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平成18年9月14日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成16年(ワ)第753号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日平成18年6月14日
判決
主文
1被告Cは,原告Aに対し,3850万9405円及びこれに対する平成12
年8月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告Cは,原告Bに対し,3850万9405円及びこれに対する平成12
年8月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3原告らの被告Cに対するその余の請求及び被告Dに対する請求をいずれも棄
却する。
4訴訟費用は,原告らに生じた費用の3分の1と被告Cに生じた費用の3分の
2を被告Cの負担とし,原告ら及び被告Cに生じたその余の費用並びに被告D
に生じた費用を原告らの負担とする。
5この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告らは,連帯して,各原告に対し,それぞれ6385万0856円及びこれ
に対する平成12年8月31日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員
を支払え。
第2事案の概要
本件は,被告Dが開設するE産婦人科・眼科において,Fが,原告Aを出産し
た後,出血性ショックに陥り,死亡したことにつき,主治医であった被告C及び
被告Dに過失があったなどと主張して,Fの子及びその夫である原告らが,被告
らに対し,不法行為に基づく損害賠償及びFが死亡した日から支払済みまで民法
所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1前提となる事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,当該箇所に掲記の証拠及び弁論の
全趣旨により容易に認められる。
()当事者
ア原告B(以下「原告B」という)は,亡F(以下「F」という)の
。。
夫である。同人は,平成12年8月31日の出産の際,E産婦人科・眼科
に赴き,Fが死亡するまで同診療所に滞在した。
原告A(以下「原告A」という)は,原告Bを父,Fを母として,平

成12年8月31日に出生した子である。
イ被告D(以下「被告D」という)は,E産婦人科・眼科(以下「被告

診療所」という)を開設,運営している。

被告C(以下「被告C」という)は,被告診療所に勤務する産婦人科

医である。
ウFは,平成11年12月10日に被告診療所を受診し,妊娠が判明して
以降,同診療所に定期的に通院していた。
()平成12年8月31日の診療経過(以下,同日の出来事については,原
則として,時刻のみを表記する)

Fの状態及びこれに対する処置等については,別紙診療経過一覧表のとお
りである。
なお,血液の量について,1と1は概ね同量と解してよい(甲B9
mlg
号証2頁)ので,以下においては両単位を用いる。
2本件の争点
()子宮頚管裂傷を見落とした過失の有無
()高次医療機関への搬送義務違反の有無
ア搬送を決断すべき時期
イ因果関係(救命可能性)の存否
()輸血手配義務違反の有無
ア輸血手配を決断すべき時期
イ因果関係(救命可能性)の存否
()患者管理義務違反の有無
()被告Dの過失の有無
()損害
()消滅時効の成否
3争点に関する当事者の主張
()争点()(子宮頚管裂傷を見落とした過失)について
(原告らの主張)
アFの出血の原因は,子宮頚管裂傷であった。
イ分娩に至る経過として,(ア)Fが初産婦であったこと,(イ)プロスタル
モンEとプロスタルモンFという陣痛促進剤が同時併用されていたこと,
(ウ)クリステレル法と吸引分娩により急速分娩が施行されたこと,からす
れば,主治医である被告Cとしては,分娩時の損傷及び異常出血の有無に
注意を払うことが不可欠であった。
ウ分娩後の経過としても,(ア)(a)分娩時に580(ホスピタルマット
g
に含まれる血液280を含む,(b)16時30分に40,(c)17
gg

