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平成13年(ワ)第14186号 実用新案権移転登録等請求事件
(口頭弁論終結の日 平成14年4月4日)
          判         決
     原      告        有限会社西原製作所
     訴訟代理人弁護士        永 井   均
     被      告        甲     合
     訴訟代理人弁護士        鈴 木 五十三
     同               山 本 晋 平
          主         文
  1 被告は,原告に対し,別紙実用新案権目録記載の実用新案権について,平
成12年9月4日の譲渡を原因とする実用新案権移転登録手続をせよ。
  2 原告のその余の請求を棄却する。
  3 訴訟費用はこれを2分し,その1を原告の,その余を被告の負担とする。
          事実及び理由
第1 原告の請求
 1 被告は,原告に対し,別紙実用新案権目録記載の実用新案権について,平成
12年9月4日付け譲渡を原因とする実用新案権移転登録手続をせよ。
 2 被告は,原告に対し,金122万円及びこれに対する平成13年8月1日
(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
   原告は,別紙実用新案権目録記載の実用新案権(以下「本件実用新案権」と
いう。)に係る明細書の実用新案登録請求の範囲請求項1ないし4記載の各考案
(甲2参照。以下,これらを総称して「本件考案」という。)を考案し,同実用新
案権につき実用新案登録出願をした者であり,他方,被告は,原告から本件考案に
つき実用新案登録を受ける権利を譲り受け,現在,本件実用新案登録につき権利者
として登録されている者である。
   原告は,上記実用新案登録を受ける権利を譲渡した後,被告が原告との間で
約束した金銭の支払を履行しなかったことなどから,原告被告間において,本件実
用新案権を原告のもとに戻す旨の合意が成立し,平成12年9月4日付けで,被告
から原告に対し,同実用新案権が譲渡されたと主張して,同実用新案権の移転登録
手続を求めるとともに(前記第1の1),上記約定に係る金銭(後記のA覚書に基
づく開発協力金)42万円及び弁護士費用相当の損害賠償金80万円の合計122
万円の支払を求めている(同第1の2)。
 1 前提となる事実(下記の各事実は,当事者間で争いがないか,あるいは,証
拠番号を付した証拠等により認めることができる。)
  (1) 原告は,金属金型の製作,金属プレス加工を事業目的とする有限会社であ
り,他方,被告は,被服の企画・製造・販売,キャラクター商品の企画及び著作
権,商標権,意匠権の管理業務等を目的とする訴外有限会社乙園(以下「MKC」
という。)の代表取締役である。
  (2) 被告は,かねてから「マコちゃん」というキャラクターを創案し,関連キ
ャラクター商品を企画・販売するなどしてきたが(乙9の1ないし6,24ないし
31),これらのキャラクター商品を利用した携帯電話のストラップを販売するこ
とを思いつき,平成10年6月24日,かねてから面識のあった訴外丙田(以下
「丙田」という。)を専務取締役に迎え,MKCを設立した。
    また,被告は,同月30日,「携帯機器用ストラップとそのアクセサリ
ー」という名称の考案を実用新案登録出願し(乙2,22),同考案は,同年11
月18日,設定登録された(登録第3056194号。以下「甲合考案①」とい
う。)。なお,被告の着想を基にしたストラップ(商品名「マフユ・ストラッ
プ」)は,キャラクターをかたどった連結部材をつなぐことによりいくつでも連結
できるのが特徴であり,平成11年夏ころには,一定の商業的成功を収めていた。
  (3) 一方,原告も,携帯電話のストラップの連結部材に関して,キャラクター
を成形した本体部分の内部に雌型連結部材を納める工夫などを考えていたところ,
