弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴はこれを棄却する。
     当審の訴訟費用は被告人の負担とする。
         理    由
 弁護人三木今二、前堀政幸の控訴趣意および検察官の答弁は、訴訟記録中の控訴
趣意書および控訴趣意書に対する意見書と題する書面に記載のとおりである。よつ
て、当裁判所は、控訴趣意書の記載の順序にしたがつて判断をする。
 第一、 裁判権に関する論旨について、
 日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基いて日本国内に駐留す
るアメリカ合衆国軍隊の構成員の刑事裁判権については、同条約に基く行政協定第
十七条(一九五三年九月二九日附議定書)に規定されている。これによると、日本
国の当局と合衆国の軍当局とが共に裁判権を行使する権利を有する場合があり、そ
の場合に関して同条の3において、その裁判権の行使の順序を定めている、が、そ
の(a)で合衆国の軍当局が合衆国軍隊の構成員又は軍属に対して裁判権を行使す
る第一次の権利を有する罪を掲げ、(b)でその他の罪については日本国の当局が
裁判権を行使する第一次の権利を有することを定めている。
 <要旨>そして、(a)の(ⅱ)として「公務執行中の作為又は不作為から生ずる
罪」とあるが、その「公務執行中の」とは、「公務執行の過程における」と
いう意味であると解せられるのてある。このことは、右議定書の日本語に相当する
英語として、in the Performance of official 
duty とあつて、この文理解釈からしても明らかであつて、所論のように、こ
れを「勤務時間中の」と解することは困難である。のみならず、そもそも右のよう
に合衆国軍隊の構成員又は軍属について(他の法文のようにそれらの家族を含まな
い)合衆国の軍当局に第一次の権利を認めたのは、主として軍隊としての規律や機
能の観点からと解され公務に無関係な個人的行為にまで広げる合理的理由がないか
らである。
 もつとも、右議定書が旧第一七条を、一九五一年六月一九日ロンドンで署名され
た「軍隊の地位に関する北大西洋条約当事国間の協定」すなわちNATO協定の裁
判権に関する規定と同様の内容に改められたものであることは、所論のとおりであ
るが、軍艦の乗組員が沿岸国の同意を得て公務のために上陸しに場合に治外法権を
有するとしても、所論のように、駐留軍隊の場合においてもその軍隊の構成員が公
務を帯びているという身分の下に行動している機会においての犯罪について一般的
に治外法権を有するとの原則があつて、右NATO協定においてこの原則が取り入
れられ、これが前記英語にそのまま置きかえられるにいたつたものである、との根
拠はない。
 ところで、本件公訴事実のように、舞鶴市所在の合衆国軍隊所属の伍長が同市内
を巡回警らの任務の途中で乗用ジープから降車して一般民家に侵入し脅迫および暴
行をもつて婦女を姦淫しようとして同女に傷害を加えたという場合は、たとえ公務
に服する時間中であつても、その公務と関係のない個人的行為であるから、前記議
定書3(a)(ⅱ)に当らないこと明らかである。そしてこの犯罪行為について
は、その裁判権を行使する権利が日本国の当局と合衆国の軍当局とに競合する場合
であつて、日本国の当局に第一次の権利がある次第であるから(3(b))、原審
が本件公訴事実について審理し有罪の裁判をしたのは、もとより当然であつて、こ
の点に関する論旨はとうてい採用しがたい。 第二、 事実誤認に関する論旨につ
いて。
 論旨は、まずその冒頭において、本件被告人は外国人であり日本裁判に対して極
度の不安をいだいているから証拠の取捨を詳細に説明しなければならないのに、原
判決の証拠説明は不十分であるという。
 なるほど、被告人が十分日本語を解しない外国人である場合には、日本人にくら
べてより以上に裁判に対して安らかでないものがあることは否定できないところで
あり、犯罪事実を認定するにあたつて利益不利益の証拠の取捨をくわしく説明する
ことは、被告人に対して親切であるにちがいない。しかしながら、刑事訴訟法第三
三五条によると、有罪の言渡をするには証拠の標目を示さなければならないのであ
るが、従来の刑事訴訟法とちがつて、犯罪事実を認めた理由をくわしく説明する必
