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裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被上告人の訴を却下する。
     訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
         理    由
 上告指定代理人Dの上告理由第一点及び第二点について。
 論旨は要するに、本件裁決は海難の原因を明らかにした裁決であつて行政処分た
る性質を有するものではないから、その取消を求める本訴は不適法である旨を主張
するに帰する。
 本件は海難審判法五三条によつて出訴されたものである。同条は高等海難審判庁
の裁決に対する訴につき、その管轄裁判所及び訴期間を定めているけれども、高等
海難審判庁の如何なる裁決に対して訴を提起することができるかについては、何等
の規定をも設けていない。それ故如何なる裁決について出訴できるかの問題は、行
政訴訟の一般原則に従つて解決されなければならない。この点においては、右五三
条による訴訟も行政事件訴訟特例法における原則の例外をなすものではない。(海
難審判法施行の日が行政事件訴訟特例法のそれより前であるということは、この理
にかかわりない。)ところで右特例法が広く行政庁の違法処分に対し取消変更を求
める訴を規定しているのは、行政庁の処分が国民の権利義務に直接に関係し、違法
な処分が国民の法律上の利益を侵すことがあるからであり、従つて行政庁の行為で
あつても、性質上かような効力をもたない行為は、右特例法にいわゆる行政庁の処
分にあたらないと解すべきである。同様に、海難審判庁の裁決であつても、上述の
効力をもたない裁決は、右にいう行政処分にあたらず、その取消を求める訴を提起
することはできないものといわなければならない。
 海難審判法四条によれば、海難審判庁の裁判には、海技従事者または水先人を懲
戒する裁決、海難に関係のある者に勧告する裁決、海難の原因を明らかにする裁決
があるが、これ等の中懲戒裁決は受審人の権利関係を形成する裁決であつて行政処
分に該当することは疑がないけれども、その他の裁決が右特例法にいう行政処分に
あたるかどうかは、これ等の裁決が上述のように国民の権利義務に直接に関係する
効力を有するかどうかによつて判断されなければならないわけである。本件裁決の
主文が、本件衝突は、被上告人の業務上の過失によつて発生したということを示す
趣旨のものであることは、原判決の判示するとおりである。すなわちこの裁決は、
上述の海難の原因を明らかにする裁決であつて、被上告人に何等かの義務を課しも
しくはその権利行使を妨げるものでないことは、法律の規定及び裁決自体によつて
明らかであり、被上告人の過失を確定する効力もないことは後述するとおりである。
そうだとすれば、本件裁決は被上告人の権利義務に直接関係のない裁決であつて、
これを行政処分と解することはできず、被上告人から出訴することは許されないも
のとしなければならない。原判決が本訴を適法とした理由の一は、海難に関する権
威者からなる審判官によつて訴訟手続に類する慎重な手続のもとに下された本件裁
決は、本件海難に関係のある損害賠償請求の訴訟事件等において、事実上尊重され
るという点にある。しかし裁決の既判力等が他の訴訟事件に及ばないことは原判決
も認めているのであつて、本件裁決が他の訴訟において重要な意味を持つといつて
も、一の証拠資料になるということだけのことであり、反証をあげて裁決の内容を
争うことは少しも支障はなく、また裁判所も裁決と違つた事実認定をすることを少
しも妨げられないのである。換言すれば、本件裁決は被上告人の過失について確定
する効力を持たないのである。ことに本件裁決のように被上告人が審判手続に加わ
つていない場合には、被上告人を当事者とする他の訴訟事件の証拠としてもその価
値はそれだけ低いものともいえるのである。一般に行政処分は、処分が法律上当然
に無効でない以上、行政庁の職権によりまたは争訟手続により取り消されない限り、
かりに違法であつても有効とされ、他の訴訟においてもその違法を主張できなくな
る効力を持つ。しかるに海難原因を明らかにする裁決は、裁決によつて確定される
べき権利関係はなく、裁決に対し訴訟を提起しなくても、他の訴訟で裁決内容を争
えなくなるものではないから、このことによつても、本件裁決が特例法にいう行政
庁の処分にあたらないことは明らかである。原判決は、なお、その理由として、裁
決を海難審判庁自ら撤回できないことを挙げているけれども、このことによつて裁
決の実質的な効力が左右されるものではない。また、原判決は、被上告人の過失が
裁決主文に記載されている事実をもあげているのであるが、裁決が事実上尊重され
るということであれば、主文中に記載されていようと理由中に記載されていようと
かわりはないはずである。海難審判法四六条が理事官及び受審人にのみ二審請求を
許し、同法五三条四項が地方海難審判庁の裁決に対して裁判所に訴の提起を許さず、
その結果地方海難審判庁が本件裁決のような裁決をした場合に、訴訟につながる途
がないことも、以上の趣旨によつて理解し得ることである。もとより立法論として
は、上述のように海難審判庁の審理手続が訴訟類似の手続をとり、その途の権威者
によつて裁決されるものである以上、その裁決に対して何等かの確定力または裁判
所に対する拘束力を与え、同時に受審人、理事官以外の者に二審請求をゆるすこと
も、あるいは望ましいといえるかも知れないが、それは立法政策の問題であつて、
現行法の解釈としては、原判決のような解釈をとることはできない。論旨は理由が
あるものといわなければならない。
 同第三点について。
 論旨は、原判決が、本件裁決は被上告人に弁解の機会を与えず、被上告人に過失
あることを主文の中に記載した点において、不告不理の原則に反する、と判示した
ことを非難する。
 この点に関する原判示は首肯することができる点もあり、上告人が本件裁決をす
るに際し、審理手続にも加わらず弁明の機会も与えられなかつた被上告人の過失を
裁決主文で認めたことは妥当でないともいうことができる。しかし、本件裁決が前
述のような理由によつて行政処分たる効力をもたない以上、このことから逆に本件
裁決を行政処分と解することはできず、本件裁決を行政処分と解してその取消を求
める訴がゆるされない以上、このことによつて本件裁決を違法として取り消すべき
理由にはならないのである。
 以上説明のように本件上告は理由があるから原判決は破棄を免れず、そして本訴
