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裁判例


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         主    文
原判決主文第二項中賃金請求に係る上告人らの控訴(原審における請求の拡張部分
を含む。)を棄却した部分及び第三項から第五項までを破棄する。
右破棄部分につき本件を仙台高等裁判所に差し戻す。
上告人らのその余の上告を棄却する。
前項に関する上告費用は上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人渡辺義弘、同横山慶一、同上条貞夫、同山田忠行、同小野寺義象の上
告理由第二及び第三について
 一 本件請求
 本件は、被上告人の行員であった上告人らが、後述する専任職制度の創設と改定
のために昭和六一年及び同六三年に行われた被上告人の就業規則並びに就業規則の
性質を有する給与規程及び役職制度運用規程(以下、これらを合わせて「就業規則
等」という。)の変更(以下「本件就業規則等変更」という。)はこれに同意しな
い上告人らに対し効力を及ぼさないと主張して、被上告人に対し、専任職への辞令
及び専任職としての給与辞令の各発令の無効確認、本件就業規則等変更を無効とし
て計算した額の賃金の支払を受けるべき労働契約上の地位にあることの確認並びに
右賃金の額から現実に支払われた賃金の額を差し引いた残額及びこれに対する遅延
損害金の支払を求めるものである。なお、被上告人は、第一審判決に基づく仮執行
の原状回復を申し立てている。
 二 事実関係
 原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
 1 被上告人は、昭和五一年に、従業員数約一五〇〇人の株式会社D相互銀行と
従業員数約六五〇人の株式会社E銀行との合併によって成立した地方銀行(以下「
地銀」という。)であって、青森県を中心に約一〇〇店舗を有している。被上告人
は、東北地方の地銀の中ではいわゆる中位行であり、同六二年にF証券取引所第二
部に、平成元年に同第一部に株式が上場された。前記合併の当時、六〇歳定年制を
採用している地銀は四行しかなかったが、被上告人は、D相互銀行における定年が
六〇歳であったため、当初から六〇歳定年制を採用していた。被上告人には、G銀
行労働組合(以下「労組」という。)とG銀行従業員組合(以下「従組」という。)
とがあり、昭和六三年三月当時、従業員の約七三パーセントに当たる一四八二人が
労組に加入し、二三人が従組に加入していた。上告人らは、従組の組合員である。
 2 本件就業規則等変更前の被上告人の人事制度は、基本的には年功序列型賃金
体系を維持しており、昭和六一年の就業規則等の変更(以下「本件第一次変更」と
いう。)前の就業規則等によれば、(1) 行員は、一般職行員、庶務職行員及び
試雇者に分類され、(2) 職務遂行能力によって職務をグループ分けした職階は、
管理職階、監督職階、一般職階及び庶務職階に分類され、主任調査役、調査役及び
代理の役職が管理職階に、係長及び主任の役職が監督職階に属し、(3) 行員の
給与は、本給と業績給とから成る基本給、主任以上の者に対し支給される役職手当、
管理職を発令された者に対し役職手当と共に支給される管理職手当、他の諸手当及
び業績その他を勘案してその都度定める賞与によって構成されていた。年二回の賞
与の各支給額は、給与規程に具体的な定めがなく、従来の運用として、基本給及び
家族手当の三〇〇パーセントに業績メリット(役職並びに店舗業績及び個人業績の
考課による。)を加算したものとされていた。
 3 被上告人の昭和六〇年度ないし同六二年度における経営効率をみると、資金
調達原価、人件費率、物件費率、行員一人当たりの預金量等の経営指標が、全国の
地銀の平均に比べてかなり劣位に位置し、経常利益も、同六〇年度が約三〇億円、
同六一年度が約四六億円と増加してはいるものの、競争関係にあるH銀行よりも少
なく、被上告人は、高コストで収益力の弱い企業体質を有していた。被上告人の行
員の年齢分布をみると、五五歳以上の行員の割合は、同六二年度が七・九パーセン
ト(一五三人)、平成四年が一二・二パーセント(二二〇人)であって、H銀行、
I銀行及びJ銀行に比べてはるかに高い割合になっていた。また、我が国では、昭
和五〇年代後半からそれまで安定的であった金融情勢が変化し、低成長経済への移
行、企業の資金調達先の変化、金利自由化の拡大、金融市場の国際化に伴う自己資
本比率確保の要請等のため、銀行の収益環境が悪化し始め、厳しい競争の時代に入