平成11年8月ころ,MKCの専務である丙田と知り合った。このころ,連結部材
部分をキャラクター本体内に収納するとともに,同部分を小型化し,キャラクター
が目立つように改良したストラップ(商品名「マフユ・ストラップ2」)の商品化
が課題となっていたこともあって,原告と丙田は,ストラップの改良・工夫やその
製造・販売について意見を交換するようになった。また,原告は,同年11月ころ
には,丙田を通じて,被告とも知り合った。
  (4) 原告は,平成11年10月13日,キャラクター本体内に収納された雌型
連結部材に雄型連結部材を着脱可能とし,雄型連結部材の下方に,他のキャラクタ
ーに連結された細紐を留める紐留め部が同部材と一体的に形成されていることなど
を特徴とする本件考案(出願番号「実願平11-8781」)。を実用新案登録出
願した(甲5,19。)。
  (5) 被告は,平成11年12月2日,携帯電話のストラップに関する関連考案
を実用新案登録出願し,同考案は,平成12年3月22日,設定登録された(登録
第306934号。以下「甲合考案②」という。)。
    また,原告も,平成11年12月13日,やはり携帯電話のストラップに
関する関連考案を実用新案登録出願し,同考案は,平成12年3月29日,設定登
録された(登録第306920号。以下,本件考案と区別する意味で,「丁原考案
②」という。)。
  (6) 上記マフユ・ストラップ2を製造・販売するにあたり,本件考案の権利者
を甲合考案①の権利者と同じにしておくことが便宜であったことなどから,原告
は,被告に対し,平成12年2月1日付けで,別紙1の譲渡証書(甲4。以下「A
譲渡証書」という。)を作成し,交付した。同証書においては,譲渡人を「有限会
社西原製作所・代表者丁原」,譲受人を「甲合」とした上で,出願番号・実願平1
1-8781(上記(4)記載のとおり,本件考案の出願番号である。)の考案につ
き,「実用新案実用新案登録を受ける権利又は実用新案権を貴殿に譲渡したことに
相違なく,その出願人名義変更又は移転登録申請を貴殿が単独で手続きすることに
ついては,別途覚書の通りの内容で承諾致します。」と記載されている(なお,上
記「別途覚書」が後記A覚書を指すものであることは,当事者間に争いがな
い。)。
    また,原告は,被告に対し,平成12年3月1日付けで,別紙2の覚書
(甲3。以下「A覚書」という。)を作成し,交付した。同覚書においては,原告
とMKCは,マフユ・ストラップ2の開発・製造に関し,(ア)MKCは,同ストラ
ップのプラスチックパーツの製造を原告に一任する一方で,原告は,MKC又はそ
の指定する第3者からの発注のみに基づき,同ストラップを製造して納入するこ
と,(イ)MKC又はその指定する第三者は,原告に対し,同ストラップの対価及び
別途定める開発協力金を支払うこと,(ウ)原告は,実用新案・実願平11-101
34(前記丁原考案②の出願番号である。)の権利の独占的通常実施権を,MKC
又はその指定する第三者に許諾すること,(エ)同覚書の有効期間は,平成12年3
月1日から平成13年2月28日までとすることがそれぞれ定められ,さらに,
(追記)と題された欄において,上記開発協力金は,同ストラップの販売個数1セ
ット当たり2円とする旨定められている。
  (7) 被告は,A譲渡証書及びA覚書に基づき,本件考案の実用新案登録出願手
続を進め,平成12年4月26日,本件考案は,原告を考案者,被告を権利者とし
て,設定登録された。
  (8) 原告は,A覚書で定めた開発協力金が約束どおり支払われていないと考え
ていたこともあって,前同年8月ころ,被告に対し,自分が権利者になれば,訴外
株式会社蝶理(以下「蝶理」という。)と新たな取引ができる可能性があるので,
本件実用新案権を譲渡して欲しい旨申し入れた。被告は,譲渡の見返りにどのよう
な経済的利益が得られるのかと尋ねたりしていたが,同年9月4日,別紙3の譲渡
証書(甲6の1。以下「B譲渡証書」という。)及び別紙4の覚書(甲6の2。以
下「B覚書」という。)を作成し,これらを原告に交付した(なお,これら2つの
