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平成12年(ワ)第18173号 特許権侵害差止等請求事件 
口頭弁論終結日 平成14年4月12日
              判       決  
原      告 日本ロール製造株式会社
訴訟代理人弁護士  増岡章三
       同        増岡研介
       同        片山哲章
       同        中島 茂
       同        栗原正一
       同        小出一郎
       補佐人弁理士  早川政名
同        長 南 満輝男
       同        細川貞行
       同        石渡英房
      被      告 石川島播磨重工業株式会社
       訴訟代理人弁護士 近藤惠嗣
       訴訟復代理人弁護士窪 田 英一郎
       補佐人弁理士  荒崎勝美
              主       文  
1 被告は,別紙物件目録記載の物件を製造し,譲渡してはならない。
  2 被告は,上記物件及びその半製品(別紙物件目録記載の構造を具備してい
るが,完成に至らないもの)を廃棄せよ。
  3 被告は,原告に対し,金1758万円及びこれに対する平成12年9月8
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  4 原告のその余の請求を棄却する。 
5 訴訟費用は,これを5分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負
担とする。
6 この判決は,第3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
 1 主文第1項及び第2項と同旨
 2 被告は,原告に対し,金2673万円及びこれに対する平成12年9月8日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
   本件は,原告が被告に対し,6本ロールカレンダーを製造,販売している被
告の行為が原告の有する特許権を侵害するとして,製造等の差止め等と不当利得の
返還を求めた事案である。
 1前提となる事実(当事者間に争いがない。)
(1) 原告の有する特許権
  原告は,下記の特許権(以下「本件特許権」という。特許請求の範囲第1
項の発明を「本件発明」という。)を有する。
  (ア) 発明の名称   6本ロールカレンダーの構造及び使用方法
(イ) 出願日昭和60年7月5日
(ウ) 登録日平成5年2月17日
(エ) 特許番号第1735179号
    (オ) 特許請求の範囲 別紙「訂正明細書」写しの該当欄(1)記載のとおり
(以下同明細書を「本件明細書」という。)
(2) 本件発明の構成要件
  本件発明を構成要件に分説すると,以下のとおりである。
 A ゴム及びプラスチック等の高分子用カレンダーにおいて,
 B 第1ロールR1と第2ロールR2とを略水平に並列し,
 C 該第2ロールR2の下側または上側に第3ロールR3を第2ロールR2
と平行でかつ第1ロールR1方向と略直交状に配置し,
 D 該第3ロールR3の横側で第1ロールR1と反対側位置に第4ロールR
4を第3ロールR3と略水平でかつ第2ロールR2方向と略直交状に並置し,
 E この第4ロールR4の下側または上側で前記第2ロールR2と反対側位
置にロール軸交叉装置を備えた第5ロールR5を第4ロールR4と略平行でかつ第
3ロールR3方向と略直交状に配置し,
 F 更に第5ロールR5の下側または上側で前記第2ロールR2と反対側位
置にロール間隙調整装置を有する第6ロールR6を第4ロールR4及び第5ロール
R5と平行でかつ第3ロールR3と略直交状に設置し,
 G 各ロール周速を第1ロールR1から順次後方に行くに従って速くした,
 H ことを特徴とする6本ロールカレンダーの構造
(3) 被告の行為
  被告は,業として,別紙物件目録記載の被告装置(以下「被告装置」とい
う。)を製造販売している。
(4) 被告装置の本件発明の構成要件充足性
 被告装置の構成は,本件発明の技術的範囲に属する。
2争点及び当事者の主張
(1)先使用(抗弁)
(被告の主張)
 被告は,本件特許出願より前の昭和60年2月8日に,本件発明の内容を
知らないで自ら発明(以下「被告乙3発明」という場合がある。)をして,被告の
社内で図面(乙3,以下「本件図面」という場合がある。)を作成して登録した。
被告は,本件特許出願がされた昭和60年7月5日に,発明の実施である事業の準
備をしていた。したがって,被告は,特許法(以下「法」という。)79条所定の
先使用に基づく通常実施権を有する。
 ア 被告乙3発明と本件発明の同一性
  (ア) 構成要件Gの充足性
 本件図面には,被告乙3発明の周速について特別の記載がない。しか
し,以下のとおり,本件図面は,周速を順次速くする構成を当然の前提としている
発明が記載されていると解すべきである。すなわち,
a 特別な条件がない限り,圧延された材料がロールの周速の速い方に
巻き付くというのが当業者の常識であり,引取りを最終ロールから行おうとする場
合,ロールの周速を順次後方に行くに従って速くすることは周知である。このよう
な観点から本件図面のカレンダーを見た場合,同カレンダーにおける引取りは最終
の第6ロールから行われているのであるから(第6ロールの右横に引取りロールが
設けられていることから明らかである。),当業者であれば本件図面を見て,容易
に周速が順次後方に行くに従って速くなっていることを読み取ることができる。こ
のように,ロールの周速を順次後方に行くに従って速くしていく技術は,周知であ
る。
b 被告は,ロールの周速を順次後方に行くに従って速くする技術を古
くから採用していた。被告は,昭和43年に米国のアダムソンユナイテッドカンパ
ニーと技術提携をし,同社から技術導入を受けたが,同社は既にその2年前にはロ
ールの周速を順次速くする技術を発表している。また,被告は「M+1」型を開発
する以前の逆L型,Z型,M型のいずれにもこのように周速を順次速くする技術を
