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裁判例


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       主   文
一 被告が昭和四四年一月三一日付で原告に対してなした請負処分が無効であるこ
とを確認する。
二 原告その余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
       事   実
第一 原告の求めた裁判
(一) 主文第一項同旨。
(二) 被告は原告に対し一〇万円を支払え。
(三) 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
第二 被告の求めた裁判
一 本案前の抗弁
 本件訴のうち、譴責処分無効確認部分の訴を却下するとの判決。
二 本案についての裁判
(一) 原告の請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第三 原告の主張
一 原告は、被告関西電力株式会社(以下被告会社もしくは会社という)尼崎第二
発電所に勤務する被告会社従業員であり、かつ被告会社従業員をもつて組織する関
西電力労働組合(以下組合という)尼崎第二発電所支部に所属する組合員である。
原告は昭和四四年一月三一日被告会社から譴責の懲戒処分(以下本件譴責処分もし
くは懲戒処分という)を受けた。その理由は、原告が昭和四四年元旦別紙添付
(一)の「一九六九年を力を合わせて素晴らしい年に……」と題するビラ(以下本
件ビラという)を尼崎地区の被告会社社宅に配布したことが、被告会社就業規則
(以下就業規則という)七八条五号に該当するというにある。
二 本件譴責処分は、以下の理由により不適法であり無効である。
(一) 被告会社就業規則七八条は、別紙(二)のとおりであるが、就業規則は、
労働契約上の債権としての労働指揮権、企業施設に対する物的管理権の各合理的範
囲を超えて適用することは許されないものである。したがつて、勤務時間外に会社
施設を離れて行なつた原告の本件ビラ配布は、労務指揮権、施設管理権と抵触する
余地はなく、これに対して、就業規則の懲戒規程を適用するに由ない。
(二) 懲戒事由不該当
1 本件ビラの内容は、安保改訂期を一年後にひかえた昭和四四年(一九六九年)
の新年にあたり、一九七〇年問題の重要さと職場における労働者の低賃金、無権利
の状態を訴えた正当なものであり、その配布行為は憲法で保障された表現の自由の
行使であつてなんら問責されるいわれはないものである。
2 右の内容は、次に述べるとおりすべて真実にもとづいて書かれたものであり、
会社を中傷誹謗するものではない。
(1) 右ビラの第一節にある七〇年暴動説は、会社の発刊する労務資料、会社が
実施した社員教育、昭和四三年三月組合との労働協約改訂交渉における「企業防衛
条項」挿入に対する会社主張、昭和四四年二月一一日付毎日新聞掲載「関電の安保
対策」等で、会社が繰返し述べているものである。その主張する内容は、真実を湾
曲し、恐怖心をおこさせることを目的とした偏見に満ちたもので真実に反する。
(2) 活動家に対する差別、村八分については以下のような事例がある。
① 活動家は仕事や勤務状態は、なんら他の従業員とそん色がないにもかかわら
ず、昇格はされず、昇給は最低である。原告の場合、当該職場においては、最古参
で仕事の中心でありながら、資格は「技手」である。原告の同期生で、この資格に
留まつているのは、活動家である三人を除いては一人もおらず、他の者は全員一級
上で「技師補」になつている。原告の毎年の昇給も、労使協議してきめられた最低
額で、その額は、後輩が殆んど占める当該職場のなかにおいてすら最低額である。
② 発電所内で行なわれる文化祭、体育祭における各競技、囲碁大会においては、
職場において最高の技能を持つている者さえ活動家とみなされたら、排除され参加
を許されない。
③ 原告および仲間の活動家は、職場従業員の親睦を図るための忘年会、送別会等
から一切排除されている。
④ 会社は新入社員に対して、原告等の顔写真を見せて、交際は勿論話し合あこと
さえ禁じ、それに反した者には様々のおどしを加えて原告等活動家との接触を禁じ
ている。
⑤ 会社は尼二発電所の従業員をして「尼二会」という組織を作らせ、「尼二会」
には就業時間内外にわたり会社施設を利用させ、活動家を排除し、差別の対策と活
動を行なわせている。「尼二会」は会社と一体になつて活動家の一部に再々にわた
り、村八分の解除や人並の昇給をえさに転向を強要し、承認した者には忠誠を証す
るため過去の活動報告、仲間の売渡しを強要し、ある時は本人の妻が活動家なの
で、妻をも転向させるかさもなければ離婚するよう脅迫する等の人権無視の行動を
行なつている。
(3) 賃金労働条件等が他の産業より低い点についてみると、
① 電力産業の賃金を他産業と比較した場合、昭和四三年版中労委賃金事情調査を
見ても電力の基準内賃金はどの年令をとつても調査産業平均に及ばない。
② 初任給についてみると、昭和四三年度初任給で、平均大学出三〇、八二六円、
高校出二三、六九七円に対し、電力の場合は、大学出三〇、四〇八円、高校出二
一、七一一円(東洋経済調)で、特に高校出の場合サービス業を除いて最低であ
る。
③ 全国九電霧内の比較をしても、関西電力は東京電力と共に企業内容は頭抜けて
よいにもかかわらず、基本給において、九電力平均四四、五二二円に対し、関西電
力は四〇、七二八円(昭和四三年九月現在)の最低である。このため退職金におい
ては東京電力と比較して定年直前の人で約七〇万円のおちこみである。
④ 毎年二回支給される賞与を他の電力会社と比較しても経理内容抜群の関西電力
が昭和四二年上期で基準賃金に対する支給率では最低である。金額においては平均
一二九、〇七〇円に対し、関電は一二九、五〇〇円である。しかし関電のみが分割
支給という悪条件であつた。昭和四三年度には「率」および「金額」において最低
に落ち込んだ。
(4) 剥奪された権利は、以下のとおりである。
① 定年退職者が続出し、人員が大幅に減るのに、その補充はあまりなされず、一
人あたりの労働密度は強まるばかりである。
② 尼一発電所は、老朽施設のためまもなく閉鎖する予定となり、そのため会社は
大幅な異動で人員を約三分の一に減少させた。その後電力需要の増大から一年余で
全機運転に逆戻りしたのに、人員は申し訳け程度しか増員せず、このため残業早出
の続出で労働強化となり、労使間の大きな問題となり、現在に至つている。
③ 尼二発電所でも、昭和四一年四月には理髪補助(一人一回二〇円)が打切りに
なり、昭和四三年一一月からは会社の手で行なつていた洗濯場を廃止した。火力発
電所は微粉炭や重油を使用し、煤煙も多く、作業衣は非常によごれがはやいだけに
大きな不満となつて労使間交渉が再々行なわれたが、遂に廃止となり、組合員の不
満をつのらせた。
3 原告のビラ配布は、被告会社が非難する行為すなわち社員および家族に、会社
に対する不信感を醸成させ、会社と社員の信頼関係を破壊し企業秩序紊乱を招く不
都合な行為は該らない。
 前項に述べたとおり原告は事実に基づいて批判をなしたものである。これに対し
て事実でもつて反論を加えず、強圧的な懲戒や厳重な処分をするというおどかしで
禁止し、しかも配布者の内心の推量に当る「意図」というような認定をもつて禁圧
することは、全体主義的権威のおしつけであり、企業利益のためには手段を選ばぬ