文書には,作成日付として,いずれも「平成12年(2000年)4月30日」と
記載されているが,これらが同年9月4日に作成・交付されたことは,当事者間に
争いがない。)。
    B譲渡証書においては,譲渡人を「甲合」,譲受人を「有限会社西原製作
所・代表者丁原」とした上で,登録番号・第3070160号(本件考案の登録番
号である。)の実用新案権につき,「貴殿に譲渡したことに相違なく,その実用新
案権移転登録申請を貴殿が単独で手続きすることについては,別途覚書の通りの内
容で承諾致します。」と記載されている(なお,上記「別途覚書」が上記B覚書を
指すものであることは,当事者間に争いがない。)。
    また,B覚書においては,原告とMKCは,本件実用新案権に関する譲渡
証書提出にあたり,(ア)原告が第三者に権利の実施許諾をする場合は,許諾料の5
0%をMKCに支払うこと,(イ)2000年(平成12年)3月1日に交わした覚
書(すなわちA覚書)の内容に基づき,原告はMKCに対し,2002年(平成1
4年)6月1日に権利を再譲渡することが定められている。
  (9) 原告は,平成12年9月7日,B譲渡証書及びB覚書を申請書に添付し
て,特許庁に対し,本件実用新案権の移転登録を申請した。ところが,B譲渡証書
の譲渡人の名義が「甲合」個人になっているのに対し,B覚書の契約当事者の名義
は「有限会社乙園・代表取締役社長甲合」となっており,書類上不備があることな
どを理由に,同年10月16日付けで,原告の申請は却下された(甲14,2
3)。
    原告は,さらに,同年10月及び同年12月にも移転登録を申請し,弁明
書を提出するなどしたが,これらの申請はいずれも却下された。
  (10) 他方,原告は,被告に対し,平成12年10月21日付け内容証明郵便
(甲7の1)をもって,開発協力金の支払が約束どおりされていないので,A覚書
に定めた契約を解除する旨通知した。
  (11) 原告と丙田は,平成12年10月24日,訴外須藤商会代表取締役戊村
省三の立会の下,会談した。原告は,この場で,丙田に対し,B譲渡証書から,譲
渡の成否を他の契約にかからしめたような誤解を生じさせる「別途覚書の通りの内
容で」という文言を削除した以外は同証書と同じ体裁の,別紙5の「譲渡証書」
(以下「書き換え書面」という。)を交付し,被告が署名・押印した上,原告に交
付してくれるよう求めた。
    原告と丙田は,同月26日,前記戊村の立会の下,再度会談したが,原告
が同月24日に要求した被告の署名・押印のある書き換え書面の交付は,結局なさ
れなかった。
    他方,この時,丙田は,別紙6の合意書(以下「C合意書」という。)を
持参してきており,原告は,これに署名・押印した上,同合意書を丙田に交付し
た。同合意書においては,MKCと原告は,2000年3月1日付け及び2000
年4月30日付けで締結された覚書(それぞれ,「A覚書」及び「B覚書」を指す
ことは,当事者間に争いがない。)に関して,前記戊村立会の下,(ア)2000年
(平成12年)10月26日をもって,これら2つの覚書を解約すること,(イ)解
約にあたって,何らの債権債務が存在しないことを確認する旨が定められている。
  (12) その後も,原告は,被告に対し,前記書き換え書面に署名・押印するこ
とを求めたが(甲8の1,2),被告はこれに応じなかった。そこで,原告は,東
京地方裁判所に本件実用新案権の処分禁止の仮処分を申し立て,平成13年5月1
5日付けで同仮処分の発令を得た上(甲11),同年7月6日付けで本訴を提起し
た。
    なお,本訴請求のうち,前記第1の2記載の合計金122万円及び遅延損
害金の支払を求める金銭請求については,平成14年3月26日付け準備書面(3)に
おいて,原告から訴えの取り下げがなされたが,被告がこれに同意しなかったため
(第4回弁論準備手続調書),取下げの効力が生じないまま現在に至っている。
 2 争点及び当事者の主張
   本件においては,前記1で認定した事実関係を前提に,(1)B譲渡証書によ
