弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人高橋通泰の上告理由は、別紙記載のとおりである。
 原審は、上告人先代第一審原告(以下たんに原告という)亡Dが所論示談につき、
暗黙のうちに、訴外Eに一切の権限を授与し、かつ、右示談内容を諒承の上当時何
ら異議のなかつた事実を認定し、本訴損害賠償請求権は、すべて前記示談により消
滅に帰したと判断したものであること判文上明白である。
 しかし、原審が右事実を認定すべき根拠として判示するところをみると、(1)
本件事故発生当日である昭和二六年九月一一日、当時原告の家事一切を処理してい
た訴外Fが被上告人らの代理人から香典金五千円を異議なく受納した(2)その翌
日、原告の子本件事故被害者Gの葬儀終了後原告方庭先において、被上告人らの代
理人と原告の弟訴外Eとの間に本件事故についての示談交渉が行われ、その結果は
被上告人らから原告に金一万円を贈与し、これにより原告は本件事故により生ずべ
き一切の請求権を抛棄することとなつた(3)前記訴外Fは、右の趣旨を諒承の上、
自己の保管する原告の印鑑を自ら取り出して訴外Eに渡し、右請求権を抛棄する旨
の記載ある示談書及び金一万円と前記香典金五千円の合計金一万五千円の領収書の
各原告名下に押捺させ、その場で被上告人らの代理人から金一万円を異議なく受納
した(4)その後満二年間原告から右示談につき何ら異議申出がなかつた(5)原
告は、本件事故発生当時、小脳の疾患のため舌がふるえ、言語障害があり、歩行も
困難で病臥中であつたけれども、意思能力はあつた(6)その当時原告は他人に対
し代理権を授与する能力を有していたと認められる、というにすぎず、これだけで
は、原告が、前記示談につき暗黙の内に訴外Eに一切の権限を授与し、かつ右示談
内容を諒承の上当時何ら異議のなかつたことを肯認することはできない。けだし、
たとえ訴外Fが家事一切を処理していたとしても、右Gが本件事故に基き死亡した
損害賠償に関する示談につき原告の代理人を選任しあるいは他人のした示談を原告
に代つて承認するような権限を当然有するとは断じ得ないのみならず、本件事故当
時における原告の病状が原判示の如くならば前記示談後満二年間原告から異議申出
がなかつたことの如きも必ずしも原告において前記示談を諒承していたことを推断
せしむべき有力な事情とはなし難いからである。
 されば、原判示にかかる前記(1)ないし(6)の諸事実を綜合して原判示の示
談が原告のために効力を生じたものと判断した原判決は理由不備の違法があり、破
棄を免れないものであつて、論旨は結局理由がある。
 よつて、民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    垂   水   克   己
            裁判官    島           保
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    高   橋       潔
            裁判官    石   坂   修   一

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