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令和2年6月25日判決言渡同日判決原本交付裁判所書記官
平成26年(行ウ)第83号生活保護基準引下げ処分取消等請求事件(第1事件)
平成28年(行ウ)第60号生活保護基準引下げ処分取消等請求事件(第2事件)
口頭弁論終結日令和2年1月27日
判決5
主文
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由10
第1請求
1第1事件
⑴別紙処分一覧表1の「処分行政庁」欄記載の各処分行政庁が「処分日」欄
記載の各年月日付けで「処分の名宛人」欄記載の各原告に対してした各保護
変更決定処分を取り消す。15
⑵第1事件被告兼第2事件被告国(以下「被告国」という。)は,第1事件原
告ら各自に対し,1万円及びこれに対する平成25年8月1日から支払済み
まで年5分の割合による金員を支払え。
2第2事件
⑴別紙処分一覧表2の「処分行政庁」欄記載の各処分行政庁が「処分日」欄20
記載の各年月日付けで「処分の名宛人」欄記載の各原告に対してした各保護
変更決定処分を取り消す。
⑵被告国は,第2事件原告ら各自に対し,1万円及びこれに対する平成26
年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等25
1事案の要旨
生活保護法に基づく生活扶助の支給を受けている第1事件原告らは,生活保
護法による保護の基準(昭和38年4月1日号外厚生省告示第158号。以下
「保護基準」という。)における生活扶助の基準(以下「生活扶助基準」という。)
を改定する厚生労働省告示(平成25年厚生労働省告示第174号。同年8月
1日から適用される。以下「本件告示1」という。)により生活扶助基準が改定5
されたことに基づき,別紙処分一覧表1の「処分行政庁」欄記載の各処分行政
庁から「処分の名宛人」欄記載の各原告を名宛人とする各保護変更決定処分(以
下,これらを併せて「本件各処分1」という。)を受けた。また,生活保護法に
基づく生活扶助の支給を受けている第2事件原告らは,本件告示1に引き続い
て保護基準における生活扶助基準を改定する厚生労働省告示(平成26年厚生10
労働省告示第136号。同年4月1日から適用される。以下「本件告示2」と
いい,本件告示1と本件告示2を併せて「本件各告示」という。)により生活扶
助基準が改定されたことに基づき,別紙処分一覧表2の「処分行政庁」欄記載
の各処分行政庁から,「処分の名宛人」欄記載の各原告を名宛人とする各保護変
更決定処分(以下,これらを併せて「本件各処分2」といい,本件各処分1と本15
件各処分2を併せて「本件各処分」という。)を受けた。
本件は,第1事件原告らが,本件各処分1は,生活保護法3条に反し,生活
扶助を健康で文化的な最低限度の生活を維持するに足りない水準とするもの
であるなどの理由から違法であるとして,本件各処分1の取消しを求め(第1
事件・取消訴訟),第2事件原告らが,本件各処分2には本件各処分1と同様の20
違法事由があるとして,本件各処分2の取消しを求め(第2事件・取消訴訟),
さらに,③原告らが,本件各処分の根拠となった生活扶助基準の改定が国家賠
償法上違法であるとして,被告国に対し,損害賠償金1万円及びこれに対する
違法行為の日(生活扶助基準の改定日であり,第1事件原告らについては平成
25年8月1日,第2事件原告らについては平成26年4月1日)から支払済25
みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2関係法令の定め等
⑴生活保護法
ア生活保護法は,1条において,同法は,憲法25条に規定する理念に基
づき,国が生活に困窮する全ての国民に対し,その困窮の程度に応じ,必
要な保護を行い,その最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助5
長することを目的とする旨規定し,3条において,同法により保障される
最低限度の生活は,健康で文化的な生活水準を維持することができるもの
でなければならない旨規定する。
イ生活保護法は,8条1項において,保護は,厚生労働大臣の定める基準
により測定した要保護者(生活保護法による保護を必要とする者をいう。10
以下同じ。)の需要を基とし,そのうち,その者の金銭又は物品で満たすこ
とのできない不足分を補う程度において行うものとする旨規定し,同条2
項において,前項の基準は,要保護者の年齢別,性別,世帯構成別,所在
地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の
需要を満たすに十分なものであって,かつ,これを超えないものでなけれ15
ばならない旨規定する。
ウ生活保護法は,11条において,保護の種類の1つとして生活扶助を定
め,12条において,生活扶助は,困窮のため最低限度の生活を維持する
ことのできない者に対して,衣食その他日常生活の需要を満たすために必
要なもの(1号)及び移送(2号)の範囲内において行われる旨規定する。20
エ生活保護法(平成25年号外法律第104号による改正前のもの。以下,
同法24条及び25条につき同じ。)は,25条2項において,保護の実施
機関は,保護の変更を必要とすると認めるときは,速やかに,職権をもっ
てその決定を行い,書面をもって,これを被保護者(現に生活保護法によ
る保護を受けている者をいう。以下同じ。)に通知しなければならず,同法25
24条2項を準用して,その通知書には理由を付さなければならない旨規
定する。
オ生活保護法は,56条において,被保護者は,正当な理由がなければ,
既に決定された保護を不利益に変更されることがない旨規定する。
⑵生活扶助基準
ア生活扶助基準(別表第1)は,日常生活に必要な基本的かつ経常的な費5
用についての最低生活費を定めたものであり,基準生活費(第1章)と加
算(第2章)とに大別されている。居宅で生活する者の基準生活費は,食
費,被服費等の個人単位の経費に対応する第1類の額(以下「第1類費」
という。)と光熱水費,家具什器類費等の世帯単位の経費に対応する第2類
の額(以下「第2類費」という。)に分けられている。基準生活費は,原則10
として世帯ごとに,当該世帯を構成する個人ごとの第1類費を合算したも
のと第2類費とを合計して算出される。
イ第1類費は年齢別に,第2類費は世帯人員別に定められているところ,
第1類費及び第2類費を設定するに当たっては,標準世帯(現在は,夫婦
子1人の3人世帯)の最低限度の生活に要する費用を具体的金額として設15
定し,これを一般世帯の消費実態を参考にして第1類費と第2類費に分け
た上,第1類費については栄養所要量を参考とした指数を,第2類費につ
いては消費支出を参考とした指数をそれぞれ設定し,これらの指数を標準
世帯の第1類費及び第2類費に適用して,第1類費の年齢階級別の額及び
第2類費の世帯人員別の額を設定している。また,保護基準は,生活様式20
や物価の違い等を考慮して全国の市町村を1級地-1から3級地-2まで
の6つの級地に区分した上(別表第9),第1類費及び第2類費に地域差を
設けているが,級地による地域差についても,1級地-1における額を定
めた上で,1級地-1を1として一定の比率(指数)により他の級地の額
を定めている(以下,生活扶助基準において標準世帯の第1類費及び第225
類費を基準として指数により他の年齢階級及び世帯人員の額を定める部分
及び1級地-1の基準額を基準として指数により他の級地の基準額を定め
る部分を「展開部分」という。)。
なお,名古屋市(原告1,3~5,7~12及び17~20の居住地)
は1級地-1に,愛知県豊橋市(以下「豊橋市」という。原告13,14
及び21の居住地)及び愛知県刈谷市(以下「刈谷市」という。原告155
の居住地)は2級地-1にそれぞれ属する。(別表第9)
3前提事実(当事者間に争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨に
より容易に認められる事実等。なお,以下において,特記しない限り,書証番
号は全ての枝番を含むものとする。)
⑴当事者10
原告1,3~5,7~12及び17~20は名古屋市,原告13,14及
び21は豊橋市,原告15は刈谷市において,それぞれ生活保護を受給して
いる。()
⑵本件各処分に至る経緯
ア平成23年2月,厚生労働省の審議会である社会保障審議会の下に生活15
保護基準部会が設置され,生活保護基準部会において生活扶助基準に関す
る検証及び評価が行われた。生活保護基準部会は,平成25年1月18日,
この検証及び評価の結果を取りまとめて社会保障審議会生活保護基準部会
報告書(以下「平成25年報告書」という。)として公表し,平成25年報
告書において,生活扶助基準の展開部分が一般低所得世帯の消費実態とか20
い離している旨を指摘した(以下,前記の検証及び評価を行った生活保護
基準部会を「基準部会」という。)。
厚生労働大臣は,基準部会の検証結果を受けて,一般低所得世帯の消費
実態を生活扶助基準の展開部分に反映させることにより生活扶助基準の展
開部分を適正化し生活保護受給世帯間の公平を図るため,生活扶助基準を25
改定することとした(以下,この改定を「ゆがみ調整」という。)。
(以上につき,甲全6,乙全6,16,19,22,弁論の全趣旨)
イまた,厚生労働大臣は,平成20年から平成23年までの物価下落によ
り被保護者の可処分所得が実質的に増加しているとして物価下落率を考慮
した生活扶助基準の引下げを行うこととした(以下,この改定を「デフレ
調整」という。)。5
厚生労働大臣は,デフレ調整における物価下落率を算出するに当たり,
総務省が公表している消費者物価指数(以下「総務省CPI」という。)の
データを使用した。消費者物価指数は,消費財・サービスの価格における
変化を計測する物価指数であり,一定の数量の消費財・サービスを購入す
るための費用の変化を指数化することにより算出される。総務省CPIも10
前記の方法により算出され,指数の計算の対象とする品目(以下「指数品
目」という。)を選定し,家計調査により家計の消費支出全体に当該品目の
支出額が占める割合(以下「支出割合」という。)を算出した上,指数品目
の基準年の価格と比較年の価格の比を,支出割合をウェイトとして加重平
均(値に重み〔ウェイト〕を付けて行う平均)し,基準年の指数を10015
として比較年の物価を指数化することで算出される。
厚生労働大臣は,デフレ調整における物価下落率を算出するに当たり,
総務省CPIの指数品目から家賃等の生活扶助以外の他の扶助で賄われる
品目及び自動車関係費等の生活保護受給世帯において支出することが想定
されていない品目を除外したものを指数品目とした(以下,総務省CPI20
の指数品目からこれらの品目を除外した品目による消費者物価指数を「生
活扶助相当CPI」という。)。そして,厚生労働大臣は,生活扶助相当C
PIにより,平成20年から平成23年までの期間における物価下落率を
算出することとし,平成22年の家計調査による支出割合をウェイトとし,
同年の価格を基準に同年の指数を100とした上で,平成20年の生活扶25
助相当CPI及び平成23年の生活扶助相当CPIを算出した(以下,消
費者物価指数の計算において,ウェイトとして使用される数量や支出の時
点を「ウェイト参照時点」,比較の基準となる価格の時点を「価格参照時点」,
指数の値を100とする時点を「指数参照時点」という。)。
その結果,平成20年の生活扶助相当CPIは104.5,平成23年
の生活扶助相当CPIは99.5となり,平成20年から平成23年まで5
の下落率は4.78%(99.5÷104.5-1≒-4.78%)とな
った。
(以上につき,甲全100,102,149,230,乙全16,19,
26~28,弁論の全趣旨)
ウ以上の経緯から,厚生労働大臣は,生活扶助基準の展開部分と一般低所10
得世帯の消費実態とのかい離を解消するとともに(ゆがみ調整),平成20
年から平成23年までの物価下落率を考慮した4.78%の生活扶助基準
の引下げ(デフレ調整)を行うこととしたが,これらの生活扶助基準の改
定においては,生活保護受給世帯に対する激変緩和措置として,①改定を
平成25年度から3年間かけて段階的に実施し,②改定の影響を一定程度15
抑える観点から,増減額の幅がプラスマイナス10%を超えないように調
整するとともにゆがみ調整による増減額の幅を基準部会の検証結果の2分
の1とすることとした。そして,厚生労働大臣は,平成25年5月16日
に本件告示1による生活扶助基準の改定を実施し,平成26年3月31日
に本件告示2による生活扶助基準の改定を実施した。(甲全8,97,乙全20
1,3,16,19,31)
⑶原告らに対する処分等
ア別紙処分一覧表1の「処分行政庁」欄記載の各処分行政庁は,本件告示
1に基づき,「処分の名宛人」欄記載の各原告に対し,各保護変更決定処分
をした(本件各処分1。乙⑴1,⑶1~⑸1,⑺1~⒂1)。また,別紙処25
分一覧表2の「処分行政庁」欄記載の各処分行政庁は,本件告示2に基づ
き,「処分の名宛人」欄記載の各原告に対し,各保護変更決定処分をした(本
件各処分2。乙⒄1~1)。
本件告示1により第1事件原告らについて生じた生活扶助基準額の変更
額は別紙処分一覧表1の「差額」欄記載のとおりであり,本件告示2によ
り第2事件原告らについて生じた生活扶助基準額の変更額は別紙処分一覧5
表2の「差額」欄記載のとおりである。なお,生活扶助基準額が増額とな
っている者があるのは,本件告示2及び本件処分2が消費税増額に伴う引
上げを含んでいるためである。(弁論の全趣旨)
イ本件各処分1の通知書には,処分の理由として,原告1,3~5及び7
~12につき「基準改定による変更」,原告13及び14につき「基準改定10
を行う」,原告15につき「基準改定」と記載されていた。また,本件各処
分2の通知書には,原告17~20につき「基準改定(年齢改定,冬季加
算削除)による変更」,原告21につき「基準改定,年齢改定を行う」と記
載されていた。(乙⑴1,⑶1~⑸1,⑺1~⒂1,⒄1~1)
ウ原告らは,それぞれ,本件処分1ないし本件処分2について,別紙処分15
一覧表1及び2記載の「審査請求日」欄記載の日に愛知県知事に対して審
査請求を行ったところ,愛知県知事は,別紙処分一覧表1及び2記載の「裁
決日」欄記載の日に,原告らの各審査請求を棄却する旨の各裁決を行い,
各同日頃,原告らにその旨を通知した。原告ら(ただし,原告14を除く。)
は,本件各処分について,別紙処分一覧表1及び2の「再審査請求日」欄20
記載の日に厚生労働大臣に対して再審査請求を行った。(弁論の全趣旨)
エ第1事件原告らは,平成26年7月31日に第1事件に係る訴えを,第
2事件原告らは,平成28年4月21日に第2事件に係る訴えをそれぞれ
提起し,第2事件は第1事件に併合された。(顕著な事実)
オその後,厚生労働大臣は,前記ウの再審査請求をいずれも棄却する旨の25
裁決をした。(弁論の全趣旨)
第3主要な争点
1本件各告示による生活扶助基準の改定に生活保護法3条及び8条に違反した
違法があるか(争点1)
2本件各処分に行政手続法14条の理由提示義務又は生活保護法25条2項の
理由付記義務に違反した違法があるか(争点2)5
3本件各告示による生活扶助基準の改定の国家賠償法上の違法性の有無及び損
害額(争点3)
第4主要な争点に関する当事者の主張の要旨
1争点1(本件各告示による生活扶助基準の改定に生活保護法3条及び8条に
違反した違法があるか)10
(原告らの主張の要旨)
⑴生活扶助基準改定の違法性判断の枠組み
生活扶助基準の改定については,厚生労働大臣に一定の裁量が認められる
から,本件各告示による生活扶助基準の改定が違法か否かは,当該改定を行
った厚生労働大臣の判断が,生活保護法8条1項により厚生労働大臣に付与15
された裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものといえるか否かによ
り判断すべきである。もっとも,生活保護法が憲法25条の保障する生存権
を具体化したものであり,生活扶助基準が生存権の保護水準を画する極めて
重要なものであることなどから,前記の厚生労働大臣の裁量には,以下のよ
うな制約が存在するというべきである。20
ア制度後退禁止原則による制約
憲法25条が生存権を国民の権利として規定していることからすれば,
憲法上,国は健康で文化的な水準の生活を国民に保障しなければならな
いというべきである。そして,生活保護法は,このような憲法25条の
理念を受けて,3条において,「この法律により保障される最低限度の生25
活は,健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければ
ならない」と規定し,健康で文化的な生活水準を維持することを国に義
務付けるとともに,8条2項において,生活扶助基準が「最低限度の生
活の需要を満たすに十分なもの(中略)でなければならない」と規定し,
健康で文化的な最低限度の生活の需要が確実に満たされるようにしなけ
ればならないとしている。また,不利益変更の禁止を定める生活保護法5
56条は,保護基準の改定においても適用されるべきであるし,仮に,
保護基準の改定に適用されないとしても,同条は,保護基準を個々人に
具体化する場合に適用される規定であり,被保護者に対する不利益の点
において両者に何らの差異はないから同条の趣旨は保護基準の改定にも
及ぼされるべきである。さらに,生活保護法の立法当時,厚生大臣(以10
下,省庁名,官職名等はいずれも当時のものである。)が国会において「基
準額につきましては下げないということでどこまでも進んでいきたい」
と答弁していることや厚生省社会局長が同法8条2項につき「最低生活
はできるだけ高い線まで持って行きたい」と答弁していることからする
と,生活保護法は保護基準の引下げを予定していないということができ15
る。以上のような生活保護法の規定等に照らすと,厚生労働大臣は,原
則として,一旦,最低限度の生活の需要を満たすために必要として設定
された生活扶助基準を引き下げることはできないというべきである(制
度後退禁止原則)。
このような制度後退禁止原則は,憲法25条2項が,国に社会福祉の20
向上及び増進を義務付けており,制度の後退を予定していないことから
も明らかである。また,憲法98条2項からは経済的,社会的及び文化
的権利に関する国際規約(以下「社会権規約」という。)も法律の解釈指
針となると解されるところ,その2条1項は,「この規約において認めら
れる権利の完全な実現を漸進的に達成するため,自国における利用可能25
な手段を最大限に用いる」こと,すなわち権利の実現の漸進的な進歩を
国家の法的義務としている上,社会権規約の解釈として一般的通用力を
有すると解されている経済的,社会的及び文化的権利に関する委員会の
一般的意見(以下「一般的意見」という。)も,その3において,不可欠
な食料等の最低限の部分を充足することを即時的に行われるべき最低限
の中核的義務として位置付けるとともに,その19において,財政上社5
会保障に対して優先的な財源の配分を求め,社会保障に関する後退的な
措置は禁じられているとの強い推定が働くとしていることからも導かれ
る。
以上のとおり,厚生労働大臣は,原則として,最低限度の生活の需要
を満たすために必要であるとして設定された生活扶助基準を引き下げる10
ことはできないというべきである。したがって,厚生労働大臣が生活扶
助基準の引下げを行う場合には,国において,当該措置が全ての選択肢
が最大限検討された上での措置か否か,影響を受ける者らがその検討の
手続に真に参加することができたか否か,当該措置が社会保障に対する
権利の実現に持続的な影響力を及ぼすか否かなどの観点からみて,生活15
扶助基準を引き下げる正当な理由があることを主張立証しない限り,生
活扶助基準の引下げは,違法となる。
イ生活保護法が考慮事項を法定していることによる制約
生活保護法8条は,1項において,生活扶助基準の設定ないし改定を厚
生労働大臣に委任する一方で,2項において,その設定ないし改定は,要20
保護者の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に応じ
て必要な事項を考慮したものでなければならないとして考慮すべき事項を
具体的に示している。また,同法9条は,保護は,要保護者の年齢別,性
別,健康状態等その個人又は世帯の実際の必要の相違を考慮して有効かつ
適切に行うものとしている。25
基本的人権の具体的内容を定めることを行政に授権する場合であっても,
法律による行政や民主主義の原理からして,その本質的事項(内容・方法・
手続の面)は法律自体で明確に定められていなければならないし,立法の
沿革としても,生活保護法において保護の内容を法定しているのは,保護
の内容が行政機関の広範な自由裁量に委ねられてきた旧法下の在り方を改
めるためであり,ある程度抽象的な定め方となっているのも,それ以上具5
体的な規律を設けることが技術的に不可能に近いという制約によるものに
すぎない。そうすると,厚生労働大臣が生活扶助基準を設定ないし改定す
るに当たっては,法定の考慮事項を考慮することが義務付けられていると
いうべきであり,他方で,国の財政事情,国民感情,政権与党の公約等の
同法8条2項及び9条に定められた事項以外の事項を考慮してはならない10
のであって,厚生労働大臣が生活扶助基準の設定ないし改定に当たり,同
法8条2項及び9条に定められた事項を考慮せず,又はそれらの各規定に
定められた事項以外の事項を考慮した場合には,厚生労働大臣の判断は裁
量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものとして違法となるというべ
きである。15
ウ事柄の専門技術性による制約
生活扶助基準の引下げが適法となるためには,最低限度の生活を維持す
る上で引下げに見合った需要の減少が認められ(引下げの必要性),引下げ
後の生活扶助基準の内容が健康で文化的な生活水準を維持することができ
るものであること(引下げの相当性)が必要となるところ,このような必20
要性及び相当性は,高度の専門技術的な考察により判断されるべき事柄で
あり,その判断においては,統計等の客観的な数値等との合理的関連性や
専門的知見との整合性の有無が検討される必要がある。そして,生活保護
法が制定された際の国会での議論においては,①保護基準は合理的な基礎
資料によって算出されるべきであること,②その合理的な基礎資料は,厚25
生大臣限りではなく,社会保障制度審議会の最低生活水準に関する調査研
究によって得られるものとした上,社会事業審議会に部会を設けて部会の
検討結果の趣旨を生かすことなどが前提とされていた。このように生活保
護法の立法過程において,生活扶助基準は,専門家によって構成された審
議会の検討を経て,これに基づいて設定することが当然の前提とされ,必
ず専門家の判断を踏まえることによって厚生大臣の裁量判断の正当性が根5
拠付けられるものとされていたのである。
また,昭和59年から現在に至るまで採用されている水準均衡方式は,
中央社会福祉審議会が昭和58年12月に取りまとめた意見具申(以下「昭
和58年意見具申」という。)において,「現在の生活扶助基準が一般国民
の消費実態との均衡上ほぼ妥当な水準に達しているとの所見」を示したの10
を受けて,その均衡を維持しようとするものであるが,この水準均衡方式
は,生活扶助基準が一般国民の消費実態と均衡しているか否かを定期的に
検証することを予定しており,厚生労働大臣が,そうした検証の結果に拘
束されることを前提としている上,生活保護の在り方に関する専門委員会
(以下「専門委員会」という。)も,保護基準が定期的に専門家により検証15
されることを前提としていた。
これらの点に照らすと,厚生労働大臣が保護基準を設定するに当たって
は,専門家による審議会の検討を経て,その結果に基づいて行うことが法
令上要請されているのであり,保護基準の設定が専門家により構成される
審議会における検討結果に依拠しない場合には,統計等の客観的な数値等20
との合理的関連性や専門的知見との整合性が一層厳しく審査されるべきこ
ととなる。そして,従前,専門家による会議等において生活保護受給世帯
の消費の下方硬直性が強いことが繰り返し指摘されてきたことからすれば,
保護基準を引き下げる場合には,前記のことはより一層妥当するというべ
きである。25
⑵ゆがみ調整を行ったことが違法であること
ア第Ⅰ-10分位(調査対象者を年間収入額順に10等分した場合に最も
収入額の低いグループ。以下同じ。)の世帯を比較対象としたこと
基準部会が生活扶助基準の検証に当たり第Ⅰ-10分位の世帯を比較
対象とした理由は,①これまでの検証においても,生活保護受給世帯と
隣接した一般低所得世帯の消費実態が比較対象とされてきたこと,②第5
Ⅰ-10分位の世帯の消費水準が平均的な世帯の消費水準に照らして相
当程度に達していること,③国民の過半数が必要であると考えている必
需的な耐久消費財(平均的世帯における普及率が70%を超える品目)
の第Ⅰ-10分位に属する世帯における普及状況が中位所得階層と比べ
ておおむね遜色ないこと,④経済協力開発機構(以下「OECD」とい10
う。)の国際的基準によれば,等価可処分所得(世帯の可処分所得をスケ
ールメリット〔世帯人員数による規模の経済性〕を考慮して世帯人員数
の平方根で除したもの)の中位値(全データの真中の値)の半分の額に
満たない世帯は相対的貧困層にあるとされており,平成21年の全国消
費実態調査によれば,第Ⅰ-10分位に属する世帯の大部分が相対的貧15
困層にあることを示していることであると考えられる。
しかしながら,①については,昭和39年から昭和58年までの期間
に採用された格差縮小方式における比較対象は,一般勤労者世帯の消費
水準であり,昭和59年から採用されている水準均衡方式における比較
対象は一般国民生活における消費水準であって,従前の検証が第Ⅰ-120
0分位の世帯を比較対象として行われてきた事実はない。また,②につ
いては,夫婦子1人世帯の第Ⅰ-10分位の消費水準は,第Ⅲ-5分位
(調査対象者を年間収入額順に5等分した場合に収入額の低い方から3
番目のグループ。以下同じ。)の7割に達しているが,単身世帯(60歳
以上)については,その割合が5割(第Ⅰ-5分位〔調査対象者を年間25
収入額順に5等分した場合に最も収入額の低いグループ〕でみると約6
割)にとどまっており,第Ⅰ-10分位の世帯の消費水準が平均的な世
帯の消費水準に照らして相当程度に達しているということはできない。
さらに,③については,厚生労働省社会・援護局保護課が平成22年に
実施した「家庭の生活実態及び生活意識に関する調査」によれば,第Ⅰ
-10分位の世帯の普及率が第Ⅲ-5分位の普及率の9割未満である項5
目が全体の3分の2に及び,特に文化や教養に関わる項目及び社会生活
に関わる項目において第Ⅲ-5分位の世帯との格差が顕著であることが
明らかであり,第Ⅰ-10分位に属する世帯における必需的な耐久消費
財の普及状況が,中位所得階層と比べて遜色ないものであるということ
はできない。加えて,④については,相対的貧困層にある者は,「あって10
はならない」状況にあるものと考えられているから,このような状況に
ある第Ⅰ-10分位の世帯を比較対象とすることは到底許されるもので
はない。
平成22年4月9日付け厚生労働省社会・援護局保護課作成の「生活
保護基準未満の低所得世帯数の推計について」によれば,生活保護を受15
給することができるのに受給していない層が多数存在しており,これら
の世帯では消費支出が生活扶助基準以下の水準となるのは当然であるか
ら,これらの層を多く含むと考えられる第Ⅰ-10分位の世帯の消費水
準との比較を根拠に生活扶助基準を引き下げてしまうと,際限のない引
下げを招くこととなる。20
したがって,厚生労働大臣が第Ⅰ-10分位の世帯を比較対象とした
基準部会の検証結果に基づいてゆがみ調整を行ったことはその裁量権の
範囲を逸脱し,又はこれを濫用するものとして違法である。
イ比較対象群から生活保護受給世帯が除外されていないこと
仮に第Ⅰ-10分位の世帯と比較すること自体は不合理でないとして25
も,基準部会の生活扶助基準の検証過程においては,比較対象であった
第Ⅰ―10分位の世帯から生活保護受給世帯が除外されておらず,いわ
ば対照群の中に比較群が含まれることになってしまっており,データの
比較可能性を欠くことになって不合理である。そうであるからこそ,平
成19年に設置された生活扶助基準に関する検討会(以下「検討会」と
