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平成30年5月24日判決言渡
平成29年(ネ)第10033号特許権侵害差止等請求控訴事件,同第10063
号附帯控訴事件(原審東京地方裁判所平成26年(ワ)第7643号)
口頭弁論終結の日平成30年2月8日
判決
当事者の表示別紙当事者目録記載のとおり
主文
1原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2上記部分に係る被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3本件附帯控訴をいずれも棄却する。
4訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴及び附帯控訴の趣旨
1控訴の趣旨
主文第1項及び第2項に同じ。
2附帯控訴の趣旨
(1)原判決中被控訴人ら敗訴部分を取り消す。
(2)控訴人は,被控訴人YKKAPに対し,2億2443万5533円及
び以下の各内金に対する各記載の日から各支払済みまで年5分の割合による
金員を支払え。
アうち3042万6700円に対する平成23年10月8日から
イうち1億7612万3835円に対する平成26年4月8日から
ウうち674万8942円に対する平成26年5月31日から
エうち705万8259円に対する平成26年10月31日から
オうち304万3163円に対する平成27年5月31日から
カうち99万5887円に対する平成27年11月30日から
キうち3万8746円に対する平成27年12月31日から
(3)控訴人は,被控訴人日本総合住生活に対し,2億2443万5533円
及び以下の各内金に対する各記載の日から各支払済みまで年5分の割合によ
る金員を支払え。
アうち3042万6700円に対する平成23年10月8日から
イうち1億7612万3835円に対する平成26年4月8日から
ウうち674万8942円に対する平成26年5月31日から
エうち705万8259円に対する平成26年10月31日から
オうち304万3163円に対する平成27年5月31日から
カうち99万5887円に対する平成27年11月30日から
キうち3万8746円に対する平成27年12月31日から
第2事案の概要等(略称は原判決のそれに従う。)
1本件は,その名称を「引戸装置の改修方法及び改修引戸装置」とする特許
権(本件特許権)を有する被控訴人らが,控訴人の製造,譲渡する改修引戸
装置である被告各装置は本件特許権の特許請求の範囲請求項4に係る発明の
技術的範囲に属すると主張して,控訴人に対し,①被告各装置の製造・譲渡
の差止め等を求めるとともに,②被控訴人ら各自に対し,出願公開中の補償
金として5152万1946円,不法行為に基づく損害賠償金として特許法
102条2項に基づき4億1678万0500円,弁護士・弁理士費用とし
て4167万8000円の合計5億0998万0446円及びうち5152
万1946円に対する平成23年10月8日(本件特許登録日の翌日)から,
うち4億5845万8500円に対する平成26年4月8日(訴状送達の日
の翌日)から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支
払を求めた事案である。
2原判決は,上記各請求の①,②いずれも一部認容し,その余を棄却した。
これに対し,控訴人は,原判決中その敗訴部分を不服として控訴し,被控訴
人らは,原判決中その敗訴部分を不服として附帯控訴した。
なお,原判決は,上記②の請求のうち,本件訴状送達の日の翌日よりも後に
販売された製品に係る請求部分に関しては,同日以降の遅延損害金請求を認め
ず,販売期間に応じた一定期日以降の遅延損害金請求の限度でこれを認容した。
そして,被控訴人らも,附帯控訴において,原判決の考え方を踏襲し,原判決
の設定した一定期日以降の遅延損害金の支払のみを求めているから,当審にお
ける審判の対象もこの範囲に限定された。
3前提事実
前提事実は,原判決7頁22行目の「以後」を「以下」に改めるほかは,原
判決「第2事案の概要」「2前提事実」(原判決4頁16行目~10頁6
行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。
4争点及び争点に対する当事者の主張
本件における当事者の主張は,原判決46頁14行目の「ロ-5装置」を
「ロ-5号装置」に改めるとともに,後記5のとおり当審における補充主張を
付加するほかは,原判決「第2事案の概要」「3争点」(原判決10頁7
行目~18行目)及び「第3争点に関する当事者の主張」(原判決10頁1
9行目~60頁23行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。
5当審における補充主張
(1)構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」について
(控訴人の主張)
ア原判決は,構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」について,①本件発明の課題
及び効果からすると,背後壁の上端と改修用下枠の高さの差が,少なく
とも従来技術における改修用下枠の上端と背後壁の上端の差よりも小さ
いものである必要があり,改修用下枠が既設下枠に載置された状態で固
定されたり,改修用下枠の下枠下地材が既設下枠の案内レール上に直接
載置されて固定されたりした場合の改修用下枠の上端と背後壁の上端の
高さの差よりも相当程度小さいものであれば,「ほぼ同じ高さ」と認め
られる旨,及び②本件明細書等の図10及び11記載の形態は本件発明
の技術的範囲に含まれる実施形態であるから,背後壁の上端と改修用下
枠の高さの差が室内側レールの高さ程度である場合も,構成要件Eの
「ほぼ同じ高さ」に当たる旨判示する。
イ「ほぼ同じ高さ」の意義
(ア)原判決の上記①の解釈は,背後壁の上端と改修用下枠の高さの差が
室内側レールの高さ程度である場合が「ほぼ同じ高さ」に含まれる
(上記②の解釈)とされていることもあって,当業者にとって,背後
壁の上端と改修用下枠の上端との高さの差が具体的にどの程度の差の
ものであれば「ほぼ同じ高さ」を充足することになるのかを全く明ら
かにしておらず,不当である。
また,原判決の上記②の解釈は,背後壁の上端と改修用下枠の上端
(すなわち室内側レールの上端)の高さの差が室内側レールの高さ程度
の差異がある場合も「ほぼ同じ高さ」に当たるとするところ,これは,
「ほぼ同じ高さ」が広い開口面積を確保するための構成とされているこ
とと整合しない。
加えて,上記②の解釈は,本件明細書等の図10及び11に記載の形
態が本件発明の実施例であることを前提とするものであるが,図10に
ついては段落【0092】に「支持壁89が背後壁104より若干上方
に突出する。」と記載されている上に,改修用下枠の室内側案内レール
67の上端が支持壁89の上端よりも高い位置にあるから,改修用下枠
の上端と既設下枠の背後壁の上端の高さに明らかな差異があり,また,
これらの位置関係は図11においても同様である。これらの事情に加え,
分割出願に基づくものである本件特許の原出願に係る明細書の内容及び
本件特許に係る審査等の経過をも考慮すると,本件明細書等の図10及
び11に記載の形態は,本件発明の実施例ではない。したがって,上記
②の解釈の前提自体が誤りである。
(イ)構成要件Eの記載は,「改修用下枠と改修用上枠との間の空間の高
さ方向の幅が大きく,有効開口面積が減少することがなく,広い開口
面積が確保できる」という本件発明の目的そのものを記載したものに
すぎず,本件発明の目的及び効果を達成するために必要な具体的な構
成を明らかにするものではない。このような場合,当該記載に加えて
明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し,そこに開示された具体的
な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確
定すべきである。
そこで,本件明細書等の記載を見るに,本件明細書等には,背後壁の
上端と改修用下枠の上端との高さの差がどの程度であれば「ほぼ同じ高
さ」に含まれるのかについて具体的に説明する直接的な記載はない。ま
た,「ほぼ」とは「おおかた。およそ。大略。あらあら。」という意味
であり,その通常の意味においても,具体的にどの程度の差であれば
「ほぼ同じ高さ」に含まれるのかは明確ではない。他方,前記のとおり,
本件明細書等の図10及び11に記載の形態は,本件発明の実施例では
なく,当該図面を説明する本件明細書等の記載も本件発明を説明するも
のではない。そうすると,本件明細書等に開示されている本件発明の
「ほぼ同じ高さ」についての具体的な構成は,本件明細書等の図1,6
及び14に示されているものと理解されるところ,これらにおいては,
改修用下枠の上端と既設下枠の背後壁の上端との間に微細な差異しか存
しない。
そして,従来技術等(乙14,28の4,29の1~5,201の1,
217)においても,背後壁の上端と改修用下枠の上端との高さの差を
改修用下枠が背後壁に被る部分の肉厚部程度に抑えることはできていた
ことから,改修による有効開口面積の減少もその程度に抑えることがで
きていたということができるし,本件特許に係る原出願より前に発行さ
れた他社製品のカタログの記載や原出願前に日本国内において公然実施
された工事においては,下枠の背後壁の上端から室内側に連続する水平
な室内側延設部分の肉厚等が3mm以下のものが見られる。
加えて,バリアフリー住宅の基準において「段差なし」と評価される
のは設計寸法で3mm以下の段差であり,背後壁の上端と改修用下枠の
上端との高さの差がこれを超えるものは,バリアフリーの観点からも段
差なしとは評価できない。そのようなものは当業者が一般的に理解する
「ほぼ同じ高さ」には含まれない。
これらの事情を併せ考慮すると,既設下枠の背後壁の上端と改修用下
枠の上端との高さの差がせいぜい3mm以内のものでなければ「ほぼ同
じ高さ」に含まれることはないと解すべきである。
(ウ)本件発明の「前記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さ
であり」(構成要件E)という構成は,平成23年6月21日起案の
拒絶理由通知書により「本願の請求項1~6には,広い開口面積を確
保する本願の課題に対応した構成が記載されていない。よって,請求
項1~6に係る発明は,発明の詳細な説明に記載したものではな
い。」という理由で特許法36条6項1号所定の要件を満たしていな
い旨の拒絶理由通知がされたのを踏まえ,当該拒絶理由を解消するた
めに提出された同年7月8日付け手続補正書により特定された構成で
ある。
ここで,「広い開口面積を確保する本願の課題」すなわち本件発明の
課題(作用効果)とは,本件特許の出願経過等を踏まえると,既設引戸
を改修用引戸に改修する際に有効開口面積を減少することがないという
ことであって(本件明細書等【0018】),改修する際に有効開口面
積が減少することが少ないということではない。仮に,本件発明の効果
