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平成29年(受)第442号地位確認等請求事件
平成30年6月1日第二小法廷判決
主文
1原判決中,上告人らの精勤手当に係る損害賠償請求に関する
部分を破棄する。
2被上告人は,上告人X1に対し,9万円及び第1審判決別紙
2の「精勤手当」欄記載の各金員に対する各「支払日」欄
記載の日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支
払え。
3被上告人は,上告人X2に対し,5万円及び第1審判決別紙
3の「精勤手当」欄記載の各金員に対する各「支払日」欄
記載の日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支
払え。
4被上告人は,上告人X3に対し,6万円及び第1審判決別紙
4の「精勤手当」欄記載の各金員に対する各「支払日」欄
記載の日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支
払え。
5原判決中,上告人らの超勤手当に係る損害賠償請求に関する
部分を破棄し,同部分につき,本件を東京高等裁判所に差
し戻す。
6上告人らのその余の上告を棄却する。
7第1項から第4項までに関する訴訟の総費用は被上告人の負
担とし,前項に関する上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人宮里邦雄,同只野靖,同花垣存彦の上告受理申立て理由(ただし,排
除されたものを除く。)について
1本件は,被上告人を定年退職した後に,期間の定めのある労働契約(以下
「有期労働契約」という。)を被上告人と締結して就労している上告人らが,期間
の定めのない労働契約(以下「無期労働契約」という。)を被上告人と締結してい
る従業員との間に,労働契約法20条に違反する労働条件の相違があると主張し
て,被上告人に対し,主位的に,上記従業員に関する就業規則等が適用される労働
契約上の地位にあることの確認を求めるとともに,労働契約に基づき,上記就業規
則等により支給されるべき賃金と実際に支給された賃金との差額及びこれに対する
遅延損害金の支払を求め,予備的に,不法行為に基づき,上記差額に相当する額の
損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。
2原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)ア被上告人は,セメント,液化ガス,食品等の輸送事業を営む株式会社で
あり,平成27年9月1日現在の従業員数は66人である。
イ上告人らは,いずれも被上告人と無期労働契約を締結し,バラセメントタン
ク車(以下「バラ車」という。)の乗務員として勤務していたが,被上告人を定年
退職した後,被上告人と有期労働契約を締結し,それ以降もバラ車の乗務員として
勤務している。
(2)ア被上告人は,就業規則(甲1号証,乙1号証。以下「従業員規則」とい
う。)に基づく賃金規定等において,被上告人と無期労働契約を締結しているバラ
車等の乗務員(以下「正社員」という。)の賃金について,以下のとおり定めてい
る。
(ア)基本給は,原則として月給とし,在籍給及び年齢給で構成する。
在籍給在籍1年目を8万9100円とし,在籍1年につき800円を加
算(ただし,在籍41年目の12万1100円を上限とする。)
年齢給20歳を0円とし,1歳につき200円を加算(ただし,50歳
の6000円を上限とする。)
(イ)乗務員に対し,その職種(乗務するバラ車の種類をいう。以下同じ。)に
応じた以下の係数を当該乗務員の月稼働額に乗じた額を,能率給として支給する。
10tバラ車4.60%
12tバラ車3.70%
15tバラ車3.10%
バラ車トレーラー3.15%
(ウ)職種により,職務給を支払う。その月額は,以下のとおりとする。
10tバラ車7万6952円
12tバラ車8万0552円
15tバラ車8万2952円
バラ車トレーラー8万2900円
(エ)従業員規則所定の休日を除いて全ての日に出勤した者に精勤手当を支払
う。その額は月額5000円とする。
(オ)1か月間無事故であった乗務員に対して無事故手当を支払う。その額は月
額5000円とする。
(カ)従業員に対して住宅手当を支払う。その額は月額1万円とする。
(キ)従業員に対して家族手当を支払う。その月額は,配偶者について5000
円,子1人について5000円(2人まで)とする。
(ク)役付者(班長又は組長をいう。以下同じ。)に対して役付手当を支払う。
その月額は,班長が3000円,組長が1500円とする。
(ケ)従業員に対し,時間外労働等を命じた場合,超勤手当を支給する。
(コ)従業員に対して通勤手当を支給する。その月額は,公共交通機関の1か月
定期代相当額とし,4万円を限度とする。
(サ)従業員の賞与については,別に定めるところによる。
(シ)3年以上勤務して退職した乗務員には,退職金を支給する。