いう。)が公表した「生活扶助基準に関する検討会報告書」(以下「平成5
19年報告書」という。)及び平成29年の生活保護基準部会が公表した
「社会保障審議会生活保護基準部会報告書」(以下「平成29年報告書」
という。)では生活保護受給世帯が比較対象から除外されているのである。
そうすると,基準部会の生活扶助基準の検証において第Ⅰ-10分位の
世帯から生活保護受給世帯が除外されていないことは合理性を欠くから,10
厚生労働大臣がこのような基準部会の検証結果に基づいてゆがみ調整を
行ったことはその裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものとし
て違法である。
被告らは,第Ⅰ-10分位の世帯と比較されているのは,生活保護受
給世帯の消費実態ではなく,法令上の生活扶助基準額であるから比較対15
象となる第Ⅰ-10分位の世帯から生活保護受給世帯が除外されていな
いことは違法ではないと主張するが,生活扶助基準額は,基本的にはそ
の全額が消費されるものであるから,生活扶助基準額と比較することは,
すなわち,生活保護受給世帯の消費実態と比較することに他ならないの
であって,被告らの主張は失当である。20
⑶デフレ調整を行ったことが違法であること
ア専門家による検証を経ずに行ったことが違法であること
これまでの生活扶助基準の改定は,昭和58年意見具申以来,水準均衡
方式により行われており,物価を基準とした調整は行われたことがなく,
専門委員会では,生活扶助基準の改定に当たって物価指数を用いることは,25
昭和59年以来採用されてきた水準均衡方式から逸脱する内容になるので
相当慎重にされたいとの指摘がされ,生活扶助基準の改定に物価指数を用
いることについて強い反対意見が述べられていた。また,基準部会におい
ても,生活扶助基準改定に当たり消費者物価指数を勘案することもあり得
る旨の厚生労働省の報告書案について,消費者物価指数については何も議
論していないことを明確にするよう求めるとともに,消費品目によって物5
価指数が異なるにもかかわらず,全国一律の物価指数によって生活扶助基
準を改定することには非常に慎重であるべきだというような意見が出され
た。以上のとおり,生活扶助基準の改定において物価指数を考慮すること
は,従前の改定方式である水準均衡方式を逸脱するものであり,新たな生
活扶助基準の改定方式を構築することを意味するものである。このように10
生活扶助基準の改定方式を抜本的に変更するのであれば,生活保護基準部
会における専門的な審議を経る必要があったというべきである。そうであ
るところ,専門委員会及び基準部会において生活扶助基準改定に物価指数
を用いることに反対意見が述べられ,基準部会では物価指数について何も
具体的な議論がされなかったのであり,にもかかわらず,厚生労働大臣は,15
物価指数を用いて生活扶助基準の引下げを行ったのである。以上の点から
すると,物価指数を考慮したデフレ調整は,専門的知見との整合性を欠く
ものであり,厚生労働大臣がこのようなデフレ調整を行ったことは,その
裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものとして違法である。
イデフレ調整を行う必要性がなかったのに行ったことが違法であること20
被告らは,デフレ調整は,平成20年から平成23年までの物価下落
が生活扶助基準に反映されていなかったことから,これらを生活扶助基
準の改定に反映させたものであるとしている。
しかしながら,水準均衡方式は,生活扶助基準の改定につき,政府経
済見通しの民間最終消費支出(以下,単に「民間最終消費支出」という。)25
の伸びを基礎とし,国民の消費動向や社会経済情勢を総合的に勘案する
ものであるところ,水準均衡方式の基礎となる民間最終消費支出は,物
価水準の変動の影響が反映された名目値の民間最終消費支出である。そ
うすると,水準均衡方式の下では,生活扶助基準の改定において毎年度
の物価変動の影響が反映された名目値の民間最終消費支出の伸び率(一
般国民の消費実態を示す数値)との均衡が検証されているのであるから,5
生活扶助基準の改定に毎年度の物価変動が当然に反映されていることに
なる。そうであるとすれば,平成20年度から平成24年度までの間に
おいても水準均衡方式による生活扶助基準の改定において既に物価変動
が反映されているから,その後に,重ねてデフレ調整を行う必要はなか
ったというべきである。したがって,デフレ調整は,その必要性がない10
のに行われたものであり,厚生労働大臣がデフレ調整を行ったことは,
その裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものとして違法である。
この点,平成20年度から平成24年度までの間は,民間最終消費支
出の変動に伴う生活扶助基準の改定は行われていないが,これは,物価
変動の影響について何ら考慮されていないことを意味するわけではなく,15
むしろ,いずれの年度においても,将来の消費支出を見込む指標として
物価動向を参考にした上で,その他の社会経済情勢等を総合的に勘案し
つつ,結果として改定をしないとの判断がされたものである。特に,平
成23年度において,民間最終消費支出自体は0.2%上昇しているに
もかかわらず,改定を行わないとの判断がされているのは,総務省CP20
Iが0.4%下落しているのを踏まえてのこととしか考えられず,この
事実は,前記の主張を強く裏付けるものである。
また,被告らは,平成16年に専門委員会が公表した「生活保護制度
の在り方に関する専門委員会報告書」(以下「平成16年報告書」という。)
では,勤労3人世帯の生活扶助基準の水準は基本的に妥当と評価されて25
いたのに対し,検討会が公表した平成19年報告書では,生活扶助基準
が一般低所得世帯の実態と比べて高いとされ,引下げの必要が指摘され
ていたなどと主張する。しかしながら,検討会は,厚生労働省社会・援
護局長が法令上の根拠に基づかずに設置した私的諮問機関にすぎず,議
事録も発言者を公にしないものであるし,わずか1か月半の検討期間で
平成19年報告書をまとめていることなどからすると,平成19年報告5
書の内容を根拠として生活扶助基準の引下げの必要性があったというこ
とはできない。
ウ物価下落率算出における期間設定が違法であること
期首を平成20年としたことについて
a厚生労働大臣は,デフレ調整における物価下落率の算出において,10
下落率算出の期首を平成20年としている。
bしかしながら,直近で生活扶助基準が改定されたのは,老齢加算の
廃止に伴う引下げが行われた平成16年であるから,デフレ調整にお
ける物価下落率の算出の期首は同年とされるべきである。他方,平成
20年は,原油価格の高騰によってごく一時的に食料品等の物価が上15
昇した時期であり,期首を同年とした場合に物価下落率が大きくなる
ことは明らかである。これらのことからすると,期首を平成20年と
する合理的な理由はない。
被告らは,期首を平成16年として生活扶助相当CPIを算出する
と下落率が6.4%となる旨を指摘しており,そのような計算結果と20
なることは被告らの指摘するとおりである。しかしながら,このよう
な著しい下落率となる原因は,生活扶助相当CPIの指数品目が著し
く偏ったものであるために家電製品の物価下落が過大評価されたこと
にあるのであって,厚生労働大臣は,物価の下落率が余りに異常であ
ることから生活扶助相当CPIの問題点が露呈してしまうことを避け25
るために,あえて期首を平成20年として選択したものと考えられる。
したがって,被告らが主張する点をもって,期首を平成20年とする
ことが正当化されるものではない。
cこれらのことからすると,期首を平成20年とした厚生労働大臣の
判断には,その裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した違法があ
る。5
期末を平成23年としたことについて
a厚生労働大臣は,デフレ調整における物価下落率の算出において,
下落率算出の期末を平成23年としている。
bしかしながら,一般的に,政策判断を行うために統計データを使用
する場合には最新のデータが使用されるところ,本件告示1による保10
護基準の改定当時,平成24年の総務省CPIのデータは公表されて
いたのであるから,デフレ調整における物価下落率の算出に当たって
は,期末を同年として同年のデータを使用すべきである。
厚生労働省は,生活扶助を食料や光熱・水道費といった基礎的な日
常生活費を賄うものであると説明していたため,厚生労働省としては,15
生活扶助基準を引き下げるためにはこれらがいずれも下落している必
要があった。ところが,期末を平成23年とした場合には,「食料」と
「光熱・水道費」のいずれについても物価が下落したと評価すること
が可能であるのに対し,期末を平成24年とした場合には,「食料」に
ついては物価が下落したと評価することはできるものの,「光熱・水道20
費」については物価が上昇したと評価される状況であった。このよう
なことから,厚生労働大臣は,デフレ調整の物価下落率の算出におい
てあえて期末を平成23年としたものと考えられる。
cこれらのことからすると,期末を平成23年とした厚生労働大臣の
判断には,その裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した違法があ25
る。
エ指数参照時点及び価格参照時点(以下,両者を併せて「指数・価格参照
時点」という。)を平成22年としたことが違法であること
a厚生労働大臣は,デフレ調整の物価下落率の算出に当たり,指数・
価格参照時点を,期首である平成20年ではなく,平成22年として
いる。5
bしかしながら,物価指数は,時間的な変化の尺度であり,価格参照
時点以降の価格の変化を示すものであるから,価格参照時点が価格を
比較する時点よりも前であることは当然であり,国際労働機関(以下
「ILO」という。)による「消費者物価指数マニュアル理論と実践」
(2004年版)(以下「ILOマニュアル」という。)等においては,10
①基準時は対象とする時系列間の期首であり起点であって,比較時点
より過去の時点となること及び②基準時の指数は100でなければな
らないことが定められている。指数・価格参照時点を,期首であり起
点である平成20年ではなく,平成22年とする算出方法は前記①及
び②の定めに反するものである。15
cまた,平成20年を期首,平成23年を期末としつつ,指数・価格
参照時点を平成22年とすると,平成22年から平成20年に向かう
変化率と平成22年から平成23年に向かう変化率を比較することと
なるが,ある品目の物価指数を考察する場合に,新しい時点から古い
時点への上昇率(下落率)(㋐)と,古い時点から新しい時点への下落20
率(上昇率)(㋑)との間には,双対性がない。例えば,ある指数が,
古い時点では100であり,新しい時点では80であった場合,㋐の
数値は25%であるが,㋑の数値は20%であって,同じ事象につい
て異なる数値が出されることとなる。そうすると,平成22年を基準
として古い方向の数値となる平成20年の数値と,新しい方向の数値25
となる平成23年の数値を比較すること自体が誤りである。
これらのことからすると,指数・価格参照時点を平成22年とした厚
生労働大臣の判断には,その裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用し
た違法がある。
オウェイト参照時点を平成22年としたことが違法であること
ウェイト参照時点を期首と期末の間である平成22年とした場合の平5
成20年の生活扶助相当CPIは,パーシェ式(比較する期間の期末の
支出や数量等をウェイトとして使用する算式)による計算結果と一致す
るものであるのに対して,平成23年の生活扶助相当CPIは,ラスパ
イレス式(比較する期間の期首の支出や数量等をウェイトとして使用す
る算式)による計算結果と一致するものである。10
しかしながら,パーシェ式は加重調和平均であるのに対してラスパイ
レス式は加重相加平均であり,両者は平均の性質を異にするものである
上,この2つの式により計算された指数を比較する方法を採ると,これ
らの計算式により生ずるバイアス(指数の変動率が過大評価されること)
も混交することになるから,このような手法は統計学的にはあり得ない15
ものである。現に,総務省統計局も平成31年4月の国会議員からの質
問に対して,算式が違う指数を比較することは適切でない旨を回答して
いる。
また,期末の支出等をウェイトとして使用するパーシェ式で消費者物
価指数を計算した場合には,価格変動の影響を受けた後の支出をウェイ20
トとして使用するため,ある財の価格が低下した場合にはその財に対す
る支出が上昇しその財の価格低下が物価指数に与える影響がより大きく
なる。特に,指数品目として,価格と数量が大幅かつ逆方向に変化し続
けるIT関連財のような財が存するときには,実際の価格が据え置かれ
たとしても,品質調整(ある財の価格が品質の変化など物価変動以外の25
要因により変化した場合にその価格差を除去する調整)により性能・品
質の向上に応じてその価格が下落することになる。これらのことから,
パーシェ式で消費者物価指数を計算した場合には,時間が経過するほど
下方バイアス(指数の下落率が過大評価されること)が生ずることとな
る。現に,価格参照時点を固定する方式のパーシェ式は,従前はパーシ
ェ式が用いられてきたGDPデフレーター(名目GDPを実質GDPで5
除することによって事後的に求められる物価指数)においても採用され
ていないし,総務省CPIの計算においては,パーシェ式はおよそ採用
されていない。そして,平成17年から平成22年までの間には,パソ
コン類については品質調整の影響により価格低下と購入量の増加が生じ,
テレビについては価格低下と地上波によるテレビジョン放送のアナログ10
方式からデジタル方式への移行(以下「地デジ化」という。)による実際
の購入台数の増加が生じていた。このような状況の下で,前記のような
下方バイアスが生ずるパーシェ式により消費者物価指数を計算した場合
には,その計算結果は生活保護受給者の生活実態からかけ離れたものと
なる。15
総務省統計局や多くの国際統計機関は,消費者物価指数については,
一貫して,比較する期間の期首の数値をウェイトとして用いるラスパイ
レス式を採用しており,統計委員会の答申「指数の基準時に関する統計
基準」においても,期首以外の数値をウェイトとして用いることが妥当
でない旨が示されているのであり,ウェイト参照時点を比較する期間の20
途中の時点とすることは合理性を欠くというべきである。
被告らは,直近の消費構造を反映させるという趣旨に照らして,平成
22年の支出割合をウェイトとして使用することが合理的であり,平成
20年の指数計算に際して平成17年の支出割合をウェイトとして使用
することが妥当でないとする。しかしながら,平成20年の消費構造が25
平成17年のものよりも平成22年のものに近似していると解すべき合
理的な根拠はない。
被告らは,総務省CPIにおいては,平成17年の支出割合をウェイ
トとして使用する平成20年の指数と平成22年の支出割合をウェイト
として使用する平成23年の指数を比較する場合には,平成23年の指
数を基準に平成20年の指数を換算した上で両者を比較するが,物価の5
長期的な推移を把握するための総務省CPIと生活扶助相当CPIとは
目的を異にするから,生活扶助相当CPIにおいて平成20年の指数と
平成23年の指数を比較する場合に前記のような方法によらないことも
合理的であるなどと主張する。しかしながら,総務省CPIは毎月作成・
公表され,四半期平均,半期平均の数値も作成されているのであって,10
短期的な推移を捉える目的もあることは明らかであるし,総務省CPI
が採用するラスパイレス式は上方バイアス(指数の上昇率が過大評価さ
れること)が生ずるとされており,比較する期間が長くなるほど上方バ
イアスも大きくなるから,むしろ短期的な推移を見る方が総務省CPI
の活用の仕方としては優れているのであって,被告らの主張は失当であ15
る。
被告らは,厚生労働大臣が採用した計算方法は,ロウ指数に依拠した
ものであり,ロウ指数においては,比較する期間の途中の時点をウェイ
ト参照時点とすることも可能であるとされていると主張する。
しかしながら,そもそもロウ指数においては,一般に比較する期間よ20
り前の時点をウェイト参照時点とすることが前提とされているから,平
成20年と平成23年の間の平成22年をウェイト参照時点とする計算
方法をロウ指数として説明することはできない。この点を措いても,ロ
ウ指数は,指数に関する議論が未成熟でウェイト参照時点の選択につい
ての厳密な方法が確立されない段階のものであって,その後,経済学者25
等においてウェイト参照時点に関する議論が精緻化し,現在では,ラス
パイレス式,パーシェ式などが提唱されており,指数の議論はこれらの
式による指数に集約されている。そうすると,ウェイト参照時点を厳密
に特定しない指数は淘汰されているというべきであり,ロウ指数である
ことを根拠にウェイト参照時点を平成22年とすることが合理的である
ということはできない。5
また,ロウ指数は,ILOマニュアルで初めて出てきた概念であり,
理論的性質は未解明であって,理論的に合理性を欠くものである可能性
がある。その上,ウェイト参照時点を比較する期間の期首と期末との間
の時点とした場合には,ウェイト参照時点をどの時点とするかによって
期首とウェイト参照時点との間の変化率に生ずる下方バイアスとウェイ10
ト参照時点と期末との間の変化率に生ずる上方バイアスが偏ることがあ
り,特定の品目の価格が下落してその購入数量が大きくなっている場合
には,下方バイアスが大きく働き,物価指数の下落率が生活実態からか
け離れた結果となる。
これらのことからすると,ウェイト参照時点を平成22年とした厚生15
労働大臣の判断には,その裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した
違法がある。
カ指数品目の選定が違法であること
生活扶助相当CPIは,総務省CPIの指数品目から生活保護受給世帯
が支出しない自動車関係費等の品目を除外しているため,生活保護受給世20
帯は電化製品をほとんど購入しないにもかかわらず,物価下落の主因とな
っている電化製品の支出割合が相対的に大きくなり,生活保護受給世帯の
生活実態と異なる指数が算出されており,不合理である。
したがって,指数品目の選定に関する厚生労働大臣の判断には,その裁
量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した違法がある。25
キ異なる品目数により算出した指数を比較したことが違法であること
デフレ調整の物価下落率の算出に用いられた平成20年の生活扶助相
当CPI及び平成23年の生活扶助相当CPIの指数品目は,平成20
年の生活扶助相当CPIが485品目であるのに対して,平成23年の
生活扶助相当CPIは517品目である。
しかし,国際的には,消費者物価指数の算出において比較する期間の5
期首と期末の指数品目は完全に同一で対応していなければならないとさ
れているから,期首と期末で指数品目が異なる物価指数は前記の国際的
な定めに反する違法なものである。
そして,総務省統計局では,5年ごとに消費構造の基礎となる指数品
目を改定しているため,総務省CPIの計算においても,比較する期間10
の途中で指数品目の組合せが変化することがあるが,そのような場合に
は,比較年の指数に合わせて基準年の指数を換算し接続するという方法
(以下「指数の接続」という。)が採られており,このようにすることで
基準年の指数と比較年の指数との間で指数品目が改定された場合にも両
者の比較をすることができるようになる。15
ところが,生活扶助相当CPIにおいては,平成22年の前後で指数
品目の品目数が異なる上,そうであるにもかかわらず,指数の接続も行
っていない。
以上によれば,指数の接続をしないで指数品目数の異なる生活扶助相
当CPIにより物価下落率を算出した厚生労働大臣の判断には,その裁20
量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した違法がある。
ク家計調査に基づく一般世帯の支出割合をウェイトとして使用したことが
違法であること
総務省CPIは,家計調査に基づく一般世帯の支出割合をウェイトと
して算出されており,生活扶助相当CPIも総務省CPIの支出割合を25
ウェイトとして算出されている。
しかしながら,一般世帯においては,生活保護受給世帯の大部分が属
すると思われる年収200万円未満の層は数%にとどまる一方,年収7
50万円以上の層が25%を超えている。富裕層と貧困層とで消費構造
が異なることは公知の事実であるから,生活保護受給世帯の消費実態は,
一般世帯の消費実態とは異なるはずであって,家計調査に基づく一般世5
帯の支出割合をウェイトとして使用した生活扶助相当CPIは,生活保
護受給世帯の状況が十分に反映されないものであることが明らかであり,
不合理である。
厚生労働省は,生活保護制度の企画運営のために必要な基礎資料を得
ることを目的とする社会保障生計調査を毎年実施している。この調査は,10
全国約1100の生活保護受給世帯の家計のみを対象とするものであり,
一般世帯を対象とする家計調査に比べて,生活保護受給世帯の実態をよ
り正確に反映したものということができる。そして,社会保障生計調査
における消費支出額は,家計調査における消費支出額の6割程度にとど
まっており,これだけ消費支出額が異なれば,各品目に対する支出額割15
合も異なり,社会保障生計調査に基づく生活保護受給世帯の支出割合を
ウェイトとして使用するか家計調査に基づく一般世帯の支出割合をウェ
イトとして使用するかにより,生活扶助相当CPIの算出結果に差異が
生ずることは明らかである。現に,社会保障生計調査に基づく生活保護
受給世帯の支出割合をウェイトとして使用して計算すれば,生活保護受20
給世帯においてはほとんど物価下落がないものと推定される。
具体的な品目又は品目グループをみても,生活保護受給世帯と一般世
帯の間で消費構造に大きな違いがあり,それが,生活扶助相当CPIの
計算にも大きな影響を及ぼしていることは明らかである。すなわち,生
活保護受給世帯は,一般世帯に比して,「食料」(特に外食等以外),「住25
居」(特に家賃地代),「光熱・水道」(特に灯油関係),「家具・家事用品」,
「被服及び履物」への支出割合が高く,「保健医療」,「交通・通信」(特
に自動車等関係),「教育」(特に補習教育関係),「教養娯楽」(特にPC・
AV機器等の教養娯楽用耐久財・教養娯楽サービス),「その他の消費支
出」(特に冠婚葬祭費,交際費)への支出割合が低い。これらの中で,例
えば,食料は物価下落率が低く,PC・AV機器は物価下落率が高かっ5
たため,実際の生活保護受給世帯では「食料」の支出割合が高く,「教養
娯楽」の支出割合が低いのに,家計調査に基づく一般世帯の支出割合を
ウェイトとして使用して生活扶助相当CPIを計算したため,「食料」の
支出割合が低く,「教養娯楽」の支出割合が高いものとして計算されるこ
ととなり,その結果,生活扶助相当CPIの下落率が実態よりも大きな10
数値となってしまっている。現に,ノート型パソコン・テレビを除いた
だけでも,生活扶助相当CPIの下落率は,4.78%から2.21%
にまで下がる。また,生活保護受給世帯の場合,たばこへの支出額の割
合が非常に高くなっており,たばこの価格は大幅に上昇しているが,生
活扶助相当CPIの計算において家計調査に基づく一般世帯の支出割合15
をウェイトとして使用するとたばこへの支出割合が小さくなり,物価下
落率が実態よりも大きな数値となってしまっている。
以上によれば,生活扶助相当CPIの算出において家計調査に基づく
一般世帯の支出割合をウェイトとして使用した厚生労働大臣の判断には,
その裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した違法がある。20
⑷ゆがみ調整とデフレ調整を重複して行ったことが違法であること
ゆがみ調整とデフレ調整は,それぞれが財政削減の効果を生じさせている
以上,その効果の重複があることは明らかであって,ゆがみ調整とデフレ調
整を併せて行った厚生労働大臣の判断には,その過程に過誤,欠落があるこ
とは明らかであり,裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した違法がある。25
⑸ゆがみ調整の増額の幅を基準部会の検証結果の2分の1としたことが違
法であること(原告1,7,8,13,15~19,21に関する違法事由)
ア厚生労働大臣は,本件各告示による生活扶助基準の改定に際し,ゆがみ
調整において激変緩和措置を講ずるためであるとして,基準部会が検証結
果として示した増減額の幅を2分の1に縮小する調整をし,基準部会の検
証結果を全て生活扶助基準に反映させることをしなかった。5
イしかしながら,ゆがみ調整の増減額の幅を一律2分の1とすることは,
生活保護基準部会の検討を経ることなく行われたものであるから,その合
理性が厳しく審査される必要がある。そうであるところ,①まず,本件各
告示による生活扶助基準の改定に際しては,ゆがみ調整とは別に,引下幅
を最大10%とする下限規制が設けられており,ゆがみ調整による減額の10
幅を2分の1に縮小しなくても生活扶助基準の引下げによる激変緩和が図
られることは明らかであるから,生活扶助基準の引下げによる激変緩和の
ためにゆがみ調整による増減額の幅を基準部会の検証結果の2分の1とす
る合理性はない。②また,基準部会の検証結果のうち,ゆがみ調整として
生活扶助基準に反映されなかった残りの2分の1については,実際の給付15
額に反映させることが予定されていない以上,ゆがみ調整による増減額の
幅を基準部会の検証結果の2分の1とする措置は,いわば恒久的なもので
あって,生活扶助基準の引下げによる激変緩和としては説明することがで
きない。③さらに,ゆがみ調整により増額されるのは,生活保護受給世帯
の8割程度を占める単身世帯である一方で,ゆがみ調整により減額される20
のは全体から見ると少数の世帯である。その結果,ゆがみ調整による増減
額の幅を基準部会の検証結果の2分の1とした場合には,全体としてみる
と,減額の影響よりも増額の影響の方が大きいこととなるから,厚生労働
大臣としては,減額の幅を基準部会の検証結果の2分の1とし増額の幅に
ついてはそのまま反映させるという方法を採るべきであったのに,そのよ25
うな方法を採らなかった。④加えて,基準部会が検証結果として一定の増
減額を妥当としている以上,基準部会の検証結果をそのまま実施しない場
合には,生活扶助基準が,要保護者の最低限度の生活の需要を満たすのに
十分なものとはいえなくなり,生活保護法8条2項に違反するものとなる。
ウ以上のことからすれば,厚生労働大臣がゆがみ調整の増額の幅を基準部
会の検証結果の2分の1としたことは,裁量権の範囲を逸脱し,又はこれ5
を濫用するものとして違法である。
⑹本件各告示による生活扶助基準の改定が政治的意図に基づくものである
ことが違法であること
当時の政権与党であった自由民主党(以下「自民党」という。)は,本件各
告示の直近の衆議院議員の選挙において,生活保護水準を10%引き下げる10
ことを政権公約としており,当時のA厚生労働大臣(以下「A大臣」という。)
は,平成25年報告書が発表される以前から,自民党の政権公約による制約
をある程度は受けている旨の発言をしたり,引下げをしないということはな
いなどと発言したりしていた。そして,本件各告示による生活扶助基準の改
定は,デフレ調整で約580億円,ゆがみ調整で約90億円の財政削減効果15
を生じさせるものであり,このような大幅な削減は何らかの意図に基づいて
行われたものと考えるのが合理的である。
これらのことからすれば,本件各告示による生活扶助基準の改定は,国の
財政事情や国民感情を勘案した自民党の政権公約の実現という,本来考慮し
てはならない事項を考慮したものというべきであり,本件各告示による生活20
扶助基準の改定は,厚生労働大臣の裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用
するものとして違法である。
⑺本件各告示が生活保護受給者の生活実態を考慮していないことが違法で
あること
本件各告示による生活扶助基準の改定前の段階から,原告らを含む生活保25
護受給者は,他者との社会的な関わりのために必要な交際費を削っているば
かりではなく,食事の回数を減少させて栄養状態に影響が出たり適切な頻度
