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平成16年(ワ)第16732号特許権侵害差止請求事件
口頭弁論終結日 平成16年11月30日
判          決
       原       告   松下電器産業株式会社
       同訴訟代理人弁護士   大 野 聖 二
       同補佐人弁理士     田 中 久 子
       被       告   株式会社ジャストシステム
       同訴訟代理人弁護士   福 島 栄 一
       同           菅   尋 史
       同           永 田 早 苗
       同           大 向 尚 子
       同補佐人弁理士     木 村   満
       同           石 井 裕一郎
       同           雨 宮 康 仁
主          文
 1 被告は,別紙イ号物件目録及びロ号物件目録記載の各製品を製造し,譲渡等
(譲渡,貸渡し,電気通信回線を通じた提供)を行い,譲渡等の申出をしてはなら
ない。
 2 被告は,前項記載の製品を廃棄せよ。
 3 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
   主文同旨
第2 事案の概要
 1 争いのない事実等
(1) 当事者
  原告は,映像・音響機器,家電品,情報・通信機器等の製造・販売等を業
とする株式会社である。
  被告は,コンピュータシステムの開発及び販売等を目的とする株式会社で
ある。
(2) 原告の特許権
  原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,特許請求の範囲請求項
1の発明を「本件第1発明」,同請求項2の発明を「本件第2発明」,同請求項3
の発明を「本件第3発明」といい,併せて「本件発明」という。また,本件特許に
係る明細書(甲13の13。別紙特許公報参照)を「本件明細書」という。)を有
している。
    特許番号   第2803236号
    発明の名称  情報処理装置及び情報処理方法
    出願日    平成元年10月31日
    出願番号   特願平1-283583
    公開日    平成3年6月20日
    公開番号   特開平3-144719
    登録日  平成10年7月17日
    特許請求の範囲請求項1
 「アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン,
および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示さ
せる表示手段と,前記表示手段の表示画面上に表示されたアイコンを指定する指定
手段と,前記指定手段による,第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの
指定に応じて,前記表示手段の表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示
させる制御手段とを有することを特徴とする情報処理装置。」
  特許請求の範囲請求項2
  「前記制御手段は,前記指定手段による第2のアイコンの指定が,第1
のアイコンの指定の直後でない場合は,前記第2のアイコンの所定の情報処理機能
を実行させることを特徴とする請求項1記載の情報処理装置。」
特許請求の範囲請求項3
 「データを入力する入力装置と,データを表示する表示装置とを備える
装置を制御する情報処理方法であって,機能説明を表示させる機能を実行させる第
1のアイコン,および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表
示画面に表示させ,第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じ
て,表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させることを特徴とする情
報処理方法。」
(3) 構成要件の分説
 ア 本件第1発明は,次のとおり分説される。
1-A アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコ
ン,および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表
示させる表示手段と,
1-B 前記表示手段の表示画面上に表示されたアイコンを指定する指定
手段と,
1-C 前記指定手段による,第1のアイコンの指定に引き続く第2のア
イコンの指定に応じて,前記表示手段の表示画面上に前記第2のアイコンの機能説
明を表示させる制御手段と
1-D を有することを特徴とする情報処理装置。
イ 本件第2発明は,次のとおり分説される。
2-A 前記制御手段は,前記指定手段による第2のアイコンの指定が,
第1のアイコンの指定の直後でない場合は,前記第2のアイコンの所定の情報処理
機能を実行させる
2-B ことを特徴とする請求項1記載の情報処理装置。
ウ 本件第3発明は,次のとおり分説される。
3-A データを入力する入力装置と,データを表示する表示装置とを備
える装置を制御する情報処理方法であって,
3-B 機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン,および
所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させ,
3-C 第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じ
て,表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる
3-D ことを特徴とする情報処理方法。
(4) 被告の行為
  被告は,別紙イ号物件目録及びロ号物件目録記載の各製品(以下「被告製
品」という。)の製造,譲渡等(譲渡,貸渡し,電気通信回線を通じた提供)又は
譲渡等の申出をしている。
  被告から被告製品の譲渡等を受けたユーザーは,これをパソコンにインス
トールして使用している。被告製品をインストールしたパソコンにおけるヘルプ機
能の動作及び表示は,別紙イ号物件目録及びロ号物件目録記載のとおりである。
 2 本件は,原告が被告に対し,被告による上記1(4)記載の行為が本件特許権を
侵害すると主張して,特許法100条に基づき,被告製品の製造及び譲渡等の差止
め並びに廃棄を請求する事案である。
3 争点
(1) 被告製品をインストールしたパソコンに表示される「ヘルプモード」ボタ
ン及び「印刷」ボタンは,本件各構成要件にいう「アイコン」に該当するか。
(2) 間接侵害(特許法101条2号,4号)が成立するか。
(3) 本件特許に無効理由が存在することが明らかか否か。
第3 争点に関する当事者の主張
 1 争点(1)(構成要件充足性)について
 〔原告の主張〕
   被告製品をインストールしたパソコンに表示される「ヘルプモード」ボタン
及び「印刷」ボタンは,「アイコン」に該当し,被告製品をインストールしたパソ
コンは,本件発明の構成要件をいずれも充足する。
  (1) 本件発明における「アイコン」の意義
    本件発明における「アイコン」の意義は,「表示画面上に,各種のデータ
や処理機能を絵又は絵文字として表示したもの」である。
    被告は,「アイコン」とは「『ドラッグ』ないし『移動』ができる,『デ
スクトップ上』に配置される,各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示
して,コマンドを処理するもの」である旨主張するが,本件特許出願当時,当業者
が,ドラッグないし移動ができるか否かや,配置されるのがデスクトップ上かウイ
ンドウ内かには全くかかわらず,「表示画面上に,各種のデータや処理機能を絵又
は絵文字として表示したもの」でさえあれば「アイコン」であると認識していたこ
とは,本件特許出願当時の文献(甲15)等の記載に照らして明らかであるから,
上記のように限定的に解釈する余地は存しない。
  (2) 被告製品の「ヘルプモード」及び「印刷」ボタンの「アイコン」該当性
    被告製品の「ヘルプモード」ボタン及び「印刷」ボタンのアイコンは,
「表示画面上に,各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示したもの」で
あるから,本件発明の「アイコン」に該当する。
    なお,被告製品の「ヘルプモード」ボタンは,それ自体が移動はしない
が,「ヘルプモード」ボタンをマウスでクリックすると,それまでただの矢印であ
ったカーソルが「?」マークを伴った矢印に変化し,「?」マークの付いたカーソ
ルが移動する。この「?」マークの付いたカーソルで「印刷」ボタンをクリックす
