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裁判例


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       主   文
一 原告が被告に対し、労働契約上の権利を有することを確認する。
二 被告は原告に対し、金一七二万六、二二四円及び内金五〇万円に対する昭和四
五年一二月一七日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員並びに昭和四九年
二月一日以降本判決確定に至るまで毎月二五日限り、月額金三万二、一〇四円の割
合による金員を支払え。
三 原告の請求のうち、本判決確定の日の翌日から毎月二五日限り月額金三万三、
五〇〇円の割合による金員の支払を求める部分は、これを却下する。
四 原告のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は被告の負担とする。
六 この判決は、主文二項に限り、仮に執行することができる。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 主文第一項と同旨。
2 被告は原告に対し、金一七八万一、〇三二円及び内金五〇万円に対する昭和四
五年一二月一七日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員並びに昭和四九年
二月一日以降毎月二五日限り、金三万三、五〇〇円を支払え。
3 主文第五項と同旨。
との判決並びに第2項につき仮執行の宣言。
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二 当事者の主張
一 原告の請求原因
1 当事者
(一) 被告は、肩書地に本社を設け、横浜市<以下略>所在ソフトウエア工場他
の工場を有する株式会社である。
(二) 原告は、昭和二六年(一九五一年)一一月二四日愛知県西尾市<以下略>
にて、父A(日本名B)母C(日本名D)の間に生れ育つたいわゆる在日朝鮮人で
ある。
 原告は、昭和三三年四月西尾市立中畑小学校に入学し、同三九年三月同校を卒業
し、同年四月西尾市立平坂中学校に入学し、同四二年三月同校を卒業し、同年四月
愛知県立碧南高等学校に入学し、同四五年三月同校を卒業し、右卒業と同時に訴外
株式会社津田鈑に入社したが、同月同社を退社し、同年四月に訴外株式会社ヒカリ
製作所に入社した。
2 採用決定に至るまでの経緯
(一) 原告は、右株式会社ヒカリ製作所に在勤中の昭和四五年八月末頃、同月一
九日付朝日新聞名古屋版朝刊の広告欄を見て被告がソフトウエア工場従業員を募集
していることを知り、これに応募した。
(二) 原告は、同月二三日被告会社名古屋営業所において、被告会社採用試験
(筆記試験、面接試験)を受験したところ、その結果被告は原告を採用することに
決定し、同年九月二日付で原告を被告会社従業員に採用する旨記載した採用通知書
を原告宛に発送し、右通知書は同月四日原告に到達した。また被告は原告に対し電
話によつても採用する旨通知した。そこで原告は同月一五日限り右ヒカリ製作所を
退職した。
3 労働契約の成立
(一) 右事実からすると、被告が新聞広告を掲載したことは労働契約の申込の誘
因であり、原告がこれに応募して昭和四五年八月二三日に被告会社の従業員採用試
験を受験したことは原告から被告に対する労働契約締結の申込であり、さらに被告
が原告に対し同年九月二日付で採用通知書を発信したことは右申込に対する被告の
承諾であつて、ここに原告、被告間の労働契約が成立したと解すべきである。
 けだし、右採用通知書の文言自体、赴任日、赴任場所、携行品(特に寝具)等を
明定していること、採用通知書の発送と現実の就労日までの間には何らの手続が残
されていないこと、厳しい採用試験を課してすでに試験の段階で受験者の能力判定
に必要な資料をほとんど得ていること及び被告会社の従来の取扱慣例等を総合的に
判断するならば、右採用通知書を発送した段階において、原告、被告間に労働契約
が締結されたと見るのが合理的だからである。
(二) ところが被告は、原告に対する採用内定を取消したとして、原告の就労を
拒否している。
4 賃金請求権
(一) 所員としての地位
 原告は、被告会社の所員(正社員)として採用されたものである。
 すなわち、被告は原告との労働契約締結に当つて、雇傭期間ないしは臨時員であ
るとの点については、原告に対しては明示していないのであるから、右契約は期間
の定めのないものであり、そうだとすれば原告は被告会社において所員としての地
位を有するものである。
 仮に被告が臨時員として雇入れをなすとの意思を有していたとしても、その点に
ついては何ら原告に表示していないのであるから、民法九三条によつて同様の結論
になる。
(二) 賃金額
 以上のとおり、原告は被告に対し、労働契約上の権利を有し、所員としての賃金
請求権を有するものであるから、被告から賃金として、
 昭和四五年一〇月以降同四六年三月まで
 毎月金三万〇、一二〇円、小計金一八万〇、七二〇円
 昭和四六年四月以降同四七年三月まで、
 毎月金三万一、四七二円、小計金三七万七、六六四円
 昭和四七年四月以降同四八年三月まで、
 毎月金三万二、三〇四円、小計金三八万七、六四八円
 昭和四八年四月以降同四九年一月まで、
 毎月金三万三、五〇〇円、小計金三三万五、〇〇〇円
 合計金一二八万一、〇三二円並びに同年二月一日以降毎月二五日限り金三万三、
五〇〇円の支払を受ける権利を取得したものというべきである。
5 民族差別による不当な就労拒否
 被告は、原告が履歴書、身上書および身上調書に虚偽の氏名、本籍等を記載した
として採用内定を取消した旨主張し、原告の就労を拒否しているが、後記のとおり
被告のいう採用内定の取消は解雇にほかならないところ、右解雇は次のとおり、原
告が朝鮮人であることを唯一決定的な理由とする不当な民族差別である。
 すなわち、被告の原告に対する不当な解雇処分の背景には、在日朝鮮人に対する
民族差別の歴史と現実がある。この差別の実体を究明して行かない限り、本件の問
題性を正しくとらえることは不可能である。以下在日朝鮮人に対して加えられてい
る差別の実体を要約すると、
(一) 在日朝鮮人の形成
 六〇万人を越える在日朝鮮人形成の要因は、一言にして言えば近代日本の朝鮮に
対する植民地支配の結果である。
 一九一〇年八月日韓併合を成し遂げた日本は、土地調査事業を通じて朝鮮農民の
土地を奪い、彼らが日本に渡航せざるを得ない立場に陥れ、朝鮮を日本に対する食
糧供給基地とすべく一九一八年から実施された産米増殖計画は、朝鮮農村の社会
的、経済的崩壊と農民層の没落に拍車をかけ、渡日者数を激増せしめる結果となつ
た。しかしながら、日本経済が恐慌状態に陥り、日本国内に大量の失業者が発生す
るようになると日本への渡航が制限され、日本経済が好況期を迎え低賃金労働力を
要求するようになると日本への渡航が緩和されるというように、日本の国内事情に
よつて渡航の制限と緩和が反覆され、朝鮮人には一貫して渡航の自由すらほとんど
ない状態であつた。
 その後日本が本格的な戦時体制に入るに従つて労働力の不足を来し、朝鮮人労働
者を積極的に導入するようになり、さらに強制徴用にまで政策の変化をもたらすよ
うになつた。すなわち、日本政府は一九三九年「国民総動員計画」を樹立し、その
一翼として、日本の重要産業部門に朝鮮人労働者を動員、移入することを決定し、
まさに「野犬狩り」に等しい方法で朝鮮人の日本への強制連行がなされたのであ
る。
 このようにして渡航した在日朝鮮人に与えられた労働の場は低賃金、長時間重労
働の最下層労働部門のみであつたことから、在日朝鮮人が人間として最低限の物
的、精神的生活を営むことさえ不可能にし、このような状況の中で日本民衆の朝鮮
人に対する偏見、差別意識が芽ばえ、広く深く浸透していつた。そして一方では
「内鮮一体」等のスローガンの下に朝鮮人からその名前を、言語を、文化を、民族
性をも奪い、戦争期に行なわれた「皇民化政策」は、朝鮮人に対して、差別を前提
にして日本国家の中で自己の位置づけを精神的にまで強要した。
 このような事態は戦後においても異ならない。日本国家は、在日朝鮮人に対し
て、国籍選択の自由さえ奪い、一般外国人並みの処遇すら与えず、無国籍者に等し
い状態に放置し、義務のみあつて権利を享受できないようにしてその生活を圧迫
し、さまざまな差別と抑圧を加え続けてきている。日本国家は朝鮮人の民族教育を
弾圧し同化教育を推し進め、そして一たび社会に出るや朝鮮人を就職差別等によつ
て日本社会から排除しているのである。
(二) 在日朝鮮人にとつての氏名
 在日朝鮮人と「氏名」との関係をみる場合、「本名」か「偽名」かという単なる
二者択一の形式論理に解消することはできない。在日朝鮮人が自己の氏名の他に
「日本名」を持たされている事実は、現実に生きている一人ひとりの在日朝鮮人
が、人間としての存在を真二つに分断させられていることに他ならないからであ
