弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各上告を棄却する。
         理    由
 弁護人重松蕃、同佐藤義弥、同金野繁の上告趣意について。
 第一点は、違憲(二八条)をいうが、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張に
帰着し、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。原判決は、昭和三六年二月一一
日秋田県知事Aが同県知事公舎内より被告人ら(ただし被告人Bを除く。)を含む
秋田県C所属労働組合員全員の退去を要求するに至るまでの経過について、被告人
Dおよび同EらCの代表者が、同日午前知事公舎第二応接室において知事に対し昭
和三六年度秋田県予算に関するCの要求書に対する回答期日を知事が政党に予算案
を内示する前の同月一三日とするよう要求して折衝した際、回答期日を同月一五日
として譲らない知事と意見が対立し、昼過ごろに至つて折衝は行き詰りの状態とな
り、一方で知事は同日午後一時頃から第一応接室において当日予定していた県予算
案の査定事務にとりかかつたこと、これよりさき代表者の呼びかけで公舎内に入り
右第一、第二応接室前の廊下等にすわり込むなどして代表者の折衝の支援をしてい
た被告人F、同Gを含むC所属組合員数十名は、代表者の一員であつた被告人Dか
ら折衝の経過等について報告などを受けていたが、前記折衝の行き詰りを知つた後
もすわり込みを続け、しかも同日夕刻ごろからはようやくその平静さを失つて喧騒
状態となり、床板を踏み鳴らし労働歌を高唱し、「Aを倒せ」などと怒号し、また
第一応接室の扉や壁をたたくなどして知事に対し威圧を加えたこと、代表者は公舎
内にすわり込んでいた前記組合員数十名が右のごとき喧騒状態にあるのを制止する
ことなく放置したまま数回にわたつて第一応接室に入り、予算案査定中の知事に対
し午前中と同じ主張を繰り返してあくまで要求を貫徹しようとしたこと、組合員お
よび代表者の右のごとき態度が予算案査定事務の進渉に甚しく妨害となつたため、
同日午後八時ごろ知事が代表者との事後の折衝に応ずることを拒否するとともに、
午後一〇時五分ごろまでの間に再三にわたり知事自身またその意を受けた県職員を
通じC側全員の知事公舎外への退去を要求するに至つたことなどの事実を認定して
いる。右のような事実関係によれば、組合員および代表者の前記態度は、右組合員
数十名の知事に対する不当な威圧を背景とし、これと相呼応して折衝に臨んだもの
というほかはなく、かりに右折衝を固有の交渉権ないし団体交渉権を有するものと
認めることのできないCとは別に、その傘下各組合(H労働組合、同I、同J組合、
K労働組合秋田県支部)のそれぞれの代表者を通じてなす交渉または団体交渉であ
るとしても、団体行動権行使の正当な限界を逸脱したものというべきであり、知事
がC側全員に対し退去を要求したことは当然の措置であつて、その要求に応じなか
つた前記被告人ら四名および組合員数十名の不退去の所為を正当な行為としてその
違法性を阻却すべき事由は認められないとした原審の判断は、是認できる。
 第二点は、違憲(二八条)をいうが、実質は単なる法令違反の主張に帰着し、刑
訴法四〇五条の上告理由にあたらない。同年二月一二日被告人D、同B、同Fが、
たとえ知事に対し交渉ないし団体交渉に応ずることを要求するためであつたとして
も、多数の組合員とともに知事公舎に押しかけ、知事の意を受けた職員の制止を実
力をもつて排除し、大挙して公舎内に押入つた所為は、正当な交渉ないしは団体交
渉権行使の範囲内の正当な行為として違法性を阻却するものではないとした原判断
は、是認できる。
 第三点のうち違憲(三一条)をいう論旨の実質は、単なる訴訟法違反の主張であ
り、判例違反の論旨は、原判決は引用の判例と相反する判断をしたとは認められな
いから前提を欠き、その余の論旨は、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇
五条の上告理由にあたらない。
 第四点のうち憲法一四条違反をいう点は、記録上本件起訴が、所論のように、主
義信条による差別的取扱であることを認めることができないから前提を欠き、憲法
三一条違反をいう点の実質は、単なる訴訟法違反の主張であり、その余の論旨は、
事実誤認の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
 第五点は、違憲(三一条)をいうが、実質は単なる法令違反の主張であり、第六
点のうち違憲(三一条)をいう論旨の実質は、単なる法令違反の主張であり、判例