ると,「印刷」ボタンについての説明が表示される。したがって,被告製品の「ヘ
ルプモード」ボタンは,それ自体は移動しなくても,他のアイコンに重ねることの
できる「アイコン」であり,この意味でも被告製品の本件発明における「アイコ
ン」該当性には疑義の生じる余地がない。
    さらに,被告製品の「ヘルプモード」ボタン及び「印刷」ボタンも,ひと
まとまりになった「アイコン群」としてであれば,マウスでドラッグして上下に移
動することができる。したがって,被告の主張する移動可能性の点を加味して「ア
イコン」該当性を判断したとしても,被告製品の「ヘルプモード」ボタン及び「印
刷」ボタンが「アイコン」に該当することには疑いがない。
  (3) 被告の主張(3)について
    被告は,本件発明の「アイコン」は,モードレス環境で用いられるもので
あることが必要であるとも主張しているが,原告は,本件発明の容易想到性に関す
る主張の前提として,「アイコンというモードレス環境にあって」と説明したもの
にすぎず,これによって「アイコン」の概念が限定されるものではない。
 〔被告の主張〕
   被告製品をインストールしたパソコンに表示される「ヘルプモード」ボタン
及び「印刷」ボタンは,「アイコン」に該当しないから,被告製品をインストール
したパソコンは,本件発明の各構成要件を充足しない。
  (1) 本件発明における「アイコン」の意義
    「アイコン」とは,「ドラッグ」ないし「移動」ができる,「デスクトッ
プ上」に配置される,各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示して,コ
マンドを処理するものをいう。
    すなわち,本件明細書には,「アイコン」を直接定義する記載は特にない
が,本件明細書第2図においては,「アイコン」はドラッグないし移動できるもの
であることが前提とされている。本件特許出願前後の文献(乙2ないし4)におい
ても,「アイコン」は,ドラッグないし移動ができることが前提とされていた。
    さらに,本件特許出願当時,「アイコン」は,デスクトップ上に配置され
る,各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示して,コマンドを処理する
ものを意味しており,デスクトップ上に直接配置されない絵文字(ウィンドウ内の
絵文字等)は,それが「絵文字」といい得るものであっても,単なる「マーク」あ
るいは「ボタン」にすぎず,「アイコン」には含まれないものであった(甲13の
44)。
  (2) 被告製品の「ヘルプモード」及び「印刷」ボタンの「アイコン」非該当性
    以上によれば,「アイコン」とは,ドラッグないし移動ができる,デスク
トップ上に配置される,各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示して,
コマンドを処理するものをいうのに対し,被告製品の「ヘルプモード」ボタン及び
「印刷」ボタンは,ドラッグや移動が不可能である上,デスクトップに表示された
別のウィンドウ内にあり,デスクトップという表示画面上にないことは明らかであ
るから,被告製品をインストールしたパソコンにおいて表示される「ヘルプモー
ド」ボタン及び「印刷」ボタンは,「アイコン」には該当しない。
  (3) なお,原告は,本件発明の「アイコン」は,モードレス環境で用いられる
ことが必要であるとしているものと考えられる。
 2 争点(2)(間接侵害)について
 〔原告の主張〕
  (1) 被告製品をインストールしたパソコンは,本件発明の構成要件を充足する
から,ユーザーが被告製品を購入し,これをパソコンにインストールする行為及び
そのパソコンを使用する行為は,本件第1,第2発明に係る物を生産する行為及び
本件第3発明に係る方法を使用する行為に該当し,直接侵害行為を構成する。
(2) 本件発明の課題は,被告製品をパソコンにインストールすることによって
解決されるので,被告製品は,本件発明による課題の解決に不可欠なものである。
被告製品は,ねじ,釘,電球,トランジスター等の日本国内で流通している規格品
又は普及品ではなく,本件発明による課題の解決のために特別に構成されたもので
あるから,日本国内において広く一般に流通しているものには当たらない。
(3) 被告の主張について
  被告は,被告製品の別紙イ号物件目録及びロ号物件目録記載の機能は,マ
イクロソフト社のWindowsの機能であって,そのヘルプ表示プログラム等
は,他のアプリケーション・ソフトウェアを実行している間にも利用可能であるか
ら,当該機能は被告製品をインストールするか否かにかかわらず実現されており,
被告製品をパソコンにインストールすることと本件発明の課題が解決されることは
無関係であると主張する。
  しかし,たとえ,ヘルプ表示プログラム等がWindowsの機能であっ
たとしても,被告製品がそのWindowsの機能を呼び出すように作られていな
い限り,別紙イ号物件目録及びロ号物件目録記載の機能が実現されることはあり得
ない。すなわち,同物件目録の表示画面自体が,被告製品をインストールしていな
いパソコンでは現れることがないのであり,その表示画面で実現される同物件目録
記載の機能は,被告製品をインストールすることにより初めてパソコンに出現する
のである。
  そもそも,本件において対象となっている直接侵害行為は,ユーザーが被
告製品をパソコンにインストールする行為,すなわち,別紙イ号物件目録及びロ号
物件目録記載の画面が表示されて同物件目録記載の機能が実現されるパソコンを生
産する行為であって,被告が主張するような,「『ヘルプモード』ボタンの指定に
引き続いて他のボタンを指定すると,当該他のボタンの説明が表示される」という
機能を実現する一般的,抽象的なパソコンを生産する行為ではない。
  以上のとおり,被告製品がインストールされたパソコンは,本件特許権を
侵害するとともに,本件発明の課題が解決されているのであり,被告製品がインス
トールされなければ原告が主張している侵害は生じないから,被告製品は,課題の
解決に不可欠なものであるといえる。
(4) 被告は,遅くとも原告が平成14年11月7日に申し立てた別件にかかる
仮処分命令(甲13の1)の申立書の送達の時からは,本件発明が被告の特許発明
であること並びに被告製品が本件発明の実施に用いられることを知っている。
(5) したがって,被告が業として被告製品を製造,譲渡等又は譲渡等の申出を
行うことは,特許法101条2号及び4号の要件を満たし,本件特許権の間接侵害
に該当する。
 〔被告の主張〕
   被告製品は,「発明による課題の解決に不可欠なもの」とはいえない。
   「発明による課題の解決に不可欠なもの」は,それを用いることにより初め
て『発明の解決しようとする課題』が解決されるような物品をいうとされていると
ころ,本件発明で解決しようとする課題は,「(従来の方法では)キーワードを忘
れてしまった時や,知らないときに機能説明サービスを受けることができない」と
いう点である。そして,原告が被告製品の機能であると主張する機能は,Wind
owsというマイクロソフト社のオペレーティングシステムの機能なのである。ヘ
ルプ表示プログラム等は,他のアプリケーション・ソフトウェアを実行している間
においても利用可能であり,被告製品をインストールするか否かにかかわらず,
「『ヘルプモード』ボタンの指定に引き続いて他のボタンを指定すると,当該他の
ボタンの説明が表示される」という機能が実現されている。
   したがって,「(従来の方法では)キーワードを忘れてしまった時や,知ら
ないときに機能説明サービスを受けることができない」という課題の解決と,被告
製品のインストールとは無関係であり,被告製品は,それを用いることにより初め
て発明の解決しようとする課題が解決されるものとはいえず,「発明による課題の
解決に不可欠なもの」ではなく,被告の行為は間接侵害に該当しない。
 3 争点(3)(権利濫用)について
 〔被告の主張〕
   本件発明は,その出願前に日本国内において頒布された刊行物等に記載され
た発明から当業者が容易に発明できるものであり,特許法29条2項の規定によ
り,特許を受けることができないものであり,無効理由が存在することが明らかで
あるから,本件特許に基づく請求は,権利濫用として許されない。
(1) 本件第1発明について
 ア 甲13の25
   本件特許出願に先行する昭和61年12月11日に公開された特開昭6
1-281358号公報(甲13の25。以下「引用例」という。)には,「文
字・記号キー,削除,挿入等の編集処理を指示する機能キー及び操作説明キーを有
する入力手段,該入力手段からの入力に基づいて文書もしくは操作ガイダンスを表
示する表示手段を有するワードプロセッサにおいて,上記操作説明キーと上記機能
キーとが連続して入力されると該機能キーにより特定される編集処理機能を説明す
る説明文を上記表示手段に表示することを特徴とするワードプロセッサの機能説明
