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平成14年(ワ)第7456号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結の日 平成15年7月18日
判      決
         原     告     A
原      告     ミスミ株式会社
原告ら訴訟代理人弁護士  石 井 義 人
同            濱 田 佳 志
原告ら補佐人弁理士    杉 本 勝 徳
被      告     日本コパツク株式会社
訴訟代理人弁護士     増 田 利 昭
補佐人弁理士       佐 藤 英 昭
             主      文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙イ号物件目録及びロ号物件目録記載の各物件を製造、販売して
はならない。
2 被告は、その本店及び営業所内に存する前項の各物件を廃棄せよ。
3 被告は、
(1)原告Aに対し、金3750万円、
(2)原告ミスミ株式会社に対し、金2000万円
及び上記各金員に対する平成14年8月8日(訴状送達日の翌日)から支払済
みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、被告による各物件の製造販売の行為が、後記特許権を侵害するとし
て、その特許権者である原告Aから専用実施権の設定を受けた原告ミスミ株式会社
が、同専用実施権に基づき、被告による上記各物件の製造販売の差止めと廃棄を請
求するとともに、各原告が、民法709条、特許法102条1項に基づき、損害賠
償を請求した事案である。
(基本的事実)
1 原告Aは次の特許権を有している(以下、「本件特許権」といい、その発明
を「本件発明」、その特許出願に係る明細書を「本件明細書」という。)。
特許番号 第2956956号
発明の名称 合成樹脂製クリップ
出願年月日 平成7年2月3日(特願平7-17174)
登録年月日 平成11年7月23日
特許請求の範囲 本判決末尾添付の別紙特許公報(以下「本件公報」とい
う。)該当欄記載のとおり。
2 本件発明の構成要件を分説すれば、次のとおりである。
A 一端に挟着部を形成したクリップ片を向かい合わせに対峙させ、
B 両クリップ片に亙って“U”字形に折り返されて形成された合成樹脂製バ
ネを装着し、
C 該合成樹脂製バネの弾性力により両クリップ片の挟着部同士が圧接する方
向に弾性付勢してなる合成樹脂製クリップにおいて、
D 合成樹脂製バネの先端内面部分に掛合部を形成し、
E 該掛合部が掛合する受け止め部と、受け止め部より折り返えし部側の合成
樹脂製バネ部分を被う飛散防止部とをクリップ片に設けるとともに、
F 受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に空間を形成し、
G 受け止め部の飛散防止部側先端部と飛散防止部の受け止め部側先端部とが
クリップ片を成形する金型の摺動方向に直交する方向で重なり合わないように形成
したことを特徴とする合成樹脂製クリップ。
3 原告ミスミ株式会社は、原告Aから、本件特許権について次の内容の専用実
施権の設定を受け、平成13年11月1日、その登録をした(甲1)。
範囲 地域 日本全国
期間本件特許権の存続期間満了まで
内容 全部
4 被告は、別紙イ号物件目録記載の物件(その製品型番はMB-4である。以
下「イ号物件」という。)及びロ号物件目録記載の物件(その製品型番はCAB-
1である。以下「ロ号物件」という。)を製造、販売していた(ただし、いずれも
その具体的構成につき当事者間に争いがある。)。
(争点)
1 構成要件EないしG「飛散防止部」の充足性
(原告らの主張)
イ号物件及びロ号物件は、いずれも上記構成要件を充足する。被告の主張に
対しては、次のとおり反論する。
(1)被告の主張(1)に対して
 被告主張のガイド部7(別紙被告主張図イ号物件の該当部分を指す。以下
同じ。)も6部分の端であるから、ガイド部7を受け止め部5に対面しているとい
うことができる。ガイド部7がガタツキ防止効果を有する旨の被告の主張は否認す
