弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
       事   実
 控訴代理人は、「原判決を取消す、被控訴人は、公共企業体仲裁控訴委員会が訴
訟人と被控訴人間の「賃金ベースの改訂および年末賞与金の支給その他に関する紛
争」について、昭和二四年一二月二日にした裁定第四項に基づいて、昭和二五年三
月三一日にした原判決別紙(二)の仲裁指示の実行義務あることを確認する。訴訟
費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は
控訴棄却の判決を求めた。
 当事者双方の主張および証拠関係は、左記の外、原判決事実摘示のとおりである
から、これを引用する。
第一、控訴人の主張
一、公労法三五条但書の規定は、憲法二五条、二八条、三一条に違反する。
 仲裁裁定の制度は、憲法二八条の保障する団体行動権を剥奪した代償として設け
られたものであるから、右裁定の効力を公労法三五条但書の規定のように制限する
ことは、合理的理由なく公共企業体等の労働者の生存権、団体行動権を制限剥奪す
るものであり、憲法二五条、二八条および三一条に違反するといわなければならな
い。
(1) 争議行為禁止の代償措置としての仲裁の憲法上の意義
 そもそも仲裁制度は周知のように、国鉄職員に対し、争議権を剥奪する代償とし
て特に設けられたものである。したがつてそれは、憲法二八条が基本的人権として
保障している争議権の代償として、また憲法二五条の「文化的な最低限度の生活を
営む権利」の、具体的保障としての意味を有するものであるから、それが実効性を
もつことは、制度の不可欠の前提である。すなわち労働基本権の制限は、合理性の
認められる必要最少限度にとどめなければならず、その制限がやむを得ない場合に
は、これに見合う代償措置が講ぜられなければならないのであつて、仲裁制度は右
のような代償機能を営むにふさわしいものでなければならない。
 ところで仲裁裁定は、第三者をもつて構成する労使紛争の最終的決定機関の決定
であり、だからこそ公労法三五条本文は、「仲裁委員会の裁定に対しては、当事者
は、双方とも最終的決定としてこれに服従しなければならない」としているのであ
るが、同条但書によつて、予算上又は資金上、不可能な資金の支出を内容とするも
のであるときは、結局裁定は拘束力をもたないことになる。これは、予算の拘束力
を裁定の効力に優先させたものであるが、このような規定は、以下の理由により著
しく不合理であり、かつ「代償措置」としての機能を甚しく減殺するものである。
(2) 予算の性格からみた場合の不合理性
 そもそも予算上の拘束をもつて、国家機関と第三者との権利義務関係を規制する
ことは、予算制度の本質に反する。予算の性格は、講学上説の分れるところである
が、「予算の承認は、国会が政府に対して一年間の行政計画を承認する意思表示で
あつて、専ら国会と政府との間に効力を有する。」と説かれ、あるいは、「予算
は、いわば、国家内部的に、国家機関の行為のみを規律し、しかも一会計年度の具
体的の行為を規律するという点で、一般国民の行為を一般的に規律する法令と区別
される。」と説明されている。
 このように予算は、国家機関が資金を支出する場合の内部規律であるから、第三
者を拘束しない。国会に予算審議権があるのは、政府機関が恣意的に資金を支出す
ることを抑制するためであつて、国民の権利に対する補償や損害賠償を制限するも
のではない。国家機関は、予算不足の故をもつて、国民との間に生じた債務を免れ
うるものではないし、予算の効力は国民に及ばない。
 労働組合は、国家機関でないことはいうまでもなく、予算の拘束力をうける立場
にない。いわんや、仲裁委員会は、裁判所と同様の機能を営む第三者機関であるか
ら、その裁定の効力を、公共企業体内部の予算や資金の事情にかからせることは、
予算制度の本来の趣旨を著しく超えたものである。
(3) 他の公団等との比較からみた場合の不合理性
 現に、三公社以外に、政府全額出資による公団、公庫は百近く存在する。例えば
道路公団、中小企業金融公庫、日本輸出入銀行等々。これらはすべて政府全額出資
