弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
         理    由
 弁護人中野道の上告趣意第一点について。
 所論は、刑訴二一〇条が、検察官、検察事務官又は司法警察職員に対し逮捕状に
よらず被疑者を逮捕することができることを規定しているのは憲法三三条に違反す
るというのである。しかし刑訴二一〇条は、死刑又は無期若しくは長期三年以上の
懲役若しくは禁錮にあたる罪を犯したことを疑うに足る充分な理由がある場合で、
且つ急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げ
て被疑者を逮捕することができるとし、そしてこの場合捜査官憲は直ちに裁判官の
逮捕状を求める手続を為し、若し逮捕状が発せられないときは直ちに被疑者を釈放
すべきことを定めている。かような厳格な制約の下に、罪状の重い一定の犯罪のみ
について、緊急已むを得ない場合に限り、逮捕後直ちに裁判官の審査を受けて逮捕
状の発行を求めることを条件とし、被疑者の逮捕を認めることは、憲法三三条規定
の趣旨に反するものではない、されば所論違憲の論旨は理由がない。
 同第二点並びに弁護人森一朗の上告趣意はいずれも量刑不当の主張であつて刑訴
四〇五条の上告理由に当らない。
 よつて刑訴四〇八条、一八一条により主文のとおり判決する。
 この判決は弁護人中野道の上告趣意第一点について、裁判官斎藤悠輔並びに同小
谷勝重及び同池田克の各補足意見があるほか裁判官全員一致の意見によるものであ
る。
 弁護人中野道の上告趣意第一点についての裁判官斎藤悠輔の補足意見は次のとお
りである。
 憲法三三条中の「現行犯として逮捕される場合を除いては」とある規定並びに同
三五条中の「第三十三条の場合を除いては」とある規定は、アメリカ憲法修正第四
条と同じく、合理的な捜索、逮捕、押収等を令状を必要とする保障から除外する趣
旨と解すべきものと考える。されば、右憲法三三条の除外の場合には、刑訴二一二
条一項の現行犯逮捕の場合は勿論同条二項のいわゆる準現行犯逮捕の場合及び同法
二一〇条のいわゆる緊急逮捕の場合をも包含するものと解するを相当とする。従つ
て、右二一〇条一項後段の場合に逮捕状が発せられないとき、すなわち逮捕につき
令状の裏打がないときでも逮捕そのものは適憲であるとしなければならない。
 弁護人中野道の上告趣意第一点についての裁判官小谷勝重、同池田克の補足意見
は、次のとおりである。
 憲法三三条は、逮捕の要件を規定して、原則として、権限を有する司法官憲すな
わち裁判官が発したもので、且つ逮捕の理由となつている犯罪を明示した令状によ
らなければならないとしているが、このように裁判官だけに令状を発する権限を与
えているのは、裁判官は公正な立場に在る者であるが、捜査の権力をもつた者は、
往々にして権力を濫用しがちであつたという過去の歴史的経験によるものであるこ
と、所論のとおりであると考える。しかし、それだからといつて、令状主義の原則
をもつて捜査を規律して例外の場合を一切否定することは、捜査上迅速に被疑者の
保全を必要とする場合があり、そのために被疑者を逮捕することもやむを得ないと
認められるようなときでも、これが許されないこととなり、捜査を全うし難いこと
となるのであつて、憲法は、かゝる場合の要請の合理性を認め、現行犯(本来の現
行犯といわゆる準現行犯とを含むものと解する)の場合には、裁判官の発する令状
によらないでも逮捕できるものとして、令状主義の保障からこれを除外しているの
である。蓋し、事態の性質上、急速を要するばかりでなく、犯罪の嫌疑が明白であ
つて、裁判官の判断を待つまでもないからである。してみると、この理は、現行犯
に限らず、その以外の右に準ずる場合についても考えられるところであつて、刑訴
二一〇条のいわゆる緊急逮捕は、あだかもその場合にあたるものとして認められた
ものと解釈されるのである。すなわち、同条の規定するところによれば緊急逮捕の
できる場合は、死刑又は無期若しくは長期三年以上の自由刑にあたる罪を犯したこ
とを疑うに足りる充分な理由があり、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることが
できないときに限られているばかりでなく、その上になお、逮捕にあたつては、被
疑者に対してその理由を告げなければならず、逮捕後は、直ちに裁判官の逮捕状を
求める手続をしなければならないとされているのであつて、これによつても明らか
なとおり、犯罪の嫌疑は、当該捜査機関の主観的判断では足らず、客観的妥当性の
ある充分な理由の存する場合であるから、現行犯の場合に準じて考えられる明白な
根拠をもち、裁判官の判断を待たないでも過誤を生ずるおそれがないものとしなけ
ればならない。それにも拘らず、刑訴法が逮捕後直ちに逮捕状を請求して裁判官の
判断を受くべきものとしているのは、現行犯のような羅馬法以来の伝統に由来する
ものでないために、法律は、謙抑の態度をとつたことによるものと解されるのであ
る。されば、刑訴二一〇条の緊急逮捕の規定は、令状の保障から除外している憲法
三三条の場合の枠外に出たものでなく、同条の除外の場合を充足したものと認める
ことができるから、適憲であると解するを相当とするものと考える。のみならず、
憲法上逮捕は、被疑者の身体を拘束し、これを必要な場所へ引致して留置する継続
的性質をもつた行為であることからみると、被疑者を拘束してから直ちに裁判官の
逮捕状を求めて逮捕状が発せられたときは、なお且つ逮捕状による逮捕と認めるこ
とを妨げないとも解されるのであつて、右いずれの点からみても、違憲の主張は理
由がない。なお、緊急逮捕は、その効力の消滅を裁判官の逮捕状が発せられないと
きにかからしめられているものと解すべきであるから、逮捕状が発せられなければ、
逮捕はその効力を失い、直ちに被疑者を釈放すべきであり、刑訴二一〇条一項後段
は、この当然の事理を規定したものに外ならない。
  昭和三〇年一二月一四日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    谷   村   唯 一 郎
            裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    本   村   善 太 郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    池   田       克
            裁判官    垂   水   克   己

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