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平成26年11月27日判決大阪高等裁判所
平成25549号損害賠償請求控訴事件
(原審・大阪地方裁判所平成2212826号)
口頭弁論終結日平成26年9月18日
主文
1原判決を取り消す。
2被控訴人は,控訴人Aに対し,268万7141円及びうち201万1
550円に対する平成22年9月1日から支払済みまで年5分の割合によ
る金員を支払え。
3被控訴人は,控訴人Bに対し,30万円及びこれに対する平成22年9
月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
5訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを5分し,その2を被控訴人の負
担とし,その余を控訴人らの負担とする。
6この判決の第2項及び第3項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人は,控訴人Aに対し,553万4871円及びうち452万045
0円に対する平成22年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を
支払え。
3被控訴人は,控訴人Bに対し,150万円及びこれに対する平成22年9月
1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1事案の要旨
本件は,控訴人らが,同人らの子であるC(平成18年8月6日死亡。)
が脳腫瘍(小児癌)に罹患したため,平成13年4月20日,重病を患って
長期療養が必要となった児童の監護者に対する援助の制度の有無について被
控訴人の窓口に相談したところ,対応した被控訴人の職員が,特別児童扶養
手当(以下「本件手当」という。)の制度が存在するにもかかわらず,本件
手当についての教示義務に違反して,援助制度はないとの回答をしたため,
控訴人Aは本件手当の支給を受けることができず,控訴人らは経済的な苦境
に陥るなどして精神的な苦痛を受けたと主張して,被控訴人に対し,国家賠
償法1条1項に基づき,控訴人Aにおいては,受給できたはずの平成13年
5月分から平成18年3月分までの本件手当相当額の合計302万0450
円並びにこれに対する平成13年8月12日から平成22年8月31日まで
の遅延損害金合計101万4421円及び同年9月1日から支払済みまで民
法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,控訴人らにおいては,精
神的苦痛に対する慰謝料各150万円及びこれらに対する不法行為後の日で
ある平成22年9月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅
延損害金の支払を求める事案である。
原審は,教示義務違反の事実を否定して控訴人らの請求をいずれも棄却し
たため,これを不服とする控訴人らが控訴した。
2前提事実
前提事実(争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めら
れる事実)は,原判決の「事実及び理由」の「第2事案の概要等」の2(原
判決3頁2行目~同頁14行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。
3争点及びこれに関する当事者の主張
争点及びこれに関する当事者の主張は,当審における補充主張も踏まえて次
のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」の「第3争点」(原判
決3頁16行目~6頁15行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。
原判決3頁25行目の「こども」を削る。
原判決4頁6行目冒頭から同頁9行目末尾まで違法性)を次のとお
り改める。
「ア本件手当を含む社会保障上の権利は,複雑多岐にわたり,通常人が理解
するには困難なことが多いところ,本件手当の制度のように,受給資格者
が請求をした日の属する月の翌月から支給するという認定請求主義ないし