の公法人であり、いずれも公共企業体同様、その予算は、政府関係機関予算として
国会の承認を要する。さらに関係主務大臣等の監督をうけ、予算の移流用は主務大
臣の承認のない限り禁止されているが、公労法三五条但書、一六条のような規定は
設けられていない。
 右の各公団等の法的性格は、財政面からみれば、公共企業体と何ら異るところが
ないのであるから、これを公共企業体と区別して取扱う合理的根拠は存しない。も
し、公共企業体の財政面の特殊性を理由に、公労法三五条但書のような規定が必要
であるというのであれば、他の公団等に何らそのような規定が存しないことの説明
ができない。公共企業体のみを他の公団等と区別し、差別的に取扱うことは、この
点のみをもつてしても憲法三一条に違反する。
(4) 国際労働慣行からみた場合の不合理性
 仲裁裁定は前述のように、団体行動権を剥奪したことの代償措置として設けられ
ているのであるから、その効力を国会または政府機関の自由裁量的承認にかからせ
るのでは、到底有効な代償措置といえない。このような法制度は、世界の労働法制
に例をみないところであつて、国際的な労働慣例および通念にも反している。
 昭和三六年五月、I・L・O結社の自由委員会が承認した五四次報告によれば、
公労法三五条は次のとおり批判されている。
「本委員会は理事会に対し、次のとおり勧告する。
(a) 基幹的な事業又は職業に従事する労働者のストライキが制限または禁止さ
れる場合、その制限または禁止には、あつせん手続およびその裁定があらゆる場合
において両当事者を拘束する公平な仲裁機関が付随すべきであり、かつ、かかる裁
定は、一旦下されたときは完全にかつ迅速に実施されるべきであるという原則に、
本委員会の付している重要性に対し、日本政府の注意を喚起すること、
(b) 大部分の裁定はこれまで完全に実施されてきたとの、日本政府の言明に留
意しつつも、これに関連して、理事会が、立法機関への予算権の留保は、強制仲裁
機関の下した裁定の条項にしたがうことを妨げるような効果をもつべきでないとい
う原則に付した重要性、およびこの慣行からの離脱は、前号にかかげる原則の効果
的な実施を侵害するであろうとの理事会の見解に、日本政府の注意を喚起するこ
と、
(c) 公共企業体および国営企業における争議の解決を規制する法律を、前記の
諸原則に照らして検討し、かつ、前記の諸原則が効果的に適用されることを確保す
るために、右の法律および現行の慣行に対し、いかなる修正を加えることが望まし
いかを検討するよう配慮することを、日本政府に示させること、」
 さらに、昭和四〇年ドライヤーを委員長とする「結社の自由に関する実情調査委
員会」は、日本の官公労使問題を調査して理事会に報告しその承認をうけたが、そ
の報告書では、公労法三五条但書、一六条について次のとおり指摘している。
「本委員会の見解によれば、これらの法律の規定およびこれらに起因する慣行の存
在は、団体交渉および仲裁の手続の、公平性と有用性に対する信頼をそこなわざる
をえない。したがつて、本委員会は、右に述べた状態が、結社の自由委員会の勧告
に照らして、早期にかつ徹底的に再検討されるよう勧告する。」
 以上のとおり、国際連合の関連機関であり、国際的な労働慣行と通念を代表する
I・L・Oにおいても、公労法三五条但書は不合理であり、ストライキ禁止に不可
欠な代償措置としての機能を果たしていないことが、明確に指摘されているのであ
る。
 憲法九八条二項は、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを
誠実に遵守することを必要とする。」旨定めているのであつて、公労法三五条但書
について示された、右I・L・Oの勧告および意見は、最大限に尊重されるべきで
あること多言を要しない。
 したがつて同条但書は、仲裁裁定の憲法上の意義、他の政府機関法制との比較等
からの検討と相俟つて、憲法二五条、二八条、三一条に違反するものである。
二、公労法三五条但書が、公共企業体労働者の生存権を危くするように運用された
事実について、
 右にのべたように、公労法三五条は、理論上も団体行動権剥奪の代償でありえな
いのみならず、社会的現実からしても、公共企業体労働者の生存権を危くし、労使