イ従業員規則は,従業員の定年を満60歳とする旨を定めている。また,従業
員規則は,「嘱託者」には,従業員規則の一部を適用しないことがある旨を定めて
いる。
ウ被上告人は,全日本建設運輸連帯労働組合関東支部(以下「本件組合」とい
う。)との間において,平成16年9月17日,年間賞与を基本給の5か月分とす
る内容の労使協定を締結した。なお,本件組合には,被上告人の従業員で構成され
た長澤運輸分会がある。
(3)被上告人は,被上告人を定年退職した後に有期労働契約を締結して被上告
人に勤務する従業員(以下「嘱託社員」という。)に適用される就業規則として,
嘱託社員就業規則(以下「嘱託社員規則」という。)を定めている。嘱託社員規則
は,嘱託社員の給与は原則として嘱託社員労働契約の定めるところによること,嘱
託社員には賞与その他の臨時的給与及び退職金を支給しないこと等を定めている。
(4)被上告人は,平成22年4月から,嘱託社員のうち,定年退職前から引き
続きバラ車等の乗務員として勤務する者(以下「嘱託乗務員」という。)の採用基
準,賃金等について,定年後再雇用者採用条件を策定しており,同26年4月1日
付けで改定された後の定年後再雇用者採用条件(以下「本件再雇用者採用条件」と
いう。)の内容は,以下のアからエまでのとおりである。これによれば,上告人ら
を含む嘱託乗務員の賃金(年収)は,定年退職前の79%程度となることが想定さ
れるものであった(なお,上告人らが定年退職前1年間に嘱託乗務員であったと仮
定して賃金を計算した場合,その金額は,実際に支払を受けた賃金の約76%から
約80%となる。)。
ア採用対象者
60歳定年に達した正社員で,再雇用を希望する者
イ契約期間
1年以内の期間を定めて再雇用する。
ウ賃金
①基本賃金月額12万5000円
②歩合給12tバラ車月稼働額×12%
15tバラ車月稼働額×10%
バラ車トレーラー月稼働額×7%
③無事故手当月額5000円
④調整給老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間にお
いて月額2万円を支給する。
⑤通勤手当公共交通機関の1か月分の定期代(ただし,4万円を上限と
する。)
⑥時間外手当時間外勤務等について,労働基準法所定の割増賃金を支給す
る。
⑦賞与,退職金支給しない。
エ契約の更新
更新の最終期限は,満65歳に達した後の9月末日又は3月末日のいずれか早い
日とする。
(5)嘱託乗務員の労働条件に関する団体交渉の経緯等は,以下のとおりであ
る。
ア被上告人は,高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下「高年齢者雇用
安定法」という。)により65歳までの高年齢者雇用確保措置が義務付けられるこ
とを受け,本件組合との間で協議を行い,平成17年1月,定年退職者を再雇用す
る継続雇用制度を導入する旨の労使協定を締結した。
イ被上告人が策定した当初の定年後再雇用者採用条件においては,嘱託乗務員
の基本賃金は月額10万円,歩合給は「バラ車(13t,15t)稼働額×10
%」,無事故手当は月額1万円とされ,調整給を支給する旨の定めはなかった。被
上告人は,平成24年3月以降,本件組合との間で団体交渉を行い,定年後再雇用
者採用条件について,順次,①基本賃金を月額12万円とすること,②無事故手当
を月額5000円とし,基本賃金を月額12万5000円とすること,③厚生年金
保険法附則8条の規定による老齢厚生年金の支給開始年齢が引き上げられたことに
伴い,老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間,月額1万円の調
整給を支給すること,④上記③の調整給を月額2万円に増額することを内容とする
改定を行い,その結果,本件再雇用者採用条件が定年後再雇用者採用条件の内容と
なった。
本件組合は,上記団体交渉において,被上告人に対し,定年退職者を定年退職前
と同額の賃金で再雇用すること等を要求したが,被上告人は,これに応じなかっ
た。
(6)ア上告人X1は,昭和55年6月に被上告人と無期労働契約を締結し,平
成26年3月31日に定年退職した。また,上告人X2は昭和61年10月に,上
告人X3は平成5年1月に,それぞれ被上告人と無期労働契約を締結し,いずれも
同26年9月30日に定年退職した。定年退職時における上告人らの基本給の額
は,上告人X1が12万1500円,上告人X2が11万7500円,上告人X3
が11万2700円であった。なお,上告人らは,定年退職する際,いずれも退職
金の支給を受けた。
イ上告人らは,定年退職した日において,それぞれ,被上告人と有期労働契約
を締結した。上告人らは,当初の雇用期間(上告人X1につき1年間,上告人X2
及び同X3につき6か月間)の満了後,雇用期間を1年間として当該有期労働契約
を更新している(以下,更新の前後を問わず,上告人らと被上告人との間の有期労
働契約を「本件各有期労働契約」という。)。本件各有期労働契約は,いずれも本
