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平成17年(ネ)第10005号損害賠償等請求控訴事件
(旧表示・東京高裁平成15年(ネ)第4507号,原審・東京地裁平成14
年(ワ)第2473号)
口頭弁論終結日平成18年1月16日
判決
控訴人株式会社東芝
訴訟代理人弁護士吉武賢次
同宮嶋学
訴訟復代理人弁護士高田泰彦
補佐人弁理士佐藤政光
被控訴人オルガノ株式会社
訴訟代理人弁護士永島孝明
同安國忠彦
同明石幸二郎
補佐人弁理士中尾俊輔
同伊藤高英
同畑中芳実
同大倉奈緒子
同玉利房枝
同鈴木健之
同磯田志郎
同細田浩一
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人は,控訴人に対し,16億9700万円及びこれに対する平成14
年3月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
4仮執行宣言
第2事案の概要
1本件は,名称を「中空糸膜濾過装置」とする発明につき特許権(出願昭和
59年3月31日,登録平成6年6月21日,特許第1851891号,発
明の数2,平成16年3月31日期間満了,平成16年6月9日登録抹消。
以下「本件特許」又は「本件特許権」という。)を有していた控訴人(一審
原告)が,被控訴人(一審被告)に対し,東京電力柏崎原発4号機,同6号
機,東北電力女川原発3号機への各納入と中部電力浜岡原発4号機における
モジュール交換にそれぞれ用いられた別紙物件目録記載の中空糸膜濾過装
置(以下「被控訴人物件」という。)が,本件特許権を侵害するとして,1
6億9700万円余の損害賠償金又は不当利得金の支払を求めた事案であ
る。
2原審の東京地裁は,平成15年7月30日,前記請求の根拠とされた本件
特許の請求項1の発明(ただし,平成16年3月23日訂正審決前のも
の。)は,本件特許の出願日より前の昭和58年10月27日に頒布された
公開特許公報である特開昭58-183916号公報(以下にいう「引用例
1」)及び同じく本件特許の出願より前の昭和53年9月29日に頒布され
た特許公報である特公昭53-35869号公報(以下にいう「引用例
2」)により,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する
者(当業者)であれば,容易に発明をすることができたから,本件特許には
特許法29条2項に違反する無効事由のあることが明らかであり,本件特許
が有効であることを前提とする控訴人の本訴請求は,権利濫用として許され
ないとして,請求をすべて棄却した。そこで一審原告である控訴人は,これ
を不服として本件控訴を提起した。
3一方,本件訴訟の提起を受けた被控訴人(一審被告)は,平成14年6月
14日,本件特許の請求項1(訂正前発明)について,前記引用例1及び引
用例2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから,本件特許に
は特許法29条2項に違反する無効事由があることを理由として,特許庁に
対し特許無効審判を請求した。特許庁は,同請求を無効2002-3524
8号事件として審理し,平成17年9月5日に至り,後記訂正後の請求項1
につき「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした。
この間の平成15年12月2日,特許権者である控訴人は,本件特許の請
求項1の訂正等を求める訂正審判を請求し(訂正2003-39256
号),特許庁は平成16年3月23日,上記訂正を認める審決をした。
4控訴審である当審に至り,一審原告である控訴人は,請求の原因たる本件
特許の請求項1の発明を上記平成16年3月23日訂正審決のとおり(以
下「本件発明」という。)と改め,一方,一審被告たる被控訴人は,原審に
おける権利濫用の主張を,平成17年4月1日より施行された特許法104
条の3第1項に基づく権利行使の制限の主張に改めた。
5なお,平成17年9月5日になされた前記3の特許庁の審決(請求不成
立)に対し,被控訴人が原告・控訴人が被告となって,その取消しを求める
訴訟(当庁平成17年(行ケ)第10707号)が提起され,本件訴訟と並
行して審理が進められている。
第3当事者の主張
1請求原因
(1)本件発明の内容
本件特許の請求項1の発明で平成16年3月23日付け訂正審決による訂
正後の発明(本件発明)を,構成要件に分説すると,以下のとおりAないし
Dとなる(以下「構成要件A」~「構成要件D」という。下線は訂正部
分)。
A容器本体と,前記容器本体内に配設した仕切板と,前記容器本体の前記
仕切板より下方位置の流入口に設けた液体供給管と,前記容器の上端部の
流出口に設けた処理液排出管と,前記容器本体の下端部の流出口に設けた
濃縮液排出管と,前記仕切板に固定された中空糸膜モジュールとから構成
され,かつ濾過操作が中止されて逆洗操作が行われ濃縮液が排出されるよ
うにした中空糸膜濾過装置において,
B前記中空糸膜モジュールは
a取水管と,
b前記取水管の周囲に配設された,液体中の分散固形物を捕捉する多数
本の中空糸膜フィルタと,
c前記取水管と前記中空糸膜フィルタの両端を解放状態で接着固定した
端部材
とから構成され,
C前記液体中の分散固形物が分離されて前記中空糸膜フィルタ内に浸透し
た処理液の一部が上記中空糸膜フィルタの中空部の下端から取水管に流れ
るようにしたことを特徴とする
D中空糸膜濾過装置。
(2)被控訴人の侵害行為
ア被控訴人物件の構成は,別紙物件目録記載のとおりである。
イ本件発明の構成要件と被控訴人物件の構成の対比
(ア)構成要件A
本件発明の構成要件Aと,被控訴人物件の物件目録「第3構造の説
明」における1(以下「構成1」という。)は略同一であり,被控訴人
物件は本件特許発明の構成要件Aを充足する。
(イ)構成要件B
a構成要件Ba
被控訴人物件における「多数本の太い中空糸膜フィルタ」は,構成
要件Baの「取水管」に該当する。訂正明細書(甲18の2)の特許
請求の範囲に記載されているとおり,「取水管」とは,「中空糸膜モ
ジュール」の構成要素であり,「取水管」の周囲に多数本の中空糸膜
フィルタが配設されており,「取水管」の両端は解放状態で,中空糸
膜フィルタ内に浸透した処理液の一部が中空糸膜フィルタの中空部の
下端から「取水管」に流れるものである。一方,被控訴人物件の「多
数本の太い中空糸膜フィルタ」は,中空糸膜モジュールの構成要素で
あり,「多数本の太い中空糸膜フィルタ」の周囲に多数本の細い中空
糸膜フィルタが配設されており,「太い中空糸膜フィルタ」の両端は
解放状態で,細い中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の一部がこの
細い中空糸膜フィルタの中空部の下端から「太い中空糸膜フィルタ」
に流れる構造になっている。したがって,被控訴人物件における「多
数本の太い中空糸膜フィルタ」は,構成要件Baの「取水管」に該当
し,被控訴人物件は本件特許発明の構成要件Baを充足する。
b構成要件Bb
前記のとおり,被控訴人物件における「多数本の太い中空糸膜フィ
ルタ」は,構成要件Bbの「取水管」に該当する。また,被控訴人物
件における「多数本の太い中空糸膜フィルタ」の周囲には,液体中の
分散固形物を捕捉する多数本の細い中空糸膜フィルタが配設されてい
る。したがって,被控訴人物件は本件特許発明の構成要件Bbを充足
する。
c構成要件Bc
被控訴人物件における「接着樹脂」は,構成要件Bcの「端部材」
に該当する。訂正明細書の特許請求の範囲に記載されているとお
り,「端部材」とは,「取水管」と「中空糸膜フィルタ」の両端を解
放状態で接着固定したものである。一方,被控訴人物件の「接着樹
脂」も,本件特許発明の「取水管」に該当する「太い中空糸膜フィル
タ」と,「細い中空糸膜フィルタ」の両端を解放状態で接着固定した
ものである。したがって,被控訴人物件における「接着樹脂」は,構
成要件Bcの「端部材」に該当し,被控訴人物件は本件特許発明の構
成要件Bcを充足する。
(ウ)構成要件C
前記のとおり,被控訴人物件における「多数本の太い中空糸膜フィル
タ」は,本件特許発明の「取水管」に該当する。また,物件目録の第2
図に矢印で示されているとおり,被控訴人物件は,細い中空糸膜フィル
タ内に浸透した処理液の一部が細い中空糸膜フィルタの中空部の下端か
ら太い中空糸膜フィルタに流れるようにしている。したがって,被控訴
人物件は本件特許発明の構成要件Cを充足する。
(エ)構成要件D
被控訴人物件は構成要件Dを充足する。
(オ)以上のとおり,被控訴人物件は,構成要件AないしDをすべて充足す
るものである。
ウ被控訴人は,株式会社日立製作所(以下「日立製作所」という。)に対
し,本件発明の構成要件を充足することを知り,又は過失により知らない
で,本件特許権の有効期間内に,被控訴人物件である中空糸膜濾過装置又
は中空糸膜モジュールを販売し,下記に示す各時期・場所において中空糸
膜濾過装置の納入又は中空糸膜モジュールの交換をしている。

①平成6年10月31日東京電力柏崎原発4号機濾過装置納入
②平成8年12月30日東京電力柏崎原発6号機濾過装置納入
③平成14年1月ころ東北電力女川原発3号機濾過装置納入
④平成8年1月ころ中部電力浜岡原発4号機モジュール交換
⑤平成9年5月ころ中部電力浜岡原発4号機モジュール交換
⑥平成10年9月ころ中部電力浜岡原発4号機モジュール交換
中空糸膜濾過装置が一定期間使用され,その機能が低下し又はなくなっ
たとしても,中空糸膜モジュールを交換することで,新品に近い状態にな
るのであり,この中空糸膜モジュール交換後の中空糸膜濾過装置は,本件
発明の技術的範囲に属するものであるから,中空糸膜モジュールの交換
は,実質的に本件発明に係る中空糸膜濾過装置の生産と同視すべきであ
る。
仮にそうでないとしても,中空糸膜モジュールの交換は,特許法101
条1号の間接侵害に該当する。すなわち,中空糸膜モジュールは,本件発
明の実施品である中空糸膜濾過装置の中空糸膜モジュールが消耗等した場
合の取り替え部品としてのみ生産,販売されるものであるから,被控訴人
の上記行為が間接侵害に当たることは明らかである。
(3)損害ないし不当利得の発生
控訴人が上記(2)ウの納入,交換を行えば,その売上は少なくとも76億
6000万円に上り,この売上額に控訴人の平均利益率である約22.15
%を乗じると,16億9700万円となる。したがって,控訴人の逸失利益
の額は,16億9700万円であり,これが,控訴人の受けた損害額とな
る。また,被控訴人は,これと同額の利得を得ている。
(4)まとめ
よって,控訴人は,被控訴人に対し,本件特許権侵害に基づく損害賠償金
又は不当利得金として16億9700万円及びこれに対する訴状送達の日の
翌日である平成14年3月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合に
よる遅延損害金又は法定利息の支払を求める。
2請求原因に対する認否
(1)請求原因(1)(本件発明の内容)は認める。
(2)同(2)ア(被控訴人物件の構成)について
ア別紙物件目録の「第1図面の説明」,「第2図面の符号」及び「第
3構造の説明」は,認める。
イ別紙物件目録の「第4洗浄操作に係る構成の説明」のうち,「本件中
空糸膜濾過装置は,以下の2通りの洗浄操作が行われるようにした中空糸
膜濾過装置である」との記載は否認する。
(3)同(2)イについて,被控訴人物件が構成要件AないしDを充足することは,
否認する。
(4)同(2)ウについて,東京電力の柏崎原発の4号機,同6号機に中空糸膜濾過
装置を納入したのは,日立製作所であり,被控訴人は同社の下請け会社であ
る。東北電力の女川原発3号機については,本訴提起日にはまだ中空糸膜濾
過装置は納入されていない。被控訴人が,中部電力の浜岡原発4号機におい
て,少なくとも3回中空糸膜モジュールを交換したことは認める。その余の
控訴人の主張は,否認する。
(5)同(3)(損害ないし不当利得の発生)は,争う。
3抗弁
(1)特許法104条の3第1項に基づく権利行使の制限-抗弁(1)
ア本件発明は,本件特許の出願日より前の昭和58年10月27日に頒布
された公開特許公報である特開昭58-183916号公報(原判決にい
う「916公報」。乙3の4。以下「引用例1」といい,これに記載され
た発明を「引用発明1」という。)及び同じく本件特許の出願より前の昭
和53年9月29日に頒布された特許公報である特公昭53-35869
号公報(原判決にいう「869公報」。乙3の3。以下「引用例2」とい
い,これに記載された発明を「引用発明2」という。)に基づいて,当業
者が容易に発明できたものであるから,本件特許は特許法29条2項に違
反し,特許無効審判により無効にされるべきものであり,特許法104条
の3第1項により,控訴人は被控訴人に対し,本件特許権の侵害を理由と
する損害賠償請求及び不当利得返還請求を行うことはできない。以下詳述
する。
イ本件発明
本件発明は,前記のとおり「容器本体と,前記容器本体内に配設した仕
切板と,前記容器本体の前記仕切板より下方位置の流入口に設けた液体供
給管と,前記容器の上端部の流出口に設けた処理液排出管と,前記容器本
体の下端部の流出口に設けた濃縮液排出管と,前記仕切板に固定された中
空糸膜モジュールとから構成され,かつ濾過操作が中止されて逆洗操作が
行われ濃縮液が排出されるようにした中空糸膜濾過装置において,前記中
空糸膜モジュールは取水管と,前記取水管の周囲に配設された,液体中の
分散固形物を捕捉する多数本の中空糸膜フィルタと,前記取水管と前記中
空糸膜フィルタの両端を解放状態で接着固定した端部材とから構成され,
前記液体中の分散固形物が分離されて前記中空糸膜フィルタ内に浸透した
処理液の一部が上記中空糸膜フィルタの中空部の下端から取水管に流れる
ようにしたことを特徴とする中空糸膜濾過装置。」(訂正明細書(甲18
の2)の【特許請求の範囲】第1項)というものである。
ウ引用発明1
(ア)引用例1(乙3の4)には,次の記載がある。
①「本発明は,・・・液体中の懸濁物を濾過する多孔質高分子膜からな
る中空糸濾過膜集束体を収納して保護し特に中空糸濾過膜に付着した
懸濁物を気体逆洗によって除去,洗浄するに際し有効な中空糸濾過膜
集束体の保護外筒に関する。
中空糸状の多孔質高分子膜は・・・限外濾過や逆浸透用の膜として
工業的にも採用されている。」(1頁左欄16行目~右欄8行目)
②「本発明に使用される濾過膜は,限外濾過などに使用されるもので・
・・あって,その一端を封じ多数本束ねて濾過膜集束体としたもので
ある。」(2頁右上欄3行目~8行目)
③「本発明に適用される濾過装置は第1図に示すように,濾過容器1に
は濾過液帯部Aと原液帯部Bとに分ける仕切板2が設けられている。
この仕切板には中空糸濾過膜集束体4を収納した保護外筒3が取付け
られている。懸濁物を含む原液は原液供給ライン5から原液帯部Bに
導入される。その液は保護外筒3の内部に入り,懸濁物は,中空糸濾
過膜集束体4の膜によって阻止され,濾過液は中空糸内を通り,濾過
液帯部Aに導かれ濾過液ライン6から濾過容器1外に取り出され
る。」(2頁右上欄19行目~左下欄9行目)