採用していた。
c 乙22号証の1,2は,被告が昭和47年に製造した逆L型カレン
ダーラインの確定仕様書及び図面であるが,仕様書の7頁では,ロールの周速比が
第1ロールから第4ロールにかけて,それぞれ0.80:0.93:1.0:1.0~1.4と記載さ
れている。
 乙23号証の1,2は,被告が昭和43年に製造したZ型カレンダ
ーラインの確定仕様書及び図面であるが,仕様書の1頁では,ロールの回転比が第
1ロールから第4ロールにかけて,0.69:0.85:0.95:1.00と記載されている。
 乙24号証の1,2は,被告が昭和46年に製造したM型カレンダ
ーラインの確定仕様書及び図面であるが,仕様書の1頁では,ロールの回転比が第
1ロールから第5ロールにかけて,(0.79:0.92:1.00)×0.8~1.02:0.8~
1.02:1.00と記載されている。
 このように,被告は逆L型,Z型,M型のいずれにおいても,ロー
ルの周速を後方に行くに従って速くする構成が昭和40年代から採用され,本件図
面のカレンダーにおいてもこれが採用されていると解するのが自然である。
 なお,原告は,甲7,8に基づいて,第3ロールと第4ロールとを
等速にするのが普通であると主張する。しかし,甲7は昭和40年4月30日に,
同8は昭和36年10月20日に,それぞれ発行され,いずれも,本件特許出願の
20年以上も前の文献であり,これらが本件特許出願当時の当業者の認識を表して
いるとは到底いえないので,原告の主張は失当である。
  (イ) その他の構成要件の充足性
 被告乙3発明は,「ゴム及びプラスチック等の高分子用カレンダー」
におけるものであることから,構成要件Aを充足する。被告乙3発明は,図面上の
ロールの配置から明らかなように,構成要件BないしFを充足する。被告乙3発明
は,6本ロールカレンダーの構造に関する発明であるから,構成要件Hを充足す
る。
(ウ) 以上から,被告乙3発明と本件発明は同一であり,被告が本件発明
と同一の発明を,本件発明を知ることなく,本件特許出願前に完成していた。
イ 事業の準備
  (ア) 被告は,以下のとおり,本件特許出願の際,現に発明の実施である
事業の準備をしていた。
a 被告は,昭和59年9月に,三晃プラスチック株式会社(以下「三
晃プラスチック」という。)から既存のラインの改造及びM型ロールの製造につい
て,製造能力や取引条件等の打診(以下「引合い」という場合がある。)を受け
た。この引合いは被告の案件発番台帳に記帳されている。
 同年11月8日に,被告の鍛圧機械事業部U技師長ら4名が三晃プ
ラスチックに赴き,詳細な打合せを行った。この打合せの中では,三晃プラスチッ
クが世界一品質の良い硬質シートを生産できる設備を要望していたこと,発注時期
は早くても昭和60年夏から秋であること等の話が出た。
 その後,被告と三晃プラスチックとの間で,技術的な意見交換を行
い,被告は,「M+1」型カレンダーを提案することとし,被告社内のプラスチッ
ク設計部において「M+1」型カレンダーの図面を作成して,これを昭和60年2
月8日に図番登録した(乙3,本件図面)。
 しかし,被告と三晃プラスチックとの間での取引は成立せず,被告
は,本件図面どおりの6本ロールカレンダーを三晃プラスチックに納入するには至
らなかった。
b 被告は,昭和60年2月6日に台湾の富順興業社長のYの訪問を受
け,その話の中で「M+1」型6本ロールカレンダーが話題となった。その後の同
年3月8日に,被告の前記U技師長らが,台湾の富順興業を訪ね,Yに対して,被
告の6本ロールカレンダーの技術説明を行い,被告は,Yの依頼に基づき,後日
「M+1」型6本ロールカレンダーのフローシートを送付したことがあった。
c 被告は,昭和60年3月12日,理研ビニル工業株式会社からも
「M+1」型6本ロールカレンダーの引合いがあったが,同社に対しては,見積り
を出すには至っていない。
d 被告は,その後も引き続き,硬質カレンダー用として「M+1」型
6本ロールカレンダーの営業を行っていたが,当時,カレンダーのロール型式とし
ては,逆L型が主流であり,被告が初めて「M+1」型を受注したのは昭和63年
になってからである。
(イ) 以上のとおり,被告は,①三晃プラスチックからの引合いを受け,
設計図を作成して,図番登録をし,相手方に提出し,相手方に「M+1」型6本ロ
ールカレンダーについて説明して,受注があればすぐにでも製造を開始できる状態
を備えていたこと,②その後も富順興業に対して技術説明をしたり,フローシート
を送付したこと,③その他の引合いに応じて「M+1」型の提案を行ったこと,④
本件特許出願後ではあるが被告乙3発明の実施品を顧客に納入したことに照らす
と,被告は,本件特許出願の際に,「M+1」型6本ロールカレンダーを即時に実
施する意図を有しており,その意図は客観的に認識可能であったといえる。
(原告の反論)
 被告が本件特許出願前の昭和60年2月ころ本件発明の内容を知らないで
被告乙3発明をしたこと,被告が本件特許出願がされた昭和60年7月5日に,発
明の実施である事業の準備をしていたことは否認する。
 ア 被告乙3発明と本件発明の同一性
  (ア) 構成要件Gの充足性
     被告乙3発明は,以下の各記載に照らすと,当業者が本件図面を普通
に見る限り,各ロールの周速を第1ロールから順次後方に行くに従って速くした構
成を含むものとはいえないので,本件発明の構成要件Gを充足しない。
a 「プラスチック成形機械と成形技術」(甲7)806~807頁に
は,「2本のロール間でコンパウンドが圧延された場合,生成したシートは,表面
速度の大きい方のロールに伴なって行かれやすく,また,温度の高い方のロールへ
伴なって行かれやすい。」そして,逆L字型4本カレンダーにおいては,「第3ロ
ールに伴なって移動して来たシートは第3ロールと第4ロールの間げきに送り込ま
れ,厚さを決定され,表面状態を決定される。この両ロールは普通等速で,シート
の移送は温度差で行われる。もしも,すべてのロールが等速であるならば,各ロー
ルに5℃の温度差を付すことによってシートの移動は容易に行なえるであろう。」
との記載がある。