りつつあった。
 4 被上告人では、発足以来人事制度及び賃金体系の検討が続けられており、経
営側委員と労組の執行委員で構成された委員会が管理職定年制の導入や賃金体系の
改正を求める提言をするなどしていた。被上告人は、これらを踏まえて、労組に対
し、昭和六〇年三月二三日、五五歳到達時以降の賃金水準を五四歳当時の四〇ない
し五〇パーセント程度に抑えたいので協力してほしいとの要請をし、従組に対して
も、同年四月二日に同様の要請をした。
 5(一) 以上の経緯の下、被上告人は、労組に対し、昭和六一年一月三〇日、
(1) 行員の分類に専任職行員を、職階に専任職階を加え、専任職階の役職とし
て参事、副参事及び主査を新設する、(2) 五五歳以上の行員の基本給を五五歳
到達直前の額で凍結する、(3) 五五歳に到達した管理職階の者は、原則として
専任職階とする、 (4) 専任職階の賃金は発令直前の基本給に諸手当(管理職
手当及び役職手当を除き、専任職手当を加える。)を加えたものとするなどという
専任職制度の創設を提案し、同年二月三日、従組に対しても同様の提案をした。労
組は同年四月二八日に右提案を応諾したが、従組は反対の立場を維持した。被上告
人は、従組の同意のないまま、右提案のとおり本件第一次変更を行い、変更後の就
業規則等を同年五月一日から実施した。本件第一次変更後の役職制度運用規程によ
れば、専任職階とは、「所属長が指示する特定の業務又は専任的業務を遂行するこ
とを主要業務内容とする職位」とされていた。また、専任職手当は、役職に応じて
四万円ないし一万五〇〇〇円と定められた。
(二) さらに、被上告人は、労組及び従組に対し、昭和六二年九月七日、被上告
人では六〇歳定年制の関係から高年層への人件費の偏在化という構造的問題があり、
人員構成の高齢化に伴いこの傾向が年を追うごとに顕著となり、結果として総人件
費を圧迫し、若手・中堅に対する処遇が極めてバランスを欠いたものになっており、
一大変革期を迎え年功的処遇は見直しを迫られているなどの理由を挙げて、(1)
 五五歳に到達した一般職行員及び庶務職行員は、原則として専任職行員とする、
(2) 専任職発令とともに業績給を一律に五〇パーセント減額する、(3) 専
任職手当を廃止する、(4) 賞与の支給率を削減し、専任職階における役職に応
じた割合とする、(5) 経過措置を追って提示するなどという専任職制度の改正
を申し入れた。被上告人は、その後、労組及び従組に対し、(1) 一回の賞与の
支給率を各役職とも二〇〇パーセントとする、(2) 業績給の削減、専任職手当
の廃止及び賞与支給率の削減を、同六三年度の実施対象者については完全実施した
場合の削減割合の約五分の一、平成元年度は同じく約五分の二、同二年度は同じく
約五分の三、同三年度は同じく約五分の四に止め、同四年度から完全実施する旨の
経過措置(各年度ごとに一律に削減率を定めるものであって、一定の実施猶予期間
を置いたり、各行員が五五歳に到達した年度から徐々に削減率を上げていくなどと
いったものではない。)を設けるなどの修正提案をし、昭和六三年三月二三日、労
組との間で右修正提案を含めた内容の改正をすることで合意した。従組は、専任職
制度自体に反対し続けていた。被上告人は、従組の同意のないまま、労組との合意
内容のとおりに就業規則等と賞与の支給率等を変更し(以下「本件第二次変更」と
いう。)、これらを同年四月一日から実施した。
 6 上告人らは、昭和二六年ないし同三〇年にD相互銀行又はE銀行に採用され
た者であって、五五歳到達時点で、いずれも管理職階又は監督職階にあった男子行
員である。五五歳到達直前の給与支給内訳を基に、本件第一次変更及び本件第二次
変更が無効であって、専任職への発令がなく、標準的査定がされたと仮定して計算
した場合の上告人らの賃金の額(以下「得べかりし標準賃金額」という。)は、第
一審判決別紙3ないし8の各(一)(ただし、平成四年三月分まで)、原判決別紙
1の1及び同別紙2ないし5の各(一)、(二)の各1(ただし、同別紙3(1)
の1(2)の同年六月及び一二月の各臨時給与額を一七五万一八〇〇円及び一八二
万一八〇〇円と、同別紙5(一)の1(1)の同五年三月までの間の家族手当額を
四万五〇〇〇円と、同じく合計額を五三万三七〇〇円と各訂正したもの)記載のと
おりであって、本給が約一八万ないし二〇万円、業績給が約一二万ないし二二万円、
役職手当及び管理職手当が合計約三万ないし一二万円、賞与は基本給及び家族手当
の約三四〇ないし四二〇パーセント分程度である。本件第一次変更及び本件第二次
変更が有効であると仮定した場合に上告人らが受給する賃金の額(以下「新賃金額」