思想統制のおしつけでもある。
 紊乱を招くというが、秩序紊乱の概念すら多分に抽象的なものであり、かつ一方
的判断のおそれがあるのに加え、本件の場合、未だ紊乱の事態はなんら発生してお
らず、しかもそのような事態が発生する危険もないのに、たんに発生の可能性があ
るという一方的独断で、従業員の私生活中の行為まで無制限に規制することは許さ
れない。
(三) 本件懲戒処分は思想、信条による不利益扱いであり、正当な組合活動に対
する支配介入であるから、無効である。
(1) 昭和二六年関西電力発足より昭和四四年三月現在に至る間資本金一六億
九、〇〇〇万円から、一、四三七億五、〇〇〇万円と実に八五倍の発展を遂げた。
その内容をみると水・火力発電設備で二二八万KWが八二五万KW(約三・六
倍)、逆に従業員数は二五、九三三人から二二、二四七人と約一四%減少し、こう
して一人当りの販売電気量で二二万KWHが昭和四三年で一六七万KWH(約八
倍)、純利益昭和二七年上期五億円が昭和四三年上期七一億円(約一四倍)と名実
ともにわが国最大級のマンモス企業に成長した。そうしてその成長を支えたもの
は、なんといつても労働者に対する搾取の強化であつた。そのことは一人当りの販
売電力量の増加や先にもふれた賃金の低下等によつても明らかである。
 このような好業績を維持発展させるためには、会社としてもかつての電産労組の
ような戦闘的労働組合が育つのを絶対に防がねばならなかつたし、また真実を知ら
せ職場の要求を献身的に闘おうとしている共産党員やその同調者等の活動をなんと
しても職場から排除することを必要とした。そして、この排除が完了するまでは職
場大衆が何らの影響も受けることがないような対策を持つことこそ会社の最大の仕
事であつた。
(2) このことは、a社長当時より強調されていたし、すでにその頃より方針と
して共産党員および活動家は最終的に職場から排除すること、それまでの過程にお
いては当人の孤立化を図り、このため警察や公安とも連絡をとり、会社内外にわた
つての言動を把握し、たえず攻撃をかけていく等々が細かくきめられて実行されて
来た。
 ところが、一九六〇年安保闘争時より、これら活動家の層は広まり、職場におけ
る大衆の支持も強まつて労働組合の内部での勢力も前進していつた。
 こういう中で一九七〇年の安保条約改訂期を前にし、会社としてはなりふりかま
わぬ攻撃にうつらざるを得ない危機感をもつようになり、巧妙なやり方と併用して
活動家に対する攻撃を加えてきた。差別、村八分、尾行や密告の奨励による私生活
への干渉、転向の強要、ささいな誤りをとらえての懲戒等々最近急激にこれらのや
り方が強まつた。
(3) 昭和四四年一月二九日付社長室担当支配人通達および兵庫火力事務所長達
示は、ともに本件ビラ配布を非難したものであるが、職制が全員を集めて威圧に満
ちたやり方でこれらを伝達し、兵庫火力管内においてはこれを印刷して一人一人の
姓名まで書きこんだ文書として手渡し、受領印まで捺印させるというおよそ例をみ
ない伝達方法がとられた。
これは会社が、活動家に対してはこれ程の強い態度で臨むことを脅迫的に全従業員
に示したものであり、その意味で原告に対する処分も従業員に対するみせしめでも
あつた。どの職場あるいは社宅等においても、労働組合、自治会、サークルの印刷
物やビラ等が数多く配布されており、伝達の方法にはこと欠かない状態であるにも
拘らず、今回の場合のみ、会社が、いまだかつてない前記の伝達方法をとり、殊
更、問題を重大化させたことは明らかに共産党ないしはその同調者の思想、行動を
嫌悪した会社の不当な不利益取扱いである。
(4) 尼崎第二発電所の職場で、差別、村八分に対し、尼二会の幹部に抗議した
際、幹事は、「君達と一緒にいると損をする、したがつて一切会社内外でのスポー
ツ、娯楽は一緒にやらない」といい、「何の損になるのか」と問われて「会社から
にらまれ、昇給、昇格いろんな点で損になる」とはつきり言明した。このことから
明らかなように、右のような会社のやり方は一定の成果をあげている。
(5) 本件ビラの内容については、すでに述べたとおりであるが、会社の政策を
批判し、労働者の地位向上、職場内の民主化、政治意識の高揚を図る活動は、労働
組合活動の重要な一環であり、そういつた活動を労働組合の機関として行なおう
と、あるいは組合員が自主的に行なおうと、それは経営者にとつて無関係なもの
で、それに干渉する行為は、正常な労働組合活動に対する不当干渉であつて、労働
組合法七条にいう不当労働行為に該当する。
 会社の行なつた本件譴責処分は、明らかに憲法ならびに労働組合法に違反する違
法かつ不当なものである。
三 本件譴責処分は、右のとおり無効であるところ、原告はその無効確認を求める
について、次のような法律上の利益を有している。
(一) 本件譴責処分は、就業規則七八条の規定に基づき懲戒処分として行なわれ
たものであつて、いわゆる訓戒、訓告、厳重注意、注意等業務に対する上司の指揮
命令権ないし監督権に基づいて発せられる行為とは性質を異にする。後者は何ら法
的効果を伴わない事実行為であるが、前者は懲戒処分を受けたという法的効果を伴
う法律行為に外ならない。
 ちなみに公務員については、懲戒処分として戒告、減給、停職、免職の四種が定
められている(国公法八二条、地公法二九条)。公務員の場合、戒告は不利益な処
分であるとして抗告訴訟や行政不服審査の対象となるとされるが、法律の規定に基
づかない服務監督上の措置として行なわれる訓告、厳重注意等については対象にな
らないとされている。
 民間の会社の場合においても、就業規則に定める懲戒処分として譴責が行なわれ
たときは、右と同様、その無効確認を裁判所に求めうることは当然である。
(二) 懲戒処分を受けたこと自体従業員たる地位にある限り不利益である。被告
会社においては、懲戒処分に付することは、きわめてまれなことであり、懲戒事
由、懲戒手続の実態からして重大深刻なものとして理解されていること、および被
告会社は原告がきわめて悪質重大な非行を行つたという認識(これは誤れる認識で
はあるが)から本件処分に至つたのであること等から考えれば、本件の場合、原告
の受ける不利益は決して軽微なものではない。
(三) 本件処分は、労働組合活動の諸権利や表現、思想、信条の自由に対する挑
戦であり、憲法に保障された諸権利を踏みにじるものである。とりわけ、被告会社
は、本件処分を通達、達示、社報により全従業員に知らしめるという異常な方法を
とつたことにより特別に原告の名誉、信用の失墜をはかつた。右のような不利益に
対しては、思想、信条の自由や精神的人格的利益が未だ抽象的な事実上の利益にす
ぎないとしても、なおその法的救済を拒むべきではない。
(四) 懲戒処分を受けた者が、勤務成績、勤務態度の評価について、悪い評価が
与えられることは当然であり、むしろ懲戒処分を受けても何ら成績に影響を与えな
いと考える方が、常識に反する。現に、懲戒処分を受けた者が、昇給、昇格等につ
いて不利益を受けることは、協約上も明らかである。また会社の「社員永年勤続表
彰規定」においても懲戒処分を受けたものは不利益な取扱いを受ける定めになつて
いる。
四 右に述べたとおり、本件懲戒処分は、就業規則の適用を誤つたものであり、思
想、信条による不利益取扱いであり、かつ労働組合に対する支配介入であつて無効
であるばかりでなく、原告の人権を侵害する不法行為である。
 右不法行為によつて、原告は、昇給、成績査定等につき財産上の損害を受けたば