が,本件明細書等に記載(【0060】)された「既設下枠56の室外
側案内レール114を切断して撤去」する構成によって奏することがで
きる「有効開口面積が減少することが少ない」との効果と同じ程度のも
のというのであれば,上記補正は必要なかったはずである。
そうすると,上記補正書により「広い開口面積を確保する本願の課題
に対応した構成」として特定された構成である構成要件Eについては,
既設引戸を改修用引戸に改修することによって有効開口面積を減少させ
ないため,既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差を可
能な限り0mmにすべきことを意味するものと理解されるべきである。
仮に,既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差が限りな
く0mmに近い値のもの以外に「ほぼ同じ高さ」に該当するものが存在
すると解釈されるとしても,前記のとおり,せいぜい,その高さの差が
3mm未満のものに限られる。
ウ被告各装置について
イ号装置のカタログには,主として既設下枠の背後壁の上端と改修用
下枠の高さの差が5mmの製品及び13.5mmの製品の図面が掲載され
ており,それ以外の図面は掲載されていない。他方,ロ号装置のカタロ
グには,上記高さの差が5mmの製品の図面が掲載されており,それ以外
のものは掲載されていない。すなわち,カタログの内容を踏まえると,
被告各装置には,既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの
差が5mm未満のものは存在しない。
そもそも,原出願日当時,サッシ改修において,上記高さの差を限り
なく0mmに近い値にすることは可能であったにもかかわらず,被告各装
置は,美観への配慮及び結露水対策の観点,内障子を慳貪式に建て込む
方法を取ること,並びに控訴人の新築用のビル用サッシ製品と内外障子
及び網戸を兼用する必要があることから,背後壁の上端と改修用下枠の
上端の高さの差を5mm以上に設定する必要があったため,意識的にその
差を設けているのであり,被告各装置においては,もともと既設下枠の
背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差を限りなく0mmに近い値に
するとの設計思想は全くない。
これらの事情及び構成要件Eの上記解釈によれば,被告各装置は,構
成要件Eを充足せず,本件発明の技術的範囲に含まれない。したがっ
て,この点に関する原判決の判断は誤りである。
(被控訴人らの主張)
ア「ほぼ同じ高さ」とは,本件発明の目的効果から見て技術常識の範囲内
で概略的に同じ高さという趣旨であり,本件発明の作用効果を奏するか
否かの観点から判断すべきものである。
本件発明においては,改修用下枠を,付け根付近から切断除去した室
外側案内レールの高さ分だけ下方に取り付けできるので,改修用下枠の
上端と背後壁の上端の高さの差は,必然的に本件明細書等に記載された
従来技術における改修用下枠の上端と背後壁の上端の高さの差よりも小
さいものとなる。しかも,改修用下枠を,室外側案内レールを付け根付
近から切断して撤去して生成される空間中において,可能な限り下方に
取り付けるのは当然であるから,その差は従来工法と比べて相当程度小
さなものとなる。
原判決は,そのことをもって上記従来技術と対比した場合に改修用下
枠の上端と背後壁の上端との差が相当程度小さいものとなると判示した
のであって,その解釈は何ら不当なものではない。
本件発明のように改修用引戸枠を既設引戸枠にかぶせるようにして取
り付ける場合,改修用上枠は既設上枠の内側に組み込まれるから,有効
開口面積は必ず減少するのであり,それは既設下枠の背後壁の上端と改
修用下枠の上端とが完全に同じ高さである場合でも異ならない。
したがって,「有効開口面積が減少することがなく」(本件明細書等
【0018】)とは,有効開口面積が全く減少しないということではなく,
従来技術に比べて有効開口面積が減少することがないとの意味である。
イ(ア)「ほぼ同じ高さ」とは「大略同じ高さ」という意味であり,ある程
度幅のある概念であって具体的な数値を意味するものではない。既設下
枠の形状,寸法には種々のものがあり,しかも,個別の開口部によって
は経時変化が生じていることなどから,室外側案内レールの切断撤去に
より取付けスペース(開口面積の減少を少なくするための空間)を確保
したものの,この取付けスペースを一部しか利用できないことにより,
当該改修用下枠を当該スペース内全てに沈み込ませることができず,既
設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端が同じ高さにならないものが
あることは,当業者において自明である。また,この取付けスペースを
全て利用できる場合であっても,既設下枠,取付け補助部材,改修用下
枠の各形状,寸法等の影響により,同じ高さにならないものもある。
そこで,本件発明においては,既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠
の上端を「ほぼ同じ高さ」とした(構成要件E)のであって,その意味
するところは,本件発明が解決しようとする課題や効果からして,既設
下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さが精緻なレベルで同じと
いうことを求めるものではなく,「おおむね同じ」,「だいたい同じ」と
いうことである。
(イ)そして,いかなる態様が「ほぼ同じ高さ」に該当するのかについて
は,本件発明の課題ないし目的と効果及びその解決手段から決められ
るべきものである。
本件発明では,既設下枠に存在した室外側案内レールを切断撤去し,
室外から室内に向けて上方に段差をなして傾斜した底壁を有する改修用
下枠の室内寄りを取付け補助部材で支持した結果,当該レールを切断し
てできた空間(取付けスペース)内に改修用下枠を下方に取り付けるこ
とが可能になった。
しかし,その場合において,改修用下枠の上端と,既設下枠の底壁の
最も室内側の端部に連なる背後壁の上端との高さの差に一定の制限を設
けないと,室外側案内レールを切断撤去することにより本件明細書等で
指摘する従来の技術に比べ開口面積の減少を少なくし,広い開口面積を
確保することが可能になったにもかかわらず,取付けスペースを利用し
ないことにより改修用下枠が当該スペース内に沈み込まないために,既
設下枠の背後壁の上端に対する改修用下枠の上端の高さが従来の技術と
同様に大きくなり,本件発明の効果を達成し得ない構成も,文言上包含
されることになる。平成23年6月21日付け拒絶理由通知書で「本願
の請求項1~6には,広い開口面積を確保する本願の課題に対応した構
成が記載されていない」と指摘された趣旨も,この点にある。
そこで,その拒絶理由を解消するために,本件発明の効果を達成でき
る範囲内において,既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さ
の関係を規定したのが「ほぼ同じ高さ」の要件すなわち構成要件Eであ
る。すなわち,ここでいう「高さ」とは,室外側案内レールを切断撤去
することで確保した取付けスペースを利用した場合の既設下枠の背後壁
の上端と改修用下枠の上端の「高さ」をいう。
ウ「前記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであり」(構成
要件E)につき,「前記背後壁の上端と改修用下枠の上端が可能な限り同
じ高さであり」と解釈した場合の被告各装置の充足性については,その
ように表現を変えたところで具体的な数値として区分できるようになる
ものではない。そもそも,「ほぼ同じ高さ」を「可能な限り同じ高さ」と
解釈することは誤りである。
エ(ア)控訴人は,原判決が,背後壁の上端と改修用下枠の高さの差が室内
側レールの高さ程度である場合も「ほぼ同じ高さ」に当たると判示した
ことにつき,「ほぼ同じ高さ」が広い開口面積を確保するための構成で
あると判示していることと整合しないなどと指摘するけれども,原判決
は,本件発明の実施形態が本件明細書等に記載された従来技術と対比し
た場合に広い開口面積が確保できることから上記判示を行ったものであ
り,絶対的な意味で開口面積の広狭を判断している訳ではない。
(イ)控訴人は,本件明細書等の図10及び11に記載の形態が本件発明
の実施例に当たるという原判決の前提自体誤りである旨指摘するけれ
ども,本件明細書等の記載全体を見ても,これらが本件発明の実施例
(実施形態)でないとする理由は見当たらない。
図10は,図6等の実施形態をベースとしたものであり,図6につい
ては,「この実施の形態によれば,図1と図2と同様な作用効果を奏す
る」と説明されているところ,図1及び2と同様な作用効果を奏すると
いうことは,段落【0058】~【0060】に記載された本件発明の
作用効果(例えば「改修用下枠13と改修用上枠15との間の空間の高
さ方向の幅が大きく,有効開口面積が減少することが少ない」など)と
同様な作用効果を奏するのであるから,これが構成要件Eを充足するも
のであると見るのは当然である。
(ウ)控訴人は,分割出願に基づくものである本件特許の原出願に係る明
細書の内容及び本件特許に係る審査等の経過についても指摘するけれ
ども,本件発明は,「ほぼ同じ高さ」とすることで,本件発明の作用効
果を奏し得る技術的範囲を明確にし,本件発明の作用効果を奏し得な
い構成をその技術的範囲から除外しただけであるから,そのことで,
本件明細書等において既に本件発明の作用効果を奏し得る実施形態と
して記載されていたものが影響を受けることはあり得ない。
(エ)控訴人は,背後壁の上端と改修用下枠の上端との高さの差がせいぜ
い3mm以内でなければ「ほぼ同じ高さ」には含まれないなどと主張す
る。
しかし,控訴人の主張は,各関連図面について改修用下枠の上端と既
設下枠の背後壁の上端との間の差異が微細である,ないといった単なる
主観的な印象を述べているに過ぎず,主張として無意味であるし,本件
明細書等の図10及び11に記載の形態は本件発明の実施例ではないと
の誤った前提に基づくものである。
また,控訴人が,改修用下枠の上端と既設下枠の背後壁の上端との間
に微細な差異しか存しないものとは,背後壁の上端と改修用下枠の上端
との差がせいぜい3mm以内のものをいうとする根拠として言及する従
来技術の事例は,本件発明とは課題や構造が全く異なるものであり,根
拠とならない。他社製品のカタログ等に関しても,本件発明の技術分野
との関連において「背後壁の上端と改修用下枠の上端との高さの差を肉
厚部程度や3mm程度に抑えていたもの」に該当せず,又は前提となる
構成が本件発明とは全く相違し,本件発明における「ほぼ同じ高さ」の
技術的意義の解釈の参考にはならない。
さらに,控訴人指摘に係る本件明細書等の実施例についても,なぜ背
後壁の上端と改修用下枠の上端との高さの差が3mm程度と断定できる
のかについて,控訴人はその根拠を示していない。
(オ)控訴人は,バリアフリー住宅の基準についても指摘するけれども,
本件発明における上記「ほぼ同じ高さ」を加入した経緯及びその趣旨