る。そうした事柄の端的な表現として「二つの氏名」がある限り、「二つの氏名」
を生み出し強要し続けてきた歴史過程や、現在この「二つの氏名」が負わされてい
る社会的な役割、そして何よりも、この役割が在日朝鮮人の人格形成に与える致命
的な傷、さらにこのような傷を与えながらも全く痛みを覚えない日本人そのものの
問題を明らかにしない限り、在日朝鮮人にとつての「氏名」が持つ意味は理解でき
ない。
 日韓併合後、朝鮮が日本の大陸兵站基地の様相を呈し、朝鮮人を「皇国臣民」と
して動員することが目論まれ始めると、朝鮮人を法的義務においてのみ日本政府の
統治下におく「内地融和」政策が開始された。これは国籍を一方的に日本籍にする
のみならず、その姓名をも日本式に改めることを強要し(「創氏改名政策」)、さ
らにはその精神をも「皇国臣民」化しようとするものであつた。ここにおいて、朝
鮮人は朝鮮人たる人格の一切を剥奪されることになり、その大きな武器とされたの
が、「内地」渡航不許可というような罰則をもつてなされた「創氏改名政策」であ
り、在日朝鮮人の二つの「氏名」もここに端を発する。そして戦前、戦中を通じて
日本社会のあらゆる領域で拡大再生産された「日本名」の強要は、戦後も依然とし
て温存され続け、現在では非常に陰湿な形をとつて、差別のための一つの武器にま
でなつている。すなわち、「日本名」を使わず「日本人らしく」振舞わない朝鮮人
を日本社会は一切拒絶し、受け入れた者についても、主要生産部門からは排除し、
スクラツプ業や単純肉体労働者としてしか認めないというように、「日本名」の使
用を差別のための踏絵として在日朝鮮人に強要している。このような現実の中で、
ほとんどの在日朝鮮人の親は、自らの子供の生活を思えばその子供に「日本名」を
つけざるを得ないという苦境に直面している。
 右のとおり、在日朝鮮人における「日本名」は、自ら意図して積極的に選びとつ
たものではなく、日本社会が一方的に強制したものに他ならない。「日本名」を用
いなければその存在を認めないという日本社会の論理は、裏返せば「日本名」こそ
その存在の証しということになり、「日本名」は単なる通称というような域を逸脱
して、在日朝鮮人の存在をさし示す呼称としての役割を日本社会自らによつて負わ
されているのである。
(三) 在日朝鮮人における本籍
 在日朝鮮人は外国人であるから、日本国に本籍地がないのは当然である。「本
籍」とは日本国戸籍法における法概念であり、その言葉が意味をもつのは、日本に
本籍地を有する日本国民についてのみである。在日朝鮮人にとつて、外国人登録原
票の記載事項が日本国の戸籍に相当するようにも見做されるが、外国人登録原票の
記載事項はその内容からも明らかなとおり元来短期の旅行者用のものであつて、長
期滞留者なかんずく在日朝鮮人のような人々にとつて必要な事項は網羅されていな
い。しかも外国人登録原票には、「国籍」「出生地」欄はあつても、「本籍」欄は
存在していない。
 ともかく日常的な有形無形の在日朝鮮人に対する差別は、氏名とともにその国
籍、戸籍が判明した時に最も露骨にあらわれる。日本社会の朝鮮人に対する差別が
厳存する現実にあつて、就職の際要求される「戸籍謄本」は、在日朝鮮人に対する
差別の武器として使われているのである。
(四) 在日朝鮮人にとつての教育
 日本社会は、一方で朝鮮人を朝鮮人たらしめる民族教育を弾圧すると同時に、
「同化」という徹底した「日本人化」を教育のなかで行なつている。
 戦前の「皇民化」教育の歴史の中で、朝鮮人は日韓併合以来「同化」教育によつ
て「日本帝国臣民」として生きるべく強要され続け、太平洋戦争の拡大とともに
「日本帝国臣民」として直接戦争に組み込まれていつた。それでは「内鮮一体」の
スローガンの下で朝鮮人は日本人と平等であつたかといえばそうではなく、就職を
はじめ賃金その他ありとあらゆる点で徹底した差別が行なわれていたのである。戦
後における「同化」教育もこの延長線上にある。一面には、戦後続出した民族学校
に対し一九四九年の団体等規正令とともに閉鎖の命令を下し、日韓条約以後も朝鮮
人の日本人学校入学は認めるが、朝鮮人を朝鮮人たらしめる民族学校は各種学校と
しても認めないという民族教育に対する弾圧があり、他面には、日本人学校にいる
一〇万人の朝鮮人子弟を日本人子弟と同じに取り扱うという新たな「同化」教育が
ある。
 在日朝鮮人は、学校教育において「日本人化」され、社会では朝鮮人であるとい
うことで差別される。前者は民族性の剥奪により朝鮮人の人間性を蝕むものであ
り、後者は生活のうえでの人間としての基本的な権利を剥奪するものであり、両者
は深く結びついているのである。
(五) 在日朝鮮人にとつての就職
 日本社会は在日朝鮮人を拒み、さまざまな差別を加えている。なかんずく就職差
別の問題は、生活手段を剥奪するという点で、在日朝鮮人が日本社会で生活してい
くうえで、致命的な困難をもたらしている。また、この就職における差別が戦前か
ら続く在日朝鮮人の経済的貧困を生み出し、この経済的貧困が多くの日本人の朝鮮
人に対する蔑視感覚、差別意識を生み出す挺子になつているのである。
 前記(一)において述べたとおり、戦前の在日朝鮮人の職業は最下層労働として
の産業労働か、産業労働予備軍としての失業的労働であつた。ところが敗戦にとも
ない麻痺状態の産業界と未曾有の日本人失業者の前に、純粋な筋肉労働のみの未熟
練労働力である朝鮮人労働者は、どんな下層労働にも割込む余地はなかつた。そし
て死活の道として生まれたのが、小売商や闇であつた。日本の一切の職場から追い
出された在日朝鮮人は、小生産か、小売商か、闇をやるか、その種の同胞経営に雇
われるか途がなかつた。その後日本経済の立ち直りとともに闇のような浮草的職業
は駆逐されていつたが、敗戦時の在日朝鮮人の生活を支えた、零細企業の経営か又
はその種の同胞のもとへの就職という形は、現在に至るまで一つの具体的性格とし
て残されている。
 在日朝鮮人にとつては、日本の企業に就職差別が存在することは常識である。日
本の企業に朝鮮人として就職しようとした在日朝鮮人は、そのほとんどが就職差別
の経験を持つているからである。朝鮮人であることを明らかにして日本の企業に入
社している朝鮮人も、会社や仕事においては、そのほとんどが「日本名」を使わざ
るを得ない状況にある。このように在日朝鮮人に対し、日本社会は、戦前、戦中、
戦後を通じ、彼らが朝鮮人として生きることのできないような生活を強い続けてき
ているのである。
(六) 原告Eについて
 原告は、前記1の(二)のとおり、日本で生まれ、日本からまだ一度も出たこと
がない在日朝鮮人である。原告は、朝鮮人であるにもかかわらず、「日本人」のよ
うに育てられ、母国語のみならず、自分の名前の読み方や、また、祖国の歴史や、
在日朝鮮人が形成されるに至つた朝鮮と日本の歴史的関係を正しく識る機会がな
く、このような中で日本人と同様に小学校、中学校、高等学校生活を送つていつ
た。高校三年の冬、友人がすべて就職先の決定した中で、原告はひとり進学か就職
か迷つていた。進学の実現に希望があつたからではない。原告は在日朝鮮人に対す
る就職差別の現実を知るがゆえに、多数の就職先からの求人票を見ても応募するこ
とができなかつたのである。担任教師の紹介によつて原告は株式会社津田鈑に就職
した。商業科出身、珠算三級、簿記一級の原告は、その意に反しプレス工の仕事を
与えられ全く希望のない生活を続けていた。こんな折、株式会社ヒカリ製作所で経
理用員が不足していることを聞き、同社に入社した。しかし小企業であるヒカリ製
作所では、単純な事務作業しか与えられず、自らの能力を生かすことはできなかつ
た。将来性のない小企業での勤務に耐えられず常に既得の能力を生かしたいという
希望を抱いていた原告は、その時たまたま新聞広告によつて被告会社の従業員募集
を知つたのである。
 これまでの原告の生活は、常に日本社会の差別に苦しみながら、新たな人間関係
に移る度ごとに、朝鮮人という原告にとつての秘密を守るための努力を続け、公私
からもたらされるその暴露への不安におびえることの繰り返しであつた。
6 慰謝料
(一) 被告は、昭和四五年九月一五日、原告に対し、先に採用通知書を発送して
いるにもかかわらず、原告が在日朝鮮人であることを知るや突如として「あなたの
採用通知は保留にしておいてくれ。」と言い、さらに同月一七日「やつぱりだめで
す。当社では一般外国人はやとわない方針だ。あなたが最初から本当のことを書い
ていたらこんなことにならなかつた。」と申し向けた。
(二) 憲法一四条及び労働基準法三条の趣旨に照し、被告会社は、原告をはじめ
とする在日朝鮮人が入社することをその国籍を理由としては拒否できないし、又一
たび成立した労働関係から排除することは許されない。
 ところで、被告会社の前記行為は、原告が朝鮮人であつて日本に国籍がないこと
を唯一の理由とするものであり、朝鮮民族であることによつて差別した行為であ
る。このことは、原告が被告会社に事実を打ち明けた直後に解雇されたこと、右九