るが、仮にそうであるとしても、本件発明との関係では単なる付加にすぎず、その
構成要件充足性を否定するものではない。
(2)被告の主張(2)に対して
 別紙イ号物件目録及びロ号物件目録の各図面に照らし、6部分が飛散防止
の効果を有することは明らかである。
(3)被告の主張(3)に対して
 別紙ロ号物件目録の各図面に照らし、6部分の先端6a側部分に空間を形
成することは明らかである。
(被告の主張)
(1)本件発明における「飛散防止部」は、その特許請求の範囲の記載(構成
要件F)から明らかなとおり、受け止め部に対面する部分でなければならない。
 イ号物件のガイド部7は、別紙イ号物件目録第3図及び第4図から明らか
なとおり、受け止め部5には対面していない。したがって、原告らの主張するよう
に、ガイド部7を受け止め部5に対面している6部分の一部とすることはできない
(ガイド部7は、合成樹脂製バネをクリップ片の外側から内側へ押圧しており、そ
の弾性力により、合成樹脂製バネのガタツキを防止するという本件発明にはない独
自の作用効果を奏するものである。)から、上記構成要件を充足しない。
 ロ号物件では、受け止め部に対面する部分は存在していない(受け止め部
に対面するのは、略凸型に形成された空間にすぎない。)から、上記構成要件を充
足しない。
(2)本件発明の「飛散防止部」とは、本件明細書【0015】によれば、
「クリップ片2の操作部から合成樹脂製バネ3の掛合部4の近傍位置まで延出され
たもの」でなければならない。
 ロ号物件は、クリップ片操作部から合成樹脂製バネの先端近傍まで略凸型
の空間を設け、同空間部の上方突端部分両側にはクリップの押圧操作に耐える強度
を与える補強部6(6は飛散防止部ではないから、これと異なるロ号物件の特定に
関する原告らの主張は否認する。)を設けたものであって、本件発明の上記構成と
は全く異なる。したがって、ロ号物件は、上記構成要件を充足しない。
 イ号物件においても、6部分につき、その中間部に空間が設けられていな
い点で、(ロ号物件よりも更に)クリップ片の強度補強の作用効果があるから、6
部分は飛散防止部ではない(これと異なるイ号物件の特定に関する原告らの主張は
否認する。)。したがって、イ号物件も、上記構成要件を充足しない。
(3)本件発明では、その特許請求の範囲の記載(構成要件F)から明らかな
とおり、「飛散防止部」の先端側部分に空間が形成されなければならない。
 ロ号物件の空間は、クリップ片の操作部からバネの先端近傍まで略凸型に
設けられたものであり、飛散防止部の先端側部分に設けられたものではないから、
上記構成要件を充足しない。この点に関する原告らの主張は、略凸型に形成された
空間の一部分を捉えるものであり、失当である。
2 構成要件E「受け止め部より折り返えし部側の合成樹脂製バネ部分を被う」
の充足性
(原告らの主張)
 イ号物件及びロ号物件は、いずれも上記構成要件を充足する。被告の主張に
対しては、次のとおり反論する。
 「被う」とは、「一部を被う」と「全部を被う」の両者を包含する概念であ
り、被告主張のように、全体的にかぶせてしまうことのみに限定解釈すべき理由は
ない。本件明細書の図面にも、このような限定はない。むしろ、バネ部分を被うの
はバネが破損した際にその飛散を防止するためであるから、このような観点から合
目的的に解釈すれば、上記構成要件にいう「被う」とは、バネが破損した際にバネ
の飛散を防止し得る程度にバネ部分にかぶさっていれば足りるというべきである。
 イ号物件及びロ号物件のいずれも、6部分(ガイド部7を含むが、仮にガイ
ド部7を除外したとしても、その効果は同様である。)は、バネの折り返し3a部
分からバネの先端にかけてバネ全体の半分以上にかぶさっており、バネが破損した
際にバネの飛散を防止し得る程度にバネ部分にかぶさっているから、上記構成要件
を充足する。仮に被告主張の凸部8(別紙被告主張図イ号物件の該当部分を指す。
以下同じ。)が破損片飛出防止用の機能を有するとしても、ガイド部7と同様に、
本件発明との関係では単なる付加にすぎず、上記構成要件の充足性を否定するもの
ではない。
(被告の主張)
 「被う」とは、広辞苑によれば、「露出するところがないように、全体的に
かぶせてしまう」というものでなければならない。