表示方式。」が開示されている。
   引用例には,本件第1発明における「第1のアイコン」に対応する「操
作説明キー」と「第2のアイコン」に対応する「機能キー」が存在しているとい
え,「第1のアイコン」と「第2のアイコン」とを表示画面上に表示し,「第1の
アイコン」のマウスによる選択に引き続く「第2のアイコン」のマウスによる選択
によって説明を画面上に表示させるという点を実際のキーボードに用意されたキー
の操作で行う点を除いては,構成要件において両者は一致する。
イ 引用例と乙5及び甲13の27との組み合わせ
   「JStarワークステーション」(乙5。以下「刊行物1」という。
昭和61年4月25日発行)には,現実のキーボードと画面に表示されるマークと
の対応関係について,現実のキーボードのキーに対応する絵や絵文字をマークとし
て画面に表示し(画面に表示されたものを「仮想キーボード」と呼ぶ。),仮想キ
ーボードのキーをマウスで選ぶと,そのキーをタイプしたのと同じことになるとい
う技術が開示されているから,「実際のキーボードに用意されたキーの操作」を
「画面に文字以外の絵又は絵文字によって表示されるマークに対するマウスの選
択」で代替させることが開示されているということができる。
   また,「日経バイト」128頁(甲13の27。以下「刊行物2」とい
う。昭和61年5月発行)にも,「実際のキーボードに用意された操作」につい
て,「画面に絵又は絵文字によって表示されるマークに対するマウスの選択」で代
替させることが開示されている。
   したがって,キーボードのキーを対象とする引用例に刊行物1及び刊行
物2を組み合わせると,「操作説明キー」に対応する「第1のアイコン」と「機能
キー」に対応する「第2のアイコン」とを画面に表示し,「操作説明キーの押下も
しくは第1のアイコンのマウスによる選択」と「機能キーの押下もしくは第2のア
イコンのマウスによる選択」とが連続して入力されると説明文が表示される技術,
ひいては,「第1のアイコン」と「第2のアイコン」とを画面に表示し,「第1の
アイコンのマウスによる選択」に引き続く「第2のアイコンのマウスによる選択」
によって説明文が表示される本件第1発明を容易に想到することができる。
 ウ 引用例と甲13の26及び刊行物2との組み合わせ
   「一太郎Ver.4活用編」33頁及び34頁(甲13の26。以下
「刊行物3」という。平成元年4月14日発行)には,画面のマークを直接クリッ
クすると該当するキーを押すのと同じ操作を行うことができることが記載されてい
る。
   また,刊行物2には,指定入力は「アイコン,ボタン」による操作でも
「キー」による操作でもよいことが記載されている。
   刊行物2及び刊行物3により,画面上のボタンを選択する代わりにキー
ボード上のキーを選択し,逆に,キーボード上のキーを選択する代わりに,画面上
のボタンを選択する技術が本件特許出願当時に公知であったことから,アイコンと
キーは相互置換性があるから,キーに関する引用例に刊行物2及び刊行物3を組み
合わせると,表示画面上のアイコンを対象とする本件第1発明に想到することが容
易である。
   なお,上記のとおり,キーボードのキーと画面上の絵又は絵文字マーク
が相互に置換可能であれば,十分本件第1発明に容易想到することができるが,さ
らに,キーボードのキー自体に絵又は絵文字を用いる先行文献も存在する(甲13
の44)。そして,文字の記載されたキーボードをJStarの仮想キーボードで
示す場合には,基本的には同じ文字を使用しているから(乙5),絵又は絵文字の
記載されたキーボードを仮想キーボードで示す場合には,同じ絵又は絵文字を使用
することは,一層容易に想到するといえるのである。
(2) 本件第2発明について
  本件第2発明については,本件明細書には,第1のアイコンの指定の効果
が第2のアイコン以外の指定によって取り消されるか否かについては全く開示され
ていないから,「モードからの自然な復帰」を実現しているとはいえない。また,
第2のアイコン指定が第1のアイコン指定の直後でない場合とは,第2のアイコン
指定が初めての指定である場合か,第2のアイコン指定が第2のアイコン指定の直
後である場合となるが,これらはいずれも引用例においてすでに開示されており,
出願時の当業者が容易に想到できるものである。
(3) 本件第3発明について
  さらに,本件第3発明は,本件第1発明のデータ処理装置というものの発
明を,データ処理方法という方法の発明とするものであるから,本件第1発明につ
いて述べたところと同様に,引用例と刊行物1等に記載された技術とに基づいて当
業者が容易に想到することができたものである。
(4) 原告の主張(2)(後記相違点A)について
 ア 原告が後記相違点Aとして挙げるところは,結局,仮想キーボード上の
機能キーが「アイコン」と区別して記載されているという点に尽きる。
   しかしながら,刊行物1が仮想キーボード上の機能キーを「アイコン」
と言っていないのは,移動可能性が不明であるからと推測される。仮に被告が主張
する一般的な定義と異なり,移動不可能なマークも「アイコン」と定義するのであ
れば,仮想キーボード上の機能キーも「アイコン」に当たり,機能キーと「アイコ
ン」の相互互換性は明らかである。
   したがって,引用例と刊行物1等に記載された技術との組み合わせによ
り,本件第1発明は,当業者が容易に想到することができたものである。
 イ なお,引用例では,操作説明キーと機能キーが逆の順序で入力される場
合も開示されているから,設計変更などの通常の創作能力を発揮すれば,アイコン
の機能説明を表示させる機能を実行させるアイコンを,第2のアイコンより先に指
定されるべき第1のアイコンとして着想することが可能である。
   また,本件特許出願時の当業者であれば,甲14の1の記載から,先に
アイコン(オブジェクト)を指定し,その後機能を実行するアイコンを指定するモ
ードレス対話の方が多くの場合使いやすいが,機能によってはモード式対話の方が
良かったり,設計上避けられないこともあるという知識を有していたから,アイコ
ンの機能説明を表示させる機能を実行させるアイコンを,第2のアイコンより先に
指定されるべき第1のアイコンとして着想することは容易であった。
(5) 原告の主張(3)(後記相違点B)について
  「引き続く」に応じる制御フローは引用例に記載のキー入力の制御フロー
と同様の作用効果を奏するものである。
    すなわち,本件明細書には,第1のアイコンを指定した直後に第2のアイ
コン以外の指定があった場合の処理についての開示は一切ない。本件明細書に開示
されていない「第2のアイコン以外の指定」があった場合を想定しての主張は失当
である。
    また,甲14の1の記載からすれば,本件特許出願当時の当業者が,アイ
コンにおいても機能先行型の処理を行うことを容易に想到することは明らかであ
る。
    原告は,引用例の操作説明キーの入力の効果は,機能キーが入力されるま
で持続されるので,本件第1発明とは異なると主張するが,当該制御フローは実施
例の1つにすぎない。引用例には,操作説明キーを誤って入力してしまった場合に
ついては記載がない。逆に本件第1発明にも,「限定して行う」なる構成要件はな
いし,「第2のアイコン以外の指定」がされた場合については,何らの限定もな
く,ユーザーが誤って第1のアイコンを指定した場合に,望まれない操作説明が表
示されてしまう技術をも含むのである。
    したがって,本件第1発明が引用例に記載されたものよりもはるかに使い
勝手に優れた制御フローを創作したなどということはできない。
 〔原告の主張〕
   本件発明には進歩性があり,本件特許に無効理由が存在することが明らかと
はいえない。
(1) 本件第1発明と引用例との間には,少なくとも次の相違点がある。
 A 引用例には,操作説明キーは記載されているが,本件第1発明の構成要
件1-A「アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン」は
記載されていない。
 B 引用例に記載されている「上記操作説明キーと上記機能キーが連続して
入力されると」という制御フローは,本件第1発明の「第1のアイコンの指定に引
き続く第2のアイコンの指定に応じて」という制御フローとは異なる。
(2) 相違点Aについて
 ア 被告は,「実際のキーボードに用意されたキーの操作」を「画面に文字
以外の絵又は絵文字によって表示されるマークに対するマウスの選択」で代替させ
ることが,刊行物1等に開示されているから,キーボード上のキーを対象とする引
用例から,表示画面上のアイコンを対象とする本件第1発明に想到することが容易
であると主張する。
     しかし,キー入力とアイコンの指定とは,単純に,総括的に代替できる
ようなものではない。引用例のように,操作説明キーと機能キーのいずれが先に入
力される場合も連続して入力されれば操作説明がされるようにする思想は,あくま
