弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人海渡雄一、同川村理の上告理由及び上告人の上告理由について
 死刑確定者の拘禁の趣旨、目的、特質にかんがみれば、監獄法四六条一項に基づ
く死刑確定者の信書の発送の許否は、死刑確定者の心情の安定にも十分配慮して、
死刑の執行に至るまでの間、社会から厳重に隔離してその身柄を確保するとともに、
拘置所内の規律及び秩序が放置することができない程度に害されることがないよう
にするために、これを制限することが必要かつ合理的であるか否かを判断して決定
すべきものであり、具体的場合における右判断は拘置所長の裁量にゆだねられてい
るものと解すべきである。原審の適法に確定したところによれば、被上告人東京拘
置所長は東京拘置所の採用している準則に基づいて右裁量権を行使して本件発信不
許可処分をしたというのであるが、同準則は許否の判断を行う上での一般的な取扱
いを内部的な基準として定めたものであって、具体的な信書の発送の許否は、前記
のとおり、監獄法四六条一項の規定に基づき、その制限が必要かつ合理的であるか
否かの判断によって決定されるものであり、本件においてもそのような判断がされ
たものと解される。そして、原審の適法に確定した事実関係の下においては、同被
上告人のした判断に右裁量の範囲を逸脱した違法があるとはいえないから、本件発
信不許可処分は適法なものというべきである。これと同旨の原審の判断は、是認す
るに足り、原判決に所論の違法はない。右判断は、市民的及び政治的権利に関する
国際規約及び監獄法の所論の各条項に違反するものではない。論旨は、独自の見解
に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
 よって、裁判官河合伸一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文
のとおり判決する。
 裁判官河合伸一の反対意見は、次のとおりである。
 一 原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
 1 東京拘置所は、死刑確定者の信書の発出(以下「発信」ということがある。)
を、次の(1)(2)のいずれかに当たる文書についてのみ許可し、これら以外の
文書(以下「一般文書」という。)の発信は許可しないとの取扱基準(以下「東拘
基準」という。)を設けている。
 (1)本人の親族、訴訟代理人その他本人の心情の安定に資するとあらかじめ認
められた者にあてた文書
 (2)裁判所等の官公署あての文書又は訴訟準備のための弁護士あて等の文書で、
本人の権利保護のために必要かつやむを得ないと認められるもの
 2 上告人は、昭和六二年四月二七日以来、死刑確定者として東京拘置所に拘置
されている者であるが、平成四年八月、読売新聞の「気流」欄に掲載された「被害
者の人権考えぬ廃止論」と題する投書を読み、「死刑の廃止は被害者の人権を無視
するものとの議論には誤解があると思う」との趣旨の文書(以下「本件文書」とい
う。)を同紙に投稿しようとして、同月一九日、被上告人にその発信の許可を申請
した。
 これに対し、被上告人東京拘置所長は、東拘基準に基づいて審査し、本件文書の
発出については上告人の権利保護のために必要かつやむを得ないと認めるに足りる
事情がないと判断して、同月二〇日、これを不許可とする旨決定した(以下「本件
処分」という。)。
 3 上告人は、本件処分は違法であると主張して、その取消しと慰謝料を求める
本訴を提起した。
 二 原審は、東拘基準は「死刑確定者の監獄における処遇に通暁した者が、死刑
確定者を拘禁する目的、その拘禁の特質、死刑確定者の地位の特殊性に配慮し、こ
とに死刑確定者の心情の安定を重視して、その裁量権行使のための準則として採用
したものとして、優にその合理性を肯定できる」とした上、本件文書を新聞に投稿
することが死刑確定者の権利保護のため必要かつやむを得ないと認めることはでき
ないから、本件処分は東拘基準を正しく適用したものであり、適法であるとして、
本件文書の発出を許可しないこと自体については具体的にその適法性ないし合理性