での入浴や生活必需品の購入を控えざるを得ないなど,生活の基盤ともいえ
る被服費,食費,光熱費を限界まで削ることを余儀なくされており,既に「健
康で文化的な最低限度の生活」を営むことができない状態にあった。取り分
け,高齢者世帯の社会的孤立や母子世帯の貧困の状況は特に深刻であった。5
このような生活保護受給者の生活実態は,生活保護法8条2項の「必要な事
情」として,保護基準を定めるに当たり考慮されるべき最も基本的かつ重要
な情報であり,本件各告示による生活扶助基準の引下げに当たり考慮しなけ
ればならない事情である。そうであるにもかかわらず,厚生労働大臣は,生
活保護受給者の生活実態を考慮しないまま,本件各告示による生活扶助基準10
の引下げを行ったのであり,このことは,本件各告示による生活扶助基準の
引下げ後の生活保護受給世帯の生活が現に最低限度の生活を下回っているこ
とによっても示されている。
したがって,本件各告示による生活扶助基準の引下げは,考慮すべき事項
を考慮せずにされたものであり,厚生労働大臣の裁量権の範囲を逸脱し,又15
はこれを濫用したものとして違法である。
(被告らの主張の要旨)
⑴保護基準改定の違法性判断の枠組み
ア保護基準の改定については,厚生労働大臣に,専門技術的かつ政策的な
見地からの広範な裁量が認められている。すなわち,生活保護法3条,820
条の規定する「最低限度の生活」は抽象的かつ相対的な概念であって,そ
の具体的内容は,その時々における経済的・社会的条件や一般的な国民生
活の状況等との相関関係において判断されるべきものであり,これを保護
基準において具体化するに当たっては,高度かつ複雑で非定型的な専門技
術的考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするから,厚生労働大臣に25
は専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権が認められるのであって,統
計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性などの観
点から,最低限度の生活水準の具体化に係る厚生労働大臣の判断の過程及
び手続に過誤や欠落があるなど,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があっ
たことを原告側において主張立証しない限り,処分の違法は認められない
と解すべきである。5
イこれに対し,原告らは,厚生労働大臣の裁量権が憲法25条等による
制度後退禁止原則により制約される旨主張する。
しかしながら,憲法25条は,国民に具体的権利として健康で文化的
な最低限度の生活を営む権利を保障したものではなく,「健康で文化的な
最低限度の生活」は,極めて抽象的・相対的な概念であり,その具体的10
内容は,多数の不確定要素を総合して初めて決定できるものであるから,
その時々における多数の不確定要素に応じて変化し得るものであり,保
護基準の引下げは当然にあり得るものである。また,保護基準は最低限
度の生活の需要を満たしつつ,これを超えないものでなければならず,
これを超えれば違法となることからしても,一度設定された水準が,そ15
の後の社会情勢の変化等によって削減されることも当然想定されている
ところである。さらに,憲法25条2項は,社会福祉,社会保障等の向
上及び増進に「努めなければならない」と規定しているにとどまるので
あり,社会福祉等の水準を後退させることが原則として禁止されている
と解する根拠とはならない。20
原告らは,生活保護法の立法当時,厚生大臣が国会において「基準額
につきましては下げないということでどこまでも進んでいきたい」と答
弁していることや厚生省社会局長が同法8条2項につき「最低生活はで
きるだけ高い線まで持って行きたい」と答弁していることから同法は保
護基準の引下げを予定していないと主張するが,これらの答弁が保護基25
準の引下げが絶対にあり得ないことまで前提にしたものとは考え難いし,
同法の成立当時は,戦後間もない時期で国民全体の生活水準が非常に低
く,一般世帯との格差の是正も求められていた時期であり,昭和58年
意見具申において生活扶助基準が一般世帯の消費実態との均衡上ほぼ妥
当な水準に達しているとされ,それ以後水準均衡方式が採用されている
現在とでは,全く事情が異なる。5
また,社会権規約2条1項は,社会権規約の規定する権利が,国の社
会政策により保護されるに値するものであることを確認し,その権利の
実現に向けて積極的に社会保障政策を推進すべき政治的責任を負うこと
を宣明したものであって,個人に対し,即時に具体的権利を付与すべき
ことを定めたものではない。そして,一般的意見は,法的拘束力を有す10
るものではないから,以上のような解釈を左右するものではない。
また,原告らは,生活保護法8条2項及び9条において考慮事項が法
定されており,厚生労働大臣は,前記各規定に定められた事項を考慮し
なければならず,前記各規定に定められた以外の事項を考慮してはなら
ない旨主張するが,前記アのとおり,保護基準の改定については,厚生15
労働大臣に専門技術的かつ政策的な見地からの広範な裁量が認められて
おり,様々な要素を考慮することが許されるものであって,保護基準の
改定に当たり厚生労働大臣が前記各規定に定められた事項以外の事項を
考慮することも許される。
さらに,原告らは,保護基準の設定については,専門家によって構成20
された審議会の検討を経てその結果に基づいて行われることが要請され
ていると主張する。
しかしながら,厚生労働大臣や厚生労働省の職員自体が保護基準の改
定についての専門的知見を当然有している上,保護基準の改定に際し,
厚生労働大臣が社会保障審議会等の第三者の意見を聴くことが法令上の25
要件として定められているものではない。また,基準部会の役割は,あ
くまで当時の生活扶助基準と一般低所得世帯の消費実態との均衡が適切
に図られているか等の定期的な検証を行うことにとどまり,この検証結
果を踏まえてどのような保護基準の改定を行うかという厚生労働大臣の
政策判断を拘束するものではない。実際に,平成25年報告書において
も,「他に合理的な説明が可能な経済指標などを総合的に勘案する場合は,5
それらの根拠についても明確に示されたい」とされており,厚生労働大
臣が合目的的裁量の行使として基準部会の検証結果を考慮した上で,更
に基準部会における検証結果以外の合理的な経済指標などを総合的に勘
案することは否定されていない。
⑵ゆがみ調整を行ったことが違法でないこと10
ア基準部会の検証は,比較対象となる一般低所得世帯を第Ⅰ-10分位の
世帯とした上,年齢階級別,世帯人員別及び級地別に生活扶助基準額を指
数化したもの(以下「生活扶助基準額による指数」という。)と一般低所得
世帯の年齢階級別,世帯人員別及び級地別の生活扶助相当支出額(消費支
出額から家賃,医療等の生活扶助に相当しないものを除いたもの。以下同15
じ。)を指数化したもの(以下「消費実態による指数」という。)を比較検
証したものであり,その結果,年齢階級別,世帯人員別及び級地別のいず
れにおいても,生活扶助基準額による指数と消費実態による指数との間に
かい離がみられたことから,厚生労働大臣は,このような検証の結果を踏
まえてゆがみ調整を行った。20
そして,基準部会による検証では,①これまでの検証に倣い,生活保
護受給世帯と隣接した一般低所得世帯の消費実態を用いることが現実的
であること,②第Ⅰ-10分位の世帯の平均消費水準は中位所得階層の
約6割に達していること,③第Ⅰ-10分位に属する世帯における物品
等の普及状況は中位層と比べておおむね遜色がないこと,④統計分析の25
結果,第Ⅰ-10分位の世帯と第Ⅱ-10分位(調査対象者を年間収入
額順に10等分した場合に収入額の低い方から2番目のグループ。以下
同じ。)の世帯とでは消費構造が大きく変化していることなどを踏まえて,
第Ⅰ-10分位の世帯を比較対象としている。基準部会による検証は,
生活扶助基準の展開部分に一般低所得世帯の消費実態を反映させること
により生活扶助基準の展開部分を適正化し生活保護受給者間の公平を図5
ることを目的としているから,その手掛かりとする一般低所得世帯は,
生活保護受給世帯と消費構造が近い世帯とするのが相当であり,このよ
うな観点からすると,前記の理由から生活保護受給世帯に近い消費構造
を有するものとして第Ⅰ-10分位の世帯を比較対象としたことは合理
的である。10
原告らは,生活保護を受給することができるのに受給していない者が
多数存在しているから,最下層である第Ⅰ-10分位の世帯の消費水準
との比較を根拠に保護基準を引き下げてしまうと,際限のない引下げを
招くこととなると主張する。しかしながら,基準部会の検証は,生活扶
助基準額と第Ⅰ-10分位の世帯の消費支出額との高低を比較するもの15
ではなく,あくまで第Ⅰ-10分位の世帯の消費支出額に基づいて生活
扶助基準の展開部分の適正化を図るものであるから,基準部会の検証に
より生活扶助基準額の絶対的水準が検証されるものでない以上,第Ⅰ-
10分位の世帯を比較対象とする基準部会の検証が生活扶助基準の際限
のない引下げにつながるということはできない。20
この点を措いても,原告らが主張の根拠とする平成22年4月9日付
け厚生労働省社会・援護局保護課作成の「生活保護基準未満の低所得世
帯数の推計について」からは,生活保護を受給することができるのに受
給していない層がどの程度存在するのかは明らかでなく,原告らの主張
は理由がない。25
原告らは,相対的貧困層にある世帯の水準と比較することについても
問題とするが,相対的貧困層とは,世帯の所得から直接税及び社会保険
料を減じ,当該額を世帯員数の平方根で除した等価可処分所得を算出し,
その等価可処分所得が真ん中の順位に当たる者の50%を下回る者を意
味するのであって,相対的貧困層にあるか否かは,最低限度の生活水準
か否かとは関わりがない。5
ウまた,基準部会の検証においては,生活保護受給世帯が比較対象の第Ⅰ
-10分位に含まれているが,ゆがみ調整は,基準部会の検証によって認
められた生活扶助基準の展開部分と一般低所得世帯の消費実態とのかい離
を是正し,生活扶助基準額を一般低所得世帯の消費実態を適切に反映した
ものとすることにより,世帯構成などが異なる生活保護受給世帯間におけ10
る実質的な給付水準の均衡を図ることを目的とするものであり,基準部会
の検証は,このような観点から,第Ⅰ-10分位の世帯の消費実態を指数
化したもの(消費実態による指数)と,それらの各世帯が実際に当時の生
活扶助基準により生活保護を受給した場合の生活扶助基準額を指数化した
もの(生活扶助基準額による指数)を比較したものである。このように,15
第Ⅰ-10分位の世帯の消費支出額と比較している対象は,当時の生活扶
助基準であり,実際の生活保護受給世帯の消費支出額を比較対象としたも
のではないから,比較群と対照群とに同じ属性の集団が含まれているとい
うような問題が生ずるものではなく,生活保護受給世帯が比較対象の第Ⅰ
-10分位に含まれていることが不合理であるということはできない。20
エ以上のほか,基準部会の検証の方法等に過誤,欠落等をうかがわせる事
情はないから,基準部会の検証の結果に基づいてゆがみ調整を行った厚生
労働大臣の判断に裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した違法はない。
⑶デフレ調整を行ったことが違法でないこと
ア専門家による検証を経ていない点について25
原告らは,デフレ調整は新しい保護基準の改定方式を構築するものであ
るのに専門家の意見を踏まえずに行われた点において厚生労働大臣の裁量
権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した違法があるなどと主張する。
しかしながら,生活扶助相当CPIは,全く独自に作成した新たな指数
ではなく総務省CPIを活用したものであるところ,総務省CPIは,公
的年金の給付額等を物価動向に応じて改定するための算出基準となること5
が法律上定められていて(国民年金法〔平成24年号外法律第63号によ
る改正前のもの〕27条の2等),多くの社会保障制度の給付額の改定でも
利用されており,生活保護に関しても各種加算において用いられるなど,
既に社会的に広く定着しているものであって,国民からの理解を得られて
いる透明性の高い指標である。これらのことに照らせば,生活扶助相当C10
PIを考慮したデフレ調整が新たな保護基準の改定方式であるということ
はできない。
また,前記において述べたとおり,保護基準の改定において専門
家の意見を聴くことは法令上求められていないのであり,生活保護基準部
会等の専門機関による検証が行われた場合であっても,その検証結果は広15
範な裁量権を有する厚生労働大臣の判断の考慮要素の1つに位置付けられ
るものである。
さらに,デフレ調整についてみると,平成15年の専門委員会での中間
取りまとめ(以下「平成15年中間取りまとめ」という。)の中でも,消費
者物価指数を改定の指標の1つとすることに慎重意見はあったものの,消20
費者物価指数を勘案すること自体は否定されておらず,そのような指標を
導入するのに改めて専門家機関での審議が必要であるなどとの前提は採ら
れていなかった。そして,基準部会においても,物価などの経済指標を活
用することそのものを否定する趣旨の意見は述べられておらず,最終的に
「他に合理的説明が可能な経済指標などを総合的に勘案する場合は,それ25
らの根拠についても明確に示されたい。」との意見が取りまとめられている
こと,基準部会の委員は,生活保護基準部会は生活扶助基準の検証を行う
にとどまり,どのような保護基準の改定を行うかという厚生労働大臣の政
策判断を拘束するものではないことを認識しながら,前記のような意見を
取りまとめていることなどからすれば,基準部会は,基準部会の検証結果
を考慮した上で,更に基準部会の検証結果以外の合理的な経済指標などを5
総合的に勘案することを含めて厚生労働大臣の合目的的裁量に委ねたもの
と解するのが相当である。
以上のことからすると,デフレ調整について専門家の検証を経ていない
ということはできないし,専門家の検証を経ていないとしてもそのことを
もってデフレ調整を行ったことが違法であるということはできない。10
イデフレ調整の必要性について
平成19年報告書により,生活扶助基準の水準が一般低所得世帯の消
費実態と比較して高いという結果が得られ,生活扶助基準額を減額する
ことも考えられる状況にあったが,平成20年以降,当時の社会経済情
勢等から生活扶助基準が据え置かれていた。他方,同年以降,賃金,物15
価及び家計消費がいずれも継続的に下落するデフレ状況にあり,そのよ
うな中で生活扶助基準が据え置かれているということは,生活保護受給
世帯の可処分所得が実質的に増加しており,生活扶助基準の引上げがさ
れているのと同視し得る状況にあったため,一般世帯の消費実態との均
衡を図るには,物価動向を勘案した生活扶助基準の見直しが不可欠であ20
った。現に,平成24年8月に成立した社会保障制度改革推進法附則2
条1号は,「生活扶助,医療扶助等の給付水準の適正化,保護を受けてい
る世帯に属する者の就労の促進その他の必要な見直しを早急に行うこと」
を掲げていたところである。
原告らは,厚生労働大臣は,平成20年度から平成24年度までの間25
においても,水準均衡方式の下で民間最終消費支出の動向を基礎としつ
つ,物価動向を含む当時の社会経済情勢等を総合的に勘案して生活扶助
基準を据え置くという判断をしたのであり,前記期間においても物価変
動の影響は生活扶助基準に反映されているから,更にデフレ調整を行う
ことは物価下落を二重に考慮することになるからデフレ調整の必要性は
ないなどと主張する。しかしながら,前記期間において生活扶助基準を5
据え置いたのは,消費を基礎としたものではなく,平成20年度は,原
油価格の高騰等が消費に与える影響等を見極めるために据え置かれたな
ど,前記期間においては,消費や物価の経済動向を生活扶助基準の水準
に反映させる趣旨の改定は行われなかった。したがって,デフレ調整を
行うことが物価下落を二重に考慮することになるということはできない。10
原告らは,平成19年報告書を作成した検討会の適格性を問題とする
が,検討会は法令上の根拠に基づいて設置されたものではないものの,
厚生労働大臣が生活扶助基準を見直す際,行政運営上の参考に資するた
めに有識者から任意の方法で意見聴取することは何ら妨げられないから,
検討会が検証機関として不適格であるなどとはいい得ない。また,検討15
会は学識経験者から構成され,統計等を専門的かつ客観的に検証したの
であって,専門委員会や基準部会と比べても遜色はないし,その意見の
考慮要素としての位置付けに当然に差が生ずるというものでもない。さ
らに,検討会自体としての検討期間は短いとはいえ,過去における専門
委員会での指摘も踏まえた連続的な検討がされたものであって,期間の20
短さが検討内容の信ぴょう性に関わるわけではない。
ウ物価下落率算出における期間設定について
期首を平成20年としたことについて
a平成16年報告書では,生活扶助基準は基本的に妥当と評価され,
平成16年から平成19年までの間は総務省CPIがおおむね横ばい25
でデフレ傾向自体が見られなかったが,その後,平成19年報告書で
は,生活扶助基準の水準が一般低所得世帯と比べて高いとされたため,
本来,翌年以降に生活扶助基準の見直しが行われるべきであった。し
かし,平成20年度予算編成時には原油価格が高騰しており,その消
費に与える影響等を見極める必要があったため,同年度は生活扶助基
準を据え置くこととされ,平成21年度予算編成時においても,平成5
20年2月以降の物価上昇が家計に大きな影響を与えるとともに,同
年9月以降の世界金融危機の影響が深刻であったため,平成21年度
以降,本来行うべき生活扶助基準の見直しが据え置かれてきた。この
ような経緯からすれば,デフレ調整の期首を,本来,生活扶助基準の
見直しが行われるべき平成20年とすることには十分に合理的な理由10
がある。
b原告らは,平成16年を期首として物価下落率を計算すべきである
と主張するが,このことに理由がないことは既に述べたとおりである
上,同年を期首とした場合には,平成23年までの生活扶助相当CP
Iの下落率は6.4%となり,かえって,生活保護受給世帯に不利な15
結果となることからも妥当ではない。
期末を平成23年としたことについて
平成24年の総務省CPIのデータは平成25年1月25日に公表さ
れたところ,同年度の予算案の閣議決定は同月29日にされたのである
から,平成24年の総務省CPIのデータを平成25年度の予算編成に20
用いることは,明らかに時間的に無理があり,平成23年を期末とする
ことはやむを得なかったところである。
エ指数・価格参照時点を平成22年としたことについて
原告らは,指数・価格参照時点を期首である平成20年とせず平成2
2年としたことはILOマニュアル等が物価指数の計算方法について定25
めるところに反するとともに,新しい時点から古い時点の変化率と古い
時点から新しい時点の変化率には双対性がないから両者を比較すること
は誤りであるなどと主張する。
しかしながら,価格参照時点は,相対的な価格変化をみる基準となる
時点であるから,比較時よりも新しい時点を価格参照時点とすることも
可能である上,消費者物価指数の計算上,ウェイト参照時点が固定され5
ている限り,価格参照時点を比較する期間の途中の時点としても,期首
から期末への指数の変化率には差異をもたらさない。また,指数参照時
点は,その時点の指数が100とされる時点であるから任意の時点に設
定することができるものであり,必ずしも価格参照時点と指数参照時点
が一致しなければならないものではないし,平成20年の生活扶助相当10
CPI及び平成23年の生活扶助相当CPIでは,いずれも平成22年
を指数参照時点としており,指数参照時点と価格参照時点とに齟齬はな
い。
デフレ調整の物価下落率の算出は,指数・価格参照時点を平成22年
として,平成20年の生活扶助相当CPIと平成23年の生活扶助相当15
CPIを求め,平成20年から平成23年までの変化率を計算している
のであって,平成22年から平成20年までの変化率と平成22年から
平成23年までの変化率を比較するものではない。
オウェイト参照時点を平成22年としたことについて
生活扶助相当CPIは,物価の長期的な推移を見ることが目的ではな20
く,デフレ傾向が続く中で生活扶助基準が据え置かれたことによって生
じた生活扶助基準の実質的な引上げの程度を見ることが目的であって,
問題となる期間も短く,その間の消費構造の変化による影響は小さいと
考えられる。そうすると,平成20年から平成23年までの物価下落率
を算出するに当たっては,長期的な比較も予定している総務省CPIの25
場合と異なり,消費構造の変化による物価指数への影響を最小限に抑え
るべく,ウェイトとして使用する支出割合を固定するのが最も目的に適
っているし,直近の消費構造を反映することが望ましいことからも,平
成22年をウェイト参照時点としたことには十分な合理性がある。他方,
総務省CPIの算出において行われているように,平成17年の支出割
合をウェイトとして平成20年の物価指数を求め,平成22年の支出割5
合をウェイトとして平成23年の物価指数を求めた上で両者を接続して
比較するという方法(指数の接続)によったのでは,平成20年の指数
の基準年となっている平成17年よりも後の消費構造の変化が反映され
ず,相当でない。
また,生活扶助相当CPIの計算方法は,消費者物価指数の計算の関10
係で広く用いられるとされるロウ指数の考え方に依拠するものであり,
このロウ指数の考え方によれば,比較する期間のいずれの時点をウェイ
ト参照時点としても誤りではなく,現に物価指数の計算方法として比較
する期間の途中をウェイト参照時点とする「中間年指数」という考え方
も認められているのであるから,平成20年(期首)でも平成23年(期15
末)でもなく,平成22年をウェイト参照時点とすることが特異なもの
であるとはいえない。
この点,総務省は,総務省CPIの算出において期首の数値をウェイ
トとして使用するラスパイレス式を採用しているが,これは,ラスパイ
レス式が速報性やコスト面に優れているなどの特徴を有していることに20
よるものであり,ラスパイレス式以外の算式が誤っているということで
はない。むしろ,ラスパイレス式の場合,期首以降に物価が上昇したと
きに,それに伴って消費量が減少するという事象を捕捉できないために
上方バイアスが生ずるとされるなどの算出上の欠点もあるのであって,
この方式以外が許容されないとするのは相当でない。現に,物価指数の25
算式には様々なものがあり,各省庁が政策目的に適った算式を採用する
ことが合理的であるとされており,内閣府において算出しているGDP
デフレーターにおいてはパーシェ式による指数が,財務省の貿易価格指
数においてはフィッシャー指数が,日本銀行の卸売物価指数においては
幾何平均指数が用いられるなど,ラスパイレス式以外による指標の計算
がされる場合も多々ある。5
平成20年から平成23年までの物価下落率の算出方法をあえて分析
的にみると,ウェイトとして使用された支出割合は平成22年のもので
あるから,①平成20年の生活扶助相当CPIは,平成20年を基準時
点とし平成22年を比較時点としたパーシェ式によって算出したものと,
②平成23年の生活扶助相当CPIは,平成22年を基準時点とし平成10
23年を比較時点としたときのラスパイレス式によって算出したものと
整理することができ,原告らは,この点を捉えて平成22年をウェイト
参照時点とすることは,異なる計算原理を用いることになり不当である
と主張している。
しかしながら,これは,それぞれの計算過程をあえて分析的に整理し15
たものにすぎず,平成20年から平成22年までと平成22年から平成
23年までとで異なる算式を用いて生活扶助相当CPIを算出した上で
これらを総合して変化率を測定したものではない。また,ラスパイレス
式とパーシェ式はウェイト参照時点をどの時点とするかに違いがあるに
すぎず,いずれもロウ指数の考え方の枠内で説明可能な計算方式である20
から,平成20年から平成23年までの物価下落率の算出方法が2つの
方式を組み合わせているとみる余地があるとしても,その点に問題があ
るものでもない。
カ指数品目の選定の在り方が合理的であること
原告らは,生活扶助相当CPIは,総務省CPIの指数品目から生活保25
護受給世帯が支出しない品目を控除したものを指数品目としているため,
生活保護受給世帯は電化製品をほとんど購入しないにもかかわらず,物価
下落の主因となっている電化製品の支出割合が相対的に大きくなり,生活
保護受給世帯の生活実態と異なる指数が算出されていると主張する。
しかしながら,生活扶助相当CPIにおいて,いかなる品目を指数品目
とするかは,価格の変化を把握する目的に応じて変わり得るところ,デフ5
レ傾向の下での生活扶助基準の実質的な引上げの程度を把握するというデ
フレ調整の目的に照らせば,生活保護受給世帯が支出することが予定され
る品目に限定することは合理的であるし,同様に,生活扶助以外の扶助に
より賄われる品目も除外されるのが合理的である。そして,特定の品目の
支出割合を除外した場合,残りの品目全ての支出割合はその比率に応じて10
等しく増加するのであり,物価が下落した品目のみならず,物価が上昇し
た品目も等しく支出割合が相対的に増加するのである。仮に,原告らの主
張するとおり,生活扶助相当CPIにおいて生活保護受給世帯が支出しな
い品目を控除したために電化製品の支出割合が相対的に大きくなり,生活
扶助相当CPIの下落率が大きくなったとしても,それは生活保護受給世15
帯において支出することが想定される品目の物価下落が,指数品目全体の
物価下落よりも相対的に大きかったというにすぎない。
原告らは,生活保護受給世帯では電化製品をほとんど購入できないこと
を前提としているが,生活保護受給世帯における電化製品の普及率を見る
と,パソコンが約4割,ビデオレコーダーは約7割,電子レンジや洗濯機20
は約9割,カラーテレビや冷蔵庫はほぼ全世帯という状況であるから,生
活保護受給世帯では電化製品をほとんど購入できないとはいえず,原告ら
の主張は,その前提において誤っている。
キ異なる品目数により算出した指数を比較していることが不合理ではない
ことついて25
平成22年の総務省CPIの指数品目の改定により生活扶助相当CPI
の指数品目に32品目が新たに加えられ,平成20年の生活扶助相当CP
Iの指数品目は485品目であるのに対し,平成23年の生活扶助相当C
PIの指数品目は517品目となっている。
しかしながら,追加された32品目は,平成22年以降の家計消費支出
の実態をみる上で重要であったからこそ追加されたものであるから,これ5
らを平成23年の生活扶助相当CPIの計算から除外してしまうと,かえ
って最新の消費構造を反映しない帰結となるため,生活扶助相当CPIを
算出するに当たりこれらを除外することで指数品目を同一とすることは妥
当でない。また,比較する期間の期首と期末とで指数品目を必ず固定しな
ければならないという知見は存在しておらず,むしろ,総務省CPIにお10
いては,指数品目が5年に1度は見直されるのであり,その見直しの年を
またいで長期的な数値の比較がされている以上,期首と期末とで品目数が
ずれてしまうという事象は総務省CPIの計算においても不可避的に生じ
得る問題である。このような場合,総務省CPIでは指数の接続を行って
いるが,指数を接続したとしても平成17年に定められた品目で計算され15
た物価指数が平成22年に定められた品目で計算された物価指数となるも
のではなく,指数の接続によって品目数のずれが解消されるものでもない。
ク家計調査に基づく一般世帯の支出割合をウェイトとして使用したことが
不合理ではないこと
原告らは,デフレ調整における物価下落率の算出に当たっては,社会保20
障生計調査に基づく生活保護受給世帯の支出割合をウェイトとして使用す
べきであり,家計調査に基づく一般世帯の支出割合をウェイトとして使用
したことは違法である旨主張する。
しかしながら,保護基準の改定に当たり複数の統計資料がある中でどの
資料を用いるかに関する判断も高度の専門技術的考察に基づく政策判断で25
あるから,統計資料の使用が違法であるか否かは,当該資料を用いた判断
過程自体に過誤,欠落等があると認められるかにより判断されるべきであ
る。そして,総務省統計局が実施している家計調査は,調査対象世帯の選
