単相を得る手段が原料の精製を行う程度
であるのに対し,本件発明7はこれと異なり,強還元性雰囲気中で焼
成することにより不純物相の生成を抑止して「単相」の蛍光体を得る
ものであって,後者は,本件特許の出願当時,当業者が通常行う手法
ではなかった旨主張する。
しかし,強還元性雰囲気中での焼成については,訂正明細書の特許
請求の範囲の請求項7に何ら特定されていない。被告らの主張は,特
許請求の範囲の記載に基づかないものであり,失当である。
イ作用効果について
(ア)審決は,本件発明7が「発光強度の低下が少ない,という本件特許
明細書段落【0007】に記載されるような課題を解決し,当業者の予
測の範囲外の効果を奏する」というが,当該効果は「X線照射試験にお
ける発光強度の維持率が92%以上であり,且つCuKα特性X線を入1
射した際に得られる粉末X線回折パターンにおいて,ミラー指数008
の位置にミラー指数110の回折ピークと独立したピークを有さない」
という,本件発明に共通する構成に基づく作用効果にすぎず,「単相」
という本件発明7に固有の構成によって生じる特有の作用効果は,訂正
明細書から読み取ることができない。
本件発明7と引用発明との相違は,「単相」との構成の有無以外には
なく,当該相違によって生じる本件発明7に特有の作用効果が訂正明細
書に開示も示唆もされない以上,本件発明7の進歩性は否定されるべき
である。
審決は,本件発明7を限定する「単相」との構成による作用効果の認
定を誤ったものであり,取り消されるべきである。
(イ)①被告らは,訂正明細書の段落【0007】に記載された「特定の
アルミン酸蛍光体」が不純物相を含まない「単相」の蛍光体を意味す
る旨主張するが,「特定の」との文言に依拠して「単相」の意味を包
含させようとする被告らの主張には根拠がない。
②被告らは,本件発明7の作用効果に関し,訂正明細書の段落【00
12】及び【0002】の各記載を挙げるが,これらを検討しても,
「単相」との構成が具体的に発光強度や発光スペクトル分布に関する
作用効果とどのように関係するのか明らかでなく,被告ら主張には根
拠がない。
「単相」との文言は,訂正明細書の特許請求の範囲の請求項7にし
か記載されていない以上,その作用効果は,本件特許の出願時におい
て,当業者に自明な範囲でしか解釈し得ないものというべきである。
(2)取消事由2(本件発明7についての実施可能要件の判断の誤り)
審決の理由(2)ウは,以下のとおり,誤りである。
ア訂正明細書(甲35の3)には「単相」の蛍光体についての記載がない
から,本件発明7における「単相」の意味は不明瞭であり,また,「単
相」と限定したことによる作用効果も明らかでない。
(ア)被告らは,訂正明細書には「単相」が「不純物相を含まない相」で
あることを当業者が認識し得るに十分な記載がなされていると主張し,
同明細書の段落【0012】,【0015】,【0027】の各記載を
挙げるが,いずれもそのように解釈する根拠とはならない。
①訂正明細書の段落【0012】には,蛍光体の構成元素がどのよう
な場合に各構成元素の濃度がどの範囲であれば「単相」となるのかは,
開示されていない。
②訂正明細書の段落【0015】の記載によれば,発光に悪影響を殆
ど及ぼさない透明な不純物が蛍光体中に混在している場合と,このよ
うな不純物を含んでいない場合とを比べると,蛍光体の発光特性はほ
とんど差がないことになるから,この場合は「単相」であることによ
って生じる作用効果はほとんどないということになる。
③被告らは,訂正明細書の段落【0027】の記載から当業者が「単
一の相」のみを含むことを認識する旨主張するが,空間群や格子定数
が単一であることは訂正明細書に記載されていない。
(イ)①被告らは,訂正明細書に「単相」が「不純物相を含まない相」で
あることを当業者が認識し得るに十分な記載がなされているとの主張
の根拠として,訂正明細書の「表3」(段落【0043】の【表9】
~【0046】の【表12】)をも挙げるが,訂正明細書には「表
3」について説明する記載がなく,これが本件発明7に関するもので
あるということはできない。
②甲24(被告三菱化学従業員作成の「X線回折チャート」説明図
〔審決における「乙4」〕)及び甲25(被告化成オプトニクス従業
員作成の平成16年7月13日付け「実験成績証明書」〔審決におけ
る「乙2」〕)によれば,被告らは,回折角度2θが37.7度の位
置に存在するピークをAlO相と同定している。また,訂正明細書23
の段落【0015】ではAlOを不純物としている。23
上記の点を前提に訂正明細書の「表3」を検討すると,これには3
7.7度のピークが示されているから,不純物相を含んでおり,「単
相」ではないことになる。
なお,この点につき,被告らは,37.7度のピークは本件発明7
の蛍光体が本来持つ回折ピークであり,これがたまたまAlO相が23
持つ回折角度2θと一致しているにすぎないと主張するが,審判手続
の段階での主張(甲24,25)を翻すものであって,禁反言の法理
により認められない。
③本件発明は「ミラー指数008の位置にミラー指数110の回折ピ
ークと独立したピークを有さない」ものであるところ,「表3」の蛍
光体は,回折角度2θが31.6度の位置(ミラー指数008の位置
に相当する。)にピークの存在が示されているから,本件発明に該当
しない。
④訂正明細書の「表3」と,被告らが本件発明7のX線回折パターン
である旨主張する乙2(第1回弁論準備手続における被告らの技術説
明資料)に示されるパターンとを対比すると,2θが60~65度の
範囲におけるピーク数が,前者は7個,後者は3個であり,一致しな
い。
⑤被告らは「表3」が粉末X線回折パターンを測定した実測値ではな
く,リートベルト解析により求めた解析値すなわち計算値であること
を認めているところ,リートベルト解析によって「単相」を確認する
には,計算値すなわち理論値として得られたX線回折ピークの値と,
実際に作製した蛍光体のX線回折ピークを測定して得られる実測値と
を対比して,両者が一致していることを確認し,結晶構造を同定して
「単相」であるかどうかを判断することが必要である。しかるに,訂
正明細書には,実測値が開示されず,計算値であることの説明もない
から,訂正明細書に開示された蛍光体が「単相」であることを当業者
が客観的に判断することはできない。
また,段落【0014】は,「表1又は表2」に示す原子座標位置
を占有すると解析される旨の記載を有するにとどまり,実施例1で得
られた蛍光体を解析したものが「表3」であることや,当該蛍光体が
「単相」であることを説明するものではない。
被告らは,乙13の1~4(被告らによるリートベルト解析結果)
を示し,訂正明細書の「表3」が実験値に基づいて作成されたもので
ある旨主張するが,乙13の1~4が訂正明細書に開示されていない
以上,当業者はリートベルト解析を行うことができず,「単相」であ
ることを確認できない。なお,乙13の3のX線回折チャートは,乙
2のデータと一致せず,実験条件も甲25と一致していないから,信
憑性を欠くものである。
(ウ)被告らは,本件発明7の進歩性に関して,本件発明7は,BaMg
AlO化合物の単一相から得られるX線回折パターンがJCPD1017
S粉末データファイルに登録されたBaMgAlO化合物の回折1017
データとは一致しないこと(JCPDS粉末データファイルに登録さ
れたBaMgAlO化合物の回折データが誤りを含んでいるこ1017
と)を明らかにしたことに基づくものであり,この業績により「蛍光
体賞」を受賞したと主張する。
しかし,本件発明7は,被告らが新たに発見したと主張する結晶構
造を特定しておらず,単に「単相」とするのみである。従来単相と考
えられていたBAM蛍光体が,被告らの発見により正確な構造に置き
換えられたとしても,それは「単相」を発明したのではなく,新たに
「単相」を定義したにすぎない。そして,被告らのいうBAM蛍光体
の結晶構造が誤りである可能性も否定できないし,単相と認められる
か否かは,測定精度等に大きく依存するのであるから,結局,本件発
明7における「単相」の定義は不明瞭というべきである。
なお,被告らが指摘する「蛍光体賞」の受賞理由は,原子位置の座
標やEu,Srの添加量と格子定数の関係について発見したことにあ
り,蛍光体を「単相」としたことにあるものではないから,本件発明
7とは無関係であるし,そもそも単相の構造を解明することと実際に
単相の蛍光体を製造することは別問題である。
イ仮に本件発明7にいう「単相」が「不純物相を含まない相」を意味する
としても,訂正明細書には「不純物相を含まない蛍光体」の製造方法は記
載されていないから,本件発明7を容易に実施することができる程度の記
載が訂正明細書にあるとはいえない。
発明の実施とは,物の発明においてはその物を作ることができ,かつ,
その物を使用できることであるところ,どのようにして「単相」の蛍光体
を製造するかは,訂正明細書中に何ら言及されていない。すなわち,請求
項7には,単に「結晶質無機化合物の単相からなる」と記載されているに
とどまり,これを特定できるだけの構成が記載されているとはいえないし,
発明の詳細な説明には,「単相」を達成するための手段が言及されていな
い。
審決は,訂正明細書の段落【0024】~【0035】に,具体的に実
施例として製造方法も記載されているとするが,これらの実施例で得られ
た蛍光体が「単相」であるか否かは不明である。
被告らは,訂正明細書には特定の結晶質無機化合物を「不純物相」を含
まないように焼成するための好ましい製造方法について記載されているこ
とは明らかであり,このことは,段落【0024】~【0035】に「表
3」が記載されていることなどからも明らかであると主張するが,訂正明
細書には,蛍光体の構成元素がどの場合に各構成元素の濃度がどの範囲に
おいて「単相」となるのか記載されていないし,実施例及び比較例の蛍光
体は同じ強還元性雰囲気中で焼成しているが,いずれの蛍光体が「単相」
のアルミン酸塩蛍光体であるのかが全く記載されていない。また,前記の
とおり,訂正明細書には「表3」について説明する記載がない。
このように,訂正明細書からは「不純物相を含まない蛍光体」を製造す
る方法は不明であって,実施例で得られた蛍光体が「単相」であるかどう
かも不明である。
2被告らの反論の要点
審決の本件発明7に関する理由(2)イ及びウの判断に誤りはなく,原告主張の
取消事由1,2はいずれも失当である。
(1)取消事由1(本件発明7についての進歩性の判断の誤り)について
ア構成の容易性について
(ア)原告は,「X線照射試験における発光強度の維持率が92%以上で
あり,且つCuKα特性X線を入射した際に得られる粉末X線回折パタ1
ーンにおいて,ミラー指数008の位置にミラー指数110の回折ピー
クと独立したピークを有さない」との構成は,請求項7が引用する請求
項1に係る発明(本件発明1)の構成であり,これらが引用例に記載さ
れていることは,審決も認めている旨主張するが,審決の上記認定判断
が誤りであることは,後記第4,1のとおりである。
(イ)①原告は,本件発明7の「単相」との構成について,甲21の記載
から,不純物を含むと特性が悪化すること,このため不純物を極力排
除するよう努め,不純物相を含まない「単相」とすべきことが,本件
特許の出願当時周知であった旨主張する。
しかし,甲21から原料の不純物を極力排除するよう努めることが
周知であったとしても,そのことは直ちに蛍光体を「不純物相を含ま
ない『単相』とすべきこと」までをも意味するものではない。すなわ
ち,原料を精製してその純度を高めても,焼成物中の不純物相を必ず
しも排除し得ないことや,出発原料が同じであっても,焼成物中の不
純物相を排除し得ないことは,乙1に記載されるように,本件特許の
出願時の技術常識に照らしても明らかであり,不純物元素が含まれて
いても,その不純物元素が結晶格子に取り込まれて単相を形成する場
合もあり,原料に不純物が含まれることと不純物相が生じることとは
同じことを意味するものではない。つまり,原料を精製して不純物を
取り除くことと得られる蛍光体を「不純物相を含まない『単相』とす
ること」とは,全く次元の異なる事項である。
②甲21によれば,当業者にとって「単相」を得るための手段は,原
料の精製を注意深く行う程度であるところ,本件発明7は,これとは
全く異なる手法である強還元性雰囲気中での焼成等の適切な還元焼成
条件とすることにより得られた特定の結晶質無機化合物のみを含む
「単相」のアルミン酸塩蛍光体であり,このような還元焼成条件で不
純物相の生成を抑制して「単相」の蛍光体を得ることが,本件特許の
出願当時,当業者が通常行うことでなかったことは明らかである。
③原告は,被告らの「不純物」と「不純物相」の使い分けには矛盾が
あると主張する。
しかし,「不純物」とは「ある物質に少量混じった余計な別の物
質。」(広辞苑第5版)を意味する文言であるから,「ある物質」に
混じった「余計な別の物質」を結晶相の観点から眺めた場合には「不
純物相」とし,「余計な別の物質」を元素の観点から眺めた場合には
「不純物元素」とすることに,何ら矛盾はない。
例えば,訂正明細書の段落【0015】では,「AlOやMgA23
