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平成14年9月3日判決言渡平成13年(ワ)第15544号損害賠償請求事件
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。 
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告らは,原告に対し,連帯して金472万6830円及びこれに対する平成12
年2月23日から支払済みに至るまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,電車内において痴漢行為をしたとして逮捕,勾留,起訴された原告が,刑
事手続で無罪判決が確定した後,原告を痴漢として現行犯逮捕した少女とその両親
に対し,不法行為に基づく損害賠償を請求している事案である。
1 争いのない事実等
以下の事実は,当事者間に争いがないか,証拠によって容易に認定できる事実であ
る。
(1)原告は,平成12年2月23日当時(以下「本件当日」という。),27歳の
独身男性で,茨城県a市内の酒販店でアルバイトとして働いていたが,当日は仕事
が休みであった。
  原告は,同日午前6時15分ころ,黒とモスグリーンのジャンパーとジーンズ
を着用し,肩からカバンをたすき掛けにして両手には何も持たないで,JR常磐線
赤塚駅(以下の駅はすべて同線の駅である。)から,高萩駅午前5時23分発・上
野行きの通勤快速電車(以下「本件電車」という。)に乗り込んだ。本件電車は,
原告が乗った時点ではそれほど混んでおらず,原告は,座席に座ることができた
が,本件電車が土浦駅に到着して同駅を出発するまで(午前6時57分ころから午
前7時4分ころまで)の間に,いったん本件電車を降り,位置を移動して中央付近
の車両に乗り,入口ドア付近に立った。本件電車は,通勤快速電車であったため,
土浦駅を出発した後,牛久,取手,柏の各駅に停車し,午前7時42分ころ,松戸
駅に到着した。
(2) 被告A(以下「被告A」という。)は,被告B(以下「被告B」という。)と
被告C(以下「被告C」という。)の長女であり,本件当時,千葉県b市に住む高
校1年生(16歳)で,JR常磐線の電車を利用して東京都荒川区日暮里の高校に
通学していた。
  被告Aは,本件当日の午前7時42分ころ,制服のブレザーとスカート姿で,
右肩に長い取手の手提げカバンを掛け,左肩にコートを入れたビニール袋を下げ
て,松戸駅から本件電車の中央付近の車両に乗車し,進行方向左側中央ドア付近に
外側を向いて立った。本件電車は,松戸駅で被告Aが乗り込んだときには,途中駅
から乗ってきた通勤・通学客のため肩が触れ合う程度にまで込み合い,自由に身動
きができる状態ではなく,被告Aの左横やや後に原告が立っていて,原告の胸付近
と被告Aの左肩とが接するような体勢になっていた。
(3) 本件電車は,午前8時0分ころ,次の停車駅である日暮里駅に到着した。同駅
のホームに降りた被告Aは,同じく本件電車から降りた原告の袖口をつかみ,「こ
の人,痴漢です。」と言って駅員の到着を待った。これに対して,原告は,「お
れ,知らないよ。」と言いながら,特に抵抗することもなく,被告Aに袖をつかま
れたままホームに立っていた。原告は,ほどなく駆けつけた同駅の駅員によって,
被告Aとともに同駅の駅長事務室に連れて行かれ,午前8時9分,同事務室内にお
いて,通報を受けた警視庁荒川警察署司法警察員D巡査部長に痴漢行為の現行犯人
として引き渡され,午前8時45分,荒川警察署に引致された。
(4) その後,原告は,平成12年3月14日,いわゆる痴漢として,公衆に著しく
迷惑をかける暴力的不良行為などの防止に関する条例違反で東京簡易裁判所に起訴
され,同月17日に保釈されるまでの23日間,身柄を拘束された。原告は,その
刑事公判手続(以下「本件刑事裁判」という。)で痴漢行為を否認して争い,東京簡
易裁判所は,平成13年5月21日,原告に対して無罪判決を言い渡し,同判決
は,平成13年6月4日の経過により確定した。
2 争点及び当事者の主張
(1) 争点1(被告Aは痴漢の被害を受けたか)
(被告Aの主張)
 ア 原告は,本件当日,本件電車の中央付近の車両において,進行方向左側中央
ドア付近に外側を向いて立っていた被告Aの左横やや後に,被告Aの左肩が原告の
胸あたりに接する姿勢で立ち,本件電車が松戸駅を発車してまもなく,右手で,被
告Aのスカートの上から左の尻をさわり,さらにスカートをまくり上げてストッキ
ングの上から股の間に指を差し込み陰部付近をさわるなどの痴漢行為を行った。
 イ 原告は,本件電車が日暮里駅に到着するまでの間に,被告Aの左腰あたりの
制服をつかんで被告Aを逆時計回りに回転させ,被告Aが原告に向き合うような姿
勢にしたうえ,左手で被告Aの右太腿上部や右の尻をさわったりして,痴漢行為を
続けた。
 ウ 原告は,被告Aの供述を不自然だとして攻撃しているが,原告の本件当日の
行動こそ不自然であるほか,原告は,当初認めていた様々な点について,後になれ
ばなるほど供述を曖昧にしており,そのような態度こそ不自然であり,自らの痴漢
行為を隠蔽しようとするものに他ならない。
(原告の主張)
 ア 原告は,本件当日は仕事が休みであったため,秋葉原でパソコンをみようと
思い,本件電車に乗車していたもので,被告Aに対して痴漢行為をしたことはな
い。
 イ 被告Aは,原告が,被告Aのスカートをまくり上げてストッキングの上から
股の間に指を差し込み陰部付近をさわったと述べているが,身長約170センチメ
ートルの原告が,身長約150センチメートルの被告Aに対してこのような行為を
行うには相当不自然な体勢にならざるを得ず,肩が触れ合う程度に混んでいる電車
の中でそのような行為をすれば,周囲に気付かれないはずはない。被告Aもそのよ