 イ号物件においては、6部分がバネ3部分を全体的にかぶせてしまうように
は被われておらず(これと異なるイ号物件の特定に関する原告らの主張は否認す
る。)、バネのガタツキ防止のためのガイド部7を除いてしまえば、6部分の先端
6a側に設けられた窓部から折れたバネが飛び散ってしまうことになる。イ号物件
において破損片飛出防止用の機能を有するものは、凸部8である。しかし、凸部8
は、一対のクリップ片2の内側上端部に備えられ、互いに接触しない点対称の位置
で、左右いずれかに突出させて設けた略L字形状のリブであって、バネ3部分を全
体的にかぶせてしまうように被うものではないから、上記構成要件を充足しない。
 ロ号物件も、イ号物件と同様に、バネ部分を被っていないから、上記構成要
件を充足しない。
3 構成要件G「受け止め部の飛散防止部側先端部と飛散防止部の受け止め部側
先端部とがクリップ片を成形する金型の摺動方向に直交する方向で重なり合わない
ように形成」の充足性
(原告らの主張)
 イ号物件及びロ号物件は、いずれも上記構成要件を充足する。被告の主張に
対しては、次のとおり反論する。
 イ号物件において、6a及びガイド部7のいずれも6部分の端であり、6部
分の先端部ということができるから、被告の主張は前提を欠く。仮に被告主張のよ
うに、6部分の受け止め部側先端部がガイド部7の先端部分である7aであるとし
ても、受け止め部5は、別紙イ号物件目録各図面のとおり、6aの中央部分が凸型
に形成されていることに対応して、凹型に形成されており、5a部分とは重なり合
っていない。
 ロ号物件においても、別紙ロ号物件目録各図面のとおり、6部分中央が凹型
に形成されていることから、5a部分と6a部分が重なり合わないことは明らかで
ある。
(被告の主張)
 イ号物件においては、クリップ片の窓部分にはガイド部7が設けられている
から、6部分の受け止め部側先端部とすべきは、6aではなく、ガイド部7の先端
部分である7aである(これと異なるイ号物件の特定に関する原告らの主張は否認
する。)。したがって、受け止め部5の6部分側先端5a部と6部分の受け止め部
側先端部7aとはクリップ片2を成形する金型の摺動方向Ⅹに直交する方向で重な
り合っていることになるから、上記構成要件を充足しない。
ロ号物件においても、受け止め部5の先端5aと6部分の先端6aとがY方
向で重なる構成を備えているから、上記構成要件を充足しない。
4 明白な無効理由その1-進歩性欠如
(被告の主張)
(1)本件発明は、本件特許出願前に日本国内において頒布された刊行物であ
る実開平2-19359号公開実用新案公報(公開日平成2年2月8日、乙1、乙
5添付の甲1。以下「引用刊行物1」という。)及び登録番号第782935号意
匠公報(平成2年3月7日発行、乙5添付の甲2。以下「引用刊行物2」とい
う。)並びに本件特許出願前に外国において頒布された刊行物である特許番号第
4,701,983号米国特許公報(1987(昭和62年)10月27日ころ発
行、乙5添付の甲3。以下「引用刊行物3」という。)に基づいて容易に発明をす
ることができた(特許法29条2項違反)。
 したがって、本件特許には無効理由が存在することが明らかであるから、
本件特許権に基づく請求は権利の濫用として許されない。
(2)原告らの主張(2)について反論すれば、本件発明のような被服用ハン
ガークリップにおいては、残留針の検出が金属探知器により行われていたことか
ら、合成樹脂(プラスチック)で成形することは公知技術であった。引用刊行物3
には、「この発明の目的は、進歩したプラスチック製クリップ組立部品を提供する
ことにある。」(同公報2欄11行~12行)、「クリップ組立部品10は、一対
の顎部材12と、顎部材12に取り付けるためのU字バネ14とから成ることが示
されている。」(同公報2欄65行~3欄1行)という記載があり、一対の顎部材
とU字バネの材質に合成樹脂を用いることが示されている。特開平7-13952
4号公開特許公報(発明の名称「ハンガークリップ」、出願日平成5年11月16
日、公開日平成7年5月30日、乙14)や特開平3-71083号公開特許公報
(発明の名称「衣服中に残存する磁性体金属針の検出方法」、公開日平成3年3月
