弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
被告は,原告に対し,1100万円及びこれに対する平成26年6月12日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1本件は,被告の設置・運営する岡山大学大学院医歯薬学総合研究科の教授で
あった原告が,不正論文の告発に関して,被告代表者である学長や被告の理事
からパワーハラスメント(以下「パワハラ」という。)を受け,精神的苦痛を
被ったとして,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき損害賠償請求をして
いる事案である(附帯請求は,訴状送達の日の翌日からの民法所定の遅延損害
金)。なお,原告は,当初,理事個人に対しても訴えを提起していた(当庁平
成26年(ワ)第323号)が,後にこれを取り下げた。
2前提となる事実等(証拠等により認定した事実はその証拠等を付記する。証
拠等の付記のない事実は当事者間に争いがない。)
当事者等
ア被告は,国立大学法人法に基づき,岡山大学及び同大学院の設置・運営
を目的として設立された国立大学法人である。
被告代表者学長A(以下単に「学長」という。)は,平成23年4月1
日に被告の代表者に就任した。
B理事は,平成23年4月以降,被告の企画・総務担当理事を務めると
ともに,ハラスメント防止委員会委員長,教育懲戒等審査委員会委員も務
めている者である。
イ岡山大学大学院では,平成17年4月以降,医歯学総合研究科と自然科
学研究科(薬学系)とが統合して医歯薬学総合研究科が設置され,同研究
科には,岡山大学の医学系,歯学系及び薬学系の教員が所属している。
原告は,医歯薬学総合研究科所属の薬学系の教授であり,平成23年4
月以降,同研究科の薬学系長(薬学部長)を務めている者である。
C教授は,医歯薬学総合研究科所属の医学系の教授であり,平成23年
4月以降,同研究科の研究科長を務めている者である。
D教授は,医歯薬学総合研究科所属の薬学系の教授であり,平成23年
4月から平成25年3月までの間,同研究科の副研究科長を務め,同年4
月から平成26年9月25日までの間,同研究科の副薬学系長(副薬学部
長)を務めていた者である。
被告は,「研究活動に係る不正行為への対応に関する規程」(平成19年
岡大規程第6号。以下「不正行為対応規程」という。)を定めており,その
概要(本件に関係する部分)は,次のとおりである。(甲9-1)
ア定義
第2条この規程において「研究活動」とは,研究計画の立案及び実施
並びに成果の発表及び評価の過程における行為及びそれに付随するすべて
の事項を含むものとする。
2この規程において「不正行為」とは,悪意のない誤り及び意見の
相違による場合並びに当該研究分野の一般的慣行に従ってデータ及び実
験記録を取り扱う場合を除き,次の各号に掲げる行為をいう。
一捏造(存在しないデータ,研究結果等を作成することをいう。)
二改ざん(研究資料,機器,過程を操作して,データ,研究活動
によって得られた結果等を真正でないものに加工することをいう。)
三盗用(他の研究者のアイデア,分析・解析方法,データ,研究
成果,論文又は用語を,当該研究者の了解又は適切な表現なく流用す
ることをいう。)
四前三号に掲げる行為の証拠隠滅又は調査の妨害(追試又は再現
を行うために不可欠な実験記録等の資料の隠蔽,廃棄及び未整備を含
む。)
イ窓口
第3条不正行為に該当するかを確認する等の相談に応じる窓口は,法
人監査室とする。
2以下(略)
ウ告発
第4条不正行為の疑いがあると思料する者は,何人も,別紙様式(略)
の告発書により,前条第1項に規定する窓口に告発を行うことができる。
2以下(略)
不正論文の告発
ア医歯薬学総合研究科の学位論文審査委員会は,平成24年1月,薬学系
の博士論文審査の過程で,他人の論文の盗用,アイデアの盗用等の不正行
為を行った疑義のある現役の大学院生2名の論文(以下「本件院生論文」
という。)を発見した。
イD教授は,上記発見を受け,平成24年1月24日,医歯薬学総合研究
科副研究科長として,不正行為対応規程4条1項に基づき,岡山大学法人
監査室に対し,本件院生論文の存在等について告発を行った(以下この告
発を「本件告発」という。)。
3争点及び当事者の主張
学長及びB理事において原告に対するパワハラを行った事実があったか否

【原告の主張】
ア平成24年1月31日(論文不正の隠蔽の要求)
