弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 一、検察官の上告趣意のうち戸別訪問罪の成立要件の解釈に関する判例違反を主
張する論旨について。
 論旨は、大審院昭和三年一〇月二二日第二刑事部判決(法律新聞二九一八号九頁)、
昭和一一年一〇月一日第二刑事部判決(法律新聞四〇六六号八頁)等の判例によれ
ば、公職選挙法一三八条一項に規定する戸別訪問罪の主観的要件としては、第三者
に投票を得しめる目的をもつてする戸別訪問罪の場合、単に投票を得しめる目的が
あればそれだけで十分であつて、戸別訪問の際特に投票を依頼する旨相手方に明示
しようとする意思ないし目的は必要としないものと解すべきであるが、原判決は、
戸別訪問罪の主観的要件としての「投票を得しめる目的」があるといい得るために
は、選挙人に直接面接し、口頭で投票を依頼する意思を要するとの見解を示し、本
件において被告人らにこのような意思が認められないことを理由として戸別訪問罪
の成立を否定したものであつて、まさに前記各判例の趣旨と相反する判断をしたも
のであり、それが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れないと
いうのである。
 よつて調査すると、原判決の認めている被告人らの所為は、昭和三七年七月一日
施行の参議院議員通常選挙に際し、東京地方区から立候補したAを支持する被告人
らが、投票日も間近い同年六月二四日東京都大田区ab丁目c番地B方ほか七名の
選挙人方を順次訪問し、その各戸において、家人に対し、原水爆禁止の署名および
醵金を求めるとともに、A候補を推薦し、かつ、その支持と同候補への投票を求め
る趣旨の記事を掲載したF新聞号外を配布し、なおその時、数カ所においてはA候
補を推薦する趣旨のことを述べたというものである。
 そして、第一審判決は、被告人らの所為を法定外選挙運動文書頒布罪のほかに戸
別訪問罪にも該当すると判断し、なお、被告人らには当時A候補に投票を得しめる
目的がなかつたから戸別訪問罪は成立しないとの弁護人の主張に対し、(一)本件
各戸の訪問の時期が選挙投票日を一週間後に控えた選挙運動たけなわの時であるこ
と、(二)各戸に配布したF新聞号外は同選挙の特集号で、その紙面はほとんど全
部A候補の写真、経歴、その推薦記事で埋められていたこと、(三)被告人らが訪
問先の数戸で同選挙につき投票する人を決めたかどうかを尋ねたり、あるいはA候
補を推薦するようなことを言つたりしていること、(四)被訪問者の多数が被告人
らの訪問をAの選挙運動と直ちに感じたと述べていること、(五)訪問先のうちC
方では同選挙に対するD党の政策を大きく掲げた同党の中央機関紙Eをも配布して
いること、(六)被告人らの属するF同盟では、中央委員会決定により同選挙には
D党のA、G候補を推すことを決めて同盟員に呼びかけていること、(七)被告人
らがいずれも相当の知識理解力を有する者てあること、そのほかに、本件訪問は約
一時間半の間にほぼ同じ態様で連続して行なわれている点から見て、同一の意図、
目的のもとに行なわれたと認められることの諸情況を認定し、これを総合して、当
時、被告人らは、原水爆禁止の署名を求め、F新聞の販路を拡張するという目的の
ほかに、A候補に投票を得しめる目的をもあわせ有していたものと認定すると判示
して、弁護人の主張を排斥したのである。
 これに対し、原判決は、まず、第一審判決が被告人らにA候補に投票を得しめる
目的があつたとの認定の根拠として挙げる前記の諸情況のうち(三)の事実からは
直ちにその目的を認定するには疑いがあり、その他の事実は、被告人らがA候補を
当選させたい意思を有し、F新聞号外を配布したのがそのためであつたことを認定
する根拠にはなり得ても、口頭で投票を依頼する意思まで有していたことの根拠に
はなり得ず、それゆえ被告人らにA候補に投票を得しめる目的があつたとは認めら
れないと判示するとともに、さらに、F新聞号外の内容が前記のようなものである
とすれば、これを頒布する目的で戸別に訪問するのもまた選挙に関し投票を得しめ
る目的をもつてする戸別訪問にあたるのではないかとの問題をみずから提起し、こ
れについて、法が戸別訪問を禁止している趣旨は親しく訪問することに選挙運動と
して特段の意味のある場合を予想しているというべきで、いいかえるならば直接面
接し口頭で投票(場合によつては投票しないこと)を依頼する行為を対象としてい
ると解すべきであり、戸別に訪問して法定外文書を配布して歩く行為は、もしそれ
だけに止まるならばその頒布罪として処罰すれば足り、重ねて戸別訪問罪として処
罰することは法の趣旨ではなく、本件において、被告人らが各訪問先でF新聞号外
を手渡す際「これを読んで下さい。」という趣旨のことを言つたことは認められる
が、この程度の言葉は、文書の交付に当然随伴するもので、これを言つたからとい
つて文書の頒布のほかに投票依頼がなされたと見ることは困難であると判示し、結
局、本件において、被告人らの行為を戸別訪問罪に該当すると認めることはできな
いと判断したのである。以上の原判示によれば、原判決は、戸別訪問罪における「
投票を得しめる目的」があるといい得るためには被訪問者に対し「口頭で投票を依
頼する意思」のあることを要し、また、戸別訪問の行為として「被訪問者に対し直
接面接して口頭で投票を依頼する行為」を要するとの見解に立脚し、この見解のも
とに、本件においては証拠上かかる意思および行為が認められないものとして無罪