件再雇用者採用条件と同じ内容であり,上告人らは,老齢厚生年金の報酬比例部分
の支給が開始されるまでの間,いずれも調整給の支給を受けた。
(7)ア嘱託乗務員である上告人らの業務の内容は,バラ車に乗務して指定され
た配達先にバラセメントを配送するというものであり,正社員との間において,業
務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に違いはない。また,本件各有期労働契約
においては,正社員と同様に,被上告人の業務の都合により勤務場所及び担当業務
を変更することがある旨が定められている。
イ上告人らは,本件各有期労働契約の締結後,平成27年10月までの間に,
第1審判決別紙5記載のとおり,被上告人から賃金の支払を受けた(以下,同別紙
記載の賃金を「本件賃金」という。)。なお,被上告人においては,毎月1日から
月末までの期間に対する賃金を翌月10日に支払うこととされている。本件賃金の
支給対象期間において,上告人X1及び同X3は欠勤しておらず,上告人X2は平
成26年12月及び同27年1月を除き欠勤していない。
(8)上告人らは,本件訴訟において,①嘱託乗務員に対し,能率給及び職務給
が支給されず,歩合給が支給されること,②嘱託乗務員に対し,精勤手当,住宅手
当,家族手当及び役付手当が支給されないこと,③嘱託乗務員の時間外手当が正社
員の超勤手当よりも低く計算されること,④嘱託乗務員に対して賞与が支給されな
いことが,嘱託乗務員と正社員との不合理な労働条件の相違である旨主張している
(以下,上記①から④までにおいて比較の対象とされている各賃金項目を併せて
「本件各賃金項目」という。)。そして,上告人らは,本件賃金の支給対象期間に
おいて,嘱託社員の賃金に関する労働条件が正社員と同じであるとした場合,第1
審判決別紙6記載のとおりの賃金(以下「本件試算賃金」という。)が支払われる
べきであるとしている。
3原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,上告人らの
請求をいずれも棄却した。
事業主は,高年齢者雇用安定法により,60歳を超えた高年齢者の雇用確保措置
を義務付けられており,定年退職した高年齢者の継続雇用に伴う賃金コストの無制
限な増大を回避する必要があること等を考慮すると,定年退職後の継続雇用におけ
る賃金を定年退職時より引き下げること自体が不合理であるとはいえない。また,
定年退職後の継続雇用において職務内容やその変更の範囲等が変わらないまま相当
程度賃金を引き下げることは広く行われており,被上告人が嘱託乗務員について正
社員との賃金の差額を縮める努力をしたこと等からすれば,上告人らの賃金が定年
退職前より2割前後減額されたことをもって直ちに不合理であるとはいえず,嘱託
乗務員と正社員との賃金に関する労働条件の相違が労働契約法20条に違反すると
いうことはできない。
4しかしながら,原審の上記判断のうち,精勤手当及び超勤手当(時間外手
当)を除く本件各賃金項目に係る労働条件の相違が労働契約法20条に違反しない
とした部分は結論において是認することができるが,上記各手当に係る労働条件の
相違が同条に違反しないとした部分は是認することができない。その理由は,次の
とおりである。
(1)労働契約法20条は,有期労働契約を締結している労働者(以下「有期契
約労働者」という。)の労働条件が,期間の定めがあることにより同一の使用者と
無期労働契約を締結している労働者(以下「無期契約労働者」という。)の労働条
件と相違する場合においては,当該労働条件の相違は,労働者の業務の内容及び当
該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。),当該職務の内容及び配
置の変更の範囲その他の事情を考慮して,不合理と認められるものであってはなら
ない旨を定めている。同条は,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件に相
違があり得ることを前提に,職務の内容,当該職務の内容及び配置の変更の範囲そ
の他の事情(以下「職務の内容等」という。)を考慮して,その相違が不合理と認
められるものであってはならないとするものであり,職務の内容等の違いに応じた
均衡のとれた処遇を求める規定であると解される(最高裁平成28年(受)第20
99号,第2100号同30年6月1日第二小法廷判決参照)。
(2)労働契約法20条にいう「期間の定めがあることにより」とは,有期契約
労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じた
ものであることをいうものと解するのが相当である(前掲最高裁第二小法廷判決参
照)。被上告人の嘱託乗務員と正社員との本件各賃金項目に係る労働条件の相違
は,嘱託乗務員の賃金に関する労働条件が,正社員に適用される賃金規定等ではな
く,嘱託社員規則に基づく嘱託社員労働契約によって定められることにより生じて
