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平成21年7月7日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成20年(行ケ)第10259号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成21年5月28日
判決
原告有限会社東伸計測
原告日本弗素工業株式会社
原告富士技研工業株式会社
原告ら訴訟代理人弁理士井澤洵
井澤幹
茂木康彦
被告エスケーエイ株式会社
同訴訟代理人弁護士小山香
同弁理士松永孝義
飯塚向日子
主文
1特許庁が無効2003−35170号事件について
平成20年5月29日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文1項同旨
第2事案の概要
本件は,原告らが,下記1のとおりの手続において,前審決及び前判決の後,原
告らが共有する本件特許のうち,下記2の請求項1に係る本件発明についての特許
を無効とした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)
には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1本件訴訟に至る手続の経緯
(1)本件特許(甲1,16,17)
特許権者:原告ら(なお,原告富士技研工業株式会社は,原告有限会社東伸計測
及び同日本弗素工業株式会社の持分の一部譲渡を受けた株式会社日本塩素から当該
持分全部の譲渡を受けたものである。)
発明の名称:会合分子の磁気処理のための電磁処理装置
出願日:平成12年6月5日(特願2000−167034号)
登録日:平成14年6月21日
特許番号:第3319592号
(2)前審決に係る審判手続(甲10,11)
審判請求日:平成15年4月30日(無効2003−35170号)
審決日:平成16年3月30日
前審決の結論:「特許第3319592号の請求項1ないし2に係る発明につい
ての特許を無効とする。」
前審決の理由の要旨:本件特許に係る出願明細書の発明の詳細な説明は,当業者
がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されておらず,同特許請
求の範囲の記載の発明は,発明の詳細な説明に記載されておらず,記載された発明
が明確であるということもできないから,本件特許を無効とすべきである。
(3)前判決に係る審決取消訴訟(甲14)
判決日:平成18年2月27日(当庁平成17年(行ケ)第10067号)
前判決の結論(主文1項):「特許庁が無効2003−35170号事件につい
て平成16年3月30日にした審決のうち,特許第3319592号の請求項1に
係る発明についての特許を無効とするとの部分を取り消す。」
(4)本件審決に係る審判手続
審決日:平成20年5月29日
本件審決の結論:「特許第3319592号の請求項1に係る発明についての特
許を無効とする。」
審決謄本送達日:平成20年6月10日(原告らに対し)
2本件発明の要旨
本件審決が判断の対象とした発明は,本件特許に係る特許請求の範囲の請求項1
に記載された本件発明であり,その要旨は以下のとおりである。なお,かっこ書き
した符号は本判決において便宜付したものであり,本件審決によるものと同様であ
る。
【請求項1】
(A−1):移動する被処理物中に含まれる会合分子の磁気処理のための装置であ
って,
(A−2):通電により磁束を形成するコイルを被処理物が流れる管路の外周に2
重に巻き付け,
(A−3):一方のコイルを駆動する電気回路と他の一方のコイルを駆動する電気
回路を制御することによって被処理物に作用する磁束方向を変化させることを特徴
とする
(A−4):会合分子の磁気処理のための電磁処理装置。
3本件審決の理由の要旨
(1)本件審決の理由は,要するに,本件発明は,米国特許第5,074,99
8号明細書(以下「引用刊行物」という。)に記載された発明(以下「引用発明」
という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本
件発明についての特許は無効とすべきである,というものである。
(2)なお,本件審決が認定した引用発明は,以下のとおりである。