④「濾過処理時間とともに膜の表面には多量の懸濁物が付着し,濾過能
力が低下する。そこで逆洗気体供給ライン7から中空糸濾過膜集束体
4の中空糸内に逆洗気体を圧入する。この逆洗用気体によって中空糸
濾過膜集束体4の膜表面から無数の気泡が発生し付着した懸濁物を剥
離し洗浄する。この逆洗用気体は逆洗気体出口ライン8から濾過容器
1外に導出される。」(2頁左下欄9行目~16行目)
⑤「中空糸濾過膜集束体4の多数の中空糸の上端は接着剤で結束固定し
・・・」(2頁左下欄17行目~19行目)
(イ)引用例1の明細書の上記記載と図面から,引用例1には,下記の引用
発明1が記載されている。

「濾過容器1と,濾過容器1内に配設した仕切板2と,濾過容器1の
仕切板2より下方位置の原液帯部Bの流入口に設けた原液供給ライン
5と,濾過容器1の濾過液帯部Aの流出口に設けた濾過液ライン6
と,濾過容器1の下端部の流出口に設けたラインと,仕切板2に取付
けられた保護外筒3に収納された中空糸濾過膜集束体4とから構成さ
れ,
かつ濾過操作が中止されて逆洗操作が行われ濃縮液が排出されるよう
にした濾過装置において,
中空糸濾過膜集束体4は,
液体中の懸濁物を濾過する多数本の中空糸状の多孔質高分子膜と,
中空糸の上端を解放状態で結束固定した接着剤と
から構成された
濾過装置」
エ本件発明と引用発明1の対比
(ア)本件発明と引用発明1との一致点
引用発明1の「濾過容器1」,「仕切板2」,「原液供給ライン
5」,「濾過液ライン6」,「下端部の流出口に設けたライン」,「
中空糸濾過膜集束体4」,「中空糸状の多孔質高分子膜」,「接着
剤」,「濾過装置」は,本件発明の「容器本体」,「仕切板」,「液
体供給管」,「処理液排出管」,「濃縮液排出管」,「中空糸膜モジ
ュール」,「中空糸膜フィルタ」,「端部材」,「中空糸膜濾過装
置」にそれぞれ相当する。
したがって,本件発明と引用発明1とは,「容器本体と,前記容器
本体内に配設した仕切板と,前記容器本体の前記仕切板より下方位置
の流入口に設けた液体供給管と,前記容器の上端部の流出口に設けた
処理液排出管と,前記容器本体の下端部の流出口に設けた濃縮液排出
管と,前記仕切板に固定された中空糸膜モジュールとから構成され,
かつ濾過操作が中止されて逆洗操作が行われ濃縮液が排出されるよう
にした中空糸膜濾過装置において,
前記中空糸膜モジュールは,液体中の分散固形物を捕捉する多数本の
中空糸膜フィルタと,前記中空糸膜フィルタの上端を解放状態で接着
固定した端部材とから構成されたことを特徴とする中空糸膜濾過装
置。」である点において一致する。
(イ)本件発明と引用発明1との相違点
第一に,本件発明では,構成要件Ba及びBbにおいて,中空糸膜
モジュールが「取水管」を有し,「取水管」の周囲に多数本の中空糸
膜フィルタが配設されているのに対し,引用発明1では,中空糸膜モ
ジュールに取水管が設けられておらず,その結果,「取水管」の周囲
に多数本の中空糸膜フィルタが配設されているという構成を開示して
いない点で相違する(以下「相違点1」ということがある。)。
第二に,本件発明では,構成要件Bcにおいて,取水管と中空糸膜
フィルタの両端を解放状態で接着固定しているのに対し,引用発明1
では,中空糸膜フィルタの上端のみを解放状態で接着固定している点
において相違する(以下「相違点2」という。)。
第三に,本件発明では,「中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の
一部が中空糸膜フィルタの中空部の下端から取水管に流れる」のに対
し,引用発明1では,中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の全部が
中空糸膜フィルタの上端に流れる点において相違する(以下「相違点
3」といい,相違点1~3を併せて「相違点」という。)。
オ相違点の検討
(ア)引用発明2
a引用例2(乙3の3)には,次の記載がある。
①「本発明は,有機性若しくは無機性物質を含有する流体の処理に利
用される浸透膜を装備した浸透膜装置,特に浸透膜として半透性の
フィラメントを利用したモジュールに関するものである。
最近,逆浸透圧法による液体濾過,例えば脱塩技術が各方面で注
目されてきたが,それは従来のような蒸発法,冷凍法に比して低エ
ネルギーで濃縮も脱塩もでき,しかもこの方法は相変化を伴なうこ
ともなく脱塩,濃縮ができるからである。」(1欄21行目~29
行目)
②「本発明は,・・・膜の充填密度が大で,膜と膜との異常な密着な
らびに膜汚染を防止し得る新規な膜モジュールを提供することを目
的とするものである。
また,本発明での他の目的の一つは製造が容易であって且つ安価
につくような型式の膜モジュールを提供することにある。」(3欄
18行目~24行目)
③「本発明は,半透性の糸状,線性,棒状などの非中空フィラメント
乃至中空糸,中空管の如き中空フィラメントの単数乃至複数本と,
非半透性フィラメントの単数乃至複数本を交叉させて層状として該
層の単層又は複層をもって浸透膜モジュールの構成要素とし,該層
中の半透性フィラメントの少なくとも一端を膜透過水集水部に連通
せしめたことを特徴とするものである。
さらに本発明の実施例の図面を参照しつつ説明すれば,第1図示
例において,半透性中空フィラメント1を経糸または緯糸とし,こ
れに交叉させて緯糸または経糸に非半透性の例えばポリエチレン製
のフィラメント2を使用して形成させた織布の間にコルゲイト式の
スペーサ3を挟んで,被処理液導入管4に連通された多数の分散孔
5を有する分散管6を中心軸として,のり巻き状に巻き,さらにそ
の表面をポリプロピレン等の織布7によって被覆し,こののり巻き
状に巻いた織布中の半透性フィラメント1の両端をエポキシ樹脂等
のチューブシート8によって集束し,それぞれ集水室9に連通させ
てある。また集水室9には流出管10が接続され,集水室9外壁に
は流路11が形成されている。」(3欄25行目~4欄3行目)
④「半透性[中空]フィラメント1の表面から圧力によって膜透過し
た透過液は,両端の集水室9内に集水され,連通管13を経て流出
管10から系外へ取り出される。」(4欄11行目~14行目)
⑤「このモジュールは耐圧管(図示せず)内に単数または複数個を格
納されて使用され,また流路11を設けず直接耐圧管本体に適宜設
けられた排出口から系外へ排出させることもできる。」(4欄19
行目~23行目)
b引用例2の明細書の上記記載と図面から,引用例2には,「連通管
13と,連通管13の周囲に配設された多数本の半透性中空フィラメ
ント1と,連通管13と半透性中空フィラメント1の両端を解放状態
で集束したチューブシート8とからなる構成を有する浸透膜モジュー
ル」と「半透性中空フィラメント1の表面から膜透過した透過液の一
部が,半透性中空フィラメント1の一端から連通管13に流れるこ
と」が開示されている。
引用発明2の「連通管13」は本件発明の「取水管」に相当する。
なぜならば,引用発明2の「連通管13」は両端の集水室9を連通し
て,半透性中空フィラメント1の一端から一方の集水室9に集水され
た透過液を流出管10から系外へ取り出すためのものであるからであ
る。引用発明2の「半透性中空フィラメント1」は,液体濾過に使用
される「溶媒たる淡水を浸透させるが溶質(塩及びイオン)は浸透さ
せない微細孔をもつ半透膜」(乙3の3の1欄30行目~32行目)
であって,「中空糸」(3欄26行目)であるから,「中空の糸状に
成形した濾過用多孔性物質」であり,本件発明の「中空糸膜フィル
タ」に相当する。引用発明2の「チューブシート8」は,連通管13
と半透性中空フィラメント1の両端部に設けられており,本件発明
の「端部材」に相当する。引用発明2の「浸透膜モジュール」は,多
数本の半透性中空フィラメントを内蔵しており,本件発明の「中空糸
膜モジュール」に相当する。
したがって,引用発明2の「連通管13」,「半透性中空フィラメ
ント1」,「チューブシート8」,「浸透膜モジュール」は,本件発
明の「取水管」,「中空糸膜フィルタ」,「端部材」,「中空糸膜モ
ジュール」にそれぞれ相当する。
c以上から,引用発明2には,相違点1の「中空糸膜モジュールが「
取水管」を有し,「取水管」の周囲に多数本の中空糸膜フィルタが配
設されている」点,相違点2の「取水管と中空糸膜フィルタの両端を
解放状態で接着固定している」点及び相違点3の処理液の一部が取水
管に流れる中空糸膜フィルタの中空部の一端が「下端」であることを
除く,「中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の一部が中空糸膜フィ
ルタの中空部の一端から取水管に流れる」点が開示されている。
(イ)本件発明の容易想到性
a相違点1について
引用発明2には,相違点1の「中空糸膜モジュールが「取水管」を
有し,「取水管」の周囲に多数本の中空糸膜フィルタが配設されてい
る」点が開示されているので,引用発明1の中空糸膜モジュールに引
用発明2の構成を適用することで,本件発明の「中空糸膜モジュール
が「取水管」を有し,「取水管」の周囲に多数本の中空糸膜フィルタ
が配設されている」構成を得ることができる。
b相違点2について
引用発明2には,相違点2の「取水管と中空糸膜フィルタの両端を
解放状態で接着固定している」点が開示されているので,引用発明1
の中空糸膜モジュールに引用発明2の構成を適用することで,本件発
明の「取水管と中空糸膜フィルタの両端を解放状態で接着固定してい
る」構成を得ることができる。
c相違点3について
引用発明2には,相違点3の「中空糸膜フィルタ内に浸透した処理
液の一部が中空糸膜フィルタの中空部の一端から取水管に流れる」点
が開示されているが,処理液の一部が取水管に流れる中空糸膜フィル
タの中空部の一端が「下端」である点については明示されていない。
しかしながら,本件特許の訂正明細書(甲18の2)及び図面(甲2
の4頁)には従来技術としてU形モジュールが記載されており,引用
例1の図によれば,中空糸膜モジュールが鉛直に配置されている。ま
た,本件特許出願当時,中空糸膜モジュールを横方向又は縦方向で使
用するかは当業者が適宜選択し得る設計事項の範囲内であった。した
がって,引用発明2の中空糸膜モジュールを鉛直に配置し,「中空糸
膜フィルタ内に浸透した処理液の一部が中空糸膜フィルタの中空部の
下端から取水管に流れる」という本件発明の構成とすることは,格別
の困難性はなく,この点に特段の技術的意義を見出すこともできな
い。さらに,引用発明2には,中空糸膜モジュールの格納態様(使用
態様)を鉛直に配置することを排除又は制限する記載は存在しない。
したがって,相違点3の「下端」については,実質的な相違点に当た
らない。また,中空糸膜モジュールを鉛直方向に使用し中空糸膜モジ
ュールの上方の処理液排出管から処理液を排出する引用発明1の構成
に,引用発明2の構成を適用することで,中空糸膜フィルタ内に浸透
した処理液の一部が中空糸膜フィルタの中空部の上端から直接濾過液
帯部Aに集まり,処理液の他の一部が中空糸膜フィルタの中空部の下
端から取水管を通じて濾過液帯部Aに集まる構成となることは明らか
である。したがって,引用発明1に引用発明2を適用することで,「
中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の一部が中空糸膜フィルタの中
空部の下端から取水管に流れる」構成を得ることができる。
カ引用発明1に引用発明2を組み合わせる契機及び動機付け
(ア)技術分野の共通性
a本件発明の濾過方法
本件発明は,「中空糸膜濾過装置」と記載して中空糸膜を濾材とす
る濾過装置を対象とするが,濾過方法については何らの限定も存在し
ないから,本件発明の「中空糸膜濾過装置」には,中空糸膜を濾材と
する精密濾過法と限外濾過法の濾過装置のみならず,中空糸膜を濾材
とする逆浸透法の濾過装置も包含される。そもそも本件発明の認定は
その請求項に基づいてなされなければならないのであり,本件発明の
請求項は「濾過膜の有する孔より大きい分散固形物」という限定をし
ていないので,本件発明においては,中空糸膜フィルタが「分散固形
物」を分離できればいいものであり,「分散固形物」については,精
密濾過膜と限外濾過膜ばかりでなく,逆浸透膜によっても分離するこ
とができるのは当然のことである。本件発明の請求項は,「中空糸膜
フィルタ内に浸透した処理液」と記載し,「浸透」とは「①しみとお
ること。しみこむこと。②濃度の異なる溶液を,半透膜で境する時,
溶媒がその膜を通って濃度の高い溶液側に移行する現象」(広辞苑第
5版)のことである。したがって,本件発明の請求項の記載から,処
理液が膜の孔を通過する精密濾過法や限外濾過法だけではなく,処理
液が膜を浸透によって通過する逆浸透法が含まれることも明白であ
る。
b引用発明1の濾過方法
引用例1(乙3の4)は,「中空糸状の多孔質高分子膜は・・・限
外濾過や逆浸透用の膜として工業的にも採用されている」(1頁右欄
5行目~8行目)と記載する。したがって,引用発明1の中空糸膜濾
過方法の技術分野には限外濾過法の濾過装置及び逆浸透法の濾過装置
が含まれることは,明らかである。
c引用発明2の濾過方法
引用例2(乙3の3)は,「本発明は,有機性若しくは無機性物質
を含有する流体の処理に利用される浸透膜を装備した浸透膜装置,特
に浸透膜として半透性のフィラメントを利用したモジュールに関する
ものである」(1欄21行目~24行目)と記載する。引用発明2
は,浸透膜として半透性のフィラメントを装備した浸透膜装置に関す
るものであるが,そこにはその用途の一つとして,「逆浸透圧法によ
る液体濾過」(乙3の3の1欄25行目)が記載されているが,逆浸
透圧法以外の濾過に適用されないという明示の記載はない。
d「分散固形物を分離できる中空糸膜を濾材とする濾過装置」として
の技術分野の同一性
前述したとおり,本件発明に係る中空糸膜濾過装置の濾過方法に
は,精密濾過法及び限外濾過法だけではなく,逆浸透法も含まれるの
で,本件発明の中空糸膜濾過装置の技術分野には,精密濾過法の装置
及び限外濾過法の装置だけではなく,逆浸透法の装置も含まれる。そ
して,引用発明1の中空糸膜濾過装置の濾過方法には,少なくとも限
外濾過法と逆浸透法が含まれ,引用発明2に係る中空糸膜濾過装置の
濾過方法には,少なくとも逆浸透法が含まれるのであるから,引用発
明1と引用発明2は,本件発明に開示する「分散固形物を分離できる
中空糸膜を濾材とする濾過装置」である点において,技術分野は同一
である。さらに,引用例1(乙3の4)には,「中空糸状の多孔質高
分子膜は・・・限外濾過や逆浸透用の膜として工業的にも採用されて
いる」(1頁右欄5行目~8行目)と記載されているのであるから,
引用発明1に逆浸透法や限外濾過法の濾過装置の技術を適用する動機
付けが積極的に明示されている。したがって,引用発明2の技術を引
用発明1に適用することは,当業者が容易になし得ることである。
e「圧力を推進力として中空糸膜を利用する濾過装置」としての技術
分野の共通性
たとえ本件発明と引用発明1が精密濾過法と限外濾過法のみに関す
るものであり,引用発明2が逆浸透法のみに関するものであったとし
ても,いずれの濾過装置も,「圧力を推進力として中空糸膜を利用す
る濾過装置」である点で一致する。そもそも「中空糸膜を濾材とする
