弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を大阪地方裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人弁護士山本正司の上告理由は別紙のとおりであつて、これについての
当裁判所の判断は次のとおりである。
 原審は第一審判決添附の第三目録記載の家屋が被上告会社の社宅であつて、被上
告会社の従業員であつた上告人がこれを賃料一ケ月につき金三〇円毎月末払退社と
同時に明け渡すことと定めて賃借してきたところ、上告人は昭和二五年一一月七日
被上告会社を退職したことは当事者間に争いがないとして事実を確定し、所論のと
おり、従業員が退職と同時に明け渡す定めのもとに社宅を賃借した場合には退職と
ともに当然明け渡すべき義務が生ずると判示し、本件家屋の明渡と訴状送達の翌日
である昭和二六年七月一八日より明渡まで一ケ月につき金三〇円の支払を求める被
上告会社の本訴請求を正当として認容しているのである。これによれば原審は<要旨
第一>かような社宅の賃貸借には借家法の適用がないことを前提として判断している
ものと思われる。しかしながら、いわゆる社宅その他雇傭主である使用
者が被用者である従業員の居住の用に供している貸与住宅(以下社宅という)であ
る建物の利用についての法律関係が、使用貸借ではなくて、賃貸借であるときは、
右社宅の賃貸借には当然借家法の適用があるものというべく、賃貸借の目的が社宅
であるからといつて、これを一般の建物の賃貸借とは別異に解すべき根拠はないの
である。けだし、社宅は従業員一般を対象とする権利厚生施設の一つであるととも
に、これを開設し従業員の居住の用に供することによつて使用者の事業の実施にも
利益と便宜をもたらすものであるが、従業員は従業員であることからその当然の権
利として社宅の利用享有を主張し得るものではないし、また使用者は使用者の義務
として従業員に社宅を開設提供しなければならないものでもないのである。従つて
或る建物の社宅としての利用は雇傭関係なくしては考えられないが、雇傭関係と社
宅利用関係とは相表裏し随伴するものではなくまた両関係か開始の時点において同
時でなければならぬということは勿論できない。それと同様に、社宅を賃借利用し
ている従業員について雇傭関係が終了すれば、社宅たる建物の利用関係も終了しな
ければならぬという要請はなく、いわんや、両関係は終了の時点において同時とし
なければならぬという要請はない。従業員の身分を失つた者の利用に委ねていると
きは、その限りにおいて建物は社宅としての性質効用を停止するか、建物の賃貸借
であることには、社宅としての性質効用を具有発揮していようと、いまいと終始変
動はないのである。社宅と呼ばれようと、それは賃借権の目的になつている建物で
ある。建物の賃借人は賃借人として正当に保護されなげればならない。社宅である
からとて、社宅たる建物の譲受人とか抵当権者がこの賃借権を無視することが許さ
れる道理はない。社宅であるからとて、使用者に、従業員が使用者の同意を得て建
物に附加した造作についての買取請求を拒むことを認めて良い筋合いはない。社宅
であるからとて、使用者の要求があるときは何時でも、従業員はその家族とともに
直ちに社宅から退去しなければならないとされても当然だというわけにはいかな
い。借家法の各規定を検討しても、社宅の賃貸借であるが故に適用を排除するのが
相当と解すべきものは存しない。しかも社宅を賃借中の従業員について身分関係の
喪失もしくは変動が生じたときは、その事実そのものが使用者の行う社宅の賃貸借
の解約申入に強度の正当性を附与する事由と認めべきであろうから、借家法第一条
の二の適用を認めたとて、賃貸人たる使用者の正当な権利を抑圧する不都合は全然
ないのである。また解約申入の効力の発生従つて明渡義務の発生が、同法第三条に
よつて、解約申入の時から六ケ月後になることは、国家公務員のための国設宿舎に
関する法律(昭和二四年法律第一一七号)第一九条の規定によつて、有料国設宿舎
の明渡について六ケ月の猶予期限が定められていこるとから考えて、決して不当と
はいえない。上述のとおり、社宅の賃貸借にも借家法の適用があるものと解す<要旨
第二>べきである。そうすると、「退社と同時に賃借社宅を明け渡す」旨の特約は借
家法第一条の二及び第三条の規定に反し、賃借人に不利であることが明
らかであるから、同法第六条によつてこれをなさないものとみなされるものであ
る。従つてこの特約を有効に存在するものと判示して本訴請求を認容した原判決は
違法というべく論旨は理由があつて原判決は破棄を免れない。しかし訴状によれば
被上告人は上告人に対し、その退社以来度々本件家屋の明渡を求めたと主張してお
り、右明渡請求は賃貸借の解約申入と解すべきであるから、本件については解約申
入の時期及びその正当性の有無についてなお審理判断の必要があるものと認められ
る。よつて民事訴訟法第四〇七条第一項に従い主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 田中正雄 判事 平峯隆 判事 藤井政治)

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