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平成23年11月10日名古屋高等裁判所
平成23年(行コ)第28号懲戒免職処分取消等請求控訴事件(原審・岐阜地
方裁判所平成21年(行ウ)第17号)
口頭弁論終結日平成23年7月28日
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は,控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
2前項の取消しに係る被控訴人の請求を棄却する。
3訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人の負担とする。
第2事案の概要(略語は,当審で定義するほか,原判決の例による。)
1本件は,岐阜県の職員であった被控訴人(1審原告)が,控訴人(1審被
告)に対し,(1)処分行政庁が平成18年9月28日付けで被控訴人にした懲
戒免職処分(本件処分)は,裁量権の逸脱又は濫用によるものであり違法で
あると主張して,その取消しを求めるとともに,(2)被控訴人は,違法な本件
処分により給与,退職手当等の逸失利益,精神的苦痛等の損害を被ったと主
張して,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償金9112万9095円及
びこれに対する平成22年1月23日(本件訴状送達の日の翌日)から支払
済みまでの民法所定年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める
事案である(なお,被控訴人の本件請求のうち,損害賠償金及び遅延損害金
の支払請求は,被控訴人が,原審の口頭弁論終結後である平成23年2月1
8日,同月17日付け「訴えの変更申立書(訴えの一部取下書)」を提出して,
損害賠償金及び遅延損害金の支払請求につき,訴えの一部取下げをし,控訴
人が,同月22日,同日付け「取下同意書」を提出して,上記訴えの一部取
下げに同意したことにより,上記(2)のとおりのものとなった。)。
原審は,被控訴人の上記(1)の請求を認容した上,上記(2)の請求を損害賠償
金5884万4632円及びこれに対する平成22年1月23日から支払済
みまでの年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容
し,その余を棄却した。
控訴人は,原判決の控訴人敗訴部分を不服として,本件控訴を提起した。
2前提事実
次のとおり原判決を補正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第2事
案の概要」の「1」記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
(1)原判決書2頁22行目(空行も行数に含む。)の「後掲証拠及び弁論の
全趣旨により」の次に「容易に」を加える。
(2)原判決書3頁4行目の「相当昔から,」から同頁7行目の「保管・管理
していた。」までを以下のとおり改める。
「相当昔から,各所属の職員等が架空の出張旅費や食糧費等を計上するな
どの方法により,不正に公金の支出を受け,当該支出によって捻出した
予算外の金員(以下「裏金」という。「不正資金」,「プール資金」とい
うこともある。)を庶務係長ないし庶務主任などの担当職員が保管・管
理していた。」
(3)原判決書3頁17行目の「やむを得ず職務として」を「事実上の「職務」
として,」と改める。
(4)原判決書4頁14行目から同頁16行目にかけての「岐阜県の相当数の
所属では,平成7年度の夏以降に裏金作りをやめるようになり,同9年末
頃にはほぼ行われなくなったが,」を「岐阜県の相当数の所属では,平成
7年度の夏以降,職員による裏金作りが中止されるようになり,平成9年
末ころには,裏金作りはほぼ行われなくなったが,」と改める。
(5)原判決書5頁15行目の「各所属に不正経理に対する規制が働く」を「各
所属の担当職員らに対する不正経理についての規制が働く」と改める。
(6)原判決書5頁18行目の「各所属で保管・管理されている裏金」を「各
所属の担当職員によって保管・管理されている裏金」と改める。
(7)原判決書6頁1行目から同頁2行目にかけての「その頃,c副知事は,
1億円に上る裏金が各所属に残存していることを聞き知った。」を「その
ころ,c副知事は,「1億円に上る資金(不正経理によって生じた資金)が
各課に残っていること」を聞き知った。」と改める。
(8)原判決書6頁4行目の冒頭から同頁6行目の「集約することを指示し
た。」までを以下のとおり改める。
「そこで,c副知事は,d知事公室長に対し,「各部に資金(不正経理
によって生じた資金)が残っているらしいことを伝え,職員による私的
流用などの不祥事が起きないように,これを集約すること」を指示した
(以下,この指示を「副知事の集約指示」という。)。」
(9)原判決書6頁16行目の「f出納長は,」から同頁19行目の「要望し
た。」までを以下のとおり改める。
「f出納長は,k職員組合委員長及びe総務部長の代理のl総務部次長を
出納長室に呼び,k職員組合委員長に対して,「各課が不正経理によっ
て作った資金を職員組合で受け入れてほしい」旨要望した。」
(10)原判決書8頁1行目から同頁2行目にかけての「本件指示を受け,原告
及びl総務部次長は,」を「本件指示を受けた被控訴人及びl総務部次長
は,同指示に疑義を提示したり,意見具申したりすることはなく,同指示
に従って,」と改める。
(11)原判決書8頁17行目(2箇所),同頁18行目,同頁21行目,9頁
12行目の各「所属」をいずれも「所属の担当職員」と改める。
(12)原判決書10頁13行目の「各課で保管されていた」を「各課の担当職
員によって保管されていた」と改める。
(13)原判決書11頁7行目の末尾の次に「(甲15,乙40ないし45,弁
論の全趣旨)」を加える。
3争点
次のとおり原判決を補正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第2事
案の概要」の「2」記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決書13頁14行目の「社会通念上」を「社会観念上」と改める。
(2)原判決書13頁16行目の「損害額」を「本件処分の違法性,故意・過
失及び損害額」と改める。
4争点に関する当事者の主張
次のとおり原判決を補正し,当事者が当審で追加又は敷衍した主張を付け
加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第2事案の概要」の「3」記
載のとおりであるから,これを引用する。
なお,当裁判所は,乙25ないし27,30,35及び36は,その作成
日及び本件訴訟の審理経過(被控訴人は,本件訴訟を提起した当初から,控
訴人に対し,「本件処分の内容,本件処分の根拠となる法令の条項,本件処
分の原因となる事実その他本件処分理由を明らかにする資料であって,控訴
人が保有するものの全部の提出」を求める趣旨を明らかにしていたが,控訴
人は,一部を除き,これを提出しなかった。)にかんがみると,いずれも故
意又は重大な過失により時機に後れて提出された攻撃又は防御の方法であ
ると認められ,かつ,仮に,これらを書証として取り調べた場合には,更な
る人証の取調べも必要となることが見込まれるなど,訴訟の完結を遅延させ
るものと認められたことから,被控訴人の申立てに基づき,民事訴訟法15
7条1項により,これらの書証の申出を却下した。
(原判決の補正)
(1)原判決書16頁1行目,17頁4行目及び18頁17行目の各「社会通
念上」をいずれも「社会観念上」と改める。
(2)原判決書19頁24行目の「損害額」を「本件処分の違法性,故意・過
失及び損害額」と改める。
(3)原判決書19頁26行目を以下のとおり改める。
「被控訴人は,違法な本件処分により,下記アの退職手当相当額及び下
記イの慰謝料を含め,合計9112万9095円の損害を被った。」
(4)原判決書20頁6行目から同頁13行目までを削る。
