弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人前堀政幸の上告趣意(昭和四一年八月二七日付)は、事実誤認、単なる法
令違反の主張であり(なお、記録に徴すれば、被告人およびAの捜査官に対する所
論供述が任意性を欠くものではないとした原判決の判断は正当である。)、適法な
上告理由にあたらない。
 弁護人信正義雄の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であり、適法な
上告理由にあたらない。
 弁護人前堀政幸の上告趣意(昭和四一年八月二六日付)第一点について。
 共謀共同正犯が成立するためには、二人以上の者が、特定の犯罪を行なうため、
共同意思の下に一体となつて互いに他の行為を利用し、各自の意思を実行に移すこ
とを内容とする謀議をなし、よつて犯罪の実行をしたことを要し、右内容の謀議が
成立したというためには、単に他人が犯罪を行なうことを認識しているだけでは足
らず、数人が互いに他の行為を利用して各自の犯意を実行する意思が存することを
要するけれども、実行者の具体的行為の内容を逐一認識することを要せず、これを
公職選挙法に定める金銭供与の罪についていえば、数人の間に一定の選挙に関し一
定範囲の選挙人または選挙運動者に対し、投票または投票とりまとめを依頼し、そ
の報酬とする趣旨で金銭を供与するという謀議が成立すれば足り、その供与の相手
方となるべき具体的人物、配布金額、金員調達の手段等細部の点まで協議されるこ
とを必要とするものでないことは、当裁判所の判例とするところである(昭和二九
年(あ)第一〇五六号同三三年五月二八日大法廷判決〔刑集一二巻八号一七一八頁
〕、昭和二四年(れ)第二七一〇号同二六年九月二八日第二小法廷判決〔刑集五巻
一〇号一九八七頁〕昭和三七年(あ)第八六三号同三七年一二月二七日第一小法廷
判決〔裁判集一四五号七三三頁〕)。そして、原判決(第二次第二審判決を指す。
以下単に「原判決」という。)の判示するところによれば、差戻後の第一審および
原審(第二次第二審)で取り調べた新たな証拠を加えた全証拠によれば、被告人は、
本件選挙に立候補する予定で自己の当選を得る目的でかねてAから選挙運動資金と
して三〇〇万円を調達せよといわれており、両名でBを訪れて選挙対策について意
見や教示を求め、同人から当選に要する獲得票数や選挙運動資金として三〇〇万円
位は必要であり、対立候補者の立候補を断念させるにも五〇万円位要すること、候
補者は選挙運動資金の支出に関与しないこと等の助言や忠告を聞き、その後Aから
の要求もあつて、選挙運動資金として約三〇〇万円調達することとし、右金員は選
挙費用のほか地区選挙人らに対する買収資金を含むものであることを相互に認識し、
右資金の運用はAにおいてすることの協議が成立したものとみられるというのであ
るから、これによれば被告人とAとの間には、本件選挙に関し被告人の当選を得る
目的で、選挙費用のほか地区選挙人らに対する買収資金を含むものとして被告人に
おいて三〇〇万円位を調達し、これら資金の支出には被告人は関与せず、Aにこれ
を一任する旨の謀議が成立していたもので、被告人とAとの間には、公職選挙法に
定める金銭供与の罪を実行しようとする共謀が成立していたものと解せられる。
 しかるに原判決は、甲、乙の丙に対する供与罪の共同正犯が肯定されるためには、
甲、乙間においてその授受された金員について、これが単に地区選挙人または選挙
運動者に対する買収資金として使用されるものであるというだけの意思連絡がある
だけでは足らず、金員供与の相手方、金額、供与時期、方法等について両者の間に
謀議の成立することが必要であると判示して、被告人とAとの間には金銭供与罪の
共謀は成立しない旨判断したのは、当裁判所の前記各判例と相反する判断をしたも
のといわなければならない。もつとも所論は、被告人とAとの間に金銭供与の共謀
が認められる以上、共謀者間の供与資金の授受は、交付罪、受交付罪を構成しない