いるものであるから,当該相違は期間の定めの有無に関連して生じたものであると
いうことができる。したがって,嘱託乗務員と正社員の本件各賃金項目に係る労働
条件は,同条にいう期間の定めがあることにより相違している場合に当たる。
(3)ア労働契約法20条にいう「不合理と認められるもの」とは,有期契約労
働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができる
ものであることをいうと解するのが相当である(前掲最高裁第二小法廷判決参
照)。
イ被上告人における嘱託乗務員及び正社員は,その業務の内容及び当該業務に
伴う責任の程度に違いはなく,業務の都合により配置転換等を命じられることがあ
る点でも違いはないから,両者は,職務の内容並びに当該職務の内容及び配置の変
更の範囲(以下,併せて「職務内容及び変更範囲」という。)において相違はない
ということができる。
しかしながら,労働者の賃金に関する労働条件は,労働者の職務内容及び変更範
囲により一義的に定まるものではなく,使用者は,雇用及び人事に関する経営判断
の観点から,労働者の職務内容及び変更範囲にとどまらない様々な事情を考慮し
て,労働者の賃金に関する労働条件を検討するものということができる。また,労
働者の賃金に関する労働条件の在り方については,基本的には,団体交渉等による
労使自治に委ねられるべき部分が大きいということもできる。そして,労働契約法
20条は,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認めら
れるものであるか否かを判断する際に考慮する事情として,「その他の事情」を挙
げているところ,その内容を職務内容及び変更範囲に関連する事情に限定すべき理
由は見当たらない。
したがって,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認
められるものであるか否かを判断する際に考慮されることとなる事情は,労働者の
職務内容及び変更範囲並びにこれらに関連する事情に限定されるものではないとい
うべきである。
ウ被上告人における嘱託乗務員は,被上告人を定年退職した後に,有期労働契
約により再雇用された者である。
定年制は,使用者が,その雇用する労働者の長期雇用や年功的処遇を前提としな
がら,人事の刷新等により組織運営の適正化を図るとともに,賃金コストを一定限
度に抑制するための制度ということができるところ,定年制の下における無期契約
労働者の賃金体系は,当該労働者を定年退職するまで長期間雇用することを前提に
定められたものであることが少なくないと解される。これに対し,使用者が定年退
職者を有期労働契約により再雇用する場合,当該者を長期間雇用することは通常予
定されていない。また,定年退職後に再雇用される有期契約労働者は,定年退職す
るまでの間,無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり,一定の要件
を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。そして,このよう
な事情は,定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系の在り方を検討す
るに当たって,その基礎になるものであるということができる。
そうすると,有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは,当該
有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるもので
あるか否かの判断において,労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮
されることとなる事情に当たると解するのが相当である。
(4)本件においては,被上告人における嘱託乗務員と正社員との本件各賃金項
目に係る労働条件の相違が問題となるところ,労働者の賃金が複数の賃金項目から
構成されている場合,個々の賃金項目に係る賃金は,通常,賃金項目ごとに,その
趣旨を異にするものであるということができる。そして,有期契約労働者と無期契
約労働者との賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否
かを判断するに当たっては,当該賃金項目の趣旨により,その考慮すべき事情や考
慮の仕方も異なり得るというべきである。
そうすると,有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条
件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,両者の
賃金の総額を比較することのみによるのではなく,当該賃金項目の趣旨を個別に考
慮すべきものと解するのが相当である。
なお,ある賃金項目の有無及び内容が,他の賃金項目の有無及び内容を踏まえて