でキーの数と配置が固定されたキーボードを対象としているから出てくるものであ
って,画面上での数や配置の自由度が高いアイコンを対象とする場合には,その指
定の順序にしても制御の流れにしても,キーボード上のキーとは異なる種々の問題
を検討する必要がある。
     したがって,本件第1発明の進歩性を論ずる際には,個別具体的に,キ
ーからアイコンへの置き換えの容易想到性が検討されなければならない。
   イ 刊行物1(乙5)に記載されているのは,JStarで独自に開発した
「仮想キーボード」であって,画面上に実際のキーボードに対応するソフトウェア
キーボードを設けたものである。この仮想キーボードはそれ専用のウィンドウが,
その他のウィンドウからは独立して画面上に表示され,仮想キーボード専用のウィ
ンドウ内には,実際のキーボードのうち,「キーエリア(図7.2)」に配置され
ているキー群と全く同一の配列でキー群が表示されているものである。
     被告が引用する刊行物1の図9.33「特殊仮想キーボード」は,上記
の仮想キーボードの一種であり,仮想キーボード専用のウィンドウ内に,実際のキ
ーボードのうちキーエリアに配置されているキー群と全く同一の配列でキー群が表
示されるが,その画面表示されるキーに絵が付されているというものである。
     しかるに,刊行物1の全体を通して,仮想キーボードの専用ウィンドウ
内に表示されるキーはあくまで「キー」とされており,「マーク」とは呼ばれてい
ないことはもちろん,「アイコン」とは完全に区別して記載されている。
     このように,実際のキーボード及び画面上の仮想キーボードにおけるキ
ーとアイコンとが全く無関係なものとして開示されている刊行物1を参照しても,
アイコン自体が全く想定されていない引用例における操作説明キーを「アイコン」
に置き換える発想は示唆されない。すなわち,現実のキーボードに対応するキーに
絵を付して画面に表示するようにしても,それはあくまで仮想キーボードのキーに
しかならず,本件第1発明の「アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる
第1のアイコン」という発想にいささかも近づくものではない。
   ウ また,刊行物2(甲13の27)に記載されているのは,「画面上のボ
タンを選択するのに,マウスの代わりにキーボードを使うこと」であって,画面上
のアイコンというものが既に想定され,これを指定するという目的を達成したい場
合に,マウスでクリックする方法の他に,キーボードの特定キーを押下する方法も
あるということにすぎない。したがって,このような刊行物2を参照しても,画面
上のアイコンというもの自体が全く想定されていない引用例における操作説明キー
を「アイコン」に置き換えるような発想が示唆されるわけではない。
  (3) 相違点Bについて
    引用例に記載されている「上記操作説明キーと上記機能キーが連続して入
力されると」という制御フローは,操作説明キーが入力された後,機能キー以外の
キー(文字・記号キー等)の入力があっても,受け付けられず,機能キーが入力さ
れるまで操作説明キー入力の効果が持続するために,必ず次に入力された機能キー
の操作説明が表示されることになるという制御フローである。
    これに対し,本件第1発明の「第1のアイコンの指定に引き続く第2のア
イコンの指定に応じて」という制御フローは,第1のアイコンを指定した後,第2
のアイコン以外の指定がない状態で第2のアイコンの指定がされた場合に,第2の
アイコンの機能説明を表示させるものである。
    被告は,第2のアイコン以外の指定があった場合については,本件明細書
に開示されていないと主張しているが,本件明細書の第2図には,第1のアイコン
の指定に引き続かない場合の第2のアイコンの指定について明確に記載されてい
る。すなわち,ステップS4で「リリース」がされたとき,その位置に「所定の情
報処理機能を実行させるための第2のアイコン」がなければ,ステップS5の「解
析・起動」において機能説明をすべき対象が指定されていないことになるから,そ
のまま第2図のフローチャートは一度「おわり」となる。そして次に「所定の情報
処理機能を実行させるための第2のアイコン」が指定された場合は,「始め」から
フローチャートの流れに沿ってステップS1で「ウインドウ情報取得」を行い,ス
テップS2で「説明アイコン?」であるか否かが判定され,この場合は「No」の
方向に制御が移るから,ステップS6の「機能動作」により第2のアイコンの情報
処理機能が実行されることになる。
    つまり,「第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定」があ
った場合,すなわちステップS4で「リリース」がされたところに「所定の情報処
理機能を実行させるための第2のアイコン」が存在する場合には,その第2のアイ
コンの機能説明がされるが,第2のアイコン以外の指定があった場合,すなわちス
テップS4で「リリース」がされたところに「所定の情報処理機能を実行させるた
めの第2のアイコン」が存在しなかった場合には,機能説明がされず,次に第2の
アイコンの指定があった場合,即ち「第1のアイコンの指定に引き続かない場合の
第2のアイコンの指定」があった場合には,第2のアイコンの情報処理機能が実行
されることが明確に記載されているのである。
第4 当裁判所の判断
 1 争点(1)(構成要件充足性)について
  (1) 本件明細書における「アイコン」の意義
   ア 本件明細書(甲13の13)に「アイコン」の定義はないが,特許請求
の範囲には,「機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン」,「所定
の情報処理機能を実行させるための第2のアイコン」及び「表示手段の表示画面上
に表示されたアイコン」との記載がある。
イ また,本件明細書(甲13の13)の発明の詳細な説明には,上記特許
請求の範囲と同旨の記載のほか,「アイコン」について,次のような記載がある。
(ア) 「先ず,ステップS1で,ウィンドウ情報記憶部5を参照して,表
示装置1の表示画面上のどの位置にどんなオブジェクトがあるかを知る。つまり,
表示装置1に表示されている各種の処理コマンドを指示するアイコンの表示位置デ
ータを得る。」(4欄9行ないし14行)
(イ) 「次にステップS2において機能説明を指示するアイコンが指定さ
れたか否かを判別するが,ここでは,ポインティング装置2に設けられたボタンが
押された時のマウスカーソルの位置から,その位置に表示されているアイコンの種
類を識別する。そして指定されたアイコンが機能説明を指示するアイコンであった
ならばステップS3に移行し,ポインティング装置2の移動に伴って機能説明を指
示するアイコンを移動させる。ステップS4でポインティング装置2のボタンが離
されると,ステップS5に移行し,ボタンが離された時の機能説明を指示するアイ
コンの位置のデータと,ウィンドウ情報記憶部5から得たデータとから機能説明を
行うべき機能の種類を識別し,機能説明のアプリケーションを起動し,機能説明を
行う。ステップS2の判断で,機能説明アイコンでない場合,ステップS6に移行
し,指定されたアイコンで示される機能動作を実行し,その機能の終了によって第
2図のフローチャートの制御を終了する。」(4欄14行ないし30行)
(ウ) 「以上の構成で,まず,第3図に示すようにウィンドウがオープン
され,このとき,画面情報として,ウィンドウの位置情報,大きさ等が記憶され,
ウィンドウ内に矩形のホームメニューが複数個表示される。この時,機能説明アプ
リケーションは,丸印で示されたアイコンの形で表示されている。そしてポインテ
ィング装置2を移動させて,矢印で示されたマウスカーソルを丸印の機能説明アイ
コンの上へ重ね合わせ,マウスボタンをプレスして説明対象オブジェクトの上へド
ラッグして移動し,マウスボタンをリリースする。例えば通信のアイコンの上に移
動する。」(4欄31行ないし41行)
(エ) 「第5図は,機能説明の丸印のアイコンをウィンドウの枠部分に設
けられたスクロールバーの位置に移動してリリースした時の機能説明の表示例を示
したものである。又第6図に示すように,別のウィンドウに表示されているメニュ
ーメッセージ上に移動させる場合の例を示したものである。」(4欄50行ないし
5欄5行)
(オ) 「第2図は,本実施例の制御手順を示すフローチャート,第3図,
第4図は本実施例を示す図,第5図,第6図は本実施例の他の表示例を示す図であ
る。」(6欄9行ないし11行)
ウ 前記アで認定したとおり,本件明細書には,「アイコン」を定義する記
載はなく,アイコンとは,前記アの記載から,表示画面上に表示され,情報処理機
能等を実行させるものであり,また,前記イ(ア)の記載から,各種の処理コマンド
を指示するものであることが分かる。
 もっとも,前記イ(エ)記載のとおり,機能説明のアイコンをウィンドウ
