弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     検察官の本件各控訴を棄却する。
         理    由
 弁護人の各上告趣意のうち憲法の違反または憲法の解釈の誤りをいう点について。
 当裁判所は、憲法三七条一項の保障する迅速な裁判をうける権利は、憲法の保障
する基本的な人権の一つであり、右条項は、単に迅速な裁判を一般的に保障するた
めに必要な立法上および司法行政上の措置をとるべきことを要請するにとどまらず、
さらに個々の刑事事件について、現実に右の保障に明らかに反し、審理の著しい遅
延の結果、迅速な裁判をうける被告人の権利が害せられたと認められる異常な事態
が生じた場合には、これに対処すべき具体的規定がなくても、もはや当該被告人に
対する手続の続行を許さず、その審理を打ち切るという非常救済手段がとられるべ
きことをも認めている趣旨の規定であると解する。
 刑事事件について審理が著しく遅延するときは、被告人としては長期間罪責の有
無未定のまま放置されることにより、ひとり有形無形の社会的不利益を受けるばか
りでなく、当該手続においても、被告人または証人の記憶の減退・喪失、関係人の
死亡、証拠物の滅失などをきたし、ために被告人の防禦権の行使に種々の障害を生
ずることをまぬがれず、ひいては、刑事司法の理念である、事案の真相を明らかに
し、罪なき者を罰せず罪ある者を逸せず、刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現する
という目的を達することができないことともなるのである。上記憲法の迅速な裁判
の保障条項は、かかる弊害発生の防止をその趣旨とするものにほかならない。
 もつとも、「迅速な裁判」とは、具体的な事件ごとに諸々の条件との関連におい
て決定されるべき相対的な観念であるから、憲法の右保障条項の趣旨を十分に活か
すためには、具体的な補充立法の措置を講じて問題の解決をはかることが望ましい
のであるが、かかる立法措置を欠く場合においても、あらゆる点からみて明らかに
右保障条項に反すると認められる異常な事態が生じたときに、単に、これに対処す
べき補充立法の措置がないことを理由として、救済の途がないとするがごときは、
右保障条項の趣旨を全うするゆえんではないのである。
 それであるから、審理の著しい遅延の結果、迅速な裁判の保障条項によつて憲法
がまもろうとしている被告人の諸利益が著しく害せられると認められる異常な事態
が生ずるに至つた場合には、さらに審理をすすめても真実の発見ははなはだしく困
難で、もはや公正な裁判を期待することはできず、いたずらに被告人らの個人的お
よび社会的不利益を増大させる結果となるばかりであつて、これ以上実体的審理を
進めることは適当でないから、その手続をこの段階において打ち切るという非常の
救済手段を用いることが憲法上要請されるものと解すべきである。
 翻つて本件をみるに、原判決は、「たとえ当初弁護人側から本件審理中断の要請
があり、その後訴訟関係人から審理促進の申出がなかつたにせよ、一五年余の間全
く本件の審理を行なわないで放置し、これがため本件の裁判を著しく遅延させる事
態を招いたのは、まさにこの憲法によつて保障された本件被告人らの迅速な裁判を
受ける権利を侵害したものといわざるを得ない。」という前提に立ちながら、「刑
事被告人の迅速な裁判を受ける憲法上の権利を現実に保障するためには、いわゆる
補充立法により、裁判の遅延から被告人を救済する方法が具体的に定められている
ことが先決である。ところが、現行法制のもとにおいては、未だかような補充立法
がされているものとは認められないから、裁判所としては救済の仕様がないのであ
る。」との見解のもとに、公訴時効が完成した場合に準じ刑訴法三三七条四号によ
り被告人らを免訴すべきものとした第一審判決を破棄し、本件を第一審裁判所に差
し戻すこととしたものであり、原判決の判断は、この点において憲法三七条一項の
迅速な裁判の保障条項の解釈を誤つたものといわなければならない。
 そこで、本件において、審理の著しい遅延により憲法の定める迅速な裁判の保障
条項に反する異常な事態が生じているかどうかを、次に審案する。
 そもそも、具体的刑事事件における審理の遅延が右の保障条項に反する事態に至
つているか否かは、遅延の期間のみによつて一律に判断されるべきではなく、遅延
の原因と理由などを勘案して、その遅延がやむをえないものと認められないかどう
か、これにより右の保障条項がまもろうとしている諸利益がどの程度実際に害せら
れているかなど諸般の情況を総合的に判断して決せられなければならないのであつ
