弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 東京高等検察庁検事長佐藤博の上告趣意は、末尾に添えた書面記載のごとくであ
つて、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
 刑法一五七条一項の罪は、故意犯であるから同項の罪の成立するがためには、行
為者において公務員に対し申立てて権利義務に関する公正証書の原本に記載させた
事項が虚偽不実であることを認識していたことを要件とすることは言うまでもない
ことである。ところで、原審は被告人が昭和二〇年一〇月四日附連合国最高司令部
の日本政府に対する覚書「政治的社会的及び宗教的自由に対する制限除去の件」に
より「宗教団体法は勿論のこと、同法にもとづく寺院規則、殊に本件A寺々院規則
五六条のごときは明らかに右覚書の趣旨に照らし、その效力を失つたものと解した
ので、B外四名の新総代を選任するに当り、右規定の手続によらなかつたという事
実を認定した上、原審は更に説明を進めて、仮りに寺院規則が被告人の解したとこ
ろと異り依然效力を有するものとするも「被告人は右規則の適用を誤つた結果刑法
第一五七条第一項の罪の構成要素たる事実の錯誤を生じたもの」であるから、被告
人に故意があつたとすることはできないと言い、この点につき「犯罪の証明なきも
の」と判断しているのである。そこで、被告人の解するように宗教団体法が昭和二
〇年一〇月四日附連合国最高司令部の日本政府に対する覚書「政治的、社会的及び
宗教的自由に対する制限除去の件」によつて直ちに失效したか否かは格別として、
本件は昭和二〇年一二月二八日勅令七一九号宗教法人令施行後の事件である。然る
に右勅令は前記連合国最高司令部の覚書に則り制定公布されたものであるが同勅令
に依れば同勅令施行の際現に效力を有する寺院規則は同勅令に依る規則と看做され
るわけで(附則二項)あるから、本件A寺々院規則も亦有效に存続するものと解す
べきである。従つて、被告人のしたB外四名の檀信徒総代の選任行為は右規則五六
条に牴触し、無效であるからこれら新総代によつて決議制定された新寺院規則も亦
無效のものであつて本件の変更登記事項は客観的には虚偽不実であるというべきで
ある。然るに、原審の認定した事実によれば、被告人は右寺院規則の適用を誤り同
規則が效力を失つたものと解釈し、右規定の手続によらないでB外四名の新総代を
選任し、原判示のように「これら新総代によつて従来の寺院規則の廃止、新寺院規
則の制定を決議させ、これにもとづいて同月二〇日(昭和二一年三月二〇日)松戸
区裁判所市川出張所備付の寺院登記簿中、A寺の所属宗派並びに教義の大要を夫々
公訴事実中に指摘するごとく変更登記させた」というのであるから、本件の変更登
記事項がたとえ虚偽不実であつても、被告人はその認識を欠いたことにおいて刑法
一五七条一項の罪の構成要素たる事実の錯誤を生じたものと原審は判断しているの
である。されば、かかる事実に立脚する以上、被告人が右錯誤したことについて相
当の理由の有無を問わず犯意を阻却するものというべきであるから原審の法令解釈
には所論のような違法はない。そしてまた、原審の事実の認定にも違法があるとは
認められない。論旨に引用する大審院判決は、住居侵入罪に関する刑法一三〇条の
刑罰法規自体の解釈を誤つた事案に関するものであつて本件の場合に適切でない。
 よつて、本件上告を理由ないものと認め、旧刑訴四四六条に従い、裁判官全員の
一致した意見により主文のとおり判決する。
 検察官 十蔵寺宗雄関与
  昭和二六年七月一〇日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    井   上       登
            裁判官    島           保
            裁判官    河   村   又   介

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