弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原決定を取消す。
     抗告人において保証として金五万円を供託するときは、相手方の抗告人
に対する福岡地方裁判所昭和二十五年(ワ)第三二九号家屋明渡請求事件の確定判
決に基く強制執行は、両名間の同裁判所昭和二十九年(ワ)第六三五号請求異議事
件の第一審判決があるまでこれを停止する。
         理    由
 本件抗告事由の要旨は、抗告人は本件家屋の賃借人であつたAより右家屋に対す
る賃借権とともに本件必要費及び有益費の償還請求権及び留置権を譲受け、Aは本
件強制執行の債務名義たる確定判決に係る訴訟事件の控訴審の口頭弁論終結後であ
る昭和二十八年十月三日相手方に対し右償還請求権及び留置権譲渡の通知をしたの
で、抗告人は右留置権の取得を相手方に対抗することを得るに至つたものである。
原決定は抗告人の本件家屋の占有は不法であると認定し抗告人の本件強制執行停止
申請を却下したけれども、抗告人は前示のとおりAより賃借権とともに償還請求権
及び留置権の譲渡を受けて該家屋を占有するに至つたものであつて、賃借権の譲渡
について相手方の承諾がなくても抗告人の右占有を不法ということはできない。従
つて原決定は不当であるから本抗告に及んだものである、というのである。
 よつて按ずるに、原決定は「かりに申請人(抗告人)の主張が真実であり、申請
人は従前の本件家屋の賃借人たるAから、所有者たる被申請人(相手方)に対する
右家屋の改造等により生じた必要費及び有益費の償還請求並びにこれが弁済を受け
るまでの右家屋の留置権を譲受けた上、同家屋に入居しこれを占有するに至つたと
しても、少くとも前記家屋明渡訴訟事件の事実審の口頭弁論終結時において右占有
が不法のものであり、申請人において被申請人に対し右留置権を主張し得なかつた
ことは、右訴訟事件の確定判決の既判力の効果としてもとより否定し得ぬところで
ある。それ故右口頭弁論終結後において前記償還請求権の譲渡につき対抗要件を具
えたとしても、これを理由として申請人が本件家屋を留置し得べき限りでないこと
は、民法第二百九十五条第二項により明白であるから、申請人が本件請求異議のた
め主張した事情は法律上理由がないと断ずべきものである」として、抗告人の本件
執行停止申請を却下したのである。
 しかし甲第四号証の判決正本によれば、本件家屋明渡に関する第二審判決におい
ては、抗告人は本件家屋の賃借人であつたAから該家屋に関する必要費及び有益費
の償還請求権及び賃借権を譲受けて本件家屋を占有するに至つたもので且つその譲
受に伴いAの有した本件家屋に対する留置権をも譲受けたものと認むべきであると
し、ただその譲渡を相手方において承諾し又は相手方に譲渡の通知をした事実が認
められないから相手方に対し留置権を主張し得ないため、相手方に対する関係にお
いては抗告人の本件家屋の占有は不法であるという趣旨の下に、抗告人に該家屋の
明渡を命じたこと明である。
 従つてこの判決は家屋明渡の請求権について既判力を有することは勿論であるけ
れども、抗告人が抗弁として主張した留置権の存否、従つて又その留置権譲渡のた
めになされた占有移転が不法であるか否かについて既判力を有するものではなく、
もしその訴訟の口頭弁論終結後に抗告人主張のような償還請求権譲渡の通知がなさ
れたとすれば、抗告人はその償還請求権及びこれとともになされえ留置権の譲渡を
以て相手方に対抗することができるものといわなければならない。もつとも抗告人
は賃借権とともにこれらの権利を譲受けて本件家屋を占有するに至つたというので
あつて、賃借権の譲渡については賃貸人たる相手方の承諾がない限りその譲渡を相
手方に対抗することができないから、賃借権に基き本件家屋を占有することはもと
より不法であるけれども、賃借権は賃借物を使用収益することのできる権利である
に反し、留置権は単に債務を弁済するまでその物を占有する権利に過ぎないから、
留置権の譲渡については債務者の承諾を要しないこと勿論であつて、ただ留置権は
被担保債権とともに譲渡することを要するため、被担保債権の譲渡につき対抗要件
を具備しなければ留<要旨>置権の譲渡も債務者に対抗し得ないに過ぎない。従つて
留置権の譲渡によつて留置物の占有の移転を受けこれを占有することは民法
第二百九十五条第二項の意義における不法の占有とはいえないから、その占有移転
当時債務者の承諾がなかつたとしても、その後被担保債権の譲渡について譲渡通知
がなされた以上は、譲受人は適法に留置権をも主張し得るものといわなければなら
ない。従つて抗告人は前示確定判決に係る口頭弁論終結後留置権につき対抗力を生
じたことを以て該確定判決に対し請求異議の訴を提供し得ること勿論であつて、原
決定は以上の点について法律の解釈を誤つた嫌がある。
 ところで抗告人提出の本件証拠によれば、抗告人がAより本件償還請求権の譲渡
を受けこれに伴い本件留置権をも譲渡を受けて本件家屋を占有するに至つたこと、
及び右確定判決後右償還請求権譲渡について抗告人主張の如くAより相手方に対し
譲渡通知のなされたことが一応認められる。従つて前段説明の理由に照し抗告人は
右留置権に基き本件確定判決に基く相手方の家屋明渡の請求に対し請求異議の訴を
提起し本件強制執行の停止を申請したのは相当であるから、原決定を取消した上主
文のとおり決定する。
 (裁判長判事 森静雄 判事 竹下利之右衛門 判事 高次三吉)

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