弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人山下幸夫の上告理由について
 関税定率法(平成六年法律第一一八号による改正前のもの。以下同じ。)二一条
一項三号に掲げる貨物に関する税関検査が憲法二一条二項前段にいう「検閲」に当
たらないものというべきこと、税関検査によるわいせつ表現物の輸入規制は同条一
項の規定に反するものではないというべきこと、関税定率法二一条一項三号にいう
「風俗を害すべき書籍、図画」等とは、わいせつな書籍、図画等を指すものと解す
べきであり、右規定が広はん又は不明確のゆえに違憲無効といえないことは、当裁
判所の判例(最高裁昭和五七年(行ツ)第一五六号同五九年一二月一二日大法廷判
決・民集三八巻一二号一三〇八頁)とするところであり、これと同旨の原審の判断
は正当である。そして、原審の適法に確定したところによれば、本件写真集には、
その描写の画面全体に占める比重、画面の構成などからして、人間の裸体を自然な
状態描写したものではなく、性器そのものを強調し、性器の描写に重きが置かれて
いるとみざるを得ない写真が含まれており、それらが一冊のものとして編てつされ
ているというのであるから、本件写真集は関税定率法二一条一項三号にいう「風俗
を害すべき書籍、図画」等に該当し、本件写真集が輸入禁制品に該当する旨の被上
告人東京税関長の通知は適法であるとした原審の判断は、正当として是認すること
ができる。論旨はすべて採用することができない。
 よって、裁判官園部逸夫の補足意見、裁判官尾崎行信、同元原利文の反対意見が
あるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官園部逸夫の補足意見は、次のとおりである。
 私は、多数意見にくみするものであるが、次のとおり補足して私の意見を述べて
おきたい。
 私は、性器を描写又は撮影した書籍、図画、彫刻物その他の物品であって、わい
せつ性を有するものであっても、既に内外の著名な美術館で展示されその複製品や
展示作品のカタログ等が公然と販売されている場合には、右複製品やカタログ等を
個人の所持のために輸入することについて、公権力による介入を認めるべきではな
いと考える。本件写真集は、 ニューヨーク市所在の著名な美術館であるD美術館
で開催された写真家Eの回顧展のカタログであるから、右カタログの購入が個人の
所持を目的とすることが明白であれば、右カタログの我が国への輸入を規制すべき
筋合いのものではない。
 しかしながら、税関検査に関する我が国の行政上の事前及び事後の手続の実情で
は、個人の所持を目的とする輸入であるか、頒布・販売を目的とする輸入であるか
を明確に識別して判断することが容易でない場合があり得る。このような状態は速
やかに改善されなければならないと考えるが、現況では、輸入目的のいかんにかか
わらず、その流入を一般的に、いわば水際で阻止することはやむを得ない措置とい
わざるを得ない(最高裁平成四年(あ)第七七六号同七年四月一三日第一小法廷判
決・刑集四九巻四号六一九頁参照)。
 右のことを考慮に入れた上で、私は、本件通知処分を適法とした原審の判断を正
当と考えるものである。
 裁判官尾崎行信、同元原利文の反対意見は、次のとおりである。
 一 我々は、最高裁昭和五七年(行ツ)第一五六号同五九年一二月一二日大法廷
判決・民集三八巻一二号一三〇八頁(以下「昭和五九年大法廷判決」という。)の
説示する範囲において、関税定率法(平成六年法律第一一八号による改正前のもの。
以下同じ。)二一条一項三号(以下「本規定」という。)に掲げる貨物(以下「三
号物件」という。)に関する税関検査が憲法二一条二項前段にいう検閲に当たらな
いこと、税関検査によるわいせつ表現物の輸入規制は同条一項の規定に反するもの
ではないこと、本規定にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等とは、わいせつな書
籍、図画等を指すものと解すべきであり、右規定が広はん又は不明確のゆえに違憲
無効といえないことについては、異論はない。
 しかし、多数意見が本件写真集は本規定にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等
に該当し、本件写真集が輸入禁制品に該当する旨の被上告人東京税関長の通知は適
