弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中上告人に関する部分を破棄する。
     右部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人大川一夫、同松本健男、同丹羽雅雄、同養父知美の上告理由について
 一 原審の確定した事実関係は、次のとおりである。
 1 Dは、平成二年一一月一六日午後八時三〇分ころ、大阪府松原市ab丁目c
番d号所在のE方南側を東西に通ずる本件の農業用用水路に接する松原市道を自転
車に乗って東進中、本件用水路のE宅前の無蓋側溝部分に自転車もろとも転落し、
その結果、頭部打撲による脳挫傷により死亡した。
 2 上告人は、亡Dの妻であり、被上告人は、本件市道の設置者であり、生活用
水の排水路としての本件用水路の管理者である。
 3 本件事故現場付近は、田園地帯の中にマンションや一戸建住宅が建つ住宅地
であるが、松原市は、その市城がもともと水田地帯であって、市内ほぼ全域にわた
り農業用用水路が通っており、平成三年一月当時、道路と農業用用水路とが接して
いる箇所は二三八箇所、そのうち交差点付近で道路と農業用用水路が接している箇
所は一〇二箇所あった。
 4 本件事故現場付近には、本件市道と北側に延びる道路(以下「南北道路」と
いう。)とが丁字型に接する交差点があり、南北道路東側沿いの水路(幅約一・二
メートル)と本件市道北側沿いの本件用水路(幅約一メートル)も同じく丁字型に
交わっている。南北道路と本件市道は、いずれもアスファルト舗装の平坦な道路で、
南北道路の本件交差点北側における幅員は約四メートル、本件市道の本件交差点東
側における幅員(北側〇・一五メートル、南側〇・二五メートルの路肩を除く。)
は約二・三メートルであり、いずれも主に近隣の住民が利用している道路で、交通
量はさほど多くない。本件無蓋部分は、本件交差点の東側にあり(本件交差点の南
北道路の東端から本件無蓋部分の西端までの距離は、約二・五メートルである。)、
本件市道に接する南側の長さが約一・六メートル、北側の長さが約一・九メートル、
その間の幅が約一メートルの台形上に開口しているコンクリート製の本件用水路の
一部で、深さは約〇・九メートルある。本件事故当時、本件無蓋部分とこれに接す
る本件市道との間には、段差、ガードレール、フェンス等の転落防止施設はなく、
本件事故現場には街灯等の照明設備もなかった。なお、本件用水路の水深は、ため
池からの放水時や降雨による増水のときを除けばせいぜい数センチメートル程度で
あり、本件事故現場付近の本件無蓋部分以外の本件用水路は、鉄板やコンクリート
で覆われた暗渠になっていた。
 5 亡Dは、毎日の日課として朝と夜の二回飼い犬の散歩をさせており、散歩の
コースは、自宅からその南方にある本件市道に出て、これを西進して本件事故現場
の横を通り、本件交差点を北に曲がり、その北西にある児童公園付近で飼い犬を遊
ばせた後、更に北方にある府道まで出て、これを東進した上南に曲がって自宅に戻
るという全行程約三〇分程度のほぼ決まったものであったが、右と逆の順序で散歩
させることもあった。亡Dは、平成二年一一月一六日夜、勤務先から帰宅した直後
にいつものように自転車に乗って飼い犬の散歩に出掛け、その途中、飼い犬を放し
たまま自転車に乗って本件市道を東進中、午後八時三〇分ころ、何らかの原因で誤
って本件無蓋部分に転落し、翌日午前六時三〇分ころ、本件無蓋部分でその死体が
発見された。本件事故発生のころ、亡Dが何者かと争ったり、交通事故に遭った形
跡はなかった。
 二 原審は、右の事実関係の下において、次のとおり判示し、本件市道及び本件
用水路の設置又は管理に瑕疵があったとはいい難いとして、上告人の被上告人に対
する国家賠償法二条一項に基づく損害賠償請求を棄却した第一審判決を正当とし、
上告人の控訴を棄却した。
 1 本件事故現場付近は、夜間自転車で走行する場合には前照灯をつける等通常
期待される注意をして正常に走行している限り、本件無蓋部分から本件用水路に転
落する危険性は少ない所であり、客観的にみて転落事故発生の危険性の高い所であ
るともいえない。
 2 本件無蓋部分からの転落事故が発生すると、死亡等の重大な事故に至る可能
性が高い所であるともいえず、本件事故以前にも何件か本件無蓋部分からの転落事
故があったが、死亡等の重大な事故になったとは認められない。
 3 したがって、本件無蓋部分を無蓋のままにしておき、転落防止施設を設けて