lO」が「不純物」とされているが,これらの「不純物」が「蛍光24
体中に混在している場合には,上記の回折ピーク以外に不純物の回折
ピークが加わったパターンとなる。」との記載に接した当業者にとっ
ては,「AlOやMgAlO」がX線の回折ピークを示し得る結2324
晶相として記載されていることは自明であり,これらの結晶相が「特
定」の結晶質無機化合物の相との関係においては「不純物相」となる
ことも明らかである。
イ作用効果について
(ア)①訂正明細書の段落【0007】には,「特定のアルミン酸蛍光体
は蛍光ランプ点灯時に発光強度の低下が少ないことを見出し」との記
載があり,この記載中の「特定のアルミン酸蛍光体」が不純物相を含
まない「単相」の蛍光体を意味することは,訂正明細書の記載全体か
ら明らかである。
つまり,「X線照射試験における発光強度の維持率が92%以上で
あり,且つCuKα特性X線を入射した際に得られる粉末X線回折パ1
ターンにおいて,ミラー指数008の位置にミラー指数110の回折
ピークと独立したピークを有さない」との点は,焼成により得られた
アルミン酸塩蛍光体中に「特定のアルミン酸蛍光体」が支配的に含有
されることにより発現される効果であり,この「特定のアルミン酸蛍
光体」の相が「単相」として得られることが好ましいことは,明らか
である。
②また,訂正明細書の段落【0012】に「xは結晶構造的には,0
から1迄可変であるが,十分な発光強度を得られ,しかも,蛍光灯点
灯時の発光強度の低下を防止するのに有効なのは,0.1以上0.5
以下である。」と記載されているように,本件発明は十分な「発光強
度」を有することを前提とした上で,「蛍光灯点灯時の発光強度の低
下」という作用効果を奏するものである。そして,不純物相の生成は,
発光強度維持率の低下にとどまらず,発光強度そのものの低下にもつ
ながってその発光特性を悪化させることは当業者にとって明らかであ
り,仮に発光強度維持率が一定の値を示したとしても,十分な発光強
度が得られなければ,そもそも蛍光体としての特性を満足し得ないこ
とは明らかである。この意味においても,「特定のアルミン酸蛍光
体」が「単相」として得られることが好ましいことは,明らかである。
③本件発明が蛍光ランプに適した蛍光体を得ようとするものであるこ
とは,訂正明細書全体から明らかであるが(段落【0001】参照),
段落【0002】にもあるように,蛍光ランプに使用される蛍光体と
しては比較的狭帯域の発光スペクトル分布を有するものが適しており,
単相とすることにより狭帯域の発光スペクトルが得られるという作用
効果をも奏する。この点においても,本件特許7は当業者が予測し得
ない効果を奏するものである。
④したがって,訂正明細書には,「単相」であることによって生じる
特有の作用効果が開示も示唆もされていないとする原告の主張は理由
がなく,審決の「本件発明7の蛍光体は,発光強度の低下が少ない,
という本件特許明細書段落【0007】に記載されるような課題を解
決し,当業者の予測の範囲外の効果を奏するものと認められる。」
(審決書26頁14~16行)との認定判断に誤りはない。
(イ)本件発明7は,BaMgAlO化合物の単一相から得られるX1017
線回折パターンがJCPDS粉末データファイルに登録されたBaMg
AlO化合物の回折データとは一致しないこと,換言すれば,JC1017
PDS粉末データファイルに登録されたBaMgAlO化合物の回1017
折データが誤りを含んでいることを明らかにしたことに基づくものであ
って,この業績が社会的にも価値あるものと認められて1997年に電
気化学会蛍光体同学会より「蛍光体賞」を受賞するに至ったものであり,
この点に照らしても,本件発明7が進歩性を有することは明らかである。
(2)取消事由2(本件発明7についての実施可能要件の判断の誤り)について
ア訂正明細書(甲35の3)には,以下のとおり,「単相」の意味が「不
純物相を含まない相」であることを当業者が認識し得るに十分な記載がな
されており,また,当業者である原告自らも「単相」を「不純物相を含ま
ない相」と観念している。したがって,本件発明7における「単相」の意
味が不明瞭であり,「単相」と限定したことによる作用効果も明らかでな
いとの原告主張は,いずれも失当である。
(ア)①訂正明細書の段落【0005】には,「還元焼成条件が適切でな
い場合にはEuAlO等の不純物が析出してしまう」との記載があり,3
EuAlO等の不純物相が含まれていると特定の「単一相」からなる3
結晶質無機化合物であるとはいえず,「単相」の結晶質無機化合物で
はないことが示されている。
②訂正明細書の段落【0012】には,「0.5を越えるとEuAl
Oの析出が顕著になり」,「非発光物質である不純物の混在が顕著と3
なり」との記載があり,EuAlOや非発光物質が不純物相として観3
念され,これらの相の析出や混在を抑制することが発光強度の低下防
止にとって重要であることが示されている。
③訂正明細書の段落【0015】には,「AlOやMgAlOな2324
どの発光に悪影響を殆ど及ぼさない透明な不純物が蛍光体中に混在し
ている場合には」との記載があり,AlOやMgAlOなどが不2324
透明な不純物相として観念され,これらの不純物相が混在する場合に
は発光そのものへの悪影響は殆どないものの,得られる蛍光体は単一
の相とはならないことが示されている。
④訂正明細書の段落【0027】には,「この蛍光体の空間群はP6
/mmc,格子定数はa=5.636Å,c=22.643Åであ3
り」との記載があり,空間群が「P6/mmc」であって,その結晶3
構造(対称性)が単一であることが示されており,当該結晶の格子定
数も単一であることも示されているから,上記蛍光体が「単一の相」
のみを含むものと認識されることは明らかである。
(イ)①訂正明細書の「表3」は,段落【0025】~【0027】に説
明されている実施例1で得られた蛍光体のX線回折パターンの解析結
果であり,「バリウムマグネシウムアルミン酸塩蛍光体」以外のX線
回折ピークが現れておらず,実施例1で得られた蛍光体が「バリウム
マグネシウムアルミン酸塩蛍光体」の結晶質無機化合物相以外の相を
含んでおらず,「単相」であることを示すものである。
なお,本件発明7において「単相」であるか否かは,蛍光体のX線
回折パターン中に不純物(相)のピークが認められるか否かにより,
判断するものである。「単相」とは,X線回折パターン中に本来得よ
うとする特定の結晶質無機化合物のピークのみが認められることを意
味する。このことは,訂正明細書の「表3」が,X線の回折角度(2
θ)のそれぞれにミラー指数付けを行うことで得られたバリウムマグ
ネシウムアルミン酸塩蛍光体が「単相」であることを確認しているこ
とから明らかであり,当業者の技術常識にも合致する。
②原告は,「表3」における37.7度のピークが不純物であるAl
O相のピークである旨主張するが,このピークは,本件発明7の蛍23
光体が本来もつ回折ピークであり,たまたまAlO相の回折角度に23
一致したにすぎない。なお,審判手続の段階において,被告らは37.
7度のピークを,主としてAlOからの回折によるものと判断した23
にすぎず,BAM相からの回折ピークではあり得ないとしたわけでは
ない。
③原告は,「表3」に回折角度2θが31.6度の位置(ミラー指数
008の位置)にピークがあることを指摘するが,本件発明7におい
て「ミラー指数008の位置にミラー指数110の回折ピークと独立
したピークを有さない」ということは,「ミラー指数008の位置に
回折ピークがない」ということを意味するものではない。訂正明細書
の実施例1に記載されている蛍光体もミラー指数008からの回折ピ
ークは存在しているが,実施例1に係る図1では本件発明7の蛍光体
の格子定数cが短くなっているために,ミラー指数008の回折ピー
クが高角度側にシフトしてミラー指数110の回折ピークと接近して
いる結果,「独立して極大値を持たない」にすぎないのである。
④原告は,「表3」の回折角度2θが60~65度の範囲におけるピ
ーク数が乙2に示されるX線回折パターンにおけるピーク数と相違す
る旨指摘するが,乙2のX線回折パターンでは,本来得られるべき7
個のピークがそれぞれ近接していることにより,60~65度の範囲
のピークが3つしか存在しないように見えているにすぎない。
⑤原告は,実測値が開示されず,計算値であることの説明もない訂正
明細書によっては,開示される蛍光体が「単相」であることを当業者
が客観的に判断することはできない旨主張する。
しかし,訂正明細書の段落【0014】には,「本発明の蛍光体に
含有される結晶質無機化合物を構成する元素の原子位置は,粉末X線
回折パターンに基づくリートベルト解析法により求められる」との記
載があり,当業者には蛍光体が「単相」であるかどうかを客観的に判
断する手掛かりが与えられている。
また,訂正明細書の実施例1で得られたリートベルト解析の結果は,
乙13の1~4のとおりである。「表3」はこのような実験値に基づ
いて作成されたものであり,ミラー指数の回折ピーク同士が近接して
「独立して極大値を持たない」場合には,それぞれの回折ピークを独
立した回折ピークとして分離するための結晶構造解析(リートベルト
解析)を行い,その解析結果をまとめたものである。
したがって,原告の上記主張は根拠がない。
イ訂正明細書(甲35の3)には,本件発明7にいう「単相」が本来得よ
うとする特定の結晶質無機化合物の相とは異なる「不純物相」を含まない
単一相であることを,当業者が認識し得るに十分な記載がなされているこ
とは,上記のとおりである。
そうすると,訂正明細書には,一貫して,本来得ようとする特定の結晶
質無機化合物を「不純物相」を含まないように焼成するための好ましい製
造方法が記載されていることは明らかである。そして,このことは,審決
が言及した段落【0024】~【0035】に,上述した「表3」が記載
されていることなどからも明らかである。
このように,訂正明細書には「不純物相を含まない蛍光体」の製造方法
が記載されており,原告の主張は失当である。
第4第2事件に関する当事者の主張の要点
1被告ら主張の取消事由の要点
原告の追試は本件発明1と同じ試験によりなされたものとはいえないから,
本件発明1~6,8が引用発明と同一であるとした審決の認定判断は誤りであ
り,審決中,「特許第3484774号の請求項1ないし6,8に係る発明に
ついての特許を無効にする。」との部分は,違法として取り消されるべきであ
る。
(1)審決は,「第1回口頭審理調書(判決注:乙15)に記されているように,
『請求人(判決注:原告)の行った追試におけるX線照射試験は,本件特許
明細書段落【0021】に記載された方法である。』から,請求人の追試に
おけるX線照射試験は,本件発明1におけるX線照射試験であると認められ
る。そうしてみると,S2蛍光体は,本件発明1と同じ試験を行い,発光強
度維持率92%を得たものということができる。」(審決書23頁14行~
19行)と認定判断したが,追試が「本件発明1と同じ試験」とされるため
には,下記ア及びイのとおり,X線照射において下記①ないし③の条件が必
要であるから,審決の上記認定判断には論理に飛躍がある。
①対陰極から発生する白色X線が,試料面に垂直に照射されていること
(以下「条件①」という。)。
②対陰極から発生して管球の窓から取り出された白色X線が,窓と試料
面との中間に一切の遮蔽物を設置することなく試料面に照射されている
こと(以下「条件②」という。)。
③発光強度測定に供された試料が,X線照射された試料そのものである
こと(以下「条件③」という。)。
なお,被告らが行った引用発明の追試は,甲25が示すとおり,条件①な
いし③の下で行われたものである。
ア訂正明細書(甲35の3)の段落【0021】に記載された方法である
ことは,直ちに「本件発明1におけるX線照射試験である」ことを意味し
ない。
訂正明細書の段落【0021】に記載されたX線照射条件は,アルミン
酸塩蛍光体の加速劣化試験のためのものであるから,当該X線照射は,X
線を試料面に垂直に照射すること(条件①),及び,銅対陰極から発生し
て管球の窓から取り出された白色X線を窓と試料面との中間に一切の遮蔽
物を設置することなく試料面に照射すること(条件②)を,当然の前提と
している。
しかるに,審決は,原告の追試における加速電圧,電流値,試料と銅対
陰極との距離,及びX線照射時間が,訂正明細書の段落【0021】に記
載された条件と同一であるということのみを根拠として,「原告の追試に
おけるX線照射試験は,本件発明1におけるX線照射試験であると認めら
れる」と結論付けたものであり,論理に飛躍がある。
イ審決がいうように,「請求人の追試におけるX線照射試験は,本件発明
1におけるX線照射試験であると認められる」としても,そのことから直
ちに,「S2蛍光体は,本件発明1と同じ試験を行い,発光強度維持率9
2%を得たものということができる」とはいえない。
訂正明細書の段落【0021】に「X線照射試験は,……試料に6時間
照射した後に,……発光強度を測定し,……」と記載されているとおり,
「本件発明1におけるX線照射試験」はX線照射と発光強度測定が同一の