(B−1):移動する被処理液体のスケールデポジットを防止および/または除去
についての磁気処理のための装置であって,
(B−2):通電によりそれぞれ磁束方向の異なる磁束を形成する巻き方向を逆に
した2つのコイルを被処理物が流れる管路の外周に直列に配置して巻き付け,
(B−3):2つの通電により磁束を形成するコイルを駆動する電気回路により,
それぞれ磁束方向の異なる磁束を形成することによって,被処理物にそれぞれのコ
イルに基づく2つの磁束方向の異なる磁気処理を作用させることを特徴とする
(B−4):被処理液体のスケールデポジットを防止および/または除去について
の磁気処理のための液体処理装置。
(3)また,本件審決が認定した本件発明と引用発明との一致点及び相違点は,
以下のとおりである。
一致点:2つの通電により磁束を形成するコイルを被処理物が流れる管路の外周
に巻き付け,2つの通電により磁束を形成するコイルを駆動する電気回路により,
被処理物に異なる磁束方向で磁束を作用させることを特徴とする点
相違点1:本件発明では,2つの通電により磁束を形成するコイルを被処理物が
流れる管路の外周に2重に巻き付けるのに対して,引用発明では,2つの通電によ
り磁束を形成するコイルを巻き方向を逆にし直列に配置して被処理物が流れる管路
の外周に巻き付ける点
相違点2:本件発明では,2つの通電により磁束を形成するコイルを駆動する電
気回路において,その一方のコイルを駆動する電気回路と他の一方のコイルを駆動
する電気回路を制御することによって,被処理物に作用する磁束方向を変化させ
て,被処理物に異なる磁束方向で磁束を作用させるのに対して,引用発明では,2
つの通電により磁束を形成するコイルを駆動する電気回路により,巻き方向を逆に
し直列に配置した2つのコイルを駆動することにより,それぞれ磁束方向の異なる
磁束を形成することによって,被処理物に異なる磁束方向で磁束を作用させる点
4取消事由
(1)一致点及び相違点の認定の誤り(取消事由1)
(2)相違点1についての判断の誤り(取消事由2)
(3)相違点2についての判断の誤り(取消事由3)
第3当事者の主張
1取消事由1について
〔原告らの主張〕
本件審決は,本件発明と引用発明との一致点,相違点1及び2の認定において,
本件発明を「2つの通電により磁束を形成するコイル」と認定しているが,当該
「2つの」が「通電」を修飾するものか,「コイル」を修飾するものか判然とせ
ず,不明確であるから,本件審決の上記一致点及び相違点の認定それ自体も不明確
であるといわざるを得ないのであって,このように不明確な一致点及び相違点の認
定を前提として本件特許の請求項1の発明に係る特許を無効とした本件審決は,違
法なものとして,取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
原告らは,本件審決の認定に係る「2つの通電により磁束を形成するコイル」に
いう「2つの」の意義が不明確であると主張する。
しかしながら,本件審決は,引用発明について,上記第2の3(2)のとおり「認
定しているところ,「(B−2)」の「2つのコイル」における「コイル」と
「(B−3)」の「2つの通電により磁束を形成するコイル」における「コイル」
が同じものを意味することは明らかであるから,「2つの通電により磁束を形成す
るコイル」が「通電により磁束を形成するコイル」が「2つ」あることを意味する
ものであることは明白であるし,本件審決にいう「2つの通電により磁束を形成す
るコイル」との表現も,以上と同様の意味であることも明らかである。
したがって,本件審決による一致点及び相違点の認定に原告らが主張するような
不明確な点はなく,原告らの主張は失当である。
2取消事由2について
〔原告らの主張〕
(1)本件審決は,引用刊行物中から摘記した記載事項(以下「摘記事項」とい
う。)(お)の「巻き方向が同じ複数のコイルも使用可能であり,」との記載か
ら,「そもそも,その装置について発明の開示の範囲内で複数のコイルの使用の態
様について,多くの応用と変形がなされうるものであり,そして,2つの通電によ
り磁束を形成するコイルを装置に取り付ける使用の態様の一つとして,『巻き方向
が同じ複数のコイル』を『2重に巻き付ける態様』を適宜に設計できることが示唆
されているものである。」とした上,摘記事項(う)(「なお,複数のコイル5を接
続するための複数の信号出力端をドライバ段11に設けることができる,というこ