月一七日被告会社F主任が「一般外国人はやとわないことになつている。」と述べ
たこと、同日同人が原告の母校碧南高校に電話をかけ、原告が本当に朝鮮人かどう
か確認していること等から明白である。そうであるとすれば、被告の右行為は前記
法規範の下では違法である。
(三) 原告は、在日朝鮮人であることを唯一の理由として被告会社から排除さ
れ、労働者としての生活基盤を奪われたことにより、多大なる精神的苦痛を蒙つ
た。右苦痛は金銭に置き換えるならば少なくとも金五〇万円に相当する。
7 結論
 従つて、原告は被告に対し、原告が労働契約上の権利を有することの確認を求
め、さらに前記昭和四五年一〇月以降同四九年一月までの賃金金一二八万一、〇三
二円及び慰謝料金五〇万円の合計金一七八万一、〇三二円及び内金五〇万円に対す
る昭和四五年一二月一七日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員並びに昭
和四九年二月一日以降毎月二五日限り金三万三、五〇〇円の賃金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び反論
1 請求原因第1項(一)の事実は認める。同(二)の事実のうち、原告が在日朝
鮮人であることは認めるが、その余の事実は不知。
2 同第2項(一)の中、被告が原告主張のような新聞広告を出したこと及び原告
が被告の従業員募集に応募したことは認めるが、その余の事実は不知。
3 同第2項(二)の中、原告が被告会社の採用試験を受験して合格したこと、被
告が原告宛に昭和四五年九月二日付採用通知書と表題のある書面を発送したこと及
び右通知書には原告主張の如き記載がなされていることは認めるが、右通知書が原
告の許に同月四日に到達したこと及び原告が同月一五日ヒカリ製作所を退職したこ
とは不知、被告が原告に電話で採用通知をなしたとの主張は否認する。
4 同第3項(一)は争う。
5 同第3項(二)の事実は認める。
6 同第4項の各事実は否認する。
7 同第5項の事実のうち、被告が採用内定の取消を主張し原告の就労を拒否して
いることを認め、被告が原告を朝鮮人であることを唯一決定的な理由として採用内
定を取消したとの点は否認、その余の事実は不知。
8 同第6項の中、昭和四五年九月一五日、被告会社ソフトウエア工場総務部勤労
課主任Fが、原告に対し、採用内定の通知は保留にしておいてほしい旨伝えたこ
と、同月一七日右Fが原告に対し、「最初から本当のことを書いていたらこんなこ
とにならなかつた。」と言つたことは認めるが、その余の事実は否認する。
9 同第7項は争う。
10 なお原告は、請求原因第3項(一)および第4項(一)において、原告・被
告間で、原告が被告会社の所員とする労働契約が成立した旨主張するので、次のと
おり反論する。
(一) 被告会社では、臨時従業員を雇傭しようとする場合、通常は新聞広告等で
募集し、応募者に対し筆記及び面接の採用試験を行なつて詮衡し、一定の者を合格
者として、それらの者に対し、一定の日時、場所を指定し、会社が必要とする戸籍
謄本等の書類を携行して出社するように指示する。かくして、被告会社の指示通り
の書面を持つて、右指定日時、場所に出社した者について、被告会社は、採用の要
件を満していれば、その者と書面により労働契約を締結することになつている。従
つて、右「採用」決定並びにそれに続く採用通知書の発送がなされても、それは労
働契約締結の承諾としての意思表示でなく、右の如き一連の手続の終了を以つて労
働契約が成立する旨の通知であり、労働契約の予約にすぎない。
 なお、仮に原告主張のように採用通知書の発送をもつて労働契約が成立したと解
すると、この段階で会社と原告との間で確認されているのは賃金が約二万八、〇〇
〇円であること等に過ぎず、具体的な就労条件は何ら合意に達していないのである
から、まことに奇妙な労働契約ということになる。
 さらに、被告会社における従来の例によれば、採用通知書を受け取つた者のうち
約半数は指定日に出頭しないのであつて、そのため被告会社においては、指定日に
出頭した者を最終的に入社の意思あるものとして取り扱うことにしているのであ
る。
(二) 次に本件は臨時員の採用募集である。すなわち、被告会社には基幹的労働
力として、長期的人員計画に基づいて採用され、生涯雇傭が建前となつている正社
員たる所員と、その時々の労働力の所要状況に応じて採用計画を立て、短期有期の
契約をなして雇入れる臨時社員たる臨時員との二種の従業員が存在し、両者の間に
は、就業規則の適用面はもとより、労働契約の期間、賃金、賞与、退職金その他の
労働条件等についても多くの相違がある。右の所員と臨時員との相違は、その採用
手順の上でも多くの相違を伴なつている。前者は、その採用人員は長期人員計画に
則つて本社において決定され、新規学校卒業者を対象に、学校経由によりその推薦
を経るものであつて、特殊な場合を除き卒業時に採用されるのに対し、後者は、そ
の採用人員は工場独自の必要に応じ随時各事業所において決定され、新規学校卒業
者以外を対象に、一般には新聞等の広告による公募、又は職業安定所の紹介等によ
り随時採用されるが如くである。
 これを本件における従業員採用の経緯についてみるに、被告会社ソフトウエア工
場は、昭和四五年八月ころ臨時員を約二〇〇名採用する計画をたて、同月一九日付
新聞に臨時員募集広告を掲載して募集し、右募集広告には、臨時員募集であること
を示す言葉として一般的慣行的に使われている「登用制度あり」という文言で臨時
員募集であることを明示した。さらに同月二三日被告会社名古屋営業所において実
施された採用試験の際、午前の筆記試験の開始に先立ち、被告会社ソフトウエア工
場総務部勤労課員が、右採用試験は臨時員の採用試験であり、契約期間は二ケ月で
ある旨説明し、又原告に対する面接試験を担当した同工場総務部庶務課長も、原告
に対し、同旨の説明をしている。
 以上のことから明らかなように、被告会社の手続上はもとより、募集広告並びに
採用試験においても、期間二ケ月の臨時員募集であることを明示しているのであつ
て、本件従業員採用募集が臨時員の採用募集であることは疑いのないところであ
る。なおこのことは、原告とともに右採用試験を受験し、被告会社に採用された六
名の者がすべて臨時員として入社していることからも裏付けられる。
三 被告の主張
1 労働契約の予約取消
(一) 昭和四五年八月二三日被告会社名古屋営業所における被告会社ソフトウエ
ア工場従業員採用面接試験を担当した同工場総務部庶務課長Gは、原告が予め記入
持参した市販の履歴書、身上書並びに当日筆記試験前に原告が記入した身上調書に
基づき、原告に対し、その記載事項その他関連事項等について質問したが、その際
現住所及び職歴については、履歴書、身上書の記載と身上調書の記載に齟齬があつ
たので、その場で問い質した。しかし、本籍については、履歴書に「愛知県西尾市
<以下略>」と記載され、又氏名については、履歴書、身上書及び身上調書に
「H」と記載されていたので、それが原告の本籍ではなく原告の両親の現住所にす
ぎないということ又原告の本名が「E」であるということは知るに至らず、原告の
本籍、氏名は右書類に記載されたとおりであると誤信したまま面接試験を終了し
た。
 なお、原告が試験当日に記載した前記身上調書の末尾には「この調書に私が記載
しました事項はすべて真実であり、偽り、誤り、重要な事項の記入漏れがありませ
ん。もし、偽り、誤り、重要な事項の記入漏れがありました場合は採用取消解雇の
処置を受けても異議を申し立てません。」と明記されており、原告もこのことは充
分承知していたものである。
 そこで被告会社は、右筆記試験並びに面接試験の結果、原告を被告会社ソフトウ
エア工場の従業員として採用することを内定し、同年九月二日付で通知書を原告に
発送した。なお、その際、原告に戸籍謄本等の必要書類の提出を指示した。
(二) その後同月一五日、原告から被告会社ソフトウエア工場へ電話で、原告は
在日朝鮮人で本名はEであり、戸籍謄本はとれない旨通知してきた。そこで、被告
は、面接時に問い質した事項以外にも、原告が履歴書等に事実を隠し、虚偽の記載
をして応募していたことが判明したので、右Fから、同月二一日の出社は一応見合
わせるよう伝えた。
(三) さらに同月一七日、右Fから原告に対し、電話で、原告が本籍を故意に偽
わつて応募したものであることが明白であるとともに、虚偽の記載をしたために、
採用に際し会社が必要とする書類の提出ができず、結局採用の要件の充足が不可能
であることが判明したので、先の採用内定を取消す旨伝えたものである。
2 懲戒解雇
 仮に原告と被告との間の労働契約が成立しているとしても、原告は日本国戸籍法
にいう本籍がなく、従つて会社が必要とする戸籍謄本等の書類を提出することを不
可能であることを熟知しながら、あたかもその本籍があるかの如く偽つて履歴書等
を作成提出し、会社はこれを信じて原告との間に労働契約を締結した。さらに原告
は職歴に関する身上調書の記載をも偽り、身上調書記載の株式会社ヒカリ製作所の
