弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     当審未決勾留日数のうち九十日を本刑に算入する。
     当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
         理    由
 弁護人鶴田常道の控訴趣意は、同弁護人および被告人提出の各控訴趣意書記載の
とおりである。
 右に対する判断。
 (一) 弁護人の控訴趣意第一点(採証法則違背)について。
 原判決が判示第一二の詐欺の事実に関する被告人の自白に対する補強証拠として
引用する、所論のAの司法警察員に対する供述調書は、所論のように、検察官より
判示第六の詐欺の事実を証明すべき証拠として提出され、被告人及び弁護人におい
てこれを証拠とすることに同意し、証拠調が行われたものであること、原審第一回
公判調書の記載によつて明らかである。
 所論によれば、右の供述調書のうち、判示第一二の事実に関する供述部分はすべ
て他人の供述を内容とするいわゆる伝聞に属し、これを証拠とすることに被告人の
同意があつたものとは解されず、従つて、右の供述調書は、判示第一二の事実に関
する限り証拠能力を欠くものとしなければならないというのである。
 よつてまず、判示第六及び第一二の各詐欺の事実と、右供述調書の記載内容とを
仔細に対比検討するのに、判示第六の事実は、被告人は昭和二九年三月四日頃福岡
県筑紫郡a村大字bA方において、返済の意思がないのにあるように装い同人に対
し「明日は必ず返すから貸してくれ」と嘘をいつて同人を欺罔し、同人から一、五
〇〇円の交付を受けて寸借名下にこれを騙取した旨、判示第一二の事実は、被告人
は同月七日頃同村大字b材木商B方において、代金支払の意思がないのにあるよう
に装い同人に対し「下宿先の家を修理するから材木を売つてくれ、代金は三月一〇
日に支払う」と嘘をいつて同人を欺罔し、同人から杉三寸五分角五木外木材三種
(時価合計一〇、二六〇円)の交付を受けて買受名下にこれを騙取した旨の事実で
あり、Aの右供述調書の記載によれば、(い)、Aは居村a村の村会議員であり土
木委員であつて昭和二八年一、二月頃同郡c町所在C土木事務所によく出入してい
た関係から、当時同土木事務所に勤務していた被告人と面識があつた。(ろ)、被
告人は昭和二九年三月三日頃Aのもとに赴き同人に対し「自分はC土木事務所に勤
務していて今隣村の河川工事の測量からの帰途であるが、実は家の縁先造築用の木
材が入要であるので、あなたの顔をきかせてbのD材木店から木材を少し借りても
らえないだろうか」との旨を申入れ、Aより名刺の提供方を求められるや、C土木
事務所E、住所筑紫郡d町efと記した名刺をAに交付した。(は)、Aは、被告
人がC土木事務所に勤務している身もとの確かな者であり、木材代金は確実にこれ
を支払うものであると信じ、かねて親交のあるD材木店に被告人とともに同道し、
主人が留守であつたので番頭に被告人を紹介し、「この人が来られたら木材を渡し
ておいて下さい、間違いないと思いますから」との旨を依頼したところ、被告人
は、その代金は三月一〇日頃には間違いなく支払うと申していた。(に)、その
後、BがAのもとに赴いて語るところによれば、「Dにおいて三月七日判示木材を
被告人に交付したが、被告人は約定の日を過ぎてもその代金を支払わないので土木
事務所に問い合せたところ、被告人はすでに昭和二八年中に同事務所を辞めている
という返事であつた。」(ほ)、Aはその話を聞いてはじめてだまされたと気がつ
いた。そして被告人から聞いていた住所等について種々調査したがついに被告人の
住所は判明しなかつた。(へ)、なお三月四日頃被告人はAのもとに赴き「建築の
方はとりやめることにした。
 今日はパチンコに負けた。明日は必ず返すから一、五〇〇円程貸してくれない
か」と申すので、Aは、被告人がD材木店より木材を受取らぬようになつたのであ
れば好都合であると思い、それでは明日必ず返してくれといつて一、五〇〇円を被
告人に交付したが、被告人はいまだにこれを返さない、というのである。すなわ
ち、右供述調書のうち、主として判示第六の事実に関係があるのは右(へ)項の部
分のみであつて、他の部分はことごとく判示第一二の事実に関連する事項であり、
なお、伝聞に属する部分は、わずかに右(に)項のみに過ぎず、右(に)項以外は
すべて供述者A自身の直接経験を内容とする供述であつて、しかも同供述部分は、
判示第一二の事実に関する被告人の自白を補強するのに十分であることが明らかで