学長は,本件告発があったことを受け,平成24年1月31日,原告及
びC教授を学長室に呼び出した。
そして,同席していたB理事が,学長室において,原告に対し,本件告
発を行ったことについて,「こういうものは研究科マターであり,あんた
らに任せている。博士論文に関する告発書を法人監査室に出してしまうと,
私たちが手を出せなくなるじゃないか。」と大声を出して叱責した。
これらの学長及びB理事の行為は,原告に対し,本件院生論文の存在を
隠蔽するように要求する不当なものであり,優越的地位を利用して叱責や
無理な指示,命令を行うという違法なパワハラに当たる。
イ平成24年3月30日(論文不正の隠蔽の要求)
学長は,平成24年3月28日,原告が日本薬学会に参加するために札
幌市に滞在していたにもかかわらず,学長秘書を通じて,原告に対し,岡
山大学まで帰ってくるよう告げた。
そして,学長及びB理事は,同月30日,学長室において,原告に対し,
論文不正に係る問題をなかったことにしてもらいたい旨などを告げた。こ
の時に話題に上った不正論文は,本件院生論文ではなく,原告らが調査の
過程で発見した不正行為を行った疑義のある既に博士課程を修了した2名
の卒業生の論文(以下「本件卒業生論文」という。)である。
この学長及びB理事の指示は,本件卒業生論文の存在を隠蔽するように
要求する不当なものであり,優越的地位を利用して叱責や無理な指示,命
令を行うという違法なパワハラに当たる。
ウ平成24年12月21日(D教授の再任を推薦しないことの要求)
B理事は,D教授が他の准教授に対しハラスメントを行っているという
話が出ていることから,平成24年12月21日,B理事の理事室におい
て,原告に対し,D教授について,「微妙な範囲を超えているんですよ。」,
「もう懲戒の対象ですよ。」,「懲戒を受けた人が部局長なり学部長室の
一員で,どういう役回りであれ,部局を指導するなんていうことはあり得
ないでしょう。結果は同じです。」,「私が学部長で,学部長の執行部を
責められたら,私はあしたからクビにしますよ。」,「どんなに研究業績
がよかろうが,いいですよ。岡山大学はそういう人は要らない。」,「絶
対継続なさるべきではない人がいるでしょう。」などと発言した。
これらのB理事の発言は,原告に対し,優越的地位を利用して,D教授
の医歯薬学総合研究科副研究科長への再任を推薦しないように要求するも
のであり,違法なパワハラに当たる。
【被告の主張】
ア平成24年1月31日について
B理事が,原告に対し「博士論文に関する告発書を法人監査室に出して
しまうと,私たちが手を出せなくなるじゃないか。」と大声を出して叱責
した事実は否認する。
B理事は,平成24年1月31日,学長室において,原告らによる本件
院生論文についての報告を受け,原告及びC教授に対し,本件院生論文の
件については研究科の問題である旨,薬学系の中で何が起こったのかを検
証して報告して欲しい旨などをお願いしたにすぎない。
仮に,B理事が原告の主張するような発言を行った事実があったとして
も,同発言は,原告に対して本件院生論文の存在を隠蔽するように要求す
るものとはいえない。
イ平成24年3月30日について
学長及びB理事が論文不正に係る問題をなかったことにしてもらいたい
旨などの無理な要求を行った事実は否認する。
学長及びB理事は,平成24年3月30日,原告らから本件院生論文の
調査に関する報告を受けたにすぎず,本件卒業生論文の問題については話
題にすら上っていない。
なお,学長は,平成24年3月28日,学長秘書を通じて,原告にメー
ルを送信したが,その際には,日程調整の協議の過程で,札幌市で学会が
あるならば仕方がない旨,調整がつくようであれば対応して欲しい旨を告
げたにすぎず,原告に対して岡山大学に帰ることを強制したことはない。
ウ平成24年12月21日について
B理事が,原告の主張する各発言をした事実については認める。
もっとも,上記各発言が,原告に対してD教授の医歯薬学総合研究科副
研究科長への再任を推薦しないように要求するものであることは争う。
薬学部長である原告には医歯薬学総合研究科副研究科長に係る人事の権
限はなく,原告に対して上記のような要求をしたところで意味はない。
原告の損害
【原告の主張】
ア慰謝料1000万円
学長及びB理事によるパワハラにより,原告の被った精神的被害は甚大
であり,その慰謝料は1000万円を下ることはない。
イ弁護士費用100万円
以上合計1100万円
【被告の主張】
いずれも否認する。