うな痴漢行為から容易に逃げることができたはずである。また,被告Aは,途中で
腰のあたりを原告に回されて,原告と向き合う姿勢にさせられたとも述べている
が,そのような状況は物理的に理解しがたいばかりでなく,原告と向き合った後の
痴漢被害の態様などに関する被告Aの供述は,警察官に対するものと検察官に対す
るものが矛盾しており
,不自然である。
 ウ さらに,被告Aは,恐ろしくて何の抵抗もできなかったと述べているが,そ
のような被告Aが日暮里駅のホームで原告を現行犯逮捕するというのは整合しない
し,原告に押されて向かい合うような姿勢になった際,左肩にかけていたビニール
袋を原告との間に持ってこようとしたり,両肘で原告を押すなどしたと述べてい
て,何の抵抗もできなかったとする当初の供述と内容的に矛盾する結果になってい
る。
 エ 被告Aは,本件以前に何回も痴漢犯人を逮捕し,それらの事件について高額
の示談金を受領していたにもかかわらず,本件刑事事件の取調べの際にはそのこと
について何も述べなかった。本件痴漢事件も,示談金目当てのために被告Aによっ
て仕立て上げられた悪質な犯罪であり,原告こそ被害者である。
 オ 以上の事実によれば,本件当日,本件電車内において痴漢の被害を受けたと
する被告Aの供述を信用することはできず,被告Aは本件電車内で痴漢の被害を受
けなかったと考えるのが常識的かつ合理的である。被告Aの痴漢被害の申告は虚偽
のものといわざるをえない。
(2) 争点2(被告Aが原告を痴漢犯人としたことは相当か)
(被告Aの主張)
 ア 被告Aは,本件電車が松戸駅を発車してすぐに痴漢行為にあい,左の尻をさ
わられたりしたが,その際,原告が体を被告Aに近づけて右肩をやや沈めるように
して右腕を被告Aの尻の方に伸ばしていたのが見えたので,尻をさわっていると思
われる腕の肘あたりから上の方へたどっていくと,間違いなく原告であった。
 イ また,被告Aは,その後,原告と向かい合うような姿勢にされた際,被告A
の右太腿をさわっている原告の左手を見た。
 ウ このようなことから,被告Aは,原告が痴漢の犯人であると判断したのであ
り,疑うに足りる相当な理由があるから,被告に過失はない。
(原告の主張)
 ア 仮に,被告Aが本件電車内で本当に痴漢の被害にあっていたとしても,原告
は被告Aに対して痴漢行為をしていないし,被告Aは原告が犯人でないことは容易
に分かったはずであるから,原告を痴漢の犯人として現行犯逮捕したことには過失
がある。
 イ 被告Aは,被告Aの左側に立って左の尻をさわっている痴漢犯人の肘あたり
から上の方へたどって原告の顔と服装を確認したと述べているが,そのような確認
は両者の距離が相当程度離れていなければできないはずであるし,また,痴漢の被
害者は恐怖と羞恥で犯人の顔を見ることができないのが普通であることなどからす
ると,そのような被告Aの供述を信用することはできない。
(3) 争点3(被告B及び被告Cは監督責任を負うか)
(原告の主張)
 被告Aの父である被告Bと母である被告C(以下「被告Bら」という。)は,高
校1年生の被告Aがそれまでにも痴漢の被害にあい,何回も示談金をもらって金銭
解決していたことを熟知していたのであるから,被告Aに対して,誤って犯人を捕
まえたり,事実無根の被害届を出したりしないよう,指導・監督すべき義務があっ
たにもかかわらず,これを怠ったため,被告Aは無実の原告を痴漢の犯人として現
行犯逮捕した。したがって,被告Bらは,原告に対して,民法709条,714条
による損害賠償責任を負うべきである。
(被告Bらの主張)
   ア 被告Aは,前記のように,本件電車内で本当に痴漢の被害を受けている
から,被告Aについて不法行為は成立しない。したがって,被告Bらについても不
法行為は成立しない。
イ なお,被告Aが本件以前にも痴漢の被害を受け,加害者からの申し出を受け入
れて示談金を取得した事実はあるが,それらの加害者は被告Aに対する痴漢行為を
認めているのであって,虚偽のものは1件もない。原告の上記主張は,被告Aの痴
漢被害が虚偽であることを前提とするのであろうが,どの事件も虚偽の被害ではな
いのであるから,原告の上記主張はその前提を欠くものである。
  (4) 争点4(原告の損害額)
(原告の主張)
 原告は,被告らの不法行為により,以下の損害を被った。
ア 原告は,本件当時,酒販店のアルバイトとして日給8500円の賃金を得てい
たが,平成12年2月23日に逮捕されてから同年3月17日に保釈されるまでの
間,17日間働くことができず,賃金を得ることができなかった。また,本件刑事
裁判に出頭するためにも9日間働くことができなかったので,原告は,これらの合
計26日分の賃金相当額22万1000円の損害を被った(逸失利益)。
イ 原告は,別紙に記載のとおり,本件刑事裁判に出頭するための交通費や,原告
を心配した母親ほかの親族等(大分県と大阪府に在住)が,原告と面会したり,本
件刑事裁判を傍聴するために要した交通費や日当の支払を余儀なくされ,合計11
0万5830円の損害を被った。
ウ 痴漢の犯人として逮捕・勾留され,長期間刑事被告人の立場に立たされた原告
の精神的・肉体的苦痛に対する慰謝料は,少なくとも300万円が相当である。
エ 上記ア,イ,ウの合計額は432万6830円であり,本件における弁護士報
酬額は40万円が相当であるから,これらの全損害額は472万6830円であ
る。
(被告らの主張)
 損害の根拠事実については不知ないし否認し,損害額については争う。
第3 当裁判所の判断
1 本件の主要な争点について
(1) 本件の審理では,当事者双方から,被告Aは痴漢の被害を受けたか,被告Aが
原告を痴漢犯人としたことは相当か,被告Aの両親に監督責任はあるか,原告の損
害額はいくらかなどの点が主張されたが,その中心的な争点は,前記(本判決3頁