試料について行われることを前提としており,同一の試料であるとはX線
照射を受けた試料のX線照射領域の試料を意味することは明らかであるか
ら,「S2蛍光体は,本件発明1と同じ試験を行い,発光強度維持率92
%を得たものということができる」とするためには,X線照射された試料
がそのまま発光強度測定にかけられることが必要である(条件③)。
しかるに,審決は,原告の追試におけるX線照射条件(の一部)が本件
発明1におけるX線照射条件と同一であることを根拠に,「S2蛍光体は,
本件発明1と同じ試験を行い,発光強度維持率92%を得たものというこ
とができる」と結論付けたものであり,論理に飛躍がある。
(2)ア原告は,乙15(第1回口頭審理調書)に記載された「請求人の行った
追試におけるX線照射試験は,本件特許明細書段落【0021】に記載さ
れた方法である。」との陳述や,甲37(被告らの平成17年6月9日付
け口頭審理陳述要領書)に記載された「『X線照射試験における』とは,
上述したように,本件明細書の段落【0021】の条件下で行った場合の
ことを意味している。他の条件をも包含するものではない。」との陳述に
基づいて,被告らの主張は禁反言に該当する,時機に後れた主張であるな
どと主張する。
しかし,被告らが審判手続の段階で上記のような主張をしたのは,原告
が,当業者として,訂正明細書の段落【0021】に記載された方法でX
線照射試験を行う上での技術常識である上記①ないし③の各条件を当然に
遵守した上で,追試を行ったことを前提としたものである。原告の追試が
そのような当然の前提を欠いている以上,禁反言あるいは時機に後れてい
るとの原告主張は失当である。
イ原告は,本件特許の出願時における当業者の技術水準から,条件①ない
し③が蛍光体のX線照射試験として周知であった事実ないし証拠はなく,
また,本件特許の出願当時の当業者の技術常識に照らしても,上記条件を
導き出すことは不可能であった旨主張する。
しかし,訂正明細書には,本件発明が発光強度の低下の少ないアルミン
酸塩蛍光体の提供を目的とするものであること,この課題の解決のために
X線照射前後の紫外線励起による発光強度から発光強度維持率を求めるこ
とが記載され,段落【0021】には「このX線照射試験は,蛍光ランプ
点灯時の発光強度の維持率と良い相関が取れる」との記載もある。したが
って,訂正明細書に接した当業者にとって,試料面に垂直にX線が照射さ
れなければ,垂直照射した場合に比較して単位面積当たりのX線照射強度
が低下して劣化試験としての意味を持たなくなるのであるから,対陰極か
ら発生する白色X線を試料面に垂直に照射することは当然に認識する事項
である。
同様に,対陰極から発生して管球の窓から取り出された白色X線が試料
面に照射される前に遮蔽物によってX線ビームの一部がカットされた場合
にも,遮蔽物がない場合に比較して単位面積当たりのX線照射強度が低下
して劣化試験としての意味を持たなくなるのであるから,「対陰極から発
生して管球の窓から取り出された白色X線と試料面との中間に遮蔽物を設
けないこと」も,当業者にとっては自明の事項である。
また,訂正明細書の段落【0021】には,「X線照射前の紫外線励起
による発光強度をIとし,X線照射後のそれをIとすると,X線照射後if
の発光強度維持率Mxは,Mx=100×I/I%となる。」と記載さfi
れているのであって,発光強度維持率Mxをわざわざ別個の試料で求める
ことに必然性は認められないし,同じ蛍光粉体の中から採取された試料で
あってもその特性が全く同じであるという保証はないのであるから,X線
照射前試料とX線照射後試料を同一の試料とするのが技術常識である。つ
まり,評価試料の取り扱い上の制約など特別の事情がない限り,発光強度
測定に供された試料がX線照射された試料そのものであることは,当然の
ことであるというべきである。
したがって,訂正明細書の記載及び当業者の技術常識に照らせば,条件
①ないし③は,いずれも当業者に自明な事項というべきであり,原告の主
張は失当である。
(3)原告の追試は,甲17(原告従業員作成の平成16年3月22日付け「実
験成績証明書」〔審決における「実験成績証明書1」〕),甲18(原告従
業員作成の平成17年5月25日付け「実験成績証明書2」〔審決における
「実験成績証明書2」〕),甲19(原告従業員作成の平成17年6月20
日付け「実験成績証明書3」〔審決における「実験成績証明書3」〕)に示
されるものであるが,これらは,下記ア及びイのとおり,「本件発明1と同
じ試験」ということはできない。
ア乙4(原告従業員作成の平成18年4月3日付け「実験条件陳述書」)
によれば,甲17~19の追試は,いずれもスリットが設けられた状態で
行われたものであり,条件②を満たしていない。
(ア)原告は,条件②について,原告の行ったX線照射試験では,対陰極
から発生して管球の窓から取り出された白色X線に関して,窓と試料面
との中間に,スリットはあるが,フィルターはないから,白色X線は変
化せず,追試に何ら問題はない,仮にスリットによって実効X線量が減
少するとしても僅かであって,その影響は無視できる程度に軽微である,
そもそも,X線回折装置の設計段階において,スリットによる影響を無
視できるようにX線回折装置が構成,配置されているため,事実上問題
となる程の影響を生じるとは考えられないなどと主張する。
しかし,試料に対するX線照射量がスリットによりカットされた分だ
け低下することは,自明であり,被告らの検証実験によっても,ソーラ
ースリットを用いることで試料へのX線照射量が大きく低下することが
確認されている。
(イ)原告は,追試に用いたX線回折装置は,ソーラースリットやダイバ
ージェンススリットの取り外しを予定しない構造であったと主張し,ス
リットをあえて取り外すという,本来予定されていない特殊かつ危険な
条件下で実験を行う必要があるのであれば,そのような条件を明細書中
に明示しておく必要がある旨主張する。
しかし,原告は,X線回折装置の構造上の制約により,スリットを取
り外すことなく追試を行わざるを得なかったとしても,蛍光体試料面へ
の全波長範囲のX線強度を低下させるためにX線管球と試料との間に設
置されるソーラースリットは除去する必要性を認識していた以上,審判
手続の段階で被告らの追試条件との極めて重要な相違点である上記の点
について弁明すべきであったというべきである。
(ウ)原告は,スリットのない状態でX線照射を照射することは非常に危
険な行為であり,X線回折装置が本来的に予定していない使用態様であ
る旨主張する。
しかし,粉末X線回折計はその測定目的に応じて,ソーラースリット
を取り除いて使用可能であることは,本件特許の出願当時,技術常識で
あった。例えば,平成7年10月2日の特許出願に係る乙14(特開平
9-96699号公報)には,測定方法によってソーラスリットの配設
状態を変更する必要があること(段落【0007】),ソーラスリット
ボックス内が空洞となった状態での使用があり得ること(段落【000
9】)が,技術常識として明記されている。つまり,一般的な粉末X線
回折計には,ソーラースリットの使用,不使用の選択の余地が本来備え
られており,本件発明における蛍光体の加速劣化試験においては,試料
へのX線照射強度を著しく低下させるソーラースリットは,当然のこと
として使用しない。また,X線回折装置は安全装置の動作による安全対
策がなされており,ソーラースリットを使用しない場合でも安全上の問
題は生じない設計がなされている。
イ甲17~19には,「X線照射前後の蛍光体粉末試料を測定用セルに詰
め」との記載があり,X線照射から発光強度測定に至る過程で,測定用セ
ルへの試料の詰め替えが行われているから,原告の追試では,X線照射時
の試料の状態と,発光強度測定時の試料の状態とが,必然的に異ることに
なり,条件③を満たしていない。
(ア)このような測定用セルへの詰め替えを行えば,当該詰め替えに伴う
被測定試料の粉砕等により,X線未照射領域にあった蛍光体が発光強度
測定用試料の表面に現れて発光強度測定されることとなる。つまり,発
光強度測定に供される試料の表面には,X線照射を受けた蛍光体とX線
未照射の蛍光体とが混在することとなり,発光強度維持率は見かけ上,
本来の値よりも高くなる。
したがって,原告の追試の条件では,「発光強度の維持率」を求める
ための評価試料の取扱いの点において,「本件発明1と同じ試験」とは
相違しており,しかも,技術常識に照らせば,原告の追試条件下では
「発光強度の維持率」が見かけ上高くなるであろうことが推認される。
(イ)甲17には,蛍光体の発光強度維持率として113.2%の値が記
載され(表1),甲18には,5回の測定のうち2回において101%
の値が記載され(表5),発光強度の低下の程度を評価すべく実施され
た加速劣化試験後であるにもかかわらず,その発光強度は逆に向上した
ことが示されており,技術常識からは理解し難い結果が示されている。
(4)原告は,X線照射が加速劣化試験を目的とすることについて,訂正明細書
に開示がなく,当業者の技術常識でもないから,当業者はどのような目的で
紫外線励起蛍光体にX線を照射するのかを判断できない旨主張する。
しかし,訂正明細書には,前記のとおり,本件発明が発光強度の低下の少
ないアルミン酸塩蛍光体の提供を目的とするものであり,この課題の解決の
ためにX線照射前後の紫外線励起による発光強度から発光強度維持率を求め
ること,及び,このX線照射試験は,蛍光ランプ点灯時の発光強度の維持率
と良い相関が取れることが記載されているから,訂正明細書に接した当業者
にとって,このX線照射が蛍光ランプ点灯時の発光強度の維持率と良い相関
が取れるX線照射前後での発光強度維持率の評価を目的としたものであるこ
と,すなわち,紫外線励起蛍光体の加速劣化試験を目的とするものであるこ
とは明らかである。
さらに,被告らが審判手続の段階で特許庁に提出した乙16(被告らの平
成17年6月23日付け上申書)において引用した乙21(「Electrochemi
calSocietyProceedingsVolume98-24」ImprovedVUVPhosphorsforPla
smaDisplayPanels,p103-119(1999)〔審決における「参考資料5」〕),
1017乙17(第259回蛍光体同学会講演予稿「(Ba,Sr)MgAlO
:Eu蛍光体の結晶構造と劣化機構」平成7年12月1日,23頁~262+
頁〔審決における「参考資料6〕),乙18(第269回蛍光体同学会講演
予稿,第三回蛍光体賞「アルカリ土類アルミン酸塩蛍光体の劣化機構の研究
および新緑色蛍光体の開発」,平成9年11月28日,1頁〔審決における
「参考資料6-1」〕)及び乙19(第280回蛍光体同学会講演予稿「B
AM系青蛍光体の構造劣化」平成12年2月18日,23頁~29頁〔審決
における「参考資料7」〕)には,X線照射試験が「加速劣化試験」である
ことが示されている。
また,X線は,蛍光灯内で発生する紫外線と同様に電磁波であり,かつ,
紫外線よりも短波長(高エネルギー)の電磁波である。被告らが,X線を照
射光として用いて,X線照射後の発光強度維持率と三波長域発光形蛍光ラン
プ点灯前後の色度変化との相関について調べたところ,紫外線照射試験によ
り得られた三波長域発光形蛍光ランプ1000時間点灯後の色度座標値の変
化量dyと6時間のX線照射後の発光強度維持率との間には,極めて良好な
相関関係が認められた。すなわち,本件発明におけるX線照射試験は,「蛍
光ランプ点灯時の発光強度の維持率と良い相関が取れる。」(訂正明細書の
段落【0021】)ことから,色ずれの少ない蛍光ランプを得るために適し
たアルミン酸塩蛍光体を得ることを目的とした研究開発のスピードを加速す
ることを可能とする加速劣化試験たり得るものである。
さらに,乙20(垣花眞人教授の鑑定書)においても,「当業者が本件特
許公報を読めば,本件特許公報に記載されているX線照射試験は蛍光体の加
速劣化試験を目的とするものであることを,当然に認識するものと判断す
る」,「本件特許公報を読んだ当業者であれば,本件特許公報に記載されて
いるX線照射試験を行うに際しては,X線回折装置からソーラースリットを
除くべきこと,換言すれば,ソーラースリットを挿入したままでX線照射を
行えば加速劣化試験としての意味をなさないことを,当然に認識するものと
判断する」とされているところである。
(5)被告らは,甲25において,条件①ないし③を含む詳細な追試条件を開示
し,かつ,X線用金属フィルターが蛍光体試料面への特定の波長範囲のX線
強度を低下させること,及び,ソーラースリットが蛍光体試料面への全波長
範囲のX線強度を低下させるためにX線管球と試料との間に設置されるX線
用金属フィルターやソーラースリットを除去することが必要であることも明
らかにしているところ,原告の追試に係る甲18,19は,被告らの追試に
係る甲25の提出から約1年後に作成されたものである。したがって,原告
が甲18,19を作成するに際しては,被告らの追試内容を詳細に検討し,
真正な追試であるためには,訂正明細書の段落【0021】に記載された加
速電圧(40kV),電流値(30mA),試料と銅対陰極との距離(18.