からみて,バリアフリーの技術思想は何の関係もない。しかも,「窓枠
部分の段差をなくすこと」と「広い開口面積を確保すること」とはそ
の課題が明確に相違しているから,控訴人がいうように「窓枠部分の
段差をなるべくなくすことは広い開口面積を確保することに結びつ
く」とは限らない。
(カ)控訴人は,背後壁の上端と改修用下枠の上端との高さの差がせいぜ
い3mm以内のものでなければ「ほぼ同じ高さ」に含まれることはない
から,被告各装置は構成要件Eを充足しない旨主張するけれども,そ
の前提とする解釈が誤りであることは上記のとおりである。
(2)構成要件Bの「既設下枠の室内寄りに取付け補助部材を設け」について
(控訴人の主張)
原判決は,ロ号装置の下枠補助材が「取付け補助部材」に当たることを
前提に判断している。
しかし,ロ号装置において,下枠補助材の取付け位置は一律に決まって
おり,個々の既設下枠の形状に応じて高さ寸法を調節して対応するものでは
ない。他方,本件明細書等の記載(【0018】)等を踏まえると,構成要件
Bの「取付け補助部材」とは,既設引戸枠の形状,寸法に応じて,形状,寸
法を変更できる部材と解される。
そうすると,ロ号装置の下枠補助材は「取付け補助部材」に当たらず,
ロ号装置は構成要件Bを充足しない。したがって,この点に関する原判決の
判断は誤りである。
(被控訴人らの主張)
控訴人の主張は,「取付け補助部材」の意義を誤認したことによるもの
であり,誤りである。すなわち,本件明細書等の【0018】の記載は「既
設引戸枠の形状,寸法に応じた形状,寸法の取付け補助部材を用いることで,
形状,寸法が異なる既設引戸枠に同一の改修用引戸枠を取付けできる。」と
いうものであるところ,この記載から,「取付け補助部材」につき「既設引
戸枠の形状,寸法に応じて,形状,寸法を変更できる部材」という解釈が生
じる余地はない。
(3)構成要件Bの「固着」について
(控訴人の主張)
ア原判決は,特許請求の範囲の記載を見ても,取付け補助部材が背後壁の
立面に対するビスで「固着」されていることが記載されているのみであ
り,背後壁以外の場所との結合を排除する趣旨の記載はない,本件明細
書等の【0092】及び図10には,取付け補助部材を室内側案内レー
ルにビスで取り付けた状態で,室内側壁部を底壁に当接する実施形態が
記載されているとして,構成要件Bの「固着」の意義につき限定解釈す
べき理由はない旨判示する。
イ「固着」の意義
本件発明の作用効果を達成するだけであれば構成要件Bに係る特許請
求の範囲の記載は「…背後壁の立面にビスで取付けてあり」で十分である
にもかかわらず,敢えて「固着して」という言葉を記載していることに
鑑みると,「固着して」には何らかの特別な意味が込められていると考
えるのが自然である。
本件明細書等には「固着」の意義を説明する直接的な記載はないが,
その辞書的な意味は「かたくしっかりとつくこと」であるから,「固着」
とは,取付け補助部材が背後壁の立面にぐらぐらしないでしっかりとか
たくくっついている状態,すなわち,通常の用法に従って使用している
場合に簡単に外れない状態を意味すると解される。加えて,上記のとお
り「固着して」という文言が特許請求の範囲に敢えて記載されているこ
とを踏まえると,「背後壁の立面にビスで固着して取付けてあり」とは,
背後壁の立面へのビスによる取付けのみで,通常の用法に従って使用し
ている場合に簡単に外れない状態が実現できていることを意味すると解
される。
このように,構成要件Bの「固着して」の趣旨に関しては,背後壁以
外の場所との結合を排除する趣旨を読み取ることができる。他方,本件
明細書等の図10記載の形態は本件発明の実施例ではなく,また,段落
【0092】は本件発明の技術的範囲に含まれる実施形態を説明するも
のでないことは前記のとおりである。したがって,この点に関する原判
決の判断は誤りである。
ウ被告各装置について
(ア)イ号装置について
イ号装置において,取付け補助部材である下枠補助材は,既設下枠の
背後壁の立面にビスで取り付けてあるだけではなく,既設下枠の底壁の
最も室内側の端部に連なる背後壁の上端側に位置している横向片の上側
に延設されている上側延設部においても,前記背後壁の横向片にビスで
取り付けられている。そして,既設下枠の背後壁の立面へのビスは,下
枠補助材を通常の用法に従って使用している場合に簡単に外れない状態
にするものではない。
したがって,イ号装置は構成要件Bを充足しない。
(イ)ロ号装置について
ロ号装置において,下枠補助材は,既設下枠の背後壁の立面にビスで
取り付けてあるだけではなく,その水平方向脚部において,ビスにより
室内側案内レールに固着されている下枠受け材によって,下側から支持
されている。そして,既設下枠の背後壁の立面へのビスは,下枠補助材
を通常の用法に従って使用している場合に簡単に外れない状態にするも
のではない。
したがって,ロ号装置は構成要件Bを充足しない。
(被控訴人らの主張)
ア「固着」の意義に関する控訴人の主張は控訴人独自の見解に過ぎず,本
件発明が「ビスで固着して取付け」たことで,直ちに「ビスによる取付
けのみで,通常の用法に従って使用している場合に(取付け補助部材と
背後壁の立面が)簡単に外れない状態が実現できている」もののみに限
定されているなどとはいえず,ましてや,そこから背後壁以外の場所と
の結合を排除する趣旨を読み取ることは不可能である。
また,控訴人は,本件明細書等の図10及び段落【0092】の記載
は本件発明の実施例に関するものではないとするけれども,その前提に
誤りがあることは前記のとおりである。
イ控訴人は,被告各装置は構成要件Bを充足しない旨主張するけれども,
構成要件Bは,背後壁の立面へのビスによる取付けのみで,取付け補助
部材である下枠受け材が通常の用法に従って使用している場合に簡単に
外れない状態を実現しているもののみに限定されないことは上記のとお
りである。控訴人の主張は,構成要件Bを誤って限定解釈したことによ
るものであり,誤りである。
(4)構成要件Dの「取付け補助部材で支持され」について
(控訴人の主張)
ア「取付け補助部材で支持され」の意義
原判決は,構成要件Dの「取付け補助部材で支持され」につき,改修
用下枠の室内寄りが取付け補助部材で「支持」されていると規定するも
のであるが,その支持の方法や方向は限定されない旨判示する。
しかし,構成要件Dの記載は,同じ改修用下枠の支持に関する部分に
おいて,その室外寄りについては「スペーサを介して…支持」とし,室内
寄りについてはそのような記載を敢えてしていないこと,本件特許の特
許請求の範囲には改修用下枠の室内寄りを支持する他の部材も記載され
ていないことに鑑みると,当該記載は,室内寄りについてはスペーサや
他の部材が支持するという構成を排斥する趣旨にほかならない。すなわ
ち,構成要件Dの「(前記改修用下枠の室内寄りが,)取付け補助部材
で支持され」とは,改修用下枠の室内寄りがスペーサや他の部材で支持
されることなく取付け補助部材のみで支持されていることをいうものと
解される。
原判決は,特許請求の範囲に支持の方法を限定する根拠となる記載が
あるにもかかわらず,その記載を見落として判断したものであり,この
点で原判決の判断は誤りである。
イロ号装置について
ロ号装置においては,改修用下枠を設置するに当たっての上下方向の
調整を,既設下枠の室内側案内レールの上側にスペーサを入れることに
よって行う設計となっていることから,改修用下枠の室内寄りは,下枠
補助材だけでなく下枠受け材及びその上に設置されたスペーサによって
も支えられている。
したがって,ロ号装置は,「取付け補助部材のみで支持され」たもの
ではなく,構成要件Dを充足しない。
(被控訴人らの主張)
控訴人は,構成要件Dの改修用下枠の支持に関する部分において,その
室外寄りについては「スペーサを介して…支持」と記載する一方で,その室
内寄りついてはそのような記載を敢えてしていないこと等は,室内寄りにつ
いては,スペーサや他の部材が支持するという構成を排斥する趣旨にほかな
らない旨主張するけれども,本件明細書等の記載全体を見てもそのような趣
旨を読み取ることはできず,控訴人独自の見解である。
本件発明において,改修用下枠の室内寄りについて「スペーサを介して…
支持」のような記載を敢えてしていないのは,本件発明にそのような限定を
付していないだけであるから,ロ号装置がスペーサを介する構成を備えたか
らといって,それを理由に本件発明の技術的範囲から外れるなどということ
はできない。
(5)被告各装置の商品体系について
(控訴人の主張)
ア原判決が本件発明の技術的範囲に含まれることを認めた被告各製品のう
ち,改修用の枠内にFIX部分や無目部分が存在する場合(イ-3,イ-5,
イ-6及びイ-7号装置並びにロ-2,ロ-4及びロ-6号装置)は,
以下のとおり,いずれも本件発明の技術的範囲に含まれない。したがっ
て,この点に関する原判決の判断は誤りである。
イ構成要件Cの「引戸枠」について
(ア)原判決は,イ-3,イ-5及びイ-6号装置並びにロ-2及びロ-
4号装置について,本件発明に係る特許請求の範囲及び本件明細書等
には,改修用引戸枠が独立して引違い窓を囲んでいる旨の記載はなく,
また,「枠」の辞書的な意味に鑑みても,独立して引違い窓を囲んで
いるものでなければ「引戸枠」ということはできないとすべき理由は
なく,さらに,仮に枠が独立して引違い窓を囲んでいる場合に限り
「引戸枠」に当たるものと解したとしても,FIX窓付きの引違い窓の全
体が「引戸」であるものと解すれば,改修用の枠が独立して「引戸」
であるFIX窓付きの引違い窓を囲んでいるということができるから,構
成要件Cの「改修用引戸枠」に当たる旨判示する。
(イ)しかし,「枠」とは,「木・竹・金属などの細い材で造り,器具の
骨または縁としたもの。」であり,「縁」とは,「物のはし。へり。
特に,まわりの枠。」であるから,「引戸枠」とは引き戸のまわりに
あるはしの骨の部分と考えられる。そうすると,構成要件Cの「引戸
枠」との文言から,当業者が改修用の枠の下枠,上枠及び左右2つの
竪枠の4つの部分の全てが同じ引き戸に接していなければならないも
のと理解することは明らかである。原判決には,「枠」の辞書的な意
味を十分に検討しなかった点において誤りがある。
そして,イ-3号装置及びロ-2号装置は,いずれも改修用枠の内側
がたて骨と呼ばれる部材によって左右に分けられており,引違い窓が左
右方向の一方の端部から他方の端部まで動かないため,改修用竪枠のう
ち左右どちらか一方は引違い窓と接することはない。また,イ-5号装
置及びロ-4号装置は,いずれも改修用の枠の内側が無目と呼ばれる部
材によって上下に分けられており,引違い窓はその下段部分(以下,
「段窓下段」といい,その上段部分を「段窓上段」という。)にしかな
く,改修用上枠は引違い窓と接することはない。他方,イ-6号装置は,
改修用の枠の内側が無目によって上下方向に分けられており,引違い窓
が段窓上段にしかなく,改修用枠の下枠は引違い窓と接することはない。
以上のとおり,イ-3,イ-5及びイ-6号装置並びにロ-2及びロ
-4号装置については,それぞれ「たて骨」ないし「無目」によって窓
全体が引き戸部分とFIX窓の部分とに分けられており,改修用の枠の下