以下)のとおり,被告Aが本件電車内で原告から痴漢行為をされた否か(争点1)
であり,これを主張する被告Aの主張と,これを全面的に否定する原告の主張とが
対立し,それぞれの主張に沿う供述証拠が提出されている。したがって,本件の帰
趨は,被告Aの供述と原告の供述のどちらの供述が信用できるかということに帰着
する。
(2) そこで,まず,原告から本件電車内で痴漢行為をされたとする被告Aの供述の
信用性について検討することとするが,被告Aの供述の信用性については,①被告
Aの供述内容そのものが矛盾しているのではないか,②原告と被告Aの身長差など
から原告が被告Aに対して痴漢行為をしたというのは不自然ではないか,③怖くて
何も抵抗できなかったといいながら駅のホームで原告を現行犯逮捕したのは不自然
ではないか,④被告Aは本件以外にも何回も痴漢の被害にあったとして示談金を得
ており,本件は示談金目当ての狂言ではないか,などの点が問題とされているの
で,これらの点を順次検討するほか,既に本件刑事裁判の判決で被告Aの供述の信
用性には疑問があるとされているので,⑤この本件刑事裁判の判決で疑問とされた
点についても検討を加
えておくこととする。
2 被告Aの供述内容の矛盾について
  まず,被告Aの供述内容そのものが矛盾しているのではないかという点につい
て,検討する。
(1) 甲4,甲5号証,甲8号証ないし甲13号証,乙9号証,乙17号証,被告A
本人尋問の結果によれば,被告Aの供述は,おおむね次のようなものであることが
認められる。 
ア 本件当日,松戸駅から本件電車の中央付近の車両に乗車した被告Aは,進行方
向左側中央ドア付近に外側を向いて立っていたが,その左横やや後に,被告Aの左
肩がその胸のあたりに接する姿勢で立っている男性がいて,その男性が,本件電車
が松戸駅を発車してまもなく,被告Aの左足にその右足をこすりつけてきたので,
被告Aは後ろに下がろうとしたが,その男性の右足が邪魔で下がれずにそのままい
たところ,被告Aのスカートの上から左の尻をさわり,さらに,スカートをまくり
上げてストッキングの上から股の間に指を差し込み陰部付近をさわる者がいるの
で,振り向くようにその男性の方を見ると,その男性が体を被告Aに近づけて右肩
をやや沈めるようにして右腕を被告Aの尻の方に伸ばしていたのが見えたので,そ
の男性が痴漢の犯人で
あると確信したが,怖くて何も抵抗できないでいた。
イ そうすると,その男性は,今度は被告Aの左腰あたりの制服をつかんで被告A
をその男性に向き合うようにして,左手で被告Aの右太腿上部や右の尻をさわった
りした。被告Aは,被告Aの右太腿をさわっているのがその男性の左手であること
をしっかり確認した。
ウ その男性は,日暮里駅が近づくと痴漢行為を止め,本件電車が日暮里駅に停車
すると何くわぬ顔でホームに降りていったので,その袖口をつかんで「この人,痴
漢です。」と言ったら,近くにいた駅員がすぐにその男性をつかまえてくれた。そ
の痴漢行為をした男性は間違いなく本件の原告である。
(2) ところで,被告Aのいう上記の痴漢被害は,大きく2つの部分に分けることが
できる。一つは,本件電車が松戸駅を発車してから,痴漢犯人が被告Aの左腰あた
りをつかんで被告Aを痴漢犯人の方に向けて,被告Aと痴漢犯人とが対面する姿勢
になるまで(以下「前半部分」という。)であり,もう一つは,被告Aと痴漢犯人
とが対面する姿勢になってから,本件電車が日暮里駅に到着するまで(以下「後半
部分」という。)である。
(3) そして,前記証拠によれば,被告Aは,本件に関し,本件当日(平成12年2
月23日)に司法警察員の,同月26日に検察官の,それぞれ取調べを受けた後,
翌27日に実況見分に立ち会い,さらに同年3月8日には再び検察官の取調べを受
けたほか,同月15日には犯行再現の写真撮影に立ち会ったうえ司法警察員の取調
べを受けていることが認められるが,前半部分については,被告Aは,いずれの取
調べにおいても上記の内容を詳細かつ具体的に一貫して供述しており,矛盾もな
い。
(4) 原告が,被告Aの供述内容に変遷があり信用性がないとしているのは後半部分
であるから,この後半部分について,被告Aがどのような供述をしたかを時間順に
検討しておく。
ア まず,本件当日の司法警察員の取調べに対しては,犯人は「右手で私の左腰の
部分をつかみ,手の力で私を左正面に向かせて来ました。それで私は,そのチカン
の犯人と向かい合う形になってしまいました。その状態にされながら,チカンの男
の人は,ずうーと右手で私の左のもものつけね部分をさわっていて,今度は正面を
向いた私の右側の前側のもものつけね部分をスカートの上から左手の手のひらでさ
わってきて,なで回して来たのです」と供述し,「両手でずうーと左側のお尻や陰
部付近,右側の前のももの付け根付近をさわって来ました」などと供述した(甲8
号証)。
イ 次に,平成12年2月26日の検察官の取調べに対しては,「犯人は私の左の
お尻上あたりの衣服をつかみ,それをじわじわと引っ張り,私を左回転させてき
て,私と犯人は正面から向き合う格好になりました。」「私は左肩にコートを入れ
たビニール袋をさげており,それを正面に持ってきて,少しでも犯人から遠ざかろ
うとしたのですが,コートを入れた袋は私の左太股の上あたりにきてしまいまし
た」「犯人は今度は左手を伸ばし,私の右腰を抱くようにしてその手をさげ,右の
お尻あたりをたぶんスカートの上から撫でてきました」と供述していた(甲9号
証)。
ウ ところが,翌27日に行われた実況見分の際の指示説明では,「被疑者と被害
者が対面した後,被疑者が右手で被害者の臀部を撫で回し左手で右大腿部の付け根
を撫で回している状況を再現したもの」とされていて(乙17号証),対面後に左
手で右の尻を撫でられたという検察官に対する供述と矛盾するものとなった。
エ その後,同年3月8日の検察官の再度の取調べに対しては,対面後の行為につ
