弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は,控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求める裁判
1控訴人
(1)原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
(2)前記取消部分に係る被控訴人らの請求をいずれも棄却す
る。
(3)訴訟費用は,第1審,2審とも被控訴人らの負担とする。
2被控訴人ら
主文同旨
第2事案の概要
1本件は,控訴人姫路工場に勤務していた被控訴人らが,平成
15年5月9日に被控訴人らに対してなされた霞ヶ浦工場への
配転命令(以下「本件配転命令」という。)が無効であるとし
て,霞ヶ浦工場に勤務する雇用契約上の義務がないことの確認
及び配転命令後である平成15年8月分以降の賃金の支払いを
求める事件である。
2原判決は,①控訴人は被控訴人らの個別の同意なしに転勤を
命じる権限を有すること,②本件配転命令には,業務上の必要
性に基づいてなされたものではあるが,被控訴人らに対して,
通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるもので,
本件配転命令に基づき被控訴人らを霞ヶ浦工場に転勤させるこ
とは,配転命令権の濫用に当たるとして,同工場に勤務する雇
用契約上の義務のないことを確認すると共に平成15年9月分
以降の賃金の支払いを命じた。控訴人は,これを不服として控
訴した。
3前提となる事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,原
判決の摘示を後記4のとおり補正し,当審における補充主張と
して後記5のとおり付加するほかは,原判決が事実及び理由第
2の1ないし3として摘示するとおりであるから,これを引用
する。なお,以下,原判決の「原告」を「被控訴人」に,「被
告」を「控訴人」にそれぞれ読み替える。
4原判決摘示の補正
明らかな誤字,脱字は特に補正しない。
(1)原判決2頁下から2行目から1行目の「ネスレジャパン
グループの統括を行っている会社」の前に「その後,平成1
8年1月4日付け登記で,商号を「ネスレ日本株式会社」に
戻した」を付加する。
(2)原判決3頁3行目の「茨城県稲敷郡<以下略>」の次に,
「(平成17年3月22日に周辺町村と合併し,茨城県稲敷
市となった。)」を付加する。
(3)原判決5頁下から3行目から2行目の「執行した未消化
年休を傷病や看護の目的で積立使用を認める制度」を「所定
の年次有給休暇のうち使用されずかつ次年度に持ち越されな
いため失効することとなる日数を,1年につき10日,合計
40日に限って積立年休として扱い,業務外の傷病,家族の
傷病看護の際に通常の有給休暇とは別に有給休暇として使用
できる制度」と改める。
5当審における補充主張
(1)控訴人の補充主張
ア配転命令の有効性の判断基準
東亜ペイント事件最高裁判決(最高裁昭和61年7月1
4日判決・判時1198号149頁,以下「東亜ペイント
最高裁判決」という。)は配転命令の有効性の判断基準を
示しており,これが判例となっている。その内容は,配転
命令の有効性の判断に当たっては,まず,業務上の必要性
の存否が問題となり,これが存する場合には特段の事情の
存する場合でなければ権利の濫用には当たらず,特段の事
情としては,他の不当な動機・目的をもってなされたもの
であるとき,または,労働者に対し通常甘受すべき程度を
著しく越える不利益を負わせるものであるときが挙げられ
るというものである。この考え方は,配転命令については
使用者の裁量を広く認めるものであって,特段の事情があ
るとされるのは,例外的な場合である。同判決は,「業務
上の必要性についても,当該転勤先への異動が余人をもっ
ては容易に替え難いといった高度の必要性に限定すること
は相当ではなく,労働力の適正配置,業務の能率増進,労
働者の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化など
企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは,業務
上の必要性の存在を肯認すべきである。」としているので
あって,被控訴人らの主張するような,業務上の必要性と
労働者の不利益を相関的に比較衡量する中で判断していく
考え方を明確に否定しているのである。
したがって,被控訴人らに通常甘受すべき程度を著しく
越える不利益を負わせる特段の事情が存するかの判断にあ
たっては,被控訴人らが本件配転命令によって負う不利益
について,相当詳細な検討が行われなければならない。
しかし,原判決は,被控訴人P1の妻及び被控訴人P2
の実母の病状及び介護状況について十分な検討を行わず,
安易に前記特段の事情を認定したもので,誤った判断とい
うべきである。以下詳述する。
イ配転を前提とする就労
控訴人は,配転があることを前提として正社員を採用し
ており,この点は被控訴人ら現地採用者においても同様で
あった。実際にも,控訴人は長年にわたって正社員に対し
転居を伴う配転を命じていた。このため,本件配転命令に
よって様々な不利益を受ける労働者も,被控訴人らを除い
ては,これに従ったのである。また,控訴人の従業員のう
ち大多数(当時の姫路工場の従業員365名中346名)
が加入するネスレ日本労働組合(以下「ネスレ労組」とい
う。)も,本件配転命令を雇用確保のためと評価し,組合
員に対し協力するよう求めたのである。
ウ個人面談の趣旨
(ア)本件配転命令において,控訴人は,事前に従業員の
家庭環境等に関して個人面談を行った上で配転命令を発
するのではなく,配転命令を発した後に個人面談を行い
従業員の家庭環境等に関して事情聴取を行う方式を採用
した。しかし,被控訴人らは個人面談において,家族の
病状及び介護状況について何ら具体的に申告していない。
(イ)配転命令が労働者に対し通常甘受すべき程度を著し
く越える不利益を負わせるものか否かについては,具体
的な判断基準が確立しているわけではないから,配転命
令を行う使用者は配転命令の際に,それが通常甘受すべ
き程度を著しく越える不利益を負わせるものか否かの規
範的判断を迫られることになる。
そして,その不利益の内容は,労働者の家庭状況等プ
ライバシーに関わる部分が中心になるから,使用者とし
ては,労働者側からの申告がない限り,問題があること
すら認識できない。また,不利益の内容・程度について
の調査は,事柄がプライバシー・個人情報に関する以上,
使用者側が積極的に証拠収集することも困難である。し
たがって,配転命令について,それによって通常甘受す
べき程度を著しく越える不利益を負うと主張する労働者
は,信義則上,いかなる点で不利益があるかを具体的に
申告すると共に,それを裏付ける資料を提供すべき義務
があるというべきである。被控訴人らのように,それが
妻若しくは実母の介護等である場合には,被控訴人らは,
配転命令が介護等に関しどのような不利益を負わせるか
の申告と,それを裏付ける診断書等の証明文書を使用者
に提供する必要があり,これをしなかった場合には,当
該労働者は後になって配転命令の効力を争うことは許さ
れないというべきである。
また,配転のような人事異動は,その発令と赴任時期
が定まっているものであるから,通常甘受すべき程度を
著しく越える不利益があると主張する労働者の前記のよ
うな申告及び証明書提出は,相当期間内になされる必要
がある。そして,本件のように,使用者が本件配転命令
に関する個人的事情を確認するために個人面談の機会を