枠,上枠及び左右2つの竪枠の4つの部分のうち,引き戸部分に接して
いない部分がどこか1つはある。したがって,これらの製品の改修用の
枠は,当該枠の下枠,上枠及び左右2つの竪枠の4つの部分全てが同じ
引き戸に接していないので,いずれも「引戸枠」に当たらない。
(ウ)また,「引戸」の辞書的な意味は「左右に開閉する戸」であること
から,左右に開閉することのできないFIX窓部分を「引戸」に含めて考
えることはできない。したがって,FIX窓付きの引違い窓の全体を「引
戸」と捉えることはできない。
(エ)他方,イ-7号装置及びロ-6号装置について,原判決は,上下二
つの引戸窓及び無目部分を含めて「引戸」に当たると解することがで
きるから,改修用の枠が独立して「引戸」を囲んでいるといえると判
示する。
しかし,これらの製品の段窓上段と段窓下段の間には無目が存在して
いるところ,「引戸」の上記辞書的な意味に照らせば,左右に開閉する
ことのできない無目の部分を「引戸」に含めて考えることはできない。
したがって,上下二つの引き戸窓及び無目部分を含めて「引戸」に当た
ると解することはできない。
そして,イ-7号装置及びロ-6号装置は,いずれも,改修用の枠の
内側が無目によって上下方向に分けられ,無目が段窓上段の下部と接し,
また,段窓下段の上部と接している。そうすると,これらの製品の改修
用の枠は,いずれも「引戸枠」に当たらない。
(オ)以上のとおり,イ-3,イ-5,イ-6及びイ-7号装置並びにロ
-2,ロ-4及びロ-6号装置の改修用の枠は,いずれも,「引戸枠」
に当たらないから,構成要件Cを充足しない。
ウ本件発明の作用効果との関係について
原判決は,本件発明の効果の「広い開口面積を確保できる」とは,従
来技術と比べて広い開口面積を確保することを意味するとした上で,イ
-3,イ-5,イ-6及びイ-7号装置並びにロ-2,ロ-4及びロ-
6号装置についても,従来技術と比較すれば有効開口面積が拡大してお
り,本件発明の効果を奏している旨判示する。
しかし,本件発明の効果である「有効開口面積が減少することがなく,
広い開口面積を確保できる」(【0018】)とは,既設引戸枠の有効
開口面積に対して改修用引戸枠の有効開口面積を減少しないようにする
ことであるところ,「有効開口」とは,開きドアや引戸などで,人の出
入り,物の搬入のために完全な効率を与える開口面積をいう。しかるに,
イ-3,イ-5,イ-6及びイ-7号装置並びにロ-2,ロ-4及びロ
-6号装置については,「たて骨」,「無目」ないしFIX窓部分等により,
いずれも改修前よりも人の出入り,物の搬入のために完全な効率を与え
る開口面積(有効開口面積)が相当程度減少してしまうことから,本件
発明の作用効果を奏しない。
このため,これらの製品は,仮に構成要件C等を形式的に充足すると
しても,本件発明の作用効果を奏しないことから,本件発明の技術的範
囲に含まれない。
(被控訴人らの主張)
ア控訴人の主張は,要するに,イ-3及びロ-2号装置は,窓枠の中に
「たて骨」と呼ばれる縦方向の仕切り部材が設けられ,またイ-5,イ
-6及びイ-7号装置並びにロ-4及びロ-6号装置は,窓枠の中に
「無目」と呼ばれる水平方向の仕切り部材が設けられており,これらの
装置の引戸は,改修窓枠の下枠,上枠,及び左右の竪枠の全てに接して
いるものではないから,本件発明の構成要件Cの「改修引戸」に該当し
ないというものである。
しかし,以下のとおり,本件特許の特許請求の範囲及び本件明細書等
には,本件発明の改修引戸は改修窓枠の下枠,上枠,及び左右の竪枠の
全てに接しているものでなくてはならないとする根拠はなく,控訴人独
自の誤った主張に過ぎない。
イ(ア)控訴人は,イ-3号装置及びロ-2号装置につき,改修用枠の内側
がたて骨と呼ばれる部材によって左右に分けられており,引違い窓が
左右方向の一方の端部から他方の端部まで動かないため,改修用竪枠
のうち左右どちらか一方は引違い窓と接することはなく,これらの製
品においては,引違い窓は左右の片方がたて骨に接しているから,
「引戸枠」に該当しない旨主張する。
しかし,引違い部分の横にFIX部分が設けられていたとしても,製品
全体が改修引戸装置として位置づけられることになんら変わりはない。
本件発明の特許請求の範囲及び本件明細書等においても,引違い部分が
改修引戸装置の竪枠に接していなければならないとする記載は存在しな
い。仮に控訴人の解釈を前提にしても,その解釈から,引戸のまわりに
あるはしの骨の部分が必ず引戸に接するものでなければならないとの結
論に至るものではない。
(イ)控訴人は,「無目」の存在するイ-5号装置につき,改修用の枠の
内側が無目と呼ばれる部材によって上下に分けられており,引違い窓
が段窓下段にしかないため,改修用上枠は引違い窓と接することはな
いから,「引戸枠」に該当しない旨主張する。
しかし,ここでも,引違い部分の上部にFIX部分が設けられていたと
しても,製品全体が改修引戸装置として位置づけられることになんら変
わりがないこと,本件発明の特許請求の範囲及び本件明細書等において
も,引違い部分が改修引戸装置の上枠に接していなければならないとす
る記載が存在しないことは,上記と同様である。
このことは,同じく「無目」が存在するイ-6及びイ-7号装置並び
にロ-4及びロ-6号装置についても同様である。
(ウ)控訴人は,イ-3,イ-5,イ-6及びイ-7号装置並びにロ-2,
ロ-4及びロ-6号装置につき,たて骨や無目,FIX窓部分等により,
いずれも改修前よりも相当程度,人の出入り,物の搬入のために完全
な効率を与える開口面積(有効開口面積)が減少してしまうから,本
件発明の作用効果を奏しない旨主張する。
しかし,本件発明は,本件明細書等の記載(例えば【0011】~
【0012】,【0018】)にあるように,改修用下枠の下枠下地材
が既設下枠の案内レール上に直接乗載されることにより,改修用下枠と
改修用上枠との間の空間の高さの幅が小さくなる問題を,既設下枠の室
外側案内レールを撤去した既設下枠に改修用下枠を乗載することで解決
し,広い開口面積を確保するとの作用効果を得たのであって,改修用引
戸枠内にFIX部分等が存在することによって本件発明の作用効果がなく
なるなどということはない。
(6)補償金請求について
(被控訴人らの主張)
ア(ア)原判決は,本件特許権侵害とされた被告各装置のうち2割につい
て,本件発明の技術的範囲に属しない現場施工がされたと認めるのが相
当であるとするが,そのような施工がされた根拠として示されたものは
控訴人従業員の調査結果と称する陳述書や最終図面といえない設計手配
書なるものであり,カタログ上の裏付けもないことなどから,誤りであ
る。
(イ)また,現場施工の態様いかんにかかわらず,「特許を受けている発
明」の「物の譲渡の申出をする行為」である控訴人の行為は,被控訴
人らに損害をもたらす実施行為そのものである。
すなわち,一般の改修工事において,発注者は,控訴人の発行するカ
タログ等で明示された製品につき営業を受け,最終的な施工状態として
引き渡される以前の段階で対象製品を選定し,契約を行うのであって,
この段階で「譲渡等の申出をする行為」は,カタログ等で明示された製
品を前提として行われる。この控訴人の「譲渡等の申出をする行為」
は,100%の割合で本件特許権を侵害する行為であり,また,控訴人
が契約に至った後当該個別の改修物件における取引の機会を失した被控
訴人らは,この時点で既に損害を被っていることになる。
したがって,控訴人が「HOOK工法」,「HOOKSLIM」の名称を使
用しながら行った営業活動によって契約に至ったことは,それ自体で侵
害行為を構成し,補償金の対象となるのであって,現場で施工した物件
につき侵害行為該当性の欠如事由が存在することを前提とした原判決は
誤りである。
イ原判決は,本件における実施料率につき●●●●をもって相当である旨
判示するところ,本件において出願公開後のライセンス交渉により実施
料率を定めていたのであればこれを是認する余地があったとしても,訴
訟を通じて侵害の判断がされた段階でこれと同割合とするのでは,「侵
害をしていた方が得」という不合理な状況を生み出すことになる。
したがって,甲14の1及び2を前提に訴訟における侵害認定後の実
施料率を検討するのであれば,少なくとも●●とするのが合理的であっ
て,この点に関する原判決の判断は誤りである。
ウ被控訴人らは,控訴人に対し,平成18年10月5日から平成23年1
0月6日(本件特許の登録日の前日)までの期間,本件特許権侵害とさ
れた被告各装置の製造販売につき,実施料相当額を補償金として請求し
得るところ,当該期間内の控訴人の売上額は,別紙「損害額算定表」の
とおり,●●●●●●●●●●●●●であり,被控訴人らの補償金請求
額はそれぞれ●●●●●●●●●●(合計●●●●●●●●●●)であ
る。
エ控訴人の当審における補充主張について
(ア)控訴人は,補償金の算定における売上額にガラス代及び施工金額を
含めるのは適当でないとするが,控訴人が行うビル改修事業は,サッ
シ製品を部材として販売する事業だけではなく,サッシ製品にはめ込
むガラスや躯体への設置工事も一体となった事業であり,これが発明
の実施であるから,特許法65条1項の「その発明が特許発明である
場合にその実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の補償金」の
算定の基礎となる被告各装置の売上額からガラス代や施工金額を除外
する理由はない。
(イ)控訴人は,本件発明の技術的範囲に属しない現場施工のものの割合
につき,控訴人主張のとおりに認定されるべきである旨主張する。
しかし,そのような事由の存在を裏付ける十分な根拠はなく,また,
現場施工の態様いかんにかかわらず控訴人の行為は被控訴人らに損害を
もたらす実施行為そのものであることは,前記のとおりである。また,
現場施工に関する控訴人の主張は,原審において侵害論の審理が終了
し,損害論の審理に移った段階で突如として持ち出されたものであり,
現行の実務においてそのような主張は訴訟手続上許されるべきものでは
ない。
(ウ)控訴人は,補償金の算定における実施料率につき,せいぜい3%で
ある旨主張するけれども,その根拠については,具体的なデータを引
用することなく,もっぱら本件発明の技術的意義等の抽象論を述べる
だけである。前記のとおり,本件における実施料率は,少なくとも●
●とするのが合理的である。
(控訴人の主張)
ア補償金の算定における売上額にガラス代及び施工金額を含めるのは適当
でない。
原判決は,補償金の算定における売上額にガラス代及び施工金額が含
まれることを前提として,その売上額を算定している。
しかし,「実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額」(特許法65
条1項)は,特許発明の実施品,すなわち特許権の侵害品の売上額に実
施料率を乗じることで算出されるものであるところ,本件発明は,改修
引戸装置に関する発明であって,ガラスに関する発明でも取付け方法に
関する発明でもないから,ガラスそのものやガラス等のはめ込み,取付
け作業それ自体は本件発明の実施(品)に当たらず,本件特許権侵害と
された被告各装置に用いるガラスに関する売上額及び取付け工事に関す
