弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人荒川文六、同森英子、同藤田健の上告理由について
 一 本件は、国が開設するD大学医学部附属病院(以下「D大病院」という。)
において、顔面けいれんの根治手術である脳神経減圧手術を受けて、その後脳内血
腫等により死亡した患者の遺族らが、右死亡は手術担当医師の術中操作に過失があ
ったことによるものであるとして、担当医師ら及び国に対し、不法行為に基づく損
害賠償を求める事案である。
 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 1 本件手術前の治療経過
 F(昭和八年一二月二七日生)は、昭和五二年ころから右側顔面けいれんにり患
し、昭和五四年六月ころからD大病院麻酔科で顔面神経ブロック法の治療を受けて
いたが、その効果が持続しなくなり、症状も悪化してきたことから、同科で顔面け
いれんを根治するための神経減圧術を受けることを勧められ、昭和五七年一月、同
病院の脳神経外科において診察を受け、後記のとおりの神経減圧術を受けることに
した。
 2 神経減圧術について
 顔面けいれんは、通常、顔面神経から離れた位置にある脳底部の血管(前下小脳
動脈あるいは後下小脳動脈)が動脈硬化等のために伸びたり蛇行したりすることに
より、脳橋の近くで一部顔面神経に接触し、そのために当該動脈の拍動が顔面神経
を圧迫して起きるものとの見解がほぼ定説になっている。神経減圧術は、顔面けい
れんの根治手術であり、患者の耳介後方に直径数センチメートルの開頭を行い、硬
膜切開後、後頭蓋窩深部において顔面神経を圧迫している動脈等をはく離し、血管
と神経との間に筋肉又はスポンジ等を挿入するというものであるが、後頭蓋窩内で
の手術であるから、十分な術野を得るために、硬膜切開後、髄液の排出・吸引等に
より小脳の容積を縮小させるとともに、脳ベラで小脳半球を開排する必要がある。
 なお、神経減圧術は、術後の合併症として聴力障害、顔面神経麻痺等を生ずるこ
とがあるほか、生命にかかわる小脳内血腫、後頭部硬膜外血腫等を生ずる可能性が
あり、当時、既に患者の死亡例が一例報告されていた。
 3 本件手術の経過
 (一) Fは、昭和五七年四月二六日、D大病院に入院し、三週間にわたり脳血
管撮影等の諸検査を受け、神経減圧術の適応があり、全身麻酔下での開頭手術に耐
え得るとの診断を受け、また、入院中一過性の高血圧が見られたが、同病院第一内
科で手術に差し支えないとの診断を得た。
 (二) Fに対する神経減圧術(以下「本件手術」という。)は、同年五月一七
日午前八時五〇分に開始された全身麻酔の下で、午前九時五〇分ころ、同病院脳神
経外科の医師である被上告人B1を執刀者、被上告人B2外一名を助手として開始
され、Fの右後頭部の頭蓋骨に約四センチメートル四方の穴を開けて硬膜を切開し、
脳ベラを使用して右小脳を開排し、顕微鏡を使用しながら小脳橋角部に達し、顔面
神経と脳動脈との接触部分等をはく離してその間に項部筋の小肉を挟んだ上、開頭
部を閉鎖して、午後三時五〇分ころ、本件手術を終了した。
 (三) 本件手術中のFの出血量につき、診療録(乙第三号証の1、2)には、
本件手術中の総出血量は九〇六ミリリットル、午後零時三〇分までに総計五一六ミ
リリットルとの記載があり、午後一時一五分の「spon.」欄(spontan
eous)には一五〇ミリリットル、午後二時四五分の「suc.」欄(suct
ion)には一五〇ミリリットルとの記載がある。
 また、本件手術当日のFの血圧は、午前八時五五分ころは、収縮期(最大)血圧
(以下「最大血圧」という。)一六〇水銀柱ミリメートル(以下、血圧については
単位を省略し、数値のみを示す。)、拡張期(最小)血圧(以下「最小血圧」とい
う。)一〇〇で、午前九時二五分から同一〇時ころまでは断続的に最大血圧一八〇、
最小血圧一〇〇を記録し、その後しばらく最大血圧一三〇、最小血圧七〇前後で推
移していたものの、午後零時四五分ころから再び、最大血圧が一五五前後となり、
午後二時ころにいったん下がったものの、午後三時ころから再度上昇し、午後三時
