弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被上告人の請求を棄却する。
     訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人萩原博司の上告理由について
 原審が適法に確定した事実関係によれば、(1) 本件係争の投票は、「タケ」と
記載されたもの一五票及び「たげ」と記載されたもの一票であるが、本件選挙に立
候補した候補者のうち、その氏名に「タケ」の音を有する者は、D竹次郎、F健義、
E武雄の三名であつた、(2) D竹次郎は、a町内のb部落の旧家(屋号「G」)
に生まれ、本件選挙時まで同部落内に居住していたところ、青年期に仲間から「タ
ケ」と呼びかけられていたこともあつて、現在でも同年輩のごく親しい者はそのよ
うに呼びかけ、あるいは、右の者同士や民生委員等同人と役職を同じくする者が同
人のことを話題にする折に「タケ」と呼称する場合も多かつたが、右呼称はいつい
かなる場合にもD竹次郎を特定指称するほど強いものではなく、同人が通称で呼ば
れるときは「Gのタケ」と呼ばれることが多かつた、(3) D竹次郎は、F健義及
びE武雄の両名に対し、予め、選挙運動用ポスターの氏名に付する振り仮名につい
て問い合わせたところ、Fは「タケヨシ」、Eは「ナリタ」とするとの回答を得た
ため、「D竹次郎(タケ)」と記載したポスターを作成し、これを選挙運動のため
に使用したものであり、Eのポスターには「E武雄(ナリタ)」、Fのそれには漢
字縦書の氏名の下に横書で「タケヨシ」と記載されていた、(4) E武雄は「精米
所のタケ」と呼ばれているが、a町には、ほかに「タケ」の通称を有する者が数人
おり、「タケ」という名の婦人もいる、というのである。
 原審は、右のような事実関係のもとにおいて、係争の投票は、その記載自体によ
り当該選挙人のD竹次郎へ投票する意思を明白に示すものとすることはできないが、
他方、同人が前記のような記載のあるポスターを用いて選挙運動を行つたことなど
からすると、「タケ」と記載された一五票については同人に対する投票である可能
性が大きいことになるとしつつ、右投票がF健義、E武雄へ投票する意思でされた
ものを含まないと断ずる理由はないし、氏又は名の一部のみを仮名書きにして当該
候補者の特定を印象づける選挙運動が行われた場合、この表記のとおりに記載して
された投票を当該候補者の有効投票と認めるならば、同じ表記が通ずる他の候補者
に投票する意思でされた投票を不当に取り込む結果ともなり、また当初からこのこ
とを予期する不当な選挙運動を助長することにもなりかねないから、右投票全部を
Dひとりの投票として計算することには疑いが残り、したがつて、「たげ」と記載
された一票も含め、係争の投票は、D、F、Eの三者のいずれかへ投票する意思で
された有効なものとして、公職選挙法(以下「法」という。)六八条の二の規定に
従い、右三名のその他の有効得票数に応じて按分加算すべきであると判断した。
 前記事実関係によれば、係争の投票の多くはD竹次郎に投票する意思でされた可
能性が強いということもできないではないが、他方において、「タケ」という音を
含む名は、仮名又は漢字によつて表記され、男女を問わず世上少なからず用いられ
ており、このような音を含む名を有する者を単に「タケ」と呼び、あるいはその下
に「さん」、「ちやん」などの語を付して呼ぶことは普通に見られる現象であるか
ら、「タケ」という呼称は、このような者についてはだれにでも用いられる可能性
のある一般的な呼び名にすぎず、それのみでは氏名に代わつて特定の者を他から識
別するほどの個性を有するとはいえないものであることを考慮すると、係争の投票
に記載された「タケ」又は「たげ」という表記は、いずれも「タケ」の音を含む名
を有する前記三名の候補者のうち、ひとりD竹次郎だけを指す可能性しかないもの
ということはできず、他の二名の候補者を指すものとして用いられた可能性がある
ことも、これを否定することはできない。そうすると、原判決が確定した前記事実
関係を考慮しても、右投票をすべてD竹次郎に対する有効投票として同人にのみ帰
属させることは相当でなく、この点についての原審の判断は是認することができる。
 ところで、係争の投票は、右のように、前記三名の候補者のいずれかに投票する
意思でされたものとみられる可能性があるのであるが、前記事実関係のもとでは、
各候補者のいずれに投票されたか、その有効得票数を確定することは不可能である
というほかないから、法六八条七号にいう「公職の候補者の何人を記載したかを確
認し難いもの」に該当し、法六八条の二の規定の適用のない限り無効とすべきもの
である。
 そこで、更に、法六八条の二の規定の適用について考えると、右規定は、本来候
補者の何人を記載したか確認し難い無効投票を立法政策上有効化しようとして特異
な例外的の場合を定めたものであり、その結果は必ずしも選挙人の真意に合致する
とは断定し難いものであるから、その適用範囲をみだりに拡張すべきではなく(最
高裁昭和三七年(オ)第一〇八三号同年一二月二五日第三小法廷判決・民集一六巻
一二号二五二四頁、昭和三九年(行ツ)第七一号同年一二月一八日第二小法廷判決・
民集一八巻一〇号二一九三頁参照)、係争の投票のように、投票の記載が、仮名書
きでされていて候補者の氏名、氏又は名を完全に表示したものとは認められず、た
またま二人以上の候補者の名の一部にそれと共通又は類似の音が含まれているにす
ぎないものについては、それが、二人以上の候補者の、選挙人一般に対し氏名と同
等の通用力の認められる通称に合致するときなど、氏名、氏又は名の記載と実質的
に同一視しうる場合のほかは、同条の規定を適用する余地はないと解するのが相当
である(前掲昭和三九年一二月一八日第二小法廷判決参照)。
 これを本件についてみると、原審の適法に確定した前記事実関係によると、「タ
ケ」というのは、D竹次郎については一部の者の間における呼称にすぎず、同人の
通称としては「Gのタケ」と呼ばれることが多く、またE武雄については「精米所
のタケ」と呼ばれていたというのであり、なお、F健義については、原判決は、「
たけよし」である以上「タケ」と呼称されうることは経験則上明らかである、と判
示するにすぎないのであつて、これのみをもつてしては、「タケ」を、右三名の候
補者の、選挙人一般に対し氏名と同等の通用力を有する通称に当たるということは
できない。そして、前説示のように、「タケ」という呼び名が、名の全部又は一部
にそれと同じ音を有する者ならだれにでも用いられる可能性のある一般的な呼称に
すぎず、それのみでは氏名に代つて特定の者を表示しうるような個性を有するもの
でないことを合わせ考えると、係争の投票の記載は、氏名、氏又は名の記載と実質
的に同一視しうるものということはできず、これにつき同条の適用を肯定する余地
はないものといわなければならない。そうすると、右投票は、結局、候補者の何人
を記載したかを確認し難いものとして、法六八条七号の規定により無効となるもの
と解するのが相当である。
 これと異なる見解に立つて係争の投票につき法六八条の二の規定を適用しこれを
有効なものと解した原判決には、法令の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は原
判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄
を免れない。そして、右投票を無効としてD竹次郎の当選を無効とした本件裁決は
適法であるから、その取消を求める被上告人の請求は、これを棄却すべきである。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条一号、三九六条、九六条、八九条
に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    寺   田   治   郎
            裁判官    環       昌   一
            裁判官    横   井   大   三
            裁判官    伊   藤   正   己

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