非遡及主義を採りながら,制度の周知,教示がされないと,社会保障の受
給資格者は,制度を知らないままその社会保障を受けることができなくな
る。したがって,国ないし地方公共団体は,そのような社会保障制度につ
いて周知徹底義務を負い,その一内容として,窓口を訪れた相談者に対し,
適切な情報提供をする義務(教示・助言義務)を負う。
イ社会保障を担当する行政の窓口職員には,教示・助言義務として,相談
者の説明内容を的確に把握して,支給可能性のある給付が何であり,受給
資格としてどのような要件が定められており,相談者の場合にどのような
問題点があるのかを常に念頭に置いて,相談に当たることが要求されてい
る。また,相談者が具体的な社会保障制度の存在や内容を知らないことが
あり得ることからすれば,相談者が社会保障制度について具体的に質問を
していなくても,何らかの制度に基づく手当を受給できる可能性のある事
柄を述べたときには,窓口職員にはその制度についての教示・助言義務が
発生するというべきである。
ウ控訴人Bが被控訴人の窓口職員に述べた説明は,長期療養や長期入院を
必要とする病気となった子を対象とする制度に関する問い合わせである。
そのような子と本件手当の対象となる障害児とは,全く同義とはいえない
までも,社会通念上極めて近い概念であることからすれば,上記問い合わ
せに対し同職員がした「制度がない。」旨の回答は,誤った教示をしたも
のであって,教示義務に違反している。
また,控訴人Bは,D病院の医事課に相談したことを伝えて再度の質問
までしているにもかかわらず,無下に「ない。」と回答するのみで事実関
係の聴取もしなかった窓口職員の行為は,余りに不誠実であり,控訴人B
が本件手当の存在を知ることを積極的に妨害する行為ともいえるものであ
る。」
原判決4頁違法性の主張に対
して)を次のとおり改める。
「ア控訴人らは,窓口を訪れた相談者が社会保障制度について具体的に質問
をしていなくても,何らかの制度に基づく手当を受給できる可能性のある
事柄を述べたときには,窓口職員に教示・助言義務が発生すると主張する
が,どのような場合のことを指すのかが不明確であり,同義務を根拠付け
るには足りない。
イ仮に,控訴人Bが平成13年4月20日に「E課」の窓口を訪れ,重病
を患って長期療養が必要となった児童の監護者に対する援助制度があるか
について質問していたとしても,長期療養や長期入院を必要とする病気に
なった子と本件手当の対象となる障害児とは全く別の概念であって,長期
療養や長期入院を必要とする病気となった子を扶養する者への援助の制度
が存在しない以上,窓口職員は「ない。」と回答するほかない。本件手当
の制度は,障害児を監護する親を援助するものであって,控訴人Bの上記
質問だけでは,本件手当について具体的に質問していたとはいえないし,
Cの病状,手術の予定,手術結果の見通しや手術後のCの状態についての
医師からの説明内容等といった詳細を伝えられていない以上,窓口職員が
本件手当を想起することは不可能である。
ウ被控訴人の窓口職員の所管業務について教示義務を定めた明文の規定は
ないから,窓口職員がどの程度の教示をすべきかは,その裁量に委ねられ
ている。窓口職員は,相談事項に適合する社会保障制度があるのであれば,
相談者の説明内容を的確に把握して,支給可能性のある給付が何であり,
受給資格としてどのような要件が定められており,相談者の場合にどのよ
うな問題点があるのかを常に念頭に置いて,相談に当たることが要求され
ているといえる。しかし,控訴人Bの質問・相談のように,相談事項に適
合する社会保障制度がない場合において,相談事項に適合しない他の社会
保障制度に関してどのような教示をすべきかについては,追加質問をする
か否かの対応も含めて,窓口職員の広い裁量に委ねられているというべき
である。
なお,控訴人Bは,平成13年4月20日に被控訴人の窓口職員に相談
をした時点では,手術によりCの病気が治癒するであろうとの希望を持っ
ており,重い後遺障害が残るとは予想もしていなかったと思われる。そう
であれば,この時点での控訴人Bの相談はCが障害児になることを前提と
したものではなかったはずであり,また,窓口職員が重い障害が残ること