26日、乙15)の構成要件にも、バネやハンガークリップ全体の材質を合成樹脂
とする技術が示されている。
 そして、合成樹脂製バネが破損しやすいものであることは自明のことであ
り、この破損したバネの飛散を防止するために、引用刊行物2のように、バネ全体
を被えば飛散防止効果が高くなること、さらに、バネ全体を被っていなくても、バ
ネを被う部分を多くすれば飛散防止効果を高められることは、当業者なら容易に想
到し得る。
(原告らの主張)
(1)被告の主張(1)は否認する。
(2)進歩性が欠如するか否かは、引用刊行物の内容中の示唆、課題の共通
性、機能作用の共通性等に照らし、本件発明の起因ないし契機となり得るものがあ
るか否かという観点から判断すべきである。
 本件発明は、「受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に空間を形
成し」とあるように、クリップの外壁部分とバネの受け止め部との間に、バネを挿
入し得る空間を形成し、内側に挿入されるバネと干渉せずにクリップの外壁部分を
延出して飛散防止部を形成し得る構成とした点に大きな進歩性を有する。
 これに対し、被告主張の引用刊行物1~3には、合成樹脂製バネを用いた
クリップにおけるバネ破損時の飛散防止に関する内容中の示唆はない。引用刊行物
1の課題は、クリップの組立てを容易にすること、クリップ片を連結するバネによ
るニット製品等の損傷を防止すること及びクリップ片のパッド部の接着剤による製
品の汚損を防止することにあり、本件発明の課題(バネ破損時の飛散防止)との共
通性はない。このことは、引用刊行物3についても同様である。引用刊行物1及び
3の機能作用も、バネ破損時の飛散防止効果が存しない点で本件発明と異なる。引
用刊行物2も、一対の金型が成形できない点で、本件発明とは異なる。したがっ
て、引用刊行物1~3をもって本件発明の進歩性を否定することはできない。
5 明白な無効理由その2-記載不備
(被告の主張) 
 本件明細書の特許請求の範囲は、特許を受けようとする発明の構成に欠くこ
とができない事項のみを記載していない(平成6年法律第116号による改正前の
特許法36条5項2号違反)。この点からも、本件特許には無効理由が存在するこ
とが明らかであるから、本件特許権に基づく請求は権利の濫用として許されない。
(原告らの主張)
 被告の主張は争う。
6 原告らの損害
(原告らの主張)
(1)原告A
ア 被告は、平成12年8月ころから同13年10月31日までの間、1本
当たりイ号物件又はロ号物件2個を装着したハンガーを1月当たり少なくとも25
万本販売したから、この間の被告によるイ号物件及びロ号物件の合計販売数は75
0万個(2個×25万本×15月)である。
イ 原告Aは、上記アの期間中、本件発明の実施品であるクリップを装着し
たハンガーを販売しており、同クリップ1個当たりの同原告の利益の額は5円であ
る。
ウ したがって、原告Aの損害は、3750万円(5円×750万個)である。
(2)原告ミスミ株式会社
ア 被告は、平成13年11月1日から同14年6月30日までの間、1本
当たりイ号物件又はロ号物件2個を装着したハンガーを1月当たり少なくとも25
万本販売したから、この間の被告によるイ号物件及びロ号物件の合計販売数は合計
400万個(2個×25万本×8月)である。
イ 原告ミスミ株式会社は、本件特許権につき専用実施権の設定登録を受け
た上記アの期間中、本件発明の実施品であるクリップを装着したハンガーを販売し
ており、同クリップ1個当たりの同原告の利益の額は5円である。
ウ したがって、原告ミスミ株式会社の損害は、2000万円(5円×400万
個)である。
(被告の主張)
原告ら主張の損害は否認する。
第3 争点4(明白な無効理由その1-進歩性欠如)に対する当裁判所の判断
1 本件明細書には、次のような記載がある(甲2)。
 本件発明は、主としてハンガーに装着して使用される合成樹脂製クリップに
関するものである(本件公報(甲2)の「産業上の利用分野」。以下、括弧内は本
件公報の該当部分を指す。)。従来、衣服等を挟持するクリップを備えたハンガー
は、水平に保持されるハンガー部材の両端寄り部に金属製の“U”字形をしたバネ
でクリップ片の挟着部同士が圧接する方向に弾性付勢してなる合成樹脂製クリップ
