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平成13年(ネ)第3226号 損害賠償等請求控訴事件(原審・大阪地方裁判所平
成11年(ワ)第5026号)
判決
控訴人(第1審原告)   A
訴訟代理人弁護士   井上二郎
被控訴人(第1審被告)   株式会社朝日新聞社
訴訟代理人弁護士   秋山幹男
被控訴人(第1審被告)   株式会社劇団ひまわり
訴訟代理人弁護士   山本繁樹
被控訴人(第1審被告)   D
訴訟代理人弁護士   高木一彦
被控訴人(第1審被告)   日本放送協会
訴訟代理人弁護士   杉本幸孝
同             永野剛志
同             大西 剛
同             梅田康宏
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人株式会社朝日新聞社(以下「被控訴人朝日新聞社」という。),被
控訴人株式会社劇団ひまわり(以下「被控訴人劇団ひまわり」という。)及び被控
訴人D(以下「被控訴人D」という。)は,控訴人に対し,連帯して8000万円
及びこれに対する平成9年8月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を
支払え。
3 被控訴人朝日新聞社は,控訴人に対し,1000万円及びこれに対する平成
8年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人朝日新聞社は,控訴人に対し,朝日新聞,読売新聞,毎日新聞及び
産経新聞の各全国版朝刊社会面に,原判決添付別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を
各1回掲載せよ。
5 被控訴人日本放送協会は,控訴人に対し,1000万円及びこれに対する平
成8年3月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
   事案の概要は,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」(2頁2
1行目から5頁23行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
第3 争点に関する当事者の主張
 次に当審における当事者の主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」中
の「第3 争点に関する当事者の主張」(5頁25行目から18頁21行目まで)
のとおりであるから,これを引用する。
  (控訴人の主張)
1 争点(1)ア(97年公演は原告著作の翻案によるものか。)及び争点(3)ア
(本件放送は控訴人の著作権を侵害するものか。)について
(1) 最高裁昭和55年3月28日判決民集34巻3号244頁で示された判断
基準は,あくまでも著作者人格権としての同一性保持権の侵害の判断基準を示すも
のであり,それが間接的には著作(財産)権の制限規定としての引用の限界を示す
機能を持つものであったとしても,これを著作(財産)権である翻案権の侵害の有
無という極めて複雑な判断の基準として安易に援用することは基本的に誤りであ
る。
文学・文芸作品やノンフィクション作品が翻案されたかどうかの判断は,
例えばコンピューターソフトやプログラムの著作権の侵害の有無の判断がいわば即
物的なものであるのと質的に異なり,歴史認識や社会的事象に対する社会的・歴史
的視点に立った価値判断による必要がある。
 まず,写真や文章表現の剽窃・複製の場合ならば,依拠性,「表現の本質
的特徴」の類似性の判断は比較的容易であるが,本件のようにノンフィクション作
品が戯曲化された場合,表現の意義が明らかにされない限り,基準としての機能を
果たし得ない。戯曲化する場合に「表現」が変えられることは当然のことであり,
表現の変更なくして戯曲化はそもそも不可能だからである。
著作権法が保護対象とする「表現」には,外面的表現形式と内面的表現形
式が含まれ,外面的表現形式を維持して再生するのが「複製」であり,外面的表現
形式を変更して内面的表現形式を維持するのが「翻案」とする見解があるが,そこ
でいう「内面的表現形式」の内実が明らかにされないと,やはり基準としての機能
を十分に果たし得ない。「内面的表現形式」とは,そこに顕現された原著作者の独
創的な個性・思想・感情・着眼点・モチーフの表れと解され,これが著作権法の保
護対象となると解すべきである。これを端的に言えば,筋,仕組み,ストーリーの
主たる構成など原著作物における思想感情の流れを取り入れて,原著作物を感知さ
せるような作品を作成する行為が「翻案」である。また,一般に,言語の著作物で
その思想内容が原著作者の独創による文芸作品等については,その具体的な表現形
式ばかりでなく,思想体系である基本的な筋(ストーリー),仕組み,主たる構成
等の思想内容自体も,著作者の個性が表れた創作的な表現形式やその特徴を形成す
るものとして著作権の保護対象となると解されている。本件に即してより端的にい
えば,原告著作を読んだことのある者が本件舞台劇を見て,原告著作が原作である
と分かれば,原告著作の翻案といえる。
 また,ドラマの場合,感得の直接性は,翻案性判断の基準になり得ない
か,又は,極めてなり難い。舞台劇に原著作物と同じ言葉が使われていたり,同じ
背景や風景が舞台にセットされていれば,まさに直接感得できるであろうが,ドラ
マは,必ずしも原著作物に忠実に作られず,原著作物のエッセンスを利用・そしゃ
くして活用し,主人公をより魅力的にするために,原著作物に味付けがなされ,視
覚上も様々な工夫がなされるからである。
(2) また,著作権法が保護する著作物とは,「思想又は感情を創作的に表現し
たもの」(著作権法2条1項1号)である。原告著作は,コルチャックを我が国に
紹介した最初の著作物であり,コルチャックの生涯やコルチャック像につき一般的
な知見に属するありふれた事実を叙述するものでなく,事実若しくは事件など表現
それ自体でないものや表現上の創作性のないものを叙述するものでもない。したが
って,最高裁平成13年6月28日判決(江差追分事件)は,本件戯曲が原告著作
の翻案であることを否定する根拠にはならない。
また,同判決にいう「表現上の本質的な特徴の同一性」という場合の「表
現」とは,そこに顕現された原著作者の独創的な個性・思想・感情・着眼点・モチ
ーフの表れ,すなわち,原著作者の思想・感情などの内容と密接不可分の内面的形
式を指すものと解すべきである。本件戯曲は,これら内面的形式においても,原告
著作に依拠し,共通面が極めて多い。本件戯曲の個々のシーンに原告著作と異なる
箇所があっても,本件戯曲自体,別の著作物の創作なのであるから,それをもって
本件戯曲の翻案性を否定し得ない。
 さらに,どのように創作された著作であっても,多かれ少なかれ先人の業
績や研究成果に負っており,通常その末尾に多くの「参考文献」が掲記される。し
かし,先行著作が存在するからといって,当該著作物の創作性はいささかも減殺さ
れるものでない。原告著作は,控訴人の書き手としての独自の視点,歴史観,思想
等が顕現されている。リフトン,ペルツ及び日本公開に係るワイダ映画は,原告著
作と同じ視点,歴史観等で書かれたものでない。
(3) 著作権法の保護の対象となる著作物とは,「思想又は感情を創作的に表現
したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(著作
権法2条1項1号)。そこでいう「創作的」表現とは,思想の内容について独創性
や新規性があることを必要とするものでなく,思想又は感情を表現する具体的形式
に作成者の個性が現われていれば足りる。したがって,客観的な事実を素材とする
表現であっても,取り上げる素材の選択,配列や具体的な用語の選択,言い回し,
その他の文章表現に創作性が認められ,作成者の評価,批判等の思想,感情が表現
されていれば著作物に該当する。
 原告著作は,まさに歴史的事実が中心となっている。しかし,歴史的事実
の単なる羅列的描写と事実の取捨選択,事実に対する書き手の認識・価値判断・解
釈,それをもとにした表現とは,著作権上その本質を異にする。後者においては,
その表現は,書き手の思想の現れであり,書き手の主観的視点に基づく創作性に他
ならず,まさに著作権上の保護対象である。したがって,既存の他の資料が存在す
ることが原告著作の「著作物性」をいささかも失わせるものでないことはもちろ
ん,それが本件舞台劇の翻案権侵害の判断に特段の影響を与えるものではない。原
告著作は,先人の著作等に多くを依拠して創作されたものではなく,むしろ,控訴
人自身の約10年にわたる長期間の直接の実地調査・体験の所産である。
(4) 原告著作は,冒頭部に,控訴人がコルチャックの生涯とその人物像並びに
ナチスとホロコーストを象徴的に現す地トレブレンカを自ら訪れ,そこで深い感動
をもって得た心象風景を個性的な文章で表現している。この風景の描写は他のどの
著作にも見られない。他方,被控訴人Dが書いた95年上演の準備稿のトレブレン
カの風景が,この原告著作の翻案であることは,誰の目にも明らかである。本件舞
台劇の演出家の太刀川,主演者加藤剛がトレブレンカを訪れたのは平成7年5月で
あって,被控訴人Dを初め,被控訴人ら側の誰も,この準備稿が書かれた同年2月
までにトレブレンカを訪れていないのであり,現地を訪れずにトレブレンカを描写
できるはずがない。
 このシーンでの翻案性判断の要素は,ホロコーストを文字どおり彷彿とさ
せるトレブレンカの荒寥たる風景の描写・表現であり,歴史的事実そのものでな
い。また,ドラマを象徴する地の現在の様子の描写から始めるのがドラマの一般的
手法などという事実はない。
  被控訴人Dの脚本は,97年公演も,95年公演も,プロローグ・トレブ
リンカの心象風景からエピローグ・彼方への旅立ちに至るまでを,原告著作の「序
 トレブリンカの森」から「Ⅴ 死への行進」までの創作的表現形式の本質を翻案
し,ト書,台詞を作成したものである。D脚本の各シーンには原告著作の基調をな
す思想・感情が主流として描かれ,原告著作の本質的特徴が再現されている。本件
舞台劇の各シーンの表現は,原告著作に描写された控訴人の主観的視点からの表現
と同一又は類似するものが頻繁に見られ,本件舞台劇から原告著作の本質的特徴を
十分感得できる。
(5) 原告著作の出典をなす資料,伝承は,個人的聞き書きなどから選択された
ものが多数を占め,その解釈もコルチャックへの敬愛を込めた控訴人の主観に基づ
いており,他の文献と重なる歴史的事実も,控訴人の主観によって濾過されて叙述
されているのであって,控訴人の想像力に支えられた表現は,単なる客観的歴史的
事実の自然的描写と質的に異なる。原告著作中,原典の翻訳は,控訴人の主観的見
地から行った,加除,要約,編述した超訳,創作訳であり,被控訴人Dの原典利用
法は原告著作の翻案である。
(6) 被控訴人朝日新聞社が,原作者でない者を殊更に原作者と虚偽の表示,偽
装をするとは到底考えられない。原作者と表示したから原作者になるわけでないこ
とはもちろんであるが,被控訴人朝日新聞社は,控訴人を名実ともに原作者と認識
していたからこそ,「原作A」と再三にわたり表示したのである。被控訴人朝日新
聞社が控訴人の研究業績に敬意を表するためかかる表記をしたなどという主張をす
るようになったのは,本件で控訴人と交渉中の平成10年7月22日になってから
のことであり,それまで何回かの交渉では原作者が控訴人であることが当然の前提
となっていた。
2 争点(1)イ(被控訴人3名が97年公演を行うことを控訴人は許諾していた
か。)について
 平成8年11月26日に朝日新聞に掲載されたケムニッツでの公演に係る本
件記事が事実に反し,不正確なものであったので,著作者である控訴人は,それに
抗議し,本件記事を訂正するように求めた。何よりも報道の正確性を旨とし,まし
て95年公演につき控訴人を終始原作者として扱い,それを自社の新聞などにおい
て大々的に宣伝してきた被控訴人朝日新聞社としては,当然,本件記事を訂正する
のが新聞の倫理であるばかりか,控訴人を終始原作者として遇してきた被控訴人朝
日新聞社の控訴人に対する信義則上の義務である。しかるに,被控訴人朝日新聞社
は,本件記事の訂正をせず,かくして無償契約(覚書)存立の基礎をなしていた当
事者間の信頼関係は根底から覆された。そこで,控訴人は,本件覚書による契約を
解除したものであり,この点に照らしても,覚書が失効していることは明らかであ
る。
3 争点(2)ア(本件記事の掲載が,控訴人の名誉及び信用を侵害する違法性を有
するか。),イ(損害額)について
  本件記事は,客観的事実に反し,95年公演がF戯曲を上演したものとの認
識を生じさせるから,控訴人の名誉・信用を毀損し,控訴人に損害を与えた。本件
記事には,95年公演においてFが脚本原作者と表示されていたとの記載がない
上,95年公演における脚本原作なる趣旨不明で無意味なクレジットを含む「脚本
原作F」との表示の有無にかかわらず,「原作A」との表示は,あくまでも原作者
がAだけであることを示し,他に原作者の表示はない。したがって,本件記事は内
容に誤りがあった以上,95年公演が控訴人の原作であることを否定することとな
る。控訴人の損害を否定する理由はない。
4 争点(3)イ(本件放送について控訴人は許諾していたか。)について
 控訴人は,黙示的にも控訴人の妻に対し許諾の権限を与えておらず,妻の言
動によって控訴人の権利が失われる法的理由は見出し難く,放送許諾そのものを示
す妻の言動もない。著作物の利用許諾とは,一定の範囲ないし方法で,その利用を
認める意思表示をいい,一般に経済的収益をも伴うから,著作権者の有する権能の
うち最も重要なものであって,許諾の際には,排他的許諾か否か,許諾の範囲,期
間,著作権者に支払われる許諾料の額などの事項が約定されるのが常である。した
がって,明確な証拠もないのに安易に黙示の承諾なるものを認めることは,知的所