法であるとした点については、賛同することができない。その理由は、以下のとお
りである。
 二 三号物件に関する税関検査が憲法二一条二項前段にいう検閲に当たらないと
しても、これが思想内容等の表現物についてされるときは、表現の事前規制として
の側面を有することは否定することができない(昭和五九年大法廷判決参照)。
 表現行為に対する事前規制は、思想内容等の表現物が市場に出る前に抑止して、
その内容を読者等に到達させるみちを閉ざし、又はその到達を遅らせてその意義を
失わせ、公の批判の機会を減少させるものであり、また、事前規制としての性質上、
予測に基づくものとならざるを得ないことなどから、事後制裁の場合よりも広はん
にわたりやすく、濫用のおそれがある上、実際上の抑止的効果が事後制裁の場合よ
りも大きいと考えられる。したがって、表現行為に対する事前規制は、表現の自由
を保障し検閲を禁止する憲法二一条の趣旨に照らし、厳格かつ明確な要件の下にお
いてのみ許容されるものといわなければならないのである(最高裁昭和五六年(オ)
第六〇九号同六一年六月一一日大法廷判決・民集四〇巻四号八七二頁参照)。
 この意味で、表現行為に対する事前規制を定める法律の規定は、その解釈により
規制の対象となるものとそうでないものとが明確に区別され、かつ、合憲的に規制
できるもののみが規制の対象となることが明らかにされている場合でなければなら
ず、また、一般国民の理解において、具体的な場合に当該表現物が規制の対象とな
るかどうかの判断を可能ならしめるような基準をその規定から読み取ることができ
るものでなければならない。もしこのような制約を付さなければ、規制の基準が不
明確であるかあるいは広はんに失するため、表現の自由が不当に制限されることと
なるばかりでなく、国民がその規定の適用を恐れて本来自由に行い得る表現行為ま
でも差し控えるという効果を生むこととなる。このように解することによって、初
めて憲法上保護に値する表現行為をしようとする者をい縮させ、表現の自由を不当
に制限する結果を招来するおそれがないということができるのである。
 三 当裁判所が、昭和五九年大法廷判決において、本規定を憲法二一条一項の規
定に反するものではないとしたのは、本規定にいう「風俗」なる文言が、その沿革
等に照らし、専ら性的風俗を意味し、本規定による輸入禁止の対象とされるのは、
わいせつな書籍、図画等に限られるとの限定解釈が可能であることを、その理由の
一つとしている。
 また、当裁判所は、刑法一七五条にいう「わいせつな文書、図画」等の意味につ
いて、その内容がいたずらに性欲を興奮又は刺激させ、かつ、普通人の正常な性的
羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものをいうとし(最高裁昭和二八年(
あ)第一七一三号同三二年三月一三日大法廷判決・刑集一一巻三号九九七頁)、文
書のわいせつ性の判断に当たっては、当該文書の性に関する露骨で詳細な描写叙述
の程度とその手法、右描写叙述の文書全体に占める比重、文書に表現された思想等
と右描写叙述との関連性、文書の構成や展開、更には芸術性・思想性等による性的
刺激の緩和の程度、これらの観点から該文書を全体としてみたときに、主として読
者の好色的興味に訴えるものと認められるか否かなどの諸点を検討することが必要
であり、これらの事情を総合し、その時代の社会通念に照らして、それが「いたず
らに性欲を興奮又は刺激させ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性
的道義観念に反するもの」といえるか否かを決するべきであるとしている(最高裁
昭和五四年(あ)第九九八号同五五年一一月二八日第二小法廷判決・刑集三四巻六
号四三三頁)。
 右のごとく、わいせつ性の概念は、刑法一七五条の規定の解釈に関する判例の蓄
積により明確化されており、規制の対象となるものとそうでないものとの区別の基
準につき、明確性の要請に欠けるところはないから、本規定を前記のように限定的
に解釈すれば、表現の自由を不当に制限する結果を招来するおそれはないとされて
いるのである(昭和五九年大法廷判決参照)。
 四 さらに、昭和五九年大法廷判決は、三号物件に関する税関検査が憲法二一条
二項にいう検閲に当らないと解した理由の一つとして、「税関検査は、関税徴収手