与えている以上,その申告及び提出はその面談の機会ま
でになされる必要があるというべきで,これを行わなか
った場合には,労働者はその主張を信義則上なし得ない
と解すべきである。
(ウ)被控訴人らに関する事実経過は次のとおりである。
①被控訴人P1
a平成15年5月20日に個人面談を行ったが,そ
の際には同被控訴人は妻が病気であると述べたもの
の,そのために配転に応じられないとの申し出はし
ていない。
b同月22日になって,被控訴人P1は,姫路工場
にとどまらせてほしいとの申し出を文書でなし,同
文書には,P3の病気やP3を帯同して転勤した場
合にはP3の病状が悪化する懸念があること,母親
が高齢であることの記載があった。しかし,P3の
具体的な病状や被控訴人P1がなしている介護・援
助の状況についての記載はなく,その後同月23日
に提出した要望書を含めて,医師の診断書の添付等
は一切なされていない。
c被控訴人P1は,同年6月13日付けで申し立て
た地位保全仮処分申立事件において,初めてP3の
診断書を提出した。
②被控訴人P2
a控訴人は,平成15年5月12日に,配転対象者
に対し,10人程度のグループに分けて本件配転命
令の説明会を行い,質疑応答も実施した。被控訴人
P2はこれに参加していた。
b被控訴人P2に対する1回目の個人面談が同月1
3日に実施されたが,この席で,被控訴人P2は母
親が年配であると述べたのみで,P4の病状・介護
状況については何ら述べていない。
c同月19日に,本件配転命令に関してネッスル日
本労働組合(以下「ネッスル労組」という。)が主
催する相談会が開かれ,同被控訴人はこれに参加し
た。
d同月21日に,同被控訴人の希望により,2回目
の個人面談が実施されたが,この際に同被控訴人が
配転命令に応じられない理由として述べたのは,母
親が高齢であることと田畑があることだけであった。
e同月23日に,同被控訴人は,控訴人に対して,
姫路工場にとどまらせて欲しい旨の文書を提出し,
この文書には母が要介護2で妻の付添が必要である
こと,母を帯同して転勤すれば病気が悪化する虞が
あることの記載があるが,それ以上の,母の病気や
介護の状態,被控訴人P2自身による介護の有無に
ついては一切記載されていなかった。
f同月29日に同被控訴人は要望書を提出したが,
これにも母の病状や同被控訴人自身の介護について
の記載はなかった。
g同被控訴人は,同年6月13日付けで申し立てた
前記仮処分において,初めて介護認定資料等を提出
し,P4の病名や介護状況等を明らかにし,同被控
訴人が妻と交代でP4の介護に当たっていると主張
した。
(エ)信義則違反
①前記のとおり,通常甘受すべき程度を著しく越える
不利益の有無は,労働者側からの情報提供がない限り,
使用者側は検討・考慮することが不可能である。改正
育児介護休業法26条により,使用者は配転に際して
労働者の家族の介護状況等に関する配慮義務を負うこ
とになったが,その前提として,労働者側にも信義則
上,配慮義務の前提となる情報を提供することが求め
られる。
具体的にいえば,労働者が家庭の事情を理由に配転
命令を拒否する場合には,当該労働者は速やかにその
家庭の状況を具体的に使用者に報告すべきなのである。
そして,適切迅速な人事異動をする必要を考慮すれば,
速やかに報告がなされなかった場合には,使用者は既
に保有している情報に基づいて配転等の判断を行えば
足り,その後になって労働者が家庭の事情を理由に配
転を拒否することは信義則上許されないと解すべきで
ある。
②しかるに,原判決は,申述すべき内容が個人的なこ
とで他言しにくいことであるから,個人面談において
申述しないことが信義に反するとはいえないとした。
他言しにくいことであるが故に,控訴人は個人面談
という形で第三者に話が聞こえないように個室で事情
聴取を実施しているのであるから,原判決の述べる点
は理由になり得ない。
③このような方式は控訴人が従来から実施してきた方
式であり,控訴人の従業員は個人面談の性格について
十分承知していた。
また,被控訴人らは,個人面談以前に,ネッスル労
組のビラ及び相談会において,本件配転命令が家庭の
事情により無効になる場合があることを知っていたか
ら,配転命令の効力の判断において,いかなる事情が
重要であるかを知っており,それを個人面談で主張す
ることは十分可能であった。
被控訴人らは,実際に行われた個人面談が,被控訴
人らに配転を困難にする事情を言い出せない雰囲気で
あったと主張するが,これは事実を歪曲した主張であ
る。
④仮に最初の個人面談で言い出せなかったとしても,
一方的に書面を提出するのではなく,被控訴人側から
事情聴取をすることができるように再度の個人面談を
申し出ることが容易にできた(現に被控訴人P2は再
度の面談を申し出ている。)にもかかわらず,被控訴
人らはこれをしていない。
⑤控訴人は,被控訴人らの信義則違反について,原審
でも主張したが,原判決は,前記のように他言しにく
い内容であるなどという抽象的な理由を述べるだけで,
いかなる理由で被控訴人らが個人面談で配転に応じる
ことが困難な理由を具体的に説明しなかったかについ
て検討していないのは不当である。
⑥被控訴人らは,個別の事情が認められた場合の配転
命令について,撤回する場合の基準が設けられていな
いこと,撤回した場合の工場内配転については退職者
の数が最終的に固まる平成15年5月23日以後に会
議を開催しなければならないこと等を主張するが,い
ずれも根拠がない。控訴人が配転命令を撤回する場合
には,その都度会議を開き,ケースバイケースで判断
するのであって,事前に具体的な基準を設ける必要が
あるというのは独断にすぎない。したがって,この会
議が平成15年5月23日以降にしか開けないという
理由もない。被控訴人らについては,個人面談時の本
人の説明,申告内容等から配転命令を撤回すべき事情
が認められなかったものである。
エ被控訴人P1の不利益
(ア)通常甘受すべき程度を著しく越える不利益の有無の
判断は,それが例外的に配転命令を無効とするものであ
るから,厳格かつ慎重になされる必要がある。この観点
からすれば,検討すべき労働者側の不利益とは,配転に
よって発生することが確実視される現実的かつ具体的な
不利益を指し,単なる可能性では足りないというべきで
ある。
(イ)そして,配転によって,被控訴人P1の単身赴任,
家族での転居のいずれでもP3の病状が悪化するとの原
判決の判断は,以下のとおり誤りである。
(ウ)前提について
原判決は,本件配転命令後の平成15年7月にP3が
実家に戻ったことについて,医師の指示であったとして,
被控訴人P1によるP3に対する援助の可能性があった
と判断している。しかし,この別居について医師が指示
したとの記載はカルテになく,前回の平成14年4月の
別居について「実家で過ごすこと」との指示の記載があ
ることと比較すれば,医師の指示ではないことが明らか
であり,被控訴人P1はP3に対して「もうお前なんか
いらん」と言い別居の原因を作り,P3は被控訴人P1
を避けるために実家に帰ったのである。また,当時のカ
ルテの記載によれば,P3は被控訴人P1との結婚を後
悔していたことが明らかで,実際にも平成15年7月か
ら平成16年3月まで実家で生活しているのであるから,
当時,被控訴人P1によるP3に対する援助は実際上考
えられない。
この点は,原判決も「原告P1は,本件配転命令後に,
P3の症状を,転勤許否のために利用した面がないでは
ない」と指摘しているところで,このように本件配転命
令当時全く援助などしていなかったのに,援助が必要で
援助をしていたなどと主張するのは,裁判所及び控訴人