時20分に200,(d)17時45分に300,という持続的出血が
gg
見られたこと,(イ)血圧及び脈拍の推移や脈圧の低下等,大量出血を示唆
する所見が見られたこと,(ウ)子宮の収縮は良好であり,弛緩出血の可能
性は否定されることなどの事情から,被告Cは,分娩時の損傷の中でも重
大な結果を招く頚管裂傷を疑い,注意を払うべきであった。
,,,
エそして(ア)司法解剖時に頚管裂傷が発見できた以上Fに意識があり
診察に対する協力が得られる臨床現場では,裂傷の有無はより観察しやす
,,
いと考えられること(イ)Fの頚管裂傷は直視可能な部位に存在すること
からすれば,被告Cが頚管裂傷を発見することは可能であった。
オ以上から,被告Cには,Fの子宮頚管裂傷を早急に発見すべき注意義務
があった。
しかるに,上記注意義務に違反し,弛緩出血ばかり疑い,子宮頚管裂傷
を見落とした。
(被告らの主張)
アFには,出血性ショックの原因となるような子宮頚管裂傷は存在しなか
った。
イ被告Cは,13時ころ,子宮収縮剤をプロスタルモンEからプロスタル
モンFに切り替え,以降は後者のみを使用するつもりであったところ,助
産師あるいは看護師が,当初指示された前者の処方が1回分残っていたこ
とから,そのまま投与してしまったものであり,プロスタルモンEとプロ
スタルモンFの同時併用は,意図的になされたものではなく,被告Cは同
時併用の事実を知らなかった。なお,両剤の同時併用が禁止されているの
は,これにより過強陣痛が引き起こされる結果,子宮破裂や子宮頚管裂傷
を生ずるという理由によるところ,本件において過強陣痛は生じていない
から,両剤の同時併用によって頚管裂傷が発生する可能性が通常より高く
なったとはいえない。
また,クリステレル法及び吸引分娩を行う場合に頚管裂傷を起こすこと
があることは,一般論としては認めるが,自然分娩の場合と比して,その
おそれが高いとは必ずしもいえない。吸引分娩については,頚管が全開大
となる前に強行した場合に,頚管裂傷が起こり得るところ,本件では,子
宮口が全開大となってから吸引分娩を施行していることからしても,頚管
裂傷の成因になったとはいえない。そもそも,本件では,14時31分か
ら34分ころ,及び同42分から45分ころ,胎児に徐脈が認められ,胎
児仮死のおそれがあったから,急速遂娩の適応があると判断して上記の措
置を講じたものであり,何らの問題もない。
g
ウFの分娩時にホスピタルマットに染み込んだ羊水等の合計量は780
。,,
であった妊娠末期の羊水量は800未満までは正常であるところ
ml
Fも出産時には妊娠末期であった。前期破水でも少量のみ流出する例も多
く,その場合,羊水量は保たれている。とすれば,780のうち,50
g
0を羊水とし,残りの280は血液であるとする原告の主張は誤って
gg
いる。Fの分娩時出血量は,臨床的には通常の範囲内であった。
また,臨床医療の現場で,ホスピタルマットに染み込んだ血液量を考慮
することは,分娩後の出血量が明らかに異常視されるほど多いなどの例外
的な場合を除き,ほとんどない。さらに,分娩時の出血量が500以
ml
上であった場合でも,決して稀な事態ではなく,直ちに異常出血として対
応しなければならないものではない。
エ頚管裂傷と弛緩出血の鑑別については,(ア)頚管裂傷であれば,(a)胎
児娩出直後から出血し,持続的で鮮血,(b)子宮収縮は良好で,子宮は硬
い,(c)内診・膣鏡診で頚管に裂傷を認めるのに対し,(イ)弛緩出血の場
合は,(a)出血は胎盤娩出後から持続的あるいは間欠的に見られ,その開
始は突如として起きるときもあるが,徐々に始まることもある。血液の色
は,静脈血を含むことがあるので,暗赤色ときに鮮紅色,(b)子宮は柔軟
で,ときに触知困難,という特徴による。
本件では,(a)分娩時の出血は暗赤色であり,鮮紅色の持続的出血の流
出はなく,(b)子宮収縮については,分娩後1時間の時点では良好であっ
たが,2時間を経過するころから,柔らかく,輪状マッサージを行ってよ
うやく硬くなる状態であり,(c)胎盤娩出直後の視診及び内診並びに子宮
内容清掃術の際の内診及び膣鏡による視診において,頚管裂傷を疑わせる
損傷は認められなかった。
オ以上より,被告Cが,Fの出血を頚管裂傷によるものではなく弛緩出血
と疑った,あるいは診断したことは,臨床的には相当であったと評価され
る。仮に頚管裂傷があったとしても,これを見落としたことは過失とはい
えない。
()争点()ア(高次医療機関への搬送義務違反の有無-搬送を決断すべき時
期)について
(原告らの主張)
ア17時45分の時点で,Fは重大な出血性ショックに陥っており,争点
()の原告ら主張のとおり,出血量は1000を超えていた。個人診療
1ml
所である被告診療所では,このようなショック状態にある患者に対し十分
な治療を施すことは困難であったのであるから,被告Cには,直ちにFを
高次医療機関に搬送すべき注意義務があった。
上記のように重大なショックに陥ったFに対しては,出血原因の診断な
どよりも,とにかく状態を良くするために治療をすることが最優先である
から,状態確認をしていないことは上記注意義務を否定する理由とはなら
ない。
被告Cは,上記注意義務に違反し,上記時点において,Fを高次医療機
関に搬送しなかった。
イ18時16分の時点では,710もの更なる出血が認められ,その量
g
は合計2000に及んでおり,生命に危険を及ぼすほど重篤な出血性
ml
ショックに陥っていた。個人診療所である被告診療所では,このような重
篤なショック状態にある患者に対し十分な治療を施すことは困難であった
のであるから,被告Cには,直ちにFを高次医療機関に搬送すべき注意義
務があった。
被告Cは,上記注意義務に違反し,上記時点において,Fを高次医療機
関に搬送しなかった。
(被告らの主張)
,,,
ア被告Cは18時ころ17時45分時点での出血量につき報告を受け
直ちに診察して必要な処置を採ることを決断し,実際に18時ころから診
察を開始した。医師が診察による状態確認を行わずに搬送を決断すること
は通常考え難い。また,18時ころの時点で被告Cが認識していた出血量
は約800であるところ,この出血量自体は搬送を必要としない量であ
g
る。したがって,この時点での搬送義務は認められない。
イ18時16分から開始した子宮内容清掃術の時点においては,同術によ
りFの出血が収まってきていたこと,輸液措置を講じていたことから,高