濾過装置」には,分離する対象に応じて,「精密濾過法」,「限外濾
過法」及び「逆浸透法」に分類することもできるが,公知刊行物であ
る「逆浸透法・限外濾過法Ⅱ応用膜利用技術ハンドブック」(昭和5
3年6月30日株式会社幸書房発行,大矢晴彦編著。乙8。以下「乙
8刊行物」という。)及び「改訂四版化学工学便覧」(昭和59年
1月20日第4刷丸善株式会社発行。乙9。以下「乙9刊行物」とい
う。)により,本件特許出願当時,既にこれらの分類は相互に密接に
関連していたことは争いようがなく,「精密濾過法」,「限外濾過
法」及び「逆浸透法」は,「透過法」という技術分野の一部であ
り,「選択透過性膜を用いて,圧力を推進力として,溶液を分離す
る」点において濾過の原理は同一である。「精密濾過法」,「限外濾
過法」及び「逆浸透法」の相違は,「透過性膜の選択性」であり,換
言すれば分離する粒子の大きさにすぎない。乙9刊行物の図12・2
2(930頁)は,分離する粒子の大きさを分かりやすく表にしてお
り,分離する粒子の大きさに関しても,「精密濾過法」,「限外濾過
法」及び「逆浸透法」とが相互に重なる部分を有することを示してい
る。
f技術的発展からみた濾過法の技術分野の共通性
技術的な発展からみても,「精密濾過法」,「限外濾過法」及び「
逆浸透法」が密接に関連していることは明らかである。「造水技術-
水処理のすべて-」(昭和58年5月10日財団法人造水促進センタ
ー発行,造水技術編集企画委員会編。乙10。以下「乙10刊行物」
という。)及び「逆浸透法・限外濾過法Ⅰ理論」(昭和57年3月1
日第2刷株式会社幸書房発行,大矢晴彦編著。甲7。以下「甲7刊行
物」という。)の記載によれば,もともと「限外濾過法」は,通常の
粒子より更に細かい微小体を濾過できる方法という意味で使用されて
おり,現在の「逆浸透法」もその一部であったのである。そして,「
限外濾過法」の中で,著しい低分子の溶質を分離する場合を「逆浸透
法」と呼び,残りの微小体について「限外濾過法」と呼ぶことにした
のである。
g分散固形物の除去装置構造の同一性
濾過の原理が同じであることから,中空糸膜フィルタを使用する「
精密濾過法を用いた装置」,「限外濾過法を用いた装置」及び「逆浸
透法を用いた濾過装置」は,基本的には,流体分離装置(分散固形物
の除去装置)として同じ構造を有する。例えば,特開昭57-10
2202号公報(乙7。以下「乙7公報」という。)は,「選択透過
性を有する中空糸を用いた流体分離装置に関する」(1頁右欄2行目
~3行目)ものであるが,「本発明の流体分離装置の具体的な応用例
としては,・・・逆浸透法,・・・限外濾過,・・・液体透過,・・
・気体透過などの膜分離操作を挙げることができ,いずれの場合も大
規模で効率的な処理が可能である」(5頁右上欄1行目~9行目)と
して,乙7公報の流体分離装置が逆浸透法,限外濾過(精密濾過),
液体透過,気体透過などの膜分離操作のいずれにも適用できることを
開示する。したがって,流体分離装置は,中空糸膜フィルタを適宜選
択することによって,「精密濾過法」,「限外濾過法」及び「逆浸透
法」の何れにも適用できるのである。
h中空糸膜フィルタの材料の共通性
「精密濾過法」及び「逆浸透法」においては,使用される中空糸膜
フィルタの材料も共通している。例えば,引用例1(乙3の4)にお
いては,濾過膜の材料として「ポリビニルアルコール系,酢酸セルロ
ーズ系,ポリアクリロニトリル系」(2頁右上欄3行目~5行)が例
示されて,引用例2(乙3の3)においては,半透膜の材料として「
アセチルセルローズ(判決注:「酢酸セルローズ」の別称)系の膜,
アロマティックポリアマイド系の膜」(1頁右欄9行目~10行目)
が例示されている。このように,引用発明1及び引用発明2において
使用される濾過膜の材料は,酢酸セルローズ系において共通してお
り,その他の材料も合成高分子膜という点で関連している。
i技術分野の共通性に基づく引用発明1に引用発明2を適用する動機
付け
上述したように,「精密濾過法」,「限外濾過法」及び「逆浸透
法」の濾過の原理は同じであり,それらを利用する濾過装置の構造も
基本的には同じであり,それら濾過装置において使用される中空糸膜
フィルタの材料も共通しているという点において,「精密濾過法によ
る装置」,「限外濾過法による装置」及び「逆浸透法による濾過装
置」の技術分野は共通しているのである。また,それらの技術的発展
においてもそれらの技術分野は密接に関連している。したがって,中
空糸膜フィルタを使用する「精密濾過法による装置」又は「限外濾過
法による装置」の課題を解決するために,それらの装置と技術分野が
共通する,中空糸膜フィルタを使用する「逆浸透法による濾過装置」
の技術事項又は技術的思想を参酌することは,当業者にとって当然の
ことである。限外濾過法と逆浸透法が明記されている引用発明1と逆
浸透法が明記されている引用発明2は,技術分野が共通又は密接に関
連し,このことは引用発明1に引用発明2を組み合わせる動機付けと
なり得るものであり,引用発明1の「中空糸膜モジュール」に,引用
発明2の「中空糸膜モジュール」に開示された「取水管」を設け,「
取水管と中空糸膜フィルタの両端を解放状態で接着固定する」技術的
思想を適用することは,当業者ならば,容易になし得るものである。
(イ)課題及び作用効果の共通性
a課題の共通性
本件特許につき平成17年9月5日になされた審決は,「引用発明
2の構成・・・を引用発明1に適用する課題の共通性による動機付け
が有るとはいえない」(甲23の審決19頁28行目~29行目)と
判断し,その理由として,「中空糸膜フィルタの圧損による透過水の
減少を解消して透過水量を増加させる」という課題が引用例1及び引
用例2に記載も示唆もされていないことを挙げる(同18頁6行目~
18行目)。
確かに,引用例2(乙3の3)には「中空糸膜フィルタの圧損によ
る透過水の減少を解消して透過水量を増加させる」と明記されていな
いが,圧損の問題点は,以下に述べるとおり,本件特許出願当時,中
空糸膜フィルタにおいて普遍的ないし周知の課題であったので,当業
者は,半透性中空フィラメントを使用している引用発明2において各
モジュールが長さ方向について制限されているのは,半透性中空フィ
ラメントの圧損の影響であると理解する。例えば,乙8刊行物には,
逆浸透モジュールの中空糸膜フィルタの特徴について,「半透膜を中
空糸にすることにより次の特徴が生じる。(1)逆浸透モジュールが非
常にコンパクトにできる。・・・(2)しかし透過水側の圧力損失が大
きい。半透膜を通り抜けた水は細い中空部を通って流れるため,透過
水側の圧損は市販装置では数kg/cmの値になっていると推定され2
る」(48頁13行目~19行目)との記載があり,要するに,逆浸
透モジュールの中空糸膜フィルタの中空部を流れる流体は,中空糸膜
フィルタの「細い中空部」という形状により必然的に圧損の影響を受
けるのである。このことは圧損の理論式として知られる下記ハーゲン
・ポアズイユの式(ここで,ΔP:圧損,μ:粘性,u:流速,L:
長さ,D:直径である。)からも明らかである。

また,乙7公報は,中空糸膜フィルタを用いた大容量の逆浸透装置
を製作するに当たっての留意点として,「中空糸内透過液流動圧損の
ため,中空糸組立体[モジュール]中の中空糸はその長さ方向の制約
を受ける」(2頁左上欄13行目~14行目)と記載し,乙7公報か
らも,本件特許出願当時,中空糸膜フィルタを利用した濾過装置にお
いて,圧損は生じており,「圧損の影響を少なくする」という普遍的
ないし周知の技術的課題が存在していたことは明らかである。さら
に,引用例2には,逆浸透膜モジュールを2つ直列に接続した構造が
開示されており,モジュールを直列に接続することは,「処理能力を
向上させる」という課題及び「長尺化した方が望ましいが,圧損のた
D
L
uP××=Δμ
めその長さ方向の制約を受ける」という課題を示唆している。したが
って,引用発明2と引用発明1の「圧損の減少」及び「透水量を増や
す」という技術的課題は少なくとも共通しており,これ自体におい
て,引用発明1に引用発明2の技術的思想を適用する動機付けとなる
のである。仮に引用例1及び引用例2にそれらの課題が記載又は示唆
されていないとしても,引用発明1と引用発明2はその技術分野が少
なくとも共通又は密接に関連しており,本件発明の技術的課題が普遍
的ないし周知であるので,引用発明1又は2に具体的な技術的課題の
明示的な提示がなくても,引用発明1に引用発明2の構成を適用し又
は組み合わせる動機付けは存在し,それゆえに本件発明に容易に想到
し得るというべきである。
控訴人は,逆浸透膜モジュールでは圧力損失の影響がほとんど無視
できる範囲である旨主張する。しかし,1977年(昭和52年)に
発表された「OptimalDesignofHollowFiberModules(中空ファイバ
モジュールの最適設計)」(AlChEJournal,vol.23,No.5,1977,
p765-768。乙33。以下「乙33論文」という。)には,当時,実用
化されていた逆浸透膜モジュールであるデュポン社のB-9パーミエ
ーターに基づいて,最適な逆浸透膜モジュールを設計するための方法
について,中空糸状の逆浸透膜の中空部を流れる透過水の圧力損失
は,ハーゲン・ポアズイユの修正流体法則(式(2),(3))
によって説明することができ(765頁右欄16行目~18行目),
膜透過係数A,溶媒粘性μ,ファイバ有効作用長さl又はシール長さls
が増加すると大きくなり,逆浸透膜モジュールの効率を抑制する要因
として知られていたのである(766頁右欄25行目~29行目)。
さらに,乙33論文には,逆浸透膜モジュールの効率を向上させるた
めに圧力損失を少なくしなければならないことも明記され(766頁
右欄35行目~38行目),本件特許出願前から実用化されていたデ
ュポン社のB-9パーミエーターにおいても,圧力損失を考慮して中
空糸膜の半径が設計されていた(766頁右欄7行目~12行目)。
この点について,甲7刊行物の著者で乙8刊行物の編著者である大矢
晴彦も,本件特許出願当時,中空糸状の逆浸透膜において,中空部を
流れる透過水の圧力損失を低減して透水量を増やすという技術課題は
普遍的ないし周知のものであったと断定している(乙32の本文1頁
15行目~17行目)。
b作用効果の共通性
引用例2(乙3の3)には,引用発明2のモジュールについて,半
透性中空フィラメント1と連通管13の両端を集水室9に連通させて
解放状態としているので,半透性中空フィラメント1の表面から圧力
によって膜透過した透過液は,両端の集水室9内に集水され,第2図
右側の集水室9に集水された透過液は,連通管13を経て,第2図左
側の集水室9に集水された透過液とともに流出管10から系外へ取り
出されることが記載されている(4欄11行目~14行目)。さら
に,引用例2は,その第2図及び第3図に示されているように,モジ
ュールを複数個直列接続して,中空糸膜濾過装置を縦長構造にしてい
るのであって,引用発明2の動作は,本件発明の濾過動作と同じであ
り,引用発明2においても,本件発明と同様の効果が得られることは
明らかである。
(ウ)効果の予測性
逆浸透膜モジュールにおいても,両端解放構造を採用すれば,片端解
放構造に比べて約2倍の透水量を得ることができるのであり,このこと
は,乙33論文によって,本件特許出願前から公知なものであった。こ
のため,当業者は,引用発明2において,両端解放構造の半透性中空フ
ィラメントを採用して連通管を設けることによって,片端解放構造に比
べて約2倍の透水量を得ることができるという効果を容易に把握するこ
とができたのである。したがって,本件発明の効果は,引用発明1及び
引用発明2から予測される効果を超えるものではなく,本件発明に顕著
な作用効果を認めることはできない。
(エ)引用発明2を引用発明1と組み合わせることの阻害事由に係る控訴人
の主張に対し
a控訴人は,5つの理由を挙げて,引用発明2を引用発明1に組み合
わせることには阻害事由が存在する旨主張する。
bしかし,控訴人の主張は,引用発明2の正しい認定とはかけ離れた
発明の認定を前提とするものであり,失当である。控訴人が引用する
引用例2(乙3の3)の目的及び作用効果についての記載は,「半透
性フィラメントと,非半透性フィラメントとを相互に交叉させて層状
とし,該層の単層又は複層をもって浸透膜モジュールの構成要素と
し,該層中の半透性フィラメントの少なくとも一端を膜透過水集水部
に連通せしめたこと」に関するものであるが,この記載は,引用例2
の第1図乃至第3図に記載されたモジュールにおいて,半透性中空フ
ィラメントの両端を膜透過水集水部に連通し,更に連通管13を配設
し,連通管13の両端を膜透過水集水部に連通した構成を採用したこ
との技術的意味を示すものではない。引用例2は,「半透性フィラメ
ントの両端を膜透過水集水部に連通させ,更に連通管13を配設し,
その両端を膜透過水集水部に連通させること」について,「半透性フ
ィラメント1の表面から圧力によって膜透過した透過液は,両端の集
水室9内に集水され,連通管13を経て流出管10から系外へ取り出
される」(4欄11行目~14行目)と記載する。すなわち,引用例
2において,「半透性中空フィラメントの両端を膜透過水集水部に連
通させ,更に連通管13の両端を膜透過水集水部に連通させる」構成
を採用するのは,半透性中空フィラメントを透過した透過液を両端の
集水室9に集水し,その一方の集水室9に集水した透過液を連通管1
3を経て取り出すためである。そして,この構成を採用することで中
空糸膜フィルタの圧損の影響が減少することは,中空糸膜フィルタの
圧損の減少という技術的課題が中空糸膜濾過装置において普遍的ない
し周知の技術的課題であったため,当業者にとって自明なことであ
り,さらに,同構成を採用することにより透水量が増加することも,
上述したとおり当業者に自明のことである。したがって,引用例2に
は,「半透性中空フィラメントの両端を膜透過水集水部に連通させ,
更に連通管13の両端を膜透過水集水部に連通させる」ことで,半透
性中空フィラメントを透過した透過液を両端の集水室9に集水し,そ
の一方の集水室9に集水した透過液を連通管13を経て取り出し,中
空糸膜フィルタの圧損を減少又は透水量を増加させる引用発明2が開
示されているのである。このように,引用発明2は,半透性中空フィ
ラメントを透過した後の透過水に関するものなのである。
c(a)控訴人は,阻害事由①として,引用発明2の半透性のフィラメン
トと非半透性フィラメントを相互に交叉させて層状とする構成を採
用することで,膜面積が減少して,透水量が減少してしまうという
不利益を挙げるが,上述したとおり,「半透性フィラメントと非半
透性フィラメントを相互に交叉させて層状とする構成」は引用発明
2に必須の構成ではないので,控訴人の上記理由は前提に誤りがあ
る。
(b)控訴人は,阻害事由②として,引用発明2が前提とする堆積物を
攪拌するような乱流あるいは堆積物を吹き飛ばすような高速流は,
清澄な濾液を得られる効果を減じ,引用発明1のような全量濾過の
精密濾過法の装置においては,不利益を生じさせると主張するが,
前提において誤りである。精密濾過法の装置は全量濾過(デッドエ