かりか、思想信条の自由、労働組合活動の権利等憲法上の基本権をも侵害され、金
銭にかえ難い重大な精神的苦痛を受けた。右精神的苦痛に対する慰籍料は一〇万円
が相当である。よつて、被告会社に対し一〇万円の支払を求める。
第四 被告の主張
(本案前の抗弁)
本件訴のうち、譴責処分無効確認部分の訴は、以下述べる理由により不適法として
却下されるべきものである。
一 本件譴責処分は、事実行為であつて法律行為ではなく、企業内の自治的処理に
委ねられるべき問題であつて、司法裁判所における裁判の対象とならない。
(一) 右処分は、懲戒処分の中でも最も軽微な譴責処分(しかも始末書の提出す
ら求めていない。)である。
 元来譴責とは通常始末書を提出させ将来を戒めることをいい、始末書を提出する
ところに戒告との差異があるが、単に将来を戒めるだけにとどまるからいずれも実
質的な不利益はない。規律違反行為があつた場合、その違反が軽微である間に自覚
させ、そのことを通じて規律の再確認を求めようとするもので、主として精神的な
効果をねらうものである。それ自体に不利益を伴うものではなく、法律的にさほど
問題となることはない。判例も譴責に法律行為としての意思表示の効力を認めず、
譴責処分の効力に対する介入について消極的な態度を表明しているのである。
(二) しかして、被告会社が、本件ビラ配布行為に関し、原告に対して現実にな
した処分は、兵庫火力事務所長が、原告に対し口頭で理由を説明したうえ、就業規
則七八条五号により譴責する旨の辞令を直接交付したのに止まる。したがって、本
件譴責処分は就業規則の適用による譴責の辞令交付という事実行為に止まり、法律
行為としての意思表示ではなく、何らの法的効果も伴わないので、企業内の自治的
処理に委ねられるべき問題である。
二 原告は、本件譴責処分によつて直接具体的な権利ないし利益の侵害を受けてい
ないので、原告の本件譴責処分無効確認の訴は、権利保護の資格を欠き許されな
い。
(一) 譴責処分であつても、使用者の従業員に対する懲戒処分として、その処分
を受けることによつて直接に従業員の具体的な権利ないし利益が侵害される場合に
おいては、その救済を求めて裁判所に対し、同処分の無効確認を求めることができ
ると解する判例がある。しかしながら原告において本件譴責処分によつて直接昇
給、成績査定等につき財産上の損害を受けた事実はない。
(1) 先ず昇給についていえば、被告会社と組合との間に基本給に関する協定書
が存在しており、右協定書の別紙定期昇給基準備中に「特別の事情がある者」が低
額の基準表を適用される規定があるが「特別の事情がある者」とは当該資格段階に
相当する能力を有しながらその成果を発揮しえなかつた者および勤務態度が著しく
不良の者等をいい、懲戒処分とは直接関連がない。また現実にも本件譴責処分は、
昇給額の決定につき何ら関係はなかつた。
(2) 次に昇格についていえば、被告会社と組合との間の資格制度に関する確認
事項の中に、「4精神障害、身体障害、懲戒処分その他により当該資格段階に期待
されている職務遂行能力を欠き、もしくはその能力の発揮を会社として期待しえな
い状況に至つた場合は降格させる」という事項があるが、原告は降格されておら
ず、本件譴責処分は、昇格とは何ら関係がない。
(3) 原告が昭和四五年度において一五年の永年勤続表彰を受けることができ
ず、年功慰労休暇二日および副賞金一万五千円を受取ることができなかつたことは
事実であるが、これは本件懲戒処分の直接的効果ではなく、被告会社における選考
の結果、右年度における永年勤続被表彰者とされなかつたからである。
(二) 被告会社支配人通達および兵庫火力事務所長達示が従業員に伝達され、ま
た本件懲戒処分が社報に掲載されたことにより、原告が主張のとおり名誉、信用を
失墜し、あるいは思想、信条の自由等を侵害され、いわゆる精神的、人格的利益を
侵変されているとしても、それを根拠として、本件譴責処分の無効確認を求めるこ
とは、許されないと解すべきである。
(本案に対する認否、主張ならびに反論)
一 請求原因第一項の事実および就業規則七八条が別紙(二)のとおりであること
は認める。
二 本件譴責処分は、公正な懲戒手続を経てなされた正当な懲戒処分である。
(一) 本件譴責処分の懲戒理由は次のとおりである。すなわち、 原告は一方的
解釈をもつて会社を中傷誹謗したビラを作成し、深夜ひそかに当社々宅に多数配布
した。この行為は、社員およびその家族の会社に対する不信感の醸成を企図するも
のであり、会社と社員との信頼関係を破壊し、ひいては企業秩序の紊乱を招く特に
不都合な行為であつて、就業規則七八条五号に該当し、まことに遺憾である。しか
も事件後も全く反省の態度がみらなれないことは重ねて遺憾である。
(二) 原告の本件ビラ配布は、大晦日の深夜人目をはばかつて秘かに無署名ビラ
を配布するという態様において既に異常かつ卑劣な行為である。しかも原告は、本
件ビラ配布が、原告の行為であると判明した後においてもなお、上司に対してその
事実を否定して、本件ビラ配布責任を回避する卑劣な態度に出ていた。本件ビラは
その表現においてもその内容においても、一読して明らかに被告会社を中傷誹謗し
たものであり、全体として被告会社の従業員およびその家族の被告会社に対する不
信感醸成を企図したものである。すなわち、被告会社についての虚構の事実または
誇張した事実もしくは独自の所説を述べることにより、直接的にまたはその家族を
通じて間接的に動揺を与えその作業意欲を害し、被告会社と従業員との信頼関係を
破壊し、ひいては被告会社の業務の運営を阻害するものであり、表現の自由の範囲
をはるかに逸脱した不当なものである。かかる内容のビラを会社宅へ多数配布する
行為は正しく「特に不都合な行為」というべきであつて、就業規則七八条五号の懲
戒事由に該当することは明らかである。
(三) 被告会社においては、原告の本件ビラ配布行為について、原告の所属長で
ある兵庫火力事務所長から、懲戒の内申を受けたため賞罰委員会に付議することに
決定した。その賞罰委員会は、五名の委員によつて構成されたが、まず関係者より
の報告書等により事実を詳細に調査すると共に法律問題についても検討を加えた。
昭和四四年一月二九日開催された右委員会においては、冒頭幹事より資料に基づい
て事案の概要の説明があり、次いで被付議者である原告が出席して弁明をなし、引
き続いて審理に入り慎重に審議をつくした結果、本件ビラ配布行為は、企業秩序の
紊乱を招く特に不都合な行為であつて就業規則七八条五号に該当するから、原告を
懲戒処分の中で最も軽微な同七九条一項一号の譴責処分に付すべきであるとの結論
に達したのである。
 なお賞罰委員会は、組合に本件賞罰委員会の開催について連絡したところ、組合
は「当該事件は、組合機関の指示によつて行なわれたものではなく、また、組合員
としての行為とも認められないので、組合は関知しない。」として、賞罰委員会に
出席しなかつた。
 しかして、被告会社においては、右賞罰委員会の決定に基づき社長の決裁を得
て、同年一月三一日兵庫火力事務所長を通じて原告に対し懲戒理由を口頭で説明し
懲戒辞令を交付し原告はこれを受領した。本件懲戒処分は右のような厳格公正な手
続を経てなされたものである。
 原告は、本件懲戒処分を不服として労働協約の定めに従い本部軍情処理委員会に
対し、軍情の申立を行なつたのであるが、右委員会は審議の結果、全員一致の意見
により、右苦情申立を理由なしとして斥けている。
三 原告主張の無効事由に対する反論