いて,「警察では右手で左のお尻をスカートの上から撫でられたと説明し,また,
左手でおなかから右大腿部付け根あたりをなで回されたと言いましたがそれが違い
ます。」とし,「私と犯人の間にビニール袋があったことを忘れ,また,右と左の
手の動きを逆に言ってしまったのです。」と述べて,対面後,痴漢犯人は左手で被
告Aの右の尻をなでたことを再確認した(甲10号証)。そして,同年3月15日
には,司法警察員によって,この内容に沿う写真撮影報告書(甲12号証)及び供
述調書(甲11号証)が作成された。
(5) これらの点につき,原告代理人は,「検察官の取調は2月26日であり,その
時点で既に犯人と向かい合った場面での被害状況が警察官調書と食い違う供述にな
っていることが調書上明らかであるが,その検察官取調後になされた実況見分調書
添付の写真が,警察の誤りのままの供述状況で撮影されているのである。このよう
な事態は捜査の常道からはずれている。」(本件第4準備書面5頁)とか,「検察
官に訂正を申し入れたという翌日に行われた実況見分(乙第17号証)において,
その訂正が生かされていないのは,即ち,実体験による供述ではないからであろ
う。」(同6頁)として,被告Aの供述は信用できないとしている。
(6) 確かに,上記の供述経過によれば,原告と対面する形になった後の被害状況の
一部について,すなわち,司法警察員の取調べの際には対面後も右手で左の尻をさ
わられたと述べていた点が,検察官の取調べの際には触れられておらず,違いがあ
るが,被告Aは,本件民事訴訟で平成14年4月26日に実施された本人尋問にお
いて,「向き合う前のほうがすごい自分の中で印象的で,向き合った後のことはそ
れほど印象的でもなかったので,頭が混乱したというか,そういうこともあって,
ちょっと違うことを言ってしまったのですけれども。後日,検察庁のほうに行っ
て,検事さんとゆっくり落ち着いて話しているうちに,そういえば,袋の上に手が
あったなあと思って,それで,なぜその手でさわれるのだとか思ったら,違います
ということに気づきま
した。」と説明し,また,次の日の実況見分でも間違った調書ができたことについ
ては,「警察の方が,調書を見て段取りを紙に書いてきてくれたんですよ。それ
で,なんていうのですか,次はこれでこうみたいな感じで実況見分が進んでいった
のですけど,自分もそのときに言いだせばよかったのですけども,周りの空気とか
もあって,その違うことが言い出せなくて,それで違う調書がというか,実況見分
のその写真が出来ちゃったのです。」と説明している。
(7) そこで,このような説明が信頼できるか否かが問題となるが,被告Aは,その
当時,高校1年生の女子であり,痴漢被害の状況を説明することに恥ずかしさを感
じる年頃であることや,また,その中学及び高校の指導要録には,被告Aが「過緊
張傾向の心理特性を有しており自己主張を明確に行う点に課題を残す」「消極的,
受身的で口数が少なく,声も小さく,意思表示を明確にできにくい」との記載がな
されており(甲2号証の刑事事件の判決理由の一部),同年代の女子と比較しても
なかなか自分の言いたいことを言えない性格であることなどからすれば,実況見分
の状況に気後れして訂正を言い出せなかったというのも,あながち不自然なことと
は言い切れない。また,当裁判所に顕著な事実として,前記の当裁判所における本
人尋問の際にも,被
告Aは,既に高校を卒業しているものの,代理人からの質問に対してテキパキ答え
るというのではなく,質問されてから答えるまでにかなりの時間を要することが度
々で,周囲がもう答えないのかと思うころにようやく答え始めるという具合で,答
えをせかされたり,質問をたたみかけられると,すぐに立ち往生してしまうため,
裁判所のフォローが必要な状況であったことが認められた。したがって,高校1年
生の当時であれば,なおのこと気後れして訂正を言い出せなかったというのも,も
っともだと考えられるから,これらの事実を総合すれば,被告Aの上記説明を信頼
することができるというべきである。なお,原告代理人は検察官取調べ後の実況見
分の際の矛盾を問題視するが,前記の事実関係によれば,口数の少ない高校1年生
の落ち度というより
も,むしろ警察と検察の連繋の悪さや実況見分の準備の方法に問題があったという
べきであり,必ずしも被告Aが責められるべき事情ではないと考えられる。
(8) また,原告は,被告Aが原告に回転させられて対面する形になった点をとらえ
て,被告Aの左腰あたりを引っ張られたのか,押されたのか供述が曖昧だとか,物
理的に不可能だなどとしている。しかし,前記のとおり,本件電車内は,混雑して
いたとはいえ,全く身動きができないほどの状態ではなかったのであるから,腰の
あたりを押されるか,腰のあたりの服を引っ張られて,回転させられことが物理的
に不可能とは言い難い。
  さらに言えば,被告Aは,同人は本件電車が松戸駅を出発して日暮里駅に到着
するまでほぼ痴漢の被害を受け続け,精神的にも動揺し続けていたということにな
るから,その被害の内容の最初から最後まで全部を正確に記憶していなかったとし
ても,その被害状況の中で特徴的な核心部分が正確であることが確認できれば,そ
の被害供述は,仮に,部分的に事実と違う部分があることが判明したとしても,そ
れ以外の被害供述部分が信頼性を失うことはないというべきである。
(9) そして,そのような観点から本件痴漢被害をみてみると,被告Aの被害供述の
核心部分は,スカートの中に手を入れられて陰部付近をなで回されたことと,途中
で痴漢犯人によって対面されられたことということができる。そして,前半部分は
特に矛盾はないから,被告Aの供述が全体として信頼できるか否かは,痴漢犯人に
よって対面させられたことが正確であることを確認できるか否かによるところ,被
告Aが途中で原告の方に向いて,被告Aが原告と対面する形になったこと自体は,