有権の保護に重大な関心が向けられている近時の動向にも反し,失当である。
(被控訴人3名の主張)
1 争点(1)ア(97年公演は原告著作の翻案によるものか。)について
(1) 本件訴訟で問題となっているのは,本件舞台劇が「原告著作」の翻案であ
るか否かである。そして,トレブリンカの風景に関する両者の共通点は,他の著作
にも記載されている歴史的事実や客観的事実であり,本件舞台劇が原告著作の創作
性ある表現上の本質的特徴を直接感得させるものでないことは明らかである。原告
著作に描かれたコルチャックの生き方や人間像は,先行文献等にも見られるもので
あり,控訴人自身,原告著作がこれと異なる独自のものであることを示していな
い。
  ペルツ著作,マリア・ファルスカ著作,リフトン著作,ワイダ映画等のコ
ルチャック関連作品においても,原告著作が取り上げ,紹介しているコルチャック
のエピソードが紹介されているから,原告著作の記述に創作性はない。控訴人の
「地の文」が単なる歴史的事実の記述であったり,原典を有し,他の著作でも紹介
されている記述である場合には,その記述に創作性は認められない。したがって,
被控訴人Dの台詞が,仮にその「地の文」を参考資料の一つとしていたとしても,
翻案性は認められない。
(2) 被控訴人Dは,脚本を構想した当初から,少年アデクがトレブリンカ絶滅
収容所の跡地に立ち,そこで殺された妹フリーダを思うシーンをプロローグとして
設定していたのであるが,本件舞台劇及び95年公演のトレブリンカの場面は,コ
ルチャックを演じる俳優加藤剛が上演時の時点でトレブリンカの地に立ち,トレブ
リンカ絶滅収容所跡地の情景を語るように変更された。これは,演出の太刀川や主
演の加藤らが平成7年5月下旬から6月上旬にかけてポーランドに取材に赴き,ト
レブリンカ絶滅収容所跡地を訪問して感銘を深くし,「コルチャック先生」の演劇
を現在の私たちの生活と時間的にどうつなぐかを考えた末に変更したものである。
すなわち,「今」の時点でトレブリンカの跡地に立って「過去」を想起することに
より,「過去は今にある」ことを示そうとしたものである。
  また,ドラマにおいて,そのドラマを象徴する地の現在の様子の描写から
始めることは,多くのドラマに見られる一般的手法である。
(3) 「原作」として扱ったからといって,当然に「翻案」になるものではな
く,また,著作権法上「翻案」とはいえないものであっても,原作として扱うこと
はあり得る。すなわち,必ずしも原作との表記,即翻案該当ではないのであるか
ら,「原作A」の表記は虚偽の表示ではない。著作権法にいう翻案に該当しない場
合でも,その著作を重要な参考文献としたような場合に,原作と表記することはあ
り得ることであり,商品の原産地の虚偽表示とは異なる。
 被控訴人朝日新聞社は,控訴人の著作「コルチャック先生」を出版してい
ること,控訴人が95年公演の協力者であること,そして,コルチャック研究者と
しての控訴人に敬意を表するために,「原作A」として95年公演において,控訴
人を原作者として扱っていたものであり,97年公演についても同様とする方針で
あった。ところが,本件記事が原因で控訴人が原告著作を絶版とし,コルチャック
先生の演劇公演には一切かかわらないと言明したため,やむなく97年公演は「原
作A」の表示をしなかったものである。
 被控訴人朝日新聞社は,控訴人から97年公演は翻案権の侵害であるとの
指摘がされて初めて翻案権の議論がされ出したため,交渉中の平成10年7月22
日以降,翻案該当性を否定したのであって,翻案該当性を認めていた事実もない。
2 争点(2)ア(本件記事の掲載が,控訴人の名誉及び信用を侵害する違法性を有
するか。)について
 本件記事は,平成7年夏,日本で初演された劇(95年公演)の原作者が控
訴人でないとしたものではなく,また,同劇は原告著作の翻案でもないから,控訴
人の名誉・信用を毀損するものではない。
(被控訴人日本放送協会の主張)
 争点(3)イ(本件放送について控訴人は許諾していたか。)について
 被控訴人朝日新聞社や被控訴人劇団ひまわりとの対応は,控訴人の妻が行う
ことが多かったこと,その妻はその交渉内容を控訴人に報告していたこと,妻自身
もコルチャック研究者であり,コルチャック関係については控訴人夫婦が行動を共
にすることが多かったことなどを考慮すると,その妻の手紙や言動も,控訴人自身
の黙示の許諾を認定する際に重要な要素となることは疑いの余地がない。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)ア(97年公演は原告著作の翻案によるものか。)について
(1) 事実経過について
 原判決「事実及び理由」中の第4「争点に対する当裁判所の判断」(1)「事
実経過」(原判決18頁25行目から31頁5行目まで)のとおりであるから,こ
れを引用する。
 ただし,
ア 原判決26頁10,11行目全部及び27頁6行目から17行目までを
削る。
イ 30頁8行目から31頁5行目までを次のとおり改める。
「 このような状況を受けて,Gは,平成8年12月以降,被控訴人Dに対
し,原告著作を原作と表記しないこととなったので,原告著作の内容,表現から離
れるように脚本を書き直してほしいと依頼した。
 被控訴人Dは,この依頼に基づき,95年公演よりも,子供たちや抵抗
組織の若者などコルチャックを取り巻く人物を数多く描くという新たな視点から9
7年公演用の台本を執筆し,平成9年4月にいったん脱稿したが,演出を務める太
刀川敬一や主演の加藤剛の意見によって95年公演の内容に戻る方向での修正を経
た後,平成9年6月5日に決定稿が完成した(甲11)。しかし,その後の稽古の
中でも更に上演内容に修正が加えられた結果,結局,同年8月に東京と大阪で行わ
れた97年公演の本件舞台劇は,95年公演とほとんど変わらない内容となった
(検甲1,2の1・2,3)。
 また,この間,Gは,控訴人に対し,97年公演の企画書や上演台本を
送付するなどした(丙1~8)が,平成9年7月24日,控訴人に対し,次のよう
な文面のファックスを送った。
「・・2年前の公演がA先生の原作ということで,関係者が先生の本を読
んでいるのは当然です。今の状況は,以前読んだ本を忘れて舞台作りをするという
ことは不可能です。・・今年の公演の台本をお読みになっていただいていると思い
ますが,2年前のものとは全く別のものとは言い切れません。A先生の本を原作と
して舞台を作りなさいということが前提で進められてきたプロジェクトですか
ら。・・俳優にとって生命となる「言葉」で表現するときに,A先生の本を参考に
させていただいている部分が,これまでの経緯からどうしても発生してしまいま
す。」
 97年公演に当たっては,95年公演に見られたような,原告著作を
「原作」,F戯曲を「脚本原作」とするクレジット表示はなされず,「監修・企画
協力 アンジェイ・ワイダ」と表示された(甲26)。ただし,97年公演のプロ
グラム(甲26)中には,「舞台劇『コルチャック先生』が誕生するまで」と題す
る箇所で,「舞台劇『コルチャック先生』は戦後50年にあたる1995年8月,
東京と大阪で公演され,大好評を博しました。この公演が誕生するまでには,『コ
ルチャック先生』(朝日新聞社)の著者で舞台劇の『原作』を担当された国際コル
チャック協会理事のA氏(控訴人),戯曲『コルチャック先生・ある旅立ち』(文
芸遊人社)の著者で舞台劇実現に努力し『脚本原作』を担当されたF氏……に一方
ならぬ協力をいただきました。」と記載されていた。
 本件舞台劇の内容は,本判決添付別紙「本件舞台劇と原告著作等との対
照表」(以下「別表」という。)の「本件舞台劇」欄のとおりであり,これに対応
する原告著作の内容は「原告著作」欄のとおりであり,同じく他の著作の内容は
「他の著作」欄のとおりである(甲1,11,乙3~8,11,12,検甲
3。)。」
(2) 97年公演の翻案性について
ア 言語の著作物の翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の
本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,
新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作
物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為
をいう。そして,ここに同一性を維持しつつ,直接感得することのできる表現上の
本質的な特徴とは,創作性のある表現上の本質的な特徴をいい,思想,感情若しく
はアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性が
ない部分において既存の言語の著作物と同一性を有するにすぎない著作物を創作す
る行為は,翻案には当たらないと解するのが相当である(最高裁判所平成13年6
月28日判決民集55巻4号837頁参照)。
イ 前記事実経過並びに証拠(甲1,11,乙3~8,11,12)及び弁
論の全趣旨によれば,次のとおり認められる。
(ア) 全体
  原告著作は,コルチャックのほぼ全生涯を対象とし,本件舞台劇は,
ナチスドイツによるポーランド侵攻を間近に控えた1935年(コルチャック57
歳)以降を対象としている。
  1935年以降のコルチャックの生涯の大枠をみると,①ポーランド
の首都ワルシャワにユダヤ人として生まれたコルチャックは,ワルシャワに二つの
孤児院を作ったが,ナチスドイツが台頭し,反ユダヤ主義が激化したため,それま
で担当していたラジオ番組を中止され,また,自らが設立したポーランド人孤児の
ホームを追われ,ユダヤ人孤児のホームの運営のみを行うようになった,②その
後,ポーランドに侵攻したナチスドイツ軍により,ユダヤ人特別居住区のワルシャ
ワ・ゲットーが作られ,コルチャックとそのホームの子供たちはゲットーに強制移
住させられた,③ゲットーでの生活は苛酷なものであったが,コルチャックは,子
供たちの生活のために,食糧・寄付集めに奔走しつつ,ホームの自活による生活を
守り,ハヌカの祭りを祝い,劇を上演するなどした,④しかし,ナチスドイツは,
ゲットーのユダヤ人をトレブリンカ絶滅収容所に移送することを開始し,コルチャ
ックとその子供たちにも移送命令が下りた,⑤コルチャックが子供たちと共に移送
用の貨車に乗り込もうとした時,関係者の努力でコルチャックに対する特赦の知ら
せが届いたが,コルチャックは,自分だけの特赦を受け入れず,子供たちと共に貨
車に乗り込んでトレブリンカへ旅立った,というものである。
  そして,コルチャックの客観的人間像が,ポーランドで生育し,ユダ
ヤ人であるために迫害を受け,これに苦悩しつつも,極限状態の中で子供たちと共
に生き,子供たちと共に死の道を選んだ人物として描かれている。
  しかし,原告著作においては,基本的に,史実と先行資料及び関係者
の証言を織り混ぜ,それに説明を加えることによって,時代状況やコルチャックの
行動,心情,人間関係等を客観的に描き出すという表現方法が採られているのに対
し,本件舞台劇は,舞台演劇という性質もあって,コルチャックや周囲の人々の会
話(台詞)によって,時代状況,コルチャックと関係者の人間関係や心情等を描く
という表現方法が採られている。
  登場人物については,原告著作では,前記のような叙述の関係上,実
在した人物しか登場せず,しかもその行動は客観的に記載され,コルチャック以外
の関係者の心情が描かれることはほとんどない。
 これに対して,本件舞台劇では,原告著作にも登場する実在の人物の
ほかに,リフトン著作には登場するが原告著作には登場しない人物(ルビンシュタ
イン)や,同公演において創作された人物(フリーダ,ユゼフ,イレーナ,ボレク
など)も登場する。このうちユゼフは,妹のフリーダをコルチャックのホームに預
けた兄としての役割のほかに,ゲットーにおける少年たちの代表としての役割を与
えられて,ゲットーにおける少年たちの状況やユダヤ人抵抗組織の活動などを描写
するに当たって重要な役割を与えられているといえる。また,イレーナは,コルチ
ャックのホームの卒業生であり,ドイツ軍によって収監されたコルチャックの保釈
に尽力するとともに,ガンツバイクを初めとするゲットーでのユダヤ人裏社会に通
じ,最後は独力でゲットーを脱出して生き抜く途を選ぶなど,ゲットーの中でコル
チャックを慕いつつ,独力で生き抜く女性を描いたものとして,重要な役割を与え
られているといえる。さらに,ボレクは,かつてユゼフの家の近所に住んでいたユ
ダヤ人であるが,現在ではユダヤ人警察に所属し,ナチスドイツの指令に基づき同
胞を取り締まる立場になった者であって,ゲットー内におけるユダヤ人社会の複雑
さを描写する重要な役割を与えられている。
 ところで,原告著作,本件舞台劇に描かれているコルチャックの生涯
の大枠ないし客観的人物像については,リフトン著作,乙4(モニカ・ペルツ著
「コルチャック」。昭和60(1985)年にドイツで発刊され,平成6年7月に
我が国で邦訳出版された。以下「ペルツ著作」という。)及びワイダ映画において
も同様の生涯の大枠ないし客観的人物像が描かれているところであって,上記内
容,表現に関する限り,コルチャックに関する著述・製作に関わる者にとり,基礎
的な事実として一般に認識されているものと考えられ,上記生涯の大枠ないし客観
的人物像において,原告著作のみに見られる表現上の本質的な特徴があるとはいえ
ず,前記相違点を考慮すると,表現上の本質的特徴の同一性があるとはいえない。
(イ) プロローグ(トレブリンカ)〔別表1,2頁参照〕
a この場は,現在のトレブリンカの地を訪れた俳優が,その様子や歴
史について独白をするものである。
b 原告著作は,冒頭の「序 トレブリンカの森」において,控訴人が
秋に訪れたトレブリンカ現地の情景を描写した上,往時のユダヤ人絶滅収容所の説
明に至り,テーマとなっているコルチャックの業績の核心の著述への導入部として
いる。そして,森の暗さと森を抜けて目の前に開けた荒寥とした草原を描写し,一