次医療機関へ搬送する必要はないと考えられた。
()争点()イ(高次医療機関への搬送義務違反の有無-因果関係の存否)に
ついて
(原告らの主張)
アFは,19時53分に心停止を起こしているところ,その前に適切な措
置を講じていれば,Fの救命可能性は極めて大きいといえる。
ところで,被告診療所から高次医療機関への搬送に要する時間は,救急
車の到着まで5分以内,搬送先決定まで5分以内,搬送先への到着まで5
分程度であり,輸血開始まで5分程度である。
イそうすると,18時16分の時点で搬送を決断しても,救命は可能であ
り,死亡との因果関係は認められる。まして,それより30分以上も前で
ある17時45分の時点で搬送を決断していれば,救命は可能であり,死
亡との因果関係が認められることは当然である。
(被告らの主張)
ア本件における搬送先の高次医療機関としては,G県総合周産期母子医療
センターであるH病院を選択するのが当然の判断であるところ,搬送の決
断から同病院に到着するまでには少なくとも20ないし30分かかる。ま
た,同病院到着後,実際に輸血が開始されるまでに最低でも更に20ない
し30分程度を要する。
,,,
ところで18時47分時点におけるFの血圧は収縮期圧68mmHg
弛緩期圧不明であり,昇圧剤を投与しなければ血圧のコントロールが困難
な状況にあった。仮に子宮内容清掃術で大量出血を認めた時点で搬送を決
断したとしても,上記病院に到着する時点でのFの状態は,上記同様に悪
い状態であったと考えられる。
このようにFの全身状態の悪化が急激な状況では,18時16分からの
子宮内容清掃術で大量出血が認められた時点で搬送を決断したとしても,
救命できた高度の蓋然性があったとはいえない。
,。,
イまたFはいつDICを起こしてもおかしくない状況にあったさらに
出血性ショックの合併症として,多臓器不全,低酸素性虚血性脳症及びA
RDSを発症する可能性があり,これらが発症した場合の予後は極めて悪
い。
仮に高次医療機関に搬送されたとしても,出血部位が的確に診断できな
ければ開腹子宮全摘術を実施することになるが,これに伴う出血等により
救命可能性は更に低くなる。
ウ以上より,18時16分からの子宮内容清掃術で大量出血を認めた時点
でFを高次医療機関へ搬送しなかったことと死亡との間に因果関係は認め
られない。
()争点()ア(輸血手配義務違反の有無-輸血手配を決断すべき時期)につ
いて
(原告らの主張)
ア上記のとおり,17時45分の時点で,Fは出血性ショックに陥ってお
り,出血量は1000を超えていた。出血性ショックへの対処法とし
ml
ては,直ちに輸血用血液を準備し,出血量に見合った輸血を施行して血圧
を上げることが何よりも重要とされており,出血量が1000を超え
ml
る場合には輸血を開始すべきとされている。したがって,17時45分の
時点で,直ちに輸血用血液を手配して,輸血用血液が到着次第直ちに輸血
を開始するとともに,その後も出血が継続する場合に備えて,輸血用血液
を準備すべき注意義務があった。
ところが,被告Cは,上記注意義務に違反し,上記時点において,輸血
用血液の手配を行わなかった。
イ18時16分の子宮内容清掃術の際には,さらなる出血が認められ,そ
の量は合計2000に及んでおり,生命に危険を及ぼすほど重篤な出
ml
血性ショックに陥っていた。したがって,18時16分の時点で,直ちに
輸血用血液を手配して,輸血用血液が到着次第直ちに輸血を開始すべき注
意義務があった。
しかるに,被告Cは,上記注意義務に違反し,上記時点において,輸血
用血液の手配を行わなかった。
(被告らの主張)
ア17時45分の時点で300の出血があったことについて,被告Cは
g
18時ころに報告を受けたものであるが,この時点では,まず自ら診察,
診断の上必要な処置を採ろうと考えたのであり,医師として当然の選択で
ある。したがって,この時点で輸血用血液を手配しなかったことに過失は
ない。
イ被告Cは,Fの状態から弛緩出血を疑い,これに対する治療を実施した
ものである。すなわち,弛緩出血に対する治療においては,子宮収縮の促
進を図ることが基本であり,そのために,被告Cは,助産師に輪状マッサ
ージの実施を指示するとともに,子宮収縮剤のパルタンやプロスタルモン
を注射した。
ウなお,(ア)子宮からの出血が続く場合あるいは出血により全身状態が不
,,
良である場合には乳酸化リンゲル液などの細胞外液用剤の輸液を開始し
(イ)出血量が1000を超え,弛緩出血に対する諸々の処置を実施し
ml
ても小康状態とならず,出血が持続する場合には,輸血を考慮する。本件
においては,
(ア)輸液について,18時15分ころから出血した血液量を補う措置と
して,乳酸化リンゲル液であるラクテックの点滴を開始し,さらにラク
テック500にパルタン2の点滴ルートを追加した。そして,そ
mlA
,,,
のままラクテックの輸液を継続し同55分ころラクテック500ml
ブルタール(鉄剤)2,アドナ(血管強化・止血剤)1A,トランサ
A
ミン(止血剤)1を静脈注射しており,適切かつ十分な輸液を行っ
A
た。
(イ)輸血について,子宮内容清掃術が終了した18時40分ころの時点
で被告Cが把握していた出血量は,分娩時200ないし300,17
g
時20分ころ200,17時45分ころ300の合計約800で
ggg
g
あった。なお,子宮内容清掃術で排出された血塊・血液の重量710
については,同術終了後に助産師が測定し,被告Cに報告した。
子宮内容清掃術の際の測定で出血量は1000を超えたが,その
ml
終了時点では,弛緩出血に対する処置により出血は収まってきており,
出血持続状態ではなく,輸液措置を採って全身状態の回復に努めていた
こと,同時点においてFは会話のできる状態にあったこと,から被告C
は直ちに輸血を要することはないであろうと判断したのであり,この時
点で輸血用血液を手配しなかったことに過失はない。
もっとも,弛緩出血は軽快と増悪を繰り返すことがあるため,今後輸
血が必要となる可能性を考え,被告Cは,19時前後に輸血用血液の取
り寄せを指示している。
なお,この時点においては,輸血用血液の取寄せよりも,むしろ高次
医療機関への搬送を決断すべきとする意見があることからしても,輸血
用血液の取寄せについて注意義務違反として論じる余地があるのか疑問
である。
()争点()イ(輸血手配義務違反の有無-因果関係の存否)について