(一) 原告は、本件ビラ配布行為は、企業の拘束をはなれた場所、時間において
行なわれたものであるから、服務規律違反の行為を対象とする就業規則の懲戒規定
を適用するに由なきものである旨主張している。
 しかしながら、就業規則に定める懲戒規定は必ずしも企業施設内における就業時
間内の服務規律違反行為だけを対象とするものではない。たとえ企業施設外でしか
も就業時間外になされた行為であつても、その行為が企業の信用を失墜せしめある
いは企業秩序の紊乱を召く等不都合な行為である限りにおいては、それに対して懲
戒規定が及ぶべきことは当然である。
(二) 原告は本件ビラ配布行為は就業規則七八条五号に該当しない旨主張する。
1 原告は、その独自の見解に基づき本件ビラの内容に関して、それが真実である
と主張するが、これは曲解ないし偏見に基づくものであつて、明らかに会社を中傷
誹謗するものと言うべきである。
(1) 原告は、被告会社が七〇年暴動説ないし革命説を宣伝していると主張する
が、被告会社がそのような宣伝をした事実は全くない。
(2) 被告会社が一部の従業員に対し、差別、村八分を行なつたとの点について
 被告会社における昇給、昇格は、労使間で合意をみた基準に基づいて実施してい
るものである。すなわち、資格についてみれば、被告会社尼崎第二発電所内で技手
の資格を有する者のうち、原告より会社勤続年数の長い者は四二名、同発電所にお
ける勤続年数の長い者は一二名もいるのが実情である。また賃金に関する苦情につ
いては、昭和四四年五月、尼崎第二発電所支部苦情処理委員会において、全員一致
による明確な理由を付し、その結論を原告あて通知している。
 文化祭、体育祭あるいは囲碁大会における出場者の人選はすべて職場内で従業員
相互の話合いにより自主的に行なわれるものであり、原告の主張のような事実につ
いては、被告会社は、全く関知しない。
 忘年会、送別会等の催しは、従業員が親睦のために自主的に運営しているもので
あつて、被告会社の関知するところではない。被告会社が従業員相互の親睦をはか
る目的で毎年一回行なつている慰安会には、原告も参加している。
 会社が新入社員に対して原告等活動家との接触を禁じたことはない。
 「尼二会」は、従業員が組織した親睦団体であり、被告会社とは全く無関係であ
る。
(3) 賃金、労働条件が他産業および他電力会社より低いとの点について
 そもそも企業の賃金体系ないし制度は各企業の経営実態により異なるものであつ
て、この間の差異をことさらに看過して賃金比較を行なうことは、甚しく妥当性を
欠くものである。
 被告会社においては、従来基本給の昇給額が全額退職金の算定基礎に算入される
仕組みとなつていたが、労使間で月例賃金の増額方途につき協議した結果、昭和三
九年四月以降、退職金にリンクしない特別給を新た設け、基本的な賃金を基本給の
二本立てとしてきた。したがつて、かりに他電力会社と賃金を比較するとしても、
基本給のみの比較では不十分で、被告会社の基本給および特別給の合計額と比較す
るか、または基準内賃金で比較する必要がある。昭和四三年九月現在の電気事業連
合会の調査資料でみるならば、別表(三)のとおりであり、被告会社の賃金は高水
準にある。
 なお原告の指摘する昭和四三年版中労委賃金事情調査によるも被告会社の平均基
準内賃金は五七、四一八円であり、同時期の他産業平均基準内賃金四〇、一三九円
をはるかに上廻つている。
 次に退職金については、被告会社においては、退職一時金、退職年金等があり、
一般産業はもとより他電力会社に比して何らそん色はない。
 また賞与についても、試みに昭和四二、四三年度において賞与、一時金等いわゆ
る臨時給与として実際に支払われたものの合計額につき、他電力会社と被告会社と
を比較すると別表(四)のとおりであり、被告会社の支給額は高水準にある。
(4) 既得権の剥奪との点について
 被告会社は、常々職場に見合つた適正な人員配置を行なつているのであり、また
尼一発電所における運転体制については、労使において十分協議の上決定したもの
であり原告のいうような事実はない。理髪補助または洗濯場については、それらが
福利厚生の新しい方向に合致しない故、労使が協議して廃止したものであり、その
源資は、他の福利厚生面へ還元している。
2 被告会社支配人通達および兵庫火力事務所長達示は、本件事件発生後にとられ
た被告会社の内部処置であつて、本件処分の当否とはなんらかかかわりのない事柄
である。右通達および達示の従業員の伝達にあたつて被告会社がとつた措置は、そ
の趣旨の周知徹底を目的としたものであつて、これを威圧的ないし脅迫的な態度と
目するのは失当である。
3 右のとおりの内容を有する本件ビラ配布行為は、みだりに私人の権利ないし利
益を侵害するものであるから、表現の自由の行使として保護されるべきものとはい
い難い。
 労働者が自己の意思決定に基づき、使用者と雇用契約を締結して特定の雇用関係
に入つた以上、右由自は、同契約より生じる義務の相当な限度に従い自ら制度を受
けるものである。したがつて、本件懲戒処分は原告の表現の自由の行使を不当に侵
害するものではない。
(三) 思想信条による不利益取扱いであり、不当労働行為であるとの主張につき
1 前述のとおり、被告会社は、本件懲戒事案を賞罰委員会の議に付するにあた
り、労働組合に意見を述べる機会を与えている。また原告は本件懲戒処分を不服と
して、労働協約の定めに従い本部苦情処理委員会あて苦情の申立を行なつたのであ
るが、右委員会は全員一致の意見により右苦情の申立を理由なしとして斥けた。し
たがつて本件懲戒処分は、およそ支配介入として不当労働行為の対象となるもので
はない。
 かりに、個々の組合員の自主的な組合活動ないしは正常な労働運動が保護される
べきであるとの見地に立つとしても、本件ビラは、作成名義も明らかでなく、その
配布行為は大晦日の深夜ひそかに人目をはばかつてなされたものであつて、かかる
責任の所在を韜晦した卑劣な行為は、その形式からみて、とうてい正常な組合活動
であるとはいえないから、これについて不当労働行為制度上の保護を求めることは
失当である。
2 本件懲戒処分は、すでに繰返し述べたとおり、被告会社を中傷誹謗するビラ多
数を社宅に配布した行為を対象しているのであつて、原告の思想、信条とは無関係
である。
四 請求原因第四項は争う。前述のとおり、本件懲戒処分は、正当な行為であつ
て、原告が被告会社の従業員である限り服従する義務があり、不法行為による人権
侵害ということはあり得ない。また本件懲戒処分は前述のとおり原告の思想、信条
と無関係になされているので、原告の思想、信条の自由を侵害することはあり得
ず、労働組合に対する支配介入でもないので、労働組合活動の権利等に対する侵害
は成り立ち得ない。
 かりに原告が、金銭にかえ難い精神的苦痛を受けているとしても、それは本件懲
戒処分と無関係かそれとも正当な懲戒処分として従業員の服従すべき義務の範囲内
にあるものである。いずれにしても、原告に慰藉料請求権はない。
証拠関係(省略)
       理   由
一 原告が被告会社尼崎第二発電所に勤務する被告会社の従業員であり、かつ被告
会社従業員をもつて組織する関西電力労働組合尼崎第二発電所支部に所属する組合
員であること、就業規則七八条が別紙(二)のとおりであること、原告が昭和四四
年元旦別紙(一)の本件ビラを尼崎地区の被告会社社宅に配布したところ、その行
為が就業規則七八条五号に該当するとして、同年一月三一日にいたり被告会社から