紛争激化の原因をなすように運用された。
 すなわち本件係争仲裁裁定は、公労法施行後、国鉄に関する第一回の基本賃金に
関する仲裁裁定であつたが、これが履行されなかつたことによつて、控訴組合は重
大な打撃をうけ、かつ、わが国における「法の支配」は根本的に揺がざるをえなく
なつた。
 すなわち、代償措置たる仲裁制度の機能と効果に期待していた控訴組合は、四五
億円の支払を命ずる仲裁裁定中、実に二九億九五〇〇万円が不履行となり、しかも
被控訴人自らが予算内の措置として履行可能であると言明した一八億七四三万七〇
〇〇円中、三億二四三万七〇〇〇円については、主務大臣の承認がないことを理由
に履行が拒否されたことによつて、組合員の最低生活の保障され奪われ、組合の存
立の危機に立たされることになつた。
 そのため、控訴組合は、右仲裁裁定の履行について再度にわたり裁判所に仮処分
を申請した外、昭和二七年度以降も仲裁裁定の完全実施を求めて、運転保安規整運
動などの抗議闘争を行うことを余儀なくされたのである。
 このように、本件仲裁裁定の不履行は、その後二十数年にわたり、国鉄における
労使関係を悪化させる決定的原因となつた。本件を判断するに当つては、以上のよ
うな事実を無視することはできないであろう。
三、本件仲裁裁定の内容は損害賠償的性格を有するものであるから、このような場
合にまで公労法三五条但書の適用があるとすれば、右規定は憲法二九条、三一条に
違反するばかりでなく、憲法二五条、二八条にも違反する。
 本件仲裁裁定は、控訴組合の要求した賃金ベースの改訂ないし年末賞与金につい
てこれを認めず、控訴組合員がうけた待遇切下げによる損失補償についてのみこれ
を認めたもので、その内容は、損害賠償的性格を有するものである。
 すなわち、本件仲裁裁定審理中に、控訴組合から、「予算の関係で超過勤務手
当、夜勤手当、旅費などは、極度に低減又は制限され、実際に勤務しても手当の支
給をうけられない例を生じ、又宿舎料の値上げその他によつて、非常な待遇低下と
なつた。」との申出があり、仲裁委員会で調査を進めたところ、その額が意外に大
きく、控訴組合員のうけた損失は、一人当り月額一〇〇〇円を超え、損失額の総額
は、昭和二四年度において五八億円と推算された。
 仲裁委員会は第一に、現行賃金ベース設定の際よりも、生計費や民間賃金が上昇
しているにかかわらず、反対に待遇を切下げることは、社会通念として首肯できな
いこと、第二に、右待遇の切下げは、いわゆる無協約時代に、被控訴人の一方的意
思によつて、強行された不当なものであること、の二つの理由から、右の是正は、
本来損害賠償的性格をもつもので、当然全額補償されるべきが筋であるが、被控訴
人の支払能力を考慮して、損失総額五八億円の約八割に相当する四五億円について
の支払を認めたのである。
 本件仲裁裁定は右の経緯によつてされたものであるから、その内容は損害賠償的
性格を有するものである。そしてこのような場合にまでも、公労法三五条但書を適
用して、予算上又は資金上支出不可能なときは、国会の承認のない限り資金を支出
してはならないとするならば、その適用上、憲法二九条、三一条に違反するばかり
でなく、憲法二五条、二八条にも違反するものというべきである。
第二、被控訴人の主張
一、控訴人の一の主張について、
(一) 憲法二八条違反の主張について、
 憲法二八条の保障する争議権を、すべての勤労者に対し、代償措置なしに制限す
ることが、違憲であるとまでいえるかどうかは甚しく疑問である。
 現行法上、争議行為を、何らの代償なしに禁止されている勤労者としては、国家
公務員、地方公務員の外、労働関係調整法三六条に規定する安全保持の施設の維持
運行に従事する者がある。だとすると、争議行為禁止の理由は、担当する業務の性
格や内容によるものであり、それに対し、代償的措置があるかどうかは二次的のも
のであることが判る。国家公務員や地方公務員に対しては、争議権も仲裁制度も共
に認められていないが、だからといつて争議行為を禁止した国家公務員法九八条二
項、地方公務員法三七条一項が、合憲であることは明らかである。
 国鉄職員について争議が禁止されているのは、企業の公共性と重要性に基づくも
のであり、したがつてその労使の紛争を、迅速に、平和的合理的に解決するため、