を前提とした本件手当の説明をすることは,かえって不謹慎であり,人情
に反する。
エしたがって,被控訴人の窓口職員が控訴人Bの質問に対し,「ない。」
との回答をしたとしても,その対応が裁量の範囲を著しく逸脱し違法であ
るとはいえない。」
原判決5頁9行目の「平成13年」から同頁12行目末尾までを次のとお
り改める。
「Fの回答(調査嘱託の結果)によれば,平成13年4月以降のCの病状が,
少なくとも本件手当の2級に該当することが認められるが,同回答は1級に
該当し得ることを否定するものではない。Cは,平成13年4月当時,脳腫
瘍摘出手術後も強力な抗癌剤による治療を必要とする状態であり,担当医も
Cと同程度の症状の児童であれば問題なく本件手当の1級に該当する旨の意
見を述べていること,Cの病状は平成13年4月以降ほとんど改善されてい
ないことからすれば,全ての期間を通じて,本件手当の1級に該当する状態
にあった。」
原判決5頁15行目の「平成22年8月31日までの」の次に「別紙計算
表1のとおりの」を加える。
第3当裁判所の判断
1認定事実
前記前提事実,甲12,控訴人B本人及び括弧内掲記の証拠等(書証のうち
枝番のあるものは,特に断らない限り,全枝番を含む。)並びに弁論の全趣旨
によれば,次の事実が認められる。
本件手当の支給に関する関係法令の定め
本件手当は,特別児童扶養手当等の支給に関する法律(以下「法」とい
う。)及び法の委任による特別児童扶養手当等の支給に関する法律施行令
(以下「施行令」という。)に基づき,精神又は身体に障害を有する児童の
監護者に支給されるものである。本件手当の支給に関する法及び施行令の定
めは,次のとおりである(アないしエの定めは,昭和60年法律第34号又
は同年政令第323号(いずれも昭和61年4月1日施行)による改正以降
改正されておらず,オの定めも実質的に改正されていない。)(甲10,1
7)。
ア国は,障害児の父又は母がその障害児を監護するときは,その父又は母
に対し,本件手当を支給する。この場合において,当該障害児を父及び母
が監護するときは,当該父又は母のうち,主として当該障害児の生計を維
持する者に支給する。(法3条1項,2項)
イ障害児とは,20歳未満であって,障害等級(障害の程度に応じて重度
のものから1級及び2級とし,各級の障害の状態は,政令で定める。)に
該当する程度の障害の状態にある者をいう(法2条1項,5項)。
ウ上記障害等級に係る障害の状態について,次の定めがある(施行令1条
3項,別表第3(以下「別表」という。))。
1級9号
身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号
(例えば,両上肢又は両下肢の機能に著しい障害を有するもの(3号,
6号),体幹の機能に座っていることができない程度又は立ち上がるこ
とができない程度の障害を有するもの(8号))と同程度以上と認めら
れる状態であって,日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度の
もの
2級15号
身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号
(例えば,平衡機能に著しい障害を有するもの(3号),咀嚼の機能を
欠くもの(4号),音声又は言語機能に著しい障害を有するもの(5
号),一上肢又は一下肢の機能に著しい障害を有するもの(8号,12
号),体幹の機能に歩くことができない程度の障害を有するもの(14
号))と同程度以上と認められる状態であって,日常生活が著しい制限
を受けるか,又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度
のもの
エ手当は,月を単位として支給し,毎年4月,8月及び12月の3期に,
それぞれの前月までの分を支払う。ただし,12月に支払うべき手当は,
手当の支給を受けている者の請求があったときは,その前月に支払う。手
当の支給は,受給資格者(受給資格及び手当の額について,都道府県知事
の認定を受けなければならない。)が認定の請求をした日の属する月の翌
月から始め,手当を支給すべき事由が消滅した日の属する月で終わる。受