前に株式会社津田鈑に就職していた事実をも隠蔽している点を併せ考慮すると、原
告の右各所為は、被告臨時員就業規則七二条二四号にいう「経歴を詐り又は詐術を
用いて雇い入れられたとき」に準ずるものとして同条二七号に該当するものであ
り、かつその情状は重いものといわなければならないので、被告は原告を昭和四七
年三月三〇日付準備書面(同日の第九回口頭弁論期日で陳述)をもつて懲戒解雇処
分に付する旨の意思表示をなした。
四 被告の主張に対する認否
1 被告の主張第1項の中、原告が履歴書、身上書、身上調書を作成して被告に提
出したこと、履歴書中の本籍記入欄に被告主張のとおりの記載がなされ、履歴書、
身上書、身上調書の氏名欄に「H」と記載されていること、被告が採用通知書を原
告に発送したこと及び右通知書に被告主張の書類を赴任時に携行すべき旨の記載が
あることは認めるが、その余は争う。
2 同第1項(二)の中、原告が被告会社に電話をかけ戸籍謄本がとれない旨申し
出たことは認めるが、その余の事実は否認する。
3 同第1項(三)の中、Fが原告に採用を取消す旨伝えたことは認めるが、その
余の事実は否認する。
4 同第2項の中、原告がヒカリ製作所に勤務する以前に株式会社津田鈑に就職し
ていたこと及びその旨を身上調書に記載しなかつたことは認めるが、その余は争
う。
五 原告の主張
1 解雇無効
 前記のとおり、昭和四五年九月二日付採用通知書の発送をもつて、原告・被告間
には労働契約が成立したというべきであるから、被告のいう原告に対する採用取消
は、被告による労働契約の解約であつて、被告の原告に対する解雇と解すべきもの
である。しかしながら、右解雇の意思表示は以下の理由により無効なものである。
(一) 原告に対する解雇は、前記のとおり、原告が在日朝鮮人であることを唯一
の理由としてなされたものである。従つて右解雇は、公序良俗に反し且つ国籍ない
しは社会的身分を理由として労働条件につき差別的取扱をなすものであるから労働
基準法三条、民法九〇条に違反し無効である。
(二) 被告は、原告が被告会社への応募に際し、本籍及び氏名を偽つたことが、
本件解雇(被告の主張によれば労働契約の予約取消)の理由であると主張する。し
かし右が形式的に虚偽であるとしても、本件解雇は次の理由により無効である。
(1) 在日朝鮮人が日本社会で生活を営む場合には、「日本名」及び「出生地」
を氏名及び本籍として使用することは事実たる慣習となつている。従つて原告のな
した本件記載も右事実たる慣習に沿つたもので、解雇事由たる虚偽とは評価し得な
い。
(2) 原告に対し、「朝鮮名」を氏名として記載し、本籍欄に「なし」と記載す
ることの期待可能性がない。すなわち、前記のとおり、在日朝鮮人であるというそ
れだけの理由で、日本企業が差別して採用を拒否するという現実が存在する状況の
下においては、在日朝鮮人に対し「朝鮮名」「本籍(あるいは本籍のないこと)」
を申告、記載することを要求し、又はこれを期待することは公序良俗に反し許され
ず、又は無意味である。このことは裏を返せば、在日朝鮮人にとつては右申告、記
載をなすべき法的義務はなく、右申告、記載をしなかつたからといつて解雇の対象
とはなし得ない。従つて本件解雇は無効である。
(三) 本件解雇は解雇権の濫用であつて無効である。
 被告会社は、在日朝鮮人たる原告を雇傭することによつて、職場規律が乱れると
か、能率あるいは生産性が落ちるとか、同僚労働者や会社の信用に対し影響がある
とかいつた事情は一切ないし、そのようなおそれも全く存在するはずがないのに解
雇したのであるから本件解雇は解雇権の濫用であつて無効といわなければならな
い。
2 懲戒解雇無効
(一) 被告の懲戒解雇の意思表示は、前記1(一)乃至(三)に述べたとおり、
無効である。
(二) 被告の主張する懲戒解雇事由は、被告所員就業規則五一条一〇号、一四号
(原告は、所員として労働契約が成立したと主張するので、理論上臨時員就業規則
七二条二四号、二七号は適用の余地はないこととなるが、右条項と同一の事項を規
定したものである。)に該当しない。すなわち、懲戒理由となる経歴詐称ないし虚
偽申告は、その相違した事実が使用者にとつての「重要な経歴」でなければならな
いのであつて、相違した事実の申告によつて採用したことが使用者に相当程度の損
害を与え又は与える惧れのある具体的危険性を発生せしめたときに始めて懲戒解雇
の理由とし得る、と考えなければならないところ、被告主張の本件懲戒解雇の理由
は、次のとおり重要な経歴といえるものではなく、相違した事実の申告によつて原
告を採用したとしても被告に前記のような損害を与え又は与える惧れのある具体的
危険性を発生せしめたとはいえない。
(1) 職歴について
 原告は、履歴書および身上調書に株式会社津田鈑勤務を記載しなかつたが、右勤
務はわずか二週間という短期間であり、その業務も原告が被告会社入社にあたつて
希望した職種である経理事務ではなかつたのであるから、職歴が労働力評価にかか
わる問題であるとしても、原告の経理事務能力について何ら影響を及ぼさないわけ
であり、被告の入社試験担当者もとりたてて職歴を重要視していない発言をしてい
るし、原告が採用されたのは一般の従業員としてであること等の事情からみると、
原告の津田鈑の職歴は被告にとつて「重要な経歴」にあたらないことは明らかであ
る。
(2) 本籍について
 被告が詐つたという「本籍」は年令、学歴、職歴等と異なり使用者の労働者評価
にとつて全く意味がないものであるばかりでなく、前記のとおり現代の日本の状況
のなかにあつて被差別部落民および在日朝鮮人を企業から締め出す手段以外の何物
でもない。しかも被告は一貫して、原告が在日朝鮮人であることを理由に採用を取
消したものではない旨主張しているのであるから、原告が朝鮮人であることを知つ
ていても原告を採用しないという因果関係は認められないし、被告主張の真意が原
告の主張のごとく「原告が当初から在日朝鮮人であることを知つていれば採用しな
かつた。」というものであつたにせよ、そのような因果関係は全く不条理であり、
社会的相当性を欠くものである。原告が、本籍欄に出生地を記載して採用されたこ
とによつて被告会社には損害もしくは損害発生の具体的危険性は全く生じていな
い。
(三) また被告が、原告の本籍記載自体ないしそのような行為から窺うことので
きる不信義性を懲戒解雇の理由にしているとしても、前記のとおり被告が原告に対
して本籍地がないことの開示を期待することは不可能あるいは開示を要求すること
さえ許されないものであり、また採用決定後原告から積極的に在日朝鮮人であり戸
籍謄本が取れないことを申告しており、しかも原告が本籍を秘匿しなければならな
い動機、理由について検討しても、前記のとおり、日本社会、日本人、日本の企業
が非難すべき資格など存在しないことは明らかであり、いかなる観点からみても、
原告が本籍欄に出生地を記載したことが被告会社従業員としての適格性を否定する
客観的に合理的な理由とならない。
 したがつて、被告の懲戒解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効である。
六 原告の主張に対する認否
1 原告の主張第1項(一)の事実は否認する。
2 同第1項(二)の中、在日朝鮮人が「日本名」及び出生地を氏名及び本籍とし
て使用することは事実たる慣習となつていることは不知、その余は争う。
3 同第1項(三)は争う。
4 同第2項(一)については、右1乃至3に同じ。
5 同第2項(二)の事実のうち、被告会社の臨時員就業規則と所員就業規則にそ
の主張のような条項があることは認めるが、その余の事実は争う。
第三 証拠 (省略)
       理   由
一 (労働契約の成立) 原告、被告間の労働契約の成否について判断する。
1 被告が、肩書地に本社を設け、横浜市<以下略>所在ソフトウエア工場等を有
する株式会社であり、昭和四五年八月一九日付朝日新聞名古屋版朝刊の広告欄に、
被告会社ソフトウエア工場従業員募集の新聞広告を掲載したこと、原告がこれに応
募し、同月二三日被告会社名古屋営業所において、筆記、面接の採用試験を受験し
て合格したこと、被告は原告宛に同年九月二日付で採用通知書なる書面を発送した
ことは、いずれも当事者間に争いがない。
 また成立に争いのない甲第二号証の一乃至四、同第三号証の一乃至三、乙第一号
証の一、二、同第二号証の一、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認めら
れる甲第四号証、原告作成部分については成立に争いがなく、その余の部分につい
ては証人G、同Fの各証言によつて真正に成立したと認められる乙第二号証の二、
証人Fの証言によつて真正に成立したと認められる乙第六号証の一、同第七号証、
証人G、同Fの各証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告が前記採用通知
書を受けるまでの経緯は次のとおりであつたことが認められる。
(一) 原告は、昭和二六年(一九五一年)一一月二四日愛知県西尾市<以下略>