(5)原判決書20頁14行目の「ウ」を「イ」と改める。
(6)原判決書20頁17行目から同頁19行目までを削る。
(当事者が当審で追加又は敷衍した主張)
(1)控訴人の主張
ア争点(1)(本件処分が全く事実上の根拠に基づかないと認められるか)
及び(2)(本件処分は社会観念上著しく妥当を欠くか)について
原審で主張したほか,以下の観点からも,本件処分は違法でない。
(ア)本件集約について
本来公金である不正資金を適正に処理する方法は,公金に戻す以外
にはないところ,本件集約は,県の会計監査が及ばない職員組合に裏
金として移転するという内容であるから,不正資金が明らかにならな
いようにすることを目的として行われたものと理解される。しかも,
被控訴人は,知事公室次長という高い地位を利用して影響力を行使し
ながら,自己の責任を回避し,自己の保身を図るための巧妙な手段を
用いて,不正資金の隠ぺいを他の職員に唆すという極めて悪質な手法
を用いており,職員の精神的負担軽減等の目的を意図していたとは評
価できない。そして,本件集約は,組織的に大がかりな方法で行われ,
現に多額の不正資金が職員組合に移転され,長期間にわたり隠ぺいさ
れ続けたことからしても,隠ぺいの効果を「相当に限定的」と評価す
ることはできないし,被控訴人が用いた悪質な手法にかんがみれば,
被控訴人は,隠ぺいの効果につき確定的な認識があったというべきで
ある。
(イ)被控訴人の行為に対する評価について
そもそも,不正資金を隠ぺいすることを「やむを得ない」などと評
価することはできないし,被控訴人は,知事公室次長という高い地位
にあったにもかかわらず,本件集約について,是正するよう意見具申
することもなく,これに同意して実行したのであるから,考慮すべき
情状はない。被控訴人は,本件集約を実現するための行為の実行行為
者として,当該行為及びそれによって生じた結果について責任を負う
べきである。なお,不正資金を職員組合に移す行為は,それ自体が控
訴人に損害を与える行為であるから,懲戒免職処分を行うについては,
被控訴人が不正資金を職員組合に移すことを認識していれば足り,費
消について確定的な認識を有していたか否かは,重要ではない。
そして,被控訴人は,本件集約を実現するための行為を直接実行
した者であることに加え,知事公室次長という高い地位にあり,かつ,
知事・副知事の身近において知事らからの特命事項を直接に扱い,ま
た,自ら全庁的な調整を図れる立場にあったこと,その経歴や他の職
員への影響力からすれば,被控訴人の行為が「機械的,従属的かつ代
替的な行為」にとどまると評価することはできない。
(ウ)本件処分の社会観念上の妥当性について
「社会観念上著しく妥当を欠く」場合とは,誰が見てもおかしいと
いう例外中の例外を指す。仮に,原判決の事実認定を前提としても,
本件処分がこれに当たるということはできない。被控訴人の犯罪行為
とも評価し得る行為が原因となって,世論に大きな衝撃を与え,県民
や国民の信頼を裏切ったという重大かつ深刻な社会的影響や,不正資
金の実態解明と責任追及を困難にさせた責任を考慮すれば,他の職員
への懲戒免職処分等と比較しても,本件処分は,社会観念上むしろ妥
当であり,その判断に裁量権の濫用はない。
イ争点(4)(本件処分の違法性,故意・過失及び損害額)について
(ア)本件処分の違法性及び故意・過失について
国家賠償法1条1項の適用に際しては,公務員が職務上通常尽くす
べき注意義務を尽くすことなく,漫然と当該行為をしたと認め得るよ
うな事情がある場合に限り,違法の評価を受けるものであるから(最
高裁平成11年1月21日第1小法廷判決・裁判集民事191号12
7頁参照),仮に,本件処分が取り消されるべきものであるとしても,
違法とされる事情はなく,また,故意・過失も存在しないから,損害
賠償責任は発生しない。
(イ)損害額について
a原審は,被控訴人が原審の口頭弁論終結後に提出した「訴えの
変更申立書」のとおりの損害額を認めており,手続的に不当であ
る。
b仮に,本件処分が取り消されるべきものであるとしても,被控
訴人については,最も軽い「戒告」が相当であるとするか,そも
そも懲戒処分には相当しないとするのでない限り,退職手当相当
額及び定年退職時までの給与相当額の全額を損害と認めること
はできない。
しかし,既に主張したとおり,被控訴人の行為は懲戒事由に該
当し,その社会的影響は極めて重大で,倫理的に非難されるもの
であるから,被控訴人が懲戒処分を受けるのは当然であり,処分
の内容も重いものであるべきである(そのように考えないと,本
件で問題となっている不正資金問題によって懲戒処分を受けた
他の職員との関係でも,平等取扱いの原則〔地方公務員法13条〕
及び公正の原則〔同法27条1項〕に反することになる。)。裁判
所は,被控訴人に関する国家賠償法上の損害について判断するに
際しては,懲戒事由について考慮し,これに相応する損害額を認
定すべきである。
また,被控訴人の行為が上記のようなものである以上,被控訴
人に精神的な損害が発生したとは認められない。
さらに,弁護士費用についても,本件の実質が雇用契約に関す
る契約的不法行為類似の場面であることを考えると,同様に損害
とは認められない。
(2)被控訴人の主張
ア争点(1)(本件処分が全く事実上の根拠に基づかないと認められる
か)及び(2)(本件処分は社会観念上著しく妥当を欠くか)について
原審で主張したほか,以下の観点からも,本件処分は違法である。
(ア)本件集約について
本件集約の目的は,「裏金の管理担当者の精神的負担軽減及び裏
金の不当な費消の防止」であり,「不正資金を隠ぺいすること」に
はない。
また,被控訴人としては,本件集約の目的は,「悪しき慣習(残存
するかもしれない裏金)をなくし,特定多数の職員の計り知れない
精神的負担を解消するため,各課にあるかもしれない裏金をとりあ
えず集約し,その後に適正に処理するため」であると認識していた
のであり,被控訴人が本件集約の目的を上記のように認識したこと
については,合理的な理由があった。そして,被控訴人は,d知事
公室長の本件指示に忠実に従って,各課への伝達を行っただけであ
り,集約された金額の分だけ,その処理に頭を悩ませていた職員の
精神的負担が軽減されたのであるから,被控訴人の行為は悪質なも
のとはいえない。
(イ)被控訴人の行為に対する評価について
被控訴人には,d知事公室長から受けた本件指示が「不正資金の隠
ぺい」であるという認識はなく,l総務部次長と伝達担当の割り振
りを行ったほかは,単に,上司の命令の伝達をしただけであるから,
被控訴人の行為は,機械的,従属的かつ代替的な行為であったとい
え,被控訴人が知事公室次長という地位にあったことは,かかる評
価を否定する根拠にはならない。
そして,被控訴人は,公務員として,また組織人として,上司の
職務命令に忠実に従う義務を負っているとの認識を有しており,実
際にも,岐阜県庁における30年以上に亘る勤務において,上司の
命令を拒否することなど一度としてなかった。信頼する上司である
d知事公室長から,悪しき慣習をなくし,職員の精神的負担の軽減
のため,一時的に職員組合の口座に集約し,後に適正に処理される
旨の説明を受けていたのであるから,被控訴人であれ,当時の被控
訴人と同様の立場に置かれた者であれ,本件指示に重大かつ明白な
瑕疵があるなどと判断することはできなかった。
(ウ)本件処分の社会観念上の妥当性について
控訴人の主張は,本件において問題とされた不正資金問題の発覚
によって生じたあらゆる社会的影響がすべて被控訴人の行為に起
因し,被控訴人の責任であるとするに等しく,到底,受け入れるこ
とができない。
イ争点(4)(本件処分の違法性,故意・過失及び損害額)について
(ア)本件処分の違法性,故意・過失について
本件処分が違法であることは,既に主張したとおりであり,また,
処分行政庁は,被控訴人の主張を十分に考慮せず,被控訴人が不正
資金の隠ぺいのために本件集約に加担したものと一方的に決めつ
け,漫然と本件処分を行ったのであるから,少なくとも過失が認め
られることは明らかである。
(イ)損害額について
a控訴人は,別の懲戒事例と比較した主張をしているが,原審
において,被控訴人が,控訴人に対し,控訴人が過去にした懲