を装着し、この合成樹脂製クリップに衣服等を吊持するようにしている。ところ
で、衣服等を製造メーカーから商社あるいは小売店に納品する場合にも上述のハン
ガーに衣服等を吊持した状態で納品するのであるが、昨今、製造物責任法、いわゆ
る“PL法”により衣服等の縫製にも金属探知器により針等が残留していないのを
確認してから納品されるようになっており、金属製の“U”字形をしたバネでクリ
ップ片の挟着部同士が圧接する方向に弾性付勢してなる合成樹脂製クリップでは、
この金属製バネに金属探知器が反応してしまう。そこで、こうした金属探知器に対
応するために高密度カーボネイト樹脂を主体とした複合材料により“U”字形に折
り返した弾性を有する合成樹脂製バネを合成樹脂製クリップに装着し、
当該クリップをハンガーに装着したものが用いられている(従来の技術)。他方、
クリップ片を成形する時に合成樹脂製バネを被うようにすることも考えられるが、
こうした場合には成形用金型の型抜きができなくなったり、成形用金型を複雑な構
造で、かつ金型の数(点数)が増えたりしてしまうことから、イニシャルコスト及
びランニングコストが高くなってしまうという問題もあった。そこで、本件発明
は、上記問題点に鑑み、安全でかつ安価な合成樹脂製クリップを提供できるように
することを目的として(課題を解決するための手段)、本件特許請求の範囲所定の
構成を備えることにより、クリップ片を成形する成形金型も簡単な構造の一対の金
型で済み、イニシャルコストやランニングコストを低減して大量生産することがで
きるとともに、合成樹脂製バネで合成樹脂製クリップが形成してあるので、これを
例えばハンガーに装着して検針用の金属探知器に通すこともできる。また、合成樹
脂製バネがその折り返し部分で折れた場合、この折れた合成樹脂製バネはその反動
で飛散しようとするが、これを飛散防止部が受け止めるので、従来のように飛散す
る合成樹脂製バネの破片で手や顔を傷つけたりすることがなく安全性を
大幅に向上させることができるという作用効果を奏するものである(発明の効
果)。
2 これに対し、引用刊行物1(乙1、乙5添付の甲1。考案の名称「ハンガ
ー」。公開日平成2年2月8日)に開示された考案は、ハンガー、特にファッショ
ン流通業界で製品の出荷、運搬、保管用に使用されるハンガーに関するものであり
(同明細書の「産業上の利用分野」。以下、括弧内は同明細書の該当部分を指
す。)、その実用新案登録請求の範囲には、次の記載があることが認められる。
① 上面中央にフックを有するハンガーバーと、衣類を吊下支持させる少なく
とも一対のクリップとの組合せからなり、前記ハンガーバーは両面中央長手方向に
滑らかな曲面で上下縁に連結する断面係止溝を有し、前記クリップは屈曲板バネで
開閉可能に連結した一対のクリップ片からなり、両クリップ片の対向内縁に前記ハ
ンガーバーの係止溝に形成された滑らかな曲面に沿うカム面を備え、前記係止溝に
カム面を圧接させてクリップを前記ハンガーバーに着脱可能に装着したことを特徴
とするハンガー(請求項1)。
② 前記両クリップ片の内面に、前記屈曲板バネのバネ受けを設けた請求項第
1項に記載のハンガー(請求項2)。
 同考案は、従来のハンガーは、「ハンガーバー30と、ハンガーバー30に
摺動可能に支持され衣類を挟持吊下するクリップ31とを有し(中略)ハンガーバ
ー30にはその上下端に突条縁30a、30aが設けられており、一方、クリップ
31をなす一対の開閉可能なクリップ片31a、31aには多角の溝32がそれぞ
れ設けられており」、クリップ片の角形溝にハンガーバーの突条縁を受け入れて一
対のクリップ片間にハンガーバーを差し込み、一対のクリップ片を逆U字状のバネ
33で開閉可能に連結した構造になっていた(従来の技術)ところ、「従来のハン
ガーはハンガーバー30の突条縁30aとクリップ片31aの溝32とは角形の凹
凸構造で嵌合しているため、一対のクリップ片31aをハンガーバー30の両側に
あてがい、…バネを治具を用いて押し開いて一対のクリップ片間に組み込む必要が
あり、組立てが厄介である。また、クリップ片31a間を連結するバネ33の端縁
33aがクリップ片31aの外側に露出しているため、特に製品がニット製品であ