の枠部分に設けられたスクロールバーや,別のウィンドウに表示されているメニュ
ーメッセージ上に移動させた時の機能説明の表示例が示されているが,「メニュー
メッセージ」は,「各種の処理コマンドを指示するもの」ではないから「アイコ
ン」には含まれず,本件発明の実施例とはいえない。本件明細書にも,前記イ(オ)
のとおり,第3図及び第4図は,「本実施例」とされているが,機能説明のアイコ
ンをメニューメッセージ上に移動させた図である第6図は,本実施例の「他の表示
例」とされており,区別されている。したがって,同じく「他の表示例」とされて
いる第5図に記載された機能説明のアイコンをスクロールバー上に移動させた例も
本件発明の実施例とはいえない。したがって,スクロールバーは「アイコン」には
含まれない。
エ 被告は,本件明細書第2図において「アイコン」はドラッグないし移動
できるものであることが必要とされている旨主張する。
  本件明細書第2図は,本実施例の制御手順を示すフローチャートであ
り,ウィンドウ情報取得の後,説明アイコンがYesの場合にドラッグ,リリー
ス,解析・起動の順に手順が記載され,その内容の説明が前記イ(イ)認定のとおり
記載されている。この実施例では,第1のアイコンをドラッグし,第2のアイコン
の上にリリースする方法となっているが,本件明細書の実施例以外の箇所において
は,「アイコン」をドラッグないし移動させることは記載されていない。また,本
件発明の特許請求の範囲には,アイコンの「指定」とのみ記載されており,指定方
法について,アイコンをドラッグないし移動させることに限定はされておらず,か
かる方法の限定の記載はない。よって,本件明細書第2図をもって,本件発明にお
ける「アイコン」について,移動可能であるものに限定されていると解することは
できない。
オ 被告は,「アイコン」はデスクトップ上に配置可能なものであることが
必要とされている旨主張する。
  しかしながら,本件明細書第3図においては,「ウインドウタイトル」
というウィンドウ内に表示されるものがアイコンであるとされているから,本件発
明における「アイコン」がデスクトップ上に配置可能なものであることが必要であ
るとはいえない。
カ 以上のとおり,本件明細書の記載からは,「アイコン」について前記ウ
に認定した以上に定義されているとはいえず,被告が主張するような限定があると
はいえない。
  (2) 出願当時における「アイコン」の意義
   ア 次いで,被告の主張について,本件特許出願当時の「アイコン」の意義
を参酌して検討する。本件特許出願当時(平成元年10月31日)の文献には,次
のような記載がある。
(ア) 昭和64年1月1日発行の「現代用語の基礎知識1989」(甲1
3の56)には,アイコンについて「ディスプレイの画面の中に,目で見てそれと
分かる絵を示し,その絵に相当する処理をさせる方式。たとえば,時間を知りたい
ときは,時計の形をした絵をマウスで指定する。」との記載がある。
(イ) 昭和64年1月1日発行の「月刊アスキー(1989年1月号)」
(甲15)には,以下の記載がある。
 a 「これらのアイコン群は,アクセス可能なデバイスとアプリケーシ
ョンを表している。この部分をマウスでドラッグして上下に移動させると,一番上
のNeXT社のロゴマーク以外のアイコンは上下端に完全に隠してしまうことがで
きる。」との記載がある。
 b 「消去するファイルは,Macなどと同じように,マウスでドラッ
グしてブラックホールにオーバーラップさせる。」との記載がある。
 c 「[Directory Browser]メニューは…選択した
ウィンドウ内に収納されているファイルの一覧を階層構造で表示する。その内容の
一部をアイコン表示しているウィンドウが,下の2枚のウィンドウである。」との
記載があり,この記載に関する図3には一般的な初期画面として,「[Direc
tory Browser]メニューで選択したウィンドウ内のアイコン群。」と
して,ウィンドウ内にファイル名とデザイン化された図柄がセットになったものが
多数配列されている図が示されている。
 d 「ボイスメールの場合は,[voice]コマンドのアイコンをク
リックすると,音声再生が行われる。」との記載があり,この記載に関する図4に
はElectronic Mailの初期画面としてメールウィンドウ内に「vo
ice」の文字と唇の図柄がセットになったものその他の文字とデザイン化された
図柄がセットになったものが数個配列されているほか,作成したメールの送信用ウ
ィンドウ内にも,同様のものが数個配列されている図が示されている。
(ウ) 昭和63年3月30日発行の「電子情報通信ハンドブック」(甲1
3の57)には,「ディスプレイ上ではマルチウィンドウ機能により,複数の画面
を同時に表示し,相互にデータ交換を行って,仕事の流れを目で確認しながら進め
ることができる。また,各種のデータや処理機能を「絵」(アイコンと呼ぶ)とし
て表示し,マウスで指示,選択することにより処理を進める。」との記載がある。
(エ) 昭和61年11月20日発行の「図解コンピュータ百科事典」(甲
13の58)には,「アイコンとは,機能やファイルを視覚的にだれにでもわかり
やすく絵文字で表現したものである。アイコンは,システムごとに決められたもの
とユーザが自分で自由に決めるものがある。しかし,バラバラな絵文字を使うこと
は,逆にわかりにくくなる危険性がある。アイコンの標準化は,1986年からや
っと検討着手した段階である。代表的なアイコンとしてゼロックスのワークステー
ション“STAR”で採用されているものを紹介する。」と記載され,アイコンの
例として,12例が挙げられているが,いずれもその機能を絵で表現したものであ
る。
(オ) 昭和61年4月25日発行の「JStarワークステーション」
(甲13の44,甲14の1,乙2,5)には,以下の記載がある。
 a 上記(エ)で記載したゼロックスのワークステーション“STAR”
で採用されたアイコンについて,「一般オフィスで使用される用紙,フォルダ,ド
ロア,メール箱などの使用形態を画面上にシミュレートし,絵文字を使ったデスク
トップというモデルを基本としている。この用紙やフォルダなどを見やすく描いた
絵文字をアイコン(icon)とよぶ。図3.3にJStarに使用されるアイコンの
主なものを示す。一見して各絵文字が何を表すのかがよくわかるデザインになって
いる。」とあり,8種類のアイコン例が示されているが,いずれも絵で表現された
ものである。「アイコン(絵文字)」という記載もある(甲13の44,甲14の
1)。
 b 「このようなアイコンが画面上に表示され,その配置もユーザの好
みに応じて自由に変更できる。まさに事務机の上に置いてある書類や事務機をシミ
ュレートしてあり,これがワークステーションの概念に欠かせなくなったデスクト
ップ思想である。」,「オフィスの机の上の状態を画面上にシミュレートしたデス
クトップとアイコンの考え方は,ユーザに親しみやすさを感じられると同時に,覚
えやすさと操作のしやすさの向上が目的となっている。」,「アイコンは大きく分
類して2種類ある。一つは文書アイコンやレコードファイルアイコンなど,中身の
実体をもったデータアイコンと,プリンタアイコンや電子メールの送信箱アイコン
のように特定の機能を実行するためのアイコンがある。」,「基本的に文字だけの
表示とステップキーや数字入力に頼ってユーザインタフェースを構成している従来
の機器に比べ,アイコンとマウスを使ったシステムはユーザの心理的負担を大幅に
軽減し,ユーザインタフェースを大きく改善している。」との記載がある(甲13
の44)。
 c 図6.5には,デスクトップ表示例として,アイコンがデスクトッ
プ上に並んでいる例が示され,図6.6には,アイコンのデザイン例として,9つ
の機能に関して5つずつ例が示されているが,アイコンはいずれもデザイン化され
た絵で示されている(甲13の44)。
 d 「一般に機能を表すアイコンはどのアイコンにも移動/転記はでき
ない。たとえばプリンタアイコンを送信箱に転記しようとしても受けつけられな
い。」との記載がある(甲14の1)。
 e 「アイコンはその状態と使用目的によって,いくつかの異なった方
法で表示される。たとえば,デスクトップ上では大きく,コンテナウィンドウ内で
は小さく表示される。」との記載がある(甲14の1)。
 f 図6.8には,長方形の右上隅を折り返した絵が描かれ,これに関
して「文書アイコンのミニチュアで,文書アイコンを移動したり転記したりする命
令を発するとこの形になり,移動先や転記先を指定するユーザの操作を促す。同様
のミニチュアアイコンがフォルダやドロアやプリンタアイコンなどについてもあ
る。」という記載がある(甲13の44)。
 g 「図形処理においては,アイコンや文字と全く同様に,線や四角形
も選択,移動,転記そして変形等の操作が可能になっている。」という記載がある
(乙2,5)。