(原告らの主張)
ア18時16分の時点で輸血用血液の手配を決断し,これが届き次第直ち
に輸血を開始すれば,Fがまだ若いことから,循環血液量を十分確保する
ことにより,救命は可能であり,死亡との因果関係は認められる。
イまして,それより30分以上も前の17時45分の時点で輸血用血液の
手配を決断していれば,救命は可能であり,死亡との因果関係は優に認め
られる。
(被告らの主張)
18時16分の時点で輸血用血液を取り寄せたとしても,Fの救命にはつ
ながらなかったと考えられるため,因果関係は否定される。
()争点()(患者管理義務違反の有無)について
(原告らの主張)
ア被告Cには,Fの主治医として,分娩後の状況及び出血量等の症状を迅
速かつ正確に把握すべき注意義務があった。
,,,
また被告らにはFの看護や経過観察に当たる看護師や助産師に対し
Fの症状及び状態を迅速かつ的確に報告するよう指示ないし指導すべき注
意義務があった。
イFの16時30分ころの出血量40につき,被告Cに何ら報告がされ
g
ていないのであれば,上記注意義務に違反している。
本件は,分娩直後から異常が認められ,16時30分の時点でも脈拍8
8と頻脈が認められたことからすれば,上記出血は正常な経過であるから
報告が不要であるとする被告らの主張は妥当でない。
ウ17時45分の時点でFに300の出血があり,出血性ショックに陥
g
っていたことにつき,被告Cが18時にI助産師から報告を受けて初めて
知ったとすれば,遅きに失しており,上記注意義務に違反している。
エ18時16分の子宮内容清掃術の際,Fに新たに710の出血があっ
g
た事実につき,被告Cに報告されたのが子宮内容清掃術が終了してから数
分経った後のことだとすれば,遅きに失しており,上記注意義務に違反し
ている。
(被告らの主張)
ア分娩後の管理において特に異常を認めない経過をたどっている場合に,
主治医が,患者の状態及び症状を常に迅速かつ正確に把握すべき必要はな
く,かかる注意義務は認められない。
もっとも,分娩後の経過に異常が認められる場合には,主治医は患者の
状態及び症状を,その内容に応じて,できる限り迅速かつ正確に把握する
必要がある。ただし,実際の臨床現場においては,準備・検査・計測・確
認など必要な作業を経た上で行うことになるから,これらに要する時間を
考慮する必要がある。
イ本件において,16時30分の出血量40は,分娩1時間後のものと
g
しては,正常であるから,被告Cにこの出血量が報告されなかったことに
ついて,注意義務違反はない。
ウ17時45分の出血量について,I助産師は,病室での輪状マッサージ
による出血が止まった後にパッドを交換し,これを分娩室脇の測定場所に
運んで測定したため,出血量が判明したのは18時直前であった。出血量
が判明した後,速やかに被告Cに出血量及びFの症状について報告がなさ
れており,注意義務違反はない。
エ18時16分開始の子宮内容清掃術については,膿盆の内容物及びガー
ゼに付着した血液量を測定することになるが,この測定は同術の終了後に
ならざるを得ない。また,この測定には数分程度を要する。
I助産師は,子宮内容清掃術が終了した18時40分過ぎころから,急
いで膿盆の内容物を測定し,被告Cに報告したのであり,注意義務違反は
ない。
オ子宮内容清掃術が終了した後,710の出血があったことを把握した
g
時点で,被告Cの把握していた合計出血量は約1510であった。
g
前記のとおり,分娩時のホスピタルマットに染み込んだ血液量を280
と判断する根拠はないこと,上記のとおり,16時40分時点での出血
g
量40の報告がなかったことに過失はないこと,からすれば,18時4
g
0分ころに被告Cが出血量を約1510と認識していたことに過失はな
g
い。
()争点()(被告Dの過失の有無)について
(原告らの主張)
被告Dは,被告診療所の所長として,勤務医である被告Cが産婦人科医と
して最善の知識と技術をもって分娩に当たるよう指導・監督する立場にあり
ながらこれを怠り,前記のような被告Cの過失を生じさせた。
あるいは,被告CのFに対する医療行為は,被告Dの事業の執行のために
なされたものといえるから,被告Dは使用者責任を負う。
(被告Dの主張)
被告Dに,被告診療所の所長として,被告Cに対する指導・監督を怠った
過失はない。
前述のとおり,被告Cにも不法行為は認められないから,その使用者であ
るDにも不法行為責任は成立しない。
()争点()(損害)について
(原告らの主張)
ア逸失利益4459万2467円
Fは死亡当時31歳であり,平成12年度の女子年齢別賃金センサスを
基礎収入としてライプニッツ係数により中間利息を控除し,生活費を30
パーセント控除して計算すると,逸失利益は上記金額になる。
イ慰謝料3000万円
出産後に適切な管理を受けることができず,苦痛の中で死を迎えたFの
無念さ,及び,初めての子である原告Aの顔を見ることも,母親という新
しい役割を果たすこともなく,生活を断絶されたFの精神的苦痛は,少な
くとも上記金額をもって慰謝されるべきものである。
ウ葬儀費用150万円
Fの死亡に伴い執り行われた葬儀の費用として上記金額は,本件と相当
因果関係のある損害である。
エ原告ら固有の慰謝料各2000万円
オ弁護士費用各580万4623円
カ合計
原告らは,上記アイウを2分の1ずつ相続し,これにエ及びオを合計す
ると,原告各々の損害は,6385万0856円となる。
(被告らの主張)
否認ないし不知ないし争う。
()争点()(消滅時効)について
(被告Dの主張)
Fが死亡した日は平成12年8月31日であるところ,原告らが本件訴
訟を提起したのは平成16年2月26日であり,3年以上が経過しているこ
とから,被告Dとの関係では消滅時効が成立している。被告Dは,上記消滅
時効を援用するとの意思表示をしたから,被告Dとの関係では原告らの損害
賠償請求権は消滅している。
(原告らの主張)
被告Dの主張は争う。
第3当裁判所の判断
1争点()(子宮頚管裂傷を見落とした過失)について
()子宮頚管裂傷に関する一般的知見
子宮頚管裂傷とは,分娩時に外子宮口から子宮下部の下端に及ぶ裂傷を
いう。その原因としては,子宮収縮剤の使用などによる過強陣痛などによ
ってもたらされた急速な頚管の拡大,巨大児,反屈位などによる頚管の過
度の伸展,子宮発育不全や高年初産婦などに見られる頚管の伸展不良など
が考えられる(乙B2号証597頁。