b また,プラスチックのカレンダー加工に関する甲8の443頁に
は,シートの素材がプラスチックの場合,逆L字型4本カレンダーでは「最終的に
厚さを決定する第3,第4ロールは同速にするのが普通であるが,シートの移行の
ためには第4ロールが5℃以上高いと作業しやすい。もし,すべてのロールが同速
ならば各ロールに5℃の温度差を順次高くなるようにつけるのがよい。」との記載
がある。
  (イ) その他の構成要件の充足性
 被告乙3発明に係る本件図面には,以下のとおりの理由から,本件発
明のG以外の構成要件も記載されているとはいえない。
 すなわち,本件図面のような6本ロールの配置構成を前提としたとし
ても,以下の①ないし⑨のとおり,ロールの回転方向やバンクを作る位置を変える
組合せを採ることによって,多様な圧延パスラインの選択が可能であるから,被告
乙3発明は,当然には,本件発明のG以外の構成要件を含んでいるということはで
きない。
     ① 本件発明と同一の構成を採用する場合
     ② 第3と第4ロールとの間に間隙を設け,逆回転法を採用する場合
     ③ 第4と第5ロールとの間に間隙を設け,逆回転法を採用する場合
     ④ 第3と第4ロールとの間に間隙を設ける場合
     ⑤第4と第5ロールとの間に間隙を設ける場合
     ⑥第5と第6ロールとの間に間隙を設ける場合(甲9)
     ⑦第2と第3ロールとの間に間隙を設ける場合
     ⑧第4と第5と第6ロールとの間に間隙を設ける場合
     ⑨第3と第4と第5と第6ロールとの間に間隙を設ける場合
    (ウ) 被告出願に係る甲9発明との関係
      被告は,本件発明の出願後である昭和62年7月29日に甲9記載の
発明(以下「甲9発明」という)を特許出願した。甲9発明に係る特許明細書の特
許請求の範囲には,最終のカレンダーロールを隣接するカレンダーロールに対して
近接離反可能に取り付けた構成が記載され,また,実施例には,本件図面と同一の
ロール配置の6本ロールカレンダーの例が記載されている。本件図面は,正に前記
「近接離反可能に取り付けたこと」にほかならないから,被告乙3発明は,本件発
明の各構成要件を含んでいるということはできない。
イ 事業の準備
 被告が本件特許出願の際,現に発明の実施である事業の準備をしていた
との被告の主張は否認する。
 すなわち,「事業の準備」といえるためには,特許出願に係る発明と同
一発明について,即時実施の意図があり,その意図が客観的に認識されうる態様,
程度において表明されていることが必要であるが,本件においては,以下のとお
り,これらの点を欠いている。
(ア) 一般に,本件のような装置に係る発明の実施について,事業の準備
に必要な工程について,原告の場合を例として挙げると次のとおりである(証拠は
参考として挙げた。)。
a 本件発明の実施に関して事業化するためには,まず,以下の工程に
ついて検討する必要がある。
① φ610・6本カレンダーフレーム強度計算
② φ610・4本カレンダーフレーム強度計算
③石膏フレーム破壊試験
④ ストレインゲージ(ひずみ測定器)による歪み応力測定・φ61
0・4本カレンダーとφ610・6本カレンダーの強度比較
b 上記φ610は,最も標準的なロールの大きさである。ロールはそ
れ自体相当な重量を有するところ,本件発明は,従来技術の4本カレンダーより更
に2本もロールが増え全6本のロールが高速回転することから,フレームの強度計
算の見積にはとりわけ労力を要する(工程①,甲12)。原告においては,従来技
術である4本カレンダーのフレームの強度計算をやり直し,4本カレンダーのフレ
ームにおける1番弱い箇所を再確認して,6本カレンダーのフレームの強度計算の
比較資料とした(工程②)。
c次に,石膏で小さなフレームを作って,フレームの簡易な破壊試験
を行い,4本カレンダーと6本カレンダーの強度比較を行った後(甲13),鋼板
でフレームを作り,ロールの回転によって生じる力を実際と同一方向からかけてフ
レームの歪み具合を測定し(甲14の1ないし3,甲15),4本カレンダーと6
本カレンダーのフレームの強度比較を行った(工程④)。
d 最後に,原告は,以上の試験を踏まえて試作機を製造し,圧延荷重
の策定及びロールの適正温度に関するデータを収集した上で顧客からの引合いに応
じる。十分な強度計算及び試験を行わないと,顧客が使用中にフレームが割れるな
どといったリスクを負うことになり,それは製造会社の信用を毀損させる結果とな
る。
 以上のとおり,本件発明の即時実施の意図があり,それが客観的に認
識され得る態様,程度において表明されているといえるためには,少なくとも,強
度計算書等(甲12ないし15)が完成していることが必要である。
    (イ) 最高裁判所第2小法廷昭和61年10月3日判決民集40巻6号1
068頁においては,電動式ウオーキングビーム式加熱炉の見積仕様書と設計図を
提出し,さらに受注した場合は,見積仕様書と設計図を基に細部の打ち合わせを行
って最終的な仕様を確定し,それに伴い最終製作図面(工作設計図)を作成し,そ
れに従って加熱炉を築造する予定であって,受注に備えて各装置部分について下請
会社に見積りを依頼していたという事案に関して,現に実施の事業の準備をしてい
たことを肯定した。
 しかし,本件においては,以下のとおり,事案が異なる。
 本件図面は,三晃プラスチックからの引合いに応じて製品を提案する
ために作成されたものであるにすぎず,これが真に実施の準備行為であるならば,
当然,これに近接した時期に具体的な設計図,部品図等が作成され,また,強度計
算や試作機の製造などがされるはずであるが,被告にこのような行為を行った形跡
はない。「見積仕様書」や「設計図」の具体的な内容が問題なのであり,当該名称
の書類が作成されていれば足りるというわけではない。
 被告が本件発明の実施である事業の準備をしていたことの証拠として
提出したものは,果たして被告において本件発明が完成していたかどうかも定かで
はない本件図面及び陳述書等にとどまっており,見積仕様書や設計図と呼べるもの
すらない。
    (ウ) したがって,被告は,本件特許出願時に,被告乙3発明の即時実施