給資格者が災害その他やむを得ない理由により認定の請求をすることがで
きなかった場合において,その理由が止んだ後15日以内にその請求をし
たときは,手当の支給は,認定の請求をすることができなくなった日の属
する月の翌月から始める。(法4条,5条1項,5条の2第1~4項)
オ本件手当の支給に関する事務のうち,上記の認定の請求の受理及びその
請求に係る事実についての審査に関する事務は,市町村長が行う(法38
条1項,施行令13条1号)。
障害の認定要領
厚生省(当時)は,別表における障害の認定基準に関して,「特別児童扶
養手当等の支給に関する法律施行令別表第3における障害の認定要領」(昭
和50年9月5日児発第576号厚生省児童家庭局長通知)を定めている。
その概要は,次のとおりである。(甲9,17,調査嘱託の結果)
ア法2条1項にいう「障害の状態」とは,精神又は身体に別表に該当する
程度の障害があり,障害の原因となった傷病が治った状態又は症状が固定
した状態をいう。
なお,「症状が固定した」については,症状が安定するか若しくは回復
する可能性が少なくなったとき又は傷病に関わりなく障害の状態が固定し
たときをいう。
イ内科的疾患に基づく身体の障害及び精神の障害の程度の判定に当たって
は,現在の状態,医学的な原因及び経過,予後等並びに日常生活の用を弁
ずることを不能ならしめる程度等を十分勘案し,総合的に認定を行う。
1級について,別表の「日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる
程度」とは,精神上若しくは身体上の能力が欠けているため,日常生活
において常に他人の介助,保護を受けなければほとんど自己の用を弁ず
ることができない程度のものをいう。
例えば,身の回りのことはかろうじてできるが,それ以上の活動はで
きないもの又は行ってはいけないもの,すなわち,病院内の生活でいえ
ば,活動の範囲が概ねベッド周辺に限られるものであり,家庭内の生活
でいえば,活動の範囲が就床病室内に限られるものである。
2級について,別表の「日常生活が著しい制限を受けるか又は日常生
活に著しい制限を加えることを必要とする程度」とは,他人の助けを借
りる必要はないが,日常生活は極めて困難であるものをいう。
例えば,家庭内の極めて温和な活動はできるが,それ以上の活動はで
きないもの又は行ってはいけないもの,すなわち,病院内の生活でいえ
ば,活動の範囲が概ね病棟内に限られるものであり,家庭内の生活でい
えば,活動の範囲が概ね家屋内に限られるものである。
ウ各傷病についての障害の認定は,「障害程度認定基準」により行う。
悪性腫瘍による障害の認定基準
上記「障害程度認定基準」には,第15節として悪性新生物(悪性腫瘍)
による障害の認定についての定めがある。その概要は,次のとおりである。
(甲9,乙7,調査嘱託の結果)
ア悪性新生物については,障害の程度に応じ,別表1級9号又は2級15
号に該当する。悪性新生物による障害の程度は,組織所見とその悪性度,
一般検査及び特殊検査,画像検査等の検査成績,転移の有無,病状の経過
と治療効果等を参考にして,具体的な日常生活状況等により,総合的に認
定するものとし,当該疾病の認定の時期以後少なくとも1年以上の療養を
必要とするものであって,長期にわたる安静を必要とする病状が,日常生
活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のものを1級に,日常生活が著
しい制限を受けるか又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする
程度のものを2級に該当するものと認定する。
イ悪性新生物による障害の程度は,基本的には認定基準に掲げられている
障害の状態を考慮するものであるが,各等級に相当すると認められるもの
を一部例示すると,次のとおりである。
著しい衰弱又は障害のため,身の回りのこともできず,常に介助がい
り,終日就床を必要としており,活動の範囲が概ねベッド周辺に限られ
るものは,1級に相当する。
衰弱又は障害のため,歩行や身の回りのことはできるが,時に少し介
助のいることもあり,軽い運動はできないが,日中の50%以上は起居
しているものは,2級に相当する。