ある。従つて、右の供述調書のうち、判示第一二の事実に関する部分がすべて伝聞
に属するものであるとする所論はあたらない。
 よつて進んで、右の供述調書を判示第一二の事実認定の証拠としたことの当否に
ついて審究するのに、そもそも刑訴規則第一八九条第一項に、証拠調の請求は、証
拠と証明すべき事実との関係を具体的に明示して、これをしなければならないと規
定し、同条第四項に、前各項の規定に違反してされた証拠調の請求は、これを却下
することができると定めているのは、証拠調の請求という方法による攻撃防禦の焦
点を明白ならしめることによつて、一方においては相手方当事者の訴訟上の利益を
はかるとともに、他方においては証拠調の範囲の決定その他裁判所による訴訟進行
の円滑適正に資する趣旨をも包含しているものと解せられる。従つて、成る事実立
証のためとして提出された証拠を、他の事実認定の証拠として用いる場合において
は、いやしくも不当に訴訟当事者の利益を害することのないように深甚の配慮を要
することは、もとより言をまたないところではある<要旨>が、或る事実立証のため
として提出された証拠であつても、当該訴訟における諸般の事情に照らして、不当
訴訟当事者の利益を害するおそれがないと認められる場合においては、こ
れを他の事実認定の証拠として用いることができるものと解するのが相当である。
 今、本件についてこれを見るのに、本件公訴事実は、一六箇の詐欺と二箇の横領
都合一八個の犯罪であつて、原判決引用にかかる被告人の警察、検察庁ならびに原
審公判における供述によれば、被告人は終始右の犯罪事実全部を自白してこれを争
つていないことが明らかであり、記録上その補強証拠にも何ら欠くるところなく、
現に、判示第一二の事実の補強証拠としては、Aの前記供述調書のほかに、判示第
一二の事実証明のためとして検察官より提出され、証拠とすることについての被告
人の同意があつて、証拠能力に欠くるところがなく、その内容も補強証拠たるに十
分であると認められる、D材木商店名義の請求書の存することも記録上明らかであ
り、被告人の自白の任意性または補強証拠の真実性を疑うべき何らの事由も認めら
れず、殊に、原審公判調書によれば、被告人は、Aの前記供述調書については、検
察官の請求にかかる他の証拠全部と共に何らの留保をとどめることなくしてこれを
証拠とすることに同意しているのであつて、右の同意をもつてそれが特に判示第六
の事実に限定しての同意であると解すべき格別の事由は全く存しない。以上各般の
事情は、判示第六の事実証明のためとして提出されたAの前記供述証書を、判示第
一二の事実に関する被告人の自白に対する補強証拠として用いることによつて、不
当に被告人の利益を害するおそれのない事情にあたるものと認められ、右の供述調
書は、判示第一二の事実に対する関係においても、これを証拠とすることについて
被告人の同意があつたものと解せられ、同供述調書は、判示第一二の事実に対する
関係においてその証拠能力を否定すべきいわれなく、従つて同供述調書を判示第一
二の事実に関する被告人の自白に対する補強証拠として用いた原判決には、何ら違
法の点はないというべきである。論旨は採用の限りでない。
 (二) 被告人の控訴趣意(事実誤認等)について。
 原判決摘示の事実は、原判決の挙示引用にかかる証拠によつてすべてこれを認定
するのに十分であり、証拠の取捨に関する原審裁判官の措置、証拠の証明力に関す
る原審裁判官の判断に、経験法則の違背等特に不合理とすべき事由なく、原判決に
所論のような事実誤認の違法があるものとは認められない。なお、所論の供述が所
論のような強制、誘導等によるものであることを疑うべき何らの事由も存しない。
論旨はすべて理由がない。
 (三) 弁護人および被告人その余の控訴趣慮(量刑不当)について。
 記録並びに証拠に現われている諸般の犯情に照らし、原判決の刑の量定は相当で
あると認められ、特にこれを不相当とすべき事由なく、所論の諸点を参酌考量して
も、なお原判決の刑の量定が相当でないものとは断じ難い。論旨は採用の限りでな
い。
 その他原判決を破棄すべき事由がないので、刑訴第三九六条により本件控訴を棄
却し、未決勾留日数の本刑算入につき刑法第二一条、訴訟費用の負担につき刑訴第
一八一条第一項を適用して、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 筒井義彦 裁判官 柳原幸雄 裁判官 岡林次郎)

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