原告自身が検察官に対する弁解録取のとき(平成12年2月24日)から認めてい
るところであり(乙10号証),その後の「全部話しました。」とされている平成
12年3月6日の司法警察員の取調べの際にもこれを認めている(乙12号証)。
したがって,被告A
の被害供述の核心部分については原告もぼぼ認めていたと考えるのが相当である
(ただし,原告は,本件民事訴訟の本人尋問の際には,「ただ,向き合ったという
のは覚えているんですよね。」という裁判官の質問に対して,「だからそれが自分
の記憶なのか,言われた記憶なのか,ちょっとどっちか分かんなくなっちゃったん
ですけど。」と答え,「じゃあどういうふうに向き合うかたちになったとか,そう
いうのは覚えてないんですか。」との質問には,「そうです。分かんないです
ね。」と答えて,曖昧な返答に終始している。)。
(10) これらの点を総合的に勘案すれば,被告Aの被害供述は,その前半部分が特
に問題がないものであることはもとより,その後半部分についても,核心部分につ
いて供述の変遷はないばかりでなく,これを裏付ける重要な外形的事実について
は,原告もこれを認めていたということができるから,対面後の痴漢被害の態様に
ついて一部供述が変遷したとしても,原告より痴漢の被害を受けたとする供述全体
の信用性を損なうものではないというべきである。
 3 原告と被告Aの身長差による痴漢行為の不自然性について
   次に,原告と被告Aには大きな身長差があるから原告が被告Aに対して痴漢
行為をしたというのは不自然であるとの点などについて検討する。
  (1) 前記のとおり,被告Aの身長は約150センチメートルであるのに対し
て,原告の身長は約170センチメートルであり,両者に約20センチメートルの
身長差があることが認められる。
  (2) しかしながら,警察で作成された実況見分調書(乙17号証)の写真番号
3ないし7の写真をみると,被告Aと相当程度身長差のある係員が痴漢犯人役とし
て痴漢の状況を再現しているが,特に不自然な点は見いだせない。また,当裁判所
が,本件被告A本人尋問の際,原告と被告Aとを並ばせて,両者の身長差や原告の
手の位置と被告Aとの位置関係等を確認したところ,原告と被告Aの身長差は,原
告が直立した姿勢のままで被告Aの主張するような痴漢行為全部を行うことは難し
いであろうが,肩をやや傾けたり,少し姿勢を変えたりすれば,被告Aが主張して
いるような痴漢行為を行うこともできる程度であると認められた。ちなみに,この
ような結果は,「原告が右肩を下げた不自然な格好をしていた」という被告Aの供
述と一致するもので
あり,被告Aの供述を客観的に裏付けるものといえる。
  (3) なお,原告代理人は,肩が触れ合う程度に混んでいる電車の中で被告Aが
主張しているような痴漢行為をすれば,周囲に気づかれないはずはないと主張して
いるが,通勤・通学の時間帯の本件電車内は,前記認定のとおり,自由に身動きす
ることはできない程度に混雑していたのであり,しかも,2月23日のことで,ほ
とんどの乗客がコートやオーバーなどを着ているため,ほとんどの乗客にとって腰
から下の状況を見るのはほとんど困難な状態になっていたと考えられることなどを
考慮すると,男性が軽く肩を傾けている程度では,周囲の乗客から特に不審がられ
ることはないと思われる。仮に,原告代理人の主張するとおりであれば,混雑した
電車内で簡単に痴漢行為を発見することができるということになるが,事実がその
反対であることは,
言うまでもないであろう。
  (4) したがって,原告のこの主張も理由がないこととなり,被告Aの供述の信
用性を否定するに足りるものではない。
 4 無抵抗の被告Aが現行犯逮捕したことの不自然性について
(1) また,被告Aが怖くて何も抵抗できなかったと供述している点をとらえて,原
告代理人は,それくらい怯えていたなら駅のホームで原告を現行犯逮捕するのは不
自然ではないかと主張している。
(2) しかし,甲4,甲5号証,甲11号証,被告A本人尋問の結果によれば,被告
Aは,同人が本件電車内ではさして抵抗をせず日暮里駅のホームで原告を捕まえた
のは,電車内で痴漢行為を指摘したりすると相手方から何らかの危害を加えられた
りしたときに逃げられないので怖いが,駅のホームであれば,逃げることができる
し,駅員もいて対応してくれたり,他の乗客の協力を得ることもできるだろうと考
えたからである,一度,痴漢にあったときに相手の足を踏んだら,思い切り踏み返
されたことがあり,怖い思いをしたなどと説明していることが認められる。
(3) 上記の説明は,被告Aが当時高校1年生であったことや,小柄な口数の少ない
少女であったことなどを考慮すると,本件電車内では抵抗せずに,駅のホームに降
りてから現行犯逮捕した理由として合理的なものと認めることができる。したがっ
て,この点の原告の主張も理由がなく,被告Aの供述の信用性を否定するものでは
ない。
 5 本件以外の痴漢被害と示談について
   さらに,原告は,被告Aは本件以外にも何回も痴漢の被害にあったとして示
談金を得ており,本件は示談金目当ての狂言ではないかと主張しているので,この
点について検討する。
  (1) まず,甲5号証,乙1号証ないし乙9号証,被告本人尋問の結果及び弁論
の全趣旨によれば,被告Aは,以下のように,本件以外の痴漢被害を受け,これに
ついて示談をしている。
ア 平成11年9月27日に痴漢被害にあい,同年12月11日に示談がなされ,
慰藉料20万円を受領した。この示談については,相手方の加害者に弁護士が代理
人としてつき,被告A宛の謝罪文が差し入れられている。
イ 平成11年11月1日に痴漢被害にあい,同年12月13日に示談がなされ,
謝罪金20万円を受領した。この示談についても,相手方の加害者に弁護士が代理
人としてつき(アの代理人とは別人),電車内で被告Aに対して強制わいせつ行為