に対する明らかな背信行為であって許されない。
(エ)病状悪化の可能性
①P3は平成15年5月24日に非定型精神病と診断
されているが,本件配転命令当時の症状は,精神的に
も安定し,自分で自動車を運転して通院・買い物もな
し得るなど,一人で十分に日常生活を営める程度のも
のであった。
②被控訴人P1が単身赴任した場合,被控訴人P1に
よるP3に対する援助は望めないことになるが,これ
によってP3の病状が悪化するとはいえない。
被控訴人P1は,前記のとおり,本件配転命令当時,
P3に対して介護ないし援助を行っておらず,むしろ
被控訴人P1の行動・態度がP3の病状にとって有害
な面があったほどであり,単身赴任によって被控訴人
P1が日常的にP3と接することがなくなり,霞ヶ浦
工場から帰省する際にP3に会って励ます程度の援助
を行うことは,むしろ望ましいともいえ,それは十分
可能であった。
③被控訴人P1が家族帯同で転居した場合について,
原判決は転居によって病状が悪化する可能性があり,
霞ヶ浦工場周辺の大病院でも完全に治療できるとか環
境変化の影響を除去できるとかの保証はないとするが,
いずれも具体的な根拠を示さない憶測に過ぎない。す
なわち,転居によって病状が悪化することが確実視さ
れるわけではない。主治医が変わることについても,
P3が通っていたα病院においては主治医は頻繁に交
代しており,一貫して同一の医師との間に信頼関係が
構築されてきたわけではなく,霞ヶ浦工場周辺には専
門性のある大病院が存在し,転居後も十分な治療が可
能である。原判決がいう,環境の変化は好ましくなく,
全く知らない土地に住むことで,不安感が増し,病気
が悪化するといった予測は,何ら具体的・客観的証拠
に基づくものではない。
オ被控訴人P2の不利益
(ア)P4の病状
①原判決は,本件配転命令当時のP4の症状について,
「夜中に徘徊することがあり,電気をつけたり,蛇口
をひねったりすることがある。」と判断しているが誤
りである。
②P4は本件配転命令当時要介護2の認定を受けてい
た。介護保険によるサービスを受けるためには,全国
一律の基準である要介護認定を受ける必要があり,そ
こで対象者は,非該当(自立)・要支援・要介護1∼
5までの7ランクに分類される。要介護認定は,認定
調査,一次判定,二次判定の各手続を経て決定される
が,最初の認定調査は,市町村等の担当職員や介護支
援専門員(ケアマネージャー)が本人や家族等から聞
き取り調査を行う。そして,その後の一次調査は,基
本調査の結果をもとにコンピュータ計算により推定介
護時間を算出するもので,二次判定は,市町村等で設
置されている介護認定審査会において一次判定を基に
最終決定を行うものである。
③P4が平成15年2月4日に要介護2に認定された
際の資料のうち,認定調査票(特記事項)には「夜間
に起きて眠らないことがある。部屋でゴソゴソするだ
けなので,特に支障はない。」と明記されており,主
治医意見書においても,問題行動として徘徊について
指摘されていない。P5においても,上記の調査結果
を前提として,「夜間起きて眠らずにごそごそしてい
るということなんですが,まぁゴソゴソしていてもま
ぁあんまりこう問題なってないというふうなところ」
との評価がなされている。なお,この記載に関する被
控訴人らの主張は不合理な弁解に過ぎない。
④同様に,平成15年6月26日にP4が再び要介護
2と認定された際の資料においても,主治医意見書は
痴呆性老人自立度を1ランク上げているものの,夜間
の行動や徘徊については問題にしていない。
⑤これらの事実に加えて,被控訴人P2自身,介護認
定の段階から本件配転命令当時までP4の病状に変化
はないと供述していることからいって,本件配転命令
当時もP4に夜間徘徊の症状はなかったというべきで
ある。
⑥その後P4は要介護3に認定されているが,これは
本件配転命令当時のP4の症状を示すものではないか
ら本件とは関係がない。
(イ)被控訴人P2による介護
①被控訴人P2が控訴人に提出した書面においても,
被控訴人P2自身が介護を行っていたとの記載はない。
また,介護認定資料においても,被控訴人P2と妻の
P6とが介護を分担していたとの記載は全くない。こ
のようなことがあれば,当然聞取調査の中で話題とな
り,P4の介護状況として記載されるべき事項である
のに記載がないのは,そのような事実がなかったこと
を示している。P4が利用している介護施設作成のフ
ェースシートと題する文書にも,すべての行動を長男
の嫁さん(すなわちP6)が見守りしていると記載さ
れ,被控訴人P2の姉が,P4が夜間に声を上げて被
控訴人P2が眠れないということで週に1回以上P4
を自分の家に引き取って介護を分担しているとの記載
はあるが,被控訴人P2が分担しているとの記載はな
い。P6の作成した文書によっても,被控訴人P2が
行っているのは,夜間のトイレの手助け,部屋を間違
えた時の手助け程度であり,被控訴人P2がP6と介
護を分担しているというように評価されるものではな
い。
②また,P4の介護について,P6のみで介護をする
ことが不可能とは認められない。実際に被控訴人P2
の姉は被控訴人P2宅の近くに居住し,週に何回かP
4の介護を手伝っているのであるから,今後も介護を
行い得る者であるし,同人はP4の実子であるからP
4を介護すべき立場にもある。
更に原判決は,「P2が行っている介護を,ヘルパ
ーや福祉施設を利用して代替することは,第三者がそ
のように強いることができる問題ではない」,「たと
え妻一人でできたとしても,妻にすべてまかせていい
という問題でもない」ともいう。しかし,被控訴人P
2は配転があることを前提として入社しているのであ
るから,配転による不利益について,被控訴人P2の
側でもそれを軽減させるべく協力する義務があるとい
うべきであって,原判決の判断は本件配転命令による
労働者の不利益について,会社側のみに過大な配慮を
求めるものであり,労働者側に偏った誤った判断とい
うべきである。
(ウ)配転命令に応じた場合の予測
①被控訴人P2が単身赴任した場合のP4の介護につ
いては,実際に被控訴人P2が介護を行っていなかっ
たことを考慮すると,直ちに代替措置を必要とするも
のではないが,仮にある程度影響があるとしても,そ
れは福祉サービスにより代替可能である。そのために
ある程度の金銭的負担があるとしても,多大な経済的
負担とはいえず,通常甘受すべき程度を著しく越える
不利益とはいえない。
②家族帯同で転居した場合
被控訴人P2がP4を含めた家族帯同で転居した場
合に,P4の病状に悪影響を及ぼす可能性があるとい
うのは何ら具体的根拠がなく,可能性以上のものでは
ない。
カ改正育児介護休業法26条の配慮義務及び控訴人の配慮
について
(ア)原判決は,要介護者の存在が明らかになった時点で
もその実情を調査しないまま,配転命令を維持したのは,
同条の定める配慮として十分なものではないと指摘する。
しかし,同条の定める配慮の対象はあくまでも現に家
族の養育・介護を行っている労働者であるところ,被控
訴人P2自身は介護を行っていたわけではないから,同
条の対象にはなり得ない。
(イ)原判決は,本件配転命令の対象者を,現にギフトボ
ックス係に所属していた60名(ほか1名は定年退職に
より対象外)に限ったのは,たまたま廃止時に所属して
いたというだけで不利益を受けるというもので疑問が残
るとし,更に姫路工場内で他の部署への配転の可能性等
についても言及するが,企業内の実情を知らず,経営に
何ら責任を持たない裁判所が控訴人の取るべき人事・経
営政策を論じること自体失当である。
(ウ)原判決は,控訴人が転勤規定,借上社宅ガイドライ