る売上額につき本件発明の実施料が発生することはない。
そうである以上,補償金の算定における売上額にガラス代及び施工金
額を含めてはならないのであって,これらを含めている原判決の判断は
誤りである。
イ本件発明の技術的範囲に属しない現場施工のものの割合は,控訴人主張
のとおりに認定されるべきである。
原判決は,本件特許権侵害とされた被告各装置には本件発明の技術的
範囲に属しない現場施工のものが一定割合存在することは否定できない
としつつも,当該割合に関する控訴人の主張は控訴人独自の調査に基づ
くものであり,現実に本件発明の技術的範囲に属さない施工であると認
められないものが含まれる可能性もあるとして,上記被告各装置の2割
につき本件発明の技術的範囲に属しない現場施工がされたものと認める
のが相当である旨判示する。
しかし,控訴人は,原審において,被告各製品には本件発明の技術的
範囲に属しない現場施工のものが存在することとともに,調査結果を踏
まえてその具体的な割合を主張した。これに対し,被控訴人らは本件発
明の技術的範囲に属しない現場施工のものを除外することは許されない
と反論したことから,控訴人は,原裁判所の求めに応じ,上記調査結果
の信用性を裏付ける主張立証を提出するとともに,その信用性に疑義が
あるのであれば,裏付け資料を提出すべき任意の工事を被控訴人らにお
いて選択するよう2回にわたり提案するなどし,当該調査結果の信用性
を検証する機会を提供した。しかし,被控訴人らはこれに応じず,ま
た,原裁判所もこれを行わなかった。このような被控訴人らの対応は原
裁判所が当該調査結果を信用して本件発明の技術的範囲に属しない現場
施工の割合を認定することを容認したものにほかならず,また,原裁判
所の対応も,このような被控訴人らの対応を踏まえて,当該調査結果を
信用できるものとして本件発明の技術的範囲に属しない現場施工の割合
を認定することを表したものというべきである。
ところが,原判決は,本件発明の技術的範囲に属しない現場施工の割
合を上記調査結果とは異なる割合で認定したものであり,上記訴訟経過
に照らせば,このような認定は明らかに不当であり,誤っている。
また,本件発明の技術的範囲に属しない現場施工の割合の調査の対象
とした工事全ての製品手配図一式等を改めて精査等したところ,今回調
査をした窓のうち,本件発明の技術的範囲に明らかに属さない施工態様
の製品の割合は,イ号装置で42.1%,ロ-1,ロ-2,ロ-4及び
ロ-6号装置の下枠タイプAで53.7%であった。上記調査対象は,
イ号装置の総販売数量のうち90.5%,ロ-1,ロ-2,ロ-4及び
ロ-6号装置の下枠タイプAの総販売数量のうち88.3%に及ぶもの
で,かつ,調査対象は無作為に抽出したものであることに鑑みると,今
回調査をしていない部分についても,本件発明の技術的範囲に明らかに
属さない施工態様の製品は同程度存在すると考えるのが合理的である。
したがって,本件特許権侵害とされた被告各装置のうち,本件発明の
技術的範囲に明らかに属さない施工態様の製品の割合は,イ号装置で4
2.1%,ロ-1,ロ-2,ロ-4及びロ-6号装置の下枠タイプAで
53.7%である。
ウ補償金の算定における実施料率は,せいぜい3%である。
原判決は,本件における実施料率は●●●●と認めるのが相当である
旨判示する。
しかし,本件発明の作用効果は,従来技術では有効開口面積が減少し
てしまうという問題があったところ(【0010】),既設下枠の室外側案
内レールを切断して撤去することで,改修用下枠と改修用上枠との間の
空間の高さ方向の幅を大きくし,有効開口面積が減少することを防止
し,広い開口面積を確保する点にあるが(【0018】),このような作用
効果は,前記のとおり,原出願の当時の従来技術等により達成されてい
たことに鑑みると,本件発明独自の有意な作用効果ということはできな
い。すなわち,そもそも本件発明は進歩性を欠くものであるが,仮に進
歩性が認められるとしても,その程度は著しく低いものである。しか
も,本件発明は,JIS性能表示が定められているサッシ・ドアにおいて重
要とされる耐風圧性,気密性,水密性等の性能に関係する発明ではな
く,有効開口面積の減少を防ぐといういわば感性に訴えるだけの効果を
達成するものにすぎない。すなわち,本件発明の技術的価値は非常に低
いものといわざるを得ない。
他方,本件特許権侵害とされた被告各装置は,そのデザイン及び性能
面での優位性等様々な優れた特徴を有しており,その点での本件発明の
技術的意義は著しく低い。
これらの事情を踏まえると,本件において,「実施に対し受けるべき金
銭の額に相当する額」の算定における実施料率はせいぜい3%である。
エ被控訴人らの当審における補充主張について
被控訴人らは,控訴人が行った営業活動によって契約に至ったことは
それ自体で侵害行為を構成し,本件発明の技術的範囲に属しない現場施
工が一定割合存在することを理由として被告各装置の売上額から控除す
ることは認められない旨主張する。
しかし,上記被控訴人らの主張は時機に後れた攻撃防御方法であり却
下されるべきものである上,被控訴人らの主張に係る控訴人の利益は,
あくまで被告各装置の販売により得た利益であり,譲渡等の申出により
得た利益ではない。
また,本件発明は,改修引戸装置に関する発明であるところ,引戸装
置の改修工事は現場の既設下枠の状況等を踏まえて実施されるものであ
るから,当然,カタログ等に掲載されているとおりに工事が実施される
わけではなく,本件において控訴人が現場施工により侵害行為該当性の
欠如事由が生じると主張しているような物件においては,そもそも,当
該物件において本件発明が実施されることはない。
さらに,控訴人は,カタログ等に掲載された製品だけを前提として営
業活動を行っているという事実はなく,事前調査により判明した個別の
物件ごとの事情を踏まえて見積り段階における顧客に対する説明を行い,
これを踏まえて顧客は契約を締結する施工業者を選定するから,控訴人
の営業活動すなわち譲渡等の申出をする行為は「侵害」に該当しない。
(7)損害発生の有無及びその額について
(被控訴人らの主張)
ア原判決は,損害賠償との関係でも現場施工による売上額の減額を考慮す
るけれども,これが誤りであることは前記のとおりである。
イ原判決は,推定覆滅事由(寄与率)につき,引戸装置の改修方法及び改
修用引戸装置の製品としての価値は有効開口面積をより広くすることの
みではないから,本件特許権の対象製品に占める技術的価値は必ずしも
高いとはいえない,被告各装置のカタログ等においては,有効開口が広
いことのほかに多数の特長があるものとして説明していることなどから,
本件発明の効果である「開口面積が広い」こと以外の特長を重視して購
入する顧客も相当程度存在することが推認される,などとして,本件発
明の寄与率は●●●とするのが相当である旨判示する。
しかし,新築及び改修ビル市場において,階段状タイプで広い開口面
積を確保することができる手段を提供した本件発明の技術的価値は極め
て高く,また,被控訴人ら及び控訴人を含めた各メーカーは,カタログ
等により,自社装置がJIS性能表示において高い性能を有することなどを
表示し,それらの性能表示は各メーカーの装置においてほぼ同一である
から,本件発明が被告各装置に占める貢献度は極めて高く,顧客は,本
件発明が対象とする特徴的構成や広い開口面積を確保することに注目し
て被告各装置を購入するのであり,原判決が掲げる要素等により購入動
機を形成するものではない。
そして,「かぶせ工法」において開口が大きく取れる特徴を有する階段
状タイプの改修用下枠を有する装置は被控訴人らの装置と被告各装置し
かなく,しかも,両者は「かぶせ工法」市場において大部分の市場占有
率を占め,その販売価格にほとんど差異がなく,営業努力及びブランド
力においてはむしろ被控訴人らの方が大きいことに鑑みると,本件発明
の寄与率は少なくとも70%と認めるのが相当である。したがって,こ
の点に関する原判決の判断は誤りである。
ウ被控訴人らの請求し得る損害賠償額
控訴人が,本件特許権の登録された平成23年10月7日以降に,本
件特許権侵害とされた被告各装置の製造販売により受けた利益の額は,
別紙「損害額算定表」記載のとおり,売上額が合計●●●●●●●●●
●●●●●限界利益率が●●●●●●寄与率が70%であることに鑑み
ると,合計●●●●●●●●●●●●である。
したがって,被控訴人らの損害額は,特許法102条2項により,そ
れぞれ●●●●●●●●●●●●と推定される。
また,本件事案の内容,難易,訴訟の経過及び認容額等諸般の事情を
考慮すると,控訴人の不法行為と因果関係のある損害としての弁護士費
用は合計3500万円(被控訴人らのそれぞれにつき1750万円)と
するのが相当である。
以上より,損害額の合計は3億8801万7666円(被控訴人らそ
れぞれにつき1億9400万8833円)である。
遅延損害金の発生時期については,別紙「損害額算定表」の「賠償金
の発生時期ごとの内訳」欄記載のとおりである。
エ控訴人の当審における補充主張について
(ア)本件発明の技術的範囲に属しない現場施工のものの割合に関する主
張ついては,前記のとおりである。
(イ)控訴人は,被告各装置の限界利益率は●●●●●である旨主張する
けれども,これを●●●●●とした原判決の判断に誤りはない。
乙60は,多くの工事の中から30件のみを控訴人が任意に抽出し,
その「経費割合」の平均をもって控訴人のHOOK製品全体の変動経費
割合とし,この数値をもとに限界利益を主張するものであり,しかも,
抽出した工事には不合理なもの,控訴人が恣意的に選択したものなどが
含まれることから,合理性を有するものではない。公表されている有価
証券報告書が示す控訴人の事業全体の数値割合をもってHOOK製品に
その割合を適用し,その変動費を認定する方がはるかに合理的である。
(ウ)控訴人は,本件発明の寄与率につき,せいぜい3%である旨主張す
るけれども,その前提とするガラス代及び施工金額に関する主張は前
記のとおり誤りである。
(控訴人の主張)
ア本件発明の技術的範囲に属しない現場施工のものの割合については,前
記のとおり,原判決の判断は不当なものであり,イ号装置については4
2.1%が,ロ-1,ロ-2,ロ-4及びロ-6号装置の下枠タイプA
については53.7%が,本件発明の技術的範囲に属しない現場施工が
されたものである。
イ被告各装置の限界利益率は●●●●●である。
原判決は,乙60の表を根拠に被告各装置の変動経費の割合を●●●
●●●限界利益率を●●●●●と認めることはできないとした上で,控
訴人の平成24年6月1日~平成25年5月31日の年度(第68期)
の有価証券報告書を踏まえて,●●●●●●●●●●●●●●●●●と
推認することが相当である旨判示した。
しかし,乙60の表は,対象工事の選定に当たり最大限合理的な値を
算出すべく考慮して作成されたものであり,被告各装置の限界利益率を
可能な限り正確に反映したものである。
他方,有価証券報告書に含まれる損益計算書及び製造原価明細書に記
載されている数値は,控訴人の事業全体に関するものであるところ,控
訴人は,ビル建材製品・住宅建材製品等の製造・販売等を行う建材事業
のほかにも様々な事業を行っており,事業により売上高や経費等は異な