戒処分事例に関する資料の提出を求めたところ,控訴人は,他
の事例との比較は無意味であるとして,その提出を拒否したと
いう経緯がある。かかる経緯に照らしても,控訴人の上記主張
は,不当というべきである。
b被控訴人は公務員であったことから,地方公務員法,岐阜県
職員の給与,勤務時間その他の勤務条件に関する条例をはじめ
とする関係諸法令を適用すれば,退職手当相当額及び定年退職
時までの給与相当額を導き出すことができる。
c被控訴人は,本件処分の調査に当たって自己の認識を包み隠
さず話していたにもかかわらず,上記のとおり自分の話には耳
を傾けてもらえないまま,懲戒免職処分ありきの追及を受けた。
36年間,一生懸命,県職員として尽くしてきたにもかかわら
ず,一瞬にしてその身分と誇りを奪われたのであり,これによ
る被控訴人の精神的苦痛は,筆舌に尽くしがたいし,被控訴人
は,本件処分後も,父の自殺など耐え難き生活を送ることにな
った。
dなお,退職手当相当額及び慰謝料以外の損害は,次の①及び
②のとおりである。
①定年退職時までの給与相当額1767万9304円
(計算式)(57万1100円(給料月額)+14万277
5円(管理職手当)+7138円(地域手当))×18月(本
件処分時から定年退職する平成20年3月31日まで)=1
297万8234円
{57万1100円+7138円+(57万1100円+7
138円)×20/100(役職加算)}×6.775月=4
70万1070円(平成18年12月分,同19年6月分及
び同年12月分期末勤勉手当)
1297万8234円+470万1070円=1767万
9304円
②弁護士費用828万4463円
被控訴人は,違法な本件処分の取消し及び損害賠償を得る
ため,弁護士に委任して訴えを提起しなければならなかった。
弁護士費用としては,少なくとも請求額の1割が本件処分と
相当因果関係を有する。なお,本件が雇用契約に関する契約
的不法行為類似の場面であるからといって,不法行為である
以上,弁護士費用について否定する理由はない。
第3当裁判所の判断
1当裁判所も,被控訴人の本件請求は,本件処分の取消し並びに損害賠償金
5884万4632円及びこれに対する平成22年1月23日(本件訴状送
達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5パーセントの割合による遅
延損害金の支払を求める限度で認められ,その余は失当であると判断する。
その理由は,以下のとおりである。
2認定事実
次のとおり原判決を補正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第3当
裁判所の判断」の「1」記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
(1)原判決書20頁24行目の「証拠(甲5,原告本人)」を「証拠(甲5,
6,9,12,20,乙4,5,被控訴人本人)」と改める。
(2)原判決書21頁1行目から同頁6行目までを以下のとおり改める。
「ア被控訴人は,本件指示を受けた平成11年1月20日当時,各所属の
担当職員等のもとに裏金が残存していることについて明確な認識を有
していなかったが,残存している可能性があるとの認識は有していた。
イこの点について,被控訴人は,知事らの議会答弁があったことから,
本件指示を受けたころ,岐阜県にはもはや裏金は存在しないという認識
であった旨主張するところ,被控訴人本人は,これに沿う供述をし,ま
た,甲6(被控訴人の備忘録),12(被控訴人の陳述書),20(同)
及び乙4(被控訴人の上申書)の各記載,並びに甲9(不服申立手続に
おける第2回口頭審理調書)の記載中,被控訴人発言部分(以下,これ
らの記載を指す趣旨で,「陳述」ということがある。)にも,同旨の部分
がある。」
(3)原判決書21頁14行目の「裏金の使途は制限されていた」を「裏金の
使途は事実上制限されていた」と改める。
(4)原判決書21頁16行目の「裏金は残存しない」を「裏金はもはや残存
しない」と改める。
(5)原判決書21頁18行目,同頁19行目及び同頁20行目の各「所属」
をいずれも「所属の担当職員等」と改める。
(6)原判決書21頁23行目の「ことが窺われるというべきであり,」を「に
等しいというのが,その実態というべきであり,」と改める。
(7)原判決書22頁2行目の「供述等」を「供述・陳述」と改める。
(8)原判決書22頁3行目の末尾の次に,行を改めて,以下を加える。
「ウ控訴人は,被控訴人の経歴及び本件指示当時の地位に照らせば,被
控訴人が不正資金の状況について知らなかったはずはなく,むしろ不
正資金の存在を十分に認識していたはずである旨主張する。
しかし,上記イのとおり,県幹部職員は,裏金の実体をことさら把
握しない方針としていたに等しいことが認められる一方,被控訴人が
本件指示を受けた平成11年1月20日当時,被控訴人が裏金の具体
的な存在状況を各所属の担当職員等から聞いたなどという事実を認め
るに足りる証拠はないことからすれば,被控訴人の経歴ないし地位を
踏まえても,被控訴人が,当時,不正資金の存在を十分に認識してい
たと認めることは困難であって,被控訴人の認識は,「残存している可
能性がある」というものにとどまっていたと認めるのが相当である。
したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。」
(9)原判決書22頁5行目から同頁10行目までを以下のとおり改める。
「ア被控訴人は,本件指示及び本件伝達行為は,各所属で裏金を管理す
る者の精神的負担を軽減することや裏金の私的費消など不当な処理
を防止することが主たる目的であると認識・理解していた。
イこの点,控訴人は,本件集約の目的が裏金管理担当者の負担軽減等
にあったのではなく,裏金の存在の隠ぺい工作であった旨主張するの
で,以下に検討する。」
(10)原判決書22頁16行目から同頁22行目にかけての「しかし,県幹部
職員は,対内的には裏金作りに対して一貫した方針を示さなかったため,
県職員の間でも,裏金の存在が許容されるべきものであるか否かについて
の認識・対応がばらばらな状態となっていたと推測され,また,前示のと
おり裏金の使途が制限されるようになっていたことからすると,裏金は保
管・管理責任を負うだけの邪魔な存在であるという認識が強まっていたこ
とも推測される。」を以下のとおり改める。
「しかし,b知事をはじめとする県幹部職員は,対内的には裏金に対して
一貫した方針を示さなかったため,県職員の間でも,保管・管理してい
た裏金をどのように扱うべきであるかということについての認識・対応
がばらばらな状態となっていたと推認され,また,前示のとおり裏金の
使途が事実上制限されるようになっていたことからすると,裏金は保
管・管理責任を負うだけの邪魔な存在であるという認識が強まっていた
ものと推認される(裏金は,公金に由来するものであり,かつ,本来,
存在すること自体が許容されないものであるし,控訴人としては,裏金
を保管・管理する職員等に対し,損害賠償請求又は不当利得返還請求〔以
下,これらを併せ「返還請求等」という。〕をすることができる立場に
あったものと解される。知事らの方針は,実質的には,現存する裏金は
「存在しない」ものとするとともに,裏金が残存していないかについて
調査することもしないということを意味するに等しく,あえて返還請求
等はしない旨の方針を採用したものといっても過言ではないから,同方
針は,裏金の使途を事実上制限したこととあいまって,各所属の担当職
員を苦慮させることになったものというべきである。)。」
(11)原判決書23頁11行目の「本件集約決定は,」から同頁13行目の末
尾までを以下のとおり改める。
「本件集約決定は,その決定に関与した者らの確認,了解としては,裏金
の管理担当者の精神的負担軽減及び裏金の不当な費消の防止を主たる
目的として行うものとされたものと認められる。」
(12)原判決書23頁16行目の「述べており,」を「供述・陳述しており,」
と改める。
(13)原判決書23頁18行目から同頁19行目にかけての「原告の主張に
は,合理的な裏付けがあるというべきである。」を以下のとおり改める。