と主張し、判例違反を主張するけれども、公職選挙法二二一条一項一号の供与等い
わゆる買収を目的とする金銭または物品を交付しまたはその交付を受ける行為は、
右買収を共謀した者相互の間で行なわれた場合でも、同条五号の交付または受交付
の罪を構成するを妨げないことは、当裁判所昭和四〇年(あ)第一五四一号同四一
年七月一三日大法廷判決(刑集二〇巻六号六二三頁)の判示するところである。し
たがつて、所論引用の各判例は、既に右大法廷の判決により変更されたのであるか
ら、所論判例違反の主張は採ることを得ない。
 しかし、供与の罪を共謀した者の間で、買収を目的とする金銭または物品を交付
しまたは交付を受ける行為が行なわれた場合に、交付罪または受交付罪を構成する
ことを妨げないとしても、その共謀にかゝる供与等の目的行為が行なわれたとき(
供与等の申込、約束がなされ、または次の交付もしくはその申込、約束がなされた
ときを含む)には、一旦成立した交付または受交付の罪は後の供与等の罪に吸収さ
れ別に問擬することを得なくなること、そして右の交付または受交付にかかる金銭
または物品のうち一部分のみについて、後の供与等の行為が行なわれた場合には、
その部分についての交付または受交付の罪は、後の供与等の罪に吸収されるが、受
交付者の手裡に保留されたその余の部分については、交付および受交付の罪は吸収
されることなく残り、右供与等の罪と交付または受交付の罪とは、刑法四五条の併
合罪をなすものと解すべきこともまた前記大法廷の判決の判示するところである。
そして、原判決が是認した第二次第一審判決(以下第一審判決という)によれば、
Aは、被告人から交付を受けた判示第一の一〇〇万円の金員のうちから、
 (1) 昭和三八年三月二〇日ころ被告人の選挙区の選挙人Cに被告人のための
選挙運動の報酬等として金三〇万円を、
 (2) 同日ころ前同選挙人Dに前同趣旨で金三五万円を、
 (3) 同月二一日ころ前同選挙人Eに前同趣旨で金一五万円を、
 (4) 同月二二日ころDと共謀のうえ、前同選挙人Fに前同趣旨で金三万円
をそれぞれ供与し、同じく被告人から交付を受けた判示第一の一〇〇万円ないし判
示第二の四七万円のうちから、
 (5) 同月二五日ころ前同選挙人Gに前同趣旨で金五万円を、
 (6) 同月二八日ころ、前同選挙人Hに前同趣旨で金二万円を、
それぞれ供与し、
同じく被告人から交付を受けた判示第三の一四八万八〇〇〇円のうちから、
 (7) 同月二九日ころに前同選挙人であり被告人の本件選挙における出納責任
者になることを予定されていたIに対し、法定選挙費用六〇万円のほかに、買収資
金として金四〇万円を交付した
との事実が、同判決挙示の証拠により認定できるというのである。そして、被告人
とAとの間には本件選挙に際し被告人の当選を得る目的で、被告人の選挙区の選挙
人または選挙運動者をいわゆる買収しようとの金銭供与の罪の共謀が成立していた
とすれば、第一審判決が認定した被告人のAに対する金銭交付の罪のうち、同判示
第一の一〇〇万円中Aが前記C、D、Eに供与した金員およびAがDと共謀して、
Fに供与した金員との合計八三万円は、右供与の罪に吸収され、交付罪としては問
擬することを得なくなるはずのものであり、判示第三の一四八万八〇〇〇円中Aが
Iに交付した法定選挙費用六〇万円は適法な選挙費用の支出であるから、本来交付
罪とならないものであり、右Iに交付した四〇万円は買収資金として交付されたも
のではあるが、右は被告人とAとの共謀によるIに対する交付罪に吸収され、被告
人からAに対する交付罪としては問擬できないはずのものである。また、AがGに
供与した金五万円およびHに供与した金二万円の計七万円は、Aが被告人から交付
を受けた判示第一の一〇〇万円または判示第二の四七万円のうちから支出されたも
ので、そのいずれの金員より支出されたか特定できないというのであるが、いずれ
にしても、右七万円については、被告人のAに対する交付罪は右供与罪に吸収され、
交付罪としては問擬できないはずのものである。もつとも、右各供与の罪およびI