を不適法とすべきことも右説明のとおりであるから、民訴四〇八条、九五条、八九
条に従い主文のとおり判決する。
 この判決は裁判官小谷勝重、同垂水克己、同下飯坂潤夫の補足意見及び裁判官藤
田八郎、同河村大助の少数意見があるほか裁判官全員一致の意見によるものである。
 裁判官小谷勝重の補足意見は次のとおりである。
 被上告人に対する本件高等海難審判庁の裁決主文は、ただ海難審法四条一項に則
る海難原因たる事実を明らかにしただけであつて、何ら之がため被上告人に対し法
律的拘束力を持つものではなく、従つて行政事件訴訟特例法上の行政処分に当らい
ことは多数意見判示のとおりであるが、私は、多数意見の結論たる本件被上告人の
本訴を不適法として却下すべき理由として、更に次の理由を附加したい。
 海難審判法五三条は、如何なる人が如何なる事由によつて本条の訴を提起し得る
やについては規定の明確性を欠いてはおるけれども、高等海難審判庁に第二審の審
判を請求し得るものは理事官の外は「受審人」でなければ之をすることができない
こととなつており(法四六条一項)、被上告人は右受審人でないことは明らかであ
るから、第一、二審の審判手続の当事者(受審人)でなかつた被上告人は、他に特
別の規定の設けがない限り海難審判手続を飛び越えて法五三条の訴提起の原告とな
ることは、海難審判法の予定せざるところであることは凡そ疑問の余地のないとこ
ろと考える。従つて被上告人は、本訴原告たるの適格を有しないものと解せざるを
得ない。更に之を理論上から考えても、海難審判の目的は海難の原因を明らかにし
以て海難の発生の防止に寄与するにあることは法一条の明規するところであり、そ
してその裁決は、海技従事者又は水先人に対する懲戒裁決に関するものの外は、海
難原因たる事実上の結論か又は勧告に止まるものであつて、之に何らの法律的拘束
力を与えているものでないことも同法四条一項三項、四三条、六三条の各規定から
明確に窺えるところである。してみれば、例えば民事訴訟法二二五条、地方自治法
七四条の二第八項の如き、事実の確定だけを目的とする訴の許されるような特別な
規定がない限り、法律上の権利関係の確定を目的とせず何の法的拘束力をも与えて
いない海難審判裁決に対し、しかも審判手続の当事者でない者に訴の提起を許容す
るの必要なしとの見地に立つて立法された制度たることを窺うに足るのである、尤
も原判決もいうとおり、海難審判裁決は権威ある構成による裁決であり、従つてそ
の裁決により被上告人は事実上不利益な一応の推認を受けることは否むことはでき
ないけれども、それはどこまでも事実問題であつて法律問題ではなく、従つて之が
ため法律的拘束力は絶対に之を受有しないのである。それ故被上告人はあらゆる法
律上の手続、最終的には通常の訴訟手続をもつて右裁決と異なる主張立証を尽し得
るものであることは明確である。之を例えば民事訴訟において原告甲が被告乙に対
し債務の履行訴求を求めた場合、裁判所が債務者は被告でなく第三者丙(判り易い
例でいえば、被告乙の子である丙)であるとの理由をもつて、原告の請求を棄却し
た判決(主文)の場合を考えれば本件裁決は之と類似するものであつて、右訴訟に
おける判決の拘束力は毫も第三者丙に対し効力なく、従つて丙は後日甲より右債務
履行の訴を提起されても、丙はすべての主張立証を尽して之を争い得るのと同様で
ある。
 次に、本件審判裁決の「主文」は法四条一項にいわゆる「結論」に該当するだけ
のものであつて、訴訟手続における判決の主文とは全然その効力を異にするもので
あることはいうまでもない。そして「結論」といえば法四二条、四三条の「理由」
の部よりも「主文」の部に表示するのが相当であるというに止まり、表示された部
位の如何によつてその効力を異にするものではない。
 以上の如くであつて、本件裁決の主文がそのまま法律上の拘束力を附与される制
度であるならば、それは憲法七六条二項後段及び三二条各違憲無効の法律または裁
決(即ちこの場合の裁決は憲法八一条の「処分」に当るであろう)たるの疑いは十
分存するけれども、上来説明の如くそうではないのであるから、少数意見には賛同
することを得ない。
 附言したい。現行海難審判法及び同法施行規則には、不備な点や不精確な点が相
当あるように私考する。就中民事訴訟法第一編二章三節「訴訟参加」の如き制度を
設けられるべきではないかと考えられる。けだし審判手続に全然関与せしめず、従
つて意見弁解主張立証の機会を与えざる被上告人に対し過失(或は故意)を認定す
ることは、たとえそれが法律的拘束力を持たないといつても、事実上多大の不利益
を受けることは必然であり、そして海難審判裁決が訴訟手続類似の制を採用してお
ることに鑑みればまことに片言訟を断ずるのそしりを免かれないというべきであろ
う。
 裁判官垂水克己の補足意見は次のとおりである。
 (1) 海難審判庁の裁決の主文の二種(イ)海難審判法(以下法という)五条
の懲戒裁決は某に対して「免許を取り消す。」「業務を停止する。」「戒告する。」
という主文であり、(ロ)六条の裁決は「懲戒を免除する。」(ハ)四条三項の勧
告裁決は「是々の措置をするよう(或はしないよう)勧告する。」というものであ
る。
 そして、(イ)の業務停止の裁決があつたときは理事官は海技免状又は水先免状
を取り上げる(六〇条、六一条)。(ハ)の勧告裁決があつたときは執行として理
事官は裁決書謄本と勧告書を木人に送付する(六二条)。勧告を受けた者は勧告を
尊重し努めてその趣旨に従い必要な措置を執るべき義務を負う(六三条)が、義務
違背に対しては制裁はない。
 懲戒裁決は権利の消滅、制限又は義務の発生を来たす法律的処分であつて、不利
益な法律効果を持つものであり、不懲戒裁決は懲戒を免除される効果を持つ。
 勧告についてはこれを尊重し努めてその趣旨に従うべき義務が定められてはいる
が、この義務は違反に対しては制裁がないので道義的な義務に過ぎない。また勧告
はその実質から見ても、概ねこれを受けた本人にとつては利益になること(たとえ
その実践に労力費用を要するとしても、本人の過失に因る自己遭難や賠償義務発生
などの災厄を予防するに適したこと)のすすめに外ならず、恰かも本人の健康、養
生のための処方箋のようなものとみてよい。
 (2) 事実確認の裁決 しかるに、裁決には前記各種の裁決に属しない裁決が
ある。法四三条はいう「本案の裁決には海難の事実及び原因を明らかにし、旦つ証
拠によつてその事実を認めた理由を示さなければならない。但し海難の事実がなか
つたと認めるときは、その旨を明らかにすれば足りる。」と。