「被控訴人の主張は,本件集約決定に関与した者らの確認,了解について
の被控訴人の認識という意味において,それなりに合理的なものである
と考えることができる。」
(14)原判決書23頁21行目,同頁23行目,同頁24行目から同頁25
行目にかけて,24頁3行目,同頁6行目,同頁22行目及び26頁2
行目の各「所属」をいずれも「所属の担当職員等」と改める。
(15)原判決書24頁4行目から同頁5行目にかけての「考えにくいことだ
からである。」を「考えにくいばかりか,職員組合の口座に振込送金する
という客観的な証拠が残ってしまう方法をあえて選択したことも不合理
であると言わざるを得ない。」と改める。
(16)原判決書24頁10行目から同頁11行目にかけての「県庁の各所属
は,制度上,独立して管理する公金を保有しないはずである」を「県庁
の各所属は,制度上,独立して公金を保管・管理することができない(裏
金は,公金に由来するものとはいえ,不正に支出を受け,もはや公金と
しての性質を失っていると解され,その管理・保管は,公務員としての
職務ではあり得ないというべきである。)」と改める。
(17)原判決書24頁15行目の末尾の次に,行を改めて,以下を加える。
「ウ控訴人は,本件集約の目的が裏金の隠ぺい工作であったことをう
かがわせる事情として,①「県の不正資金」であれば,金庫等の中
身を点検する現物検査等によって,その存在が発覚するおそれがあ
るが,「職員組合の裏金」とすれば,上記検査等が及ばないばかりか,
職員組合の会計事務監査によっても明らかにされない効果がある,
②本件伝達行為の対象が,県の組織のうち,教員委員会,警察及び
現地機関を除く,本庁各課であったことは,本件集約そのものが明
るみに出る可能性が高まることをさけようとしたからである,③被
控訴人が本件伝達行為における各課総括課長補佐等への連絡内容を
示唆的なものとしたのは,隠ぺい工作についての責任を回避するた
めであるなどの主張もする。
しかし,上記①の点については,被控訴人は,集約先を職員組合
名義の銀行口座とすることを決めた本件集約決定には関与しておら
ず,被控訴人が,後記(3)において説示するところを超えて,同決定
に関与したl総務部次長と同じ認識を有していたと認めるに足りる
証拠はないことに加え,そもそも,同口座への振込送金という方法に
よれば客観的な証拠が残ってしまうこと,裏金は,公金に由来するも
のとはいえ,もはや公金そのものではなく,各所属の担当職員等が個
人で管理・保管しているものと言わざるを得ないから,これ自体には
控訴人の会計監査が及ぶものとは解されないこと(職員が個人で管
理・保管する金銭その他の物であっても,県庁の庁舎内に存在する限
りは,控訴人の庁舎管理権が及び得るが,庁舎外に存在するものに及
ばないことは明らかである。)などからすれば,被控訴人の認識に関
する前記ア及びイの認定判断を左右するものとはいえない。
また,上記②の点についても,本件伝達行為の対象は,d知事公
室長の本件指示において,既に定められていたものであって,被控訴
人がl総務部次長との話合いによって決定したものではないことに
加え,そもそも,本件伝達行為の対象が本庁の61課であることは,
本件集約そのものが明るみに出る可能性の大小にさほど影響するも
のとは考えられないこと(61課の総括課長補佐等のうち,誰か一人
でも本件伝達行為について公にするなどすれば,本件集約が明るみに
出ることになる。),被控訴人の認識が本件集約決定に関与したl総務
部次長のそれと同じであったと認めるに足りる証拠はないことなど
からすれば,同様に,被控訴人の認識に関する前記ア及びイの認定判
断を左右するものとはいえない。
さらに,上記③の点についても,本件伝達行為における連絡内容
を示唆的なものとすることは,d知事公室長の本件指示において既に
定められていたものであって,被控訴人がl総務部次長との話合いに
よって決定したものではないことに加え,知事らの方針(同方針は,
現存する裏金は「存在しない」ものとすることを意味するに等しい。)
にも沿ったものといえることなどからすれば,同様に,被控訴人の認
識に関する前記ア及びイの認定判断を左右するものとはいえない。」
(18)原判決書24頁26行目及び25頁9行目の各「各所属で」をいずれも
「各所属の担当職員等によって」と改める。
(19)原判決書25頁4行目の「公金にほかならないものとして」を「公金そ
のものと同様のものとして」と改める。
(20)原判決書25頁12行目の「各所属(OB等の個人を含む。)で」を「各
所属の担当職員等(OB等を含む。)によって」と改める。
(21)原判決書27頁6行目の末尾の次に,行を改めて,以下を加える。
「(4)本件集約の評価(控訴人の立場から)
控訴人は,「不正資金を適正に処理するためには,公金に戻す以外
に方法はない」旨述べ,「裏金はもはや公金ではないこと」を前提と
するものと解される主張をする一方で,本件集約について,「『職員組
合の裏金』に公金を移す」ことであるとも述べ,「裏金は公金である
こと」を前提とする主張もしている(平成23年5月2日付け控訴理
由書)けれども,各所属の担当職員等が保管・管理していた裏金は,
公金に由来するものであるが,当該公金それ自体は,既に架空の出張
旅費や食糧費等として支出され,その支出を受けて裏金を作るなどし
た職員等に移転していると解さざるを得ない。
また,県庁の各所属は,前記のとおり,制度上,独立して公金を
保管・管理することができない。
そうすると,裏金は,公金に由来するものではあっても,もはや
これを「公金」そのものであるとすることはできないのであって,あ
くまでも各所属の担当職員等が個人で管理・保管していたものとみる
ほかはない。
したがって,本件処分の事由のうち,「公金の費消等が拡大する結
果となった」とする部分は,そもそも,「裏金」を「公金」そのもの
であると位置付けているという点において,その評価は正確でないと
言わざるを得ない。
そして,控訴人は,前記のとおり,裏金を保管・管理する職員等
に対し,返還請求等をすることができる立場にあったと解されるので
あり,本件集約によって裏金の占有が当該職員等から職員組合に移転
されたとしても,そのことによって,直ちに控訴人が返還請求等をす
ることができなくなるというものではない。
ところで,「不正資金を適正に処理するためには,公金に戻す以外
に方法はない」との点は,控訴人の主張するとおりであるが,「公金
に戻す」ということは,とりもなおさず,裏金を保管・管理する職員
等に対し返還請求権等を行使することを意味するといえる。
しかし,本件集約はもとより,被控訴人が関与した本件伝達行為
は,それがされたからといって,直ちに控訴人が裏金を管理・保管し
ていた職員等に対する返還請求等をすることができなくなるという
ものではない(控訴人が返還請求等をしなかったのは,現存する裏金
は「存在しない」ものとすることを意味するに等しい知事らの方針が
採用されたことが主たる原因であるというべきであろう。)。
もっとも,本件集約は,裏金が存在する場合には,これを職員組
合に寄付してしまおうというものであり,示唆的にしろ,これを各所
属の担当職員等に連絡した本件伝達行為は,違法であるとの評価を免
れないところであるし,証拠が散逸したり,裏金を保管・管理してい
た職員等の資力が失われたりする可能性があるという意味で,当該職
員等に対する控訴人の返還請求等を事実上困難にする可能性のある
行為であったということはできる。」
(22)原判決書27頁7行目から同頁13行目までを以下のとおり改める。
「(5)本件集約の評価(被控訴人の立場から)
上記検討したところによれば,本件集約は,違法であるとの評価
を免れないものであり,被控訴人にはその旨の認識があったものと推
認するのが相当である。また,被控訴人は,前示のとおり,本件指示
に対し意見具申したり,疑義を提示したりすることはなく,これに従
って本件伝達行為をしたものであり,その態度は,本件指示に対して,
無批判に従ったとの批判を受けて,しかるべきであろう。」
(23)原判決書27頁16行目の「職務上」を「事実上,職務に関連し,」と
改める。
(24)原判決書28頁5行目から同頁6行目にかけての「職務として」を「事
実上の職務として」と改める。