本件譴責の懲戒処分を受けたことはいずれも当事者間に争いがない。
二 被告会社は、本件訴のうち譴責処分の無効確認部分の訴は、不適法として却下
されるべきであると主張するので、まずこの点について判断する。
(一) 成立に争いのない乙第二号証によれば、就業規則七九条に「懲戒は、次の
六種とし、その行為の軽重に従つて行なう。(1)けん責」と規定していることが
認められる。譴責とは通常「始末書を提出させもしくは提出させることなく将来を
戒しめる懲戒処分の一つである」と解される。そして、右のような譴責処分自体
は、会社が就業規則を適用してなす判断ではあるけれども、いわゆる事実行為であ
り、これを意思表示もしくは法律行為と解することはできないから、それ自体で直
接的に会社と従業員の間の法律関係を設定、変更もしくは消減させることはあり得
ない。
(二) ところで、成立に争いのない甲第三一、三二号証、乙第七、八号証、第一
七号証、証人bの証言によつて真正に成立したものと認められる甲第六号証、同証
言、原告本人尋問の結果によれば以下の事実が認められる。すなわち、
1 被告会社との組合との間に基本給の昇給および基本給の定期昇給制度について
の協定が締結されているところ、右協定書の中に、特別の事情ある者に対しては通
常以下に定めた低額の基準表が適用される旨の規定および、特別の事情ある者と
は、当該資格段階に相当する能力を有しながらその成果を発揮しなかつた者および
勤務態度が著しく不良の者等をいうとの規定がある。そしてその具体的な例として
降格にまで至らないが懲戒をうけた者があげられている。
2 被告会社と組合との間に資格制度に関する覚書が交されているところ、それに
付帯する確認事項第4項中に「精神障害、身体障害、懲戒処分その他により当該資
格段階に期待されている職務能力を欠き、もしくは、その能力の発揮を会社として
期待しえない状況に至つた場合は降格させる。」との規定がある。
3 会社には社員永年勤続表彰規定が存在し、その中に「第二条永年勤続表彰は社
員が勤続年数満一〇年に達したとき及びこれに五年を累加した勤続年数に達した都
度行なうものとする。但し、懲戒処分を受けたものに対しては次期の表彰該当勤続
年数に達したときに限りこれを表彰しないことがある。」「第三条表彰は表彰状お
よび副賞金を授与して行なう。」「第四条副賞金は次に定めるところに従い勤続年
数に応じて授与するものとする。……勤続満一五年のもの一五、〇〇〇円」との規
定がある。
以上の各事実が認められ右認定に反する証拠はない。
(三) 右のとおり被告会社においては、懲戒処分(譴責処分を含む)を受けたこ
とにより、その被処分者が人事考課の面で事実上の不利益を蒙る危険を強いられる
ばかりでなく、いわゆる昇給、昇格、永年表彰等にあたつても、不利益な取扱いを
受けることがある旨を労働協約ないし就業規則中に規定している。すなわち懲戒処
分を受けたものは、そのことだけで、給与その他の法律関係につき種々の不利益を
強制されるかも知れぬという派生的法効果を免れ得ないものであることが認められ
る。ところで、このような法効果は適法な懲戒処分を受けた場合にのみ招来さるべ
きものである。言い換えると、懲戒処分が不適法になされたものであるにも拘ら
ず、もし会社がそれを適法処分である旨誤解しているような場合には、同誤解にも
とづいてなされる種々の不利益取扱いはすべて違法ないし無効である。したがつ
て、もし、不適法な懲戒処分が行なわれた場合には、その処分を要件とする不利益
な取扱いはすべて違法である旨を宣言する意味において、端的に当該懲戒処分それ
自体の違法すなわちそれが無効であることを確認することもまた真の紛争解決に資
する所以であると解される。
(四) 以上にみたとおり本件譴責処分は、上司の単なる注意、訓戒とは異なり、
就業規則を適用してなされたいわゆる懲戒処分であるところ、同譴責処分は人事考
課の面で被処分者に事実上の不利益を与える危険があるばかりでなく、この処分を
要件にして、いわゆる制度的にすなわち労働協約あるいは就業規則の規定を適用す
ることにより、被処分者の法的地位たとえば昇給等に対し不利益な影響を及ぼすこ
とが可能である。したがつて、同処分の違法を信ずる被処分者は、右のような不利
益を避けるため、同処分が適法なものとして取扱われるのを防止すべく、同処分の
無効確認を求める法律上の利益と必要性を有しているものと解されるから、本件譴
責処分無効確認の訴はいわゆる確認の利益を有し、適法に提起されたものといえな
くはない。これに反する被告会社の本案前の主張は採用できない。
(五) なお、右確認の訴は次の点からも適法であると考える。
 譴責処分は、それが懲戒処分であることのため、つねに被処分者の「名誉」を侵
害する。したがつて、何ら正当な理由もないのに不適法な譴責処分を受けたもの
は、違法に「名誉」を侵害されたものとして、民法七二三条にもとづき、加害者に
対していわゆる名誉回復請求をなすことが可能である。この場合、裁判所は「名誉
を回復するに適当なる処分」を命じ得るのであるが、同処分は、名誉回復目的に適
合するものである限り、その請求者(被害者)において自由に選択することが許さ
れると解される。ところで、名誉というものが多分に主観的なものである関係か
ら、その回復方法についても被害者の主観的要求を尊重しなければならない場合が
多いため、同方法がある程度多岐多様に亘ることは避けられないところである。
 したがつて、違法譴責処分の場合においても、裁判所は、被害者(被処分者)の
前示方法に関する要求を尊重し、それがいわゆる名誉回復方法として適当なもので
ある限り、ある場合には加害者(懲戒権者)に処分取消文の作成交付を命じ、ある
いは端的に譴責処分の取消しを宣言し、もしくは同処分の違法ないし除去を宣言す
る趣旨でその無効を確認するという方法を採用しても、別段誤りではないと解され
る。ところで、本件の場合、原告は、前示譴責処分をもつて名誉を侵害する不法行
為であると主張し、その救済を求める趣旨で処分の無効確認を訴求しているとこ
ろ、弁論の全趣旨によれば同確認判決によつて、原告に対する救済すなわち原告の
名誉回復が充分に達成できる旨容易に推認できるから、この訴は、その利益を有し
かつ必要性を具備するものと解される。したがつて、これを不適法として排斥する
ことは許されない。
 もつとも、このような結論に対しては、実体法と手続法を混同するものである、
旨の非難があるであろう。けれども、いわゆる確認判決が不法行為に対する救済方
法すなわち紛争解決手段として極めて適切である本件のような場合には、右の非難
にも拘らず前示の結論をなお是認すべきものと考える。
三 そこで本件譴責処分の適否について以下判断する。
(一) ビラ配布および譴責処分が行なわれた事情
 成立に争いのない甲第一ないし三号証、第二〇、二一号証、第二五、二六号証、
乙第三、四号証、証人bの証言により真正に成立したものと認められる甲第一八号
証、証人b、同c、同d、同eの各証言、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨
を綜合すれば以下の事実が認められる。
1 原告は、工業高校を卒業し昭和三〇年四月に定期採用者として被告会社に雇用
され、以来同会社尼崎第二発電所に技術者として勤務し、現在補修課機械係に配属
されている者であり同係タービン班の従業員約二〇名のうちでは、同班での勤務年
数が最も長くなつている。
 また原告は、昭和三四年本部委員会(組合の機関である)の本部委員に就任した