り,被告から原告に対して,本件実用新案権の譲渡があったと認められるか(争
点(1)),(2)原告が主張するように,被告が原告に対して,何らかの金銭支払債務
を負っていると認められるのか(争点(2)),が争点となっている。
   当事者は,経緯を含めて,これら各争点につき以下のとおり主張している。
 (原告の主張)
  ア 本件実用新案権の実用新案登録を受ける権利は,マフユ・ストラップ2が
本件考案の実施品であることを前提に,被告が1セットにつき2円の開発協力金を
支払う条件で,原告から被告に譲渡された(前記1(3),(4)及び(6)参照。)。しか
るに,被告がその支払約束を履行しなかったため,上記実用新案登録を受ける権利
の譲渡をなかったことにし,いわば権利を被告から原告に返すために,B譲渡証書
及びB覚書が作成されたものである。
    すなわち,当時,蝶理が甲合考案①の専用実施権を有していたところ,原
告は,本件実用新案権を被告から取り戻した上で,蝶理に対し,マフユ・ストラッ
プ2は本件考案の実施品であるから,同ストラップを製造・販売するつもりである
ならば,甲合考案①ではなく,本件考案の実施料を払う必要がある旨説明するつも
りでいた。そのことを知った被告が,本件実用新案権譲渡の対価として,原告が蝶
理から得るであろう実施料の一部の支払を強く求めたため,その半分を被告に支払
う条項をB覚書に入れることにした。これが,本件考案の実施料の50%を被告に
支払う旨定めたB覚書の意味するところである(前記1(8)(ア)参照)。
    被告も,以上述べたところを十分理解した上でB譲渡証書及びB覚書を作
成・交付しており,そこには何らの瑕疵もない。これら書証に基づく移転登録申請
が現在に至るまでうまくいっていないのは,手続上ないし書類上の不備によるもの
にすぎず(同(9)参照),被告はそのことを奇貨として,言を左右にし,書き換え書
面交付を拒んでいるのである(同(11),(12)参照)。
  イ 被告は,本件考案の実施品であるマフユ・ストラップ2を合計21万セッ
ト販売したものと推測される。したがって,原告に本来支払われるべき開発協力金
は42万円(2円/セット×21万セット)である。これに弁護士費用相当の損害
賠償金80万円を加えた合計122万円を,本訴において請求する。
    被告は,開発協力金は約束どおりに支払われた旨主張するが,被告から受
領したのは,原告自らプラスチック成形部品の組み立てを指導するなど,マフユ・
ストラップ2の製造・開発に全面的に協力したことに対する労賃にすぎない。
  ウ なお,被告は,マフユ・ストラップ2は本件考案ではなく甲合考案①及び
丁原考案②の実施品であるから,同ストラップが本件考案の実施品であることを前
提に,開発協力金の支払を求める原告の請求はその前提を欠く旨主張する。
    しかし,同ストラップが本件考案の実施品であることは,A覚書に明示は
されていないものの,当事者間で当然の前提とされていた。同ストラップの部品製
造と開発協力金に関する取り決めをした上(前記1(6)(ア),(イ)参照),当時出願
中であった丁原考案②の使用許諾について定めたのが同覚書の内容にほかならな
い。被告の上記主張は事実に反するものである。
  エ また,被告は,いわゆる清算条項を定めた(前記1(11)(イ))C合意書の
存在を根拠に,原告の請求には理由がない旨主張するかのようである。
    しかしながら,本件においては,A譲渡証書とA覚書,及び,B譲渡証書
とB覚書が,それぞれ一対になって扱われているところ,これらの書面の体裁を検
討すれば分かるとおり,原告と被告の間における権利の譲渡の問題(A譲渡証書及
びB譲渡証書)と,原告とMKCの間における権利の実施や金銭のやり取りの問題
(A覚書及びB覚書)とは,常に区別されている。C合意書は,前記書き換え書面
と一対になって,原告とMKCの関係をいったん清算するためのものであり,原告
被告間における本件実用新案権の譲渡を定めたB譲渡証書の効力に何ら影響を及ぼ
すものではない。
 (被告の主張)