要はないのであつて、このことは、被告人が犯罪事実を否認している場合といえど
も同じである。ところで、原判決は、所論のように七つの証拠の標目を掲げこれを
総合して犯罪事実を認定するといつているのであるから、右の意味で親切であるか
どうかは別として、法律上は違法視するいわれはないのである。
 そして、右七つの証拠の標目についてその内容をよく照らし合せてみると、結局
原判決に示した犯罪事実が合理的に認定できるのであつて、訴訟記録および原裁判
所において取り調べた証拠と当裁判所での事実の取調の結果によつても、これが誤
認であるとは思われない。
 これから、そのわけを論旨の順序に従つて説明しよう。
 (一) 被害者A及びBが犯行の際に被告人の挙動を目撃したとする証言の信憑
性の点、
 証人A同Bの供述中には同人等の住んでいた家庭内での被告人の動作が見られた
理由の説明として論旨に摘示のような不一致やくいちがいがないではない。そし
て、証人Cの原審および当審での供述によると、ABの右供述には客観的事実に必
ずしも合致しないかあるいは誇張の点があるのではないか疑わしいようであるが、
両人は事実上の夫婦として狭い一室にいるのであるから、明らかな視覚によらなく
とも物音その他その場の気配でもある程度感知できることもあろうし、そのゆえに
このような感知を視覚で目撃したもののように錯覚して説明することもあり得ない
ではなく、したがつて両人の供述が全面的に信用できないものと一がいにはいわれ
ない。現に被告人も原審公判において、同人はB方の表門を手で開けそれを通りそ
の寝室に行きドアーが一部開いていたことやBが被告人の傍を通つて表へ出たとい
う供述をしており、被告人自身も右のように行動しており相手のBの行動をも知つ
ているのであるから、屋内が所論のように鼻をつままれても見えない真の闇であつ
たのではなく、ある程度の明るさがあつたことを物語るものであり、ABが暗いと
ころに暫くいると目がなれて物が見えると述べたとしてもうなずけるのである。ま
た、Aの所論検察官供述書においては、姦淫行為中の被告人の姿態をいうのであ
り、原審公判での供述はその行為直前のことに関するものであるから、所論のよう
に、右両供述が一致しないからといつてでたらめの供述であるとすることはできな
いのである。
 (二) 犯行の時間から観察してもB及Aの証言は信用できないとの点。
 論旨は、原判決挙示の領置番号の五時刻記録表の記載によると被告人の乗用ジー
ブがDキヤンブの正門を出てから入るまでの時間わずか十分となつていることを前
提として、BおよびAの証言するような被害事実が行われたとは考えられないと主
張するのである。そして、証人BおよびAは、同家に被告人がいた時間を三十分以
上であるように供述しているのであるが、その証言の内容によつて知り得る被告人
の同家における行動自体からしても、三十分間というような長時間であるとはとう
てい考えられ九ないところである。しかしおよそ、何人でも、予期しない被害に会
つた場合に、その持続時間を、実際の経過時間よりもはるかに長く感ずるのは、人
情の自然であり、右両人の場合もその例にもれないものであつて、右の三十分以上
というのも同人等の被害者心理としての一種の錯覚と解する外はない。現に、証人
Cも、キヤンプの正門を出て途中で停車し十分位待つて帰つたので正門の出入の時
間は十数分から二十分足らずであつたと思う旨当公判で供述し、また原審でも、停
車時間は十分から十五分であつた旨供述しているのである。だから右両人の証言が
所論の理由で信用できないものとすることはできない。そして証人B同Eの証言を
照らし合せるとBがキヤンブ正門の控の部屋にEを起しに行つている間にCのジー
ブが入門していつた関係にあると認められ、右証人ABの供述を右の趣旨に考慮し
てその他原判決挙示の証拠を総合すると、原判示事実を認め得られるのであつて、
所論のように時間的の観点から原判示事実を否定しなければならない次第ではな
い。
 (三) 証拠品のズロースの状態から観察しても、とうていAの供述するような
暴行があつたとは考えられないとの点。
 押収のズロース二枚の地質と情況が所論のようではあるけれども、さればといつ
てAの証言するように暴力をもつてこれを脱がせることができないものとは限らな
いし、また、どうして脱がされたかの状態についてくわしく説明てきないとして