   イ 前記ア認定のとおり,本件特許出願当時の文献によれば,アイコンと
は,「表示画面上に,各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示したも
の」と一般に理解されていたものということができる。
     被告は,本件特許出願当時,「アイコン」は,「ドラッグ」ないし「移
動」ができることが前提とされ,「デスクトップ上」へ配置可能なことが前提とさ
れていたなどと主張するので,以下この点について検討する。
   ウ 移動可能性の要否
    (ア) 本件特許出願当時の文献「月刊アスキー(1989年1月号)」
(甲15)には,アイコン群をマウスでドラッグして移動させる旨の記載がある
(前記(2)ア(イ)a)。他方,同じ文献には,メールウィンドウ内のコマンドを表し
ているアイコンとメール送信用のウィンドウ内のアイコンがあり(前記(2)ア(イ)
d),これらのアイコンがドラッグ又は移動できるとの記載はないし,ウィンドウ
内で機能を実行するためにクリックされるものであるから,ドラッグや移動とは関
係ないものと解される。
      よって,上記文献に記載されたすべてのアイコンがドラッグ又は移動
できるものとはいえない。
    (イ) 本件特許出願当時の文献「JStarワークステーション」(甲1
3の44,乙2,5)には,移動できるアイコンを前提とした「このようなアイコ
ンが画面上に表示され,その配置もユーザの好みに応じて自由に変更できる。」と
の記載(前記(2)ア(オ)b),「アイコンを移動したり転記したりする」との記載
(前記(2)ア(オ)f)及び図形処理においてアイコンや文字と同様に移動等ができる
旨の記載(前記(2)ア(オ)g)がある。
      しかしながら,「このようなアイコンが画面上に表示され,その配置
もユーザの好みに応じて自由に変更できる。」との記載の後に「これがワークステ
ーションの概念に欠かせなくなったデスクトップ思想である。」と続く文章である
ことからも分かるように,上記記載は,デスクトップ思想におけるアイコンの位置
付けについて触れたものであって,アイコンの一般論を述べているものではない。
また,「アイコンを移動したり転記したりする」との記載は,図6.8「カーソル
の形の種類と使用される状況」という図の中にあって,カーソルの形を状況に応じ
て変化させ,ユーザーが次にとるべきアクションを図形パターンで視覚に訴えるこ
とによって分かりやすく親しみやすいインターフェイスを実現することを説明する
文脈で,もしユーザーが文書アイコンを移動したり転記したりする命令を発した場
合には,カーソルが文書アイコンのミニチュアの形に変化してユーザーに移動先や
転記先を指定する操作を促すことを説明しているものであって,アイコン一般につ
いて移動が可能であるという趣旨を述べているものではない。さらに,図形処理に
おいてアイコンや文字と同様に移動等ができる旨の記載は,図形処理のユーザーイ
ンターフェイスの改善を述べる文脈で,例示としてアイコンや文字を挙げたもので
あり,すべての文字が移動可能でなければならないとはいえないのと同様に,すべ
てのアイコンについて移動可能であるという趣旨をいうものとは解されない。
      他方,同じ文献中には,アイコンの中には移動等が制約されるものが
存在することを前提とする記載もある(前記(2)ア(オ)d)。
      よって,上記文献によっても,すべてのアイコンがドラッグ又は移動
できるものとはいえない。
    (ウ) そして,前記(2)アで認定したとおり,本件特許出願当時の文献にお
いて,「アイコン」が移動可能なものに限定される旨を明確に記載したものは見当
たらないことからすれば,本件特許出願当時,「アイコン」がドラッグないし移動
ができることを必要とすると解されていたと認めることはできない。
    (エ) 被告は,乙3の記載に依拠してアイコンに移動可能性が必要である
旨主張する。
      「先端ソフトウェア用語事典」(乙3)は,本件特許出願後である平
成3年5月25日に発行されたものである。上記文献には,アイコンの定義として
は,「計算機資源を表すためにディスプレイ画面上に表示される小さな絵。」との
記載があるのみで,移動可能性については触れるところがない。また,上記文献に
は,「マウスを用いてアイコンの選択・起動・移動・複写・削除などができる。」
との記載があるが,その直後に「これを文字コマンドによる指示に対比して,直接
操作(directmanipulation)と呼んでいる。」とされていることから分かるよう
に,アイコンはマウスによって直接操作できるということを説明する文脈であり,
「移動」はその操作の一例にすぎない。また,「ファイルを複写するには,通常,
複写したい先のディレクトリにファイルアイコンを引きずっていけばよい。ファイ
ルを削除するには,ゴミ箱のアイコンの所までファイルを引きずっていく。プリン
タのアイコンが画面上にある場合には,アイコンをプリンタの所まで引きずってい
けばファイルが印刷されるであろう。」との記載もあるが,ファイルの複写,削
除,印刷に関しても,アイコンをドラッグさせて行うという一つの方法を紹介して
いるものであって,同文献から読み取れるのは,アイコンの中には移動できるもの
も存在するという程度にとどまり,それを超えて,すべてのアイコンがドラッグな
いし移動可能なものであるという趣旨をいうものと解することはできない。
    (オ) また,被告は,乙4の記載に依拠してアイコンに移動可能性が必須
である旨主張する。
      「情報システムハンドブック」(乙4)は,本件特許出願後である平
成元年12月5日に発行されたものである。上記文献は,アイコンの定義として
は,単に「ユーザの利用できる資源,メニューの選択肢などを図記号として表示し
たもの。コンピュータとユーザとのインタフェース(ユーザインタフェース)を改
善するために考案された手段の一つ。」と記載するのみで,移動可能性について触
れるところがない。また,上記文献には,「文書を印刷したいときは,文書アイコ
ンをプリンタアイコンに重ねるだけでよい。」という記載があるが,この記載は,
同じ文書アイコンを引き出しアイコンに重ねた場合やゴミ箱アイコンに重ねた場合
との結果の違いを述べた上で,同じ操作を行っても受け取るオブジェクトによって
結果が異なることが,ユーザーにとって使いやすいことを示すための一例にすぎな
いものであって,ここから,すべてのアイコンがドラッグないし移動可能なもので
あるという趣旨を読み取ることもできない。
(カ) その他,本件特許出願後である平成2年5月25日発行の「岩波情
報科学辞典」(甲13の19)においても,アイコンとは,「計算機が人間とのイ
ンターフェースとして画面上に表示する処理の対象物や処理そのものを示す図柄を
いう。」と定義され,移動可能性については触れていない。また,上記文献には,
「高度な機能をもったウィンドウシステムのもとでは,アイコンへの操作だけで仕
事を済ませることも可能で,たとえば文書を表わすアイコンを選択し,次にプリン
ターやくず箱を表わすアイコンへ移動する(ドラッグ(drag)という)という操作
によって文書の印字や削除の処理を表現することができる。」との記載もあるが,
すべてのアイコンがドラッグないし移動可能なものであることをいうものではな
い。
  その他,本件特許出願後の文献においても,「アイコン」が移動可能
なものに限定される旨を記載したものは見当たらない。
    (キ) 以上によれば,本件特許出願の前後を通じて,「アイコン」の意義
について,「ドラッグ」ないし「移動」ができることを必要とすると解されていた
ものとはいえない。
   エ デスクトップ上への配置可能性について
     被告は,甲13の44に依拠して,本件特許出願当時「アイコン」は,
「デスクトップ上」へ配置可能なことが必要とされていたと主張する。
     この点については,本件明細書上も限定されていないことは前記(1)オの
とおりである。また,本件特許出願当時の文献である「JStarワークステーシ
ョン」(甲13の44)においても,デスクトップ上にないウィンドウ内にあるも
のを「アイコン」と呼ぶことがあること,アイコンがデスクトップ上ではなくコン
テナウィンドウ内にある場合があることが前提となっていたことは,前記(2)ア(オ)
eで認定したとおりであり,これらの「アイコン」がデスクトップ上に配置可能で
あったことを示す証拠はない。さらに,本件特許出願当時の文献である「月刊アス
キー(1989年1月号)」(甲15)においても同様であることは,前記(2)ア
(イ)c認定のとおりである。
     また,前記(2)アで認定したところによれば,本件特許出願当時の文献に
おいて,「アイコン」がデスクトップ上に配置可能なものに限定される旨を記載し
たものは見当たらない。その他,前記(2)アで認定した事実をすべて検討しても,本
件特許出願当時の「アイコン」の意義について,デスクトップ上に配置可能である