ン等を設けて,転勤に伴う諸費用の支給を定めているこ
とについて,経済的側面では相当の援助をしていると評
価しながら,金銭面以外の肉体的又は精神的な不利益に
ついて填補し得ないと判断するが,経済的支援に伴って,
金銭面以外の不利益について填補されているのか否かに
ついて十分検討していない。
被控訴人P1の場合についていえば,単身赴任した場
合には,帰省旅費のほかに別居手当等の支給を受けるこ
とができ,これらの措置によって,赴任後も月に1回以
上は帰省ができ,その際にP3に対して必要な援助を行
うことができるのである。
被控訴人P2の場合も,単身赴任した場合には同様に
相応の手当てが支給され,これによって同被控訴人の受
ける不利益が相当程度軽減される結果,通常甘受すべき
程度を越える著しい不利益にまで至らないと評価される
というべきである。
(エ)被控訴人らは,被控訴人P1についても,改正育児
介護休業法26条の適用がある旨主張するが,育児介護
休業法はILO156号条約の批准に伴い法制化された
ものであるが,その法制化は各国の事情に基づいて行わ
れるのであり,条約内容と全く同一に法制化されるわけ
ではない。同条約において「介護又は援助」と並列に定
められているにせよ,育児介護休業法はその定義規定か
ら明らかなように介護に援助は含まれないのであって,
被控訴人P1について改正育児介護休業法26条の適用
はない。
キ配転命令に応じて赴任した者との比較衡量について
(ア)原判決は,被控訴人らの受ける不利益の程度は,本
件配転命令に従って転勤した者に比べても,それを上回
ると述べているが,配転命令に従って転勤した者の受け
る不利益について具体的に検討しないまま抽象的に判断
しているもので,根拠のない判断である。
(イ)配転命令に応じて転勤した者の中には,家庭に様々
な事情を抱えている者もおり,その中には被控訴人らを
上回る不利益を負う者もいる。
(2)被控訴人らの補充主張
ア配転命令の効力を判断する基準
(ア)東亜ペイント最高裁判決も述べているように,業務
上の必要性がない場合又は必要性が存在しても他の不当
な動機・目的をもってなされたとき,若しくは,労働者
に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負
わせるものであるときは,当該転勤命令は権利の濫用と
して無効となる。
(イ)もっとも,具体的な当てはめにおいては,判例は単
身赴任を余儀なくさせる配転命令を,そのことのみによ
って権利濫用とは判断しない傾向にあることは否定でき
ない。
(ウ)しかし,少なからぬ判例は,介護を要する病気の家
族を残しての単身赴任を余儀なくさせるような配転命令
については,これを権利濫用として無効と判断してきた。
(エ)学説においても,判例が東亜ペイント最高裁判決を
前提としながらも,要介護者を抱える従業員に対する配
転命令はこれを権利濫用と判断してきたと分析した上で,
この結論を支持している。
(オ)したがって,改正育児介護休業法26条を云々する
までもなく,本件配転命令が違法の評価を免れないこと
は極めて当然である。
イ通常甘受すべき程度を著しく越える不利益の判断方法
(ア)控訴人は,東亜ペイント最高裁判決を初めとする判
例によれば,配転を原則的に有効としながら,労働者に
特段の生活上の不利益が認められる場合に例外的に配転
が権利の濫用になると主張するが,このような判例の解
釈が正当とは思われないし,それゆえに,配転命令によ
って負う不利益は現実のものでなければならないとはい
えない。
すなわち,本件で被控訴人らが問題にする不利益とは,
本件配転命令に従って被控訴人らが転勤した場合,単身
赴任であれ,家族帯同であれ,同居家族中の介護,援助
を要する者の病状が悪化する見込みがあるという不利益
であるが,それは不確定要素を多分に含む将来を予測し
てのものである。そして,将来の予測であるから,不利
益が生じる一定の蓋然性があれば足りると考えるべきこ
とはむしろ当然であって,東亜ペイント最高裁判決も,
配転命令が無効とされる場合の労働者側の不利益が「配
転によって発生することが確実視される現実的かつ具体
的な不利益」でなければならないと述べている訳ではな
い。
(イ)学説は,配転命令における権利濫用論は,業務上の
必要性と対象労働者の被る不利益を比較衡量するもので
ある(菅野和夫『新・雇用社会の法[補訂版]』142
頁参照)から,通常甘受すべき程度を著しく越える不利
益としてどの程度のものが要求されるかは,業務上の必
要性に応じて異なる旨を述べている。
この観点から本件をみると,控訴人は莫大な利益を上
げており,本件配転命令は経営危機とは全く無関係に,
あくなき利潤追求を目的としてなされた雇用調整的な配
転命令であって,業務上の必要性があるとしても,それ
は高度のものとはいえない。このような場合に,労働者
の被る不利益が「配転によって発生することが確実視さ
れる現実的かつ具体的な不利益」でなければならないな
どという控訴人の主張は成り立つ余地はない。
ウ配転に関する業務上の必要性
(ア)原判決は,配転の業務上の必要性を肯定したが,経
営上効率的なものを目指すという内容で業務上の必要性
を認めるのは,使用者の裁量を大幅に認めることになり,
「業務上の必要性」の要件によって,配転に対し司法に
よる絞りをかけることを事実上放棄したもので,相当で
はない。
(イ)東亜ペイント最高裁判決は,確かに,一般論として
業務上の必要性を「企業の合理的運営に寄与する」こと
で足りるとし,多くの裁判例も結論としては業務上の必
要性を肯定している。しかし,当該労働者の被る具体的
不利益と全く関係なく業務上の必要性を肯定することは
相当ではなく,東亜ペイント最高裁判決も,転勤が家庭
生活に及ぼす不利益が特に大きいときは,やはり高度の
業務上の必要性を要するとしていると解すべきである。
(ウ)そして,本件配転命令については,ギフトボックス
係廃止についても必要性は明らかではなく,次にギフト
ボックス係60名全員を遠隔地である霞ヶ浦工場に転勤
させなければならない必要性も存しない。
エ適正手続の欠如
(ア)原判決は,本件配転命令は転居を伴う遠隔地への配
転であって,労働者に多大な負担を与えるものであるか
ら,「その不利益について十分考慮して行うとともに,
適正な手続を経て,公平に行わなければならないと」と
判示した。これは,従前,単身赴任するか否か,家族的
責任をどう果たすべきかという事柄は,労働者が判断す
べき私的事項であるという考えから,単身赴任の解消,
介護育児といった家族的責任の実行については企業を含
む社会全体で取り組んでいかなければならないというよ
うに国民意識が変化したこと,我が国がILO156号
条約を批准し,これを受けて,平成7年に介護休業を法
制化し,平成13年には育児介護休業法が改正されたと
いう社会情勢を的確に反映した判断である。
(イ)原判決は前記の基本的な考え方に基づき,本件での
控訴人の対応について,まず配転命令を出した上で個別
に労働者の事情を聞くという方法を採用した以上,「人
事異動の事務処理等に支障を与えない合理的な期間内に,
従業員から,転勤に関する事情の申告があれば,これを
考慮の上で,配転命令を維持すべきか否かを検討しなけ
ればならない」として,期限とされていた平成15年5
月23日までに書面で妻や母の介護援助の問題を抱えて
おり,転勤には応じられず,退職もしない旨を明言した
にもかかわらず,これを一顧だにせず配転命令を維持し
た控訴人の姿勢を厳しく非難した。この判断は,極めて
適切な判断であるのに,控訴人はそのような自らの態度
を省みず,却って,個人面談において主張しなかった以