て、たとえば、事件の複雑なために、結果として審理に長年月を要した場合などは
これに該当しないこともちろんであり、さらに被告人の逃亡、出廷拒否または審理
引延しなど遅延の主たる原因が被告人側にあつた場合には、被告人が迅速な裁判を
うける権利を自ら放棄したものと認めるべきであつて、たとえその審理に長年月を
要したとしても、迅速な裁判をうける被告人の権利が侵害されたということはでき
ない。
 ところで、公訴提起により訴訟係属が生じた以上は、裁判所として、これを放置
しておくことが許されないことはいうまでもないが、当事者主義を高度にとりいれ
た現行刑事訴訟法の訴訟構造のもとにおいては、検察官および被告人側にも積極的
な訴訟活動が要請されるのである。しかし、少なくとも検察官の立証がおわるまで
の間に訴訟進行の措置が採られなかつた場合において、被告人側が積極的に期日指
定の申立をするなど審理を促す挙に出なかつたとしても、その一事をもつて、被告
人が迅速な裁判をうける権利を放棄したと推定することは許されないのである。
 本件の具体的事情を記録によつてみるに、
 (一)本件は、第一審裁判所である名古屋地裁刑事第三部で、検察官の立証段階
において、被告人Aほか二五名については昭和二八年六月一八日の第二三回公判期
日、被告人Bほか三名については昭和二九年三月四日の第四回公判期日を最後とし
て、審理が事実上中断され、その後昭和四四年六月一〇日ないし同年九月二五日公
判審理が再び開かれるまでの間、一五年余の長年月にわたり、全く審理が行なわれ
ないで経過したこと、
 (二)当初本件審理が中断されるようになつたのは、被告人ら総数三一名中二〇
名が本件とほぼ同じころに発生したいわゆるC事件についても起訴され、事件が名
古屋地裁刑事第一部に係属していたため、弁護人側からC事件との併合を希望し、
同事件を優先して審理し、その審理の終了を待つて本件の審理を進めてもらいたい
旨の要望があり、裁判所がこの要望をいれた結果であること、
 (三)C事件が結審したのは、昭和四四年五月二八日であつたが、本件について
審理が中断された段階では、裁判所も訴訟関係人も、C事件の審理がかくも異常に
長期間かかるとは予想していなかつたこと、
 (四)昭和三九年頃被告人団長および弁護人から、C事件の進行とは別に、本件
の審理を再び開くことに異議がない旨の意思表明が裁判所側に対してなされたこと、
 (五)本件被告人中C事件の被告人となつていたもののうち五名が被告人として
含まれていた、いわゆるD事件、E事件およびF事件が名古屋地裁刑事第二部に係
属しており、本件と同様C事件との併合を希望する旨の申立が昭和二七年頃弁護人
からなされたが、右刑事第二部においてはこの点についての決定を留保して手続を
進め、昭和三一年頃、全証拠の取調を完了したうえ、論告弁論の段階でC事件と併
合することとして、次回期日を追つて指定する措置をとつたこと、
 (六)本件審理の中断が長期に及んだにもかかわらず、検察官から積極的に審理
促進の申出がなされた形跡が見あたらないこと、
 (七)その間、被告人側としても、審理促進に関する申出をした形跡はなく消極
的態度であつたとは認められるが、被告人らが逃亡し、または、審理の引延しをは
かつたことは窺われないこと、
 (八)その他、第一審裁判所が本件について、かくも長年月にわたり審理を再び
開く措置をとり得なかつた合理的理由を見いだしえないこと、
の各事実を認めることができる。
 これら事実関係のもとにおいては、検察官の立証段階でなされた本件審理の事実
上の中断が、当初被告人側の要望をいれて行なわれたということだけを根拠として、
一五年余の長きにわたる審理の中断につき、被告人側が主たる原因を与えたものと
ただちに推認することは相当ではない。
 次に、本件審理の遅延により、迅速な裁判の保障条項がまもろうとしている前述
の被告人の諸利益がどの程度実際に害せられたかをみるに、記録によれば、
 (一)本件のうち、いわゆるG事件、H事件については、第二二回公判期日に行
なわれた最後の証拠調までの間には、関係被告人らの具体的行動等についての証拠
調はなされておらず、また同じくいわゆるI事件、J事件については未だ何らの証
拠調もなされていなかつたこと、
 (二)検察官がかねてより申請していたG事件の共謀場所であるとするK事務所
やH事件の犯行現場であるL団愛知県本部事務所の検証について、その後右両事務
所消滅のゆえをもつてその申請が撤回されており、その他地理的状況の変化、証拠
物の滅失などにより、被告人側に有利な証拠で利用できなくなつたものもあるので
はないかと危倶されること、
 (三)長年月の経過によつて、目撃証人やアリバイ証人はもとより被告人自身の
記憶すら瞬味不確実なものとなり、かりに証人尋問や被告人質問をしたとしても、