の意図もなく,少なくとも,当該意図が客観的に認識され得る態様,程度において
表明されているとはいえない。
(2) 本件特許には明らかな無効理由があり,原告の請求が権利濫用となるか。
(抗弁)
(被告の主張)
 ア 出願前公知(法29条1項1号)
 本件発明は,出願人である原告自身の行為によってその出願日前に公知
となったので,法29条1項1号に該当する無効理由があることが明らかである。
(ア) 本件特許に係る平成10年審判第35126号の無効審判請求事件
において,①本件特許の発明者である原告の設計者Kは,本件発明が昭和56年に
完成した旨の証言をしていること(乙7),②原告は,本件発明が記載された図面番
号「M-6298」の図面を昭和56年9月に作成したこと(乙8),③本件特許権
の共同発明者の1人であるTは,上記審判手続において,上記図面は,ある会社か
らの引合いに対して作成されたものであり,その後も特許出願前に様々な会社に対
して6本ロールの提案をしたと証言したこと(乙9)等の事実によれば,本件発明は
原告自身の行為によって公知になったといえる。なお,通常このような引合いにつ
いては秘密保持契約を結ぶことがなく,条理によって顧客が提案内容について秘密
の保持義務が発生することはない。
(イ) ①原告は,昭和59年12月26日には図面番号「M-6509」
の図面を作成し,昭和60年1月に,冨順興業のYに手渡していること(乙9,Tの
供述),②原告は,昭和60年2月に原告を訪れたYに本件発明を記載した「M-6
516」,「M-6517」の図面(乙10,11)を交付したこと,③原告は,Y
に対して見積書を提出し,同機械について3日間打合せを行ったことに照らせば,
機械の細かいスペックについても話合いが行われたと推認されること等の事実によ
れば,本件発明は,原告自身の行為によって,出願前に公知になったといえる。
 なお,上記各図面には第5ロールに軸交叉装置を設け,第6ロールに
間隙調整装置を設けること,各ロールの周速を第1口ールから順次後方に行くに従
って速くすることは直接的に記載されていないが,これらは当業者であれば当然の
前提とする技術であり,またYとの打合せは長時間にわたっているのであるから,
原告はこれをYに説明していたと推認される。
 イ 進歩性欠如(法29条2項)
 本件発明は,乙13(「plasticsage」1974年8月号)に記載され
たM形5本ロールカレンダーに,当業者の周知慣用の技術を適用したものであり,
進歩性を欠くことが明らかである。
 乙13に記載されたM形5本ロールカレンダーと本件発明の相違点は,
形式的なものも含めて,以下の5点である。
 すなわち,①M形5本ロールカレンダーにおいてはロールの数が5であ
るのに対して,本件発明は6であること,②本件発明においては,第5ロールの下
に第6ロールが設けられていること,③本件発明においては,第5ロールが軸交叉
装置を有すること,④本件発明においては,第6ロールが間隙調整装置を有するこ
と,⑤本件発明においては,ロールの周速を順次後方に行くに従って速くしたこと
である。
 これらの相違点は,いずれも,周知慣用の技術を適用することにより容
易に想到することができる。
(ア) ロールの数
 カレンダーにおいて,必要に応じてロールの数を増やすことができる
ことは当業者の常識に属する。したがって,本件発明のロールの数がM形5本ロー
ルカレンダーよりも1本多いことは,何ら発明的工夫を要するような相違点ではな
い。
(イ) 第5ロールと第6ロールの位置関係
 カレンダーの技術的な進歩の流れから見ても,最終ロール,すなわち
第5ロールの次に1本追加することは当業者が極めて容易に思いつく選択である。
4本ロールカレンダーにおいてZ形及び逆L形がともに周知であったから(乙1
4),M形5本ロールカレンダーの最終ロールの次に1本追加するに際しても,その
下側にするか,右側(乙13)にするかは,ともに当業者が容易に想到し得ることで
ある。M形5本ロールカレンダーに基づいて,その第5ロールの下側にロールをさ
らに1本追加することは当業者が容易に想到できたことである。
(ウ) 第5ロールが軸交叉装置を有すること
 第5ロールが軸交叉装置を設けた点は,6本ロールカレンダーを前提
とした以上,当業者の技術常識に基づいて当然に選択できる事柄であるから,そも
そも実質的な相違点ということもできない。
 軸交叉とは,ロール僥み等よりシートの厚みが中央部で厚く,端部で
薄くなる傾向を補正するために,隣接するロールの軸を交叉させ,中央部の隙間を
小さくし,端部の隙間を大きくすることである。このような補正を途中の段階で行
うことは可能ではあるが,補正後に再び不均一な厚みが生ずるのは不都合であるか
ら,最終のロール間隙で行うことが望ましく,この点は,当業者にとって自明な選
択である。したがって,6本ロールカレンダーにおいては,第5ロールと第6ロー
ルとの間で軸交叉を行うことが望ましい。そのためには,第5ロールに軸交叉装置
を設ける方法と,第6ロールに軸交叉装置を設ける方法が考えられるが,最終ロー
ルと最終ロールに近接して設けられる引取りロールとの平行性を維持するために第
6ロールには軸交叉装置を設けない方が望ましい。これも,当業者に周知の事柄で
ある。
(エ) 第6ロールが間隙調整装置を有すること
 間隙調整装置は,シートの厚さの大小を調整する目的を有する。した
がって,軸交叉の場合と同様,最終のロール間隙を調整することが最も望ましく,
これは,当業者に自明なことである。6本ロールカレンダーにおいて,第6ロール
に間隙調整装置を設けて第5ロールとの間隙を調整することが望ましいことは当業
者に自明なことである。本件発明では,間隙調整装置が第6ロールに設けられてい
ることを構成としているが,これも当業者に自明で,かつ望ましい事柄を特定して
いるにすぎない。
(オ) ロールの周速を順次後方に行くに従って速くしたこと
 ロールの周速については,他の条件の許す限り,前のロールよりも後
のロールの周速を速くする方が望ましいことは,当然であり,乙13にも明記され
ている。そして,ロール間隙を形成している2本のロールの間に周速差がある場
合,周速の速いロールにシートが巻き付くことも当業者に周知の事柄であり,原告