上信義則上配転に応じられないとの主張はなし得ないと
いうのであって,その主張は不当である。
(ウ)控訴人の行った個人面談は,退職の意思はないが種
々の事情で容易に転勤もできないとして悩む従業員に対
して,詳しく事情を聞いてやるという姿勢は全くなかっ
た。このことは,面談を担当したP7人事総務課長(以
下「P7課長」という。)の陳述書からも明らかであり,
被控訴人らが妻が病気であることや母親が年配で単身赴
任になると述べているにもかかわらず,詳しい事情を聴
取するでもなく,ただひたすらに転勤して欲しいと求め
ているのである。
(エ)控訴人の行った個人面談は,個別の事情を確認して,
配転命令を撤回するとか,工場内配転をするといった,
転勤・退職以外の第三の選択肢を予定したものでなかっ
た。P7課長は配転命令撤回の可能性もあったと述べる
が,どのような場合に撤回するのか質問されて何ら答え
られないのであり,実際にもこれまで撤回したこともな
かったのである。
(オ)また,控訴人は,個人的事情を申述する期間として
平成15年5月23日まで猶予を与えた事実はない旨主
張する。しかし,控訴人が個人的事情を申述すべき期間
について明らかにした事実はないところ,前記5月23
日までに申し出れば優遇措置を受けて退職することがで
きると明記しているのであるから,同一期限までに個人
的事情を申述すれば足りると従業員において考えるのは
至極当然の判断である。
(カ)控訴人は,また個人的事情の申述については,具体
的な裏付け資料の提出も必要であると主張するが,裏付
け資料がなければ判断できないのであれば,その提出を
求めるべきであったのであり,このような調査を一切せ
ずに,資料を提出していない申述は無視できるかのごと
く主張するのは,却って信義則に反するものである。
(キ)原判決は,本件配転命令の効力に関して,公平に行
うべきことを要求し,たまたまギフトボックス係にいた
というだけで不利益を受けなければならないというのは
疑問であるとして,姫路工場内での配転に留められた可
能性を検討しているところ,控訴人は,これに対して,
経営に責任を持たない裁判所が経営政策を論じることが
失当であるなどと非難する。しかし,原判決が述べてい
るのは,転勤か退職かの二者択一を迫るなら,そのほか
に工場内全体で転勤希望者,希望退職者を募ることによ
って,労働者の被る損害をより小さくできたという回避
措置の可能性を述べているのであって,これが人事経営
政策への介入だなどというのは失当である。
オ被控訴人P1の不利益
(ア)P3の病状と援助の必要
①P3は,当初心因反応(うつ状態)と診断されてい
たが,その後非定型精神病と診断されたところ,平成
15年5月10日に長男が死亡したことにより,症状
が悪化した。当時,P3は抑うつ的で,困惑がひどく,
このような状態で転居を強行すれば不安感が強くなり,
最悪の場合には自殺も考えられた。また,転居に伴い
主治医が交代することも,前回の交代の際に再入院に
なっていること,精神疾患の治療においては医師との
信頼関係が重要であることからいって,避けるべきで
あった。
②P3は,前記の病気のため家事を行うことができず,
日常動作にも不安があった。被控訴人P1の実母は同
じ敷地内の別棟に居住していたが,高齢で,しかも,
いわゆる嫁姑の関係で,P3との仲は良好とはいえず,
同人による援助は望めなかった。長女は本件配転命令
当時高校3年生で,大学進学を予定しており,二女は
中学3年生で同様に受験生であって,P3の暗く沈ん
だ顔を見たくないと述べている状態で,P3に対する
援助は望めなかった。したがって,P3に対する援助
が可能なのは被控訴人P1だけであった。
③控訴人は,被控訴人P1は本件配転命令当時は全く
援助を行っておらず,家事の分担や会って励ます程度
のことは他の家族等によっても十分可能であったと主
張する。
しかし,この主張には根拠がない。医師に対するP
3の発言によっても,被控訴人P1が家事をP3に代
わって行っていたことは明らかで,平成15年7月か
らP3が実家に戻ったのは,当時被控訴人P1も精神
的に余裕がなかったため,医師の指示により一時的に
戻っていたのにすぎない。その後,被控訴人P1も,
病気に対する理解を深めた結果,P3も被控訴人P1
との同居を強く求めるようになり,娘の受験が一段落
した平成16年3月16日に同居するようになり,P
3の病状は急速に寛解した。
控訴人は,被控訴人P1がP3に対し,暴力的なこ
とがあったり,無理解な発言があったと主張するが,
P3には強迫神経症の症状も見られたところ,その発
言は事実を正確に捉えているとはいい難いし,強迫神
経症の患者と家族の間に反発や拒絶があることはごく
普通の現象であって,そのために援助者として不適切
だということはできない。
カ被控訴人P2の不利益
(ア)被控訴人P2方には,妻P6と13歳の長男,8歳
の二男のほか,本件配転命令当時79歳の実母P4が居
住していた。P4は,脳梗塞後遺症やパーキンソン症候
群が原因で介助が必要な状態で,本件配転命令当時既に
要介護2の認定を受けていた。P4の痴呆状況は進んで
きており,夜中に徘徊したり,用もないのに電気をつけ
たり,水道の蛇口をひねったり,お経を上げたりするの
で,常に目を離せない状態で,昼間は被控訴人P2の妻
が介護をするが,同人は家事の都合もあり,夜間は被控
訴人P2が介護をせざるを得なかった。また,P4は被
控訴人P2を頼り切り,色々と訴えをしてくる状態で,
P4にとって被控訴人P2は必要不可欠な存在であった。
(イ)控訴人は,当審において文書送付嘱託によって提出
された資料により,本件配転命令当時,P4に徘徊癖が
なかったことがより一層明らかになったと主張するが,
同資料により,むしろ,本件配転命令当時に徘徊癖が存
したことが裏付けられている。
①社会福祉法人徳宗福祉会β(以下「β」という。)
からの送付資料は,βのケアマネージャーがP6から
事情聴取して作成したものであるが,平成15年2月
14日付けのフェースシート(甲B24の2)に,
「H15.1昼夜逆転している。3∼4/Wの頻
度。」との記載があり,また,同年3月13日に作成
したβ利用者調書(甲B25)において,問題行動と
して「離苑行為」が指摘され,「ショート利用中注意
必要」と付記されているほか,特記事項欄に「夜間寝
られず,ごそごそされ,たまに一人で出かけようとす
る。」との記載があり,施設での宿泊を伴うショート
ステイにおいて特に注意を要する旨の記載があり,夜
間の徘徊癖があることが明記されている。
②γ役場健康福祉課により提出された文書(甲B3
0)は,同町役場の担当者が被控訴人P2方を訪問し,
調査した結果作成したものであるが,立ち会ったのは
P6一人である。
最初の介護認定申請である平成15年1月9日の申
請に関する文書の中で,「トイレ場所を忘れてウロウ
ロすることがある(月に1∼2回程度)。そのときに
は家族がトイレに誘導している。」として,認知症の
ためにP4が家の中を徘徊していることの記載がある。
同文書には,「夜中に起きて眠らないことがある。部
屋でゴソゴソするだけなので,特に支障はない。」と
の記載があるが,このうち,部屋でゴソゴソするとい
うのは,P4が夜中に押入から布団を出したり別の部
屋に移動したりトイレに行こうとしたりすることを意
味し,特に支障はないとの記載は,仏間のマッチを隠
していたので,P4がマッチで火をつける虞れはなく
なっていたので危険はなくなっていたということを示
しているにすぎない。
(ウ)本件配転命令に伴い,被控訴人P2が単身赴任した
場合には,P6一人でP4の介護をすることになるが,
前記のように常時介護が必要であることと,育ち盛りの