にて、父A(日本名B)、母C(日本名D)の間に生れ、その後西尾市立中畑小学
校、同平坂中学校を卒業後、昭和四五年三月愛知県立碧南高等学校を卒業し、右卒
業と同時に訴外株式会社津田鈑に入社したが、二週間ばかりで退職し、同年四月訴
外株式会社ヒカリ製作所(以下「ヒカリ製作所」という。)に入社した。
(二) ところが原告は、昭和四五年八月一九日付朝日新聞朝刊の前記従業員募集
広告欄を見て、被告が同会社ソフトウエア工場の従業員を募集していることを知
り、そのころ当時勤務していた前記ヒカリ製作所を退職したい意向であつたので、
右募集に応募することとし、同月二三日右広告で持参必要書類とされた履歴書、身
上書を持参して被告会社名古屋営業所において、他の三二、三名の応募者ととも
に、英語、数学の筆記試験及び面接試験を受験した。
(三) 同月三一日、被告会社は、右応募者中原告を含む七名の者を採用すること
とし、同年九月一日、原告に対し、原告提出の履歴書記載の現住所宛に「サイヨウ
ナイテイス九ツキ二〇ヒフニンヨテイイサイフミ」ソフトヒタチ」との電報を打つ
たが、宛先に該当者がいないという理由で原告に届かなかつた。
(四) そこで翌二日、被告会社は、前記受験当日原告に書かせた身上調書に記載
されている原告住所宛にあらためて前記採用通知書を郵送すると同時に、電文の赴
任予定日を訂正した「出社日時変更の件」と題する文書を発送したところ、これら
は同月四日原告のもとに到達した。
 なお、右採用通知書には次のような内容が記載されていた。
 「前略、過日は遠いところ御足労頂き有難うございました。
 さて、学科試験、面接試験等種々の選考の結果あなたをソフトウエア工場(空
白)として御採用申し上げることに決定致しましたので御通知致します。つきまし
ては赴任につき下記によりおこなわれますよう宜敷くお願い申し上げます。

1 赴任日時 九月二一日(月)午後二時
2 赴任場所 当工場勤労課(横須賀線戸塚駅西口下車徒歩三分)
3 出社日時 九月二二日(火)午前八時四〇分まで
4 出社場所 当工場勤労課
5 赴任携行品その他について
◎日常の身の廻り品(着替、ネマキ、日用品、洗面具、雨具、上履など)
◎(必須品)印鑑、戸籍謄本、卒業証明書、成績証明書、筆記具、転出証明書(転
出先は入寮先の住所にして下さい)、選挙人名簿登録証明書(二〇才以上の方の
み)
◎(職歴のある方のみ)厚生年金保険証、失業保険証、退職証明書(前勤務先のも
のです)
 (当日持参が無理なものがありましたら出社後で結構です)
◎当座の現金(約一ケ月間の生活費)
◎寝具(寮には予備の寝具はありませんので早目にお送り下さい)
◎荷物を送る際は次の宛名にし、必ず運賃領収書を受領の上持参下さい。(赴任日
より前日に必着するよう手配すること)
「横浜市<以下略>」(荷受人はあなた宛にしてください)
◎当社旅費規定により支給します。
6 当日赴任できない場合
 都合により当日赴任できなかつた揚合は、電報か速達で弊方へ御連絡下さい。後
日改めて弊方から御指示致します。以上」
(五) さらに同月四日、被告会社ソフトウエア工場総務部勤労課採用係Iは、入
寮に関する書類を原告宛に送付しなかつたものと誤解し、原告に対し、入社試験に
合格したので、入寮を希望するか否か確認する電話をしたところ、原告が入寮する
旨回答したので、同日付の「入職日変更の件」と題する文書を原告宛に送付した。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
2 しかして、以上の事実によると、被告が従業員募集の新聞広告を掲載したこと
は労働契約申込の誘引と解すべきであり、原告がこれに応募して被告会社の採用試
験を受験したことは原告から被告に対する労働契約締結の申込になるものというべ
きである。
 そして、前記認定の事実、とくに右採用通知書の記載によれば、「種々の選考の
結果あなたをソフトウエア工場(空白)として御採用申し上げることに決定致しま
した」として、寝具等の送付を手配させ、転出先を入寮先の住所にした転出証明書
等の持参を要求していること、被告会社においては、昭和四五年九月一日発信の電
文では「サイヨウナイテイ」としながら、右採用通知書においては「御採用申し上
げることに決定」として、「内定」と「決定」とを使い分けているとみられること
及び被告会社は、かなり厳格な筆記面接の従業員採用試験を行ないこの試験の過程
を通じて採否を決するに必要な資料を或程度蒐集し得ており、さらに本件採用が年
度途中のいわゆる中途採用であり、採用試験と就労日の間隔が約一ケ月位しかな
く、採用通知書発送から実際の就労日まで二〇日足らずの期間しか存しないなど、
被告が労働力を緊急に必要としていた事情が推認できること等を考慮すると、被告
から原告に対し前記採用通知書が発送されたことにより、被告の原告に対する労働
契約締結承諾の意思表示がなされたものと解するのが相当である。したがつて、原
告、被告間の労働契約は、承諾の通知を発した昭和四五年九月二日に成立したもの
というべきである。
3(一) 被告は、被告会社においては、採用試験合格者のうちその指示した日時
に必要書類を持参して出頭した者について、採用の要件を満していれば、その者と
の間に会社所定の労働契約書をとりかわし、ここにはじめて労働契約が成立する旨
主張する。
 証人J、同Fの各証言及びそれによつて真正に成立したと認められる乙第三号証
の一によれば、被告会社では、採用試験合格者中、指定日時に出頭した者から必要
書類の提出を受けて係員がこれを確認し、その後労働契約書に署名捺印する慣行の
あることが認められるが、一方前掲甲第二号証の一及び同第三号証の一によれば、
右必要書類中、採用試験合格者において当日持参できないものがあれば出社後提出
しても差しつかえないものとされていることが認められるのであるから、右必要書
類の提出は労働契約締結の不可欠の要件であるとはみなすことはできず、さらに労
働契約書の署名捺印も前記の採用通知書等の記載と対比すると、一種の確認行為に
過ぎないというべきである。
(二) 次に被告は、前記採用通知書を発送した段階で労働契約が成立したとする
と、この段階では賃金額が定まつているだけで、労働条件の詳細は一切合意に達し
ていない旨主張するけれども、成立に争いない甲第一号証、前掲甲第二号証の一お
よび弁論の全趣旨によると、採用通知書発送までに、労働条件のうち最も重要な賃
金額、職種、就業場所は既に決定していたものということができ、しかも、とくに
被告会社のような大企業と一労働者との間の労働契約は、特殊な例外の場合を除い
ては、いわば一種の付合契約であつて、その詳細な内容が個々の労働者との間で区
々に定められるものでないことは明らかであるから、その他の原告の労働条件の細
目についてまでの合意がないからといつて、前記のとおり採用通知書発送時をもつ
て労働契約が成立したとすることの妨げとなるものではない。
(三) さらに被告は、採用通知書受領者のうち約半数の者しか指定日時に出頭し
ないのであるから、右採用通知書発送時をもつて労働契約が成立したとするのは不
合理である旨主張する。証人J、同Fの各証言によれば、従来から行つていた臨時
員の募集の経験からすると、採用通知書受領者のうち約半数の者しか指定日時に出
頭していないこと、不出頭の者については結果的に出てきてもらえないということ
でそれきりにしている事実を認めることができるけれども、本件採用が中途採用で
あることや前記採用手続の一連の経過から考えると、不出頭の応募者については、
成立した労働契約に基づく権利を放棄したもの、あるいは義務を履行しなかつたと
しても、被告はこれが責任を不問にする取扱いにしているものとも解し得ないわけ
ではない。とくに本件の原告に関しては、原告本人尋問の結果によれば、当時稼働
していたヒカリ製作所を退職したい気持が強く、被告会社の採用試験に合格すれば
是非被告会社に就職したいと考えており、事実昭和四五年九月一五日限りで右ヒカ
リ製作所を退職していることが認められるのであるから、右被告主張のような事実
があるからといつて、前記採用通知書の発送が労働契約締結の承諾であると解する
ことに支障はない。
二 (臨時員) 次に、本件が所員としての労働契約か臨時員としての労働契約か
の点について判断する。
1 前掲乙第三号証の一、同第七号証、成立に争いのない乙第五号証の一、二、証
人J、同G、同Fの各証言及びそれによつて真正に成立したと認められる乙第四号
証によれば、被告会社には労働契約の相違により、所員としての従業員と臨時員と
しての従業員とが存在し、臨時員は
① 日々雇入れられる者
② 二ケ月以内の期間を定めて使用される者
③ 前二号のほか特定された期間又は特定の期限まで使用される者
で、通常は必要の都度新聞広告によつて公募し、学科、面接の採用試験に合格した
者について出社日時を定めて出頭させ、必要書類等を点検したうえで臨時員として
の労働契約書に署名捺印すること、所員と臨時員とは賃金体系等においても差異が