面に立っている角ばった石がコルチャックと子供たちを含む死者の人影のようであ
り墓標であるとの記述とユダヤ人絶滅収容所の説明とにより,ユダヤ人絶滅政策の
犠牲となったコルチャックと子供たちに馳せる思いと,その死に対する静かな悲
憤・懼れを表現している。上記のように,冒頭に現在のトレブリンカの風景をその
歴史と共に描写するシーンが置かれている点は,いずれもコルチャックに関する他
の文献や映画には見られない原告著作の特徴的な点であって,思想感情の創作的表
現が認められ,著作物性を肯定し得るところであり,上記の点に表現上の本質的特
徴があるといえる。
c 本件舞台劇は,冒頭,暗い舞台に,俳優の独白でトレブリンカの情
景が語られ,トレブリンカの森の中に立って,ユダヤ人絶滅収容所がこの地にあ
り,80万人を超すユダヤ人が貨車で送り込まれてガス室に送られたことが回想さ
れ,石の枕木,引き込み線の跡,ユダヤ教の墓石の形をした慰霊碑を中心に大地か
ら無数の石が突き出し,静かであることが強調され,暗い舞台が次第にわずかな明
るさを増すにつれ子供たちが白い衣装に身を包み石を表現する様子が浮かび上が
り,それらの石がコルチャックと子供たちの墓であることが描写され,次いで,石
が人影になり歌い始めて,プロローグのシーンが締めくくられているのであって,
コルチャックと子供たちに馳せる思いと,その死に対する悲痛な思いが静かに表現
されている。そうすると,本件舞台劇の上記表現は,俳優の独白と白い衣装に身を
包んだ子供たちが登場し,子供たちが歌うという表現形式により,原告著作の前記
表現上の本質的な特徴との同一性を維持しつつ,具体的な表現に修正,増減,変更
を加えたものであり,上記表現上の本質的な特徴を直接感得させるものということ
ができる。
d もっとも,リフトン著作(370頁)に,エピローグとして「戦後
その地に,広大な石の庭園が設置された。ポーランドの石切り場からもちこまれ
た,1万7千個の岩石は,この地で最期をとげた何百万の男女や子どもの,町や村
や国を象徴している。」とあり,ユダヤ人が貨車で送り込まれてガス室に送られた
旨の記述に続き,大きな石碑について記述されている。また,乙7(ブラドカ・ミ
ード著「壁の両側」平成4年11月邦訳出版)の436頁に,エピローグとして,
「あちこち走りまわったあげく,私たちは,森を通る小道へ車を入れてしばらく走
っていると,突然,視界がひらけ,雪におおわれた広大な原野が見えてきました。
大小様々な形をした無数の石が,天を仰いで立っています。私たちは,何度も何度
もこの広大な墓地を見渡しました。そして,幻を見ました。石は生き返り,ユダヤ
人となって動き始める。」とあり,生き返った男,女,老人,家族,母,妹,弟,
友人,隣人の姿に心が張り裂けるようでしたとの悲痛な思いが記述され,さらに,
記念碑,石碑,数本の木製の枕木に言及して,ユダヤ人の大半が輸送された戦慄の
抹殺工場は,ドイツ軍により始末され,「いまここに残るのは,空漠たる荒野と,
沈黙の告発を続けながら天に向かって突き刺すように立っている,一五〇〇の石柱
だけです。」と記述され,大きな石柱の周りに多数の石の散在する写真が掲載され
ている。
 しかしながら,リフトン著作やミードの著作においては,現在のト
レブリンカの情景描写は,エピローグとして記述されている。そして,リフトン著
作は,簡潔で客観的な表現に特徴があり,石を墓とする直接的な表現がなく,本件
舞台劇の表現との同一性が乏しい。また,ミードの著作は,同じユダヤ人としての
怒り,告発が表現され,石をコルチャックと子供たちとするものでなく,本件舞台
劇の表現との同一性が薄い。
 なお,本件舞台劇において,石の群が人影となるという点は,ミー
ドの「石が生き返る」という記述部分と類似するが,石が人影のようであり,コル
チャックと子供たちであるとする点では原告著作と類似性があり,いずれにしろ,
「歌う」点は本件舞台劇で付け加えられた創作性のある表現というべきであって,
前記cの結論を左右しない。
e そして,前記引用に係る事実経過に被控訴人D本人尋問の結果を併
せ,上記表現上の本質的特徴の同一性を考慮すると,本件舞台劇の上記プロローグ
のシーンは原告著作の「序 トレブリンカの森」の部分に依拠して創作されたもの
と認められる(被控訴人Dは,本人尋問において,無数の墓石が子供たちを象徴し
ているイメージをミード著作から着想したとの誘導的供述の後に,原告著作をも含
めた様々な資料から着想した旨供述しており,原告著作に基づいていることを肯定
している。)。
 被控訴人3名は,俳優の独白がトレブリンカ現地を実際に見た主演
俳優の創作したものと主張し,甲6,被控訴人D本人尋問の結果中にこれに沿う部
分があり,これによると,同俳優が平成7年5月に現地を見たことが認められ,同
人が何らかの感銘を受けたことが推認されるが,同人が前記プロローグの独白に係
る台詞を創作したとまでは認められない。
f したがって,本件舞台劇プロローグのトレブリンカの場面は,原告
著作の「序 トレブリンカの森」の翻案といえる。
 この点に関し,被控訴人3名は,ドラマを象徴する地の現在の様子
の描写から始めることは,多くのドラマに見られる一般的手法である旨主張し,そ
の例として乙29,30を提出するが,本件舞台劇プロローグのトレブリンカの場
面が原告著作の翻案であるという前記認定判断を左右するものではない。
(ウ) 第1幕・1(ユダヤ人兄妹)〔別表3~6頁〕
a この場の概要は,次のとおりである。
 二人暮らしのユダヤ人の兄妹(ユゼフとフリーダ)の家にユダヤ人
排斥の投石等がなされる中,フリーダがおびえながらコルチャックのラジオ番組を
待っていると,ユゼフが戻ってきてフリーダに母の形見のペンダントを渡し,その
後,ラジオで,コルチャックが担当していた「老博士のお話」の番組が始まり,
「雪の日の馬車」の話を語るコルチャックの声が流れてくる。
b このようなユダヤ人の兄妹は,原告著作には登場しない。もっとも
リフトン著作(318頁)に記載されたユダヤ人兄妹サムエルとギエナをモデルと
したものとも思われ,このことは,Gが製作途中に控訴人に宛てた手紙の中で,
「リフトン氏の引用についてはサミエルとギエナの表現が一番問題です。名前と設
定を変更して,プログラムにのみリフトン氏の引用クレジットを入れる方針で
す。」(甲12の2)と記載していることからも裏付けられる。しかし,その後の
場に見られるユゼフとフリーダの役割は,リフトン著作にも見られない本件舞台劇
独特のものである。
 また,反ユダヤ主義のくだり,すなわち,当時,ポーランド国内で
ユダヤ人に対する投石や侮辱が行われていたことは,原告著作にも記述があるが,
同記述は,歴史的事実を普通に表現したものであり,リフトン著作(196,19
7,235,246頁)及びペルツ著作(123頁)にも同様の記載がある(別表
3,4頁下段)上,対応する本件舞台劇とは事項が共通するにすぎず,具体的な表
現の上でも共通性を欠くものである。
c 次に,「老博士のお話」の「雪の日の馬車」の話の点は,原告著作
に記載があるが,コルチャックが「老博士のお話」というラジオ番組を担当してい
たことは歴史的事実(リフトン著作224頁以下。別表4,5頁下段)であり,少
年時代の雪の日に馬車に乗って通学したときのエピソードも歴史的な事実であって
ペルツ著作7頁以下に記載がある(別表5,6頁下段)。
  もっとも,コルチャックが「老博士のお話」の番組で語ったものに
は多数のものがあると思われる(リフトン著作225頁)のに,その中から紹介さ
れているのは,原告著作でも本件舞台劇でも,少年時代,雪の日に馬車に乗って通
学したときの話のみである。しかし,この話は,ペルツ著作の冒頭においても紹介
されているから,コルチャックに関する著述・製作に関わる者にとり基礎的な事実
として一般に認識されているものと考えられる。
  したがって,原告著作の上記部分に係る基本的な内容・表現は,原
則的に自由な使用に供されるべきものであり,翻案権を肯定し得る表現上の本質的
特徴と認め得る範囲は狭いといえるところ,本件舞台劇でのコルチャックが語る話
の表現は,原告著作のそれと具体的表現が異なっており,原告著作と表現上の本質
的特徴の同一性があるとはいえない。
 なお,控訴人は,原判決添付別紙対照表4頁において,ラジオ番組
の名前を「老博士のお話」としたのは,控訴人の独自訳であると指摘するが,リフ
トン著作(224頁以下。別表4頁下段)によれば,コルチャックは同番組に「オ
ールド・ドクター」として登場したことが認められるから,そこから番組名を「老
博士のお話」と翻訳する点に創作性があるとはいえない。
(エ) 第1幕・2(ぼくたちの家)〔別表6~14頁〕
a この場の描写内容は次のとおりである。
 ①コルチャックとマリーナが運営しているポーランド人孤児のため
の施設である「ぼくたちの家」において,マリーナが数人の役員から,コルチャッ
クはユダヤ人だから時勢柄ポーランドの子供を教育させるのは適当でないとして
「ぼくたちの家」の役員を解任するよう求められ,コルチャックのホームにおける
教育理念が成果を上げていることを示して言い争っているところに,コルチャック
が現れ,辞任を受け入れる。②役員たちが去った後,コルチャックは,マリーナに
「老博士のお話」も中止になったことを伝え,「ポーランドで生まれてポーランド
で育ち,ポーランド語を話す自分がポーランド人の子の教師になれないなんて」と
嘆く。③そして,コルチャックは,マリーナに,子供のころ,飼っていたカナリヤ
が死んだとき,管理人の息子から,「カナリヤはユダヤ人だから天国にはいけな
い」と言われたことを話す。
b この場の①で,マリーナと役員がコルチャックの辞任を巡って口論
し,最後にコルチャックが辞任するところは,原告著作ではわずか2行で「『ナシ
ュ・ドム』と,一切かかわりを持たないよう,ファルスカより伝えられた。いずれ
もその理由は明らかにされなかった。」(別表10頁中段)と記載されているにと
どまる上,これは歴史的事実を普通に表現したものである(リフトン著作232頁
以下,ペルツ著作123~124頁。別表9,10頁下段)。これに対し,本件舞
台劇では,マリーナとコルチャックとの人間関係,役員がコルチャックに辞任を求
める理由等が,具体的な台詞を通じて描写されており,これらのやりとりは原告著
作には記載がない。むしろ,ここの描写は,リフトン著作(232,233頁)に
台詞の題材を求めたものと推認される。したがって,原告著作部分とこれに対応す
る本件舞台劇とは,一部に共通な事項の記述があるにすぎず,表現上の共通性を欠
くものである。
 控訴人は,原判決添付別紙対照表6ないし10頁において,この描
写について,(a)「ぼくたちの家」とは控訴人の訳に係るものであること,(b)マリ
ーナが語る「ぼくたちの家」の理念は原告著作にも記載があること,(c)コルチャッ
クの本名である「ヘンルィク・コールドシュミット」の「ヘンルィク」は控訴人の
訳に係るものであること,(d)当時のポーランドの情勢は原告著作に記載があるこ
と,(e)コルチャックが濃紺の作業着を着ているのは原告著作に記載があることを指
摘する。
 しかし,(a)は,「ナシュ・ドム」の訳語であるが,リフトン著作
(232頁)では「われらの家」,ペルツ著作(59頁)でも「われらの家」と訳
されており,これを「ぼくたちの家」と訳することに創作性があるとはいえない。
次に,(b)のマリーナの語る教育理念は,原告著作によれば「ぼくたちの家」を設立
する際にマリーナ(ファルスカ)の書いた設立趣意書によるものであり,原告著作
では当初に「ぼくたちの家」を設立する際の文脈で記載されているにすぎず,本件
舞台劇とは語られる場面が異なる上,ペルツ著作(60頁)にも同様の記述があ
り,本件舞台劇のマリーナの台詞は,これらの記述に沿ってはいるが,具体的表現
が異なる。次に,(c)のように人名のカタカナ表記の仕方に創作性は認められない。
次に,(d)は歴史的な事実を普通に表現したものにすぎず,本件舞台劇と具体的表現
も異なる。次に(e)は,原告著作にのみ記載がある部分であることは控訴人主張のと
おりであるが,このような単純な事実の描写に創作性があるとはいえない。
c この場の②で,コルチャックの「老博士のお話」が中止になったの
は,歴史的事実を普通に表現したものであり(リフトン著作227,245頁,ペ
ルツ著作123頁,ワイダ映画。別表10,11頁下段),当時のポーランド情勢
も同様であって,原告著作のみに見られる表現上の本質的な特徴はない。
 また,コルチャックがポーランド的な人物であったこと,コルチャ
ックをとらえるのにはポーランド人とユダヤ人の両方として見る必要があるとの点
はリフトン著作(7,8頁。別表11頁下段)に記載されており,控訴人独自の見
方によるものではないと認められる。そしてまた,この部分のコルチャックの台詞
自体は,本件舞台劇の創作に係るものであって,原告著作を始め,他のコルチャッ
クの伝記にも,このような心情の吐露を直接記載したものは見当たらない。
 したがって,この場の②に関しても,これに対応する原告著作部分
とは一部に共通な事項の記述があるにすぎず,表現上の共通性を欠く。
d この場の③でコルチャックが語る,彼の幼年時代にカナリヤが死ん
だときのエピソードは,原告著作にあるが,リフトン著作(20~21頁),ペル
ツ著作(15~17頁),ワイダ映画にも描かれているものであり,コルチャック
にとって,このエピソードがユダヤ人問題の原体験となったことについては,リフ
トン著作(21頁)に「それは彼が決して忘れえなかった啓示の瞬間であった。」
として触れられており,また,ワイダ映画(乙6の26頁)にも触れられていると
ころであって,コルチャックに関する著述・製作に関わる者にとり基礎的な事実と
して一般に認識されているものと考えられる(以上について別表11~14頁下
段)。
  したがって,当該部分に係る基本的内容・表現は,原則的に自由な
使用に供されるべきものであるから,翻案権を肯定し得る表現上の本質的特徴と認
め得る範囲は狭いというべきである。
  しかるところ,本件舞台劇の上記部分は,具体的表現が原告著作と