違反をいう点は、引用の判例が本件に不適切であるから前提を欠き、その余の論旨
は、単なる法令違反の主張であり、第七点は、違憲(三一条)をいう点もあるが、
実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であり、また、第八点のうち判例違反をい
う点は、引用の判例が本件に不適切であるから前提を欠き、その余の論旨は、単な
る法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
 第九点は、違憲(二八条)を主張する。しかし、暴力行為等処罰に関する法律一
条一項(ただし昭和三九年法律一一四号による改正前のもの)が、憲法二八条に違
反するものでないことは、判例(昭和二五年(れ)第九八号同二六年七月一八日大
法廷判決刑集五巻八号一四九一頁、昭和二四年(れ)第八九八号同二九年四月七日
大法廷判決刑集八巻四号四一五頁)の示すところであるから、所論はとることがで
きない。
 第一〇点のうち判例違反をいう点は、原判決は引用の判例と相反する判断をして
いなから前提を欠き、その余の論旨は、単なる法令違反の主張であり、第一一点は、
単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に
あたらない。
 被告人D、同B、同F、同E、同Gの上告趣意について。
 第一点、第二点、第四点、第五点は、違憲(二八条)をいうが、実質は単なる法
令違反ないし事実誤認の主張であり、第六点、第八点、第一〇点、第一四点は、違
憲をいうが、実質は事実誤認の主張であり、第一一点のうち判例違反をいう点は、
引用の判例は本件に不適切であるから前提を欠き、その余の論旨は単なる法令違反
の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。第一二点は、
暴力行為等処罰に関する法律一条一項(ただし昭和三九年法律第一一四号による改
正前のもの)の違憲(二八条)を主張するに帰するが、所論がとるをえないことは、
さきに、弁護人の上告趣意第九点につき説示したとおりである。その余の論旨は、
単なる法令違反または事実誤認の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理
由にあたらない。
 また、記録を調べても、同法四一一条を適用すべきものとは認められない。
 よつて、同法四一四条、三九六条により、裁判官色川幸太郎の反対意見があるほ
か、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 色川裁判官の反対意見
 私は弁護人重松蕃外二名の上告趣意第一点に対する多数意見の説示には、以下述
べる理由により賛成することはできない。
 一 地方公務員も憲法二八条にいう勤労者であり、原則として、団体交渉権を含
む労動基本権の保障を受けるものであることは、既に、当裁判所の判例とするとこ
ろである(昭和三九年(あ)第二九六号同四一年一〇月二六日最高裁大法廷判決)。
憲法二五条は、国民がすべて生存権を保有し人たるに値する生活を営む権利のある
ことを保障しているのであるが、契約自由の原則の支配する現行法秩序の下での勤
労者の生活の維持、向上は、労使の契約の場を通じてのみ実現せられるものである
ところ、現実を直視するときは、両者の力の格差のあまりにも甚だしいことに想到
せざるを得ないのである。それであるが故に、勤労者の団結を保障し、これを背景
とすることによつて使用者との力の均衡を得せしめ、対等の立場において、自由に
して自主的な勤労条件の決定を可能ならしめてはじめて生存権を確保する途が開か
れるのであつて、ここにこそ団体交渉権を保障する所以があるのである。したがつ
て、地方公務員についても団体交渉権の尊重せらるべきことはいうまでもない。
 二 しかしながら、地方公務員については、使用者たる地方公共団体の長は、私
企業の経営者と異なり、これまた当該住民の公僕であつて、住民の代表たる議会の
拘束下にあるが故に、勤労条件に関する労使の自主的決定の原則は、その意味でい
わば内在的に、大幅な制約を蒙らざるを得ないわけである。地方公務員法(以下地
公法又は法という)は、地方公務員と地方公共団体の当局との交渉が妥結点に達し
ても、団体協約としてこれを結実せしめることを認めておらず(改正前の地公法五
五条一項但書、現行法五五条二項)、而も法がこれを単に「交渉」と呼び(法五五
条)、労組法上の団体交渉と別異のものであることを明らかにしていることは、立
法論として批判の余地はあるにもせよ、地方公務員の地位の特殊性に根ざすもので