ウ悪性新生物による障害の程度の認定例は上記イのとおりであるが,全身
衰弱と機能障害とを区別して考えることは,悪性新生物という疾患の本質
から,本来不自然なことが多く,認定に当たっては,組織所見とその悪性
度,一般検査及び特殊検査,画像診断等の検査成績,転移の有無,病状の
経過と治療効果等を参考とし,認定時の具体的な日常生活状況等を把握し
て,総合的に認定する。
Cの病状(甲3,8,乙3,6,8)
アCは,平成13年3月以降,頭痛,嘔吐等が続いたことから,同年4月
17日,D病院でCT検査を受けたところ,脳腫瘍(髄芽腫,小児癌)が
発見されたため,同病院脳外科に入院し,同月21日,小脳腫瘍摘出手術
を受けた。Cの腫瘍は3か所に存在したが,そのうち1か所は神経に浸潤
していて全部を摘出することができず,その後は化学療法と放射線療法を
継続した。この間,Cには,左胸にヒックマンカテーテル(点滴,採血等
を安全,容易にするために中心静脈につなぐ管)が挿入された。看護師で
ある控訴人Bは,上記手術当時,看護学校の教員をしていたが,Cの付添
看護をするため同年夏頃に退職した。Cは,強めの化学療法を施行するな
どしたところ,状態が安定したことから,通院治療に切り替えることにな
り,平成13年12月28日に退院となった。
イCは,平成14年2月から地元の小学校に復学した。控訴人Bは,少し
でもCを自立させたいという考えから,できるだけ登下校を一人でさせる
ようにしていたが,化学療法の副作用による貧血,ふらつき,歩行障害が
あり,食欲が弱く嘔吐も頻繁であったので,Cを教室まで送迎することも
多く,登校できても早退せざるを得ないことも多かった。また,Cのヒッ
クマンカテーテルは挿入されたままであったため,着替えには介助が必要
であり,入浴ができないので控訴人Bが清拭,洗髪を行っていた。
ウCは,平成15年8月,脳腫瘍(髄芽腫)が再発していることが判明し,
同月21日,D病院に入院し,平成16年4月30日に退院した。Cは,
この入院中,身の回りのことや,一定程度以上の歩行ができない状態にな
っていたほか,電子体温計の電子音が聞こえないなど,聴力に支障が出始
めており,控訴人Bが常にCの介助に当たっていた。また,放射線治療の
副作用により,記憶力の減退も来していた。
エCは,上記退院後の平成16年6月22日から地元の小学校への通学を
再開したが,登下校は控訴人Bが送迎し,給食を食べることができないた
め昼前に早退していた。その後,Cは,髄芽腫の再発を繰り返し,平成1
6年10月25日から平成17年3月31日まで入院したほか,平成17
年6月及び同年11月には輸血目的で短期間入院した。この時期のCは,
平衡感覚,記憶障害,食欲減退が顕著となっており,同年6月頃の林間学
校も,控訴人Bが自動車で送迎して夜間の行事の時間帯だけ見学をするこ
とができる程度であった。
オCは,平成18年2月26日,嘔吐をした上,意味のある言葉を発する
ことができない不穏な状態となり,D病院に再入院した。Cは,その後回
復することなく,同年8月6日に死亡した。
平成13年4月20日のE課におけるやり取り等(甲3)
控訴人Bは,平成13年4月18日,D病院において,同病院の医師から,
Cが脳腫瘍を切除する手術を受ける必要があること,しかし,全ての腫瘍を
取り除くことは困難であり,手術後も抗癌剤の投与等で長期療養を要するこ
との説明を受けた。そこで,控訴人Bは,看護学校の教員の仕事を辞めてC
の看護に専念することを決意するとともに,それに伴って経済的に苦しくな
ることが予想されたため,同病院の医事課を訪れて何らかの支援の制度がな
いかと尋ねたところ,同課の職員から,府による支援の制度があり,大抵は
市が窓口になっているから,市の窓口に行けばよい旨助言された。
控訴人Bは,同月20日,被控訴人の社会福祉を担当する部署であるE課
へ行き,Cが脳腫瘍で長期療養しなければならず,控訴人Bは仕事をするこ
とができないので,何か援助してもらえる制度はないかと尋ねたところ,窓
口で対応した被控訴人の職員は「ないです。」と即答した。控訴人Bは,D
病院の医事課に相談したことを伝えた上で,再度質問したものの,被控訴人
の職員は再び,「ないです。」と回答した。
そこで,控訴人Bは,そのような援助制度はないものとあきらめて帰宅し