子供の世話もあることからいって,そのような状態を継
続することは不可能であった。
キ他の従業員との比較衡量について
(ア)控訴人は,転勤等に応じた他の従業員との比較衡量
をすべき旨主張するが,転勤に応じた従業員の中には,
被控訴人らのように同居の家族に要介護者を抱え,自ら
が介護の主体となっている者はいない。これは控訴人が
主張する事例からも明らかである。
(イ)控訴人の主張は要するに,多くの従業員が我慢して
転勤に応じているのに,被控訴人らだけが転勤も退職も
せずに姫路工場にとどまれるのは不公平だということで
ある。しかし,従業員が自由意思に基づいて配転命令に
応じた以上,それがいかに重い不利益をもたらすもので
あっても,もはや当該労働者に対する配転命令の効力が
法的に問題になる余地はない。このことについては,整
理解雇の事案において,使用者側がしばしば任意退職し
た者との均衡の観点から解雇を合理化しようとする主張
を,学説,判例が一蹴してきたことが参考になる。
ク改正育児介護休業法26条の配慮について
(ア)原判決は,被控訴人P2に関して限定してではある
が,「要介護者の存在が明らかになった時点でもその実
情を調査もしないまま,配転命令を維持したのは,改正
育児介護休業法26条の求める配慮としては十分なもの
であったとは言い難い」として,権利濫用の要素として
斟酌した。これは正当な判断であって,控訴人の主張す
るように,配慮すべき者について,現に介護休業を申請
している者や介護休業中の者に限るなどと解釈すること
は到底考えがたい。
(イ)控訴人は,控訴人が転勤規定や借上社宅ガイドライ
ン等を設けて経済的支援を行っていることを配慮と解す
べきである旨の主張をする。しかし,平成14年1月2
9日厚生労働省告示第13号は,改正育児介護休業法2
6条の配慮の内容について例示しているが,その中には
経済的措置は一つも挙げられていない。改正育児介護休
業法の目的は,子の養育及び家族の介護を容易にするこ
とで,労働者が職業生活と家庭生活を両立させることに
寄与することを通じて,労働者の福祉の増進と経済及び
社会の発展を実現しようというものであるから,子の養
育や家族の介護を容易にすることに結びつかない経済的
配慮は,同法が求める配慮とは異なることは明らかであ
る。
(ウ)原判決は,被控訴人P1は,P3に対して介護を行
っていたものではないとして,同被控訴人に関する判断
においては,改正育児介護休業法26条の適用を否定し
ている。確かに,P3は常時介護を必要としていたわけ
ではなかったが,平成15年6月5日に作成された診断
書において,「病状のため生活に援助を要し,単身での
生活は困難である」とされていたのであるから,同条に
いう介護が必要な場合に含まれるというべきである。
第3当裁判所の判断
1判断の大要
当裁判所も,控訴人の当審補充主張を勘案しても,原判決と
同様に,本件配転命令は被控訴人らに通常甘受すべき程度を著
しく超える不利益を負わせるもので,配転命令権の濫用にあた
り,無効であって,被控訴人らは霞ヶ浦工場に勤務する雇用契
約上の義務はなく,また,被控訴人らの賃金支払請求は原判決
の認容した限度で理由があると判断する。その理由は,当審に
おける当事者の補充主張等にかんがみ,以下のとおり補正する
ほかは,原判決が「第3当裁判所の判断」として説示すると
おりであるから,これを引用する。
2原判決理由の補正
なお,原判決中,本判決で使用した略語によっていない部分
について,引用するに当たって特に訂正はしない。
(1)原判決23頁下から2行目から同24頁4行目までを次のよ
うに改める。
「(2)そこで,検討するに,証拠(甲1,4,6,甲A1,
4ないし7,9ないし12,13,17,19,23,
甲B1,3ないし7,9ないし12,13,19,20,
24の1ないし3,25,26の1,2,30の1ない
し3,31,乙9,10,20,22,31,32,5
1,証人P8,同P7及び同P9の各証言,被控訴人P
1及び被控訴人P2の各本人尋問の結果)及び弁論の全
趣旨によれば,次のとおり,認定判断される。」
(2)原判決26頁7行目の「原告らの加入するネッスル日本労
働組合」を「被控訴人P1が加入しており,また本件配転命
令後の平成15年5月12日に被控訴人P2がネスレ労組を
脱退して加入したネッスル労組」と改める。
(3)同頁下から7行目の「弁護士による相談会」の前に,
「前記のように本件配転命令の効力を争うネッスル労組主催
の」を付加する。
(4)原判決30頁15行目から18行目にかけての「平成15
年2月5日,γから要介護2の認定を受け,痴呆が進んでお
り,昼夜逆転の症状があるため,夜中に徘徊することがあり,
電気をつけたり水道の蛇口をひねったりすることがある。ま
た,腰が弱く体が動かなくなることがある。」を,次のよう
に改める。
「P4は,平成15年2月5日,γから要介護2の認定を受け
たが,本件配転命令当時,痴呆が進んでいて,昼夜逆転の症
状があり,夜に眠れずに部屋で活動することがあり,また,
屋内で部屋を移動することがあったほか,頻度は多くないが,
屋外に出ようとすることもあった。また,夜間でも2時間お
きにトイレに行くところ,排泄自体は自分でできるが,衣類
の着脱は一部介助が必要で,時に便所を汚すことがあった。
トイレの場所を忘れてうろうろすることもあった。」
(5)同頁下から1行目から31頁6行目までを次のように改め
る。
「夜間の介護のみをヘルパーの夜間派遣等で補うことは制
度上困難である上,特別養護老人ホームへの入所は,P4
の要介護度に照らし困難である。また,介護老人保健施設
又は介護療養型医療施設を利用することも,まず定員に空
きがあるかが問題になるほか,入所できてもずっと継続し
て入所していられるわけではない。ショートステイも月間
の利用日数は限定され,いずれの場合にも自宅で療養する
のと比較すれば相当の金銭的負担が必要となる。」
(6)当事者の当審における補充主張及び立証にかんがみ,原
判決32頁4行目の次に行を変えて次のとおり付加し,同5行
目冒頭の「(3)」を「(4)」に改める。
「(3)前記認定のうち,被控訴人P2のP4に対する介護の
有無について,控訴人は前記の認定内容を争うので,以下
判断の理由を示す。
ア控訴人は,本件配転命令当時,P4には徘徊癖はなか
った旨主張する。
確かに,本件配転命令に先立つ平成15年1月9日申
請の介護保険要介護認定申請書(甲B30の1)関係の
書類中,認定調査票(特記事項)には,徘徊があるとの
記載はなく,問題行動として記載されているのは,「夜
間に起きて眠らないことがある。部屋でゴソゴソするだ
けなので,特に支障はない。」との記載があるだけであ
る。この記載について,P6は陳述書(甲B31)にお
いて,仏間のマッチに火をつける危険はなくなったこと
と,夫が義母を見守っていてくれたから大丈夫だという
意味だと述べているが,やや不自然な内容で,それだけ
では,にわかに信用できない。
更に,主治医の意見書等にも徘徊についての記載はな
い。
しかしながら,同様に本件配転命令発令前の平成15
年3月13日にβの職員のP10が面接して作成したβ
利用者調書(甲B25)には,問題行動として「離苑行
為」にチェックがしてあり「ショート利用中注意必要」
との記載があるほか,特記事項としても「夜間寝られず,
ごそごそされ,たまに一人で出かけようとする。」との
記載がある。これは,P4に対する介護計画を立てるに
当たって,注意すべき事項を介護を担当してきたP6か
ら聴き取って作成されたものと解され,殊更に虚偽の事
実を記載すべき理由もないから,少なくとも,この時点
でP4には夜間にごそごそした上,たまには一人で屋外