裂傷の有無を確認するには,膣内に手を入れ,頚管を示指と中指で挟み,
全周を輪状に巡らせて断裂がないかどうか触診するという方法による(乙B
3号証245頁。

子宮頚管裂傷の場合,以下の特徴が現れる(乙B2号証597頁。

ア胎児娩出直後からの鮮紅色の持続性出血
イ出血量は裂傷の程度及びその部位によるが,大きな動脈枝が断裂され
ると急速に大出血を来す。
ウ子宮収縮は良好
()弛緩出血に関する一般的知見
弛緩出血とは,分娩終了後に子宮筋の収縮状態が不良になる子宮弛緩症
が起きた場合に,胎盤剥離面に開口している血管が子宮筋層内で子宮筋の
()

収縮によって絞扼されないために来す大出血をいう乙B2号証603頁
弛緩出血の場合,以下の特徴が現れる(同号証同頁。

ア胎盤娩出後に持続的あるいは間欠的に流出する出血。出血の開始は突
如として起こることもあるが,徐々に始まることもある。
イ血液は,静脈血成分を含むため,暗赤色を呈する。
ウ子宮はきわめて柔軟で,子宮底の確認が困難な場合がある。子宮腔内
に血液が貯留すると子宮底は徐々に上昇してくる。
エ出血量が多くなればショック症状を呈する。
()本件における子宮頚管裂傷の有無及び過失の有無の検討
(「」。
),
アFの司法解剖を担当した法医学のJ教授以下J教授というは
Fには子宮頚管裂傷が認められる旨の意見を述べている(甲A13号証及
び甲B31号証)ところ,別紙診療経過一覧表のとおり,Fに対しては,
被告Cの指示を超える陣痛促進剤(頚管熟化剤)が投与されていて,頚管
の開大がもたらされたと推認されること,子宮底輪状マッサージの実施や
子宮収縮剤の投与にもかかわらず,分娩後,子宮からの出血が継続したこ
となど,この意見に沿う事情も認められる。
しかし,J教授から依頼されてアルコール保存されていたFの子宮を
見た産婦人科のK教授は,頚管裂傷は認められないと述べており(乙B1
4号証,被告らの協力医である産婦人科医L医師(以下「L医師」とい

う)も,解剖時に撮影された子宮の写真を見た上で同様の意見を述べて

いる(乙B6及び7号証。さらに,被告診療所に応援に赴き,その後司

法解剖に立ち会った際に,J教授から子宮頚管裂傷であるといって子宮を
見せられた麻酔科のM医師(以下「M医師」という)も,頚管裂傷の存

在は確認できなかった旨述べている(甲A17号証。上記四者の意見を

比較検討しても,J教授の上記意見が,他の三者の意見に比して信用性が
顕著に高いとまではいい難く,J教授の上記意見をもってFに頚管裂傷が
あったと断定することはできない。
イかえって,被告Cは,胎盤娩出後及び子宮内容清掃術の際の二度にわた
り,視診のほか,左手の指先を使って子宮の頚管部位を全周触るという方
法により頚管裂傷の有無を調べ,その結果,同裂傷は認められないと判断
しているが(甲A14号証15ないし18頁,この検索方法は,上記()
)1
に照らし,適当であったと認められる(甲B29号証。

ウ加えて,症状としても,別紙診療経過一覧表のとおり,(ア)分娩後約1
時間が経過した16時30分での出血量は40と少なく,(イ)同時刻に
g
おける出血は黒っぽい色をしていたこと,(ウ)子宮収縮は17時20分ま
では良好であったが,その後はやや柔らかくなっていたこと(甲A11号
証の3,17ないし19頁)などの事実が認められるところ,上記()及
び()によれば,これらの状況は頚管裂傷にはそぐわず,むしろ弛緩出血
を疑わせるものといえる。
エ以上のとおりであり,Fに子宮頚管裂傷があったと認めるに足りる証拠
はない。したがって,被告CがFを頚管裂傷と診断しなかったことについ
ても,注意義務違反は認められない。
()
2争点()ア高次医療機関への搬送義務違反の有無-搬送を決断すべき時期
について
ア出血性ショックに関する一般的知見として,以下の事実が認められる。
(ア)出血性ショックの定義
出血に起因して,貧血,血圧低下,脈拍増加,尿量減少などのショック
,()

症状を呈するものを出血性ショックという甲B19号証1706頁
一般に,出血量が800以上になると,ショック症状が出現すること
ml
が多い(甲B18号証615頁。

(イ)ショックの診断基準
ショックについては,おおむね以下の項目により診断される(甲B18
号証613及び614頁。

a血圧
収縮期圧70以下。又は平常より25パーセント以上の血圧
mmHg
mmHg
下降脈圧収縮期圧と弛緩期圧の差は減少する収縮期圧60
。()。
以下は重症のショックである。
b脈拍
100/分以上。
c呼吸
。,。
呼吸数が増加浅く呼吸困難を訴えときにチアノーゼが見られる
d尿量
20/時以下。30ないし50/時以下は危険である。そのほ
mlml
,,,,,。
か尿比重尿沈さクレアチニンBUN血清カリウムを測定する
e中心静脈圧(CVP)
。。
正常は5ないし10である2以下は循環血液量低下
cmHOcmHO
15以上は心不全又は過剰輸液。
cmHO
f血液像,凝固能
Hb(ヘモグロビン)10以下,Ht(ヘマトクリット)30パ
g/dl
ーセント以下は輸液・輸血を考慮する。赤沈15㎜/時以下,血小板数
10ないし15×10/㎜以下,FDP(フィブリン分解産物)40
43
μ以上の場合はDICを疑う。
g/ml
g動脈ガス分析
過剰塩基が-4以下及び+4以上,そのほかPO70
mEq/lmEq/l2
以下もO投与の治療が必要となる。
mmHg2
(ウ)ショック症状
ショックの際に現れる症状としては,以下のものが挙げられる(甲B1
8号証613頁。

a妊婦の訴え
気分不快,嘔気・嘔吐,精神不安,全身虚脱
b臨床症状
口唇蒼白,発汗・冷たい皮膚,反応の遅延・筋力低下,低血圧,頻脈
・脈拍微弱,呼吸は浅く促進,意識障害
(エ)出血性ショックに対する処置
a早期治療が産科ショックの場合の基本原則であり,治療時期を失する
と重篤になる危険性が高い(甲B18号証615頁。プレショック状

態(ショックに至る前段階。甲B8号証5頁)での診断,早期治療が最
良の方法である(甲B18号証613頁。

b産後出血に対する措置としては,呼吸及び循環の確保等による全身管
理と,出血源の検索及び治療(止血操作)を,並行して迅速かつ的確に
行う必要がある(甲B26号証276頁,乙B12号証319頁。

c分娩後出血量が1000以上では輸血が必要になる(甲B18号
ml
証615頁,甲B19号証1708頁。800以上であれば輸血
)ml
の準備を行うことが望ましい(乙B12号証319頁。

イ上記知見に照らし,本件における分娩後の経過につき検討する。
(ア)分娩時出血量については,まず,胎盤受けに溜まったものとして30
0があった。この重量について,被告Cは報告を受けていなかったが2
g
00ないし300程度と目測していた(甲A14号証31頁。
g)
上記のほかに,分娩台に敷いたホスピタルマットにも一定量の血液が染
み込んでいたものと認められる。
すなわち,分娩時に出血があった場合,ホスピタルマットに羊水のみ
が染み込み,血液が全く染み込まないということはあり得ない。本件にお
,(,
いてもホスピタルマットは赤く染まっていたところ甲A10号証の3
30頁被告Cはホスピタルマット自体を目視しているのであるから甲