いなかったことをもって、本件市道及び本件用水路の設置、管理上の瑕疵があった
というのは相当ではない。
 4 本件事故現場付近の状況や本件事故以前の転落事故の発生について、被上告
人がこれを知っていたとか、当然知るべきであったとも認められないことを参酌す
ると、本件事故以前に事故が発生していた事実によっても、前記判断は左右されな
いし、本件事故現場付近に街灯等の照明設備がなかったことも、本件事故現場付近
の状況からみると、そのことが夜間における本件のような転落事故発生の危険性を
著しく高めているとはいえず、本件事故も、本件事故現場付近が暗かったため発生
したと断定することはできない。
 三 しかしながら、原審の右認定判断は首肯することができない。その理由は、
次のとおりである。
 1 原判決末尾添付の概略図(二)によれば、本件交差点の東北角付近には、南北
道路沿いの用水路の上を覆う鉄板が敷設されており、自転車で南北道路を北方向か
ら進行し、本件交差点を左折して本件市道に入る際、本件交差点を左折するまで左
角にあるE宅に遮られ、本件無蓋部分は運転者の視界に入りにくいために、右鉄板
上を通過して左折すれば、本件無蓋部分に進入する可能性があったことがうかがわ
れる。のみならず、本件現場付近には夜間照明設備がなかったから、本件無蓋部分
で転落事故が発生する危険性が高くないとはいえない。また、本件用水路の底や側
壁、蓋部分はコンクリート製で、深さは約〇・九メートルあり、自転車で走行中運
転者が本件無蓋部分で転落すると、勢いがついた状態で堅いコンクリート製の底に
落下し、又は側壁に衝突することになるから、運転者が軽傷にとどまらない傷害を
負う危険性は少なかったともいえない。まして、本件事故以前にも何件か本件無蓋
部分で転落事故があったというのであるから、その事実は、本件無蓋部分で転落事
故が発生する蓋然性がある程度存在することを推認させる事情であり、また、本件
事故により亡Dが現実に死亡していることからみても、右各事故による被害の程度
によっては、本件無蓋部分で自転車の転落事故が発生すると運転者が死傷するよう
な重大な事故に至る危険性があることを推認させる事情ともなり得るというべきで
ある。
 右のとおり、本件無蓋部分で転落事故が発生する蓋然性はある程度推認すること
ができ、また、これにより転落者が死傷する等の重大な被害が生ずる危険性がなか
ったとはいえないから、亡Dに過失があったか否かは別として、本件無蓋部分は、
なお本件市道が通常有すべき安全性を欠くものであるとみる余地があり、他に特段
の事情がない限り、本件市道の設置又は管理に瑕疵が存することは否定し難い。し
かも、記録によれば、原審は、本件事故以前に本件無蓋部分で転落し、負傷した者
であることがうかがわれるFの証人尋問を採用しなかったが、同人の証言内容いか
んによっては、本件無蓋部分で転落する蓋然性の有無、程度、転落した場合重大な
被害が生ずる危険性の有無の認定に影響を及ぼす可能性もあったというべきである。
 2 したがって、本件事故現場の状況や本件無蓋部分の構造、本件事故が死亡事
故であること、本件事故以前にも本件無蓋部分で何件かの転落事故があったこと等
を認定しながら、本件事故以前に発生した転落事故の態様、被害の内容等について
何ら審理、認定することなく、本件無蓋部分で転落事故が発生する危険性が高いと
はいえず、転落事故が死亡等の重大な事故に至る可能性が高いともいえないとした
原審の認定判断には、国家賠償法二条一項の解釈適用の誤り、ひいては審理不尽、
理由不備の違法があるというべきであり、右違法は、原判決の結論に影響を及ぼす
ことが明らかである。論旨は右の趣旨をいうものとして理由があり、原判決中、上
告人に関する部分は、破棄を免れない。そして、本件については、右の営造物の暇
疵の有無の認定を基礎付ける事情等について更に審理を尽くさせるため、原審に差
し戻すこととする。
 よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判
決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    可   部   恒   雄
            裁判官    大   野   正   男
            裁判官    千   種   秀   夫
            裁判官    尾   崎   行   信

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