5cm),X線照射時間(6時間)などの条件に加え,条件①ないし③をも
充足する必要があること,そして,X線管球と試料との間に設置されるX線
用金属フィルターやソーラースリットを除去する必要がある理由が,X線用
金属フィルターが蛍光体試料面への特定の波長範囲のX線強度を低下させる
こと,及びソーラースリットが蛍光体試料面への全波長範囲のX線強度を低
下させるためであることを十分認識していたはずである。
しかるに,原告の追試が「窓と試料面との中間に,スリットはある」状態
で行われたことを,原告は審判手続の段階で一切明らかにせず,本件訴訟に
至って初めて明らかにしたのである。つまり,原告は,審判手続の段階にお
いて,X線管球と試料の間にソーラースリットが設けられた状態でX線照射
を行えば,ソーラースリットが蛍光体試料面への全波長範囲のX線強度を低
下させることを知りつつ,あえて「窓と試料面との中間に,スリットはあ
る」状態で追試を行い,あたかも「真正な追試」をしたかのように主張した
のである。
一方,被告らは,原告の良心を疑うことなく,原告による追試が被告らが
既に明示していた条件①~③を含む条件の下でなされたものであると信じ,
これを前提として,乙15において「請求人の行った追試におけるX線照射
試験は,本件特許明細書段落【0021】に記載された方法である」と陳述
し,審決は,「他に請求人の行った追試が真正でないとする理由もない」
(審決書21頁19行~20行)と,原告の追試が「真正」なものであるこ
とを前提に,結論を下したのである。
したがって,原告の行為は,被告ら及び審判官を錯誤に陥らせるものにほ
かならず,審決は原告の誤導によって下されたものというべきである。
2原告の反論の要点
本件発明1~6,8に関する審決の認定判断に誤りはなく,被告ら主張は理
由がない。
(1)被告らは,本件発明1におけるX線照射試験は,訂正明細書の段落【00
21】に記載された条件のほかに,条件①ないし③を充たすことが必要であ
る旨主張するが,本件発明のX線照射試験が訂正明細書の段落【0021】
に記載された方法であることは,被告ら自身が審判手続の段階で認めたこと
であり,審決を誤りということはできない。
ア被告らは,甲37において,「『X線照射試験における』とは,上述し
たように,本件明細書の段落【0021】の条件下で行った場合のことを
意味している。他の条件をも包含するものではない。」(4頁2行~10
行)と明確に述べており,この期に及んで訂正明細書の段落【0021】
に記載されていない条件があると主張することは,禁反言の法理により許
されない。
イ仮に乙15の記載が事実と異なるというのであれば,被告らは審判手続
の段階においてその旨申し述べるべきであり,乙16の提出の際など,意
見陳述の機会は十分にあった。しかるに,被告らはあえてこれを行わなか
ったのであるから,被告らの主張は時機に後れたものというべきである。
(2)被告ら主張の条件①ないし③は,本件訴訟において初めて主張された事項
であるが,訂正明細書には記載も示唆もされていない。
また,本件特許の出願時の当業者の技術水準を考慮しても,条件①ないし
③が,蛍光体のX線照射試験として周知であったとの事実ないし証拠は存在
しない。
そもそも,甲37において,被告ら自身が「X線照射試験における標準」
として「標準的なものは特にない。」(4頁11行~12行)としていると
おり,紫外線励起の蛍光体にX線を照射する試験そのものが標準的でないこ
とを,被告らは自認しているのであるから,本件特許の出願当時の当業者の
技術常識に照らしても,条件①ないし③を導き出すことは不可能である。
(3)被告らは原告の追試を真正なものではないと主張するが,原告の追試は,
意図的に実験条件の開示を控えたものではなく,訂正明細書の記載に従った
ものである。訂正明細書中に記載されておらず,技術常識でもない条件につ
いては,明記する必要がないし,また明記することもできない。
ア仮に被告ら主張の条件①について検討するとしても,乙4に記載されて
いるとおり,原告が行ったX線照射試験は,対陰極から発生する白色X線
が試料面に垂直に照射されており,白色X線は試料面の一部でなく全面に
照射されている。したがって,原告の追試は,被告らが指摘するような問
題を生ずるものではなく,適正なものというべきである。
イ(ア)仮に被告ら主張の条件②について検討するとしても,乙4に記載さ
れているとおり,原告の行ったX線照射試験は,対陰極から発生して管
球の窓から取り出された白色X線に関して,窓と試料面との中間に,ス
リットはあるが,フィルターはないから,白色X線は変化しない。スリ
ットは,X線の照射方向を一定に整え,照射対象物以外へ散乱したX線
をカットするためのものであり,スリットを透過してもX線の線質その
ものは変化しないから,スリットを介在させることによる影響は実質上
ないと考えられる。したがって,原告の追試に何ら問題はない。
(イ)被告らは,原告の追試はスリットが設置された状態で行われており,
試料に対するX線照射量はカットされた分だけ低下することは自明のこ
とであるという。
しかし,スリットをX線回折計からあえて取り外して行うことは,訂
正明細書に記載されておらず,訂正明細書の開示に従えば,スリットを
装着したまま測定を行うべきことが理解される。さらに,X線回折計か
らスリットを取り外す行為は技術常識でもなく,逆に法令上届出がなけ
れば実施できない特殊な改造に当たるため,訂正明細書に明確な指示が
ない限り,当業者が到底実施し得るものでない。被告らの主張は技術常
識に反するものというべきである。
(ウ)被告らは,スリットを用いることで実効X線量が減少するので,加
速劣化試験を目的とするX線照射がスリットやフィルターを用いずに行
われるべきことは,当業者にとって当然のことであると主張する。
しかし,スリットによって実効X線量が減少するとしても,それは僅
かであり,影響は無視できる程度に軽微である。そもそも,X線回折装
置はスリットによる影響を無視できるように設計されており,実質上問
題となる程の影響を生じるとは考えられない。
(エ)仮に,僅かなX線量の変化を問題とするようなX線照射試験を本件
発明が求めているのであれば,その旨を訂正明細書中で具体的に開示す
べきところ,そのような説明は全くない。そもそも,実効X線照射量を
問題にするのであれば,スリットによる僅かな減少といった子細を問題
にするよりも,照射X線量自体,例えば,1秒当たりのカウント数やフ
ォトン数等(これらは容易に測定できる。)を規定しておくべきである。
さらに,スリットの有無程度の僅かなX線量の変化が本件特許発明に
おいて問題となるのであれば,スリットの有無以外の条件,例えばX線
の焦点サイズの違い,X線の通路中の雰囲気の違い(通路が真空中であ
るか,大気中であるかの違い等),X線取り出し窓の厚みの違い等によ
っても照射X線量は異なるので,これらの条件も必要となるところ,訂
正明細書中には何ら説明がなく,また当業者においてもこれらの条件を
判断する指標を持たないのである。
(オ)被告らは,原告が審判手続の段階において原告の追試と被告らの追
試の条件との極めて重要な相違点について弁明すべきであった旨主張す
る。
しかし,訂正明細書に接した当業者は,段落【0021】の記載のみ
から,X線回折計からソーラースリットを排除する必要性を認識し得な
い。訂正明細書が粉末X線回折計を使用すると指示しているとおり,原
告は通常のX線回折計を使用したものであり,あえて技術常識に反する
危険な改造を行う必要性はないから,被告らの主張は失当である。
(カ)被告らは,乙14に基づき,粉末X線回折計は,その使用目的に応
じて,ソーラスリットを取り除いて使用可能であり,このことは本件特
許の出願当時,技術常識であった旨主張する。
しかし,乙14は,本件特許の出願日以後に出願されたものであり,
ソーラースリットまたはコリメータがX線回折計に使用されることを述
べているのであって,ソーラースリットが不要であることを述べている
のでないから,被告らの主張には理由がない。
ウ仮に被告ら主張の条件③について検討するとしても,乙4に記載されて
いるとおり,原告の行ったX線照射試験は,発光強度測定に供された試料
がX線照射された試料そのものである。すなわち,被告らの主張するよう
な測定用セルへの試料の詰め替えは行っておらず,X線照射を受けた蛍光
体とX線未照射の蛍光体とが混在することはない。
エ被告らは,甲17には,蛍光体の発光強度維持率として113.2%の
値が記載され(表1),甲18には,5回の測定のうち2回において10
1%の値が記載され(表5),発光強度の低下の程度を評価すべく実施さ
れた加速劣化試験後であるにもかかわらずその発光強度は逆に向上したこ
とが示されており,技術常識からは理解し難い旨主張する。
しかし,原告は訂正明細書に開示された条件に従って真正な試験を行い,
その結果を甲17に示したものである。甲17は,被告らにとって「理解
し難い事象」とされるような結果についても,そのまま表記しており,こ
のことは原告の試験結果が真正なものであることを示している。
なお,発光強度維持率が100%を超える現象の原因は明確でないが,
本件発明が対象とする紫外線励起のランプ用蛍光体に対して,線質の異な
るX線を長時間照射することに問題があると考えられる。
(4)ア被告らは,訂正明細書の段落【0021】に記載されたX線照射条件が
アルミン酸塩蛍光体の加速劣化試験のためのものである旨主張する。
しかし,本件発明のX線照射が加速劣化試験を目的とすることは,訂正
明細書に開示がなく,当業者の技術常識でもない。したがって,訂正明細
書に接した当業者は,どのような目的で紫外線励起蛍光体にX線を照射す
るのかを判断できず,X線の線量や照射角度を類推する手掛かりを訂正明
細書以外に持たないところ,段落【0021】には「X線照射試験は,銅
陰極管をX線発生源とする粉末X線回折計において40kVの加速電圧で
30mAの電流を流した時に発生する白色X線を銅陰極から18.5cm
離れた試料に6時間照射した後に,波長253.7nmの紫外線励起によ
る発光強度を測定し,照射前発光強度に対する維持率として計算すること
により行われる。」との記載があるにとどまる。これが加速劣化試験に当
たること,そのため試料に垂直に照射し,フィルターやスリットを配置し
ないこと等を示唆する何らの言及もないから,被告らの主張には全く根拠
がない。
したがって,訂正明細書の段落【0021】の記載に基づいて原告の追
試が真正なものと認定判断した審決に,何ら誤りはない。
イ被告らは,訂正明細書には,本件発明が発光強度の低下の少ないアルミ
ン酸塩蛍光体の提供を目的とするものであることが記載されており,この