  ア B譲渡証書が作成された当時,被告は,蝶理に対し,2000年(平成1
2年)6月1日までの期限で甲合考案①の専用実施権を設定していたが,原告が,
蝶理に販売促進を働きかけるので,必ず再譲渡するから,一時的に自分に権利を譲
渡してほしいと持ちかけてきたので,それを信じてB譲渡証書の作成に応じた。B
譲渡証書が,実際には平成12年(2000年)9月4日に作成されたにもかかわ
らず,その日付を同年4月30日に遡らせてあるのも,また,B覚書に,原告はM
KCに対して,2000年(なお,この日付は,後に原告によって「2002年」
と無断訂正された。)6月1日に本件実用新案権を再譲渡する旨定めてあるのも,
すべて,原告の持ちかけてきた話を前提に,上記専用実施権の期限満了前に,原告
に権利を譲渡したことにする必要があったからである。
    このように,原告が移転登録請求の根拠とするB譲渡証書は,B覚書で取
り決めた内容に基づき,被告が有する本件実用新案権を実施許諾するための手段に
すぎない。
  イ ところが,原告は,B譲渡証書及びB覚書を入手するや,突然前記内容証
明郵便(甲7の1。前記1(10))を送りつけるなどし,開発協力金の不払という虚
偽の事実を主張し始めた。たまたま書類上の不備があったため,被告は権利の移転
登録を免れたのである。
  ウ そもそも,原告は,マフユ・ストラップ2が本件考案の実施品であること
を前提に,開発協力金の不払を主張するが,同ストラップは,本件考案ではなく,
甲合考案①及び丁原考案②の実施品であるから,原告の上記主張はその前提を欠い
ている。MKCの指定する第三者である訴外山王(代表者は丙田である。)は,A
覚書の約定(前記1(6)(イ))に従い,MKCが販売した同ストラップ17万837
6セット分の対価を支払っている(乙3ないし5参照。)。また,原告に対してプ
ラスチック部品の対価を支払うべき前記訴外須藤商会(前同(ア))も,その支払を
怠ったことはない(乙5,6参照)。
  エ 原告と被告は,2000年(平成12年)10月26日付けで,A覚書及
びB覚書記載の各契約を解除し,原告被告間の債権債務を清算する旨のC合意書を
取り交わしたのであるから,被告が原告に対して金銭支払義務を負うことなどない
はずである。しかるに,原告は本訴を提起したものであって,原告の本訴請求は,
実質的に同合意書に違反するというべきである。
    原告は,原告と被告との関係と,原告とMKCとの関係は別個である旨主
張するが(上記(原告の主張)欄エ参照。),C合意書は,作成名義こそMKCで
あるものの,実質的には被告個人との合意を含むものである。すなわち,本件実用
新案権が被告個人に帰属することを前提に,被告がオーナーである会社で,かつ,
原告と取引関係のあったMKCが合意の主体となって,原告との間の取引関係一切
の解消を目的に合意を取り交わしたのが,C合意書である。
第3 当裁判所の判断
 1 争点(1)(B譲渡証書により,被告から原告に対して,本件実用新案権の譲渡
があったと認められるか)について
  ア 前記第2の1「前提となる事実」(6)以下記載の各事実に証拠(甲3,4,
6の1及び2,23,24)及び弁論の全趣旨を総合すれば,本件においては,①
原告と被告が,平成12年2月1日付けでA譲渡証書を,同年3月1日付けでA覚
書をそれぞれ作成したこと,②A譲渡証書は,その文言上,本件考案について実用
新案登録を受ける権利が原告から被告に譲渡されたことを証するとともに,そのこ
とを前提にして,原告が被告に対し,実用新案登録登録出願手続を被告が単独で行
うことを承諾した書面と解すべきものであること,③現に,被告は,これらA譲渡
証書及びA覚書に基づいて実用新案登録登録出願手続を進め,平成12年4月26
日,被告を権利者として,本件実用新案権が設定登録されたこと,④経緯は別にし
て,同設定登録後,原告と被告が,B譲渡証書及びB覚書の作成について合意する
に至り,平成12年9月4日に,被告の署名・押印を経てこれらの各文書が作成さ
れたこと,⑤これら各文書は,覚書に記した許諾料の支払等に関する文言を除け