三〇分ころには最大血圧一八〇、最小血圧八〇、午後四時二〇分ころには最大血圧
二〇〇、最小血圧九〇を記録した。
 4 本件手術後の経過
 (一)Fは、翌一八日午前零時ころ、小脳上槽、小脳虫部の上部周辺及び第四脳
室に生じた血腫のために閉塞性水頭症になり、頭蓋内圧が亢進して危篤状態に陥っ
た。そこで、Fの頭蓋内圧を減ずるために、被上告人B1を執刀者、被上告人B2
を助手として、同日午前二時ころから、前頭部から脳室内に管を挿入して髄液を排
出する脳室ドレナージ術が施され、さらに、同日午後七時二五分ころから、頭蓋骨
を一部切除する後頭蓋窩外減圧術が施され、右手術は午後九時四〇分に終了した。
 (二) Fは、本件手術後、症状が一時わずかに好転したものの悪化し、以後、
意識を回復することなく、危篤状態を何度も繰り返し、昭和五七年七月二〇日、開
頭術後脳幹障害により死亡した。
 5 病理解剖の結果
 Fの遺体は、D大病院第二病理学教室において病理解剖がされたが、剖検報告書
(乙第四号証の1、2)には「Fの小脳には約八〇パーセントにわたり出血壊死性
変化が見られ、右変化は小脳虫部及び右半球に強く、第四脳室を越えて中脳後部に
も及んでいる。また、小脳の高度の上向性ヘルニア及び小脳扁桃嵌頓が見られた。」
「時間的経過から考えて開頭術が出血の引き金になったことは否定しえない。」「
明らかな血管の破綻部位は指摘できない。」との記載があり、昭和五九年八月に作
成された剖検追加報告書(乙第五号証、以下、前記剖検報告書と併せて「本件剖検
報告書」という。)には、「小脳組織は広範な壊死を伴い軟化状態にあり、血管の
詳細な検討は困難であるが、明らかな動脈りゅうや動静脈奇形の所見は認めない。
 外表に近い一部の小動脈には閉塞、器質化の所見があるが出血との因果関係は不
明。一部に反応性の炎症、細胞湿潤、肉芽形成を認めるが、明らかな化膿性炎症の
合併は認めない。」と記載されている。
 6 高血圧性脳内出血の発生率
 なお、高血圧性脳内出血のうちそれが小脳に発生する確率は、約一割程度である。
 二 上告人らは、右事実関係を前提として、本件手術は長時間に及び、出血量も
多かったが、その手術と時間的に近接して脳内血腫が発生したこと、血腫が生じた
位置が手術部位と近接していること、本件手術の硬膜内操作に長時間を要している
上、出血が右操作中と解される時間内に記録されていることなどを指摘した上、(
1)本件手術は、小脳橋角部の顔面神経の起始部を露出して行うが、右起始部を小
脳片葉が覆っているため、片葉に脳ベラをかけてこれを牽引して右部分を露出する
必要があるところ、被上告人B1は脳ベラで小脳を強く圧迫する等の操作の誤りに
より小脳に出血を生じさせた、(2)本件手術中、前下小脳動脈をはく離する作業
中に誤ってこれを損傷し、その結果出血させ、その止血が不十分であったため、手
術直後から出血が生じたなどとして、被上告人B1及び同B2の手術中の操作上の
誤りによりFが死亡した旨主張するものである。
 三 原審は、これに対し、おおむね次のように認定判断して、被上告人B1、同
B2らの本件手術に、上告人ら主張のとおりの誤りがあったものと推認するのは相
当ではなく、これらの誤りによりFの脳内に血腫を生じさせた旨の上告人らの主張
を認めることはできないとして、上告人らの請求を棄却すべきものとした。
 1 本件手術当日である五月一七日午後一一時三〇分の時点でのFの脳内の血腫
は、ほぼ小脳正中部及び傍正中部の位置に形成されていることが認められ、顔面神
経と脳動脈のはく離が行われた本件手術部位である小脳橋角部と血腫の位置とは近
接しているといい難い。
 2 証人Gは、CTスキャン(検乙第一ないし第一〇号証)では小脳橋角部には
血腫が見当たらない旨、血腫は小脳正中部に存在し、第四脳室及びくも膜下腔にま
で及んではいるが、小脳橋角部から出血した場合には普通その位置が横にずれるは
ずの第四脳室が横にずれていないから、小脳虫部から出血して第四脳室を穿破した
と思われる旨供述している。上告人らは、小脳橋角部から出血して第四脳室に流れ
込んだと主張するが、これを裏付けるに足りる証拠がない。