とは明白である。」)の記載から,「1つのドライバ段に2つのコイルと2つの信
号出力端を設置する実施の態様が示唆されているものであるから,1つのドライバ
段という限られたスペースに2つのコイルと2つの信号出力端を設置するという課
題が示唆されている」とし,「『巻き方向が同じ複数のコイル』を『2重に巻き付
ける態様』は,格別の意味を有しないもの」であり,「このような構成を採用する
ことは当業者が容易に想到し得ることであると判断した。
(2)しかしながら,摘記事項(お)は,巻き方向が同じ複数のコイルを直列接続
して相互の磁束方向を逆方向に設定することができることを示唆するものであり,
これは例えば図4(引用刊行物の「Fig.4」。以下,図の引用について同じ。)の
ように2つのコイル間に分割線Sの仮想平面を想定し,それによって何らかの磁気
的効果を得ようとするものを念頭に置いた記載なのであり,引用発明において分割
線Sの仮想平面を想定する場合には,2つのコイルを少なくとも被処理物の流れ方
向に離して配置しなければならないことになるが,このようなコイル配置におい
て,本件発明の特徴とする2重のコイルとすることは全く想定外の事項であるとい
うべきである。
(3)したがって,引用発明は巻き方向が同じ複数のコイルを2重に巻き付ける
態様を意図したものではなく,相違点1についての本件審決の判断は誤りである。
〔被告の主張〕
(1)引用刊行物には,「巻き方向が同じ複数のコイルも使用可能であり,2つ
のコイルを直列接続する場合,一方のコイルの例えば処理対象の液体の流れの方向
の下流に位置する端部が,隣接する他方のコイルの下流に位置する端部に接続さ
れ,上流に位置する両端部が励磁装置2の信号出力端子3,4に接続されるという
ことは当業者に明らかになるであろう。これらのコイルは,明らかに,適切に信号
出力端子3,4に対し並列に接続することもできる。また,可能性として,並列接
続と直列接続を組み合わせたものもあり得る。」(訳文9頁1∼6行。甲5の3の
7欄35∼46行に対応)との記載があるが,この記載によると,コイルをパイプ
1の離れた箇所に巻き付ける場合,離れていない箇所に2重に重ねる場合,及びコ
イルの巻き方向を逆にして逆向きの磁束を発生させる場合も含まれることが明白で
ある。
(2)原告らは,引用刊行物の図4の記載について指摘しているが,同記載は引
用刊行物に記載された発明の実施例として,2つのコイルの間に図4に示すように
分割線Sができる場合があることを示したものにすぎず,引用発明がそのような場
合に限られるものであることについては,開示も示唆もされていない。また,本件
明細書には,「コイルを1重でなく,2重に管路外周に巻き付けること」又は「コ
イルを3重でなく,2重に管路外周に巻き付けること」にいかなる技術的意義があ
り,いかなる作用効果を奏するかについては何ら記載がないから,本件審決が指摘
するとおり,本件発明において「コイルを2重に管路外周に巻き付けること」によ
る効果は格別の意味を有しないというべきである。
(3)したがって,本件審決の相違点1についての判断に誤りはなく,原告らの
主張は失当である。
3取消事由3について
〔原告らの主張〕
(1)本件審決は,引用刊行物において,「1つのドライバ段に2つのコイルと
2つの信号出力端を設置する実施の態様が示唆されていること」及び「巻き方向が
同じ複数のコイルのそれぞれのコイルに流れる電流の方向を逆にして,それぞれ磁
束方向の異なる磁束を形成することによって,被処理物に異なる磁束方向で磁束を
作用させる」という技術思想が記載されていることを前提として,「2重のコイ
ル」のそれぞれのコイルに流れる電流の方向を逆にするためには,2つの電気回路
により,その一方のコイルを駆動する電気回路と他の一方のコイルを駆動する電気
回路を制御して,それぞれのコイルに流れる電流の方向が逆になるようにすればよ
いことは自明であり,2つの通電により磁束を形成するコイルを被処理物が流れる
管路の外周に2重に巻き付ける態様を採用する場合においては,2つのコイルが近
接していることからして,2つのコイルに同時にそれぞれ磁束方向の異なる磁束を
形成使用とすることは,互いに向きの異なる磁束が互いに打ち消し合うように作用
することからして問題があり,2つのコイルは,時間的に間隔をおいて,それぞれ