,(
A14号証37頁,その重量の報告を受けなかったとしても,その外観

から相当量の血液が染み込んでいることは明らかであった。ホスピタルマ
ットに染み込んだ血液量を正確に算定することは困難というほかないが,
この点につき,J医師は280(甲A13号証15頁,N医師は約4
g)
00と推定しており(甲B8号証2頁,少なくとも0として計算す
gml

ることが妥当でないことは明らかである。
この点につき,被告らは,妊娠末期の羊水量の平均が800とされ
ml
ていること(乙B5号証65頁)を理由に,ホスピタルマットに含まれる
血液量を考慮する必要はない旨主張する。しかし,Fは8月30日午後8
時50分ころから破水があったのであり(争いのない事実,8月31日

10時前の時点でも羊水の流出が認められ,前期破水と診断されたのであ
るから(別紙診療経過一覧表,分娩時に流出する羊水量はその分減少し

ていたと考えられる。とすれば,分娩時に流出した羊水量は,ホスピタル
マットに染み込んだ液体の総重量780(おおよそ780)よりはか
gml
なり少なく,残りは血液であった蓋然性が高いというべきである。したが
って,上記被告らの主張は,上記認定,判断を覆すものとはいえない。
また,被告らは,通常ホスピタルマットの重量は計測されないとも主
張するが,仮にそうであるとしても,後記のとおり,本件においては,例
外的に同マットに血液が染み込んでいる蓋然性を考慮する必要があること
に変わりはない。
(イ)16時30分には,40の出血が認められたが,この出血につき,
g
I助産師は,被告Cに報告していない。もっとも,40の出血のみでは
g
異常とは判断し難いから,I助産師が,16時30分の時点で,Fの状態
を問題ないと判断し,出血量について被告Cに報告しなかったことをもっ
て直ちに非難することは相当でないと考えられる。
しかし,上記に認定した医学的知見によれば,出血性ショックの診断や
,,
その後の治療において合計出血量は大きな判断要素となるのであるから
Fに多量の出血及び容態の悪化が認められた17時20分又は17時45
分の時点においては,I助産師は,併せてこの40の出血についても報
g
告すべきであった。
上記報告の欠如を過失と評価すべきか否かはともかくとして,被告診療
,(。)
所では従前からオロ胎盤の剥離面から出る出血甲A14号証43頁
が多いなどの異常な所見がなければ,被告Cに出血量等の報告がされない
ことになっており,そのことは被告Cも了解していたところ(甲A14号
証59頁,そうであれば,被告Cは,報告されていない出血があり得る

,。
ことを前提にFの合計出血量を把握する必要があったというべきである
(ウ)上記(ア)及び(イ)に加え,別紙診療経過一覧表のとおり,17時20
分に200,17時45分の時点で300の各出血が認められた。さ
gg
らに,18時16分に開始された子宮内容清掃術により確認された710
の血液についても,確認された時点より以前に出血し,子宮内に貯留し
g
ていた可能性も十分考えられる。
,,,
そうすると18時の時点において確実な出血として840があり
g
その他ホスピタルマットに含まれる分及び子宮内に貯留していると考えら
れる血液を考慮すると,合計出血量は1000前後であった可能性が
ml
高く,このことは被告Cも認識可能であったということができる。
そして,Fの出血は,被告Cの診断した弛緩出血に対する措置(子宮収
,),
縮剤の投与子宮底輪状マッサージの実施が講じられたにもかかわらず
止む気配がなく,その後も止血の成功を期待できる徴候は認められないま
ま推移したものである。
mmHg
(エ)加えて,17時45分の時点では,血圧につき収縮期圧60
という症状が見られたところ(別紙診療経過一覧表,上記診断基準によ

れば,これはショックの中でも重症を示すものであり,脈拍も98/分で
あって(別紙診療経過一覧表,ショックの診断基準に迫っていたことが

明らかである。
ウ以上によれば,17時45分にI助産師がFの状態を観察した結果を聞い
た18時の時点において,被告Cは,Fの出血量が1000前後である
ml
と認識することが十分可能であり,その他の症状からも,Fが出血性ショッ
ク状態にあったことを把握できたと認められる。これらの事情に,出血性シ
ョックに対しては,早期の治療が重要であることを考え併せると,たとえ,
出血量が確実に1000を超えたと断定できずとも,同時点において,
ml
Fに対し,輸血を行う必要が生じたことは,被告Cも認識し得たと認められ
る。
上記輸血の必要性に対し,被告診療所には輸血用血液が準備されていなか
った(争いのない事実。さらに,上記認定のとおり,本件では,Fの全身

状態の改善(循環管理)と出血原因の特定及び止血とを並行して行う必要が
あったが,これを医師一人で行うのは困難であるところ(甲A17号証7
頁,午後7時以前の時点では,被告診療所にはすぐに対応できる医師が被

告C一人しかいなかった(甲A10号証の3,21及び22頁。これらの

事実に加え,上記に認定した出血性ショックの診断項目である各種検査も一
部しか行われていないという状況も併せ考えると,個人診療所である被告診
療所には,Fに対し,必要な処置を実施するための人的及び物的体制が整っ
ていなかったといわざるを得ない。
そうであれば,被告Cには,遅くとも18時の時点で,上記体制を有する
高次医療機関への搬送を決断すべき注意義務があったものと判断するのが相
当である。
文献上も,産科の出血性ショックの治療には多くのスタッフを要し,緊急
時の対応が可能な大病院で対処すべきであり,中でも,分娩後輸血を必要と
する症例は,今後も出血が増加する可能性があるから,大病院への搬送が望
ましい旨の知見が存在するほか(甲B19号証1708頁,M医師も,1