第3当裁判所の判断
1学長及びB理事において原告に対するパワハラを行った事実があっ
たか否か)について
前記前提となる事実に加え,証拠(甲3-1,甲3-2,甲3-4ないし
甲3-7,甲12,甲14,乙5,乙12ないし乙15,証人C,原告本人)
及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア本件院生論文の発見から平成24年1月31日の学長室での会議(以下
「本件会議①」という。)までの経緯
原告は,学位論文審査委員会による博士論文審査の過程で本件院生論
文が発見されたことを受け,平成24年1月16日頃,同研究科の研究
科長であるC教授に同事実を報告した。
C教授は,上記報告を受け,本件院生論文への対応について原告やD
教授らと相談をし,その上で,不正行為対応規程4条1項に基づき,同
論文について岡山大学法人監査室に告発することを決定した。
そして,D教授は,同月24日,医歯薬学総合研究科副研究科長とし
て,岡山大学法人監査室に対し,本件告発を行った。本件告発に係る告
発書には,不正行為の疑いがある者として,上記2名の大学院生のほか
に,その指導担当教授であるE教授などの名前も記載されており,本件
院生論文は別の修士論文のデータを盗用した疑いがある旨,E教授の研
究室においては,類似の事例が多数見られるので詳細な調査が必要であ
る旨,既修了の博士論文も調査中であるが,多数の同一事例が出現する
見込みである旨などが記載されていた。
その後,C教授は,学長秘書から,学長らと論文不正の問題のことで
会議を行いたい旨の連絡を受けた。これを受け,C教授及び原告は,平
成24年1月31日,学長室において,論文不正の問題についての学長
と本件会議①を行うこととなった。学長室においては,学長のほかに,
B理事及びF理事が同席していた。
イ本件会議①から平成24年3月30日の学長室での会議(以下「本件会
議②」という。)までの経緯
本件会議①を受け,平成24年2月1日,医歯薬学総合研究科の内部
において,論文不正について調査するための委員会である博士論文調査
委員会が結成され,原告やD教授を含む計7名の医歯薬学総合研究科の
教授が構成員となった。
博士論文調査委員会は,E教授を含む各関係者から事情を聴取するな
どの調査を行った後,平成24年3月15日,論文不正についての調査
に関する報告書を作成し,学長に提出した。
同報告書には,本件院生論文の内容は,E教授の研究室に所属してい
た他の大学院生の修士論文のデータをほとんどそのまま使用したものに
なっている旨,E教授はこのようなデータの流用を従前から学生に行わ
せていた旨などが記載されるとともに,委員会の見解として,本件院生
論文は正式な学位審査論文として容認すべきでない旨,本件院生論文を
作成した2名の学生については,希望により論文の改訂,追加実験,研
究指導を行うことができるよう配慮すべき旨などが示されていた。また,
付帯条項として,E教授の研究室における過去の博士論文及び修士論文
を調査したところ,既に博士課程を修了した2名の卒業生が作成した本
件卒業生論文についても,上記と同様に,他の論文のデータを盗用した
疑いが濃厚である旨などが記載されていた。
上記報告書の提出を受け,学長の命を受けた学長秘書は,平成24年
3月28日,C教授及び原告に対し,学長,B理事及びF理事との間で
同月30日の午後4時30分から午後5時までの間,論文不正の問題に
ついての会議を行いたい旨のメールを送信した。
これに対し,原告は,現在,札幌市で開かれている薬学会に参加して
おり,同月31日にシンポジウムが予定されているため,打合せへの参
加は困難である旨及びどうしてもということならばシンポジウムはキャ
ンセルする旨を返信した。
これを受け,学長秘書は,札幌市の薬学会ということなら仕方がない
旨及びD教授が原告の代理で出席するように調整する旨を返信したが,
原告は,D教授も札幌市で開かれている薬学会に出席している旨及び薬
学部の問題なので上記シンポジウムをキャンセルすることも仕方がない
旨を返信した。
その上で,学長秘書は,原告に対し,学長も,来週から新年度の新し
い出発の日なので,今月中に済ませておきたいと考えており,もし調整
がつくようであれば対応してもらいたい旨をメールで送信した。これを
受け,原告は,上記シンポジウムをキャンセルした上,本件会議②に参
加することとなった。
ウ本件会議②の後の経緯
本件会議②を受け,C教授は,平成24年3月31日,原告に対し,