定が居住地域等により偏らないように配慮されている上,詳細な品目別の
支出額が調査の対象となっており,統計資料としての精度が高いなどの特
徴を有するものである。これに対し,社会保障生計調査の目的は,世帯を5
構成する人員の数やその年齢,居住地域等によって様々である生活保護受
給世帯の消費等の実例を把握することであるため,調査対象については,
実際の生活保護受給世帯の各世帯類型,人員,都市部及び地方などの分布
を踏まえた抽出等はされておらず,サンプルとして抽出される世帯につい
て,世帯類型,人員,地域等に偏りが生ずることは避けられず,調査結果10
は,生活保護受給世帯の全体像及び実態を示すものにはならない。また,
社会保障生計調査は,個別品目の消費支出の割合等を正確かつ詳細に調査
するものではなく,この調査結果により大まかな支出割合しか把握するこ
とができない。
以上のことからすれば,物価下落率の算出に当たり,家計調査に基づく15
一般世帯の支出割合をウェイトとして使用し,社会保障生計調査に基づく
生活保護受給世帯の支出割合をウェイトとして使用しなかった厚生労働大
臣の判断に過誤,欠落等があったということはできない。
⑷ゆがみ調整とデフレ調整を重複して行ったことが違法でないこと
ゆがみ調整は,基準部会における検証により,生活扶助基準の展開部分と20
一般低所得世帯の消費実態との間にかい離が認められ,そのかい離が,世帯
構成,年齢,地域分布等によって不均衡となっていたことから,それを調整
する必要があるとして行われたものである。このように,ゆがみ調整は,生
活保護受給者間の相対的な水準調整を行うためのものであり,保護基準の絶
対水準の調整を意図したものではないから,その趣旨は保護基準の絶対水準25
の調整を目的としたデフレ調整とは全く重複しない。
⑸ゆがみ調整の増額の幅を基準部会の検証結果の2分の1としたことの合
理性
ア「最低限度の生活」の概念は,抽象的かつ相対的なものであるから,基
準部会の検証結果を反映させるか,反映させる場合にどのような比率を用
いるかといったことについては,厚生労働大臣の合目的的裁量に委ねられ5
ていると解すべきである。
そして,厚生労働大臣は,①平成25年報告書において「生活扶助基準
の見直しを検討する際には,現在生活保護を受給している世帯及び一般低
所得世帯,とりわけ貧困の世代間連鎖を防止する観点から,子どものいる
世帯への影響にも配慮する必要がある」などと指摘されており,基準部会10
の検証結果をそのまま生活扶助基準の改定に反映させた場合には子どもの
いる世帯への影響が大きくなること,②生活扶助基準の展開部分の検証方
法として基準部会が採用した手法が唯一のものということはできず,また,
特定のサンプル世帯に限定して分析する際にサンプル世帯が極めて少数に
なるといった統計上の限界も認められたこと,③次の生活保護基準部会の15
定期的な検証において更なる評価,検証が予定されていたことから,基準
部会の検証結果により得られた較差を生活扶助基準に完全に反映させるべ
きではないと判断した。
他方,ゆがみ調整を生活扶助基準に反映させるに当たり,個々人の改定
結果が減額となるか増額となるかは,年齢,世帯人員及び級地別の3要素20
について指数を全て乗じた結果により初めて明らかになるものであり,変
化額を各要素に分解することは困難であった。また,個別の指数ごとに減
額幅については2分の1とし,増額幅についてはそのまま反映させるとい
ったように部分的に反映させる程度を変えることは理論的にはあり得るも
のの,ゆがみを公平に解消させる観点等からは適当ではないと考えられた。25
そこで,厚生労働大臣は,基準部会の検証結果を生活保護受給世帯の全
てにできるだけ公平に反映しつつ,生活保護受給世帯への影響を一定程度
に抑えるため(激変緩和),基準部会の検証結果を反映させる比率を,増額・
減額とも2分の1に抑えることとしたものである。
イ原告らは,本件各告示による生活扶助基準の改定に際しては,ゆがみ調
整とデフレ調整を併せて行ったことによる最低生活費の減額の幅を10%5
を下限とする激変緩和措置を講じているから,ゆがみ調整の増減額の幅を
基準部会の検証結果の2分の1とすることは不要である旨主張する。しか
しながら,ゆがみ調整とデフレ調整を併せて行ったことによる最低生活費
の減額の幅を10%を下限とする措置は,ゆがみ調整とデフレ調整を併せ
て行うことによって最低生活費が大幅に減額となる世帯の負担軽減を目的10
としたものであり,前記のゆがみ調整の増減額の幅を基準部会の検証結果
の2分の1とする措置とは目的や観点を異にするものである。
⑹本件各告示による生活扶助基準の改定が政治的意図に基づくものではな
いこと
原告らは,本件各告示による生活扶助基準の引下げには政治的意図が強く15
働いており,本来考慮してはならない事項を考慮したものであるから,厚生
労働大臣の裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用する違法がある旨主張す
る。
しかしながら,本件各告示による生活扶助基準の見直しは,基準部会の検
証結果に基づいて生活扶助基準における生活保護受給者間の較差を是正する20
とともに,デフレ傾向が続いてきた中で適切な生活扶助基準を再考する必要
が生じたことから行われたものであるし,生活扶助基準の見直しの必要性は,
平成19年報告書の段階から明らかにされていて,原油価格の高騰や金融危
機の影響等からその見直しが見送られてきたにすぎない。また,A大臣は,
生活保護基準部会等による報告を踏まえた検討をしなければならないことを25
前提とし,10%引下げという自民党の政権公約に盲従するものではないこ
とを明言していたのである。
以上のとおり,本件各告示による生活扶助基準の改定は,その必要性に応
じて適切に行われたものであって,政治的意図に基づくものでないことは明
らかである。
⑺本件各告示による生活扶助基準の改定が生活保護受給者の生活実態を考5
慮していないとの原告らの主張に理由がないこと
原告らがその主張の裏付けとして挙げる調査結果は,生活扶助基準の引下
げの撤回を求める目的で行われたものや,生活扶助基準の引下げに関する訴
訟の原告を対象とするものなど,その客観性・公平性に疑義がある。また,
そもそも,「最低限度の生活」の概念は,抽象的かつ相対的なものであって,10
その時々における経済的・社会的条件や一般的な国民生活の状況等との相関
関係において決定されるべきものであるから,単に従前の調査の時点よりも,
生活が苦しいなどといった意見が増加したなどということのみをもって,最
低限度の生活の水準が切り崩されたなどとはいい得ない。
2争点2(本件各処分に行政手続法14条の理由提示義務又は生活保護法2515
条2項の理由付記義務に違反した違法があるか)
(原告らの主張の要旨)
生活扶助は,生活保護の中核となるものであり,生活扶助を引き下げる処分
は,名宛人の生存権の侵害に至るおそれのあるものであるから,同処分をする
際には,処分の通知書において具体的かつ明確な理由の記載を要するというべ20
きである。ところが,本件各処分を通知した生活保護変更通知書には処分の理
由として,おおむね「基準改定による」との記載しかなく,これでは,名宛人
においてどのような基準がどのように適用されたのかを知ることができない。
したがって,本件各処分には,行政手続法14条1項の理由提示義務又は生活
保護法25条2項の理由付記義務に違反する違法があるというべきである。25
(被告らの主張の要旨)
本件各処分は,あらかじめ官報によって一般に周知されていた本件各告示に
伴って,本件各告示をそのまま当てはめる形で処分を行うものであり,処分行
政庁による恣意的な判断が介入するおそれは全くない。また,本件各告示が官
報により一般に周知されていたことに加え,保護変更決定の通知書の記載とそ
れ以前の通知書を見比べることによって,保護基準が改定されたことで給付額5
が減額されたことは十分に理解可能である。しかも,本件各処分の通知には,
本件各告示による生活扶助基準の改定の具体的な内容が説明された書面も同
封されていた。こうしたことからすれば,本件各処分の通知書の記載によって,
原告らによる不服申立ての便宜は損なわれておらず,本件各処分には行政手続
法14条1項の理由提示義務及び生活保護法25条2項の理由付記義務に反10
する違法はない。
3争点3(本件各告示による生活扶助基準の改定の国家賠償法上の違法性の有
無及び損害額)
(原告らの主張の要旨)
前記1(原告らの主張の要旨)のとおり,厚生労働大臣は,生存権という国15
民の生活の根幹に関わる基本的な権利が関係する生活扶助基準の引下げにお
いて,国の財政事情や国民感情を勘案した政権与党の政権公約の実現という考
慮すべきでない事項を考慮してゆがみ調整及びデフレ調整を行った。そして,
ゆがみ調整については,合理的な理由なく第Ⅰ-10分位の世帯を比較対象と
し,生活保護受給世帯を除くことなく第Ⅰ-10分位の世帯と生活扶助基準を20
比較した上,生活保護基準部会での議論を経ないまま,調整幅を一律2分の1
にした。また,デフレ調整においては,生活保護基準部会での議論を経ないま
ま,そもそも必要のない調整を行った上に,統計等の客観的数値等との合理的
関連性や専門的知見との整合性を欠いている生活扶助相当CPIを用いたの
である。これらの厚生労働大臣の行為は,生活扶助基準の改定に当たって財政25
事情等の生活外的要素を考慮しない職務上の義務及び統計等の客観的数値等
との合理的関連性や専門的知見との整合性を図る職務上の義務に反するもの
であり,国家賠償法上違法というべきである。
そして,原告らは,このように違法な本件各告示による生活扶助基準の引下
げにより,食事を減らし,入浴回数も減らし,衣服の購入も満足にできなくな
り,電気・ガス・水道代を節約するためにエアコンの使用も控えなければなら5
なくなった。さらに,こうしたことも背景に,原告らは,他者との交流までも
控え,親類の葬儀にすら出席することができない状態となった。このような状
態の下で,原告らは,肉体的・精神的な健康が損なわれていくことへの不安を
抱いており,かかる精神的苦痛は,たとえ本件各処分が取り消されても慰謝さ
れるものではなく,その精神的苦痛を慰謝するには,少なくとも原告ら各自に10
ついて1万円の慰謝料の賠償が必要である。
(被告らの主張の要旨)
本件各告示に関し,厚生労働大臣の判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用
が認められない以上,その判断に職務上の義務違反が認められる余地はない。
第5当裁判所の判断15
1本件各告示による生活扶助基準の引下げに至る経緯等
前記前提事実並びに証拠(主要なものを括弧内に掲記した。)及び弁論の全趣
旨によれば,本件各告示による生活扶助基準の引下げに至る経過等について,
以下の事実が認められる。
⑴生活扶助基準の改定方法について水準均衡方式が導入された経緯20
ア生活扶助基準については,①昭和21年ないし昭和22年においては標
準生計費方式(当時の経済安定本部が定めた世帯人員別の標準生計費を基
に算出し生活扶助基準とする方式),②昭和23年ないし昭和35年におい
てはマーケットバスケット方式(最低生活を営むために必要な飲食物費,
衣類費,家具什器費,入浴料といった個々の品目を1つ1つ積み上げて最25
低生活費を算出する方式),③昭和36年ないし昭和39年においてはエン
ゲル方式(栄養審議会の答申に基づく栄養所要量を満たし得る食品を理論
的に積み上げて,別に低所得世帯の実態調査から当該飲食物費を支出して
いる世帯のエンゲル係数の理論値を求め,これから逆算して総生活費を算
出する方式)がそれぞれ採用され,④昭和40年ないし昭和58年におい
ては格差縮小方式(民間最終消費支出の伸び率を基礎として,その伸び率5
以上に生活扶助基準を引き上げ,結果的に一般世帯と生活保護受給世帯と
の消費水準の格差を縮小させようとする方式)が採られてきた。(甲全4の
1・2,160の177・327頁,乙全7の2,9,34)
イ厚生省の審議会である中央社会福祉審議会は,昭和58年12月,「生活
扶助基準及び加算のあり方について(意見具申)」(昭和58年意見具申)10
を発表した。昭和58年意見具申においては,生活保護において保障すべ
き最低生活の水準は一般国民の生活水準との関連において捉えられるべき
相対的なものであるなどとした上,①生活扶助基準は,一般国民の消費実
態との均衡上ほぼ妥当な水準に達しているが,国民の生活水準は今後も向
上すると見込まれるため,生活扶助基準の妥当性を定期的に検証する必要15
がある,②生活扶助基準の改定に当たっては,当該年度に想定される一般
国民の消費動向を踏まえると同時に,前年度までの一般国民の消費水準と
の調整が図られるよう適切な措置を執ることが必要であり,また,当該年
度に予想される国民の消費動向に対応する見地から,民間最終消費支出の
伸びに準拠することが妥当であるなどとされ,賃金や物価は,そのままで20
は消費水準を示すものではないので,その伸びは参考資料にとどめるべき
であるとされた。(乙全8)。
ウ昭和58年意見具申を踏まえ,昭和59年4月以降,生活扶助基準の改
定方式については,一般国民生活における消費水準との比較において相対
的なものとして設定するとの観点から,毎年度の民間最終消費支出の伸び25
を基礎として国民の消費水準と均衡した水準を維持・調整する水準均衡方
式が導入された。(甲全4の2,乙全7の2,8,弁論の全趣旨)
⑵生活扶助基準に関する専門家による検証等
ア専門委員会による検証
平成15年6月,経済活動が低迷し,賃金,物価及び家計消費がいず
れも下落するデフレ状況が続いていたなどの社会経済情勢の下,財務省5
の審議会である財務制度等審議会の建議において生活扶助基準・加算の
引下げ・廃止等が必要であるなどとされ,社会保障審議会においても,
生活保護制度につき,他の社会保障制度との関係等にも留意しつつ,そ
の在り方についてより専門的に検討していく必要があるなどとされた。
また,同月27日には「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2010
03」が閣議決定され,その中で,生活保護について,物価,賃金動向,
社会経済情勢の変化等との関係を踏まえた見直しが必要であるなどとさ
れた。このような状況を踏まえて,厚生労働省の審議会である社会保障
審議会(厚生労働省設置法7条1項に定める厚生労働大臣の諮問機関)
は,同年7月,社会保障審議会運営規則8条に基づき,その福祉部会内15
に,保護基準の在り方を始めとする生活保護制度全般についての検討を
目的として,生活保護制度の在り方に関する専門委員会(専門委員会)
を設置した。(乙全11,12,弁論の全趣旨)
専門委員会においては,生活扶助基準の在り方等について議論され,
その中で生活扶助基準の改定を賃金や物価等に基づいて行うことについ20
ても議論された。その議論の中で,物価を指標として生活扶助基準の改
定を行うことは,一般国民の生活水準との相対性を確保することを目的
とした水準均衡方式から相当外れることになるため慎重に行う必要があ
る旨の意見も出されたが,他方で,生活保護費の財源が租税であること
や社会の公平感等からすると賃金や物価等を指標とすることは国民に分25
かりやすいなどとする意見が出された。(甲全68,69)
専門委員会は,平成15年12月16日,「生活保護制度の在り方につ
いての中間取りまとめ」(平成15年中間取りまとめ)を公表した。この
平成15年中間取りまとめは,専門委員会の生活扶助基準についての考
え方をさしあたり示すものであったが,その中で,①生活扶助基準の評
価については,生活保護において保障すべき最低限度の生活水準は,一5
般国民の生活水準との関連において捉えられるべき相対的なものであり,
具体的には,第Ⅰ-10分位の世帯の消費水準に着目することが適当で
あるとされて第Ⅰ-10分位の世帯の消費水準と生活扶助基準額との比
較が行われ,②生活扶助基準の改定方式については,経済情勢が水準均
衡方式を採用した当時と異なることから,例えば,5年間に1度の頻度10
で生活扶助基準の水準について検証を行うことが必要であり,定期的な
検証を行うまでの毎年の改定については,国民にとって分かりやすいも
のとすることが必要なので,例えば年金の改定と同じように消費者物価
指数の伸びも改定の指標の1つとして用いることなども考えられるなど
とされた。(乙全13)15
専門委員会は,平成16年12月15日,「生活保護制度の在り方に関
する専門委員会報告書」(平成16年報告書)を公表した。この平成16
年報告書のうち,生活扶助基準の在り方に関する部分の概要は,次のと
おりである。(甲全3,乙全4)
①水準均衡方式により,勤労3人世帯の生活扶助基準について,一般20
低所得世帯の消費支出額との比較において検証・評価した結果,その
水準は基本的に妥当であったが,今後,生活扶助基準と一般低所得世
帯の消費実態との均衡が適切に図られているか否かを定期的に見極め
るため,全国消費実態調査等を基に5年に1度の頻度で検証を行う必
要がある。そして,生活扶助基準の検証に当たっては,地域別,世帯25
類型別等に分けるとともに,調査方法及び評価手法について専門家の
知見を踏まえることが妥当である。
②生活扶助基準は,世帯人員数分を単純に足し上げて算出される第1
類費とスケールメリットを考慮して世帯人員数に応じて設定されてい
る第2類費とを合算する仕組みが採用されているため,人数が増すに
つれ第1類費の比重が高くなり多人数世帯になるほど生活扶助基準額5
が割高になるなど,世帯人員別にみると必ずしも一般低所得世帯の消
費実態を反映したものとなっていない。そこで,生活扶助基準の設定
及び算出方法については,第2類費の構成割合や多人数世帯の換算率
に関する見直し等を行う必要がある。
③現行の級地制度については昭和62年度から最大格差22.5%,10
6区分制とされているが,現在の一般世帯の生活扶助相当支出額では
地域差が縮小傾向にあるため,級地制度全般について見直しを検討す
る必要がある。
イ検討会による検証
平成16年報告書において,生活扶助基準と一般低所得世帯の消費実15
態との均衡が適切に図られているか否かを定期的に見極めるため全国消
費実態調査等を基に5年に1度の頻度で検証を行う必要があるとされて
いたこと(前記アに加え,平成18年7月に閣議決定された「経
済財政運営と構造改革に関する基本方針2006」において,生活扶助
基準について,一般低所得世帯の消費実態等を踏まえた見直しを行い,20
併せて級地の見直しを行うなどとされたことから,平成19年,級地を
含む生活扶助基準の見直しについて専門的な分析・検討を行うため,生
活扶助基準に関する検討会(検討会)が設置された。この検討会は,学
識経験者等で構成された組織であるが,国家行政組織法に基づく審議会
等に当たるものではなく,厚生労働省社会・援護局長が行政運営上の参25
考に資するため,有識者の参集を求め意見聴取を行った会議体である。
(甲全4の1,74の2,乙全14,弁論の全趣旨)。
検討会は,平成19年10月19日から同年11月30日までの約1
か月半の間に5回の会議を開催し,平成16年の全国消費実態調査の特
別集計結果に基づき,①水準の妥当性(生活保護を受給していない一般
低所得世帯における消費実態との均衡が適切に図られているかどうか),5
②体系の妥当性(生活扶助基準において第1類費と第2類費の合算によ
って算出される基準額が消費実態を反映しているかどうか),③地域差の
妥当性(級地による基準額の較差が地域間における生活水準の差を反映
しているかどうか)等の評価及び検証を行った。(甲全4の1,74の3)
検討会は,平成19年11月30日,「生活扶助基準に関する検討会報10
告書」(平成19年報告書)を公表したが,その概要は,次のとおりであ
る。(甲全4,乙全5)
①生活扶助基準の設定に当たっては水準均衡方式が採用されているこ
とから,生活扶助基準の水準は,国民の消費実態等との関係で相対的
に決まるものとされており,国民の消費実態との比較に当たっては,15
第Ⅰ-10分位の世帯の消費水準と比較することが適当である。
②生活扶助基準の水準については,勤労3人世帯の平均の生活扶助基
準額(15万0408円)は,第Ⅰ-10分位におけるそれらの世帯
の生活扶助相当支出額(14万8781円)よりもやや高めであり,
単身世帯(60歳以上の場合)の平均の生活扶助基準額(7万12020
9円)は,第Ⅰ-10分位におけるそれらの世帯の生活扶助相当支出
額(6万2831円)よりも高めであった。
③生活扶助基準の体系に関する評価及び検証は,世帯構成などが異な
る生活保護受給者間において実質的な給付水準の均衡が図られる体系
としていくべきとの観点から行い,その上で必要な見直しを行ってい25
くことが必要である。そして,生活扶助基準の世帯人員別及び年齢階
級別の基準額が消費実態を反映しているかを検討すると,⒜世帯人員
別の生活扶助基準額と生活扶助相当支出額の差は,世帯人員が4人以
上の世帯の方が世帯人員が1人の世帯に比して有利となっており(生
活扶助基準額が生活扶助相当支出額よりも高い。),⒝年齢階級別での
生活扶助基準額と生活扶助相当支出額の差は,60歳未満では生活扶5
助相当支出額の方が高く,70歳以上では生活扶助基準額が高くなる
など,消費実態からかい離している。
④地域差の比較においては,現行の級地制度における地域差を設定し
た当時(昭和59年)の消費実態と平成16年の消費実態を比較する
と,地域差が縮小している傾向がみられる。10
ウ平成19年報告書発表後の生活扶助基準の据置き等
厚生労働大臣は,平成19年報告書において,生活扶助基準の水準が一
般低所得世帯の消費水準に比して高いなどとする検証結果が示されたこと
から,生活扶助基準を消費実態に適合させる方向での見直しを検討したが,
原油価格の高騰が消費に与える影響等を見極めるため,平成20年度は据15
え置くこととし,さらに,平成21年度についても,平成20年2月以降
の生活関連物資を中心とした物価上昇の家計への影響が大きいこと,同年
9月のいわゆるリーマンショックに端を発した世界的な金融危機が実体経
済に深刻な影響を及ぼしており,国民の将来不安が高まっている状況にあ
ることから,引き続き据え置くこととした。その後も,厚生労働大臣は,20
平成22年度においては,完全失業率が高水準で推移するなどの厳しい経
済・雇用情勢を踏まえ,国民生活の安心が確保されるべき状況に鑑みて,
また,平成23年度においても経済・雇用情勢等を総合的に勘案した上で,
引き続き,生活扶助基準を据え置くこととした(甲全244~247,乙
全15,69~71,77)。25
もっとも,平成20年以降,①一般勤労者世帯の賃金は,事業所規模5
人以上の調査産業計の1人当たり平均月間現金給与総額で減少傾向にあり,
②総務省CPIは平成21年から平成23年まで3年連続で前年比がマイ
ナスとなり(3年間で約-2.4%),③全国勤労者世帯の家計消費支出の
名目値も平成21年から平成23年まで3年連続で減少するなど,賃金,
物価及び家計消費はいずれも下落するデフレ状況が継続していた。また,5
厳しい経済・雇用情勢等の下,生活保護受給者数は平成23年7月に過去
最高の205万人に達し,その後も引き続き増加しており,これに伴って
生活保護費負担金は年々増加して平成23年度には約3.5兆円に上って
いた。このような状況を受けて,生活困窮者対策及び生活保護制度の見直
しの必要性が指摘され,平成24年8月に成立した社会保障制度改革推進10
法附則2条1号には,生活扶助,医療扶助等の給付水準の適正化等の必要
な見直しを早急に行うことが明記されるに至った。(甲全6,7,83の1,
84の1,乙全6,11)
エ基準部会による検証
平成16年報告書において5年に1度の頻度で生活扶助基準の水準を15
検証する必要がある旨の指摘がされ,これを受けて平成1
9年には検討会において生活扶助基準の検証が行われたこと
などから,平成23年2月,学識経験者による定期的な保護基準の専門
的かつ客観的な評価・検証を行うことを目的として,社会保障審議会運
営規則2条に基づき,社会保障審議会の下に常設部会として生活保護基20
準部会が設置された。(甲全6,79の2~4,乙全6,22,24,弁
論の全趣旨)
基準部会では,平成21年の全国消費実態調査に基づいて生活扶助基
準の在り方が検討されたが,生活扶助基準の水準が一般低所得世帯の消
費水準と均衡しているかを検証することはせず,生活扶助基準の展開部25
分の適正化を図るという観点から,年齢階級別,世帯人員別及び級地別
の生活扶助基準額と消費実態とのかい離を検証することとし,具体的に
は,年齢階級別,世帯人員別及び級地別の一般低所得世帯の生活扶助相
当支出額を,それぞれ0~2歳,単身世帯,1級地-1の額を1として
指数化し(消費実態による指数),年齢階級別,世帯人員別及び級地別の
生活扶助基準額を指数化したもの(生活扶助基準額による指数)と比較5
した。その際,比較対象となる一般低所得世帯は,第Ⅰ-10分位の世
帯とすることとされたが,比較対象となる第Ⅰ-10分位の世帯から,
生活保護受給世帯は除外されなかった。また,消費実態による指数と生
活扶助基準額による指数の作成に当たっては,前記のとおり,基準部会
の検証が,生活扶助基準額自体の妥当性を検証することを直接の目的と10
するものではなく,生活扶助基準の展開部分の適正化を図ることを目的
とするものであることから,第Ⅰ-10分位のサンプル世帯が全て生活
保護を受給した場合の生活扶助基準額の平均と当該サンプル世帯の生活
扶助相当支出額の平均とが同額になるように指数が作成された。(甲全6,
乙全6,弁論の全趣旨)15
基準部会では,平成25年1月16日,前記の手法による検証結果
がまとまり,厚生労働省社会・援護局保護課から「生活保護基準部会報
告書(案)」が示された。同報告書案には,「厚生労働省において生活扶
助基準の見直しを検討する際には,本報告書の評価・検証の結果を考慮
した上で,他に合理的説明が可能な経済指標などがあれば,それらにつ20
いても根拠を明確にして改定されたい」との記載があり,この記載につ
いて,厚生労働省社会・援護局保護課から,要旨,「年齢階級別,世帯人
員別及び級地別による生活扶助基準の見直しを行っても,第Ⅰ-10分
位との間に一定の差が存在するため,一般的に合理的説明が可能であれ
ば消費に影響を及ぼす因子を考慮することは1つの方向性としてあり得25
るところであり,その場合,何をもって合理的かということについても
様々な考え方があり得る中で,例えば政府が発表している経済指標等を
加味するということは正当化できるだろうという趣旨であり,当該指標
について例を挙げるとすれば,消費者物価指数や賃金の動向が考えられ
る」旨の説明がされた。これに対して,基準部会の委員からは,基準部
会においては,年齢,人員及び級地という3要素しか議論しておらず,5
消費者物価指数や賃金の動向について何も議論していないことは明確に
してもらいたいなどの意見が出され,これを受けて,平成25年報告書
においては,「厚生労働省において生活扶助基準の見直しを検討する際に
は,本報告書の評価・検証の結果を考慮し,その上で他に合理的説明が
可能な経済指標などを総合的に勘案する場合は,それらの根拠について10
も明確に示されたい。」と修正された。(甲全6,84の1・3,乙全6,
25)
基準部会は,平成25年1月18日,「社会保障審議会生活保護基準部
会報告書」(平成25年報告書)を発表したが,その概要は,次のとおり
である。(甲全6,7,乙全6,弁論の全趣旨)15
①年齢階級別(第1類費)の基準額の水準では,年齢階級間において
消費実態による指数と生活扶助基準額による指数にかい離が認められ,
世帯人員別(第1類費及び第2類費)の基準額の水準では,第1類費
及び第2類費のいずれについても世帯人員が増えるにつれて前記のか
い離が拡大する傾向が認められた。また,級地別の基準額の水準をみ20
ると,生活扶助基準額の地域差よりも消費実態の地域差の方が小さく
なっていると認められた。
②検証結果を生活扶助基準額に反映させた場合の各世帯への影響は,
年齢,世帯人数及び居住地域の組合せによって様々であり,検証結果
をそのまま生活扶助基準に反映させた場合の生活扶助基準額と現行の25
生活扶助基準額を比較した結果を平均値でみると,⒜夫婦と18歳未
満の子1人世帯では-8.5%,⒝夫婦と18歳未満の子2人世帯で
は-14.2%,⒞60歳以上の単身世帯では+4.5%,共に60
歳以上の高齢夫婦世帯では+1.6%,⒟20~50代の若年単身世
帯では-1.7%,⒠母親と18歳未満の子1人の母子世帯では-5.
