弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を函館地方裁判所に差戻す。
         理    由
 弁護人熊谷正治の控訴趣意は末尾添付の控訴趣意書記載のとおりである。
 控訴趣意第一点(訴因追加の違法)について、
 本件起訴状記載の公訴事実は、被告人は昭和二十六年三月頃Aから現金九万円を
預り保管中、茅部郡a村においてその頃之を着服横領したというのであり、原審は
その審理の経過において、被告人は昭和二十六年三月四日頃B、Cの両名からAと
ともに鰊油を製造又は集荷の上ドラム罐入四十本を引渡すことの依託を受けその事
務処理のため金二十万円を受領しながら、自己の利益を図る目的でその任務に背
き、そのうちの九万円を自己の借財等に振向け着服し、右両名に財産上の損害を加
えたものであると訴因の予備的追加を許し右予備的訴因につき有罪の判決を言渡し
たものであるところ、弁護人は右訴因の予備的追加は起訴状記載の本件被害者はA
とあるのに追加された訴因での被害者はBCの両名であり、起訴状記載の公訴事実
は横領であるのに追加の訴因は右両名から依託を受けた事務処理の任務に背いて自
己の利益を図る目的でその受取つた金員を消費したというのであるから右は本件公
訴事実の同一性(訴因の同一性とあるも公訴事実の同一性の書き誤りと解する)を
欠き刑事訴訟法第三百十二条の規定に違反し無効であると主張する。
 <要旨>訴因の追加が公訴事実の同一性を欠く場合は不適法であることは言うを俟
たないところであるが、追加される訴因が公訴事実とその基盤を同うし公訴
の範囲に属するものと認められる場合はその同一性があるものと解せられる。本件
起訴状に記載された公訴事実の訴因における被害者はAであり、予備的追加の訴因
における被害者はB及びCの両名であつてその被害者を異にするけれども、被告人
がその保管にかかる他人の現金九万円を擅に着服流用した事実に変りはなく、また
その保管がB及びCの依託により鰊油の製造又は集荷の事務処理のために預つたも
のであるとすれば、その保管金を擅に自己に着服流用した所為が一面背任の性質を
有すベく、唯被告人の右保管金九万円を着服流用した所為が横領を構成すればその
背任は横領に帰一し、別に背任を構成しないだけのことである。しからば検察官の
請求する右背任の訴因もまた本件公訴の範囲に属するものと解するのが妥当であ
る。従つて本件における予備的訴因の追加は刑事訴訟法第三百十二条に違反すると
は謂われない。論旨は理由がない。
 控訴趣意第二、三、四(事実誤認乃至理由不備)点について。
 原判決はその認定した事実摘示の前段において、被告人はAと共に、B、Cの両
名に対し、昭和二十六年三月十五日から同年五月二十日迄の間にAが搾取する鰊油
ドラム罐入四十本以上を売渡す契約を結び、B及びCは右買受の保証金として被告
人及びAに金二十万円を貸付けAはこれを以て鰊油製造又は買付の資金に使用し、
鰊油が出荷されたときはこれを売買代金の一部に充当する、出荷不能の場合は被告
人等の借入金としてB及びCに返済するという定めでB及びCは被告人に右金二十
万円を交付したといい、その後段において、被告人はB及びCから右契約に基き、
同人等のためにAと共に鰊油の製造又は集荷の上ドラム罐入四十本以上を引渡すと
いう事務の依託を受け、その事務を処理するために金二十万円の交付を受け、その
任務に背き、そのうち九万円を自己の借財の弁済に充当し、以てB及Cに対し同額
の財産上の損害を加えたものであるというているが、右摘示の事実をその拳示する
証拠に照合せて見ると、被告人はAと共に昭和二十六年三月四日頃、B及びCに対
し、原判示期間にAが搾油する鰊油ドラム罐入四十本以上を売渡すことを確約し、
よつてB及びCが被告人の監督するAの右操業資金として金二十万円を被告人及び
Aに貸渡し、被告人及びAにおいて右契約による鰊油をB等に出荷したときは、右
金をその代金に充当する、その出荷不能の場合は右借入金をB等に返還することと
して、被告人がCの手を経てBから右金二十万円の交付を受け、判示金員を自己の
借金の弁済の用に供した事実は容易に認められるが、被告人がAと共に原判示鰊油
を製造又は集荷してB等に引渡す事務の依託を受け、原判示委任信託の関係を破り
背任を構成する事実は認められない。従つて原判示事実に対し刑法第二百四十七条
を適用して被告人を処断した原判決は理由にくいちがいがあるから、この点を指摘
する論旨には理由があり、原判決は破棄を免がれない。
 前叙被告人の所為につき弁護人は背任も横領も構成しない無罪のものであると主
張する。しかし記録並に原審で取調べた証拠を審査すると、被告人はAと共同でB
及びCに対して売渡すことを約した鰊油は、Aの鰊刺網漁業計画に基き茅部郡a村
で搾油する鰊油であり、被告人等がほかから買集めるもめを目的としたものでない
ことは原審で取調べた証拠特に同人等の間で作成された契約書、司法警察官作成の
Bの供述調書、原審公判調書におけるAの供述記載、検察事務官作成のAの供述調
書の記載に明かであり、被告人はAと同村に居住し、Aとよく知合の仲であること
は原審公判調書のAの供述記載に明かになつているから、Aの操業施設、その搾油
能力等については、特別の事情のない限り被告人において知つていたものと推測さ
れるであろうし、Aの検察事務官に対する供述調書にはAがその操業の準備がない
のに漁業計画書を偽りB等を騙して本件二十万円を出金さをたものである旨の記載
があり、原審公判調書にはAが五万円あればその操業ができると前以て被告人に相
談をかけていた旨のA並に被告人の供述記載があるところから見ると、被告人がA
と共同の鰊油搾油の事業資金として(被告人の原審における供述)B等に本件二十
万円を出金させるに至つた次第には被告人の意思がはたらいた点は見逃せない。し
かるに被告人はB等から交付を受けた二十万円のうち五万円をAに渡しただけで、
右交付を受けた傍らから、うち五万円を自己の借金に振向け、一万円を飲み代に費
し、その余は全部自己の借金の支払に流用したことは原審で取調べた証拠の上に明
かである。しかも原審における被告人の供述記載によると被告人はB等から右金の
交付を受けた直後Aの計画というのは嘘であつたことを知つたといいながらも、B
等に対する鰊油売渡の履行につき何らの手も打たなかつたと自供している。これら
の諸点を綜合すると被告人がB等に鰊油四十本以上を売渡すと称してB等を欺き本
件金二十万円を交付せしめてこれを騙取したものと見られる点が濃厚である。よつ
て原審はその審理の経過において適宜の措置をとりその審理を尽すべきであつた。
しからば原判決には訴訟手続に法令の違反がありその違反は判決に影響を及ぼすこ
とは明かであるから、この点においても原判決は破棄を免れないものである。
 以上により弁護人のその余の論旨に対する判断を省き刑事訴訟法第三百九十七条
を適用して原判決を破棄し同法第四百条本文に従つて本件を函館地方裁判所に差戻
すこととして主文の通り判決する。
 (裁判長判事 原和雄 判事 小坂長四郎 判事 佐藤竹三郎)

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