た。この間の控訴人Bと被控訴人の職員とのやり取りに要した時間は,およ
そ5分程度であった。
2上記認定事実に関する被控訴人の主張について
被控訴人は,控訴人Bが平成13年4月20日にE課を訪れたことはなく,
しかしながら,控訴人Bが当時つけていたCの病状や看護に関する日記(甲
3)には,同日E課へ行ったことや,援助に関する制度について尋ねたが,
「ない。」との回答であったことが記載されており,この記載につき後に書き
加えられた疑いがあるなどの不自然な点は見当たらない。また,控訴人Bは,
同人作成の陳述書(甲12)及び本人尋問において,当日のE課におけるやり
取りや対応した職員の特徴等を具体的に供述しており,この供述の信用性に疑
いを差し挟むべき事情や証拠も存しない。
よって,この点に関する控訴人Bの上記供述は,信用するに足りるものと認
められる。
3被控訴人の職員に教示義務違反があったか否か(争点1)について
前記認定事実のとおり,本件手当に関しては,受給資格者が認定の請求を
した日の属する月の翌月から支給を開始し,災害その他やむを得ない理由に
より認定の請求をすることができなかったときでない限り,請求をする前に
遡って支給することはしないといういわゆる認定請求主義ないし非遡及主義
が採用されている。このように受給資格者の請求を前提とする社会保障制度
の下においては,受給資格がありながら制度の存在や内容を知らなかったた
めに受給の機会を失う者が出るような事態を防止し,制度の趣旨が実効性を
保つことができるよう,制度に関与する国又は地方公共団体の機関は,当該
制度の周知徹底を図り,窓口における適切な教示等を行う責務を負っている
ものというべきである。もっとも,制度の周知徹底や教示等の責務が法律上
明文で規定されている場合は別として,具体的にいかなる場合にどのような
方法で周知徹底や教示等を行うかは,原則として,制度に関与する国その他
の機関や窓口における担当者の広範な裁量に委ねられているものということ
ができるから,制度の周知徹底や教示等に不十分な点があったとしても,そ
のことをもって直ちに,法的義務に違反したものとして国家賠償法上違法と
なるわけではないというべきである。ただし,社会保障制度が複雑多岐にわ
たっており,一般市民にとってその内容を的確に理解することには困難が伴
うものと認められること,社会保障制度に関わる国その他の機関の窓口は,
一般市民と最も密接な関わり合いを有し,来訪者から同制度に関する相談や
質問を受けることの多い部署であり,また,来訪者の側でも,具体的な社会
保障制度の有無や内容等を把握するに当たり上記窓口における説明や回答を
大きな拠り所とすることが多いものと考えられることに照らすと,窓口の担
当者においては,条理に基づき,来訪者が制度を具体的に特定してその受給
の可否等について相談や質問をした場合はもちろんのこと,制度を特定しな
いで相談や質問をした場合であっても,具体的な相談等の内容に応じて何ら
かの手当を受給できる可能性があると考えられるときは,受給資格者がその
機会を失うことがないよう,相談内容等に関連すると思われる制度について
適切な教示を行い,また,必要に応じ,不明な部分につき更に事情を聴取し,
あるいは資料の追完を求めるなどして該当する制度の特定に努めるべき職務
上の法的義務(教示義務)を負っているものと解するのが相当である。そし
て,窓口の担当者が上記教示義務に違反したものと認められるときは,その
裁量の範囲を逸脱したものとして,国家賠償法上も違法の評価を受けること
になるというべきである。
これを本件についてみると,本件手当に係る制度においては,認定の請求
の受理及びその請求に係る事実についての審査に関する事務を市町村長が行
うこととされており,E課は,被控訴人の社会福祉を担当する部署として本
件手当に関与する機関であったと認めることができる。
そして,控訴人BがE課において行った相談内容をみると,Cが脳腫瘍で
長期療養しなければならず,控訴人Bは仕事をすることができないので,何
か援助してもらえる制度はないかというものであるところ,その発言内容か
らは,その監護に属する子が脳腫瘍に罹患したこと,母親として経済的な面
