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令和2年8月31日宣告広島高等裁判所
令和2年(う)第89号公職選挙法違反被告事件
原審広島地方裁判所令和2年(わ)第146号
主文
本件控訴を棄却する。
理由
第1控訴趣意
本件控訴の趣意は,主任弁護人髙田明夫ほか作成の控訴趣意書に記載されたとお
りであるから,これを引用する。
本件は,第25回参議院議員通常選挙において立候補者A(以下「A候補」とい
う。)の選挙運動者として活動していた被告人が,共犯者2名(B及びC)と共謀
の上,車上運動員ら14名に対し,選挙管理委員会の定める支給限度額である1日
1万5000円の割合で計算した金額を超える金員を,選挙運動の報酬として供与
した事案である。
論旨は,①被告人に幇助犯ではなく共同正犯の成立を認めた原判決には判決に影
響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,②被告人を懲役1年6月に処し,5年
間その刑の執行を猶予した原判決の量刑が重過ぎて不当であり,罰金刑に処するの
が相当である,というものである。
第2事実誤認の論旨について
1原判決の説示等
⑴原判決は,(争点に対する判断)の項において,要旨,次のとおり説示して被
告人に共同正犯の成立を認めた。
被告人は,A候補の選挙事務所(選挙対策本部)内の遊説責任者として,車上運
動員に対し限度額を超える報酬の支払が約束されていることを知りながら,2つの
車上運動員グループのリーダーであるD及びEに各グループの車上運動員の出勤状
況を確認し,報酬の支払日を決めた上で,会計担当者に対し,被告人が作成した集
計表を渡して1日当たり3万円の報酬を支払うように指示した。会計担当者は,金
額の誤りを確認,修正するほかは,被告人の指示どおりに支払を行う立場にあった
ものであり,被告人の前記支払指示行為は,会計担当者を介して行った本件犯行の
実行行為そのものである。
被告人の本件への関与態様やA候補を当選させるという目的等に照らせば,被告
人には,本件について共犯者2名との共同正犯が成立する。
⑵この原判断に,論理則,経験則等に照らし不合理な点はない(なお,公職選
挙法上,選挙運動者に対して支給することのできる報酬の限度額は,選挙管理委員
会において定めるものとされている(同法197条の2第2項)ことからすれば,
1万5000円を「法定の限度額」とした原判決の事実摘示はやや正確性を欠き,
「広島県選挙管理委員会が定めた限度額」と記載するのが相当である[以下,広島
県選挙管理委員会が定めた報酬の限度額を単に「限度額」という。]。また,前記
車上運動員らのうち1名(F)については,記録上,公職選挙法197条の2第5
項の届出がされていないものと認められ,金額の多寡にかかわらず報酬の支給が買
収罪を構成することから,原判決の事実摘示はやや正確性を欠くが,本件記録上,
Fについても届出がされていたものと被告人が誤信していた可能性を否定できない
ことも考慮すれば,この点は判決に影響を及ぼさない。)。
2所論の検討
⑴所論は,原判決が,「被告人が,会計担当者に対して車上運動員らに対する
報酬の支払指示をしたものである」と認定した点について,被告人にはそのような
支払を決定する権限はないから,指示ではなく依頼しただけであるなどと主張する。
しかしながら,被告人は,遊説責任者として,車上運動員を使用して行う遊説の
行程等を決め,出勤状況等を把握し,報酬支払いに備えて出勤日数等を集計し,そ
の支払いが遅滞なく履行されるよう配慮するなど,車上運動員に関する事務全般を
担当する立場にあったと認められ,現に,被告人は,原判決が説示するとおり,会
計担当者に報酬支払の根拠となる集計表を提供し,支払時期等についても具体的に
示していたものである。一方,会計担当者は,上記報酬の原資となる銀行口座を管
理し,そこから現金を引き出し,その現金から支払額を拠出する立場にあり,その
意味で支払権限自体は会計担当者にあったことは所論のとおりとしても,会計担当
者は,明白な誤記等を除き,専ら被告人から示される車上運動員の出勤日数や報酬
額に従って支給額を確定し,支払を行ったことが認められる。被告人から報酬額を
伝えられた際,会計担当者は,限度額を超過した報酬の支給であったため躊躇した
が,被告人から有無を言わせない態度を示されたことにより,その意向に従ったと
いう事情が認められることなども考慮すると,被告人が会計担当者に支払いを指示
したものであり,この指示行為が本件供与の実行行為そのものであるとした原判決
の認定に誤りはない。所論は採用できない。
⑵所論は,原判決が,被告人が車上運動員の出勤状況を確認して集計し,その
表を会計担当者に交付した行為等を共同正犯成立の根拠とした点を争い,こうした
行為は,報酬が適法な額であっても当然に行うべき行為であり,このような行為が,