ば,A譲渡証書及びA覚書と体裁をほぼ同じくしており(別紙1ないし4各参
照),とりわけ,A譲渡証書とB譲渡証書は,譲渡人と譲受人の各名義が原告と被
告で入れ替わっているほか,A譲渡証書においては,「下記の考案に関する実用新
案実用新案登録を受ける権利又は実用新案権を貴殿に譲渡したことに相違なく,そ
の出願人名義変更又は移転登録申請を貴殿が単独で手続することについては,別途
覚書の通りの内容で承諾いたします。」とした上で,当時出願中であった本件考案
の出願番号が記されているのに対し,B譲渡証書においては,「下記の実用新案権
を貴殿に譲渡したことに相違なく,その実用新案権移転登録申請を貴殿が単独で手
続することについては,別途覚書の通りの内容で承諾いたします。」とした上で,
本件考案の登録番号が記されており,ほとんど同じ体裁の文書となっていること,
⑥しかるに,B譲渡証書及びB覚書を添付した原告の移転登録申請は,書類上の不
備を理由に,特許庁において受理されなかったこと,⑦本訴において,被告は,B
譲渡証書を根拠とする原告の移転登録請求を拒んでいるが,B譲渡証書の成立自体
は争っていないこと,以上の各事実が認められる。
    以上によれば,原告被告間で取り交わされたB譲渡証書は,被告が原告に
対し,本件実用新案権が被告から原告に譲渡されたことを証するとともに,そのこ
とを前提にして,その移転登録手続を原告が単独ですることを承諾した書面と認め
るのが相当である。被告は,蝶理に販売促進を働きかける便宜上権利を移転してく
れないかと持ちかけてきた原告の話を信じ,B譲渡証書を作成したにすぎないなど
と主張するが(前記第2の2(被告の主張)欄ア,イ),被告の主張は前記第2の
1(前提となる事実)記載の各事情に照らし,容易に信用できない。この点に関し
ては,原告が主張するとおり(前記第2の2(原告の主張)欄ア参照),被告は,
B譲渡証書及びB覚書に基づく原告の移転登録申請が,たまたま書類上の不備を理
由に受理されなかったことを奇貨として,原告の移転登録請求を拒み続けているも
のというべきである。
  イ なお,①C合意書においては,A覚書及びB覚書を解約するとともに何ら
の債権債務のないことが確認されているものであり,これにより,B譲渡証書によ
る合意は解除されたのではないか,②B覚書には,2000年(平成12年)3月
1日に原告及び被告が交わした覚え書きの内容に基づき,2002年(平成14
年)6月1日に権利を再譲渡する旨の条項(前記1(8)(イ))が存在するから,同条
項の存在等に照らせば,原告被告間において,権利のMKCないし被告への再譲渡
が合意されているのではないか,という疑問の生じる余地がないわけではない。
    そこで,念のために検討すると,A譲渡証書及びA覚書,B譲渡証書及び
B覚書並びにC合意書を精査すれば,A譲渡証書及びB譲渡証書は,前記のとお
り,権利の移転を前提に,それを証するとともに,権利の譲受人がその移転登録手
続等を単独で行うことを承諾したと認められる体裁のものであること,その一方
で,A覚書においては,2000年(平成12年)3月1日より2001年(平成
13年)2月28日までの期間,専らマフユ・ストラップ2の製造対価及び開発協
力金を支払うことが,B覚書においては,本件考案の許諾料の50%をMKCに支
払うことのほか,約束の期限に権利を再譲渡することが,そして,C合意書におい
ては,A覚書及びB覚書を原覚書と称した上で,原覚書を解約することのほか,こ
れに伴って何らの債権債務が存在しないことを確認することが,それぞれ定められ
ていることが認められる。以上によれば,原告と被告の間では,第三者との交渉の
便宜及び権利から生じる経済的利益の分配のため,いわば便宜的に権利を譲渡して
その帰属主体を変更する側面があったことは否定できないが(前記第2の1(6)及
び(8)参照),それでも,権利の帰属の問題(A譲渡証書及びB譲渡証書)と権利か
ら生じる経済的利益の帰属・分配の問題(A覚書,B覚書及びC合意書)は,明確