を認定・判断することなく、上告人の右請求をいずれも排斥した一審判決を維持し
た。
 三 本件においてまず検討すべきは、東拘基準が、死刑確定者の発信を、一般文
書につきすべて許可しないこととしていることの適否である。
 この点について原審は右のように判示したが、これを是認することはできない。
 1 他人に対して自己の意思や意見、感情を表明し、伝達することは、人として
最も基本的な欲求の一つであって、その手段としての発信の自由は、憲法の保障す
る基本的人権に含まれ、少なくともこれに近接して由来する権利である。死刑確定
者といえども、刑の執行を受けるまでは、人としての存在を否定されるものではな
いから、基本的にはこの権利を有するものとしなければならない。もとより、この
権利も絶対のものではなく、制限される場合もあり得るが、それは一定の必要性・
合理性が存する場合に限られるべきである。
 すなわち、死刑確定者の発信については、その権利の性質上、原則は自由であり、
一定の必要性・合理性が認められる場合にのみ例外的に制限されるものと解すべき
であって、監獄法四六条及び五〇条の規定も、この趣旨に解されることは明らかで
ある。
 しかるに、東拘基準は、この原則と例外を逆転し、わずかの場合を除き、死刑確
定者の発信を、それを制限することの具体的必要性や合理性を問うことなく、一般
的に許さないとしているのであって、右の権利の性質に矛盾し、法の規定にも反す
るものといわねばならない。
 2 原審は、拘置所長が東拘基準を準則として採用し、かつ、これを適用して本
件処分をしたことが、拘置所長の専門的裁量権の行使として適法であるとするもの
のごとくである。
 死刑確定者の拘禁は、その刑の執行を確保することを目的としている。したがっ
て、この目的を阻害するおそれのある文書の発信は、制限されて当然である。また、
監獄は多数の者を収容する施設であって、その正常な管理のためには内部の規律・
秩序を維持する必要があるから、その障害となるような文書の発信が制限されるこ
とも、やむを得ない。ことに死刑確定者は、その置かれている立場から、一般に、
拘禁の目的を阻害し、あるいは監獄内の規律・秩序を乱す挙に出る可能性が刑事被
告人や受刑者より高いといえるであろうから、そのような挙に出ることを防止する
という意味で、死刑確定者の心情の安定に特に配慮する必要があることも理解でき
る。そして、これらについては、監獄内の実情に通暁し、直接その衝に当たる拘置
所長の裁量にゆだねられるべきところが少なくないことも確かである。
 3 しかし、拘置所長の右裁量権の行使が合理的なものでなければならないこと
は、多言するまでもない。したがって、拘置所長が、拘禁の目的が阻害され、ある
いは監獄内の規律・秩序が害されることを理由に、右裁量権の行使として、死刑確
定者の発信を制限する場合でも、そのような障害発生の一般的・抽象的なおそれが
あるというだけでは足りず、対象たる文書の内容、あて先、被拘禁者の性向や行状
その他の関係する具体的事情の下において、その発信を許すことにより拘禁の目的
の遂行又は監獄内の規律・秩序の保持上放置することのできない障害が生ずる相当
の蓋然性があることを具体的に認定することを要し、かつ、その認定に合理的根拠
が認められなければならない。さらに、その場合においても、制限の程度・内容は、
拘置所長がその障害発生の防止のために必要と判断し、かつ、その判断に合理性が
認められる範囲にとどまるべきものである(注)。
 4 拘置所長の右認定・判断は、本来個々の文書ごとにされるべきものであるが、
対象たる文書の性質等によっては、ある程度の類型的認定・判断が可能なものもあ
るであろう。したがって、そのような文書につき、右の類型的な認定・判断に基づ
いてあらかじめ取扱基準を設けておき、発信の許可を求められた文書が右類型に属
する場合には、その基準によってこれを取り扱うという措置も、まったく許されな
いものとはいえない。しかし、そのような取扱いが拘置所長の裁量権の合理的行使
として是認されるためには、右3で述べた障害発生の相当の蓋然性があることの具
