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主      文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告に対し,金488万5100円及びこれに対する平成13年3月1日から
支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
第2 事案の概要
本件は,原告が被告に預金していた預金通帳等を何者かに盗まれ,第三者に
預金払戻手続きを取られてしまったが,その第三者が無権利者であることから,原
告が被告に対し,預金払戻請求権に基づき,被告が払い戻ししてしまった預金48
8万5100円の払い戻しを請求した事案である。但し,遅延損害金は,原告が被告
に払い戻しを請求した日の後の日である平成13年3月1日から支払済みまで商事
法定利率年6分の割合による。
なお,被告は,債権の準占有者に対する弁済として,弁済の効力がある旨を主
張して争っている。
1 争いのない事実等(証拠を記載したもののほか,当事者間に争いがない。)
(1) 原告は旅行業法に基づく旅行業等を目的とする株式会社であり,被告は信用
金庫であるところ,原告は,被告に預金口座を持っていた。
(2) 原告は,平成10年8月ころ,被告a支店に預金口座(預金番号○○○○○○
○ A株式会社代表取締役B)を開設し,以後,被告a支店と取引していた。
(3)平成12年12月28日午後2時ころから同月29日午前9時ころまでの間に,原
告b営業所が盗難に遭い,その際,預金通帳,払戻用紙等が盗まれた(甲6号
証の1,弁論の全趣旨)。
(4) 平成12年12月29日午前9時15分ころ,第三者が被告c支店において,原告
の普通預金口座から預金残額金489万5157円のうち金488万5100円の払
戻請求をなし,被告は第三者に同金額を払い戻した。
(5) 原告は,平成13年1月9日盗難に気付き,被告にその旨の届出をした(甲6号
証の1,弁論の全趣旨)。
(6) 原告は,被告に対し,平成13年2月21日,既に払い戻された金488万5100
円の払い戻しを求めたが(甲6号証の1,2),被告はこれを拒否している。
2 争点
被告の払戻手続きが債権の準占有者に対する弁済といえるか(抗弁)。
(1) 被告の主張
ア 被告は,以下のとおり,払戻請求者を正当な権利者であると過失なく信じて
払い戻しを行ったのであるから,債権の準占有者に対する弁済として有効で
ある。
(ア) 平成12年12月29日午前9時10分ころ,被告c支店に30歳前後の一
見サラリーマン風の男(以下「払戻請求人」という。)が来店し,同支店窓口
従業員Cに対し,原告の従業員であると説明し,必要事項の記入と捺印の
された払戻請求書(乙1号証)を真正な預金通帳と合わせて提示し,原告の
被告に対する普通預金(口座番号○○○○○○○,以下「本件口座」とい
う。)につき金488万5100円の払い戻しを請求した。
Cは,提示された預金通帳の届出印と払戻請求書に押捺された印影を
照合して一致を確認し,原告の電話番号を尋ねるとd市内の電話番号を記
入した。Cは,被告の僚店(預金口座開設店舗以外の店舗)での取引では2
名以上の印影の照合作業を行い,調査役に報告する内規があり,しかも,
高額かつ預金額全額に近い払い戻しの請求であったこと,金100万円以
上の払い戻しは上役の決裁が必要であったことから,同じ窓口担当従業員
Dに印影の照合をさせ,印影の一致を確認した上で,調査役Eに報告し,こ
れに事務を引き継いだ。
Eも印鑑照合を行い,一致を確認した。さらに,①通帳の取引履歴を調査
したところ,多額の現金かつ預金額全額に近い払い戻しが直近である平成
12年12月12日になされており,不自然な取引でないと判断したこと,②
被告の内規に従って,僚店取引においては原店(預金口座開設店舗)に事
前確認すべきとされており,原店であるa支店の支店長代理Fに確認し,普
段は女性が来店するも,原告との取引が細かい金額での現金出金もあり,
日常の取引でも手書きで行っており,電話番号が原告b営業所のものと間
違いないとの回答を得たこと,③払戻請求人と面談したところ,同人は原告
の課長「GH」と名乗り,その名刺を提示し,原告e本社の電話番号を尋ねる
も間違っておらず,同人の話しぶりには原告従業員として疑わしい点は特
にうかがわれず,また,「G」いう姓は本件口座の届出印と同一でもあったこ
となどの事情を総合して,Eも,払戻請求人が原告従業員「GH」であり,正
当な受領権限を有する者であると信じ,上記金額の払い戻しを行った。
(イ) 払戻請求人は,原告従業員の名刺を所持していた上,本件口座の真正
な通帳及び届出印に合致する印影を有する払戻請求書を提出して本件払
戻請求をしており,本件預金債権の準占有者といえ,被告が払戻請求人を
正当な受領権限を有するものと信じたことにつき,①届出印と払戻請求書