(25)原判決書28頁9行目の「知事らの方針は,」から同頁16行目の「論外
である。)。」までを以下のとおり改める。
「知事らの方針は,現存する裏金は「存在しない」ものとすることを意味
するに等しいというべきであり,裏金が「存在しない」はずである以上,
岐阜県としては,裏金を管理・保管している職員もいないはずであるか
ら,そのような職員に対し返還請求等をすることもできない旨の判断を
したことを意味するといっても過言ではない。しかし,裏金が公金に由
来するものであって,控訴人は,返還請求等をし得る立場にあった以上,
現存する裏金を適正に「存在しない」ものとする方法は,その返還を求
める以外にはないというべきである。ところが,そうするためには公表
が不可避となり,知事らの方針に反することとなるのであるから,同方
針に従いつつ裏金を「存在しない」ものとする行為は,すべて不適正な
行為とならざるを得ないのである(なお,私的費消は強く非難されると
ころであるが,私的費消がされたとしても,直ちに控訴人が返還請求等
をすることができなくなるというものではない。)。」
(26)原判決書28頁18行目の「手段として」を「ことを主たる目的の一つ
として」と改める。
(27)原判決書28頁20行目から29頁1行目までを以下のとおり改める。
「当時,知事公室次長という地位にあった被控訴人も,知事らの方針が
前示のようなものであることを認識していたと考えられ,県政の最高責
任者である知事らの方針が裏金についての調査・公表はしないというも
のであり,県職員が誰一人としてこれに異を唱えなかった(弁論の全趣
旨)という状況のもとでは,被控訴人一人が,知事らの方針や本件指示
に対して,意見具申したり,疑義を提示したり,あるいは知事らの方針
や本件指示に反する行動を取ることは,本来,公務員として被控訴人が
負っていた法的義務であったというべきではあるものの,心理的には極
めて困難であったであろうと推認されるところである。」
3争点(1)(本件処分が全く事実上の根拠に基づかないと認められるか)につ
いて
次のとおり原判決を補正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第3当
裁判所の判断」の「2」記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
(1)原判決書29頁8行目から同頁9行目にかけての「社会通念上」を「社
会観念上」と改める。
(2)原判決書29頁16行目の「各所属」を「教育委員会,警察及び現地機
関を除く本庁各課の総括課長補佐等」と改める。
(3)原判決書29頁18行目の「各所属」を「上記本庁各課の総括課長補佐
等」と改める。
(4)原判決書29頁19行目の「裏金が公金である以上,」から同頁20行目
の末尾までを「裏金が公金に由来するもので,控訴人はその返還請求等を
し得る立場にあった以上,控訴人は,返還請求等をすべきものであったと
いえるから,裏金を職員組合に寄付することが不適正であることは明らか
である」と改める。
4争点(2)(本件処分は社会観念上著しく妥当を欠くか)について
(1)司法審査の基準について
本件処分は,被控訴人が,裏金の存在を公にせず,本件伝達行為を行う
ことで裏金を職員組合へ集約することに加担したことによって,裏金の「隠
ぺいに深く関わ」り,この隠ぺい工作により,「長期間当該事件が発覚せず」,
「その間に公金の費消等が拡大する結果となった」ことを処分の理由とし
ているところ,被控訴人は,本件処分は社会観念上著しく妥当を欠き,裁
量権を逸脱又は濫用したものであると主張する。
地方公務員につき地方公務員法所定の懲戒事由がある場合に,懲戒処分
を行うかどうか,懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは,平素か
ら庁内の事情に通暁し,職員の指揮監督の衝にあたる懲戒権者の裁量に任
されており,懲戒権者は,懲戒事由に該当すると認められる行為の原因,
動機,性質,態様,結果,影響等のほか,当該公務員の上記行為の前後に
おける態度,懲戒処分等の処分歴,選択する処分が他の公務員及び社会に
与える影響等,諸般の事情を総合的に考慮して,懲戒処分をすべきかどう
か,また,懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを,その裁
量的判断によって決定することができるものと解すべきである。したがっ
て,裁判所が懲戒処分の適否を審査するにあたっては,懲戒権者と同一の
立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択
すべきであったかについて判断し,その結果と当該懲戒処分とを比較して
その軽重を論ずべきものではなく,懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分
が,社会観念上著しく妥当を欠き,裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用した
と認められる場合に限り,違法と判断すべきものである。もっとも,地方
公務員法は,同法所定の懲戒事由がある場合に,懲戒権者が,懲戒処分を
すべきかどうか,また,懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべき
かを決するについて,公正であるべきこと(同法27条1項)を定めると
ともに,平等取扱いの原則(同法13条)及び不利益取扱いの禁止(同法
56条)に違反してはならないことを定めていると解されるし,裁量は,
恣意にわたることを得ないものであることも当然である(最高裁昭和52
年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁参照)。
そこで,上記の観点に立って,前記前提事実及び前記認定事実から,本
件処分が,社会観念上著しく妥当を欠き,裁量権の範囲を逸脱しこれを濫
用したものと認められるかどうかについて,検討する。
(2)本件集約の目的及びこれに対する被控訴人の認識について
ア本件処分は,本件集約が裏金の隠ぺい工作としてされたものであるこ
と及び被控訴人にそのことの認識があったことを前提としていると解さ
れる。
裏金は,文字どおり,「裏」の存在として,昔から対外的に隠ぺいされ
た存在であったと考えられるが,本来,かような裏金の存在は許される
べきものではない。控訴人としては,裏金の存在が疑われる場合には,
直ちにその存否を調査すべきであり,各所属の担当職員等が裏金を保
管・管理していることが判明した場合には,当該職員等に対し,返還等
を求めるべきであるといえる。ところが,控訴人においては,知事らの
方針によって,現に保管・管理されていたものを含めて,「裏金は一切存
在しない」旨対外的に説明すべきものとされた。このような知事らの方
針は,実質的には,裏金を組織的に隠ぺいすべきものとしたに等しいと
いうべきであるし,知事らの方針の結果,裏金の存否の調査が行われな
かったのであるから,裏金は,各所属の担当職員等が保管・管理してい
る状態(本件集約前の状態)において,既に隠ぺいされていたと言わざ
るを得ない。
また,裏金を職員組合に移転・集約したからといって,そのことによ
って,直ちに控訴人が裏金を保管・管理する職員等に返還請求等をする
ことができなくなるとはいえないことや,証拠の散逸の可能性を含む新
たな隠ぺいの効果は,相当に限定的なものであったと考えられることも,
前示のとおりである。
そして,被控訴人は,本件集約の目的を,裏金を保管・管理する者の
精神的負担の軽減及び私的費消等不当行為の防止にあると認識していた
のであり,本件集約に裏金を隠ぺいする効果があるかも知れないとの未
必的な認識があったとしても,それは確たる認識ではなく,少なくとも
隠ぺいを積極的に意図するものと認識していたと認めることはできない。
イこの点,控訴人は,本件集約の対象範囲や手法等に照らせば,本件集
約が裏金の隠ぺい工作としてされたものであり,被控訴人にそのことの
確定的な認識があったことは明らかである旨主張する。
しかし,前示のとおり,本件集約前から裏金が隠ぺいされた状態にあ