あつてやむを得ないところであらう。それにしてもこの交渉権は、憲法第二八条に
由来するものであることは上述のとおりであり、適法な交渉の申し入れに対しては、
当局はその申し入れに応じなければならない地位に立つているのである(法五五条
一項)。職員団体の有する交渉権は実は権利とよばるべきものではなく、その交渉
は、いわゆるネゴシエーシヨンに過ぎないし、当局に交渉応諾の義務もないのだ、
とする見解の如きは到底これをとることができないのである。
三 地公法は、法の規制に適合した組織についてのみ交渉能力を認めているのであ
るが(法五三条五五条)、本件におけるCは地公法にいう職員団体ではないからそ
の能力を有しないことは明らかである。しかし、右の団体は、県の労働政策によつ
てその勤労条件を左右されざるを得ない県職員その他の労働者の勢力を結集するた
めに組織されたものであるというのであるから、もしその構成単位である職員団体
又は労働組合が地公法上又は労組法上の交渉能力を有するとすれば、Cの名の下に
知事に対して交渉をした場合においては、とりもなおさず各々の団体が共同して交
渉を組んだものに外ならないのであつて、法律的に観察するならば、各団体の個別
交渉が、同時に併行してなされたものということができるのである。ところで被告
人Dは、昭和三五年度までH労働組合(以下県職組という)の副委員長の職にあり、
犯行当時は右団体より出向し、かつ、それを代表してCの幹事(情報宣伝担当)と
なり、本件交渉においては、頭初より職員側の代表として行動していたのみならず、
知事側もまた交渉の相手方としてこれを容認していたのであるから、県職組の交渉
代表であるとみて誤りはないであろう。
 一方、被告人Eは、K労働組合(以下全日自労という)の秋田支部長であつたの
であるから、もとより同支部の、まぎれもない代表者である。全日自労が、失業対
策事業に雇傭される労働者を主体として組織されていることは顕著な事実であり、
秋田支部はその下部組織であると同時に一個の労働組合である。これら失対労働者
の労働条は、政府の定めたある程度の枠はあつても、地方事情に応じ、事業主体た
る県当局によつて相当の程度において左右し得るものであるから、継続的雇傭関係
の有無に拘らず、その長たる知事は、右組合の団体交渉の相手方たる地位にあると
解することができるのである。(検察官引用にかかる昭和二七年(あ)第五九九号
同二八年五月二一日最高裁第一小法廷判決は、県労働部長に対し、もともとその権
限に属しない、日雇労働者の就職のあつせんを強要した事案であるから本件に適切
ではない。また弁護人が批判の対象とする、昭和二八年(あ)第五二五七号同二九
年六月二四日最高裁第一小法廷決定も、長野市民たる被告人等失業者の最低生活を
保障するための生活資金の支給を長野市長に要求したという事案であるから、むし
ろ一種の政治活動であつて、必ずしも労組法上の団体交渉権の行使とはいい得ない
ものである。)
四 なおCは、前記二団体のほか、L組合及びJ組合の計四個の団体を以て組織さ
れているが、その運営は議長、事務局長各一、副議長四及び幹事六を含む一二名の
役員で構成される幹事会によつてなされているものであり、被告人D及び同Eは、
いずれも右幹事会の一員であつたのである。犯行当時における改正前の地公法五五
条には、現行同法六項の如き代表に関する細部に亘つた規定はなかつたのであるか
ら、Cの組織の経過及びその目的からすれば、前記の幹事会又はそれに属する者は、
構成単位たる団体(本件記録によれば、全日自労を除き、いずれも地公法上の登録
団体と見られないことはない。)より、知事に対する交渉につき適法なる委任を受
けているものと推認することができる。したがつて、右被告人両名に上記四団体を
代表して交渉する権限のあつたことは殆んど疑う余地がないといわなければならな
い。もとより地方公務員の勤労条件は条例で定められるものであり(地公法二四条
六項)、これを決定する権限は議会にのみ帰属しているのであるから(地方自治法
九六条一項一号)、知事との間に協約を締結して、その履行を強制するような拘束
的性質をもつ団体交渉の権限は、職員団体にもともと付与されていないのは前述の
とおりであるが、職員団体の交渉権も、憲法二八条に基くものであるが故に、労働
基本権が保障されている趣旨に鑑みるときは、叙上の制約はあるにもせよ、その交
渉権は、可能な限りにおいて尊重せらるべきである。殊に地方公務員の給与その他
の勤労条件の決定にあたり、交渉の最後のきめ手ともいうべき争議権が完全に剥奪
されているのであるし、一方、職員の利益保護の機関として設けられている人事委
員会制度にしても、少くとも給与に関しては、率直にいつて無力であることを免れ