8時に助産師から出血量と血圧の報告を受けた時点で,搬送を決断すべきで
あったと述べており(甲A17号証,上記判断を裏付けている。

ウこの点につき,被告らは,医師が診察することなく搬送を決断することは
相当でないと主張する。
しかし,上記認定・判断のとおり,出血性ショックに対しては,速やかな
処置が何よりも重要となるところ,搬送を決断してから実際に患者が高次医
療機関に搬送され,処置が開始されるまでに一定の時間を要することは,当
然予見されることであるから,医師には,それらの時間も見越した上で手遅
れにならないよう早期に搬送を決断することが求められているというべきで
ある。そして,医師による診断ないし処置は,搬送を決断し,その旨の指示
を看護師等に出してから救急車が到着するまでの間,あるいは搬送先に到着
するまでの間に救急車に同乗して行うことも可能である。仮に,搬送指示後
あるいは搬送先で,結果的に搬送を要しない程度の症状であることが分かっ
たとしても,その措置の妥当性が問題となることはない(甲A17号証9及
び10頁。

さらに,分娩時出血量としては,500を超えると異常とされている
ml
ところ(甲B11号証1733頁,甲B13号証361頁,本件に関して

いえば,上記認定のとおり,遅くとも17時20分に200gの出血の報告
がI助産師から被告Cになされた時点で,合計出血量は既に500を確
ml
実に超えていたのであるから,上記時点で被告Cが診察を行うべきであった
とも考えられる。
以上によれば,被告Cの診察が未了であったことは,搬送の決断を遅らせ
る合理的な理由にはならないというべきである。したがって,上記被告らの
主張は採用できない。
エなお,18時の時点では搬送義務は認められないとする被告らの主張に沿
うものとして,L医師の意見(乙B6及び7号証)が存在するので,念のた
め,これについて検討する。
L医師は,上記意見の前提として,ホスピタルマットに含まれる血液量は
無視してよい旨述べているが,前記認定のとおり,本件において,ホスピタ
ルマットに染みこんだ血液量を0と推定するのは適切ではない。
ml
すなわち,同医師は,主として,18時16分から始まった子宮内容清掃
術で出血を確認した時点で,出血量が1000を超えたこと,及び,シ
ml
ョック症状を呈していることを理由に,搬送を決断すべきであったと述べて
いるところ,前記認定のとおり,18時の時点で,出血量が1000前
ml
後である可能性が高いこと,及びFが出血性ショック症状を示していること
を被告Cは認識し得たのであるから,同医師の意見は,前提とする事実に誤
認があるといわざるを得ない。
,。
以上のとおりであり上記L医師の意見は直ちに採用することはできない
オ上記に認定した注意義務にもかかわらず,被告Cは,高次医療機関への搬
送をせず,19時00分及び20時40分に至ってようやく輸血用血液の手
配を指示し,19時35分に医師の応援要請を指示したのみであるから(別
紙診療経過一覧表,被告Cには,上記注意義務に違反して,高次医療機関

への搬送を怠った過失が認められる。
3争点()イ(高次医療機関への搬送義務違反の有無-因果関係の存否)につ
いて
()そこで,上記過失行為(以下「本件不法行為」という)と損害との間
1。
に因果関係があるか否か,すなわち18時の時点で搬送を決断した場合に死
亡という結果を回避することができたか否かについて判断する。
ア名古屋市内においては,搬送依頼があってから救急車が依頼元の病院に
到着するまで約5分,救急車が依頼元の病院に到着してから搬送先が決ま
るまでに約5分,依頼元の病院を出発してから搬送先の病院に到着するま
でに約10分,搬送先の病院に到着してから輸血が開始されるまでに約5
分を要する(甲A17号証12ないし14頁。

これによれば,被告Cが,18時にFの搬送を決断した場合,おおよそ
18時05分ころに救急車が被告診療所に到着し,18時10分ころに搬
送先が決定し,18時20分ころに救急車が搬送先に到着し,18時25
分ころには輸血を開始することが可能であったと認められる。
なお,I助産師は,労災病院であれば,被告診療所を出発してから5分
で到着する旨述べており(甲A10号証の3,19頁,これによれば,

18時25分より更に以前の時点で輸血を開始することができたことにな
る。
イ実際の経過としては,19時05分にFから息苦しさの訴え,19時3
2分に嘔気の訴えがあり,19時35分に意識不明となり,心停止になっ
たのが19時53分であった。なお,18時25分に近接した18時26
分に血圧につき収縮期圧66弛緩期圧不明という所見がある以
,,(
mmHg
上,別紙診療経過一覧表。

ウ心臓がある程度拍動している状態であれば,救命の可能性は大きいが,
心停止が起こった後では,救命は非常に難しい(甲A17号証11頁。

()上記()ア及びイによれば,18時に被告Cが搬送を決断していれば,実
際に心停止を起こした時より80分以上早い時点から輸血等の処置を開始で
きたところ,上記()ウに従えば,Fの死亡という結果を回避できた蓋然性
が高いと認められる。
この点,M医師は,18時16分に搬送を決断したとしても救命可能であ
る旨,上記認定を裏付ける意見を述べているところ(甲A17号証,同医

師の上記意見は,Fの具体的な状態や名古屋市の救急救命体制等を踏まえた
上で詳細な理由付けがなされており,信用することができる。
また,その回復の程度についても,障害が残らずに社会復帰できる程度に
回復したものと認められる(甲A17号証30頁。

()なお,上記時点において救命可能性はなかったとする被告らの主張に沿
うものとして,L医師の意見(乙B6及び7号証)及びO医師の意見(乙B
10及び13号証)があるが,以下の理由により,いずれも上記認定を覆す
までのものと評価することはできない。
アまず,両医師の意見は,基本的に18時16分の時点に搬送を決断した
場合の救命可能性に関するものであり,18時の時点で搬送を決断した場
合の救命可能性については,十分な検討がなされていない。
イさらに,両医師は,救命が困難と考えられる理由として,DIC(汎発
性血管内血液凝固症候群)発症の可能性を挙げている。確かに,出血性シ
ョックは産科DICの基礎疾患となり得るが(乙B2号証606頁,本