異なる点がある上,記載されている場所についても,原告著作では,コルチャック
が5歳のときの箇所で記載されているのに対し,本件舞台劇では,コルチャックが
ユダヤ人であるために「ぼくたちの家」の役員を辞任させられ,ラジオ番組を中止
されるという困難に遭ったときの心情を描写するエピソードとして描かれている点
において異なる。 そうすると,本件舞台劇の上記場面は,原告著作の上記部分と
表現上の本質的特徴の同一性があるとはいえない。
(オ) 第1幕・3(みなしごの家)〔別表14~25頁〕
a この場の概要は次のとおりである。
 ①ユダヤ人の孤児のためのホーム「みなしごの家」で,身体測定が
行われており,コルチャック,ステファ,エステルと子供たちとの無邪気なやりと
りが交わされているところへ,②ネヴェルリイがやってきて,ドイツの動向,食料
の備蓄の必要,ポーランド国内でのユダヤ人への嫌がらせなどを話す。③そこへ,
マリーナがやってきて,フリーダをコルチャックに預けると,ホームの子供たち
は,フリーダに,コルチャックが書いた本の話,ホームでの生活(けんかや裁判)
の話,キャンプの話をしてあげて,フリーダを歓迎する。④ユゼフの独白で,19
39年にドイツがポーランド侵攻を開始し,ポーランドが占領されたこと,ユダヤ
人だけの特別居住地区ワルシャワ・ゲットーへの強制移住が行われたことが語られ
る。
b この場の①では,身体測定を題材に,みなしごの家におけるコルチ
ャックと子供たちの触れ合いを描写しており,好き嫌いをしないことや,裸で生活
すること,歯が抜けたといってきた子供の歯を買い取ることなどについての台詞の
やりとりを通じて,コルチャックがユーモアたっぷりに子供たちに接し,子供たち
がコルチャックを慕っている様子が具体的に描写されている。これに対し,原告著
作では,コルチャックの子供たちとの触れ合いの様子は,本件舞台劇のように生き
生きとは描写されておらず,別表記載14頁中段のとおり,「コルチャックは,ユ
ーモアに富んでいて,子供たちを笑わせ,ホームはいつもなごやかな雰囲気に包ま
れていた。コルチャックは良き父,ステファ夫人はよき母であり,温かい一つの家
庭のようであった。」(72頁)等の記載や,コルチャックの教育理念の形で,客
観的に記載しているにとどまる。
 この点について控訴人は,「みなしごの家」との訳語は控訴人の了
解の下で使用されたこと,身体測定は原告著作に記載されていることを指摘する。
しかし,「みなしごの家」の訳語は,「ドム・シェロット」の訳語として,原告著
作における「孤児たちの家」と異なるから,原告著作の翻案性とは直接の関係はな
い上,リフトン著作では「孤児の家」(224頁),ペルツ著作でも同様であって
(53頁),それらとも大差がないものであり,コルチャックがホームで身体測定
を実施していたことは,原告著作でゲットー生活中の日記に断片的に記述されるに
とどまる(184頁,204頁)上,リフトン著作(312頁)及びペルツ著作
(63頁)にも記載され,ワイダ映画においても描写されているところであり(以
上,別表14,15頁下段),いずれも,原告著作のみに見られる表現上の本質的
特徴とはいえず,本件舞台劇との同一性もない。
c この場の②で,コルチャックがかつて編集長を努めていた子供新聞
「小さな瞳」の現編集長であるネヴェルリイとステファが,ドイツ,ポーランドの
情勢を語る内容は,いずれも歴史的事実を普通に表現したものであり,原告著作の
みに見られる表現上の本質的特徴はない。また,「小さな瞳」についても,原告著
作と本件舞台劇との間の表現の共通性がない上,コルチャックが編集長として始め
た子供向けの新聞「リトル・レビュー」で,子供たちが皆,通信員となり,子供た
ちから送られた記事や手紙から紙面が構成されていたこと,初代編集長のコルチャ
ックはネヴェルリイと編集長を交代したことは,いずれもリフトン著作(194~
204頁)に記されていること(別表18,20頁下段)である。
d この場の③では,マリーナがやってきて,フリーダをみなしごの家
に預けることとなり,ホームの子供たちがフリーダにホームの紹介をすることを通
じて,ホームの運営の実情や子供たちがコルチャックを慕っている様子を描写して
いるが,このような描写は原告著作にはない。原告著作では,ホームの運営の実情
は客観的に記載されているにとどまる(別表21頁中段)。このように,ホームの
子供たちが,新たにホームに入ってきた子供にホームの案内をする描写は,むしろ
ワイダ映画において,新たに入ってきたシロマをユゼフが案内するシーンに類似す
るものであるといえる(同下段)。
 また,この部分で,子供たちが語る内容をみると,コルチャックが
注射の嫌いな医者だとの子供の発言は,原告著作(77頁に「彼はホームで仕事を
している時は,いつも濃紺の作業着を着ていた。白衣を着ると注射でもされるので
はないかと,子供たちがおびえるのを気にしていたのである。」との記述があ
る。)に基づくものと思われるが,表現されている具体的な内容は異なる。
 さらに,コルチャックが「王様マチウシ一世」を含む多数の著書を
書いていること,子供による裁判が行われること,キャンプに行くことについて
は,原告著作にも記載があるが,同時にリフトン著作(155頁,270頁)及び
ペルツ著作(44頁,68頁以下)にも記され,ワイダ映画にも描写されており
(以上は別表22~24頁下段),コルチャックに関する著述・製作に関わる者に
とり,基礎的な事実として一般に認識されているものと考えられ,原告著作のみに
見られる表現上の本質的特徴はない。また,ルールを守れば殴り合いをしてもよい
との点は,原告著作には記載がない。
e この場の④では,ユゼフが独白で,ナチスドイツ軍がポーランドに
侵攻し,ワルシャワ・ゲットーが作られてユダヤ人が詰め込まれたことが語られる
が,これらはいずれも歴史的事実を普通に表現したものにすぎず,原告著作のみに
見られる表現上の本質的特徴はない。
f そうすると,上記みなしごの家のシーンは,原告著作の記述部分と
一部共通な事項があるのみで,表現上の本質的特徴に同一性があるとはいえない。
(カ) 第1幕・4(ゲットーへの道)〔別表25~29頁〕
a この場の概要は,次のとおりである。
 ①スピーカーから,ユダヤ人に対する各種の制限が告知されている
ところを,コルチャックと子供たちが列をなして歩いて来ると,ジャガイモの馬車
がドイツ軍に没収された旨が報告され,それを聞いたコルチャックは,取り戻して
来ると言って,ステファが制止するのも聞かずに走り去る。②そこへマリーナがや
って来て,高熱を出した幼子のエドナを引き取る意思を表明するとともに,コルチ
ャックの身分証明書と隠れ家を用意した旨をステファに伝える。③他方,コルチャ
ックは,ドイツ軍将校にじゃがいもを返すよう要求するが,逆にユダヤ人なのに腕
章を着けていなかったことを詰問され,抗弁したために暴行を受け,投獄される。
b この場の①でスピーカーから流される布告の内容は,原告著作に記
載がある(別表25頁中段)が,リフトン著作(262,263,270頁)にも
記載され,ワイダ映画でも描写されており(以上は別表25,26頁下段),歴史
的事実を普通に表現したものにすぎず,原告著作のみに見られる表現上の特徴はな
い。また,本件舞台劇では,大道具としてゲットー内にかかっている陸橋が配置さ
れているが,原告著作に陸橋について言及した部分はなく,他の著作でも,ワイダ
映画のみに見られるものである。
 次に,ゲットーへの移動時にジャガイモの馬車がドイツ軍に没収さ
れる点も,原告著作に記載がある(別表26頁中段)が,リフトン著作(276,
277頁)及びペルツ著作(139頁)に記載され,ワイダ映画でも具体的に描写
されており(以上別表26,27頁),前同様の基礎的事実として一般に認識され
ているものと考えられ,原告著作にのみ見られる表現上の本質的特徴とはいえな
い。
 なお,本件舞台劇では,ジャガイモの馬車が没収されたことを知っ
たコルチャックが,直ちにステファの制止も聞かずに抗議に行くように描かれてお
り,これはワイダ映画と同様である(別表26頁下段)。
c この場の②で,ゲットーへの移動の途中に,マリーナが孤児のうち
の一人を預かって保護する点及びその際にマリーナがステファにコルチャックの身
分証明書等を用意したと告げる点は,原告著作には記載がなく(ただし,マリーナ
が隠れ家等を用意したとの点は,ゲットーに入ってから後のこととして記載があ
る。),むしろワイダ映画中にほぼ同様のシーンがある(別表27,28頁下段)
ことから,それとの類似性が認められる。
d この場の③では,コルチャックがドイツ軍に抗議に赴いたところ,
ドイツ軍将校は,最初は丁寧に応対していたが,コルチャックがユダヤ人であると
分かるや,逆に,腕章を着けていないことを詰問し,コルチャックに暴行を加えた
上で投獄したことが描写されており,これは原告著作に一応記載があるが(別表2
9頁中段),リフトン著作(276頁)及びワイダ映画では,会話の形でより具体
的に描写されており,この部分の本件舞台劇の台詞は,リフトン著作との類似性が
認められる(別表28,29頁下段)。
(キ) 第1幕・5(ゲットーの中・『みなしごの家』の前)〔別表30~
35頁〕
a この場の概要は,次のとおりである。
 ①ユゼフら少年たちがゲットー内の状況を話し合っていると,闇屋
の少年がやって来て,抜け道を通って入手したたばこを売り付ける。②仲間と別れ
たユゼフに,コルチャックのホームで育ったイレーナが声をかけて,ホームのエス
テルを呼んでもらうと,イレーナは,投獄されているコルチャックの保釈金をエス
テルに渡す。③イレーナは,ホームから出てきたユゼフと共に歩き出すと,ユダヤ
警察に出会い,身分証明書の提示を拒否したが,ユダヤ人警察の一人ボレクがユゼ
フと知り合いであったことから解放してもらう。イレーナはユダヤ人警察を悪し様
に言うのに対し,ユゼフは,ボレクのことをとても良い人なんだと言い,ボレクを
かばう。
b この場の①で少年たちが語るゲットーの状況は,原告著作では所在
箇所が各所に散らばっており,断片的である(別表30,31頁中段)。しかも,
いずれも歴史的事実を普通に表現したものであり,サクソン広場がヒトラー広場に
改名された点及びゲットーの建設がユダヤ人の資金で行われた点,ゲットー内に
は,ましな地区と,人間でごったがえしている地区がある点はリフトン著作(27
0,271頁,280~282頁)に記載がある(別表30,31頁下段)。
 また,子供が抜け道を通って商品や食糧を運搬していたことは,原
告著作(170頁)にその事実の記載があるが,ペルツ著作(141頁)にも記載
があり,ワイダ映画にも描写されており(別表31頁下段),歴史的事実を普通に
表現したものにすぎない。
 しかも,これらの記述がいずれも客観的な説明として記載されてい
るのに対し,本件舞台劇では,闇屋の少年がユゼフらにタバコを売り付けるシーン
によって,ゲットー内における少年たちの境遇を具体的に描写している点で,これ
らの文献の記載等とは異なる。
c この場の②で,ホームの卒業生であるイレーナがエステルにコルチ
ャックの保釈金を渡す点は,原告著作でも,コルチャックの保釈金はかつての教え
子が調達したことが記載されている(154頁。別表32,33頁中段)。しか
し,この点はリフトン著作(277頁。別表32,33頁下段)にも記載されてお
り,前同様の基礎的事実として一般に認識されているものと考えられ,原告著作の
みに見られる表現上の本質的特徴とはいえない。
d この場の③で描写されている,イレーナやユゼフとユダヤ人警察と
のやりとりは,ユダヤ人警官の高圧的な態度,イレーナの反抗的な姿勢,ユゼフの
知り合いで現在はユダヤ人警官をしているボレクに,昔,ユゼフやフリーダが親切
にしてもらったことを通じて,ゲットー内におけるユダヤ人社会の複雑さを具体的
に描写しているものであるが,原告著作には,ユダヤ人警官の非情な面は記載され
ている(別表33頁中段)ものの,ボレクのような人物の存在には触れるところが
ない。
(ク) 第1幕・6(ゲットーの中の『みなしごの家』・コルチャックの帰
還)〔別表35~41頁〕
a この場の概要は,次のとおりである。
 ①「みなしごの家」で子供たちが言い争っているところに,釈放さ
れたコルチャックが帰って来る。②子供たちは喜んでコルチャックに次々と話しか
け,コルチャックの要望に応えて歌を歌うなどする。③その後,コルチャックはス
テファと語り合い,ホームの子供をマリーナなどに預けポーランド人として育てて
もらうことについて反対し,コルチャック自身もゲットーを出るべきだとのステフ
ァの勧めを断り,明日から自分が食糧を調達するなどと言う。
b この場の①については,このようなホームの子供たちの具体的なや
りとりは,原告著作には記載されていない。また,コルチャックが投獄から帰還し
た際の記載は,原告著作にはなく,ワイダ映画にのみ描写がある。
c この場の②について,コルチャックが突然帰って来ると,子供たち
が大はしゃぎしてコルチャックに次々と話しかけ,皆で汽車のような列を作って走
るという描写は,原告著作には記載がなく,むしろワイダ映画に同様のシーンがあ
る(別表37頁下段)。
d この場の③には,(a)コルチャックが帰還後,ステファと語り合うこ
と,(b)ゲットーへの移動時にエドナをマリーナに預かってもらったことやアーリア
系の顔立ちの子供は何人かかくまえるという話を聞くと,コルチャックが,自分た
ちが子供たちを選り分けるのかと反対すること,(c)ステファがコルチャックにマリ
ーナの伝言を伝えてゲットーを出るように勧めたところ,コルチャックが拒絶する
ことが描かれているが,これらは,いずれも原告著作には記載がなく,むしろワイ
ダ映画に極めて類似するシーンがある(別表39頁下段)。前記②と並んで,この
部分は,ワイダ映画との類似性が強く認められる部分である。
 また,この場の③には,(a)コルチャックとステファが今後の方針に
ついて話し合い,物資の調達はコルチャックがすること,(b)子供たちをホームの外