課題の解決のためにX線照射前後の紫外線励起による発光強度から発光強
度維持率を求めること,及び,「このX線照射試験は,蛍光ランプ点灯時
の発光強度の維持率と良い相関が取れる」と記載されている(段落【00
21】)ことから,訂正明細書に接した当業者にとって,このX線照射が
紫外線励起蛍光体の加速劣化試験を目的とするものであることは明らかで
ある旨主張する。
しかし,既に述べたとおり,①訂正明細書に「加速劣化試験」との文言
がないこと,②訂正明細書の段落【0021】の「このX線照射試験は,
蛍光ランプ点灯時の発光強度の維持率と良い相関が取れる。」との一文の
みから,紫外線励起の蛍光体に対するX線照射試験が加速劣化試験に相当
することが技術的に裏付けられているとはいえないこと,③この記載のみ
を持って当業者が直ちに「加速劣化試験」であることを認識できないこと
によれば,本件発明が対象とする紫外線励起の蛍光体に対してX線を照射
することは,加速劣化試験に該当しないというべきである。
ウ被告らは,X線照射試験が加速劣化試験であることについて,乙16に
おいて引用した乙21及び乙17~19に示されていると主張する。
しかし,乙16が引用する乙17~18は,いずれも本件特許の出願後
に公知となった文献であり,本件特許の出願時における当業者の認識を裏
付けるものとはいえない。また,これらを検討したとしても,紫外線照射
とX線照射が並列的に列挙されているにすぎず,両者がどのような相関関
係を示しているのかは明らかでない。
エ被告らは,X線照射試験と紫外線照射試験が相関を示すものとして,X
線照射後の発光強度維持率と三波長域発光形蛍光ランプ点灯前後の色度変
化との相関について調べた実験データを提示し,紫外線照射試験により得
られた三波長域発光形蛍光ランプ1000時間点灯後の色度座標値の変化
量dyと,6時間のX線照射後の発光強度維持率との間には,極めて良好
な相関関係が認められたと主張する。
しかし,被告らの実験データは,訂正明細書に開示されたものではなく,
技術常識でもない。また,その実験データについても,使用された蛍光体
試料,焼成条件,相関を調べた変化量の指標,試料の個数,蛍光体原料等
において妥当性及び信憑性を欠くものである。
オ被告らは,乙20に基づき,訂正明細書の記載に照らせば,X線照射試
験が蛍光体の加速劣化試験を目的としたものであること,及び,X線照射
試験は装置のソーラースリットを除いて行うべきものであることは,当業
者にとって自明な事項である旨主張する。
乙20は,本件発明の目的が「蛍光ランプ点灯時に発光強度の低下の少
ないアルミン酸塩蛍光体の提供」にあること,訂正明細書の段落【001
8】の「本発明の蛍光体は,極めて高い発光強度維持率を有する。」との
記載,段落【0021】のX線照射条件として「白色X線を……試料に6
時間照射」との記載から,「当業者が本件特許公報を読めば,X線照射試
験は蛍光体の加速劣化試験を目的とするものであると認識する」と結論し
ているが,訂正明細書の段落【0018】はX線照射試験による発光強度
維持率であるから,本件発明の目的である蛍光ランプ点灯時に発光強度と
は結びつかない。
また,訂正明細書の段落【0021】に記載された「6時間」にどのよ
うな意味があるのか明らかでない。さらに,乙20は,「X線照射試験に
おいては「ソーラスリット」をあえて入れることをしないのが常識として
理解可能だからであるとするのが自然な解釈」と述べるが,訂正明細書に
開示のないX線照射装置を使用するとの前提に立ったものであり,失当で
ある。
また,「ソーラースリット」を通すことでX線ビームの発散成分や収斂
成分を除去してしまうと,「銅陰極管をX線発生源とする粉末X線回折計
において40kVの加速電圧で30mAの電流を流した時に発生する白色
X線の一部しか試料には照射されない」,「本件特許公報の段落【002
1】で示されているX線照射量に比較して低い照射量のX線が試料に照射
されてしまう結果となってしまう。」と述べるが,訂正明細書の段落【0
021】には「X線照射量」は規定されていない。
また,甲38(本仲純子教授の鑑定書)から明らかなように,特にスリ
ットを取り外さない状態でも,X線の線質自体はスリットによって変化せ
ず,蛍光体の劣化そのものは生じるのであるから,蛍光体の劣化が生じな
いかのように述べる乙20は,技術的に誤っている。
したがって,訂正明細書に接した当業者は,X線照射試験が蛍光体の加
速劣化試験であることを認識せず,X線照射試験は粉末X線回折のスリッ
トを取り外すことなく行われると判断することは明らかであって,被告ら
の主張は失当である。
(5)被告らは,あたかも原告が実験条件を秘匿したかのように主張する。
しかし,追試に際して従うべきは,訂正明細書の開示であって,被告らの
追試ではない。また,被告らの追試は,訂正明細書に開示されていない条件
を多数採用するのみでなく,訂正明細書に開示された条件とは異なる条件を
用いているから,被告らの追試に従ったのでは,正確な追試を行うことはで
きない。
また,被告らは,原告の追試に係る甲18,19が被告らの追試に係る甲
25の約1年後に作成されたことを指摘するが,そもそも原告は甲25の約
4ヶ月前に原告の追試に係る甲17を特許庁に提出している。被告らは,先
に提出された原告の追試条件に従うどころか,訂正明細書に開示された実験
条件と異なる独自の追試を行っている。また,原告が途中で追試条件を変更
してしまうと,先の自身の追試結果と対比させることができなくなり,追試
の意味をなさないのであるから,被告らの追試に原告の追試条件を一致させ
る必然はなく,その旨の弁明の必要もない。
第5当裁判所の判断
1第1事件について
(1)取消事由2(本件発明7についての実施可能要件の判断の誤り)について
ア原告は,訂正明細書の特許請求の範囲の請求項7における「単相」との
記載の意味が不明瞭である旨主張する。
(ア)訂正明細書(甲35の3)において,特許請求の範囲の請求項7の
記載以外には,「単相」の語は用いられておらず,特許請求の範囲を含
め訂正明細書を検討しても,この語そのものを説明する記載は見当たら
ない。
(イ)訂正明細書の発明の詳細な説明の項には,次の記載がある。
①「【0005】……還元焼成条件が適切でない場合にはEuAlO等3
の不純物が析出してしまうために,高価なEuを多量に使用するにも
関わらず,色ずれの改善効果は小さかった。
【0006】【発明が解決しようとする課題】蛍光ランプ点灯時に発
光強度の低下の少ない2価のユーロピウムあるいは2価のユーロピウ
ム及び2価のマンガン共付活のアルミン酸塩蛍光体を提供する事にあ
る。
【0007】【課題を解決するための手段】本発明者らは,色ずれの
問題を解決する方法として,2価のユーロピウムあるいは2価のユー
ロピウム及び2価のマンガン共付活のアルミン酸塩蛍光体について詳
細に検討を行った結果,特定のアルミン酸蛍光体は蛍光ランプ点灯時
に発光強度の低下が少ないことを見出し,本発明に到達した。
【0008】すなわち,本発明の要旨はBa,Sr及びCaから成る
群より選択される少なくとも一種の元素,Eu,Mg及び/又はZn,
必要に応じてMn,並びにAlを含有するアルミン酸塩蛍光体であっ
て,且つCuKα特性X線を入射した際に得られる粉末X線回折パタ1
ーンにおいて,ミラー指数008の位置にミラー指数110の回折ピ
ークと独立したピークを有さない結晶質無機化合物を含有することを
特徴とするアルミン酸塩蛍光体に存する。
【0009】……本発明のアルミン酸塩蛍光体は,Ba,Sr及びC
aから成る群より選択される少なくとも一種の元素,Eu,Mg及び
/又はZn,必要に応じてMn,並びにAlを含有するアルミン酸塩
蛍光体であって,且つCuKα特性X線を入射した際に得られる粉末1
X線回折パターンにおいて,ミラー指数008の位置にミラー指数1
10の回折ピークと独立したピークを有さない結晶質無機化合物を含
有することを特徴とし,特に該結晶質無機化合物が一般式
【0010】
【数7】(M,Eu)O・a(M,Mn)O・(5.5-12
1-xx1-yy
230.5a)AlO
【0011】(式中,MはBa,Sr及びCaから成る群より選択さ1
れる少なくとも一種の元素を表し,MはMg及び/又はZnを表し,2
aは0<a≦2の実数を表し,x及びyはそれぞれ0<x<1,0≦
y<1の実数を表す)で表されるアルミン酸塩蛍光体であることが好
ましい。
【0012】上記一般式中の,a,x,yの好ましい値は,以下の理
由で決められる。xは結晶構造的には,0から1迄可変であるが,十
分な発光強度を得られ,しかも,蛍光灯点灯時の発光強度の低下を防
止するのに有効なのは,0.1以上0.5以下である。xが0.1未
満でも0.5を越えても発光強度が低くなってしまう。中でも更に,
xが0.15未満では発光強度の低下防止効果が少ないが,0.1≦
x≦0.15の場合には式中Mの元素の構成比が0.2≦Sr/(B1
a+Sr+Ca+Eu)<1を満足する組成とすると,蛍光灯点灯時
の発光強度の低下防止に有効である。xが大きいほど発光強度の低下
防止に有効だが,0.5を越えるとEuAlOの析出が顕著になり,3
低下防止効果が飽和する。yも結晶構造的には,0から1迄可変であ
るが,十分な発光強度を得られるのは,0.2以下であり,特にy=
0であっても好ましい。又,MはBa,Sr,Caの少なくとも1種1
であるが,Caの構成比が0.01≦Ca/(M+Eu)≦0.171
の範囲の化学組成とすると,不純物が生成せずに蛍光体合成温度の低
減が可能となる。一方,Caの構成比が0.17<Ca/(M+E1
u)の範囲の化学組成とすると,非発光物質である不純物の混在が顕
著となり,発光強度の低下に繋がる。」
②「【0015】この結晶構造を持つ結晶質無機化合物からの粉末X線
回折パターンは,例えば(Ba,Eu)O・MgO・5AlO0.80.22
の組成の場合には図1に示すようなものであるが,AlOやMgA323
lOなどの発光に悪影響を殆ど及ぼさない透明な不純物が蛍光体中24
に混在している場合には,上記の回折ピーク以外に不純物の回折ピー
クが加わったパターンとなる。」
③「【0023】【発明の効果】本発明の2価のユーロピウムあるいは
2価のユーロピウム及び2価のマンガン共付活のアルミン酸塩蛍光体
を用いることにより,点灯時に発光強度の低下の少ない蛍光ランプを
製造する事が可能となる。従って,長時間に亘って高輝度で高演色性
を示す3波長域発光形蛍光ランプを製造する事が可能となる。従って,
長時間に亘って高輝度で高演色性を示す3波長域発光形蛍光ランプが
得られる。」
(ウ)上記(イ)①ないし③の各記載,とりわけ「EuAlO等の不純物が3
析出してしまう」(段落【0005】),「EuAlOの析出が顕著に3