ったのであり,また,被控訴人は,本件集約決定の意思形成ないし意思決
定には全く関与しておらず,ただ,d知事公室長からの本件指示を受け,
その指示に対し無批判に従って,本件伝達行為を行ったのみであるとい
うべきであるから(後記(3)),控訴人の主張は,単なる推論の域を出る
ものではなく,証拠に基づくものとは認められないから,採用すること
ができない。
ウそうすると,本件集約が裏金の隠ぺい工作としてなされ,被控訴人に
はその旨の認識があったという本件処分の前提認識は,全くの事実誤認
であるとまでは言えないとしても,相当に一面的な見方というべきであ
る上,本件集約は,これが実施されたからといって,直ちに控訴人が裏
金を保管・管理する職員等に返還請求等をすることができなくなるもの
とはいえないことを看過したものであり,著しく妥当を欠くというべき
である。
(3)被控訴人の関与の程度について
ア本件処分は,被控訴人が本件集約に深く関わったことを前提としてい
ると解されるところ,被控訴人は,本件伝達行為として本件集約決定の
内容を各所属の総括課長補佐等へ伝達することで本件集約の実施に関与
したことは,争いのない事実である。
しかし,前示のとおり,被控訴人は,本件集約決定の意思形成ないし
意思決定には全く関与しておらず,ただ,d知事公室長からの本件指示
を受け,その指示に対し無批判に従って,本件伝達行為を行ったのみで
ある。被控訴人が自らの判断を介在させたのは,l総務部次長とともに,
本件指示にいう「教育委員会,警察及び現地機関を除く本庁各課の総括
課長補佐等」を特定し,連絡についての被控訴人とl総務部次長の分担
を決めたこと以外にはない。つまり,被控訴人は,本件集約決定に基づ
く本件指示を上司から受けて,これに無批判に従って本件伝達行為を行
い,本件集約決定の実施を容易にしたにすぎないものといえる。
そして,仮に,被控訴人が本件伝達行為は違法であるないしは不適切
ではないかとの疑義の提示又は意見具申をし,あるいは,本件指示に従
うことを拒否したとしても,それだけで知事らの方針が覆されることは
なく,副知事の集約指示に従って決定された本件集約決定の実施は,別
の職員によって行われていた可能性が極めて高いと考えられる(仮に,
被控訴人が疑義の提示又は意見具申をし,あるいは本件指示に従うこと
を拒否したとすれば,それは,本件集約決定をした上司らからみれば,
命令に反する行動であるということになるし,b知事やc副知事が本件
集約決定の細部まで知悉していたか否かは明らかでないにせよ,本件集
約決定は,知事らの方針及び副知事の集約指示に従ってされたことは,
その経緯に照らし明らかであり,被控訴人もそのような経緯を認識して
いたと考えられるから,被控訴人の立場では,そのような行動をとって
も,正当に評価されることはなく,かえって,控訴人の最高幹部を批判
し,命令に背いたものとして,人事上,不当に不利益な扱いを受けるの
ではないかという危惧を抱いた可能性も大いに考えられるところである。
なお,被控訴人は,組織の一員として,上司の指示に従うのは当然であ
る旨主張しているが,同主張を善解すれば,仮に,上司の指示に異を唱
えれば,人事上,不利益な取扱いを受けるおそれがあったという趣旨に
も理解できないではない。)。
イこの点,控訴人は,被控訴人が実行行為者であるとか,被控訴人の当
時の地位(知事公室次長)は高いものであったから,被控訴人の行動は,
地方自治法2条16項,刑事訴訟法239条2項,公益通報者保護法な
ど関係法令の趣旨に照らし,明らかに不当なものであるなどと主張する。
しかし,そもそも,本件集約の実行行為者は,裏金を職員組合の口座
に送金した者であって,被控訴人ではないことは,客観的に明らかであ
るし,上記アで説示したところによれば,被控訴人の本件集約における
役割は,従属的かつ代替的なものというべきであり,被控訴人が知事公
室次長という県の中枢に近い地位にあったからといって,その役割の意
味が変わるものではない。
なるほど,控訴人における幹部職員の一人であった被控訴人は,裏金
の存在の可能性を認識した時点で,上司に対し,裏金の実態を解明して,
これを管理・保管していた職員等に対して返還請求等をするなど,控訴
人が適切な措置を講ずるべきことを進言すべきであったとはいえるが,
前示のとおり,被控訴人が本件指示に異を唱えることは,心理的には,
極めて困難であったであろうと推認されるところであるし,そもそも,
知事らの方針は,裏金の存在の可能性それ自体を否定し,これを調査す
ることはしない,ひいては,あえて返還請求等をしないことを意味する
に等しいものであったところ,その当時の県幹部や裏金を管理・保管し
ていた職員をはじめ,特別職であったか,一般職であったかを問わず,
誰一人としてこれに異を唱えず,その職責を果たさなかったのであるか
ら,比較的高い地位にあったとはいえ,一般職の職員の一人であったに
すぎない被控訴人のみを強く非難することは,著しく酷であるというべ
きである。
控訴人は,本件伝達行為から7年余りが経過した後である平成18年
4月1日に施行された公益通報者保護法(平成16年法律第122号)
にまで言及して,同法が未だ存在しなかった当時の被控訴人の行為が不
適切であったと主張するが,控訴人は,平成18年9月28日付けの岐
阜県政再生プログラムにおいて,「県内部からの問題指摘を積極的に受け
入れる仕組みを構築する」ことにしたのであり(乙7),本件伝達行為が
された平成11年1月ないし同年2月当時(その当時,公益通報者保護
法のような法律は存在しておらず,同法3条各号に定める公益通報をし
たことを理由として一般職の地方公務員に対して免職その他不利益な取
扱いがされることのないよう,地方公務員法の規定を適用しなければな
らないことを定めた同法7条のような規定も存在していなかったことは,
公知の事実である。),そのような仕組みが存在しなかったことは明らか
である(なお,甲9〔不服申立手続における第2回口頭審理調書〕によ
れば,控訴人の代理人である弁護士o〔以下「o弁護士」という。〕は,
岐阜県人事委員会が平成21年3月5日に実施した口頭審理期日に処分
行政庁の代理人の一人として出席しており,同期日に行われた被控訴人
の尋問の際,被控訴人に対し,「本件指示を受けた際,その当時から控訴
人の顧問弁護士であったo弁護士に対し,どうして一言相談しなかった
のか」という趣旨の質問をしていることが認められるが,o弁護士が控
訴人の顧問弁護士であったということをもって,「県内部からの問題指摘
を積極的に受け入れる仕組み」が構築されていたとは,到底認め難い。)。
なお,控訴人は,被控訴人の行為が「犯罪行為とも評価し得る行為」
である旨の主張もするが,被控訴人が刑事責任を追及された事実は存し
ないところ(弁論の全趣旨),本件伝達行為が公金それ自体を不正に支出
することにかかわるものでないことは,前示のとおりであって,同行為
が詐欺罪や横領罪の実行行為や教唆・幇助行為に該当しないことは,明
らかである。控訴人は,いかなる証拠に基づいて,被控訴人の行為がい
かなる犯罪の構成要件に該当し,違法,かつ,有責であると認められる
というのか,具体的な根拠を明らかにしているとは認められず,控訴人
の上記主張は採用することができない。
したがって,控訴人が縷々主張するところを踏まえても,被控訴人の
みを強く非難することは,著しく酷であるというべきである。
ウそうすると,被控訴人が本件集約に「深く」関わったという本件処分の
前提認識についても,事実誤認とまでは言えないとしても,相当に一面的
な見方というべきであり,妥当を欠くというべきである。
(4)本件集約の結果について
ア本件処分は,本件集約の結果,「長期間当該事件が発覚せず」,「その間
に公金の費消等が拡大する結果となった」ともしている。
しかし,前示のとおり,裏金は,公金に由来するものではあっても,こ
れを「公金」そのものであるとすることはできないから,本件処分の事由
のうち,「公金の費消等が拡大する結果となった」とする部分は,そもそも,
「裏金」を「公金」そのものであると位置付けているという点において,
その評価は正確でないと言わざるを得ない。
また,被控訴人の本件伝達行為をした際における当該行為の意味の認識