に及んだことを認めている。
ウ 平成12年2月22日(本件の前日)及び同月24日(本件の翌日)に痴漢被
害にあい,同年3月に示談がなされ,示談金50万円を受領した。この示談につい
ても,相手方の加害者に弁護士が代理人としてつき(ア,イの代理人とは別人),
加害者の両親が被告Aに謝罪した。
エ 平成12年6月30日に痴漢被害にあい,同年7月6日に示談がなされ,損害
賠償金70万円を受領した。この示談についても,相手方の加害者に弁護士が代理
人としてつき(ア,イ,ウの代理人とは別人),被告Aに謝罪している。
オ 平成13年5月18日に痴漢被害にあい,同年6月ころに示談がなされ,謝罪
金30万円を受領した。この示談についても,相手方の加害者に弁護士が代理人と
してつき(ア,イ,ウ,エの代理人とは別人),わいせつ行為を認めて被告Aに謝
罪している。
カ これらの他にも痴漢被害にあったことがあるが,犯人に逃げられたり,犯人が
高校生で処分の結果を知らされていないため,特に示談はしていない。
(2) このように,被告Aは,確かに本件以外にも痴漢の被害にあい,加害者と示談
をしているが,被告Aの本件民事訴訟における本人尋問の結果によれば,これらの
示談は,全ての加害者に代理人として弁護士がついていて,示談をしてほしいとい
う申入れがあってそれに応じたもので,被告Aや両親がもちかけたわけではなく,
しかも,その金額は相手方から申出のあった金額をそのまま受け入れており,被告
側から金銭を要求したことは一度もないことや,その全てについて,加害者側は痴
漢行為を認めて謝罪していることが認められる。
(3) また,甲15号証によれば,被告Aの高等学校生徒指導要録の高校1学年次欄
には,「痴漢が原因で通学に苦痛を感じ,遅刻・欠席が多くなってしまった。」と
記載されていることが認められる。
(4) これらの事実によれば,本件以外に被告Aが痴漢の被害にあったというのは,
すべて事実であったと認めざるをえないところ,本件だけが虚偽だという特段の理
由は見いだせないから,これらの事実は,痴漢の被害を受けたという被告Aの供述
を,否定するものとしてではなく,むしろその信用性を高めるものとして理解する
ことができる。
 6 刑事裁判で信用性が否定されたことについて
  (1) なお,本件刑事裁判の判決書(甲2号証)においては,被告Aが本件刑事
裁判の公判廷での最初の証人尋問の際にはほとんど答えられなかったのに,後の期
日外尋問ではそれなりに答えた点をとらえて,「事件からより年月の経過している
期日外の尋問のほうが,はじめの公判での尋問のときよりなぜ明確に証言しえたの
かにつき,合理的な理由が見出せない」などとして被告Aの被害供述の信用性を否
定しているので,この点についても検討しておく。
(2) なるほど,本件刑事裁判においては,検察官からの質問に対しても被告Aが無
言のままとされている部分が多々みられるところであり,見方によっては,被告A
の供述の信用性を疑わせると考えられなくはないであろうが,そもそも検察側の証
人は,検察官からの主尋問については予め打ち合せをしているので,反対尋問の場
合とは異なり,通常それなりに答えられるはずである。それなのに,ほとんど答え
られなかったというのは,被告Aが公判廷で本当に混乱していたかをうかがわせる
ものであり,被告Aがどれほど緊張していたかを推認させる。したがって,そのよ
うな緊張を緩和してやればそれなりの答えができるはずであり,被告Aが再度の期
日外の尋問では前回よりも明確に答えられたというのは,むしろ当然のことであ
り,それほど問題にす
るほどではないと考えられる。
(3) そして,被告Aは,本件民事訴訟における本人尋問において,最初の公判期日
での尋問の際にほとんど答えられなかったことについて,初めての証人尋問で緊張
していたうえ,宣誓をしたら,自分の記憶どおりだとしても客観的に間違ったこと
を言ってはならないとなどと誤解して,混乱してしまったことや,質問に対してす
ぐに答えなければいけないと思うあまり,かえって普通なら答えられることまで答
えられなくなってしまったことなどの理由を説明している。なお,今回の民事訴訟
では,本件刑事事件における期日外尋問のときよりもさらに明確に証言している
が,この点については,被告Aの代理人から事前に十分な説明を受けたため,より
落ち着いて証言することができたと述べている。
(4) そして,これらの事実に加えて,被告Aが証言当時高校生で,同年代の女子と
比較してもなかなか自分の言いたいことを言えない性格であることや,当裁判所で
の本人尋問の際にも,質問されてから答えるまでにかなりの時間を要し,答えをせ
かされたり,質問をたたみかけられると,すぐに立ち往生してしまう状況であった
ことなど前記の事情をも考慮すると,上記の被告Aの説明は当裁判所にとって理解
できないものではない。
(5) したがって,刑事裁判の認定において合理的な説明がなされていないとされて
いても,本件民事裁判においてそれと異なる認定をすることを何ら妨げるものでは
ないというべきである。当裁判所は,これまでに認定,説示してきたとおり,被告
Aの被害供述の信用性を否定する特段の事情を見いだすことはできないといわざる
をえない。
 7 原告の否認供述の信用性について
  (1) 本判決理由の冒頭部分でも触れたとおり,本件では,本件電車内で原告か
ら痴漢行為をされたとする被告Aの供述と,これを全面的に否定する原告の供述と
が対立しているところ,この両者は一つの事実の裏と表の関係に立っており,被告
Aの供述の信用性と原告の供述の信用性とは,ほぼ反比例する関係にあるから,被
告Aの供述の信用性を最終的に肯定することができるか否かは,これを否定してい
る原告の供述の信用性に合理的な疑いがあるか否かにかかることになる。そこで,
以下では,本件痴漢行為を否定している原告の供述の信用性について検討する。