決定される場合もあり得るところ,そのような事情も,有期契約労働者と無期契約
労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものである
か否かを判断するに当たり考慮されることになるものと解される。
(5)上記(1)から(4)までで述べたところを踏まえて,被上告人における嘱託乗
務員と正社員との本件各賃金項目に係る労働条件の相違が,労働契約法20条にい
う不合理と認められるものに当たるか否かについて検討する。
ア嘱託乗務員に対して能率給及び職務給が支給されないこと等について
被上告人は,正社員に対し,基本給,能率給及び職務給を支給しているが,嘱託
乗務員に対しては,基本賃金及び歩合給を支給し,能率給及び職務給を支給してい
ない。基本給及び基本賃金は,労務の成果である乗務員の稼働額にかかわらず,従
業員に対して固定的に支給される賃金であるところ,上告人らの基本賃金の額は,
いずれも定年退職時における基本給の額を上回っている。また,能率給及び歩合給
は,労務の成果に対する賃金であるところ,その額は,いずれも職種に応じた係数
を乗務員の月稼働額に乗ずる方法によって計算するものとされ,嘱託乗務員の歩合
給に係る係数は,正社員の能率給に係る係数の約2倍から約3倍に設定されてい
る。そして,被上告人は,本件組合との団体交渉を経て,嘱託乗務員の基本賃金を
増額し,歩合給に係る係数の一部を嘱託乗務員に有利に変更している。このような
賃金体系の定め方に鑑みれば,被上告人は,嘱託乗務員について,正社員と異なる
賃金体系を採用するに当たり,職種に応じて額が定められる職務給を支給しない代
わりに,基本賃金の額を定年退職時の基本給の水準以上とすることによって収入の
安定に配慮するとともに,歩合給に係る係数を能率給よりも高く設定することによ
って労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫しているということができ
る。そうである以上,嘱託乗務員に対して能率給及び職務給が支給されないこと等
による労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断に当たって
は,嘱託乗務員の基本賃金及び歩合給が,正社員の基本給,能率給及び職務給に対
応するものであることを考慮する必要があるというべきである。そして,第1審判
決別紙5及び6に基づいて,本件賃金につき基本賃金及び歩合給を合計した金額並
びに本件試算賃金につき基本給,能率給及び職務給を合計した金額を上告人ごとに
計算すると,前者の金額は後者の金額より少ないが,その差は上告人X1につき約
10%,上告人X2につき約12%,上告人X3につき約2%にとどまっている。
さらに,嘱託乗務員は定年退職後に再雇用された者であり,一定の要件を満たせ
ば老齢厚生年金の支給を受けることができる上,被上告人は,本件組合との団体交
渉を経て,老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間,嘱託乗務員
に対して2万円の調整給を支給することとしている。
これらの事情を総合考慮すると,嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲
が同一であるといった事情を踏まえても,正社員に対して能率給及び職務給を支給
する一方で,嘱託乗務員に対して能率給及び職務給を支給せずに歩合給を支給する
という労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものとはいえない
から,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが
相当である。
イ嘱託乗務員に対して精勤手当が支給されないことについて
被上告人における精勤手当は,その支給要件及び内容に照らせば,従業員に対し
て休日以外は1日も欠かさずに出勤することを奨励する趣旨で支給されるものであ
るということができる。そして,被上告人の嘱託乗務員と正社員との職務の内容が
同一である以上,両者の間で,その皆勤を奨励する必要性に相違はないというべき
である。なお,嘱託乗務員の歩合給に係る係数が正社員の能率給に係る係数よりも
有利に設定されていることには,被上告人が嘱託乗務員に対して労務の成果である
稼働額を増やすことを奨励する趣旨が含まれているとみることもできるが,精勤手
当は,従業員の皆勤という事実に基づいて支給されるものであるから,歩合給及び
能率給に係る係数が異なることをもって,嘱託乗務員に精勤手当を支給しないこと
が不合理でないということはできない。
したがって,正社員に対して精勤手当を支給する一方で,嘱託乗務員に対してこ
れを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるも
のであるから,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解する