に出さないようにしようとしたことが描写されているが,これらも原告著作には直
接の記載はなく,ワイダ映画には,コルチャックがホームに帰還した後に,コルチ
ャックとステファのほかエステラ(本件舞台劇のエステル)らが加わった話し合い
で同様のことが語られている(別表41頁下段)。ここもワイダ映画との類似性が
強く認められる部分である。
 なお,ここでコルチャックが語るゲットーの状況については,原告
著作に記載があるが,リフトン著作(280,295頁)及びペルツ著作(14
1,142頁)にも同様の記載があり(別表40,41頁下段),歴史的な事実を
普通に表現したものにすぎず,原告著作のみに見られる表現上の本質的特徴がある
とはいえない。
(ケ) 第1幕・7(ゲットーの中で)〔別表41~49頁〕
a この場の概要は,次のとおりである。
 ①ゲットーの中をコルチャックが歩いていると,古着を売る女,道
化のルビンシュタインに声をかけられた後,イレーナに会う。②コルチャックはイ
レーナにいつでもホームに来るよう言い,寄付を頼んで回っていると言うと,イレ
ーナは,店で歌を歌っているが,客に金持ちが多いから一度来てみてと言って紙片
を渡して去る。③2人が去ると,闇屋の少年(サムエル)が再びやってきて,ルビ
ンシュタインにたばこをやる。
 他方,ホームへの寄付の依頼に奔走するコルチャックは,④ユダヤ
人評議会に赴き,チェルニアクフに対し,「子供のために何かすることはとても幸
せで,大人の責任である。あなたは寄付をする余力がおありになる。寄付をできる
幸せをかみしめて下さい。」と言い,チェルニアクフが100ズウォティ寄付する
と言うと,「もっと幸せをかみしめて」と促し,最終的に500ズウォティを引き
出す。⑤次の寄付依頼に赴く途中のゲットーの路上で,金をせびるルビンシュタイ
ンにチェルニアクフからもらったタバコをやり,⑥ビスケット売りから「ユダヤ人
に売ることを禁止されている」と言われると,「それでは寄付すればよい」と応
じ,⑦肉屋からハムを寄付してもらう。
 さらに,⑧ゲットーの路上では,ユゼフら少年たちが秘密集会に集
まる打ち合わせをしている。
b この場の①について,ゲットーで,ドイツ兵が巡回し,物乞いや路
上生活者が多数おり,生活品の売買がされている状況は,リフトン著作(280~
282頁。別表41,42頁下段)に記載があり,ワイダ映画でも描写されてい
る。
 また,ルビンシュタインという道化がゲットーにいたことは,原告
著作では記載されていないが,リフトン著作(282頁)では触れられている。リ
フトン著作では,ルビンシュタインは金を恵んでもらわないと,くたばれヒトラー
などとわめくことが記載されており(別表42,43頁下段),本件舞台劇のルビ
ンシュタインの描写は,リフトン著作に基づくものであると推認される。
c この場の②について,コルチャックの保釈金がホーム出身者によっ
て調達されたことは,前記(キ)cのとおり,リフトン著作等にも記載がある。ま
た,ホーム出身のイレーナが歌を歌っている店に富裕者が来ることから,コルチャ
ックに寄付の依頼に来るよう誘う点は,原告著作には記載がない。
 他方,ワイダ映画においては,ドイツ兵から腕章を着けないことで
詰問されているコルチャックを,ホーム出身のシュルツが救い,富裕者が集まる酒
場に案内する描写があり,本件舞台劇のイレーナは,このワイダ映画の設定に基づ
くものであると推認される。
d この場の③の様子は,原告著作や他の文献にも,これに該当する記
載は見当たらない。
e この場の④について,チェルニアクフは,ユダヤ人評議会の議長で
あり,実在の人物である(リフトン著作266頁など)。チェルニアクフが孤児た
ちの置かれている境遇に心を痛めていた点は,原告著作に記載があるが,同人が児
童福祉に熱心であったことは,リフトン著作(266頁)にも記載があり(別表4
4頁下段),原告著作にのみ見られる表現上の本質的特徴はない。また,「ユダヤ
人評議会」との訳語は,原告著作に見られるものであるが,リフトン著作では「ユ
ダヤ協会」(266頁),ペルツ著作では「ユダヤ人評議会」(136頁),ワイ
ダ映画では「ユダヤ自治会」と訳されており,原告著作の訳語に創作性はない。
 ここで,コルチャックは,チェルニアクフに対し,「子どもを助け
たい。これは大人の責任であり,義務であり,権利でもあるんです。」と述べてい
るが,これは,原告著作では,コルチャックがポーランド陥落後に出した寄付を求
める声明として記載されている。他方,ワイダ映画では,コルチャックが慈善家に
寄付を依頼する際に,「これはあなたの義務です。」と述べるくだりが描写されて
おり(別表44,45頁下段),ワイダ映画の方により類似している。
 また,このシーンで,コルチャックは,チュルニアクフを持ち上げ
つつ半ば強要するような調子で寄付額をつり上げており,ユーモラスな中にコルチ
ャックのなりふり構わず寄付を求める姿勢が描写されている。これに対し,原告著
作では,コルチャックが寄付を依頼して回ったことと,そのためにある偉い人に後
味の悪い手紙を書くこともあったことが記されているが,このようなコルチャック
の寄付の依頼の仕方は,ペルツ著作(145頁。別表45頁下段)にも記載されて
いる。むしろ,本件舞台劇のような具体的な描写は,ワイダ映画(慈善家ブラウネ
ル宅で寄付を依頼するシーン)によく描かれており(別表44,45頁下段),そ
こで,コルチャックがブラウネルの嘆きにもかかわらず,申し出よりも多い寄付を
強引に求める姿は,本件舞台劇の本シーンと類似するものがある。
f この場の⑤で描写されている,ルビンシュタインが叫ぶ,ヒトラー
とキリストを題材にしたジョークは,原告著作には記載がないが,リフトン著作
(294頁。別表46頁下段)には,当時ユダヤ人社会で語られていたジョークと
して記載されている。
g この場の⑥について,コルチャックが,ビスケット屋に対し,「ユ
ダヤ人が作ったビスケットだ。売って悪いなら寄付すればよいじゃないか。」と述
べる点は,ビスケットでなくひまわりの種で同様の話が原告著作に記載がある(1
52頁。別表46頁中段)が,これは原告著作によればチェルニアクフの日記に原
典があるもので,同じ話(穀物)がリフトン著作(271頁。同表下段)にも記載
があり,コルチャックに関する著述・製作に関わる者にとり基礎的な事実として一
般に認識されているエピソードと考えられる。
h この場の⑦について,コルチャックが肉屋からハムの寄付を受ける
部分では,肉屋は,寄付に反対する妻の手前,ハムの切れ端と言いつつ,ハム1本
を寄付することがユーモラスに描かれており,このようなコルチャックに対する協
力的な姿勢を示すエピソードは,原告著作には記載されていない。原告著作に記載
されている肉屋のエピソード(別表47頁中段)は,このシーンとは内容が全く異
なる。
i この場の⑧について,ユゼフらが秘密集会の打ち合わせをしている
が,ゲットーに秘密のレジスタンス組織があったこと,ユダヤ人の中にはドイツ軍
と通じる者もいたことは,原告著作に記載がある(別表48頁中段)。しかし,こ
れはリフトン著作(309,310頁。別表48頁下段)にも記載のある歴史的事
実を普通に表現したものにすぎない。また,ゲットー内で多くのユダヤ人が死亡し
ていったことは,リフトン著作(301,302頁。別表49頁下段)など随所に
記載のある単純な歴史的事実である。
j そうすると,原告著作のうち,ビスケット工場でのエピソードの部
分に係る基本的内容・表現は,原則的に自由な使用に供されるべきもので,翻案権
を肯定し得る表現上の本質的特徴と認め得る範囲は狭く,ユダヤ人のレジスタンス
組織,ドイツと通じる者の存在,ユダヤ人の死亡の点は,原告著作のみに見られる
表現上の本質的特徴があるとはいえず,また,その余は,対応した本件舞台劇の場
面と表現上かなりの違いがあり,いずれも,表現上の本質的特徴の同一性があると
はいえない。
(コ) 第1幕・8(ハヌカの祭りの夜)〔別表49~54頁〕
a この場の概要は,次のとおりである。
 ①ステファとコルチャックの対話の中で,コルチャックが,アメリ
カが参戦したから希望が出てきたと言うと,ステファは,ゲットーの状況を嘆き,
間もなくこのゲットーからの移住が始まるといううわさがあると言う。②みなしご
の家でハヌカのお祝いが始まり,コルチャックがあいさつをし,皆で歌を歌ってい
ると,「ぼくたちの家」の子供たちが,ユダヤ人地下組織の協力を得て,ゲットー
の外からプレゼントを持って来る。
b この場の①について,1941年にアメリカが参戦し,ドイツ軍が
ロシアで苦戦していたことは歴史的事実であり,これがゲットーのユダヤ人にとっ
て希望の灯火となっていた点は,リフトン著作(304頁)にも記載がある歴史上
の基本的な視点であり,また,ここでステファが語るゲットーの状況は,リフトン
著作(304,305,314頁。別表50,51頁下段),ペルツ著作(141
頁。別表40頁下段)に記載され,ワイダ映画でも描写されており,また,このこ
ろ,ゲットーで移住のうわさが流れていたことも,リフトン著作(310頁。別表
51頁下段)に記載がある歴史的な事実であって,原告著作の記載は,いずれもこ
れを普通に表現したものにすぎない。
c この場の②について,このころ,ホームでハヌカの祭りが行われた
が,その数日前に,ごみ運搬車に隠れてポーランド人の地下抵抗組織からホームの
子供たちにプレゼントが贈られてきたことは原告著作に記載がある(別表52,5
3頁中段)が,同様の記載はリフトン著作(305頁。別表52頁下段)にも記載
があり,コルチャックに関する著述・製作に関わる者にとり基礎的な事実として一
般に認識されているものと考えられる。もっとも,この場で,プレゼントを持って
きたのが「ぼくたちの家」の孤児たちである点は,本件舞台劇独自の創作に係るも
のである。
d そうすると,原告著作のうち,ハヌカの祭りの際のプレゼントの部
分に係る基本的内容の表現は,原則的に自由に使用されるべきものであって,翻案
権を肯定し得る表現上の本質的特徴と認め得る範囲は狭く,これに対応した本件舞
台劇は,類似しているとはいえ,表現上の本質的特徴の同一性があるとはいえな
い。
 また,その余の部分は,いずれも,歴史的事実や思想を普通に表現
したものにすぎないから,著作物性を肯定し得ず,対応した本件舞台劇とは,対象
事項が同一であるにすぎず,表現上の本質的特徴の同一性があるとはいえない。
(サ) 第2幕・10(ゲットー)〔別表54~57頁〕
a この場の概要は,次のとおりである。
 ①ゲットーの路上で,ユゼフら少年たちが,ユダヤ人がガスで殺さ
れているとのうわさ話をしていると,一人がビラを持って来て,配りに去って行
く。②路上を歩いていた女性がユダヤ警察からとがめられ,ジャガイモ等を隠し持
っていることが分かり,連行される。そこへコルチャックがやって来て,路上に散
乱したジャガイモ等を拾い集め,自分の袋に入れる。そこへルビンシュタインがや
って来て,共にタバコを吸う。
b この場の①について,このころユダヤ人が収容所に送られ,ガス室
で虐殺されるとのうわさが流れ始めたことは,原告著作に記載があるが,これは歴
史的事実である。
c この場の②では,ユダヤ警察の非情な行為と,それに便乗してまで
食料集めをするコルチャックの姿が描写されているが,このような生々しい描写
は,原告著作にはない。
d この場に関する原告著作部分の記載は,2箇所に分かれており,い
ずれも,断片的で,歴史的事実を普通に表現したものにすぎず,著作物性を肯定し
得ず,また,対応した本件舞台劇とは,基本的・一般的事項の共通点があるにすぎ
ず,表現上の本質的特徴の同一性があるとはいえない。
(シ) 第2幕・11(再会)〔別表57~64頁〕
a この場の概要は,次のとおりである。
 ①ゲットーの路上で,ユダヤ警察がユダヤ人に抵抗を呼びかけるビ
ラを見つけて破り捨てる。②場末風の酒場で,イレーナが酔った男にからまれてい
ると,コルチャックがやって来てイレーナと話をする。背後では,酒場の客がヒト
ラーに関するジョークを飛ばしている。そこへ,ガンツバイクがやって来て,ここ
の連中は金には不自由していない,金とコネの力で生き残れると信じているなどと
話し,マダムが客たちにコルチャックへの寄付を呼びかけ,歌手が歌っている間に
ガンツバイクやその他の客が寄付をする。すると,突然銃声が響く。③ゲットーの
街角で,ルビンシュタインがユダヤ抵抗組織だ,ユダヤ人よ立ち上がれなどと叫ん
でいると,コルチャックが歩いて来て,その後をユゼフが銃を持って走って来る。
ユゼフは,何故ガンツバイクのような汚い奴の金を受け取るのか,あなたに人間と
しての誇りはないのかなどとコルチャックを責めるが,コルチャックは,私には2
00人の子供がいるだけだと答える。④コルチャックは,歩きながら,「ユダヤ人
の子どもであるのが悪い。もっと悪いのは,貧しくて親を失ったユダヤ人の子供。
一番悪いのは,年を取って,お金がなかったら。おまけに200人の子だくさんの
ユダヤ人,あちこち痛んで疲れていたらもっと悪い。」などと独白する。
b この場の①のようなビラがゲットー内に貼られていたことは,原告
著作には特に記載はない。もっとも,本件舞台劇では,この貼り紙は,後のガンツ
バイクの襲撃を予測させる位置付けを与えられている点にドラマとしての工夫が見
られる。
c この場の②の酒場のシーンは,原告著作には「ゲットーには,一部
の特権階級や,金持ちのために,ナイトクラブ,レストラン,カフェなどが開かれ
ていた。コルチャックはこういうところも訪ね,乞食のように食料を乞い,時には
凄まじい形相で,彼らを怒鳴り付け,脅迫すらしたという。」(172頁)と記載
されているのみで,それ以上の具体的な記載はない。また,ナチス協力者とみられ
ていたガンツバイクにも寄付を求めたというエピソードは,原告著作にはなく,リ
フトン著作(293頁。別表59頁下段)に記載がある。
 これに対し,ワイダ映画では,コルチャックがホーム出身のシュル
ツに連れられて場末の酒場に行き,帽子を回して客たちから寄付を募るシーンがあ
り,ここでコルチャックがガンツバイクと話をしていると,ユダヤ抵抗組織がガン