もこのことを当然の前提として本件明細書を作成している。
(原告の反論)
ア 出願前公知の主張について
 被告は,原告が「M-6516」,「M-6517」等の図面(乙1
0,11など)を台湾の富順興業のYに交付したことをもって,原告が自らの行為
により本件発明を出願前に公知にしたことは明らかである旨主張する。しかし,被
告の主張は,以下のとおり失当である。
 まず,上記図面には本件発明の「各ロールの周速を第1ロールから順次
後方にいくに従って速くした」とする構成要件Gは表れていないから,上記図面の
交付をもって本件発明が出願前公知となったものとはいえない。
 また,仮にYに対して本件発明の内容が示されていたとしても,Yは,
社会通念上又は商慣習上,原告側の特段の明示的な指示や要求がなくとも,当該6
本ロールカレンダーの技術内容につき,原告のために秘密を保つべき関係にある者
というべきであるから,本件発明が公然知られた状態となったものとはいえない。
この点につき,前記無効審判請求事件に対する審決取消訴訟判決は,Yは原告のた
めに守秘義務が課せられていることを認定し,本件発明が公然知られた状態となっ
たものということはできない旨判示し,出願前公知を理由とする本件特許に無効理
由が存在するとの被告主張を斥けている。
イ 進歩性欠如の主張について
 本件発明は,以下のとおりの理由から,乙13記載のM形5本ロールカ
レンダーに,当業者の周知慣用の技術を適用して容易に想到することができたとい
うことはできない。
(ア) 前記相違点①,②について
 乙13,14には6本ロールカレンダーについての具体的なロール構
造やそれを示唆した記載はない。本件発明は,ロールの数及び配置には様々な選択
があり得る中で,総合的な判断によって最良な選択として新規な配置構成を決定し
たものであるから,被告が主張するように単にM形5本ロールカレンダーに1本の
ロールを追加したものと考えるべきではない。仮にM形5本ロールカレンダーにロ
ールを1本追加したものと考えるとしても,その基礎となる5本カレンダーには多
様な配置が考えられるのであって,その中からM形5本ロールカレンダーを選択し
てさらにロールを1本追加すること自体,当業者にとって容易であったと即断する
ことはできない。
さらに,本件発明がM形5本ロールカレンダーに1本のロールを追加
したものであると仮定しても,追加するロールの位置は,第5ロールの水平右側を
選択するのが自然であるから,M形5本ロールカレンダーに追加するロールの位置
としてその第5ロールの垂直下側を選択し本件発明の構成とすることは,当業者に
おいて容易に想到し得るものではない。
(イ) 前記相違点③,④について
 第5ロールに軸交叉装置を設けること(相違点③)及び第6ロールに
間隙調整装置を設けることという本件発明の構成は,以下のとおり,当業者が容易
に想到することとはいえない。
 6本ロールカレンダーにあっては,第1ロール,第5ロール,第6ロ
ールに軸交叉装置を設けることが可能であるところ,従来のM形5本ロールカレン
ダーでは,最終の第5ロールに間隙調整装置と軸交叉装置を設けていたように,6
本ロールカレンダーにおいても,従来どおり最終ロールである第6ロールに間隙調
整装置と軸交叉装置を設ける選択をすることが考えられる。
 また,M形5本カレンダーがZ形4本カレンダーの「バンクから次の
バンクまでの距離が全て1/4円周で最も短い」ことに伴う利点を継承した発展形
態であると仮定した上で,前記利点を継承しつつ6本ロールカレンダーの配置を決
定するとすれば,M形5本ロールカレンダーの第5ロールの水平右側に第6ロール
を配置することになるところ,この場合は,直前のロールの右側に最終ロールを配
した点で共通するZ形4本ロールと同様に最終ロールに間隙調整装置と軸交叉装置
の両者を設ける構成を選択することが十分に考えられる。以上のとおり,当業者
は,相違点③及び④に見られる本件発明の構成を容易に想到することはできなかっ
た。
(ウ) 前記相違点⑤について
 甲7,8によれば,ロールの周速は通常等速であったから,本件発明
における周速を順次後方に行くに従って速くするという構成について,当業者が容
易に想到することはできない。
ウ 被告の主張に係る無効理由の不存在についての審決取消訴訟の確定
 被告が本件において主張する無効理由は,いずれも被告が東京高等裁判
所平成11年(行ケ)第368号審決取消請求訴訟事件において主張した無効理由
と同一である。同主張は,平成12年12月25日に言い渡された前記訴訟の判決
において否定された。被告はこの判決に対して上告したが,最高裁判所は,平成1
3年6月14日,上告棄却及び上告不受理の決定をした。
  (3) 損害額
  (原告の主張)
   被告は,被告装置を平成2年9月から平成12年8月までの間に少なくと
も3台製造,販売(輸出を含む。)した。
   被告の上記3台の売上金額は,合計8億9100万円を下らない。
   本件特許権の実施料率は売上金額の3パーセントを下回らない。
   被告は,被告の売上金額に実施料率を乗じた金額である2673万円を不
当に利得しているので,原告は不当利得返還請求権に基づき,上記金額を請求す
る。
  (被告の認否)
   被告が原告主張の時期に3台の被告装置を製造,販売(輸出を含む。)し
たことは認める。
   被告の上記3台の売上金額は,合計5億8600万円である。
   実施料率については争わない。
第3争点に対する判断
1 争点1(先使用)について
 (1) 被告乙3発明と本件発明との同一性
ア 構成要件Gの充足性について
(ア) 本件図面には,ロールの周速に関して特別の記載がない。しかし,
以下のとおりの理由から,本件図面が作成された当時の技術に照らして,後方のロ
ールの周速を順次速くする構成を当然の前提としていると解するのが相当である。
a 本件発明の出願公告時の明細書(出願公告公報)2頁左欄29行目
ないし35行目には,「Z型4本カレンダー(第1図)の下側にロールR5を設け
たM型5本カレンダー(第14図)が一部で使用されているが,この型式では圧延
された材料が第14図の太実線に示す様にロールR4の表面に沿わせてから該ロー