に対する四〇万円の交付の罪(昭和四〇年二月一二日付追起訴にかかる犯罪事実)
については、第一審判決ならびに原判決は、ともに、被告人とAとの間に共謀の成
立は認められないとして、被告人に対しては犯罪の証明なしとして無罪の言渡をし
ており、原判決のこの部分に対しては検察官から上告の申立がないから右の事実に
ついては、既に無罪の判決が確定したものとして今や被告人に対しその罪責を問う
べきものではない。そして、被告人の上告申立により当審の審理の対象となつてい
る被告人のAに対する各金員交付の事実についても、前記のように、その目的とし
た供与の行為および次の交付の行為が現に行なわれたことが認められる以上、その
供与罪もしくは次の交付罪に吸収されるはずの部分については、被告人に対しその
罪責を問うことはできないのである。したがつて、第一審判決判示第一ないし第三
の交付の事実全部について被告人に罪責を問うた第一審判決を是認した原判決は、
前記のように共謀の成否に関し、判例と相反する判断をした結果、ひいて有罪とす
べからざるものを有罪とした違法をおかしたものというほかなく、この判例に反す
る判断をしたことは、判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、論旨はその限度
において理由あるに帰する。
 よつて、同第二点の論旨に対する判断を省略し、刑訴法四〇五条二号、四一〇条
本文により原判決を破棄し、同四一三条本文により本件を原裁判所たる大阪高等裁
判所に差し戻すべきものとし主文のとおり判決する。
 この判決は、裁判官長部謹吾の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によ
るものである。
 裁判官長部謹吾の反対意見は次のとおりである。
 記録に徴すれば、被告人がAに本件金員を交付するにあたり、両者の間に右金員
をもつてする供与等のいわゆる買収の共謀が存在したものと認めるべきこと、した
がつて、右の共謀が認められないとした原判決の判断が共同正犯に関する法令の解
釈適用を誤り、当裁判所の判例にも違反するものであることおよび右の過誤にもか
かわらず、原判決が、Aとの共謀に基づくCほか六名を相手方とする各金員の供与
又は交付の公訴事実(追起訴にかかる公訴事実)につき無罪を言い渡した第一審判
決を維持し、この無罪の判断が確定しているために、もはや被告人に対して右共謀
に基づく供与等に関する罪責を問うことができなくなつたこと等の諸点に関しては、
わたくしも、多数意見に賛同する。
 しかしながら、多数意見が、原判決の維持した第一審判決において当初の起訴に
かかる本件交付の事実全部につき罪責を認めたことをもつて、有罪とすべからざる
ものを有罪とした違法をおかすものとしている点には、賛成することができない。
すなわち、多数意見は、被告人からAに対して交付された金員のうちに、この両名
の共謀に基づき、前記Cほか六名の者にさらに供与又は交付された金員の含まれて
いることが認められる以上、この部分に関するAへの交付の罪は、同人との共謀に
基づく供与又は第二次交付の罪に吸収されることになつて、その罪責を問うことが
できないと説示しているのであるが、かかる見解は、多数意見が準拠引用している
当裁判所大法廷の判例(昭和四〇年(あ)第一五四一号同四一年七月一三日判決)
の本旨を理解しない誤つた解釈といわなければならない。同判例が、いわゆる供与
等の買収を共謀した者の間において、その買収を目的とする金品の授受が行なわれ
た場合に、右金品授受の構成する交付又は受交付の罪がのちに当該金品をもつて行
なわれた共謀にかかる供与又は第二次交付の罪に吸収されるとした趣旨は、その共
謀にかかる供与又は第二次交付の事実が犯罪事実として判決において認定され、各
該当罰条の罪に問擬されるべきことを前提としているのであつて、単に証拠資料に
よつて右共謀にかかる供与等の事実が認定しうるというだけで、ただちにこの法理
が適用されるとしたものと解すべきではない。かかる意味において、右判例が用い