あり、所員は原則として学校新規卒業者を採用する関係から学校卒業年度を基準と
して賃金を定めるのに対し、臨時員は随時必要に応じて採用することからその者の
実年令を基準として賃金を定めることになつていること、本件採用業務は、被告会
社ソフトウエア工場に昭和四五年八月頃から同四六年三月頃までの期間に約二〇〇
名の臨時員(契約期間前記②)を採用する計画の一環として行なわれたこと等を認
めることができる。
2 ところで原告は、被告が本件募集ないし労働契約締結に際して臨時員として採
用する旨を明示していないから、原告は所員として採用されたと主張する。
(一) なるほど前掲甲第一号証、同第二号証の一によれば、被告会社の従業員募
集の新聞広告には「登用制度あり」とする以外、臨時員の募集であることは何ら明
示されておらず、また前記採用通知書には、所員と臨時員との区別を表示する文言
を挿入する予定であるとも解される部分が空白になつていて、他に臨時員であるこ
とを窺わせるに足りる記載が何らなされていないことを認めることができ、しか
も、右新聞広告の「登用制度あり」という文言が、それのみによつて直ちにいわゆ
る「臨時社員」の募集であることを明瞭に表現する言葉として、社会一般に通用し
ているとは断定し難いところがある。
(二) しかし、前記1項の認定事実によれば、被告会社の意図としては、原告ら
学校既卒業者を臨時員として採用しようとしたものであることは明らかであるとこ
ろ、証人G、同Fの各証言によれば、前記従業員採用試験の際、筆記試験の開始前
に被告会社担当者が本件採用試験が臨時員のそれであつて契約期間は二ケ月である
旨説明し、さらに面接試験中にも賃金等の説明に当つて面接試験担当者から原告に
対し同旨の説明がなされていることが認められ(この点に反する原告本人尋問の結
果は前掲各証言に照らし信用できない。)るのみならず、証人Jの証言及びそれに
よつて真正に成立したと認められる乙第六号証の二、三によれば、原告と同時に採
用試験を受験し被告会社に採用された六名の者が、いずれも臨時員として被告会社
に入社し、その後雇傭期間を更新されて従業していることを認めることができるか
ら、これら事実から考えれば原告は傭用期間二ケ月の臨時員として採用されたもの
というべきである。
三 (解雇無効)
1 昭和四五年九月一七日、被告が原告に対し、原告が本籍、氏名等を詐称したこ
とを理由にその採用(被告の主張によれば採用内定)を取消す旨伝えたことは当事
者間に争いがないが、それより以前の同月二日をもつて原告・被告間に労働契約が
成立していることは前説示のとおりである。前記一の1項に認定の事実に原告本人
尋問の結果および前掲乙第二号証の二を併せ考えると、原告が試験当日記載し被告
に提出した身上調書には、その末尾に「この調書に私が記載しました事項はすべて
真実であり、偽り、誤り、重要な事項の記入漏れがありません。もし、偽り、誤
り、重要な事項の記入漏れがありました場合は採用取消解雇の処置を受けても異議
を申し立てません。」旨明記されており、原告も右記載を承知で必要事項を記載し
署名捺印したことが認められるので、これによれば、原告が被告に提出する身上調
書等の書類に、労働力の評価基準であるべき諸般の事項につき被告企業に正当な認
識を与えるよう真実を記載することを約し、もし右に反し虚偽の記載をし、真実を
秘匿してこれを詐称したような場合は、後日これが判明したとき、被告においてこ
れを原因として原告との労働契約を解約しうる旨の合意があつたものと推認でき
る。そうすると、原・被告間の前記労働契約には右のような解約権が留保されてい
たもので、被告が前記採用(内定)取消の意思表示としているのは、右留保解約権
の行使としての意思表示を主張しているものと、解すべきである。
 よつて、以下留保解約権行使に基く本件解雇の効力について検討を加える。
(一) 昭和四五年八月二三日、原告が被告会社従業員採用試験を受験した際、履
歴書の本籍記入欄に「愛知県西尾市<以下略>」と記入し、履歴書、身上書、身上
調書の各氏名記入欄に「H」と記入して被告に提出したことは当事者間に争いがな
く、また前掲乙第一号証の一、二によれば、原告は右履歴書、身上書の現住所記入
欄に「愛知県名古屋市<以下略>」と記載し、右履歴書には職歴を何ら記載してい
ないことを認めることができる。
(二) ところで、原告が在日朝鮮人であることは当事者間に争いがないのである
から、原告には日本戸籍法にいう本籍が存しないことは明らかであり(成立に争い
ない甲第一〇号証によると、外国人登録証明書中「国籍の属する国における住所又
は居所」は慶尚北道達城郡<以下略>とされている。)、又原告の本名が「E」で
あることは本件訴訟上明らかである。さらに原告本人尋問の結果によれば、右採用
試験受験当時、原告の住所は「愛知県西加茂郡<以下略>」であつたことが認めら
れ、前記一の1の(一)項のとおり原告は昭和四五年三月から二週間ばかり、株式
会社津田鈑に勤務し、同四月からヒカリ製作所に勤務していたことが認められるの
であるから、原告は履歴書、身上書および身上調書に右「本名」を記載せず、履歴
書の「本籍」、履歴書と身上書の「現住所」に虚偽の記載をし、履歴書に右「職
歴」を記載しなかつたことが一応明らかである。
(三) しかして、被告会社が、右詐称等の事実を知つた経緯等は、前掲甲第二号
証の一、甲第三号証の一ないし三、乙第二号証の二、証人J、同G、同Kの各証
言、証人Fの証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、次のとおりであつたこと
を認めることができる。
(1) 被告会社面接試験担当官Gは、原告に面接した際、原告が前記のように記
載した履歴書、身上書および身上調書の本籍、氏名等について、その各記載の真偽
を問うたところ、原告はこれに対し右記載が真実である旨答えた。
(2) ただ、右の際、Gは、身上調書と身上書および履歴書の現住所の記載に齟
齬があることに気がつき、右の点を原告に質問したところ、原告は「現在ヒカリ製
作所に勤務しており、同社の寮に住んでいる。」旨を答えた。そこで、Gは、「履
歴書に右職歴を何故記載しなかつたのか。」と問い質したのに対し、原告が「新し
く入る企業にとつて職歴は良くないんではないかと思つて記載しなかつた。」旨答
えたので、さらにGは「職歴の有無が採否に影響することがない。」旨を答え、続
けて右ヒカリ製作所の規模、業務の内容、職場の構成、雰囲気等を質問し、原告の
回答を得た。
(3) その後、前記採用通知を受けた原告は、赴任の準備をしていたが、同年九
月一五日右通知書と他の郵送書類とで入寮先が異つていることを発見し、同日、被
告会社ソフトウエア工場に電話して、入寮先として「渡井寮」と「井上寮」との二
種の通知を受けているがいずれへ入寮すべきか確認したところ、応待に出た同工場
総務部勤労課採用係主任Fは「井上寮」へ入寮するよう指示した。その際原告は右
Fに対し「自分は在日韓国人であるから、戸籍謄本はとれない。」旨告げたとこ
ろ、これに対しFは即座に「採用通知は保留にしておいてほしい。あした連絡しま
す。」と答えた。
(4) 翌一六日、右Fは同工場総務部長Jに事態を報告したところ、結局被告会
社は原告の採用を取消すことに決定した。
(5) 翌一七日、被告会社から連絡がないので、原告が右Fに電話で先日の結果
を問い合わせたところ、右Fが「当社は一般外国人は雇わない。社内規定にも書い
てある。迷惑したのはお宅の方ではなく私の方です。あなたが本当のことを書いた
らこんなことにならなかつた。」と答え、原告が「どうしても入社できないか。」
と尋ねたのに対し、右Fが「今回は諦めて下さい。」と言つて、「採用を取消す」
旨伝えた。
(6) 同日被告会社は、右原告との電話の後、原告の高校時代の担任教師K教諭
に電話して、原告が在日朝鮮人であることを確認したうえ、右K教諭に、原告が被
告会社入社を断念するよう説得方を依頼した。
以上の事実を認めることができ、証人F、同Kの各証言のうち右認定に反する部分
は、前掲各証拠に対比してたやすく採用し得ず、他に右認定を覆えすに足りる証拠
はない。
(四) また一方、成立に争いない甲第七号証、同第八号証、同第九号証の一ない
し三、同第一〇号証、弁論の全趣旨により成立が認められる甲第一一号証、同第一
二号証、同第二〇号証、同第二一号証、証人L(第一、二回)、同M、同N、同
O、同P、同Q、同R、同S、同Tの各証言、原告本人尋問の結果および弁論の全
趣旨を総合すると、原告が履歴書、身上書および身上調書に前記のような虚偽の本
籍を記載し、本名を記載しなかつた動機ないしはその社会的背景には、次の事実が
あつたことが認められる。
(1) 原告は、前記一の1の(一)項のとおり、終戦(第二次世界大戦、以下も
同じ)前から、日本に居住する朝鮮人の両親の許に生れ、日本において育ち日本の
学校を卒業した在日朝鮮人であるが、現在、日本には在日朝鮮人が約六〇万人居住
し、その約七割が原告と同じような境遇にある。
(2) これら在日朝鮮人は、現在日本国籍を有しない外国人となつているが、こ