独立に駆動するのが望ましいことも自明であるから,「2重のコイル」を,2つの
電気回路により,その一方のコイルを駆動する電気回路と他の一方のコイルを駆動
する電気回路を制御して,被処理物に作用する磁束方向を変化させることは,当業
者が容易に想到しえることと認められ,その際,2つのコイルの駆動については,
時間的に間隔をおいて,それぞれ独立に駆動する実施の態様を採用することは,適
宜なし得ることであると判断した。
(2)しかしながら,上記2のとおり,引用発明に基づいて「2重のコイル」の
構成を採用することはできないのであるから,本件審決の相違点2についての判断
はその前提において誤っている。
また,この点を措くとしても,本件審決が,「2つの電気回路により,その一方
のコイルを駆動する電気回路と他の一方のコイルを駆動する電気回路を制御して,
(2つのコイルを,時間的に間隔をおいて,それぞれ独立に駆動させるようにし
て,被処理物に異なる磁束方向で磁束を作用させることによって,)被処理物に作
用する磁束方向を変化させることは,当業者が容易に想到しえることと認められ
る。」と判断した点は誤りである。
そもそも,本件審決が,引用刊行物において「1つのドライバ段に2つのコイル
と2つの信号出力端を設置する実施の態様が示唆されている」と判断した根拠は,
摘記事項(う)の括弧内の「なお,複数のコイル5を接続するための複数の信号出力
端をドライバ段11に設けることができる,ということは明白である。」との記載
であるところ,この記載から分かることは,1つのドライバ段に複数個のコイルを
接続することができることだけであり,ドライバ段が1つである以上,特定の時点
において複数個のコイルに供給される信号電流の特性は同一であるから,上記記載
から,複数のコイルを別々に制御することが導かれるわけではない。むしろ,複数
のコイルを個別に制御するためには,2つのドライバ段がなければならないことは
明らかである。
また,引用刊行物の図4にあるように,引用発明においては,2つのコイルによ
って発生する磁束方向を逆方向に設定することにより,分割線Sの仮想平面を想定
し,この仮想平面において何らかの磁気的効果を得ようとしているのであるから,
引用発明において,本件発明におけるように2つのコイルを独立して制御すること
は全く想定外の事項であるというべきである。
(3)したがって,引用発明は2つのコイルを独立して制御することを意図した
ものではなく,相違点2についての本件審決の判断は誤りである。
〔被告の主張〕
(1)本件審決の摘記事項(う)の原文は,「Itisevidentthatthedriversta
ge11canbeprovidedwithapluralityofsignaloutputsforconnectinga
pluralityofcoils5.」(引用刊行物6欄39∼41行)であるが,引用刊行物
の訳文中の「図1には,本発明による装置の使用例が示してあり,同装置では,処
理対象の液体(例えば,水)がパイプ1を通って流れる。パイプ1の周囲の外側に
巻かれた絶縁された導電性ワイヤから成るソレノイド型コイル5は,励磁装置2の
信号出力端子3,4に取り付けられる。励磁装置2の制御信号入力端子6,7に
は,トランスディーサ8が接続されており,このトランスデューサは,パイプ1の
中の液体の流速に応じた制御信号を発生させる。」に対応する原文が「FIG.1show
sanapplicationoftheapparatusaccordingtotheinventioninwhichthe
liquidtobetreated,forexamplewater,flowsthroughapipe1.Asolenoi
d-typecoil5ofinsulatedelectricallyconductingwirewoundexternallya
roundthepipe1isfittedonthesignaloutputterminals3,4ofanenergi
zingunit2.Connectedtothecontrolsignalinputterminals6,7oftheen
ergizingunit2isatransducer8whichgeneratesacontrolsignaldepende
ntontheflowrateoftheliquidinthepipe1.」(同5欄60∼68行)と