ツバイクを暗殺しようとして発砲する事件が起こり,その逃走中に,抵抗組織の青
年が「あなたの誇りは?」と訪ねるのに対し,コルチャックが「ない…200人の
子供がいるだけだ。」と答えることが描写されている(別表57~59頁,62,
63頁下段)。本件舞台劇の酒場のシーンは,このワイダ映画の酒場のシーンと酷
似しており,ワイダ映画に基づいて創作されたものと考えられる。
d この場の③は,先に見たように,ワイダ映画のシーンと酷似してい
る。
 なお,ここでルビンシュタインが叫んでいる台詞のうち,「金持ち
が腐ってとけてく。これで脂身にありつけるぞ。」との台詞は,原告著作にはない
が,リフトン著作(294頁。別表62頁下段)に類似の記述がある。
 また,ルビンシュタインの「燃えている。…」との台詞は,原告著
作によったものであると思われるが,原告著作(161頁。別表61,62頁中
段)に引用された詩人ゲビルティヒ作詞に係るレジスタンスの歌の一節を採ったも
のであるにすぎず,本件舞台劇の本場面とは,「町が燃えている」という表現が同
一であるだけで,他の表現に共通性はない。
e この場の④のコルチャックの独白「子供であるのはよいことか」
は,リフトン著作(264頁。別表63頁下段)でもコルチャックの言葉として記
述され,ワイダ映画でも描写されている(別表64頁下段)が,ワイダ映画では,
酒場のシーンの直後で描かれており,ここでも本件舞台劇とワイダ映画との類似性
が見られる。他方,原告著作では,ドイツ軍のポーランド侵攻より前の1930年
代前半ころのユダヤ人についてコルチャックが記述したものとして引用され,ま
た,多少おどけた調子で記述されており(別表63,64頁中段),これらの点で
本件舞台劇と相違する。
f そうすると,本件舞台劇のこの場は,原告著作部分と表現上の本質
的特徴の同一性があるとはいえない。
(ス) 第2幕・12(飢餓・子守り歌)〔別表64,65頁〕
a この場では,①食べ物の妄想に襲われたコルチャックが,次々と料
理の名を言ってはパンのかけらを食べる一方で,②フリーダがユゼフが連れて行か
れる夢を見たと言ってベッドで泣いているのをステファが安心させる。
b この場の①は,原告著作には該当ないし類似する記載がないが,リ
フトン著作(316頁)では,ゲットーでの生活中に,飢餓感から,種々の食べ物
がまぶたに浮かんだとして,この場でコルチャックが挙げるのとほぼ同じ料理名が
記されている。また,ワイダ映画でも,コルチャックがステファに,食べ物につい
ておかしな夢を見るとして,種々の料理を語るシーンがある(別表64,65頁下
段)。
c この場の②は,原告著作には該当ないし類似する記載がないが,ワ
イダ映画では,ホームの幼子が,夜中に銃声が聞こえて泣き出すのをコルチャック
が安心させるシーン(別表65,66頁下段)があり,それとの類似性が見られ
る。
d このように,この場に関する控訴人指摘の原告著作部分とこれに対
応した本件舞台劇の本場面とは,内容及び表現において,かなりの違いがあり,表
現上の本質的特徴の同一性があるとはいえない。
(セ) 第2幕・13(ネヴェルリイのゲットー訪問)〔別表66~73
頁〕
a この場の概要は,次のとおりである。
 ①ネヴェルリイがゲットーのホームを訪れ,身分証明書や隠れ家を
用意したから早くゲットーを出るように勧めるが,コルチャックは,申し出を拒否
する。②ネヴェルリイが辞去すると,エステルがステファに「郵便局」の劇の演出
をするよう言われたことを告げ,なぜ死への準備をするのかと問うと,ステファ
は,子供たちが死を受け入れるようにするためとのコルチャックの考え方を説明す
る。③暗転の後,子供たちが劇中劇「郵便局」(タゴール作)を上演するシーンに
移り,主人公が死ぬシーンが演じられる。
b この場の①では,ネヴェルリイがホームを訪問してコルチャックに
脱出を求めると,コルチャックが「みなしごの家」の管理人(料理人)をしていた
ザレフスキのことを引き合いに出して申し出を断るエピソードが描かれている。こ
れは,原告著作に記述がある(別表67,68頁中段)が,リフトン著作(339
頁。別表67,68頁下段)にも記載されている事柄であり,コルチャックに関す
る著述・製作に関わる者にとり基礎的な事実として一般に認識されているものと考
えられる。そうすると,原告著作の上記部分に係る基本的内容・表現は原則的に自
由に使用されるべきものであり,翻案権を肯定し得る表現上の本質的特徴と認め得
る範囲は狭いというべきところ,これに対応した本件舞台劇の場面は,原告著作と
本質的特徴の同一性があるとはいえない。
 また,この場でコルチャックは,申し出を断る理由として,ザレフ
スキのことに触れる以外に,子供病院の勤めを辞めてホームを設立する際に,脱走
したような気持ちが消えないので,そのような裏切りを二度としたくないと述べて
いる。コルチャックがこのような思いを抱いていたことは,原告著作にも記載があ
る(61頁。別表68頁中段)が,それは,病院を辞めてホームを設立する記述の
箇所で,そのときのコルチャックの気持ちとして記載されているにすぎず,トレブ
リンカに送られる直前にネヴェルリイの申し出を断り,子供たちとゲットーに残る
こととすることとの関連は,特に記載されてはいない。また,鉢植えの緑の点やス
テファ夫人が新しい服を用意した点も原告著作に記載されているが,いずれもゲッ
トーに残ることとの関連で記述されているわけでない。
 さらに,ここでネヴェルリイは,コルチャックの本はドイツでも出
版されていると発言しているが,これは原告著作に記載があるものの,前記ネヴェ
ルリイによる申し出の場面とは全く異なる1935年の箇所で客観的に記述されて
いるにすぎない。
 次に,この場でコルチャックは,「わたしが強い?忙しくしている
昼間はまだいい。だが夜になるともうだめだ。食べ物のことばかり考えてい
る。」,「わたしはただの老いぼれさ。」と述べ,自分は弱い人間であると告白
し,さらに,「犠牲になっているつもりはない。」「わたしにあの子たちが必要な
んだ。」と述べるが,このようなコルチャックの心情は,原告著作にも他の文献に
も記載されていない。
 したがって,本件舞台劇の以上の各部分は,原告著作と表現上の本
質的特徴の同一性があるとはいえない
c この場の②で,エステルが「郵便局」の劇の演出をしたことは,原
告著作に記述があるが,リフトン著作(333頁。別表69,70頁下段)にも同
様の記載がある。なぜ死の準備をするのかというエステルの問いに答えて,ステフ
ァが,「尊厳を持って『死』さえも迎えられる,そういう生き方をしたいの。」,
「コルチャック先生の闘いは子どもたちと生きることなの。」と語る考えは,原告
著作や他の文献に直接の記載はない点であり,本件舞台劇の創作に係るものであ
る。
d この場の③で,子供たちが演じる「郵便局」の内容は,招待状の点
を含め,原告著作に記載がある(別表71~73頁中段)が,リフトン著作(33
3~336頁。別表69~71頁下段)にも記載があり,ワイダ映画でも子供たち
が演じる様子が描写されており(同表71~73頁下段),コルチャックに関する
著述・製作に関わる者にとり基礎的な事実として一般に認識されているものと考え
られる。
  そうすると,原告著作のタゴールの郵便局の部分に係る基本的内
容・表現は,原則的に自由に使用されるべきものであり,翻案権を肯定し得る表現
上の本質的特徴と認め得る範囲は狭いというべきところ,対応した本件舞台劇の本
場面は原告著作の上記箇所と表現上の本質的特徴の同一性があるとはいえない。
(ソ) 第2幕・14(チェルニアクフの選択)〔別表74~80頁〕
a この場の概要は,次のとおりである。
 ①ユダヤ人評議会において,コルチャックが,強制移送のうわさが
あるとするのに対し,チュルニアクフは,単なるうわさだと反論する。コルチャッ
クは「子供たちは絶対に渡さない」と言い,チュルニアクフは,「子供たちは必ず
守る」と約束する。②コルチャックが辞去すると,チェルニアクフは,ユダヤ人と
ドイツ軍の板挟みにあっている苦悩を妻に打ち明ける。③そこへドイツ兵がやって
きて,ゲットーのユダヤ人を強制移送するからユダヤ人評議会も協力するよう命じ
る。これに対し,チュルニアクフは子供たちまで連れていくのはやめるよう申し入
れ,移送通知書にサインするのを拒否したため,ドイツ兵に殴り付けられる。ドイ
ツ兵は,サインの有無にかかわらず,全員移送すると言い残して去る。チュルニア
クフは,今まで私がしてきたことは何だったんだと言って,服毒自殺をする。④ユ
ゼフにより,翌日からユダヤ人の強制移送が始まったことが語られる。そこへイレ
ーナが現れ,ゲットーを出て生きると言い残して去る。そして,ユゼフにより,エ
ステルが「人狩り」(ドイツ兵に強制的に連行されること)に遭ったことが語られ
る。
b この場の①のコルチャックとチェルニアクフとのやりとりは,原告
著作には記載がないが,リフトン著作(337頁)では,「郵便局」の劇がホーム
で行われた当時,ゲットーでは,よそのゲットーの人々が列車で強制移送されたこ
とはつかんでいたが,ガスによる大量殺人が行われていることの裏付けは取れなか
ったことが記載されている(別表74頁下段)。また,ペルツ著作(163頁)で
は,チェルニアクフが子供たちまでが移送されたら自殺すると言った旨が記載され
(別表74頁下段),ワイダ映画では,チェルニアクフがコルチャックから孤児た
ちのことを問われて「私が生命を賭けて彼らに答える」と述べるシーンが描かれて
いる(別表78頁下段)。
c この場の②でチェルニアクフは,自分はこの国を出るべきだったが
同胞を見捨てることはできなかった,ドイツ軍とユダヤ人の板挟みで,こんな仕事
を誰がやりたくてやっているかという独白をしているところ,原告著作には,この
ようなチェルニアクフの立場についての記載がある(別表75頁中段)。しかし,
チェルニアクフのこのような苦悩については,リフトン著作(338,339頁。
別表75頁下段)にも同様の記載があり,前同様の基礎的事実として一般に認識さ
れているものと考えられ,原告著作にのみ見られる表現上の特徴といえない。
d この場の③でのチェルニアクフとドイツ軍とのやりとりについて
は,原告著作には直接の記載がなく,ただドイツ軍による布告の内容と,チェルニ
アクフが子供たちの境遇に心を痛めており,彼らを救えればとドイツ当局との交渉
に努めていたが受け入れられなかったとの記述(202頁。別表76頁中段)があ
るにすぎない。また,このような記載は,リフトン著作(341,342,344
頁。別表75~77頁下段)にも記載があり,更にワイダ映画には,チェルニアク
フがドイツ軍の命令書への署名を拒否したため暴行を受けるシーンが描かれている
(別表77,78頁下段)。
 さらに,チェルニアクフが服毒自殺をする点は,原告著作に記載が
あるが,リフトン著作(344頁。別表77頁下段)及びペルツ著作(169,1
70頁)にも記載があるほか,ワイダ映画でも描写されており(別表78頁下
段),前同様の基礎的事実である。
e この場の④でユゼフが語る内容は原告著作に記載があるが,リフト
ン著作(341,342頁,349頁。別表75,76,79,80頁下段)にも
記載があり,歴史的事実であると同時に前同様の基礎的事実であり,翻案権を肯定
し得る表現上の本質的特徴と認め得る範囲は狭く,エステルが「人狩り」に遭うこ
とはワイダ映画でも描かれており(別表79頁下段),具体的な表現の共通性を欠
き,表現上の本質的特徴に同一性があるとはいえない。
(タ) 第2幕・15(別れ)〔別表80~84頁〕
a この場の概要は,次のとおりである。
 「ぼくたちの家」に,ゲットーを抜け出したコルチャックが抱えら
れてやって来て,マリーナからミルクを受け取って飲む。コルチャックはエステル
が行方不明になった旨を告げ,彼女が残した詩のノートをヤネクに渡し,マリーナ
にこれまでの礼を述べる。マリーナは,このままここに残るよう求めるが,コルチ
ャックは私は子供たちと離れられないと言って,ゲットーに帰っていく。そして,
「明日は何が起こるかわからない」とのコルチャックの独白が流れる。
b本場面に対応する原告著作部分は,3箇所に所在が分かれていると
ころ,そのうち,マリーナとの別れの部分は,身の危険を顧みず,「ぼくたちの
家」にコルチャックのための隠れ家を用意していたマリーナの救援の申し出が拒否
されたこととともに,ネヴェルリイの話として,トレブリンカに送られる直前にコ
ルチャックがマリーナに別れを告げに「ぼくたちの家」を訪れたことが具体的に著
述されており(別表80,81頁中段),近づく死を覚悟したコルチャックの具体
的行動を表現している点に表現上の本質的特徴があるといえ,思想感情の創作的表
現も認められ,著作物性を肯定し得る。
  そして,本件舞台劇におけるこの場面のマリーナとの別れの部分
は,時期や場所等を初めとして原告著作との表現の同一性が顕著である。
  すなわち,この場に描かれているように,強制移送の直前にコルチ
ャックが「ぼくたちの家」に別れを告げにやってきたことは,原告著作に記載され
ている(別表80,81頁中段)が,他の著作にはない。
  コルチャックが,ゲットーでの生活中にゲットーを抜け出して「ぼ
くたちの家」を訪れマリーナと会ったことについては,リフトン著作(303,3
04頁。別表80,81頁下段)に記載があるが,強制移送前年の1941年11
月ころのこととされており,コルチャックらがトレブリンカに送られる時よりも相
当前であり,しかも別れの要素がなく,内容上・表現上の違いが大きい。
  他方,ワイダ映画では,強制移送の直前に,ゲットーを抜け出した
コルチャックがマリーナと会い,マリーナによるゲットー脱出の勧めを断るシーン
が描写されている(別表81,82頁)が,墓地での出来事であり,「ぼくたちの
家」でのことでない上,マリーナがコルチャックに食べ物や飲み物を勧める描写は
なく,具体的表現上の違いが大きい。
  また,本場面におけるミルクを巡るやりとりは,原告著作(176
頁)では,スープに手を付けなかったことになっているが,同じ飲食物を巡るやり