ず(人事委員会の任務のなかで最も重要視さるべき給与に関する勧告さえも議会等
を拘束する何らの法的効力を有しない。)、団体交渉権の制約や争議権の剥奪に対
する代償的措置は極めて不十分なのであるから、給与その他勤労条件に関する交渉
においては、地方公共団体の当局たるものは誠意の限りをつくしてこれに当るべき
は当然であつて、単に陳情を聴きおくというが如き冷淡な態度に終始し、真摯なる
対案を提示することなく、過早に交渉の一方的打切りを宣するようなことは、憲法
が交渉権を保障している趣旨に背反し、到底許されないところである。
五 本件の交渉は、かねて、職員団体等が要求していた臨時職員の待遇改善、その
定員への繰入れ、宿日直、通勤手当の要求、失対労務者の労働条件改善等の、かね
てからの懸案事項に関するものであつて、いずれも三六年度予算原案に盛り込まれ
るものでなければ、恐らくなお一年間は日程にさえのぼり得ないものであるところ、
知事の予算査定は二月一一日を以て終了するというのであるから、同日中に実質的
な交渉がなされるのでなければ、ほとんど無意味に帰する性質のものなのである。
一件記録によれば、Cからの申し入れに対し、知事は、数日前、担当部長が既に回
答したところそのままを、而もメモにもとづき機械的に読み上げたにとどまり、そ
の後は、交渉の余地がないと称し何ら打開の途を講ずることなく、一方的に交渉を
打ち切つて退去を命じたことが窺われるのである。原審は、Cの代表者は、公舎内
に同人らの引き入れた数十名の組合員が喧噪状態にあるにかかわらず、これを制止
することなく放置し、予算査定執行中の知事に対し、同じ主張と論議を繰り返して、
知事による事務の進捗に妨害を与えたと認定し、それをもつて、交渉打ち切り及び
退去要求の正当な理由としている。しかし、数十名の組合員が喧噪を極めたとする
ならば(それも知事側の冷淡にしてかたくなな態度に触発されたものでないとはい
えまい。)これらに退去を命ずれば足りるのである。これらの組合員が交渉の場た
る応接室に乱入したような事実もないのみならず、知事側が極めて形式的な交渉態
度を持し、数日前の部長回答より一歩だに前進しない硬直した姿勢をとる以上、職
員団体代表が、「同じ主張と論議を繰り返してあくまで要求を貫徹しようとしたこ
と」は当然すぎるほど当然であつて、代表者団自体には非難さるべき筋合は毛頭な
いのである。原判決は、右の代表らの行動によつて予算査定事務に支障を来したと
いうのであるが、知事は県の長として県行政全般に亘る諸施策を総合考慮すべき立
場にあるとともに、地方公務員の使用主たる県の代表機関であるのであるから、職
員の待遇の問題は県民の福祉に直結した公共的性格を有するものであることに思い
をいたし、予算原案の策定に当つても、一般の施策と同様に、職員の待遇改善を予
算に生かし得るや否や、いかなる程度にこれを織りこむべきかという考慮を払うべ
きであつて、これこそ予算査定事務そのものの一部なのである。
六 ところで、Cの代表者団に対し、知事が退去を要求した前後のいきさつを本件
記録によつて見るに、公舎内に座り込んだ組合員数十名の喧噪行為は、もとより論
外であり、正当な団体行動でないことは勿論であるけれども、代表者団としては、
交渉に当つてこの大衆の暴力的行動を意識的に利用して知事の身辺に威圧を加えた
ような事実はないし、知事及びその家族の個人的生活を脅かしたわけでもなく、不
遜倣岸なる態度をとり、吏員の懇請を無視、黙殺して公舎応接室に蟠居、滞留した
如き事実もまた窺われないのである。右の代表者団を除くその余の占拠者に対する
退去要求はもとよりそのところであるが、これと同時に、交渉の継続を期待しつつ、
静かに待機していた代表者をも排除せんとしたことには、到底妥当性を認めること
ができない。要するに、知事による交渉の一方的打切りは、憲法二八条の精神に背
く不当な処置であり、したがつて、上記の諸事情と合せ考えてみるときは、知事に
よる代表者団への退去の要求もまた不当であつて、それに従わなかつた被告人D及
び同E両名は、未だ違法に退去しなかつたものとはいい難く、その行為は犯罪を構
成しないといわなければならない。多数意見に賛成できない所以である。
 公判出席検察官 高橋正八
  昭和四三年七月一二日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    草   鹿   浅 之 介
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    色   川   幸 太 郎

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