記載されていることからすると,摘記事項(う)は,複数のコイル(apluralityof
coils5)に対して出力端子3,4(signaloutputs)が1つでなく,2つ以上
(apluralityof)あるということを意味するものである。
そうすると,摘記事項(う)において,引用刊行物の図2に示されたドライバ段
11には2以上のコイル5を接続するために一対の信号出力端子3,4を2以上設
けることができることが示唆されているというべきであり,本件審決による「1つ
のドライバ段に2つのコイルと2つの信号出力端を設置する実施の態様が示唆され
ている」との認定に誤りはないことになる。
(2)原告らは,引用刊行物の図4の記載について指摘しているが,同記載は引
用刊行物に記載された発明の実施例として,2つのコイルの間に図4に示すように
分割線Sができる場合があることを示したものにすぎず,引用発明がそのような場
合に限られるものであることについては,開示も示唆もされていない。
なお,原告らの主張は,本件発明が「2つのコイルを独立して制御する」もので
あることを前提としているが,本件特許に係る特許請求の範囲の記載には,原告ら
の主張に係る構成は記載されておらず,本件明細書においても,そのような制御に
より得られる作用効果について何ら開示又は示唆されていない。
(3)したがって,本件審決の相違点2についての判断に誤りはなく,原告らの
主張は失当である。
第4当裁判所の判断
1取消事由1(一致点及び相違点の認定の誤り)について
原告らは,本件審決にいう「2つの通電により磁束を形成するコイル」における
「2つの」が「通電」を修飾するものか,「コイル」を修飾するものか判然とせ
ず,不明確であると主張する。
しかしながら,本件審決は,引用発明について,上記第2の3(2)のとおり整理
しているところ,「(B−2)」において,被処理物が流れる管路の外周に直列に
配置して巻き付けられた「2つのコイル」が「通電によりそれぞれ磁束方向の異な
る磁束を形成する巻き方向を逆にした(もの)」であることを摘示しているのであ
るから,その直後の「(B−3)」における「2つの通電により磁束を形成するコ
イル」とは「通電により磁束を形成するコイル」が「2つ」あることを意味するも
のであることは明らかというべきである。
したがって,原告らの主張は,その前提を誤ったものというほかなく,失当であ
るから,取消事由1は理由がない。
2取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について
(1)原告らは,相違点1についての本件審決の判断の誤りとして,要するに,
引用発明は巻き方向が同じ複数のコイルを2重に巻き付ける態様を意図したもので
はなく,引用発明のコイル配置において,本件発明の特徴とする2重のコイルとす
ることは全く想定外の事項であると主張する。
(2)そこで,本件審決がその判断の前提とした摘記事項(お)を含む引用刊行
物の図4の説明部分をみてみると,次の①,②の2つの段落からなっている。な
お,摘記事項(お)の部分は下線で示した。
①図4では,本発明によるパイプ1中で液体を処理するために2つ以上のコイ
ル5,16を使用することができる方法を図式的に示す。図示した状況において,
それらのコイルは,励磁装置2の信号出力接続端子3,4に直列に接続されてい
る。巻き方向を逆にした結果,逆向きの磁場が発生し,これらの磁力線の幾つかは
鎖線を用いて図示的に示してある。破線で示した分割線Sの仮想平面付近におい
て,2つの磁場による磁力線は,例えば分割線Sの平面と離れた方に面したコイル
5,16の端部よりも,パイプ1に対し更に横に向いているということは明らかに
分かる。従って,液体分子は,概して,分割線の平面付近でより大きなローレンツ
力の作用を受ける。
②巻き方向が同じ複数のコイルも使用可能であり,2つのコイルを直列接続す
る場合,一方のコイル例えば処理対象の液体の流れの方向の下流に位置する端部
が,隣接する他方のコイルの下流に位置する端部に接続され,上流に位置する両端
部が励磁装置2の信号出力端子3,4に接続されるということは,当業者には明ら
かになるであろう。これらのコイルは,明らかに,適切に信号出力端子3,4に対
し並列に接続することもできる。また,可能性として,並列接続と直列接続を組み
合わせたものもあり得る。直列接続には,溶接等をせずに1本の導電性ワイヤから