共同正犯の成否の判断において重要な意味を持つはずがない,本件は,G衆議院議
員(以下「G議員」という。)あるいはA候補が被告人及び会計担当者を介して報
酬を支払ったというべき事案であり,本件において,既に車上運動員らとの間で締
結された1日当たり3万円の約束を反故にし,適法な金額で報酬を支払うことは,
被告人に退職を命じているに等しく不可能であるなどと主張する。
しかしながら,車上運動員に対し限度額を超える報酬の支払いが約束されている
ことを認識しながら,前記集計表を作成して会計担当者に交付するなどした被告人
の行為は,それ自体,金銭供与の不可欠の前提をなす重要な準備行為であって,本
件共同正犯の成立を基礎づける重要な要素といえる。これに加えて,被告人は,支
払指示という実行行為そのものを行っているのであるから,被告人に本件共同正犯
が成立することは明らかである。そして,これら一連の行為に際し,被告人は自己
の意思で主体的に行動していたものと認められ,その意思が他者から抑圧されてい
たような事情は何らうかがわれないのであるから,被告人が,所論がいうようなG
議員あるいはA候補を間接正犯とした場合の道具的立場にあったと見る余地はない。
また,公職選挙法221条第1項1号によれば,限度額を超える報酬については,
その支払約束自体が選挙犯罪を構成する。遊説責任者であり,車上運動員に関する
事務全般を担当する立場にあった被告人としては,そのような約束が存在し,その
約束に従った違法な報酬支払いが予定されていることを認識している以上,本件選
挙対策本部から離脱すべきであったといえる。記録に照らしても,本件当時,被告
人に,こうした適法行為に出ることの期待可能性がなかったとは到底いえない。所
論は採用の限りではない。
⑶所論は,原判決が,被告人がA候補を当選させるという目的で選挙運動に従
事していたから本件について自己の利害関係を有していたと評価し,共同正犯成立
の根拠としたことを争い,そのような目的は,他の本件関係者も含め選挙事務所に
雇用された者全般の活動の評価に当てはまることであり,被告人についてのみ強調
すべきでないなどとも主張する。しかし,本件において共同正犯の根拠となる重要
な要素は,選挙対策本部の組織上,被告人が遊説責任者として,実際に,その職務
として前記のとおり車上運動員を使用した遊説の行程を立てるなどし,報酬支払い
に必要な出勤日数等を把握し,その集計表を作成・提供した上で,会計担当者に支
払いを指示したことにあり,その活動は,被告人の担当職務として行われている。
原判決は,単にA候補の当選を目的としたという点のみならず,その目的に向けた
被告人の組織上の立場,その活動状況等を共同正犯成立の根拠としているのであっ
て,その判断に誤りはない。所論は採用できない。
⑷所論は,原判決がB及びCについて共同正犯の成立を肯定した点が誤りであ
ると主張するが,記録によれば,Bは,G議員の政策担当秘書であり,本件選挙対
策本部の事務長補佐として組織上も中心的地位にあった上に,車上運動員らの報酬
額の決定過程に関与し,この時点で本件犯罪の共同実行の合意に加わっているのみ
ならず,その後も,違法な報酬支給が予定されていることを確定的に認識しつつ,
これを認容し,最高意思決定権者であるG議員の側近としてA候補の選挙運動全般
に深く関与していたものである。また,Cは,当初,遊説担当の責任者として車上
運動員らの募集に関与するとともに限度額を超過した報酬支給の約束過程に関与し,
本件犯罪の共同実行の合意に加わっているのみならず,その後も,違法な報酬支給
が予定されていることを確定的に認識しつつ,これを認容し,多分に名目的であっ
たとはいえ組織を統括する立場にある事務長との肩書で選挙対策本部の一員として
稼働していたものである。これら両名について,本件の共同正犯の成立を認定した
原判決に誤りはない。
⑸所論は,原判決がG議員や会計担当者等,他の関与者についての共同正犯の
成立を認定しなかった点に誤りがあるなどとも主張する。このうち,G議員につい
ては車上運動員に対する報酬額等を実質的に決定した組織上の上位者として共謀共
同正犯が成立し得るとしても,実行行為者ではないG議員を共謀者の範囲から外す
訴因構成による場合には,これをあえて犯罪事実に適示する必要はないと解される。
車上運動員に対する金銭供与の行為自体は,会計担当者並びに同人から金銭の交付
を受けたD及びEがそれぞれ行っており,これらの者につき金銭供与の実行共同正
犯が成立する余地があるとしても,本件証拠関係の下では,間接正犯的な訴因構成
による訴追に対し,原判決が,その訴因構成に従いこれらの者を介して被告人が金
銭を供与したと認定したことに誤りがあるとはいえない(仮に,会計担当者らにつ
き実行共同正犯の成立が認められるとしても,同人らの行為は,会計担当者に対す
る被告人の明示的な指示の結果として行われたものである上,被告人による前記集
計表の作成等は,実行行為の不可欠の前提をなす重要な準備行為であって,実行行