のを始めとして、三五年以降四一年迄支部執行委員あるいは地区大会の代議員、本
部大会の代議員、電労連大会の代議員等の役職を歴任した。昭和四二年度において
は、地区代議員、支部執行委員、本部代議員等に立候補したがいずれも落選し、そ
れ以来組合の役員には就いていない。
2 原告は、会社から組合員に対する種々の圧力が強まつているので、このような
圧力をはねのけ、昭和四四年度こそは組合員の団結を強めてすばらしい年にしなけ
ればならないと考え、これと考えを同じくしていた被告会社の従業員f外数名と相
談のうえ、同年の新年にあたつての挨拶を作成し、会社従業員に対して配布するこ
とを企画し、来るべき一九七〇年問題の重要性と、職場における従業員の低資金、
無権利の状態を訴えるべく、その内容についても右の数名と相談のうえ、別紙
(一)のとおりの内容の本件ビラを作成した。作成したビラは、同人らで会社の阪
神地区の社宅に手分けして配布することとし、原告は尼崎市<以下略>所在の社宅
に配布することを分担し、勤務時間外である大晦日の除夜の鐘がなり終つた直後の
昭和四四年一月一日、右社宅の各戸に本件ビラを配布した。そして本件ビラは、右
のほか、西宮市<以下略>各地区所在の社宅に対しても配布され、原告の配布した
ビラを含め、配布されたビラは約三五〇枚であつた。
3 被告会社兵庫火力事務所は主として兵庫県下に所在する被告会社の火力発電所
を管理統括する機関であり、原告の勤務する尼崎第二発電所は同事務所の管下にあ
る。同発電所の当事の事務課長訴外cは、同日、同発電所運転課主任より、原告が
本件ビラを配布していたとの報告を受けるとともに本件ビラを入手しその内容を了
知した。同課長は、同月四日および二二日の両日、原告に対し、本件ビラ配布の事
実をただすとともにビラの内容が会社を中傷誹謗しているとして反省を求めたが、
原告は配布の事実を認めたものの会社とは関係がないと言い反省の色を見せなかつ
た。そこで同課長は、右の事実を同発電所の所長、次長に報告するとともに兵庫火
力発電所へ連絡した。
 右報告を受けた兵庫火力事務所は、本件ビラを会社を中傷誹謗し、会社と社員間
の信頼関係を破壊する不当なビラであり、社員の身分にありながら右のようなビラ
を深夜ひそかに配布することは就業規則の懲戒事由に該当するとして、事案概要
書、現認者の現認書、事務課長の事情聴取書、本件ビラを添え、会社社長宛原告の
懲戒内申を行なつた。
4 被告会社では、右内申を受けて、賞罰委員会に付議することに決定した。右委
員会の担当機関は、事実を調査し、ビラの内容に検討を加え、法律問題についても
専門家の意見を聴取したうえで昭和四四年一月二九日右委員会を開催した。原告は
右委員会に出席し、事案について説明あるいは返答を行ないかつ意見を述べた。右
委員会は、審議の結果、「原告は一方的解釈をもつて会社を中傷誹謗したビラを作
成し、深夜ひそかに当社社宅に多数配布した。この行為は、社員およびその家族に
対する不信感の醸成を企図するものであり、会社と社員との信頼関係を破壊しひい
ては企業秩序の紊乱を招く不都合な行為であつて、就業規則七八条五号に該当し、
同七九条一項一号の譴責処分に付すべきである。」との結論に達した。
 しかして被告会社においては、右委員会の決定に基づき社長の決裁を経た後の同
月三一日兵庫火力事務所長を通じて、原告に対し右懲戒理由を口頭で説明し、懲戒
辞令を交付した。原告はこれに対し、本件ビラは事実に基づいて書いたもので、何
ら中傷誹謗した覚えはないことおよび懲戒処分で本件ビラの配布活動を規制するこ
とは、労働者の文書活動、あるいは個人の表現の自由に対する弾圧である旨を述べ
抗議した。
5 原告は、昭和四四年三月六日頃本件懲戒処分を不服として労働協約の定めに従
い本部苦情処理委員会に対し苦情の申立を行なつたが、右申立は同年四月二一日付
で、理由なしとして却下された。
6 被告会社は、原告を懲戒処処分に付したことならびにその事由について社報に
掲載したほか、それ以前の同年一月二九日付で本件ビラ配布行為に関し、社長室担
当支配人から社員の自覚と職場規津の確立についてと題する通達を発するととも
に、兵庫火力事務所長からも右と同様の内容の達示を同所管内の従業員全員に交付
した。
 これに関して尼崎第二発電所運転課bおよびgからそれぞれ同発電所長ならびに
関西電力宛に疑問点の釈明を求めたが、会社側からこれに対する正式の回答はなさ
れていない。
7 組合は、前記賞罰委員会の開催について連絡を受けたが、本件ビラ配布行為は
組合機関の指示によつて行なつたものではなく、また組合員としての行為とも認め
られないので組合は関知しない旨を述べ、放任した。また組合の機関誌「つなが
り」同年二月五日号は、本件ビラ配布行為について、組織の破壊分裂をねらうもの
でありビラの内容およびこの種の行為は許されないとの見解を述べている。
以上の各事実が認められ右認定を覆すに足る証拠はない。
(二) 勤務外の行為に対する懲戒の適否
 原告は、本件ビラ配布は、勤務時間外に会社施設を離れて行なつたものであるか
ら、会社の労務指揮権、施設管理権と抵触する余地はなく、したがつて懲戒規定を
適用するに由ない旨主張している。なるほど、本件ビラ配布は、原告が勤務時間外
に、職場以外の場所でなしたものであること前示認定のとおりである。しかしなが
ら、たとえ企業外で就業時間外になされた行為であつても、その行為が使用者に及
ぼす影響いかんによつては、それに対し、いわゆる懲戒規定が効力を及ぼすことも
あると解される。けだし、労働者が使用者と労働契約を結んだ以上、その付随義務
として、企業の内外を問わず使用者の利益を不当に侵害してはならないのはもちろ
ん、不当に侵害するおそれのある行為をも差し控えなければならない場合があると
解されるからである。したがつて、原告の右主張は採用できない。
(三) 本件ビラの内容の当否
 被告は、本件ビラの内容は原告の一方的解釈をもつて会社を中傷誹謗したもので
あると主張するのに対し、原告は真実に基づくもので表現の自由の正当な行使であ
る旨弁疎する。そこで、本件ビラの内容が会社を中傷誹謗するものであるか否かに
ついて検討する。
1 会社が七〇年革命説ないし暴動説を唱えている(ビラの第一節)との点につい

 成立に争いのない甲第五号証、第二二号証、証人bの証言により真正に成立した
ものと認められる甲第四号証、同証言、原告本人尋問の結果によれば、会社が昭和
四三年三月、労働協約改訂を交換していた席上「企業防衛条項」挿入に際し、一九
七〇年になれば社会的な困難が発生し、ひいては会社の発電所、変電所に対し破壊
活動がなされるおそれがあり、万一このような事態が発生した場合には労使協力し
て企業防衛にあたるべきことを組合に対して説明していること、また毎日新聞は、
会社の判断として、安保騒動がエスカレートした場合、一部の破壊分子が送変電施
設などを襲撃して停電を起こし、社会不安と経済・社会活動のストツプをねらう公
算がある旨の記事を掲載していることが認められる。
 右事実によれば、安保改訂の年である一九七〇年には、労使が一致して企業防衛
にあたらなければならないような破壊活動が発生するおそれがある旨を会社におい
て危惧しているものと推認するに充分である。したがつて、会社のこのような態度
をもつて、会社が七〇年革命説あるいは暴動説を唱えていると表現してもあながち
事実無根であるとはいえないから、会社の経営につき何らの権限も与えられていな
い原告が非革命説あるいは非暴動説を採り、その立場から、会社の右態度を非難し