も、極力抵抗中の被害者としてはくわしい認識とその記憶がないのも無理からぬと
ころであつて、この点に関するAの証言が所論のように信用てきないのは当然であ
るとすることはできない。
 (四) 被害者Aが被告人の暴行に抵抗し救いを求めるため必死の叫声をあげた
との事実に対する検討
 たとえ聞え得る性質の音声であつても、何ら関心をもたない者として聞きもらす
ことのあるのは経験則上明らかであつて、Cが証言するように、同人がジーブを被
告人の命によつて停車してから被告人がどこへ行つたのやら知らず、もとよりB方
へ行つたなでとは感ずいていないのであるから、B方の叫声を聞かなかつたとして
も、それゆえにAの夫Bに対する叫声がなかつたものと即断することはできない。
だから、右Cが叫声を聞かないとの証言を根拠としてABの両証言が信用できない
とする論旨には賛成しがたい。
 (五) その他のABの証言の矛盾、そご、不合理性、不自然性を検討する点
 何人でも、心の平静を失つている瞬間の出来事については、発問の仕方いかんに
よつては答も多少相違することのあるのは無理からぬところであるから、所論
(ⅰ)は理由がなく、また同一事実に関する認識といつてもその時のこれに対する
位置の相違や関心の緊張度の不同によつて認識の有無、十分不十分、確実不確実や
くいちがいあることを免れず、関係者間に必ずしも一致しないことのあるのは経験
則上明らかであるから、所論(ⅱ)(ⅲ)(ⅳ)のような理由でABの証言は信用
できないものとはいえない。
 (六) 被害の部位性状の点
 原判決認定のような右側膝関節部、左側大腿部の各擦過傷は、Aが仰向けに押し
倒され馬乗となつて乱暴され同女が抵抗したとすれば生起し得ることは経験則上明
らかであつて、同女が俯伏にされなければできないという次第ではないから、俯伏
に認れたとの事実がないにかかわらず原判決が右のような傷ができたと判示したの
は、理由にくいちがいがあるとはいえない。
 腟部の掻傷については、被告人がAの陰部をなぶりまくつたこと同人の原審およ
び当審での証言で明らかであるから、これとFの鑑定書や原審および当審での証言
とによつて、その掻傷が被告人の右暴行によつて生じたものと認めるのが相当であ
る。そして、以上のほか右側上膊部の咬傷についてもすべて本件は所論のように被
害者の作為または被告人の暴行以外の原因で生じたものという確証はない。訴訟記
録中の実況検分調書によると、本件の場所である寝室は、所論のように板床の上に
うすべりを敷いただけでなく一枚の敷布団と敷布代りの白毛布とが敷いてあつたこ
とが明らかであるから、Aが仰向の姿勢で暴行を受けたとしても所論のように必ず
背部や手足に負傷するとは限らない。
 要するに、さらに法医学的専門家の鑑定をまたずして原判決挙示の証拠だけで原
判示負傷を認定したのは事実誤認の因をなしている、との所論は理由がない。
 (七) 証人E同Gの供述の点
 原判決は、証拠の標目中に証人E同Gの原審における各供述を挙示しており、何
らの留保を明示していないから各供述の全部を証拠としたものと一応認められるの
で、これをくわしく調べてみると、論旨に指摘するように、Gは、「被告人から代
償するというたのは金のことであると思い、金ということを被害者に伝えたが、こ
の代償というのは被告人がどのような英語を使つたかはハツキリしないのであつ
て、その英語を代償と訳したのは正しいかどうかは自信がない」旨を述べておつ
て、同人が被害者側に金を出す旨通訳したことからそれを証拠として被告人が本件
犯行を自認したもののように解することは極めて危険である。原判決がそのように
解して犯行の認定証拠としたとすれば、それはとうてい違法たるを免れない。しか
しながら、右両証人の供述としては、右代償とか出金とかいう点に関する部分以外
にわたり、本件に関連する事項についての供述があるのであつて、右代償とか出金
とかいう部分を除外しその他の部分を他の証拠の標目として挙げられたものと総合
すると、原判示事実を認定することができるから、原判決の右の違法は、明らかに
判決に影響を及ぼすものとは認められない。
 (八) 被害者の人格と同人等の犯行後の態度
 (ⅰ) 被害者Aの素性
 証人A同Bが、所論のように、かつて水商売をしていたという経歴や両人の前科
を明らかに証言しないとしても、自分の不名誉のことであるから人情上ある程度諒
