弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決および第一審判決中被告人に関する部分を破棄する。
     本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。
         理    由
 被告人本人の上告趣意は、事実誤認、法令違反、量刑不当の主張であつて、刑訴
四〇五条の上告理由に当らない。
 弁護人相沢登喜男の上告趣意は、事実誤認、法令違反の主張であつて、同四〇五
条の上告理由に当らない。
 しかし職権をもつて調査すると、原審の是認する第一審判決は、押收にかかる洋
服生地類九八反(証第一二号ないし第一九号)の没收の言渡をしているのであるが、
原判決の認定によれば、右洋服生地類は、被告人が密輸出の目的でA商店から買い
受けたものであるところ、密輸出が不能となつたため、同商店との間に売買契約を
解除したというのであるから、右物件の所有権は、A商店に復帰したものと認める
のが相当である。そして被告人以外の第三者たる所有者に告知、弁解、防禦の機会
を与えることなくその所有物を没收することが憲法三一条、二九条に違反し許され
ないことは当裁判所の判例(昭和三〇年(あ)第九九五号、同三七年一一月二八日
大法廷判決)とするところであるから、前記洋服生地類九八反の没收を言い渡した
第一審判決およびこれを是認した原判決は、憲法の右各条に違反し破棄を免れない。
また第一審判決は、押收に係る人絹布一一点(証第二〇号ないし第二二号)を同判
示第一の(二)の犯罪に係るものであるとして没收しているが、同判示事実によれ
ば、被告人が密輸出しようとした物件は、絹織物四二反および絹製レース一反であ
つて、主文と理由との間にくいちがいがあることが明らかである。なお同判決は、
押收にかかる現金三万円(証第三二号)を没收しているが、記録によれば、右三万
円は、密輸出の手数料等として同判示B米空軍一等兵に交付されたものであること
が窺われ、これを同判示第一の犯行に供した物件であるとして没收した同判決は、
事実を誤認したか又は刑法一九条一項二号の解釈を誤つた違法があるものというべ
きである。従つて同判決およびこれらの違法を看過した原判決は、この点において
もこれを破棄しなければ著しく正義に反するものといわなければならない。
 よつて刑訴四一〇条一項本文、四〇五条一号、四一一条一号、三号、四一三条本
文により原判決および第一審判決中被告人に関する部分を破棄し、本件を名古屋地
方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。
 この判決は、裁判官奥野健一の意見、同斎藤朔郎の補足意見および同山田作之助
の少数意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
 裁判官奥野健一の意見は次のとおりである。
 旧関税法八三条の没收規定の適用上、犯罪に係る貨物が犯人の所有に係るもので
あるか否かを判断するには、裁判所は真実の所有権が犯人又は犯人以外の第三者に
存するか否かを判断すべきものであつて、その所有権取得につき所謂対抗要件を具
備するか否かによつて区別すべきではない。けだし、対抗要件の制度は私法上の取
引の安全のため認められた制度であつて、刑事裁判において、取引の関係者でない
裁判所が、所有権を取得した第三者が引渡等の対抗要件を備えていないから、その
所有権の取得を否認すべきであるとか、また対抗要件を備えなくともこれを認める
とかいうようなことを言うべき立場にないからである。原判決によれば、没收すべ
きものとされた第一審判決判示第二の本件八梱の貨物(洋服生地類九八反)の所有
権は犯罪後売買契約解除により第三者たるA商店に復帰したものと認定した趣旨と
解せられるから、同商店が引渡その他の対抗要件を具備したか否かに拘らず、犯人
以外の第三者の所有に属するものと認めるのが相当である。然らば、被告人以外の
第三者たる所有者に告知、弁解、防禦の機会を与えることなくその所有物を没收し
た第一審判決及びこれを是認した原判決は違法たるを免れない。
 また、第一審判決判示第二の五梱に内包された貨物(洋服生地類)は、一審相被
告人Cの所有に属し、被告人の所有に属しないことは本件記録上明らかであるから、
所有者でない被告人から右貨物の原価に相当する金額を追徴した第一審判決及びこ
れを是認した原判決は違法である。その理由は、当裁判所昭和三四年(あ)第一二
六号同三八年五月二二日大法廷決定に表示されている私の意見のとおりであるから、
ここにこれを引用する。
 裁判官斎藤朔郎の補足意見は、次のとおりである。
 所有権移転の対抗要件の有無と沒收の関係についての奥野裁判官の意見に、私は
同調する。
 所有者でない共犯者に対する追徴の違法でないことについての私の意見は、当裁
判所昭和三四年(あ)第一二六号同三八年五月二二日大法廷決定に表示されている
私の意見と同一であるから、ここにそれを引用する。
 没收の点に関する裁判官山田作之助の少数意見は次のとおりである。
 わたくしは、被告人が沒收さるべき犯罪貨物(例えば、密輸に係る宝石の如き)
を、犯行後、第三者に譲渡したとしても、いまだそのものについての引渡がなされ
ておらず、依然、被告人が、その物を占有中、証拠物件として押收された場合には、
「動産ニ関スル物権ノ譲渡ハ其動産ノ引渡アルニ非サレハ之ヲ以テ第三者に対抗ス
ルコトヲ得ス」と規定している民法一七八条の適用により、右物件は、なお被告人
の所有物件として没收するのを相当と考える。刑事事件には、民法一七八条は適用
の余地はないとし、本件において、被告人が犯行後、その所有にかかる犯罪貨物(
証第一二号ないし一九号)を、もとの売主たるA商店に(同商店との売買契約を解
除することにより)返還することを約したことにより、いまだ、そのものの引渡が
なされておらず、被告人占有にかかる証拠物件として押收されておるものなるにか
かわらず、既にA商店の所有物件となりたるものとして、これを没收することは、
所謂第三者所有物件を没收することに該当するもので違法であるとすることには、
にわかに賛同することはできない。
 また、わたくしは第三者所有物件でも被告人の占有にかかる犯罪貨物については、
没收の言渡をしても違法ではないと解するのであるから(昭和三〇年(あ)第二九
六一号同三七年一一月二八日言渡大法廷判決におけるわたくしの少数意見参照)、
原判決の是認する第一審判決のなした前記犯罪貨物についての没收の言渡は、多数
説に従つて右が第三者の所有に帰したものであるとしても被告人占有の犯罪貨物の
没收であるから、適法であつて、原判決および第一審判決に違法があり破棄を免れ
ないとすることには同調できない。
 検察官 村上朝一公判出席
  昭和三八年六月一九日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    横   田   喜 三 郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    垂   水   克   己
            裁判官    下 飯 坂   潤   夫
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    石   坂   修   一
            裁判官    山   田   作 之 助
            裁判官    横   田   正   俊
            裁判官    草   鹿   浅 之 介
 裁判官池田克は退官につき署名押印することができない。
         裁判長裁判官    横   田   喜 三 郎

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