なり,低下防止効果が飽和する」,「不純物が生成せずに蛍光体合成温
度の低減が可能となる」,「非発光物質である不純物の混在が顕著とな
り,発光強度の低下に繋がる」(段落【0012】),「AlOやM23
gAlOなどの発光に悪影響を殆ど及ぼさない透明な不純物が蛍光体24
中に混在している」(段落【0015】)との各記載によれば,訂正明
細書には,蛍光体中にEuAlO,AlO,MgAlO等の無機化32324
合物が「不純物」として混在することが記載されているということがで
きる。
一般に,「不純物」とは「ある物質に少量混じった余計な別の物質」
(広辞苑第5版)を意味する語であり,「不純物元素」,「不純物相」
等を指す用語として用いられるが,訂正明細書に記載された「不純物」
は,上記のとおり,無機化合物を指すから,「不純物元素」ではない。
また,乙1及び弁論の全趣旨によれば,蛍光体の合成という技術分野に
おいては,特定の結晶相からなる「単一相」という用語が一般的に用い
られていることが認められる。
そうすると,訂正明細書に記載された「不純物」とは「不純物相」の
ことであり,蛍光体における「単相」とは「不純物相」を含まない「単
一相」のことであると理解することができる。
したがって,本件発明7の「該結晶質無機化合物の単相」からなる蛍
光体とは,「不純物相」を含まない,あるいは,「不純物相」が混在し
ない,請求項1~6記載の結晶質無機化合物の単一相からなる蛍光体を
意味するものと解するのが相当である。本件発明7の「単相」からなる
蛍光体における「単相」の意味が不明瞭であるという原告の主張は,採
用することができない。
(エ)なお,付言するに,被告らは,取消事由1に関して,訂正明細書の
段落【0007】に記載された「特定のアルミン酸蛍光体」が「単相」
の蛍光体を意味する旨の主張をしているが,段落【0007】における
「特定のアルミン酸蛍光体」との記載は,その前後の文脈に照らせば,
「特定のアルミン酸塩蛍光体」を「特定のアルミン酸蛍光体」と誤記し
たものであって,これに引き続く段落【0008】に記載された「アル
ミン酸塩蛍光体」(すなわち,本件発明1の蛍光体)を指すものという
べきであるから,被告らの上記主張は採用することができない。
イ原告は,請求項7にいう「単相」が「不純物相を含まない相」を意味す
るとしても,訂正明細書には「不純物相を含まない蛍光体」の製造方法は
記載されていないから,本件発明7を容易に実施することができる程度の
記載が訂正明細書にあるとはいえない旨主張する。
(ア)本件発明7の「該結晶質無機化合物の単相」からなる蛍光体は,上
記アにおいて認定したとおり,請求項1~6記載の結晶質無機化合物か
らなる,「不純物相」を含まない蛍光体を意味する。
(イ)被告らは,「単相」という用語はX線回折パターン中に本来得よう
とする特定の結晶質無機化合物からのピークのみが認められることを意
味しており,蛍光体からのX線回折パターン中に不純物(相)からのピ
ークが認められるか否かによって「単相」の蛍光体と「単相」でない蛍
光体とを区別することができる旨主張する。
そこで,蛍光体のX線回折パターンについて検討するに,訂正明細書
(甲35の3)には,図1及び2に,縦軸をX線強度,横軸を回折角度
とするグラフが示されており,また,蛍光体の合成,実施例及び比較例,
図1及び2等に関し,前記ア(イ)②で認定した段落【0015】のほか,
次の記載がある。
①「【0016】蛍光灯点灯中の劣化が起こりにくい本発明の蛍光体に
含有される結晶質無機化合物に銅陰極X線管球から発生するCuKα
特性X線を入射した際の粉末X線回折パターンにおいて,図1に示す1
ように,ミラー指数008の回折ピークがミラー指数110の回折ピ
ークと独立して極大値を持たないパターンを示すことである。一方,
極大値を持つ場合には,図2に示すような粉末X線回折パターンとな
る。ここで,独立して極大値を持たないとは,X線回折強度をI,回
折角度2θをt度とした場合に,一次微分値dI/dtがミラー指数
008の回折ピークとミラー指数110の回折ピークの間において,
負の値を持たないことを意味する。……」
②「【0017】本発明の蛍光体は,次のように合成する事ができる。
蛍光体原料として,
(1)酸化バリウム,水酸化バリウム,炭酸バリウム等のバリウム化
合物
(2)酸化ストロンチウム,水酸化ストロンチウム,炭酸ストロンチ
ウム等のストロンチウム化合物
(3)酸化カルシウム,水酸化カルシウム,炭酸カルシウム等のカル
シウム化合物
(4)酸化ユーロピウム,フッ化ユーロピウム等のユーロピウム化合

(5)酸化マグネシウム,水酸化マグネシウム,炭酸マグネシウム等
のマグネシウム化合物
(6)酸化亜鉛,水酸化亜鉛,炭酸亜鉛等の亜鉛化合物
(7)酸化マンガン,水酸化マンガン,炭酸マンガン等のマンガン化
合物
(8)酸化アルミニウム,水酸化アルミニウム等のアルミニウム化合

を所定量秤量し,フッ化バリウム,フッ化アルミニウム,フッ化マグ
ネシウム等のフラックスを配合し,原料混合物を十分に混合する。得
られた混合物を坩堝に充填し,還元性雰囲気にて,1200~170
0℃で2~40時間かけて1回以上焼成する。焼成温度が高いほど,
発光強度の高い蛍光体を得ることが出来るが,1700℃を越えると
焼成コストが発光強度の上昇効果に見合わない。還元性雰囲気を得る
方法として,原料の充填された坩堝をカーボンの充填された坩堝内に
埋め込む方法,黒鉛の塊や,ヤシガラ等の炭素物質を原料の充填され
た坩堝内に入れる方法がある。還元を確実にする為に,更にこれらの
坩堝を窒素あるいは窒素水素の雰囲気中で焼成しても良い。又これら
の雰囲気に水蒸気が含まれていても良い。還元焼成条件を適切にする
ことは,本発明の蛍光体を製造するために非常に重要である。即ち,
焼成の開始から終了までの全ての段階において,炭素もしくは一酸化
炭素によって強く還元することによって初めて本発明の蛍光体を製造
する事ができる。この焼成物に分散,水洗,乾燥,篩を行い,本発明
の青色あるいは青緑色発光のアルミン酸塩蛍光体を得る事ができる。」
③「【0024】
【実施例】以下,本発明の実施例について説明する。
実施例1
【0025】
【表1】
BaCO:0.8mol3
EuO:0.1mol23
MgO:1.0mol
AlO(ガンマタイプ):5.0mol23
【0026】上記原料をエタノールを使用して湿式で混合し,乾燥し,
成形圧力1000kgf/cmでペレット状に成形し,坩堝に入れて2
蓋を被せ,この坩堝をビーズ炭を入れた別の坩堝内に入れて蓋を被せ,
大気中で最高温度1500℃で4時間焼成した。次いで,得られた焼
0.80.223成ペレットを粉砕し,(Ba,Eu)O・MgO・5AlO
の2価のユーロピウム付活青色発光バリウムマグネシウムアルミン酸
塩蛍光体を得た。
【0027】この蛍光体のX線照射試験後の発光強度維持率Mxは9
4.8%であった。また,この蛍光体の空間群はP6/mmc,格子3
定数はa=5.636Å,c=22.643Åであり,構成元素が表
1又は表2に示す原子座標位置を占有していた。CuKα特性X線を1
入射した際に図1の粉末X線回折パターンを示し,ミラー指数008
の位置にミラー指数110の回折ピークと独立したピークを持たない
パターンを示した。
【0028】実施例2~実施例9
表4に示す様に原料混合組成,焼成温度及びフラックスであるAlF
添加の有無を変更した以外は実施例1に従ってアルミン酸塩蛍光体を3
得た。これらの蛍光体のX線照射試験後の発光強度維持率Mxを表5
に示す。また,主な実施例については格子定数も併記した。尚,これ
らの蛍光体の空間群,構成元素の原子座標位置,粉末X線回折パター
ンは,実施例1とほぼ同一であり,ミラー指数008の位置にミラー
指数110の回折ピークと独立したピークを持たないパターンを示し
た。実施例1~実施例9の合成方法と特性について表4と表5にまと
めて記載した。
実施例10
【0029】
【表2】
BaCO:0.8mol3
EuO:0.1mol23
3MgCO・Mg(OH):0.25mol32
AlO(ガンマタイプ):5.0mol23
AlF:0.012mol3
【0030】上記原料を乾式で混合し,乾燥,篩の後,坩堝に充填し,
更にビーズ炭を入れた坩堝を原料の上に乗せ,蓋をして水蒸気を含ん
だ窒素雰囲気中で最高温度1450℃で昇降温時間を含め11時間掛
けて1次焼成した。次いで,焼成粉を粉砕,篩し再度坩堝に充填し,
更にビーズ炭を入れた坩堝を乗せ,蓋をして水蒸気を含んだ窒素水素
混合雰囲気中で最高温度1450℃で昇降温時間を含め11時間掛け
て2次焼成を行った。次いで,焼成粉を分散,洗浄,乾燥,篩の処理
を行い,(Ba,Eu)O・MgO・5AlOの2価のユーロピウ0.80.223
ム付活青色発光バリウムマグネシウムアルミン酸塩蛍光体を得た。
【0031】この蛍光体のX線照射試験後の発光強度維持率Mxは9
4.8%であった。また,この蛍光体の空間群,格子定数,構成元素
の原子座標位置,粉末X線回折パターンは,実施例1と同一であった。
実施例11
【0032】
【表3】
BaCO:0.85mol3
EuO:0.075mol23
3MgCO・Mg(OH):0.25mol32
AlO(ガンマタイプ):5.0mol23
AlF:0.012mol3
【0033】上記の原料混合組成に変更した以外は実施例10に従っ
てバリウムマグネシウムアルミン酸塩蛍光体を得た。この蛍光体のX
線照射試験後の発光強度維持率Mxは93.1%であった。また,こ
の蛍光体の空間群,格子定数,構成元素の原子座標位置,粉末X線回
折パターンは,実施例1とほぼ同一であった。実施例12
【0034】
【表4】
BaCO:0.6mol3
SrCO:0.2mol3
EuO:0.1mol23
3MgCO・Mg(OH):0.25mol32
AlO(ガンマタイプ):5.0mol23
AlF:0.03mol3
【0035】上記の原料混合組成に変更した以外は実施例10に従っ
てバリウムストロンチウムマグネシウムアルミン酸塩蛍光体を得た。
この蛍光体のX線照射試験後の発光強度維持率Mxは95.1%であ
った。また,この蛍光体の空間群,格子定数,構成元素の原子座標位
置,粉末X線回折パターンは,実施例1とほぼ同一であった。
比較例1
【0036】
【表5】
BaCO:0.99mol3
EuO:0.005mol23
MgO:1.0mol3
AlO(ガンマタイプ):5.0mol23
【0037】上記原料混合組成にした以外は実施例1と全く同一の合
成方法により,(Ba,Eu)O・MgO・5AlOの2価0.990.0123
のユーロピウム付活青色発光バリウムマグネシウムアルミン酸塩蛍光
体を得た。この蛍光体のX線照射試験後の発光強度維持率Mxは70.