に出ることがあり,徘徊が心配されたものと認めること
ができる。
イまた,徘徊癖の有無とは別に,控訴人は,P4の介護
は基本的にはP6がしており,たまに被控訴人P2の姉
が介護を代わってすることがあったが,被控訴人P2自
身が介護を分担していた事実はない旨主張する。
確かに,前記の要介護認定申請関係の各書類において,
被控訴人P2自身が何らかの介護をしていたと認めるべ
き記載は特にない。
しかし,前記の介護保険要介護認定申請書(甲B30
の1)及びβ利用者調書(甲B25)によれば,P4は,
昼夜共に2時間ごとにトイレに行くというのであるとこ
ろ,排泄自体は自力でも可能で,基本的には自分でトイ
レに行くが,衣服の着脱は一部介護が必要であり,また,
月に1,2回ではあるがトイレの場所自体も分からなく
なることがあるというのであるから,そのような場合に
対処するために夜間でもP4がトイレに行く場合には付
添をする必要があったと考えられる。そして,昼間ずっ
とP6が介護しているのであるから,夜間については被
控訴人P2が付添等をすること自体はごく自然なことで
あり,夜間に限られることなどから特に事細かに申告し
ていないとしても不自然ではない。その旨をいう被控訴
人P2の陳述書(甲B1),P6の陳述書(甲B7,1
3,31)は信用し得る。」
(7)原判決32頁下から7行の次に行を変えて次のとおり付加
する。
「被控訴人らは,業務上の必要性があるか否かは,配転の対
象となる労働者の受ける不利益との相関関係において判断さ
れるべきであり,本件配転命令によって被控訴人らのように
同居している家族に対する援助又は介護が困難になるという
重大な損害の場合には,業務上の必要性は高度のものである
ことを要すると主張する。しかし,使用者は業務上の必要に
応じその裁量により労働者の勤務場所を決定する権限があり,
勤務場所を限定する合意がない場合においては,配転を命ず
ることはその権限の範囲内に属するというべきである。そし
て,当該配転命令が企業の合理的運営に寄与する点が認めら
れる限りは業務上の必要性が肯定されるべきである。したが
って,被控訴人らの主張は採用できない。」
(8)当事者の当審における補充主張及び立証にかんがみ,原
判決33頁5行目から35頁下から2行目までを次のように改
める。
「イそこで,本件配転命令によって被控訴人らが被る不利
益について具体的に検討する。まず,被控訴人P1につ
いては次のとおりである。
(ア)被控訴人P1の妻P3は,本件配転命令当時,非
定型精神病に罹患していたところ,非定型精神病は,
医学事典(甲A7)によれば,発病は急激であるが,
予後は比較的良好とされる病気で,精神障害者がその
障害を克服して社会復帰をし,自立と社会経済活動へ
の参加をしようとする努力に対し,協力することは国
民の義務とされる(精神保健及び精神障害者福祉に関
する法律3条)ことをも考慮すれば,配偶者たる被控
訴人P1は,P3を肉体的,精神的に支え,病状の改
善のために努力すべき義務を当然負っていたというべ
きである。P3と被控訴人P1の母との関係は必ずし
も良好ではなかったから,同人はP3に対する十分な
援助者とはなり得なかったし,長女や二女はその年齢
を考えれば,同様に十分な援助者とはなり得なかった
ことは明らかである。また,P3の実家は,乙第45
号証によれば被控訴人P1方から約4.3kmの距離
に存在し,それまでにもP3が実家に戻ることもあっ
たことからすれば,P3が実家に戻っている間に,P
3に対して自立に向けての努力の援助をすることは可
能であったと考えられるが,P3と被控訴人P1が離
婚するのではなく,これからも家族として生活してい
くことを前提とする場合には,実家の家族の行い得る
援助は限定的なものにならざるを得ないことが明らか
である。
(イ)控訴人は,本件配転命令当時及びその直後頃に,
被控訴人P1とP3の関係はかなり悪く,平成15年
7月に医師がP3に対して被控訴人P1の言動による
症状の悪化を恐れて実家に戻るよう指示する状態であ
ったことからすれば,被控訴人P1による援助は当時
全く考えられない状態であったと主張する。確かに,
被控訴人P1がP3の病気の内容について十分理解し
ておらず,立て続けに起こった長男の死亡や本件配転
命令のこともあって,気持ちに余裕がなくP3に辛く
あたり,これがP3の症状を悪化させた面も否定でき
ないと考えられるが,そのことから,被控訴人P1と
P3が離婚を真剣に考慮したというような事実までは
認められない。P3のカルテ(乙32)には,P3の
発言として,「夫の許へ帰りたくない」(平成15年
7月12日付)などの記載もあるが,これは一時的に
そのように考えたというのにとどまることは,それ以
後の状況から明らかである。そうすると,P3として
も病状が回復した場合には被控訴人P1のもとに戻る
ことを考えていたものと考えられ,そのことが自立に
向けた努力の励みとなるものと考えられる。
(ウ)被控訴人P1が本件配転命令によって霞ヶ浦工場
に転勤することになった場合には,単身赴任か家族を
伴っての転居となるところ,被控訴人P1が単身赴任
した場合には,P3は,被控訴人P1と共に生活する
という回復のための目標を失うことになるし,また,
被控訴人P1が行っていた家事分担について,自ら行
わなければならないのではと考えることになり,この
ような心配がP3の精神的安定に影響を及ぼす虞はか
なり大きいものと考えられる。
(エ)また,被控訴人P1が家族帯同で転居する場合に
ついては,長女及び二女は転居自体に拒否的で受験等
も控えていたから同行したか否かは不明であるから,
P3の同行のみが問題になるが,転居して全く知らな
い土地に住むことはP3の不安感を増大させ,病気が
悪化する可能性が強く,また,現在α病院の主治医で
あるP9医師との間で形成されている信頼関係が消滅
し,また一から信頼関係を築く必要があり,これも症
状悪化に結びつく可能性があり,ひいては家庭崩壊に
つながることも考えられる。
(オ)したがって,本件配転命令が被控訴人P1に与え
る不利益は非常に大きいものであったと評価できる。
(カ)控訴人は,被控訴人P1が控訴人の設けている介
護休業や時間短縮等の便宜措置を利用していなかった
ことや,泊まりがけのスキーや忘年会などに参加して
いたことを挙げて,被控訴人P1は自らP3の介護等
を行っておらず,転勤を拒否するための名目として主
張しているのに過ぎないと主張する。前記認定判断の
とおり,被控訴人P1は,P3の病状に対する理解が
十分ではなく,本件配転命令後は,これに起因する悩
み等も伴ってP3に辛くあたり,P3が実家に一時的
に戻る事態になったことはあったが,その間も家事を
分担することにより,P3の負担の軽減という形で援
助し,かつ,戻るべき家の存在という形で,P3の回
復への努力目標を提供していたのであって,P3に対
する援助がなかったと評価すべきではない。したがっ
て,全く援助していなかったのに,裁判のために殊更
援助をするような外観を作出したとの控訴人の主張は
失当である。また,被控訴人P1の援助が家事の分担
と精神的な援助であった以上,便宜措置を利用しなか
ったことや泊まりがけの旅行に参加したことは,その
援助をしていたとの認定の妨げとなるものではない。
ウ次に被控訴人P2の不利益について判断する。
(ア)先に原判決を引用して説示したように,本件配転
命令当時P4が頻繁に外出し徘徊していたとまでは認
められないが,夜間に部屋でゴソゴソするだけでなく,
家から出ようとすることもあり,またトイレに行く場
合に介助が必要になることもあったため,被控訴人P
2は夜間のP4の監視や介助及び何かあった場合の援