ンドフロー濾過)に限定されるものではなく,平行流濾過(クロス
フロー濾過)も適用可能である。さらに,「最新の膜処理技術とそ
の応用」(昭和59年8月1日フジ・テクノシステム発行,清水博
外監修。乙28)に記載されているように,精密濾過法に平行流濾
過(クロスフロー濾過)を適用すると,濾滓が膜面に積層されにく
くなるので,長時間の連続濾過が可能となるのである(3頁右欄1
2行目~5頁左欄1行目)。したがって,控訴人の上記主張も阻害
事由として認められないことは明らかである。
(c)控訴人は,阻害事由③として,引用例2記載の膜モジュールは,
集水室9がチューブシート8と一体となっていることから,引用例
1に記載されているような圧力容器内に処理液室を仕切るための仕
切板を必要としないものであり,仕切板による膜モジュールの支持
固定は,被処理液の流路断面の増加やデッドスペースの発生の原因
となり不利益を生じさせるものであり,排除されるべきものである
と主張する。
しかし,そもそも「仕切板」は,本件発明と引用発明1との相違
点ではないので,引用例2に「仕切板」が必要か否かは論点ではな
い。また,引用発明1の濾過装置において,中空糸膜フィルタは,
上端を解放状態で接着剤によって結束固定されているが(乙3の4
の2頁左下欄17行目~19行目),他方で,引用発明2の半透性
中空フィラメント1は,両端をエポキシ樹脂等のチューブシート8
によって集束されている(乙3の3の3欄25行目~4欄3行
目)。したがって,引用発明1の「接着剤」と引用発明2の「チュ
ーブシート8」とは,中空糸膜フィルタの端部を解放状態で接着固
定する点において同じ機能を有するのである。引用発明1の中空糸
膜モジュールにおいて,引用発明2の「半透性中空フィラメントの
両端を膜透過水集水部に連通させ,更に連通管13の両端を膜透過
水集水部に連通させる」という構成を適用すれば,引用発明1の「
濾過液帯部A」が半透性中空フィラメントの一方の端部を連通する
膜透過水集水部となり,引用発明1の「接着剤」が一方のチューブ
シート8となるのである。また,本件特許出願当時,容器本体内に
仕切板を配設し,仕切板に中空糸膜モジュールを固定する構成は,
濾過装置として一般的に採用されていた周知の技術であった(引用
例1,乙20)。前掲乙20(化学工場1983年4月号74頁~
81頁)の図2(75頁)において,左側のモジュール(M-31
00C-A)と中央のモジュール(M-3100P-A)は,中空
糸エレメントが一つの場合であり,右側のモジュール(T19-3
100-S)は中空糸エレメントが複数の場合である。同図におい
て,中空糸エレメントが1つの場合(左側及び中央のモジュール)
は,中空糸エレメントの上端を固定する接着部によって,ハウジン
グ内の被処理液(原液)と透過液を仕切って中空繊維膜を透過した
透過液が上端から取り出せるように構成されている。これらのモジ
ュールにおいては,中空糸エレメントが単数であるため,中空糸エ
レメントの上端を固定する接着部が仕切板としての機能も兼用して
いるのである。そして,同図の右側のモジュールに示すように,複
数の中空糸エレメントをタンク型のハウジング内に格納する場合
は,複数の中空糸エレメントを装着するために,ハウジング内に仕
切板を設けて,各中空糸エレメントの透過液側を共通の集水室に開
口させているのである。引用発明2では,チューブシート8によっ
て,被処理液と透過液との間が仕切られており,透過液の集水室9
が区画されているのであるから,耐圧管内に単数のモジュールを格
納した場合,乙20の図2の左側及び中央のモジュールと同様,チ
ューブシート8が仕切板を兼用しているとみることができる。した
がって,控訴人の圧力容器内に処理液室を仕切るための仕切板を必
要としないという主張は誤りである。また,引用発明2のモジュー
ルにおける一方の集水室9及びチューブシート8の構成を,引用例
1及び甲25に開示されているように,容器本体内に被処理液と透
過液との間を仕切るための別途の部材を仕切板として設け,容器本
体に仕切板で集水室を画定した構成とする技術的思想は,均等物に
よる置換にほかならず,当業者が容易に想到することができたもの
である。さらに,耐圧管内に複数個のモジュールを格納した場合,
装置をコンパクトにするために,各モジュールの集水室を共通とす
る技術的思想は当業者が通常考えるところであり,そのために,本
件特許出願当時周知であった,容器本体内に別途の部材を仕切板と
して配設し,仕切板に中空糸膜モジュールを固定する構成を採用す
ることも当業者にとって容易に想到することができたものであり,
設計事項の範囲内である。
以上のとおり,控訴人主張の阻害事由③についても,阻害事由と
して認められないことは明らかである。
(d)控訴人は,阻害事由④として,引用発明2の半透性のフィラメン
トと非半透性フィラメントを相互に交叉させて層状とする構成を引
用発明1のような精密濾過法の装置に適用することを考えると,気
体逆洗効率が落ちるという不利益が生じると主張する。しかし,上
述したとおり,「半透性のフィラメントと非半透性フィラメントを
相互に交叉させて層状とする構成」は引用発明2に必須の構成では
ないので,控訴人が主張する上記理由が,阻害事由として認められ
ないことは明らかである。
(e)控訴人は,阻害事由⑤として,逆洗によって膜表面から剥離され
た懸濁物が引用発明2の半透性のフィラメントと非半透性フィラメ
ントを相互に交叉した部分に堆積して排出されず,逆洗効果が低下
するなどのデメリットが生じると主張する。しかし,上述したとお
り,「半透性のフィラメントと非半透性フィラメントを相互に交叉
させて層状とする構成」は引用発明2に必須の構成ではないので,
控訴人の上記理由には根拠がない。
d進歩性判断における引用例の組合せは,引用例に開示される技術的
思想を組み合わせることによって対象となる発明が容易に想到できる
か否かを判断するものであり,それは,控訴人が主張するように,引
用例に示された具体的な個々の構成において組合せの合致を要求する
ものではない。
(2)消滅時効-抗弁(2)
仮に,本件特許が有効であり,かつ,被控訴人物件が本件特許権を侵害す
るとしても,東京電力の柏崎原発4号機及び6号機への納入並びに中部電力
浜岡原発4号機についての3回の中空糸膜モジュールの交換についての損害
賠償請求権は,時効により消滅している。
ア東京電力の柏崎原発4号機は日立製作所の製造に係るものであり,被控
訴人は日立製作所の下請けとして柏崎原発4号機に被控訴人物件を納入し
た。他方,柏崎原発3号機は控訴人の製造に係るものである。控訴人と日
立製作所は,自己のプラントを製作するに当たり,東京電力から各プラン
トの復水濾過装置に用いる中空糸膜モジュールが互換性を有するよう仕様
を標準化することを求められ,昭和62年10月,共同で中空糸膜モジュ
ールの標準化に関する報告書を作成し,東京電力に提出した(乙4)。同
報告書には被控訴人物件搭載の中空糸膜モジュールの構成を示す図面が掲
載されており,控訴人は同報告書を作成する過程で被控訴人物件の構成を
知るに至った。
イまた,被控訴人は,控訴人と共に,1989年(平成元年)に開催され
た水化学に関する国際会議に参加調査団の一員として参加し,それぞれ自
己の中空糸膜モジュールの構成等を他の参加調査団員及び海外訪問先に開
示した。1990年(平成2年)3月に発行された上記参加調査団の報告
書(乙5)には,上記会議において被控訴人が参加者に頒布した被控訴人
物件の構造図が掲載されている。同報告書には被控訴人物件の中空糸膜モ
ジュールの構成が図示されており,「HollowFiberFilter(中空糸膜フィ
ルタ)」の内側に「BoldFiber(太糸)」が存在し,中空糸膜フィルタに
浸透した処理液の一部が中空糸膜フィルタの中空部の下端から太糸に流
れ,太糸の中空部を通って上に流れるという構成が明確に示されている(
乙5の244頁)。加えて,同報告書には被控訴人物件の中空糸膜濾過装
置を示す図5が掲載されていた(同245頁)。したがって,1989
年(平成元年)に開催された国際会議の調査団活動において,控訴人は被
控訴人物件の構成を知った。
ウさらに,被控訴人は,平成3年4月22日から25日に開催された「
1991JAIFInternationalConferenceonWaterChemistryinNuclear
PowerPlants」(以下「水化学国際会議91」という。)に,控訴人,日
立製作所,中部電力らと共に出席した。同年4月25日,日立製作所は,
被控訴人と中部電力の連名で,中部電力の浜岡原発4号機に納入する予定
の被控訴人物件の構成に関してポスターセッションによるプレゼンテーシ
ョンを行った。水化学国際会議91の参加者に配布された資料集には,「
Fig.2FilterVessel」において被控訴人物件を示す図7が掲載され,「
Fig.3ModuleandtheInsideWaterFlow」において被控訴人物件の中空糸
膜モジュールの構成及び処理液の流れが図示されている(乙6の624
頁)。したがって,同年4月22日から25日に開催された国際会議にお
いても,控訴人は被控訴人物件の構成を知ることとなった。
エ以上から,控訴人は,遅くとも平成3年4月25日には被控訴人物件の
構成を知るに至ったものといえる。
オところで,被控訴人が被控訴人物件を東京電力の柏崎原発4号機に納入
したのは平成6年10月31日,同6号機に納入したのは平成8年12月
30日,中部電力の浜岡原発4号機に納入したのは平成5年8月25日で
ある。浜岡原発4号機につき中空糸膜モジュールの交換を行ったのは,平
成8年1月ころ,平成9年5月ころ,平成10年9月ころのことである。
原子力発電所に納入する中空糸膜モジュールを用いた復水濾過装置のメー
カーは,日本において控訴人と被控訴人の2社だけであり,通常メンテナ
ンス要員が納入先の原子力発電所に常駐しているので,控訴人は,被控訴
人が復水濾過装置を納入した時期及び中空糸膜モジュールを交換した時期
を知悉している。したがって,控訴人は,被控訴人による上記各原子力発
電所への被控訴人物件の納入及び中空糸膜モジュールの交換の事実につ
き,それらの行為が行われた時点で知っていた。
以上のとおり,控訴人主張の被控訴人物件の納入時点及び中空糸膜モジ
ュールの交換時点において,控訴人は,既に被控訴人物件の構成を知悉し
ていたのであり,被控訴人物件が本件特許権を侵害し,控訴人に損害が発
生したことを知っていた。しかるに,それらの時点から本訴提起まで3年
以上が経過している。
したがって,控訴人の本件特許権侵害に基づく上記損害賠償請求権は時
効により消滅した。被控訴人は,上記消滅時効を援用する。
(3)権利失効又は「laches」の法理-抗弁(3)
ア本件特許権に基づく損害賠償又は不当利得の返還請求権は,以下のとお
り,信義則に反するものとして失効した。
すなわち,控訴人の損害賠償又は不当利得の返還請求権は,①長期間の
権利の不行使,②もはや権利行使を受けないとの正当な信頼,③権利を行
使することが信義則に反すると評価し得る権利者の帰責性があれば,失効
により消滅したと解すべきである(最高裁昭和30年11月22日第三小
法廷判決・民集9巻12号1781頁参照)。
東京電力の柏崎原発の3号機及び4号機の中空糸膜濾過装置は,昭和6
2年10月,東京電力の要望により,控訴人と日立製作所との間で協調設
計され,特に両社間の中空糸膜モジュールの互換性を図った。その過程に
おいて,中空糸膜濾過装置の系統構成,濾過塔,中空糸膜モジュール等の
情報交換が頻繁になされ,控訴人は,柏崎原発4号機に納入予定の日立製
作所の下請けである被控訴人の中空糸膜濾過装置の詳細を知ることとなっ
た。上記協調設計の時点においては,本件特許よりも広い特許請求の範囲
が既に公開されており,控訴人は,柏崎原発4号機の中空糸膜濾過装置が
その公開特許に係る発明の実施であるとして補償金請求権の警告をするこ
とが可能であったのであり,また,本件特許が公告された平成5年9月1
0日の時点で直ちに本件特許権を行使してその実施の中止を求めることも
可能であったのである。
このように,控訴人は,本件特許権を永らく行使していないので,日立
製作所及び被控訴人は,もはや控訴人がその権利を行使することはないと
いう期待権を持つこととなったものであり,この期待を裏切って権利を行
使するのは信義則に反し許されない。
イまた,控訴人は,早い時点で被控訴人に対し本件発明の実施を中止する
ことを求めることができたにもかかわらず,被控訴人からの賠償額を増大
させるために権利行使をしなかったものであるから,英米法の「laches」
の法理により,控訴人の被控訴人に対する損害賠償及び不当利得の返還の
請求は認められるべきでない。
4抗弁に対する控訴人の認否と反論
(1)抗弁(1)に対し
ア抗弁(1)のアは争う。
イ同イ(本件発明)は認める。
ウ同ウ(引用発明1)について,被控訴人の引用する引用例1の①,②の
記載が引用発明1の技術分野についての記載であることを争う。上記記載
は,引用発明1に使用される中空糸状の多孔質高分子膜についての一般的
な説明部分であって,引用例1に記載されている「濾過装置」の発明の技
術分野についてのものではない。その余は認める。
エ同エ(本件発明と引用発明1との対比)は認める。
オ同オ(相違点の検討)について,引用例2の記載は認め,その余は否認
ないし争う。
カ同カ(引用発明1に引用発明2を組み合せる契機及び動機付け)につい

(ア)技術分野につき
a本件発明の濾過方法
本件発明は,精密濾過法の装置に係るものであり,逆浸透法の装置
に係るものではない。本件発明は,「分散固形物」を分離除去するた
めの中空糸膜濾過装置に関するものであり,この「分散固形物」は「
懸濁物」と同義で用いられるものである。しかるところ,「分散固形
物(懸濁物)の分離除去」は逆浸透膜の処理分野ではなく,精密濾過
膜の処理分野である。したがって,「分散固形物」の分離除去に係る
本件発明は,精密濾過法の技術分野に属するものであり,少なくとも
逆浸透法の技術分野に属するものではない。
また,本件発明は「逆洗操作」を行う装置に関するものである
が,「水のリサイクル(応用編)」(1994年10月20日初版第
2刷株式会社地人書館発行,和田洋六著。甲17。以下「甲17刊行
物」という。)には,逆浸透法の装置(RO)では,精密濾過法の装
置(MF)や限外濾過法の装置(UF)のように「逆洗」を行わない
ことが記載されている(90頁14行目)。したがって,逆洗操作を
行う装置に係る本件発明は,逆浸透法の装置に係るものではない。以
上から明らかなとおり,本件発明は,逆浸透法の装置に係るものでは
なく,精密濾過法の装置に係るものである。甲17刊行物の90頁1
7行目以下の「RO処理計画の留意点」(判決注:「RO膜」とは逆
浸透膜のことである。)においても,「(2)濁質の除去」(同91
頁6行目以下)が挙げられているように,逆浸透法の装置に供給する
原水は,精密濾過法の装置等による前処理を経て,除濁をすることが
通常の当業者の理解である。したがって,「液体中の分散固形物が分
離され」という構成要件を有する本件発明は,精密濾過法に係る発明
であり,逆浸透法の装置に係る発明ではないことは明らかである。
b引用発明1の濾過方法