とりということで共通しており,エステルについての部分とともに,原告著作の前
記部分に加えられた修正・変更というべきものである。
c 本場面に対応する原告著作の他の2箇所のうち,「我々ユダヤ人に
は,明日何が起こるか分からない」という部分は,タゴールの「郵便局」上演に関
する記述の一部として,その冒頭に掲げられ,また,エステルに関する部分は,タ
ゴールの郵便局の記述の最後の部分で,劇を演出したホーム職員のエステルが上演
の数日後にトレブリンカに送られたことを記述し,コルチャックの挽歌ともいえる
文によりエステルの人柄を記述するものであって,いずれも死を示唆するものとし
て表現上の本質的特徴があるといえ,思想感情の創作的表現も認められ,著作物性
を肯定し得る。
  これに対応する本件舞台劇の本場面のヤネクがコルチャックから渡
されて読むエステルの詩のノートの内容・表現は,原告著作の表現とかなり異なる
が,エステルの人柄をしのび同人との再会を信じるという点が共通しており,ま
た,「我々ユダヤ人には,明日何が起こるか分からない」と語る部分は顕著に原告
著作との同一性が認められる。
d そうすると,前記原告著作部分は,いずれも,ワルシャワゲットー
のユダヤ人の身に現実に降りかかってくる死に対応するコルチャック等の行動・思
いが表現されているところ,本件舞台劇も同様の内容で表現されている点におい
て,表現上の本質的特徴の同一性があり,直接これを感得し得るといえる。
e 次に,前記引用に係る事実認定に被控訴人Dの本人尋問の結果を併
せ,上記表現上の本質的特徴の同一性を考慮すると,本件舞台劇の上記シーンは,
原告著作の上記部分に依拠して創作されたものと認められる。
f したがって,本件舞台劇の「別れ」の場面は,原告著作の翻案と認
められる。
(チ) 第2幕・16(最後の朝)〔別表84~90頁〕
a この場の概要は,次のとおりである。
 ①ホームにドイツ兵がやってきて,東部への移送を命じる。コルチ
ャックと子供たちは,ドイツ兵にせかされながら荷物を整理し,10分間の猶予を
得た後,歌を歌い,ホームを出発する。②誰もいないホームにコルチャックの独白
が流れる。③するとユゼフが駆け込んで来て,事態を理解して走り去る。
b この場の①の様子に対応した原告著作の記載(別表84頁中段)
は,対応する本件舞台劇と内容及び表現上かなりの違いがあり,表現上の本質的特
徴の同一性があるとはいえない。本件舞台劇のこの場は,むしろリフトン著作(3
54~358頁)及びワイダ映画と,内容及び表現上の同一性が顕著であり(別表
84~88頁下段),これらに基づいて創作されたものと認められる。
c この場の②の独白「別れの言葉」の内容は,原告著作に記載がある
(95,96頁)が,原告著作では,ホームの卒業の際のコルチャックの別れの言
葉として1919年に青少年向けの雑誌「太陽のもと」に掲載されたものとして記
載されており(別表89,90頁中段),マリア・ファルコフスカ著「ヤヌシュ・
コルチャックの生涯,活動そして著作品の手引き」(1989年出版,乙8)にも
同様の記載があり,ワイダ映画にも同様の台詞があり(別表89頁下段),コルチ
ャックに関する著述・製作に関わる者にとり基礎的な事実として一般に認識されて
いるものと考えられる。
  したがって,原告著作の上記部分に係る基本的内容・表現は,原則
的に自由に使用されるべきものであり,翻案権を肯定し得る表現上の本質的特徴と
認め得る範囲は狭いというべきところ,これに対応した本件舞台劇は,原告著作と
「別れの言葉」が用いられる場面が異なることにより,違うニュアンスを有してい
る点で,表現上の本質的特徴の同一性があるとはいえない。
d この場の③の様子は,原告著作や他の文献にも,これに該当する記
載は見当たらない。
(ツ) 第2幕・17(かなたへの旅立ち)〔別表90~94頁〕
a この場の概要は,次のとおりである。
 貨物集積場にコルチャックと子供たちが歌を歌いながら列をなして
やって来る。そして,子供たちに続いてコルチャックが貨車に乗り込もうとしたと
き,ドイツ軍将校が,コルチャックに対し,特赦が下りたから残ってよいと告げ
る。コルチャックが「子供たちもか。」と問うと,ドイツ軍将校は,「ばかなこと
を。戦争中のことだ。おまえひとり生きのびたって誰も責めるものはいやしな
い。」と答える。すると,コルチャックは,「あなたはまちがっている。」と言っ
て,子供たちの中へと入って行き,子供を抱きかかえながら,「未来はここにあ
る。」と述べる。
b 本場面に関する原告著作部分は,「Ⅴ 死への行進」に記載されて
おり,1942年8月にコルチャックと子供たちがガス室への道をたどったとし
て,同人らの貨車積換場までの行進とコルチャックのみの助命を拒否して全員貨車
に乗り込む状況が描写されている。
  行進は,真昼の炎天下を「希望の旗ー緑の旗」とコルチャックを先
頭にして4列で整然となされた様が表現され,次いで,貨車積換場で,コルチャッ
ク特赦の知らせを受け取った孤児援助協会事務局長ヴワディスワフ・フリートハイ
ムの伝令が群衆をかきわけ一枚の紙片を示しながらコルチャックに向かって乗らな
いでよい旨を興奮して叫んだが,コルチャックの目が無言のうちにその申し出を退
け,鉄のドアが,ガラガラと音を立てて閉まったと表現して,最後となったことが
描写され,更に追加して,コルチャックの最後の日について十指に余る記録が残さ
れていて,特に貨車積換場に着いて貨車に乗り込むまでのコルチャックの状況に関
する証言にかなりの食い違いがあることが指摘されて複数の事実が具体的に紹介さ
れ,「最後にネヴェルリイが,1943年にアウシュヴィッツに囚人として収容さ
れていた時,コルチャックが貨車に積み込まれるのを直接目撃したポーランド人か
ら聞いた話を引用しておきたい。」として,旗を先頭に整然と4列に並んで到着し
た行列を引率する老人を,子供の時に読んで感動した本の著者コルチャックと知っ
たSS指揮官が,好意から独断で,残ってよいと命じたにもかかわらず,コルチャ
ックが助命の申し出を退けて貨車に乗り込んだことが描写されている。したがっ
て,この部分に関する原告著作は,移送されるコルチャックの貨車積換場における
状況につき,食い違う複数の証言があるとして,その数例が具体的に著述され,特
赦による釈放が無言のうちに退けられたとの記述と,ネヴェルリイの伝聞したとこ
ろに基づくコルチャックとSS指揮官との具体的やりとり及びその後の助命拒否の
記述とを,併せ記載している点に表現上の本質的特徴があるといえ,思想感情の創
作的表現も認められ,著作物性を肯定し得るものである。
c この場面は,コルチャックに関する他の作品にも触れられている
が,コルチャックと子供たちが整然と行進して貨車積換場に到着した後,貨車に乗
り込む際の状況に関し,リフトン著作では,釈放許可を記載した書面をドイツ軍将
校から示されたものの,コルチャックが首を振って拒否した旨の著述のみがされて
いる点に特徴があり,ワイダ映画では,女のドイツ兵が紙片を渡してコルチャック
への伝言を他のドイツ兵に依頼しているシーンとアメリカへのパスポートがあると
のみなしごの家の卒業生の呼びかけが無視されるシーンの二つがある点に特徴があ
り,いずれもコルチャックとドイツ軍将校とのやりとりのある本件舞台劇とは表現
上の違いがある。
  また,ネヴェルリイが1967年に出版した著作(乙11)及びヴ
ォルガング・ペルツェルが1987年に出版した著作(乙12)でも記されている
(別表92~94頁)が,これらは,前記原告著作で紹介されているとおり,ドイ
ツ軍指揮官の個人的好意から独断でコルチャックに対する助命が申し出られたとす
る点に特徴があり,本件舞台劇とは表現上の違いが認められる。
d 本場面は,特赦によってただ一人救命されることで子供らから解放
されるよう勧めるドイツ軍将校に対し,コルチャックが「あなたは間違ってい
る。」と断じた上で,子供たちとともに貨車に乗り込むという,本件舞台劇におけ
る最高潮の場面であるが,原告著作に最初に記載されている,一人の男がコルチャ
ックに特赦が下りたことを興奮して知らせたのに対し,コルチャックは無言のうち
にその申し出を退け,貨車に入って行ったという話と,複数の事実のうちの最後
の,ネヴェルリイからの再伝聞として記載されているもの,すなわち,コルチャッ
クらが貨車に積み込まれようとしているとき,コルチャックの名を知ったSS(親
衛隊)指揮官が,「あなたは乗らずにここに残ってもよろしい。」と告げたのに対
し,コルチャックは,「それで,子供たちは?」と訊ね,「子供たちは行かねばな
らない。」との返事を受けると,「あなたは間違っている。まず子供たちを。」と
述べて自ら貨車へ入って行ったとされる話の二つを,部分的に結びつけた上で,若
干の表現上の修正・増加・変更を加えたものと認められるのであり,原告著作の表
現上の本質的特徴と同一性があるといえ,原告著作の本質的特徴を感得することが
できる。
  なお,「未来はここにある。」とのコルチャックの最後の台詞は,
本件舞台劇で具体的表現が追加されたものであるが,上記本質的特徴の同一性を否
定するまでには至らない。
e そして,前記引用に係る事実経過に被控訴人D本人尋問の結果を併
せ,上記表現上の本質的特徴の同一性を考慮すると,本件舞台劇の上記「かなたへ
の旅立ち」のシーンは原告著作の「Ⅴ 死への行進」の部分に依拠して創作された
ものと認められる。
f したがって,本件舞台劇の上記「かなたへの旅立ち」のシーンは,
原告著作の「Ⅴ 死への行進」の部分の翻案というべきである。
ウ 以上のとおりであって,本件舞台劇の各場面のうち,「プロローグ ト
レブリンカ」,第2幕の15「別れ」及び同17「かなたへの旅立ち」の3場面は
原告著作の翻案であると認められるが,その余の場面については原告著作の翻案で
あるとは認められず,したがって,また,本件舞台劇全体が原告著作の翻案である
とも認められない。
  なお,控訴人は,本件舞台劇のうち当裁判所が認めた箇所以外にも原告
著作の翻案部分が存在することを,甲35,36においてるる指摘するが,いずれ
も当該部分に関する翻案性を否定した前記認定・判断を左右するものではない。
2 争点(1)イ(被控訴人3名が97年公演を行うことを控訴人は許諾していた
か。)について
(1) 前記1(1)の引用に係る原判決「事実及び理由」第4の1(1)エ(ア)(28
頁)のとおり,平成7年12月14日に控訴人と被控訴人朝日新聞社及び被控訴人
劇団ひまわりとの間で取り交わされた本件覚書においては,1995年(平成7
年)8月12日以降5年間にわたり,被控訴人朝日新聞社及び被控訴人劇団ひまわ
りは,「コルチャック先生」の公演を実施する際,被控訴人朝日新聞社及び被控訴
人劇団ひまわりが保有する『上演台本』をもって,自由に公演を行うことができる
旨定めた条項が存するが,この条項は,控訴人が平成7年8月12日以降5年間
は,被控訴人朝日新聞社及び被控訴人劇団ひまわりが原告著作に基づき舞台劇「コ
ルチャック先生」を上演すること,すなわち原告著作を翻案した舞台劇を上演する
ことを許諾したものと解することができる。そして,このことは,控訴人が,本件
舞台劇同様,原告著作の翻案であると主張する95年公演の舞台劇について,被控
訴人3名に対する関係では原告著作の翻案を承認しているところ,前記覚書におけ
る上演許諾期間の始期が95年公演の初日であることからも,裏付けられるところ
である。
(2) もっとも,控訴人は,本件覚書による合意を解除した旨主張し,その理由
をるる挙げるので,以下,順次検討する。
ア まず,控訴人は,平成8年11月26日に朝日新聞に掲載されたケムニ
ッツでの公演に係る本件記事が事実に反し,不正確なものであったので,著作者で
ある控訴人が,それに抗議し,本件記事を訂正するように求めたにもかかわらず,
被控訴人朝日新聞社が本件記事の訂正をせず,かくして無償契約(覚書)存立の基
礎をなしていた当事者間の行為,信頼関係は根底から覆されたため,控訴人は,本
件覚書による契約を解除したので,本件覚書は失効した旨主張する。
  なるほど,後記3(1)のとおり,本件記事の記載内容からすると,本件記
事に接した読者には,平成7年に俳優の加藤剛の主演により日本で初演された劇
「コルチャック先生」(すなわち95年公演)はF戯曲を脚本として上演したもの
であったとの誤った認識が生じるものと認められ,本件記事が,この意味におい
て,客観的事実に反する不正確なものであったことは否定できない。
  しかしながら,後記3(2)のとおり,本件記事は95年公演の原作につい
ては全く言及しておらず,一般的にも舞台劇の原作と脚本が必ずしも同一のもので
はないと認識されていることからすると,本件記事は,読者に95年公演の原作が
Fの著作であるとまでの認識を生じさせるものとはいえず,また,原告著作が95
年公演の原作であることを否定する趣旨を含むものでもない。
  そうすると,被控訴人朝日新聞社が控訴人からの本件記事の訂正要求に
応じないことは,本件覚書による合意の解除事由となり得る程に控訴人と被控訴人
朝日新聞社の信頼関係等を覆滅するものとはいえない
イ 次に,控訴人は,平成8年11月20日ころ、被控訴人劇団ひまわりの
G及びHの両名が控訴人宅を訪れ、突然「97年に再演を行う。そこでは95年公
演と同様『原作A、脚本原作F』と表示するか、それともいずれとも全く表示しな
いことにする。」旨通告してきたが,これは原告著作の著作者である控訴人の精神
的利益を甚だしく侵害するものである旨主張し,著作者人格権の一つである撤回権
に基づき本件覚書による翻案許諾を撤回したとする。
  しかし,控訴人主張の撤回権については,その著作権法上の法的根拠が
必ずしも明確でなく,認められない。
  のみならず,引用に係る原判決「事実及び理由」第4の1(1)エ(イ)(2
9頁)のとおり,控訴人指摘の上記Gらの言は,97年公演が被控訴人朝日新聞社
と被控訴人劇団ひまわりとの共催になった場合と,被控訴人劇団ひまわりの単独主
催になった場合の,それぞれの控訴人及びFのクレジット表示に関する見通しを示