2%となった。5
③今般,生活扶助基準の見直しを具体的に検討する際には,現在生活
保護を受給している世帯及び一般低所得世帯,とりわけ貧困の世代間
連鎖を防止する観点から,子どものいる世帯への影響にも配慮する必
要がある。
オ本件各告示による生活扶助基準の引下げの実施10
前記のとおり,平成16年報告書において生活扶助基準の展開部分に
関して見直しを検討する必要がある旨指摘され,平成1
9年報告書においても,年齢階級別,世帯人員別及び級地別でみると生
活扶助基準が一般低所得世帯の消費実態とかい離しているとの指摘がさ
れており~④),これらを踏まえた基準部会においても,生15
活扶助基準の展開部分が一般低所得世帯の消費実態を反映していないこ
とが明らかとなった①)。そこで,厚生労働大臣は,一般低所
得世帯の消費実態を生活扶助基準の展開部分に反映させることにより生
活扶助基準の展開部分を適正化し生活保護受給世帯間の公平を図るため,
基準部会の検証結果に基づいて生活扶助基準の改定を行うこととした20
(ゆがみ調整)。(前記前提事実⑵ア,甲全7,乙全16,弁論の全趣旨)
また,前記イ及びウのとおり,平成19年報告書において生活扶助基
準の基準額が一般低所得世帯の消費実態と比較して高いなどの検証結果
が示されていたが,当時の社会経済情勢等から生活扶助基準が据え置か
れる状況が続き,その間においても,賃金,物価及び家計消費はいずれ25
も下落するデフレ状況が継続していた。そのため,厚生労働大臣は,生
活保護受給世帯の可処分所得が実質的に増加したと評価することができ
るとして,平成20年以降の物価変動を生活扶助基準に反映させる生活
扶助基準の改定を行うこととした(デフレ調整)。(前記前提事実⑵ウ,
甲全7,乙全16,弁論の全趣旨)
厚生労働大臣は,ゆがみ調整による生活扶助基準の引下げの激変緩和5
措置として,基準部会による検証結果を生活扶助基準に反映する比率を
増額方向と減額方向共に2分の1とした。また,この激変緩和措置を講
じたとしても,ゆがみ調整及びデフレ調整を行うことにより生活扶助基
準額が大幅に減額になる世帯が生ずることが見込まれたため,激変緩和
措置として,現行の生活扶助基準からの増減額の幅がプラスマイナス110
0%を超えないように調整し,かつ,生活扶助基準の引下げを平成25
年度から3年間かけて段階的に実施することとした。(前記前提事実⑵ウ,
甲全7,乙全16,弁論の全趣旨)
2デフレ調整における下落幅の算出方法等
前記前提事実並びに証拠(主要なものを括弧内に掲記した。)及び弁論の全趣15
旨によれば,デフレ調整における下落幅の算出方法等について,以下の事実が
認められる。
⑴厚生労働大臣は,デフレ調整を行うに当たり,物価下落による生活保護受
給世帯の実質的な可処分所得の増加分を算出するという目的から,総務省C
PIの指数品目のうち,生活扶助による支出が想定される品目のみを指数品20
目とする消費者物価指数(生活扶助相当CPI)により物価下落率を算出す
ることとし,物価下落率の算出に当たり,総務省CPIの指数品目から,家
賃等の生活扶助以外の他の扶助で賄われる品目及び自動車関係費,NHK受
信料,大学授業料,幼稚園保育料等の生活保護受給世帯において支出するこ
とが想定されていない品目を除外した。(前記前提事実⑵イ,甲全7,乙全125
8,30,弁論の全趣旨)
⑵総務省CPIではラスパイレス式が採用され,基準年を指数・価格参照時
点及びウェイト参照時点としてその後の変化を指数として表すものとされ
ている。これに対して,厚生労働大臣は,デフレ調整における物価下落率を
算出する期間を平成20年から平成23年までとしつつ,指数・価格参照時
点及びウェイト参照時点を平成22年とし,平成20年の生活扶助相当CP5
Iと平成23年の生活扶助相当CPIを求めた上で,これらの変動率を算出
した。(前記前提事実⑵イ,甲全7,乙全16,弁論の全趣旨)
⑶総務省CPIでは,新たな財及びサービスの出現や嗜好の変化などによる
消費構造の変化を反映させるため,5年に1度,基準年(価格・指数参照時
点及びウェイト参照時点)を改定し,指数品目とウェイトを見直している(以10
下「指数基準改定」という。)。この指数基準改定は,本件各告示の前には平
成22年に行われており,平成22年の指数基準改定により総務省CPIの
指数品目の追加・廃止が行われ,これにより,生活扶助相当CPIの指数品
目も,平成20年の指数費目が485品目であったのに対し,平成23年の
指数品目は517品目となった。また,総務省CPIでは,家計調査による15
支出割合をウェイトとして使用しており,平成22年の指数基準改定により
ウェイトとして使用する支出割合も見直されたが,前記⑵のとおり,生活扶
助相当CPIでは,平成20年及び平成23年のいずれにおいてもウェイト
参照時点が平成22年とされており,いずれにおいても同年の家計調査によ
る支出割合がウェイトとして使用された。(前記認定事実⑵イ,甲全99,120
03,149,乙全27,28)
⑷総務省CPIでは,5年に1度の指数基準改定に対応して,過去に遡って
比較が可能となるように,過去の指数を指数基準改定に合わせて換算し,指
数基準改定前の指数を指数基準改定の年の指数で除した結果を100倍す
るものとされている(指数の接続。例えば,平成17年の指数を100とし25
て同年の指数品目による平成22年の指数が99.6である場合,同年の指
数を100とする平成17年の指数品目による指数は,100/99.6を
乗ずることで求められる。)。これに対して,平成20年の生活扶助相当CP
Iと平成23年の生活扶助相当CPIの比較においては,平成22年の指数
基準改定により指数品目が異なることになったにもかかわらず,指数の接続
は行われなかった。(以上につき,前記前提事実⑵イ,甲全100,103,5
149,183,乙全27,28,弁論の全趣旨)
3争点1(本件各告示による生活扶助基準の改定に生活保護法3条及び8条に
違反した違法があるか)について
⑴ゆがみ調整及びデフレ調整による生活扶助基準の改定における厚生労働
大臣の裁量権について10
生活保護法3条によれば,同法により保障される最低限度の生活は,
健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならな
いところ,同法8条2項によれば,保護基準は,要保護者の年齢別,性
別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考
慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであって,かつ,こ15
れを超えないものでなければならない。そうすると,仮に,保護基準が
前記の最低限度の生活の需要を超えているというのであれば,これに応
じて保護基準を改定することは,同項の規定に沿うところであるという
ことができる。もっとも,これらの規定にいう最低限度の生活は,抽象
的かつ相対的な概念であって,その具体的な内容は,その時々における20
経済的・社会的条件,一般的な国民生活の状況等との相関関係において
判断決定されるべきものであり,これを保護基準において具体化するに
当たっては,国の財政事情を無視することができず,また,多方面にわ
たる複雑多様な,しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策
的判断を必要とするものである(最高裁昭和51年(行ツ)第30号同25
57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁参照)。したがっ
て,保護基準中の生活扶助基準を改定するに際し,生活扶助基準の改定
の必要があるか否か及び改定後の生活扶助基準の内容が健康で文化的な
生活水準を維持することができるものであるか否かを判断するに当たっ
ては,厚生労働大臣に前記のような専門技術的かつ政策的な見地からの
裁量権が認められるものというべきである。5
また,生活扶助基準が改定された場合には被保護者の生活に多大な影
響が生ずることも少なくないから,厚生労働大臣は,生活扶助基準を改
定するに当たっては,生活扶助基準の改定の必要性を踏まえつつ,生活
扶助基準の改定による被保護者の生活への影響についても可及的に配慮
するため,その改定の具体的な方法等について,激変緩和措置の要否な10
どを含め,前記のような専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権を有
しているというべきである。
そして,ゆがみ調整及びデフレ調整による生活扶助基準の改定の前提
となる最低限度の生活の需要に係る評価及びゆがみ調整やデフレ調整に
よる生活扶助基準の改定に伴う被保護者の生活への可及的な配慮は,前15
るもの
の,生活扶助基準の展開部分の不均衡の有無やその程度及び物価下落に
よる生活保護受給者の可処分所得の実質的な増加の有無やその程度は,
各種の統計資料や専門家の作成した資料等に基づいてある程度客観的に
推認し得るものであり,本件各告示による生活扶助基準の引下げにおい20
てもこうした資料に基づいて検討されている(前記1⑵ウ~オ,2)。こ
れらの諸点に鑑みると,ゆがみ調整及びデフレ調整による生活扶助基準
の改定は,①ゆがみ調整及びデフレ調整による生活扶助基準の改定をし
た厚生労働大臣の判断に,最低限度の生活の具体化に係る判断の過程及
び手続における過誤,欠落の有無等の観点からみて裁量権の範囲の逸脱25
又はその濫用があると認められる場合,あるいは,②ゆがみ調整及びデ
フレ調整による生活扶助基準の改定に際し激変緩和等の措置を採るか否
かについての方針及びこれを採る場合において現に選択した措置が相当
であるとした同大臣の判断に被保護者の生活への影響の観点からみて裁
量権の範囲の逸脱又はその濫用があると認められる場合に,生活保護法
3条及び8条2項に違反し,違法となるものというべきである(最高裁5
平成22年(行ツ)第392号,同年(行ヒ)第416号同24年2月
28日第三小法廷判決・民集66巻3号1240頁,最高裁平成22年
(行ヒ)第367号同24年4月2日第二小法廷判決・民集66巻6号
2367頁参照)。
イ以上の点につき,原告らは,制度後退禁止原則により生活扶助基準を引10
き下げることは原則として許されず,国において生活扶助基準を引き下げ
る正当な理由があることを立証しない限り,生活扶助基準の引下げは違法
となる旨主張し,その根拠として,①憲法25条1項は国に健康で文化的
な水準の生活を国民に保障することを,同条2項は国に社会福祉の向上及
び増進をそれぞれ義務付けており,同条を受けた生活保護法は,3条にお15
いて,健康で文化的な生活水準を維持することを国に義務付けるとともに,
8条2項において,健康で文化的な最低限度の生活の需要が確実に満たさ
れるようにしなければならないとしており,56条において,不利益変更
の禁止を定めていること,②同法立法当時,厚生大臣が国会において「基
準額につきましては下げないということでどこまでも進んでいきたい」と20
答弁していることや厚生省社会局長が同法8条2項につき「最低生活はで
きるだけ高い線まで持って行きたい」と答弁していること,③社会権規約
2条1項は,「この規約において認められる権利の完全な実現を漸進的に達
成するため,自国における利用可能な手段を最大限に用いる」こと,すな
わち権利の実現の漸進的な進歩を国家に要求している上,一般的意見も,25
その3において,不可欠な食料等の最低限の部分を充足することを加盟国
が即時的に負う最低限の中核的義務として位置付けているとともに,その
19において,財政上社会保障に対して優先的な財源の配分を求め,社会
保障に関する後退的な措置は禁じられているとの強い推定が働くとしてい
ることを挙げている。
しかしながら,まず,①についてみると,憲法25条1項は,全ての国5
民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るように国政を運営すべきこ
とを国の責務として宣言したにとどまり,国が個々の国民に対して具体的・
現実的に前記のような義務を有することを規定したものではない上,「健康
で文化的な最低限度の生活」は,抽象的かつ相対的な概念であって,その
具体的内容は,その時々における文化の発達の程度,経済的・社会的条件,10
一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきもの
であるから(前掲最高裁昭和57年7月7日大法廷判決参照),同項は,社
会経済情勢の変化等によって「健康で文化的な最低限度の生活」の具体的
な水準が変動し得ることを当然に予定していると解される。これらのこと
からすれば,同項が生活保護制度を後退させることを禁止しているという15
ことはできない。また,同条2項は,国は,社会福祉,社会保障等の向上
及び増進に「努めなければならない」と規定しており,同項は,福祉国家
の理念に基づき社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきことを
国の責務として宣言したにとどまるものであって(前掲最高裁昭和57年
7月7日大法廷判決参照),同項が生活保護制度を後退させることを禁止し20
ていると解することはできない。そして,生活保護法は,前記のような憲
法25条を受けて定められたものであり,生活保護法3条の規定する「健
康で文化的な生活水準」や同法8条の規定する「最低限度の生活」も,そ
の時々における文化の発達の程度,経済的・社会的条件,一般的な国民生
活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであって,社会25
経済情勢の変化等によって変動し得るものと解されるから,これらの規定
が生活保護制度を後退させることを禁止するものと解することはできない。
また,同法56条は,既に保護の決定を受けた個々の被保護者の権利及び
義務について定めた規定であって,保護の実施機関が被保護者に対する保
護を一旦決定した場合には,当該被保護者について,同法の定める変更の
事由が生じ,保護の実施機関が同法の定める変更の手続を正規に執るまで5
は,その決定された内容の保護の実施を受ける法的地位を保障する趣旨の
ものであると解される(前掲最高裁平成24年2月28日第三小法廷判決
参照)。このような同条の趣旨に照らせば,同条は保護基準自体が改定され
る場合には適用されないというべきであるし,同条の趣旨を考慮するとし
ても,保護基準は,最低限度の生活の需要を満たすものとして定められる10
ものであり(同法8条2項),前記のとおり,最低限度の生活の具体的内容
は,社会経済情勢の変化等によって変動し得ることを当然に予定している
と解されるのであって,同法56条がこのことを否定する趣旨を含むもの
とは解されない。そうすると,同条の趣旨をもって生活保護制度を後退さ
せることが禁止されるということはできない。15
次に,②についてみると,生活保護法立法当時,厚生大臣は,国会にお
いて,予算を十分に確保して切下げということがないようにしてほしい旨
の発言を受けて,「基準額につきましては下げないということでどこまでも
進んで行きたい」と答弁していること(甲全33),厚生省社会局長が同法
8条2項につき「最低生活の線というものは,でき得る限り高い線まで持20
って行きたい」と答弁していること(甲全158)が認められるものの,
これらの答弁は,同法制定当時(昭和25年)の国民全体の生活水準が非
常に低い状況の中で生活扶助基準も極めて不十分なものであることを前提
にするものと推認され(甲全33,34,乙全44,45),このことは,
前記の厚生省社会局長が,生活扶助基準が,「現在の基準ならば」,少しで25
も良くするという方向で努力していきたい旨を答弁していることからも明
らかである(乙全45)。しかしながら,その後の社会経済の発展により国
民の生活水準は上昇し,これに伴って生活扶助基準の改善が図られ,昭和
58年意見具申において生活扶助基準が一般国民の消費実態との均衡上ほ
ぼ妥当な水準に達しているとされるなど(乙全34,前記1⑴イ),現在は,
生活扶助基準の水準が生活保護法制定当時と大幅に異なるのであるから,5
前記各答弁をもって,現在の生活扶助基準についても引き下げることが予
定されていないということはできない。
さらに,③についてみると,社会権規約9条は,締約国において,社会
保障に関する権利が国の社会政策により保護されるに値するものであるこ
とを確認し,国が前記の権利の実現に向けて積極的に社会保障政策を推進10
すべき政治的責任を負うことを宣明したものであって,個人に対し即時に
具体的権利を付与すべきことを定めたものではない。このことは,社会権
規約2条1項が締約国において「立法措置その他のすべての適当な方法に
よりこの規約において認められる権利の完全な実現を漸進的に達成する」
ことを求めていることからも明らかであって,社会権規約9条により生活15
扶助基準の改定における厚生労働大臣の裁量権が制約されるということは
できない(最高裁昭和60年(行ツ)第92号平成元年3月2日第一小法
廷判決・裁判集民事156号271頁参照)。そして,一般的意見が直ちに
締約国を法的に拘束すると解すべき根拠は見当たらない。そうすると,社
会権規約9条及び一般的意見によって生活扶助基準の改定における厚生労20
働大臣の裁量権が制約されるということはできない。
以上によれば,原告らの前記主張は採用することができない。
ウまた,原告らは,厚生労働大臣は,生活扶助基準を改定するに当たって
は,生活保護法8条2項所定の事項を考慮することが義務付けられており,
他方で,国の財政事情,国民感情,政権与党の公約等の同項及び9条に定25
められた事項以外の事項を考慮してはならないと主張する。
しかしながら,前記アのとおり,憲法25条の規定を保護基準として具
体化するに当たっては,高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的
判断を必要とするものであり,厚生労働大臣が保護基準を設定するに当た
っては専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権が認められるというべき
であるところ,前記の政策的判断においては,国の財政事情,他の政策等5
の多方面にわたる諸事情を広く考慮する必要があり,前記の厚生労働大臣
の裁量権もそれらの諸事情を広く考慮して行使されるべきものであると解
される。このような生活扶助基準の設定における厚生労働大臣の裁量権の
性質に照らすと,厚生労働大臣がこれを行使するに当たり,生活保護法8
条2項所定の事項を考慮することが義務付けられるということはできず,10
他方で,同項及び9条に定められた事項以外の事項を考慮することが許さ
れないということはできない。
したがって,原告らの前記主張は採用することができない。
エさらに,原告らは,生活保護法の立法過程においては,生活扶助基準の
設定は,専門家によって構成された審議会の検討を経て,これに基づいて15
決定することが当然の前提とされていたことなどからすれば,厚生労働大
臣による生活扶助基準の設定は,専門家による審議会の検討の結果に基づ
いて行うことが要請されており,専門家による検討を経ていない場合には
厚生労働大臣の裁量権が制約される趣旨の主張をする。
確かに,①生活保護法の制定過程において,保護の範囲,方法等が法律20
で具体的に定められていないことが問題視されたのに対し,厚生省は,保
護基準は合理的な基礎資料によって算出されるべきものであり,当該資料
は社会保障制度審議会の最低限度の生活の水準に関する調査及び研究によ
って得られるべきことを説明し,かつ,社会事業審議会に部会を設け実際
の運用に当たり部会の検討結果の趣旨を生かすことを言明して了解を得た25
こと(甲全2),②生活扶助基準の設定を水準均衡方式で行うことも当時の
厚生省の審議会である中央社会福祉審議会における意見を踏まえて決定さ
れていること(前記1⑴イ),③専門委員会の平成16年報告書において5
年に1度の検証が提言され,生活扶助基準の検証に当たっては,調査方法
や評価手法について専門家の知見を踏まえることが妥当であるとされたこ
と(前記),④平成16年報告書を踏まえ,平成19年には検討会5
において,平成24年には基準部会において,生活扶助基準の検証が行わ
れてきていること(前記1⑵イ,エ)などからすれば,生活扶助基準の改
定に当たっては専門家により構成された審議会等による検討結果を踏まえ
て行うことが通例であったということができる。
しかしながら,厚生労働大臣が保護基準を改定するに当たって社会保障10
審議会等の専門家の検討を経ることを義務付ける法令上の根拠は見当たら
ず,厚生労働省設置法は,厚生労働省には社会保障審議会を置くものとし
つつ,社会保障審議会は厚生労働大臣の諮問に応じて調査審議することな
どをつかさどる審議会と規定するにとどまるから(同法7条1項1号),厚
生労働大臣は必要に応じて社会保障審議会に諮問すれば足り,厚生労働大15
臣が保護基準を改定するに当たり社会保障審議会への諮問が法令上義務付
けられているものではないというべきである。そうすると,社会保障審議
会等の専門家の検討を経ていないことをもって直ちに生活扶助基準の改定
における厚生労働大臣の裁量権が制約されるということはできない。
したがって,原告らの前記主張は採用することができない。20
⑵ゆがみ調整を行った厚生労働大臣の判断について
ア基準部会の検証内容等
前記証拠(甲全6,乙全6)によれば,①基準
部会は,比較対象とする一般低所得世帯を第Ⅰ-10分位の世帯とした
上,平成21年の全国消費実態調査に基づき,第Ⅰ-10分位の世帯の25
年齢階級別,世帯人員別及び級地別の生活扶助基準額を指数化したもの
(生活扶助基準額による指数)と第Ⅰ-10分位の世帯の年齢階級別,
世帯人員別及び級地別の生活扶助相当支出額を指数化したもの(消費実
態による指数)を比較検証し,その結果,年齢階級別,世帯人員別及び
級地別のいずれにおいても両者の間にかい離がみられたこと,②基準部
会は,比較対象とする一般低所得世帯を第Ⅰ-10分位の世帯とした根5
拠として,⒜これまでの検証に倣い,生活保護受給世帯と隣接した一般
低所得世帯の消費実態を用いることが現実的であること,⒝第Ⅰ-10
分位の世帯の平均消費水準は中位所得階層の約6割に達していること,
⒞第Ⅰ-10分位に属する世帯における必需的な耐久消費財の普及状況
は中位所得階層と比べておおむね遜色がないこと,⒟第Ⅰ-10分位の10
世帯の大部分は相対的貧困層にあること,⒠分散分析等の統計的手法に
より検証すると,第Ⅰ-10分位と第Ⅱ-10分位の間において消費動
向が大きく変化しており,第Ⅰ-10分位の世帯の消費動向は,他の年
間収入階級と比べて大きく異なると考えられることなどを挙げているこ
と,③比較対象とした第Ⅰ-10分位の世帯から生活保護受給世帯を除15
外していないことが認められる。
そして,被告らは,生活扶助基準の展開部分と一般低所得世帯の消費
実態とのかい離を検証するという基準部会の検証の目的からすると,前
記②⒜~⒠の理由から生活保護受給世帯に近い消費実態を有するものと
して第Ⅰ-10分位の世帯を比較対象としたことは合理的であるし,基20
準部会の検証において第Ⅰ-10分位の世帯の消費支出額と比較してい
る対象は,当時の生活扶助基準であり,実際の生活保護受給世帯の消費
支出額ではないから,生活保護受給世帯が比較対象の第Ⅰ-10分位の
世帯から除外されていないことも不合理であるということはできないな
どとして,基準部会の検証の結果を踏まえてゆがみ調整を行った厚生労25
働大臣の判断に違法はないと主張している。
前記によれば,基準部会の検証は,生活扶助基準の展開部分
の適正化を図るため,生活扶助基準の展開部分と一般低所得世帯の消費
実態とのかい離を検証するものであるから,比較対象となる一般低所得
世帯は,最低限度の生活水準にある世帯とすることが前記の検証の目的
に沿うものである。そして,前記②⒜については,平成15年中間取5
りまとめが生活扶助基準の評価においては第Ⅰ-10分位の世帯の消費
水準に着目することが適当であるとし,平成19年報
告書も生活扶助基準の検証に当たり第Ⅰ-10分位の世帯を比較の対象
としており(前記1⑵イこれらのことは,第Ⅰ-10分位の世帯
が最低限度の生活水準にあり生活扶助基準と比較する対象として適切で10
あることを基礎付けるものということができる。また,前記②⒝につ
いては,第Ⅰ-10分位の世帯の生活扶助相当支出額と平均的な所得階
層である第Ⅲ-5分位の世帯の生活扶助相当支出額を比較すると,20
歳~59歳の単身有業世帯で68%,60歳以上の単身世帯で64%,
60歳以上の夫婦世帯で62%,夫婦と18歳未満の子1人の有業世帯15
で66%,夫婦と18歳未満の子2人の有業世帯で71%であるとの統
計資料に基づくものであり(甲全84の2),この統計結果によれば,第
Ⅰ-10分位の世帯の平均消費水準は中位所得階層の約6割に達してい
ると評価することができる。また,前記②⒞については,厚生労働省
社会・援護局保護課が平成22年に実施した「家庭の生活実態及び生活20
意識に関する調査」等の統計資料によるものであり,これらの統計資料
では,冷蔵庫,炊飯器,テレビ等一般市民の過半数が必要と考えている
消費財について,第Ⅰ-10分位の世帯の普及率の平均的な所得階層で
ある第Ⅲ-5分位の世帯の普及率に対する割合はおおむね9割程度とな
っており(甲全60,83の2,138,乙全37),この統計結果によ25
れば,第Ⅰ-10分位の世帯における必需的な耐久消費財の普及状況は
中位所得階層と比べておおむね遜色がないと評価することができる。そ
して,前記②⒝,⒞及び⒟は,消費水準,保有財産及び可処分所得の
点において第Ⅰ-10分位の世帯が最低限度の生活水準にあることを基
礎付けるものということができる。さらに,前記②⒠については,第
Ⅰ-10分位の世帯が,低所得層として他の分位の世帯と区別される一5
定の消費動向を有する世帯であることを示すものであり,第Ⅰ-10分
位の世帯を最低限度の生活水準にある世帯として把握することが可能で
あることを示すものといえる。
以上のことからすると,基準部会の検証において比較対象を第Ⅰ-1
0分位の世帯としたことが不合理であるということはできない。10
また,基準部会の検証は,実際の生活保護受給世帯の消費水準の妥当
性を一般低所得世帯の消費水準との比較において検証するものではなく,
生活扶助基準の展開部分の適正化を図るため,生活扶助基準額による指
数と消費実態による指数を比較することにより生活扶助基準の展開部分
の妥当性を検証しようとするものである。このような基準部会の検証の15
目的に照らすと,生活扶助基準との比較対象を一般低所得世帯の現実の
消費実態と考えることも相応の合理性を有するのであり,生活保護受給
世帯も一般低所得世帯を構成する以上,基準部会の検証において,比較
対象から生活保護受給世帯を除外しなかったことが不合理であるとはい
えない。20
イ原告らの主張について
生活保護受給世帯の消費支出を第Ⅰ-10分位の世帯と比較した点に
ついて
a原告らは,基準部会が比較対象を第Ⅰ-10分位の世帯とした根拠
のうち,⒜について,昭和59年以降に採用されている水25
準均衡方式における比較対象は一般国民生活における消費水準であり,
従前の生活扶助基準の検証が第Ⅰ-10分位の世帯を比較対象として
行われてきた事実はない,⒝について,第Ⅰ-10分位の
単身世帯(60歳以上)の消費水準は,第Ⅲ-5分位の5割(第Ⅰ-
5分位でみると約6割)にとどまっているから,第Ⅰ-10分位の世
帯の消費水準が平均的な世帯の消費水準に照らして相当程度に達して5
いるということはできない,⒞について,厚生労働省社会・
援護局保護課が平成22年に実施した「家庭の生活実態及び生活意識
に関する調査」によれば,第Ⅰ-10分位の世帯の普及率が第Ⅲ-5
分位の世帯の普及率の9割未満である項目が全体の3分の2に及び,
特に文化や教養に関わる項目及び社会生活に関わる項目において第Ⅲ10
-5分位の世帯との格差が顕著であることが明らかであり,必需的な
耐久消費財について第Ⅰ-10分位に属する世帯における普及状況が,
中位所得階層と比べて遜色ないものであるということはできない,前
⒟について,OECDの国際的基準による相対的貧困層の世
帯は,「あってはならない」状況にあるものと考えられているから,こ15
のような状況にある世帯を比較対象とすることは,到底許されるもの
ではないなどと主張する。
しかしながら,⒜についてみると,前記1⑴ウ並びに⑵ア及びイに
よれば,生活扶助基準の改定については,昭和59年以降,最低生活
の水準は一般国民生活における消費水準との比較における相対的なも20