れらの人あるいはその両親は、その大部分が終戦前、とくに一九一〇年のいわゆる
日韓併合条約(韓国併合に関する条約)締結のころから多く来日し、引続き日本に
居住しているもので、その中にはなかば強制されて日本に連行されて来た人達もい
る。
 これらの人達は、右条約によつて日本国により日本国籍が与えられたが、日本の
国籍法上の日本国籍は有しないという特別な地位におかれ、法的にも内地人たる日
本人と差別されていた。また、一九三九年一二月の当時の日本国政府の「創氏改
名」の政策により、在日朝鮮人はすべて日本式氏名を名乗らせられ、また日本人と
同じ学校に入り、日本人に同化する教育を受けた。
 こうしたなかで、在日朝鮮人は、日本人の中に入つて生活していくこととなつた
が、少なくとも就職に関しては社会的地位の低い職種にしか就職できず、一般に極
めて低い労働条件のもとで働かされるという差別を受けていた。
(3) 終戦後の一九五一年九月八日日本国は連合国との間にいわゆるサン・フラ
ンシスコ平和条約を締結(一九五二年四月二八日発効)したが、右条約には朝鮮の
独立に関連する国籍の問題について何らの規定もなく、その後一九六五年六月二二
日に至り日本と韓国との間に「日本国と大韓民国間との基本関係に関する条約」が
締結され、さらに「日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日
本国と大韓民国との間の協定」がとりかわされたが、ここでも直接国籍の問題は触
れられず、ただ後者においては大韓民国国籍の保有を前提としての在日韓国人の永
住許可、法的待遇等の問題を定めていたことから、その後の行政解釈ないし裁判例
は前記協約、協定の解釈として、少なくとも韓国国籍を持つ在日朝鮮人は、前記平
和条約の発効する一九五二年四月二八日から日本国籍を喪失し、同時に公布施行さ
れた外国人登録法の適用を受けて法的に外国人としての扱いを受けるようになつ
た。
 そして、前記協定により日本国で永住することを許可されたが、戦後も現在に至
るまで、在日朝鮮人は、就職に関して日本人と差別され、大企業にほとんど就職す
ることができず、多くは零細企業や個人経営者の下に働き、その職種も肉体労働や
店員が主で、一般に労働条件も劣悪の場所で働くことを余儀なくされている。また
在日朝鮮人が朝鮮人であることを公示して大企業等に就職しようとしても受験の機
会さえ与えられない場合もあり、そのため在日朝鮮人のなかには、本名を使わず日
本名のみを使い、朝鮮人であることを秘匿して就職しているものも多い。右のよう
な現状は、在日朝鮮人の間では、広く知れわたつている事実であり、いわば常識化
していることである。そして、又、我国の一流と目される大企業の間においても、
特殊の例外を除き、在日朝鮮人であるというだけの理由で、これが採用を拒み続け
ているという事実も、公式に或は積極的な表現こそ避けてはいるものの、当然のこ
ととし常識化しているところである。
(4) 原告は、右の多くの在日朝鮮人と同じように、生れたときから、日本名
「H」を命名され、以後日本の小、中、高等学校でも終始、右日本名のみを使い、
同僚や教師からも同様に呼ばれており(卒業証書等における氏名も同様であ
る。)、本名の「E」は自ら使用した生活場面もなく、ただ外国人登録証明書や運
転免許証などのわずかの公文書のうえで見かけたに過ぎない縁遠い名前となつてい
た。
 また、原告は、親兄弟や周囲の同胞の体験を知つて行く中で、前記の在日朝鮮人
に対する就職差別の現実を知り、被告のような大企業に就職しようとする際、履歴
書の本籍欄に「本籍なし」とか「慶尚北道……」(外国人登録証明書中の国籍の属
する国における住所、又は居所)と記載することは、とりもなおさず原告が在日朝
鮮人であることを公示することとなり、そうなれば就職はおろか受験の機会すら奪
われる心配があると思うようになつた。
 そのため、原告は、履歴書、身上書および身上調書の氏名欄に通名となつている
「H」を記載し、履歴書の本籍欄には自己の出生地(両親の現住所と同じ)を記載
して、被告に提出した。
 なお、原告は、学校の成績も良く、簿記一級、珠算三級の資格を有していたの
で、採用された後被告に朝鮮人であることが判明されたとしても、真面目に働いて
さえいれば、解雇されることはないものと予測していた。
(五) ところで、一般には留保解約権に基く解雇は、通常の解雇の場合よりも広
い範囲における解雇事由が認められるのであるけれども、留保解約権の行使は解雇
権留保の趣旨、目的に照らして、客観的合理的で社会通念上相当の場合にのみ許さ
れるものといわなければならない。そして、本件では前記のとおり、身上調書等の
書類に虚偽の事実を記載し或は真実を秘匿した場合における解約権留保が定められ
ているのであるが、被告会社の臨時員就業規則には、後記2記載のとおり、同趣旨
の労働者に経歴詐称等の不都合の行為があつたときは懲戒解雇の一事由とされてい
るのであるから、右の解約権留保の特約は懲戒事由と同一或は類似の要件をもつて
解約権行使の原因としたものと解することができる。したがつて、本件における解
約権留保の趣旨、目的及びその解約権行使の要件は、単に形式上「身上調書等の書
類に虚偽の事実を記載し或は真実を秘匿した」事実があるだけでなく、その結果労
働力の資質、能力を客観的合理的にみて誤認し、企業の秩序維持に支障をきたすお
それがあるものとされたとき、又は企業の運営にあたり円滑な人間関係、相互信頼
関係を維持できる性格を欠いていて企業内に留めておくことができないほどの不信
義性が認められる場合に、解約権を行使できるものと解すべきである。そして、右
の不信義性は、詐称した事項、態様、程度、方法、詐称していたことが判明するに
至つた経緯等を総合的に判断して、その程度を定めるべきものと解する。
 右の見地から本件を見るに、原告の労働力の資質、能力の誤認については問題が
ないというべきであるから、その不信義性について検討する。
(1) 前記によれば、原告は、原告の本籍、氏名、現住所、職歴等について、一
応真実でない記載をした履歴書等を被告会社に提出し、被告会社面接担当者に対し
本籍及び氏名について、右記載を真実である旨真実とは異なつた回答をしたものと
いうべきであり、その結果、被告会社は右本籍、氏名について原告の申告が真実で
ないことに気づかず、真実であると信じて、原告との間に労働契約を締結すること
にしたものであることを認めることができる。
(2) しかし、原告が履歴書、身上書に真実の現住所及び職歴を記載しなかつた
点について考えると、右は、その後原告自らが進んで前記「身上調書」に真実を記
載してそのうえで採用面接試験を受験しており、しかも被告会社においてもこれを
了解したうえで原告の採用を決定しているばかりでなく、真実の現住所(「ヒカり
製作所三好寮内」)を記載しなかつたのは、真実の職歴を記載しなかつたことに由
来すると推認されるのであるから、右現住所及び職歴の問題は、結局真実の職歴を
記載しなかつたことの一事に尽きることになる。ところで、原告が前記ヒカリ製作
所に勤務していた期間は五ケ月有余、その前の株式会社津田鈑に勤務した期間は約
二週間と比較的短期間であり、その職種も前者のときは経理要員、後者のときはプ
レス工であつて、いずれも被告会社において勤務を予定されているソフトウエア要
員とは職種が異なるばかりでなく、前記採用面接試験担当者が前職歴は採否に影響
しないと説明しているように、被告会社自身原告の前職歴をさして重要視していな
いこと等を考え合せると、原告が履歴書等に真実の現住所及び職歴を記載しなかつ
たことは、本件原告に対する解約権行使の事由としては重要性に乏しいものとせざ
るを得ない。
(3) 次に、原告が履歴書等に本名、本籍について真実の記載をせず、採用試験
受験に当つて真実を申告しなかつた点について検討すると、前記1の(四)項のと
おり、在日朝鮮人である原告にとつて日本名「H」は、出生以来ごく日常的に用い
て来た通用名であり、これを「偽名」とすることはできないばかりでなく、原告が
氏名に本名「E」を使用し、本籍につき真実を申告することはとりもなおさず原告
が在日朝鮮人であることを公示することになるのであるから、原告が被告会社に就
職したい一心から、自己が在日朝鮮人であることを秘匿して、日本人らしく見せる
ために氏名に通用名を記載し、本籍に出生地を記載して申告したとしても、前記の
ように、原告を含む在日朝鮮人が置かれていた状況の歴史的社会的背景、特に、我
が国の大企業が特殊の例外を除き、在日朝鮮人を朝鮮人であるというだけの理由
で、これが採用を拒みつづけているという現実や、原告の生活環境等から考慮する
と、原告が右詐称等に至つた動機には極めて同情すべき点が多い。
 一般に、私企業者には契約締結の自由があるから、立法、行政による措置や民法
九〇条の解釈による制約がない限り労働者の国籍によつてその採用を拒否すること
も、必ずしも違法とはいえないのである。しかし、被告は表面上、又本件訴訟にお
ける主張としても、原告が在日朝鮮人であることを採用拒否の理由としていない