ている吸収なる用語の意義は、成立の認められる二つの罪責に基づき当該行為者を
処罰すべき段階にいたつたことを前提としたうえで、その一方をもつて処罰すれば
他方の処罰は当然これに包摂されるとする趣旨のものと理解すべきであつて、吸収
の母体となるべき行為の処罰がなされない場合においても、なおここにいうところ
の吸収の問題を生ずるとするがごとき解釈は、とうてい右判旨の予想しないところ
といわなければならない。もし、右判例の趣旨をかように理解することなく、多数
意見のごとく解するとすれば、共謀にかかる金品の供与又は第二次交付の事実を証
拠上認定することのできる事案について、たまたま検察官が、その共謀者間におけ
る金品の授受のみを交付又は受交付の罪の訴因として公訴を提起し、裁判所の釈明
又は訴因変更命令にもかかわらず、ついに訴因変更の手続に応ずることなく終つた
場合においては、当該行為者に対して起訴状の訴因についてさえその罪責を問うこ
とができないというきわめて不合理な結果を招くことになる。
 いうまでもなく、一般にいわれる吸収犯の理論が、罪数評価に関するひとつの範
疇として、実体法上の法概念に属することを争うものではないが、その適用はつね
に刑罰権の形成過程と表裏不可分の関係において行なわれるべきものであり、その
意味で、吸収犯の理論は多分に訴訟法的思考の側面をも併有することを看過しては
ならないと解される。かくして、前記共謀にかかる金員の供与等に関する無罪判決
の確定力が及ぶことをもつてこれに対応する交付の罪責を問いえないとするならば
格別、一方で右無罪判決の確定したことを理由に、その対象とされた共謀にかかる
供与等の罪責を問うことができない点を肯定しながら、証拠上その犯罪事実を認定
することが可能であるがゆえに、これに対応する交付の罪は吸収されてその罪責を
問うことができないとする多数意見の立論に対しては、いかにしても承服すること
ができない。
 なお、買収共謀者間における金品の交付又は受交付の行為と、その共謀にかかる
当該金品の供与等の行為とは、基本的事実関係として互いに同一の公訴事実に属す
るものとはいいうるが、前述のとおり、この両者は各処罰の段階においていうとこ
ろの吸収の関係を生ずるにとどまり、本質的にはそれぞれ独立別個の犯罪を構成す
べき性質のものであるから、本件のように両者が同時に審判の対象とされ併合審理
されてきた場合において、その一方を対象とする判決が先に確定したときは、右公
訴事実の同一性にもかかわらず、他方は訴訟法的に分離され、右確定判決の既判力
が他方に及ぶことはないと解するのが相当である。この点に関して、多数意見がい
かなる見解に立つものか必ずしも明確でないが、わたくしは、右の観点から、本件
共謀にかかる金品の供与等に関してすでに無罪判決が確定しているとしても、その
既判力が原判決の維持した第一審判決の認定にかかる交付の事実に及ぶことはあり
えず、結局、被告人に対して第一審判決判示にかかる交付の罪責を肯認した原判決
は、正当として維持されて然るべきものと考える。(もつとも、被告人がAに交付
した本件金員中には、一部法定選挙費用に充当すべく授受されたものも含まれてい
ることがうかがわれ、もしこれが多数意見のごとく明確に特定しうるものであるな
らば、この部分については少なくとも交付の罪を認めることができないことになる
が、右金員は、本件交付金員の全額からみて、一部分にすぎないものと認められる
から、結局右の過誤は、判決に影響を及ぼすべきものでなく、原判決破棄の事由と
はなりえないと考えられる。)
 検察官 横井大三出席
  昭和四三年三月二一日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    大   隅   健 一 郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠

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