ルより剥がされる場合,ロールR5の周速をロールR4より遅くしなければならな
い。」と記載され(甲2),また,同明細書のその他の部分の記載においても,材
料が周速の速いロールに巻き付いて移動することが当然の前提とされている。同記
載に照らすならば,本件特許出願がされた昭和60年7月ころににおいて,シート
は,周速の速いロールに巻き付いて移動するように制御されることが技術的常識と
なっていたことが窺える。
b 被告は,昭和43年に米国のアダムソンユナイテッドカンパニーと
技術提携を行い,同社からカレンダー装置についての技術の導入を行った(乙2
1,26)。同社は,当時,カレンダーロールについて,後方のロールの周速を順
次速くする技術を発表していた(乙16,26)。また,被告が製造,販売した製
品の確定仕様書(乙22ないし24)によれば,逆L型4本ロール,Z型4本ロー
ル,M型5本ロールのカレンダーにおいて,後方に行くに従って,ロール周速を順
次速くしていく技術を採用していたことが認められる。
(イ) これに対して,原告は,甲7,8には,ロールを等速とすることが
示されており,これによれば本件発明当時はロールを等速とすることが通常であっ
たと主張する。しかし,甲7,8は,いずれも4本ロールカレンダーにおいて,最
終的に厚さを決定する第3ロールと最終第4ロールについて,等速とする旨が記載
されているにすぎないのみならず,これらが発行されたのは,それぞれ昭和40年
4月,同36年10月であり,本件発明や被告乙3発明のころより相当に前のもの
であること,被告は前記のとおり,昭和43年以降,後方のロールの周速を速くす
る技術を導入していると認められることから,原告の主張は採用できない。
イ その他の構成要件の充足性について
(ア) 被告乙3発明は,「ゴム及びプラスチック等の高分子用カレンダ
ー」であることから構成要件Aを充足する。また,被告乙3発明は,本件図面に示
されたロールの配置から明らかなように,構成要件BないしFを充足する。さら
に,被告乙3発明は,6本ロールカレンダーの構造に関する発明であるから構成要
件Hを充足する。
 なお,確かに,本件図面のみからは,構成要件E(第5ロールに軸交
叉装置が備えられていること)及び構成要件F(第6ロールに間隙調整装置が備え
られていること)を読みとることができない。しかし,本件明細書添付の第7図
(従来例)には,従来技術として,最終ロールに間隙調整装置が備えられ,最終ロ
ールの直前のロールに軸交叉装置が備えられているものが示されていることから,
被告乙3発明は,構成要件E及びFを充足していると解するのが相当である。
(イ) また,原告は,本件図面(乙3)のような6本ロールの配置構成を
前提としても,ロールの回転方向やバンクを作る位置を変えることによって,少な
くとも9種類の多様な圧延パスラインの選択が可能であるから,被告乙3発明は,
本件発明の構成要件G以外の要件を充足したということはできないと主張する。
 しかし,原告の上記主張は,以下のとおり採用できない。
a 本件発明の出願公告時の明細書(甲2)の2頁左欄3行目ないし1
4行目には,「ゴム及びプラスチック等高分子用カレンダーとしては,逆L型4本
カレンダー・・・等の4本ロール型式のカレンダーが多く使用されて来た。然るに
これら4本ロール型式のカレンダーにおいては,ゴム及びプラスチック等高分子用
カレンダー材料がロールによって圧延される場合を生ずる,ロール間隙を通過しき
れない過剰材料の溜り,所謂バンクがB1,B2,B3の3ケ所しか形成されない
為,材料の転換が不充分で,圧延されたシート等の品質,外観等の点で満足なもの
が出来ないことがある。」と記載されているとおり,カレンダーにより圧延される
製品の品質を向上させるためには,圧延作用を担うバンク数を増加する必要がある
ことについては,当時の技術常識であったと認められる。
b 確かに,本件図面のロール配置を前提とした場合には,抽象的に
は,原告主張のような多種の圧延パスラインを選択することが可能である。しか
し,上記の技術常識に沿って,できる限り多くの(すなわち,5個の)バンクを使
用することを意図した場合には,本件明細書添付の第1図と同じ位置にバンクを形
成するのが合理的であるといえる。
 したがって,本件図面に示された被告乙3発明は,本件発明のG以外
の要件を充足する構成が開示されている。
(ウ) さらに,原告は,以下のとおり主張する。
 すなわち,被告が本件発明の出願後に特許出願した甲9発明には,最
終のカレンダーロールを隣接するカレンダーロールに対して近接離反可能に取り付
けた構成が記載されていることに照らすならば,被告は,本件図面において,専
ら,本件発明とは異なる甲9発明のみの実施を意図していたと主張する。
 しかし,甲9発明は,6本ロールカレンダーにおいて,最終ロールを
近接離反可能に取り付けることを予定したものであって,本件発明を実施する意図
と甲9発明を実施する意図とは必ずしも両立し得ないものではないことに照らし
て,原告の上記主張は,採用できない。
ウ 小括
 以上の事実によれば,被告乙3発明は,本件発明のすべての構成要件を
充足していると解するのが相当である。そして,被告装置は,被告乙3発明の構成
のすべてを充足している。
 (2) 事業の準備
   法79条にいう発明の実施である「事業の準備」とは,特許出願に係る発
明の内容を知らないでこれと同じ内容の発明をした者又はこの者から知得した者
が,その発明につき,いまだ事業の実施の段階には至らないものの,即時実施の意
図を有しており,かつ,その即時実施の意図が客観的に認識される態様,程度にお
いて表明されていることを意味すると解するのが相当である(前記最高裁判所第2
小法廷昭和61年10月3日判決)。以下この観点から判断する。
ア 事実認定
 証拠(各認定事実の末尾に摘示した。)及び弁論の全趣旨によれば,以
下の事実が認められ,この認定を覆すに足る証拠はない。
(ア) 本件図面作成の経緯
a 被告は,昭和59年9月,三晃プラスチックから,カレンダーライ
ンの新設及び改造に関する打診を受け,同打診は,同月27日,M型ラインの改造