 本件原海難審判庁の裁決主文は被上告人B造船株式会社に対して勧告をすらして
いないので、その裁決は「事実確認の裁決」に属する。そこで事実確認の裁決が行
政事件訴訟特例法により公法上の権利関係に関する海難審判庁の裁決の取消又は変
更の判決を求める訴訟の対象となりうべき行政庁の処分に当るか否かが問題となつ
て来る。
 およそ判決や裁決の主文がどんなものであるかによつてその法律的効力が決定し、
またそれを目的とする手続の構造・遣り方が決定する。では事実確認裁決の主文は
どんなものであるか。
 右四三条にいう「海難」とは法二条各号所定の法律的構成事実に当てはまる事実
(出来事)である。(例、「某年月日某所で某船の是々の構造部分に是々の損傷が
生じたのにそのまま運用し因つて是々の物的破壊、某々の死傷を惹き起した。」と
の事実)。
 海難原因に関しては、裁決主文は「是々の海難は」「某々の是々の故意」「是々
の過失に因つて発生したものである。」「積荷の状況、船の性能、風浪の状況は是
々で航海による船の覆没の危険性極めて高いものであつたのに敢えて出帆航海した
某々の過失に因り是々の海難が起つたものである。」「海難の原因は不可抗力で、
某の過失とは認められない。」「本件事故は海難に当らない。」「原因は不明であ
る。」といつたようなものになる筈である。
 尤も、主文は簡明を期するため海難事実およびその原因を記述することなく「本
件海難およびその原因たる事実は裁決理由に示すとおりである。」という風に書い
てもよい。裁決書には主文がなければならない。明治中期の判決には主文と理由と
を合体して「被告人は是々の傷害を与えたものであり右事実は是々の証拠によつて
認められ、被告人の右所為は刑法何条に該当するから被告人を懲役何月に処する。」
といつたようなものがあつた。この最後の部分が主文であつて、主文はこんなもの
でもよい。主文なくして裁判や海難裁決は成立しない。本件では裁決主文は「本件
海難はB造船株式会社の業務上の過失によつて発生したものである。」というので
あつて、そのいわゆる「本件海難」又は「会社の業務上過失」の内容は裁決理由に
示されたものを指す趣旨であり、これによつて判決主文と「主文ニ包含スルモノ」
(民訴一九九条)とが判明する訳である。
 本案裁決は民刑判決や一般行政処分を見慣れた眼から見ると極めて異例のもので
あつて、事実の闡明確認が主文なのである。裁決理由中の証拠説明や「認定にかか
る事故は海難に当たる。」「その原因は某のかくかくの意思状態若しくは態度であ
つてこれは過失に当たる。」との法的判断や証拠判断こそが真の裁決理由なのであ
る。本件裁決理由中に認定された事実およびその原因たる過失は主文の内容に包含
するものとして表示されたものである。
 以上に説くように、本案裁決の主文は外界および内界の事実を認定するもの、若
しくはかような事実は認められないとするもの、約言すれば、事実認定である。鑑
定や診断に似ている。つまり、主文は権利義務関係の確認ではなく事実そのものの
確認である。
 事実の確認とはいつても、勿論、或る出来事が「海難」に当るか否か、某の意思
状態若しくは「態度」は過失に当るか否か、過失と船の損傷との間に因果関係(な
いし相当因果関係)があるか否か、船舶以外の施設の損傷又は人に対する損傷と船
舶の運用との間に法二条一、二号にいう「関連」の関係があるか否か、等々の法律
判断は審判庁においてしなくてはならない。(私は本案裁決は事実の確定であると
いつても、裸の事実を認定することでなく法律的構成要件に当てはめられた事実を
確定することだと思う。従つて「是々の海難の一原因は某(が是々の措置をとるこ
とを怠つたこと)の過失である。」という風に表示してもよいと思う。)
 又、裁決における全然証拠に基かない事実認定の違法なことはいうまでもなく、
条理、経験則、技術的規範に違反する事実認定も違法であり、その違法は主文に影
響する。
 (3) 裁決の本領 元来海難審判制度は、「海難審判庁の審判によつて海難の
原因を明らかにし、以てその発生の防止に寄与することを目的とする。」(一条)。
 裁決は、資格があり、独立して職権を行う審判官によつて構成される海難審判庁
により原告官ともいうべき理事官の審判開始申立に基き公開の審判廷で(恐らく事
故発生直後早期に)行われる専門的見地からの真実の探究、証拠の蒐集、判断に基
く事実の確定、公表である。かような権威ある公正な行政機関が私人や素人には至
難な、海難とその原因の確認をした上これを天下に公表して警告することは、再び
前車の轍を踏み幾多の人命の喪失、負傷および物的破壊をもたらす如き不幸の勃発
を未然に避けるという、公共の福祉の見地から貴重有意義な仕事であるといわなけ
ればならない。
 海難の実情および原因を闡明公表することは海難の事後処理と予防のための立法、
行政対策にも、また、造船海運業界や海技従事者、海難関係人、や一般国民にとつ
ても物的改善、労務管理改善のために、また将来の心構えのために役立つことが多
大であり、若し海難に関し訴訟が起つた場合には、審判廷に顕出され取り調べられ
た証拠資料ないしは海難裁決は裁判のためにも有力な資料となりうるのであつて、
それだけで極めて有意義な存在である。思うに海難審判法の精神は、或いは海難審
判庁に特別裁判所的性格を与えることを避けるためかも知れないが、これに、精々
一般行政処分に見られるような懲戒処分をすることと、単なる事実の確認をするこ
との権限を持たせるに止め、事実の確認とそのために蒐集検討された諸般の証拠資
料とが実質的に信頼尊重されるものとなり、海難の事後処理と予防のための立法、
行政その他の公的私的対策に貢献する権威を持つものとするにあるのではなかろう
か。してみれば、事実確認裁決で過失を認定しただけでは直ぐ様過失者とされた者
がこれによつて権利を損なわれたものといえないので、かような裁決が行政事件訴
訟特例法によつて取消変更の判決を受けうべき行政処分に当らないことは明らかで
ある。このことは、海難は「不可抗力に因る。」「原因不明である。」との裁決の
場合と変りはない。海難によつて積荷を失つた荷主はかような裁決によつて事実上
不利な地位に立つ。この場合この事実(権利でない)に関する争を、手続法に従い
つつ法による権利の争を裁判することを使命とする裁判所に審判させ本人から事実
上の不利な立場を除去する裁判をさせる如きことが無益なことであつて、今日の司
法機構の所期するところでないのと変りはない。権利を争うならかかる行政処分の
取消を求めないで端的に訴訟を起すことを法律は期待する。
 本案裁決(事実確認の裁決)こそはわが海難審判制度の眼目であり本領である。