る場合にはその編目に引掛けて傷付けてしまい、製品の価値を台無しにしてしまう
欠点があった。」ことを解決課題の一つとするものであり(考案が解
決しようとする課題)、上記実用新案登録請求の範囲の構成を備えることにより、
「クリップ片の内面にバネのバネ受けが設けられ、バネの端縁が外部に露出しない
ため、製品に引掛けてしまうことを防止できる。」という効果を奏するものである
(考案の効果)。その実施例の項の「本考案に係るハンガーを組立てるにあたって
は、まず一対のクリップ片2a、2aを下端縁を揃えてV字状に組合せ、その間に
屈曲板バネ4を介挿して該バネ4の端縁4aを各クリップ片2aのバネ受け6に装
着し、一対のクリップ片2aをバネ4で開閉可能に連結してクリップ2を組立て
る」という記載や、第1図(本考案の一実施例を示す正面図)、第2図(第1図の
Ⅱ-Ⅱ線断面図)及び第3図(組立状態を示す断面図)の各図面も総合すれば、引
用刊行物1には、「一端に挟着部を形成したクリップ片2aを向かい合わせに対峙
させ、両クリップ片2aに亙って“U”字形に折り返されて形成された屈曲板バネ
4を装着し、該屈曲板バネ4の弾性力により両クリップ片2aの挟着部同士が圧接
する方向に弾性付勢してなる構成、屈曲板バネ4の先端内面部分に凸部を形成した
構成、クリップ片2aに、該凸部が係合するバネ受け6を設けた構成、
クリップ片2aの上端縁10が、屈曲板バネ4の折り返えし部を越える位置まで延
長形成されており、上端縁10の下方部が屈曲板バネ4の折り返し部近傍のバネ部
分を被う構成、上端縁10の下方部の先端側部分にクリップ片2aの厚み方向に貫
通し、かつバネ受け6の表面部にスペースを提供する窓状穴が形成されている構
成、及び、バネ受け6の上端縁10の下方部側先端部と上端縁10の下方部のバネ
受け6側先端部とがクリップ片2aの長さ方向に間隔を有している構成」が示され
ているということができる。
 3 本件発明と引用刊行物1の考案とを対比すれば、両者は後記(1)の点で一
致し、後記(2)及び(3)の点で相違する。
(1)共通点
 一端に挟着部を形成したクリップ片を向かい合わせに対時させ、両クリッ
プ片に亙って“U”字形に折り返されて形成されたバネを装着し、該バネの弾性力
により両クリップ片の挟着部同士が圧接する方向に弾性付勢してなるクリップにお
いて、バネの先端内面部分に掛合部を形成し、該掛合部が掛合する受け止め部と、
受け止め部より折り返えし部側のバネ部分を被う飛散防止部とをクリップ片に設け
るとともに、受け止め部の飛散防止部側先端部と飛散防止部の受け止め部側先端部
とがクリップ片を成形する金型の摺動方向に直交する方向で重なり合わないように
形成したことを特徴とするクリップ。
(2)相違点①
 バネ及びクリップの材質が、本件発明ではいずれも合成樹脂製とされてい
るのに対し、引用刊行物1の考案では明確に特定されていない。
(3)相違点②
 本件発明が「受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に空間を形成
し」た構成を有しているのに対し、引用刊行物1の考案は「上端縁10の下方部
(飛散防止部)の先端側部分にクリップ片2aの厚み方向に貫通し、かつバネ受け
6(受け止め部)の表面部にスペースを提供する窓状穴を形成し」た構成を有して
いる。
4(1)相違点①についての検討
 特開平7-139524号公開特許公報(発明の名称「ハンガークリッ
プ」、出願日平成5年11月16日、公開日平成7年5月30日、乙14)や特開
平3-71083号公開特許公報(発明の名称「衣服中に残存する磁性体金属針の
検出方法」、公開日平成3年3月26日、乙15)、引用刊行物3(公開日198
7年(昭和62年)10月27日ころ、乙5添付の甲3)並びに本件明細書【00
03】及び【0004】の記載によれば、本件発明の属する技術分野(被服用ハン
ガークリップ)において、残留針の検出が金属探知器により行われていたことか
ら、クリップ片やバネが金属探知器に反応することを回避するため、これらの材質
を(金属ではなく)合成樹脂とすることは、本件特許出願当時の周知技術であった
ことが認められる(本件特許権者である原告Aも、無効2002-35531号無