の判断をしたものと解せられる。
 ところで、公職選挙法一三八条一項に規定する戸別訪問罪の成立要件としては、
選挙に関し、投票を得もしくは得しめまたは得しめない目的をもつて、選挙人方を
戸別に訪れ、面会を求める行為をすれば足り、必ずしもそれ以上に当該選挙人に面
接するとか、さらには口頭で投票しまたは投票しないことを依頼するとかの行為に
及ぶことを要しないものと解すべきである。この解釈は、公職選挙法一三八条一項
の前身てある旧衆議院議員選挙法九八条一項に関して、大審院屡次の判例とされて
来たところであり、現在、本件において、これを変更すべき必要は認められない。
そして、検察官所論引用の大審院昭和三年(れ)第一二〇二号同年一〇月二二日第
二刑事部判決(法律新聞二九一八号九頁、法律評論一九巻下諸法一六〇頁参照)、
昭和一一年(れ)第一三八三号同年一〇月一日第二刑事部判決(法律新聞四〇六六
号八頁、法律評論二五巻下諸法六九二頁参照)も、以上の趣旨を判示しているもの
と認められる(この点に関する所論引用のその余の判例は、適切ではない。)。こ
の見地から考察するならば、原判決の認めている被告人らの前記のような本件所為
の内容、被告人らにA候補に投票を得しめる目的があつたとの認定の根拠として第
一審判決が挙げ、かつ、記録上もうかがわれる前記諸情況事実からすれば、被告人
らの本件所為が法定外文書頒布罪のほかにA候補に投票を得しめる目的をもつてす
る戸別訪問罪にも該当すると判断する余地があると認められる。
 ところが、原判決が前記見解のもとに本件戸別訪問罪の成立を否定したのは、結
局、法令の解釈を誤つて、検察官所論引用の前記両判例と相反する判断をし、ひい
て審理を尽くさなかつた違法に基づくものというべく、そして、これが判決に影響
を及ぼすものであることは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は、この
点において破棄を免れない。
 二、戸別訪問罪と法定外文書頒布罪との関係についての判断に関する判例違反を
主張する論旨について。
 論旨は、大審院昭和七年四月一四日判決(刑集一一巻四四七頁)および昭和一三
年五月一七日判決(刑集一七巻三八四頁)は、戸別訪問と金品または財産上の利益
の供与との関係を観念的競合と解し、また、広島高等裁判所岡山支部昭和三〇年九
月一三日判決(高等裁判所刑事裁判特報二巻二一号一〇七八頁)は、戸別訪問と署
名運動との関係を観念的競合と解しているのであつて、これらの判例の趣旨に従う
ならば、当然、本件戸別訪問と法定外文書頒布との関係も観念的競合と解すべきで
あるのに、原判決は、両者の関係を併合罪と解したものであつて、これらの判例と
相反する判断をしたものというべきであり、そして、戸別訪問について主文におい
て無罪の言渡しをしたものであるから、この点においても判決に影響を及ぼすべき
判例違反があるというのである。
 よつて調査すると、原判決が本件起訴にかかる戸別訪問と法定外文書頒布とを併
合罪の関係にあるものと解し、かつ、戸別訪問について犯罪の成立を認めることが
できないとして主文において無罪の言渡しをしたものであることは、所論のとおり
である。しかし、所論引用の各判例は、本件と事案を異にし、適切とは認め難いか
ら、所論は、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
 しかし、本件起訴状によれば、本件戸別訪問と法定外文書頒布とは同一の機会に
行なわれたものであつて観念的競合の関係にあるものとして訴因が構成されており、
第一審判決もこれと同じ見解であるところ、第一審および原審における証拠調の結
果からうかがわれる事実関係に徴すれば、訴因の構成は相当と認められ(最高裁判
所昭和三五年(あ)第一一七三号同三六年三月一七日第二小法廷判決、刑集一五巻
三号五二七頁参照)、従つて、本件訴訟上これを一罪として取り扱うべきであるか
ら、原判決がこれを併合罪と解し、戸別訪問について主文において無罪の言渡しを
したのは、法律の解釈適用を誤つたものであつて、その違法が判決に影響を及ぼす
ものといわなければならない。しかし、この事由自体の結果は、本来は判決理由中
において犯罪の成立を認めない旨を説明するにとどめるべき一部の犯罪事実につい
て、主文において無罪の言渡しをしたというに過ぎないものであつて、そのため原
判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められない。
 よつて、その余の上告論旨に対する判断を省略し、本件上告は、原判決の全部に
対してされたものであるから、刑訴法四〇五条三号、四一〇条一項本文により原判
決全部を破棄し、同法四一三条本文によりさらに審理を尽くさせるため事件を原裁
判所に差し戻すことにして、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 検察官 沢田隆義公判出席
  昭和四三年一二月二四日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    下   村   三   郎
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    松   本   正   雄

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