これなくしては懲戒裁決も懲戒免除裁決も勧告裁決もありえない。後者は確認裁決
から派生した副産物である。本案裁決の主眼はどこまでも事実の確認であつて、懲
戒や勧告は二の次に行われるものに過ぎない。審判は事実認定裁決を目指して行わ
れるもので、懲戒、勧告をするか否かを主目的として行われるものではない。事実
確認の本案裁決は真実の事実の確認である。何ら権利の得喪、変更を来たし、権利
の存否を確定するものではない。従つて、過失者であるというような、不利益な認
定を受けた者でも裁決によつて権利の不存在、義務の存在を認められた如き法律上
の不利益を受けることはない。その代り、仮りに、裁判所の判決によつて「海難審
判庁の原裁決が認定した事実は海難にも過失にも当らないから原裁決は違法である。」
として原裁決が取り消された場合でも裁決で不利益な認定を受けた本人の法律上の
地位は別段どうという変動影響を受けない。してみれば、裁決を取り消すべきか否
かを裁判所が審判するのは無駄な事である。
 (4) 事実確認裁決と当事者主義の後退 裁決の主文は権利の存否の判断でな
く、事実の存否の判断である。この事実の確認は直接何らの権利の得喪、変動に結
びつく効力を持たない仕組になつている。従つて理事官からの審判請求によつて或
る人が海難原因過失者として受審人又は指定海難関係人とされたとしても、彼は裁
決によつて給付を命ぜられたり或る義務を有することを確認される脅威に曝されは
しない。彼が「過失ニ因リ艦船ノ覆没破壊ヲ致シタル者」(刑法一二九条)として、
起訴され又はかような者として損害賠償請求の訴を起されたとき、始めて彼は刑罰
に服すべきこと若しくは賠償すべきことを命ずるような判決を受けるかも知れない
不利な地位に立たされる。この場合にこそ彼は憲法三一条にいう適正な手続法によ
つて防禦権を与えられねばならない。適正手続法とは不利益処分を科せられるべき
ことの請求の相手方に対しその請求の内容性質を知らせ審判手続において反論し反
証を挙げ自己を防禦する権利を彼に与えた手続法をいう。
 けれども審判庁の確認裁は前述の如く海難の事実およびその原因の確認であり、
理事官の申立のうちに或る人を過失者として推定海難関係人として裁決を求める請
求が含まれている場合でも、その主眼とするところは右のような事実の確認の請求
であつて、指定海難関係人に対する関係においても、権利義務関係の確認の請求で
はない。理事官は彼らの過失を主張して刑罰権や懲戒権又は請負契約不履行若しく
は不法行為による損害賠償請求権を主張し、権利の争を提起するものでもない。当
該海難に関し権利を争う者があると否とに拘わらず公共の福祉の立場から、理事官
は事実の確認を求め、審判庁も本案裁決において事実の確認をするのである。海難
関係人として指定され審判手続に関与する権利を持つ者でも彼の受ける裁決は精々
勧告裁決であつて、これは何ら彼を強制するものでもなく彼に結局不利益となるこ
とをするよう勧告するものでもない。従つて海難審判手続においては当事者主義が
後退し実体的真実主義、職権主義が支配的となつて来る。海難関係人は審判手続に
関与する当事者としての強い、有利な手続上の権利は与えられないことになつてい
るが、これも当然でやむをえない。この手続の目的物が当事者間の権利関係でなく、
客観的な真実の事実である以上、当事者の請求の抛棄若しくは認諾による手続の終
了はありえない。また、審判庁は民事訴訟と異り理事官と受審人との間に争のない
事実と異る事実を認定してはならないという法的拘束をも受けない。また、当事者
が書証の成立を否認したことによつてその証拠力に当然制約が生ずる訳もなく、受
審人等の自白のみによつて過失を認定することも許される。実に、海難審判手続は
受審人がなくても、その立会がなくても進めることが許されるのである。海難審判
法および同規則の定める手続はそのようになつており、これは主文が事実認定に過
ぎないことに照らし、それでよい訳である。
 (5) 過失に因る義務が発生したものとされるためには刑法、民法又は行政法
の特定の規定に定める過失の要件が充足されることが必要であり争あるときは裁判
所の判決によつてその要件が充足されたことが是認されねばならない。海難事件の
裁決にいわゆる過失とは何か。それは船舶の構造、運用に関連ある各種行政法規や
経験則、技術的規範等に照らして海技従事者や航路標識、気象通報等の管理者の管
理に関する業務上の過失や船舶自体又はこれに装備された観測、通信機に存した欠
陥についての製造者の過失をいうのであろう。海賊船や航空機の攻撃による破壊に
ついての故意、過失をいうのであろう。
 けれども元来過失というものは刑法第何条の過失罪の構成要件としての過失とか、
民法の不法行為の構成要件としての過失とかいうように、それぞれの法条の規定に
固有な過失概念としてのみ存在しうる筈のものである。海難裁決で確認した某の過
失が果して刑法一二九条にいう過失に該当するか、民法七〇九条の不法行為の要件
である過失に該当するか否かは争あるときは裁判手続によつて新たに検討裁判され
なくてはならない。海難裁決における過失の認定が民事刑事の各種の裁判に「出来
合いの過失の認定」として直ぐ様通用する効力を法律上持つ筈はない。裁決自体左
様な意味での過失を認定するものでない。又、海難審判は独自の目的使命を有し、
裁判に前手続として結びついているものではない。過失を認めた裁決は何ら刑法一
二九条の過失艦船覆没罪の成立やこれによる刑罰権の存在や或は民法不法行為の要
件たる過失およびこれに基く損害の発生やこれによる賠償義務の存在を確認する訳
ではない。
 本件問題の被上告会社に対する過失裁決は勧告をさえしていない。
 懲戒裁決又は懲戒免除裁決でない以上本案裁決は何等権利の存否を確定するもの
ではなく又過失裁決は法律上、裁判所の過失罪判決や民事過失責任判決の前提とな
るものではない。何人も海難審判の前後であると途中であるとを問わず海難につい
ての過失に基く損害賠償請求訴訟又はかような賠償義務不存在の確認訴訟を裁判所
に起すことができる。裁判所は、この場合海難審判庁の裁決に拘束されることなく、
その存否に拘わりなく判決する。一方、海難審判庁としても裁判所の裁判の存否内
容に拘わりなく確認裁決をすることができる。海難に関し過失ありとする判決を受
けた者に対し審判庁が反対に過失なしとする裁決をすることは審判庁の専権に属す
る。この場合判決も裁決も両立する。判決と裁決とは違つた平面に立つのである。
 とはいうものの、海難審判廷に顕出された証拠資料か裁判所の法廷に顕出され、