る上,それぞれの事業の製品によっても売上高や経費等は異なり,しか
も,控訴人の事業・製品の中には,本件特許権侵害とされた被告各装置
よりも限界利益率が高いものが相当程度存在する。このため,控訴人の
事業全体の変動経費割合は,本件特許権侵害とされた被告各装置のそれ
よりも相当程度低いことは明らかである。
そうである以上,乙60の表は有価証券報告書に記載されている数字
よりも被告各装置の限界利益率を正確に反映したものであり,限界利益
率は●●●●●とされるべきである。
仮に,原判決の指摘を踏まえ,控訴人における人件費割合を考慮した
再計算をしたとしても,限界利益率は●●●●●と認定されるべきであ
る。
ウ本件特許権侵害とされた被告各装置に対する本件発明の寄与率はせいぜ
い3%であり,また,これらの製品に用いるガラスやその取付け工事に
対する本件発明の寄与率はせいぜい1%である。
原判決は,ガラスと被告各装置を併せて施工することによって本件発
明の技術的範囲に属する実施品となって需要者に販売されるものである
ことに照らせば,本件特許権侵害とされた被告各装置そのものの製造・
販売とガラス代及び施工金額に対する本件発明の寄与率を別異に評価す
べき理由があるとはいえないとした上で,これを●●●と認定した。
しかし,前記のとおり,本件発明は改修引戸装置に関する発明であっ
て,ガラスに関する発明や当該装置の取付け方法に関する発明ではない。
また,ガラスについては,控訴人が外部業者から購入したものを取り付
けているだけであるし,必ずしも被告各装置と一緒に控訴人を通じて購
入する必要があるものでもない。改修引戸装置の取付け工事については,
取り付けられる改修引戸装置が本件発明の実施品であるか否かによって,
取付け工事を行うか否かが決まるものではない。そうすると,本件特許
権侵害とされた被告各装置に用いるガラスやその取付け工事に対する本
件発明の需要者の購入動機への寄与は,仮に存在するとしても,装置本
体に対するそれよりも著しく小さいものであることは明らかである。
また,前記のとおり,本件発明の技術的意義が非常に低いものである
上に,被告各装置はデザイン及び性能等の面での優位性等の様々な特徴
があり,これが利点となって需要者の購入動機に大きく寄与している。
さらに,窓枠の改修だけでなく外装全体について総合的な提案を行う控
訴人の能力も,需要者の購入動機に大きく寄与している。
これらの事情を総合的に考慮すると,本件特許権侵害とされた被告各
装置本体に対する本件発明の寄与率はせいぜい3%であり,また,これ
らに用いるガラスや当該製品の取付け工事に対する寄与率は1%を超え
ることはない。この点に関する原判決の判断は誤りである。
エ被控訴人らの当審における補充主張について
(ア)本件発明の技術的範囲に属しない現場施工が一定割合存在すること
に関する被控訴人らの主張については,前記のとおりである。
(イ)被控訴人らは,寄与率に関して,被告各装置に占める本件特許権の
技術的価値は極めて高く,また,被告各装置が他社装置に比べて特に
優れているわけではない旨主張するけれども,この点に関する被控訴
人らの主張は時機に後れた攻撃防御方法であり,却下されるべきもの
である。また,被告各装置における本件発明の技術的価値が極めて低
いことは,前記のとおりである。
第3当裁判所の判断
1本件明細書等の記載
(1)本件明細書等の記載は,以下のとおり付加するほかは,原判決61頁1
行目~75頁1行目及び同頁記載の図のとおりであるから,これを引用する。
(2)原判決68頁7行目の末尾の後に,改行の上,以下のとおり加える。
「・『改修用下枠69およびそれに関連する構成について述べる。前記改修用
下枠69には,この改修用下枠69と既設下枠56との間の空間S1を室
外73に臨んで開放する水抜き孔84が,改修用下枠69の長手方向に間
隔をあけて複数形成される。この改修用下枠69は,室外73に臨んで略
水平な間口方向(図2の左右方向)に延びる前壁80と,前壁80の上端
部に室内68側へ屈曲して連なり,室外73から室内68に向かって上方
へ段差を成して傾斜する底壁81と,底壁81の最も室内68寄りの端部
付近から下方へ突出する支持壁89と,底壁81から上方へ突出する上記
の2本の案内レール66,67と,底壁81の最も室外73側の端部から
上方へ立ち上がる網戸レール83とを有する。』(段落【0024】)
・『底壁81は,室外73から室内68に向かって第1~第3底壁部85,
86,87を有する。…第3底壁部87は,室内側脚部分91と室内側
案内レール67との交差部から室内68側へ水平に突出し,前記間口方
向に延びる。この第3底壁部87の室内68側の端部付近の下面には,
前記支持壁89が一体的に形成される。』(段落【0025】)
・『前記既設下枠56は,下縁部55の室外73に臨む壁面100に室外7
3側から当接して支持される断面がL字状の室外側脚部101と,室外
側脚部101の前記壁面100から最も離れた遊端部に直角に連なる前
壁102と,前壁102の上端部から室内68に向かって上方へ傾斜す
る排水勾配i2を有する底壁103と,底壁103の最も室内68側の
端部に連なり,室内側案内レール67と同一高さまで立ち上がる背後壁
104と,背後壁104と前記底壁103との交差部から下方へ突出す
る断面がL字状の室内側脚部105と,室外側案内レール114と,室
内側案内レール115とを有する。』(段落【0027】)
・『前記室外側案内レール114は,改修用下枠69を装着するにあたって,
改修用下枠69の取付けスペースを確保するため,図1および後述の図
3の仮想線で示されるように,付け根付近から切断されて撤去されてい
る。』(段落【0028】)
・『このような既設下枠56と改修用下枠69との間には,取付け補助部材
106が介在される。この取付け補助部材106は,室外側壁部107
と,室内側壁部108と,室外側壁部107および室内側壁部108の
各上端部に連なる上壁部109とを有し,断面逆U字状の長尺材から成
る。この取付け補助部材106は,既設下枠56に,室内側案内レール
115に室外73側から室外側壁部107を当接させ,かつ背後壁10
4に室外73側から室内側壁部108を当接させた状態で,前記上壁部
109を上方にして装着される。前記室外側壁部107は,室内側案内
レール115にビス110によって固定される。』(段落【0029】)
・『取付け補助部材106の上壁部109には,装着された改修用下枠69
の室内側脚部分91と支持壁89とが支持され,第3底壁部87がビス
111によって固定される。また,前壁80は,ビス112によって既
設下枠56の前壁102に固定される。』(段落【0030】)
・『このようにして改修用下枠69が既設下枠56に取付けられた状態では,
第3底壁部86の最も室内68側の端部112が既設下枠56の背後壁
104に室外73側から当接し,前記前壁80が既設下枠56の前壁1
02に当接して,改修用下枠69が既設下枠56に対して図1の左右方
向である見込み方向に位置決めされ,位置決め作業に手間がかからず,
容易に取付けることができる。』(段落【0031】)」
(3)原判決70頁1行目の末尾の後に,改行の上,以下のとおり加える。
「・『以上のように本実施の形態によれば,改修用下枠69は既設下枠56に
室外73側から当接して支持され,各改修用竪枠70,71は各既設竪枠
59,60に室外73側から当接して支持され,改修用上枠72は既設上
枠62に室外73側から当接して支持される。また,各竪枠用保持部材7
4,75は各既設竪枠59,60に室内68側から当接して支持されて,
前記各改修用竪枠70,71にそれぞれ連結され,こうして各改修用竪枠
70,71が前記竪枠用保持部材74,75と協働して既設竪枠59,6
0に取付けられる。さらに,上枠用保持部材76は既設上枠62に室内6
8側から当接して支持されて,前記改修用上枠72に連結され,こうして
改修用上枠72が前記上枠保持部材76と協働して既設上枠62に取付け
られる。』(段落【0056】)
・『前記従来の技術のように,改修用下枠と下枠下地材との間,各改修用竪
枠と各竪枠下地材との間,および改修用上枠と上枠下地材との間に,下
枠補助材,竪枠補助材および上枠補助材が介在されないので,改修用上
枠72と改修用下枠69との間の間隔,すなわち高さ方向の幅が大きく
減少せず,また各改修用竪枠70,71間の水平方向の間隔,すなわち
間口方向の幅が大きく減少せず,広い有効開口面積を確保することがで
きる。』(段落【0058】)
・『また本実施の形態によれば,前記各竪枠用保持部材74,75と各既設
竪枠59,60との間および各竪枠用保持部材74,75と各改修用竪
枠70,71との間には,竪枠用シール材77が見込み方向(図3の左
右方向)に介在され,改修用上枠72と既設上枠62との間には,上枠
用シール材78が見込み方向に介在され,改修用下枠69と既設下枠5
6との間には,下枠用シール材79が見込み方向に介在されるので,有
効開口面積を高さ方向および間口方向のいずれにも減少させずに,気密
性および水密性を向上し,雨水および風の室外73から室内68への浸
入を確実に防ぐことができる。』(段落【0059】)
・『さらに本実施の形態によれば,前記改修用下枠69には水抜き孔84が
形成されるので,改修用下枠69と既設下枠56との間の空間S1に外
部から浸入した水,および空間S1内の結露によって生じた結露水など
を室外73に排出して,室内68への水の浸入および漏洩を確実に遮断
することができる。
また,本実施の形態によれば既設下枠56の室外側案内レール114
を切断して撤去し,取付け補助部材106の上壁部109に改修用下枠
69の室内側脚部分91と支持壁89を支持しているので,改修用下枠
13と改修用上枠15との間の空間の高さ方向の幅が大きく,有効開口
面積が減少することが少ない。
しかも,取付け補助部材106を基準として改修用下枠69を取付け
できるから,既設下枠56の形状,寸法に応じた形状,寸法の取付補助
部材106を用いることで,同一の改修用下枠69を取付けできる。』
(段落【0060】)」
2本件特許の出願経過
前提事実,証拠(各項に掲記のもの)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許
の出願経過に関し,以下の事実が認められる。
(1)被控訴人ら及び日本アルミ(以下では,日本アルミを含む場合も含めて
「被控訴人ら」という。)は,平成18年3月17日,原出願(特願200
3-62183号)からの分割出願として,本件特許に係る出願(特願20
06-74123号)をしたが,平成21年7月10日付けで特許庁から特
許法36条6項2号及び29条2項を理由とする拒絶理由通知を受けたこと
から,同年9月14日付け意見書及び手続補正書を提出した。しかし,特許
庁は,平成22年1月14日付けで,上記拒絶理由通知書記載の特許法29
条2項の理由により,本件特許に係る出願につき拒絶査定をした。(甲2,
乙4,20,334,335,337)
(2)そこで,被控訴人らは,同年4月16日,特許庁に対し,拒絶査定不服
審判を請求するとともに(不服2010-8087号),手続補正書を提出
した。当該補正により,請求項4に関しては,本件発明の構成要件E「前記