ても、このことは未だ会社を中傷誹謗したものには該らないと解される。したがつ
て、右革命説あるいは暴動説を非難したことを事由として、原告を問責することは
許されない。
2 差別、村八分を行なつた(ビラの第三節)との点について
 前出甲第六号証、第二五号証、乙第七、八号証、成立に争いのない甲第七、八号
証、証人hの証言、原告本人尋問の結果を総合すれば以下の事実が認められる。
 被告会社においては、昭和四一年、会社と組合の協定に基づいて資格制度が採用
されており、技術者については上位から参事、副参事、技師、副技師、技師補、技
手、技術員の系列がある。高校卒技術系の定期採用者は、最初技術員の資格に格付
けされ勤続四年ですべて技手に昇格し、技手は、最短者は四年で標準者は八年(し
たがつて入社後一二年)で、また最長者は一一年(入社後一五年)でそれぞれ技師
補に昇格するものと協約上定められている。原告は、昭和三〇年入社したものであ
るから、本件ビラ作成の頃、入社以降一三年を超えており、したがつて、技手とし
てはすでに標準者の滞留期間を超えていたにもかかわらず、なお技手の資格に留ま
つていた。原告と同年度に入社した技術者約四〇名のうちで技師補に昇格されずな
お技手に留まつていたのは、原告のほか僅か数名に過ぎなかつた。
 昭和四一年一一月会社と組合との協定により、昭和四二年度以降三ヵ年間の基本
給の昇給および基本給の定期昇給制度が定められ、各資格における昇給額のランク
たとえば技手のそれは最高一、二〇〇円、標準一、〇〇〇円、最低八〇〇円とする
旨が定められた。右制度が実施された昭和四二年度以降における原告の昇給額は、
つねに右に定められた最低ランクの額であつた。右の事情のほか、基本給の額が資
格によつて決定されているため、本件ビラ作成当時における原告の賃金は相対的に
低額となり、同期の者のうち最高のものに比べると、月額一万円程度も下回るとい
う状態であつた。
 尼崎第二発電所において昭和四一年末に「尼二会」という同職場内の職員の親睦
団体が結成された。尼二会は明るい職場、正しい組合を作り出すことを標謗してい
る。しかし、同会は、原告、bらいわゆる活動家を職場の中でもつぱら共産党に奉
仕するものであるとなし、それらの者とは思想的にあい入れないとして同会員から
除外している。そして結成後は、職場の転出入者の歓送迎会、忘年会、各職場対抗
のスポーツ大会、囲碁大会、文化祭、体育祭などを主催し、又は参加選手の入選に
あたつているのであるが、会員以外の者についてはこれらに参加を認めないし、ま
たは選手として選出しないので、非会員である原告らは、従前と異りこれらに全く
参加できなくなつた。もつとも会社が主催する社員慰安会には原告らも参加してい
る。
 また尼二会では、昭和四二年度から同会員のみを組合役員に当選させるようその
組織を利用して選挙活動を行なうようになつた。そのため、会員外の原告らは、組
合役員に当選することができなくなつた。
 以上の各事実が認められる。
 ところで、原告の賃金、および資格が前示のとおり低位にあるのは、果して会社
の不当な差別によるものであるか否か、また尼二会から廃除された原告が職場の中
で前示のとおり孤立を余儀なくされているのは、果して会社の意図によるものであ
るか否かの点については、未だこれを断定するに足る的確な証拠はない。しかしな
がら、前記認定の諸事情の下においては、現に不遇な立場にある原告として、これ
らを会社による不当な差別待遇であると感じ、あるいは会社の意図による孤立化の
推進であると考えるのは極めて自然であると推認される。したがつて、会社が右の
ような差別をなし、また孤立化を推進したものである旨原告において断定し、これ
を非難攻撃しても、そのことは未だ会社を中傷誹謗したものには該らないと解され
るから、このことを事由に、原告を問責することは相当でない。
3 給料・賞与が他の会社より低い(ビラの第三節)との点について
 前出甲第六号証、証人bの証言により真正に成立したものと認められる甲第九な
いし一二号証、証人b、同iの証言、原告本人尋問の結果を綜合すれば以下の事実
が認められる。
 組合の上部団体である電労連加盟組合所属の各組合員の昭和四三年九月現在の基
本給、基準内賃金等は、別紙(五)のとおりであり、賞与金ならびに一時金の合計
額は、別紙(四)のとおりである。四四年四月度の中労委退職金事情調査によれ
ば、三〇年勤続者の退職金は、電力産業の場合平均六六〇万円であつて、これは被
告会社と同額である。男子全従業員の賃金について見れば、電力産業の平均賃金は
二〇歳未満、二〇歳~二四歳の年令帯においては全産業の平均賃金より低額である
が、その他の年令においてはこれを上回つている。しかし高校卒職員男子実在者基
準内賃金については、電力産業は、全産業平均よりもすべての年令帯において低額
であり、また昭和四三年度男子職員初任給は、電力産業の場合、全産業の平均より
も低額である。
 被告会社と電力他社を対比すると基本給のみについては、九電力会社中で最低で
あるが、被告会社では、基本的な賃金を基本給と特別給の二本立にしているため、
これを合計した金額ならびに基準内賃金では平均以上であり、九電力会社中、一、
二位にある。被告会社の昭和四三年の年末手当は平均一四六、二〇〇円であつた
が、これは九電力会社中最低であつた。昭和四四年の賃上げ要求において、被告会
社の退職金および退職年金現価の落ちこみは東京電力と比べて約七〇万円であると
組合では説明していた。
 以上の各事実を認めることができる。
 右事実によれば、本件ビラ作成当時、被告会社の給与水準が他の電力会社に劣つ
ていた旨断定することはできないが、しかし、被告会社と同等の地位にある東京電
力の給与水準よりも多少劣つていたのではあるまいかと疑う充分の理由がある。し
たがつて、この点に着目した原告が、他の会社よりも低い給料、少ない賞与を押し
つけられている旨表明しても、そのことは未だ被告会社を中傷誹謗したことには該
らない、と解される。
4 既得権を剥奪した(ビラの第三節)との点について
証人bの証言により真正に成立したものと認められる甲第一三ないし一五号証、同
証言ならびに原告本人尋問の結果を綜合すれば以下の事実が認められる。
 被告会社の尼崎第一発電所では、昭和四一年四月一日から運転体制を変更した。
それ以前は、年間無休で運転する体制であり、それに応じた人員を配置させていた
が、実際には休日に稼働することは殆んどなかつたところから、実態に合わせるた
め半日は午前八時半から午後八時まで運転し、休日、日曜は運転を休止するとの体
制に改めた。これに伴つて、従業員数を三七〇名から二三〇名に減少した。体制変
更後も電力需要が増大したときは一年に一〇日程度午前七時半から運転する日もあ
つた。
 被告会社はかねて理髪補助として、一名一回につき二〇円の補助を行なつていた
が、昭和四一年四月頃これを打ち切つた。これは会社と組合本部との話し合いで廃
止がきまつたもので、その後は、右の費用と同等の資金が他の厚生費に組み入れら
れている。
 また尼崎第二発電所では、かねてから会社が洗濯夫を置いて従業員の作業衣を洗
濯していた。この制度は、尼崎第一発電所、第二発電所のみで行なわれていたとこ
ろ、兵庫火力事務所と組合兵庫地区本部、右各発電所と当該組合支部とがそれぞれ
協議して、その廃止を合意し、その結果、昭和四三年一一月をもつて廃止された。
その代償措置として尼二発電所では電気洗濯機五台を設備して従業員に無料で利用