効審判請求事件の第1回口頭審理期日において、引用刊行物1の考案につき合成樹
脂製バネとすることは容易である旨を自認している(乙19の2)。)。
 したがって、引用刊行物1記載の考案に上記の周知技術を組み合わせて、
合成樹脂製バネを採用した合成樹脂製クリップとすることは、当業者であれば容易
に推考し得ることというべきである。
(2)相違点②についての検討
 本件発明の構成要件Fにいう「受け止め部に対面する飛散防止部の先端側
部分に空間を形成し」の解釈につき、原告らは、クリップの外壁部分とバネの受け
止め部との間に、バネを挿入し得る空間を形成し、内側に挿入されるバネと干渉せ
ずにクリップの外壁部分を延出して飛散防止部を形成し得る構成である旨を主張す
る。しかし、本件明細書の特許請求の範囲はもとより、その発明の詳細な説明を精
査しても、これを裏付けるに足りる記載は全く窺われないから、この点に関する原
告らの主張は採用することができない。
 むしろ、本件明細書の特許請求の範囲には「受け止め部の飛散防止部側先
端部と飛散防止部の受け止め部側先端部とがクリップ片を成形する金型の摺動方向
に直交する方向で重なり合わないように形成し」(構成要件G)と記載され、その
発明の詳細な説明の「課題を解決するための手段」の項にも同様の記載が認めら
れ、これを受けて、「発明の効果」の項に「受け止め部の飛散防止部側先端部と飛
散防止部の受け止め部側先端部とがクリップ片を成形する金型の摺動方向に直交す
る方向で重なり合わないように形成してあるので、クリップ片を成形する成形金型
も簡単な構造の一対の金型で済み、イニシャルコストやランニングコストを低減し
て大量生産することができると言う利点がある」という記載があることが認められ
る。さらに、「実施例」の項にも「飛散防止部8の先端8aと受け止め部6の先端
6aとはこのクリップ片2を成形する金型(図示せず)の摺動方向Xに直交する方
向Yで重なり合わないように隙間をもたせてある。このように、飛散防止部8の先
端8aと受け止め部6の先端6aとが方向Yで重なり合わないようにすると金型が
互いに干渉しないことから、クリップ片2を形成する成形金型が一対で
済ませられる」(【0015】)という記載があることも総合すれば、本件発明の
構成要件Fにいう「空間」とは、クリップ片を成形する成形金型が干渉しないよう
に飛散防止部の先端側に設けられるもの、つまり、受け止め部に対面した飛散防止
部をそのまま延長した部分に設けた、クリップ片を成形する成形金型が干渉しない
ようにするための空間というべきである。
 そうすると、引用刊行物1における「窓状穴」は、同明細書第2図及び第
3図から明らかなとおり、受け止め部に対面した上端縁10の下方部(飛散防止部)
をそのまま延長した部分に設けた、クリップ片を成形する成形金型が干渉しないよ
うにするための空間に相当するというべきである。
(3)これに対し、原告らは、引用刊行物1~3には、合成樹脂製バネを用い
たクリップにおけるバネ破損時の飛散防止に関する内容中の示唆はない旨を主張す
る。しかし、合成樹脂製バネが破損しやすいものであることは、その材質上、自明
のことであるから、この破損したバネの飛散を防止することも当業者にとって当然
の解決課題ということができる。そして、この課題を解決するために、引用刊行物
2(この意匠公報には、クリップ片がバネ全体を被っている「衣服ハンガー用挟持
具」の構造が図示されている。乙5)のように、バネ全体を被えば飛散防止効果が
高いこと(本件特許権者である原告Aも、無効2002-35531号無効審判請
求事件の第2答弁書(乙17)において、引用刊行物2の構成に飛散防止機能があ
ることを認めている。本件明細書【0006】の「クリップ片を成形する時に合成
樹脂製バネを被うようにすることも考えられる」という記載からも、同様の技術思
想は既に自明であったことが窺われる。)、さらに、バネ全体を被っていなくて
も、バネを被う部分を多くすれば飛散防止効果を有すること(飛散防止効果を有す
る程度に、バネを被う部分を多くすること)は、当業者であれば容易に想
到し得るというべきであるから、原告らの上記主張は採用することができない。
(4)したがって、本件特許出願前に日本国内において頒布された引用刊行物