正確な供述を得ることが非常に困難になるおそれがあること、
 (四)各被告人の検察官に対する各供述調書につき、被告人らは当初よりすべて
その任意性を争い、ことに多数の被告人らにおいて、右任意性の有無の判断の一資
料として取調警察官による暴行脅迫の事実があつたと主張しているのであるが、取
調当時から長年月を経過した時点において警察官の証人尋問を行なつても果してど
の程度真実を発見し得るかは甚だ疑わしく、その争点についての判断が著しく困難
になるおそれがあること、
などの事実が認められる。
 したがつて、もし、本件について、第一審裁判所である名古屋地裁刑事第三部が、
前記刑事第二部と同じ審理方式をとり、全証拠を取り調べた後、論告弁論の段階で
C事件との併合を予定し、次回期日を追つて指定することとしていたならば、右の
被告人側の不利益も大部分防止できたものと思われるが、かかる措置がとられるこ
となく放置されたまま長年月を経過したことにより、被告人らは、訴訟上はもちろ
ん社会的にも多大の不利益を蒙つたものといわざるをえない。
 以上の次第で、被告人らが迅速な裁判をうける権利を自ら放棄したとは認めがた
いこと、および迅速な裁判の保障条項によつてまもられるべき被告人の諸利益が実
質的に侵害されたと認められることは、前述したとおりであるから、本件は、昭和
四四年第一審裁判所が公判手続を更新した段階においてすでに、憲法三七条一項の
迅速な裁判の保障条項に明らかに違反した異常な事態に立ち至つていたものと断ぜ
ざるを得ない。したがつて、本件は、冒頭説示の趣旨に照らしても、被告人らに対
して審理を打ち切るという非常救済手段を用いることが是認されるべき場合にあた
るものといわなければならない。
 刑事事件が裁判所に係属している間に迅速な裁判の保障条項に反する事態が生じ
た場合において、その審理を打ち切る方法については現行法上よるべき具体的な明
文の規定はないのであるが、前記のような審理経過をたどつた本件においては、こ
れ以上実体的審理を進めることは適当でないから、判決で免訴の言渡をするのが相
当である。
 よつて、これと相反する判断をした原判決は、各上告趣意その余の点に判断を加
えるまでもなく、刑訴法四一〇条一項本文によつて破棄を免れず、被告人らに免訴
を言い渡した本件各第一審判決は、結論において正当であるから、同法四一三条但
書、四一四条、三九六条により、本件各被告人に対する検察官の控訴を棄却するこ
ととし、裁判官天野武一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文の
とおり判決する
 裁判官天野武一の反対意見は次のとおりである。
 私は、憲法三七条一項が、国民の基本的人権の一つとして迅速な裁判をうける権
利を保障した条項であること、そしてもしも個々の刑事事件につき現実にこの保障
条項に反すると認められるきわめて異常な事態が生じたときには、これに対処すべ
き具体的な補充立法措置がなくてもその審理を打ち切る非常手段がとられることを
是認する規定であると解すべきことについて、多数意見と見解を同じくする。また、
現行法制のもとで、裁判所の刑事手続進行中にかかる事態が生じた場合における審
理打切りの方法としては、免訴の判決を言い渡すことを相当とする場合があること
についても、多数意見に賛成してよい。さらに、多数意見が、右の理を本件にあて
はめて当審で一審裁判所の言い渡した免訴の判決を支持し、よつてこの遅延した裁
判に決着をつけようとする配慮に対しては、一審判決の言渡以降すでに三年数か月
を経過した経緯にかんがみ、訴訟経済の観点からも同調の意を禁じがたいものがあ
る。しかし、私は、刑訴法三三七条に列挙されている免訴事由の明文の規定を越え
て審理打切りの裁判をすることは、裁判所が実体裁判を遂行する意思をみずから放
棄することにほかならず、憲法上は、きわめて極限された状況のもとにおける非常
手段としてのみ許される措置であるにとどまると解するがゆえに、多数意見が、記
録上うかがわれる諸事実のみに立脚し、被告人側に対し、本件審理の遅延原因を帰
せしめることができないと推認したうえ、その遅延による不利益の実害が生じてい
るとの推認を行ない、これに基づいて直ちに一審の免訴判決を支持すべきものとす
る判断には、早計に失するものがあり、さらにこれらの推認をくつがえすに足る事
実の存否をも確認し、そのうえで慎重に事を決すべきであるといわざるをえない。
すなわち、多数意見が挙示する程度の判断資料をもつてしては、なお不確定な要素
が介入し、とうてい事案の真相を明らかにして刑罰法令を適正に適用実現する刑事
司法の目的にそうことはできないのであつて、本件においては、その審理遅延の主
