弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
原判決のうち被上告人らに関する部分を破棄する。
前項の部分につき,本件を高松高等裁判所に差し戻す。
理由
第1事案の概要
1本件は,被上告人学校法人Y学校(以下「被上告学校」という。)の設置1
するA高校(以下「A高校」という。)に在籍し,サッカー部に所属していた上告
人X(以下「上告人X」という。)が,大阪府高槻市で開催されたサッカー競技11
大会に同校の課外のクラブ活動の一環として参加していた際に落雷を受けた事故に
関し,同校サッカー部の引率者兼監督であったB教諭(以下「B教諭」という。)
及び上記大会の主催者であった被上告人財団法人Y協会(以下「被上告協会」と2
いう。)の担当者には落雷を予見して回避すべき安全配慮義務を怠った過失がある
などとして,同上告人の両親及び兄であるその余の上告人らと共に,被上告人らに
対し,債務不履行又は不法行為に基づき,損害賠償を請求する事案である。
2原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1)上告人Xは,平成8年当時,被上告学校との間の在学契約に基づきA高校1
に1年生として在籍し,同校サッカー部に所属していた。
(2)被上告学校は,A高校の設置者であるが,課外のクラブ活動の一環とし
て,平成8年8月12日から同月15日まで,屋外の施設である高槻市南大樋運動
広場(以下「本件運動広場」という。)等で開催される第10回Dと称するサッカ
ー競技大会(以下「本件大会」という。)に,同校サッカー部を参加させ,その引
率者兼監督をB教諭とした。
(3)被上告協会は,大阪府教育委員会の認可を受けて設立されたスポーツ振興
等を主な目的とする財団法人であるが,その加盟団体であり権利能力なき社団であ
るC連盟(以下「C連盟」という。)に,D実行委員会(以下「本件実行委員会」
という。)を設置させて,本件大会を開催した。本件運動広場は,その管理者であ
る高槻市から被上告協会が貸与を受けていた。本件大会のパンフレットには,主催
者として「財団法人Y協会C連盟」という名称が記載されていた。2
(4)A高校の第1試合が開始された平成8年8月13日午後1時50分ころに
は,本件運動広場の上空には雷雲が現れ,小雨が降り始め,時々遠雷が聞こえるよ
うな状態であった。上記試合が終了した同日午後2時55分ころからは,上空に暗
雲が立ち込めて暗くなり,ラインの確認が困難なほどの豪雨が降り続いた。同日午
後3時15分ころには,大阪管区気象台から雷注意報が発令されたが,本件大会の
関係者らは,このことを知らなかった。同日午後4時30分の直前ころには,雨が
やみ,上空の大部分は明るくなりつつあったが,本件運動広場の南西方向の上空に
は黒く固まった暗雲が立ち込め,雷鳴が聞こえ,雲の間で放電が起きるのが目撃さ
れた。雷鳴は大きな音ではなく,遠くの空で発生したものと考えられる程度ではあ
った。
(5)B教諭は,稲光の4,5秒後に雷の音が聞こえる状況になれば雷が近くな
っているものの,それ以上間隔が空いているときには落雷の可能性はほとんどない
と認識していたため,同日午後4時30分の直前ころには落雷事故発生の可能性が
あるとは考えていなかった。
(6)A高校の第2試合は,同日午後4時30分ころ,上記気象状況の下で,本
件運動広場のBコートで開始され,同校サッカー部員がこれに参加していたとこ
ろ,同日午後4時35分ころ,上告人Xに落雷があり,同上告人はその場に倒れ1
た(以下,この落雷事故を「本件落雷事故」という。)。
(7)上告人Xは,E救命救急センターに救急車で搬送され,以後,同センタ1
ー,F病院及びG病院で治療を受けたが,同上告人には,視力障害,両下肢機能の
全廃,両上肢機能の著しい障害等の後遺障害が残った。
(8)落雷による死傷事故は,全国で,平成5年に5件(うち3人死亡),平成
6年に11件(うち4人死亡),平成7年に10件(うち6人死亡)発生してい
る。
(9)落雷の研究における我が国の第一人者とされるH元埼玉大学工学部教授が
編集委員長となっている日本大気電気学会編の「雷から身を守るには-安全対策Q
&A-」(平成3年刊行)には,「雷の発生,接近は,人間の五感で判断する,ラ
ジオ,無線機を利用する,雷注意報などの気象情報に注目する等の方法がありま
す。しかし,どの方法でも,正確な予測は困難ですから,早めに,安全な場所(建
物,自動車,バス,列車等の内部)に移っていることが有効な避雷法です。」,
「運動場等に居て,雷鳴が聞こえるとき,入道雲がモクモク発達するとき,頭上に
厚い雲が広がるときは,直ちに屋内に避難します。雷鳴は遠くかすかでも危険信号
ですから,時を移さず,屋内に避難します。」との記載があった。これと同趣旨の
落雷事故を予防するための注意に関する文献上の記載は,平成8年までに,多く存
在しており,例えば,I(気象庁長期予報課勤務)著の「夏のお天気」(昭和61
年刊行)には,「雷鳴の聞こえる範囲は,せいぜい20㎞です。雷鳴が聞こえた
ら,雷雲が頭上に近いと思った方が良いでしょう。また落雷は雨の降り出す前や小
やみのときにも多いことが分かっています。遠くで雷鳴が聞こえたら,すぐに避難
し,雨がやんでもすぐに屋外に出ないことが大切です。」との記載が存在し,ま
た,J(東京学芸大学附属小金井小学校副校長)編の「理科室が火事だ!どうす
る?」(平成2年刊行)には,「遠くで『ゴロゴロッ』と鳴り出したら,もう危険
が迫っているわけですから,早めに避難するようにしましょう。」との記載が存在
するなどしていた(以下,上記各記載を併せて「本件各記載」という。)。
第2上告代理人朝倉正幸ほかの上告受理申立て理由第1点から第4点までにつ
いて
1原審は,上記の事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告学校の
損害賠償責任を否定した。
A高校の第2試合の開始直前ころには,遠雷が聞こえており,かつ,本件運動広