仲裁制度が設けられたものである。
(二) 憲法二五条違反の主張について、
 憲法二五条が、「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有す
る。」と規定しているところから、勤労者が争議権を行使すれば、その生存権が必
ず確保されると解することは適当でない。
 私有財産制を基調とする資本主義経済体制のもとでは、生存権は、具体的には財
産をもつことにより、あるいは労働の機会をうることにより、確保されるわけであ
るが、財産をもつこと、労働の機会をうること、それ自体は資本主義経済組織とり
わけ自由主義経済体制のもとにおいては、一つの可能性であるにすぎない。
 争議権が、勤労者ないし労働者の生存確保のための手段であるからという理由
で、軽々にこれを制限すべきものでないということは、一応合理性のある議論では
あるが、労働者の生存の確保は、労働者を含めた国民全体の生存の確保の要請のう
ちに、調和的な実現をみるべきものであり、そのこととの関連から、必要な制約を
うけることを当然に予定している。また、争議権の行使についても、その前提とな
る資本制社会の構造を維持しつつ、その生存を確保しようとするものであることか
ら、これとの調和と妥協のあることも当然のことである。争議権制限の際に講ぜら
れなければならない代償措置というのも、資本制社会において労働者が争議権を行
使して確保できるのと同程度の代償措置を指し、これ以上でもこれ以下でもない。
 以上要するに、一般労働者が賃金の値上げを要求して争議権を行使しても、使用
者は、その支払能力を超え、企業が破壊される結果になるような場合に、その要求
に応ずることはできないのであるから、資本制社会においては、労働者が争議権の
行使によつて獲得しうる経済的利益には、おのずから合理的な限度があり、この限
度を公共企業体職員について定めたのが、公労法一六条であり、三五条但書であ
る。
 以上の観点に立つて考察すれば、公労法三五条但書が憲法二五条、二八条に違反
するという控訴人の主張は、失当であることは明らかである。
(三) 憲法三一条違反の主張について、
 憲法三一条の趣旨および適用範囲については、広狭さまざまに解釈されている。
控訴人は、憲法三一条を、財産的保障までも規定したものであると主張するものと
考えられるが、これでは、憲法二九条の外にも三一条が、二重に財産の保障をした
ことになり、正しい解釈といえない。かりにそうでないとしても、右主張は、すで
に述べたように、その前提となる公労法三五条但書が憲法二五条、二八条に違反す
るという主張が失当であるので、その前提を欠く主張となり失当である。
(四) 予算の性格からみた場合の控訴人の主張について、
 公労法は、仲裁裁定の定めた金額の支払について、それが予算上、資金上不可能
な資金の支出を内容とするものである限り、国鉄とその職員との関係を、控訴人主
張のように、第三者に対する支払関係とみていない。このことは、同法一六条、三
五条の規定文言からしても明らかなことである。
(五) 他の公団等との比較からみた場合の控訴人の主張について、
 政府全額出資の企業体や、国営ないし地方自治体経営の現業庁の労使関係を、法
律上どのように取扱うかは、一にその企業体なり、現業庁の行なう、業務の内容等
を勘案して、立法で定める問題である。その業務の性質が公共性の強いもので、そ
の停廃が国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれのあ
る場合には、その労使の紛争について仲裁制度を設け、その裁定に対し、公労法三
五条但書、一六条や地方公営企業労働関係法一六条、一〇条のような定めをして
も、すでに述べたところによつて明らかなように、これらの規定は憲法に違反する
ものではない。
(六) 国際労働慣行からみた場合の控訴人の主張について、
 控訴人は昭和三六年五月のI・L・Oの五四次報告や昭和四〇年のドライヤー報
告を挙げている。しかし右報告は、憲法九八条二項にいう「条約」でなく、また
「確立された国際法規」ともいえず、したがつて、同条違反の問題は起らないもの
である。
二、控訴人の三の主張について、