続の一環として、これに付随して行われるもので、…三号物件についても、右のよ
うな付随的手続の中で容易に判定し得る限りにおいて審査しようとするものにすぎ
ず、思想内容等それ自体を網羅的に審査し規制することを目的とするものではない。」
と説示している。これは、わいせつ性の審査を本来の職務内容としない税関職員が
本務に付随して「容易に判定し得る限りにおいて」審査するものが三号物件に関す
る検査であるとするものであって、右説示にいう判定の容易さとは、三号物件該当
性の判定の容易さを意味するものと解すべきであると考える。前記のように、刑法
上のわいせつの概念は判例の蓄積により明確化されてきてはいるものの、それが判
断基準として一定の機能を果たし得るのは、司法の専門職により適正手続の下にお
いて審理された場合を前提とするのであって、税関検査において司法の専門職では
ない税関職員がすべての事例をこの基準によって判定することは容易なことではな
いからである。
 他方、右大法廷判決が、憲法二一条二項前段は検閲の絶対的禁止を宣言した趣旨
であると解した理由として、「旧憲法下における出版法(明治二六年法律第一五号)、
新聞紙法(明治四二年法律第四一号)により、文書、図画ないし新聞、雑誌等を出
版直前ないし発行時に提出させた上、その発売、頒布を禁止する権限が内務大臣に
与えられ、その運用を通じて実質的な検閲が行われ…、思想の自由な発表、交流が
妨げられるに至った経験」に基づいている旨説示していることに照らせば、たとえ
関税徴収手続に付随して行われる税関検査であっても、その運用を通じて「実質的
検閲」となるような行為は、検閲の絶対的禁止を宣言した憲法の趣旨に反するもの
として許されないと解される。そうであるとすれば、税関職員を含む一般国民の理
解において規制の対象となるか否かを容易に判定し得ないような文書、図画等につ
いてまで税関職員が一方的に審査することは、右にいう「実質的検閲」に当たり、
憲法二一条二項の趣旨に反し許されないものと解すべきである。このように解する
ことにより、初めて事前規制的な側面を有する税関検査によるい縮効果等の出版・
表現の自由に対する弊害を最少限度にとどめようとした右大法廷判決の趣旨により
適合するものとなるのである。我々は、右大法廷判決に示された考え方をこのよう
に理解し、わいせつな書籍、図画等に該当するか否かの判定が容易でない物品につ
いては、税関長に事前審査の権限がないと解すべきであると考える。
 五 ところで、原審の適法に確定した事実関係等によれば、次のとおりいうこと
ができる。
 1 米国人写真家E(以下「E」という。)は、男性の裸体や性器などを被写体
とした衝撃的な写真などで注目を浴び、昭和四〇年代後半から平成元年に死亡する
までの約二〇年間、人間の性や肉体などをテーマとする作品を発表し、写真を用い
た現代美術の第一人者として美術評論家等から高い評価を得て活躍した写真家であ
り、日本国内においても、平成四年から同五年にかけて、外務省、文化庁、アメリ
カ大使館の後援の下に、同人の作品展がF美術館その他五つの公立美術館において
開かれるなど、その名声は米国内にとどまらない。
 2 本件写真集は、米国ニューヨーク州ニューヨーク市所在のD美術館が昭和六
三年七月から一〇月にかけてEの回顧展を開催した際、その展示作品のカタログと
して刊行されたもので、一〇〇枚を超える展示作品の写真が掲載されている。また、
収録されている評論は、Eの写真家としての経歴とその作品の芸術的特性を解説す
ることに徹しており、極めて専門的な内容である。したがって、購読者として想定
される者は、Eの回顧展に足を運ぶ写真芸術の愛好者と、観覧の機会は持てなくと
も、同人の作品に関心を持ち、同人の作品集を手元に置いておきたいと希望する者
程度であるとみるのが相当である。本件写真集が、広告媒体によって通俗的興味を
かきたて、広く販売することを予定したものでないことは、その体裁、内容からみ
ても明らかである。
 本件写真集に掲載されている写真の多くはモノクローム(黒白)であるが、高度
な写真表現技術を用い、E独自の照明手法によって、被写体である人体を、あたか
も無機質な物体のように処理しており、カラーを使用しているものであっても、映
像にアクセントを加味する程度のものであって、被写体の現実感を強めるほどのも
のでもない。背景等もほとんどないに等しく、性行為と直接結び付けて表現された