背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであり」を除く構成要件を
全て備える発明が記載されることとなった。(甲2,乙338)
(3)被控訴人らは,上記補正後の請求項4に係る発明を含む請求項1~6に
係る発明について,特許法29条2項を理由とする平成23年3月10日付
け拒絶理由通知(以下「進歩性欠如の拒絶理由通知」という。)を受けた。
当該拒絶理由通知には,以下の内容が含まれる。(乙339)
・相違点2(既設下枠について,本願発明1が「室内側案内レールと室外
側案内レールを備え」るものであって,改修に際し,「室外側案内レー
ルを付け根付近から切断して撤去」するのに対し,刊行物1(特開昭6
1-229086号公報。乙344)記載の発明では,室内側案内レー
ルや室外側案内レールを備えるものではなく,改修に際し,室外側案内
レールを付け根付近から切断して撤去しない点)について,刊行物1記
載の発明において,既設下枠が室内側案内レールと室外側案内レールと
を備える場合に,改修に際し,既設下枠の案内レールを付け根付近から
切断して撤去することは,当業者であれば容易に思い付くことであり,
その際に,室内側案内レールと室外側案内レールのうちのいずれを撤去
するかは,当業者が必要に応じて随時採用する設計事項にすぎない。
・相違点6(改修用下枠の室外寄りの支持について,本願発明1が「スペ
ーサを介して既設下枠の室外寄りに接して支持する」のに対し,刊行物
1記載の発明ではこのようにしていない点)について,下枠をスペーサ
を介して支持することは当該技術分野における周知技術であり,特に,
特許第3223993号公報(乙345)には,改修用下枠の室外寄り
をスペーサを介して既設下枠の室外寄りに接して支持することが記載さ
れているから,刊行物1記載の発明において,改修用下枠の室外寄りを
スペーサを介して既設下枠の室外寄りに接して支持することは,当業者
であれば容易に思い付くことである。
・本願発明1の上記相違点に係る各構成は,当業者であれば容易に思い付
くことであり,また,このようにしたことによる格別の作用効果も認め
られない。本願発明4~6は,本願発明1~3と同様に,刊行物1,2
記載の発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明することがで
きたものである(裁判所注:刊行物2とは特開平10-30377号公
報(乙341)である。)。
(4)被控訴人らは,同年5月27日に特許庁審判官より補正案の検討を促さ
れたことから,同年6月15日,請求項4に「前記背後壁の上端と改修用下
枠の上端がほぼ同じ高さであり」(構成要件E)を追加する内容を含む補正
案を作成し,特許庁審判官に対して送付した。特許庁審判官は,同日,この
補正案を了承し,被控訴人らに対し,「拒絶理由通知で補正の機会を作る」
旨伝えた。(乙5の1,乙5の2)
(5)被控訴人らは,同月21日付で,上記(2)の補正後の請求項1~6に係る
発明について,特許法36条6項1号を理由とする拒絶理由通知(以下「サ
ポート要件違反の拒絶理由通知」という。)を受けた。当該拒絶理由通知書
には,以下の内容が含まれる。(乙6)
・本願の請求項1~6には,広い開口面積を確保する本願の課題に対応し
た構成が記載されていない。よって,請求項1~6に係る発明は,発明
の詳細な説明に記載したものではない。
・なお,同月15日付け補正案のとおり補正すればこの限りではない。
(6)被控訴人らは,同年7月8日,特許庁に対して手続補正書を提出し,上
記補正案のとおりに補正し,本件発明が本件特許の特許請求の範囲請求項4
に記載されることとなった。(乙7)
(7)特許庁は,同年9月2日付けで,上記補正後の本件発明を含む請求項1
~6に係る発明について,「原査定を取り消す。本願の発明は,特許すべき
ものとする。」旨の審決をした。同審決には,以下の内容が含まれる。(乙
3)
・請求項1~6に係る発明は,「取付け補助部材を既設下枠の底壁の最も
室内側の端部に連なる背後壁の立面にビスで固着して取付け」,「改修
用下枠の室内寄りを前記取付け補助部材で支持し,前記背後壁の上端と
改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであり,」との構成により,既設引戸
を改修用引戸に改修する際に有効開口面積が減少してしまうという課題
を解決するものであって,当該構成は引用文献や他の文献から容易にな
し得たものであるとはいえず,他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
3構成要件Eについて
(1)事案に鑑み,まず構成要件E「前記背後壁の上端と改修用下枠の上端が
ほぼ同じ高さであり」の解釈及び被告各装置によるその充足性について検討
する。
(2)構成要件Eの解釈について
ア特許請求の範囲の記載によれば,構成要件Eの「前記背後壁」は,「既
設下枠の底壁の最も室内側の端部に連なる」(構成要件B)ものであり,
改修の前後でその「高さ」が変わるものではない。他方,同「改修用下
枠」は,その「室外寄りが,スペーサを介して既設下枠の室外寄りに接
して支持されると共に,」その「室内寄りが,前記取付け補助部材で支
持され」(構成要件D)るものである。このため,構成要件Eの「前記
背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さ」であることに寄与し
ているのは,主に「改修用下枠」を支持する「取付け補助部材」である
ということができる。
この「取付け補助部材」について,本件明細書等の記載を見ると,
「既設引戸枠の形状,寸法に応じた形状,寸法の取付け補助部材を用い
る」(【0018】),「その取付用補助部材106の高さ寸法を変え
ることで,異なる形状の既設下枠56にも同一形状の改修用下枠56
(裁判所注,改修用下枠69の誤記であると認める。)を,その支持壁
89と背後壁104を同一高さに取付けることが可能である。」(【0
091】)との記載がある。しかも,段落【0018】には,上記記載
に先行して,「既設下枠の室外側案内レールを切断して撤去したので,
改修用下枠と改修用上枠との間の空間の高さ方向の幅が大きく,有効開
口面積が減少することがなく,広い開口面積が確保できる。」との記載
もある。
これらの事情を総合すると,構成要件Eの「同じ高さ」とは,「取付
け補助部材」で「改修用下枠」を支持することにより,「背後壁の上端」
と「改修用下枠の上端」とを,その間に高さの差が全くないという意味
での「同じ高さ」とした場合を意味するものと理解するのが最も自然で
ある。
他方,「ほぼ同じ高さ」について,定義その他その意味内容を明確に
説明する記載は,本件明細書等には見当たらないが,以上に検討した点
を併せ考えると,ここでいう「ほぼ同じ高さ」とは,「取付け補助部材」
の高さ寸法を既設下枠の寸法,形状に合わせたものとすることにより,
「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」とを,その間に高さの差が全
くないという意味での「同じ高さ」とする構成を念頭に,しかし,その
ような構成にしようとしても寸法誤差,設計誤差等により両者が完全に
は「同じ高さ」とならない場合もあり得ることから,そのような場合を
も含めることを含意した表現と理解することが適当である。
イ(ア)このように解することは,本件明細書等の図1に示された実施の形
態につき「前壁102の上端部から室内68に向かって上方へ傾斜する
…底壁103の最も室内68側の端部に連な」る「背後壁104」が,
「室内側案内レール67と同一高さまで立ち上がる」ものとされ(【0
027】),また,同図6に示された実施の形態につき「既設下枠56
の背後壁104の上端部に室内68側に向かう横向片104aを有し,
この横向片104aと改修用下枠69の支持壁89の上端が同一高さで
ある」と記載されている(【0069】)一方で,図1及び6の実施の
形態と比較すると「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」の「高さ」
に図面上明らかに差が認められる図10及び11の実施の形態について
は,「例えば,図10に示すように取付け補助部材106の高さ寸法を
大きくして室内側壁部108を底壁103に当接し,かつ室内側案内レ
ール115にビス110で取付ける。…この場合には,支持壁89が背
後壁104より若干上方に突出する。」(【0092】)と記載され,
「同一高さ」等の表現が用いられていないこととも整合する。
(イ)本件特許の出願経過に鑑みても,構成要件Eについては上記のよう
に解釈することが適当というべきである。
すなわち,被控訴人らが構成要件E「前記背後壁の上端と改修用下枠
の上端がほぼ同じ高さであり」を追加したのは,拒絶査定不服審判の請
求と同時にされた手続補正書による補正後の請求項1~6に係る発明に
対する進歩性欠如の拒絶理由通知,これを受けての被控訴人らによる補
正案の作成と特許庁審判官によるその了承,サポート要件違反の拒絶理
由通知という経過を経た後の手続補正においてである。そうすると,構
成要件Eの追加は,上記サポート要件違反の拒絶理由を解消するために
のみなされたか,これと同時に上記進歩性欠如の拒絶理由も解消するた
めになされたかのいずれかの意図によるものと理解される。
そして,サポート要件違反の拒絶理由通知には「本願の請求項1~6
には,広い開口面積を確保する本願の課題に対応した構成が記載されて
いない。」と記載されている。本件明細書等の記載によれば,この「広
い開口面積を確保する本願の課題」については,①既設下枠に存在した
室外側案内レールを切断撤去してできたスペースを利用することで広い
開口面積を確保し,「有効開口面積が減少することが少ない」(本件明
細書等【0060】)ようにすることを意味するものと理解することが
できる一方で,②「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」とを「ほぼ
同じ高さ」とすることで「有効開口面積が減少することがな」い(【0
018】)ようにすることを意味するものと理解することも可能である。
しかし,「広い開口面積を確保する本願の課題」を①の意味に理解す
る場合,このような課題は本件明細書等の記載から見て本件発明により
当然に解決されるべきものであるから,本件特許に係る出願の審査段階
の当初から拒絶理由として通知されてしかるべきものである。ところが,
実際には,サポート要件違反の拒絶理由は,審査段階のみならず審判段
階でも1度目の拒絶理由通知では指摘されず,審判段階での2度目の拒
絶理由通知で指摘されたのであり,このような経緯に鑑みると,「広い
開口面積を確保する本願の課題」の意味を①の趣旨でサポート要件違反
の拒絶理由通知がされたものと理解することは不自然というべきである。
他方,上記経過につき,審判合議体が,進歩性欠如の拒絶理由は「前
記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであり」(構成要件
E)との構成が追加されることで解消されると判断し,被控訴人らに更