たる原因の帰属とその遅延からうける被告人側の不利益の有無やその程度に関する
事実関係につき、さらに取調を進めて事態を明確にし、当時の同種事件の公判審理
の実情とも関連せしめた総合観察による実証的な判断に基づいて、訴訟上の措置を
決することが必要である、と考える。そして、もしもその結果得られるところが、
多数意見と同じ結論に到達することであるならば、私はもちろんそれをよしとする
のである。
 したがつて、私の意見は、原判決を破棄する点において多数意見と一致するが、
さらに多数意見のいう推認をくつがえすに足る事実の存否を確認するに必要な取調
を尽くさせるため、刑訴法四一三条本文前段により本件を原裁判所に差し戻すべき
ものとする点において、多数意見と結論を異にする。その理由を細説すれば、次の
とおりである。
一 およそ特定の刑事事件における訴訟の遅延が、憲法三七条一項の迅速な裁判の
保障条項に反する事態にあるか否かは、多数意見もいうように、遅延の期間、遅延
の原因と理由などを勘案して、その遅延がやむをえないものと認められるかどうか、
これにより迅速な裁判の保障条項がまもるべきものとしている諸利益が実際にどの
程度害せられているかなど、諸般の実情を総合的に判断して決すべきものであつて、
単に時間的な経過のみをみて判断できるような簡明なことではない。(なお最高裁
判所昭和二三年(れ)第一五七九号同二四年三月一二日第二小法廷判決・刑集三巻
三号二九三頁参照)いま、刑事訴訟法において免訴判決を言い渡すべきものとする
「確定裁判ヲ経タトキ」以下「時効ノ完成シタトキ」にいたる四つの場合(同法三
三七条一号ないし四号)についてみるに、いずれも審理打切りの非常手段とするに
ふさわしい明確な客観性を具えていて、その認定にいささかの疑いもいれる余地は
ない。したがつて、迅速な裁判の保障条項に反する訴訟の一事態を設定してこれら
に加え、もつて免訴の事由とするためには、いかなる点からみても実体的訴訟条件
を欠くものとして右の事由に伍するに足る事態であることを確然と認めえたときの
みに限る、という厳しい限定が必要である。そして私は、このことは多数意見も肯
定するところであると理解する。
二 次に、適法に公訴が提起された刑事事件の審理が、現実に前述のいわば極限状
況にあるかどうかを判断するにあたつては、まずその背景として、わが国の刑事事
件の公判における一般の実情をひろく見渡すことが必要である。すなわち、わが刑
事公判の実際の進行速度はどの程度に国民の要請に応じているか、具体的な刑事公
判の進行において当事者のこれに対応する心情および態度はどうか、とくに類型を
同じくする訴訟との関連において審理の進行を阻害する主観・客観の原因は何か、
さらに国民性・社会情勢・訴訟構造など宿命的ともいうべき諸条件、その他の事象
に関する実証的な現状観察のなかで、特定の訴訟の遅速およびこれが被告人の利益・
不利益に及ぼす効果ないし功罪をあわせ考量するのでなければ、実情に即した正当
な結論を得ることはできないのである。
三 そこで、その背景の一斑を本件の記録および当審に顕著な所与の事実にしたが
つていえば、本件が係属した当時の名古屋地方裁判所刑事第三部には、すでにいわ
ゆるM事件およびいわゆるN事件などが係属していたが、本件においては、これら
の事件がひきつづき係属している間に、被告人二六名につき昭和二八年六月一八日
の第二三回公判期日、その余の被告人四名につき翌二九年三月四日の第四回公判期
日を最後として審理が事実上中断(この中断は、裁判所が当初被告人側の要望をい
れて行なつたものであることは多数意見も言及しているところである。)されるに
いたつたのであつて、他方同地裁刑事第一部にはいわゆるC事件(以下、単にC事
件という。)、同第二部には同じくO事件(被告人数六名)、同じくP事件および
PX構内駐車場のいわゆるE事件(両事件をあわせて被告人数一五名)などが係属
し、いずれも約一七年の審理期間(C事件を除くその余の事件については、それぞ
れ一三年余にわたる事実上の審理中断期間をふくむ。)を費してようやく第一審の
実体判決にいたるという状態にあつたところ、本件は、昭和二七年六月二六日同市
内L団愛知県本部元団長方に侵入したり、附近の瑞穂警察署高田巡査派出所に押し
寄せるなどして石塊・煉瓦等を投げ付けたほか火焔瓶により同派出所に火を放つ等
の罪に問われたいわゆるQ事件に加えて、同市内北警察署大杉派出所および同市所
在の米駐留軍宿舎に対する火焔瓶による放火予備の罪等に問われたI事件およびJ
事件ならびに前記L団愛知県本部事務所に対する石塊や火焔瓶投入による放火未遂
等の罪に問われたH事件など、もろもろの事件をもつて構成され、これをここに「