のとして設定すべきであるとの見地から水準均衡方式が採用されたが,
その後,平成15年中間取りまとめでは,生活扶助基準の評価に当た
り水準均衡方式を前提としつつ第Ⅰ-10分位の世帯に着目すること
が適切であるとして第Ⅰ-10分位の世帯との比較が行われているこ
と,平成19年の検討会においても,水準均衡方式を前提としつつ,25
生活扶助基準を第Ⅰ-10分位の世帯の消費水準との比較を行われた
ことが認められる。これらの事実によれば,基準部会以前においても,
具体的な生活扶助基準の検証に当たっては,第Ⅰ-10分位の世帯と
比較する方法が採られていたということができ,⒜の点に関する基準
部会の判断に不合理はない。
また,⒝については,平成19年の検討会の検証時においては,第5
Ⅰ-10分位の単身世帯(60歳以上)の消費水準は,第Ⅲ-5分位
の5割(第Ⅰ-5分位でみると約6割)にとどまっていたことが認め
られるものの(甲全4の1,74の3,乙全5),前記のとおり,
基準部会による検証時の統計資料では,第Ⅰ-10分位における単身
世帯(60歳以上)の生活扶助相当支出額は,中位所得階層である第10
Ⅲ-5分位の世帯の生活扶助相当支出額の64%であるとされており,
その信用性に疑義を生じさせる事情は見当たらないから,原告らの前
記主張は前提を欠くものである。この点を措いても,平成19年報告
書では,第Ⅰ-10分位の単身世帯(60歳以上)の消費水準は,第
Ⅲ-5分位の5割(第Ⅰ-5分位でみると約6割)にとどまっている15
ことに留意する必要があるとしつつ,夫婦子1人世帯の第Ⅰ-10分
位の消費水準が第Ⅲ-5分位の7割に達していることから第Ⅰ-10
分位の世帯の消費水準が平均的な世帯の消費水準に照らして相当程度
に達しているとされており(甲全78,乙全5),これらのことからす
ると,原告らの前記主張をもって,⒝の点に関する基準部会の判断が20
不合理であるということはできない。
さらに,⒞については,厚生労働省社会・援護局保護課が平成22
年に実施した「家庭の生活実態及び生活意識に関する調査」は,様々
な項目について第Ⅰ-10分位の世帯と第Ⅲ-5分位の世帯とが比較
されているものであり,前記調査で第Ⅰ-10分位の世帯の普及率が25
第Ⅲ-5分位の世帯の普及率の9割未満である項目は,「システムキッ
チン」,「年1回は泊りがけの旅行に行く」など,必ずしも必需品とま
ではいえないものが相当数含まれている(甲全60,138,乙全3
7)。そうすると,原告らの前記主張をもって,前記の統計結果により
必需的な耐久消費財の第Ⅰ-10分位の世帯の普及状況が中位所得層
と比べて遜色ないとした基準部会の検証が根拠を欠くということはで5
きない。
また,⒟については,相対的貧困層は,世帯の所得から直接税及び
社会保険料を減じ,当該額を世帯員数の平方根で除した等価可処分所
得を算出し,その可処分所得を低い順に並べた際の,等価可処分所得
が真ん中の順位に当たる者(所得中央値)の50%を下回る所得しか10
得ていない者のことであり(弁論の全趣旨),国民の平均的な所得に比
して所得が一定程度低い世帯であることを示すものということはでき
ても,このことから直ちに最低限度の生活を維持することができない
者であるなど,あってはならない状況にある世帯であるということは
できない。したがって,⒟の点に関する基準部会の判断に不合理はな15
いというべきである。
以上のとおりであるから,原告らの前記主張は採用することができ
ない。
bまた,原告らは,生活保護を受給することができるのに受給してい
ない者が多数存在しており,これらの世帯では消費支出が生活扶助基20
準以下の水準となるのは当然であるから,最下層である第Ⅰ-10分
位の世帯の消費水準との比較を根拠に生活扶助基準を引き下げてしま
うと,際限のない引下げを招くこととなるという弊害が生じかねない
と主張する。
しかしながら,ゆがみ調整は,一般低所得世帯の消費実態を生活扶25
助基準の展開部分に反映させることにより生活扶助基準の展開部分を
適正化し生活保護受給世帯間の公平を図ることを目的とするものであ
って,生活扶助基準額の水準を第Ⅰ-10分位の世帯の消費支出と比
較することにより生活扶助基準額を引き下げるものではないから,第
Ⅰ-10分位の世帯に生活保護を受給することができるのに受給して
いない世帯が存在することはゆがみ調整による生活扶助基準の見直し5
の内容に影響するものではない。また,平成22年4月9日付けで厚
生労働省社会・援護局保護課が作成した「生活保護基準未満の低所得
世帯数の推計について」によれば,平成16年の全国消費実態調査に
基づいて所得が保護基準未満の世帯(以下「基準未満世帯」という。)
を推計すると総世帯の約5~7%であり,基準未満世帯と生活保護受10
給世帯の合計に対する基準未満世帯の割合(保護世帯比)は約24%
から30%にとどまるとされているが(甲全22),前記の推計は,全
国消費実態調査のデータから個々の世帯の生活保護基準額(最低生活
費)を算出し,収入から税,社会保険料及び勤労控除を控除して所得
を算出して,所得が最低生活費を下回る世帯を生活保護基準未満の世15
帯としたものであり,統計データからは不動産等の資産を把握するこ
とができない上,生活保護の受給要件の存否を判断する際に考慮され
る親族からの扶養や稼働能力の有無が考慮されていないものであって,
前記の推計をもって生活保護を受給することができるのに受給してい
ない世帯の割合を正確に表したものということは困難である。そして,20
他に生活保護を受給することができるのに受給していない世帯の数を
認めるに足りる的確な証拠はない。
したがって,原告らの前記主張は採用することができない。
比較対象群から生活保護受給世帯が除外されていない点について
原告らは,平成25年報告書において比較対象とされた第Ⅰ-10分25
位の世帯から生活保護受給世帯が除外されていないことについて,①比
較群と対照群の中に同じ集団を含めている点で不当である,②比較対象
が一般低所得世帯の消費実態と生活扶助基準であるとしても,生活保護
受給世帯は生活扶助基準額を全額消費するのであるから比較群と対照群
に同一の世帯が含まれることに変わりはない,③平成19年報告書及び
平成29年報告書では比較対象から生活保護受給世帯が除外されている5
などと主張する。
しかしながら,①については,前記アで説示したとおり,基準部会の
検証は,生活扶助基準の展開部分の適正化を図るため,生活扶助基準額
による指数と消費実態による指数とのかい離を検証したものであって
(前記1⑵エ),ここでの比較対象は,第Ⅰ-10分位の世帯の10
現実の消費実態を指数化したものと生活扶助基準額を指数化したもので
あるから,比較対象から生活保護受給世帯を除外しないことをもって比
較群と対照群に同一の集団が含まれるということはできない。
また,②については,生活保護受給世帯の消費性向は,各世帯の個別
的な生活状況や時々の社会経済状況等によって異なるものであり,必ず15
しも生活扶助基準が予定するところと完全に一致するものではないから,
生活保護受給世帯の消費実態と生活扶助基準とが同一のものであるとい
うことはできない。そうすると,第Ⅰ-10分位の世帯の現実の消費実
態と生活扶助基準額とがかい離しているかを検証する場合に第Ⅰ-10
分位の世帯から生活保護受給世帯を除外しないとすることも不合理であ20
るということはできない。
さらに,③についてみると,平成19年報告書や平成29年報告書で
は比較対象から生活保護受給世帯が除外されているものの(甲全226,
乙全41,弁論の全趣旨),平成19年報告書及び平成29年報告書では,
生活扶助基準における標準世帯の水準の妥当性を一般低所得世帯との比25
較において検証する作業が行われており,このような検証を行っていな
い基準部会の検証とはその内容が異なるのであるから,平成19年報告
書や平成29年報告書において比較対象から生活保護受給世帯が除外さ
れていることをもって基準部会が同様の扱いをしなかったことが不合理
であるということはできない。
以上によれば,原告らの前記主張は採用することができない。5
ウまとめ
以上によれば,基準部会の検証結果に統計等の客観的な数値等との合理
的関連性や専門的知見との整合性に欠けるところはないというべきである。
そして,ゆがみ調整を行った厚生労働大臣の判断は,基準部会の検証結果
を踏まえて行われたものであり,その判断の過程及び手続に過誤,欠落が10
あると解すべき事情はうかがわれない。したがって,ゆがみ調整を行った
厚生労働大臣の判断が違法であるということはできない。
⑶デフレ調整を行った厚生労働大臣の判断について
ア専門家による検証が行われていない点について
原告らは,生活扶助基準の改定において物価指数を考慮することは,昭15
和58年意見具申以来採用されてきた水準均衡方式による改定を逸脱する
新たな生活扶助基準の改定方式であり,専門委員会及び基準部会において
生活扶助基準の改定に物価指数を用いることに反対意見が述べられていた
ことからすれば,専門家による検討を経ないまま行われたデフレ調整によ
る生活扶助基準の改定は違法であると主張する。20
前記1及び証拠(甲全84の1)によれば,本件各告示による生活扶助
基準の改定までは物価指数を用いた生活扶助基準の改定が行われたことは
なく,基準部会においても物価指数を用いた生活扶助基準の改定について
は議論されておらず,かえって,基準部会の委員からは,消費品目によっ
て物価指数が異なるにもかかわらず,全国一律の物価指数によって生活扶25
助基準を改定することには非常に慎重であるべきであるなどの意見が出さ
れたことが認められる。
しかしながら,前記⑴エに説示したとおり,厚生労働大臣が生活扶助基
準を改定するに当たっては社会保障審議会等の専門家の検討を経ることが
通例であったということができるものの,そのような検討を経ることは法
令上要求されていないのであり,これまで物価指数を用いた生活扶助基準5
の改定が行われたことはなく,基準部会において委員から物価指数によっ
て生活扶助基準を改定することに慎重であるべきとの意見が述べられたこ
となどを考慮しても,デフレ調整について専門家の検討を経ていないこと
をもって,直ちにデフレ調整を行った厚生労働大臣の判断の過程及び手続
に過誤,欠落があったということはできない。10
イデフレ調整を行う必要性について
厚生労働大臣の判断について
被告らは,平成19年報告書により当時の生活扶助基準が一般低所得
世帯の消費実態と比較して高いことが明らかとなったため生活扶助基準
を見直す必要があったものの,当時の社会経済情勢等を考慮して平成215
0年度以降,生活扶助基準を据え置き,他方で,賃金,物価及び家計消
費が下落するデフレ状況にあり,生活保護受給世帯の可処分所得が実質
的に増加したと評価することができる状態となっていたことから,デフ
レ調整を行った旨主張している。
前記⑴に説示したところに照らせば,生活扶助基準の改定については,20
厚生労働大臣に専門技術的かつ政策的な見地からの裁量が認められると
ころ,前記1⑵イ及びウによれば,①平成19年報告書は,第Ⅰ-10
分位の夫婦子1人の勤労3人世帯及び単身世帯(60歳以上の場合)に
おける生活扶助基準額は,それらの世帯の平均の生活扶助相当支出額よ
りも高めであるとの検証結果が得られたとするものであったこと(前記25
1⑵イ),②しかしながら,厚生労働大臣は,原油価格の高騰が消費に与
える影響等を見極めるため平成20年度は生活扶助基準を据え置くこと
とし,平成21年度以降も当時の経済,雇用情勢等を踏まえて生活扶助
基準の据置きを継続したこと(前記1⑵ウ),③一方で,平成20年以降,
賃金,物価及び家計消費はいずれも下落するデフレ状況が継続していた
こと(前記1⑵ウ)が認められる。これらの事実によれば,平成19年5
当時,生活扶助基準を引き下げる必要があり,そのような状況の下で,
平成20年以降,物価が下落する状況が継続したことにより生活扶助基
準額が実質的に増加したと評価し得る状況が生じていたと評価すること
も可能であるから,デフレ調整を行う必要があるとした厚生労働大臣の
判断が不合理であるということはできない。10
原告らの主張について
a原告らは,水準均衡方式の下では,生活扶助基準の改定において,
毎年度の物価変動の影響が反映された名目値の民間最終消費支出の伸
び率との均衡が検証されているのであり,平成20年度から平成24
年度までの間,生活扶助基準が据え置かれているのは,物価変動の影15
響について何ら考慮されていないことを意味するものではなく,むし
ろ,いずれの年度においても,将来の消費支出を見込む指標として物
価動向を参考にした上で,その他の社会経済情勢等を総合的に勘案し
つつ,結果として,生活扶助基準を改定しないとの判断がされている
のであるから,平成20年度から平成24年度までの間においても,20
水準均衡方式による生活扶助基準の改定において物価変動が反映され
ており,その後に,重ねてデフレ調整を行う必要はなかったと主張す
る。
確かに,平成20年度から平成24年度までの間,水準均衡方式の
下,当時の社会経済情勢等を踏まえて生活扶助基準が据え置かれてお25
り,その理由として,原油価格の高騰(平成20年度),生活関連物資
を中心とした物価上昇の家計への影響(平成21年度),経済,雇用情
勢等(平成22年度から平成24年度まで)といった物価等に関する
事情が挙げられていることからすると(前記1⑵ウ),前記の据置きの
判断の過程において物価動向も勘案されたものと推認される。しかし
ながら,このような物価動向の考慮は,生活扶助基準の水準自体の妥5
当性を判断するためのものではなく,生活扶助基準の水準自体は妥当
性を欠くことを前提としつつその改定を直ちに行うべきか否かを判断
する際の参考指標として考慮されたにとどまるものであり,このよう
な物価動向の考慮をもって,デフレ調整を行うことが平成20年度か
ら平成24年度までの物価動向を重ねて考慮するものであるというこ10
とはできない。そうすると,平成20年度から平成24年度までの間
は水準均衡方式に基づく生活扶助基準の改定は実施されず,この間の
物価変動は生活扶助基準に反映されていないのであるから,平成20
年から平成23年までの物価変動を生活扶助基準に反映させるデフレ
調整を行う必要がなかったということはできない。15
以上によれば,原告らの前記主張は採用することができない。
b原告らは,平成19年報告書を取りまとめた検討会は,厚生労働省
社会・援護局長が法令上の根拠に基づかずに設置した私的諮問機関に
すぎず,議事録も発言者を公にしないものであるし,わずか1か月半
の検討期間で平成19年報告書がまとめられていることからすれば,20
平成19年報告書を根拠として生活扶助基準の引下げの必要があった
ということはできないと主張する。
しかしながら,検討会は,平成16年報告書において生活扶助基準
と一般低所得世帯の消費実態との均衡が適切に図られているか否かを
定期的に見極めるために全国消費実態調査等を基に5年に1度の頻度25
で検証を行う必要があるとされたことなどから,厚生労働省社会・援
護局長により,生活扶助基準の見直しについて専門的な分析・検討を
行うことを目的として
置の経緯に不自然な点はない。また,検討会は,学識経験者を委員と
して組織されており,検討会においては,厚生労働省社会・援護局保
護課の作成した統計等の資料を踏まえた専門的知見に基づく議論が行5
われ,その内容に特段不自然な点は見当たらない(
全4の2,74~78,乙全14)。これらの点に鑑みると,平成19
年報告書の内容は,統計上の根拠に基づく客観的・専門的な分析とし
て十分信用することができるものというべきであり,原告らの主張す
る点は,いずれも平成19年報告書の信用性を左右するものではなく,10
採用することができない。
小括
以上によれば,平成19年報告書及び平成20年度以降の生活扶助基
準の改定状況等を踏まえてデフレ調整の必要があるとした厚生労働大臣
の判断の過程及び手続に過誤,欠落があったということはできず,その15
判断が違法であるということはできない。
ウ物価下落率算出における期間設定について
厚生労働大臣の判断について
a前記1⑵イ,ウ及びオ並びに2⑵によれば,厚生労働大臣は,デフ
レ調整における物価下落率の算出期間を平成20年から平成23年ま20
でとしているところ,被告らは,デフレ調整は,平成20年以降にデ
フレ状況が継続している中で生活扶助基準が据え置かれたことにより
生活保護受給世帯の可処分所得の実質的な増加があったことを理由と
するものであるからデフレ調整における物価下落率の算出期間の期首
を平成20年としたことは合理的であり,他方,期末については,物25
価下落率の算出資料として不可欠な基礎資料である全国年平均の総務
省CPIの最新のデータが平成24年1月27日に公表された平成2
3年のものであったことから期末を同年としたのであり,同年を期末
としたことも不合理ではないと主張している。
b前記⑴に説示したところに照らせば,デフレ調整における物価下落
率の算出方法は厚生労働大臣の専門技術的な見地からの裁量に委ねら5
れていると解される。そして,前記及び証拠(乙全11)に
よれば,①平成16年報告書においては,夫婦子1人の勤労3人世帯
の生活扶助基準の水準は基本的に妥当であるとされており(前記1⑵
いな
かったこと,②平成16年から平成19年までの総務省CPIの上昇10
率は前年比で平成16年が0.0%,平成17年が-0.3%,平成
18年が0.3%,平成19年が0.0%であり,この間の総務省C
PIはほぼ横ばい状態であったことが認められ,これらの事実によれ
ば,平成19年までは,物価下落による生活扶助基準の改定を要する
ような状況になかったと評価することも不合理ではなく,他方,前記15
⑶イに説示したところからすれば,平成20年以降にデフレ状況が継
続したこと等により物価の下落を生活扶助基準に反映させる必要が生
じていたとすることが不合理であるということはできない。これらの
諸点に照らすと,デフレ調整において物価下落率を算出する期間の期
首を平成20年とした厚生労働大臣の判断が不合理であるということ20
はできない。
cまた,本件告示1は平成25年5月16日付けであり,同年度予算
の政府案は,同年1月29日に閣議決定された後,同年2月28日に
国会に提出され,同年5月15日に政府案のとおりに平成25年度予
算が成立したものである(前記前提事実⑵ウ,乙全52)。そうである25
ところ,平成24年の全国年平均の総務省CPIのデータは,前記の
閣議決定の直前である平成25年1月25日に公表されたものであり
(乙全53),この内容を平成25年度予算の政府案の内容に反映させ
ることは現実的に極めて困難であることは明らかである。これらの諸
点に照らすと,デフレ調整において物価下落率を算出する期間の期末
を平成23年とした厚生労働大臣の判断が不合理であるということは5
できない。
原告らの主張について
a原告らは,直近で生活扶助基準の改定がされたのは平成16年であ
るからデフレ調整における物価下落率の期首は同年とされるべきであ
り,平成20年は,原油価格の高騰等によってごく一時的に物価が上10
昇した時期であって,同年を期首とした場合に物価下落率が大きくな
ることは明らかであるとして,同年を期首とすることは違法であると
主張する。
しかしながら,デフレ調整は,物価下落により生活保護受給世帯の
可処分所得の実質的な増加があったと評価できることを理由とするも15
のであるところ,平成16年報告書にお
いて,夫婦子1人の勤労3人世帯の生活扶助基準の水準は基本的に妥
当であるとされ,同年の時点で生活扶助基準を改定する必要は指摘さ
れておらず,平成16年から平成19年までの総務省CPIはほぼ横
ばいの状態で,物価下落による生活扶助基準の改定を要するような物20
価下落が生じていたということはできないのであり,デフレ調整にお
いて物価下落率を算出する期間の期首を平成16年とすべきであると
いうことはできない。デフ
レ調整において物価下落率を算出する期間の期首を物価の下落が生じ
始めた平成20年とすることが不合理ということはできず,そうであ25
る以上,同年に一時的に物価が上昇したためにその後の物価下落率が
大きくなるとしても,それは,同年にそのような物価変動要因が生じ
たというにすぎず,そのような事情をもって期首を同年とすることが
不合理であるということはできない。
したがって,原告らの前記主張は採用することができない。
bまた,原告らは,本件各告示による生活扶助基準の改定当時には平5
成24年の全国年平均の総務省CPIのデータが公表されていたから,
デフレ調整における物価下落率の算出に当たっては,同年のデータを
使用すべきであり,物価下落率を算出する期間の期末を平成23年と
することは不合理であると主張する。
しかしながら,cに説示したとおり,平成24年の全国年平10
均の総務省CPIのデータを平成25年度予算の政府案の内容に反映
させることは現実的に極めて困難であるから,デフレ調整において物
価下落率の算出期間の期末を平成24年にすべきであるということは
できない。
したがって,原告らの前記主張は採用することができない。15
まとめ
以上によれば,デフレ調整における物価下落率の算出期間を平成20
年から平成23年までとした厚生労働大臣の判断の過程に過誤,欠落が
あったということはできず,その判断が違法であるということはできな
い。20
エ指数・価格参照時点を平成22年とした点について
厚生労働大臣の物価下落率の算出方法
a前記2⑵によれば,厚生労働大臣は,デフレ調整における物価下落
率の算出に当たり,指数・価格参照時点を期首である平成20年では
なく,平成22年としていることが認められる。この点につき,被告25
らは,価格参照時点は相対的な価格変化をみる基準となる時点である
から比較時よりも新しい時点を価格参照時点とすることも可能である
上,消費者物価指数の計算上,ウェイト参照時点が固定されている限
り,価格参照時点を平成22年としても,価格参照時点を期首である
平成20年とした場合と計算結果は同じである,指数参照時点はその
時点の指数が100とされる時点であるから任意の時点に設定するこ5
とができるなどとして,指数・価格参照時点を平成22年としたこと
に不合理はないと主張している。
b前記⑴に説示したところに照らせば,デフレ調整における物価下落
率の算出方法は厚生労働大臣の専門技術的な見地からの裁量に委ねら
れていると解される。そうであるところ,期首と期末の物価の変動率10
は,期首と期末の価格を比較する場合と当該価格を一定の基準で指数
化したものを比較した場合とで異なるものではないから,期首と期末
の物価の変動率を測定するに当たり,期首の価格を基準とすることな
く,期首と期末の間の時点の価格を基準として期首と期末の物価を指
数化し,その指数の変化をもって前記の変動率を測定する方法が不合15
理であるということはできない。そして,消費者物価指数の計算上,
ウェイト参照時点を固定する限り,価格参照時点を期首と期末の間に
設定しても,期首と期末の物価の変動率は異ならない。本件について
みると,平成22年をウェイト参照時点とし,平成20年を価格参照
時点とすると,平成23年の物価指数は,平成20年と平成23年の20
価格比に平成20年の価格と平成22年の数量を乗じたものをウェイ
トとして乗じそのウェイト合計で除したものの合計となり,平成23
年の価格に平成22年の数量を乗じたものを前記ウェイト合計で除し
た合計に等しくなる(下記計算式①)。これに対して,平成22年をウ
ェイト参照時点及び価格参照時点とすると,平成20年の物価指数は,25
平成22年と平成20年の価格比に平成22年の価格と平成22年の
数量を乗じたものをウェイトとして乗じそのウェイト合計で除したも
のの合計となり(下記計算式
2年と平成23年の価格比に平成22年の価格と平成22年の数量を
乗じたものをウェイトとして乗じそのウェイト合計で除したものの合
計となるから(下記計算式②,平成20年の物価指数に対する平成5
23年の物価指数の比は,平成23年の価格と平成22年の数量を乗
じたものを平成20年の価格と平成22年の数量を乗じたもので除し
たものの合計となる(下記計算式
(計算式)
平成20年の価格をp(20),平成22年の価格をp(22),平成23年10
の価格をp(23),平成22年の数量をq(22)とすると,
①平成22年をウェイト参照時点とし,平成20年を価格参照時点
とした場合,ウェイトはp(20)×q(22)となり,平成23年の物価指
数は,
𝑝(23)
𝑝(20)
×
𝑝(20)×𝑞(22)
(𝑝(20)×𝑞(22))の合計
の合計15
=
(𝑝(23)×𝑞(22))の合計
(𝑝(20)×𝑞(22))の合計
となる。
②平成22をウェイト参照時点とし,平成22年を価格参照時点と
した場合,ウェイトはp(22)×q(22)となり,
平成20年の物価指数は,20
𝑝(20)
𝑝(22)
×
𝑝(22)×𝑞(22)
(𝑝(22)×𝑞(22))の合計
の合計
=
(𝑝(20)×𝑞(22))の合計
(𝑝(22)×𝑞(22))の合計
平成23年の物価指数は,
𝑝(23)
𝑝(22)
×
𝑝(22)×𝑞(22)
(𝑝(22)×𝑞(22))の合計
の合計
=
(𝑝(23)×𝑞(22))の合計
(𝑝(22)×𝑞(22))の合計
となり,平成23年の物価指数÷平成20年の物価指数は,

(𝑝(23)×𝑞(22))の合計
(𝑝(20)×𝑞(22))の合計

=①の物価指数
となる。
cまた,指数参照時点は,指数の値を100とする時点であり,いず
れの時点を指数参照時点としても指数の変化率は異ならないから,期5
首と期末の間の時点の価格を基準に期首と期末の物価を指数化する場
合に,期首を指数参照時点とする必要はなく,価格参照時点を指数参
照時点とすることも不合理とはいえない。
d以上のことからすると,デフレ調整における物価下落率の算出に当
たり,指数・価格参照時点を期首である平成20年とせず,平成2210
年として平成20年及び平成23年の生活扶助相当CPIを算出した
ことが不合理であるということはできない。
原告らの主張について
a原告らは,物価指数は,価格参照時点以降の価格の変化を示すもの
であるから,価格参照時点は価格比較時点よりも前になければならず,15
ILOマニュアルにおいて「物価指数は,典型的には,ある参照時点
において1又は100の値が指定され,他の時点についての指数の値
は,この価格参照時点以降の価格の平均的な変化(中略)を示そうと
するものである」と記載されていること(甲全230の1)やILO
マニュアルの付録の「基本的な指数算式及び用語」において,物価指20
数の算式の説明として「これは,ある一定の数量買い物かごを使って
時点tの価格を(それより早い)価格参照時点0の価格と比較してい
る。」と記載されていること(甲全230の2)を根拠として,消費者
物価指数の算出においては,基準時は対象とする時系列間の期首であ
り起点であって比較時点より過去の時点となり,基準時の指数が1025
0でなければならないという基準が存在しており,この基準からすれ
ば,デフレ調整においては指数・価格参照時点を物価下落率を算出す
る期間の期首であり起点である平成20年とすべきであると主張する。
しかしながら,原告らが指摘するILOマニュアルの「物価指数は,
典型的には,ある参照時点において1又は100の値が指定され,他
の時点についての指数の値は,この価格参照時点以降の価格の平均的5
な変化(中略)を示そうとするものである」との記載については,そ
の記載内容からして,指数・価格参照時点の典型的な場面を想定した
ものにとどまり,ある時点からある時点までの価格の平均的な変化を
示すという物価指数の実質に反しないような指数・価格参照時点の設
定を許容しないものとは解されない。また,ILOマニュアルの付録10
の「基本的な指数算式及び用語」の「これは,ある一定の数量買い物
かごを使って時点tの価格を(それより早い)価格参照時点0の価格
と比較している。」との記載についても,その記載の仕方からして,価
格参照時点が比較時点よりも早くなる通常の場合を想定して記載され
たものにとどまり,前記の物価指数の実質に反しないような価格参照15
時点の設定を禁止するものとは解されない。そして,
に説示したところからすれば,比較する期間の途中の時点を指数・価
格参照時点として期首と期末の物価を指数化し,この指数の変化をも
って物価の変化率を算出することが前記の物価指数の実質に反するも
のであるということはできない。20
そうすると,原告らの指摘するILOマニュアルの記載をもって,
デフレ調整における物価下落率の算出に当たり平成22年を指数・価
格参照時点としたことが不合理であるということはできない。