についての引合いとして案件発番台帳に記帳された(乙1,25)。
 同年11月8日,被告の鍛圧機械事業部のU技師長ら4名が三晃プ
ラスチック土浦工場に出向き,詳細な打合せを行った。この打合せの中で,三晃プ
ラスチックは,世界一品質の高い硬質シートを生産できる設備としたいこと,最高
2.5mmの厚物シートの生産にも対応するため,カレンダーの型式はF型5本ロ
ールとすること,第1ロールとの間隙が調整可能な傾斜型フィードミルを配置して
ほしいことなどを要望し,発注時期として,早くても昭和60年夏から秋であるこ
となどを伝えた(乙2,25)。なお,出張報告書(乙2)には,技術的事項とし
て,従来型のF型に関する若干の記載がされているのみである。
b 被告は,三晃プラスチックの要望事項について,技術的な観点から
検討を重ねた。傾斜型フィードミルを三晃プラスチックの要望通りの位置に配置す
ることは,第1ロールとの関係において困難であること,そもそも被告にはF型5
本ロールカレンダーの設計製作実績がなく,F型5本ロールでは,第3ロールと第
4ロールとの間のバンクの回転が不安定となることが予想されるなどの問題点が指
摘された(乙25)。
c 被告は,検討の結果,6本ロールカレンダーを提案することとし,
本件図面を作成した(乙3,25)。同図面は,昭和60年2月8日に被告内部に
おいて図面登録された(乙4)。本件図面には,「26X78 M+1 TYPE
 PRECISION CALENDER」と表題が付され,第1ないし第6ロー
ルが被告装置と同一の配置で図示され,装置全体の概略的な構造,寸法等が記載さ
れているのみである。
 被告において,従来のM型カレンダーの最終第5ロールの直下に第
6ロールを加えた配置であることから,「M+1型カレンダー」と呼ぶようになっ
た。
d しかし,三晃プラスチックとの取引交渉はその後進展することはな
く,結局,契約不成立で終わった。
(イ) 被告乙3発明の実施に関するその他の引合い
a 被告は,昭和60年2月6日,横浜第2工場に富順興業のYらの訪
問を受け,前記鍛圧機械事業部のU技師長らが対応した(乙6,25)。
 被告は,Yに対して本件図面を示したところ,Yは即座に「これが
いい」と発言し,「M+1」型6本ロールカレンダーに興味を示した。その後,同
年3月8日,被告のU技師長らが台湾の富順興業を訪ね,Yは,将来的には半硬質
シート生産用カレンダーの設置を考えていること,富順興業はヨーロッパ,日本を
主体に設備の技術調査を行っていること,カレンダーの型式について,5本か6本
ロールに関心を持っていることなどの説明を受けた。そして,YからM+1型6本
ロールカレンダーのフローシートの送付を求められたため,これを送付した(乙
5,25)。しかし,被告は,原告による本件特許出願に至るまでの間に,富順興
業から「M+1型カレンダー」について受注を受けるには至らなかった。
b 被告は,昭和60年3月12日ころまでに,理研ビニル工業株式会
社から,逆L型4本,M型5本又はM+1型6本ロールカレンダーに関して照会を
受けたことがあったが,最終的に見積りを出すには至らなかった(乙6,25)。
(ウ) 被告のカレンダーに関する製造実績等
 被告は,昭和60年2月ころまでに,逆L型4本ロールカレンダー,
L型4本ロールカレンダー,Z型4本ロールカレンダー,傾斜Z型4本ロールカレ
ンダー,M型5本ロールカレンダー等については,製造受注した実績があった(乙
22ないし24,26)。また,被告は,ロール軸交叉装置,ロール間隙調整装置
についても,M+1型ロールカレンダー以外の装置については,製造受注した実績
がある(乙26)。
 被告が上記逆L型4本ロールカレンダー,Z型4本ロールカレンダ
ー,M型5本ロールカレンダー等を受注し,製造するに際しては,確定仕様書を作
成し,各ロール配置とそれに伴う附属設備等を記載した詳細な図面を作成している
(乙22ないし24)。
 しかし,被告は,本件発明の出願日である昭和60年7月5日前に被
告装置と同一の構成を有する6本ロールカレンダーを受注したことはなく,はじめ
て受注したのは昭和63年になってからである(弁論の全趣旨)。
(エ) 事業の準備に関する一般的な工程
a 本件発明の実施品である塩化ビニール等の高分子用6本ロールカレ
ンダーは,顧客の発注を受けて,個別的な用途に合わせて製造する製品である(弁
論の全趣旨)。製造,販売の対価(販売価格)は製品の仕様により異なるが,カレ
ンダー本体部分のみでも1億7000万円ないし2億円余りであり,周辺機器等と
して引取ラインや電気設備等を含めると,装置全体では3億ないし4億円余りとな
る。受注から装置の完成まで,通常は,数か月から1年程度の期間が必要である
(乙33,35)。
b 原告が,本件特許出願日ころ,本件発明の実施品たる6本ロールカ
レンダーを受注して納品するために行った準備としては,①6本ロールカレンダー
を生産するに必要な詳細図面を作成すること,②本件発明は,従来技術の4本カレ
ンダーより更に2本もロールが増えて,全6本のロールが高速回転することから,
綿密なフレームの強度計算の見積りを行うこと,③石膏で小さなフレームを作っ
て,フレームの簡易な破壊試験を行い,4本カレンダーと6本カレンダーの強度比
較を行うこと,④鋼板でフレームを作り,ロールの回転によって生じる力を実際と
同一の方向から力をかけてフレームの歪み具合を測定して,4本カレンダーと6本
カレンダーのフレームの強度比較を行うこと,⑤以上の試験を踏まえて試作機を製
造し,圧延荷重の策定及びロールの適正温度に関するデータを収集することなどが
あった(甲12ないし15)。
イ 判断
 上記認定した事実によれば,被告が,本件特許出願の際,現に本件発明
の実施である事業の準備をしていたということはできない。その理由は以下のとお
りである。
 すなわち,①被告は,三晃プラスチックからの打診を受けて,6本ロー
ルカレンダーを提案し,その過程で本件図面を作成したが,本件図面は,装置の大
まかな構造を示すものであって,寸法も装置全体の長さを表記した程度のものであ
って,あくまでも概略図にすぎないこと,②被告は,三晃プラスチックからの引合
いの過程で作成した本件図面をどのように使用したか(交付したのかどうか,提示