件では高次医療機関への搬送がなされなかった結果,産科DICか否かを
判断するのに必要な各種検査(乙B2号証606及び607頁)が行われ
ていないという状況にあり,Fが産科DICを発症していたと認定するに
足りる的確な証拠はない。
加えて,産科におけるDICの治療は,その病変が早期のうちに診断さ
れ,治療されることにより,多くの場合救命可能とされているところ(乙
B2号証608頁,FにDIC様の出血傾向が最初に見られたのは21

()
時ころであったこと乙A1号証9頁並びに甲A17号証17及び18頁
を考えると,18時25分ころに必要な処置を開始していれば,Fを救命
できた蓋然性は高いといえる。
ウその他にL医師が挙げる理由も,結局は不確定要素が多すぎるというこ
とに尽き,漠然としているとの印象を否めないから,上記認定・判断を覆
すことはできない。
エO医師の指摘するARDS(急性呼吸窮迫症候群)についても,DIC
同様,Fがこれに罹患していたと認定するに足りる的確な証拠はない。
()以上のとおりであり,本件不法行為とFの死亡との間に因果関係を認め
るのが相当である。
したがって,その余につき判断するまでもなく,被告Cは,Fの死亡につ
き不法行為に基づく損害賠償責任を負うと判断できる。
4争点()(損害)について
()逸失利益
Fは,死亡した平成12年当時,いまだ31歳であり,仕事を辞め,出
産・育児に専念する予定でいたことから(弁論の全趣旨,同人の死亡に伴

う逸失利益は,平成12年の女子労働者全年齢平均賃金349万8200
円を基礎として,以下の計算式により,4051万8811円と認められ
る。
×(就労可能年数36年のライプニッツ係数)×(生
3,498,20016.54680.7
40,518,811
活費控除30パーセント)=
()F本人の慰謝料
Fが原告Bの配偶者であると同時に,本件当時生まれたばかりであった
原告Aの母親であることなどの事情を考慮し,Fの慰謝料は,2400万
円をもって相当と判断する。
()葬儀費用
本件不法行為によりFが死亡したことにより生じた葬儀費用のうち,本
件不法行為と相当因果関係のある損害として,150万円を認める。
()原告ら固有の慰謝料
本件不法行為により原告Bは突然配偶者を失い,原告Aは出生と同時に
母を失ったものであり,いずれもF本人の慰謝料によっては慰謝されない
精神的苦痛を被ったと認められるところ,本件に現れた一切の事情を勘案
して,近親者慰謝料として,原告らそれぞれにつき,200万円の慰謝料
を損害として認める。
()弁護士費用
原告らが本件訴訟の提起・遂行を原告ら代理人に委任したことは,本件
記録上明らかであるところ,本件事案の内容,審理の経過,認容額その他
,,
本件に現れた一切の事情を斟酌すれば本件訴訟に係る弁護士費用のうち
原告らそれぞれにつき350万円を本件不法行為と相当因果関係のある損
害として認める。
()小括
上記()ないし()の合計は6601万8811円であるところ,その2
分の1に()及び()も合わせると,原告B及び原告Aに支払われるべき損
害額は,それぞれ3850万9405円となる。
5争点()(消滅時効)について
()不法行為の消滅時効については,民法724条が「不法行為による損害
賠償の請求権は,被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時か
,。
」,
ら三年間行使しないときは時効によって消滅すると定めているところ
「損害及び加害者を知った時」とは,被害者又はその法定代理人において,
加害者に対する賠償請求が可能な状況の下に,その可能な程度においてこれ
らを知った時を意味すると解される(最高裁昭和48年11月16日第二小
法廷判決・民集27巻11号16頁参照。

さらに,使用者責任における「加害者を知った時」とは,被害者又はその
法定代理人において,使用者並びに使用者と不法行為者との間に使用関係が
ある事実に加えて,一般人が当該不法行為が使用者の事業の執行につきなさ
れたものであると判断するに足る事実をも認識した時であると解される(最
高裁昭和44年11月27日第一小法廷判決・民集23巻11号2265頁
参照。

()上記()に照らし本件を検討する。前記前提となる事実のとおり,Fは平
成12年8月31日に死亡したものであるが,死亡したFはもちろん,原告
B(原告Aの法定代理人親権者でもある)もFの出産に立ち会っており,同
日の時点で,主治医が被告Cであることのほか,同日における経緯の概要を
知っていたものと認められる。また,原告BがFの遺体を冷凍保存していた
ことからすれば(甲B1号証,同人が,Fの死亡が被告診療所の処置によ

るものであるとの疑いを抱いていたものと認められる。さらに,F及び原告
Bは,被告診療所の所長が被告Dであることも知っていたと認められる(弁
論の全趣旨。

とすれば,Fが死亡した平成12年8月31日の時点で,原告Bは,Fの
死亡という損害が生じたこと,加害者が被告Cであること,及び,被告Cは
被告Dの被用者であり,使用者の事業である医療業務の執行につきFを死亡
させたことなどの事情につき,賠償請求が可能な程度にこれらを知ったと認
められる。
そうすると,本件不法行為に基づく損害賠償請求権については同日から消
滅時効が進行し,本件訴訟が提訴された平成16年2月26日より以前の時
点である平成15年8月31日経過時に,消滅時効が完成したことになる。
もっとも,被告Cとの関係では,平成15年8月28日到達の内容証明郵便
により消滅時効は中断されていると認められるが(民法153条参照。甲C
3号証の1及び2,被告Dとの関係ではそのような時効中断事由の存在は

認められない。
そして,被告Dは平成18年6月9日付け第6準備書面により上記消滅時
効を援用するとの意思表示をしている(当裁判所に顕著な事実。

したがって,被告Dについては,少なくとも,被告Cの本件不法行為につ
き使用者責任を負うと考えられるが,消滅時効の援用により,その損害賠償
債務が消滅したことが明らかであるから,その余について判断するまでもな
く,原告らの被告Dに対する請求は理由がない。
6結論
以上の次第で,原告らの本件各請求は主文第1,2項の限度で理由がある
から,これらを認容し,その余は棄却することとし,訴訟費用の負担について
民事訴訟法61条,64条,65条1項本文を,仮執行宣言について同法25
9条1項をそれぞれ適用し,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第4部
裁判長裁判官加藤幸雄
裁判官寺本明広
裁判官大野千尋

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