における公的援助を必要としていることが明らかである。ところで,一般に
脳腫瘍に罹患した場合,病状が重くなって日常生活に大きな困難を来し,か
つ,治療が困難であるため長期の療養が必要となる可能性が高いことは,社
会通念上容易に推察できるところである。また,本件手当に係る悪性腫瘍
(悪性新生物)による障害の認定基準によれば,悪性腫瘍に係る疾患におい
ては全身衰弱と機能障害とを区別して考えることが疾患の本質に照らして不
自然なことが多いという特質があることに鑑み,腫瘍の悪性度や病状の経過
等を参考にして,具体的な日常生活状況等により総合的に認定するものとさ
れ,当該疾病の認定の時期以後1年以上の療養を必要とするものは,安静の
必要性の度合いに応じて本件手当の1級又は2級に該当するとの認定をする
こととされている。これらの諸点からすれば,脳腫瘍に罹患した児童につい
ては,法に定める障害児に該当するものとして,本件手当の対象となる可能
性が高いということができる。
その上,控訴人Bは,E課において,対応した被控訴人の職員に対し,D
病院の医事課に相談した結果を踏まえてE課を訪れた旨をも伝えている。こ
のことは,重病患者を日常的に受け入れているD病院の関係者が,Cについ
ては少なくとも何らかの社会保障制度による公的援助を受けることができる
可能性があると判断したことを示すものにほかならない。
これらの事情からすれば,たとえ控訴人Bの具体的な質問が,長期療養や
長期入院を必要とする病気となった子を扶養する者への援助の制度の有無を
尋ねるものであったとしても,控訴人Bの相談の趣旨が経済的な援助を受け
たいとすることにあったことは明らかであり,かつ,その相談内容に照らし
て,脳腫瘍に罹患したCが本件手当の対象となる可能性が相当程度あったも
のと考えられるから,控訴人Bの相談を受けた窓口の担当者としては,本件
手当に係る制度の対象となる可能性があることを控訴人Bに教示し,又は控
訴人BからCの具体的な病状や日常生活状況等について聴取することにより,
控訴人らが本件手当に係る認定の請求をしないまま本件手当を受給する機会
を失わないように配慮すべき法的義務を負っていたというべきである。
そうであるにもかかわらず,控訴人Bの相談を受けた窓口の担当者は,控
訴人Bに対し,本件手当に係る制度の対象となる可能性があることを教示す
ることもせず,また,控訴人BからCの具体的な病状や日常生活状況等につ
いて聴取することもしないまま,本件手当に係る制度を含め,援助の制度は
ない旨,二度にわたって回答をしたものである。しかも,上記担当者はその
際,控訴人Bに対し,本件手当の受給要件に該当しない理由等に関して何ら
の説明もしていない。こうした対応は,控訴人Bの相談を真摯に受け止め,
その相談内容から本件手当に係る制度を想起すべきであったのに,これを怠
った結果,教示義務に違反したものと認めざるを得ないのであり,窓口の担
当者の裁量の範囲を逸脱したものというべきである。
したがって,上記担当者の対応は,国家賠償法上の違法行為に当たると認
められる。
4損害及び因果関係(争点2)について
前記認定のとおりの悪性腫瘍による障害の認定基準(前記,Cの病
状(前記Fの回答(調査嘱託の結果)からすれば,平成13年4
月から平成18年3月までの間のCの状態は,本件手当の2級に該当するも
のであったと認められる。
被控訴人は,障害の認定要領において,法2条1項にいう「障害の状態」
とは,障害の原因となった傷病が治った状態又は症状が固定した状態をいう
とされていること(前記
定時を基準として判断すべきであり,その時点は早くとも平成13年12月
28日であると主張する。
しかし,同要領によれば,「症状が固定した」とは,症状が安定するか又
は回復する可能性が少なくなったとき等をいうものとされているところ,C
の脳腫瘍の病状からすれば,平成13年4月の摘出手術において腫瘍の全部
を摘出することができなかった時点で,腫瘍による症状並びに化学療法及び
放射線療法による副作用により,日常生活に著しい制限を受ける状態が1年
以上継続することが見込まれる状態であったものと認めるのが相当であるか
ら,この時点で症状が回復する可能性が少なくなったものであり,症状が固
定したものと考えるべきである。