それが事実上重要な証拠となり、又、裁決の示した判断も事実上裁判のため好個の
参考意見となることが多いだろうことは否定できないと思う。
 以上の理由であるから、海難審判庁のした事実の確認の裁決は権利の得喪変更確
認の行政処分でないから、権利の争議としての行政訴訟の対象となりえないものと
いわなければならない。
 (6) 結び 本件海難審判庁の裁決主文は「本件衝突は、B造船株式会社の業
務上の過失によつて発生したものである。」という事実認定である。この事実認定
は直ぐ様被上告会社の権利義務を確認し若しくはその権利関係を変更するような影
響を与える効力を持つものではない。尤も、事実認定といつても刑法上の犯罪構成
事実又は民法上の不法行為およびこれに因る損害発生の構成要件にピツタリ当ては
まる事実を認定した裁決は、恰かも犯罪行為あり、不法行為に因る損害の発生あり、
従つて刑罰請求権あり損害賠償請求権ありといわんばかりのものであるといえる場
合もあろう。かような場合には憲法三一条の精神から、かような事実上の不利益を
蒙るかも知れない者を審判手続に関与させ自己を防禦する機会を与える立法をする
ことが適当だといえるかも知れない。この限りでは少数意見は一理あるように思わ
れる。けれども憲法三一条は「何人も、法津の定める手続によらなければ、その生
命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と謳つているとこ
ろがら見ると、適正合理的手続によらなければ科せられない不利益処分というのは、
刑罰に準ずる、これに近い処分であると考えられる。少くとも、これによつて人の
権利、法益が失われ人が法律上不利な地位に立たされるような処分であると考えら
れる。過失確認裁決の如き事実上本人を不利な立場に立たせるに過ぎない処分の如
きは憲法三一条の意味する「刑罰に準ずる」処分に当らない。権利争議の対象とな
らない程度の海難事実確認裁決の如きは前述の適正合理的手続法によらないでこれ
をしても憲法三一条違反にはならない。海難審判法や行政事件訴訟特例法は海難審
判庁が審判する場合には、民事訴訟法に準処して、不利益裁決を受けるかも知れな
い者を手続に関与させ防禦の機会を与えるべき趣旨の諸原則を定めた規定を含んで
いると解することはできても、それは懲戒裁決等をする場合のことで、単なる事実
確認裁決をする場合にも適用あるものと解することはできない。仮りに本件を原審
判庁ないし原裁判所に差し戻した結果、被上告会社が手続に関与し防禦権を行使し
た上新に過失なしとの事実確認裁決ないし判決がなされたとしても、被上告会社が
海難について過失を有するか否かの点については裁決なり判決は依然として被上告
会社の法律上の地位に何らプラスともならず、またマイナスともならないことに変
りはない。少数意見に賛成できない所以である。
 裁判官下飯坂潤夫の補足意見は次のとおりである。
 本件裁決における「本件衝突はB造船株式会社(被上告人)の業務上の過失によ
つて発生した」旨の主文の真の意味は何か、この点を、せんさく、検討することが
本件において先ず第一に肝要なことである。何んとなれば、本件は右主文に掲げら
れた事項を問題とする訴訟だからである。そして、右の真の意味を把握、理解する
には本件海難審判事件の構造から、また裁決理由との対照において、なされぬばな
らないのであつて、右主文の文面にとらわれるべきではない。
 本件海難審判事件において、高等海難審判庁はE、F、Gの三名を受審人とし、
Hを指定海難関係人として審理を進めたのであるから(本件海難審判事件の構造は
かくの如きものであり、それ以外のものではない。)、右審判庁としては本件裁決
主文において、右受審人らを懲戒するか、しないかを、また右指定海難関係人に対
しては何らかの勧告をするか、しないかを明示すべきを当然の筋道としたのである。
然るに右審判庁は受審人も指定海難関係人もともに答むべき何らの過失もなく、本
件衝突は本件海難審判事件では第三者であるB造船株式会社(被上告人)の業務上
の過失に基因するものである、それ故受審人らは懲戒に値しないし、また指定海難
関係人に対しても勧告に及ばないとの趣旨の断定をし、これを裁決理由中に明示し
ながら、受審人及び指定海難関係人に対する右判断に相呼応する措辞を主文に欠き、
卒然として、本件海難審判事件の構造の中に入つていない第三者に関して、本件衝
突は被上告会社の業務上の過失に基因する旨判示したのである。してみれば本件裁
決は受審人及び指定海難関係人に対する肝腎な判断を表現する措辞を主文中に脱漏
したものと解するを相当とするのであるが、右は単なる脱漏とのみ解すべきではな
く、本件裁決は本件衝突は被上告会社の業務上の過失に基因するとの旨判示してい
るのであるから、その措辞の反面からして受審人ら及び指定海難関係人は裁決理由
とおり懲戒をしない、勧告をしないとの趣旨をうたつているものと解すべきである。
けだし本件海難審判事件の構造上からして受審人ら及び指定海難関係人に対し何ら
の判断も主文において示されていないということは殆ど考えられないことだからで
ある。
 ただ問題は被上告会社に対する前示措辞の意味如何である。前段述べたように被
上告会社は本件海難審判事件の構造の中には入つていないのであるから、右審判庁
は被上告会社に対し法律上効力を及ぼし得べき如何なる裁決もなし得ない筋合であ
つて、本件裁決がその理由中に被上告会社の責任について云為したのは受審人ら並
びに指定海難関係人に責任のない事情として述べたに過ぎないものと解すべく、従
つて主文中にこれをしるしたのは被上告会社に対する関係においてはあらずもがな
の無用の文字を連ねたものと解するを相当とする(右文辞が被上告会社に対する勧
告の意味をもつていたとしても敢えて主文中に掲げる必要なく、理由中に示すを以
て足るのである。)。然らば、被上告会社は本件訴を以て不服申立をなす対象を自
ら欠いているものであつて、いわゆる的なきに矢を放つのたぐいであり、本訴は到
底不適法のものたるを免れないものと云わざるを得ない。
 以上の理由で、私見は理由は異にするが、結論において多数意見と同調する次第
である。
 裁判官藤田八郎の少数意見は次のとおりである。
 海難審判法(以下法と略称する)は海難審判庁の審判によつて海難の原因を明ら
かにし、もつてその発生の防止に寄与することを目的とする(一条)法律であるが、
同法によれば審判庁が海難の原因について取調を行いその結論を明らかにする裁決
には三種ある。(一)海難の原因解明裁決(二)懲戒裁決(三)勧告裁決である(
四条)。海難審判においては裁決によつて海難の原因を明らかにすることが主たる