助等をしていた。
(イ)このうち,夜間の介護については,ショートステ
イの方法により,若干介護の負担を逃れることができ
ると認められる。被控訴人らは,P4が初めてショー
トステイをしたときに,P4が寂しがって夜半に親戚
に電話をかけたことから,その後ショートステイを利
用せず,P4について週2回程度デイサービスを利用
しているにとどまっている。介護保険実務からいえば,
より長時間の利用も不可能ではない。
しかし,要介護者の介護を親族が行うことは介護施
設で行うサービスとは違って,要介護者及び介護担当
者にも,主として精神的な面であるが,それなりのメ
リットがあり,また介護保険による介護を利用する場
合には一定程度の利用者負担が必要であるから,配転
命令のもたらす不利益の程度の判断において,要介護
者が常に最大限介護保険等による公的サービスを受け
ていることを前提として判断すべきものとはいえない。
(ウ)また,被控訴人P2の子供については,その年齢
からしてもP4の介護の担当者として考慮するのは尚
早である。被控訴人P2の姉は週に1回から月に1回
くらいの割合でP4を自宅に引き取って介護を負担し
ていることが認められ,これを大幅に増やすことは他
に家庭を持つ実姉にとって困難であると推認される。
(エ)そうすると,被控訴人P2が本件配転命令による
転勤として単身赴任した場合には,被控訴人P2が主
として行っていた夜間のP4の行動の見守りや介助及
び援助は,P6が行わざるを得なくなることになる。
P4の行動の見守りや介助は,昼間も常時必要である
ためP6が担当しているから,被控訴人P2が単身赴
任した場合には一日中見守り行為及び各種の補助をし
なければならないことになり,実際上不可能である。
これについては,ある程度は介護保険によるサービス
で賄うことが可能と解されるが十分とは考えられない
上,その場合には相当額の費用負担も必要となる。
(オ)他方,P4が老齢であって,新たな土地で新たな
生活に慣れることは一般的に難しいことを考慮すると,
被控訴人P2と同行して転居することは,かなり困難
であったことは明らかである。」
(9)原判決36頁12行目末尾に続いて,次のとおり付加する。
「被控訴人らは,P3に対する被控訴人P1の支援の内容に
照らし,同人の場合も改正育児介護休業法26条の配慮すべ
き場合に当たる旨主張するが,同法の定義規定に照らし採用
し難い。」
(10)当審における控訴人の補充主張にかんがみ,原判決38頁
11行目末尾に続いて次のとおり付加する。
「控訴人は,このような判断は,企業内の実情を知らず,経
営に責任を持たない裁判所が判断すること自体失当であると
主張するが,少なくとも改正育児介護休業法26条の配慮の
関係では,本件配転命令による被控訴人らの不利益を軽減す
るために採り得る代替策の検討として,工場内配転の可能性
を探るのは当然のことである。裁判所が企業内の実情を知ら
ないというのであれば,控訴人は,具体的な資料を示して,
工場内では配転の余地がないことあるいは他の従業員に対し
て希望退職を募集した場合にどのような不都合があるのかを
具体的に主張立証すべきであるのに,抽象的に人員が余剰で
あると述べるだけで済ませ,経営権への干渉であるかのよう
にいうことの方が失当というべきで,前記の判断を左右する
に足りない。」
(11)当審における補充主張にかんがみ,原判決39頁2行目か
ら40頁3行目までを次のように補正する。
「控訴人は,控訴人が本件配転命令後に個人面談を実施し
たのにかかわらず,この中で被控訴人らが具体的に配転に
よって生じる不利益について具体的な資料をつけて主張す
ることをせず,一方的に書面を送りつけただけである以上,
後から裁判において不利益があるとの主張をすること自体
信義則上許されないなどと主張する。
しかしながら,控訴人は本件配転命令において事前に対
象となる従業員の個別事情について確認調査することなく,
一律に配転を命じた上で事後的に事情聴取をするという方
法を取ったもので,その際に,転勤が困難である事情につ
いての申告期限を特に決めて通知したわけでもないのであ
って,人事異動が緊急を要するにしても,控訴人自身にお
いて,異動の期限を平成15年6月23日と定め,また異
動ができない場合には同年5月23日までに申し出るよう
に表明しているのであるから,その申出期限内に書面でな
された被控訴人らの転勤困難の申出や具体的な事情の主張
が信義則に反すると解すべき理由はない。
確かに,個別面談は,その行われた時期からいって,転
勤を困難とする事情について従業員側から聴取するための
ものであったと考えられるが,転勤を困難にする事情は人
によって異なり,一義的に判断できる資料があるわけでは
ないから,個人面談において申し出がなされても引き続き
調査が必要になることも多いと考えられ,申出や資料提出
が個人面談後になされたとしても,それだけで手続全体が
大きく遅延するというものでもないと考えられる。
また,判断の対象となるのが個人の家庭内の事情であっ
て,使用者側の調査が困難であり,裏付けとなる資料の提
出も必要であるとしても,どのような裏付けが必要かは千
差万別であるから,個別の事案において,使用者側でこの
ような点を裏付ける資料を提出するように求めたにもかか
わらず,相当期間内に労働者側がその資料を提出しないと
いうような場合に初めて信義則が問題になると考えられる。
しかるに,P7課長の陳述書(乙10)及びP7証人の
証言によっても,被控訴人P1及び被控訴人P2はそれぞ
れ妻が病気であること,母親が年配であることを述べ,転
勤が困難であると悩んでいることを窺わせる事情を述べて
いるにもかかわらず,P7課長の方は具体的な事情を聴取
し裏付けを求めるようなこともしていないのである。それ
にもかかわらず,被控訴人らが同面談で積極的に申出や資
料提出をしなかったとして,その後文書で,被控訴人P1
において,妻が非定型精神病であり,母が高齢であること
等を理由に転勤が困難であるとの趣旨で姫路工場にとどま
りたいと申し入れ,被控訴人P2において,母親が要介護
2と認定されており妻による介護が必要であること,見知
らぬ土地へ行けば症状が悪化すること等を告げて,配転命
令について再考を求めているのに,それを信義則に反する
として無視するのは明らかに不当である。控訴人の主張は
採用できない。」
(12)当審での控訴人の補充主張にかんがみ,原判決40頁1
0行目の「金銭的な援助」の後に「や,それらの経済的支援
の活用によってできる範囲での埋め合わせ」を付加する。
(13)同頁末行の文末に次のとおり付加する。
「控訴人はこの点の判断を非難するが,仮に転勤者の中に被
控訴人らより大きな不利益を受ける者がいたとしても,そ
れによって,直ちに,そのような大きな不利益が通常甘受
すべきものとなるわけでもないし,被控訴人らにおいて自
らの著しい不利益を甘受しなければならないものでもない
から,この点も結論を左右し得るものではない。」
3したがって,本件配転命令は被控訴人らに通常甘受すべき程
度を著しく越える不利益を負わせるもので,配転命令権の濫用
にあたり,無効であって,被控訴人らは霞ヶ浦工場に勤務する
雇用契約上の義務はなく,また,被控訴人らの賃金支払請求は
原判決の認容した限度で理由がある。よって,これと同旨の原
判決は相当であって,本件控訴は棄却すべきであるから,主文
のとおり判決する。
大阪高等裁判所第4民事部
小田耕治裁判長裁判官
富川照雄裁判官
裁判官横山巌は転補につき署名押印できない。
小田耕治裁判長裁判官

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