ものはない。
 3 本件写真集と同一書籍は、平成四年当時から東京都内の書店で継続的に陳列・
販売されており、またEの他の写真集「G」や「H」、「ドイツ語版I」なども、
同様に書店で公然と陳列・販売され、何人も入手可能な状態であった。これらの書
籍には、本件写真集に掲載され被上告人らがわいせつ性を有すると主張する写真の
全部又は一部が掲載されているが、いまだにこれらの書籍がわいせつであるとして
摘発されたことはない。
 六 右に説示したところに加えて、原判決も説示するように、遅くとも平成三年
ころまでには、いわゆるヘア・ヌードと称される映像が写真集や週刊誌に掲載され
るようになってきている。この例に見られるように、現在、社会一般のわいせつ概
念は大きく変化し、性表現の自由が大幅に拡大されてきている。江戸時代の版画家
による枕絵類の複製に限らず、現代人の作にかかる文芸、絵画でも、性器のみなら
ず性関係すらも写実的に描写したものが、一般人が容易に入手し得る書籍や新聞雑
誌等にしばしば掲載され、あるいは美術館において公開されている。こうした現状
の下においては、性欲を興奮又は刺激させる、普通人の正常な性的羞恥心を害する、
善良な性的道義観念に反するというわいせつの定義の内容も、大きな変ぼうを遂げ
ていると認めざるを得ない。
 七 右のような社会一般の情勢も考慮して検討するのに、本件写真集に収録され
ている写真のうち被上告人らがわいせつであると主張するのは一三枚、うち男性性
器が撮影されているものは一〇枚であるが、各写真の構図、色調、照明、背景等を
総合してみれば、人体を冷徹な目で直視し、これを画像として固定しようとする作
者の芸術的意図を知ることができ、普通人の性欲を興奮又は刺激させることを専ら
とする、いわゆる色情を催させる類のものとは異なるものと認めざるを得ない。た
だ、見る人によってはこれをグロテスクであるとし、あるいは直視することに違和
感を持つ可能性のあることは否定できないが、それは個人のし好や美意識の問題で
あって、これを直ちに性欲の興奮・刺激に結び付けるのは過度の反応というべきで
ある。したがって、これらの写真を収録している本件写真集は、その性格、作者に
対する評価及び作品回顧展の意義、体裁、出版の趣旨、目的、頒布方法等をも併せ
考慮すれば、わいせつ図画と認めることは容易でないものであったというべきであ
る。現に第一審判決も、主として読者の好色的興味に訴えるものといいながらも、
性欲を興奮・刺激するものとの認定、判断を行っていないとみられるのである。
 前示のとおり、わいせつ性について見解が分かれる可能性のある書籍や図画等に
ついては、税関長に事前審査の権限がないと解すべきであるから、本件写真集のよ
うに、わいせつ図画とは容易に判定できない場合には、関税定率法二一条三項の規
定による通知の対象とすることなく通関を認め、その後は一般の国内出版物と同一
の取扱いにゆだねるべきであった。したがって、被上告人東京税関長が上告人に対
してした本件写真集が輸入禁制品に該当する旨の通知は違法というほかない。
 八 以上の次第であるから、原審の判断は、税関検査におけるわいせつ性の判断
とその限界について、法律の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を
及ぼすことが明らかであるから、原判決は、その余の点について判断するまでもな
く、破棄を免れない。
 そして、右によれば、上告人の被上告人東京税関長に対する輸入禁制品該当通知
の取消請求については、第一審判決を取り消して、上告人の右請求を認容すべきで
あり、上告人の被上告人国に対する損害賠償請求については、更に審理を尽くさせ
る必要があるので、これを原審に差し戻すべきであると考える。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    尾   崎   行   信
            裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    千   種   秀   夫
            裁判官    元   原   利   文
            裁判官    金   谷   利   廣

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