よって,被控訴人の上記主張を採用することはできない。
控訴人らは,Cの病状からすれば,平成13年4月から平成18年3月ま
での間のCの状態は,本件手当の1級に該当するものであったと主張する。
しかし,前記認定事実によれば,Cは,上記期間中に入退院を繰り返して
いたものの,退院している間は,控訴人Bの介助を受けながらではあるが小
学校に通学することができていたのであって,終日就床を必要とするなどの
状態にあったとまではいえないから,1級9号の「日常生活の用を弁ずるこ
とを不能ならしめる程度」にまで至っていたとは認められない。
よって,控訴人らの上記主張を採用することはできない。
控訴人Aの財産的損害
弁論の全趣旨によれば,被控訴人の職員に前記教示義務違反がなく,控訴
人Bが同職員から適切な教示を受けていれば,主としてCの生計維持に当た
っていた控訴人Aは,本件手当に係る認定の請求をしていたであろうことが
認められ,その場合には本件手当の2級の認定を受け,
これに対応する額の支給を受けることができたと認められるから,上記教示
義務違反と控訴人Aに生じた本件手当の2級相当額の損害との間には相当因
果関係があるというべきである。
証拠(甲18)によれば,平成13年5月から平成18年3月までの本件
手当の2級に係る支給月額は,別紙計算表2の支給月額欄記載のとおりであ
ると認められる。そして,前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば,被控訴
人における本件手当の支給日は,毎年4月11日(前年12月~当年3月
分),8月11日(当年4月~7月分),11月11日(当年8月~11月
分)であることが認められるから,各支給日の翌日から起算した民法所定の
遅延損害金も,上記教示義務違反との間に相当因果関係がある。
そうすると,控訴人Aは,被控訴人に対し,国家賠償法1条1項に基づき,
上記教示義務違反と相当因果関係のある損害の賠償として,支給額元金相当
額の合計201万1550円,平成22年8月31日までの確定遅延損害金
の合計67万5591円及び上記支給額元金相当額に対する平成22年9月
1日から支払済みまで民法所定の遅延損害金の支払を請求することができる。
控訴人らの慰謝料
控訴人Aについては,被控訴人の職員の違法行為により精神的苦痛が生じ
たとしても,当該苦痛は,本件手当の支給額相当額が填補されることにより
慰謝されるものというべきであるから,これとは別に控訴人Aに慰謝料請求
権が発生するということはできない。
他方,控訴人Bは,平成13年4月20日にE課を訪れ,経済的な援助の
制度について尋ねたにもかかわらず,被控訴人の職員から,何らの理由も示
されないまま二度にわたり「ないです。」と無下に回答されたものであり,
このように取り付く島のない態度で不適切な回答をされたことにより精神的
苦痛を被ったものと認められる。この精神的苦痛を慰謝するには,慰謝料と
して30万円の支払を被控訴人に命じるのが相当である。
第4結論
以上によれば,控訴人Aの請求は,268万7141円及びうち201万1
550円に対する平成22年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金
員の支払を求める限度で理由があり,控訴人Bの請求は,30万円及びこれに
対する平成22年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を
求める限度で理由があるから,それぞれ上記の限度で認容すべきであり,その
余はいずれも理由がないから棄却すべきである。
よって,これと異なる原判決は不当であり,本件控訴は一部理由があるから,
原判決を取り消した上,控訴人らの請求をそれぞれ上記の限度で認容し,その
余をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第13民事部
裁判長裁判官石井寛明
裁判官小堀悟
裁判官は,転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官石井寛明
(別紙計算表は省略)

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