弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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 主    文
   被告人を罰金8万円に処する。
   その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した
期間被告人を労役場に留置する。
理    由
(罪となるべき事実)
 被告人は,平成16年11月10日午前6時54分ころ,兵庫県公安委員会が道
路標識により,その最高速度を毎時60キロメートルと指定した神戸市西区a町b
c番地付近道路において,その最高速度を毎時46キロメートル超える毎時106
キロメートルの速度で普通乗用自動車を運転して進行したものである。
(証拠の標目)
 省略
(弁護人の主張に対する判断)
1 弁護人の主張
 被告人が自動車を運転して道路を走行中,側道から合流しようとした他の自動
車との間で交錯の危険が生じ,双方の車両が停止した際,相手方車両に乗車してい
た2人組の男が,被告人に対し,「降りてこい。」と脅迫し,うち1人が相手方車
両から降りて,怒鳴りながら被告人運転車両に近づき,その窓ガラスに空き缶を投
げ付けたことから,被告人は,このままでは自己の身体又は車両に危害が加えられ
ると畏怖し,同現場及び相手方らから一刻も早く離れようとして,本件速度違反に
至った。
 よって,被告人の行為は,自己の生命,身体又は財産に対する現在の危難を
避けるためやむを得ずした行為であって,これによって生じた害が避けようとした
害を超えなかった場合にあたるから緊急避難が成立し,また,適法行為の期待可能
性がない場合であるから,被告人は無罪である。また,そうでなくとも過剰避難が
成立するから,少なくとも刑を減軽又は免除されるべきである。
2 当裁判所の判断
 (1) 被告人が本件速度違反をした経緯について捜査及び公判を通じて供述する内
容は要旨以下のとおりである。
「A線をB方向に進行中,合流車線から合流してくる相手方車両を認め,その
スピードがかなり速く危ないと思い,ブレーキをかけて止まったところ,相手方車
両も止まった。相手方車両の運転席の男が窓ガラス越しに何か文句を言ってきたの
で,私も『危ないやないか。』というようなことを言い返したところ,相手方車両
の運転席の窓が開いて,運転席の男が『降りてこい。』というようなことを言って
きた上,その助手席に乗っていた男が降りてきて,何か文句を言いながら,空き缶
を私の車に投げ付けて,それが私の車の左後部のドアの窓ガラスに当たった。そこ
で,私は,危険を感じて自分の車を急発進させ,そのままA線の第1車線を加速し
て逃げた。その後,ルームミラーで相手方車両を確認すると,相手方車両が追いか
けてくるのが見えた
。私は,さらに加速しながら第1車線を逃げたところ,前方に走行している車両が
あったことから,第2車線に車線変更してこれを追い抜き,第2車線を走行中にル
ームミラーで相手方車両を確認すると,数台の他の車両と一緒になってどの車かわ
からなくなっていた。その後,第2車線を走行していると,前方に旗を振る警察官
の姿が見えたので,『スピード違反かな。』と思い,減速した。」
 (2) 被告人の上記供述は,何ら裏付けがないものの,内容が具体的であることや
公判廷での供述態度に照らすと,あながち虚偽を述べるものとは考え難い。
 しかしながら,仮に,本件速度違反に至る経緯が被告人の上記供述どおりで
あったとしても,以下の理由により,被告人の行為について,緊急避難や過剰避難
は成立しないし,適法行為の期待可能性がなかったともいえず,弁護人の主張は採
用できない。
 すなわち,
  ア 被告人は,相手方車両の助手席に乗っていた男から空き缶を投げ付けられ
た場所を急発進し,加速してそこを離れた後,ルームミラーで相手方車両を確認す
ると,相手方車両が追いかけてくるのが見えたとするが,警察官作成の実況見分調
書(甲9)によれば,被告人がその時の被告人運転車両と相手方車両の位置として
指示する2地点の距離は,すでに180メートルに達していたことが認められる
上,相手方車両は,被告人からは追いかけてくるように見えたとしても,実際に
は,被告人運転車両を追跡しようとしたものではなく,単にそれまでの進行方向に
そのまま再発進したにすぎない可能性もある。また,同実況見分調書によれば,そ
の後,被告人が再度相手方車両を確認しようとしたが,他の車両に紛れて分からな
くなった時の被告人運転車両の位置として指示する地点は,前の確認地点から40
0メートル以上離れていたこと,そこから,その後に被告人が警察官を認めて減速
した位置として指示する地点までは,さらに400メートル以上あったことが認め
られる。
 そうすると,被告人の供述を前提としても,被告人は,2人組の男から危
害を加えられそうになった後,直ちにその現場から逃走し,自車を加速してこの2
人組を十分引き離した後も減速することなく高速運転を継続し,本件速度違反に至
ったことになり,その当時,客観的にはもはや現在の危難に該当する事実はなかっ
たものというべきである。
  イ 被告人は,その供述によると,相手方車両の運転席の男から「降りてこ
い。」というようなことを言われた上,降りてきた男から空き缶を私の車に投げ付
けられたというのであるから,直ちに運転車両を発進させて逃走すること自体はや
むを得ないものといえるものの,とりあえず現場を離脱すれば,当面の危難は避け
られたのであるし,相手方車両が追跡してきたとしても,通常の速度で走行する間
に横道に入るなどしてこれを引き離すことは可能であるとともに,たとえ信号等で
停止を余儀なくされて追い付かれた場合でも,ドアロックをかけて運転車両内にと
どまっていながら直ちに生命や身体に危険が及び,その間に携帯電話等を使って助
けを求めることさえも不可能といえるほどの差し迫った状況にあったとは認められ
ない。
 したがって,被告人の供述を前提としても,本件速度違反以外に他に取る
べき方法があったのであり,本件速度違反をもって,やむを得ずにした行為とはい
えない。
  ウ 本件速度違反は,最高速度が毎時60キロメートルに制限された一般道で
毎時106キロメートルの速度で進行したというものであり,もし,他の通行車両
と衝突すれば,その運転者や同乗者を死亡させるなどの重大事故となる危険は極め
て高い運転態様であったことは明らかであるところ,被告人が,逃走中に先行する
車両を追い抜いた旨供述していることからすれば,当時他の通行車両が存在したこ
とは明らかであり,かつ,本件速度違反が通常の予想を超える程度のものであった
ことに照らすと,その運転者が被告人運転車両の動静を見誤る可能性は高く,重大
事故の発生する危険はかなり現実的なものであったといえる。
 他方,被告人の供述によっても,被告人が避けようとした害は,客観的に
見れば,その生命の危険に及ぶものとまではいえない。
 そうすると,本件速度違反によって生じた害は,被告人が避けようとした
害の程度を越えなかった場合には該当しない。
  エ 以上によれば,本件速度違反について,緊急避難はもちろん過剰避難は成
立しないし,適法行為の期待可能性がなかったともいえない。
(検察官求刑 罰金8万円)
  平成17年10月24日
神戸地方裁判所第4刑事部
裁判官   佐茂 剛

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