という。)及びこれと得べかりし標準賃金額との差額は、第一審判決別紙3(二)、
同別紙4ないし8の各(二)(ただし、平成四年三月分まで)、原判決別紙1の2、
同別紙2ないし5の各(一)、(二)の各2及び同別紙6記載のとおりである。
 上告人らの被る不利益の程度は各人ごとに差があるが、例えば、約三年間の経過
措置の適用を受けたが、本訴における請求額自体は最も大きい上告人A1の場合、
得べかりし標準賃金額は、専任職に発令された同元年三月から同四年三月までの分
が約二六三三万円(年平均約八五四万円)、同年四月から同六年二月までの分が約
一八三二万円(年平均約九五六万円)であるのに対し、右期間中の新賃金額は、前
者の期間が約一六三五万円(年平均約五三〇万円、削減率約三八パーセント)、後
者の期間が約八一一万円(年平均約四二三万円、削減率約五六パーセント)であっ
て、賃金削減額が合計約二〇二〇万円、平均削減率が約四五パーセントである。本
件第二次変更前に五五歳に到達し、全期間の経過措置の適用を受けた上告人A2の
場合、得べかりし標準賃金額が専任職に発令された昭和六二年一一月から平成四年
一〇月までで約三八六一万円(年平均約七七二万円)であるのに対し、右期間中の
新賃金額は約二五九六万円(年平均約五一九万円)であって、賃金削減額が合計約
一二六五万円、平均削減率が約三三パーセントである。経過措置の適用を受けた期
間が最も短い上告人A3の場合、得べかりし標準賃金額が、専任職に発令された同
三年一二月から同四年三月までの分が約三八二万円、同年四月から同七年三月まで
の分が約二九五七万円(年平均約九八六万円)であるのに対し、右期間中の新賃金
額は、前者の期間が約三二一万円(削減率約一六パーセント)、後者の期間が約一
五九四万円(年平均約五三一万円、削減率約四六パーセント)であって、右三年四
箇月間の賃金削減額が合計約一四二四万円、平均削減率が約四三パーセントである。
 7 本件第二次変更の際、被上告人と労組との間で、代償措置として、(1) 
選択定年制度により早期退職する場合、基本給に支給乗数を乗じた額の選択定年加
算金が支給されるが、この支給乗数を引き上げる、(2) 専任職行員の冠婚葬祭
等にかかわる出費に対処するため、特別融資制度を新設する、(3) 行員住宅融
資制度を利用している場合、五五歳に到達した者は審査の上残元金について退職時
に一括返済することができる旨の規定を設ける、(4) 専任職行員の年金水準の
低下を補完するため、企業年金の額を月額五〇〇〇円、掛金のうち被上告人の負担
額を月額三一〇円、行員の負担額を月額一八〇円、各引き上げることが合意された。
 8 専任職発令による上告人らの担当職務の変更内容は、次のとおりである。
 (一) 上告人A4、同A5及び同A3は、専任職発令の前後を通じ同じ業務(
出納業務、融資受付、各種管理業務等)を担当していた。ただし、上告人A5及び
同A3は、従前一部検印事務の代行も担当していたが、右発令により代行の権限が
なくなった。
 (二) 上告人A2は、従前出納(特殊取引や内部発生取引を扱う。)及びテラ
ー(窓口取引を扱う。)業務を担当していたが、専任職発令後はテラー業務のみの
担当となり、その後再び出納及びテラー業務の担当に戻った。
 (三) 上告人A1は、専任職発令の前後を通じ支店の営業を担当し、検印事務
もしていたが、右発令により、従前の営業課長という肩書がなくなった。なお、右
発令の一箇月後に他の支店に転勤し、そこで融資業務を担当した。
 (四) 上告人A6は、専任職発令の前後を通じ支店の渉外業務を担当している
が、右発令により、従前の渉外課長という肩書がなくなった。
 9 専任職制度による人件費削減の効果は、年度により異なるが、完全実施され
た平成四年度には年間約一〇億円に達する。しかし、その間、中堅層の賃金につい
て格段の改善が行われており、人件費の総額も増加している。
 三 原審の判断
 前記認定事実の下で、原審は、次のとおり判断して、上告人A1、同A4、同A
6、同A5及び同A3の専任職への辞令の発令の無効確認を求める訴えをいずれも
却下し、上告人A2の専任職への辞令及び昭和六三年四月一日付け給与辞令の各発
令の無効確認を求める訴え、上告人A6、同A5及び同A3の地位確認を求める訴
え並びに上告人らの賃金支払を求める訴えについての控訴(原審における請求拡張
部分を含む。)をいずれも棄却し、第一審判決中賃金支払請求を一部認容した部分
を取り消して、右部分について上告人らの請求を棄却すべきものとし、仮執行の原
状回復の申立てを認容した。
 1 上告人らは、専任職への辞令及びその後の給与辞令の各発令の無効確認を求