(2) まず,甲7号証,乙12号証,乙14号証及び原告本人尋問の結果によれば,
原告の供述の概要は,以下のようなものである。
 ア 原告は,本件当日(平成12年2月23日)は仕事が非番であったため,秋
葉原でパソコンをみようと思い,ジャンパーとジーンズ姿でJR常磐線赤塚駅午前
6時15分発の上野行きの本件電車に乗り,土浦駅までは座席に座っていたが,空
気が悪くなったので,午前6時57分に土浦駅に到着したところでいったん本件電
車から駅のホームに降りた。
 イ 原告は,土浦駅でいったんホームに降りたものの,車両を移動して再び本件
電車の中央付近の車両に乗り込み,今度は入口ドア付近に立った。本件電車は,午
前7時4分に土浦駅を出た後,午前7時42分ころ松戸駅に到着し,午前8時0分
ころには日暮里駅に到着したので,乗り換えのために本件電車を降りたところ,被
告Aに「この人,痴漢です。」と言われて,ジャンパーの袖をつかまれた。
 ウ 原告は,松戸駅から日暮里駅の間の本件電車の中で,自分が立っていたすぐ
前に,背の低い髪の黒い女性がいて,途中で自分と向かい合うような姿勢になった
ことは覚えているが,その女性が女子高校生であることは分からなかったし,自分
がその女性に痴漢行為をしたなどということは全く身に覚えがない。
 エ 原告は,日暮里駅のホームで被告Aに逮捕され,午前8時9分,同駅の駅長
事務室内において荒川警察署の司法警察員に痴漢行為の現行犯人として引き渡さ
れ,午前8時45分,荒川警察署に引致された。警察では,自分はやっていないと
何回も言ったが,信じてくれないので黙秘することにした。翌24日には検察庁で
検察官から弁解録取のための取り調べを受けたが,ほとんど黙秘した。その後,勾
留質問を経て勾留され,当番弁護士であった平賀弁護士(本件民事訴訟の代理人で
もある)に依頼して接見し,同年3月3日と3月6日に司法警察員の取り調べを受
け,ある程度詳しい話をした。そして,3月10日に検察官の取り調べを受けた
後,同月14日にいわゆる痴漢犯人として東京簡易裁判所に起訴され,同月17日
に保釈されるまで23日
間,身柄を拘束された。
 オ 原告は,aの大学を卒業した後,いわゆる定職には就いておらず,アルバイ
トなどをしており,本件当日は酒販店で働いていた。原告は,大学生のころから月
に1回程度はaから東京に出てきていたので,東京のことはある程度は分かってい
る。
(3) ところで,このような原告の供述については,被告Aの代理人から次のような
疑問が提起されている。
ア 原告は,非番だったので秋葉原でパソコンをみようと思ったというが,本件電
車は,早朝の6時15分に赤塚駅を出発し,午前8時には日暮里駅に到着したの
で,乗り換えても午前8時半前には秋葉原に到着してしまう。この時間では,秋葉
原の電気店はまだ開いていない。原告は,非番で時間があったはずなのに,何故,
こんなに早い時間の通勤快速電車に乗る必要があったのか。ちょうど柏駅や松戸駅
で通勤時間帯に重なり,電車の中が混雑するのを狙ってわざわざ乗車したのではな
いか。
イ 原告は,途中駅の土浦駅まで座席に座っていたのに,何故,2月の早朝の寒気
の中をわざわざいったん電車を降りて,車両位置を移動して再び乗り込み,入口ド
ア付近に立つ必要があるのか(原告は,いったん降りた駅が土浦駅であることさえ
なかなか認めたがらない。)。仮に,いったん立ったとしても,土浦駅ではまだ混
雑していないのであるから,これから混雑する入口付近を避けて,乗客の出入りに
あまり影響されない車内の奥のほうに立つのが普通ではないか。
ウ 原告は,本件電車内で,自分の前に背の低い髪の黒い女性がいて,途中で自分
と向かい合うような姿勢になったことは覚えているが,その女性が女子高校生であ
ることは分からなかったという。しかし,被告Aは,制服のブレザートとスカート
をはいており,対面までしていて分からないはずがない。分からないというのは,
ことさらに被告Aとの関係を避けようとすることの表れであり,かえって不自然で
ある。
エ 原告は,被告Aの乗車駅については刑事事件も経て十分に承知しているはずで
あるのに,本件民事訴訟での本人尋問においても,被告Aはどこから乗車してきた
かとの質問に対し,「多分柏と言ってたと思います。それは,自分が入ってくるの
を見たとか聞いたんじゃなくて,取調べのときとか,後の裁判のとかの話で,聞い
た話だから,自分の記憶では分からないです」と答えたものの,次の質問を受け
て,「じゃあ,そうです。間違えました」と訂正したりして,ことさらに被告Aの
ことは意識になかったことをアピールしようとしており,不自然である。
(4) そこで,これらの点について検討する。
ア まず,電車の時間が早い点であるが,これについて原告は,当初は何も説明し
ていなかったが,本件刑事裁判や本件民事裁判の尋問では,秋葉原には「9時か1
0時ぐらい」に着く予定だったとか,「早ければ,ちょっと朝飯を食ったりとかし
ようと思ってたんですよ」などと答えている。
  しかし,このような供述は,ほとんどその場しのぎとしか思えないものである
うえ,原告は,日頃は午前7時半ころに家を出てアルバイトに向かうと述べている
ことなどに照らすと,特にパソコンの趣味があるわけでもない原告が非番の日に普
段よりもかなり早起きして秋葉原に向かわなければならない合理的な理由とは考え
にくいといわざるをえない。
イ 次に,最初は座っていたのに土浦駅でわざわざ降りて,違う車両に乗り込んで
入口ドア付近に立ったのであるが,原告は,その理由について,空気が悪くなった
からだとか,気分が悪くなったからと説明しているが,それならいったん駅のホー
ムに出るにしても,まださほど混雑していたわけではないのであるから,席に何か
置いて再び座れるようにすることもできたはずであるのに,わざわざ車両を移動し