引用発明1が精密濾過法に関するものであることは上記aと同様の
理由により明らかである。
この点,被控訴人は,引用例1(乙3の4)の「中空糸状の多孔質
高分子膜は・・・限外ろ過や逆浸透用の膜として工業的にも採用され
ている」との記載を根拠に,引用発明1の中空糸膜濾過方法の技術分
野に,限外濾過法の濾過装置及び逆浸透法の濾過装置が含まれると主
張する。
しかし,この記載は,精密濾過法,限外濾過法,逆浸透法における
中空糸の原材料が,多孔質高分子膜という広い概念では共通すること
を記述したものにすぎない。
c引用発明2の濾過方法
引用例2(乙3の3)は,逆浸透圧法の技術分野に分類されるもの
であって,本件発明の技術的課題及び作用効果の開示,示唆がな
く,これに基づいて本件発明に想到することが容易であるとは到
底いえない。
d「精密濾過法」の技術分野
(a)「精密濾過法」の原理
「水のリサイクル(応用編)」(1994年10月20日初版第
2刷株式会社地人書館発行,和田洋六著。甲5〔甲17刊行物と同
一の刊行物の別頁〕。以下「甲5刊行物」という。)の62頁【図
6.2】の説明によれば,精密濾過とは,精密濾過膜の有する孔よ
り大きい粒子は孔を通過できず,濾過膜の孔より小さい微粒子は孔
を通過できることを利用して,濾過膜の孔より大きい粒子を除去す
る技術であることが分かる。これは,通常理解される「濾過」の原
理に他ならない。
(b)「精密濾過法」の装置の構成
精密濾過法の装置は,例えば,引用例1(乙3の4)の第1図の
図示や2頁左下欄4行目に「懸濁物を含む原液は原液供給ライン5
から原液帯部Bに導入される。その液は保護外筒3の内部に入り,
懸濁物は,中空糸濾過膜集束体4の膜によって阻止され,濾過液は
中空糸内を通り,濾過液滞部Aに導かれ濾過液ライン6から濾過容
器1外に取出される」と記載されているように,通常,原液が濾過
膜で濾過されて透過液として流れ出るという,いわゆるデッドエン
ドフローとなっている。また,「最新の膜処理技術とその応用」(
昭和59年8月1日株式会社フジ・テクノシステム発行,清水博外
監修。甲8。以下「甲8刊行物」という。)の326頁左欄下3行
目ないし同頁右欄9行目に「濾過細孔が大きくなっても,積層にな
っていることにより微粒子,細菌が慣性により面上に捕捉される。
または,繊維によりできている濾層の場合,空隙の上層部で捕捉さ
れる。これら捕捉物の堆積により曲がりくねった流路が狭くなって
濾過効果があがり,実際の孔径より小さい微粒子,細菌が捕捉され
る。こうした場合の捕捉は,上部には多く下部にいくほど少なくな
ってきている。堆積濾過の一種といえる。濾過量は長い時間を保
ち,次第に多くなる傾向にある。こうしたフィルタは,大部分のス
クリーンタイプのフィルタとデプスタイプのフィルタに見られるも
ので,精密フィルタの市販品のほとんどがこの領域になる」と記載
されているように,全量濾過方式(デッドエンドフロー)の精密濾
過では,膜の面上に捕捉した濾過堆積物を吹き飛ばさないよう,膜
面を剪断する流速は極めて小さいものに制御されている。さらに,
引用例1の3頁左上欄14行目ないし20行目に「保護外筒3の内
径は中空糸濾過膜集束体4の外径により最適な径が存在する。せま
すぎると動きが悪くなり気体逆洗性能が落ちる。(中略)保護外筒
3の内径は中空糸濾過膜集束体4の外径より20~100%大きく
することが必要」と記載されているように,通常,中空糸濾過膜集
束体の糸が保護外筒内で疎に充填されていることが分かる。さら
に,精密濾過法の装置においては,中空糸膜が濾過処理時間ととも
にその表面に多量の懸濁物が付着することで低下した濾過能力を回
復させるために「逆洗操作」が行われるのが通常である。また,精
密濾過法の装置は,「懸濁物の分離除去」をその処理分野とするも
のである。
e「逆浸透法」の技術分野
(a)「逆浸透法」の原理
水は透過させるが水に溶解した溶質(イオンや分子)をほとんど
透過させない性質を持つ半透膜をへだてて,濃度の濃い溶液と薄い
溶液を接した場合,水が濃度の薄い溶液側から濃い溶液側に移動し
て,濃い溶液側を希釈しようとする。この水の浸透しようとする圧
力が「浸透圧」であるが,両側の溶液の濃度差が大きくなるほど,
浸透圧は大きくなる。この点,海水と淡水を接した場合の浸透圧は
約25kg/cmであるように,一般的に浸透圧は極めて大き2
な値となる。この浸透する方向と逆に,浸透圧以上の圧力をかけ,
濃い溶液(すなわち被処理液)側から,薄い溶液(すなわち処理
液)側へ水だけを透過させて,溶質(イオンや分子)を分離するの
が,逆浸透法である(甲5刊行物の82頁)。
また,甲5刊行物の83頁下6行目以下では,逆浸透膜(RO
膜)の不純物除去機構について諸説が発表されているとしながら
も,84頁の【図8.3】を用いて,逆浸透膜の不純物除去機構の
一般的な考え方が説明されている。これによれば,「水分子は水素
結合によって膜の活性層にまず吸着し,水素結合の形成された部分
を圧力勾配によって次々と拡散移動し,ついには膜の反対側に通り
抜けることができる。」とされている。すなわち,溶質と溶媒のう
ち溶媒たる水分子のみが膜に吸着され,膜の構成分子と水分子の相
互作用のもとに圧力勾配により膜中を拡散していくことで分離が行
われるのである。このような逆浸透の機構は,分離が膜にあいてい
る孔の大きさによって規定される精密濾過の機構と明らかに異な
る。
さらに,甲5刊行物の84頁下1行目以下には,「水と同様に水
素結合をするアルコール類,酢酸類,水素結合を破壊する尿素など
は膜を通過する比率が高くなる」と記載されている。このような逆
浸透の特徴は,分離が膜にあいている孔の大きさによって規定され
る精密濾過をはじめとする濾過では説明できない。このことから
も,「逆浸透」と,精密濾過をはじめとする「濾過」とは,明らか
に異なる。
以上のとおり,分離が膜にあいている孔の大きさによって規定さ
れる「精密濾過」を始めとする「濾過」と,分離される物質がいっ
たん膜に溶け込み,膜の構成分子と分離物質の相互作用のもとに膜
中を拡散していく間に分離が行われる「逆浸透」とは,その原理が
完全に異なる。
(b)「逆浸透法」の装置の構成
逆浸透膜を使用した装置は,例えば,「改訂二版用水廃水便
覧」(昭和51年6月15日第2刷丸善株式会社発行,用水廃水便
覧編集委員会編。甲9。以下「甲9刊行物」という。)の370
頁「3・8・4透過膜モジュール」の項に記載されているよう
に,容器には,原液入口,透過液出口,濃縮液出口が設けられてい
る。このように通常,逆浸透法においては原液は透過膜の表面を流
れて,原液の一部である水分子が透過膜をしみ出て,残りの原液は
濃縮液として流れ出るといういわゆるクロスフローを形成してい
る。また,逆浸透における技術課題として「濃度分極」現象による
透過流速の減少がある。すなわち,逆浸透法とは浸透圧以上の圧力
を浸透圧と逆方向にかけて,逆浸透膜を水だけ浸透させて溶質を分
離する方法であるところ,膜表面付近では水のみが膜を透過し,溶
質は透過されないので,膜表面付近では被処理液側の濃度が上昇
し(この濃度が上昇した層を「濃度分極層」という。),浸透圧が
上昇するため,これに逆らって透過させることが困難になり透過量
が減少する(甲7刊行物の76頁~79頁)。そこで,逆浸透膜モ
ジュールを設計する際の考慮として,この濃度分極層を破壊するよ
うに,膜表面を攪拌し,膜表面を剪断する流速が大きくなるように
設計するのが当業者の技術常識である(「ケミカルエンジニヤリン
グ臨時増刊1」(昭和55年12月1日株式会社化学工業社発
行。甲12。以下「甲12刊行物」という。))。さらに,実際の
中空糸膜型逆浸透モジュールでは,充填率を高めて膜表面を剪断す
る流速を低下させない形が取られていたのである(甲7刊行物の2
43頁下3行目以下)。また,逆浸透法の装置では,通常逆洗は行
われないし,「懸濁物の分離除去」は,逆浸透法の処理分野ではな
い。
f以上のとおり,引用発明1の技術分野が分類される「精密濾過法」
と引用発明2の技術分野が分類される「逆浸透法」は,その原理が根
本的に異なる。このため,装置を構成する際の技術的配慮が全く異な
る。具体的には,被処理液の流し方が,通常,精密濾過法はデッドエ
ンドフローであるのに対して,逆浸透法はクロスフローである点で異
なる。また,膜表面の流れとして,精密濾過法では,膜表面を剪断す
る流速を小さくして,膜表面を攪拌しないような流れが要求されるの
に対し,逆浸透法では,膜表面を剪断する流速を大きくして,膜表面
を攪拌するような流れが要求され,全く逆の技術的配慮が必要とな
る。さらに,中空糸の充填率においても逆方向の技術的配慮が要求さ
れ,逆洗操作の有無,被処理液中の分散固形物の有無においても異な
る。以上からすれば,精密濾過法と逆浸透法とでは,技術分野が相違
するというべきであり,したがって,引用発明1と引用発明2は,共
通の技術分野に属するものではない。
(イ)課題につき
引用例2(乙3の3)には,本件発明の技術的課題及び作用効果の
開示,示唆がない。
被控訴人は,乙7公報及び乙8刊行物を引用して,圧損の問題点は,
本件特許出願当時,中空糸膜フィルタにおいて普遍的ないし周知の課題
であったと主張する。
しかし,乙8刊行物の「表2.3.1各種中空糸型逆浸透モジュー
ルの比較」(50頁下部)において,短所として中空糸の透過液側圧力
損失が掲げられているのは糸巻型カートリッジモジュールのみであり,
同頁7行目以下の「糸巻型カートリッジユニットは・・・中心の多孔管
の上にラセン状に中空糸を巻きつけて,カートリッジに形成する」との
記載からも明らかなように,糸巻型カートリッジでは,非常に長い中空
糸が糸巻き状に巻き取られており,この透過液側圧力損失は,その他の
軸流ユニット,放射流ユニットのいずれと比較しても極めて大きい。こ
のように乙8刊行物には,逆浸透モジュールにおいて,糸巻型カートリ
ッジのように中空糸が非常に長くなる場合にのみ透過液側圧損が大きく
なることが課題として挙げられることが記載されているのであり,逆浸
透モジュール全般に普遍的にこのような課題が存在することは一切記載
されていない。また,乙7公報についても,透過液側流動圧損について
具体的に言及されているのは,「その中空糸の配置方法は,・・・該コ
アの軸方向にほぼ平行に,あるいはスパイラル状に巻きつけて順次配置
される。特に中空糸は・・・捲き角度が大きくなりすぎると中空糸の長
さが長くなり,透過液の流動による圧力損失が大きくなり,従って透過
液量が減少する」(3頁右上欄1行目以下)とある部分であるところ,
この記載が透過液側の圧力損失を問題としているのは,「捲き角度」を
考慮しなければならない形式のもの,すなわち中空糸をスパイラル状に
巻き付けたものである。そのような形式のものは,上記の「糸巻型モジ
ュール」と同様,非常に長い中空糸を使用しているため,透過液側の圧
力損失が課題として挙げられているのである。したがって,乙7公報
も,乙8刊行物と同様のことが記載されているにすぎない。確かに,引
用例2に記載されているような中空糸が短い逆浸透法の装置において
も,透過液側の圧力損失の影響はゼロではない。しかし,透過液側の圧
力損失の影響がゼロではないからといって,当業者がこの影響を周知の
課題として認識することにはならない。また,透過液側の圧損は,透過
液の流速と管長及び管径によって決まるものであり,中空フィラメント
の径が小さくても,そこを通過する透過液の流速が小さければ圧損の影
響が生じることはない。したがって,中空糸膜フィルタ(中空フィラメ
ント)ということだけで,圧損の影響を受けるという短絡的な主張も誤
っている。したがって,被控訴人の上記主張は,普遍的ないし周知の技
術的課題が存在していたという前提自体が誤っており失当である。引用
例2には,連通管等の構成が,透過液側の圧損を減少させ,透過水量を
増加させるための解決手段となりうるという技術的思想自体が,全く記
載されていないのであるから,引用発明2の構成を引用発明1に適用す
る動機付けは何ら生じないことは明らかである。
(ウ)作用効果につき
「精密濾過法」と「逆浸透法」の原理が異なることから,引用例2記
載の「連通管」によっては,本件発明の「取水管」が奏する作用効果を
奏さない。
逆浸透法においては,溶質すら透過しない膜を使用するため(乙19
参照),逆浸透膜を挟んで処理液側から原水側に浸透圧がかかる。逆浸
透法は,この浸透圧に逆らって,浸透圧以上の力を加えないと浸透が起
こらない。具体的には,甲5刊行物の82頁にあるように,海水であれ
ば浸透圧は約25kg/cmである。海水淡水用の逆浸透膜では,海2
水側にかける圧力が42kg/cmになったあたりから透過水が分離2
され始め,56kg/cm程度で定常運転を行う。このように逆浸透2
法の装置では処理液を透過させることに対して大きな抵抗が生じる。す
なわち,逆浸透法の装置においては,透過液が膜を透過することによる
圧損が大きく,中空フィラメント内を流通することによる圧損は,これ
に比べれば無視できる程度である。このため,逆浸透法の装置の中空フ
ィラメント内における圧損を減少させても透過流量に及ぼす影響は無視
できる程度に小さく,引用発明2の「連通管」の採用による透過水量の
増加はほとんどないばかりか減少する場合もある。一方,精密濾過法の
装置では,膜に形成されている孔の大きさは,水分子に比べればはるか
に大きい。したがって,透過液が孔を通過する際には,ほとんど抵抗を
受けない。精密濾過法の装置においては,透過液が中空糸膜フィルタの
孔を通過する際の圧損は問題にならず,透過液が中空糸膜フィルタ内を
流通することによる圧損こそが問題なのである。このため,精密濾過法
の装置では,中空糸膜フィルタ内の圧損を減少させることが,即透過流
量の増加につながり,本件特許発明の「取水管」の採用により透過水量
が増加するのである。
(エ)引用発明1に引用発明2を適用することの非容易性
引用例2においては「半透性フィラメントと非半透性フィラメントを
交互に交叉させて層状とする構成」が必須の構成であり,また,膜モジ
ュールの中心に配置された分散管から被処理液を供給して中空フィラメ
ントの間隙を通過させることを必須とするものであるから,当業者が引
用例2からこれらの構成を除外した発明を認識することは容易ではな
い。また,引用発明2の構成は,引用例2に記載された数多くの実施例
のうちの1つの実施例のみに採用されているものにすぎず,あえてこの
構成を抽出して,引用発明1に適用することは容易ではない。
(オ)引用発明2を引用発明1と組み合わせることの阻害事由
a引用発明2の必須の構成及び作用効果は,引用例2(乙3の3)に
記載されているとおり,「半透性フィラメントと,非半透性フィラメ
ントとを相互に交叉させて層状とし,該層の単層又は複層をもって浸
透膜モジュールの構成要素とし,該層中の半透性フィラメントの少な
くとも一端を膜透過水集水部に連通せしめたことにより膜の充填密度
が大きく」(6欄6行目~11行目),「さらに経糸あるいは緯糸の
みに半透性フィラメントを使用すれば,膜透過現象が経糸あるいは緯
糸においてのみ行なわれて膜と膜との異常な密着並びに膜透過現象に
付属して起る膜汚染問題をも適確に防止することができる」(同欄1
2行目~16行目)ことである。
しかし,上記の構成及び作用効果は,引用発明1,すなわち精密濾