目的であつて、海技従事者、又は水先人に対する懲戒はむしろその従たる目的であ
ることは法四条、三三条、三四条その他法全体の趣旨から看取することができる。
この点において従前の海員懲戒法と著しくその趣きを異にするものである。しかし、
同法はまた一面において「審判」によつて、すなわち審判裁決、これに伴う一連の
準司法の手続に従つて海難の原因を解明せんとするものであることは同法全体の規
定から明らかであつて、この点において通常の行政機関たる調査委員会等が単純に
事実調査を行うものとは著しくその性質を異にするものである。行政機関たる海難
審判庁が準司法の手続によつて行う裁決という点にその特色があるのであつて、従
つて本件のごとき高等海難審判庁の裁決に対する出訴の適否の問題を論ずるにあた
つても、ただ単純に、在り来りの行政訴訟に関する理論のみをもつてしては、到底
割りきれないもののあることを先ずもつて、留意しなければならない。海難審判法
が海難の審判についてかくのごとき構造を作為した所以は、一面憲法において「行
政機関は終審として裁判を行うことはできない」とあつて終審としての特別裁判所
の設置は許されない、他面この種の問題は、極めて技術的であつて、専門的知識を
具えた審判官をして審判せしめることが事の性質上適当であることの要請にこたえ
て、極めて微妙な考慮に出た奇形児的存在であることに留意しなければ、ことの本
質を捕捉することは不能である。そして本法が一面において立法技術上幾多の欠陥
をもつていることにも注意しなければならない。
 よつて先ず「勧告裁決」について考えて見るに、勧告裁決は、海難審判庁が必要
とみとめるときに海技従事者、水先人以外の者で海難の原因に関係のあるものに対
し勧告をする旨の裁決である(四条)が、海難審判庁が勧告裁決をするためには、
その勧告を受ける者は必ず指定海難関係人に指定されて、その審判手続に関与せし
められなければならない。この指定のないかぎり、その者に対して勧告の裁決をす
ることはできない(海難審判法施行規則二七条、三二条一項)。この指定なく従つ
て審判の手続に関与せしめられないで、勧告を受けた者は、この違法手続に対して
不服の申立をすることができるものと解しなければならない。そして勧告裁決によ
つて勧告を受けた者は、勧告を尊重し努めてその趣旨に従い必要な措置を執らなけ
ればならない(法六三条)。すなわち、勧告裁決は勧告を受けた者に対し、かくの
ごとき法律上の義務を課するものであるから、これに伴つて派生する法律上の利益、
不利益を別としても、裁決自体が行政処分として行政事件特例法による行政訴訟の
対象となり得るものであることは疑を容れないところであろう。(制裁を伴わない
から、これを法律上の義務でないとの強弁は許されない。)
 そこで本件の問題となつている裁決は以上三種の裁決の内いずれの種類に属する
ものであるかについて考察する。本件裁決の主文は「本件衝突はB造船株式会社(
被上告会社)の業務上の過失によつて発生したものである」とある。原因解明裁決
と解すべきであろう。しかし、その内容からみて、単なる海難の原因を解明した、
例えば「予知し難い気象の急変によつて海難が発生した」とするごときものとは違
つて、関係人の過失責任の存在を宣示した裁決である。元来、法は、審判によつて
探究さるべき海難の原因として、第一に「人の故意又は過失に因つて発生したもの
であるかどうか」を挙げている(三条一号)。そしてここにいう人とは必ずしも海
技従事者又は水先人にかぎらない趣旨であるから、これら以外の人の故意又は過失
に因つて海難が発生したかどうかということは、本来、法の原因探究の主たる目的
の一とするところであつて、本件はまさに同条同号の趣旨に従つて、被上告会社の
過失に因つて発生したものであるとの結論を解明したものである。(法によれば裁
決は海難の原因についてその「結論をあきらかにするもの」(法四条)であること
はその明定するところであるから、その結論は裁決の主文においてあきらかにしな
ければならないものと解すべきは勿論である。この点に関する原判決の説示は不可
解である。)かかる裁決によつて、その過失を認定された被上告会社は直接、法律
上の義務を課せられるものではないけれども、若し、この主文につづいて、よつて
今後同会社の注意を勧告する旨の記載があるものと仮定すれば、直ちに前示「勧告
裁決」となり得るものであつてその実質においては勧告裁決と異るところのないも
のである。その形式は原因解明裁決ではあるが、その過失を認定された被上告会社
の立場から見れば、勧告裁決において「勧告を受けた者」とその地位関係において
同視されてしかるべきものであろう。
 さらに、被上告会社は本件海難については、法三二条所定の「海難関係人」に該
当するものであることは二審裁決書の認定するところから明白である。すなわち、
同裁決書によれば、同会社は、I丸の定期検査の請負者であり、その操舵装置に関
する修理施行者であること、本件海難が右修理後同会社が施行した試運転航行中の
事故であるというのであるから、同会社は法にいわゆる「海難関係人」にあたるも
のである。かくのごとき海難関係人に対し原因解明裁決において、その過失の存在
を裁決する場合についての手続規定は法に欠けているところであるけれども、かか
る裁決は勧告裁決とその実質において差異のないこと前段説明のごとくである以上、
すべて勧告裁決に準じて考慮すべきものである。すなわち、かかる海難関係人に対
して、その過失を宣明する裁決を行うためには必ずこれを指定海難関係人に指定し
て手続に関与せしめなければならない。かかる指定を行わず関係人を手続に関与せ
しめることなく、その過失を宣明する裁決をすることは、海難審判法の解釈上違法
の裁決たるを免れないものと断ずべきである。
 司法審査において、不利益の審査を受けるおそれのあるものについては、常にそ
の手続に関与せしめ、十分に意見、弁解の機会を与えたうえでなければ、その者に
対して不利益の判断をすることのできないこと、いわゆる不告不理の原則は司法審
査における通則である。のみならず、法においても、懲戒裁決の手続についてはも
とよりのこと勧告裁決に関してもこの通則を採用していることは前述のとおりであ
つて、原因解明裁判においても、勧告を受けた者の立場と同視すべき本件の被上告
会社のごときものに対する関係においては、これを同様に解すべきは当然である。
従つて被上告会社は、勧告裁決において「勧告を受けた者」に準じて、この違法の
裁決に対して不服の申立をすることができるものと解しなければならない。