為に準ずる重要な寄与といえるから,いずれにせよ,被告人に共同正犯が成立する
との結論は動かない。)。所論は採用できない。
3小括
以上から,被告人に本件共同正犯の成立を認めた原判決に所論指摘の事実誤認は
ない。論旨は理由がない。
第3量刑不当の論旨について
1原判決の説示等
原判決は,その(量刑の理由)の項において,本件犯行が,公職選挙法の趣旨を
無視し,限度額の2倍に当たる高額報酬を14名もの車上運動員に支払い,県内全
域という広範囲で選挙運動に従事させ,重要な国政選挙の公正を害したものである
こと,このような犯行において,被告人が,遊説責任者として遊説行程を立案し,
遊説活動を監督し,会計担当者に報酬を支払うように指示するなど重要な役割を果
たしたことなどの事情を指摘した上で,被告人を懲役1年6月に処し,その刑の執
行を5年間猶予した。
原判決の前記説示は,正当として是認できる。
2所論の検討
⑴所論は,本件において供与された報酬額は合計204万円であるが,その半
額の102万円は車上運動員らが正当に受け取ることができた金額である,単に一
人分の日当として法定限度額を超えたに過ぎず,実質はいわゆる形式犯でしかなく,
その犯情は誠に軽微なものであるなどと主張する。しかし,選挙期間中,限度額の
上限の2倍の金額の報酬約束の下に14名の車上運動員を連日選挙運動に従事させ,
その実働日数に応じてその約束どおりの金銭を供与したことにより,選挙の公正,
公平を害したものであって,本件は所論がいうような形式犯ではなく,その犯情は
軽視できるものではない。所論は採用できない。
⑵所論は,車上運動員への報酬についての違反は,全国のどのような選挙でも
繰り返され,半ば常態化しているのであって,上限日額1万5000円という金額
が非常識なまでに低廉である一方,車上運動員の活用が選挙において必須である現
状があり,こうした実情を量刑上,考慮すべきであるなどと主張する。しかし,公
職選挙法は,選挙運動について無報酬の原則を定め,選挙運動に従事する者に対す
る報酬の支給を原則として禁ずるとともに,実費弁償についても政令を通じ,弁当
料,茶菓料に至るまで厳格な上限金額の規制を課している。こうした関係法令の規
律の趣旨は,公職についての選挙運動は,あくまで各候補者の公職への適性に対す
る支持の念から自発的にされるべきとの理念のもと,財力の多寡によって選挙の結
果が歪められる不公平,不公正な事態を防止する点にあるものと解される。そして,
車上運動員についても,その活動が選挙運動に該当することは明らかであるところ,
昭和53年の法改正により,所定の届出を条件に,政令を基準として選挙管理委員
会の定めた支給限度額の範囲内に限り,報酬の支給が許容されるに至ったが,これ
は,極めて例外的な取扱いを定めたものに過ぎず,公職選挙法の趣旨である無報酬
の原則自体は維持されているところである。この法の趣旨からすると,上限日額1
万5000円という金額が非常識なまでに低廉であるとの主張は,法を軽視する立
論といわざるを得ない。また,他に違法行為が広く行われている実態を量刑上有利
に考慮すべきであるなどという主張に至っては論外といわざるを得ない。所論は到
底採用できない。
⑶所論は,本件における被告人の役割について,極めて従属的で受動的なもの
であるとし,本件での報酬額は,もともと選挙事務所の方針として決定されていた
のであるから,被告人は既に決せられた方針に従って与えられた業務を行っただけ
であり,被告人に対し,会計担当者への指示行為に及ばないことを求めるのは過酷
であり,期待可能性のない行為を要求しているに等しいなどと主張する。
しかしながら,被告人は,上位者から指示されるままに行動していたわけではな
く,遊説責任者として,違法な額の報酬が供与されることを確定的に認識しながら,
A候補の当選に向け,自己の判断で工夫を凝らして主体的に活動していたことは前
示のとおりである。こうした活動状況に照らせば,AG夫妻との関係で従属的な地
位にあったこと自体は否定しがたいとしても,被告人の役割が,「極めて従属的で
受動的なもの」とまではいえない。また,被告人について,適法行為の期待可能性
がなかったなどとは到底いえないことについても,前示のとおりである。所論は採
用できない。
⑷その他の所論を踏まえても,本件が罰金刑を相当とするような事案とは到底
認められず,被告人を懲役1年6月に処し,その刑の執行を5年間猶予した原判決
の量刑は,その刑期,執行猶予の期間を含めこれが重過ぎて不当とはいえない。
論旨は理由がない。
第4結論
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判
決する。
令和2年9月1日
広島高等裁判所第1部
裁判長裁判官多和田隆史
裁判官水落桃子
裁判官廣瀬裕亮

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