に区別されて扱われていたものと認めることができる。したがって,原告とMKC
との間の債権債務関係の不存在を確認する条項を含むC合意書の存在を根拠に,B
譲渡証書による譲渡が効力を失ったかのようにいう被告の主張(前記第2の2(被
告の主張)欄エ参照)は失当であり,同合意書の存在が,B譲渡証書により譲渡の
合意が有効に成立したことを認定する妨げになるものではない。また,仮に,B覚
書における上記条項により,権利を再び訴外MKCないし被告に再譲渡する旨の合
意の存在が認められるとしても,上記再譲渡の合意自体は,本件実用新案権の原告
への譲渡の合意と両立し得るものであって,本訴における移転登録請求を妨げるも
のではない(なお,C合意書において,原覚書(すなわちA覚書及びB覚書)を解
約する旨が記載されていることに照らせば,C合意書の作成に当たって,本件考案
について実用新案登録を受ける権利の被告への譲渡(A譲渡証書)並びに本件実用
新案権の原告への譲渡(B譲渡証書)及び原告からMKCないし被告への再譲渡
(B覚書)のすべてについて原告被告間で合意解除し,実用新案登録を受ける権利
を被告に譲渡する以前の状態に戻す趣旨で本件実用新案権を原告に譲渡する旨の合
意が,原告と被告との間で成立したと認めることができるから,いずれにしても,
被告は本件実用新案権について原告に対する移転登録の義務を負担するというべき
である。)。
  ウ 以上のとおり,本件実用新案権は,B譲渡証書により,被告から原告に有
効に譲渡されたものと認められる。
 2 争点(2)(被告が原告に対し,何らかの金銭支払債務を負っていると認められ
るか)について
  ア 前記第1の2記載のとおり,原告は,被告に対して,合計金122万円及
び遅延損害金の支払を求めているものの,弁論における全主張及び本件で取り調べ
られた全証拠によっても,被告甲合個人が原告に対して債務を負っていることの主
張もなければ,立証もない。また,本件訴訟は不法行為を理由とする損害賠償請求
ではないから,弁護士費用相当の損害賠償請求を認める余地もない。
    したがって,証拠等の具体的な検討に入るまでもなく,原告の上記請求は
理由がないものというべきである。
  イ なお,原告の上記請求は,被告のMKC取締役としての責任を問うものと
解する余地がないではない。そこで,念のため,以下,MKCに対する請求に理由
があるかについても検討する。
    原告は,A覚書における開発協力金に関する定めを根拠に,被告甲合に金
銭の支払を請求する理由がある旨主張する。
    しかしながら,前項1イで子細に検討したとおり,原告とMKCの間の契
約関係は,実用新案権等の権利の帰属それ自体と区別して,A覚書,B覚書及びC
合意書によって取り決められていたと認められるところ,仮に,A覚書により成立
した契約の解釈として,原告がMKCに対し,マフユ・ストラップ2の開発協力金
名下に何らかの金銭支払を請求する権利を有していたとしても,C合意書におい
て,A覚書及びB覚書を解約するばかりか,解約にあたって何らの債権債務も存在
しないことが確認されていることに照らせば,上記請求権は放棄されたものという
べきである。
    以上のとおり,前記第1の2記載の請求が,被告のMKC取締役としての
責任を問うものであったとしても,原告がMKCに対し何らの請求権をも有しない
ものである以上,被告に対する同請求には理由がない。
 3 結論
   以上によれば,原告の本訴請求のうち,被告に本件実用新案権の移転登録を
求める請求(前記第1の1)は理由があるが,被告に金122万円及び遅延損害金
の支払を求める請求(前同第1の2)は理由がない。
   よって,主文のとおり判決する。
     東京地方裁判所民事第46部
           裁判長裁判官   三 村 量 一
              裁判官   村 越 啓 悦
              裁判官   青 木 孝 之
(別紙)
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