 3 神経減圧術においては、手術部位の小脳橋角部に到達するために脳ベラを小
脳片葉にかける旨の上告人らの主張に沿う文献はあるが、本件手術においては、髄
液の排出により十分な小脳の陥凹が得られたと認められ、また、脳は大小さまざま
な差異のある臓器であると認められるから、脳ベラを小脳片葉にかけるまでもなく、
小脳右半球の外側部分にかけて、手術部位に到達することが可能であったとの被上
告人B1の供述は合理性がある。仮に、脳ベラが上告人ら主張のとおり小脳片葉に
かけられたとしても、脳ベラの使用が原因となって脳に血腫等が発生するのは、一
般に脳ベラがかけられた近傍部、特に直下の部位であるところ、Fの小脳片葉周辺
に血腫があったとは認められない。したがって、血腫の位置から想定する限り脳ベ
ラの操作の誤りにより右血腫が生じたと認めるのは困難である。他に、脳ベラの操
作の誤り(過剰な圧迫等)があったことを認めるに足りる積極的な証拠はない。
 4 本件手術のうち、硬膜内操作に要した時間は午後零時三〇分から午後一時三
〇分ころまでの約一時間程度と認められ、本件手術において脳ベラによる小脳の牽
引が長時間に及んだとは認められない。また、本件剖検報告書中に「両側上向性小
脳ヘルニア。これは右側に強い。」との記載があるが、Fは本件手術後死亡時まで
の二箇月以上の期間の大部分にわたりレスピレーター(機械呼吸器)により呼吸が
確保されていたのであるから、その間脳に血液が十分流れず、脳浮腫の状態が続い
たことから、脳の出血性壊死が進行して病相が変化している可能性が高く、現に強
い圧力がかかった可能性のない左側にも小脳ヘルニアが生じているのであるから、
「右側に強い。」との記載だけをもって、これを根拠に手術中に小脳に過剰な圧迫
等が加えられたと認めることはできない。
 5 本件手術記録には、午後一時一五分の「spon.」欄に一五〇ミリリット
ルの出血量の記載があるから、硬膜内操作中に少なくとも一五〇ミリリットルの出
血量があったかのようである。しかし、右には手術に使用された生理的食塩水や排
出された脳せき髄液をも含んでいると思われ、また、測定方法も厳密なものとはい
い難い。また、午後一時一五分の「spon.」欄の記載は、その直前の「spo
n.」(ガーゼやタオル等によって吸収された血液量を示すものと解される。)の
計測がされた午前一〇時三〇分ころから午後一時一五分ころまでの出血量を示すも
のと解するのが相当であり、必ずしも硬膜内操作中の出血量ばかりとは認め難い。
したがって、右記載をもって本件手術の硬膜内操作中に一五〇ミリリットルの出血
があったと認めることはできない。九〇六ミリリットルの総出血量についても、証
人Gの証言によれば比較的多いといえなくもないが、同証人が神経減圧術を施行す
る場合に用意する輸血量の範囲内であると認められるから、総出血量が通常に比し
て異常に多いとはいえない。
 また、本件手術が顕微鏡下の手術であることや検証の結果に照らすと、手術部位
である小脳橋角部と血腫のある小脳正中部及び傍正中部とが直ちに近接していると
はいい難い。
 6 本件剖検報告書の前記記載からは、必ずしも本件手術部位付近と壊死の部位
とが一致しているとはいえず、また、Fの脳は本件手術後から破壊が進行し、病相
も初期のものと変わっている可能性があるので、右解剖結果から直ちに、動脈損傷
があり、その結果、出血性壊死が生じたと推認することもできない。
 7 小脳に高血圧性脳内出血が起きる可能性は、他の部位と比較すると少ないも
のの一割程度は存在すること、Fの本件手術当日の血圧値は手術前の興奮等を考慮
しても比較的高い水準で推移していること、D大病院第一内科から手術には差し支
えないとの診断を得てはいるものの、入院後一時的に高血圧が認められていたこと、
病理解剖の結果、Fの中脳大動脈に軽度のアテローム変化や後下小脳動脈の蛇行と
いった動脈硬化の症状があったことが認められることに照らせば、手術中の操作の
誤り以外の原因による予期せぬ高血圧性脳内出血等が本件血腫の原因となったと推
測することは、不自然とはいえない。
 したがって、本件手術中に手術器具による血管の損傷があったと推認するのは相