 本件仲裁裁定は、損害賠償的のものではない。
 被控訴人は、右裁定書にいうところの、「職員に対する待遇の切下げ」という事
実はこれを争わないものであるが、昇給昇格の繰延べ、宿舎料の値上げ等、いわゆ
る職員に対する待遇の切下げは、一般の企業においても、その経営が苦しくなれ
ば、経費を切詰めるため、やむを得ずとる通常の手段で、それが待遇の低下とはい
えても、職員に対する労働契約上の権利を侵害したとか、あるいは労働契約上の債
務を履行しなかつたとか、いえるものではない。
 したがつて、この点について損害賠償というようなことは考えられないし、ま
た、これと関連しての憲法違反ということも考えられないのである。
第三、当審における証拠関係(省略)
       理   由
 当裁判所も、控訴人の訴の変更は許容されるが、右請求は失当であると判断す
る。その理由は、次に記載する外、原判決の理由と同一であるから、右記載を引用
する。
第一、公労法三五条但書の規定が、憲法二八条、二五条、三一条に違反するとの主
張について、
一、控訴人は、仲裁裁定の制度は、争議権剥奪の代償的機能を営むものであるか
ら、その趣旨に添わない公労法三五条但書の規定は、憲法二八条に違反すると主張
しているので、この点について判断する。
(一) 勤労者の団結権、団体交渉権、争議権等の労働基本権は、すべての勤労者
を通じ、その生存権保障の理念に基づいて憲法二八条の保障するところであるが、
これらの権利であつても、もとより何らの制約も許されない絶対的なものではな
く、国民生活全体の利益の保障という見地からの制約を、当然に内包しているもの
と解釈しなければならない。
 そして本件で問題となつている国鉄については、公労法一七条一項が、その職員
に対し争議行為を禁止しているのであるが、そのことは、国鉄が公共企業体として
有する公共的性格の度合が強く、業務の停廃が国民経済を著しく阻害し、公衆の日
常生活を著しく危くするおそれがあることに基づくものとして是認せられるのであ
る。
 ところでこのように、勤労者の提供する職務または業務の性質により、労働基本
権を制限することがやむを得ない場合にも、これに見合う代償措置が講ぜられなけ
ればならないと解すべきものであつて、仲裁委員会のする仲裁の制度が、国鉄職員
に対し、争議行為を禁止したことに対する代償的機能を営むものであることは、否
定することができないであろう。
(二) ところが、公労法三五条本文(昭和三一年法一〇八号による改正前のも
の)は、「仲裁委員会の裁定に対しては、当事者双方とも最終的決定としてこれに
服従しなければならない。」と定めながら、同条但書は、「但し第一六条に規定す
る事項について、裁定の行なわれたときは、同条の定めるところによる。」とし、
公共企業体の、予算上または資金上不可能な資金の支出を内容とする裁定は、政府
を拘束せず、国会の承認のない限り、そのような裁定に基づいて、いかなる資金の
支出もしてはならないとしている。
 そして国鉄の経理を客観的にみて、既定予算内における「目」の流用により裁定
の履行が可能であつても、大蔵大臣がその流用を承認しないときは、右にいう予算
上不可能な資金の支出に当ると解すべきことは、前記説示のとおりであるから、こ
の場合右仲裁裁定は拘束力を有しない。
 そこで控訴人は、このような仲裁裁定では、前記代償機能を果たすことができな
いから、憲法二八条に違反すると主張するのである。
 確かに、原本の存在とその成立に争のない甲第三号証の一、二によれば、被控訴
人である国鉄の人件費は、予算上いずれも「目」において規定されていることが認
められるので、職員の給与の改善を内容とする裁定を履行するためには、少くとも
予算の流用を必要とするのが通常である。そして予算の流用が許されるかどうかが
大蔵大臣の承認の有無によつて左右され、右承認をするかどうかは大蔵大臣の裁量
によるものだとすると、仲裁裁定の実効は、さらにそれだけ減殺されることにな
る。
 この意味において、予算の流用の承認が、仲裁裁定に基づく給与の支出に関する
場合は、他の一般の行政上の必要に基づく場合とは事情を異にする面があるといわ
なければならない。昭和三一年の改正の際、公労法三五条に、「・・・政府は、当