のが相当である。
ウ嘱託乗務員に対して住宅手当及び家族手当が支給されないことについて
被上告人における住宅手当及び家族手当は,その支給要件及び内容に照らせば,
前者は従業員の住宅費の負担に対する補助として,後者は従業員の家族を扶養する
ための生活費に対する補助として,それぞれ支給されるものであるということがで
きる。上記各手当は,いずれも労働者の提供する労務を金銭的に評価して支給され
るものではなく,従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨で支給されるもので
あるから,使用者がそのような賃金項目の要否や内容を検討するに当たっては,上
記の趣旨に照らして,労働者の生活に関する諸事情を考慮することになるものと解
される。被上告人における正社員には,嘱託乗務員と異なり,幅広い世代の労働者
が存在し得るところ,そのような正社員について住宅費及び家族を扶養するための
生活費を補助することには相応の理由があるということができる。他方において,
嘱託乗務員は,正社員として勤続した後に定年退職した者であり,老齢厚生年金の
支給を受けることが予定され,その報酬比例部分の支給が開始されるまでは被上告
人から調整給を支給されることとなっているものである。
これらの事情を総合考慮すると,嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲
が同一であるといった事情を踏まえても,正社員に対して住宅手当及び家族手当を
支給する一方で,嘱託乗務員に対してこれらを支給しないという労働条件の相違
は,不合理であると評価することができるものとはいえないから,労働契約法20
条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。
エ嘱託乗務員に対して役付手当が支給されないことについて
上告人らは,嘱託乗務員に対して役付手当が支給されないことが不合理である理
由として,役付手当が年功給,勤続給的性格のものである旨主張しているところ,
被上告人における役付手当は,その支給要件及び内容に照らせば,正社員の中から
指定された役付者であることに対して支給されるものであるということができ,上
告人らの主張するような性格のものということはできない。したがって,正社員に
対して役付手当を支給する一方で,嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労
働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるという
ことはできない。
オ嘱託乗務員の時間外手当と正社員の超勤手当の相違について
正社員の超勤手当及び嘱託乗務員の時間外手当は,いずれも従業員の時間外労働
等に対して労働基準法所定の割増賃金を支払う趣旨で支給されるものであるといえ
る。被上告人は,正社員と嘱託乗務員の賃金体系を区別して定めているところ,割
増賃金の算定に当たり,割増率その他の計算方法を両者で区別していることはうか
がわれない。しかしながら,前記イで述べたとおり,嘱託乗務員に精勤手当を支給
しないことは,不合理であると評価することができるものに当たり,正社員の超勤
手当の計算の基礎に精勤手当が含まれるにもかかわらず,嘱託乗務員の時間外手当
の計算の基礎には精勤手当が含まれないという労働条件の相違は,不合理であると
評価することができるものであるから,労働契約法20条にいう不合理と認められ
るものに当たると解するのが相当である。
カ嘱託乗務員に対して賞与が支給されないことについて
賞与は,月例賃金とは別に支給される一時金であり,労務の対価の後払い,功労
報償,生活費の補助,労働者の意欲向上等といった多様な趣旨を含み得るものであ
る。嘱託乗務員は,定年退職後に再雇用された者であり,定年退職に当たり退職金
の支給を受けるほか,老齢厚生年金の支給を受けることが予定され,その報酬比例
部分の支給が開始されるまでの間は被上告人から調整給の支給を受けることも予定
されている。また,本件再雇用者採用条件によれば,嘱託乗務員の賃金(年収)は
定年退職前の79%程度となることが想定されるものであり,嘱託乗務員の賃金体
系は,前記アで述べたとおり,嘱託乗務員の収入の安定に配慮しながら,労務の成
果が賃金に反映されやすくなるように工夫した内容になっている。
これらの事情を総合考慮すると,嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲
が同一であり,正社員に対する賞与が基本給の5か月分とされているとの事情を踏
まえても,正社員に対して賞与を支給する一方で,嘱託乗務員に対してこれを支給
しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものとはい
えないから,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解す