ことが必要とされていたと認めることはできない。
     以上によれば,本件特許出願の前後を通じて,「アイコン」は,デスク
トップ上に配置可能なことを必要とすると解されていたものとはいえない。
   オ なお,本件全証拠によるも,本件発明の「アイコン」について,モード
レス環境で用いられることが必要であるとの限定が存在するものとは認められな
い。
  (3) 小括
    以上(1)(2)によれば,本件発明にいう「アイコン」とは,「表示画面上
に,各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示して,コマンドを処理する
もの」であり,かつそれに該当すれば足りるのであって,本件明細書の記載によっ
ても,本件特許出願当時の当業者の認識においても,それ以上に,ドラッグないし
移動可能なものであるとか,デスクトップ上に配置可能なものであるなどという限
定を付す根拠はないというべきである。
  (4) 被告製品の「ヘルプモード」ボタン及び「印刷」ボタンの「アイコン」該
当性について
    被告製品の「ヘルプモード」ボタン及び「印刷」ボタンは,別紙イ号物件
目録及びロ号物件目録記載のとおり,表示画面上に,各種のデータや処理機能を絵
又は絵文字として表示して,コマンドを処理するものである。よって,被告製品の
「ヘルプモード」ボタン及び「印刷」ボタンは,本件発明における「アイコン」に
該当する。
 2 被告製品をインストールしたパソコンの構成要件充足性について
  (1) 本件第1発明について
    上記のとおり,被告製品の「ヘルプモード」ボタン及び「印刷」ボタン
は,「アイコン」に該当するところ,上記のうち,「ヘルプモード」ボタンは,
「アイコン」に該当する「印刷」ボタンの機能説明を表示するので,「アイコンの
機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン」に該当する。「印刷」ボ
タンは,これをクリックすると所定の機能を起動するので,「所定の情報処理機能
を実行させるための第2のアイコン」に該当する。これらが被告製品をインストー
ルしたパソコンの画面に表示される。
    次に,被告製品の「ヘルプモード」ボタン及び「印刷」ボタンは,いずれ
もマウスクリックによって選択することが可能であり,これが「前記表示手段の表
示画面上に表示されたアイコンを指定する指定手段」に該当する。
    さらに,被告製品の「ヘルプモード」ボタンをマウスでクリックし,次に
「印刷」ボタンをクリックすることが,「前記指定手段による,第1のアイコンの
指定に引き続く第2のアイコンの指定」に該当する。これに「応じて」,「印刷」
ボタンの説明が被告製品をインストールしたパソコンの画面に表示されることが,
「前記表示手段の表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる制御手
段」に該当する。
    そして,被告製品をインストールしたパソコンが「情報処理装置」である
ことは明らかである。
    したがって,被告製品をインストールしたパソコンは,本件第1発明の構
成要件1-AないしDをいずれも充足する。
  (2) 本件第2発明について
    被告製品の「ヘルプモード」ボタンをマウスでクリックし,その後別の操
作を行ってから,「印刷」ボタンをクリックすることが,「前記指定手段による第
2のアイコンの指定が,第1のアイコンの指定の直後でない場合」に該当する。こ
の場合,「印刷」ボタンの説明は表示されず,所定の機能が起動されるが,これが
「前記制御手段は」,「前記第2のアイコンの所定の情報処理機能を実行させる」
に該当する。
    そして,被告製品をインストールしたパソコンが「情報処理装置」である
ことは明らかである。
    したがって,被告製品をインストールしたパソコンは,本件第2発明の構
成要件2-A及びBをいずれも充足する。
  (3) 本件第3発明について
    被告製品をインストールしたパソコンは,キーボードやマウス等の「デー
タを入力する入力装置」と,モニターの「データを表示する表示装置」とを「備え
る装置」である。被告製品をインストールしたパソコンを動作させることにより,
かかる装置を制御することになる。
    次に,「ヘルプモード」ボタンは,「印刷」ボタンを機能説明を表示する
ので,「機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン」に該当し,「印
刷」ボタンは,これをクリックすると所定の機能を起動する機能を有しているの
で,「所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコン」に該当し,これら
が被告製品をインストールしたパソコンの画面に表示される。
    さらに,被告製品の「ヘルプモード」ボタン及び「印刷」ボタンは,マウ
スクリックによって順次選択することが可能であり,これが「第1のアイコンの指
定に引き続く第2のアイコンの指定」に該当する。これに「応じて」,「印刷」ボ
タンの説明が被告製品をインストールしたパソコンの画面に表示されることが,
「表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる」ことに該当する。
    そして,被告製品をインストールしたパソコンの使用が「情報処理方法」
であることは明らかである。
    したがって,被告製品をインストールしたパソコンの使用は,本件第3発
明の構成要件3-AないしDをいずれも充足する。
  (4) 以上のとおり,被告製品をインストールしたパソコン及びその使用は,本
件発明の技術的範囲に属するものである。
 3 争点(2)(間接侵害)について
  (1) 特許法101条は,いわゆる間接侵害について規定しており,同条2号
は,特許が物の発明についてされている場合において,その物の生産に用いる物
(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であってその発明によ
る課題の解決に不可欠なものにつき,その発明が特許発明であること及びその物が
その発明の実施に用いられることを知りながら,業として,その生産,譲渡等若し
くは輸入又は譲渡等の申出をする行為を特許権等の侵害であるとみなしており,同
条4号は,特許が方法の発明についてされている場合について,同旨を規定してい
る。
  (2) 前記2において判示したとおり,被告製品をインストールしたパソコン及
びその使用は,本件各発明の構成要件を充足するものであるところ,被告製品は,
「被告製品をインストールしたパソコン」の生産に用いるものであり,かつ,
「(従来の方法では)キーワードを忘れてしまった時や,知らないときに機能説明
サービスを受けることができない」という本件発明による課題の解決に不可欠なも
のであると認められる。また,被告製品が「日本国内において広く一般に流通して
いるもの」でないことは明らかである。
  (3) 被告は,Windowsというマイクロソフト社のオペレーティングシス
テムそのものに,本件発明と同様の機能があるから,被告製品は「その発明による
課題の解決に不可欠なもの」ではないと主張する。その主張の趣旨は必ずしも判然
としないが,仮に被告がいうように,Windowsのヘルプ表示プログラム等に
よって,「『ヘルプモード』ボタンの指定に引き続いて他のボタンを指定すると,
当該他のボタンの説明が表示される」という機能が実現されるとしても,別紙イ号
物件目録ないしロ号物件目録記載の機能は,あくまで被告製品をインストールした
パソコンによってしか実行できないものであるから,被告製品は本件発明による課
題の解決に不可欠なものであり,被告製品をインストールする行為は,本件特許権
を侵害する物の生産であるといわざるを得ない。
  (4) 被告は,遅くとも,平成14年11月7日に原告が申し立てた仮処分命令
申立書の送達の時以降,本件発明が特許発明であること及び被告製品が本件発明の
実施に用いられることを知ったものと認められる(甲13の1,弁論の全趣旨)。
  (5) 以上によれば,被告の前記第2の1(4)の行為について,特許法101条
2号及び4号所定の間接侵害が成立する。
 4 争点(3)(権利濫用)について
  (1) 公知技術
    証拠によれば,本件特許出願当時,以下のような技術が公知であったこと
が認められる。
   ア 昭和61年12月11日公開の引用例(特開昭61-281358の公
開特許公報。甲13の25)には,次の記載がある。
    (ア) 発明の名称
      ワードプロセツサの機能説明表示方式
    (イ) 特許請求の範囲
      「文字・記号キー,削除,挿入等の編集処理を指示する機能キー及び
操作説明キーを有する入力手段,該入力手段からの入力に基づいて文書もしくは操
作ガイダンスを表示する表示手段を有するワードプロセッサにおいて,上記操作説