これらのコイルを一緒に製作することができるという利点がある。最大数デシメー
トルのコイルの相互の間隔は,実際,全く申し分のないものであることが分かって
いる。(訳文8頁23行∼9頁9行)
(3)上記①及び②の段落のうち,①は,図4に示されたものについて,被処理
物の流れ方向に沿って,上流と下流に距離をおいて2つのコイルが配置され,その
一方のコイルと他のコイルとに逆向きの磁場を発生させた場合の作用を説明するも
のである。そして,②は,同等の作用を発揮するような構成上のバリエーションに
ついて記載されているものと理解することができる。つまり,摘記事項(お)の記
載は,巻き方向が同じ2つのコイルを用いた場合,図4と同様に一方のコイルと他
方のコイルに逆向きの磁場を発生させるためには,2つのコイルに流す電流の向き
を逆にする必要があることを指摘しているにすぎないというべきであって,同記載
が「巻き方向が同じ複数のコイル」を「2重に巻き付ける態様」についてまで示唆
するものであるということはできない。
この点に関し,被告は,摘記事項(お)の記載から,コイルをパイプ1の離れた
箇所に巻き付ける場合,離れていない箇所に2重に重ねる場合,及びコイルの巻き
方向を逆にして逆向きの磁束を発生させる場合も含まれることが明白であると主張
するが,上記(2)に説示したとおり,同記載は巻き方向が同じ2つのコイルを用い
た場合,図4と同様に一方のコイルと他方のコイルに逆向きの磁場を発生させるた
めには,2つのコイルに流す電流の向きを逆にする必要があることを指摘している
にすぎないというべきものであるから,被告の主張を採用することはできない。
なお,被告は,上記図4の説明部分に「分割線S」についての記載があることに
ついても,引用刊行物に記載された発明の実施例として,2つのコイルの間に図4
に示すように分割線Sができる場合があることを示したものにすぎず,引用発明が
そのような場合に限られるものであることについては,開示も示唆もされていない
と主張する。
しかしながら,本件審決は,摘記事項(あ−1)∼(お)から,引用発明につい
て上記第2の3(2)のとおり認定しており,引用発明の具体的な構造を特定する
「(B−2):通電によりそれぞれ磁束方向の異なる磁束を形成する巻き方向を逆
にした2つのコイルを被処理物が流れる管路の外周に直列に配置して巻き付け,」
及び「(B−3):2つの通電により磁束を形成するコイルを駆動する電気回路に
より,それぞれ磁束方向の異なる磁束を形成することによって,被処理物にそれぞ
れのコイルに基づく2つの磁束方向の異なる磁気処理を作用させることを特徴とす
る」の構成は,図4に関する説明部分である摘記事項(え)及び(お)に基づくも
のであるから,本件審決は,実質的に,引用刊行物の図4に記載されたものを引用
発明として認定しているということができる。
そうすると,引用発明は,その作用において,分割線Sによる仮想平面によって
大きなローレンツ力が発生するものであると解すべきであって,被告の主張を採用
することはできない。
(4)以上によると,引用発明において,2つ以上のコイルを用いる意義は,液
体の流れ方向の上流側と下流側に配置した複数のコイルに異なる方向の磁場を形成
させ,コイルとコイルの間の仮想平面(分割線Sで示される)付近に,より大きな
ローレンツ力を発生させることにあるものと認められ,摘記事項(お)の記載は,
そのような構成を前提として,コイルの電気的な接続の仕方を記載するものである
と認められる。そして,大きなローレンツ力を発生させるためには,複数のコイル
を液体の流れ方向の上流側と下流側に並べて配置する必要があるはずであって,被
告の主張するように,複数のコイルを同じ箇所に重ねて配置するとすれば,引用発
明の特徴とする仮想平面が形成できない結果とならざるを得ないのであるから,こ
のようなコイルの配置が引用刊行物に示唆されているなどということはできない。
そうすると,本件審決が,摘記事項(お)の記載から,「巻き方向が同じ複数の
コイル」を「2重に巻き付ける態様」を適宜に設計できることが示唆されていると
し,これを前提として,相違点1について,「2つの通電により磁束を形成するコ
イルを装置に取り付ける使用の態様として,『巻き方向が同じ複数のコイル』を,
2つの通電により磁束を形成するコイルを被処理物が流れる管路の外周に2重に巻
き付ける態様を採用することは,当業者が容易に想到しえることであると認められ