bまた,原告らは,物価指数を考察する場合に,新しい時点から古い
時点への上昇率(下落率)(㋐)と,古い時点から新しい時点への下落25
率(上昇率)(㋑)との間には,双対性がな
であるから,平成22年を指数・価格参照時点として,同年から過去
となる平成20年の消費者物価指数と将来となる平成24年の消費者
物価指数を比較することは誤りであると主張する。
しかしながら,デフレ調整における物価下落率の算出は,平成22
年を指数・価格参照時点として,平成20年と平成23年の生活扶助5
相当CPIを求め,両者の相対的な変化率を算出したものであり,平
成22年から平成20年までの変化率と平成22年から平成23年ま
での変化率を比較するものではない。また,ウェイト参照時点を固定
する限り,指数・価格参照時点を平成20年とした場合と平成22年
とした場合とで平成20年から平成23年までの物価下落率の算出に10
差異を生じないことは,前記において説示したとおりである。これ
らのことからすれば,原告らの前記主張をもって,デフレ調整におい
て指数・価格参照時点を平成22年としたことが不合理であるという
ことはできない。
この点につき,証人Bは,意見書(甲全149)及び証人尋問にお15
いて,前記の原告らの主張を裏付けるものとして,平成22年を指数・
価格参照時点とした場合には平成20年から平成22年までの下落率
が4.31%となるのに対して,平成20年を指数・価格参照時点と
した場合には同年から平成22年までの下落率は2.55%になるこ
とを指摘している。しかしながら,前記のとおり,デフレ調整におけ20
る物価下落率の算出は,平成22年から平成20年までの変化率を問
題とするものではない上,消費者物価指数の計算上,ウェイトとして
使用される数値は価格参照時点の価格に基づくものであるが,前記の
証人Bの計算においては,これと異なり,平成20年を指数・価格参
照時点とした下落率を平成22年の価格に基づく支出割合をウェイト25
として算出するものである。そうすると,証人Bによる計算のうち,
平成22年を指数・価格参照時点とするものは通常の消費者物価指数
の計算方法により算出されたものであるのに対し,平成20年を指数・
価格参照時点とするものは通常の消費者物価指数の計算方法とは異な
る方法により算出されたものであるから,両者の計算結果の差異が生
ずるからといって,ウェイト参照時点を固定する限り,指数・価格参5
照時点を平成20年とした場合と平成22年とした場合で異ならない
とする前記判断が左右されるものではない。これらのことからすると,
デフレ調整において指数・価格参照時点を平成22年としたことが不
合理であるということはできない。
以上によれば,原告らの前記主張は採用することができない。10
まとめ
以上によれば,デフレ調整における物価下落率の算出に当たり指数・
価格参照時点を平成22年とした厚生労働大臣の判断の過程に過誤,欠
落があったということはできず,その判断が違法であるということはで
きない。15
オウェイト参照時点を平成22年としたことについて
厚生労働大臣の算出方法
前記2⑵によれば,厚生労働大臣は,デフレ調整における物価下落率
の算出に当たり,ウェイト参照時点を平成22年としていることが認め
られる。この点につき,被告らは,同年をウェイト参照時点としたのは,20
デフレ調整の物価下落率の算出において現実の消費実態を反映した物価
指数を算出するためには物価指数の算出時点とできるだけ近接した時点
の消費構造を示すデータを使用することが相当であったためであり,ウ
ェイト参照時点を,比較する期間である平成20年と平成23年の間の
平成22年とすることは,ロウ指数の考え方に依拠したものであると主25
張している。
前記⑴に説示したところに照らせば,デフレ調整における物価下落率
の算出方法は厚生労働大臣の専門技術的な見地からの裁量に委ねられて
いると解される。そうであるところ,総務省CPIの指数品目及びウェ
イトは5年に1度の指数基準改定により改定され(前記2⑶),平成20
年及び平成23年の生活扶助相当CPIの算出にウェイトとして使用す5
る支出割合としては,平成22年の指数基準改定時のもののほか,その
前の指数基準改定である平成17年の指数基準改定時のものが考えられ
るが,国民の消費構造は時間の変化と共に変化するため,ウェイトとし
て使用する支出割合の時点が物価指数を算出する時点と離れれば離れる
ほど消費構造の変化による物価指数への影響が大きくなると考えられる10
ことからすると,平成17年の指数基準改定時の支出割合よりも平成2
0年及び平成23年に近接した平成22年の指数基準改定時の支出割合
をウェイトとして使用することが不合理であるということはできない。
そして,ロウ指数は,ILOマニュアルにおいて,消費者物価指数の
ために広く使用される指数とされているものであり,比較される時点間15
において一定量の数量を購入するために要する全費用の割合の変化とし
て定義される指数であり,ウェイト参照時点が比較する期間の期首と期
末の間にある場合も含むものとされている(甲全230の1)。このIL
Oマニュアルは,ILO,国際金融基金(IMF)等の6国際機関の共
同責任の下で作成された消費者物価指数に関するマニュアルであり,消20
費者物価指数の作成に関する詳細で包括的な情報及び解説が収められて
いるものであって,指数に関する記載は最近の10年間における指数理
論や方法に関する新しい研究の蓄積に基づいているものである(甲全2
30の1)。これらのことからすれば,ロウ指数は,十分な理論的根拠を
有する指数であるということができる。そして,生活扶助相当CPIは,25
一定の指数品目を購入するための費用を指数化したものであり,デフレ
調整における物価下落率の算出方法は,平成20年と平成23年の生活
扶助相当CPIを求めた上で,これらの変化の割合を算出するものであ
るから(前記前提事実⑵イ),デフレ調整における物価下落率はロウ指数
の考え方で説明することができるものであり,平成20年から平成23
年までの物価下落率の算出に当たり,ウェイト参照時点を平成22年と5
することも理論的根拠を有するものといえる。
以上のことからすれば,デフレ調整における物価下落率の算出に当た
りウェイト参照時点を平成22年とした厚生労働大臣の判断が不合理で
あるということはできない。
原告らの主張について10
a原告らは,平成20年の生活扶助相当CPIはパーシェ式の計算結
果と同一であり,平成23年の生活扶助相当CPIはラスパイレス式
の計算結果と同一であって,両者は平均の性質を異にするものである
上,パーシェ式では下方バイアスが,ラスパイレス式では上方バイア
スがそれぞれ生ずるから,この2つの式に基づく指数を比較すること15
は,バイアスが混交する計算手法で統計学的にはあり得ないものであ
るとし,現に,総務省統計局も平成31年4月の議員からの質問に対
して,算式が違うものを比較することは適切でない旨を回答している
と主張している。
確かに,デフレ調整における物価下落率の算出方法においては,平20
成22年を指数・価格参照時点及びウェイト参照時点とするため,平
成20年の生活扶助相当CPIはパーシェ式の計算結果と同一となり,
平成23年の生活扶助相当CPIはラスパイレス式の計算結果と同一
となる(弁論の全趣旨)。
しかしながら,ラスパイレス式とパーシェ式は,いずれも一定の数25
量を購入するために要する全費用の割合の変化を測定するものであり,
両者の差異は,ウェイトとして使用する数値が期首のものか期末のも
のかの違いにすぎず,いずれの式による指数もロウ指数に包摂される
ものであるから(甲全230の1),このようなラスパイレス式による
指数とパーシェ式による指数に異なるバイアスが生ずるとしても,そ
れらを比較することが理論的根拠を欠くものとまではいえない。現に,5
ロウ指数は,ウェイト参照時点が期首と期
末の間の時点とする場合も含むものであり,その場合に,指数・価格
参照時点を期首と期末の間の時点とすると,ロウ指数による消費者物
価指数の算出において,ラスパイレス式による指数とパーシェ式の指
数を比較することになるのであって(弁論の全趣旨),このようなロウ10
指数が理論的根拠を有するものであることは
である。そうすると,デフレ調整における物価下落率の算出に当たり,
パーシェ式による指数とラスパイレス式による指数とを比較すること
になるとしても,ウェイト参照時点を平成22年とすることが不合理
であるということはできない。15
したがって,原告らの前記主張は採用することができない。
b原告らは,①総務省統計局や多くの国際統計機関は,消費者物価指
数については,一貫して,比較する期間の期首の支出等をウェイトと
して用いるラスパイレス式を採用している,②統計委員会の答申「指
数の基準時に関する統計基準」(甲全241)においても,期首以外の20
数値をウェイトとして用いることが妥当でない旨が示されているなど
として,比較する期間の途中である平成22年の支出割合をウェイト
として使用することは合理性を欠くと主張する。
しかしながら,物価指数の算出に当たりどの時点の数値をウェイト
として使用するかについては,比較する期間の期首の数値をウェイト25
として使用するラスパイレス式のほか,期末の数値をウェイトとして
使用するパーシェ式,ラスパイレス式による指数とパーシェ式による
指数を幾何平均するフィッシャー式,期首と期末の数値の平均値をウ
ェイトとして用いるエッジワース式など,多種多様な指数が考案され
ており,総務省CPIにはラスパイレス式が利用されているが,総務
省CPIでは参考指数として中間年バスケット方式も採用されている5
ほか,内閣府のGDPデフレーターには,従前パーシェ式が利用され,
現在でもこれに準ずる算式による指数が用いられており,貿易価格指
数にはフィッシャー式が利用されている(甲全104,105,乙全
26)。そして,ラスパイレス式は,期首以降の数量に関する調査が不
要であるために速報性があるものの,価格上昇が過大評価され上方バ10
イアスが生じ,逆にパーシェ式は,最新のウェイトを反映させるため
に調査コストが大きくなる上,価格上昇が過小評価され下方バイアス
が生ずるとされるなど(甲全100,104,105,乙全26,2
8),各指数にはそれぞれ長所及び短所が存している。これらのことか
らすると,物価指数の計算においてラスパイレス式以外の式を用いる15
ことが直ちに不合理であるということはできない。
また,原告らが指摘する統計委員会の答申「指数の基準時に関する
統計基準」(甲全241)は,ウェイトを固定する指数について,基準
時である年のウェイトにより算出することなどを統計法28条1項に
基づく統計基準として設定することは差し支えない旨を答申するもの20
であり,この答申は,これまでの統計基準を変更するための諮問に対
するものである。そして,これまでの統計基準は,要旨,「ウェイトを
固定する指数については,基準時と同じ年又はその近傍の年を採るこ
ととするが,指数算出に当たって方法論的扱いが定まっているパーシ
ェ型指数,連鎖指数等については,この限りでない。」というものであ25
ったが,前記の諮問は,①ウェイトを固定する指数については,近年
の運用実態を踏まえて,基準時である年のウェイトで算出することを
原則とするのが相当であり,②このようなウェイトの算出方法に関す
る基準は,ラスパイレス式についてのみに必要なものであるから,パ
ーシェ式等に関する記述を削除することが相当であるとして,これま
での統計基準を変更することを諮問するものである(乙全68)。これ5
らの前記答申が出された経緯等に照らせば,前記答申はラスパイレス
式による指数について基準時のウェイトを使用することを明らかにし
たものにすぎず,前記答申をもって指数一般について基準時以外のウ
ェイトを使用することを許容しないものということはできない。
以上によれば,原告らの前記主張は採用することができない。10
c原告らは,①ロウ指数は,比較する期間よりも前の時点をウェイト
参照時点とすることを前提とするものであるから,平成20年と平成
23年の間の時点をウェイト参照時点とすることをロウ指数で説明す
ることはできない,②ロウ指数は,指数に関する議論が未成熟な段階
のものであり,ラスパイレス式やパーシェ式などが提唱されている現15
在においては,ロウ指数はこれらの式による指数に集約されており,
ロウ指数を根拠に比較する期間の途中の時点をウェイト参照時点とす
ることが合理的であるとはいえない,③ロウ指数は,ILOマニュア
ルで初めて出てきた概念であり,理論的性質は解明されておらず理論
的に合理性を欠くものである可能性がある,④ウェイト参照時点を比20
較する期間の途中の時点にした場合には,ウェイト参照時点をどの時
点とするかによって期首とウェイト参照時点との間の変化率に生ずる
下方バイアスとウェイト参照時点と期末との間の変化率に生ずる上方
バイアスが偏ることがあり,特定の品目の物価が下落しその購入数量
が大きくなっている場合には,下方バイアスが大きく働き,物価指数25
の下落率が生活実態からかけ離れた結果となると主張する。そして,
証人Bも,⑤ロウ指数は新しい概念であり,ウェイト参照時点を期首
と期末の間の時点にすることはラスパイレス式とパーシェ式という計
算原理の異なる2つの式を混在させるものである,⑥ウェイト参照時
点を期首と期末の中間の年とした場合にラスパイレス式による上方バ
イアスとパーシェ式による下方バイアスが相殺されることになるとし5
ても,デフレ調整における物価下落率の算出ではウェイト参照時点は
平成22年であり,同年は期首である平成20年と期末である平成2
3年の中間ではないなどと供述する。
しかしながら,①については,前記のとおり,ロウ指数は,期首
と期末の間の時点をウェイト参照時点とする場合を含むものであるか10
ら,原告らの主張は採用することができない。また,②及び③につい
ては,前記のとおり,ロウ指数は,ILOマニュアルにおいて消費
者物価指数の計算に広く使用される指数の1つであるとされているも
のであり,理論的根拠を有する指数の1つであるといえる。確かに,
ロウ指数のうち期首をウェイト参照時点とするものがラスパイレス式15
による指数,期末をウェイト参照時点とするものがパーシェ式による
指数となるが,これらは,ロウ指数の中で理論的見地から重要なもの
が各別に論じられているにとどまり(甲全230の1),これらの指数
の存在をもってロウ指数の合理性が失われるものではない。
さらに,⑤については,確かに,比較する期間の途中を指数・価格20
参照時点としてロウ指数により消費者物価指数を算出する場合に,比
較する期間の途中の時点をウェイト参照時点とすると,期首の指数が
実質的にパーシェ式で計算されるのに対し,期末の指数はラスパイレ
ス式で計算されることになる。しかしながら,前記に説示したと
おり,ロウ指数は,ウェイト参照時点が期首と期末の間の時点とする25
場合も含むものであり,その場合に,指数・価格参照時点を期首と期
末の間の時点とすると,ロウ指数による消費者物価指数の算出におい
て,ラスパイレス式による指数とパーシェ式の指数を比較することに
なるのであって,このようなロウ指数は理論的根拠を有するものであ
る。そうすると,ラスパイレス式の指数とパーシェ式の指数が混在す
ることをもって期首と期末の間の時点をウェイト参照時点とするロウ5
指数が理論的根拠を有しないということはできない。
また,④及び⑥については,前記イa及びbに説示したところによ
れば,指数・価格参照時点を期首と期末の間の時点として消費者物価
指数を算出する場合に,ウェイト参照時点を期首と期末の間の時点と
したときは,期首の指数が実質的にパーシェ式で計算されるのに対し,10
期末の指数がラスパイレス式で計算されることになり,パーシェ式に
よる指数には下方バイアスが,ラスパイレス式による指数には上方バ
イアスがそれぞれ生ずることとなる。しかしながら,ウェイト参照時
点を固定して消費者物価指数を算出する場合には比較する期間中の価
格変動により消費構造が変化することは当然生じ得るのであり,その15
結果,当該期間の指数に一定のバイアスが生ずることは避けられない
ものであって,このことはラスパイレス式による指数でもパーシェ式
による指数でも異なるところはない。そうすると,ウェイト参照時点
を期首と期末の間の時点とした物価指数に一定のバイアスが生ずるこ
とをもって当該物価指数の算出方法が不合理であるということはでき20
ない。
以上によれば,原告らの主張及び証人Bの前記供述は採用すること
ができない。
d原告らは,平成20年の生活扶助相当CPIは,指数・価格参照時
点及びウェイト参照時点を平成22年としていることからパーシェ式25
による計算結果に一致し,パーシェ式の場合には,下方バイアスが生
ずるため価格低下の影響がより大きくなるが,平成17年から平成2
2年までの間には,パソコン類については品質調整の影響により価格
低下と購入量の増加が生じ,テレビについては実際に価格低下と地デ
ジ化に伴う購入台数の増加が生じていたから,このような状況の下で,
前記のように下方バイアスが生ずるパーシェ式により物価指数を計算5
するとその計算結果は生活保護受給者の生活実態からかけ離れたもの
となって合理性を欠く旨主張する。
確かに,前記2及び弁論の全趣旨によれば,平成20年の生活扶助
相当CPIは,指数・価格参照時点及びウェイト参照時点を平成22
年とするため,パーシェ式による計算結果に等しくなり,パーシェ式10
による計算結果には下方バイアスが生ずることが認められる。
しかしながら,デフレ調整における物価下落率の算出方法がロウ指
数で説明することができるものであること,ウェイト参照時点を期首
と期末の間の時点とするロウ指数においては,指数・価格参照時点を
期首と期末の間の時点とすると,ラスパイレス式による指数とパーシ15
ェ式の指数を比較することになることは,既に説示したとおりである。
そうすると,平成22年をウェイト参照時点とすることにより平成2
0年の生活扶助相当CPIに下方バイアスが生ずることをもってウェ
イト参照時点を平成22年とすることが不合理であるとはいえない。
したがって,ウェイト参照時点を平成22年とした場合にパソコン類20
の品質調整やテレビの価格低下及び地デジ化による購入台数の増加の
ために物価下落率が大きくなるとしても,そのことをもってウェイト
参照時点を平成22年とすることが直ちに不合理とはいえない。
以上によれば,原告らの前記主張は採用することができない。
まとめ25
以上によれば,デフレ調整における物価下落率の算出に当たりウェイ
ト参照時点を平成22年とした厚生労働大臣の判断の過程に過誤,欠落
があったということはできず,その判断が違法であるということはでき
ない。
カ指数品目の選定の在り方について
厚生労働大臣による指数品目の選定5
前記2⑴によれば,デフレ調整における物価下落率を算出するに当た
っては,総務省CPIの指数品目のうち,生活扶助による支出が想定さ
れる品目のみを使用し,家賃等の生活扶助以外の他の扶助で賄われる品
目及び自動車関係費,NHK受信料,大学授業料,幼稚園保育料等の生
活保護受給世帯において支出することが想定されていない品目は除外さ10
れたことが認められる。この点について,被告らは,デフレ調整は,物
価下落により生活保護受給世帯の実質的な可処分所得が増加したと評価
されることを根拠とするものであるから,デフレ調整における物価下落
率は,生活扶助により支出が想定される品目の物価下落率を考慮すれば
足りると主張する。15
前記⑴に説示したところに照らせば,デフレ調整における物価下落率
の算出方法は厚生労働大臣の専門技術的な見地からの裁量に委ねられて
いると解されるところ,デフレ調整が生活保護受給世帯の実質的な可処
分所得の増加分に応じて生活扶助基準を見直すものであることからすれ
ば,生活扶助基準において支出が想定される品目に限って物価下落率を20
算出することはその目的に沿う合理的なものである。
原告らの主張について
原告らは,生活扶助相当CPIは,前記のように総務省CPIの指数
品目から生活保護受給世帯が支出しない品目を除外しているため,生活
保護受給世帯は電化製品をほとんど購入しないにもかかわらず,物価下25
落の主因となっている電化製品のウェイトが相対的に大きくなり,生活
保護受給世帯の生活実態と異なる指数が算出されているから,物価下落
率の算出における品目の選定が不合理であると主張する。
しかしながら,物価下落率の算出において一定の品目が除外され,除
外されなかった品目の物価の下落率が高いために,総務省CPIに比べ
て,生活扶助相当CPIの方が下落率が高く計算されるとしても,その5
こと自体は合理的な指数品目の選択の結果にすぎず,そのことをもって
厚生労働大臣の指数品目の選定が不合理であるということはできない。
したがって,原告らの前記主張は採用することができない。
まとめ
以上によれば,デフレ調整における物価下落率の算出に当たり,総務10
省CPIの指数品目のうち,生活扶助による支出が想定される品目のみ
を使用した厚生労働大臣の判断の過程に過誤,欠落があったということ
はできず,その判断が違法であるということはできない。
キ異なる品目数により算出した指数を比較している点について
厚生労働大臣の物価指数算出における品目数15
前記2⑴及び⑶並びに弁論の全趣旨によれば,①デフレ調整における
平成20年の生活扶助相当CPI及び平成23年の生活扶助相当CPI
の指数品目は総務省CPIの指数品目が利用されているが,総務省CP
Iの指数品目は指数基準改定により5年に1度改定されており,本件各
告示前には平成22年に指数基準改定が行われ,その前には平成17年20
に指数基準改定が行われたこと,②平成20年の生活扶助相当CPIの
指数品目は485品目であったが,平成22年の指数基準改定により,
平成23年の生活扶助相当CPIの指数品目は517品目となり,厚生
労働大臣は,前記の各指数品目により平成20年及び平成23年の生活
扶助相当CPIを算出したことが認められる。この点につき,被告らは,25
総務省CPIにおいては,指数基準改定により指数品目が5年に1度見
直されるのであり,期首と期末とで品目数に齟齬が生ずるという事象は,
総務省CPIの計算においても不可避的に生じ得る問題であるから,平
成20年の生活扶助相当CPIと平成23年の生活扶助相当CPIにお
いて指数品目の品目数が異なることも不合理ではないなどと主張してい
る。5
前記⑴に説示したところに照らせば,デフレ調整における物価下落率
の算出方法は厚生労働大臣の専門技術的な見地からの裁量に委ねられて
いると解される。そして,総務省CPIでは,新たな財及びサービスの
出現等による消費構造の変化を反映させるため,5年に1度指数基準改
定が行われ,指数品目とウェイトを見直し,価格・指数参照時点及びウ10
ェイト参照時点が改定されているところ,平成20年の生活扶助相当C
PIと平成23年の生活扶助相当CPIとの指数品目の齟齬は,前記の
ような総務省CPIの指数基準改定に伴うものであり,指数品目が異な
ることは合理的な理由に基づくものといえる。そして,平成23年の生
活扶助相当CPIにおいて新たに指数品目となった品目数は517品目15
中の32品目であり,ウェイトとして使用されるこれらの品目の支出割
合の合計は全体の約3%(204/6393)にとどまること(前記2
⑶,乙全30)からすると,前記の指数品目数の差異が平成20年及び
平成23年の生活扶助相当CPIの変動率に及ぼす影響は軽微であると
考えられる。これらの諸点に照らすと,平成20年の生活扶助相当CP20
Iと平成23年の生活扶助相当CPIとの間に指数品目につき32品目
の齟齬があるとしても著しく合理性を欠くとまではいえない。
この点を措いても,消費者物価指数は消費者が購入する商品やサービ
スの価格の平均的な変化を表すものであり,①同種の商品を品目として
グループ分けした上,家計の消費支出の支出額が高い品目を指数品目と25
して選定し,他の品目の値動きは選定された品目で代表されるものとす
る,②消費支出の中で当該品目の支出割合を算出する,③個々の指数品
目の価格を当該品目の支出割合で加重平均するという過程で算出される
ものである(前記前提事実⑵イ,乙全26,27)。このような消費者物
価指数の算出方法からすれば,消費者物価指数は,指数品目の価格変動
が他の品目の価格変動を表すものとした上で,その支出割合で加重平均5
することにより全ての商品の平均的な価格変化を指数化したものという
ことができる。そして,平成23年の生活扶助相当CPIで基礎とされ
た指数品目のうち平成20年の生活扶助相当CPIで基礎とされなかっ
た32品目は,①ゆで沖縄そば,②いくら,③ポーク缶詰,④しょうが,
⑤ドレッシング,⑥やきとり,⑦フライドチキン,⑧フライパン,⑨背10
広服(夏物,普通品),⑩スリッパ,⑪紙おむつ(大人用),⑫予防接種
料,⑬高速バス代,⑭電子辞書,⑮ゲームソフト,⑯月刊誌,⑰演劇観
覧料,⑱洗顔料などであり,(乙全30,61),これらの品目は,その
品目名からすると,いずれも平成20年当時に存在していたものであり,
当該品目の価格変動が同年当時に存在した指数品目の価格変動に代表さ15
れるものとすることも不合理であるとまではいえない。これらに加えて,
前記のとおり,指数品目数の差異が平成20年及び平成23年の生活扶
助相当CPIの変動率に及ぼす影響は軽微であると考えられることを併
せ考慮すれば,平成23年の生活扶助相当CPIの指数品目のうち平成
20年の生活扶助相当CPIで指数品目とされなかった32品目も同年20
の生活扶助相当CPIと同一の価格変化をしたものとして生活扶助相当
CPIを算出することが著しく合理性を欠くとまでいうことはできない。
以上によれば,平成23年の生活扶助相当CPIについて517品目
を指数品目としながら平成20年の生活扶助相当CPIについては48
5品目を指数品目として物価変動率を算出した厚生労働大臣の判断が著25
しく不合理であるとまでいうことはできない。
原告らの主張について
a原告らは,消費者物価指数の算出においては基準時と比較時の指数
品目は完全に同一で対応していなければならないから,平成20年の
生活扶助相当CPIと平成23年の生活扶助相当CPIの指数品目の
品目数が異なることは,前記の消費者物価指数の算出方法に反する違5
法なものであると主張する。
説示したとおり,平成20年の生活扶助相
当CPIと平成23年の生活扶助相当CPIとの指数品目の品目数の
齟齬は,合理的な理由に基づくものである上,前記の指数品目数の差
異が平成20年及び平成23年の生活扶助相当CPIの変動率に及ぼ10
す影響は軽微であると考えられるし,この点を措いても,消費者物価
指数の算出方法に照らすと,平成20年の生活扶助相当CPIで指数
品目とされなかった32品目も同年の生活扶助相当CPIと同一の価
格変化をしたものとして同年の生活扶助相当CPIを算出することも
不合理とまではいえないのであるから,平成20年の生活扶助相当C15
PIと平成23年の生活扶助相当CPIはいずれも517品目を基礎
とするものと評価することも不合理とまではいえない。
したがって,原告らの前記主張は採用することができない。
bまた,原告らは,総務省CPIでは基準年と比較年の間で指数品目
の組合せが変化した場合には,比較年の指数に合わせて基準年の指数20
を換算し接続するという方法が採られており(指数の接続),このよう
にすることで基準年の消費者物価指数と比較年の消費者物価指数との
間で指数品目が改定された場合にも両者の比較をすることができるよ
うになるとした上で,平成20年の生活扶助相当CPIと平成23年
の生活扶助相当CPIでは指数品目の品目数に齟齬があるにもかかわ25
らず,指数の接続を行わないまま両者を比較しているから違法である
と主張し,証人Bも同趣旨の証言をする。
しかしながら,総務省CPIにおける指数の接続は,指数基準改定
がされたときに指数基準改定前の指数を指数基準改定の年の指数で除
した結果を100倍することにより指数基準改定前後の指数の比較を
可能にするというものにとどまり(前記2⑶),指数基準改定前後にお5
いて指数品目が齟齬することとなった場合に齟齬する指数品目の内容
や支出割合等に応じて指数品目の違いを是正するものではない。そう
すると,平成22年の指数基準改定により平成20年の生活扶助相当
CPIと平成23年の生活扶助相当CPIとで指数品目が異なること
となった場合に指数の接続によらなければ,物価指数の算出として著10
しく不合理であるとまではいえない。
したがって,原告らの前記主張は採用することができない。
まとめ
以上によれば,平成23年の生活扶助相当CPIについて517品目
を指数品目としながら平成20年の生活扶助相当CPIについては4815
5品目を指数品目として物価変動率を算出した厚生労働大臣の判断の過