過法の濾過装置に組み合わせることにより重大な不利益を生じるもの
である。したがって,当業者が引用発明2を,引用発明1に適用する
ことは到底考えられず,両者を組み合わせることは容易ではない。以
下,両者を組み合わせることによって生じる不利益を具体的に述べ
る。
b阻害事由①
引用発明2の半透性フィラメントと非半透性フィラメントを相互に
交叉させて層状とする構成を採用することで,膜表面が減少して,透
水量が減少してしまう。
c阻害事由②
精密濾過法の装置では,膜の面上に捕捉した濾過堆積物が濾過効果
を奏し,より清澄な濾液が得られるようになるため,膜表面の流れと
して,膜表面を剪断する流速を小さくして,膜表面を撹拌しないよう
な流れが要求される。しかし,引用発明2が前提とする堆積物を撹拌
するような乱流あるいは堆積物を吹き飛ばすような高速流は,清澄な
濾液を得られる効果を減じ,引用発明1のような全量濾過の精密濾過
法の装置においては,不利益を生じさせるものである。
d阻害事由③
引用例2記載の膜モジュールは,集水室9がチューブシート8と一
体となっていることから,引用例1に記載されているような圧力容器
内に処理液室を仕切るための仕切板を必要としないものであり,むし
ろ,このような仕切板による膜モジュールの支持固定は,処理液の流
路断面の増加やデッドスペースの発生の原因となり不利益を生じさせ
るものであり,排除されるべきものである。
e阻害事由④
半透性フィラメントと非半透性フィラメントを相互に交叉させて層
状とする構成を,引用発明1のような精密濾過法の装置に適用するこ
とを考えると,緯糸である非半透性フィラメントが,経糸である半透
性フィラメントを拘束するために動きにくくなり,半透性フィラメン
トの気体逆洗効率が落ちるという不利益が生じる。これは引用例1(
乙3の4)の3頁左上欄14行目以下に記載されているとおりであ
る。
f阻害事由⑤
逆洗によって膜表面から剥離された懸濁物が半透性フィラメントと
非半透性フィラメントを相互に交叉した部分に堆積して排出されず
に,逆洗効果が低下するなどのデメリットが生じる。
g上記のとおり,引用発明2は,引用発明1のような精密濾過法の濾
過装置に適用しようとしても,不利益を生じるものである。したがっ
て,当業者が引用発明2を,引用発明1に組み合わせることは阻害さ
れるというべきであり,引用発明2及び引用発明1に基づいて本件発
明を容易に想到することはできない。
(2)抗弁(2)に対し
被控訴人の主張を争う。
乙4ないし6には,そこに説明された装置が実際に被控訴人により製造,
販売されたことを示す記載は一切ないから,これらにより,控訴人が,平成
3年4月25日の時点において,被控訴人物件の構成を知ったということは
できない。控訴人は,平成11年2月ころまで,被控訴人が被控訴人物件を
製造,販売したことを知らなかった。また,被控訴人物件が被控訴人の製造
・販売する中空糸膜濾過装置のすべてではなく,他の構成の中空糸膜濾過装
置も存在するから,被控訴人による中空糸膜濾過装置の納入及び中空糸膜モ
ジュールの交換を知ったとしても,被控訴人物件が納入されたことを知るこ
とはできず,控訴人が損害の発生を知ったことにはならない。
(3)抗弁(3)に対し
ア被控訴人の主張する事実については否認する。前記のとおり,控訴人
は,平成11年2月ころまで,被控訴人が被控訴人物件を実際に製造,販
売したことを知らなかった。
イ前記のとおり,本件損害賠償請求権については消滅時効が成立せず,控
訴人は,本訴提起日より3年以上前においては,被控訴人に対して損害賠
償請求も不当利得返還請求もなし得なかったのであるから,長期間にわた
って権利を行使しなかったとしても,何ら非難される筋合いはない。
そもそも,民法724条は20年の除斥期間を定めており,損害賠償請
求権の長期間にわたる不行使があった場合,消滅時効が成立しないときで
も,除斥期間の経過により損害賠償請求権は消滅するのであるから,権利
の長期間の不行使による侵害者の不利益は,除斥期間の定めによって救済
されている。これ以上に,英米法上の「laches」の法理により,除斥期間
の定めより短期間で損害賠償請求権が行使できなくなるとすることは許さ
れないというべきである。
ウまた,被控訴人物件が本件発明の技術的範囲に属するとすれば,被控訴
人は,最低でも控訴人に実施料を支払うべきであったことになるが,これ
をも支払わなくてよいとして,侵害者に明らかな利得を生じさせ,権利者
を犠牲にするほどの信義則違反が控訴人にあるとは到底考えられない。不
当利得返還請求権は,権利を行使できたときから10年で消滅時効が完成
するのであるから,突然の権利行使で不当な結果となるような場合は消滅
時効で救済されており,それ以上に侵害者を保護する理由はない。
第4当裁判所の判断
1当裁判所は,控訴人が本訴請求の根拠とする本件発明は,その出願前に頒布
された刊行物である引用例1及び引用例2により,当業者(その発明の属する
技術の分野における通常の知識を有する者)であれば,容易に発明をすること
ができたものであるから,本件特許は特許法29条2項に違反し,特許無効審
判により無効にされるべきものであり,平成17年4月1日から施行された特
許法104条の3第1項により,特許権者たる控訴人はその権利を行使するこ
とができないと判断する。その理由は,以下に述べるとおりである。
2請求原因(1)の事実(本件発明の内容)は,AないしDの構成要件の分説も
含め,当事者間に争いがない。
被控訴人は,抗弁(1)として,上記本件特許は特許無効審判により無効にさ
れるべきものであると主張するので,まずその当否について判断する。
3特許法104条の3第1項に基づく権利行使制限事由の有無(抗弁(1))
(1)被控訴人は,本件発明は,引用発明1及び引用発明2に基づいて当業者が
容易に発明できたものであるから,特許法29条2項に違反し,本件特許は
特許無効審判により無効にされるべきものであり,特許法104条の3第1
項により,控訴人は,被控訴人に対し,本件特許の侵害を理由とする損害賠
償請求及び不当利得返還請求を行うことはできないと主張するので,以下検
討する。
(2)ア引用発明1を下記のとおり認定できることについては,当事者間に争い
がない。

「濾過容器1と,濾過容器1内に配設した仕切板2と,濾過容器1の仕切
板2より下方位置の原液帯部Bの流入口に設けた原液供給ライン5と,濾
過容器1の濾過液帯部Aの流出口に設けた濾過液ライン6と,濾過容器1
の下端部の流出口に設けたラインと,仕切板2に取付けられた保護外筒3
に収納された中空糸濾過膜集束体4とから構成され,
かつ濾過操作が中止されて逆洗操作が行われ濃縮液が排出されるようにし
た濾過装置において,
中空糸濾過膜集束体4は,
液体中の懸濁物を濾過する多数本の中空糸状の多孔質高分子膜と,
中空糸の上端を解放状態で結束固定した接着剤と
から構成された
濾過装置」
イまた,本件発明と引用発明1とを対比すると,引用発明1の「濾過容器
1」,「仕切板2」,「原液供給ライン5」,「濾過液ライン6」,「下
端部の流出口に設けたライン」,「中空糸濾過膜集束体4」,「中空糸状
の多孔質高分子膜」,「接着剤」,「濾過装置」は,本件発明の「容器本
体」,「仕切板」,「液体供給管」,「処理液排出管」,「濃縮液排出
管」,「中空糸膜モジュール」,「中空糸膜フィルタ」,「端部材」,「
中空糸膜濾過装置」にそれぞれ相当すること,及び本件発明と引用発明1
との一致点及び相違点を下記のとおり認定できることについても,当事者
間に争いがない。

<一致点>
「容器本体と,前記容器本体内に配設した仕切板と,前記容器本体の前記
仕切板より下方位置の流入口に設けた液体供給管と,前記容器本体の上端
部の流出口に設けた処理液排出管と,前記容器本体の下端部の流出口に設
けた濃縮液排出管と,前記仕切板に固定された中空糸膜モジュールとから
構成され,かつ濾過操作が中止されて逆洗操作が行われ濃縮液が排出され
るようにした中空糸膜濾過装置において,
前記中空糸膜モジュールは,液体中の分散固形物を捕捉する多数本の中空
糸膜フィルタと,前記中空糸膜フィルタの上端を解放状態で接着固定した
端部材とから構成されたことを特徴とする中空糸膜濾過装置。」である点
<相違点1>
「本件発明では,構成要件Ba及びBbにおいて,中空糸膜モジュール
が「取水管」を有し,「取水管」の周囲に多数本の中空糸膜フィルタが配
設されているのに対し,引用発明1では,中空糸膜モジュールに取水管が
設けられておらず,その結果,「取水管」の周囲に多数本の中空糸膜フィ
ルタが配設されているという構成を開示していない点」
<相違点2>
「本件発明では,構成要件Bcにおいて,取水管と中空糸膜フィルタの両
端を解放状態で接着固定しているのに対し,引用発明1では,中空糸膜フ
ィルタの上端のみを解放状態で接着固定している点」
<相違点3>
「本件発明では,「中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の一部が中空糸
膜フィルタの中空部の下端から取水管に流れる」のに対し,引用発明1で
は,中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の全部が中空糸膜フィルタの上
端に流れる点」
(3)そこで,本件発明の上記相違点1ないし3に係る構成について,当業者が
容易に想到できたものであるか否かについて検討する。
ア被控訴人は,引用発明2には,相違点1ないし3の構成中,相違点3の
処理液の一部が取水管に流れる中空糸膜フィルタの中空部の一端が「下
端」であることを除きすべて開示され,「下端」の点は実質的な相違点に
当たらないので,引用発明1の中空糸膜モジュールに引用発明2の構成を
適用することにより本件発明の構成を得ることができると主張するのに対
し,控訴人は,本件発明及び引用発明1は,精密濾過法に係る発明であ
り,逆浸透法の装置に係る発明ではなく,他方,引用例2(乙3の3)
は,逆浸透法の技術分野に分類されるものであって,本件発明の技術的課
題及び作用効果の開示,示唆がないから,これらに基づいて本件発明に想
到することが容易であるとは到底いえないなどと主張するので,検討す
る。
イ本件発明の濾過方法
(ア)特許法29条1項及び2項所定の特許要件,すなわち,特許出願に係
る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては,この発明を
同条1項各号所定の発明と対比する前提として,特許出願に係る発明の
要旨が認定されなければならないところ,この要旨認定は,特段の事情
のない限り,特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであり,特許
請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができな
いとか,あるいは一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の
詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合
に限つて,発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎな
いと解すべきである(最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決・民集4
5巻3号123頁参照)。
これを本件についてみると,本件発明に係る特許請求の範囲の第1項
の記載(平成16年3月23日付け訂正審決後のもの)は,「容器本体
と,前記容器本体内に配設した仕切板と,前記容器本体の前記仕切板よ
り下方位置の流入口に設けた液体供給管と,前記容器の上端部の流出口
に設けた処理液排出管と,前記容器本体の下端部の流出口に設けた濃縮
液排出管と,前記仕切板に固定された中空糸膜モジュールとから構成さ
れ,かつ濾過操作が中止されて逆洗操作が行われ濃縮液が排出されるよ
うにした中空糸膜濾過装置において,前記中空糸膜モジュールは取水管
と,前記取水管の周囲に配設された,液体中の分散固形物を捕捉する多
数本の中空糸膜フィルタと,前記取水管と前記中空糸膜フィルタの両端
を解放状態で接着固定した端部材とから構成され,前記液体中の分散固
形物が分離されて前記中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の一部が上
記中空糸膜フィルタの中空部の下端から取水管に流れるようにしたこと
を特徴とする中空糸膜濾過装置。」(訂正明細書(甲18の2)の【特
許請求の範囲】)というものであり,濾過方法を何ら特定する記載はな
い。
そうすると,本件特許の特許請求の範囲の記載に基づいては,控訴人
主張のように本件発明の濾過方法を精密濾過法に限定することはできな
いから,進んで,上記最高裁判決のいう特段の事情の有無について検討
する。
(イ)まず,精密濾過法,限外濾過法及び逆浸透法の用語についてみると,
甲5刊行物の「6.精密濾過」の項の62頁には,「通常の砂濾過装置
では除去できない微細な懸濁物を除くには,精密濾過(MF:Micro
Filtration)法が用いられ,0.1μから数十μの範囲の粒子を捕捉
し,除去する。各種の濾過法と粒子径の関係を図6.1に示す。・・・
MF法は,濾過エレメントに直接原水を通して濾過するスクリーン方式
濾過であり(図6.2),砂濾過における吸着,沈殿濾過とは機構が異
なる」との記載とともに,【図6.1】に精密濾過法,限外濾過法及び
逆浸透法を含む各種の濾過法と粒子径の関係(同図によれば,対象とす
る粒子径は,精密濾過法(MF)が1000Å(0.1μm)~数十μ
m,限外濾過法(UF)が数十Å~数μm,逆浸透法(RO)が数Å~
数百Åであることが読み取れ,各濾過法の対象とする粒子の径は重複す
る部分があるもののその最大値及び最小値が上記記載の順に小さいもの
となることが分かる。)が,【図6.2】に精密濾過法の濾過機構が,
それぞれ図示されている。また,「8.RO膜分離(判決注:「逆浸透
法」をいう。)」の項の82頁には,「水は透過させるが,水に溶解し
た溶質(イオンや分子)をほとんど透過させない性質を持つ半透膜をへ
だてて・・・塩水と淡水が接すると,淡水は塩水側へ移動して希釈しよ
うとする・・・。これは自然現象であって,浸透作用(Osmosis)と呼
ばれている。この希釈は,浸透圧と液面差の圧力が釣り合うまで続く。
・・・逆浸透(ReverseOsmosis)とは,この関係とは逆に,塩水側に浸
透圧以上の圧力を加えると・・・,塩水側から淡水側へ水だけが透過す
ることをいう」と,同83頁には,「RO膜の不純物除去機構について
は,いろいろな説が発表されている。・・・水分子は水素結合によって
膜の活性層にまず吸着し,水素結合の形成された部分を圧力勾配によっ
て次々と拡散移動し,ついには膜の反対側に通り抜けることができる。
それに対し,水素結合を生じない無機イオンや低分子有機物は膜面に吸
着しないので,水の分子濾過作用にあづかることができないという説が
一般的な考え方である」と,同84頁ないし85頁には,「RO膜の除
去対象を考えるには,水素結合が重要な因子となる。水と同様に水素結
合をするアルコール類,酢酸類,水素結合を破壊する尿素などは膜を通