当でない。
 四 しかしながら、原審の右認定判断は直ちにこれを是認することができない。
その理由は、次のとおりである。
 1 前記一記載の事実関係によれば、次の各点を指摘することができる。
 (1) 顔面けいれんは、顔面神経が動脈と接触することから生ずるものであっ
て、それ自体、生命に危険を及ぼすような病気ではないところ、その根治手術であ
る本件手術は、小脳橋角部において顔面神経と脳動脈の接触部分をはく離するもの
で、脳ベラで小脳半球を開排し、手術器具で後頭蓋窩深部の脳動脈に触れる手術で
あるため、慎重な操作が要求され、生命にかかわる小脳内血腫、後頭部硬膜外血腫
等を引き起こす可能性のあることが指摘されている。
 (2) 本件手術は、Fの右小脳を脳ベラで開排して右小脳橋角部において脳動
脈に触れるなど、術中操作は小脳右半球及び右小脳橋角部に及ぶものであるところ、
Fは術後間もなく、小脳上槽、小脳虫部の上部周辺及び第四脳室に血腫が生じ、神
経減圧術によって引き起こされる可能性が指摘されている小脳内出血を起こしたこ
とが認められるほか、翌日には、小脳右半球の突出が強く右側小脳ヘルニアが認め
られるなど、小脳橋角部の近傍部及び右半球の異常が確認され、遺体の病理解剖に
おいても、小脳虫部及び右半球に出血壊死性変化が強く見られると指摘されるなど、
Fの脳の病変が手術操作を行った側である小脳右半球に強く現われていることが明
らかになっている。
 (3) Fは、入院後三週間にわたり術前の諸検査を受け、手術の適応があると
診断されており、内科においても、高血圧症とは認められず、手術には差し支えな
いとの診断を得ていたのであって、術前に本件手術中に高血圧性脳内出血を起こす
素因があることを確認されていなかった。
 (4) 高血圧性脳内出血のうちそれが小脳に発生する確率は、約一割程度にす
ぎない。
 (5) 遺体の病理解剖によっても、Fの小脳に生じた血腫の原因となる明らか
な動脈りゅうや動静脈奇形の所見は認めないとされている。
 以上のようなFの健康状態、本件手術の内容と操作部位、本件手術とFの病変と
の時間的近接性、神経減圧術から起こり得る術後合併症の内容とFの症状、血腫等
の病変部位等の諸事実は、通常人をして、本件手術後間もなく発生したFの小脳内
出血等は、本件手術中の何らかの操作上の誤りに起因するのではないかとの疑いを
強く抱かせるものというべきである。
 ところが、原審は、右のとおりの事実関係を前提としながらも、原審の認定した
血腫の位置から想定する限り、被上告人B1らの脳べラ操作の誤りにより血腫が生
じたと認めることはできないとし、また、同被上告人らが本件手術中に血管を損傷
したことをうかがわせる出血があったことを認めるに足りず、さらに、動脈硬化に
よる血管破綻や高血圧性脳内出血等、本件手術操作の誤り以外の原因による予期せ
ぬ高血圧性脳内出血が本件血腫の原因となったと推測しても不自然ではないから、
本件手術中に血管の損傷があったと推認するのは相当ではないとしている。しかし、
Fは一過性の高血圧を示したことはあるものの高血圧症とは認められていなかった
のであるから、本件手術中に高血圧性脳内出血を起こす可能性自体低いと考えられ
る上、高血圧性脳内出血が小脳内に発生する確率は前記のとおり一割程度にすぎず、
本件手術中ないし直後に偶然、Fに高血圧性脳内出血等が起きる可能性は実際上極
めて低いといわざるを得ない。また、本件手術中に偶然、動脈硬化等による血管破
綻が生じた可能性についての具体的立証がなされているわけでもないのである。結
局、原審は、本件手術操作の誤り以外の原因による脳内出血の可能性が否定できな
いことをもって、前示のとおり、Fの脳内血腫が本件手術中の操作上の誤りに起因
するのではないかとの強い疑いを生じさせる諸事実やその他の後記2の事実を軽視
し、上告人らに対し、本件手術中における具体的な脳ベラ操作の誤りや手術器具に
よる血管の損傷の事実の具体的な立証までをも必要であるかのように判示している
のであって、Fの血腫の原因の認定に当たり前記の諸事実の評価を誤ったものとい
うべきである。