るのが相当である。
(6)ア以上のとおり,嘱託乗務員と正社員との精勤手当及び超勤手当(時間外
手当)を除く本件各賃金項目に係る労働条件の相違については,労働契約法20条
にいう不合理と認められるものに当たるということはできないから,上記各手当を
除く本件各賃金項目に係る上告人らの主位的請求及び予備的請求はいずれも理由が
ない。
イこれに対し,嘱託乗務員と正社員との精勤手当及び超勤手当(時間外手当)
に係る労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当た
る。しかしながら,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が同条に
違反する場合であっても,同条の効力により,当該有期契約労働者の労働条件が比
較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではないと解す
るのが相当である(前掲最高裁第二小法廷判決参照)。また,被上告人は,嘱託乗
務員について,従業員規則とは別に嘱託社員規則を定め,嘱託乗務員の賃金に関す
る労働条件を,従業員規則に基づく賃金規定等ではなく,嘱託社員規則に基づく嘱
託社員労働契約によって定めることとしている。そして,嘱託社員労働契約の内容
となる本件再雇用者採用条件は,精勤手当について何ら定めておらず,嘱託乗務員
に対する精勤手当の支給を予定していない。このような就業規則等の定めにも鑑み
れば,嘱託乗務員である上告人らが精勤手当の支給を受けることのできる労働契約
上の地位にあるものと解することは,就業規則の合理的な解釈としても困難であ
る。さらに,嘱託乗務員の時間外手当の算定に当たり,嘱託乗務員への支給が予定
されていない精勤手当を割増賃金の計算の基礎となる賃金に含めるべきであると解
することもできない。
したがって,精勤手当及び超勤手当(時間外手当)に係る上告人らの主位的請求
は理由がない。
ウ(ア)そこで,精勤手当に係る上告人らの予備的請求について検討すると,前
記(5)イで述べたとおり,上告人らに精勤手当を支給しないことは労働契約法20
条に違反するものである。また,被上告人が,本件組合との団体交渉において,嘱
託乗務員の労働条件の改善を求められていたという経緯に鑑みても,被上告人が,
嘱託乗務員に精勤手当を支給しないという違法な取扱いをしたことについては,過
失があったというべきである。そして,上告人らは,第1審判決別紙2から4まで
の各「精勤手当」欄記載のとおり,正社員であれば支給を受けることができた精勤
手当の額(上告人X1につき合計9万円,上告人X2につき合計5万円,上告人X
3につき合計6万円)に相当する損害を被ったということができる。そうすると,
精勤手当に係る上告人らの予備的請求は理由があり,被上告人は,上告人らに対
し,不法行為に基づく損害賠償として,上記金額の損害賠償金及びこれに対する精
勤手当の各支払期日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
の支払義務を負う。
(イ)また,時間外手当に係る上告人らの予備的請求について検討すると,前記
(5)オで述べたとおり,上告人らに対し,精勤手当を計算の基礎に含めて計算した
時間外手当を支給しないことは,労働契約法20条に違反するものであり,被上告
人がそのような違法な取扱いをしたことについては,過失があったというべきであ
る。したがって,被上告人は,上記取扱いにより上告人らが被った損害について,
不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
5以上によれば,上告人らの主位的請求並びに精勤手当及び超勤手当(時間外
手当)を除く本件各賃金項目に係る予備的請求をいずれも棄却した原審の判断は,
結論において是認することができ,この点に関する論旨は採用することができな
い。他方,上告人らの予備的請求を棄却した原審の判断のうち,上記各手当に関す
る部分は,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,破棄を免れず,
この点に関する論旨は理由がある。そこで,原判決中,上告人らの上記各手当に係
る予備的請求に関する部分を破棄し,精勤手当に係る上告人らの予備的請求につい
ては,これを認容することとし,超勤手当(時間外手当)に係る上告人らの予備的
請求については,上告人らの時間外手当の計算の基礎に精勤手当が含まれなかった
ことによる損害の有無及び額につき更に審理を尽くさせるため,これを原審に差し
戻すこととし,その余の上告は理由がないから,これを棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官山本庸幸裁判官鬼丸かおる裁判官菅野博之裁判官
三浦守)

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