程に過誤,欠落があったということはできず,その判断が違法であると
いうことはできない。
ク家計調査に基づく一般世帯のウェイトを使用した点について
生活扶助相当CPIの計算におけるウェイトの基礎資料20
前記2⑵,乙全27及び弁論の全趣旨によれば,厚生労働大臣は,生
活扶助相当CPIの計算にウェイトとして使用する支出割合につき,社
会保障生計調査による支出割合を使用せず,総務省CPIにおいて使用
されている家計調査による支出割合を使用していることが認められる。
この点につき,被告らは,家計調査は,調査対象世帯の選定が居住地域25
等により偏らないように配慮されているなど,統計資料としての精度が
高いなどの特徴を有するものであるのに対し,社会保障生計調査は,調
査対象について,実際の生活保護受給世帯の各世帯類型,人員,都市部
及び地方などの分布を踏まえた抽出等はされておらず,調査結果は,生
活保護受給世帯の全体像及び実態を示すものではないことなどから,社
会保障生計調査は,デフレ調整に利用することができる精度のものでは5
なく,前記の厚生労働大臣の判断に過誤,欠落があったということはで
きないと主張している。
家計調査及び社会保障生計調査に関する認定事実
証拠(甲全22,110~112,乙全27,29,50,81~8
3)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。10
a家計調査は,総務省統計局が実施している統計調査であり,国民生
活における家計収支の実態を把握し,国の経済政策・社会政策の立案
のための基礎資料を提供することを目的とするものである。この家計
調査は,一般世帯を対象とする標本調査であるが,全国の世帯の実態
が正確に反映されるように統計理論に基づいて調査世帯の選定が行わ15
れており,具体的には,全国の市町村を様々な特性によりグループに
分け,各グループから1つずつ合計168市町村を選定した上,各市
町村から無作為に調査地区を選び,調査地区内から無作為に調査世帯
を選んでいる。そして,家計調査は,前記の方法で選定された約90
00世帯から家計上の収支等を詳細に記載した家計簿の提出を受けて20
これを集計して行い,「食料」などの大きな分類を「魚介類」などの中
程度の分類に分けた上,さらに,これを「さば」などの個別の品目ご
とに分けてそれぞれの支出額について明らかにする。(甲全22,11
1,乙全81,82,弁論の全趣旨)
b社会保障生計調査は,厚生労働省が実施している統計調査であり,25
被保護者の生活実態を明らかにすることによって,生活扶助基準の改
定等の生活保護制度の企画運営のために必要な基礎資料を得ることな
どを目的とするものである。この社会保障生計調査は,生活保護受給
世帯を対象とする標本調査であるが,世帯の選定は統計理論に基づい
て行われるものではなく,全国を単純に地域別に10ブロックに分け
てブロックごとに調査対象となる自治体を選定し,調査対象となる自5
治体から調査世帯を選定するにとどまり,平成18年以降は調査対象
となる自治体から約1100世帯を抽出して行われている。そして,
社会保障生計調査は,前記の方法で選定された世帯から家計上の収支
を記載した家計簿の提出を受けてこれを集計して行うものの,個別の
品目の支出額までは明らかとならず,「食料」,「住居」などの大きな分10
類と「魚介類」などの中程度の分類に分け,これらの支出額が明らか
となるにとどまる。(甲全110,111,乙全50,83,弁論の全
趣旨)
検討
a前記⑴に説示したところに照らせば,デフレ調整における物価下落15
率の算出方法は厚生労働大臣の専門技術的な見地からの裁量に委ねら
れていると解される。そして,家計調査は,生活保護受給世帯を含む
一般世帯を対象として,全国の世帯の実態が正確に反映されるよう統
計理論に基づき調査世帯の選定が行われているものであるから(前記
,これにより算出される支出割合をウェイトとする総務省CPI20
は,生活保護受給世帯を含めた一般世帯を対象とした物価の変動率を
表すものということができ,このことは,指数品目を特定の品目に限
定するか否かにより異なるものではない。そうすると,生活扶助相当
CPIの算出のウェイトとして家計調査による支出割合を使用するこ
とが著しく合理性を欠くということはできない。25
b以上に対し,原告らは,①生活保護受給世帯の消費実態は一般世帯
の消費実態とは異なるところ,一般世帯を対象とする家計調査による
支出割合は,生活保護受給世帯の状況が十分に反映されないものであ
るのに対し,社会保障生計調査は,生活保護受給世帯を対象とするも
のであるから,生活保護受給世帯の実態をより正確に反映したものと
いうことができるのであり,②社会保障生計調査によるウェイトを使5
用するか家計調査によるウェイトを使用するかにより,生活扶助相当
CPIの算出結果に違いが生ずるなどとして,生活扶助相当CPIの
算出においてウェイトとして使用する支出割合は社会保障生計調査に
基づいて計算されるべきであり,生活扶助相当CPIの算出のウェイ
トとして家計調査による支出割合を使用した厚生労働大臣の判断の過10
程には過誤,欠落等があると主張する。
しかしながら,社会保障生計調査は,被保護者の生活実態を明らか
にすることなどを目的とするものであり,その調査対象は全国に及ぶ
ものの,全国を単純に地域別にブロックに分けて調査対象となる自治
体を選定し調査世帯を選定するにとどまり,家計調査と異なり,世帯15
の選定は統計理論に基づいて行われるものではないことからすると
,社会保障生計調査の結果が生活保護受給世帯の消費実態
を正確に反映したものとはいえないと評価することも不合理ではない。
また,家計調査では,個別の品目ごとの支出額が明らかとなるのに対
し,社会保障生計調査では,中程度の分類での支出額が明らかとなる20
にとどまることからすれば,正確に物価変動率を把握すると
いう観点からは,ウェイトとして使用する支出割合については,家計
調査による場合の方が社会保障生計調査による場合よりも適切である
と評価することも不合理ではない。これらの諸点に鑑みると,家計調
査による支出割合をウェイトとして使用した場合と社会保障生計調査25
による支出割合をウェイトとして使用した場合とで生活扶助相当CP
Iの算出結果に一定の差異が生ずるとしても,生活扶助相当CPIを
算出するためのウェイトとして,社会保障生計調査による支出割合で
はなく,家計調査による支出割合を使用することが不合理であるとい
うことはできない。
まとめ5
以上によれば,生活扶助相当CPIの算出に当たり家計調査による支
出割合をウェイトとして使用した厚生労働大臣の判断の過程に過誤,欠
落等があったということはできず,その判断が違法であるということは
できない。
⑷ゆがみ調整とデフレ調整を重複して行った厚生労働大臣の判断について10
ア被告らは,ゆがみ調整とデフレ調整を併せて実施したことにつき,ゆが
み調整は,生活扶助基準の展開部分の相対的な調整を図るものであり,生
活扶助基準の絶対水準の調整を目的としたデフレ調整と全く重複しないか
ら,ゆがみ調整とデフレ調整を併せて実施したことは不合理ではないと主
張している。15
前記⑴に説示したところに照らせば,生活扶助基準の改定については,
厚生労働大臣に専門技術的かつ政策的な見地からの裁量が認められる。そ
して,ゆがみ調整は,一般低所得世帯の消費実態を生活扶助基準の展開部
分に反映させることにより生活扶助基準を適正化して生活保護受給世帯間
の実質的公平を図ることを目的としたものである(前記1⑵オ。これに20
対して,デフレ調整は,デフレ状況が継続していたにもかかわらず生活扶
助基準が据え置かれていたことにより,生活保護受給世帯の可処分所得が
実質的に増加したと評価することができる状態であったことからこれを解
消して生活扶助基準の水準を適正化しようとするものである(前記1⑵オ
。このようにゆがみ調整とデフレ調整は目的や内容を異にするものであ25
るから,両者を同一機会に実施した厚生労働大臣の判断が不合理であると
いうことはできない。
イ原告らは,ゆがみ調整とデフレ調整は,それぞれが財政削減の効果を生
じさせている以上,その効果の重複があることは明らかであって,ゆがみ
調整とデフレ調整を併せて行った厚生労働大臣の判断の過程に過誤,欠落
があると主張するが,ゆがみ調整とデフレ調整がその目的及び内容を異に5
するものであることは,前記アに説示したとおりであり,両者がいずれも
財政削減の効果を生ずることをもって,両者を併せて行ったことが不合理
であるということはできない。
したがって,原告らの前記主張は採用することができない。
ウ以上によれば,ゆがみ調整とデフレ調整を併せて行った厚生労働大臣の10
判断の過程に過誤,欠落があったということはできず,その判断が違法で
あるということはできない。
⑸ゆがみ調整の幅を基準部会の検証結果の2分の1とした厚生労働大臣の
判断について
ア厚生労働大臣の判断内容等15
前記1⑵オによれば,厚生労働大臣は,基準部会の検証結果を反映さ
せる比率を,増額方向と減額方向共に2分の1としたことが認められる。
この点につき,被告らは,①平成25年報告書において「生活扶助基準の
見直しを検討する際には,現在生活保護を受給している世帯及び一般低所
得世帯,とりわけ貧困の世代間連鎖を防止する観点から,子どものいる世20
帯への影響にも配慮する必要がある」などと指摘されたこと,②個別の指
数ごとに減額幅については2分の1とし,増額幅についてはそのまま反映
させるといったことはゆがみを公平に解消させる観点等からは適当ではな
いことなどを考慮して,基準部会の検証結果を反映させる比率を,増額方
向と減額方向共に2分の1としたと主張している。25
そして,基準部会の前記①の見解は,平成21年の全国消費実態調査の
結果に基づいて生活扶助基準の展開部分と一般低所得世帯の消費実態との
かい離を検証し,その検証結果をそのまま生活扶助基準に反映させた場合
の生活扶助基準額と現行の生活扶助基準額とを比較すると,子どものいる
世帯について大幅な減額となることなどを踏まえたものであって(甲全6,
7,乙全6,弁論の全趣旨),統計等の客観的な数値等との合理的関連性や5
専門的知見との整合性に欠けるところはない。そして,基準部会の前記①
の見解を踏まえ,激変緩和措置として,基準部会の検証結果をそのまま生
活扶助基準に反映させないとすることも合理性を欠くということはできな
い。また,②については,基準部会の検証は,平成19年報告書において,
世帯構成などが異なる生活保護受給者間において実質的な給付水準の均衡10
が図られる体系とすべきであると指摘されたことを踏まえ,生活扶助基準
の展開部分と一般低所得世帯の消費実態とのかい離の有無及び程度を検証
したものであり,ゆがみ調整は,この検証から明らかとなったかい離を解
消して生活扶助基準を適正化し生活保護受給世帯間の公平を図ろうとする
ものであるオ。このようなゆがみ調整の目的等から15
すれば,基準部会の検証結果を部分的に生活扶助基準に反映させる場合に
はゆがみ調整による影響の内容・程度にかかわらず一定の割合でこれを反
映させることがゆがみ調整の目的に沿う合理的な措置であるということが
できる。
以上によれば,ゆがみ調整の幅を増額方向と減額方向共に基準部会の検20
証結果の2分の1とした厚生労働大臣の判断が不合理であるということは
できない。
イ原告らの主張について
原告らは,①本件各告示による生活扶助基準の改定に際しては,ゆがみ
調整とは別に,引下幅を最大10%とする下限規制が設けられており,ゆ25
がみ調整による減額の幅を2分の1に縮小しなくても生活扶助基準の引下
げによる激変緩和が図られることは明らかであるから,生活扶助基準の引
下げによる激変緩和のためにゆがみ調整による増減幅を基準部会の検証結
果の2分の1とする合理性はない,②ゆがみ調整による増減額の幅を基準
部会の検証結果の2分の1とする措置は,残りの2分の1を実際の給付額
に反映させることが予定されていない,いわば恒久的なものであって,生5
活扶助基準の引下げによる激変緩和としては説明することができない,③
ゆがみ調整により増額されるのは,生活保護受給世帯の8割程度を占める
単身世帯である一方で,ゆがみ調整により減額されるのは全体から見ると
少数の世帯であるから,ゆがみ調整による増減額の幅を2分の1にした場
合には,全体としてみると,減額の影響よりも増額の影響の方が大きいこ10
とが明らかであり,厚生労働大臣としては,減額幅を2分の1とし増額幅
についてはそのまま反映させるという方法を採るべきであった,④基準部
会が検証結果として一定の増減額を妥当としている以上,基準部会の検証
結果をそのまま実施しない場合には,生活扶助基準が,要保護者の最低限
度の生活の需要を満たすのに十分なものとはいえないこととなり,生活保15
護法8条2項に違反するものとなるなどと主張する。
しかしながら,①についてみると,前記アのとおり,平成25年報告書
において,生活扶助基準の見直しに当たっては,現在生活保護を受給して
いる世帯及び一般低所得世帯,とりわけ子どものいる世帯への影響にも配
慮する必要があるとされたのであり,このような基準部会の示した見解の20
趣旨からすると,基準部会の検証結果を生活扶助基準に反映させる場合に
おいて,減額幅がデフレ調整と併せて10%以内となるときであっても,
なお生活扶助基準の減額幅を抑えるための措置を実施することが不合理で
あるということはできない。また,②についてみると,ゆがみ調整による
減額幅を2分の1とすれば,その分だけゆがみ調整により不利益を受ける25
世帯への影響が緩和される効果は生ずるのであり,このことはゆがみ調整
の減額幅を2分の1とする措置が恒久的なものか否かに関わらない。さら
に,③についてみると,前記アのとおり,基準部会の検証結果を部分的に
生活扶助基準に反映させる場合にはゆがみ調整による影響の内容・程度に
かかわらず一定の割合でこれを反映させることがゆがみ調整の目的に沿う
というべきであるから,ゆがみ調整の増減額の幅を2分の1とすることに5
よる影響が減額分よりも増額分の方が大きいとしても,減額分のみを2分
の1とすることはゆがみ調整の目的に沿わない結果となるとすることが不
合理とはいえない。また,④についてみると,前記⑴に説示したとおり,
生活保護法8条2項にいう最低限度の生活は,抽象的かつ相対的な概念で
あって,その具体的な内容は,その時々における経済的・社会的条件,一10
般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきもので
あり,これを具体化する保護基準は,厚生労働大臣が,多方面にわたる複
雑多様な,しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断に
基づいて設定されるものである。そうすると,厚生労働大臣が,基準部会
の検証結果をそのまま生活扶助基準に反映しないことをもって,直ちに当15
該生活扶助基準が,要保護者の最低限度の生活の需要を満たすのに十分な
ものとはいえないということはできない。
以上によれば,原告らの前記主張は採用することができない。
ウ小括
以上によれば,ゆがみ調整において基準部会の検証結果の2分の1を生20
活扶助基準に反映させた厚生労働大臣の判断の過程に過誤,欠落等がある
ということはできず,その判断が違法であるということはできない。
⑹本件各告示による生活扶助基準の改定が政治的意図に基づくものである
ことから違法となるかについて
原告らは,本件各告示による生活扶助基準の改定は,国の財政事情や国民25
感情を勘案したと思われる自民党の政権公約の実現という,本来考慮しては
ならない事項を考慮したものというべきであり,本件各告示による生活扶助
基準の改定は,厚生労働大臣の裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した
ものというべきであると主張する。
しかしながら,平成25年当時,デフレ調整を行う必要があったことは前
記⑶イにおいて説示したとおりであり,前記1⑵イ及びエによれば,平成15
9年に検討会において生活保護受給者間における給付水準の均衡を図るため
生活扶助基準の体系の見直しの必要などが指摘され,これを受けて行われた
基準部会の検証により,生活扶助基準の展開部分が一般低所得世帯の消費実
態とかい離していることが明らかとなったことが認められ,これらのことか
らすれば,平成25年当時,ゆがみ調整を行う必要もあったということがで10
きる。そうすると,本件各告示による生活扶助基準の改定は,前記のような
必要性に基づいて行われたものということができる。
もっとも,証拠(甲全90~96)及び弁論の全趣旨によれば,①自民党
は,平成24年,民主党政権下において生活保護開始決定における受給資格
の認定が緩和され生活保護受給世帯が増加したことにより生活保護制度に対15
する国民の不公平感・不信感が高まるとともに生活保護費が急増したなどと
して生活保護制度を見直すことを政策として掲げ,その具体策として生活保
護費の給付水準を10%引き下げること等を打ち出すとともに,平成24年
に行われた衆議院議員の選挙における政権公約にも生活保護費の給付水準を
原則として1割削減することが盛り込まれたこと,②自民党所属のA大臣は,20
同選挙後の大臣就任の記者会見において,生活保護水準の10%引下げにつ
いて下げないということはない旨の発言をし,翌日の記者会見でも,生活保
護水準の引下げについては公明党とも相談して決めていきたい旨の発言をし
つつ,生活保護の1割引下げは自民党が政権公約として打ち出したものなの
で,自民党から選出された大臣としては,自民党の政権公約によりある程度25
の制約を受けると思うなどと発言したことなどが認められ(甲全95,96),
これらの事実に照らせば,本件各告示による生活扶助基準の改定が,前記の
ような自民党の政策の影響を受けていた可能性を否定することはできない。
しかしながら,前記の認定事実によれば,生活保護費の削減などを内容と
する自民党の政策は,国民感情や国の財政事情を踏まえたものであって,厚
生労働大臣が,生活扶助基準を改定するに当たり,これらの事情を考慮する5
ことができることは前記⑴に説示したところから明らかである。
以上によれば,本件各告示による生活扶助基準の改定には,これを実施す
る必要性が存在しており,当時の自民党の政策の影響を受けたものであると
しても,そのことをもって本件各告示による生活扶助基準の改定が違法であ
るということはできない。10
したがって,原告らの前記主張は採用することができない。
⑺本件各告示が生活保護受給者の生活実態を考慮していないとの原告らの
主張について
原告らは,本件各告示による生活扶助基準の改定前の段階から,生活保護
受給者は,既に「健康で文化的な最低限度の生活」を営むことができなかっ15
たのであり,このような事情を考慮しないまま,更に生活扶助基準を引き下
げる本件各告示による生活扶助基準の引下げは,考慮すべき事項を考慮せず
にされたものであり,厚生労働大臣の裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫
用したものとして違法であると主張し,本件各告示による生活扶助基準の改
定前後の生活状況を裏付ける証拠として,①C連合会(以下「C」という。)20
が平成19年に実施した調査結果(「生活保護受給者老齢加算廃止後の生活
実態調査報告」・甲全132),②D大学講師Eが平成22年に実施した調査
の結果(甲全133),③Cが平成25年に実施した調査結果(「緊急C生活
保護受給者実態報告」・甲全134),④F連合会(以下「F」という。)が平
成26年に実施した調査結果(「生活保護受給者実態調査2014報告書」・25
甲全135),⑤平成27年に実施された調査に基づくG大学社会福祉学部
准教授H作成の意見書(甲全137)を提出するとともに,原告らの一部に
ついて生活状況を記載した陳述書等(甲⑸1,⑼1,⑾1,⒀1,⒁1,⒂
3・15・21)は,本件各告示による生活扶助基準の引下げ前後の生活状
況について当法廷で供述している。5
しかしながら,①についてみると,①の調査は,老齢加算の廃止に対する
不服申立て及び裁判が行われていることを前提に,その裁判の支援などに活
用するために行われたものであり(甲全132,乙全54),調査の客観性,
公平性,中立性には疑問の余地がある。また,①の調査では,「通常とる食事
が満足でき,十分な栄養になっているか」との質問に「はい」と回答した者10
が約33%あり,「生活保護は最低限の生活を保障していると思うか」との質
問については,約22%の者がこれを肯定し,経済的な制約の中で,カラオ
ケ,映画,囲碁サークルへの参加など一定の娯楽や文化的活動の機会を有し
ている者もいるなど(甲全132),必ずしも健康で文化的な最低限度の生活
を下回っているとまではいえない者が一定割合存在することがうかがわれる。15
次に,②についてみると,②の調査は,平成18年の老齢加算の廃止が高
齢者の生活に与える影響を明らかにするため,生活保護を受給する70歳以
上の単身高齢者を対象としたものであるが,その人数は28人にとどまり(甲
全133),統計としての有意性に疑問の余地がある。また,②の調査結果で
は,健康状態について,50%を超える者が「健康」,「まあまあ健康」と回20
答し,1日の食事の回数については,70%以上の者が「3食きちんと食べ
ている」と回答するなど(甲全133),必ずしも健康で文化的な最低限度の
生活を下回っているとまではいえない者が一定割合存在することがうかがわ
れる。
さらに,③についてみると,③の調査は,Cが,生活扶助基準の引下げに25
反対する立場から,国の予定する生活扶助基準の引下げの影響を明らかにし
て引下げの撤回を求める目的で行ったものであり(乙全55),①の調査と同
様,調査の客観性,公平性,中立性に疑問の余地がある。また,③の調査結
果によれば,約66%の者が1日の食事回数が3回であり,約39%の者が
食事内容に満足している,約39%の者が娯楽やクラブ活動への参加を行う
など(甲全134),必ずしも健康で文化的な最低限度の生活を下回っている5
とまではいえない者が一定割合存在することがうかがわれる。
また,④についてみると,④の調査は,Fが本件各告示による生活扶助基
準の引下げに反対する立場から生活扶助費の削減を中止するよう国に求める
運動の一環として行われたものであると認められ(甲全135の1),①の調
査と同様,調査の客観性,公平性,中立性には疑問の余地がある。また,④10
の調査結果によれば,1日の食事回数が3回の者が約64%であり,50%
の者が満足する食事ができていると回答するなど(甲全135の2),必ずし
も健康で文化的な最低限度の生活を下回っているとまではいえない者が一定
割合存在することがうかがわれる。
そして,⑤についてみると,⑤の調査は,生活扶助基準の引下げが違憲で15
あるとする訴訟の原告となっている者を対象としたものである上,調査方法
も同訴訟の弁護団や支援者による聴き取りであって(甲全137),調査の客
観性,公平性,中立性には疑問の余地がある。また,⑤の調査結果によれば,
約60%の者が「規則正しい食事をしている」と回答し,冷蔵庫,炊飯器,
電子レンジなどの生活必需品に類する耐久財を保有する者が多く,約45%20
の者が社会的活動に参加し,約34%の者が講演会や学習講座に参加するな
ど(甲全137),必ずしも健康で文化的な最低限度の生活を下回っていると
まではいえない者が一定割合存在することがうかがわれる。
さらに,原告らの一部の陳述書(甲⑸1,⑼1,⑾1,⒀1,⒁1,⒂1,
⒅1,⒆1,1)及び原告5・9・13・15・21の本人尋問の結果を25
みても,原告らは,経済的な制約のある中で,衣食住といった生活の基本的
な部分や社会的活動に関して不自由を感じながら生活していることは認めら
れるものの,他方で,多くの者は食事を1日3食取っており,外食をするこ
ともある上,食事の内容が社会的に許容し難い程度に乏しいものとまでは認
められないこと,一定の貯蓄をすることが可能な者もあること(原告9,1
5,21),映画(原告5),カラオケ(原告21),日帰り旅行(原告15)5
などの娯楽や文化的活動を行っている者がいることなどが認められる。
以上のような前記①~⑤の調査結果並びに前記原告らの陳述書及び供述の
内容に照らすと,これらをもって本件各告示による生活扶助基準の改定前後
における生活保護受給者の生活が最低限度の生活を下回っていたと認めるこ
とはできない。10
以上によれば,原告らの前記主張は採用することができない。
4争点2(本件各処分に行政手続法14条の理由提示義務又は生活保護法25
条2項の理由付記義務に違反した違法があるか)について
⑴生活保護法は,保護の実施機関は,保護の変更を必要とすると認めるとき
は決定を行い,書面によって被保護者に通知しなければならず,その通知書15
には理由を付さなければならないとし(生活保護法24条1項,2項,25
条2項),行政手続法は,不利益処分をする場合には,名宛人に対し,当該不
利益処分の理由を示さなければならない旨を規定している(行政手続法14
条)。このように,法が行政処分において理由を提示すべきものとしている趣
旨は,行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに,20
処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与えるところにある
と解される。そうであるところ,前記の各規定によりどの程度の理由を提示
すべきかは,前記のような法が理由の提示を求める趣旨に照らし,当該処分
の根拠法令の規定内容,当該処分に係る処分基準の存否及び内容並びに公表
の有無,当該処分の性質及び内容,当該処分の原因となる事実関係の内容等25
を総合考慮して決定すべきである(最高裁平成21年(行ヒ)第91号同2
3年6月7日第三小法廷判決・民集65巻4号2081頁参照)。
⑵そして,前記前提事実⑶イによれば,本件各処分1の通知書には,原告1,
3~5及び7~12につき「基準改定による変更」,原告13及び14につき
「基準改定を行う」,原告15につき「基準改定」,本件各処分2の通知書に
は,原告17~20につき「基準改定(年齢改定,冬季加算削除)による変5
更」,原告21につき「基準改定,年齢改定を行う」と記載されていたことが
認められるところ,①生活扶助基準には,年齢,世帯人員等の別に基準額等
が具体的かつ詳細に定められており,本件各処分の根拠となる本件各告示に
は,前記のような生活扶助基準の定めをどのように変更するかが明確に定め
られていること(乙全1,3),②本件各処分は,前記のような本件各告示に10
よる生活扶助基準の改定に伴って,改定後の生活扶助基準どおりに生活扶助
費を変更するものであり,行政庁に裁量の余地のあるものではないこと,③
本件各告示は,本件各処分前である平成25年5月16日(本件告示1)及
び平成26年3月31日(本件告示2)に既に官報により一般に周知されて
いること(乙全3),④本件各処分の通知書には,本件各告示による改定後の15
生活扶助基準額が記載されていること(乙⑴1,⑶1~⑸1,⑺1~⒂1,
⒄1~1)などからすると,前記の「基準改定による変更」などの記載が
された通知書を受けた被保護者としては,本件各処分前の通知書と本件各処
分の通知書を比較するなどの方法によって,本件各処分の内容及び根拠を了
知し得るということができる。そうすると,本件各処分の通知書に記載され20
た理由の程度をもって,前記各規定の要求する理由の付記ないし提示に欠け
るところはないというべきである。
したがって,原告らの前記主張は採用することができない。
5争点3(本件各告示による生活扶助基準の改定の国家賠償法上の違法性の有
無及び損害額)について25
これまで説示してきたとおり,本件各告示による生活扶助基準の改定に違法
な点は見当たらず,これを前提とする本件各処分も適法であるから,本件各告
示による生活扶助基準の改定を行ったことが国家賠償法1条1項の適用上違
法の評価を受けるものということはできない。
第6結論
以上の次第で,原告らの請求はいずれも理由がないからこれらを棄却するこ5
ととし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民訴法61条を適用して,
主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第9部
裁判長裁判官角谷昌毅
裁判官後藤隆大15
裁判官佐藤政達は,転補につき署名押印することができない。
裁判長裁判官角谷昌毅

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