 2 本件手術の総出血量は九〇六ミリリットルであるところ(なお、本件手術記
録中には総出血量一〇〇〇ミリリットルとの記載もある。)、証人Gも、右出血量
が通常に比して相当多量であることは認める旨の証言をしている。また、本件記録
によれば、硬膜内において顔面神経とこれに接触する脳動脈をはく離するという本
件手術の硬膜内操作中は、項筋からの出血は止血済みであり、メスによる切除、切
開等、出血を伴う操作を行うものではないから、出血が生ずることはほとんどない
はずであることがうかがわれるところ、本件手術記録には、少なくとも硬膜内操作
中であることが明らかな午後一時一五分に一五〇ミリリットルの出血量が記録され
ているというのである。硬膜内操作中の手術器具による血管損傷の有無が争われて
いる本件において、右記録を軽視することはできないというべきである。原審は、
午後一時一五分時の出血量の記録は午後零時三〇分ころから始まった硬膜内操作中
の出血とは限らない旨、測定値には血液のみならず生理食塩水や排出した髄液が含
まれている可能性がある旨を説示し、硬膜内操作中に一五〇ミリリットルの出血量
があったとは認められないとしたが、右測定記録に関する原審の認定は、右記録の
読み方としては不自然である。
 また、本件記録によれば、Fの家族である上告人Aらに対する本件手術終了後の
結果説明は、本件手術終了から数時間経過した午後七時ころになってから行われ、
また、被上告人B2は、その際、本件手術が順調に終了した旨報告することなく、
今後、Fには脳浮腫、脳出血が生ずる危険があるなどと説明したことがうかがわれ
るのであり、右の事実は、被上告人B1及び同B2が、本件手術中に異常な事態が
発生したことを認識していたことをうかがわせるものであり、本件手術中の操作に
よりFの生命に危険を生じさせたのではないかとの疑いを生じさせる。
 3 その上、原審が本件において重視した血腫の位置と手術部位との関係等に関
する認定には、次のとおりの問題がある。すなわち、原審は、小脳内に生じた血腫
の位置を問題にし、血腫はほぼ小脳虫部に当たる小脳正中部及び傍正中部に形成さ
れており、手術部位である小脳橋角部に血腫があるとは認められないと認定したが、
原審の血腫の位置の認定は、CTスキャンの所見によると小脳正中部及び傍正中部
に血腫があるとする鑑定人Gの鑑定及び同人の証言に依拠したものであることが原
判決及び本件記録に徴して明らかである。しかし、証人Gの証言中には、CTスキ
ャンを見ると血腫は小脳右半球に多く見られるとする部分もある上、診療録(乙第
三号証の1、2)には、本件手術当日午後一一時三〇分に施行されたCTスキャン
の結果について「後頭蓋窩の第四脳室から中脳水道、さらに脚間糟∼迂回∼上小脳
槽に血腫あり」、翌五月一八日施行のCTスキャンの結果(検乙第三四号証)につ
いて「後頭蓋窩血腫は著変なし」「第四脳室周囲の血腫に著変なし」、同日施行さ
れた各手術の際の記録として「小脳半球の突出が左側より右側が大であり、右側の
扁桃ヘルニアの所見を認めた」との各記載があるのである。これらの各記載と脳内
の構造に照らせば、血腫は、小脳正中部及び傍正中部のみならず、手術部位である
小脳橋角部を含む第四脳室周囲にもあることがうかがわれるのである。また、同じ
く診療録には、同月二〇日に施行されたCTスキャンの結果を表した見取り図があ
るが、この図には小脳右半球に血腫が存在する旨図示されている。
 以上によれば、診療録中に血腫に関する前記記載があるにもかかわらず、これを
検討することなく、鑑定人Gの鑑定及び同人の証言から直ちに、血腫の位置は小脳
正中部及び傍正中部にあるとした原審の認定は、採証法則に反するものといわなけ
ればならない。また、本件手術の翌日には小脳右半球に強い突出やヘルニア等の異
常が現われていたことが確認されていたことは前記のとおりであるところ、原審は、
右の異常の部位と本件手術との関連性についても何ら検討するところがない。
 なお、鑑定人Gの鑑定は、診療録中の記載内容等からうかがわれる事実に符合し
ていない上、鑑定事項に比べ鑑定書はわずか一頁に結論のみ記載したもので、その