に押捺された印影が合致すること,②真正な通帳が提示されていること,③
払戻請求人が原告従業員であると名乗った上で,原告の本社及びb営業
所の正しい電話番号を示せており,さらに原告の課長「GH」の名刺を提示
していること,④払戻請求人の名乗った「G」が原告の届出印と同一の姓で
あること,⑤払戻請求金額に端数が含まれていることなどの事情があり,過
失は存しないものというべきである。
イ 普通預金規定第1条第2段の極度額条項は,ネット型預金運営上の理由に
基づくものである。すなわち,「ネット型預金」とは,預金口座を開設した店舗
(原店)のほか被告各店舗(僚店)においても預け入れ及び払い戻しが可能で
ある預金取引をいう。各店舗での払戻用現金の準備には事実上限界がある
ことから,僚店での一定額以上の払戻請求については,被告がこれを拒絶で
きることとして,現金不足による支払の拒絶が被告の預金者に対する債務不
履行になることを未然の防止せんとしたものである。
したがって,債権の準占有者に対する弁済の効力に影響を及ぼすもので
はない。
(2) 原告の主張
ア 本件預金の払い戻しは,以下のとおり,通常ではあり得ない態様で行われた
ものである。
(ア) 本件預金は被告a支店に設けられているものであり,原告はこれまで同
支店以外で払戻手続きをなしたことはなく,通常取引の払い戻しと違うこ
と。
(イ) 第三者により払い戻された金額がほぼ預金全額の払い戻しであること。
(ウ) 年末(12月29日)の朝9時15分という早い時間の払い戻しであること。
イ 被告は,払戻請求をした者の身分を糺したり,取引のあったa支店を通じて
原告に確認する等の簡単な行為により,容易に,不正な払戻請求であること
を見抜くことができたのであるから,そのような行為をせず,預金を払い戻した
被告には,過失があり,本件払い戻しは無効である。
第三者に原告のe本社の電話番号とb営業所の電話番号を記入させて権
利者の確認をするだけでは不十分である。すなわち,払戻請求人の提示した
名刺は,当時原告のb営業所で所長代理兼営業課長をしていたGHの名刺と
思われるが,この名刺には,原告のe本社の電話番号及びb営業所の電話番
号が記載されており,この名刺を持っていれば,誰でもe本社の電話番号及び
b営業所の電話番号は容易に判るものである。
ウ また,普通預金規定によれば,「この預金を当店以外の店舗で払戻す場合
には,1回につき300万円限度とします。」と記載があるところ,被告はa支店
以外の店舗であるc支店において金488万5100円の払い戻しをしており,
普通預金規定に反している。被告は,金300万円以上の払戻請求に対して,
それを拒みうるのであるから,そもそも民法478条の規定する場面ではない。
エしたがって,被告に過失があり,債権の準占有者に対する弁済として有効に
はならない。
第3 争点に対する判断
1 甲3ないし5,8号証,乙1ないし3,5号証によれば,以下の事実を認めることがで
きる。
(1) 払戻請求人は,年齢30歳位で短髪で,ワイシャツにネクタイを締め,上に黒い
革のコートを着ており,ジャケットとスラックスの格好で,平成12年12月29日午
前9時10分ころ,被告c支店に来店し,おなまえ欄に「A株式会社 代表取締役
B」と記入し,お届印欄に「G」と刻した印鑑を押捺し,口座番号欄に「○○○○○
○○」,金額欄に「¥4885100」と記入した払戻請求書(乙1号証)を,真正な
預金通帳とともに,窓口に提示した。
(2) 被告の窓口担当従業員であるCは,通帳に添付されている副印鑑票の印影と
払戻請求書の印影を照合し,一致することを確認し,払戻請求人に,電話番号
の記入を要求したところ,払戻請求書の下部に「××××-××-××××」と
記入した(乙1号証)。
(3) Cは,口座開設の支店がa支店であり,c支店が僚店であることから,同じ受付
担当従業員であるDにも印影の照合作業を依頼したところ,Dも印影の一致を確
認した。さらに,高額かつ残高がゼロに近い取引であったことから,Dから預金担
当役席(調査役)であるEに報告がなされ,Eに事務が引き継がれた。
なお,被告の内規では,僚店での払い戻し(ネット支払)には,払戻請求額が
金300万円以上の場合役席承認取引となり,口座開設店舗(原店)に電話確認
をし了解を得てから払い戻しを行うことになっていた。また,払戻額が金100万
円を超える場合には,出金伝票をEから出納係に回して払い戻しを行う手続きに
なっていた。
(4)Eは,印影の照合作業を行い,一致することを確認したが,高額かつ残高がゼ
ロに近い払い戻しであることから,取引履歴を確認すると,同年12月中に高額
の取引(支払い)がなされており,同月12日にも金776万6990円の現金支払
いがあり,残高が金8100円となったこともあり,必ずしも不自然な取引とはいえ
ないと考えた。
また,僚店での取引であることから,原店である被告a支店の支店長代理であ