4%であった。また,この蛍光体の空間群はP6/mmc,格子定数3
はa=5.636Å,c=22.686Åであった。CuKα特性X1
線を入射した際に図2に示すようにミラー指数008の位置にミラー
指数110の回折ピークと独立した回折ピークを持つパターンを示し
た。
【0038】比較例2~6
表4に示す様に原料混合組成,焼成温度及びフラックスであるAlF
添加の有無を変更した以外は実施例1に従ってアルカリ土類マグネシ3
ウムアルミン酸塩蛍光体を得た。これらの蛍光体のX線照射試験後の
発光強度維持率Mxを表5に示す。また,主な比較例については格子
定数も併記した。尚,これらの蛍光体の粉末X線回折パターンは,比
較例1とほぼ同一であり,ミラー指数008の位置に独立した回折ピ
ークを有していた。比較例1~比較例6の合成方法と特性について表
4と表5にまとめて記載した。
比較例7
【0039】
【表6】
BaCO:0.90mol3
EuO:0.05mol23
3MgCO・Mg(OH):0.25mol32
AlO(ガンマタイプ):5.0mol23
AlF:0.012mol3
【0040】上記の原料混合組成に変更した以外は実施例10に従っ
てバリウムマグネシウムアルミン酸塩蛍光体を得た。この蛍光体のX
線照射試験後の発光強度維持率Mxは90.4%であった。この蛍光
体の粉末X線回折パターンは,比較例1とほぼ同一であり,ミラー指
数008の位置に独立した回折ピークを有していた。」
(ウ)訂正明細書の上記(イ)①,②の各記載及び前記ア(イ)②で認定した
段落【0015】の記載によれば,図1のX線回折パターンは,実施例
1で得られた蛍光体のものであり(実施例2~11で得られた蛍光体の
X線回折パターンもほぼ同一である。),図2のX線回折パターンは比
較例1で得られた蛍光体のものであること(比較例2~6で得られた蛍
光体のX線回折パターンもほぼ同一である。)が認められる。
(エ)前記ア(イ)で認定した訂正明細書の段落【0015】の記載によれ
ば,不純物相が存在する場合は,不純物の回折ピークが付加された回折
パターンが得られることになるところ,図1には回折角度2θが31.
4~32度という狭い範囲の回折パターンが記載されているにとどまり,
それ以外の回折角度における回折ピークの有無は開示されていない。そ
うすると,図1の回折パターンに基づいて不純物相の混在の有無を判断
することはできないというべきである。
(オ)訂正明細書の上記(イ)③の記載によれば,実施例1は,段落【00
25】記載の原料を,段落【0026】記載のとおり,混合,成形した
ものを坩堝内で焼成することにより,段落【0027】記載の蛍光体を
得たというものであるが,訂正明細書を検討しても,当該蛍光体が「単
相」であることを示す記載は見当たらない。
実施例1で使用された原料は,上記(イ)②で認定した訂正明細書の段
落【0017】の「蛍光体原料として,(1)酸化バリウム,水酸化バ
リウム,炭酸バリウム等のバリウム化合物……を所定量秤量し,フッ化
バリウム,フッ化アルミニウム,フッ化マグネシウム等のフラックスを
配合し」の範囲に含まれ,実施例1の製造工程は,同段落の「原料混合
物を十分に混合する。得られた混合物を坩堝に充填し,還元性雰囲気に
て,1200~1700℃で2~40時間かけて1回以上焼成する。…
…還元性雰囲気を得る方法として,原料の充填された坩堝をカーボンの
充填された坩堝内に埋め込む方法,黒鉛の塊や,ヤシガラ等の炭素物質
を原料の充填された坩堝内に入れる方法がある」の範囲に含まれるとこ
ろ,段落【0017】には「単相」の蛍光体を得るための製造条件に言
及した記載はなく,その他「単相」の蛍光体を得るための製造条件に言
及する記載は,訂正明細書には見当たらない。
実施例1において得られた「(Ba,Eu)O・MgO・5A0.80.2
lOの2価のユーロピウム付活青色発光バリウムマグネシウムアルミ23
ン酸塩蛍光体」の組成は,前記ア(イ)①で認定した訂正明細書の段落
【0010】ないし【0011】において好ましいとされた範囲に含ま
れるところ(上記組成は,式「M,Eu)O・a(M,Mn12
1-xx1-y
)O・(5.5-0.5a)AlO」において,MがBa,MがMy23
12
gであり,a=1,x=0.2,y=0の場合である。),これに引き
続く訂正明細書の段落【0012】を含め,訂正明細書を検討しても,
当該蛍光体が不純物相の混在を許容しないものということはできない。
実施例1で得られた蛍光体は,訂正明細書の段落【0017】記載の
製造条件によって製造され,段落【0010】~【0012】記載の組
成を有するものであるが,上記検討したところによれば,当該蛍光体が
不純物相を含まない「単相」のものであるということはできない。
(カ)上記(イ)③で認定した訂正明細書の段落【0028】~【003
5】には,実施例2~11に関する記載があるが,これらの実施例によ
り得られた各蛍光体のX線回折パターンは,実施例1とほぼ同一という
ものであり,訂正明細書を検討しても,当該各蛍光体が「単相」からな
ることを示す記載は見当たらない。また,実施例2~11の製造方法は,
実施例1と同様に,訂正明細書の段落【0010】~【0012】,
【0017】の各範囲に含まれるものであって,訂正明細書を検討して
も,「単相」の蛍光体を得るための製造条件に言及する記載は見当たら
ない。
したがって,実施例2~11により得られた蛍光体も,不純物相を含
まないとする根拠を欠くというべきである。
(キ)以上検討したところによれば,訂正明細書の図1及び実施例1~1
1についての記載により,「単相」の蛍光体が開示されているとは認め
られない。
審決は,「特許明細書の段落【0024】~【0035】に,具体的
に実施例として製造方法も記載されている」と認定したが(審決書26
頁34行~35行),訂正明細書の段落【0024】~【0035】に
おいて,「単相」の蛍光体及びその製造方法が具体的に開示されている
と認められないことは,上記のとおりであるから,審決の上記認定は誤
りというべきである。
ウ被告らは,訂正明細書の「表3」において,X線の回折角度(2θ)の
それぞれにミラー指数付けを行うことにより,得られたバリウムマグネシ
ウムアルミン酸塩蛍光体が「単相」であることを確認できる旨主張する。
(ア)訂正明細書の「表3」(段落【0043】の【表9】~【004
6】の【表12】に記載された表)に関する説明は,訂正明細書に何ら
記載されていない。
また,「表3」には「ミラー指数」,「回折角度2θ」,「面間隔」
に関する各数値が記載されているものの,図1の縦軸に示された「X線
強度」に相当する数値は記載されておらず,実施例との関係が明らかで
なく,また,「CuKα特性X線を入射した際に得られる粉末X線回折1
パターンにおいて,ミラー指数008の位置にミラー指数110の回折
ピークと独立したピークを有さない」という本件発明との関係も明らか
でない。
したがって,「表3」によっては,本件発明7に係る蛍光体が訂正明
細書に開示されているということはできない。
(イ)被告らは,訂正明細書の段落【0014】の「本発明の蛍光体に含
有される結晶質無機化合物を構成する元素の原子位置は,粉末X線回折
パターンに基づくリートベルト解析法により求められる」との記載は,
当業者に蛍光体が「単相」であるかどうかを客観的に判断する手掛かり
を与えるものであり,また,「表3」が,実施例1で得られたリートベ
ルト解析の結果という実験値に基づいて作成されたものであって,ミラ
ー指数の回折ピーク同士が近接して「独立して極大値を持たない」場合
には,それぞれの回折ピークを独立した回折ピークとして分離するため
の結晶構造解析(リートベルト解析)を行い,その解析結果をまとめた
ものである旨主張する。
しかし,段落【0014】には,「本発明の蛍光体に含有される結晶
質無機化合物を構成する元素の原子位置は,粉末X線回折パターンに基
づくリートベルト解析法により求められる」との記載に続いて,「表1
又は表2に示す原子座標位置を占有すると解析される」との記載がある
にとどまり,「表3」に適用することは記載されていない。また,実測
されたX線回折パターンをリートベルト解析によりピーク分離して解析
したのであれば,その解析結果は「実測値」というよりも,「実測値」
に基づいて作成された「計算値」というべきものであるところ,解析の
もとになる実測値が訂正明細書に記載されていない(乙13の1~4記
載のデータ等は,訂正明細書に記載されていない。)のであるから,当
業者が,「表3」の記載に基づいて「単相」の蛍光体が開示されている
ことを確認できないことは,明らかである。被告らの主張は採用するこ
とができない。
エなお,付言するに,被告らは,取消事由1に関して,本件発明7は,B
aMgAlO化合物の単一相から得られるX線回折パターンがJCP1017
DS粉末データファイルに登録されたBaMgAlO化合物の回折デ1017
ータとは一致しないこと(JCPDS粉末データファイルに登録されたB
aMgAlO化合物の回折データが誤りを含んでいること)を明らか1017
にしたことに基づくものであり,この業績により「蛍光体賞」を受賞した
ことを主張する。
しかし,訂正明細書の特許請求の範囲の請求項7には「単相」と記載さ
れているのみであり,また,発明の詳細な説明の項にも,「BaMgAl
O化合物の単一相から得られるX線回折パターンがJCPDS粉末デ1017
ータファイルに登録されたBaMgAlO化合物の回折データとは一1017
致しない」という点については,何も記載されていないから,被告らの主
張は,訂正明細書の記載に基づかないものであって,採用することができ
ない。
オ以上検討したところによれば,訂正明細書の発明の詳細な説明の項は,
当業者が容易にその実施をすることができる程度に,本件発明7の目的,
構成及び効果を記載したものということはできないから,「本件明細書の
記載は特許法第36条第4項に規定する要件を満たしているものと認めら
れる」とした審決の認定判断は誤りであり,この誤りが,審決中,「特許
第3484774号の請求項7に係る発明についての審判請求は,成り立
たない。」との部分の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,原告
主張の取消事由2は理由がある。
(2)そうすると,原告主張の取消事由1について検討するまでもなく,審決中,
「特許第3484774号の請求項7に係る発明についての審判請求は,成
り立たない。」との部分は,取消しを免れない。
2第2事件について
(1)被告らは,本件発明1のX線照射試験は加速劣化試験であるから,条件①
ないし③を充たすことを必要とする旨主張する。
ア原告の追試に係る甲17~19における実験条件を説明する乙4及び弁
論の全趣旨によれば,原告が行ったⅩ線照射試験において,対陰極から発
生する白色Ⅹ線は試料面に垂直に照射され,かつ試料面の全面に照射され
ていることが認められる。
そうすると,原告の追試は,被告らの主張する条件①(対陰極から発生
する白色X線が試料面に垂直に照射されていること)を充足しているとい
うことができるから,条件①の当否を検討するまでもなく,原告の追試が
条件①を充足しないから真正でないという被告らの主張は,これを採用す
ることができない。
イ乙4及び弁論の全趣旨によれば,原告が行ったⅩ線照射試験において,
被告らが指摘するような測定用セルへの試料の詰め替えは行われておらず,
発光強度測定に供された試料はⅩ線照射された試料そのものであることが
認められる。
そうすると,原告の追試は,被告らの主張する条件③(発光強度測定に
供された試料がX線照射された試料そのものであること)を充足している
ということができるから,条件③の当否を検討するまでもなく,原告の追
試が条件③を充足しないから真正でないという被告らの主張は,これを採
用することができない。。
ウ(ア)乙4及び弁論の全趣旨によれば,原告が行ったⅩ線照射試験におい
て,窓と試料面との中間に,フィルターはないが,ソーラスリットとダ
イバージェンススリットがあることが認められる。
上記事実によれば,原告の追試は,被告ら主張の条件②を充足しない。
(イ)そこで,条件②の当否について検討する。
①本件発明1は,「X線照射試験における発光強度の維持率が92%
以上」であることを構成要件とするところ,X線照射試験の具体的内
容について,訂正明細書(甲35の3)には,次の記載がある。
「【0021】X線照射試験は,銅陰極管をX線発生源とする粉末X
線回折計において40kVの加速電圧で30mAの電流を流した時
に発生する白色X線を銅陰極から18.5cm離れた試料に6時間
照射した後に,波長253.7nmの紫外線励起による発光強度を
測定し,照射前発光強度に対する維持率として計算することにより