明キーと上記機能キーとが連続して入力されると該機能キーにより特定される編集
処理機能を説明する説明文を上記表示手段に表示することを特徴とするワードプロ
セッサの機能説明表示方式。」
    (ウ) 発明の効果
      「本発明によれば,操作説明キーと所望の機能キーとを連続して入力
することにより,上記機能キーの処理内容を容易に確認できる。」
   イ 昭和61年4月25日発行の刊行物1(「JStarワークステーショ
ン」。乙5)には次の記載がある。
    (ア) 「JStarでは…独自に開発した「仮想キーボード」を使用して
いる。この「仮想キーボード」とは,画面上に実際のキーボードに対応するソフト
ウェアキーボードを設け,ユーザの操作によりデータとして用意している複数のビ
ットマップとインタプリテーションを切り換えて表示し使用する,というものであ
る。」
    (イ) 「画面表示された仮想キーボードのキーをマウスで選ぶとそのキー
をタイプしたのと同じことになる。」
    (ウ) 「文書を開いて,図形枠を挿入したい場所をマウスでクリックす
る。特殊仮装キーボードの中に図形枠を挿入するファンクションキーがあるので
(図9.33における「A」のキーに対応),そのキーを押すと図形枠が挿入さ
れ,対となる錨記号が文字中に挿入される。」
   ウ 昭和61年5月発行の刊行物2(「日経バイト」。甲13の27)に
は,「画面上のボタンを選択するのに,マウスの代わりにキーボードを使うことも
許している。この図では『Yes』をまたはまたは
キーで…選択できるようになっている」との記載がある。
   エ 平成元年4月14日発行の刊行物3(「一太郎Ver.4 活用編」。
甲13の26)には,「画面のマークを直接左クリックすると,キ
ーを押すのと同じ操作を行うことができます。」との記載がある。
  (2) 本件第1発明の進歩性について
   ア 前記(1)アで認定したとおり,引用例には,機能キーと操作説明キーを有
するワープロにおいて,操作説明キーと機能キーが連続して入力されると,機能キ
ーにより特定される処理の説明を表示する発明が開示されている(以下「引用例発
明」という。)。
     したがって,本件第1発明と引用例発明を対比すると,本件第1発明
は,表示画面上におけるアイコンに関する発明であって,「アイコンの機能説明を
表示させる機能を実行させるアイコン」を有するのに対し,引用例発明は,キーボ
ードのキーを対象とする発明であって,操作説明キーを有しているが,上記のよう
なアイコンがないという点において,相違するものということができる。
     本件第1発明は,従来キーボードのキーに担わせていた役割を,現実の
キーボードのキーと対応する必然性のない「アイコン」という別個の概念に担わせ
ているものであるのに対し,引用例発明は,あくまで現実のキーボードのキーに関
するものであるところ,キーボードのキーを対象としており,表示画面上のアイコ
ンというもの自体が全く想定されていない引用例発明について,キーボードのキー
をこれとは質的に相違するアイコンに置き換えることを示唆する刊行物はないか
ら,キーボードのキーに関する引用例発明からアイコンに関する本件第1発明に想
到することが容易であったとはいえない。
   イ 被告は,刊行物1及び刊行物2に「実際のキーボードに用意されたキー
の操作」を「画面に文字以外の絵又は絵文字によって表示されるマークに対するマ
ウスの選択」で代替させることが開示されているから,キーボードのキーを対象と
する引用例に刊行物1及び刊行物2を組み合わせると,表示画面上のアイコンを対
象とする本件第1発明に想到することが容易であると主張する。
     前記(1)イで認定したとおり,刊行物1には,実際のキーボードに対応す
る仮想キーボードを画面上に表示し,画面上に表示された仮想キーボードをマウス
で操作することにより実際にキーをタイプしたのと同じになること及び特殊仮想キ
ーボードを画面に表示し,キーボード上のキーに割り当てた機能を,仮想キーボー
ド上で絵として表現されたマークをマウスで操作することにより選択し,実行する
発明が開示されている。
     しかしながら,刊行物1に記載されているのは,画面上に実際のキーボ
ードに対応するソフトウェアキーボードを設けた「仮想キーボード」である。この
仮想キーボードの専用ウィンドウ内に表示されるキーは,あくまで「キー」とされ
ており,「アイコン」とは完全に区別して記載されているから,刊行物1にキーボ
ードのキーをアイコンに置き換えることが示唆されているとはいえない。
     また,前記(1)ウで認定したとおり,刊行物2は,画面上の「Yes」ボ
タンに代えて,又はキーで選択するものにすぎず,
「アイコン」に関するものではない。
     なお,本件特許出願当時,現実のキーボードや仮想キーボードのキーに
絵柄をあてている文献も存在しており(乙5ないし9),こうしたキーが画面上に
表示されれば,一見アイコンに類似しているとみる余地もないわけではない。しか
し,たとえキーに機能を絵で表現したマークが表示されていたとしても,現実のキ
ーボードのキーはもとより,画面上に表示された仮想キーボードのキーも,あくま
で現実のキーボードに一対一で対応するものにすぎず,その範疇を超えるものでは
ないのに対し,アイコンは,前記1(3)で認定したとおり,「表示画面上に,各種の
データや処理機能を絵又は絵文字として表示して,コマンドを処理するもの」であ
って,現実のキーボードのキーと対応する必然性はなく,むしろ現実のキーボード
のキーに存する数量的あるいは位置的な制約を離れて,多様な機能を自由に担わせ
ることができるものであって,この両者の間には,なお質的な相違が存在している
といわざるを得ない。
     そうすると,本件特許出願当時の当業者にとって,引用例発明と刊行物
1及び刊行物2の技術を組み合わせて本件第1発明に想到することが容易であった
とまではいうことができない。
   ウ さらに,被告は,刊行物2及び刊行物3により,アイコンとキーは相互
置換性があるとして,キーに関する引用例発明に刊行物2及び刊行物3を組み合わ
せると,表示画面上のアイコンを対象とする本件第1発明に想到することが容易で
あるとも主張する。
     しかし,前記(1)ウで認定したとおり,刊行物2は,画面上の「Yes」
ボタンに代えてキーで選択するものにすぎず,「アイコン」に関するものではな
い。また,前記(1)エで認定したとおり,刊行物3は,キーの機能を画面上
に表示されたマークで代替するものであって,やはり「アイコン」に関する
ものではないから,刊行物2及び刊行物3によりアイコンとキーは相互置換性があ
るということはできない。
     そうすると,本件特許出願当時の当業者にとって,引用例発明と刊行物
2及び刊行物3の技術を組み合わせて本件第1発明に想到することが容易であった
とまではいうことができない。
   エ なお,前記1(2)アで認定したとおり,本件特許出願当時も「アイコン」
という概念自体は公知であったと認められるが,上記ア,イで判示したとおり,キ
ーボードのキーとアイコンとは質的に相違するものであるから,「アイコン」とい
う概念自体が公知であったことを前提としても,キーボードのキーに関する引用例
発明に対して,さらに「アイコン」という概念を導入し,これらを組み合わせて本
件第1発明に想到することは,本件特許出願当時の当業者にとって容易であったと
までは認められない。
  (3) 本件第2発明の進歩性について
    本件第2発明は,本件第1発明を前提とするものであるから,本件第1発
明が本件特許出願当時の当業者にとって容易に想到することができたものとはいえ
ない以上,本件第2発明も本件特許出願当時の当業者にとって容易に想到すること
ができたものであるとはいえない。
  (4) 本件第3発明の進歩性について
    また,本件第3発明は,本件第1発明を方法の発明として表現したもので
あるから,本件第1発明が本件特許出願当時の当業者にとって容易に想到すること
ができたものとはいえない以上,本件第3発明も本件特許出願当時の当業者にとっ
て容易に想到することができたものであるとはいえない。
  (5) 以上によれば,その余の点について検討するまでもなく,本件特許につい
て,無効理由が存在することが明らかであるということはできない。
 5 結論
以上のとおり,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文
のとおり判決する。なお,仮執行宣言は相当でないから付さないこととする。
    東京地方裁判所民事第47部
  
          裁判長裁判官   高   部   眞 規 子
             裁判官   瀬   戸   さ や か
          裁判官   熊   代   雅   音
(別紙)
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