に補正の機会を与えるために,「広い開口面積を確保する本願の課題」
につき②の意味を念頭にサポート要件違反の拒絶理由を通知したものと
理解するならば,2度目の拒絶理由通知の段階において敢えてサポート
要件違反の拒絶理由のみを通知したことも合理的かつ自然なこととして
把握し得る。現に,審判合議体は,「既設引戸を改修用引戸に改修する
際に有効開口面積が減少してしまうとういう課題を解決するものあっ
て」,「当該構成は引用文献や他の文献から容易になし得たものである
とはいえず」との審決書の記載から明らかなとおり,サポート要件違反
の拒絶理由通知を契機として「前記背後壁の上端と改修用下枠の上端が
ほぼ同じ高さであり」という構成要件Eが追加されたことによりサポー
ト要件違反及び進歩性欠如の拒絶理由がいずれも解消されたものとして
判断しており,このことは上記理解と整合的である。
ウ被控訴人らの主張について
(ア)被控訴人らは,本件発明において,改修用下枠の上端と背後壁の上
端との高さの差に一定の制限を設けないと,室外側案内レールを切断
撤去することにより従来技術に比べ開口面積の減少を少なくし,広い
開口面積を確保することが可能になったにもかかわらず,その取付け
スペースを利用しないことにより改修用下枠が取付けスペース内に沈
み込まないために,本件発明の効果を達成し得ない構成も文言上包含
されてしまうことから,本件発明の効果を達成できる範囲内において,
既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの関係を規定した
のが構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」であると主張する。
しかし,取付けスペースを利用することを規定したいのであれば,例
えば,改修用下枠の一部が,既設下枠の室外側案内レール(切断して撤
去されている。)が存在した高さよりも低い位置に挿入されることを規
定するなど,端的に取付けスペースを利用することを明確にする補正を
すればよいのであって,取付けスペースを利用しない構成を除外する目
的で既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの関係を請求項
に記載することの合理性は乏しいというべきである。
(イ)また,被控訴人らは,改修用引戸枠を既設引戸枠にかぶせて取り付
けるものである以上,有効開口面積は必ず減少するのであるから,本
件発明の課題(作用効果)を既設引戸を改修用引戸に改修する際に有
効開口面積を減少することがないようにすること(本件明細書等【0
018】)と理解するのは誤りであるとする。
しかし,本件明細書等には「有効開口面積が減少することが少ない」
(【0060】)と「有効開口面積が減少することがな」い(【001
8】)という異なる表現が用いられているのであるから,両者を区別し
た上で,「有効開口面積が減少することがない」ことの意味を探求しよ
うとするのはむしろ当然である。そして,本件明細書等の記載からは,
本件発明は改修引戸装置の下枠の態様に重点が置かれたものと考えられ
るのであるから,その作用効果の説明を理解するに当たり下枠に着目し,
改修用引戸の取付けにより客観的には有効開口面積が減少していても,
「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」を文字通り「ほぼ同じ高さ」
とすることにより下枠に関しては「有効開口面積を減少することがない」
という作用効果が得られることが表現されていると解することには十分
な合理性があるといえる。
(ウ)さらに,被控訴人らは,本件明細書等の図10の実施の形態は図6
をベースとした態様であるところ,図6の実施の形態は「図1と図2
と同様な作用効果を奏する」(【0091】)ものであり,図1及び
2の作用効果に関する段落【0058】~【0060】においては
「改修用下枠13と改修用上枠15との間の空間の高さ方向の幅が大
きく,有効開口面積が減少することが少ない。」(【0060】)な
どとされていることから,図10の実施の形態を本件発明の実施形態
とみるのは当然であるなどと主張する。
しかし,この主張は,本件発明の作用効果が「有効開口面積が減少す
ることが少ない」というものであることを前提としている点で失当であ
る。その点を措くとしても,図1及び2の実施の形態も本件発明の全て
の構成要件を備えているものとはいいがたく(構成要件B及びDを欠く
と見られる。),また,段落【0058】~【0060】に記載された
作用効果は,構成要件Eを備えることを前提としているとは必ずしもい
えない。そして,図10に示された実施の形態自体,構成要件B,D及
びFを欠いているのであって,それにもかかわらず構成要件Eは備えて
いるというべき根拠はない。
(エ)その他被控訴人らが縷々主張する事情を考慮しても,この点に関す
る被控訴人らの主張は採用し得ない。
(3)被告各装置の構成要件Eの充足性について
ア上記のとおり,構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」とは,「取付け補助部材」
の高さ寸法を既設下枠の寸法,形状に合わせたものとすることにより,
「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」とを,その間に高さの差が全
くないという意味での「同じ高さ」とする構成を念頭に,しかし,その
ような構成にしようとしても寸法誤差,設計誤差等により両者が完全に
は「同じ高さ」とならない場合もあり得ることから,そのような場合を
も含めることを含意した表現であると理解される。
そうすると,「取付け補助部材」により「改修用下枠」を支持するこ
とで「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」とを「同じ高さ」にしよ
うとはしておらず,その結果,「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」
との「高さ」の差が明らかに「段差」と評価される程度に至っている場
合には,もはや構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」に含まれないと解される。
なぜなら,本件発明は「経年変化によって老朽化した集合住宅などの建
物」の「リフォーム」に関するものであるところ(本件明細書等【00
02】),リフォームに際して「段差」と評価されるものを設けるか否
かは当然に考慮されるべき事項であり,明らかに「段差」と評価される
ものを敢えて設けたにもかかわらず,「ほぼ同じ高さ」に含まれると解
することは,当業者の一般的な理解とは異なるからである。
そして,証拠(乙27の1,2)によれば,バリアフリー住宅の基準
として,設計寸法で3mm以下の一般床部の段差形状は「段差なし」と評
価されていることが認められる。
イ証拠(乙32,34)及び弁論の全趣旨によれば,イ号装置(HOOK
工法)のカタログには,主として既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠
の上端の高さの差が5mmの製品及び13.5mmの製品の図面が掲載さ
れており,既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差がこ
れら以外の製品の図面は掲載されていないこと,ロ号装置(HOOKSLIM)
のカタログには,主として既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端
の高さの差が5mmの製品の図面が掲載されており,それ以外の高さの差
の製品の図面は掲載されていないことが認められる(なお,同カタログ
4頁には,従来製品との対比を説明した部分においてこの高さの差を3
mmとする記載が見られるが,これに対応する製品の図面は見当たらな
い。)。また,控訴人は,被告各装置につき,①美観への配慮及び結露
水対策の観点から,既設下枠の横向き片の上面に約5mm以上の肉厚部分
が生じるように設計していること,②内障子を慳貪式に建て込む方法を
取ることとの関係で,改修用下枠の上端をなす室内側案内レールの上端
を既設下枠の背後壁の上端より敢えて5mm以上高くしていること,③控
訴人の新築用のビル用サッシ製品と内外障子及び網戸を兼用する必要に
より,背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差を5mm以上に設定す
る必要があることから,既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の
高さの差を意識的に5mm以上確保している旨説明しているところ(乙3
46),その内容に不自然ないし不合理な点その他その信用性に疑義を
差し挟むべき事情は見当たらない。
以上より,被告各装置には,既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の
上端の高さの差が5mm未満のものは存在せず,その理由は,控訴人が意
識的に既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端との高さに5mm以上
の差を設けていることによるものと認められる。
そうすると,被告各装置は,「既設下枠の背後壁の上端」と「改修用
下枠の上端」とを「同じ高さ」にしようとはしておらず,その結果,両
者の高さの差がバリアフリーの観点から明らかに「段差」と評価される
程度に至っていることから,構成要件Eを充足せず,本件発明の技術的
範囲に含まれないというべきである。この認定に反する被控訴人らの主
張はいずれも採用し得ない。
4したがって,その余の点について論ずるまでもなく,被告各装置は本件発
明の技術的範囲に属さないから,本件特許権を侵害するものということはで
きず,被控訴人らの控訴人に対する被告各装置の製造・譲渡の差止め等の請
求,補償金請求及び不法行為に基づく損害賠償請求はいずれも理由がない。
第4結論
そこで,控訴人の控訴に基づき,原判決中控訴人敗訴部分を取り消して同部
分に係る被控訴人らの請求をいずれも棄却し,被控訴人らの附帯控訴は理由が
ないからいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
鶴岡稔彦
裁判官
杉浦正樹
裁判官
寺田利彦
(別紙)
当事者目録
控訴人兼附帯被控訴人三協立山株式会社
(以下「控訴人」という。)
同訴訟代理人弁護士三村量一
同羽鳥貴広
同面山結
同補佐人弁理士岩﨑孝治
被控訴人兼附帯控訴人YKKAP株式会社
(以下「被控訴人YKKAP」という。)
被控訴人兼附帯控訴人日本総合住生活株式会社
(以下「被控訴人日本総合住生活」という。)
被控訴人ら訴訟代理人弁護士
小池豊
同櫻井彰人
同石井隼平
同補佐人弁理士根本恵司
(別表添付省略)

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◎業務に関する質問等可能
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