る。」と判断したのは誤りであるといわざるを得ないし,引用発明において,複数
のコイルを重ねて配置し,分割線Sで示される仮想平面を形成することができない
構成を採用することは,そもそも,その技術思想に反するものであるから,引用発
明から本件発明の構成を想到することが容易であるということは到底できない。
(5)したがって,本件審決の相違点1についての判断は誤りであるから,原告
ら主張の取消事由2は理由がある。
3取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について
(1)原告らは,取消事由2のほか,取消事由3として,相違点2についての本
件審決の判断の誤りも主張しているので,事案にかんがみ,以下において念のた
め,取消事由3についても検討することとする。
(2)原告らは,本件審決の相違点2についての判断は,引用発明においても
「2重のコイル」の構成を採用することはできることを前提としているところ,こ
の前提が誤りであるから,同判断は誤りであると主張する。
そして,上記2のとおり,引用発明において「2重のコイル」の構成を採用し得
るものではないから,その構成が可能であることを前提とする本件審決の相違点2
についての判断も誤りであるといわざるを得ない。
この点に関し,被告は,摘記事項(う)の記載は,複数のコイルに対して出力端子
が1つでなく,2つ以上あるということを意味するものであるなどとして,本件審
決が「1つのドライバ段に2つのコイルと2つの信号出力端を設置する実施の態様
が示唆されている」とした認定に誤りはないと主張する。
しかしながら,仮に,1つのドライバ段に2つの端子を設けたとしても,当該2
つの端子に接続するコイルに供給される信号の特性は同一なのであって,それによ
っては,2つのコイルを独立して作動させることはできないから,摘記事項(う)
の記載から2つのコイルを独立して作動させることが示唆されているという被告の
主張を採用することはできない。
(3)もっとも,被告は,本件発明につき,原告らが「2つのコイルを独立して
制御する」ものであると主張している点について,そもそも本件特許に係る特許請
求の範囲の記載には,原告らの主張に係る構成は記載されておらず,本件明細書に
おいても,そのような制御により得られる作用効果について何ら開示又は示唆され
ていないなどと主張する。
しかしながら,本件発明の構成として,「2つのコイルを独立して作動可能であ
る」ことが明示されていなくても,本件発明においては,「一方のコイル」と「他
の一方のコイル」とが同じ箇所に重なって存在するのであって,このことを前提
に,仮に,一方のコイルと他方のコイルとを同一の特性の信号により制御すれば,
本件審決も指摘しているように,互いの磁力が打ち消し合うことによって,2つの
コイルを作動させること自体が無意味とならざるを得ないことは技術常識から明ら
かである。
そうすると,本件発明に係る特許請求の範囲における「一方のコイルを駆動する
電気回路と他の一方のコイルを駆動する電気回路を制御する」との記載に接した当
業者は,「一方のコイルを駆動する電気回路」と「他の一方のコイルを駆動する電
気回路」とを各別に制御することを意図するものと容易に理解するということがで
きるから,本件発明は「2つのコイルを独立して制御する」ことを前提とするもの
ということができるのであり,この点に関する被告の主張も採用することはできな
い。
(4)以上によると,本件審決の相違点2についての判断は,相違点1について
の誤った判断を前提としている点において誤っているだけでなく,引用発明につい
て2重のコイルの構成を採用したとしても,当該2つのコイルを独立して作動させ
ることまで当業者が容易に想到し得るものでないことが明らかであるから,この点
においても,誤ったものといわざるを得ない。
(5)したがって,本件審決の相違点2についての判断は以上説示した趣旨にお
いても誤りであるから,原告ら主張の取消事由3は理由がある。
4結論
以上の次第であるから,いずれにしても本件審決は取り消されるべきものであ
る。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官滝澤孝臣
裁判官高部眞規子
裁判官杜下弘記

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