めているが、一般にこのような過去の法律行為の無効確認訴訟が許されるのは、特
段の利益が存する場合に限られる。本件では、上告人らは専任職への発令が無効で
あることを前提とした法律上の地位の確認及び給付の訴えを提起しているので、右
特段の利益があるとは認められず、無効確認を求める訴えはいずれも不適法である。
 2 被上告人の高コストで収益力が弱いという企業体質、人員構成の高齢化等か
らすると、厳しい経営環境の中で人件費を削減し賃金配分の偏在化を是正するとい
う観点に立った組織改革を行うことは、避けて通ることのできない問題である。専
任職制度は、右の組織改革の必要性のために実施されたものと認められる。
 3 専任職は、軽易かつ定型的な業務と位置付けられ、管理監督業務を担当させ
ないこととされており、専任職階に移行することによって業績給が減額されること
はやむを得ず、役職手当及び管理職手当が支給されなくなることも当然である。賞
与の支給額の決定に当たって、専任職階の業務内容に応じた金額の見直しがされる
こともやむを得ない。専任職制度による賃金面の変更が行員に少なからざる不利益
を与えることは明らかであるが、右の賃金の減少は、いわば将来の期待的利益の喪
失という不利益であること、専任職制度の完全実施後の賃金水準(昭和六二年基準)
は、年間約四〇五万ないし約四九八万円であって、同年における東北地方の地銀に
おける五五歳以上の行員の平均賃金や青森県における全産業の平均年収、青森市に
おける勤労者世帯の年間家計消費支出額、青森県の四人世帯の年間標準生計費等に
比べて高水準であること、経過措置及び代償措置が設けられていることを考え合わ
せると、賃金面での不利益が、社会的相当性を逸脱し不当なものであるとまではい
えない。
 4 本件の組織改革は、多数の組合員を擁する労組の執行部を交えた委員会で長
期間にわたって研究討議され、正式提案の後、労組との合意に至ったものであるか
ら、制度の内容には多数従業員の意向も反映されていると評価することができる。
 5 被上告人には専任職制度の創設により組織改革を行う高度の必要性があった
ものということができ、行員の受ける不利益の内容及び程度、代償措置、同業他行
との比較、労組との合意等の諸事情を総合すると、専任職制度の導入に伴う本件就
業規則等変更及び賞与の支給率の変更は、合理性を失わないものと認めるのが相当
である。したがって、上告人らは、これらの適用を拒むことはできない。
 四 当裁判所の判断
 原審の前記三1、2の判断は是認することができるが、同3以下の判断は直ちに
是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 1 新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者
に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されない。しかし、労
働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性
質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、
これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。そして、
当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必
要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度
を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することが
できるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働
者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又
は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させるこ
とを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであ
る場合において、その効力を生ずるものというべきである。右の合理性の有無は、
具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更
の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関