場の南西方向の上空には暗雲が立ち込めていたのであるから,自然科学的な見地か
らいえば,B教諭は,落雷の予兆があるものとして,上記試合を直ちに中止させ
て,同校サッカー部員を安全な空間に避難させるべきであったということになる。
しかし,社会通念上,遠雷が聞こえていることなどから直ちに一切の社会的な活動
を中止又は中断すべきことが当然に要請されているとまではいえないところ,平均
的なスポーツ指導者においても,落雷事故発生の危険性の認識は薄く,雨がやみ,
空が明るくなり,雷鳴が遠のくにつれ,落雷事故発生の危険性は減弱するとの認識
が一般的なものであったと考えられるから,平均的なスポーツ指導者がA高校の第
2試合の開始直前ころに落雷事故発生の具体的危険性を認識することが可能であっ
たとはいえない。そうすると,B教諭においても,上記時点で落雷事故発生を予見
することが可能であったとはいえず,また,これを予見すべきであったということ
もできない。したがって,B教諭が安全配慮義務を尽くさなかったということはで
きないから,被上告学校に債務不履行責任又は不法行為責任があるということはで
きない。
2しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
教育活動の一環として行われる学校の課外のクラブ活動においては,生徒は担当
教諭の指導監督に従って行動するのであるから,担当教諭は,できる限り生徒の安
全にかかわる事故の危険性を具体的に予見し,その予見に基づいて当該事故の発生
を未然に防止する措置を執り,クラブ活動中の生徒を保護すべき注意義務を負うも
のというべきである。
前記事実関係によれば,落雷による死傷事故は,平成5年から平成7年までに全
国で毎年5~11件発生し,毎年3~6人が死亡しており,また,落雷事故を予防
するための注意に関しては,平成8年までに,本件各記載等の文献上の記載が多く
存在していたというのである。そして,更に前記事実関係によれば,A高校の第2
試合の開始直前ころには,本件運動広場の南西方向の上空には黒く固まった暗雲が
立ち込め,雷鳴が聞こえ,雲の間で放電が起きるのが目撃されていたというのであ
る。そうすると,上記雷鳴が大きな音ではなかったとしても,同校サッカー部の引
率者兼監督であったB教諭としては,上記時点ころまでには落雷事故発生の危険が
迫っていることを具体的に予見することが可能であったというべきであり,また,
予見すべき注意義務を怠ったものというべきである。このことは,たとえ平均的な
スポーツ指導者において,落雷事故発生の危険性の認識が薄く,雨がやみ,空が明
るくなり,雷鳴が遠のくにつれ,落雷事故発生の危険性は減弱するとの認識が一般
的なものであったとしても左右されるものではない。なぜなら,上記のような認識
は,平成8年までに多く存在していた落雷事故を予防するための注意に関する本件
各記載等の内容と相いれないものであり,当時の科学的知見に反するものであっ
て,その指導監督に従って行動する生徒を保護すべきクラブ活動の担当教諭の注意
義務を免れさせる事情とはなり得ないからである。
これと異なる見解に立って,B教諭においてA高校の第2試合の開始直前ころに
落雷事故発生を予見することが可能であったとはいえないなどとして,被上告学校
の損害賠償責任を否定した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法
令の違反がある。論旨は理由がある。
第3上告代理人朝倉正幸ほかの上告受理申立て理由第5点について
1原審は,前記事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告協会の損
害賠償責任を否定した。
被上告協会は,その加盟団体であり権利能力なき社団であるC連盟が本件大会を
実施するに当たり,名目的に本件大会に関与したものにすぎないから,C連盟が本
件大会の主催者であり,被上告協会は本件大会の主催者ではない。
2しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
前記事実関係によれば,①被上告協会は,大阪府教育委員会の認可を受けて設
立されたスポーツ振興等を主な目的とする財団法人であるが,その加盟団体であり
権利能力なき社団であるC連盟に,本件実行委員会を設置させて,本件大会を開催
した,②高槻市から本件運動広場の貸与を受けていたのは,被上告協会であっ
た,③本件大会のパンフレットには,主催者として「財団法人Y協会C連盟」2
という名称が記載されていたというのであるから,特段の事情のない限り,被上告
協会は本件大会の主催者であると推認するのが相当である。そして,被上告協会の
加盟団体であり権利能力なき社団であるC連盟が本件大会の実施を担当していたか
らといって,上記特段の事情があるということはできない。そうすると,前記事実
関係に基づいて被上告協会が本件大会の主催者ではないとして被上告協会の損害賠
償責任を否定した原審の認定判断には,経験則に違反する違法があり,この違法が
判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。
第4結論
以上によれば,原判決のうち被上告人らに関する部分は破棄を免れない。そし
て,本件については,A高校の第2試合の開始直前ころまでに,B教諭が落雷事故
発生の危険を具体的に予見していたとすれば,どのような措置を執ることができた
か,同教諭がその措置を執っていたとすれば,本件落雷事故の発生を回避すること
ができたか,被上告協会が本件大会の主催者であると推認するのが相当といえない
特段の事情があったかなどについて,更に審理を尽くさせるため,上記部分につ
き,本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官中川了滋裁判官滝井繁男裁判官津野修裁判官
今井功裁判官古田佑紀)

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