(しかし、被告の真意は後記認定のとおりである。)ほどであるから、原告が前記
のように「氏名」、「本籍」を詐称したとしても(その結果、被告会社は原告が在
日朝鮮人であることを知ることができなかつたとしても)、これをもつて被告会社
の企業内に留めておくことができないほどの不信義性があり、とすることはできな
いものといわなければならない。
(4) 以上によつて、原告に、被告の臨時員(ソフトウエア要員)として引続き
留めておくことができないほどの不信義性がないこと明らかとなつたのであるか
ら、前記留保解約権の行使は許されないというべきである。
2 次に懲戒解雇の効力について検討するに、前掲乙第四号証によれば、被告会社
の臨時員就業規則には七二条の二四号に「経歴を詐り又は詐術を用いて雇い入れら
れたとき」、二七号に「その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があつたとき」
は懲戒解雇事由になりうるものと定められていることが認められる。
 しかしながら、前述のとおり、留保解約権に基く解雇は通常の解雇の場合よりも
広い範囲における解雇事由が認められているのである。加うるに、留保解約権に基
く解雇が許されないこと叙上の理由のとおりであるから、通常の解雇も懲戒解雇も
許されないこと、これ又自明のことと言うべきである。よつて、被告のこの点に関
する主張も採用の限りでない。
3 被告は、原告が被告会社に応募した際、本籍等について虚偽の申告をなしたた
め、採用に当り会社が必要とする戸籍謄本等の書類を提出することができず、採用
の要件を充足することが不可能であることが判明したので、原告の採用内定を取消
した旨主張するが、戸籍謄本等の提出は、労働基準法等の定める人事管理上の必要
から要請されることがあるは格別、前記に説示のとおり労働契約締結の要件とはい
い難いことは明らかであるから、右主張はその前提において失当というべきであ
る。
4 そこでさらに進んで、被告会社がいかなる理由で原告を解雇するに至つたかと
いう点について考察するに、右のとおり被告が原告を解雇するほどの客観的に合理
的な理由が乏しいばかりでなく、右解雇に至る事情、とくに前記のとおり、昭和四
五年九月一五日以降同月一七日までの間の原告と被告会社との電話による交渉の経
緯、すなわち、原告が在日朝鮮人であることを告げるや直ちに被告は採用を留保し
ておいてほしい旨述べたこと、その後会社側から連絡する旨約束しておきながら被
告は同月一七日原告から問い合せがあるまで回答せず、右回答の内容も一般外国人
は雇わない旨告げて原告の採用を取消する旨話していること、さらに右採用取消を
するについても、できうればこれを救済して採用の取消を避けるよう配慮した形跡
が見受けられないこと、及び同日被告会社は、原告に対し採用しないことにした旨
告知した後に、原告の高校時代の担任教師に連絡をとつて原告が在日朝鮮人である
ことを確め、被告会社の入社を断念するよう説得方を依頼している等の事情を併せ
考えると、被告が原告に対し採用取消の名のもとに解雇をし、あるいはその後格別
の事情もないのに本訴において懲戒解雇をした真の決定的理由は、原告が在日朝鮮
人であること、すなわち原告の「国籍」にあつたものと推認せざるを得ない。
5 そうであるとすれば、被告の原告に対する前記留保解約権による解雇及び懲戒
解雇の意思表示がいずれも許されないこと前述のとおりであるし、そのうえ、労働
基準法三条に牴触し、公序に反するから、民法九〇条によりその効力を生ずるに由
ないものというべきである。
四 (賃金等)
 以上のとおり、昭和四五年九月二日に原告と被告との間の臨時社員としての労働
契約が成立し、原告は被告会社の臨時社員としての従業員たる地位を取得したもの
というべきである。
 そして、原告が遅くとも同年一〇月一日以降被告に対し労務の提供を申出ている
ことは弁論の全趣旨から明らかであり、被告が原告を従業員でないとしてその就労
を拒否していることは当事者間に争いがないから、原告が右従業員たる地位にある
ことの確認を求める利益がある。
 また、原告は被告に対し、少なくとも同日以降の賃金債権を有するところ(証人
Gの証言と弁論の全趣旨とによると、前述の二ヶ月の雇傭期間は特段の事由がない
限り更新されることが認められる。)、その額については、前掲乙第七号証、同証
人の証言および弁論の全趣旨によれば、
 昭和四五年一〇月以降同四六年三月まで月額金二万八、七三六円の割合で計金一
七万二、四一六円、
 昭和四六年四月以降同四七年三月まで月額金三万〇、〇八三円の割合で 計金三
六万〇、九九六円
 昭和四七年四月以降同四八年三月まで月額金三万〇、九八一円の割合で 計金三
七万一、七七二円
 昭和四八年四月以降同四九年一月まで月額金三万二、一〇四円の割合で 計金三
二万一、〇四〇円
右合計金一二二万六、二二四円であり、同年二月以降も少なくとも月額金三万二、
一〇四円であることが認められ、その支払時期については、弁論の全趣旨によれ
ば、毎月二五日限り支払われていることを認めることができる。
五 (慰謝料)
 次に、原告の慰謝料請求について考えるに、原告と被告間の労働契約が成立し、
原告が前職場を退職した直後に、被告は、合理的な顧雇理由がないのにかかわら
ず、原告が在日朝鮮人であることを理由にこれを解雇したのであるから、前述のと
おり、労働基準法三条、民法九〇条に反する不法行為となることは明らかである。
 また、被告は、本件臨時員の募集採用にあたつて、合理的理由のない民族的偏見
から在日朝鮮人を差別して、これを採用しない方針を定めておきながら、表面上外
部に対しては、原告の解雇はもつぱら本籍氏名を詐称した形式的理由によるものと
巧妙にいつわつているのであるから、原告は自己の正当な権利を被告に主張するに
は訴訟を提起する方法によらざるを得ないところである。
 そして、原告が本件訴訟を提起し維持してきたことについて相当の経済的負担と
精神的苦痛を重ねてきていることは推察するに余りがある。
 また、原告本人尋問の結果によると、原告はこれまで日本人の名前をもち日本人
らしく装い、有能に真面目に働いていれば、被告に採用されたのち在日朝鮮人であ
ることが判明しても解雇されることはない程度に甘い予測をしていたところ、被告
の原告に対する本件解雇によつて、在日朝鮮人に対する民族的偏見が予想外に厳し
いことを今更のように思い知らされ、そして、在日朝鮮人に対する就職差別、これ
に伴う経済的貧困、在日朝鮮人の生活苦を原因とする日本人の蔑視感覚は、在日朝
鮮人の多数の者から真面目に生活する希望を奪い去り、時には人格の破壊にまで導
いている現状にあつて、在日朝鮮人が人間性を回復するためには、朝鮮人の名前を
もち、朝鮮人らしく振舞い、朝鮮の歴史を尊び、朝鮮民族としての誇りをもつて生
きて行くほかにみちがないことを悟つた旨その心境を表明していることが認められ
るから民族的差別による原告の精神的苦痛に対しては、同情に余りあるものといわ
れなければならない。
 したがつて、本訴において原告の地位確認および賃金請求が認容され労働契約成
立時以降の賃金相当額の支払を受けたとしても、なおその苦痛を償いきれるとは認
められない。そこで、本件解雇に至つた前述の経緯等諸般の事情を斟酌するとき、
その精神的損害を償うには、被告は原告に対し、原告の主張するとおり、少なくと
も金五〇万円を慰謝料として支払うのが相当である。したがつて、被告は原告に対
し、右金五〇万円及びこれに対する不法行為発生後であることが明らかな昭和四五
年一二月一七日以降支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を
支払う義務がある。
六 (むすび)
 以上のとおり、原告の本訴請求は、被告の従業員としての地位を有することの確
認を求める点、前記四項の限度で賃金の支払を求める点及び慰謝料の支払を求める
点のいずれについても理由がある。但し、右賃金請求のうち前記四項の認定額を超
える部分(所員として賃金額)は理由がなく、また一部将来の賃金額の給付を求め
ているが、本判決が確定して原告が被告の従業員たる地位が定まれば、その時にお
いて、被告の任意の履行を十分期待できるしその可能性もあるのであるから、本件
判決確定の日の翌日以後の分についてまで、現在において将来給付の請求を求める
必要性がないと解するのが相当である。したがつて、賃金支払請求は、前記四項に
認定の賃金額の限度で、かつ判決確定時までの分について認容して、右同日までそ
の余の部分を棄却し、判決確定の日の翌日以後の分については訴の利益がないから
却下する。
 よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条但書、八九条、仮執行の宣言に
つき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石藤太郎 佐藤歳二 山野井勇作)

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