させている。しかし右措置にもかかわらず、右洗濯場制度の廃止に対しては同発電
所従業員の一部に大きな不満を持つ者があつた。
以上の各事実が認められ右認定に反する証拠はない。
 右事実によれば、尼崎第一発電所においては人員減少により労働強化が行なわれ
たものといい得るし、また従来認められていた理髪補助および洗濯制度も打切られ
あるいは廃止されたので、これにより不利益を蒙つた者の立場からすれば、これら
は「既得権のとり上げである」と言えなくはない。
 しかしながら、前示認定の各事実から考えると、右の労働強化は、正当な経営合
理化の当然の結果として従業員が受忍しなけたばならないものであることが推認で
きるし、また、理髪補助の打切りや洗濯場制度の廃止も、従業員全体の立場から見
れば、いわゆる権利の喪失ではなく、権利の正当な変更にすぎないと認められるか
ら、これらをもつて被告会社が既得権を不当にとり上げたものとみることは許され
ない。したがつて、本件ビラにある「会社は……いろいろの既得の権利をとり上げ
て来た」との部分は、原告が会社を中傷誹謗する不都合な文書であると認むべきも
のである。
5 本件ビラの他の記載部分について
本件ビラの第三節には次の趣旨の各記載がある。
① 昨年、会社は、差別・村八分を始め、およそ常識と法では許されないやり方で
労働者をしめあげた。
② そこで、私達は、大会社(被告のこと)の正体がどんなに汚いものか、どんな
にひどいものかを体で知つて来た。
③ 今年も、会社は……以前にもましてみにくく、きたないやり方をするでしよ
う。
 これらの文言は、会社が差別・村八分をするに止まらず、それ以外の方法により
非常識行為および違法行為を繰返して来た旨を述べ、将来も必ずそのような行為を
繰返す旨を断定したものである。しかし、会社が差別・村八分以外に更に非常識行
為および違法行為をなしたことを認めることはできないし、また、将来そのような
行為が行われる危険を認めるに足る充分の証拠もない。したがつて、右の部分もま
た原告が会社を中傷誹謗した不都合な文書であると認むべきものである。
6 以上にみたとおり本件ビラの記載は、その一部については正当な根拠があるけ
れども、他の一部は、事実にもとづかずあるいは事実を殊更誇張、歪曲したところ
のいわゆる不実の記載である。そして、同ビラの第三節(その標題は天に唾はく…
…会社のやり方)を通読すれば、同ビラが全体として、被告会社を中傷誹謗してい
ることを認めるに充分である。これを作成した原告の意図が、一九七〇年問題の重
要さと、職場における無権利状態を知らせ、会社の政策を批判する動機から出たも
のであるとしても、良識ある労働者としての節度を超えた表現、内容が見られる本
件ビラが、被告会社を中傷誹謗するものであることに変りはない。
 そして、被告会社の従業員である原告が、会社を中傷誹謗した本件ビラを作成
し、かつそれを従業員間に配布することは、労働者としては許されない不都合な行
為に該当すること明白である。
(四) 本件ビラ配布行為の不都合の程度
 原告の本件ビラ配布行為が不都合な行為であることは右のとおりであるが、前記
就業規則七八条五号は「その他特に不都合な行為があつたとき」と規定し、同条前
各号に該当しない不都合な行為のうち、反価値性の高いもの、すなわち行為および
情状において特に悪質な不都合行為のみを懲戒の対象とする旨を定めている。この
ことは、同条の規定の体裁および文言からまことに明らかなところである。
 そこで原告の本件ビラ配布行為が右にいう「特に」不都合な行為に該当するか否
かについてさらに検討の要がある。
1 被告は本件ビラの配布行為が、社員およびその家族の会社に対する不信感の醸
成を企図したものである旨主張する。たしかに原告の右行為は右のような不信感を
醸成するかも知れないという危険を惹起したであろうけれども、しかし、その危険
性は極めて軽微なものにすぎず、本件の場合、右の不信感が醸成されたことを認め
るに足る証拠はない。したがつて、原告が被告主張のような企図のもとに、本件ビ
ラを作成配布したとしても、そのような企図を達成することは当初から殆んど不可
能な状態にあつたことが推認できるから、右の「企図」のみをもつて、原告を強く
非難することは相当でない。
2 原告らが配布したビラは、会社の社宅内に限られ、企業外の第三者にまで配布
されたものでないことは前判示のとおりである。したがつてビラを受け取る方も、
会社の従業員ないしその家族であるから、本件ビラが言及している会社の姿勢ない
し労働条件等については、当然正確な知識を持つており、もしくは容易に正確な資
料ないし知識を入手しうる立場にあつたことが推認できる。したがつて、本件ビラ
配布が他の従業員に与えた悪影響および会社に蒙らせた実害は殆んどなかつたもの
と認めるのほかはない。
3 さらに表現方法については、表意者の学歴、職歴、地位等を考慮して評価すべ
きものと解されるところ、前示のとおり原告が組合役員を七、八年にわたり歴任し
たものであること、および工業高校を卒業して被告会社に入社以来もつぱら技術関
係の仕事に携わつて来たものであることを考慮すれば、本件ビラの表現方法がある
程度誇張にわたりあるいは激烈になつたとしても、それは止むを得ないものとして
斟酌する必要があると解される。
4 また、原告は、前認定のとおり、同僚に比べ資格、昇給の面で劣つた待遇を受
け、また職場の中で職員間の行事からも除外されていたので、これについて不満な
いし疑問を抱いていたものと推認できる。そこで、会社としてもそのような原告の
不満ないし疑問に対して、充分、納得のいく措置を講じてこれを解消させるべき配
慮をなすべきであつたのに、そのような配慮を尽したことを認めるに足る証拠はな
い。したがつて、このような被告の態度もまた原告による本件ビラ配布行為の遠因
をなしていると推認できるから、本件ビラ配布行為については被告会社にも、一斑
の責があると考えられないこともない。
(五) 本件譴責処分の違法性
 以上判示した諸般の事情特に前項1ないし4の事実を綜合勘案すれば、原告の本
件ビラ配布行為はなるほど不都合ではあるけれども、その情状においてさほど悪質
ないし重大なものと評することはできないから、いまだ「特に不都合な行為」には
該当しないと解するのが正当である。
 したがつて、本件譴責処分は、就業規則の適用を誤つたものとして不適法であり
無効である。
四 最後に、原告の慰藉料請求の点について判断する。
 原告がその主張どおり、違法な譴責処分を受けたことにより名誉を侵害され、相
当な精神的苦痛を蒙つたであろうことは、弁論の全趣旨により推認するに難くな
い。しかし、原告のこの精神的苦痛は、本件譴責処分無効確認部分の勝訴判決が確
定するとによつて名誉が回復される結果、充分慰藉される事情にあることもまた弁
論の全趣旨により容易に推認しうるところである。
したがつて、原告主張の慰藉料は未だこれを認めることができないから、その余の
点について判断するまでもなく、この請求部分は理由がない。
五 よつて原告の本訴請求のうち、譴責処分無効確認を求める部分を正当として認
容し、慰藉料の支払を求める部分を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につい
て民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(別紙(一)~(五)省略)

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