該裁定が実施されるように、できる限り努力しなければならない。」との規定が加
えられたのも、この点に関する正しい認識に基づくものということができる。
(三) しかしながら、代償措置としての仲裁裁定に絶対性をもたせ、政府や国会
を拘束するのでなければ、憲法二八条に違反するとまでいわなければならないかど
うかは別個の問題である。なぜかといえば、国鉄職員の権利の保護という点だけか
らいえば、裁定が必ず実行されるという制度的保障のあることが望ましいのはいう
までもないが、他面、国鉄の財政上の能力が、裁定の効力にも影響を及ぼさざるを
得ないのであつて、この点の立法については、両者の間の調整が必要となるからで
ある。そこで次にこの点について検討する。
(1) 前述のとおり国鉄は、従前国有国営であつた鉄道事業が、法人格を与えら
れて独立したものであつて、一応企業体としての、独立性と自主性が認められては
いるが、その資本は全額政府出資であり、その予算は国の予算と同様に取扱われて
いたものである。であるから、国鉄の歳出入予算は、国会の議決を経なければなら
ないものであり、給与等の資金の支出は、この予算どおり執行されなければならな
い。また、国鉄が財政の面において国の行政機関と同一に取扱われることから、国
鉄職員の給与についても国家公務員に準ずる取扱を必要とし、給与等が労働協約や
裁定によつて定まつた場合にも、予算を通して国会がこれを審議する機会を有する
べきものである。その場合、既定予算どおりの資金の支出によつて履行可能な協約
および裁定については、国会はすでに右予算の審議を通じ、その内容を包括的に承
認しているのであるから、再度国会の審議および承認を必要としない。これに反
し、既定予算どおりの資金の支出によつては、履行することのできない協約および
裁定については、国会はまだその内容について審議せず、したがつて承認もしてい
ないから、新たにこれを国会の審議に付した上、その議決に従つて処理することを
要する。公労法一六条、三五条但書の規定は、この要請に基づいて設けられたもの
と解すべきである。
 ただ前記のように、予算の流用の制度があり、これによつて大蔵大臣の承認があ
れば、実質的に予算を組替えたと同様の結果となるのである。だとすれば、大蔵大
臣が流用について承認を与えるかどうかの決定は、国会が予算の組替えをするのと
同様の立場から、すなわち単に国鉄の財政面からだけでなく、国政および国家予算
全般という政治的行政的立場から行なうべきものであり、しかも、もし承認を与え
なかつた結果支出不可能となつたときは、政府は一定期間内に、裁定を国会に付議
してその承認を求める手続をとらなければならない義務を負担し、最終的には国会
の決するところに従うこととしている。
 以上を要するに、公労法三五条但書の規定が設けられたのは、国鉄の予算につい
て、国会の審議権を確保する必要によるものであり、右但書により、大蔵大臣の承
認のない限り、予算の流用により仲裁裁定を履行することができないとされるの
も、同様の理由によるものである。
(2) 一方、右のような仲裁制度が代償措置としての機能を果たしえないという
のは当らない。すなわち、政府が裁定実施のため努力する義務を負うことは、それ
が明文化される以前においても、仲裁制度の趣旨からいつて当然のことであつたの
であるから、政府および関係者の良識により、事態の円滑な処理が可能なのであつ
て、仲裁制度が国鉄職員の権利の保護に資する程度は、争議権の行使による場合に
比して著しく劣るものとはいえないからである。現に本件裁定においても、大蔵大
臣は、国鉄が支出可能とした一八億七四三万八〇〇〇円のうち、一五億五〇〇万円
について流用を承認しているのである。
 以上のとおりであるから、仲裁裁定の効力の制限はやむを得ないものであり、右
制限にもかかわらず、仲裁制度に対し、職員の労働条件の維持向上の保障としての
役割を十分期待できるものというべきである。したがつて、仲裁裁定に絶対性をも
たせ、仲裁裁定は少なくとも政府を拘束するものでなければならないとし、この趣
旨に反する公労法三五条但書の規定は憲法二八条に違反するという、控訴人の主張
は、その理由がないことは明らかである。