連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他
の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮し
て判断すべきである。以上は、当裁判所の判例の趣旨とするところである(最高裁
昭和四〇年(オ)第一四五号同昭和四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一
三号三四五九頁、最高裁昭和六〇年(オ)第一〇四号同六三年二月一六日第三小法
廷判決・民集四二巻二号六〇頁、最高裁平成五年(オ)第六五〇号同八年三月二六
日第三小法廷判決・民集五〇巻四号一〇〇八頁、最高裁平成四年(オ)第二一二二
号同九年二月二八日第二小法廷判決・民集五一巻二号七〇五頁参照)。
 2 被上告人は、発足時から六〇歳定年制であったのであるから、五五歳以降に
も所定の賃金を得られるということは、単なる期待にとどまるものではなく、該当
労働者の労働条件の一部となっていたものである。上告人らは、本件就業規則等変
更の結果、専任職に発令され、基本給の凍結、右発令後の業績給の削減、役職手当
及び管理職手当の不支給並びに賞与の減額(ただし、後述するように、賞与の減額
は、本件就業規則等変更によるものではない部分を含む。)をされたのであるから、
本件就業規則等変更が上告人らの重要な労働条件を不利益に変更する部分を含むこ
とは、明らかである。そこで、以下、本件就業規則等変更が右のような不利益を労
働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づい
た合理的な内容のものであるといえるか否かについて、前示の諸事情に照らして検
討することとする。
 3 被上告人は、六〇歳定年制の下で、基本的に年功序列型の賃金体系を維持し
ていたところ、行員の高齢化が進みつつあり、他方、他の地銀では、従来定年年齢
が被上告人よりも低かったため五五歳以上の行員の割合が小さく、その賃金水準も
低レベルであったというのであるから、被上告人としては、五五歳以上の行員につ
いて、役職への配置等に関する組織改革とこれによる賃金の抑制を図る必要があっ
たということができる。そして、右事情に加え、被上告人の経営効率を示す諸指標
が全国の地銀の中で下位を低迷し、弱点のある経営体質を有していたことや、金融
機関間の競争が進展しつつあったこと等を考え合わせると、本件就業規則等変更は、
被上告人にとって、高度の経営上の必要性があったということができる。
 4 本件就業規則等変更は、まず、五五歳到達を理由に行員を管理職階又は監督
職階から外して専任職階に発令するようにするものであるが、右変更は、これに伴
う賃金の減額を除けば、その対象となる行員に格別の不利益を与えるものとは認め
られない。したがって、本件就業規則等変更は、職階及び役職制度の変更に限って
みれば、その合理性を認めることが相当である。
 5(一) しかしながら、本件第一次変更及び本件第二次変更による高年層の行
員に対する賃金面の不利益をみると、他の行員の基本給等が増額されても、五五歳
以上の者の賃金は増額されず、専任職に発令後は、基本給の約半額程度を占める業
績給が五〇パーセント削減され、三万ないし一二万円程度とかなりの額である役職
手当及び管理職手当が支給されなくなり、かつ、賞与の額も大きく減額されるもの
である。以上の変更による賃金の減額幅は、五五歳に到達した年度、従来の役職、
賃金の内容等によって異なるが、経過措置が適用されなくなる平成四年度以降は、
得べかりし標準賃金額に比べておおむね四十数パーセント程度から五十数パーセン
ト程度に達することとなる。上告人らの年間賃金は、例えば、担当職務にほとんど
変化のない上告人A3の場合でも、当初の四箇月間を別として、五五歳到達直前の
九六〇万円程度から五三〇万円程度に下がり、ほぼ全期間にわたって経過措置の適
用を受けていた上告人A2の場合でも、同じく七二〇万円程度から退職時には四二
〇万円程度にまで下がっており、元管理職階であった上告人A1の場合にも、同じ
く八〇〇万円程度から退職時には四二〇万円程度にまで下がっている。得べかりし
標準賃金額と比べた場合の賃金の削減額は、三年四箇月間ないし五年間の合計で約
一二五〇万円ないし約二〇二〇万円となっており、その削減率は、右期間の平均値
で約三三ないし四六パーセントに達している(なお、賞与支給率が低減されたこと
による賞与支給額の減額分を除外すれば、以上の数値はこれらより若干小さくなる
が、この点を考慮しても、賃金の削減率に大差は生じない。)。将来の賃金額は考
