弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を原裁判所に差し戻す。
         理    由
 本件控訴の趣意は検察官納富恒憲作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから
これを引用する。 同控訴趣意について、
 記録を調べると、被告人外一名に対する起訴状記載の公訴事実中、被告人に対す
る(二)の殺人罪の訴因として、「被告人は……飲酒中、Aか……「チビの癖に生
意気だ、若僧の癖になめている」といつたので憤慨してAと喧嘩となり、かねて短
気粗暴な被告人Bは、右Aを殺害せんことを決意し、……作業用ナイフを抜き取
り、Aの頸部胸部腹部背部等を約十九回突き刺し因つて同人の頸部胸部腹部背部等
十九箇所に刺創十九の傷害を負わせ、出血多量により同所で間もなく死亡するに至
らしめて殺害の目的を遂げ」たと(詳細は論旨摘録のとおり)の記載があること、
原審は右(二)の訴因中「かねて短気粗暴な被告人Bは」との事項の記載は、殺人
罪の構成要件該当の事実自体でもなく、公訴事実を具体的に特定するに必要なこれ
と密接不可分の事実でもなく、事件につき裁判官に予断を生ぜしめるおそれのある
事項にあたるものと解すべきであるから、右事項を記載した被告人に対する本件起
訴状は、刑事訴訟法第二百五十六条第六項の規定に違反し、これによつて生じた違
法は爾後これを払拭することができないので無効であるとして本件公訴を棄却して
いることが明らかである。
 <要旨>しかし、右(二)の殺人罪の訴因として記載された事実の内容を仔細に検
討すると、「かねて短気粗暴な被告人Bは」との記載事項は、いわゆる被告
人の悪性格の記載ではあるが、それが、刑事訴訟法第二百五十六条第六項にいわゆ
る予断事項に該当するかどうかは相対的に、当該訴因として明示された具体的事実
との関連において判断されるべきものであるところ、右の記載事項は被告人が酒宴
の席で相手方の言つた言辞に憤慨して喧嘩をはじめ作業用ナイフで相手方の身体を
十九箇所も突き刺して死亡させたとの事実が、傷害致死罪ではなく、殺人罪に該当
する事実を具体的に明確にするため、犯罪構成要件に該当する事実の外、被告人が
たんに酒宴の席上、偶発的に行われた喧嘩位のことで単純に且つ直ちに殺意を生じ
て殺害行為に及んだ動機乃至理由ことに犯意成立の過程を説明するのに必要なもの
として記載されたものと解されるばかりでなく、仮りに、右の事項が記載されなか
つたとしても、酒宴の席上偶発的に行われた喧嘩位のことで、他に何等首肯すべき
動機もないのに、単純、即時に、殺意を生じ、しかも作業用ナイフで相手方の身体
を十九箇所も突き刺して死亡させ殺害の目的を遂げたとの訴因記載の事実自体、既
にその行為者のなんと短気でありなんと粗暴であるかを潜在的に表現していること
が看取されるので、本件殺人罪の訴因記載の事実中、たまたま、被告人が喧嘩のた
め殺意を生じて殺害行為に及んだ犯意成立の過程の説明として「かねて短気粗暴な
被告人Bは」との記載があるからといつて、これを以て公訴犯罪事実につき、裁判
官に予断を生ぜしめるおそれのある事項を起訴状に記載したものと解するのは、失
当であるといわねばならない。
 この点について原判決は、「かねて短気粗暴」というような被告人の悪性が犯行
の内在的原因であるとすれば、右のような犯行の内在的原因の存否は、被告人が当
該犯行を行つたか否かによつて証明されねばならないものであるから、かかる事項
を起訴状に記載することがとりもなおさず前示条項(刑事訴訟法第二百五十六条第
六項)に違反する」と説示しているが、前記の如き犯行の内在的原因の存否は常に
必らず被告人が当該犯行を行つたか否かによつてのみ証明されなければならないも
のとは限らないのであつて逆に、右犯行の内在的原因が公訴事実の存在以外の他の
資料によつて証明されることによりそれが公訴事実認定の一資料となり得る場合の
存することに想到するならば、原判決のした右説示は必らずしも正鵠を得たものと
はいい難い。
 以上説明したところにより、被告人に対する本件起訴状記載の殺人罪の訴因中
「かねて短気粗暴な被告人Bは」との記載事項は、刑事訴訟法第二百五十六条第六
項にいわゆる裁判官に予断を抱かしめるおそれのある事項にあたらないものと解す
るのが相当であるから、原審が右の記載事項を以て同条項に違反する事項を記載し
たものと解して右起訴状を無効とし、木件公訴を棄却したのは、法令の解釈を誤つ
た結果、不法に公訴を棄却したものというの外ないので、原判決は刑事訴訟法第三
百七十八条第二号第三百九十七条第一項に則り破棄を免れない。論旨は理由があ
る。
 よつて、原判決を破棄した上、同法第三百九十八条に従い、これを原裁判所に差
し戻すべきものとし、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 酉岡稔 裁判官 後藤師朗 裁判官 大曲壮次朗)

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