弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人鈴木稔の上告趣意第一点について。
 刑事裁判において、起訴された犯罪事実のほかに、起訴されていない犯罪事実を
いわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し、こ
れがため被告人を重く処罰することは許されないものと解すべきである。けだし、
右のいわゆる余罪は、公訴事実として起訴されていない犯罪事実であるにかかわら
ず、右の趣旨でこれを認定考慮することは、刑事訴訟法の基本原理である不告不理
の原則に反し、憲法三一条にいう、法律に定める手続によらずして刑罰を科するこ
とになるのみならず、刑訴法三一七条に定める証拠裁判主義に反し、かつ、自白と
補強証拠に関する憲法三八条三項、刑訴法三一九条二項、三項の制約を免かれるこ
ととなるおそれがあり、さらにその余罪が後日起訴されないという保障は法律上な
いのであるから、若しその余罪について起訴され有罪の判決を受けた場合は、既に
量刑上責任を問われた事実について再び刑事上の責任を問われることになり、憲法
三九条にも反することになるからである。
 しかし、他面刑事裁判における量刑は、被告人の性格、経歴および犯罪の動機、
目的、方法等すべての事情を考慮して、裁判所が法定刑の範囲内において、適当に
決定すべきものであるから、その量刑のための一情状として、いわゆる余罪をも考
慮することは、必ずしも禁ぜられるところではない(もとより、これを考慮する程
度は、個々の事案ごとに合理的に検討して必要な限度にとどめるべきであり、従つ
てその点の証拠調にあたつても、みだりに必要な限度を越えることのないよう注意
しなければならない。)。このように量刑の一情状として余罪を考慮するのは、犯
罪事実として余罪を認定して、これを処罰しようとするものではないから、これに
ついて公訴の提起を必要とするものではない。余罪を単に被告人の性格、経歴およ
び犯罪の動機、目的、方法等の情状を推知するための資料として考慮することは、
犯罪事実として認定し、これを処罰する趣旨で刑を重くするのとは異なるから、事
実審裁判所としては、両者を混淆することのないよう慎重に留意すべきは当然であ
る。
 本件についてこれを見るに、原判決に「被告人が本件以前にも約六ケ月間多数回
にわたり同様な犯行をかさね、それによつて得た金員を飲酒、小使銭、生活費等に
使用したことを考慮すれば、云々」と判示していることは、所論のとおりである。
しかし、右判示は、余罪である窃盗の回数およびその窃取した金額を具体的に判示
していないのみならず、犯罪の成立自体に関係のない窃取金員の使途について比較
的詳細に判示しているなど、その他前後の判文とも併せ熟読するときは、右は本件
起訴にかかる窃盗の動機、目的および被告人の性格等を推知する一情状として考慮
したものであつて、余罪を犯罪事実として認定し、これを処罰する趣旨で重く量刑
したものではないと解するのが相当である。従つて、所論違憲の主張は前提を欠き
採るを得ない。
 同第二点について。
 所論は、量刑不当の主張であつて(所論のうち違憲をいう点もあるが、実質は量
刑不当の主張に帰する。)、適法な上告理由にあたらない。
 また、記録を調べても、刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。
 よつて、同四一四条、三九六条により主文のとおり判決する。
 この判決は、裁判官横田喜三郎、同奥野健一、同横田正俊、同草鹿浅之介、同城
戸芳彦、同田中二郎の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
 裁判官横田喜三郎、同奥野健一、同横田正俊、同草鹿浅之介、同城戸芳彦、同田
中二郎の意見は、次のとおりである。
 刑事裁判において、起訴された犯罪事実のほかに、起訴されていない犯罪事実を
いわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し、こ
れがため被告人を重く処罰することは許されないものと解すべきこと、他面刑事裁
判における量刑は、被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等すべての
事情を考慮して、裁判所が法定刑の範囲内において、適当に決定すべきものである
から、その量刑のための一情状として、いわゆる余罪をも考慮することは、必ずし
も禁ぜられるところではないことは、多数意見のいうとおりである。
 本件についてこれを見るに、原判決は、所論のいうように「被告人が本件以前に
も約六ケ月間多数回にわたり同様な犯行をかさね、それによつて得た金員を飲酒、
小使銭、生活費等に使用したことを考慮すれば、云々」と判示している。この判示
は、検察官の控訴趣意中、余罪についての主張に答えて、「記録を精査し、かつ、
当審における事実取調の結果を参酌し、これらに現われた本件犯行の罪質、態様、
動機、被告人の年令、性行、経歴、家庭の事情、犯罪後の情況、本件犯行の社会的
影響等量刑の資料となるべき諸般の情状を総合考察し……犯情が極めて悪質であり、
その社会および被害者等に及ぼす影響が所論のとおり大きいものであるばかりでな
く、」との判示に引き続いてなされているのであり、既に量刑の資料となるべき諸
般の情状を総合考察した後に、右余罪事実を判示したものであるし、「同様な犯行
をかさね」と断定している原判文より見て、右余罪の判示は、本件公訴事実の外に
余罪の事実を認定し、これによつて、特に重く量刑したものと認められる。然るに、
右余罪については公訴の提起のないことは、もとより明らかであつて、憲法三一条
に反するばかりでなく、右余罪の事実中には被告人の自供のみによつて認定したも
のもあること記録上明らかであるから、同三八条三項にも反するものといわざるを
得ない(また、後日余罪について起訴された場合には、同三九条違反の問題が生ず
るであろう。)。
 しかし、本件犯行の態様自体に照らし、原審の量刑は、右余罪事実を除外しても、
なお、不当とは認められず。右違憲は、判決に影響を及ぼさないことが明らかであ
るから、原判決を破棄する理由とはならない。
 検察官 平出禾 公判出席
  昭和四一年七月一三日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    横   田   喜 三 郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    五 鬼 上   堅   磐
            裁判官    草   鹿   浅 之 介
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    石   田   和   外
            裁判官    柏   原   語   六
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    下   村   三   郎
 裁判官横田正俊は、海外出張のため署名押印することができない。
         裁判長裁判官    横   田   喜 三 郎

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