弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中、上告人敗訴の部分を破棄する。
     前項の部分につき、被上告人の控訴を棄却する。
     控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人菅徳明の上告理由第二点について
 一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 1 被上告補助参加人(以下、単に「補助参加人」という。)は、昭和二四年一
〇月に、Dから、東京都新宿区a町b番cの土地の一部を購入した。同土地部分に
ついては、その後昭和二五年一一月三〇日までの間に、同所旧b番dの土地と同番
eの土地に分筆登記手続がされた上、補助参加人への所有権移転登記手続がされた。
なお、旧b番dの土地は、公道に面していたが、同番eの土地は、袋地であり、公
道への出入りには旧同番五の土地を利用することが必要であった。
 2 補助参加人は、昭和二六年八月八日、その兄であるE並びに弟であるF及び
Gと共に、上告会社を設立し、Fがその代表取締役に、E及びGがその取締役に、
当時既に弁護士資格を取得していた補助参加人がその監査役にそれぞれ就任し、補
助参加人は上告会社との間に顧問契約も締結した。上告会社は、旧b番dの土地上
にあった補助参加人所有の建物を使用して石油額の販売業を開始し、昭和二九年七
月ころには、同土地の地下に石油の貯蔵槽を設置して、同土地及びこれに隣接し上
告会社がHから賃借していた同所旧b番fの土地の一部において、ガソリンスタン
ドの営業を開始した。なお、右建物は、その後改築された。
 3 旧b番dの土地は、昭和四二年四月二六日、b番dの土地と同番gの土地に
分筆され、後者は首都高速道路公団に高速道路用地として譲渡された。これに伴い、
上告会社は、同年一二月ころ、従来旧b番d及び同番eの各土地上にあった建物を
取り壊した上、補助参加人の承諾を得て、b番eの土地上に三階建ての本件建物を
建築し、その一、二階部分をガソリンスタンドの営業に使用し、その三階部分は、
補助参加人の区分所有とし、同人はこれを法律事務所として使用するようになった。
そして、その後の昭和四四年四月二一日、本件建物の一、二階部分について、上告
会社名義での所有権保存登記手続がされた。なお、上告会社は、昭和三七年以降、
補助参加人に対し、土地の利用の対価を支払うようになっていたが、昭和四二年当
時の額は、一年当たり四八万円であった。
 4 昭和六一年当時、b番eの土地上には、前記のとおり本件建物が存在したが、
公道に面するb番dの土地は、給油場所として使用されており、地下に数基の石油
貯蔵槽が存在したほか、地上には昭和五三年に建てられた床面積四・九六平方メー
トルのポンプ室が存在した。もっとも、ポンプ室については登記手続は執られてい
なかった。ちなみに、上告会社は、昭和四九年一二月、Hから、従来同人から賃借
してきた土地部分(分筆登記を経て、b番fの土地となっていた。)を購入し、こ
こに洗車機等の設備を設置してガソリンスタンドの営業に利用していた。そして、
上告会社は、昭和六一年五月までに、補助参加人に対し、同年一月以降の同人所有
の土地の利用の対価として、合計九〇万円を支払っていた。
 5 ところで、補助参加人とFら他の兄弟との間には、右昭和六一年ころから、
上告会社の経営方針をめぐって意見の対立が見られる状態になっていたところ、補
助参加人は、同年五月八日、被上告会社との間で、b番d及び同番eの各土地並び
に本件建物の三階部分の区分所有権を代金合計一〇億八五一一万円で被上告会社に
売却する旨の売買契約を締結し、同月九日、その旨の所有権移転登記手続も行われ
た。この際、被上告会社は、上告会社が右各土地上でガソリンスタンドの営業をし
ていること並びにこれらの上に本件建物及びポンプ室が存在することを知っていた
が、補助参加人から、上告会社は補助参加人との使用貸借契約に基づいて土地を利
用しているにすぎない旨の説明を受けて、これを信じ、上告会社に対して問い合わ
せは行わず、本件建物の一、二階部分について上告会社名義で所有権保存登記がさ
れていることを確認したのみであった。なお、右売買契約の代金額は、右各土地の
当時の価格と比較すると、低廉ではあったものの、これと大きく隔たるものではな
かった。
 二 本件は、補助参加人からb番d及び同番eの各土地を買い受けた被上告会社
が、右各土地を占有している上告会社に対し、所有権に基づき本件建物のうち一、
二階部分等の収去及び土地の明渡しを請求している事案である。
 原審は、前記事実関係の下において、次の理由で、被上告会社のb番eの土地に
関する本件建物の一、二階部分の収去及び同土地明渡しの請求を棄却すべきものと
し、b番dの土地に関するポンプ室等収去及び同土地明渡しの請求を認容した。
 1 補助参加人と上告会社との間においては、遅くともb番eの土地上に本件建
物が建築された昭和四二年一二月ころ、右土地及びb番dの土地について、上告会
社のガソリンスタンド経営のため、堅固の建物である本件建物の所有を目的とする
賃貸借契約が黙示的に締結された。
 2 そして、b番eの土地については、被上告会社が補助参加人から同土地を買
い受けた当時、その上に上告会社が所有権保存登記をしていた本件建物の一、二階
部分を所有していたから、上告会社は右借地権をもって被上告会社に対抗すること
ができるが、b番dの土地については、その上に上告会社名義により登記済みの建
物が存在しなかったから、上告会社は右借地権をもって被上告会社に対抗すること
はできない。
 3 ところで、補助参加人と上告会社の代表者であるFは兄弟であり、しかも、
補助参加人は、弁護士で、上告会社の監査役でもあり本件建物の三階部分に法律事
務所も開設していたのであるから、被上告会社において、上告会社は補助参加人と
の使用貸借契約に基づき土地を占有しているものであるとの補助参加人の説明を信
じたのは、当然であったといえる。補助参加人と被上告会社との間の売買契約の代