本件院生論文を作成した大学院生2名への対応を話し合って欲しい旨の
連絡をした。これを受け,原告は,学部長室会議において,上記大学院
生の今後の指導方針,指導教員等について話し合い,その方向性を決定
した。なお,その後,上記大学院生は,いずれも岡山大学大学院を自主
退学した。
原告は,その後,本件卒業生論文を作成した卒業生2名や指導教員で
あるE教授に対して何らの処分もされていないことを不審に思い,平成
25年10月1日,学長,B理事及びF理事に対し,E教授の不正につ
いて再度告発する旨を書面で報告した。同書面には,大学として調査委
員会を設け,厳正な調査の上,必要な処分を下して欲しい旨及び前回の
ような隠匿行為があれば,直ちに薬学部教授会として,本件を関係省庁
に連絡して公表する予定である旨が記載されていた。
原告は,平成25年11月11日,岡山大学法人監査室に対し,E教
授及び本件卒業生論文を作成した卒業生2名を告発した。
これを受け,学長の命で予備調査委員会が設置され,C教授及び原告
を含む計5名の教授等が構成員となった。同調査委員会は,上記告発に
係る調査を行い,平成26年4月3日,同告発には合理性がある旨,E
教授の研究指導に問題があった可能性があると推測され,何らかの調査
が必要である旨,医歯薬学総合研究科の教授会に学位論文の再審査を付
託する等により論文の再審査を行う必要がある旨の判断を示した。
学長は,上記予備調査委員会の判断結果を受け,上記告発に係る問題
を博士の学位授与,研究指導における問題として取り扱うこととし,平
成26年4月15日,医歯薬学総合研究科長等に対し,学位審査の問題
点の検証,E教授の研究指導の問題についての調査を行うよう指示した。
これを受け,医歯薬学総合研究科において調査委員会が設置され,同年
5月21日以降,調査が行われている。
本件会議①におけるB理事の発言について
ア原告は,本件会議①において,B理事が,本件告発について,「こうい
うものは研究科マターであり,あんたらに任せている。博士論文に関する
告発書を法人監査室に出してしまうと,私たちが手を出せなくなるじゃな
いか。」と大声を出して叱責した旨供述し(甲12,原告本人),このよ
うな発言は,原告に対して論文不正の隠蔽を指示する違法なパワハラであ
ると主張する。
他方,B理事は,本件会議①においては,原告に対し博士論文について
は研究科マターであるので研究科の方で調査するよう言ったにすぎない旨
供述し(乙13),更に,原告とともに学長室を訪れたC教授も,B理事
から,上記のような叱責をされた事実はなく,論文不正の問題については
研究科の方で調査して欲しいと言われたにすぎない旨供述している(乙5,
証人C)。
イそこで検討するに,B理事が,本件会議①において,本件告発に係る論
文不正については研究科で調査すべきである旨の発言をした事実は認めら
れ,この発言は,原告らが法人監査室への告発を行ったことを暗に非難す
る趣旨(少なくとも,原告らにそのように受け取られるようなニュアンス)
を含むものであったことは否定できないところである。
一方,B理事が原告を大声で叱責したとする原告の供述については,B
理事のみならず,原告とともに呼出しを受け,本件会議①に参加したC教
授もこれを否定する供述をしており,原告の上記供述を積極的に裏付ける
証拠はない。したがって,B理事が,原告主張のような叱責をした事実は
認定できない。
そして,B理事の発言が原告の告発行為を暗に非難するものであったと
しても,それ以前の経緯やB理事と原告との学内における立場,発言の内
容等に照らせば,そのことから直ちに,B理事の言動が,組織上の優越的
地位を利用して原告に対し論文不正の隠蔽などの不当な行為を指示するよ
うな違法なパワハラであるとまでは評価できないというべきである。これ
に関する原告の主張は採用できない。
本件会議②における学長及びB理事の指示について
ア原告は,本件会議②のため急遽札幌市におけるシンポジウムをキャン
セルさせられた上,同会議において,学長から,本件卒業生論文に係る
問題を終わりにして欲しい旨告げられたことなどを供述し(甲12,原
告本人),このような言動は,原告に対して論文不正の隠蔽を指示する
違法なパワハラであると主張する。
他方,B理事は,本件会議②においては,原告及びC教授から本件院
生論文の調査についての報告を受けた後,大学院生2名の今後の指導に
ついて十分に検討して欲しい旨を告げたにすぎず,学長も自分も本件卒
業生論文に係る問題を終わりにして欲しいなどとは言っていない旨の供