て入口ドア付近に立つのは,何とも不可解な行動である。しかも,まだあまり混雑
していない電車に座っていて気分が悪くなったというのに,それ以降,混雑する電
車の入口ドア付近に立っていて気分が悪くなった様子がないのも,不自然といえば
不自然である。仮に,席を立つとしても,土浦駅では車内はそれほど混雑していな
いので,客の乗り降
りにあまり影響されない車内の奥のほうに立つことも可能であったのに,わざわざ
入口ドア付近に立つというのは,理解しにくい行動である。
ウ なお,原告は,いったん本件電車を降りて車両を移動した駅について,時刻表
などによっても土浦駅であることは確実であるのに,なかなかこれを認めたがらな
いが,原告は,大学当時から月に1回程度は東京に出ているというのであって,2
7歳の本件当時までには相当回数常磐線の電車を利用しているはずであるから,途
中駅について知らないということは不自然である。しかも,停車駅や停車時間を知
らないまま,いったん電車を降りて外の空気を吸うなどということは,乗り遅れる
不安から普通はできないことである。それにもかかわらず,原告はこれをしている
のであるから,土浦駅で停車していることを知らないはずはないと考えられるの
に,なかなかこれを認めない原告の態度は,理解しがたいことである。
エ また,原告は,本件電車内で自分の前に立っていた者が女子高校生であったこ
とは分からなかったと言っているが,自分の前にいたのが背の低い髪の黒い女性で
あり,女性の肩と原告の胸が接していたことを認識するなどそれなりに意識的な観
察をしていたばかりか,原告が向き合わせたか否かはともかく,途中でその女性と
向き合ったことまで認識していたのに(乙10,乙11,乙12号証,乙14号証
など),それでも,ブレザーとスカートを着用していた被告Aが女子高校生である
ことに気づかなかったというのは,考えがたいことである。
  そして,原告は,本件刑事事件において検察官から当然に女子高校生だと分か
ったのではないかと質問されると,これを否定し,再度尋ねられると,同じ質問だ
といって答えなかった(乙14号証)ほか,本件民事訴訟の本人尋問においては,
被告らの代理人から「目の前に女性がいたということはどうなんですか」と尋ねら
れたのに対して,「はっきり覚えてないです」と答えて,それまで争いがない被告
Aの存在すら否定しかねない供述をしており,供述に一貫性もなく不自然なものと
なっている。
オ 同様に,被告Aの乗車駅についても,前記(3)エに主張されているとおり,こと
さらに曖昧な供述をしているとしか思えない態度であって,被告の供述は信頼性に
欠けるものであることが著しい。
カ さらに言えば,原告は,最初の警察の取調べでは,自分はやっていないと何回
も言ったが信じてくれないので黙秘することにし,翌24日の検事による弁解録取
の際も,何度言っても信じてくれないので黙秘したなどと述べているが,本件民事
訴訟の本人尋問では,警察では調書の最初に記載する身上関係の部分の質問のとき
に既に黙秘したと述べており,やっていないと何度言っても信じてくれないので黙
秘したという供述と矛盾しているし,検事による弁解録取についても,「最初が確
か黙秘するって言ったのかな,どっちだったかな。黙秘しますって,最初言ったよ
うな気がするんですけど,でも,さっきのやつがいつだっけ。でも,何か検事が,
警察と検事は違うからとかって言って,で,何かさっき書いたぐらいは,確か何か
書いたのかな,何か
よく分からないけど。」と述べていて,ことさらに答を曖昧にしようとする態度が
うかがえるのである(通常は,やっていないというのであれば,捜査の初期段階で
黙秘をするのではなく,否認するのが経験則にかなうであろう。)。
キ このほか,原告は,前記14頁,24頁にも認定し説示したとおり,松戸駅か
ら日暮里駅までの本件電車内で被告Aと向かい合う姿勢になったこと自体は,捜査
段階からおおむね認めていたのに,本件民事訴訟ではこれを否定するかのような供
述をするに至っており,不自然で一貫性を欠くものになっている。
(5) 以上の事実によれば,前記の原告の一連の供述は,いくつもの点で不自然さを
含むだけではなく,被告Aに関係する事柄をことさらに否定しているとしか思えな
いものであったり,被告Aとの関係をなんとか曖昧にしようとしているのではない
かと疑われてもやむを得ないものとなっており,ほとんど信用性のないものになっ
ているといわざるをえない。
 8 まとめ
(1) これまでのところを総合的に勘案して判断すると,本件電車内で原告から痴漢
の被害を受けたとする被告Aの供述は,全体としてみれば信用性の高いものであ
り,供述内容の主要な部分が真実であることをうかがわせるものであるのに対し
て,これを全面的に否定している原告の一連の供述は,いずれも場当たりで一貫性
がなく,かなり不自然なものであるといわざるをえず,これを信頼することはでき
ない。したがって,本件電車内で原告から痴漢行為を受けたとする被告Aの供述内
容が真実であると認められる。
(2) そうすると,原告は,本件電車内で被告Aに対して痴漢行為をしていたものと
認められるから,原告の本件請求は,その余の点について判断するまでもなく,理
由がないことが明らかである。
第4 結論
  以上によれば,原告の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することと
し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第48部
                       裁判長裁判官須藤典明
                          裁判官鳥居俊一
                          裁判官高橋純子

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