体的認定とその認定の合理的根拠の存在、並びに、その基準の定める程度・内容の
制限が必要であるとの判断とその判断の合理性が、当該類型的取扱いが対象とする
死刑確定者の文書のすべてを通じて、認められなければならない。
 5 東拘基準は、死刑確定者が発信を求める文書のうち、前述の除外文書以外の
一般文書のすべてを対象として、これを許さないとするものである。
 右に述べたところからすれば、そのような類型的取扱いが拘置所長の裁量権の行
使として是認されるためには、(イ)拘置所長が、「死刑確定者に一般文書の発出
を許せば、個々の文書の内容やあて先、その発信を求める理由や動機、個々の死刑
確定者の個性や気質、日常の行状など、具体的事情の如何を問わず、常に、拘禁の
目的の遂行又は監獄内規律・秩序の保持上放置できない障害が生ずる相当の蓋然性
がある」と認定したこと、(ロ)その拘置所長の認定に合理的な根拠があると認め
られること、(ハ)拘置所長が、「そのような障害発生を防止するためには、死刑
確定者の一般文書の発出をすべて不許可とする措置が必要である」と判断したこと、
及び、(ニ)拘置所長のその判断に合理性が認められること、という要件がそろわ
なければならない。
 しかし、東拘基準を設定し、あるいはこれを維持するに当たり、東京拘置所長に
おいて、右(イ)及び(ハ)の認定・判断をしたか否かは明らかでなく、たとえそ
のような認定・判断をしていたとしても、それについて右(ロ)及び(ニ)の要件
が満たされているとはとうてい認めることができない。本件記録によっても、これ
らの諸点について具体的な主張・立証は全くされておらず、原判決も何らの認定・
判断を示していない。
 したがって、東拘基準による類型的取扱いを拘置所長の合理的裁量権の行使とし
て、是認することはできない。
 四 被上告人東京拘置所長は、本件文書の発出の許否を決するにあたっては、本
来、前記三3の認定・判断をするべきであった。
 しかるに、そのような具体的認定・判断をしたとの事実は全く主張・立証されて
おらず、原審もまた確定していないところであって、同被上告人は単に東拘基準を
適用したのみで本件処分をしたと解するほかはない。そして、東拘基準及びこれに
基づく類型的取扱いを是認できないことは右に述べたとおりであるから、結局、上
告人の本件文書の発出を許可しなかった本件処分は、何らの合理的理由なしに上告
人の発信の権利を制限したものとして、違法といわざるを得ない。
 したがって、これを適法とした原判決は法律の適用を誤ったものであるから、そ
の余の論旨について判断するまでもなく、これを破棄し、更に審理をさせるため本
件を原審に差し戻すべきものである。
 注 最高裁昭和五二年(オ)第九二七号同五八年六月二二日大法廷判決・民集三
七巻五号七九三頁参照。
 なお、右判例が刑事被告人の新聞等閲読の自由の制限について示している適法性
判断基準は、拘置所長の裁量に関する部分を含め、基本的には、死刑確定者の発信
の自由の制限についても妥当するものである。たしかに、刑事被告人と死刑確定者
との間には、大きな相違がある。刑事被告人は、無罪の推定を受け、原則として一
般市民と変わらない自由を享受すべき者であるのに対し、死刑確定者は、既に有罪
が確定し、しかも極刑の宣告を受けている者である。そのため、拘禁の目的あるい
は監獄内秩序等の障害が発生する可能性が高く、その防止のため心情の安定に配慮
する必要もはるかに強いであろう。しかしながら、右のような相違は、すべて、右
判例の判断基準を適用する場合の判断要素として考慮すれば足りることである。少
なくとも、死刑確定者の発信の制限について右判断基準を全面的に排除する理由と
なるものではない。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    河   合   伸   一
            裁判官    福   田       博
            裁判官    北   川   弘   治
            裁判官    亀   山   継   夫

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