1(実開平2-19359号公開実用新案公報、乙1、乙5添付の甲1)記載の考
案と本件発明との上記①、②の各相違点はいずれも大きなものではなく、これらの
相違点の存在を前提としても、当業者であれば、上記考案(引用刊行物1)に上記
(1)(2)で判示した技術を組み合わせることによって本件発明に容易に想到し
得たものというべきである。したがって、本件発明は、特許法29条2項の規定に
より特許を受けることができないものであり、本件特許は、同法123条1項2号
に該当し、無効であることが明らかなものというべきである。そして、本件特許に
ついて、特段の事情の存在も認められない。
 そうすると、本件特許権に基づき原告らが被告に対して権利行使をするこ
とは、権利の濫用として許されない(最高裁判所平成12年4月11日第三小法廷
判決・民集54巻4号1368頁参照)。
第4 結論
 以上によれば、原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、
いずれも理由がない。
大阪地方裁判所第21民事部
       裁判長裁判官    小  松  一  雄
          裁判官田  中  秀  幸
 裁判官守  山  修  生
              イ 号 物 件 目 録
(図面の説明) 第1図  合成樹脂製クリップの斜視図
第2図  合成樹脂製クリップの縦断側面図
第3図  クリップ片の正面図(合成樹脂製クリップとなったと
きの外側をクリップ片の正面とする。)
第4図  クリップ片の裏面図(合成樹脂製クリップとなったと
きの内側をクリップ片の裏面とする。)
第5図  クリップ片の縦断側面図
第6図  合成樹脂製クリップ2個を装着したハンガーの斜視図
(構成の説明)
a 一端に挟着部1を形成したクリップ片2を向かい合わせに対峙させ、
b 両クリップ片に亙って“U”字形に折り返されて形成された合成樹脂製バネ3
を装着し、
c 該合成樹脂製バネ3の弾性力により両クリップ片の挟着部1同士が圧接する方
向に弾性付勢してなる合成樹脂製クリップにおいて、
d 合成樹脂製バネ3の先端3b内面部分に掛合部4を形成し、
e 該掛合部4が掛合する受け止め部5と、受け止め部5より折り返えし部3a側
の合成樹脂製バネ3部分を被う6部分とをクリップ片2に設けるとともに、
f 受け止め部5に対面する6部分の先端6a側部分に空間を形成するとともに同
6aの中央部分を凸型に形成し、
g 受け止め部5の6部分側先端5a部と6部分の受け止め部側先端部6aとがク
リップ片2を成形する金型の摺動方向Ⅹに直交する方向で重なり合わないように形
成したことを特徴とする合成樹脂製クリップ
第1図~第6図
              ロ 号 物 件 目 録
(図面の説明) 第1図  合成樹脂製クリップの斜視図
第2図  合成樹脂製クリップの縦断側面図
第3図  クリップ片の正面図(合成樹脂製クリップとなったと
きの外側をクリップ片の正面とする。)
第4図  クリップ片の裏面図(合成樹脂製クリップとなったと
きの内側をクリップ片の裏面とする。)
第5図  クリップ片の縦断側面図
第6図  合成樹脂製クリップ2個を装着したハンガーの斜視図
(構成の説明)
a 一端に挟着部1を形成したクリップ片2を向かい合わせに対峙させ、
b 両クリップ片に亙って“U”字形に折り返されて形成された合成樹脂製バネ3
を装着し、
c 該合成樹脂製バネ3の弾性力により両クリップ片の挟着部1同士が圧接する方
向に弾性付勢してなる合成樹脂製クリップにおいて、
d 合成樹脂製バネ3の先端3b内面部分に掛合部4を形成し、
e 該掛合部4が掛合する受け止め部5と、受け止め部5より折り返えし部3a側
の合成樹脂製バネ3部分を被う6部分とをクリップ片2に設けるとともに、
f 受け止め部5に対面する6部分の先端6a側部分に空間を形成するとともに同6
aの中央部分を凹型に形成し、
g 受け止め部5の6部分先端5a部と6部分の受け止め部側先端部6aとがクリ
ップ片2を成形する金型の摺動方向Ⅹに直交する方向で重なり合わないように形成
したことを特徴とする合成樹脂製クリップ
第1図~第6図
被告主張図

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