行われる。つまり,X線照射前の紫外線励起による発光強度をIとi
し,X線照射後のそれをIとすると,X線照射後の発光強度維持率f
Mxは,Mx=100×I/I%となる。このX線照射試験は,fi
蛍光ランプ点灯時の発光強度の維持率と良い相関が取れる。」
上記記載によれば,訂正明細書には,X線照射試験について,「銅
陰極管をX線発生源とする粉末X線回折計」を用い,「40kVの加
速電圧で30mAの電流を流した時に発生する白色X線を銅陰極から
18.5cm離れた試料に6時間照射」するという条件が開示されて
おり,粉末X線回折計及び白色X線が用いられることが認められる。
しかし,上記記載からは,窓と試料面との中間にスリット等の遮蔽
物があるか否かは明らかでなく,訂正明細書を検討しても,上記以外
には,X線照射試験の具体的内容に言及する記載は見当たらない。
また,本件記録を検討しても,本件特許の出願当時,X線照射試験
が蛍光体の加速劣化試験としてごく一般的なものであり,その具体的
な条件を明示するまでもなく,当業者に明らかなものであったことを
裏付ける証拠は見当たらない。
②甲28(玉虫文一ほか編「岩波理化学辞典第3版」岩波書店1
978年5月10日発行,138頁~141頁),甲29(化学大辞
典編集委員会編「化学大辞典」共立出版株式会社昭和37年6月5日
発行,922頁~923頁)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の
出願当時,粉末X線回折計は,X線を発生するX線管,入射X線の広
がりを制限するスリット,回折線を測定する検出器,試料と検出器と
を連動させるゴニオメーター等から構成された測定装置であり,粉末
試料に対して単色X線を入射角度を変えながら照射し,試料から散乱
される回折線の角度と強度を測定することにより,試料の結晶構造解
析等に利用するものであることが知られており,粉末X線回折計は,
その構成及び使用目的に照らし,本来,スリットを備えていることが,
技術常識であったということができる。
そうすると,スリットを取り除いて使用することは,粉末X線回折
計における通常の使用形態でないというべきである。なお,このこと
は,被告らの追試に係る甲25の「粉末セルに入れた蛍光体の粉末試
料面に白色X線を照射するために,通常の粉末X線回折測定ではX線
管球と試料との間に設置されるX線用金属フィルターやソーラースリ
ットを除去した。」(7頁28行~30行)との記載にも符合する。
③訂正明細書(甲35の3)の特許請求の範囲の請求項1の「CuK
α特性X線を入射した際に得られる粉末X線回折パターンにおいて…1
…結晶無機化合物を含有する」との記載から明らかなとおり,本件発
明1においては,結晶構造無機化合物のX線回折パターンを測定する
必要があるところ,前記1(1)イ(イ)①において認定した段落【001
6】の記載によれば,訂正明細書には,結晶質無機化合物の粉末X線
回折パターンを得るために「銅陰極X線管球から発生するCuKα特1
性X線を入射」することが開示されている。これには,スリットの有
無に関する記載はないが,甲25の「測定条件は……発散スリット1
度,受光スリット0.2mm,散乱スリット1度として,一般的な測
定条件に設定した。」(8頁12行~14行),「測定条件は……発
散スリット1度,受光スリット0.2mm,散乱スリット1度として,
精密な測定条件に設定した。」(8頁28行~30行)との記載によ
れば,被告らは,本件発明1の粉末X線回折パターンの測定に際して,
粉末X線回折計をスリットのある状態で使用していることが認められ
る。
CuKα特性X線は特定の波長を有するX線であり,白色X線は連1
続的な波長分布を有するX線であるところ,本件発明1における粉末
X線回折パターン測定とX線照射試験とを比較すると,結晶構造解析
を目的とする粉末X線回折パターン測定では測定精度を高めるためC
uKα特性X線を用いるのに対し,X線照射試験ではX線照射を目的1
として白色X線の使用が指示されているものと理解される。そして,
粉末X線回折計において白色X線を得る場合,被告らの追試に係る甲
25及び原告の追試に係る甲17がともに採用しているように,フィ
ルターを取り外すことは常套手段であることがうかがわれる。しかし,
甲38,乙20及び弁論の全趣旨によれば,スリットの有無は線質に
影響するものではないことが認められ,スリットを取り除いて使用す
ることが粉末X線回折計における通常の使用形態でないことは上記の
とおりであるから,これをあえて取り外すべきことが当然であるとは
いえない。
④被告らは,乙14に,粉末X線回折計が,その使用目的に応じ,ス
リットを取り外し可能であることは技術常識であることが記載されて
いる旨主張する。
しかし,乙14は,本件特許の出願後の特許出願に係る公開公報で
あり,これをもって直ちに本件特許の出願時の技術水準を示すものと
は認められない。また,乙14の「しかも,平行ビーム法によるX線
回折測定や微細な試料に対するX線回折測定等の場合,コリメータと
称するスポット状のX線を形成する収束器を用いることもあり,この
場合は,ソーラスリットボックス内が空洞となったスリット装置を入
射側に設置する。」(段落【0009】)との記載に示されるとおり,
同号証は,ソーラスリットの機能を代替するためにコリメータを使用
することを開示するものにすぎず,ソーラスリット又はその代替部材
を使用しないでX線照射することを開示するものではない。
⑤上記①ないし④において検討したところによれば,訂正明細書に接
した当業者は,段落【0021】にX線照射試験に必要な条件が開示
されていると理解するというべきであり,訂正明細書が粉末X線回折
及びX線照射試験で使用する「粉末X線回折計」のスリットについて
何ら言及していない以上,X線照射試験においても,粉末X線回折の
場合と同様に,スリットを設置した状態でこれを行うことが指示され
ていると理解すると考えられ,X線照射試験において粉末X線回折計
のスリットを取り外して照射することは,訂正明細書の記載から自明
な事項ということはできない。
⑥被告らは,本件発明のX線照射試験は「加速劣化試験」であるから,
条件②を充足する必要があると主張し,対陰極から発生して管球の窓
から取り出された白色X線が試料面に照射される前に遮蔽物によって
X線ビームの一部がカットされた場合,遮蔽物がない場合に比較して
単位面積当たりのX線照射強度が低下して劣化試験としての意味をも
たなくなるのであるから,対陰極から発生して管球の窓から取り出さ
れた白色X線と試料面との中間に遮蔽物を設けないことは,当業者に
とっては自明の事項である旨主張する。
確かに,窓と試料との間にスリットがあると,X線ビームの一部が
カットされる場合,スリットがない場合に比較して単位面積当たりの
X線照射強度が低下することが推測される。しかし,訂正明細書は,
本件発明1におけるX線照射試験の条件として,単位面積当たりのX
線照射強度を明示するものではなく,また,粉末X線回折計はスリッ
トを設置した状態で使用することが通常であることは前記のとおりで
ある。
そうすると,スリットの存否によってX線照射強度に変化があると
しても,条件②が訂正明細書の記載から自明な事項であると認めるに
は足りないというべきである。
⑦被告らは,乙20に示されるように,本件発明のX線照射試験が蛍
光体の加速劣化試験を目的としたものであること,X線照射試験は装
置のソーラスリットを除いて行うべきものであることは,いずれも当
業者にとって自明である旨主張する。
しかし,前記①のとおり,本件特許の出願当時,X線照射試験がそ
の具体的な条件を明示するまでもなく当業者にとって明らかであった
ことを裏付ける証拠は見当たらない。また,前記③のとおり,粉末X
線回折計において白色X線を得る場合,スリットについては線質に影
響するものではないから,これをあえて取り外すべきことが当然であ
るとはいえない。さらに,上記⑥のとおり,スリットの存否によって
X線照射強度に変化があるとしても,条件②が訂正明細書の記載から
自明な事項であると認めるには足りない。
そうすると,乙20を考慮してもなお,条件②が訂正明細書の記載
から自明な事項であると認めることはできない。被告らの主張は採用
することができない。
⑧以上検討したところによれば,条件②は訂正明細書の記載に基づく
ものでなく,また,訂正明細書から自明なものでもないというべきで
ある。
したがって,原告の追試が条件②を充足しないから真正でないとい
う被告らの主張は,これを採用することができない。
(2)ア被告らは,原告の追試に係る甲17において,発光強度の低下の程度
を評価すべく実施された加速劣化試験後であるにもかかわらず,発光強
度が逆に向上したデータが示されており,技術常識からは理解し難いと
主張する。
しかし,本件発明が対象とする蛍光体は,紫外線励起の蛍光体であっ
て,点灯時の紫外線照射により発光強度の低下が生じるのに対し,本件
発明のX線照射試験においては,紫外線と線質の異なるX線を用いてい
る。また,訂正明細書の段落【0021】には,「このX線照射試験は,
蛍光ランプ点灯時の発光強度の維持率と良い相関が取れる。」との記載
があるが,この「良い相関」はどの程度良い一致を示す相関であるのか
明らかとはいえない。
イ被告らは,X線照射試験が加速劣化試験である根拠として,訂正明細
書の段落【0021】の「このX線照射試験は,蛍光ランプ点灯時の発
光強度の維持率と良い相関が取れる」との記載を挙げた上,相関が取れ
ることについて実験結果を提示し,三波長域発光蛍光ランプ1000時
間点灯後の色度座標値yの変化量dyと6時間のX線照射後の発光強度
維持率には,極めて良好な相関関係が認められる旨主張する。
被告らの主張する実験結果なるものは,5個の試料を用意して,三波
長域発光蛍光ランプ1000時間点灯後の色度座標値yの変化量(d
y)と,X線6時間照射後の紫外線励起による発光強度維持率,をそれ
ぞれ測定したものであり,その結果によれば,前者の変化量が大きいほ
ど後者の維持率の低下が大きいという傾向を示しており,その点で両者
には相関関係があることがうかがわれないではない。
しかし,上記実験結果を裏付けるに足りる証拠は,本件においては見
当たらない。
また,訂正明細書の段落【0021】には,「X線照射試験の発光強
度維持率」は「蛍光ランプ点灯時の発光強度維持率」と「良い相関」が
ある旨記載されているのに対し,被告らの上記実験は「蛍光ランプ点灯
時の発光強度維持率」ではなく,「蛍光ランプ点灯時の色度座標値のy
変化量」との相関を調べたものであり,訂正明細書の記載と整合してい
ない。
さらに,測定に使用されたとされる5個の試料の発光強度維持率は,
いずれも92%を下回っており,本件発明1の構成要件である「92%
以上」を満たす蛍光体に該当しない。
したがって,被告ら主張の上記実験結果は,本件発明1の蛍光体につ
いて妥当するものとは認められず,X線照射試験と蛍光ランプ点灯時の
発光強度の維持率について「良い相関が取れる」ことを裏付けるものと
は認められない。
ウ以上検討したところによれば,紫外線励起の蛍光体に対するX線照射
の影響は必ずしも明確とはいえず,X線照射後に発光強度が向上した結
果が得られたとしても,直ちに原告の追試結果に誤りがあるとはいうこ
とはできない。被告らの主張は採用することができない。
(3)被告らは,原告が審判手続の段階で条件①ないし③を認識しており,そ
のことを弁明すべきであり,審決は原告の誤導によって下されたものであ
る旨主張する
しかし,条件①ないし③は,訂正明細書に記載された事項ではなく,自
明の事項でもない。また,原告の追試が訂正明細書の記載に従うものであ
ることは前記のとおりである。
したがって,被告らの主張はその前提を欠くものであって,採用するこ
とができない。
(4)以上のとおりであるから,原告の追試が真正なものではないこと等をい
う被告ら主張の取消事由は理由がなく,その他,審決中,「特許第348
4774号の請求項1ないし6,8に係る発明についての特許を無効とす
る。」との部分には,これを取り消すべき誤りは認められない。
3結論
以上によれば,審決中,「特許第3484774号の請求項7に係る発明に
ついての審判請求は,成り立たない。」との部分は誤りであり,取消を免れな
いが,「特許第3484774号の請求項1ないし6,8に係る発明について
の特許を無効とする。」との部分にはこれを取り消すべき誤りは認められない。
したがって,原告の請求は理由があるからこれを認容し,被告らの請求は理
由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官三村量一
裁判官古閑裕二
裁判官嶋末和秀

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