したにすぎず,具体的交渉は97年公演への被控訴人朝日新聞社の関与の態様が確
定した時点で改めて行われる予定であったもので,そこではFの表示を除外しつ
つ,控訴人のクレジット表示を工夫する余地も十分存したと考えられる。また,引
用に係る原判決「事実及び理由」第4の1(1)エ(ア)(28,29頁)の本件覚書の
記載によると,「原作:A(『コルチャック先生』朝日新聞社刊)」と表記する
「本公演」とは95年公演のことであり,97年公演以降も原告著作を原作表示す
ることを定めたものとは解されないから,97年公演で原告著作を原作表示しなく
ても,本件覚書に反するとはいえない。
  したがって,前記Gらの言をもって,直ちに控訴人の精神的利益を侵害
したものとは認めるに足りず,これをもって控訴人主張の撤回権行使の理由とする
ことはできない。
ウ 控訴人は,97年公演に先立っての控訴人と被控訴人劇団ひまわりらと
の事前協議が全くなされなかったことは,本件覚書3項ただし書に反するとして,
この協議義務不履行に基づき,本件覚書による契約を解除する旨主張する。しか
し,引用に係る原判決「事実及び理由」第4の1(1)エ(イ)(29頁)のとおり,G
は,本件覚書締結後,何度か控訴人に対して97年公演の話を持ちかけており,平
成8年11月26日の朝日新聞夕刊における本件記事掲載を契機に控訴人が演劇公
演に関わらない旨表明するまで,控訴人と被控訴人劇団ひまわりとの交渉は行われ
ていたのであるから,97年公演の事前協議が行われなかったとする控訴人の主張
を採用することはできない。
エ そうすると,前記アないしウの理由はいずれも控訴人による本件覚書破
棄の正当な理由となり得るものではなく,控訴人がこれらを理由として一方的に本
件覚書による契約を解除する旨の意思表示をしたとしても,無効であるといわざる
を得ない。
  したがって,97年公演が平成9年8月5日から同月30日にかけて行
われたことは,引用に係る原判決「事実及び理由」第2の1(3)(3頁)のとおりで
あるから,控訴人が平成7年8月12日以降5年間の期間内において原告著作を翻
案した舞台劇を上演することを許諾した本件覚書の効力は,97年公演にも及ぶも
のであり,控訴人が本件舞台劇につき原告著作の翻案権侵害等の主張をすることは
許されないというべきである。
(3) そうすると,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の被控訴人
3名に対する著作権侵害を理由とする損害賠償請求は理由がない。
3 争点(2)ア(本件記事の名誉・信用毀損性)について
(1) 被控訴人朝日新聞社が平成8年11月26日の朝日新聞夕刊に本件記事を
掲載したこと及びその内容は,引用に係る原判決「事実及び理由」第2の1(5)(4
頁)のとおりである。
  そして,甲7によれば,本件記事は,F戯曲がドイツのケムニッツ市立劇
場で地元の高校生によって上演され,観客に感動を与えたことを伝えるものである
ところ,本件記事中には,①Fの脚本による劇「コルチャック先生-ある旅立ち」
がドイツ(旧東ドイツ)のケムニッツ市立劇場で,日本の国外では初めて上演され
たこと,②この劇は,戦後50年を記念して,昨年夏,俳優の加藤剛主演により日
本で初演されたことが記載されていること,③しかし,本件記事中には,原告著作
や控訴人について触れるところはないことが認められる。本件記事のこのような記
載内容からすると,本件記事に接した読者には,平成7年に俳優の加藤剛の主演に
より日本で初演された劇「コルチャック先生」(すなわち95年公演)はF戯曲を
上演したものであったとの認識が生じるものといえる。
 しかしながら,95年公演は,被控訴人Dの脚本によって上演されたもの
であって,F戯曲を脚本として上演されたものではないことは,引用に係る原判決
「事実及び理由」第4の1(1)ウ(ウ),(エ)(25~28頁)のとおりであるから,
本件記事は,この意味で,客観的事実に反するものであったといえる。また,95
年公演は,「原作 A,脚本原作 F,脚本 D」とのクレジット表示の下に行わ
れたものであるから,この面からみても,本件記事が必ずしも正確なものでなかっ
たことは否定できない。
(2) ところで,控訴人は,本件記事により,あたかも95年公演に係る舞台劇
「コルチャック先生」の原作者が控訴人ではなかったかのように報道され,それに
よって名誉及び信用を毀損されたと主張する。
 しかし,本件記事は,直接には,Fの脚本による劇がドイツで上演され,
かつ,日本でも95年公演で上演されたということを伝えるものであり,95年公
演の原作が何であったかということまで言及しているものではない。
 したがって,本件記事が,95年公演がF戯曲を脚本とするものであった
ということを伝えるものとして読者に認識され得るとしても,一般の読者は95年
公演とその原作との関係を知らないのが通常であるから,F戯曲を脚本とする舞台
劇がドイツで上演され,かつ95年公演で上演されたということを伝える本件記事
から,直ちに原告著作が95年公演の原作ではなかったとの認識が生じるとはいえ
ない。
 また,95年公演の原作関係について知っている読者にとっても,95年
公演では,F戯曲も「脚本原作」とのクレジット表示をされたのであるから,F戯
曲がドイツで上演されたことの報道を中心とする本件記事において,F戯曲の紹介
をするに当たって,それが95年公演の脚本とされたものであると読者に受け取ら
れるような記載があったとしても,それによって直ちに,原告著作が95年公演の
原作ではなかったとの認識が読者に生じるとはいえない。もっとも,控訴人本人
は,本件記事の掲載後,原告著作の読者やヨーロッパのコルチャック研究者等から
控訴人に対して,95年公演の原作は原告著作ではなかったのかとの問い合わせが
あった旨供述するが,控訴人の供述以外にこれを裏付ける証拠はなく,また,前記
のとおり,本件記事は,不正確な面があるにせよ,原告著作が95年公演の原作で
あることを否定した趣旨のものでもないから,上記控訴人供述を直ちに採用するこ
とはできない。
(3) 以上によれば,本件記事は,客観的事実に反する内容ではあるものの,控
訴人の名誉及び信用を害するものとは認められない。
 したがって,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の被控訴人
朝日新聞社に対する,本件記事により控訴人の名誉及び信用を害されたことを理由
とする損害賠償及び謝罪広告掲載の各請求については,いずれも理由がない。
4 争点(3)ア(本件放送の著作権侵害性)及びイ(本件放送の許諾)について
(1) 被控訴人日本放送協会が,平成8年3月25日及び同年9月5日,NHK
衛星第2放送(11チャンネル)において,95年公演(東京公演)を収録した番
組を放送したこと(本件放送)は,引用に係る原判決「事実及び理由」第2の1(4)
(4頁)記載のとおりであるところ,97年公演における本件舞台劇が一部原告著
作を翻案した場面を含むことは,前記1で認定・説示したとおりであり,かつ,前
記引用に係る事実経過において当審認定として付加したとおり,本件舞台劇は95
年公演とほとんど変わらず,95年公演の内容は97年公演とほぼ同一であるか
ら,本件放送についての控訴人の承諾がない限り,本件放送は控訴人の著作権(公
衆送信権)を侵害する余地があるというべきである。
(2) そこで,本件放送に対する控訴人の許諾の有無について検討する(本件放
送のもととなった95年公演が原告著作の翻案といえるか否かの厳密な検討はひと
まず措く。)。
ア 引用に係る原判決「事実及び理由」第2の1の事実に,証拠(後掲書
証,戊5,7,証人I,同G,同J,控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,次
の事実が認められる。
(ア) 95年公演については,平成7年7月上旬ころに,被控訴人朝日新
聞社から被控訴人日本放送協会に対し,テレビ中継の依頼がなされ,被控訴人朝日
新聞社,被控訴人劇団ひまわり及び被控訴人日本放送協会の間で協議した結果,9
5年公演の主催者(被控訴人朝日新聞社及び被控訴人劇団ひまわり)において公演
を収録したビデオを制作し,それを被控訴人日本放送協会の関連会社である株式会
社NHKエンタープライズ21が買い取って放送することになった。この合意に関
する契約書(覚書)が作成されたのは,平成8年2月1日である(戊2。ただし,
覚書の当事者は被控訴人朝日新聞社,被控訴人劇団ひまわり及び株式会社NHKエ
ンタープライズ21である。)。
(イ) この合意を受けて,被控訴人劇団ひまわりのGは,そのころ,本件
放送を行うことについて,主演俳優であった加藤剛を始め,95年公演の関係者か
ら承諾を取り付け,平成7年8月上旬ころには,控訴人宅に電話し,応対した控訴
人の妻に,95年公演の舞台がテレビで中継放送されることが決まったことと,テ
レビの放送料は入るが,撮影に費用がかかって利益がほとんど出ないので協力して
ほしい旨を口頭で説明した。その後も95年公演の上演の際等に控訴人とGが顔を
合わせるたびに,本件放送のことが話題に出たが,控訴人からは特に本件放送を行
うことについて異論は出ず,控訴人は,本件放送を楽しみにしている,早く放映し
てほしいとの趣旨の言動に終始した。
 その後,Gは,平成8年1月には放送用に収録したテープのコピーを
控訴人に送付し,同年3月上旬には,放送日が3月25日に決まった旨の案内も控
訴人に送付した(甲8)。
(控訴人本人は,甲8の案内を送付されるまで,本件放送についてGと
話をしたことはないと供述するが,被控訴人朝日新聞社及び被控訴人劇団ひまわり
が,少なくとも95年公演の段階においては,控訴人を原作者として扱い,そのよ
うに尊重して接してきたことは,前記引用に係る事実経過から明らかであるから,
前記本件記事が掲載されて控訴人と被控訴人朝日新聞社らとの関係が悪化する平成
8年11月26日以前の段階で,本件放送を控訴人に何の断りもなしに行うとは考
え難い。したがって,控訴人本人の前記供述は採用できない。)
(ウ) 本件放送の初回放送は,平成8年3月25日に行われたが,その直
後の同年4月上旬,自身もコルチャック研究者である控訴人の妻は,Gに手紙(戊
4の1・2)を送り,その中では,「ビデオテープをお送りいただきありがとうご
ざいました。また先日はお忙しいところお電話を申し訳ございませんでした。」,
「テレビやビデオテープをみますとまた感慨も新たになります。本当にいろいろと
大変だったのではないでしょうか。」と記載されており,文中に,本件放送に対す
る抗議は全く記載されていない。
(エ) また,本件放送の2回目は,平成8年9月5日に行われたが,その
直後の同年10月2日,控訴人の妻は,被控訴人日本放送協会の番組編集局長に手
紙を送り,その中で,「B.S.でA原作の舞台劇(劇団ひまわり)を放映してい
ただき厚く御礼申し上げます。」と記載した(戊3の1・2。ただし,この手紙の
本来の趣旨は,別の番組制作に関する疑念を示し,質問をする点にあった。)。控
訴人は,事前に同手紙を見たが,控訴人ないし控訴人の妻から本件放送に対する抗
議は一切なかった。
(オ) ところが,控訴人は,その後2年5か月以上を経過した平成11年
3月8日,代理人の弁護士を通じて,被控訴人日本放送協会に対し,本件放送につ
いて著作権侵害であるとして損害賠償を請求する旨の通知を送付した。
(カ) 被控訴人朝日新聞社や被控訴人劇団ひまわりからの控訴人に対する
連絡は,電話でなされることが多く,その際には控訴人の妻が対応することも多か
ったが,控訴人は,その都度,妻から電話の内容について報告を受けていた。ま
た,控訴人は,妻が被控訴人朝日新聞社や被控訴人劇団ひまわりに宛てて出した重
要な手紙について,事前又は事後報告を受けていた。
イ これらの事実からすれば,控訴人は,被控訴人日本放送協会が本件放送
を行うことについて,少なくとも黙示の許諾を与えていたというべきである。
 控訴人は,本件放送について知っていたにもかかわらず,初回放送後約
3年近くも経過してから初めて抗議の意思を表明したことについて,当初は著作権
のことをよく知らなかったので,被控訴人日本放送協会が放送してくれるのかとい
う程度にしか思っていなかったが,その後にこのような放送を行うには原作者とし
ての控訴人の許可を得なければならないことが分かってきたからであると供述する
が,この控訴人の供述を前提としたとしても,控訴人が,事前及び事後に,本件放
送のことを知りながら,それを黙認していたとの前記認定を左右するものではな
い。
 また,控訴人は,控訴人の妻の言動から本件放送に関する控訴人自身の
黙示の許諾を推認することは許されない旨主張する。しかし,前記ア(エ),(カ)の
とおり,被控訴人朝日新聞社や被控訴人劇団ひまわりから控訴人に対し電話等で連
絡がなされた際には,控訴人の妻が対応することも多かったが,控訴人は,その都
度,妻から電話等の内容について報告を受けていたのであり,他方,妻が被控訴人
朝日新聞社や被控訴人劇団ひまわりに宛てて控訴人に代わって手紙等を出す際に
も,事前に目を通したり,報告を受けていたのであって,前記アの控訴人の妻の言
動はいずれも控訴人の意向を受けたものと認められるから,前記控訴人の主張を採
用することはできない。
(3) したがって,控訴人の被控訴人日本放送協会に対する請求は,その余の点
について判断するまでもなく理由がない。
第5 結論
 以上の次第で,控訴人の被控訴人らに対する請求はいずれも理由がなく,こ
れを棄却した原判決は相当であって,本件控訴はいずれも理由がない。
 よって,主文のとおり判決する。
(平成14年3月25日口頭弁論終結)
大阪高等裁判所第8民事部
      裁判長裁判官  若林 諒
              
             裁判官  小野洋一
             裁判官  西井和徒
別紙 対照表(省略)

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