(四) もつとも従来、賃金改訂についての仲裁裁定のうち実施されなかつたもの
もあり、また実施の時期が、裁定の指示した時期よりも遅れたものが尠なくないこ
とは、公知の事実である。このような事態が、組合側をして、裁定を実施させるた
めの実力行使に向わせることともなつたであろうことは、容易に考えられるが、そ
のような事情を考慮に入れても、公労法三五条但書が憲法二八条に違反するものと
はいえない。
二、控訴人はまた、憲法二五条違反を主張している。
 しかしながら、憲法二五条は、すべて国民が、健康で文化的な最低限度の生活を
営むことができるよう国政を運営すべきことを、国家の責務として宣言したもので
あつて、これによつて国民が、直接に、現実的な生活権を保障せられたものではな
いから、公労法三五条但書が憲法二五条に違反するとして違憲立法審査の問題を生
ずる余地はない。
三、控訴人はさらに、公労法三五条但書の規定は、左記のような点からみても不合
理な規定であり、基本的人権制限の場合の憲法原則に反し、憲法三一条に違反する
と主張しているので、考えてみよう。
(一) 控訴人はまず、予算の性格からみた不合理をいう。
 しかしながら、公労法三五条但書、一六条は、国鉄の予算上または資金上不可能
な資金の支出を内容とする、協定ないし仲裁は、国会による承認があつたとき、始
めて効力を発生するとするものである。したがつて、すでに生じた国民の権利義務
を予算によつて左右するものではない。その意味において、控訴人のいうように、
「例えば国鉄に事故が起り、被害者に損害賠償を支払わなければならないときに、
予算がないとの理由でこれを拒否しえない。」というのとは、全く異なるものとい
わなければならない。
(二) 控訴人はまた、他の公団等との比較からみた場合の不合理をいう。
 しかしながら、同じく政府全額出資の企業体といつても、その労使関係をどのよ
うに取扱うかは、業務の内容等を勘案して立法で定める問題であるから、道路公
団、中小企業金融公庫、日本輸出入銀行等の、公団、公庫については公労法三五条
但書のような規定がないからといつて、右条項を憲法三一条違反ということはでき
ないし、また著しく不合理であるということにもならない。
(三) 控訴人はさらに、国際労働慣行からみた場合の不合理をいう。
 しかしながら、控訴人の挙げているI・L・Oの五四次報告やドライヤー報告
が、憲法九八条二項にいう「条約」でなく、また「確立された国際法規」ともいえ
ないことは明らかであるばかりでなく、右報告が現行制度の検討を勧告しているか
らといつて、公労法三五条但書の規定が著しく不合理であるとか、憲法違反である
とかいえないことは、いうまでもない。
 したがつて、憲法三一条について、かりにそれが、刑罰に対する保障のみならず
ひろく財産の保障までを含み、手続のみならず実体的要件についても定めたもので
あり、法律そのものが合理的な内容のものでなければならないということまでも要
求していると解するとしても、公労法三五条但書が憲法三一条に違反するといえな
いことはすでに述べたところから明らかである。
第二、控訴人は、本件仲裁裁定は、控訴人組合の職員が受けた待遇の切下げを是正
するという、損害賠償的性格を有するものであるから、このような場合にまで公労
法三五条但書を適用することは、憲法二九条、三一条、二五条、二八条に違反する
と主張している。
 しかしながら、本件裁定が、所論のように、国鉄の経理上の都合により、職員が
被つた待遇の切下げを是正したものであるとしても、仲裁裁定上の債務である以
上、特定の具体的な損害賠償請求権あるいは損失補償請求権に基いて給付を命ず
る、裁判や民訴法上の仲裁とは異なるのであるから、公労法三五条但書のような制
約を設けても、憲法二九条、三一条、二五条、二八条に違反するとはいえない。
 そうすると、控訴人の本訴請求を失当として棄却した原判決は相当であるから本
件控訴を棄却し、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して主文の
とおり判決する。
(裁判官 岩野徹 中島一郎 桜井敏雄)

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