述をし(乙13),C教授も,学長からもB理事からも本件卒業生論文
に係る問題を終わりにして欲しいなどとは告げられていない旨供述して
いる(乙5,証人C)。
イそこで検討するに,前記認定事実によれば,本件会議②のために,原
告が札幌市におけるシンポジウムをキャンセルしたことが認められるも
のの,その経緯をみれば,本件会議②のための日程調整の過程で,原告
が自らの意思でキャンセルしたものと認められ,少なくとも学長の指示
によりキャンセルを強いられたという状況にあったとはいえない。
そして,本件会議②における学長の発言についても,B理事に加え,
原告とともに本件会議②に参加したC教授も本件卒業生論文に係る問題
を終わりにして欲しい旨の発言はなかったと供述をしていること,他に
原告の上記供述を積極的に裏付ける証拠もないことからすれば,学長が,
原告主張のような発言を行った事実は認定するに足りないというべきで
ある。また,仮に,学長が原告主張のような発言をした事実があったと
しても,原告が,平成25年10月1日に学長らに対してE教授の不正
について再度告発をし,同年11月11日には法人監査室に対してE教
授及び本件卒業生論文を作成した卒業生2名を告発したことなどの本件
会議②後の経緯に照らせば,この発言は,原告に対して組織上の権限を
背景として応諾を強要したとまでは認められず,あくまでも依頼の範囲
にとどまるものといえるから,これをもって直ちに学長らが原告に対し
その優越的地位を利用した違法なパワハラを行ったとまでは認定できな
いというべきである。これに関する原告の主張も採用できない。
D教授の再任を推薦しないことの要求について
ア原告とB理事が,平成24年12月21日に,同理事の理事室におい
て面談を行ったこと,その面談の際に,同理事が,D教授について,「微
妙な範囲を超えているんですよ。」,「もう懲戒の対象ですよ。」,「懲
戒を受けた人が部局長なり学部長室の一員で,どういう役回りであれ,
部局を指導するなんていうことはあり得ないでしょう。結果は同じで
す。」,「私が学部長で,学部長の執行部を責められたら,私はあした
からクビにしますよ。」,「どんなに研究業績がよかろうが,いいです
よ。岡山大学はそういう人は要らない。」,「絶対継続なさるべきでは
ない人がいるでしょう。」などと発言したことは,当事者間に争いがな
い。
イ原告は,B理事の上記発言を捉えて,D教授の医歯薬学総合研究科副
研究科長への再任を推薦しないよう要求する違法なパワハラである旨主
張をする。
確かに,証拠(原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,薬学部長であ
る原告には,医歯薬学総合研究科副研究科長に薬学系の教授を推薦する
事実上の権限があったことが認められ,B理事の上記発言は,その原告
に対してD教授を推薦しないよう促すものであり,原告においてもその
ように受け取ったであろうことは否定できないところである。
もっとも,B理事の上記発言は,原告とB理事との間における岡山大
学薬学部の今後の方向性,その中でのD教授の行ったハラスメントの問
題,同問題への今後の対処等に関する一連の会話の中でされたものであ
って,原告とB理事の上記面談はD教授の推薦問題に終始していたわけ
ではなく,B理事が原告に対して一方的にD教授の推薦を行わないよう
執拗に要求し続けていたとも認められない。また,原告が推薦候補とし
て想定しているであろうことが推認されるD教授について,B理事がそ
の適格性について否定的な評価を表明することが直ちに違法不当である
ともいえないところである。
さらに,被告の企画・総務担当理事を務めるB理事に,原告の上記推
薦に関する判断に実質的な影響力を及ぼすような組織上の権限があった
ともいえないことも考慮すれば,B理事の上記発言が直ちに原告に対す
る違法なパワハラであるとは認定できないというべきである。これに関
する原告の主張も採用できない。
2以上によれば,その余の争点について判断するまでもなく,原告の請求は理
由がない。よって,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
岡山地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官曳野久男
裁判官早田久子
裁判官石井孝明

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