過する比率が高くなるから,必然的に除去率は低くなってくる」と記載
されている。
上記記載によれば,①精密濾過法は,精密濾過膜の有する孔より大き
い粒子は孔を通過できず,精密濾過膜の孔より小さい粒子は孔を通過で
きることを利用して,濾過膜の孔より大きい粒子を除去する技術であっ
て,その分離の対象は「濾過膜の有する孔より大きい分散固形物」と「
濾過膜の有する孔より小さい分散固形物または水に溶解する溶質を含む
水」であって,分離ができるかどうかが膜にあいている孔の大きさによ
って規定される「スクリーン方式濾過」であること,②限外濾過法は,
精密濾過法よりも濾過膜の孔が小さく,したがって,その分離の対象
は,その限外濾過膜の有する孔の大きさに応じて,「濾過膜の有する孔
より大きい分散固形物」と「濾過膜の有する孔より小さい水に溶解する
溶質を含む水」であること,③逆浸透法は,溶質と溶媒のうち溶媒たる
水分子のみが膜に吸着され,膜の構成分子と水分子の相互作用のもとに
圧力勾配により膜中を拡散していくことで溶質(イオンや分子)を分離す
る技術である,と認めることができる。したがって,精密濾過法及び限
外濾過法においては,膜の孔を分離の対象とする粒子が通過できるか否
かにより分離を行うのに対し,逆浸透法においては,分子が膜に吸着さ
れ膜中を拡散することにより透過されそれができるか否かにより分離を
行うものである点において,両者は粒子を分離するのに用いられる原理
が相違するものと認められる。
他方,上記3種の濾過法が分離の対象とする粒子の径は,精密濾過法
が1000Å(0.1μm)~数十μm,限外濾過法が数十Å~数μ
m,逆浸透法が数Å~数百Åであり,その最大値及び最小値が順に小さ
いものとなることは上記のとおりであるから,逆浸透法の膜において
も,精密濾過法及び限外濾過法の対象とする粒子を事実上分離できるこ
とは明らかである。また,特開昭56-129084号公報(乙27。
以下「乙27公報」という。)には,「スラリ7はマイクロポーラス乃
至逆浸透膜より選ばれた透過膜を装着した膜装置Cへ加圧下に送給され
る。・・・ここで懸濁物,高分子および低分子のCOD,BOD,色度
塩分などが膜側に濃縮されて膜側濃縮液8として排出される」(5頁右
上欄下2行目~左下欄4行目)と記載され,逆浸透膜によって「懸濁
物」すなわち分散固形物を分離することが開示されている。
そうすると,精密濾過法及び限外濾過法と逆浸透法とは,粒子を分離
するのに用いられる原理において相違するものの,逆浸透法の膜によっ
ても分散固形物を分離することができるのであるから,本件発明を精密
濾過法に関するものに限定することはできないというべきである。
(ウ)控訴人は,本件発明は「逆洗操作」を行う装置に関するものであり,
甲17刊行物には,逆浸透法の装置(RO)では,精密濾過法の装置(
MF)や限外濾過法の装置(UF)のように「逆洗」を行わないことが
記載されている(90頁14行目)ことを理由に,逆洗操作を行う装置
に係る本件発明は,逆浸透法の装置に係るものではないと主張する。
確かに,本件発明は,特許請求の範囲第1項の「濾過操作が中止され
て逆洗操作が行われ濃縮液が排出されるようにした中空糸膜濾過装置」
との記載から,「逆洗操作」を行う中空糸膜濾過装置に関するものであ
ると認められる。しかし,発明の要旨の認定は上記のとおり,特段の事
情のない限り願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて
されるべきであるところ,本件発明は,「中空糸膜モジュール」以外の
フィルタの存在を除外しておらず,また本件発明の「逆洗操作」が「中
空糸膜モジュールの逆洗」であることを特定する記載はないから,逆浸
透法の装置においては逆洗操作を行わないとしても,このことにより本
件発明の特許請求の範囲の技術的意義が一義的に明確に理解することが
できないとか,あるいは一見してその記載が誤記であることが発明の詳
細な説明の記載に照らして明らかであるとまでいうことはできない。本
件発明の濾過方法を特定するのであれば,端的にその旨を特許請求の範
囲に記載すべきであり,濾過方法を何ら特定しない本件発明におい
て,「濾過操作が中止されて逆洗操作が行われ濃縮液が排出されるよう
にした中空糸膜濾過装置」との記載を根拠にその濾過方法が逆浸透法を
除外することになるとまでいうことはできず,控訴人の上記主張は採用
することができない。
また,控訴人は,甲17刊行物の90頁17行目以下の「RO処理計
画の留意点」に「(2)濁質の除去」(同91頁6行目以下)が挙げら
れていることを理由に,当業者は,分散固形物(懸濁物)の分離除去を
するための「中空糸膜フィルタ」に逆浸透膜は含まれないと理解すると
も主張する。しかし,甲17刊行物の上記記載は,中空糸膜フィルタに
関する記載とは認められないところ,乙27公報に逆浸透膜によって分
散固形物(懸濁物)を分離することが開示されていることは上記のとお
りであり,控訴人の上記主張も採用することができない。
(エ)以上検討したところによれば,本件発明において,特許請求の範囲の
技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは,
一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明の記載に照らし
て明らかであるなどの特段の事情があると認めることはできず,したが
って,本件発明が精密濾過法に関するものに限定されるとすることはで
きない。
ウ引用発明1の濾過方法
(ア)引用例1(乙3の4)から引用発明1(上記(2))が認定できること自
体は,当事者間に争いがない。
(イ)そこで,控訴人が主張するように引用発明1が精密濾過法に限定され
るものであるか否かについて検討する。
引用例1には,次の記載がある。
①「本発明は,・・・液体中の懸濁物を濾過する多孔質高分子膜からな
る中空糸濾過膜集束体を収納して保護し特に中空糸濾過膜に付着した
懸濁物を気体逆洗によって除去,洗浄するに際し有効な中空糸濾過膜
集束体の保護外筒に関する。
中空糸状の多孔質高分子膜は・・・限外濾過や逆浸透用の膜として
工業的にも採用されている。」(1頁左欄16行目~右欄8行目)
②「本発明に使用される濾過膜は,限外濾過などに使用されるもので・
・・あって,その一端を封じ多数本束ねて濾過膜集束体としたもので
ある。」(2頁右上欄3行目~8行目)
③「本発明に適用される濾過装置は第1図に示すように,濾過容器1に
は濾過液帯部Aと原液帯部Bとに分ける仕切板2が設けられている。
この仕切板には中空糸濾過膜集束体4を収納した保護外筒3が取付け
られている。懸濁物を含む原液は原液供給ライン5から原液帯部Bに
導入される。その液は保護外筒3の内部に入り,懸濁物は,中空糸濾
過膜集束体4の膜によって阻止され,濾過液は中空糸内を通り,濾過
液帯部Aに導かれ濾過液ライン6から濾過容器1外に取り出され
る。」(2頁右上欄19行目~左下欄9行目)
④「濾過処理時間とともに膜の表面には多量の懸濁物が付着し,濾過能
力が低下する。そこで逆洗気体供給ライン7から中空糸濾過膜集束体
4の中空糸内に逆洗気体を圧入する。この逆洗用気体によって中空糸
濾過膜集束体4の膜表面から無数の気泡が発生し付着した懸濁物を剥
離し洗浄する。この逆洗用気体は逆洗気体出口ライン8から濾過容器
1外に導出される。」(2頁左下欄9行目~16行目)
⑤「中空糸濾過膜集束体4の多数の中空糸の上端は接着剤で結束固定し
・・・」(2頁左下欄17行目~19行目)
(ウ)引用例1の上記記載によれば,引用発明1は,液体中の懸濁物を濾過
する多数本の中空糸状の多孔質高分子膜が液体中の分散固形物を分離す
るものである。しかし,濾過膜が液体中の分散固形物を分離するもので
あることを根拠として精密濾過法に関するものに限定されるいうことが
できないことは,上記イに説示したとおりであるところ,引用例1に
は,濾過方法を精密濾過法に特定する記載はなく,かえって,「中空糸
状の多孔質高分子膜は・・・限外濾過や逆浸透用の膜として工業的にも
採用されている」(上記①)が記載されているのであるから,当業者
は,引用例1の上記記載から,その濾過方法は,精密濾過法に限定され
るものではなく,限外濾過及び逆浸透法を含むものであると理解するも
のと認められる。
したがって,引用発明1の濾過方法は,本件発明と同様,濾過方法を
特定するものではなく,精密濾過法のみならず,限外濾過法,逆浸透法
を含むものであると認められ,控訴人が主張するように精密濾過法に関
するものに限定されるということはできない。
エ引用発明2の濾過方法
(ア)引用例2(乙3の3)には,下記の記載がある。

①「本発明は,有機性若しくは無機性物質を含有する流体の処理に利用
される浸透膜を装備した浸透膜装置,特に浸透膜として半透性のフィ
ラメントを利用したモジュールに関するものである。最近,逆浸透圧
法による液体ろ過,例えば脱塩技術が各方面で注目されてきたが,そ
れは従来のような蒸発法,冷凍法に比して低エネルギーで濃縮も脱塩
もでき,しかもこの方法は相変化を伴なうこともなく脱塩,濃縮でき
るからである。」(1欄21行目~29行目)
②「半透性中空フィラメント1を経糸または緯糸とし,これに交叉させ
て緯糸または経糸に非半透性の例えばポリエチレン製のフィラメント
2を使用して形成させた織布の間にコルゲイト式のスペーサ3を挟ん
で,被処理液導入管4に連通された多数の分散孔5を有する分散管6
を中心軸として,のり巻き状に巻き,さらにその表面をポリプロピレ
ン等の織布7によって被覆し,こののり巻き状に巻いた織布中の半透
性フィラメント1の両端をエポキシ樹脂等のチューブシート8によっ
て集束し,それぞれ集水室9に連通させてある。また集水室9には流
出管10が接続され,集水室9外壁には流路11が形成されてい
る。」(3欄34行目~4欄3行目)
③「被処理液は,加圧されつつ導入管4から分散管6内に送液され,多
数の分散孔5からスペーサ3によって形成された間隙内に分散され渦
巻状に流過して外端から噴出し,流路11を経て系外あるいはソケッ
ト12によって集水室9に連なる流出管10を接続して直列に連結さ
れた次のモジュールの導入管4を経て次のモジュールに送液される。
この間,半透性フィラメント1の表面から圧力によって膜透過した透
過液は,両端の集水室9内に集水され,連通管13を経て流出管10
から系外へ取り出される。また隣接したモジュールの膜透過液もソケ
ット12を経て同一流出管10を経て取り出される。」(4欄4行目
~16行目)
④「本発明における半透性(判決注:「半透明」は誤記と認める。)フィ
ラメントとしては,中空糸,中空管の如き半透性フィラメントの他に
棒状,線などの糸状,非中空フィラメントも使用することができ,・
・・」(5欄13目~16行目)
(イ)上記①ないし④の記載及び乙3の3の第1図ないし第3図の図示によ
れば,引用例2には,「逆浸透中空糸膜モジュールは,半透性の多数本
の中空糸フィラメント1と,中空糸フィラメント1の外側近傍(周囲)
に配置された連通管13と,連通管13と半透性の中空糸フィラメント
1の両端を解放状態で集束したチューブシート8とから構成され,前記
中空糸フィラメント1内に浸透した処理液の一部が上記中空糸フィラメ
ント1の中空部の一端から連通管13に流れること」(以下「引用発明
2」という。)が記載されているものと認められる。
そうすると,引用発明2は,「逆浸透中空糸膜モジュール」に係るも
のであるから,逆浸透法に関するものであると認められる。
(ウ)また,以下のとおり,引用発明2の「連通管13」,「半透性中空フ
ィラメント1」,「チューブシート8」,「浸透膜モジュール」は,本
件発明の「取水管」,「中空糸膜フィルタ」,「端部材」,「中空糸膜
モジュール」にそれぞれ相当すると認められる。
a引用発明2の「連通管13」と本件発明の「取水管」
引用例2(乙3の3)の上記(ア)の①ないし④の記載及び第1図な
いし第3図の図示によれば,引用発明2の「連通管13」は,「半透
性フィラメント1の表面から圧力によって膜透過した透過液は,両端
の集水室9内に集水され,連通管13を経て流出管10から系外へ取
り出される」というもの,すなわち,「前記中空糸膜フィルタ内に浸
透した処理液の一部」を流れるようにしたものであり,本件発明の「
取水管」と同様の機能を果たすものである。そして,引用発明2の「
連通管13」は,中空糸フィラメント1の外側近傍に配置されてお
り,連通管13の全周囲のうち第2図中で上側の周囲と織布7との間
に半透性中空フィラメント1が配置されているか否かは不明であるも
のの,第2図中で下側の周囲に半透性中空フィラメント1が配置され
ていることは明らかであるから,中空糸フィラメント1は,連通管1
3の周囲に配設されているものと認められる。したがって,引用発明
2の「連通管13」は,本件発明の「取水管」に相当するものであ
る。
本件発明において,中空糸膜フィルタは「取水管の周囲に配設され
た」とされているが,「取水管の全周囲に配設された」(下線付加)
と限定しているわけではない。「周囲」とは,「ある物の外周。ぐる
り。めぐり。まわり」(広辞苑第5版)を意味し,必ずしも「全周
囲」を意味するものではない。本件発明は,中空糸膜フィルタの両端
を解放状態で端部材に接着固定することにより,「従来のI型モジュ
ールと比較して約2倍の透水量を得ることができる。また,中空糸膜
モジュールを複数個直列接続しても中空糸膜フィルタの圧損の影響を
受けることがないので,中空糸膜濾過装置を縦長構造にすることがで
きる」(訂正明細書(甲18の2)の[発明の効果]の項)との効果
を奏するようにしたものであるところ,この効果を奏するためには,
中空糸膜フィルタを取水管の近傍に配置すればよく,取水管の全周に
配置する必要はないことにかんがみれば,引用発明2の「半透性中空
フィラメント1」も「連通管13」の「周囲」に配設されているもの
と認められる。
b引用発明2の「半透性中空フィラメント1」と本件発明の「中空糸
膜フィルタ」
引用発明2の「半透性中空フィラメント1」と本件発明の「中空糸
膜フィルタ」とは,いずれも中空糸膜フィルタである点で共通するも
のであるから,上位概念である「中空糸膜フィルタ」である限りにお
いて,引用発明2の「半透性中空フィラメント1」は,本件発明の「
中空糸膜フィルタ」に相当するものである。
なお,引用発明2が逆浸透法に関するものであることは上記(イ)の
とおりであり,引用発明2の構成を逆浸透法以外の濾過に適用できる
か否かの点については後述する。
c引用発明2の「チューブシート8」と本件発明の「端部材」
引用発明2の「チューブシート8」は,「連通管13(=取水管)
と半透性の中空糸フィラメント1(=中空糸膜フィルタ)の両端を解
放状態で集束したもの」であり,他方,本件発明の「端部材」は,「
前記取水管と前記中空糸膜フィルタの両端を解放状態で接着固定した
もの」であるから,引用発明2の「チューブシート8」は,本件発明
の「端部材」に相当するものである。
d引用発明2の「浸透膜モジュール」と本件発明の「中空糸膜モジュ
ール」
引用発明2の「浸透膜モジュール」は,「半透性の多数本の中空糸
フィラメント1(=中空糸膜フィルタ)と,中空糸フィラメント1の