G事件」と総称するのであり、その被告人の数は当初三一名を数え、そのうち他の
部に係属する前記同種の関連事件においてその被告人をも兼ねた者の数は二〇余名
に達する状況にあつた。ところで、このように同種事件が幾多係属するなかにあつ
て、刑事第三部のみは、本件被告人二九名につき昭和四四年九月一八日と同年同月
二五日の二回にわけて免訴(一部につき公訴棄却)の言渡(この言渡は、刑事第一
部のC事件の判決および同第二部における他の同種事件の審理中断後の判決が言い
渡されるより以前の期日においてなされている。)をしたのである。(本件第一審
の審理においては、その中断が長年月に及ぶなかで裁判長が更迭し、それより三年
余を経てようやく公判手続更新の手続がとられたうえで免訴判決が言い渡された。)
四 このような経過を背景としてみるとき、例えば、前述の他の部に係属していた
同種の事件において、本件被告人らのうち多数の者を共通の被告人とする錯雑した
関係にみられる相互の事案の規模・内容および審理の実情、証拠関係における共通
性の有無・程度などの諸点については、本件記録のみをもつてこれを知るに由ない
ものであるところ、多数意見は、本件第一審裁判所である前記刑事第三部が、本件
の審理にあたり刑事第二部と同じ審理方式をとり、全証拠を取り調べた後、論告弁
論の段階でC事件との併合を予定し、次回期日を追つて指定することとしていたな
らば、被告人側の不利益も大部分阻止できたものと思われる、という。しかし、右
の刑事第三部のみが本件において多数意見の示すような訴訟上の手順を履みえなか
つたことの理由ないし事情につき、これを詳細に解明するに足る事実の取調は未だ
尽くされておらず、したがつて彼此の中断措置の間にみられる段階的な相違をもつ
て、直ちに刑事手続打切りの非常手段の採否を決すべき分岐点をなすもののように
みる多数意見の見解は、さらに事実関係を明確にしない限り現実に対する適応性を
欠き、なお疑問の存することを否定しえないのである。同じくまた、多数意見は、
第一審裁判所が公判手続を更新した段階においてすでに、憲法三七条一項の迅速な
裁判の保障条項に明らかに違反した異常な事態に立ちいたつたものと断じ、審理の
打切りを是認すべき場合にあたるとするのであるが、私は、この点についても、こ
のような推認判断をくつがえすに足る事実の存否を確認する取調が、さらに尽くさ
れた結果の判断によるのでなければ、この段階をもつて審理を打ち切るべき極限状
況にあるとする多数意見に賛成することはできない。
五 思うに、刑事手続における訴訟の利益は、当然に被告人側の利益を包摂するけ
れども、被告人側の利益のみが訴訟の利益なのではない。したがつて、裁判の遅延
をとりもどすために講ずべき本来の挽回策ないし救済策は、遅延以後の審理を促進
させる質実な方策にこれを求めるべきであつて、万が一にも前示の極限状況にある
ことを確認することなくして、勢いの赴くままに実体裁判遂行の意思を喪失するこ
とであつてはなるまい。多年にわたる審理中断の後にさらに審理を尽くすことは、
裁判所および訴訟当事者その他関係の人びとに多くの煩労をもたらすであろうが、
しかし、裁判所は、訴訟の主宰者たる立場においてその審理を遂行し、そのことに
よつて刑事司法の理念を実現すべきであることを附言する。
 検察官冨田正典、同山室章公判出席
  昭和四七年一二月二〇日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    石   田   和   外
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    色   川   幸 太 郎
            裁判官    大   隅   健 一 郎
            裁判官    村   上   朝   一
            裁判官    関   根   小   郷
            裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    岡   原   昌   男
            裁判官    小   川   信   雄
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一
            裁判官    天   野   武   一
            裁判官    坂   本   吉   勝
 裁判官岩田誠は、退官のため署名押印することができない。
         裁判長裁判官    石   田   和   外

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