とすべき余地がないでもなく、必ずしも両人が不正直な性格であつて、本件被害事
実に関する証言が全体的に信用できないとはなしがたい。また訴訟記録四一四丁の
京都府総務部長の回答書(論旨は弁甲第六号証というも弁甲第七号の誤りと認め
る)によると、Aの代理人B名義で行政協定第一八条に基く損害補償の申請書が昭
和二八年一二月三日提出されている事実が明らかであり、Aは、同年同月二六日の
原審公判で弁護人の尋問に対して、そのことは主人に聞かなければ私は知りません
と供述しているけれども、代理人によつてなされていることについて本人が右のよ
うに答えたからといつて、あながち同人が不正直者であると断定することはできな
い。
 (ⅱ) スカートに附着の精液について
 証人A同Bの原審における供述によると、Aが当時着用していたスカートにある
いは被告人の精液がついているのではないかという趣旨で捜査当局へ提出したもの
であることがうかがわれるのであつて、所論のよるに被告人の精液がついていると
断定しまたはことさら作為しで提出したものとは認められない。それだから、スカ
ートを提出したことをもつて必ずしもABの不信の態度としてせめらるべき筋合で
はない。ちなみに、所論Aの検察庁における第三回供述調書の記載によると、同人
が被告人に暴行されたとき被告人が射精しそれが当時着用のスカートに附着してい
るという関係に一応なるようであるが、原審におけるAの所論のような供述(訴訟
記録一七六丁)や五、六回スカート着用のまま寝たことがある旨の供述(同一八〇
―一丁)を総合すると右のような関係ではないことが明らかになるのである。した
がつて、スカートに附着している精液の血液型が被告人の血液型と一致しないこと
はさして問題ではない。
 (ⅲ) BおよびAの被害直後の言動の点
 証人Eの証言によると、同人に対しBは、私の妻が黒人兵に強姦されていますか
らといい、そしてこれから私の後から追かけてくるかもわかりませんから、私を何
処かに隠して下さいと頼んだというのであつて、そのことは所論のように不自然だ
というわけではない。また、証人Hの証言(訴訟記録三三八丁)によると、MPで
ある同人は、Bから最初家宅侵入について抗議を受け暴行のことも追加され、そし
てその暴行の内容についてはAから聞いたというのであつて、所論のように暴行の
事実についてはAが来るまでにBから抗議の言葉を聞いたことがないという次第で
はないのである。このように、Bは、自家を飛び出しキヤンブ正門でEに強姦を訴
え次いでMPのHにも妻が暴行を受けたことの抗議をしているのであるから、所論
のように、被告人の暴行がないにかかわらずAと相応じて悪意をもつてこれを作為
するというようなことはできないと認めざるを得ない。
 これを要するに、ABの供述中には被告人のため一応有利に援用されるような節
がないでもないけれども、同人等がキヤンブに訴え出たときの情況に徴すると、A
が被告人から姦淫の目的をもつてする脅迫と暴行を受け負傷したことの心証を動か
すに足りないのであつて、原判決に事実誤認があるとの論旨はすべて採用しがた
い。
 (九) 被告人の弁明の点
 被告人は、Bに五百円貸しているのでその返済を求めるため午前四時二十分頃B
方に赴き返金を求めたところ同人は表へ出たので自分も正門を通つて兵舎へ帰つた
と弁明するのである。しかし証人H同Eの証言によると、被告人は午前四時二十分
よりはるかに早い時間に、正門を通らないでそれ以外のところからキヤンブに帰つ
たことが推認される。そして、証人Bは借金の事実を否認し証人Iの証言によつて
はこの事実を明らかにしがたいのであり、そもそも、このように早い時刻に、しか
も巡回警らの任務についている途中でわざわざ貸金の返還請求に行くということ自
体常識はずれのことである。そして、被告人の弁明ではとうていわれわれを納得さ
せるものがない。
 第三、 量刑に関する論旨について
 所論にしたがつて、本件に現われた諸般の情状を考えても、原審が法定刑に酌量
減軽をして被告人を懲役二年六月に処したのが不当に重いとは認められないからこ
の論旨も採用しがたい。
 以上の次第であるから、刑事訴訟法第三九六条第一八一条第一項によつて主文の
とおり判決をする。
 (裁判長判事 荻野益三郎 判事 梶田幸治 判事 小泉敏次)

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