したのかどうか)について不明であること,③被告が三晃プラスチックに対して提
案した「M+1型」カレンダーについて,本件図面の他に,製造や工程に関する具
体的内容を示すものは何ら存在しないこと,④一般に,高分子用カレンダーのよう
な装置については,顧客の要望にあわせて設備全体の仕様,ロールに用いる材質等
を決め,設計を行う必要があるところ,製造,販売するための手順,工程,フレー
ム等の強度計算等が行われた形跡は全くないこと,⑤被告において,M+1型ロー
ルカレンダー以外の装置について製造の注文を受けた場合には,確定仕様書や各ロ
ール配置とこれに伴う附属設備等を記載した詳細な図面を作成しているが(乙22
ないし24),M+1型ロールカレンダーについては,このような作業が全くされ
ていないこと,⑥確定仕様書には,ロールの形状,寸法,運転速度,周速比,駆動
電動機の種類や能力,伝導装置の構成,温度制御の方式,対象となる処理材料等の
すべてにわたり,具体的,詳細な内容が記載されるが,そのような書面が存在しな
いこと等の事実に照らすならば,被告は,本件特許出願時において,本件発明の実
施について,実施予定も具体化しない極めて概略的な計画があったにすぎないと解
されるのであって,被告において本件発明を即時実施する意図を有しており,これ
が客観的に認識される態様,程度において表明されていたとは到底いえないという
べきである。
 よって,本件発明の実施としての事業の準備があったとは認められな
い。
2 争点2(明らかな無効理由)について
  被告は,本件特許には,出願前公知(法29条1項1号)及び進歩性欠如
(法29条2項)の無効理由が存在することが明らかであると主張する。
 しかし,同無効理由については,被告の提起した本件特許についての無効審
判請求に対し請求は成り立たないとした審判に対する審決取消請求事件(東京高等
裁判所平成11年(行ケ)第368号 審決取消請求事件)において,既に判断さ
れている。すなわち,東京高等裁判所平成12年12月25日判決は,原告がYに
対して本件発明の記載された図面を示したとされる行為について,Yは原告のため
秘密を保つべき関係にあり,その他の顧客に6本ロールカレンダーの提案をしたと
される点については証拠がないなどとして,出願前公知に関する無効理由は存在し
ないこと,M型5本ロールカレンダーにロールを1本追加すること,そしてその1
本を追加する場合に第5ロールの下側に配置することは,いずれも当業者にとって
容易に想到し得るものとはいえないこと,第5ロールにロール軸交叉装置を,第6
ロールにロール間隙調整装置を設けることも当業者にとって自明とはいえないこと
を認定し,上記各無効理由は存在しないとして,被告の請求を棄却した(甲6)。
この判決は最高裁判所の上告棄却及び上告不受理の決定により確定した(甲1
6)。
  以上の経緯によれば,本件特許の無効に係る被告の主張はすべて理由がな
い。
3 争点3(損害額)について
 被告が原告主張の時期に被告装置3台を製造・販売(輸出を含む)したこ
と,本件特許権の実施料率が3パーセントであることについては当事者間に争いが
ない。
 被告の上記3台の被告装置の合計売上金額が,5億8600万円であること
については乙35号証及び弁論の全趣旨により認められる。本件全証拠によるも,
これを超える販売金額が存在したということは認められない。
 これによれば,被告の売上金額に実施料率を乗じた金額は,1758万円と
なり,被告は同額を不当に利得していることになる。
第4結論
 以上のとおりであるから,本件請求のうち,主文において認容した限度で理
由がある。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官    飯村敏明
裁判官今井弘晃
裁判官石村 智
物件目録
下記の「構造の説明」及び「図面」の構成を有する6本ロールカレンダー
Ⅰ 構造の説明
 a 塩化ビニール等の高分子用カレンダーにおいて,
 b 第1ロール1と第2ロール2とを略水平に並列し,
 c 第2ロール2の下側に第3ロール3を第2ロール2と平行でかつ第1ロ
ール1方向と略直交状に配置し,
 d 第3ロール3の横側で第1ロール1と反対側位置に第4ロール4を第3
ロール3と略水平でかつ第2ロール2方向と略直交状に並置し,
 e この第4ロール4の下側で第2ロール2と反対側位置にロール軸交叉装
置7を備えた第5ロール5を第4ロール4と略平行でかつ第3ロール3方向と略直
交状に配置し,
 f 第5ロール5の下側で第2ロール2と反対側位置にロール間隙調整装置
8を有する第6ロール6を第4ロール4及び第5ロール5と平行でかつ第3ロール
3と略直交状に設置し,
 g 各ロール周速を第1ロール1から順次後方に行くに従って速くした
 h ことを特徴とする6本ロールカレンダー
Ⅱ 作動
 (1) 第1ロール1と第2ロールとの間に塩化ビニール等の高分子材料を投入
して両ロールの間で圧延し,
 (2) これを第2ロール2のロール表面に沿って後方に送り,
 (3) 次に第2ロール2と第3ロール3との間で圧延して,
 (4) 順次第3ロール3と第4ロールとの間で圧延して,
 (5) 更に第4ロール4と第5ロール5との間で圧延して,
 (6) 最後に第5ロール5と第6ロール6との間で圧延する
 (7) 各ロール間のバンクの回転が順次反対方向となる
 (8) そして,ロール軸交叉装置7を備えた第5ロール5とロール間隙調整装
置8を有する第6ロール6とによって,シートの両端部より中央部が厚くなる誤差
を補正し,シートの左右の厚さが均一になるよう調整される。
Ⅲ 図面の説明
 図は,6本ロールカレンダーの概略断面図である。
Ⅳ 図面の符号の説明
 1 第1ロール
 2 第2ロール
 3 第3ロール
 4 第4ロール
 5 第5ロール
 6 第6ロール
 7 ロール軸交叉装置
 8 ロール間隙調整装置
【訴状物件目録の図面を添付する。】
【添付する明細書として「訂正明細書」(甲5)を添付する。】
図面訂正明細書第1図~第14図

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