 多数意見は本件裁決をもつて被上告会社の権利義務に直接に関係するものでなく、
また同会社の法律上の利益を侵すものでないから、行政事件特例法に規定された抗
告訴訟の対象となる行政庁の処分というにあたらないことを根拠として、これに対
する被上告会社の本訴を拒否するものである。けれども、本件裁決が海難審判庁と
いう行政庁の行政処分であることは間違いない。そして本件裁決の内容が被上告会
社の信用上、営業上多大の不利益を招来するおそれのあるものであることも疑を容
れないところである。すなわち、違法の手続によつて為されたこの処分は、被上告
会社の法律上の権利、利益に多大の影響を及ぼすものである。ただ単に被上告会社
の権利義務に直接に関係するものでないということだけで、これが行政訴訟による
救済を拒否することは、余りに行政事件特例法にのみ拘泥する論であり、同処分が
準司法手続によつてなされた処分であることを無視した論議である。海難審判手続
の過程においては、単なる原因解明の裁決、例えば不慮の天災にもとづくというご
とき何人の故意過失をも認定しないものであつても、これに対する不服の申立―二
審の請求―はみとめられ、かかる裁決も上級審判の対象となり得るのである。かく
のごとき準司法手続による裁決をもつぱら通常の行政官庁の行政処分と一律に解釈
しようとすることは、海難審判手続の本質を理解しないものである。さきに、本法
の特質を捕捉することなくしては問題の理解は不能であると述べた所以である。懲
戒裁決によつて故意過失ありとして法五条の戒告を受けたものは五三条の出訴がで
きることに異論はあるまい。勧告裁決によつて故意過失ありとして西条三項によつ
て勧告を受けた者も同条出訴の権ありと解すべきである以上、ひとり、法三条によ
つて海難について故意過失ありとの裁決を受けた第三者は、同条出訴の権利がない
とすることは甚しく均衡を失するものではないか。本件は被上告会社の過失を判定
したものであるけれども、若しかりに本件裁決が法三条によつて、被上告会社の故
意によつて発生したものであるとの判定を下したと仮定しても、しかもそれが違法
の手続によつて為されたとしても、被上告会社はこれが取消を求める訴訟上の途が
ないということでよいであろうか。かかる違法の処分に対し、上訴もできず、特例
法による出訴も許さないとするならば、まさに切り捨て御免の思想に通ずるもので
あろう。あに、法の精神ならんやである。
 多数意見は本件裁決の既判力は他の訴訟事件に及ばず、被上告人の過失について
確定の効力もなく、従つて裁判所は他の訴訟事件において裁決と違つた事実認定を
することを少しも妨げられないことをあげて、本件裁決が被上告人の権利義務に直
接関係のないものとしている。しかし、実際問題として斯界の権威者によつて司法
審査に準ずる手続によつて専門的技術的に究明された海難原因をあきらかにした裁
決のある場合に裁判所がこの裁決の結論に反して事実を認定し海難の原因を解明す
ることは容易なことではない。裁判所としては多分に裁決の結論を尊重しなければ
ならないこととなるであろうし、また法の精神も、海難審判庁の裁決をして十分に
権威あるものたらしめんとするにあることは疑を容れない。さればこそかかる特殊
事項について特別裁判所の設置は憲法上許されないところであるがため、それはそ
れなりに、かくのごとき司法審査に準ずる形式をとつて、一面においては裁判所に
対する下級審であるがごとき形態をととのえた所以である。多数意見は、この裁決
は他の訴訟において一の証拠資料になるに過ぎずとし、しかも「被上告人が審判手
続に加わつていない場合には被上告人を当事者とする他の訴訟事件の証拠としても
その価値はそれだけ低いものともいえる」という。しかし、法の精神は多数意見の
説くがごとき証拠価値の低い権威のない証拠資料を作為しようとするものであろう
か。法に解釈の余地あるかぎり、かくのごとき裁決には必ず関係人を審判に関与せ
しめることによつて、十分に権威ある裁決たらしめることが、法の精神にかなう所
以であると信ずる。(将来において、交通事件、労働事件等特殊専門的知識を必要
とする訴訟事件について、本法と類似の立法のなされる傾向にあり、かつ、それが
望ましいことであると信ずるが故に自分は特に強調するものである。独占禁止法八
〇条、電波法九九条等参照。)
 要するに自分は、本件裁決は、被上告会社に対し、審判の手続に関与せしめない
で、被上告会社の過失を認定した点において違法あるものであつて、被上告人は法
五三条に基いて、東京高等裁判所にこれが取消を訴求する権利あるものと解する。
 裁判官河村大助の少数意見は次のとおりである。
 わたくしは本件上告は棄却すべきものと思料する。
 本件海難事件について、第二審の高等海難審判庁が「本件衝突は、B造船株式会
社の業務上の過失によつて発生したものである」との裁決をしたこと、及び右審判
につき被上告人B造船株式会社はその審判手続に参加せしめられなかつたことは原
審の確定するところである。
 論旨(第一、二点)は原判決が被上告人は本件裁決によつて不利益を受ける者で
あるから、本件裁決取消の訴は、適法であると判示したことを非難し、本件裁決は
被上告人の権利義務に関係がなく、行政処分とは認められないから本訴は不適法で
あると主張するので、まず、この点を判断する。
 海難審判庁の裁決は、一定の事実又は法律状態の存否の判断を本体とし、特に対
立する利害の調整を図るための公平が要求される場合もあつて、審判は、利害関係
人の審尋や、証拠調について厳格な手続が定められ、実質的には司法作用である裁
判に類似するものであるが、形式的には独立の権限を有する行政機関が法定の手続
を経て為す行政行為に外ならないものといわなければならない。ところで本件の裁
決は、第三者としての地位にある被上告人に業務上の過失ありと認定したものであ
つて、第三者に関係のない単なる原因解明の事実認定を為したに過ぎないものとい
うを得ないことは明らかである。かような行政庁の判断の表示を、抗告訴訟の対象
となる行政庁の処分といえるかどうかを考えて見るに、凡そ行政庁が公の権威を以
て特定の法律事実又は法律関係の存否を確定して、これを公に宣言する行為は、た
とえその確認行為の対象が或具体的な権利義務自体でなく、その基礎となるべき法
律要件事実に過ぎないものであつても、それが同時に国民の権利義務又は法律上の
地位に影響を及ぼすものと認められるものである限り、その法律的判断の争いは原
則として抗告訴訟の対象となるものと解するを相当とする。本件裁決における業務
上の過失の判断の表示も被上告人に法律上の責任原因あることを宣言したものであ