るFに電話をし,原告名義の普通預金の払戻請求があり,30歳位の男性が来
店していること,手書きで払戻請求書が記載され,請求金額が金448万5100
円で,残高が約金1万円になること,現金での支払いを請求していることなどを
説明し,払戻請求人が記入した上記電話番号を伝えたところ,Fは,電話番号が
a支店に登録されている原告のb営業所の電話番号に一致すること,共通印鑑
届の記載も手書きであり,普段の取引でも払戻請求書は手書きで記載されてい
ること,普段は女性が来店しており,「eの電話番号を聞いてみたらどうか」との
意見を述べ,共通印鑑票に記載されている原告のe本社の電話番号を教えた。
(5) Eは,払戻請求人に直接面談したところ,サラリーマン風の格好であり,態度も
落ち着いており,不自然な様子を感じなかった。払戻請求人に原告との関係を
尋ねると,払戻請求人は,名刺を出し,「b営業所課長のGH」と名乗り,原告のe
本社の電話番号を払戻請求書に記入するように頼むと,払戻請求書の下部に
「△△△-△△△-△△△△(本社)」と記入し,EがFから聞いた原告のe本社
の電話番号を一致していた。
(6) Eは,①真正な預金通帳と3名が照合し届出印に一致する印影の押捺がある
払戻請求書を所持していたこと,②原告b営業所とe本社の正しい電話番号を記
入していたこと,③原告従業員の名刺を所持していたこと,④払戻請求人が名乗
った「G」という姓が登録印鑑と同一であったこと,⑤その他不自然な様子がなか
ったことなどから,払戻請求人が正当な権限を有するものと信じ,また,Fに報告
すると,「それならよいのではないか」との回答であり,払戻手続きを取ることとし
て,同日午前9時25分ころ,請求金額の預金の払い戻しを行った。
2 以上の事実によれば,払戻請求人は,真正な預金通帳を所持しており,預金通帳
の届出印票の印影と一致した印影が押捺された払戻請求書により払戻請求をなし
たのであるから,債権の「準占有者」ということができる。
そして,被告は,預金の払い戻しを行うに当たり,①払戻請求人の身分を確認し
たところ,原告の課長「GH」と名乗り,その名刺を提示したこと,②原告のe本社とb
営業所の電話番号を正確に答えていること,③払戻請求人がサラリーマン風の男
性であり,その態度も自然であり,払戻請求金額もこれまでの取引履歴からみて不
自然ではなく,その他正当な払戻請求を疑うような事情が窺えなかったこと,④被
告の内規に従って印影の照合を3人で行い,原店にも確認した上で間違いないも
のと判断していることなどの諸事情が認められ,払戻請求人が正当な権限を有す
るものと信じたことにつき,善意かつ無過失だったものといえる。
3 原告は,本件預金の払い戻しが通常ではありえない態様であり,原告に確認すべ
きであること,また,普通預金規定により,僚店での払い戻しが1回に金300万円
を限度とされている取り扱いと反しており,民法478条の規定する場面ではないこ
と,仮に,同条項の適用があるとしても,被告に過失があると主張している。
しかしながら,本件預金は原店以外でも普通預金の払い戻しができるものであ
り,これまで僚店での取引がないからといって通常取引の払い戻しと違うとはいえ
ず,また,預金全額に近い払い戻しも,原告のこれまでの取引履歴からすればこと
さら不自然ではなく,また,年末の早朝の時間帯であることも特にあり得ない態様と
はいえず,これらの事情はいずれも正当な払戻請求を疑わせるような事情とまで
はいえず,被告は通常の預金の払戻請求における正当な権利者の確認作業以上
の行為を行うべき法的義務を負うものではない。
また,普通預金規定には,原店以外の店舗で払い戻す場合には1回につき金3
00万円を限度とする旨の記載がある(甲5号証)が,これは各店舗での払戻用現
金の準備に事実上の限界があり,僚店での一定額以上の払戻請求を受けた場合
に,被告の債務不履行を防止するための規定であるといえ,金300万円を超える
払戻請求に応じたからといって,被告の義務違反になるものではなく,当然に民法
478条の適用を排除される性質のものではなく,また,直ちに被告の過失を認める
べき事情となるものでもない。
本件預金がネット型預金であり,僚店での金300万円を超える払戻請求であっ
たことを考慮しても,前記したとおり,被告が行った払戻請求の際の確認作業に照
らせば,被告の善意かつ無過失の結論を左右するものではない。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
第4 結論
よって,原告の本訴請求は理由がないので棄却することとし,訴訟費用の負担
について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第4部
裁判官佐藤真弘

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