外側近傍(=周囲)に配置された連通管13(=取水管)と,連通管
13と半透性の中空糸フィラメント1の両端を解放状態で集束したチ
ューブシート8(=端部材)とから構成され」るものであり,他方,
本件発明の「中空糸膜モジュール」は,「取水管と,前記取水管の周
囲に配設された,液体中の分散固形物を捕捉する多数本の中空糸膜フ
ィルタと,前記取水管と前記中空糸膜フィルタの両端を解放状態で接
着固定した端部材とから構成され」るものであるから,引用発明2
の「浸透膜モジュール」は,本件発明の「中空糸膜モジュール」に相
当するものである。
オ相違点1について
上記エに検討したところによれば,本件発明の相違点1に係る構成,す
なわち,「本件発明では,構成要件Ba及びBbにおいて,中空糸膜モジ
ュールが「取水管」を有し,「取水管」の周囲に多数本の中空糸膜フィル
タが配設されている」点は,引用発明2に,「「半透性中空フィラメント
1」(=中空糸膜モジュール)が「連通管13」(=取水管)を有し,「
連通管13」の周囲に多数本の「中空糸フィラメント1」が配設されてい
る」ことが開示されているので,引用発明1の中空糸膜モジュールに引用
発明2の構成を適用することで,本件発明の相違点1に係る構成に至るも
のと認められる。
カ相違点2について
同様に,本件発明の相違点2に係る構成,すなわち,「本件発明では,
構成要件Bcにおいて,取水管と中空糸膜フィルタの両端を解放状態で接
着固定している」点は,引用発明2に,「「連通管13」(=取水管)
と「半透性中空フィラメント1」(=中空糸膜モジュール)の両端を解放
状態で集束(=接着固定)した」ことが開示されているので,引用発明1
の中空糸膜モジュールに引用発明2の構成を適用することで,本件発明の
相違点2に係る構成に至るものと認められる。
キ相違点3について
上記エから,本件発明の相違点3に係る構成,すなわち,「本件発明で
は,「中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の一部が中空糸膜フィルタの
中空部の下端から取水管に流れる」」点のうち,「中空糸膜フィルタ内に
浸透した処理液の一部が中空糸膜フィルタの中空部の一端から取水管に流
れる」ことは,引用発明2に,「前記中空糸フィラメント1(=中空糸膜
モジュール)内に浸透した処理液の一部が上記中空糸フィラメント1の中
空部の一端から連通管13(=取水管)に流れる」ことが開示されている
ことが明らかである。
他方,引用発明2には,「処理液の一部が取水管に流れる中空糸膜フィ
ルタの中空部の一端が「下端」であること」は開示されていないが,引用
発明2の中空糸膜モジュールは,引用例2(乙3の3)の第1図ないし第
3図によれば横置きされているものであるところ,引用例1(乙3の4)
の第1図及び第2図に縦置きにされた中空糸膜モジュールが図示されてい
ることからすれば,本件特許出願がなされた昭和59年3月31日当時,
中空糸モジュールを縦置きするか横置きするかは,必要に応じ当業者が適
宜選択できる設計事項というべきである。したがって,「処理液の一部が
取水管に流れる中空糸膜フィルタの中空部の一端が「下端」であること」
は,当業者が容易に想到し得ることである。
ク控訴人は,本件発明及び引用発明1は,精密濾過法に係る発明であり,
逆浸透法の装置に係る発明ではなく,他方,引用例2(乙3の3)は,逆
浸透圧法の技術分野に分類されるものであって,本件発明の技術的課題及
び作用効果の開示,示唆がないから,これらに基づいて本件発明に想到す
ることが容易であるとはいえないなどと主張する。
しかし,本件発明及び引用発明1が精密濾過法に関するものに限定され
るとすることができないことは前述したとおりである。
そして,引用発明2は,逆浸透法に関するものであり,逆浸透法におい
ては,半透膜を挟んで浸透圧(Δπ)が存在するため,浸透圧(Δπ)を
超える操作圧力(Δp)を加えて,操作圧力と浸透圧の差(Δp-Δπ)
を駆動力として分離が行われるものであるから,中空糸型の逆浸透法の濾
過装置では,操作圧力と浸透圧の差(Δp-Δπ)から中空糸内の圧損を
引いた圧力差を駆動力としていることは明らかである。そうすると,逆浸
透法においては,透水量は,操作圧力と浸透圧との差(Δp-Δπ)にほ
ぼ比例しているのであるから,圧力を推進力として溶液を分離する点にお
いて,精密濾過法と共通するものであるというべきである。
また,乙8刊行物の「半透膜を中空糸にすることにより次の特徴が生じ
る。(1)逆浸透モジュールが非常にコンパクトにできる。・・・(2)しか
し透過水側の圧力損失が大きい。半透膜を通り抜けた水は細い中空部を通
って流れるため,透過水側の圧損は市販装置では数kg/cmの値になってい2
ると推定される」(48頁13行目~19行目)との記載,及び下記ハー
ゲン・ポアズイユの式(ここで,ΔP:圧損,μ:粘性,u:流速,L:
長さ,D:直径であるから,圧損は,長さ(L)に比例し,直径(D)の
二乗に反比例する。)によれば,透過液が中空糸膜フィルタ内を流通する
ことにより生じる圧損の問題は,本件特許出願がなされた昭和59年3月
31日当時,当業者において普遍的ないし周知の課題であったと認められ
る(乙31,32,乙33論文,弁論の全趣旨)。

加えて,乙33論文に,中空糸状の逆浸透膜の中空部を流れる透過水の
圧力損失は,ハーゲン・ポアズイユの修正流体法則(式(2),(3))
によって説明することができ(765頁右欄16行目~18行目),膜透
過係数A,溶媒粘性μ,ファイバ有効作用長さl又はシール長さlsが増加す
ると大きくなり,逆浸透膜モジュールの効率を抑制する要因として知られ
ていたこと(766頁右欄25行目~29行目),逆浸透膜モジュールの
効率を向上させるために圧損を少なくしなければならないこと(766頁
右欄35行目~38行目)が記載されていることからすれば,本件特許出
願当時,中空糸状の逆浸透膜においても,中空部を流れる透過水の圧損を
低減して透水量を増やすという技術課題は普遍的ないし周知のものであっ
D
L
uP××=Δμ
たと認められる。
精密濾過法及び限外濾過法と逆浸透法とは,粒子を分離するのに用いら
れる原理において相違することは,上記イ(イ)のとおりであるが,いずれ
の濾過方法も,圧力を推進力として溶液を分離する点において共通するも
のであり,かつ,圧損の問題は,本件特許出願当時,当業者において普遍
的ないし周知の課題であったのであるから,この課題を解決するため,引
用発明1の「中空糸膜モジュール」に,引用発明2に開示された「前記中
空糸フィラメント1内に浸透した処理液の一部が上記中空糸フィラメント
1の中空部の一端から連通管13に流れること」との技術的思想を適用す
る動機付けは存在するというべきである。
ケ控訴人は,引用例2のような逆浸透法の装置では,半透性フィラメント
の両端を開口しても,透水量が増加するという作用効果が得られないので
あるから,このような作用効果が示唆されているなどということはあり得
ない,引用発明2の装置は,透水量が増加するという本件発明の作用効果
を奏さないから,引用発明2の装置から,本件発明の効果を予測すること
は不可能である,などと主張する。
しかし,逆浸透法においても,透水量は,操作圧力と浸透圧との差(Δ
p-Δπ)にほぼ比例し,圧力を推進力として溶液を分離する点において
精密濾過法や限外濾過法と共通するものであることは上記キのとおりであ
る。
また,本件発明において,廃液は,一定圧力で廃液供給管4から容器本
体14内に流入し,中空糸膜フィルタ19の外側から内側に向けて浸透し
た水の一部は中空糸膜フィルタ19の中空部を下降して中空糸膜フィルタ
の中空部の下端に位置する空間部から取水管18を通って容器本体14の
上部に流れ,他の一部は中空糸膜フィルタ19の中空部を上昇して容器本
体14の上部に流れ,処理液排出管5から排出されるものである。他方,
引用例2(乙3の3)の上記エ(ア)の①ないし④の記載及び第1図ないし
第3図の図示によれば,引用発明2において,被処理液は,加圧されつつ
導入管4から分散管6内に送液され,分散管6の分散孔5からのり巻き状
に巻いた半透性中空フィラメント1の内側から外側に向けて流れ,その外
周から噴出するとともに,のり巻き状に巻いた半透性中空フィラメント1
内において,各半透性中空フィラメント1の表面から圧力によって膜透過
した透過液が両端の集水室9内に集水され,第2図中で左側の集水室9に
集水された透過液は,第3図に矢印で図示されているように,当該集水室
9に接続された流出管10から系外へ取り出され,第2図中で右側の集水
室9に集水された透過液は,連通管13を経て前記流出管10から系外へ
取り出されるものである。そうすると,本件発明と引用発明2とは,中空
糸膜フィルタの外側又は内側から浸透した水が中空糸膜フィルタの中空部
を2方向に分かれて流れ,一方の水は取水管を通り,他方の水は取水管を
通らずに同じ部位に集水されて排出される点で,流体の流れ方に係る構成
は同じであるから,当業者は,引用発明1に引用発明2を適用することに
より本件発明と同様の効果が得られることを把握できるものと認められ
る。
コ引用発明1に引用発明2を適用することの非容易性の主張について
控訴人は,①引用例2においては「半透性フィラメントと非半透性フィ
ラメントを交互に交叉させて層状とする構成」が必須の構成であり,ま
た,膜モジュールの中心に配置された分散管から被処理液を供給して中空
フィラメントの間隙を通過させることを必須とするものであるから,当業
者が引用例2からこれらの構成を除外した発明を認識することは容易では
ない,②引用発明2の構成は,引用例2に記載された数多くの実施例のう
ちの1つの実施例のみに採用されているものにすぎず,あえてこの構成を
抽出して,引用発明1に適用することは容易ではない,と主張する。
確かに引用例2には,特許請求の範囲として,「半透性フィラメントと
非半透性フィラメントを交互に交叉させて層状とする構成」(1欄「特許
請求の範囲」1)が記載され,実施例として,膜モジュールの中心に配置
された分散管から被処理液を供給して中空フィラメントの間隙を通過させ
ること(3欄33行目~4欄16行目,第2図,第10図)が記載されて
いる。しかし,引用例2(乙3の3)の記載及び第1図ないし第3図の図
示から引用発明2を認定することができることは,上記のとおりであると
ころ,これが困難であるとは認められない。
サ控訴人主張の阻害事由について
(ア)阻害事由①につき
控訴人は,引用発明2の半透性フィラメントと非半透性フィラメント
を相互に交叉させて層状とする構成を採用することで,膜表面が減少し
て透水量が減少してしまうと主張する。しかし,引用発明2が「半透性
フィラメントと非半透性フィラメントを交互に交叉させて層状とする構
成」を必須とするものとは認められないことは,上記コのとおりであ
り,控訴人の阻害事由②の主張は,その前提が誤りであって,採用する
ことができない。
(イ)阻害事由②につき
控訴人は,精密濾過法の装置では,膜の面上に捕捉した濾過堆積物が
濾過効果を奏し,より清澄な濾液が得られるようになるため,膜表面の
流れとして,膜表面を剪断する流速を小さくして,膜表面を撹拌しない
ような流れが要求されるが,引用発明2が前提とする堆積物を撹拌する
ような乱流あるいは堆積物を吹き飛ばすような高速流は,清澄な濾液を
得られる効果を減じ,引用発明1のような全量濾過の精密濾過法の装置
においては,不利益を生じさせるものであると主張する。
しかし,「超精密濾過の各種工業への応用」(「化学工場1983
年4月号」74頁ないし81頁,志田憲一外著。乙20)によれば,精
密濾過法の装置は,全量濾過に限定されるものではなく,平行流濾過も
適用可能であると認められるところ,平行流濾過においては,控訴人主
張の不利益が生じると認めることはできない。したがって,阻害事由②
の主張は採用することはできない。
(ウ)阻害事由③につき
控訴人は,引用例2記載の膜モジュールは,集水室9がチューブシー
ト8と一体となっていることから,引用例1に記載されているような圧
力容器内に処理液室を仕切るための仕切板を必要としないものであり,
仕切板による膜モジュールの支持固定は,処理液の流路断面の増加やデ
ッドスペースの発生の原因となり不利益を生じさせると主張する。
しかし,「仕切板」は,本件発明と引用発明1との相違点1の構成で
はないから,引用例2に「仕切板」が必要か否かは,相違点1の容易想
到性の判断とは関係がない。したがって,控訴人の阻害事由③の主張
は,その前提が誤りであって,採用することができない。
(エ)阻害事由④,⑤につき
控訴人は,半透性フィラメントと非半透性フィラメントを相互に交叉
させて層状とする構成を,引用発明1のような精密濾過法の装置に適用
すると,緯糸である非半透性フィラメントが,経糸である半透性フィラ
メントを拘束するために動きにくくなり,半透性フィラメントの気体逆
洗効率が落ちるという不利益が生じる(阻害事由④),逆洗によって膜
表面から剥離された懸濁物が半透性フィラメントと非半透性フィラメン
トを相互に交叉した部分に堆積して排出されずに,逆洗効果が低下する
などのデメリットが生じる(阻害事由④,⑤),と主張する。
しかし,引用発明2が「半透性フィラメントと非半透性フィラメント
を交互に交叉させて層状とする構成」を必須とするものとは認められな
いことは,上記のとおりであり,控訴人の阻害事由④,⑤の主張は,そ
の前提が誤りであって,採用することができない。
(オ)以上のとおり,控訴人主張の阻害事由①ないし⑤は,いずれも理由が
ない。
(4)以上検討したところによれば,引用発明2には,本件発明と引用発明1と
の相違点1ないし3の構成中,相違点3の処理液の一部が取水管に流れる中
空糸膜フィルタの中空部の一端が「下端」であることを除きすべて開示さ
れ,「下端」であることは当業者が適宜選択できる設計事項にすぎず,ま
た,引用発明1の「中空糸膜モジュール」に引用発明2に開示された技術的
思想を適用する動機付けが存在し,かつ,引用発明1と引用発明2とを組み
合わせることに阻害事由は認められないのであるから,本件発明は,引用発
明1と引用発明2とを組み合わせることによって当業者が容易に想到し得た
ものと認められる。
したがって,本件発明は,引用発明1及び引用発明2に基づいて当業者が
容易に発明できたものであるから,特許法29条2項に違反し,本件特許は
特許無効審判により無効にされるべきものである。したがって,特許法10
4条の3第1項の適用により,控訴人は,被控訴人に対し,本件特許の侵害
を理由とする損害賠償請求及び不当利得返還請求を行うことはできないこと
となる。
4結論
以上のとおり,被控訴人の抗弁(1)は理由があるから,その余の点について
判断するまでもなく,控訴人の被控訴人に対する本訴請求は理由がない。
よって,控訴人の被控訴人に対する請求を棄却した原判決は結論において相
当であって,控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,
主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官岡本岳
裁判官上田卓哉

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