については,既に認定・判断したとおりであり,本件処分の理由としての
被控訴人の責任を量定する上では,本件集約と「長期間当該事件が発覚せ
ず」に済んだとの点の因果関係についてまで論じる必要性は乏しいものと
考えられる。
イ念のため,上記因果関係について検討するに,前示のとおり,本件伝達
行為の結果,本件集約として,平成10年度中に5639万7723円の
裏金が職員組合の口座に振り込まれ,その後も,平成11年度から同17
年度までの間に約2億6930万円の裏金が現金授受の方法によって職員
組合に持ち込まれ,全体として3億円を超える裏金が職員組合に移転され
たのであるが,本件集約は,その中で先例としての位置付けを有するとい
う意味において,その後の集約に対しても関連性があるというべきである。
しかし,平成11年度以降に集約された裏金は,現金授受の方法による
もので,本件伝達行為で示唆された方法(口座振込み)によるものとは異
なる上,本件集約の期限とされた平成11年2月末日を経過した後に集約
されたものであること,また,平成13年度には,前示のとおり,副出納
長による説明会などが契機となって裏金の職員組合への集約が促進された
ことが認められる。
そうすると,被控訴人の本件伝達行為は,平成11年度以降の集約に対
しては,必ずしも直接的な因果関係を有すると認めることはできない。
また,岐阜県の裏金問題が発覚したのは,前示のとおり,職員組合が保
管している裏金の存在が契機となったもののようであり,当時,各所属の
担当職員等によって保管・管理されていた裏金も存在しながら,それが発
覚の契機となったと認め得る証拠は存在しないことからすると,職員組合
への裏金の集約は,結果的には隠ぺいの効果に乏しかったこととなるので
あり,仮に,職員組合への裏金の集約がされなかった場合に,より早く裏
金の存在が発覚したであろうとは必ずしも認めることはできない。前示の
とおり,裏金は,本件集約前に,各所属の担当職員等が保管・管理する状
態で,既に隠ぺいされていたのである。
そうすると,本件集約の結果,「長期間当該事件が発覚」しなかったとす
る本件処分の理由は,本件集約と裏金問題の発覚遅延との間に因果関係が
あることを言うものであるとすれば,これをもって必ずしも正当な評価で
あると認めることはできない。
ウまた,「裏金」を「公金」そのものであると位置付けた誤りをひとまず措
いて,「その間に・・・費消等が拡大する結果となった」とする点について
検討しても,前示のとおり,職員組合に集約されず各所属の担当職員等が
保管・管理した裏金で,焼却,廃棄又は私的費消されたものもあるとされ
ていることからすると,本件集約により「費消等が拡大する結果となった」
という評価は一面的というべきであるし,職員組合に集約された裏金の保
管・管理についてまで被控訴人が注視すべきであったというのは,現実的
な判断として言い得ないことは後記に説示するとおりである。そして,知
事らの方針により,「存在しない」こととされた裏金は,まさに「存在しな
い」ものとすることとされていたに等しいということができ,裏金の不当
な費消は,まさに裏金を「存在しない」ものとすることに他ならないので
あるから,裏金の不当な費消が行われたことは(前示のとおり,私的費消
は強く非難されるところであるが,私的費消がされたことは,直ちに控訴
人が返還請求等をすることができなくなることを意味するものではない。),
知事らの方針の必然的結果というべきであり,これをもって本件集約の結
果と見るのは,問題の全体像を正解したものということはできない。
なお,被控訴人が,本件伝達行為をした際,集約された裏金が職員組合
において費消されるものであるのか否かについて確たる認識を有していた
とは認められないことは前示のとおりである。
(5)被控訴人が裏金の存在を公にしなかった不作為等について
ア本件処分の事由中には,本件指示を受けた当時,被控訴人が裏金の存在
を公にしなかった不作為を問題としていると解される部分があり,控訴人
は,この点は本件処分の事由としているものではない旨主張するが,念の
ため付言するに,被控訴人が本件指示を契機として裏金の存在を公にしな
かった不作為又は公にすることを進言しなかった不作為は,性質的には,
裏金の存在を知る県職員一人一人が負っていた裏金の存在を公にする義務
の懈怠と同様のものであると評価すべきである。
もっとも,被控訴人が知事公室次長という一般職としてはかなり高い地
位にあったことからすれば,各所属の庶務担当者らよりも,被控訴人の義
務の程度は高かったと言わざるを得ない。
しかしながら,前示のとおり,県政の最高責任者である知事によって,
対外的には裏金が存在しないこととする方針が採られている状況下におい
て,被控訴人が,一人これに反する行為を取ることは,心理的に極めて困
難であったと推認されることや,被控訴人が本件指示を受けた当時,控訴
人において「県内部からの問題指摘を積極的に受け入れる仕組み」が構築
されていなかったことを併せ考えると,被控訴人がこれを行わなかったか
らといって公務員として最高程度の非違行為であると評することは酷であ
ると言わざるを得ない。
イ次に,控訴人は,被控訴人が本件集約に加担しながら,また,本件集約
後は商工局長等の要職にありながら,職員組合に集約された裏金が適正に
処理されたか否かについて確認せず,その結果,本件集約以降も平成17
年度まで裏金が職員組合に集約され続け,職員組合でこれが不当に支出さ
れ続ける結果となった旨主張するので,この点についても検討するに,前
示のとおり,被控訴人は,本件集約決定に全く関与しておらず,ただ,上
司から受けた本件指示に従って本件伝達行為をしたのみであること,した
がって,また,被控訴人には職員組合に集約された裏金の使用方法につい
ての具体的な取決めの有無・内容について確たる認識があったとは認めら
れないことからすると,本件集約後に被控訴人が自らの役割として職員組
合へ集約された裏金について不当な支出がされないよう注視すべき義務を
負っていたと認めることはできないのであり,結局のところ,被控訴人の
義務としては,上記に説示したような県職員として一般的に負っていた義
務の程度を特に超えるものであったと認めることは困難である。
(6)小括
ア以上のとおり,被控訴人がした本件伝達行為は,上司からの指示に無批
判に従って本件集約決定の趣旨を各所属に伝達するという従属的かつ代替
的な行為であったこと,被控訴人は,本件集約の主たる目的は裏金を保管・
管理する者の精神的負担軽減及び私的費消等不当行為の防止にあると認識
し,裏金を隠ぺいするという意図,目的によるものと認識していたとは認
められないこと,本件集約に裏金の存在を隠ぺいする効果があったとして
も,その効果は相当に限定的であり,被控訴人にはその効果について確定
的な認識があったとは認められないこと,また,本件集約後職員組合に集
約された裏金が費消されるものか否かについても被控訴人に確定的な認識
があったとは認められないこと,そして,被控訴人の立場から見れば,本
件指示につき疑義を提示したり,意見具申したり,これに従うことを拒否
したり,あるいは,本件指示を契機として裏金の存在を公にし,又は公に
することを上司に進言するなど,控訴人の主張に係る適切な行動をとるこ
とは,心理的に極めて困難であったと推認されるところ,被控訴人が本件
指示を受けた当時,控訴人において「県内部からの問題指摘を積極的に受
け入れる仕組み」は構築されていなかったこと等が認められる。
これらの認定判断に照らせば,被控訴人が本件伝達行為により裏金の隠
ぺい工作に深く関与し,裏金問題の発覚を遅延させ,裏金の不当な費消を
増大させたとする本件処分の根拠事由は,事実の誤認とまでは言えないと
しても,著しく一面的な認定というべきである。
また,本件処分は,「裏金」が「公金」そのものであるとの不正確な理解
のもとにされている上,控訴人が裏金を管理・保管していた職員等に対し
返還請求等をし得る立場にあったことや,本件集約あるいは職員等による
裏金の私的費消等が行われたとしても,そのことは,直ちに控訴人が返還
請求等をすることができなくなることを意味するものではないことをいず
れも看過してされたものである。
以上に加え,被控訴人は,昭和45年4月に岐阜県職員として採用され