課ないし査定により変動があるものであるが、以上の減額幅は考課等による格差に
比べ格段に大きなものであって、その相当部分が本件就業規則等変更によるものと
考えられる。
 (二) もっとも、賃金が減額されても、これに相応した労働の減少が認められ
るのであれば、全体的にみた実質的な不利益は小さいことになる。しかし、上告人
らの場合、所定労働時間等の変更があるわけではない上、上告人A4、同A5、同
A3及び同A2は、専任職発令の前後を通じてほぼ同じ職務を担当しており、上告
人A1及び同A6も、課長の肩書が外された事実はあるが、数十パーセントの賃金
削減を正当化するに足りるほどの職務の軽減が現実に図られているとはいえない。
そうすると、労働の減少という観点から本件就業規則等変更による賃金面の不利益
性を低く評価することは、本件では相当でない。
 (三) さらに、本件第二次変更の際には、被上告人と労組との間で不利益の代
償措置も合意されている。しかし、右代償措置のうち、退職金の増額については、
早期退職する場合の特例であって、上告人らには関係しない。企業年金については、
被上告人の負担する掛金が若干増額されているが、これは賃金額の低下による厚生
年金の水準の低下の一部を補うものにすぎず、これをもって賃金減額の代償措置と
評価することはできない。特別融資制度や住宅融資に関する措置は、代償措置とい
うことはできるが、数十パーセントの賃金削減を補うような重要なものと評価する
ことはできない。したがって、これらの代償措置を加味して判断しても、上告人ら
の不利益が全体的にみて小さいものであるということはできない。
 (四) 右によれば、本件第一次変更及び本件第二次変更により上告人らの被っ
た賃金面における不利益は極めて重大であり、そのうち本件就業規則等変更による
部分も、その程度が大きいものというべきである。
 6(一) 本件就業規則等変更後の上告人らの賃金は、平成四年度以降は、年間
約四二〇万円程度から約五三〇万円程度までとなっている。このような賃金額は、
減額されたとはいっても、青森県における当時の給与所得者の平均的な賃金水準や
定年を延長して延長後の賃金を低く抑えた一部の企業の賃金水準に比べてなお優位
にあるものである。しかし、上告人らは、高年層の事務職員であり、年齢、企業規
模、賃金体系等を考慮すると、変更後の右賃金水準が格別高いものであるというこ
とはできない。また、上告人らは、段階的に賃金が増加するものとされていた賃金
体系の下で長く就労を継続して五〇歳代に至ったところ、六〇歳の定年五年前で、
賃金が頭打ちにされるどころか逆に半額に近い程度に切り下げられることになった
ものであり、これは、五五歳定年の企業が定年を延長の上、延長後の賃金水準を低
く抑える場合と同列に論ずることはできない。
 (二) 本件就業規則等変更は、変更の対象層、前記の賃金減額幅及び変更後の
賃金水準に照らすと、高年層の行員につき雇用の継続や安定化等を図るものではな
く、逆に、高年層の行員の労働条件をいわゆる定年後在職制度ないし嘱託制度に近
いものに一方的に切り下げるものと評価せざるを得ない。また、本件では、前示の
とおり、中堅層の賃金について格段の改善がされており、被上告人の人件費全体も
逆に上昇しているというのである。企業経営上、賃金水準切下げの差し迫った必要
性があるのであれば、各層の行員に応分の負担を負わせるのが通常であるところ、
本件は、そのようなものではない。
 (三) 右にみたとおり、本件就業規則等変更は、多数の行員について労働条件
の改善を図る一方で、一部の行員について賃金を削減するものであって、従来は右
肩上がりのものであった行員の賃金の経年的推移の曲線を変更しようとするもので
ある。もとより、このような変更も、前述した経営上の必要性に照らし、企業ない
し従業員全体の立場から巨視的、長期的にみれば、企業体質を強化改善するものと
して、その相当性を肯定することができる場合があるものと考えられる。しかしな
がら、本件における賃金体系の変更は、短期的にみれば、特定の層の行員にのみ賃
金コスト抑制の負担を負わせているものといわざるを得ず、その負担の程度も前示
のように大幅な不利益を生じさせるものであり、それらの者は中堅層の労働条件の
改善などといった利益を受けないまま退職の時期を迎えることとなるのである。就
業規則の変更によってこのような制度の改正を行う場合には、一方的に不利益を受
ける労働者について不利益性を緩和するなどの経過措置を設けることによる適切な
救済を併せ図るべきであり、それがないままに右労働者に大きな不利益のみを受忍