つて、具体的権利義務を確定したものではないが、これを単純な事実行為として法
律的に無意義なものと為すことはできない。勿論その裁決主文は行政庁の処分とし
ては殆ど例を見ないもののようであるが、その形式の当否は別としこの裁決により
被上告人の権利義務乃至法律上の地位に影響を及ぼすものと認むべきことは後に述
べるとおりであるから、本件裁決は特定の法律関係を確認する行政庁の処分として
抗告訴訟の対象となり得るものと解すべきである。
 右の如く本件裁決は行政処分の一種と見ることができるのであるから、その行政
庁を拘束し自らその取消変更は許されず、後に述ぶるように抗告訴訟によつてのみ
取消が認められるに過ぎないものと解すべく、そして、かかる裁決の存在すること
により、被上告人は第一に営業上の信用に多大の影響を受けることを見のがすこと
はできない。いうまでもなく、法人についても名声、信用等社会より正当に受くべ
き評価は、名誉権として保護せらるべき法益であること疑いを容れないところであ
るから、本件のように公の権力で業務上の過失を宣言された場合もしもその判断に
誤りがあるとすれば、これにより被上告人はその名誉権を侵害されたものというこ
とができるであろう。また本件裁決の結果、その衝突事故、よつて損害を被つた者
から、他日被上告人に対し民事上の損害賠償を請求される可能性もあり、かつ右衝
突事故が刑事事件となる虞れもあつて、これらの訴訟においては、裁判所が右裁決
を尊重することになるのは当然のことである。けだし、その審判は技術的、専門的
な方面における学識経験者によつて行われるため、正確な事実認定を期待し得るも
のであつて、その認定は極めて権威あるものというべく、原因解明とその責任の所
在に関しては重要な証拠となるものだからである。
 ところで行政処分により違法に権利を侵害されたものは、当該処分の直接の相手
方でない第三者と雖も、その行政処分の取消を求める抗告訴訟を提起し得る適格を
有すること及びその権利侵害も厳格な意味での権利の侵害を必要とせず、法律上保
護されるに値する正当の利益を以て足りると解すべきことは異論のないところであ
る。しかして、本件の裁決は前記のとおり被上告人は裁決を受けた当事者ではない
けれども、法律上の過失責任を認定された点において正に法律上の不利益を受けた
ものというべく、すなわち、叙上の如く該裁決が被上告人の営業上の信用に重大な
影響を与え、かつ他の裁判において不利益な判断を受ける資料となるものである以
上、かかる不利益な裁決を排除する利益は法律上保護するに値する利益というを妨
げないといわなければならない。従つて該裁決の取消を求める訴は海難審判法第五
三条の抗告訴訟として許さるべきものであると解するを相当とする。
 次に論旨(第三点)は原判決が本件の裁決主文において海難原因が被上告人にあ
りとしたのは、被上告人に弁解の機会を与えずして行つたものであり、不告不理の
原則に反するとの判断をしたのを非難する。
 しかし、海難審判法は、対審及び裁決は公開の審判廷で行い(法三六条)受審人
及び指定海難関係人には意見弁解の機会が与えられ、かつ必要な証拠調も行われて、
実質的には司法作用である裁判に類する判定が下されるのである(同法施行規則三
六条以下)。審判につき利害関係を有する者をかような厳格な手続に参加させるこ
とは、国民の権利義務を強く保障する新憲法下においては当然のことである。しか
して本件裁決のように、特定の第三者の過失責任を認定しようとする場合は、同法
第四条三項により裁決を以て勧告する予定の下に事故の原因を与えたと疑われる第
三者を海難関係人に指定し(規則三二条)審判手続に参加せしめることを要し、か
かる手続を経ずして第三者の業務上の過失を認定することは許されないものと解す
るを相当とする。尤も規則第三二条が第二審の審判手続に準用あるかどうかは疑問
であるが、もしも第二審の審判手続においては、新たに海難関係人を指定すること
は出来ない法意であるとすれば、第二審においては利害関係ある第三者を審判に参
加する手続を欠く結果、本件のような裁決はこれを行うことが出来ないことになら
ざるを得ない。従つてこの点に関する原判決も結局正当である。
 なお附言すべきは、法は地方海難審判庁(一審)の裁決に対して理事官又は受審
人から高等海難審判庁に第二審の請求をすることが認められている(四六条)のに
指定海難関係人にはその権利が認められていないこと及び第一審の裁決に対しては
訴の提起が出来ない(五三条四項)ことから法は海難関係人に対してすら裁決に対
し不服申立を認めない趣旨ではないかとの点である。第一審の裁決に対する第二審
の審判請求者に指定海難関係人を加えなかつたことは法の不備だと思われるが、そ
れはともかくとして、その裁決に不服ある海難関係人が抗告訴訟の途まで閉されて
いるものとは到底考えられないところである。法第五三条四項の規定は、第二審の
審判請求を認められている受審人等は第二審を経て高等裁判所え出訴することが認
められているため、第一審の裁決に対し直ちに訴の提起は許さないものとしたので
あつて、第二審の審判請求を許されない海難関係人に対しても、抗告訴訟を提起す
る自由を制限した趣旨とは到底考えられない(勧告処分を受けた指定海難関係人は
法第六三条により、勧告を尊重し努めてその趣旨に従い必要な措置を執らなければ
ならない法律上の義務を負うものである。)。けだし特定人に法律上の不利益を与
える裁決の適否は、終局的には司法審査に服せしめることが、法治国家の要請であ
るというべきだからである。
     最高裁判所大法廷
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    池   田       克
            裁判官    垂   水   克   己
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    下 飯 坂   潤   夫
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    高   橋       潔
            裁判官    高   木   常   七
            裁判官    石   坂   修   一
 裁判長裁判官田中耕太郎、裁判官小谷勝重は退官につき、署名押印することがで
きない。
            裁判官    島           保

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