てから本件処分までの間に懲戒処分を受けたことがないこと,県職員の中
で,本件の裏金問題を契機として懲戒免職処分を受けたのは,裏金を多額
に費消し又は私的に費消した職員のみであること等を併せ考えれば,本件
集約決定に関与した県職員らは既に退職していて懲戒免職の対象とするこ
とができなかったこと,岐阜県における裏金問題が他県のそれと比較して
より重大な県政に対する信用の失墜をもたらしたこと等の控訴人主張の事
実を踏まえても,本件伝達行為を理由として被控訴人を懲戒免職としたこ
とは,社会観念上著しく妥当を欠くと言わざるを得ない。
控訴人は,上記判断が不当であるとして,その他縷々主張するが,いず
れも採用することができない。
イ以上の次第で,本件伝達行為は,地方公務員法33条及び同法29条1
項1号の懲戒事由に該当するとの判断は相当というべきであるけれども,
これを理由とする本件処分は,懲戒処分として免職処分を選択している点
において重きに過ぎ,社会観念上著しく妥当を欠き,裁量権を逸脱・濫用
したものというべきであるから,その余の点について判断するまでもなく
取り消されるべきである。
5争点(4)(本件処分の違法性,故意・過失及び損害額)について
(1)本件処分の違法性及び故意・過失について
本件処分は,社会観念上著しく妥当を欠き,裁量権を逸脱・濫用したも
のというべきであるから,取り消されるべきであることは,既に説示した
とおりである。
そして,岐阜県知事であるpは,前記説示したところ(とりわけ,①被
控訴人は,本件集約決定の意思形成ないし意思決定には全く関与しておら
ず,ただ,d知事公室長からの本件指示を受け,その指示に対し無批判に
従って,本件伝達行為を行ったにとどまることを,正当に考慮したとはい
えないこと,②「裏金」が「公金」そのものであるとの不正確な理解のも
とで,控訴人が裏金を管理・保管していた職員等に対し返還請求等をし得
る立場にあったことや,本件集約あるいは職員等による裏金の私的費消等
が行われたとしても,そのことは,直ちに控訴人が返還請求等をすること
ができなくなることを意味するものではないことをいずれも看過している
こと,③被控訴人がd知事公室長の本件指示に基づいて本件伝達行為をし
た平成11年1月ないし2月当時,控訴人はいわゆる内部告発者を保護す
るための体制を何ら整備していなかったにもかかわらず,公益通報者保護
法の施行後である現在の体制を前提として,被控訴人の責任を論じている
と解されることなど)に照らせば,職員に対する懲戒免職処分をするに当
たり,当然に尽くすことが期待されるべき注意を払わず,漫然と本件処分
をしたものと認めるのが相当であるから,少なくとも過失があったという
べきである。
したがって,控訴人は,国家賠償法1条1項に基づき,被控訴人に対し,
違法な本件処分によって控訴人が受けた損害について,賠償する責任があ
るというべきである。
(2)損害額について
ア損害額の認定
次のとおり原判決を補正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第3
当裁判所の判断」の「4」記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
(ア)原判決書37頁4行目を以下のとおり改める。
「前記説示したところのほか,証拠(甲18,19)及び弁論の全趣
旨によれば,被控訴人は,違法な本件処分のため,本来であれば,定
年退職すべき時(平成20年3月31日)に支給を受けることができ
たと考えられる退職手当を得ることができず,したがって,被控訴人
が主張するとおり,上記退職手当相当額の損害を受けたことが認めら
れる。」
(イ)原判決書37頁6行目を以下のとおり改める。
「前記説示したところのほか,証拠(甲18,19)及び弁論の全趣
旨によれば,被控訴人は,違法な本件処分のため,本来であれば,本
件処分時から定年退職すべき時(平成20年3月31日)までに支給
を受けることができたと考えられる給与等を得ることができず,した
がって,被控訴人が主張するとおり,上記定年退職時までの給与相当
額の損害を受けたことが認められる。」
(ウ)原判決書37頁10行目から同頁11行目にかけての「違法な本件処
分の日から本判決日までの間,4年以上が経過していること等に鑑みる
と,」を「違法な本件処分の日から本判決(控訴審判決)の日までの間,
5年以上が経過していること,他方,被控訴人には相応の懲戒処分を受
けるべき事由があったと認められること,その他本件記録に顕れた諸事
情にかんがみると,」と改める。
イ控訴人の主張に対し
(ア)控訴人は,仮に,本件処分が取り消されるべきものであるとしても,
裁判所が被控訴人に関する国家賠償法上の損害について判断するに際し
ては,懲戒事由について考慮し,これに相応する損害額を認定すべきで
ある旨主張する。
しかし,控訴人は,処分行政庁が本件処分を自ら撤回した上,改めて
別の懲戒処分をしたことを主張するものではないし,被控訴人は,本来,
平成20年3月31日をもって定年退職すべき者であったと認められる
から(弁論の全趣旨),本件処分の取消しが確定しても,もはや,将来に
わたって公務員としての地位を回復することはなく,改めて別の懲戒処
分を受けることもない。
したがって,被控訴人に対し,本件処分と同一の懲戒事由に基づいて,
本件処分とは異なる別の懲戒処分がされるべきことを前提とする控訴人
の上記主張は,慰謝料の算定に際して,被控訴人には相応の懲戒処分を
受けるべき事由があったと認められることを考慮する限度を超えては,
これを採用することができない(控訴人は,控訴人の主張を採用しなけ
れば,本件で問題となっている不正資金問題によって懲戒処分を受けた
他の職員との関係で,平等取扱いの原則や公正の原則に反する旨の主張
もするが,仮に,控訴人の主張するように,被控訴人に対し,戒告より
も重い懲戒処分をすることが相当であったとしても〔裁判所が,懲戒権
者と同一の立場に立っていかなる処分を選択すべきであったかについて
判断することが相当でないことは,既に説示したとおりである。〕,この
点は,被控訴人よりも高い職位にあった幹部職員は,既に退職していた
ため,処分行政庁がこれらの者に対し懲戒処分をすることができなかっ
たと主張しているところと同様の理由により,やむを得ないものという
ほかはなく,かかる結論が不当であるとすれば,法改正等の立法的解決
が図られてしかるべきである。)。
なお,付言するに,本件処分の取消しが確定すれば,被控訴人は,本
件処分時から定年退職すべき時までの間,公務員の地位にあったことに
なり,当該地位に基づく退職手当請求権及び給与等請求権が回復するこ
とになるが,このことは,被控訴人が,違法な本件処分のため,現に支
給を受けることができなかった退職手当及び給与等に相当する金額につ
き,国家賠償法上の損害として主張することを妨げるものではないとい
うべきである。
(イ)控訴人は,被控訴人の主張に係る精神的な損害や弁護士費用は認めら
れない旨主張するが,既に説示したとおり,本件処分は違法であり,岐
阜県知事であるpには少なくとも過失があったといえるから,被控訴人
が前記に認定に係る精神的損害や弁護士費用を主張することは,何ら妨
げられるものでない。
(3)小括
したがって,被控訴人は,控訴人に対し,損害賠償金5884万4632
円(退職手当相当額3516万5328円,定年退職時までの給与相当額1
767万9304円,慰謝料100万円,弁護士費用500万円の合計)及
びこれに対する平成22年1月23日(違法な本件処分後で,本件訴状送達
の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の
支払を求めることができるが,被控訴人のその余の損害賠償金及び遅延損害
金の支払請求は失当である。
6結論
よって,原判決は正当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却す
ることとし,主文のとおり判決する。
名古屋高等裁判所民事第4部
裁判長裁判官渡辺修明
裁判官嶋末和秀
裁判官末吉幹和

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