させることには、相当性がないものというほかはない。本件の経過措置は、前示の
内容、程度に照らし、本件就業規則等変更の当時既に五五歳に近づいていた行員に
とっては、救済ないし緩和措置としての効果が十分ではなく、上告人らは、右経過
措置の適用にもかかわらず依然前記のような大幅な賃金の減額をされているもので
ある。したがって、このような経過措置の下においては、上告人らとの関係で賃金
面における本件就業規則等変更の内容の相当性を肯定することはできないものとい
わざるを得ない。
 7 本件では、行員の約七三パーセントを組織する労組が本件第一次変更及び本
件第二次変更に同意している。しかし、上告人らの被る前示の不利益性の程度や内
容を勘案すると、賃金面における変更の合理性を判断する際に労組の同意を大きな
考慮要素と評価することは相当ではないというべきである。
 8(一) 企業においては、社会情勢や当該企業を取り巻く経営環境等の変化に
伴い、企業体質の改善や経営の一層の効率化、合理化をする必要に迫られ、その結
果、賃金の低下を含む労働条件の変更をせざるを得ない事態となることがあること
はいうまでもなく、そのような就業規則の変更も、やむを得ない合理的なものとし
てその効力を認めるべきときもあり得るところである。特に、当該企業の存続自体
が危ぶまれたり、経営危機による雇用調整が予想されるなどといった状況にあると
きは、労働条件の変更による人件費抑制の必要性が極度に高い上、労働者の被る不
利益という観点からみても、失職したときのことを思えばなお受忍すべきものと判
断せざるを得ないことがあるので、各事情の総合考慮の結果次第では、変更の合理
性があると評価することができる場合があるといわなければならない。しかしなが
ら、本件では、前示のとおり、本件就業規則等変更を行う経営上の高度の必要性が
認められるとはいっても、賃金体系の変更は、中堅層の労働条件の改善をする代わ
り五五歳以降の賃金水準を大幅に引き下げたものであって、差し迫った必要性に基
づく総賃金コストの大幅な削減を図ったものなどではなく、右のような場合に当た
らないことは明らかである。そうすると、【要旨】以上に検討したところからすれ
ば、専任職制度の導入に伴う本件就業規則等変更は、それによる賃金に対する影響
の面からみれば、上告人らのような高年層の行員に対しては、専ら大きな不利益の
みを与えるものであって、他の諸事情を勘案しても、変更に同意しない上告人らに
対しこれを法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合
理的な内容のものであるということはできない。したがって、本件就業規則等変更
のうち賃金減額の効果を有する部分は、上告人らにその効力を及ぼすことができな
いというべきである。
 (二) 右によれば、業績給の削減並びに役職手当及び管理職手当の不支給(専
任職手当で補てんされている部分は除く。)は、本件就業規則等変更による賃金の
減額分であって、右減額分の支払を求める上告人らの請求には理由がある。五五歳
に到達した時点以降における賃金の昇給額については、本件就業規則等変更がなけ
れば当該額を支給されたと認められる額の限度でのみ、また、賞与については、本
件就業規則等変更により賃金が削減された結果賞与支給額が減額されたと認められ
る額の限度でのみ、その支払を求める上告人らの請求には理由がある。
 五 結論
 以上のとおりであるから、これと異なる原審の判断部分には法令の解釈を誤った
違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。右違法を
いう論旨は理由があり、原判決主文第二項中賃金請求に係る上告人らの控訴(原審
における請求の拡張部分を含む。)を棄却した部分及び第三項から第五項までは破
棄を免れない。そして、本件就業規則等変更による上告人らの賃金の削減と認め得
る金額の算定について更に審理を尽くさせるため、右破棄部分を原審に差し戻すこ
ととするが、原判決主文第一項及び第二項中上告人A2の発令の無効確認を求める
訴え並びに上告人A6、同A5及び同A3の地位確認を求める訴えについての各控
訴を棄却した部分については、論旨は理由がなく、上告を棄却すべきである。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大出峻郎 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井
正雄 裁判官 町田 顯)

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