金額は、当時の価格を下回るものであったが、これは、買主である被上告会社にお
いて本件建物等の収去を行うこととされた結果であって、被上告会社は、b番dの
土地上に上告会社名義により登記済みの建物が存在しなかったため借地権をもって
対抗されることはないのを奇貨として、低廉な価格で前記各土地を取得したのでは
ない。上告会社は、公道に面するb番dの土地の利用ができなくなることによって、
ガソリンスタンドの施設ないし機能を維持することはほとんど不可能となり、著し
い不利益を被るが、被上告会社も、上告会社の関係者である補助参加人の言動によ
り、b番eの土地について上告会社の借地権による制限を甘受せざるを得なくなる
という不測の事態に陥っているのである。そうすると、被上告会社が前記借地権に
つき対抗要件の欠けることを主張することが許されないいわゆる背信的悪意者に当
たるとはいえず、また、被上告会社のb番dの土地についての明渡請求が権利の濫
用に当たるともいえない。
 三 原審の右二2の判断は是認することができるが、二3の判断は是認すること
ができない。その理由は、次のとおりである。
 建物の所有を目的として数個の土地につき締結された賃貸借契約の借地権者が、
ある土地の上には登記されている建物を所有していなくても、他の土地の上には登
記されている建物を所有しており、これらの土地が社会通念上相互に密接に関連す
る一体として利用されている場合においては、借地権者名義で登記されている建物
の存在しない土地の買主の借地権者に対する明渡請求の可否については、双方にお
ける土地の利用の必要性ないし土地を利用することができないことによる損失の程
度、土地の利用状況に関する買主の認識の有無や買主が明渡請求をするに至った経
緯、借地権者が借地権につき対抗要件を具備していなかったことがやむを得ないと
いうべき事情の有無等を考慮すべきであり、これらの事情いかんによっては、これ
が権利の濫用に当たるとして許されないことがあるものというべきである。
 これを本件について見るに、b番dの土地は、上告会社の経営するガソリンスタ
ンドの給油場所及びその主要な営業用施設の設置場所として、上告会社の本店であ
る本件建物の存在するb番eの土地と共に営業の用に供されていたのであり、これ
らの土地は社会通念上相互に密接に関連する一体として利用されていたものという
ことができ、仮に上告会社においてb番dの土地を利用することができないことと
なれば、ガソリンスタンドの営業の継続が事実上不可能となることは明らかであり、
上告会社には同土地を利用する強い必要性がある。その反面、買主である被上告会
社には、これらの土地の将来の利用につき、格別に特定された目的が存在するわけ
ではない。そして、被上告会社は、b番dの土地の右のような利用状況は認識しつ
つも、補助参加人の説明により、上告会社は右各土地を補助参加人との間の使用貸
借契約に基づいて占有しているにすぎないと信じ、本件の明渡請求に及んだもので
ある。なるほど、補助参加人は上告会社の監査役であり、弁護士でもある上、上告
会社の代表者等と血縁関係にあったというのであるから、被上告会社において補助
参加人の上告会社の経営事情に関する発言の内容を信ずることもあり得ないではな
かったといえる。しかしながら、営利法人である上告会社が、右各土地上に堅固の
建物である本件建物を建築し、既に長期にわたりガソリンスタンドの営業を継続し
てきていたとの事情に照らし、被上告会社において、補助参加人の説明のみから、
上告会社の右各土地の占有権原が権利関係の不安定な使用貸借契約によるものにす
ぎないと信じ、上告会社がその営業の廃止につながる右各土地の明渡しにも直ちに
応ずると考えたのであるとすると、そのことについては、なお、落ち度があったと
いうべきである。他方、上告会社は、b番dの土地には、登記手続の対象にはなら
ない地下の石油貯蔵槽や地上の給油施設のほか、ポンプ室を有していたにすぎず、
右ポンプ室の規模等に照らし、上告会社が、これを独立の建物としての価値を有す
るものとは認めず、登記手続を執らなかったことについては、やむを得ないと見る
べき事情があったものということができる。そうすると、上告会社においてb番d
の土地をb番eの土地と一体として利用する強度の必要性が存在し、右につき事情
の変更が生ずべきことも特段認められない本件においては、被上告会社が右各土地
を特に低廉な価格で買い受けたのではないことを考慮しても、なおその上告会社に
対するb番dの土地についての明渡請求は、権利の濫用に当たり許されないものと
いうべきである。
 四 右と異なる解釈の下に、上告会社のb番dの土地に対する明渡請求が権利の
濫用には当たらないとした原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものであり、こ
の違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理
由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中上告会社敗訴の部
分は破棄を免れない。そして、前記説示に徴すれば、被上告会社の本件請求はすべ
て理由がないことに帰し、これと結論を同じくする第一審判決は正当であるから、
右部分に対する被上告会社の控訴は理由がなくこれを棄却すべきものである。よっ
て、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一
致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    千   種   秀   夫
            裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    大   野   正   男
            裁判官    尾   崎   行   信
            裁判官    山   口       繁

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