内容は極めて乏しいものであって、本件手術記録、FのCTスキャン、その結果に
関する被上告人B1、同B2らによる各記録、本件剖検報告書等の記載内容等の客
観的資料を評価検討した過程が何ら記されておらず、その体裁からは、これら客観
的資料を精査した上での鑑定かどうか疑いがもたれないではない。したがって、そ
の鑑定結果及び鑑定人の証言を過大に評価することはできないというべきである。
 4 さらに、原審は、脳ベラの使用が原因となって血腫が発生するのは、脳ベラ
をかけた場所の直下あるいは近傍部であるが、そのような場所に血腫があったとは
認められないとの理由で、脳ベラの操作の誤りにより血腫が生じたとは認められな
いとし、また、手術部位である小脳橋角部と血腫の位置は近接しているとはいえな
いとの理由で、手術器具により血管が損傷されて出血したものとは認めちれないと
している。しかし、鑑定人Gの鑑定及び証人Hの証言中には、脳ベラの操作によっ
て血腫が発生する場所は、脳ベラをかけた部分あるいはその近傍部に限らず、離れ
た部位に発生することもあり得るとする部分も存するのであるから、脳ベラをかけ
た場所の直下あるいは近傍部に血腫が存することは認められないとの原審の認定を
前提としても、脳ベラの操作と血腫の発生との関連性を一概には否定できないとい
うべきである。また、証人Gは、本件手術部位である右小脳橋角部と血腫が認めら
れる第四脳室との距離がわずか一センチメートル余であると証言しているのである。
原審は、顕微鏡下での手術であること等を理由に、近接しているとはいい難いとし
ているが、手術部位と原審認定の血腫の位置との距離は、手術中の血管損傷等によ
る血腫発生の疑いを否定し得るほどの距離とは評価し難い。
 以上のとおり、血腫の位置等に関する原審の認定事実を前提にするとしても、血
腫の位置をもって、脳ベラ等手術器具の操作上の誤りにより血腫が発生したものと
は認められないと判断することはできないというべきである。
 5 また、原審は、本件においては、小脳橋角部から出血したとすれば横にずれ
るはずの第四脳室の位置のずれが見当たらないから、小脳橋角部から出血したもの
ではないと考えるとの証人Gの証言を引用した上、これに反して手術部位から出血
したとする上告人らの主張を裏付けるに足りる証拠はないとしているが、かえって、
診療録には、被上告人B2による「くも膜下出血(術創部)が脳室内に逆流して来
たと考えられる」との記載があり、右は、被上告人B2が当時、上告人らの主張の
とおり手術部位から出血したものと考えていたことをうかがわせる。
 したがって、診療録に右記載があるにもかかわらず、これに触れることなく上告
人らの前記主張を裏付けるに足りる証拠がないとした原審の判断は、採証法則に反
するものといわなければならない。
 五 以上によれば、本件手術の施行とその後のFの脳内血腫の発生との関連性を
疑うべき事情が認められる本件においては、他の原因による血腫発生も考えられな
いではないという極めて低い可能性があることをもって、本件手術の操作上に誤り
があったものと推認することはできないとし、Fに発した血腫の原因が本件手術に
あることを否定した原審の認定判断には、経験則ないし採証法則違背があるといわ
ざるを得ず、右の違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は
右の趣旨をいうものとして理由があるから、その余の上告理由について判断するま
でもなく、原判決は破棄を免れない。そして、更に再鑑定等の必要な審理を尽くさ
せるため、本件を原審に差し戻すこととする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    金   谷   利   廣
            裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    千   種   秀   夫
            裁判官    尾   崎   行   信

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